ゲスト
(ka0000)
【哀像】ベルトルード防衛戦
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/04/08 22:00
- 完成日
- 2017/04/18 23:11
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●海と陸のあいだ
第四師団の拠点都市、ベルトルード。
国営の商港と大きめの漁港、そして関係者以外立ち入り禁止の軍港。3つの港を持つ街は、今日も帝国の流通の要所として賑わっている。
カモメが青い空の下を悠々と舞い、漁港では野良猫たちがおこぼれに預かろうと潮風に髭をそよがせる。
ゴミを漁っていた鴉たちが、漁師に怒鳴られて屋根の上へと避難すると、恨めしそうな視線を送る。
いつもの穏やかで賑やかな港街の風景だった。
「新型魔導アーマーと武器防具ばかり……また大きな戦でもあるのかな?」
倉庫番の少年が額の汗を拭う。
「さてな。しかし、また随分と倉庫がいっぱいだな……」
先輩格に当たる青年が積まれた木箱を見上げる。
「ここ何日か海が荒れて、まともに船が出せなかったからね」
この2人、こう見えても軍人であり、階級は二等兵。
第四師団の『実力主義』は徹底されており、たとえ貧しい農村の出であってもきちんと訓練を受け内政に関する試験を突破すれば管理官への道が拓ける。
2人は互いに切磋琢磨し、上への道を目指す良きライバルであり戦友でもあった。
「あぁ、でも今日はいい天気だ。鳥が群れなして飛んで……ん?」
「どうした?」
「……なんか、あの鳥変じゃないか……? 鳥って言うか……」
見上げる視線の先、群れて飛ぶそれは鳥のシルエットとは違い、長い尾があった。
……そして、近付くごとに鮮明になる二つに割れた頭部と明らかな『荷物』。
「で、伝令!! 南東上空にリンドヴルムの群れ! 繰り返す、南東上空にリンドヴルムの群れ!」
青年が通信器に向かって叫ぶ。
「何事だ」と顔を出した上官も、空を見上げ明らかにこちらへと向かってくる影を確認すると、直ぐ様指示を飛ばす。
「一班と二班は街にて避難誘導へ。三班と四班は商港の防衛へ。五班、六班、七班は私と共に軍港の防衛に就くぞ」
「「「はい!」」」
警報音が鳴り響き、慌ただしく人々が走る。
2人にとって本格的な戦闘の経験はこれが初めてだ。
いや、2人だけでは無い。同じような境遇の兵が民間・軍港両警備の半数を占めていた。
ほとんどの者が船の上での戦闘訓練の結果、砲兵としては優秀であるが、接近戦となるとやや心許ない。
リンドヴルムへ向かって銃声が鳴り響く。
「よりによってユーディト様不在の隙を狙ってくるなんてな……!」
少年が手早くリロードしながら思わず愚痴る。
「だけど、ここで名を上げることが出来ればこの倉庫番からもオサラバだ!」
「そうだな。お互い生きてまた逢おう」
2人は拳を突き合わせると、落下したコンテナから溢れ出るゾンビ達を相手すべくそれぞれの得物を手に散開したのだった。
●商港倉庫防衛戦
その上官の指示は恐らく正しかった。
その時に出来る最もスタンダードな配置だったと言っていいだろう。
しかし、残念ながら敵の数と実力が違いすぎた。
「敵を倉庫に近づけさせるな!」
班長である男はこの混乱具合に逃げだしたくなる思いをぐっと噛み殺して指示を出す。
ベルドルードは海軍の街だ。
海の上では逃げ場が無い。だからこそ死ぬ気で戦える。海は自分達の母であり、波は気まぐれな恋人であり、風は自分達と共に進み時折障害となる友だという思いもある。
船の上で生活する仲間は全てが家族であり、あの狭い甲板の上で生死を共にし、深い絆で結ばれている。
だが、陸は広い。
敵は散開して倉庫を襲い、ほぼ非覚醒者ばかりの2班60人でそれを対処しろという方が困難だ。
よって、彼らの取ることが出来る選択は一つだけだった。
「何としても一番地区だけは死守しろ!」
倉庫区画の一角、食料庫の多いこの区画を守る事に専念したのだった。
「あぁ、くそっ。深追いし過ぎた!」
覚醒者でもある兵士が強烈な一撃を剣機ゾンビへと叩き込む。
一番地区で守備に当たっていたが、手負いの狼ゾンビを追い、気付けば二番倉庫中央まで来ていた。
「……っち。最近見かけなくなったと思ったのに……!」
兵の前にいるのは体長3m程もあるプラッツェン型と呼ばれる大型の狼をベースとした大型剣機だ。
このつぎはぎだらけの狼ゾンビは他の狼ゾンビと連携を取り集中攻撃で一気に攻めてくる傾向があり、そのお陰で何人もの仲間が既に倒れていた。
「っ! 軍人の端くれなら……しっかり成仏しろよ!!」
横から撃たれた矢をギリギリで躱し、お返しに引き金を引いた。
乾いた音と同時に左肩が揺れ、人型の剣機ゾンビが二歩下がった。
その服装は北伐の時、帝国軍人に配られた防寒ジャケットと真綿の入ったズボンだ。
しかし、放たれるその技は既に精霊の加護からは外れた、禍々しい負のマテリアルを纏っている。
「今、楽にしてやる……!」
しかし、兵士が放つハズだった銃声は鳴る前に、腕ごと消えた。
「あっ、あああああああ!!!」
狼の群れに襲われ全身を噛み砕かれ、兵士は苦しみ悶えながら絶命していった。
元兵士の剣機ゾンビが顔を上げる。プラッツェン型の狼がその視線を受け一つ唸ると、他の狼ゾンビ達の攻撃がぴたりと止んだ。
剣機ゾンビが絶命した兵士の身体を抱え、傍に合ったコンテナの中へと放り込む。
一番地区からは激しい戦闘音が響いている。
ゾンビ達は再び一番地区へと戻っていった。
●微睡む闇の揺籠にて
……ふむ、流石にこの量を一気に動かすのは骨が折れる。
……ははは。これまた面白い冗談だ。
……契約者を何人か用意してから事を動かせばよかったのではないかね?
……今更言うても仕方があるまい。
……まぁ、多少の損失が出ても最終的にプラスになればいいのよ。
……今回は『見る』事が目的では無い。本格的に覚醒者達が集まる前に切り上げるぞ。
……あぁ、わかっておるよ。
……さぁ、狂乱の祭りの開催だ。
暗い、冥い、夜のような部屋。
ごぽり、と水中を気泡が動く音が響いた後、部屋は静寂の海に沈んだ。
第四師団の拠点都市、ベルトルード。
国営の商港と大きめの漁港、そして関係者以外立ち入り禁止の軍港。3つの港を持つ街は、今日も帝国の流通の要所として賑わっている。
カモメが青い空の下を悠々と舞い、漁港では野良猫たちがおこぼれに預かろうと潮風に髭をそよがせる。
ゴミを漁っていた鴉たちが、漁師に怒鳴られて屋根の上へと避難すると、恨めしそうな視線を送る。
いつもの穏やかで賑やかな港街の風景だった。
「新型魔導アーマーと武器防具ばかり……また大きな戦でもあるのかな?」
倉庫番の少年が額の汗を拭う。
「さてな。しかし、また随分と倉庫がいっぱいだな……」
先輩格に当たる青年が積まれた木箱を見上げる。
「ここ何日か海が荒れて、まともに船が出せなかったからね」
この2人、こう見えても軍人であり、階級は二等兵。
第四師団の『実力主義』は徹底されており、たとえ貧しい農村の出であってもきちんと訓練を受け内政に関する試験を突破すれば管理官への道が拓ける。
2人は互いに切磋琢磨し、上への道を目指す良きライバルであり戦友でもあった。
「あぁ、でも今日はいい天気だ。鳥が群れなして飛んで……ん?」
「どうした?」
「……なんか、あの鳥変じゃないか……? 鳥って言うか……」
見上げる視線の先、群れて飛ぶそれは鳥のシルエットとは違い、長い尾があった。
……そして、近付くごとに鮮明になる二つに割れた頭部と明らかな『荷物』。
「で、伝令!! 南東上空にリンドヴルムの群れ! 繰り返す、南東上空にリンドヴルムの群れ!」
青年が通信器に向かって叫ぶ。
「何事だ」と顔を出した上官も、空を見上げ明らかにこちらへと向かってくる影を確認すると、直ぐ様指示を飛ばす。
「一班と二班は街にて避難誘導へ。三班と四班は商港の防衛へ。五班、六班、七班は私と共に軍港の防衛に就くぞ」
「「「はい!」」」
警報音が鳴り響き、慌ただしく人々が走る。
2人にとって本格的な戦闘の経験はこれが初めてだ。
いや、2人だけでは無い。同じような境遇の兵が民間・軍港両警備の半数を占めていた。
ほとんどの者が船の上での戦闘訓練の結果、砲兵としては優秀であるが、接近戦となるとやや心許ない。
リンドヴルムへ向かって銃声が鳴り響く。
「よりによってユーディト様不在の隙を狙ってくるなんてな……!」
少年が手早くリロードしながら思わず愚痴る。
「だけど、ここで名を上げることが出来ればこの倉庫番からもオサラバだ!」
「そうだな。お互い生きてまた逢おう」
2人は拳を突き合わせると、落下したコンテナから溢れ出るゾンビ達を相手すべくそれぞれの得物を手に散開したのだった。
●商港倉庫防衛戦
その上官の指示は恐らく正しかった。
その時に出来る最もスタンダードな配置だったと言っていいだろう。
しかし、残念ながら敵の数と実力が違いすぎた。
「敵を倉庫に近づけさせるな!」
班長である男はこの混乱具合に逃げだしたくなる思いをぐっと噛み殺して指示を出す。
ベルドルードは海軍の街だ。
海の上では逃げ場が無い。だからこそ死ぬ気で戦える。海は自分達の母であり、波は気まぐれな恋人であり、風は自分達と共に進み時折障害となる友だという思いもある。
船の上で生活する仲間は全てが家族であり、あの狭い甲板の上で生死を共にし、深い絆で結ばれている。
だが、陸は広い。
敵は散開して倉庫を襲い、ほぼ非覚醒者ばかりの2班60人でそれを対処しろという方が困難だ。
よって、彼らの取ることが出来る選択は一つだけだった。
「何としても一番地区だけは死守しろ!」
倉庫区画の一角、食料庫の多いこの区画を守る事に専念したのだった。
「あぁ、くそっ。深追いし過ぎた!」
覚醒者でもある兵士が強烈な一撃を剣機ゾンビへと叩き込む。
一番地区で守備に当たっていたが、手負いの狼ゾンビを追い、気付けば二番倉庫中央まで来ていた。
「……っち。最近見かけなくなったと思ったのに……!」
兵の前にいるのは体長3m程もあるプラッツェン型と呼ばれる大型の狼をベースとした大型剣機だ。
このつぎはぎだらけの狼ゾンビは他の狼ゾンビと連携を取り集中攻撃で一気に攻めてくる傾向があり、そのお陰で何人もの仲間が既に倒れていた。
「っ! 軍人の端くれなら……しっかり成仏しろよ!!」
横から撃たれた矢をギリギリで躱し、お返しに引き金を引いた。
乾いた音と同時に左肩が揺れ、人型の剣機ゾンビが二歩下がった。
その服装は北伐の時、帝国軍人に配られた防寒ジャケットと真綿の入ったズボンだ。
しかし、放たれるその技は既に精霊の加護からは外れた、禍々しい負のマテリアルを纏っている。
「今、楽にしてやる……!」
しかし、兵士が放つハズだった銃声は鳴る前に、腕ごと消えた。
「あっ、あああああああ!!!」
狼の群れに襲われ全身を噛み砕かれ、兵士は苦しみ悶えながら絶命していった。
元兵士の剣機ゾンビが顔を上げる。プラッツェン型の狼がその視線を受け一つ唸ると、他の狼ゾンビ達の攻撃がぴたりと止んだ。
剣機ゾンビが絶命した兵士の身体を抱え、傍に合ったコンテナの中へと放り込む。
一番地区からは激しい戦闘音が響いている。
ゾンビ達は再び一番地区へと戻っていった。
●微睡む闇の揺籠にて
……ふむ、流石にこの量を一気に動かすのは骨が折れる。
……ははは。これまた面白い冗談だ。
……契約者を何人か用意してから事を動かせばよかったのではないかね?
……今更言うても仕方があるまい。
……まぁ、多少の損失が出ても最終的にプラスになればいいのよ。
……今回は『見る』事が目的では無い。本格的に覚醒者達が集まる前に切り上げるぞ。
……あぁ、わかっておるよ。
……さぁ、狂乱の祭りの開催だ。
暗い、冥い、夜のような部屋。
ごぽり、と水中を気泡が動く音が響いた後、部屋は静寂の海に沈んだ。
リプレイ本文
●
逃げ惑う人々の波に逆らうように氷雨 柊(ka6302)とクラン・クィールス(ka6605)は市街地から港へと向かっていた。
「今どういう状態なのか把握できていませんが、私達は少しでも被害を防ぐために敵の数を減らしますよぅ」
すっかり人の気配が消えた港へと続く道では第四師団の兵士達がバリケードを作成し、その兵士を前にアメリア・フォーサイス(ka4111)が状況説明を求めていた。
「ハンターのアメリアです。微力ながら助っ人にきました。状況を教えてください」
「俺達にも教えて貰いたい」
3人は軽く挨拶を交わし、兵士から一番区画で交戦中という話しを聞き、急行することにする。
「まずは一番規模が大きいらしい一番区画を目指すぞ」
「はい」
「そうですね」
地図を確認するとここから一番区画は最も遠い。
しかし商港ということは民間人も多数いたはずだが、避難誘導が速やかに行われたこともあり、港には人の影はみられない。
代わりにゾンビが点在し、それを相手取るマッシュ・アクラシス(ka0771)と鵤(ka3319)の姿。
「おいいおーい教団の次は何よこれ。帝国呪われてんじゃね」
「口より手を動かしていただけませんか?」
「へいへいっと」
鵤の周囲に三角形を描くように三本の針が出現する。針先がそれぞれに狼ゾンビを向いたかと思うと、そこから光線が発せられた。
それでもなお立っている狼へとマッシュがアルマス・ノヴァの刀身を突き入れ、抜き払う。
「おや、同業者ですかな?」
5人は簡単に状況確認を兼ねて挨拶を交わす。
「なるほど、一番区画ねぇ。あの派手な音がしている方かなぁ?」
鵤がちらりと見る南東からは銃撃の音がひっきりなしに響いている。
「戦闘音にリンドブルム……はぁ……依頼外での仕事は遠慮したいところなんだけど……そうも言ってられないのが現実かな」
アメリアがルーナマーレを構えると同時に、近付いて来た狼ゾンビの頭部を撃ち抜いた。
「急ごう」
クランの言葉に一同が頷いたところで、鵤が後ろポケットに手を回した。
「あぁ、その前に皆さん通信機器お持ち?」
「……鵤、こんな時にナンパですか」
「違うわ! 情報共有!!」
「冗談です」
「……おたくの冗談解りづらいから……」
ぐったりした様子を見せつつ、鵤が連結通話を施そうとして……全員が取り出したのがトランシーバーであることに気付く。
「あら、連結いらないわ」
連結通話は違う通信機器同士でも通信を可能とするスキルだ。だが、全員がトランシーバーならば、全員が同じ周波数に設定すれば送受信が可能となる。
「これで余程離れなけりゃあ全員フルオープンってなぁ。ああ、電源と通話状態は常に入れといてちょうだいよぉ? 聞こえませんでした、とか無しで頼むよぉ」
こうして5人は途中に遭遇した狼ゾンビやプラッツェン型を撃破しながら一番区画へと向かった。
一番区画では騎乗していた為、先に辿り着いていたハンター達5人が兵士達と共に戦っていた。
「せっかく珍しい珈琲豆の買い付けに来たのに、戦闘に巻き込まれるのはついてないな」
カイン・マッコール(ka5336)はそうぼやきつつ馬上から祢々切丸を軽々と操り、狼ゾンビの首を刎ねる。
「なにやら騒がしいと思えば……最近は見なくなったと思っていたのだがな」
夕鶴(ka3204)もまたローレル・ラインを振りかざし、孤立しかけていた帝国兵の救出へと馬を駆る。
「いいぞ、全力で来い。この刀が、この銃が貴様らを狩らせろと騒いでいる。さあもっと叫べ! もっと踊れ! この私を篤とときめかせるのだ!」
「シオン殿、無茶はするなよ」
「ふ、わかっている」
鞍馬 真(ka5819)の忠告に不動シオン(ka5395)は不敵な笑みを湛えつつ応え、2人は同時に愛馬を駆った。
前衛で戦う兵士達の前に、ゴースロンに乗った少女が飛び出ると、彼女から広がった光の波動が狼ゾンビ達を塵へと還す。
「重傷者は私が癒やしますの。遠慮無く声を掛けて欲しいの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)が人々をほっとさせるような笑顔で帝国兵達に声を掛け、すぐに視線を前方に蠢くゾンビ達へと向ける。
狼ゾンビは一体一体の能力はさほど高くない。
今まで数々の戦場をくぐり抜けてきたハンターにとっては、囲まれさえしなければ恐ろしい相手ではなかった。
厄介なのはそれを纏めているプラッツェン型――大型の狼ゾンビと彷徨い歩く人型の剣機ゾンビの方だ。
夕鶴でさえ、かつて共に戦った帝国兵である彼らを斬ることに躊躇いがないわけではない。
それが、実戦経験の浅い一般兵ならば尚更だろう。
いくら銃が『罪悪感を減らす』武器だとしても、その引き金を引くたびに精神がすり減るだろうことは想像に難くない。
一番区画は大きな倉庫が3つ。どれも入口は硬く閉ざされ、帝国兵達が3班に分かれ守備に就き、ゾンビ達の倉庫内部への侵入は許していない。
各区画間、また各倉庫の間の道は魔導トラックがすれ違える程に広く、戦闘に苦労することも無い。
そう、ただ、広い。
単純に見積もっても一番区画だけで250×500m四方の広さがある。
一方でハンターは現在5人。全員が固まって行動するのであれば当然手が届かないところが出る。
(北側の倉庫前が押され気味か……?)
「僕は北側の加勢に行く」
「カイン殿!?」
真の制止の声が届く前にカインは言うが早いかゴースロンを駆る。
「私が加勢に向かおう」
夕鶴が素早く馬を向ける。
通信器を持っていないカインでは最悪の時に助けを求める声が誰にも届かない可能性がある。
その点で現在トランシーバーを持ってきていた夕鶴と真とシオンとは周波数を合わせてあった。
「頼む」
真の声に力強く頷くと夕鶴はカインの後を追って戦馬を走らせた。
その時、商港の北西、五、七番と呼ばれる区画の方からライフルの銃声が響いた。
「……新手? それとも味方か」
目を向ければ剣機ゾンビ達がぞろぞろとこちらへと歩いてくるのが見え、シオンは荒々しい嘶きと共に右前脚で地面を掻く愛馬の首を撫でる。
「こう来なきゃな。これこそが私が待ち望んだ総力戦だ。ときめくぞ」
シオンは心底、喜んでいた。
この状況こそ彼女の心を躍らせる、最高の戦場。
戦士として生まれ、戦士として育てられたシオンの闘争心を満たすに値する最高のデスマッチ。
飛び掛かって来た狼ゾンビから愛馬を守りつつ、拳銃で牽制を行うその顔には獰猛な笑みを浮かべていた。
●
「あぁもぅ、また来た!」
アメリアがスナイパーライフルを構えようとし、その距離に魔導拳銃に持ち替える。
「おたくたちが先行して、うちらが後を追うから」
「はい」
「すみません」
一番区画へ向かう道中にももちろん敵は現れる。
単独行動を避けつつ一番区画へ向かおうと思うには一番足の遅い柊をクランがフォローしながら先行し、マッシュが殿を、鵤とアメリアが射撃で近寄られる前に攻撃するしかない。
救いと言えば、一番区画の方で派手な戦闘音が響き、敵もそちらへと移動している為、襲われる回数はさほどでも無い事とと、鵤とアメリアの2人の射撃が命中すればほとんどの敵はこちらへ辿り着く前に倒れてくれることだろうか。
「……剣機というから警戒していたが……」
マッシュはラントヴァイティルを構えたまま眉間にしわを寄せる。
「うん、手応えがなさ過ぎるねぇ……そんなに一番区画に密集してんのかね?」
鵤もまた落ちてきた前髪を書き上げながら首を傾げる。
かといって、個別に向かうとすれば狼たちに密集されたときが危ない。
「ねぇ、あれ」
アメリアの視線の先、七番と五番区画を区切る道路の真ん中に不自然に置かれたコンテナがある。
「ちょっと見に行ってみてもいいですか?」
アメリアの問いかけに、一同は頷き区画の中へと入っていく。
鉄製の赤茶けた大型コンテナはそれそのものから負のマテリアルを感じる程に禍々しい代物となっている。
「……随分汚れてますねぇ……あらぁ? これサビじゃなくて血痕……ですねぇ」
柊が着物の袖で思わず口元を抑えた。
「……横から空きそうだ。手伝ってもらっても?」
「あぁ」
「あんまおっさんに無理させるんじゃねえよ? ぎっくり腰になったら責任とってよねぇ?」
クランとマッシュ、そして鵤の男3人が力を合わせて扉をスライドさせる。
思ったより軽い手応えで扉が開くと同時にごとりと何かが転がり出てきた。
「っ!」
柊が驚きに小さく息を呑んだが、それが血まみれの人の腕であると理解すると違う意味で衝撃を受けて一歩下がった。
何が飛び出してきてもいいように構えていたアメリアの眉が跳ねる。
「……なるほど。帝国兵の服を着たゾンビが彷徨いていると思ったけど、こうやって死体を集めてゾンビ化してたわけですか……」
「あーぁ。こりゃ、負のマテリアルまみれになりますわぁ」
ちらりと中を覗き込んだ鵤が不愉快そうに眉間を揉み込む。
「なるほど、これにゾンビ達を乗せて運び、帰りは拉致した遺体を乗せて帰る……と」
マッシュも中を一瞥すると、帝国兵の遺体を外へと運び出し、胸の上で手を組ませた。
「大丈夫か?」
クランの声に柊は頷いて薙刀の柄を握り込む。
「急ぎ、一番区画へ行きましょう……犠牲は最小限にとどめたいですねぇ」
この死んだ兵士にも誰か大事な人がいたんだろうか。
それを思うと柊の胸は押しつぶされそうな程に痛んだ。
マテリアルの炎を身に纏ったカインが敵の注意を引く。
ゾンビ達がカインへと群がり、襲いかかるそれらをカインはカウンターで返り討ちにしていく。
(やはり平時から鎧を身につけておいて正解だったか、囲まれても多少なら耐えられる)
ただ、ソウルトーチは視認出来る対象全てを巻きこむ。
プラッツェン型と狼ゾンビをメインで引き寄せたかったカインだが、剣機ゾンビが放つ遠距離からの攻撃が鎧越しに鈍痛を生む。
(……終わったら手入れしておかないと)
「助太刀します」
夕鶴が馬上で大きく剣を振るうと周囲のゾンビ達をまとめて薙ぎ払った。
「気を付けて。遠距離魔法を使うヤツがいる」
「はい」
背中を合わせるように位置した2人は続々と近付いて来るゾンビ達に向かって同時に地を蹴った。
馬上からの刺突一閃による一撃は、兵士ゾンビの右頭部半分を確かに貫くが、それでもなおゾンビ達は武器を振るい襲いかかってくる。
グレートヘルムの下、夕鶴は強く下唇を噛みがむしゃらに放たれる剣筋を受け流し、次いで武器を持つ右腕を切り落とす。
ソウルトーチの効果はまだ切れない。
近寄る無数のゾンビ達を視界に捕らえつつ夕鶴は騎士剣を正眼に構えた。
無数の帝国兵ゾンビの姿に哀れだと思う。
例えその身体に魂がないとしても、利用され続けるのは不本意だろうとも。だが。
「貴殿らの戦いはすでに終わっている。ここで引導を渡してやるさ……!」
カイン達が十分に離れたのを確認すると、真もまたゾンビ達の注意が第四師団の兵士達ではなく自分へ向くよう南側へ出てソウルトーチを纏う。
それと同時に素早い動きで真の右腕をウィップで捕らえ、其処へ剣を携えた人型ゾンビが飛び掛かる。
「くっ!」
それを左手のダガー一本でなんとか凌ぎいだところに、プラッツェン型が飛び掛かって来て、真は地面へと叩き付けられた。
「真!」
シオンが加勢に向かおうと馬を向けるが、そこには人型ゾンビ達の姿がある。
「っ! ……ふふ、敵ながらいいポジショニングだ。不覚にもときめいたぞ!」
シオンが上段から爆炎のような閃光を煌めかせた激しい一撃を叩き込む。
しかし、それを大型の盾で受けきった人型ゾンビはお返しと言わんばかりに同じく重い一撃をシオンへと叩き込む。
それをシオンは天墜の刃で受け流す。
「……くくく、いいぞ」
一般兵ではあるまい。鍛えられた肉体は腐っても強力な一撃を放つ。恐らく一等兵、いや上等兵だったかもしれない。
兵士ゾンビの右腕を叩き斬る。
一瞬バランスを崩したその兵士の真後ろ。シオンからは死角になるその位置にもう1人、兵士ゾンビがいた。
「何……!?」
閃光がシオンの目の前で弾けた。
「あ、こっちですの! おーい!!」
馬上からディーナが大きく手を振ると5人の元へと馬を駆る。
「誰か手を振っている」
前を行くクランがディーナを見つけ、柊が手を振り返す。
「おや、やはり同業者が先に到着していましたか」
二番、三番区画の間までディーナが駆け寄り、簡単な現状報告をする。
ディーナ達が第四師団と合流してからは人的被害はほぼ出ていないこと。
ソウルトーチのお陰でゾンビのほとんどはそちらに引き付けられている為、一番区画の各倉庫の入口前は比較的穏やかな戦況であること。
「なるほどねぇ。ソウルトーチ様々だぁね」
鵤が軽い調子で答えたその時、一瞬空が暗く陰った。
「……リンドヴルム……!」
アメリアが直ぐ様スナイパーライフルを構えるが、遠い。
上空を旋回する3体のリンドヴルムを慎重に確認していると、ここからさらに東の地へと降りていくのが見えた。
「……あっちは、軍港がある方だって言ってたの」
ディーナの言葉に一同は顔を見合わせる。
「あちらにも攻撃が……!?」
柊の声を合図に6人は走り出した。
●
落馬する瞬間、真はわざと駿馬の尻を鞘で叩いた。
人が落ちたことにも驚いていた駿馬はその刺激だけで飛び上がり、野生の勘で安全な方へと走って行く。
元々駿馬は速度が速いが持久力や耐久力に欠ける。落馬し、ソウルトーチを纏った自分では守りきれず怪我を負わせるくらいなら逃がしてやった方がいいという判断だ。
幸いにして落馬する衝撃で腕の拘束は外れている。
が、しかし。
がっしりとマウンティングされており、身動きが取れない。
目前ではプラッツェン型が獰猛なうなり声を上げ、鋭い牙と牙の間から生臭い涎を垂らす。
その時、風船が破裂するような音と共にプラッツェン型がよろめいた。
その隙を逃さず真は素早く体勢を整えると倉庫の壁を背に骨喰を構える。
射線を辿れば、そこにはスナイパーライフルを構えたアメリアがいた。
その手前では柊とクランが息の合ったコンビネーションで狼ゾンビを相手取っている。
「真、大丈夫か?」
ソウルトーチが切れた頃、ようやく近付くことが出来たシオンが問う。
「私は無事だが……シオン殿の方が」
「なに、ちょっとした擦り傷みたいなもんさ。得物が振るえれば問題無い」
爛れた両腕から流れる血糊で天墜を滑り落とさないようにと聖骸布を使って固定しながらシオンが笑う。
「あったぞ」
「何?」
「“後頚部に黒い石のような物”だ。なかなか強い兵士の剣機がいてな。何とか背後を取って砕こうと試みたが的が小さい。そうこうしている間に倒してしまった」
「そうか」
放たれたウィップを刀身で叩き落としながら真は思案する。
(……あの時の事件と、繋がっているのか……?)
以前真はこの石を埋め込まれた剣機と戦った事がある。
彼らはただのゾンビとは違い己の意志があるかのように連携を密に取り挑んでくる。
あの、ウィップを使った兵士ゾンビももしかするとそうなのかも知れない。
「……油断せず行こう」
「あぁ、もちろんだ」
近寄ってくるゾンビ達を真とシオンは押し返し殲滅すべくその刃にマテリアルを込めた。
「……しつこいな」
明らかに一体、執拗にカインの腕を狙ってきている弓使いがいる。
幸いにして全身を覆おう武者甲冑のお陰でほぼ傷は無い。
それでもそちらに気を取らせる程には効果を出している。
ぐっと丹田に力を込め、3m半周を薙ぎ払う。
塵へと還っていくゾンビの向こうから、負のマテリアルが放たれたのが見えた。
受けを取ろうとして、矢が再び腕に当たり一瞬遅れた。
爆炎がカインを包む。
「カイン!」
爆音に夕鶴が手綱を引いて取って返そうとする、が。
灰色の煙の中から飛び出してきたカインは、煙を吸い込んだ事によって咳き込んではいたが、大きな怪我は負っていないようだった。
「……いつゴブリンと遭遇しても良いようにと鎧の手入れを怠らずにいて良かった」
呼吸を整えそう呟くと、再び攻撃へと転じる。
そんな2人の間に3本の光線が走り、ゾンビ達の腕や足を貫いた。
「……凄まじいねぇ」
そう笑うのは鵤。
その隣のマッシュが夕鶴の背後に忍び寄っていた兵士ゾンビの胴を撃ち抜く。
「さぁ、一気に片を付けましょう」
2人を見たカインはちょうど自身のソウルトーチが落ち着いたのを確認し、「ちょっと行ってくる」と言い残すと馬を走らせた。
向かう先には、先ほどからしつこくカインの腕を狙っていた弓使い。
首を刎ね、更に胴を真横に一刀両断すると弓使いはなすすべも無く塵へと還っていった。
「さて、豆を仕入れないと、こういったところにはめったに来られない」
10人のハンター達が揃うと敵の数は驚くほど順調に減り、最後の一体はアメリアの冷弾により討ち取られた。
再び、空が一瞬暗くなる。
全員が見上げると3体のリンドヴルムが悠々と機械仕掛けの翼を広げ南東の海上へと去って行くその後ろ姿が見えた。
その足元には大きなコンテナの影。
ハンター達の活躍により、商港は被害を抑えることが出来たが、ベルトルード全体の被害としては大きな爪痕を残したのだった。
逃げ惑う人々の波に逆らうように氷雨 柊(ka6302)とクラン・クィールス(ka6605)は市街地から港へと向かっていた。
「今どういう状態なのか把握できていませんが、私達は少しでも被害を防ぐために敵の数を減らしますよぅ」
すっかり人の気配が消えた港へと続く道では第四師団の兵士達がバリケードを作成し、その兵士を前にアメリア・フォーサイス(ka4111)が状況説明を求めていた。
「ハンターのアメリアです。微力ながら助っ人にきました。状況を教えてください」
「俺達にも教えて貰いたい」
3人は軽く挨拶を交わし、兵士から一番区画で交戦中という話しを聞き、急行することにする。
「まずは一番規模が大きいらしい一番区画を目指すぞ」
「はい」
「そうですね」
地図を確認するとここから一番区画は最も遠い。
しかし商港ということは民間人も多数いたはずだが、避難誘導が速やかに行われたこともあり、港には人の影はみられない。
代わりにゾンビが点在し、それを相手取るマッシュ・アクラシス(ka0771)と鵤(ka3319)の姿。
「おいいおーい教団の次は何よこれ。帝国呪われてんじゃね」
「口より手を動かしていただけませんか?」
「へいへいっと」
鵤の周囲に三角形を描くように三本の針が出現する。針先がそれぞれに狼ゾンビを向いたかと思うと、そこから光線が発せられた。
それでもなお立っている狼へとマッシュがアルマス・ノヴァの刀身を突き入れ、抜き払う。
「おや、同業者ですかな?」
5人は簡単に状況確認を兼ねて挨拶を交わす。
「なるほど、一番区画ねぇ。あの派手な音がしている方かなぁ?」
鵤がちらりと見る南東からは銃撃の音がひっきりなしに響いている。
「戦闘音にリンドブルム……はぁ……依頼外での仕事は遠慮したいところなんだけど……そうも言ってられないのが現実かな」
アメリアがルーナマーレを構えると同時に、近付いて来た狼ゾンビの頭部を撃ち抜いた。
「急ごう」
クランの言葉に一同が頷いたところで、鵤が後ろポケットに手を回した。
「あぁ、その前に皆さん通信機器お持ち?」
「……鵤、こんな時にナンパですか」
「違うわ! 情報共有!!」
「冗談です」
「……おたくの冗談解りづらいから……」
ぐったりした様子を見せつつ、鵤が連結通話を施そうとして……全員が取り出したのがトランシーバーであることに気付く。
「あら、連結いらないわ」
連結通話は違う通信機器同士でも通信を可能とするスキルだ。だが、全員がトランシーバーならば、全員が同じ周波数に設定すれば送受信が可能となる。
「これで余程離れなけりゃあ全員フルオープンってなぁ。ああ、電源と通話状態は常に入れといてちょうだいよぉ? 聞こえませんでした、とか無しで頼むよぉ」
こうして5人は途中に遭遇した狼ゾンビやプラッツェン型を撃破しながら一番区画へと向かった。
一番区画では騎乗していた為、先に辿り着いていたハンター達5人が兵士達と共に戦っていた。
「せっかく珍しい珈琲豆の買い付けに来たのに、戦闘に巻き込まれるのはついてないな」
カイン・マッコール(ka5336)はそうぼやきつつ馬上から祢々切丸を軽々と操り、狼ゾンビの首を刎ねる。
「なにやら騒がしいと思えば……最近は見なくなったと思っていたのだがな」
夕鶴(ka3204)もまたローレル・ラインを振りかざし、孤立しかけていた帝国兵の救出へと馬を駆る。
「いいぞ、全力で来い。この刀が、この銃が貴様らを狩らせろと騒いでいる。さあもっと叫べ! もっと踊れ! この私を篤とときめかせるのだ!」
「シオン殿、無茶はするなよ」
「ふ、わかっている」
鞍馬 真(ka5819)の忠告に不動シオン(ka5395)は不敵な笑みを湛えつつ応え、2人は同時に愛馬を駆った。
前衛で戦う兵士達の前に、ゴースロンに乗った少女が飛び出ると、彼女から広がった光の波動が狼ゾンビ達を塵へと還す。
「重傷者は私が癒やしますの。遠慮無く声を掛けて欲しいの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)が人々をほっとさせるような笑顔で帝国兵達に声を掛け、すぐに視線を前方に蠢くゾンビ達へと向ける。
狼ゾンビは一体一体の能力はさほど高くない。
今まで数々の戦場をくぐり抜けてきたハンターにとっては、囲まれさえしなければ恐ろしい相手ではなかった。
厄介なのはそれを纏めているプラッツェン型――大型の狼ゾンビと彷徨い歩く人型の剣機ゾンビの方だ。
夕鶴でさえ、かつて共に戦った帝国兵である彼らを斬ることに躊躇いがないわけではない。
それが、実戦経験の浅い一般兵ならば尚更だろう。
いくら銃が『罪悪感を減らす』武器だとしても、その引き金を引くたびに精神がすり減るだろうことは想像に難くない。
一番区画は大きな倉庫が3つ。どれも入口は硬く閉ざされ、帝国兵達が3班に分かれ守備に就き、ゾンビ達の倉庫内部への侵入は許していない。
各区画間、また各倉庫の間の道は魔導トラックがすれ違える程に広く、戦闘に苦労することも無い。
そう、ただ、広い。
単純に見積もっても一番区画だけで250×500m四方の広さがある。
一方でハンターは現在5人。全員が固まって行動するのであれば当然手が届かないところが出る。
(北側の倉庫前が押され気味か……?)
「僕は北側の加勢に行く」
「カイン殿!?」
真の制止の声が届く前にカインは言うが早いかゴースロンを駆る。
「私が加勢に向かおう」
夕鶴が素早く馬を向ける。
通信器を持っていないカインでは最悪の時に助けを求める声が誰にも届かない可能性がある。
その点で現在トランシーバーを持ってきていた夕鶴と真とシオンとは周波数を合わせてあった。
「頼む」
真の声に力強く頷くと夕鶴はカインの後を追って戦馬を走らせた。
その時、商港の北西、五、七番と呼ばれる区画の方からライフルの銃声が響いた。
「……新手? それとも味方か」
目を向ければ剣機ゾンビ達がぞろぞろとこちらへと歩いてくるのが見え、シオンは荒々しい嘶きと共に右前脚で地面を掻く愛馬の首を撫でる。
「こう来なきゃな。これこそが私が待ち望んだ総力戦だ。ときめくぞ」
シオンは心底、喜んでいた。
この状況こそ彼女の心を躍らせる、最高の戦場。
戦士として生まれ、戦士として育てられたシオンの闘争心を満たすに値する最高のデスマッチ。
飛び掛かって来た狼ゾンビから愛馬を守りつつ、拳銃で牽制を行うその顔には獰猛な笑みを浮かべていた。
●
「あぁもぅ、また来た!」
アメリアがスナイパーライフルを構えようとし、その距離に魔導拳銃に持ち替える。
「おたくたちが先行して、うちらが後を追うから」
「はい」
「すみません」
一番区画へ向かう道中にももちろん敵は現れる。
単独行動を避けつつ一番区画へ向かおうと思うには一番足の遅い柊をクランがフォローしながら先行し、マッシュが殿を、鵤とアメリアが射撃で近寄られる前に攻撃するしかない。
救いと言えば、一番区画の方で派手な戦闘音が響き、敵もそちらへと移動している為、襲われる回数はさほどでも無い事とと、鵤とアメリアの2人の射撃が命中すればほとんどの敵はこちらへ辿り着く前に倒れてくれることだろうか。
「……剣機というから警戒していたが……」
マッシュはラントヴァイティルを構えたまま眉間にしわを寄せる。
「うん、手応えがなさ過ぎるねぇ……そんなに一番区画に密集してんのかね?」
鵤もまた落ちてきた前髪を書き上げながら首を傾げる。
かといって、個別に向かうとすれば狼たちに密集されたときが危ない。
「ねぇ、あれ」
アメリアの視線の先、七番と五番区画を区切る道路の真ん中に不自然に置かれたコンテナがある。
「ちょっと見に行ってみてもいいですか?」
アメリアの問いかけに、一同は頷き区画の中へと入っていく。
鉄製の赤茶けた大型コンテナはそれそのものから負のマテリアルを感じる程に禍々しい代物となっている。
「……随分汚れてますねぇ……あらぁ? これサビじゃなくて血痕……ですねぇ」
柊が着物の袖で思わず口元を抑えた。
「……横から空きそうだ。手伝ってもらっても?」
「あぁ」
「あんまおっさんに無理させるんじゃねえよ? ぎっくり腰になったら責任とってよねぇ?」
クランとマッシュ、そして鵤の男3人が力を合わせて扉をスライドさせる。
思ったより軽い手応えで扉が開くと同時にごとりと何かが転がり出てきた。
「っ!」
柊が驚きに小さく息を呑んだが、それが血まみれの人の腕であると理解すると違う意味で衝撃を受けて一歩下がった。
何が飛び出してきてもいいように構えていたアメリアの眉が跳ねる。
「……なるほど。帝国兵の服を着たゾンビが彷徨いていると思ったけど、こうやって死体を集めてゾンビ化してたわけですか……」
「あーぁ。こりゃ、負のマテリアルまみれになりますわぁ」
ちらりと中を覗き込んだ鵤が不愉快そうに眉間を揉み込む。
「なるほど、これにゾンビ達を乗せて運び、帰りは拉致した遺体を乗せて帰る……と」
マッシュも中を一瞥すると、帝国兵の遺体を外へと運び出し、胸の上で手を組ませた。
「大丈夫か?」
クランの声に柊は頷いて薙刀の柄を握り込む。
「急ぎ、一番区画へ行きましょう……犠牲は最小限にとどめたいですねぇ」
この死んだ兵士にも誰か大事な人がいたんだろうか。
それを思うと柊の胸は押しつぶされそうな程に痛んだ。
マテリアルの炎を身に纏ったカインが敵の注意を引く。
ゾンビ達がカインへと群がり、襲いかかるそれらをカインはカウンターで返り討ちにしていく。
(やはり平時から鎧を身につけておいて正解だったか、囲まれても多少なら耐えられる)
ただ、ソウルトーチは視認出来る対象全てを巻きこむ。
プラッツェン型と狼ゾンビをメインで引き寄せたかったカインだが、剣機ゾンビが放つ遠距離からの攻撃が鎧越しに鈍痛を生む。
(……終わったら手入れしておかないと)
「助太刀します」
夕鶴が馬上で大きく剣を振るうと周囲のゾンビ達をまとめて薙ぎ払った。
「気を付けて。遠距離魔法を使うヤツがいる」
「はい」
背中を合わせるように位置した2人は続々と近付いて来るゾンビ達に向かって同時に地を蹴った。
馬上からの刺突一閃による一撃は、兵士ゾンビの右頭部半分を確かに貫くが、それでもなおゾンビ達は武器を振るい襲いかかってくる。
グレートヘルムの下、夕鶴は強く下唇を噛みがむしゃらに放たれる剣筋を受け流し、次いで武器を持つ右腕を切り落とす。
ソウルトーチの効果はまだ切れない。
近寄る無数のゾンビ達を視界に捕らえつつ夕鶴は騎士剣を正眼に構えた。
無数の帝国兵ゾンビの姿に哀れだと思う。
例えその身体に魂がないとしても、利用され続けるのは不本意だろうとも。だが。
「貴殿らの戦いはすでに終わっている。ここで引導を渡してやるさ……!」
カイン達が十分に離れたのを確認すると、真もまたゾンビ達の注意が第四師団の兵士達ではなく自分へ向くよう南側へ出てソウルトーチを纏う。
それと同時に素早い動きで真の右腕をウィップで捕らえ、其処へ剣を携えた人型ゾンビが飛び掛かる。
「くっ!」
それを左手のダガー一本でなんとか凌ぎいだところに、プラッツェン型が飛び掛かって来て、真は地面へと叩き付けられた。
「真!」
シオンが加勢に向かおうと馬を向けるが、そこには人型ゾンビ達の姿がある。
「っ! ……ふふ、敵ながらいいポジショニングだ。不覚にもときめいたぞ!」
シオンが上段から爆炎のような閃光を煌めかせた激しい一撃を叩き込む。
しかし、それを大型の盾で受けきった人型ゾンビはお返しと言わんばかりに同じく重い一撃をシオンへと叩き込む。
それをシオンは天墜の刃で受け流す。
「……くくく、いいぞ」
一般兵ではあるまい。鍛えられた肉体は腐っても強力な一撃を放つ。恐らく一等兵、いや上等兵だったかもしれない。
兵士ゾンビの右腕を叩き斬る。
一瞬バランスを崩したその兵士の真後ろ。シオンからは死角になるその位置にもう1人、兵士ゾンビがいた。
「何……!?」
閃光がシオンの目の前で弾けた。
「あ、こっちですの! おーい!!」
馬上からディーナが大きく手を振ると5人の元へと馬を駆る。
「誰か手を振っている」
前を行くクランがディーナを見つけ、柊が手を振り返す。
「おや、やはり同業者が先に到着していましたか」
二番、三番区画の間までディーナが駆け寄り、簡単な現状報告をする。
ディーナ達が第四師団と合流してからは人的被害はほぼ出ていないこと。
ソウルトーチのお陰でゾンビのほとんどはそちらに引き付けられている為、一番区画の各倉庫の入口前は比較的穏やかな戦況であること。
「なるほどねぇ。ソウルトーチ様々だぁね」
鵤が軽い調子で答えたその時、一瞬空が暗く陰った。
「……リンドヴルム……!」
アメリアが直ぐ様スナイパーライフルを構えるが、遠い。
上空を旋回する3体のリンドヴルムを慎重に確認していると、ここからさらに東の地へと降りていくのが見えた。
「……あっちは、軍港がある方だって言ってたの」
ディーナの言葉に一同は顔を見合わせる。
「あちらにも攻撃が……!?」
柊の声を合図に6人は走り出した。
●
落馬する瞬間、真はわざと駿馬の尻を鞘で叩いた。
人が落ちたことにも驚いていた駿馬はその刺激だけで飛び上がり、野生の勘で安全な方へと走って行く。
元々駿馬は速度が速いが持久力や耐久力に欠ける。落馬し、ソウルトーチを纏った自分では守りきれず怪我を負わせるくらいなら逃がしてやった方がいいという判断だ。
幸いにして落馬する衝撃で腕の拘束は外れている。
が、しかし。
がっしりとマウンティングされており、身動きが取れない。
目前ではプラッツェン型が獰猛なうなり声を上げ、鋭い牙と牙の間から生臭い涎を垂らす。
その時、風船が破裂するような音と共にプラッツェン型がよろめいた。
その隙を逃さず真は素早く体勢を整えると倉庫の壁を背に骨喰を構える。
射線を辿れば、そこにはスナイパーライフルを構えたアメリアがいた。
その手前では柊とクランが息の合ったコンビネーションで狼ゾンビを相手取っている。
「真、大丈夫か?」
ソウルトーチが切れた頃、ようやく近付くことが出来たシオンが問う。
「私は無事だが……シオン殿の方が」
「なに、ちょっとした擦り傷みたいなもんさ。得物が振るえれば問題無い」
爛れた両腕から流れる血糊で天墜を滑り落とさないようにと聖骸布を使って固定しながらシオンが笑う。
「あったぞ」
「何?」
「“後頚部に黒い石のような物”だ。なかなか強い兵士の剣機がいてな。何とか背後を取って砕こうと試みたが的が小さい。そうこうしている間に倒してしまった」
「そうか」
放たれたウィップを刀身で叩き落としながら真は思案する。
(……あの時の事件と、繋がっているのか……?)
以前真はこの石を埋め込まれた剣機と戦った事がある。
彼らはただのゾンビとは違い己の意志があるかのように連携を密に取り挑んでくる。
あの、ウィップを使った兵士ゾンビももしかするとそうなのかも知れない。
「……油断せず行こう」
「あぁ、もちろんだ」
近寄ってくるゾンビ達を真とシオンは押し返し殲滅すべくその刃にマテリアルを込めた。
「……しつこいな」
明らかに一体、執拗にカインの腕を狙ってきている弓使いがいる。
幸いにして全身を覆おう武者甲冑のお陰でほぼ傷は無い。
それでもそちらに気を取らせる程には効果を出している。
ぐっと丹田に力を込め、3m半周を薙ぎ払う。
塵へと還っていくゾンビの向こうから、負のマテリアルが放たれたのが見えた。
受けを取ろうとして、矢が再び腕に当たり一瞬遅れた。
爆炎がカインを包む。
「カイン!」
爆音に夕鶴が手綱を引いて取って返そうとする、が。
灰色の煙の中から飛び出してきたカインは、煙を吸い込んだ事によって咳き込んではいたが、大きな怪我は負っていないようだった。
「……いつゴブリンと遭遇しても良いようにと鎧の手入れを怠らずにいて良かった」
呼吸を整えそう呟くと、再び攻撃へと転じる。
そんな2人の間に3本の光線が走り、ゾンビ達の腕や足を貫いた。
「……凄まじいねぇ」
そう笑うのは鵤。
その隣のマッシュが夕鶴の背後に忍び寄っていた兵士ゾンビの胴を撃ち抜く。
「さぁ、一気に片を付けましょう」
2人を見たカインはちょうど自身のソウルトーチが落ち着いたのを確認し、「ちょっと行ってくる」と言い残すと馬を走らせた。
向かう先には、先ほどからしつこくカインの腕を狙っていた弓使い。
首を刎ね、更に胴を真横に一刀両断すると弓使いはなすすべも無く塵へと還っていった。
「さて、豆を仕入れないと、こういったところにはめったに来られない」
10人のハンター達が揃うと敵の数は驚くほど順調に減り、最後の一体はアメリアの冷弾により討ち取られた。
再び、空が一瞬暗くなる。
全員が見上げると3体のリンドヴルムが悠々と機械仕掛けの翼を広げ南東の海上へと去って行くその後ろ姿が見えた。
その足元には大きなコンテナの影。
ハンター達の活躍により、商港は被害を抑えることが出来たが、ベルトルード全体の被害としては大きな爪痕を残したのだった。
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相談卓 カイン・A・A・カーナボン(ka5336) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/04/08 01:02:56 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/04/05 23:51:20 |