ゲスト
(ka0000)
マリーさん大変ですよ
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2017/04/24 22:00
- 完成日
- 2017/04/29 23:53
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●春が来た。
春。ジェオルジ。
静かな小雨の降る中傘をさし歩いて行くのは、ハンターオフィス・ジェオルジ支局の職員、マリー。年の頃20代前半の女エルフ。
種族名に恥じぬ整った外貌をしているのに、これまで一度も恋人が出来た試しがない。それが彼女の悩みの種。
エルフハイムなどというど田舎にいるのがいけないのだ。広い世界に飛び出してみよう。そのように一念発起して森から出てきて〇年後、つまり現在――いまだに出会いなし。リアルブルーの少年アイドルグループにはまってはいるが、現実的な対象との巡り合いイベント、発生せず。
借家の周辺に住んでいるのは農業関係者だけ。職場にいるのは彼氏持ちの男とコボルドのオスだけ。オフィスに来るのは暇そうなハンターだけ。
そういえば暇そうなハンターのうちの一人であるカチャ。自分よりはるかに年下なのに結婚を考えている相手がいるとかなんとか――相手同性らしいけど。
もろもろ考えむかむかしてきたマリーは、農道のど真ん中で叫ぶ。
「なんなの! なんで私だけ何にもないの!? 私何か悪いことでもした!?」
草を食んでいた羊たちが大声に反応し、メーメー鳴いた。牧羊犬がワンワン吠えた。
「うるさいわよあんたたち!」
レインブーツで水たまりを跳ね上げながら歩いて行くマリー。
その足が急に止まった。
道の傍らに少年が1人、座り込んでいるのが見えたのだ。
年格好は15、6。種族は人間。遠目に見て美形。近づいてみても間違いなく美形。
『雨の降る中何をしているのか心配になった+少年の顔があまりにも好みだった』という理由によりマリーは、足早に歩み寄る。
「……何してるの?」
少年は傘を差しかけてきたマリーを見上げる。睫の長い、煙るような瞳で。
「待ってるんだ」
物憂げな声につい引き込まれ、身をかがめるマリー。
「誰を?」
「ボクを拾ってくれそうな人――ボクね、差し当たって寝るところも食べるものもないんだ。ねえお姉さん、ボクのこと拾ってくれない? ボク、死ぬほど働きたくないんだ。誰かに養われて一生を過ごしたいんだよ」
マリーは傘をその場に放り投げ、叫んだ。
「キター!!」
●何事ですか。
「アレックス。最近マリーがおかしいんだ」
「どうおかしいんだ?」
「なんて言うかな、機嫌がいいんだよ」
「……たまには機嫌がいいときもあるんじゃないか? マリーも」
「いや、そういうレベルの機嫌良さじゃないんだよ。明らかに普通じゃないんだよ。なんていうか……オフィスまで見に来てくれない? そしたら僕の言ってることが、よく分かると思うから」
という相談を恋人ジュアンから受けたアレックスは、早速次の日、ジェオルジ支部を訪ねてみた。
「ちわー……」
扉を開けた途端、驚愕する。
マリーが、あのマリーが――朗らかにコボちゃんの頭を撫でている。
「コボちゃん、今日もかわいいわねー」
「わ、わし……し……」
コボちゃんが引いている。無理もない。普段とあまりに違う態度だから。
「あら、アレックスいらっしゃい。お茶入れるわね」
「お、おう……」
茶……あのマリーが客に茶を出すなど……どうしたんだ一体。
支所の壁にべたべた貼ってあったリアルブルーのアイドルポスター、大幅に減っている。あれを眺めて妄想に耽るのが彼女の趣味だったはずなのに。
裏庭の木に吊るしてあったサンドバッグも片付けられている。あれを殴るのが彼女の日課だったのに。
アレックスは生唾を飲み込んだ。
同僚の姿を怖々盗み見ているジュアンに駆け寄り、声を潜めて聞く。
「……おいジュアン、マリーがああなったのはいつからだ」
「一週間前ぐらいからかなあ……急にあんな状態で……原因が分からないから、正直怖いんだよね……何か天変地異が起きる前触れじゃないかって……」
●依頼
とある海運会社の応接室。
「なるほど、弟さんが家出をされたと」
「はい、そういうことです」
八橋杏子を筆頭としたハンターたちに話をしているのは、 銀縁の眼鏡をかけた、いかにも頭のよさそうな娘。
「ですので、とりあえずどこにいるのか探していただけたらと思いまして」
「……探すだけですか? 連れ戻さなくていいんですか?」
「ええ。危険な状態にあるなら別ですけど、そうでもなさそうなら……また後で考えようかなと」
やり手実業家といった雰囲気の中年女性がハンカチを握り締め、会話に割り込んでくる。
「うちの稼業を継いでくれるよう商船学校にも入れたのに、あの子ときたら『働くくらいなら死ぬ』だの言って、あげくに家を飛び出して、もう情けないと言ったら……」
「無理よ母さん、ナルシスに実業なんて。あの子、外身も中身も父さんにそっくりなんだから。父さん、一度も働いた事ないじゃない」
そう言って娘は、ちらりと応接室の隅に視線を向けた。
程よく日の当たる場所に揺り椅子。すこぶる見目のいい中年紳士が満足げにパイプをふかしながら、高そうなペルシャ猫を撫でている。
「仕方ないわよニケ。お父さんは労働に向かないの。元貴族で、スプーンより重いもの持ったことがないんだから。でもそんなこと、どうだっていいじゃない。とびきり上品で、礼儀作法もわきまえてて――今だってそうだけど、昔はもう本当に、夢の国の王子様みたいにきれいだったのよ」
「ほーらほら、またそうやって甘やかす。だから駄目になるのようちの男どもは。とにかく母さん、海運稼業は私が継ぐから」
家庭の事情について聞きたいことは多々あるが――とにかくまずは、家出人の居場所を突き止めなくては。
リプレイ本文
エルバッハ・リオン(ka2434)はニケに言った。
「寄生体質、ヒモですか? そういった人とは、あまり関わり合いになりたくないですね」
「ええ、私も関わりになりたくないです。身内でさえなければ」
天竜寺 舞(ka0377)は、くつろぎきった中年紳士を横目にして呟く。
「ヒモ志望のニートかよ。なまじ見た目がいいだけに厄介だね」
常識的人間ならヒモ志願者に好感の持てようはずがない。
しかし雁久良 霧依(ka6565)は非常識な人間であった。
「働くのに向いてない人っているものよね♪ 私も向こうの世界では就職してなかったわ♪」
それを聞いたメイム(ka2290)が質問。
「就職しないで、どうやって暮らしてたの?」
「就職しなくてもね、笑いが止まらないくらい儲けることは可能なのよ。例えば工口同λ……ゲフンゲフン」
「最後の部分がよく聞き取れなかったんだけど」
「気にしないで♪ ところでニケさん、ナルシス君の肖像画はないかしら? 出来ればここ最近描かれた様な」
「ええ、ありますよ。お持ちした方がいいですか?」
「それはもう、あるとだいぶ助かるわ」
ほどなくして応接間に肖像画が運ばれてきた――なるほど確かに美少年だ。
霧依は早速魔導カメラで撮影する。
「……おいしそうな子ね♪ 仕込み甲斐がありそう♪」
マルカ・アニチキン(ka2542)は肖像画を写し描き。
舞はナルシスについて、ニケに尋ねる。
「ねえ、ナルシスの体力や精神力ってどの程度? これまでの話聞く限りは、自力でそんな遠くまで行く根性も無さそうだけど」
「その通りです。ですけど、あの子、家出するに当たって結構な額持ち出してるんですよ。そういういらない知恵は回るんですよね」
「じゃあ捜索範囲広げなくちゃいけないか……あ、そうそう。ナルシスの持ち物があったら、借してくれないかな? 犬に匂いを辿らせてみようと思うんだ。時間経過があるから、あまり当てにはならないかも知れないけど」
「分かりました。ハンカチでよろしいですか?」
「うん、それで十分」
自宅周辺から聞き込みを開始した結果、『ナルシスは波止場に向かい、ジェオルジ行きの船に乗ったらしい』という情報が得られた。
ジェオルジに行った後更にどこかへ移動したのか、それとも場に止まっているのか。
真相を確かめるためハンターたちは急遽、現場へと向かった。
●
霧依とメイムは、ハンターオフィス・ジェオルジ支局へと足を運んでいた。ここまで来たならついでだから、顔見せしておこうと。
「マリーさん、荒れてないといいんだけどなー」
「打撃練習の音が聞こえないから、大丈夫じゃない?」
などと言いつつオフィス支部の扉をノックし、開く。
霧依がまず挨拶。
「こんにちはー。マリーさんいるかしら♪」
それに答えたのは、背景に光の粉をきらきら振り撒いているマリー。
「あ、いらっしゃーい♪ 今お茶入れますねー」
コボちゃんが柱の陰から半分だけ顔を出しマリーを見ている。
そこに近寄りマリー、頭をなでなで。
「今日もかわいいわねコボちゃん」
コボちゃんはあからさまにビクッとして、後ずさった。
異常事態が発生している。
思いながらメイムは、荷物から肉を取り出した。
「コボちゃーん、お土産だよ。こっちにおいで♪」
コボちゃんは全速力で駆けてきてメイムの後ろに隠れた。
霧依は隅で息を顰めているジュアンに歩み寄り、事情聴取。
「……何があったの?」
「分からないんだよ……一週間ほど前からあの調子で……」
●
マルカの描いた人相書きを見た農夫は、あっさり言った。
「あー、見たことあるべ」
「えっウソ! いつ、どこで!?」
畳み掛ける舞に対して農夫は、近くの農道を指さした。
「一週間ばかり前、あすこぶらぶら歩いているのが見えたで」
まさかこんなにすぐ情報が手に入るとは。
はやる気持ちを抑えかね、息せききって尋ねるマルカ。
「そ、それからどうしたんですか?」
「どうしたってなあ、おら仕事に出掛ける最中だったで詳しいことは……帰りに通りがかったときには、もういねかったしよ。ああでも、そん子、ジェオルジ支局んとこにいるエルフさんの身内でねえだかね。その日町へ買い物に行ってたかみさんが、帰り道、その子がエルフさんと歩いてるところ、見たちゅうし――」
農夫の話はまだ続くが、ひとまずそれは後回し。
舞とマルカはこの時点で得られた情報を、早速皆へ伝えるとした。
●
マリーがお茶を持ってきた。
ありがとうと礼を言ってからメイムは、軽く探りを入れる。
「マリーさんご機嫌だね、まるで先週の非番に小雨降る中、道にうずくまってた金髪の美少年を拾って、自宅に囲っている様な朗らかな笑顔だよ♪」
偶然ながらピンポイントな指摘にも、マリーの多幸感は揺るがない。
「えー? やだそんなことないわよぉ」
多分ろくに人の話を聞いていないのだろう。相当面白いことが起きている確信にわくわくしつつ、霧依も続けてかまをかける。
「どう? 原石は見つかったかしら♪」
「えー、どうかなー」
この返答のゆるみぶり、ますますあやしい。
更なる追求をしようとしたそこへ、伝話がかかってきた。
●
「こんな感じの子なんですが……見たことはありませんか?」
リオンは霧依の人相書きを手にし、片端から現地の御者へ聞いて回る。
そして、以下の証言を得た。
「あー、この子なら確か一週間前だったか、この乗合馬車に乗ってきましたよ。えらくあか抜けた子だったから記憶にありますね」
間違いない。目当ての人物は確かにこの地へ来ている。
(この分なら、意外と早く片付くかも)
安堵感を胸にリオンは、田舎道を行く。戦馬に揺られながら。
綿雲浮かぶ春空。風に揺れる若草。遠くからもったりした牛の鳴き声が聞こえてくる。
(しかし、ヒモってどんな感じなんでしょうね……)
周囲の長閑さにつられリオンは、つれづれなるまま想像してみた。
幾何学模様の絨毯が敷かれた豪奢な広間。中央には金銀宝石で飾り付けられた露出過剰なドレスを着た自分が、目隠ボールギャグだけを身につけ四つん這いになったカチャの背に腰掛け、必要最小限な紐のごとき衣装を纏う半裸の美少女たちから孔雀の羽根で扇がれている……。
トルルルルル!
魔導短伝話の呼び出し音で現実に引き戻され、今しがた考えていたことを反芻。思わず出てくる冷や汗。
「私の秘められた願望?」
願望にしてもひどすぎないか。
そんな心の声を力技でうっちゃり振り捨て強制忘却、伝話応対。
「はい、もしもし」
『もー、一体何してたの。さっきからずっと呼び出しかけてたんだよ』
「あ、すいません舞さん。その、ちょっと聞き込みをしていたもので手が離せなくて……」
●
伝話を切ったメイムは肉をもぐもぐやっているコボちゃんを抱き上げながら、再度マリーに話しかけた。
「ところでマリーさん、今回あたしたちさ、グリーク商会からの捜索依頼の件で来たんだ」
グリークという単語が出てきた瞬間マリーの耳がぴくっと動いた。
「探してるのはナルシス・グリーク。商会の長男で、元貴族のお父さん譲りのイケメン15歳、天然ジゴロなんだってさ」
すかさず霧依が自作の人相書きと肖像画の写真を見せる。
「こういう感じの子らしいんだけど、見覚えなぁい?」
「い、いいえ?」
そらした。今確実に目をそらした。これは限りなく黒に近い灰色。
二人がそう思ったところで、オフィスに、舞とマルカが到着した。
「こんにちはー」
「お邪魔しますー」
舞にくっついていたゴエモンが尻尾を振り振りマリーに向かってまっしぐら。離れずクンクン嗅ぎ回る。
半眼になる舞。
「怪しいな~。もしかしてマリーさん、ナルシスって坊やの事知ってるんじゃない?」
「う――ううん?」
絶対に相手と目を合わせようとしないマリー。
メイムはその前に回った。抱きかかえたコボちゃんの手を振りながら言う。
「依頼人のお姉さんの話では、居場所さえ判って危険な状態になければ急いで連れ戻す予定はないんだって。マリーさんなにかしらない?」
それに続けて霧依が、マリーの肩に手を回した。
「そうそう。安心して、別に取り上げようって気はないから♪ 居場所がわかればいいみたい♪」
長い逡巡の果てマリーは、完落ちした。
「……その子なら、うちで保護してるわ……」
折よく外から馬のいななき。リオンの到着である。
●
「ごめんねナルシスくん……ばれちゃった……」
マリーがしょげ切っているのと対照的に、家出人当事者であるナルシスは、全く悪びれていなかった。
「あ、そうなんだ。意外と早かったね」
その容姿、絵に描いたとおり――夢の国の王子様。花のような美少年。
(女形やってるすぐ上の兄貴にちょっと似てるかな……こういうのにマリーさん免疫無さそうだからなー。コロッとやられたかな?)
マリーはいても立ってもいられ無さそうにソワソワ。ナルシスが家に帰ってしまうのかどうか、気が気でないらしい。
そんな彼女にリオンが、心からの助言を行う。
「本気でナルシスくんを養ったり、将来的に結婚するつもりなら止めません。ただ、彼の家族とは一度話し合っておいた方が良いと思います。後々、問題が起こらないようにするためにも」
ナルシスがマリーにぴたりと寄り添い、上目使いに見上げた。
「もちろんボクを養ってくれるんだよね、お姉さん?」
「うん! 養う! もう全力で養っちゃう!」
「…………そうですか。そういうことなら依頼主さんにその旨伝えておきますので」
これ以上拘わっても益がなさそうなので、そそくさ場を辞すリオン。それをマルカが引き留める。
「待ってください。報告だけではあちらの信用を獲得できませんので……」
彼女が荷物入れからゴソゴソ取り出したのは、一枚の紙。インク。万年筆。
差し出す相手はナルシス。
「お手数ですが、決意の程をきちんと文書にしてください。“私、ナルシスは実家に迷惑かけません。マリーさんと一緒にいさせてください”と。それと……ここに血判してください。署名だけでは弱いので……。さ、血判を。さ、さ……」
手持ちのウメガイを出し、迫るマルカ。
ナルシスはマリーに顔を向けた。
「じゃあお姉さんも一緒に書いてくれる?“私、マリーはナルシス・グリークに対して扶養の義務を負うことを今ここに宣言致します。もしやむを得ない理由で扶養義務を放棄する場合は市民同盟憲章に従いまして適切な法的処分を受けますことを誓います”って。そしたらこの念書の説得力が一層増すと思うんだよね。今日の年月日とそれから――連帯保証人の署名もあった方がいいね。お姉さん、誰か適当な人いる?」
(こっ……こいつ……)
少年のあまりの図々しさに頬が引きつる舞。
自分から提案しておいてなんだがマルカは、いったん念書を引っ込めたいような気持ちになってきた。
でもマリー本人はものすごく乗り気だった。顔を、ぱああと明るくする。
「ええ、書くわよもちろん! 保証人ならジュアンとコボにやらせる!」
ジュアンはともかくコボちゃんは保証『人』になり得るのだろうか、と思わなくもないリオン。
霧依がマリーに近づき、耳元で何かささやいた。
内容を聞き取ることは出来なかったが、大体のところ察しがつく。マリーの顔色が瞬時に沸騰したからには。
「――そっ、そんなことするわけないでしょ! 相手未成年よ!」
「あら勿体ない、私が頂いちゃおうかしら♪」
「駄目ーっ! 絶対駄目ーっ!」
「うそうそ♪ でもぐずぐずしない方がいいわ♪ 少年老い易くってね♪ 良かったら参考書を差し上げるわ♪」
はてどんな参考書やら。恐らく人前には出せない代物に違いない。
(それにしてもマリーさん、あれだけ彼氏欲しい欲しい言ってた割に、意外に奥手なんだね)
と、興を覚えたメイムは祝福の意味も込め、茶々を入れる。
「支局にマリーさんいる方があたしは楽しいけど、嫁に行って幸せ確保しつつ、商会盛り立てるのもありじゃないかなー。人間族と亜人でも子ども作れるし」
マリーは、再び耳まで赤くなった。思春期真っ盛りな少女のように。
ナルシスはそんな彼女の背にこつんと額をくっつける。
「どうしたの、お姉さん?」
分かっててやってる感が半端ない。
そんな中コボちゃんは一切我関せず。舞から貰った干し肉の咀嚼に集中集中。
ちなみに血判について、ナルシスは承知しなかった。指を切ったら痛いじゃないという理由により。
というわけで、朱肉による拇印とあいなったのである。
●
ニケは、まず念書を確かめた。それからメイムが撮ってきたマリーとナルシスの、2ショット写真を確かめた。
「……この方、オフィス支局の職員なんですね?」
霧依が横から口を挟む。
「ええ、そう。手堅いお勤めよ。人格的にも信頼出来るって保証するわ」
舞もその点、太鼓判を押す。
「マリーさんナルシスがヒモ体質なのを承知の上だし、変なことするような人でもないから、しばらくこのままにしておいてあげてくれないかな?」
それらを受けニケは、眼鏡を押し上げた。
「その方に後で伝えておかないといけませんね。一度しょい込んだ以上、引きはがすのは容易なことではありませんよと」
疫病神みたいな言いようだが、真実その通りっぽい人間だしなと心ひそかに思うリオン。
マルカはこそりと舞に言う。
「ナルシスさんのあれは一種の生存戦略なのかもしれませんね」
「……寄生戦略の間違いじゃない?」
ひとまずメイムは、ニケに確認を取る。
「とりあえず、ナルシスさんとマリーさんの仲を認めるっていうこと?」
「はい。連れ戻す理由も無さそうですしね」
「お母さんの方は大丈夫なわけ? 息子に超甘そうだけど」
「……なんとかうまいこと言っておきますよ」
前途多難そうなニケと海運会社の今後を案じ、マルカは、贈り物をすることにした。
「これ、『波の娘の標』って言うんです。どうぞニケさん。きっと今後の道標になってくれますから」
ニケは、幾分表情を和らげる。
「……ありがとうございます」
●
エルフのメスの発情期はいつ終わるのだろう。
思いながらコボちゃんは、オフィス支部で今日も勝手におやつを探す。そして棚の一番上、薄べったい紙袋があるのを見つける。
開いてみれば出てきたのは、ONESHOTAと呼ばれるジャンルの薄い本。
明らかに食えないので放り投げたところ、物音に気づいたマリーがやってくる。
「コーボちゃん、どうしたの――ギャー! 何してんのよあんたァ!!」
久々の怒鳴り声に反応し、ジュアンが顔を出してきた。床の上を見、絶句。
「な……なんてもん買ってんのマリ……」
「かっ、買ったんじゃないわよ! 霧依さんから貰ったのよ!」
「貰ったって、職場に持ってくる普通?」
「だって、だって、ナルシスくんいるのにこんなもの家においておけないでしょー!!」
「寄生体質、ヒモですか? そういった人とは、あまり関わり合いになりたくないですね」
「ええ、私も関わりになりたくないです。身内でさえなければ」
天竜寺 舞(ka0377)は、くつろぎきった中年紳士を横目にして呟く。
「ヒモ志望のニートかよ。なまじ見た目がいいだけに厄介だね」
常識的人間ならヒモ志願者に好感の持てようはずがない。
しかし雁久良 霧依(ka6565)は非常識な人間であった。
「働くのに向いてない人っているものよね♪ 私も向こうの世界では就職してなかったわ♪」
それを聞いたメイム(ka2290)が質問。
「就職しないで、どうやって暮らしてたの?」
「就職しなくてもね、笑いが止まらないくらい儲けることは可能なのよ。例えば工口同λ……ゲフンゲフン」
「最後の部分がよく聞き取れなかったんだけど」
「気にしないで♪ ところでニケさん、ナルシス君の肖像画はないかしら? 出来ればここ最近描かれた様な」
「ええ、ありますよ。お持ちした方がいいですか?」
「それはもう、あるとだいぶ助かるわ」
ほどなくして応接間に肖像画が運ばれてきた――なるほど確かに美少年だ。
霧依は早速魔導カメラで撮影する。
「……おいしそうな子ね♪ 仕込み甲斐がありそう♪」
マルカ・アニチキン(ka2542)は肖像画を写し描き。
舞はナルシスについて、ニケに尋ねる。
「ねえ、ナルシスの体力や精神力ってどの程度? これまでの話聞く限りは、自力でそんな遠くまで行く根性も無さそうだけど」
「その通りです。ですけど、あの子、家出するに当たって結構な額持ち出してるんですよ。そういういらない知恵は回るんですよね」
「じゃあ捜索範囲広げなくちゃいけないか……あ、そうそう。ナルシスの持ち物があったら、借してくれないかな? 犬に匂いを辿らせてみようと思うんだ。時間経過があるから、あまり当てにはならないかも知れないけど」
「分かりました。ハンカチでよろしいですか?」
「うん、それで十分」
自宅周辺から聞き込みを開始した結果、『ナルシスは波止場に向かい、ジェオルジ行きの船に乗ったらしい』という情報が得られた。
ジェオルジに行った後更にどこかへ移動したのか、それとも場に止まっているのか。
真相を確かめるためハンターたちは急遽、現場へと向かった。
●
霧依とメイムは、ハンターオフィス・ジェオルジ支局へと足を運んでいた。ここまで来たならついでだから、顔見せしておこうと。
「マリーさん、荒れてないといいんだけどなー」
「打撃練習の音が聞こえないから、大丈夫じゃない?」
などと言いつつオフィス支部の扉をノックし、開く。
霧依がまず挨拶。
「こんにちはー。マリーさんいるかしら♪」
それに答えたのは、背景に光の粉をきらきら振り撒いているマリー。
「あ、いらっしゃーい♪ 今お茶入れますねー」
コボちゃんが柱の陰から半分だけ顔を出しマリーを見ている。
そこに近寄りマリー、頭をなでなで。
「今日もかわいいわねコボちゃん」
コボちゃんはあからさまにビクッとして、後ずさった。
異常事態が発生している。
思いながらメイムは、荷物から肉を取り出した。
「コボちゃーん、お土産だよ。こっちにおいで♪」
コボちゃんは全速力で駆けてきてメイムの後ろに隠れた。
霧依は隅で息を顰めているジュアンに歩み寄り、事情聴取。
「……何があったの?」
「分からないんだよ……一週間ほど前からあの調子で……」
●
マルカの描いた人相書きを見た農夫は、あっさり言った。
「あー、見たことあるべ」
「えっウソ! いつ、どこで!?」
畳み掛ける舞に対して農夫は、近くの農道を指さした。
「一週間ばかり前、あすこぶらぶら歩いているのが見えたで」
まさかこんなにすぐ情報が手に入るとは。
はやる気持ちを抑えかね、息せききって尋ねるマルカ。
「そ、それからどうしたんですか?」
「どうしたってなあ、おら仕事に出掛ける最中だったで詳しいことは……帰りに通りがかったときには、もういねかったしよ。ああでも、そん子、ジェオルジ支局んとこにいるエルフさんの身内でねえだかね。その日町へ買い物に行ってたかみさんが、帰り道、その子がエルフさんと歩いてるところ、見たちゅうし――」
農夫の話はまだ続くが、ひとまずそれは後回し。
舞とマルカはこの時点で得られた情報を、早速皆へ伝えるとした。
●
マリーがお茶を持ってきた。
ありがとうと礼を言ってからメイムは、軽く探りを入れる。
「マリーさんご機嫌だね、まるで先週の非番に小雨降る中、道にうずくまってた金髪の美少年を拾って、自宅に囲っている様な朗らかな笑顔だよ♪」
偶然ながらピンポイントな指摘にも、マリーの多幸感は揺るがない。
「えー? やだそんなことないわよぉ」
多分ろくに人の話を聞いていないのだろう。相当面白いことが起きている確信にわくわくしつつ、霧依も続けてかまをかける。
「どう? 原石は見つかったかしら♪」
「えー、どうかなー」
この返答のゆるみぶり、ますますあやしい。
更なる追求をしようとしたそこへ、伝話がかかってきた。
●
「こんな感じの子なんですが……見たことはありませんか?」
リオンは霧依の人相書きを手にし、片端から現地の御者へ聞いて回る。
そして、以下の証言を得た。
「あー、この子なら確か一週間前だったか、この乗合馬車に乗ってきましたよ。えらくあか抜けた子だったから記憶にありますね」
間違いない。目当ての人物は確かにこの地へ来ている。
(この分なら、意外と早く片付くかも)
安堵感を胸にリオンは、田舎道を行く。戦馬に揺られながら。
綿雲浮かぶ春空。風に揺れる若草。遠くからもったりした牛の鳴き声が聞こえてくる。
(しかし、ヒモってどんな感じなんでしょうね……)
周囲の長閑さにつられリオンは、つれづれなるまま想像してみた。
幾何学模様の絨毯が敷かれた豪奢な広間。中央には金銀宝石で飾り付けられた露出過剰なドレスを着た自分が、目隠ボールギャグだけを身につけ四つん這いになったカチャの背に腰掛け、必要最小限な紐のごとき衣装を纏う半裸の美少女たちから孔雀の羽根で扇がれている……。
トルルルルル!
魔導短伝話の呼び出し音で現実に引き戻され、今しがた考えていたことを反芻。思わず出てくる冷や汗。
「私の秘められた願望?」
願望にしてもひどすぎないか。
そんな心の声を力技でうっちゃり振り捨て強制忘却、伝話応対。
「はい、もしもし」
『もー、一体何してたの。さっきからずっと呼び出しかけてたんだよ』
「あ、すいません舞さん。その、ちょっと聞き込みをしていたもので手が離せなくて……」
●
伝話を切ったメイムは肉をもぐもぐやっているコボちゃんを抱き上げながら、再度マリーに話しかけた。
「ところでマリーさん、今回あたしたちさ、グリーク商会からの捜索依頼の件で来たんだ」
グリークという単語が出てきた瞬間マリーの耳がぴくっと動いた。
「探してるのはナルシス・グリーク。商会の長男で、元貴族のお父さん譲りのイケメン15歳、天然ジゴロなんだってさ」
すかさず霧依が自作の人相書きと肖像画の写真を見せる。
「こういう感じの子らしいんだけど、見覚えなぁい?」
「い、いいえ?」
そらした。今確実に目をそらした。これは限りなく黒に近い灰色。
二人がそう思ったところで、オフィスに、舞とマルカが到着した。
「こんにちはー」
「お邪魔しますー」
舞にくっついていたゴエモンが尻尾を振り振りマリーに向かってまっしぐら。離れずクンクン嗅ぎ回る。
半眼になる舞。
「怪しいな~。もしかしてマリーさん、ナルシスって坊やの事知ってるんじゃない?」
「う――ううん?」
絶対に相手と目を合わせようとしないマリー。
メイムはその前に回った。抱きかかえたコボちゃんの手を振りながら言う。
「依頼人のお姉さんの話では、居場所さえ判って危険な状態になければ急いで連れ戻す予定はないんだって。マリーさんなにかしらない?」
それに続けて霧依が、マリーの肩に手を回した。
「そうそう。安心して、別に取り上げようって気はないから♪ 居場所がわかればいいみたい♪」
長い逡巡の果てマリーは、完落ちした。
「……その子なら、うちで保護してるわ……」
折よく外から馬のいななき。リオンの到着である。
●
「ごめんねナルシスくん……ばれちゃった……」
マリーがしょげ切っているのと対照的に、家出人当事者であるナルシスは、全く悪びれていなかった。
「あ、そうなんだ。意外と早かったね」
その容姿、絵に描いたとおり――夢の国の王子様。花のような美少年。
(女形やってるすぐ上の兄貴にちょっと似てるかな……こういうのにマリーさん免疫無さそうだからなー。コロッとやられたかな?)
マリーはいても立ってもいられ無さそうにソワソワ。ナルシスが家に帰ってしまうのかどうか、気が気でないらしい。
そんな彼女にリオンが、心からの助言を行う。
「本気でナルシスくんを養ったり、将来的に結婚するつもりなら止めません。ただ、彼の家族とは一度話し合っておいた方が良いと思います。後々、問題が起こらないようにするためにも」
ナルシスがマリーにぴたりと寄り添い、上目使いに見上げた。
「もちろんボクを養ってくれるんだよね、お姉さん?」
「うん! 養う! もう全力で養っちゃう!」
「…………そうですか。そういうことなら依頼主さんにその旨伝えておきますので」
これ以上拘わっても益がなさそうなので、そそくさ場を辞すリオン。それをマルカが引き留める。
「待ってください。報告だけではあちらの信用を獲得できませんので……」
彼女が荷物入れからゴソゴソ取り出したのは、一枚の紙。インク。万年筆。
差し出す相手はナルシス。
「お手数ですが、決意の程をきちんと文書にしてください。“私、ナルシスは実家に迷惑かけません。マリーさんと一緒にいさせてください”と。それと……ここに血判してください。署名だけでは弱いので……。さ、血判を。さ、さ……」
手持ちのウメガイを出し、迫るマルカ。
ナルシスはマリーに顔を向けた。
「じゃあお姉さんも一緒に書いてくれる?“私、マリーはナルシス・グリークに対して扶養の義務を負うことを今ここに宣言致します。もしやむを得ない理由で扶養義務を放棄する場合は市民同盟憲章に従いまして適切な法的処分を受けますことを誓います”って。そしたらこの念書の説得力が一層増すと思うんだよね。今日の年月日とそれから――連帯保証人の署名もあった方がいいね。お姉さん、誰か適当な人いる?」
(こっ……こいつ……)
少年のあまりの図々しさに頬が引きつる舞。
自分から提案しておいてなんだがマルカは、いったん念書を引っ込めたいような気持ちになってきた。
でもマリー本人はものすごく乗り気だった。顔を、ぱああと明るくする。
「ええ、書くわよもちろん! 保証人ならジュアンとコボにやらせる!」
ジュアンはともかくコボちゃんは保証『人』になり得るのだろうか、と思わなくもないリオン。
霧依がマリーに近づき、耳元で何かささやいた。
内容を聞き取ることは出来なかったが、大体のところ察しがつく。マリーの顔色が瞬時に沸騰したからには。
「――そっ、そんなことするわけないでしょ! 相手未成年よ!」
「あら勿体ない、私が頂いちゃおうかしら♪」
「駄目ーっ! 絶対駄目ーっ!」
「うそうそ♪ でもぐずぐずしない方がいいわ♪ 少年老い易くってね♪ 良かったら参考書を差し上げるわ♪」
はてどんな参考書やら。恐らく人前には出せない代物に違いない。
(それにしてもマリーさん、あれだけ彼氏欲しい欲しい言ってた割に、意外に奥手なんだね)
と、興を覚えたメイムは祝福の意味も込め、茶々を入れる。
「支局にマリーさんいる方があたしは楽しいけど、嫁に行って幸せ確保しつつ、商会盛り立てるのもありじゃないかなー。人間族と亜人でも子ども作れるし」
マリーは、再び耳まで赤くなった。思春期真っ盛りな少女のように。
ナルシスはそんな彼女の背にこつんと額をくっつける。
「どうしたの、お姉さん?」
分かっててやってる感が半端ない。
そんな中コボちゃんは一切我関せず。舞から貰った干し肉の咀嚼に集中集中。
ちなみに血判について、ナルシスは承知しなかった。指を切ったら痛いじゃないという理由により。
というわけで、朱肉による拇印とあいなったのである。
●
ニケは、まず念書を確かめた。それからメイムが撮ってきたマリーとナルシスの、2ショット写真を確かめた。
「……この方、オフィス支局の職員なんですね?」
霧依が横から口を挟む。
「ええ、そう。手堅いお勤めよ。人格的にも信頼出来るって保証するわ」
舞もその点、太鼓判を押す。
「マリーさんナルシスがヒモ体質なのを承知の上だし、変なことするような人でもないから、しばらくこのままにしておいてあげてくれないかな?」
それらを受けニケは、眼鏡を押し上げた。
「その方に後で伝えておかないといけませんね。一度しょい込んだ以上、引きはがすのは容易なことではありませんよと」
疫病神みたいな言いようだが、真実その通りっぽい人間だしなと心ひそかに思うリオン。
マルカはこそりと舞に言う。
「ナルシスさんのあれは一種の生存戦略なのかもしれませんね」
「……寄生戦略の間違いじゃない?」
ひとまずメイムは、ニケに確認を取る。
「とりあえず、ナルシスさんとマリーさんの仲を認めるっていうこと?」
「はい。連れ戻す理由も無さそうですしね」
「お母さんの方は大丈夫なわけ? 息子に超甘そうだけど」
「……なんとかうまいこと言っておきますよ」
前途多難そうなニケと海運会社の今後を案じ、マルカは、贈り物をすることにした。
「これ、『波の娘の標』って言うんです。どうぞニケさん。きっと今後の道標になってくれますから」
ニケは、幾分表情を和らげる。
「……ありがとうございます」
●
エルフのメスの発情期はいつ終わるのだろう。
思いながらコボちゃんは、オフィス支部で今日も勝手におやつを探す。そして棚の一番上、薄べったい紙袋があるのを見つける。
開いてみれば出てきたのは、ONESHOTAと呼ばれるジャンルの薄い本。
明らかに食えないので放り投げたところ、物音に気づいたマリーがやってくる。
「コーボちゃん、どうしたの――ギャー! 何してんのよあんたァ!!」
久々の怒鳴り声に反応し、ジュアンが顔を出してきた。床の上を見、絶句。
「な……なんてもん買ってんのマリ……」
「かっ、買ったんじゃないわよ! 霧依さんから貰ったのよ!」
「貰ったって、職場に持ってくる普通?」
「だって、だって、ナルシスくんいるのにこんなもの家においておけないでしょー!!」
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/04/22 21:33:43 |
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相談卓だよ 天竜寺 舞(ka0377) 人間(リアルブルー)|18才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/04/24 19:27:27 |