ゲスト
(ka0000)
聖導士学校――運転資金とビッグスケルトン
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/04/11 09:00
- 完成日
- 2017/04/18 00:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
聖堂教会。
グラズヘイム王国の国教であり、多くの聖導士を抱える富強な巨大組織である。
とはいえ巨大な分課せられる役割も膨大な訳で、人、物、金が足りないこともしばしばだった。
「経費削減をお願いします」
イコニア・カーナボン(kz0040)の目が据わっている。
戦慣れした覚醒者でも怖じ気づくほどの眼光だ。
「司祭、我々の使命は人類の明日を担う人材の育成であって……」
緑の瞳が虚ろに光った。
教師としても聖導士としても熟練のはずの司教が、うっ、と情けない声を出して言葉に詰まる。
「活発化した歪虚に対処するため、本校に対する援助が減らされることになりました」
打倒歪虚は聖堂教会の悲願だ。
教育も重要だが最優先は対歪虚である。
「授業内容を削れと言っている訳ではありません。苛酷な授業の中の楽しみである食事の質を落とせとも言いません」
部屋の隅でパルムが震えている。
財務書類を見た教師が頭を抱えて祈るポーズをとる。
「経営破綻の際は、責任をとって私が最初に身売りすることになります。ええ、名目上は人材派遣ですが実質そういうことです。足り無ければ生徒の就職先も相応のものになるでしょう」
怒りも悲しみも無く、少女司祭は淡々と事実だけを口にする。
タイムリミットは本年中。
経営再建が遅れれば、最短で本年夏にイコニアが出荷されることになる。
●求人依頼!
「6次産業化による雇用創出と税収拡大、地産地消による食糧調達コスト削減、歪虚を駆除した土地を高値で売りつけるとか、解決策はいっぱいあると思いますよ?」
「だったら協力してくださいっ! 私、男性とおつきあいしたこともないのに身売りなんてしたくないですっ」
ふにゃー! と迫力のない威嚇をするイコニア。
カウンター越しに話を聞いていた職員は、けんもほろろに突き放してした。
「えー、だってー、歪虚がうろついている危険地帯で、田舎貴族と揉めてる面倒な土地でしょ? 関わるメリットが正直全くないです」
自称美少女職員、他称金儲けだけは巧いド畜生が、悪意無しで完全拒否をする。
「素直に実家を頼ったらどうです。貴女を育てられる家なら切れ者の1ダースくらいいるでしょうに」
イコニアは十代半ばで司祭位を得、有力な派閥の幹部に抜擢された若手有望株だ。
天才でもなんでもない彼女をここまで育てられる貴族家なら人材の層も厚く、数名なら派遣可能なはずだった。
「あなたクラスの畜……失礼、銭ゲ……失礼、私以外を売り飛ばしかねない人達なんて絶対に呼びません!」
「だったら身売りですね。がんばってください♪」
華やかな笑みで引導を渡す。
ふにゅう、と奇妙な呻きをあげてイコニアがカウンターに倒れかかる。
こいつら何遊んでんだという視線が、大勢のハンターとパルムから向けられていた。
「あの、そろそろ本気でマズイんでハンターズソサエティに協力をお願いしたいのですが」
イコニアが真面目な顔になり背筋を伸ばした。
職員はそうですねー、己の唇の指を当てて高速計算。最初と同じ回答に辿り着く。
「あなた方の派閥には癒し手派遣でお世話になってますけど」
ふう、とため息をひとつ。
「わたしのかんがえたさいきょうのじんざい、なんて普通は雇えませんよ。覚醒者で、ハンター登録をしている、採算度外視の学校の再建が出来る経営手腕の持ち主なんて、仮に存在しても貴女方に給料払えます?」
職員のお手上げポーズ。
イコニアから生気が抜けていく。
元気出せ、と小さなパルムがイコニアのふくらはぎをぽんぽんとした。
動きのないイコニアを放置し、依頼を出すため手続きが進んでいく。
無地の3Dディスプレイに細かな条件が表示されて、虚ろな目のイコニアの同意を得てから拡大。多くのハンターの目に触れる位置へ移動する。
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、開拓、猫の相手など、それ以外の担当者も募集中です。
教室で熱心に授業を受ける子供達がが映し出され、依頼の内容が繰り返された。
●猫の偵察隊
にゃ。
毛艶の良い猫達が、野生動物らしい鋭い動きで緑の間をすり抜けていく。
いきなり止まって小さく丸まり気配を希薄にする。
それから1分ほど遅れて、無防備に猫に近づいていた小鳥が空に向かい逃げていった。
かつて果樹園だった土地が揺れている。
巨大な、全高7メートルの人型骸骨が、何をするでもなく果樹と果樹の間を歩いている。
にゃ?
柑橘類の匂いがほんのわずかではあるが薄れていた。
それ自体は好ましい。しかしこれが繰り返されると、食料調達担当(学校のこと)がこの地を取り戻したときに困る気がすごくする。
みゃ。
そろりそろと起き上がる。
巨大スケルトンの意識が南を向いた瞬間、北に向かって音もなく駆ける。
なお、彼等は普通の猫なので、必死のジェスチャーをしてもお世話係の生徒に偵察結果が伝わらなかった。
●募集要項
「聖導士の学校?」
薄い化粧の貴婦人が、普段着のドレスを着たままソファーに身を預けた。
聖堂教会が出している学校パンフレットを見て、上品に首を傾げる。
「ええ。卒業できれば助祭位を頂けるようですよ」
「確か分家の娘が去年卒業したと……」
ここは王都のサロン。
参加者は同族の女性ばかりなので、皆適度に気を抜きお茶やお菓子を楽しんでいた。
「旦那が外で作った子を入れようかしら」
「姉様、多少いびるならまだしも、ここに入れたら虐待になりますよ」
この中では人格者と知られる新妻が、きつい顔立ちの美女に心配そうな視線を向けた。
「人聞きの悪いことを言わないで。養子や婿入りの宛てがないなら手に職つけてあげないと可哀想でしょう」
すまし顔で平然と否定する。
ただし内心は正反対。
私、悪役貴族婦人と認識されているのかしらと内心大いに傷ついていた。
「基本的にいつでも入学可、ね」
この中では一番頭の良い夫人が、眼鏡の位置を何度も調節してパンフを確認する。
授業内容が控えめに表現しても異様に濃い。
10人中9人を潰して1人の人材を育てる場所かと思ったが、卒業までの期間が延びることはあっても退学も死亡もないらしい。
「家臣に紹介……ああ、受け入れ枠が少ないのね。いくら包めばいいのかしら」
「私も出来れば従兄弟を入れたいです。足りるといいのですが」
1人分でも学校財政を好転させられる額の金が、社会の上層には大量に滞留している。
地方貴族の出で当主ですらないイコニアには、彼女達に繋がるコネを得る機会すら存在しない。
グラズヘイム王国の国教であり、多くの聖導士を抱える富強な巨大組織である。
とはいえ巨大な分課せられる役割も膨大な訳で、人、物、金が足りないこともしばしばだった。
「経費削減をお願いします」
イコニア・カーナボン(kz0040)の目が据わっている。
戦慣れした覚醒者でも怖じ気づくほどの眼光だ。
「司祭、我々の使命は人類の明日を担う人材の育成であって……」
緑の瞳が虚ろに光った。
教師としても聖導士としても熟練のはずの司教が、うっ、と情けない声を出して言葉に詰まる。
「活発化した歪虚に対処するため、本校に対する援助が減らされることになりました」
打倒歪虚は聖堂教会の悲願だ。
教育も重要だが最優先は対歪虚である。
「授業内容を削れと言っている訳ではありません。苛酷な授業の中の楽しみである食事の質を落とせとも言いません」
部屋の隅でパルムが震えている。
財務書類を見た教師が頭を抱えて祈るポーズをとる。
「経営破綻の際は、責任をとって私が最初に身売りすることになります。ええ、名目上は人材派遣ですが実質そういうことです。足り無ければ生徒の就職先も相応のものになるでしょう」
怒りも悲しみも無く、少女司祭は淡々と事実だけを口にする。
タイムリミットは本年中。
経営再建が遅れれば、最短で本年夏にイコニアが出荷されることになる。
●求人依頼!
「6次産業化による雇用創出と税収拡大、地産地消による食糧調達コスト削減、歪虚を駆除した土地を高値で売りつけるとか、解決策はいっぱいあると思いますよ?」
「だったら協力してくださいっ! 私、男性とおつきあいしたこともないのに身売りなんてしたくないですっ」
ふにゃー! と迫力のない威嚇をするイコニア。
カウンター越しに話を聞いていた職員は、けんもほろろに突き放してした。
「えー、だってー、歪虚がうろついている危険地帯で、田舎貴族と揉めてる面倒な土地でしょ? 関わるメリットが正直全くないです」
自称美少女職員、他称金儲けだけは巧いド畜生が、悪意無しで完全拒否をする。
「素直に実家を頼ったらどうです。貴女を育てられる家なら切れ者の1ダースくらいいるでしょうに」
イコニアは十代半ばで司祭位を得、有力な派閥の幹部に抜擢された若手有望株だ。
天才でもなんでもない彼女をここまで育てられる貴族家なら人材の層も厚く、数名なら派遣可能なはずだった。
「あなたクラスの畜……失礼、銭ゲ……失礼、私以外を売り飛ばしかねない人達なんて絶対に呼びません!」
「だったら身売りですね。がんばってください♪」
華やかな笑みで引導を渡す。
ふにゅう、と奇妙な呻きをあげてイコニアがカウンターに倒れかかる。
こいつら何遊んでんだという視線が、大勢のハンターとパルムから向けられていた。
「あの、そろそろ本気でマズイんでハンターズソサエティに協力をお願いしたいのですが」
イコニアが真面目な顔になり背筋を伸ばした。
職員はそうですねー、己の唇の指を当てて高速計算。最初と同じ回答に辿り着く。
「あなた方の派閥には癒し手派遣でお世話になってますけど」
ふう、とため息をひとつ。
「わたしのかんがえたさいきょうのじんざい、なんて普通は雇えませんよ。覚醒者で、ハンター登録をしている、採算度外視の学校の再建が出来る経営手腕の持ち主なんて、仮に存在しても貴女方に給料払えます?」
職員のお手上げポーズ。
イコニアから生気が抜けていく。
元気出せ、と小さなパルムがイコニアのふくらはぎをぽんぽんとした。
動きのないイコニアを放置し、依頼を出すため手続きが進んでいく。
無地の3Dディスプレイに細かな条件が表示されて、虚ろな目のイコニアの同意を得てから拡大。多くのハンターの目に触れる位置へ移動する。
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、開拓、猫の相手など、それ以外の担当者も募集中です。
教室で熱心に授業を受ける子供達がが映し出され、依頼の内容が繰り返された。
●猫の偵察隊
にゃ。
毛艶の良い猫達が、野生動物らしい鋭い動きで緑の間をすり抜けていく。
いきなり止まって小さく丸まり気配を希薄にする。
それから1分ほど遅れて、無防備に猫に近づいていた小鳥が空に向かい逃げていった。
かつて果樹園だった土地が揺れている。
巨大な、全高7メートルの人型骸骨が、何をするでもなく果樹と果樹の間を歩いている。
にゃ?
柑橘類の匂いがほんのわずかではあるが薄れていた。
それ自体は好ましい。しかしこれが繰り返されると、食料調達担当(学校のこと)がこの地を取り戻したときに困る気がすごくする。
みゃ。
そろりそろと起き上がる。
巨大スケルトンの意識が南を向いた瞬間、北に向かって音もなく駆ける。
なお、彼等は普通の猫なので、必死のジェスチャーをしてもお世話係の生徒に偵察結果が伝わらなかった。
●募集要項
「聖導士の学校?」
薄い化粧の貴婦人が、普段着のドレスを着たままソファーに身を預けた。
聖堂教会が出している学校パンフレットを見て、上品に首を傾げる。
「ええ。卒業できれば助祭位を頂けるようですよ」
「確か分家の娘が去年卒業したと……」
ここは王都のサロン。
参加者は同族の女性ばかりなので、皆適度に気を抜きお茶やお菓子を楽しんでいた。
「旦那が外で作った子を入れようかしら」
「姉様、多少いびるならまだしも、ここに入れたら虐待になりますよ」
この中では人格者と知られる新妻が、きつい顔立ちの美女に心配そうな視線を向けた。
「人聞きの悪いことを言わないで。養子や婿入りの宛てがないなら手に職つけてあげないと可哀想でしょう」
すまし顔で平然と否定する。
ただし内心は正反対。
私、悪役貴族婦人と認識されているのかしらと内心大いに傷ついていた。
「基本的にいつでも入学可、ね」
この中では一番頭の良い夫人が、眼鏡の位置を何度も調節してパンフを確認する。
授業内容が控えめに表現しても異様に濃い。
10人中9人を潰して1人の人材を育てる場所かと思ったが、卒業までの期間が延びることはあっても退学も死亡もないらしい。
「家臣に紹介……ああ、受け入れ枠が少ないのね。いくら包めばいいのかしら」
「私も出来れば従兄弟を入れたいです。足りるといいのですが」
1人分でも学校財政を好転させられる額の金が、社会の上層には大量に滞留している。
地方貴族の出で当主ですらないイコニアには、彼女達に繋がるコネを得る機会すら存在しない。
リプレイ本文
●燃えさかる財政
「これが先々月で」
ソナ(ka1352)が出納簿を精読する。
犯罪ではないぎりぎりのやりくりで、この時点の財政は健在だった。
「こちらが先月、ぶん」
数字を目で追う。
教育の質を落とさない範囲で無駄は省いている。
聖堂教会からの支援が半減したので焼け石に水だが。
「これ以上となると……」
教員が購入する際、事前の許可を義務づけるくらいしないとどうにもならない。
水城もなか(ka3532)が医療課程教科書をめくる手を止め、横から出納簿を眺めた。
「結構出費が嵩んでいますが、人を育てるにはこれくらいはかかりますよね」
この学校の通常過程は最短2年、最長3年。
身につける内容は、地球の某国に当てはめると小学校6年と中学校3年と戦闘訓練1年の合計10年分。
控えめに表現しても異様な詰め込み具合なので、正直削れる部分がほとんどない。
「それは、そうなのですが」
財政が炎上しているのも事実なのだ。
「お金のことは、やっぱりイコニアさん担当なのかしら」
話を向けられた少女司祭は、ちょっぴり遠い目をしてうなずいた。
「専属の人がいると良いですね。聖堂教会には任せられる方、いらっしゃらないのですか?」
「いますが少ないです。危険地帯に勤めてくれる人となると、片手て数えられる上にお給料もあげなきゃですし」
そりゃそうよね、と納得と疲れの籠もった吐息が複数もれた。
「では、校内の先生で得意な方は」
ソナがへこたれずに改善案を出す。
「能力が足りている方は3名、頼めばおそらく引き受けてくれる方がそのうち2名、ですけど」
権限には責任がついてくる。
今回は身売りレベルの責任がついて来かねないわけで、任せると教師の実家に喧嘩を売ることになる。
なお、ハンターが財務を担当しても責任はついてこない。
実質的に指揮をとっていても法的には助言という扱いになり、だいたいイコニアが責任を負うことになる。
「私もそっち方面は疎いのですのよね……」
エステル(ka5826)が司祭の顔を見上げて小首を傾げた。
騎士団や中央の貴族に繋がる個人的コネも持ってはいるが、聖堂教会の中で悪名高い派閥に属す学校への便宜を願うのは危険が大きすぎる。
対歪虚戦に役立つならなんでも気にせず利用する者達なのだ。
「生徒さんはヒールが使えますよね。診療所などへの出稼ぎ、とかちょっと思いましたが」
「拘束時間がな。一度派遣すれば1週分授業が遅れる。途中で途切れる分も入れると2週分の遅れになりかねん」
開きっぱなしの扉をノックして、校長でもある司教が午後の食堂に入ってきた。
「お久しぶりです。……受け入れ先の用意とかそのほか諸々面倒で大変ですね」
考えもしなかったという顔をする司教。
手間を考え自分の胃の上を押さえるイコニア。
普段どのように学校が運営されているのか容易に想像できる情景だった。
教師が次から次へとやって来る。
最後の1人が生徒立ち入り禁止という紙を扉に張って閉め、厳重に鍵をかけた。
「お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。リアルブルーではピンチをチャンスにって言葉があるんだ。今から2時間でみんなの思い込みをぶっ壊すよ」
司教と向かい合う席から宵待 サクラ(ka5561)が立ち上がり、前置きを最低限に本題に入る。
「この学校の1番の売りはね、読み書き四則計算じゃなくて聖導士になれることなんだよ」
司教も司祭もきょとんとしている。能力を高い聖職者をつくるのが目的で、覚醒者ならなれて当然とでも言いたげだ。
「みんな当たり前すぎて忘れてるけど。それを誰に売りつけるかってこと。軍でも辺境地でも誰もが欲しがる食いっぱぐれのない尊敬職。これに貴族位が絡めば大司教も夢じゃない。身内に司祭位を1番欲しがるのは貴族なんだよ」
予め運び込まれていたホワイトボードに、この学校の入学層と、王国内で金を持っている層を並べて書く。
前者は平民も貴族も金がない層で、後者は貴族の中でも上位に位置する層だ。
「高位貴族でも、放り出される子には手に職が必要だからね。ここは大公様と仲が良いんだよね。大公様は無理でも配下貴族を通じて貴族の募集をかけるとかどう? 入学金は大金踏んだくって良いと思う。払えない者は代わりに数年間聖堂教会で奉仕って差別化をすれば、貴族の心を擽りつつ今までと同じだよね」
色眼鏡をかけずに現状を認識し、理屈倒れではない合理的な案。
同時に、修羅場を潜ってきた聖職者や医者や教師に、そこまでするのかと思わせる案でもある。
「サクラさん、マーロウ大公は王国中央と冷戦中です。あまり近づき過ぎるのは」
最も若いイコニアが、職員を代表して反論をする。
そんな少女司祭へサクラは憐れみに近い視線を向けた。
「貴族が身売りしたら最後は必ず敵対陣営の寄り親の所に連れて行かれて生まれたのを後悔する目に合わされるよ? 家族の方が百万倍マシだからね?」
「覚悟の上です。末席とはいえ私も派閥の幹部。私より若い子を犠牲にする気はありません」
サクラを真正面から見てきっぱり応えた。
「家族の敵対陣営でも?」
イコニアの顔が白から青に。
呼吸は不規則に、視線は定まらず状態は揺れ、己の肩を抱いても押さえられないほど震え出す。
ソナが無言で首を横に振り、医者と看護婦と一緒に医務室へ運んでいった。
教育以外の責任者を欠いた職員ではろくな反論も行えない。
なにより教員自身、実家がマーロウ派に近い貴族ばかりだ。
開始から1時間もたたないうちに、属する派閥らしい容赦のない方針が採用された。
●今日の授業
「ハンターの水城もなかです。会議中の先生に代わって今回の授業を担当します」
壇上で堂々と、ただし押し付けがましくはなくもなかが言った。
「あの、水城さんはクルセイダーなのですか?」
最前列に座る生徒が、複雑な感情の籠もった声でたずねてきた。
「疾影士です。今回はリアルブルーでの軍歴とクリムゾンウェストでの実戦経験を元にした授業になります」
生徒の反応はとまどい半分、興味が半分というところだ。
「では」
もなかは、赤いリボンを生徒3人の腕に素早く巻いた。
「応急手当ての訓練です。裂傷有り、骨折ありの想定で今開始です。さあ、どんどん血が流れていますよ、死なせるつもりですか?」
笑顔で口調も穏やかでも、授業の進行に甘さはない。
不意打ちで動揺した生徒は身につけた技術の半分も発揮できず、1人に死亡判定、2人に後遺症有りで生存判定が出た。
「それまで。次はポーションの実験です」
3人分の包帯を必死に片付ける生徒の前で、もなかは消毒済みナイフを取り出した。
「あたしがナイフで指を切りヒーリングポーションを飲むとどうなるか、はい、説明してください」
ナイフ。
綺麗な切り口。
鮮やかな赤が空気に触れて黒くなり。
ポーションの効果で嘘のように傷が塞がる。
「今日の授業内容をクラス全員6人で考えて発表してもらいます。きちんとご褒美にザッハトルテを用意していますからね。頑張ってください!」
医療課程生徒は限界ぎりぎりまで心身を酷使され、非覚醒者・覚醒者の間で揉める気力は残らなかった。
●鼻をへし折る
体は鍛えられ、技術は身につき、しかし浮つく心が全てを台無しにしている。
一見精鋭に見えるのが最悪だ。
「クソ、過保護安全にし過ぎたか?」
深紅の刃が馬鹿馬鹿しいほど巨大な骨にめり込んだ。
骨の巨大拳が上から突き込まれ、ボルディア・コンフラムス(ka0796)は考え事に没頭しながら平然と躱してみせる。
「半分引退させるつもりでやりゃぁ気合も入るか? 駄目だ、卒業生不足で学校が詰む」
骸骨の奥が禍々しく光り、全高7メートルのスケルトンが捨て身の突撃をしかける。
さすがに躱しきれずに当たりかけ、しかし巨大で分厚い斧で受けてほぼノーダメージだ。
「くっそー、殴れば済むなら何匹でも潰してやるのによ」
勢いよく首を振って精神状態を切り替える。
今の自分は歪虚も恐れる地獄の訓練教官。甘い箇所なんてどこにもないのだ。
追い詰められたスケルトンの大パンチ。
今度は受けずに真後ろに走り、置いていかれたスケルトンは10秒近く呆然としていた。
「おい、スケルトンが出たぞ。なにしてるとっとと動け。あぁ? 何コッチ見てんだ。どうしたいかはお前等で決めろ」
一見見事な生徒の隊列に冷たい声をかけて後ろへ回り込む。
巨大歪虚が近づいてくる。
生徒は盾にされたとでも思い込んだのか、露骨に浮きだち、連携もろくにとれていない攻撃をスケルトンに仕掛けた。
メイスが空振り蹴りを受け損ねた生徒が反吐にまみれて地面に転がる。銃弾が明後日の方向へ飛ぶ。
「負傷者の治療は私が行います。前線を維持して下さい」
悲鳴と怯えにまみれた戦場に澄んだソプラノが響き渡る。
エステルは直径1メートルの円形盾を構えたまま最前列に割り込み、その場から動かず癒やしの術を使った。
傷が一瞬で消えても心に受けた衝撃は消えない。
生徒の動きが無残なほど雑に、逃げ腰になる。
(ハンターによるスケルトン退治の見学に変更……)
ラージスケルトン・ケンカキックを円形盾で受け流す。
(いえ、慢心の代わりに怯懦に囚われてしまうと最悪です。でもどうすれば)
歪虚を倒すだけなら容易。生徒の教育を考えるとかつてないピンチであった。
「よく見てな新米ちゃん。お姉さんがガチの退魔術ってもんを背中で教えてやるぜっ!」
盾も持たず、分厚い金属鎧も着込まず、小さな杖だけを持った女性が恐れる様子もなく巨大スケルトンに近づいた。
(この距離でこの気配かよ。あっちなら超大物だな)
元退魔師、現聖導士の神薙玲那(ka6173)が、目を細めて獰猛な笑みを浮かべる。
周囲を漂うマテリアルが彼女の気合いに反応し、赤とも銀ともつかない火の玉が現れては消えを繰り返す。
「西洋風ファンタジーに見せかけた末法の世じゃねーか」
魔術と退魔師を自分のものとして消化した上で、クリムゾンウェストのスキルとして組み上げた術を掌に生み出す。
「びびってんじゃねぇ! 腹ぁ据えろ。てめぇ等のご立派な装備は飾りかエェ?」
銀の光弾がスケルトンの頭蓋に当たって数センチの焦げ跡をつくる。
歪虚は脅威を感じぬ生徒から視線を外す。
こちらに向かってこないエステルとボルディアを警戒しながら、巨大な骨によるリーチを活かして玲那へ腕を振った。
1撃は耐えられても2撃受ければ確実に重傷だ。
銀のポニーテールが地面を向く暇もない速度と頻度でとにかく駆ける。
「盾は構えて備えるもんだ。そこ! 何一人で前に出てやがる。1人で倒せないなら仲間と囲んで叩くんだよ」
生徒が前に出ても危険だ。
後ろに下がっても今後い物にならなくなる。
我が身を危険にさらすことで説得力を持たせた上で、不良じみた言葉遣いで、子供達を適切な位置と姿勢に誘導する。
「さて」
メカメカしい杖の先端部が花開く。
支えもないのに浮かんでいる宝珠が、フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)の魔力を浴びて仄暗く輝く。
全身の魔術刻印に魔力が通って青白く染まり、痛々しさすら感じる白い肌を強調した。
「7mの、教材です」
伝統的な火の玉を、細い腕でひょいと投げる。
巨大骨に当たる直前、ぱちりと小さな音を立てて破裂。
威力だけならリアルブルー兵器並の爆発がスケルトンを覆い、指や関節に細かなひびが入る。
生徒の目に光が増す。
強ばっていた体から無駄な力が抜け、戦闘開始前のような慢心が微かに復活する。
「ふふ」
見えない角度で悪戯っ子の笑みを浮かべ、2投目。
スケルトンは大ダメージに無言の悲鳴をあげ、守りの薄そうなフィーナに迫ろうとする。
生徒は、自分たちに比べると薄い防具しか持たないフィーナを守れていない。
が、拳が何故か届かない。フィーナが適切に後退していたからだ。
なのに何故か、フィーナは苦悶を顔に浮かべ後ろに倒れ込んだ。
「たすけ、ないとっ」
生徒の一部がスケルトンにメイスアタック&銃撃開始。
数人がフィーナを両脇から抱えて後ろへ運び、残る半数は右往左往している。
エステルが術で強力に防御していなれば、確実に3、4人死んでいた。
「悪ぃな。あんなガキ共でも怪我させるわけにゃいかねえンだよ」
攻勢に移る。
切り倒されて消えていく骸骨を、冷たい瞳が見下ろしていた。
●縁の下
「ご指導、ありがとうございました」
進路指導室から、生気の抜けた顔に生徒が出てきて玲那にぶつかった。
身を縮こまらせ必死に謝罪しようとする子供に、玲那は優しく頭を撫でてやった。
「戦いってのは勝たなきゃ意味がねぇ。殺る時は勝てる相手からが基本だぜ。そうやって積み重ねていきゃお前らも一端の聖導士になるのは遠くはねぇさ」
子供の瞳から熱い涙が溢れた。
「自分の軽率さが身に染みましたね。効果があったようで何よりです。」
鞭役担当なフィーナが満足げにうなずき、飴役担当玲那の邪魔をしないよう窓から出て隣の建物へ向かう。
「結構な額で売れますけど、足りませんよね」
「えぇ」
薬師とソナが顔を見合わせてため息をつき、部屋の隅でイコニアがポンコツ化している。
土地を売るのは長期的に見て財政にマイナスだとか、貴族に頼ると絶対に口出しが来るので危険だとか、非常に重要な意見なのに認識できていない。
エルバッハ・リオン(ka2434)が馬だけを供に出立した。
これで4回目だ。
開拓に繋げるための調査なので1平方キロ調べるだけでも半日がかりの仕事になる。
密集して生える、邪魔にしかならない草。
半ば土に埋まり罠と化した用水路跡。
放置された家屋は獰猛な獣や歪虚の巣になっている可能性すらあって、屋敷があったときなどそこだけで1日がかりだ。
「どれも一朝一夕でどうにかできる話でもないですよね」
何度目になるか忘れてしまった動作を繰り返し、地球連合軍用PDAのカメラ機能を使った。
学校近くに住む農業技術者に見せるだけで、再開発にかかる費用と時間の正確な予測を得ることが出来る。
持ち込んだエルバッハが驚くほど役に立っていた。
馬の足が止まる。
周囲には建物も茂みもなく、少し荒れただけの果樹園が広がっている。
風が動いて細かな砂が舞い、乾いた土に伏せていた、砂色の獣が両断される。
血が果樹園を汚す前に、最初からいなかったかのように獣がいなくなった。
「スキル不足の方が強敵です」
残量が半分を切ったので学校に戻る。
「未探索地域が多く残っている状況は、経営再建をしていくうえでマイナス要因になると思います。なので、生徒たちの演習も兼ねて大規模探索をしてみたらどうでしょうか」
地に足がついた今の生徒になら任せることが出来る。
本格的な探索が始まれば、この閉塞感も打開できると思われた。
「これが先々月で」
ソナ(ka1352)が出納簿を精読する。
犯罪ではないぎりぎりのやりくりで、この時点の財政は健在だった。
「こちらが先月、ぶん」
数字を目で追う。
教育の質を落とさない範囲で無駄は省いている。
聖堂教会からの支援が半減したので焼け石に水だが。
「これ以上となると……」
教員が購入する際、事前の許可を義務づけるくらいしないとどうにもならない。
水城もなか(ka3532)が医療課程教科書をめくる手を止め、横から出納簿を眺めた。
「結構出費が嵩んでいますが、人を育てるにはこれくらいはかかりますよね」
この学校の通常過程は最短2年、最長3年。
身につける内容は、地球の某国に当てはめると小学校6年と中学校3年と戦闘訓練1年の合計10年分。
控えめに表現しても異様な詰め込み具合なので、正直削れる部分がほとんどない。
「それは、そうなのですが」
財政が炎上しているのも事実なのだ。
「お金のことは、やっぱりイコニアさん担当なのかしら」
話を向けられた少女司祭は、ちょっぴり遠い目をしてうなずいた。
「専属の人がいると良いですね。聖堂教会には任せられる方、いらっしゃらないのですか?」
「いますが少ないです。危険地帯に勤めてくれる人となると、片手て数えられる上にお給料もあげなきゃですし」
そりゃそうよね、と納得と疲れの籠もった吐息が複数もれた。
「では、校内の先生で得意な方は」
ソナがへこたれずに改善案を出す。
「能力が足りている方は3名、頼めばおそらく引き受けてくれる方がそのうち2名、ですけど」
権限には責任がついてくる。
今回は身売りレベルの責任がついて来かねないわけで、任せると教師の実家に喧嘩を売ることになる。
なお、ハンターが財務を担当しても責任はついてこない。
実質的に指揮をとっていても法的には助言という扱いになり、だいたいイコニアが責任を負うことになる。
「私もそっち方面は疎いのですのよね……」
エステル(ka5826)が司祭の顔を見上げて小首を傾げた。
騎士団や中央の貴族に繋がる個人的コネも持ってはいるが、聖堂教会の中で悪名高い派閥に属す学校への便宜を願うのは危険が大きすぎる。
対歪虚戦に役立つならなんでも気にせず利用する者達なのだ。
「生徒さんはヒールが使えますよね。診療所などへの出稼ぎ、とかちょっと思いましたが」
「拘束時間がな。一度派遣すれば1週分授業が遅れる。途中で途切れる分も入れると2週分の遅れになりかねん」
開きっぱなしの扉をノックして、校長でもある司教が午後の食堂に入ってきた。
「お久しぶりです。……受け入れ先の用意とかそのほか諸々面倒で大変ですね」
考えもしなかったという顔をする司教。
手間を考え自分の胃の上を押さえるイコニア。
普段どのように学校が運営されているのか容易に想像できる情景だった。
教師が次から次へとやって来る。
最後の1人が生徒立ち入り禁止という紙を扉に張って閉め、厳重に鍵をかけた。
「お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。リアルブルーではピンチをチャンスにって言葉があるんだ。今から2時間でみんなの思い込みをぶっ壊すよ」
司教と向かい合う席から宵待 サクラ(ka5561)が立ち上がり、前置きを最低限に本題に入る。
「この学校の1番の売りはね、読み書き四則計算じゃなくて聖導士になれることなんだよ」
司教も司祭もきょとんとしている。能力を高い聖職者をつくるのが目的で、覚醒者ならなれて当然とでも言いたげだ。
「みんな当たり前すぎて忘れてるけど。それを誰に売りつけるかってこと。軍でも辺境地でも誰もが欲しがる食いっぱぐれのない尊敬職。これに貴族位が絡めば大司教も夢じゃない。身内に司祭位を1番欲しがるのは貴族なんだよ」
予め運び込まれていたホワイトボードに、この学校の入学層と、王国内で金を持っている層を並べて書く。
前者は平民も貴族も金がない層で、後者は貴族の中でも上位に位置する層だ。
「高位貴族でも、放り出される子には手に職が必要だからね。ここは大公様と仲が良いんだよね。大公様は無理でも配下貴族を通じて貴族の募集をかけるとかどう? 入学金は大金踏んだくって良いと思う。払えない者は代わりに数年間聖堂教会で奉仕って差別化をすれば、貴族の心を擽りつつ今までと同じだよね」
色眼鏡をかけずに現状を認識し、理屈倒れではない合理的な案。
同時に、修羅場を潜ってきた聖職者や医者や教師に、そこまでするのかと思わせる案でもある。
「サクラさん、マーロウ大公は王国中央と冷戦中です。あまり近づき過ぎるのは」
最も若いイコニアが、職員を代表して反論をする。
そんな少女司祭へサクラは憐れみに近い視線を向けた。
「貴族が身売りしたら最後は必ず敵対陣営の寄り親の所に連れて行かれて生まれたのを後悔する目に合わされるよ? 家族の方が百万倍マシだからね?」
「覚悟の上です。末席とはいえ私も派閥の幹部。私より若い子を犠牲にする気はありません」
サクラを真正面から見てきっぱり応えた。
「家族の敵対陣営でも?」
イコニアの顔が白から青に。
呼吸は不規則に、視線は定まらず状態は揺れ、己の肩を抱いても押さえられないほど震え出す。
ソナが無言で首を横に振り、医者と看護婦と一緒に医務室へ運んでいった。
教育以外の責任者を欠いた職員ではろくな反論も行えない。
なにより教員自身、実家がマーロウ派に近い貴族ばかりだ。
開始から1時間もたたないうちに、属する派閥らしい容赦のない方針が採用された。
●今日の授業
「ハンターの水城もなかです。会議中の先生に代わって今回の授業を担当します」
壇上で堂々と、ただし押し付けがましくはなくもなかが言った。
「あの、水城さんはクルセイダーなのですか?」
最前列に座る生徒が、複雑な感情の籠もった声でたずねてきた。
「疾影士です。今回はリアルブルーでの軍歴とクリムゾンウェストでの実戦経験を元にした授業になります」
生徒の反応はとまどい半分、興味が半分というところだ。
「では」
もなかは、赤いリボンを生徒3人の腕に素早く巻いた。
「応急手当ての訓練です。裂傷有り、骨折ありの想定で今開始です。さあ、どんどん血が流れていますよ、死なせるつもりですか?」
笑顔で口調も穏やかでも、授業の進行に甘さはない。
不意打ちで動揺した生徒は身につけた技術の半分も発揮できず、1人に死亡判定、2人に後遺症有りで生存判定が出た。
「それまで。次はポーションの実験です」
3人分の包帯を必死に片付ける生徒の前で、もなかは消毒済みナイフを取り出した。
「あたしがナイフで指を切りヒーリングポーションを飲むとどうなるか、はい、説明してください」
ナイフ。
綺麗な切り口。
鮮やかな赤が空気に触れて黒くなり。
ポーションの効果で嘘のように傷が塞がる。
「今日の授業内容をクラス全員6人で考えて発表してもらいます。きちんとご褒美にザッハトルテを用意していますからね。頑張ってください!」
医療課程生徒は限界ぎりぎりまで心身を酷使され、非覚醒者・覚醒者の間で揉める気力は残らなかった。
●鼻をへし折る
体は鍛えられ、技術は身につき、しかし浮つく心が全てを台無しにしている。
一見精鋭に見えるのが最悪だ。
「クソ、過保護安全にし過ぎたか?」
深紅の刃が馬鹿馬鹿しいほど巨大な骨にめり込んだ。
骨の巨大拳が上から突き込まれ、ボルディア・コンフラムス(ka0796)は考え事に没頭しながら平然と躱してみせる。
「半分引退させるつもりでやりゃぁ気合も入るか? 駄目だ、卒業生不足で学校が詰む」
骸骨の奥が禍々しく光り、全高7メートルのスケルトンが捨て身の突撃をしかける。
さすがに躱しきれずに当たりかけ、しかし巨大で分厚い斧で受けてほぼノーダメージだ。
「くっそー、殴れば済むなら何匹でも潰してやるのによ」
勢いよく首を振って精神状態を切り替える。
今の自分は歪虚も恐れる地獄の訓練教官。甘い箇所なんてどこにもないのだ。
追い詰められたスケルトンの大パンチ。
今度は受けずに真後ろに走り、置いていかれたスケルトンは10秒近く呆然としていた。
「おい、スケルトンが出たぞ。なにしてるとっとと動け。あぁ? 何コッチ見てんだ。どうしたいかはお前等で決めろ」
一見見事な生徒の隊列に冷たい声をかけて後ろへ回り込む。
巨大歪虚が近づいてくる。
生徒は盾にされたとでも思い込んだのか、露骨に浮きだち、連携もろくにとれていない攻撃をスケルトンに仕掛けた。
メイスが空振り蹴りを受け損ねた生徒が反吐にまみれて地面に転がる。銃弾が明後日の方向へ飛ぶ。
「負傷者の治療は私が行います。前線を維持して下さい」
悲鳴と怯えにまみれた戦場に澄んだソプラノが響き渡る。
エステルは直径1メートルの円形盾を構えたまま最前列に割り込み、その場から動かず癒やしの術を使った。
傷が一瞬で消えても心に受けた衝撃は消えない。
生徒の動きが無残なほど雑に、逃げ腰になる。
(ハンターによるスケルトン退治の見学に変更……)
ラージスケルトン・ケンカキックを円形盾で受け流す。
(いえ、慢心の代わりに怯懦に囚われてしまうと最悪です。でもどうすれば)
歪虚を倒すだけなら容易。生徒の教育を考えるとかつてないピンチであった。
「よく見てな新米ちゃん。お姉さんがガチの退魔術ってもんを背中で教えてやるぜっ!」
盾も持たず、分厚い金属鎧も着込まず、小さな杖だけを持った女性が恐れる様子もなく巨大スケルトンに近づいた。
(この距離でこの気配かよ。あっちなら超大物だな)
元退魔師、現聖導士の神薙玲那(ka6173)が、目を細めて獰猛な笑みを浮かべる。
周囲を漂うマテリアルが彼女の気合いに反応し、赤とも銀ともつかない火の玉が現れては消えを繰り返す。
「西洋風ファンタジーに見せかけた末法の世じゃねーか」
魔術と退魔師を自分のものとして消化した上で、クリムゾンウェストのスキルとして組み上げた術を掌に生み出す。
「びびってんじゃねぇ! 腹ぁ据えろ。てめぇ等のご立派な装備は飾りかエェ?」
銀の光弾がスケルトンの頭蓋に当たって数センチの焦げ跡をつくる。
歪虚は脅威を感じぬ生徒から視線を外す。
こちらに向かってこないエステルとボルディアを警戒しながら、巨大な骨によるリーチを活かして玲那へ腕を振った。
1撃は耐えられても2撃受ければ確実に重傷だ。
銀のポニーテールが地面を向く暇もない速度と頻度でとにかく駆ける。
「盾は構えて備えるもんだ。そこ! 何一人で前に出てやがる。1人で倒せないなら仲間と囲んで叩くんだよ」
生徒が前に出ても危険だ。
後ろに下がっても今後い物にならなくなる。
我が身を危険にさらすことで説得力を持たせた上で、不良じみた言葉遣いで、子供達を適切な位置と姿勢に誘導する。
「さて」
メカメカしい杖の先端部が花開く。
支えもないのに浮かんでいる宝珠が、フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)の魔力を浴びて仄暗く輝く。
全身の魔術刻印に魔力が通って青白く染まり、痛々しさすら感じる白い肌を強調した。
「7mの、教材です」
伝統的な火の玉を、細い腕でひょいと投げる。
巨大骨に当たる直前、ぱちりと小さな音を立てて破裂。
威力だけならリアルブルー兵器並の爆発がスケルトンを覆い、指や関節に細かなひびが入る。
生徒の目に光が増す。
強ばっていた体から無駄な力が抜け、戦闘開始前のような慢心が微かに復活する。
「ふふ」
見えない角度で悪戯っ子の笑みを浮かべ、2投目。
スケルトンは大ダメージに無言の悲鳴をあげ、守りの薄そうなフィーナに迫ろうとする。
生徒は、自分たちに比べると薄い防具しか持たないフィーナを守れていない。
が、拳が何故か届かない。フィーナが適切に後退していたからだ。
なのに何故か、フィーナは苦悶を顔に浮かべ後ろに倒れ込んだ。
「たすけ、ないとっ」
生徒の一部がスケルトンにメイスアタック&銃撃開始。
数人がフィーナを両脇から抱えて後ろへ運び、残る半数は右往左往している。
エステルが術で強力に防御していなれば、確実に3、4人死んでいた。
「悪ぃな。あんなガキ共でも怪我させるわけにゃいかねえンだよ」
攻勢に移る。
切り倒されて消えていく骸骨を、冷たい瞳が見下ろしていた。
●縁の下
「ご指導、ありがとうございました」
進路指導室から、生気の抜けた顔に生徒が出てきて玲那にぶつかった。
身を縮こまらせ必死に謝罪しようとする子供に、玲那は優しく頭を撫でてやった。
「戦いってのは勝たなきゃ意味がねぇ。殺る時は勝てる相手からが基本だぜ。そうやって積み重ねていきゃお前らも一端の聖導士になるのは遠くはねぇさ」
子供の瞳から熱い涙が溢れた。
「自分の軽率さが身に染みましたね。効果があったようで何よりです。」
鞭役担当なフィーナが満足げにうなずき、飴役担当玲那の邪魔をしないよう窓から出て隣の建物へ向かう。
「結構な額で売れますけど、足りませんよね」
「えぇ」
薬師とソナが顔を見合わせてため息をつき、部屋の隅でイコニアがポンコツ化している。
土地を売るのは長期的に見て財政にマイナスだとか、貴族に頼ると絶対に口出しが来るので危険だとか、非常に重要な意見なのに認識できていない。
エルバッハ・リオン(ka2434)が馬だけを供に出立した。
これで4回目だ。
開拓に繋げるための調査なので1平方キロ調べるだけでも半日がかりの仕事になる。
密集して生える、邪魔にしかならない草。
半ば土に埋まり罠と化した用水路跡。
放置された家屋は獰猛な獣や歪虚の巣になっている可能性すらあって、屋敷があったときなどそこだけで1日がかりだ。
「どれも一朝一夕でどうにかできる話でもないですよね」
何度目になるか忘れてしまった動作を繰り返し、地球連合軍用PDAのカメラ機能を使った。
学校近くに住む農業技術者に見せるだけで、再開発にかかる費用と時間の正確な予測を得ることが出来る。
持ち込んだエルバッハが驚くほど役に立っていた。
馬の足が止まる。
周囲には建物も茂みもなく、少し荒れただけの果樹園が広がっている。
風が動いて細かな砂が舞い、乾いた土に伏せていた、砂色の獣が両断される。
血が果樹園を汚す前に、最初からいなかったかのように獣がいなくなった。
「スキル不足の方が強敵です」
残量が半分を切ったので学校に戻る。
「未探索地域が多く残っている状況は、経営再建をしていくうえでマイナス要因になると思います。なので、生徒たちの演習も兼ねて大規模探索をしてみたらどうでしょうか」
地に足がついた今の生徒になら任せることが出来る。
本格的な探索が始まれば、この閉塞感も打開できると思われた。
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質問卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/04/09 07:56:49 |
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相談卓 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/04/11 00:30:31 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/04/07 22:30:40 |