ゲスト
(ka0000)
閑話、憩いの一時。
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 3日
- 締切
- 2017/04/21 19:00
- 完成日
- 2017/04/27 22:26
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ピースホライズンにある料理店。
店に入ればすぐさまピンクの制服を着たおさげの店員が笑顔で迎え入れてくれる。
「いらっしゃいませ!」
店を覗き込むとごったがえしているわけではないが、何組かの客がいることがわかる。
その中で別々のグループで入っていた客同士が顔を合わせて女性客が素っ頓狂な声を上げていた。
「ちょ、兄様。なんでこんなところにいるの。今、剣機襲来があるって……!」
「持ち場にずっといると煙たがられるしね」
からからっと笑う金髪の青年将校に妹らしい女性客の一団は呆れた顔を浮かべた。どうも仲良し兄妹ではないらしく、不思議な緊張感を漂わせながらそれぞれ違う方面のテーブルに着いてしまった。その中で青年が連れていた部下らしい男が盛んに女性客の一団を気にして声をかける。
「剣機騒動には反帝国組織ヴルツァライヒの陰もあると聞きますが……」
「ここでどんちゃん騒ぎをしてもつまみ出されるだけだよ。それにそんなのを聞き出すのに彼女を利用しなければならないほど情報網は緩いわけでもないよ」
とは言いつつも、席に着くや否や詩集を開けて優雅な時間を楽しむ様子はどことなく時間つぶしのようにも感じられる。
それが気になったのは女性客の一団も同じようだった。
「おにーたま、可愛い妹ちゃんが悪い人に騙されていないか心配して来たんじゃないの?」
「そんなタマじゃないでしょ。耳をそばだてているならかえって好都合よ。それよりもここで協力してくれる商店を探さなきゃ」
遠く離れた2つのテーブルでまるで見えない矢で飛び交っているような気がした。
改めて見回してみると、ピースホライズンは王国と帝国を結ぶ一大歓楽都市を謳うだけあって、この料理店も様々な人々がいた。中でも気になったのはテラスにいる一団だ。衣服は帝国民のそれではあるが、アクセサリー類はどちらかといえば辺境民のようにも感じられる。
「ここは風強い」
「谷底からの風ね。精霊様がいらっしゃるのかしら」
そのテラスで、まだ4歳程度の小さな子がテラスから見える空を見上げてぽつりと呟いたのに対し、保護者らしい女性が物静かにそう答えた。
「風の精霊様? 力貸してくれるかな。僕、巫女になりたい。そしたらかか様の元に行ける」
その言葉にテラスにいる人々はわずかに目を細めた。
嬉しいのか、それが余談ならぬ話なのか。目を細める意味はわからなかったが、彼らにも深いわけがありそうだった。
「おっとと、ごめんなさーい」
視線をそちらに向けていたせいか、真後ろから割り込んで入って来る少女に気づけなかった。
栗色の髪を編み込んだ彼女はジャケットを脱ぐと、もう厨房服に相応しいような姿になったかと思えば、案内をしていたおさげの店員と知りあいらしく、片手で挨拶をする。
「応援販売にきたよっ。よろしくねっ」
「はーい、よろしくお願いしますねっ」
それだけの短い挨拶で駆け込んできた少女は厨房へと走っていった。店の制服でもないようだし、応援販売?
気になることがいっぱいあって思わず立ち尽くしていると、店員は人数を確認するとにっこりと笑って声をかけて来た。
「当店では自由に空いている席をお使いいただけます。料理のオーダーについては先払い制となっていますので、決まりましたらお声掛けくださいね」
そう言ってメニュー表をポンと手渡される。
一番安いのは……古ワイン? 他にも様々な料理やドリンクが並んでいる。料理だけでなく、カフェや、酒場も兼ねているらしく種類はかなり様々だし、中にはよくわからないものもたくさんあった。
とりあえず頼もうかと顔を上げたところで、店員がもう姿を消していることに気が付いた。
どこに行ったのかと店をぐるりと見回していると、普通の料理店にはそぐわない古びた本がカウンターに置いてあることに気が付いた。
店の説明か何かかと思って覗き込むと、そこには『未来日記』と書かれているではないか。
ぱらりと開けてみると、店に来た客がこんな出会いがありますように、こんな好機を得られますようにと様々な願望が日記形式になって書かれていることに気が付いた。
「あ、それですね。ここは冒険を生業にされる方々も多く来られまして、こう夢を語るので、そういうのって形に残すと現実になるっていうじゃないですか。昔は柱とか色々なところにいたずら書きされてたんで、じゃあ本を用意するからそこに書いてって始めたらしいんです。ちょっとした交流アイテムみたいなものですね」
いつの間にやら真後ろに回り込んできた店員が丁寧にそう説明してくれた。
なるほど。この料理店は出会いと別れの酒場という意味合いも強いらしい。
じゃあ自分から何かしらしてみるのも、また誰かに声をかけられるのを待つことを酒の肴にしてもいいらしい。
それではどうしようか。
店に入ればすぐさまピンクの制服を着たおさげの店員が笑顔で迎え入れてくれる。
「いらっしゃいませ!」
店を覗き込むとごったがえしているわけではないが、何組かの客がいることがわかる。
その中で別々のグループで入っていた客同士が顔を合わせて女性客が素っ頓狂な声を上げていた。
「ちょ、兄様。なんでこんなところにいるの。今、剣機襲来があるって……!」
「持ち場にずっといると煙たがられるしね」
からからっと笑う金髪の青年将校に妹らしい女性客の一団は呆れた顔を浮かべた。どうも仲良し兄妹ではないらしく、不思議な緊張感を漂わせながらそれぞれ違う方面のテーブルに着いてしまった。その中で青年が連れていた部下らしい男が盛んに女性客の一団を気にして声をかける。
「剣機騒動には反帝国組織ヴルツァライヒの陰もあると聞きますが……」
「ここでどんちゃん騒ぎをしてもつまみ出されるだけだよ。それにそんなのを聞き出すのに彼女を利用しなければならないほど情報網は緩いわけでもないよ」
とは言いつつも、席に着くや否や詩集を開けて優雅な時間を楽しむ様子はどことなく時間つぶしのようにも感じられる。
それが気になったのは女性客の一団も同じようだった。
「おにーたま、可愛い妹ちゃんが悪い人に騙されていないか心配して来たんじゃないの?」
「そんなタマじゃないでしょ。耳をそばだてているならかえって好都合よ。それよりもここで協力してくれる商店を探さなきゃ」
遠く離れた2つのテーブルでまるで見えない矢で飛び交っているような気がした。
改めて見回してみると、ピースホライズンは王国と帝国を結ぶ一大歓楽都市を謳うだけあって、この料理店も様々な人々がいた。中でも気になったのはテラスにいる一団だ。衣服は帝国民のそれではあるが、アクセサリー類はどちらかといえば辺境民のようにも感じられる。
「ここは風強い」
「谷底からの風ね。精霊様がいらっしゃるのかしら」
そのテラスで、まだ4歳程度の小さな子がテラスから見える空を見上げてぽつりと呟いたのに対し、保護者らしい女性が物静かにそう答えた。
「風の精霊様? 力貸してくれるかな。僕、巫女になりたい。そしたらかか様の元に行ける」
その言葉にテラスにいる人々はわずかに目を細めた。
嬉しいのか、それが余談ならぬ話なのか。目を細める意味はわからなかったが、彼らにも深いわけがありそうだった。
「おっとと、ごめんなさーい」
視線をそちらに向けていたせいか、真後ろから割り込んで入って来る少女に気づけなかった。
栗色の髪を編み込んだ彼女はジャケットを脱ぐと、もう厨房服に相応しいような姿になったかと思えば、案内をしていたおさげの店員と知りあいらしく、片手で挨拶をする。
「応援販売にきたよっ。よろしくねっ」
「はーい、よろしくお願いしますねっ」
それだけの短い挨拶で駆け込んできた少女は厨房へと走っていった。店の制服でもないようだし、応援販売?
気になることがいっぱいあって思わず立ち尽くしていると、店員は人数を確認するとにっこりと笑って声をかけて来た。
「当店では自由に空いている席をお使いいただけます。料理のオーダーについては先払い制となっていますので、決まりましたらお声掛けくださいね」
そう言ってメニュー表をポンと手渡される。
一番安いのは……古ワイン? 他にも様々な料理やドリンクが並んでいる。料理だけでなく、カフェや、酒場も兼ねているらしく種類はかなり様々だし、中にはよくわからないものもたくさんあった。
とりあえず頼もうかと顔を上げたところで、店員がもう姿を消していることに気が付いた。
どこに行ったのかと店をぐるりと見回していると、普通の料理店にはそぐわない古びた本がカウンターに置いてあることに気が付いた。
店の説明か何かかと思って覗き込むと、そこには『未来日記』と書かれているではないか。
ぱらりと開けてみると、店に来た客がこんな出会いがありますように、こんな好機を得られますようにと様々な願望が日記形式になって書かれていることに気が付いた。
「あ、それですね。ここは冒険を生業にされる方々も多く来られまして、こう夢を語るので、そういうのって形に残すと現実になるっていうじゃないですか。昔は柱とか色々なところにいたずら書きされてたんで、じゃあ本を用意するからそこに書いてって始めたらしいんです。ちょっとした交流アイテムみたいなものですね」
いつの間にやら真後ろに回り込んできた店員が丁寧にそう説明してくれた。
なるほど。この料理店は出会いと別れの酒場という意味合いも強いらしい。
じゃあ自分から何かしらしてみるのも、また誰かに声をかけられるのを待つことを酒の肴にしてもいいらしい。
それではどうしようか。
リプレイ本文
普段のひっつめ髪にブラシを入れて、顔にはちょっと乳液と軽い化粧水。唇には淡い桜のリップを塗って、コートは今日はお休みして春物のワンピースにストール姿で、青葉輝くコナラの天蓋から漏れる日差しが差し込むテーブルに座り込むと、店員さんからもらったメニューを片手で開いて、眼鏡越しに目を落とす。
「くー、私にオフ楽しんでるぅ♪」
大忙しだった鍛冶仕事や、父親のメンドクサイ愛情表現から解放されたクレール・ディンセルフ(ka0586)はちょっと大人かわいい女子を満喫していた。
「食べ物はグリル・ド・チキンね。それから飲み物は……」
古ワイン?
その単語だけで唐突に脳裏にすっごい爽やかな顔の父が浮かんでくる。
「ぐぬぬ。グレープジュースで! ついでにチーズケーキ!」
オシャレを満喫したいときになんででてくるのか。
目を閉じて拳を震わせるクレールだが、視線を感じて目を開けると、足元に三毛猫がこちらを見上げていた。
まだ冬毛のもふっとしたまんまるの体つきに紅茶にミルク、それから隠し味のブラックチョコを流し込んだような模様の体。深い青の瞳を見つめていると、ちょっとしたうっ憤も見る見る溶かされて、クレールの頬がへにゃりと崩れた。
「かわいい~」
「その子はフジヨシ。かわいい」
飼い猫が褒められると自分も嬉しくなったようで、ナツキ(ka2481)はいつもの無表情な目つきながらも、ちょっだけ口元を緩ませると、読んでいた本をぱたりと閉じた。
「こっちはビアトリクス」
ナツキの傍に立てかけている布を巻いた薙刀の天辺。ブルーグレーのビアトリクスは丸めた体を起こすこともなく、片方の瞳だけちらりと開いてみせた。
「……ちょっとおしゃまさん」
「シャム猫ってそういうクールなところがいいです! ナツキさんは動物いっぱい飼っていらっしゃるんですね!」
目を輝かせたクレールの一言にナツキは目をキョトンとさせた。
「私の名前……知ってる?」
「ほら、去年もそこで遭ったじゃないですか! 山のようなスズランを降らせてましたよね」
指さす方向は店の外。
そういえば水牛さんにスズラン運んでもらったっけ。あれからもうすぐ一年だ。
「覚えてくれてた」
袖触れ合うも多生の縁というけれど。
ナツキはこくこくと頷くとクレールと同じテーブルに座り直したところで、そのテーブルに甘い香りがふわりと漂った。
「あたしも忘れちゃいないよ。はーい、特別な日用のチーズケーキ」
クリームチーズの白に溶けたチョコレートがお皿に絵をかき、砂糖菓子の薔薇がちりばめられた。そんな豪華なデコレーションチーズケーキ。
「4月18日は誕生日だったね。ハッピーバースデー」
お皿を置いたのは、あれ、店員さんだっけ? いや、この人も確かミュゲの日で一緒だった人。ナツキにとってはミネアと同じカンパニーで知り合ったお友達、シャーリーン・クリオール(ka0184)だ。
「デコチーぃぃぃ!!! きゃっほーう」
「クレール、誕生日おめでとう」
クレールが跳びあがり、ナツキが拍手すると、他のお客もその騒ぎを聞きつけてか左右だから拍手が降って来る。
さらに不意にナツキの頭の上から子供のような高くはしゃいだ声が降り落ちて来た。
ビアトリクスがしゃべった?
不思議に思うとなんとビアトリクスのツンとした顔の上に、もう一つお顔。子供が乗っているではないか。ビアトリクスに乗れるくらいだから妖精だろう。癖のある栗毛の妖精はきらっきらに金の瞳を輝かせて、今にもビアトリクスからずり落ちそうにして覗き込んだり。口元に人指し指を持って行ったりと賑やかである。
「私は叶えられない。それは特別な日でなければオーダーできない為である。ルルフェの忍耐に期待する」
とんがり帽子をずり上げて、横でナツキと同じように本を開いていた雨を告げる鳥(ka6258)がその桜型妖精アリス、ルルフェに向かって声をかけた。しかし、甘いモノ大好きのルルフェ目の前にして我慢しろというのは些かコクな話である。今にも泣きそうな顔と言ったら。
「デコチーはみんなにおすそ分けするのが流儀さね。ま、それだけじゃ足りないだろうから祝い用のガレットでも焼くとするかね」
「ですよねっ。おいでおいでー」
クレールがお皿を持ち上げると、わっとみんなが集まるし、ルルフェはビアトリクスの首に捕まってそのまま薙刀の上から飛び降りてくる、フジヨシも下から伸びあがって猫招き、ボラ族のウルも駆け寄ってくるしであっという間にテラスは大賑わいだ。
「楽しそう……ですね、料理が導く幸せ、というものでしょうか」
天央 観智(ka0896)はテラスの入り口からそんな様子を眺めてマグカップに入ったスープに目を落とした。ミソスープである。
ミネアカンパニーの努力の賜物であるが、転移者として本家本物の味噌汁を知っている観智としては大層、奇妙な味である。そもそも数年前には流通すらしていなかったものが、ここの人間の口に合うように苦心しながらも登場しているのは革新的な話である。
「誰も傷つかない戦い、みんなが幸せになる……そんな夢みたいな話も……あるんでしょうね」
応援販売にまるで一人戦場にいるかのようにおおわらわとしているミネアの姿を見ながら、観智はふっと独り言ちた。
誰にも気づかれない一言のつもりだから、不意にそれに返答があると少し驚いてしまった。
「興味深い話である。血を流さない戦争は幾多論じられていた。しかし史上にその成果は見られない」
雨を告げる鳥、レインであった。喧噪から逃れるようにして入り口のテーブルにミルクティーを受け皿ごともってきた彼女は、雨を凝縮したような蒼玉を観智に向けていた。
「例えば……そこにいるボラ族、帝国の庇護下、否、盟友である者達の長は豊穣の巫女であるが、同時に不浄の魔女ともなった。誰かを守るためには……戦わねばならないこともある」
「視点を変えてはどうでしょう……誰もが悲しまない道はないのか。ミネアさんはそういうことができる人……なんだと思いますよ。なにせ東方の切れ者を丸め込んだくらいですからね」
若干、背負いすぎるのが玉に瑕ですけどね。
観智がくすりとほほ笑むのを見て、レインは静かに試作品だというブリオッシュを渡すミネアと、それを受け取るウルの姿を眺めた。
ウルはそうして無邪気な顔でお礼を言うと、レインの視線に気づいたのか、歩み寄るとそれを半分こにして片方をレインに差し出した。
「ルルちゃんの分」
幸福とは消えるインクで書かれる出来事なのであろうか。
ほんの少し、胸が温かくなるのを覚えてレインはブリオッシュを受け取ると、もう片方の手で件の巫女にそっくりな黄金の稲穂にも似たウルの金髪を撫でて言った。
「前途ある幼子よ。見上げた空の青さを、踏みしめた大地を忘れるな。祈り、歌えば精霊は応えてくれるだろう。自然は常に貴方と共にある 」
●
年季の入ったチーク材のくすんだ風合いが彩る店内では、リラ(ka5679)の歌声がやんわりとした広がりを見せる中、それぞれの客が歌声に紛れるようにして思いを巡らせていた。
「♪心の故郷離れる寂しさは 消えていくよ」
降り落ちるランプの灯りが映り燃え上がるような桜色の髪をしたリラが、ゆら、ゆら、と揺れつつ静かに簡易なお立ち台の上で歌っている。
その傍では リュー・グランフェスト(ka2419)がリュートを弾き奏でていた。
それほど慣れているわけでもないが、この曲だけは意識と指がバラバラになっていても弾くことができる。そんな彼の意識と視線はクリームヒルトに注がれていた。
「あいつはこれから……どうするんだろうな」
「……さん、リューさんってば!」
気が付けばリラの歌声が止み、代わりに自分を呼ぶ声になっていたことにふっと気づいて、リューは顔を上げた。
「もう、歌終わってますよ!」
「ん、ああ、悪い」
リピートする回数を間違えたか。頭をかくリューに対して、小さく拍手する音が届けられた。
「今に相応しい曲だね」
リュカ(ka3828)だった。近くのテーブルで一人。ほのかに淡いシードルを前にし、気だるげにテーブルに頬杖をつく彼女もその曲はよく知っていた。簡単ながらも哀愁を思わせる、優しい旋律。その歌をリューもリュカもよく知っていた。知っているというより、忘れられない歌。
「あー、もしかして秘密の会話ですか?」
少しばかり蚊帳の外の空気を感じたリラは頬を膨らませてそう言うと、リュカは眉尻を下げて困ったように微笑んだ。
「その歌はね、これからどうしたものか。自分はいかであるか、私達にそう問いかけた女性の歌なんだ。偶然にも今……彼女の内奥が自分にも生まれてきているようでね」
ランプの灯りを持ち上げたグラス越しに眺めるリュカの言葉に、リューもしばし押し黙っていた。そんな二人を見てますますリラは不機嫌になるばかりであった。
「じゃあ、その時はどんな解決したんですか。物憂げな顔してその女の人は幸せになったんですか?」
「あ、いや……そういうわけじゃないし、こう、今後について考えると、色々と」
リラは人差し指をリューの鼻先に当てて、言い訳がましい言葉を刺し貫いた。その瞳は海のように深いけれども灯の光が虹彩に反射して嵐のように揺れていた。
「それならもっと心を込めた音楽しましょうよ。私の母さんが言ってました。歌はみんなを元気にしてくれる。心を全力で傾けるからそんな奇跡が起こるんですっ」
「素晴らしいね」
いくつもの言葉が浮かんだが、リュカはその一言に集約させるとリラに慈愛の視線を注いだ。
ほんの数年前まで自分も同じような気持ちだったのに、今ではそんな言葉に何かハッとさせられる気持ち。ガルカヌンクの大乱でマテリアルが衰えてしまったのだろうか。
「森の為、部族の為、そんなものより、自分の為になることを探し求めてみるのもいいかもしれないな……」
「そうです、思い悩むよりまず行動ですよ。そしてみんなと一緒に! そうすれば人生の分かれ道があったとしても乗り越えられると思うんです」
●
「そう、人生の岐路なんだよ……乗り越えるたいから聞いてくれないかな」
アルカ・ブラックウェル(ka0790)は隅のテーブル席の長ベンチで高瀬 未悠(ka3199)によりかかるようにしてため息をついた。
「うん、うん……私も今、生死の境目にいるの」
未悠の方もアルカがいなければベンチからそのまま崩れ落ちて床に伏していたかもしれない。目の前の輝く笑顔の副師団長によって。
あーん、はずるい。ちょっと夢に出て来たけど、まさかの夢が正夢になって、さらに明日からもしばらくうなされそうになるなんて。
頬を真っ赤にし目を店のどこにやろうか激しく彷徨う未悠が立ち直るのはまだ時間がかかりそうだと、判断したアルカは思い切って副師団長に思いを吐露した。
「男の人はさ、大好きな女の人にプロポーズをしたけれども断られた場合ってさ……どうする? その、子供だけでもほしいとか、考えたり、する?」
「しないね」
シグルドはあっさりと言い切った。
「男は単純な生き物だよ。その人の血であったり、面影を求めて済むわけがないじゃないか。手に入れるためなら殺してでも奪い取る。古今東西、恋物語の半分が悲劇として謳われるのはそのせいさ」
彼はそう言うと未悠の顎を人差し指で摘みあげると、まるで吸血鬼のようにして首筋に歯を立てるそぶりを見せた。未悠は完全に呼吸するのも忘れて顔が赤くなったり青くなったり紫になったり。もうすぐ死にそうだ。
「わぉ……そーなの?」
面白すぎる、このカップル。そんなことを思いながらアルカは少し頬を赤らめて頷いた。
「結婚って難しいんだね……」
「恋愛は本能的な欲求、婚礼は社会概念だからね。理性と欲求が一致しない事なんてままあることさ」
「もう、相変わらずそっけないんだから。意地悪な人ね。こういう時は自分の気持ちを大事にするように考えてもらうべきよ」
ようやく我に戻った未悠はシグルドに厳しい視線を向けると、少し耳を塞いでいて、と付け足した。
そして未悠はこっそりと囁くようにアルカの耳元に手を添えてそっと顔を寄せた。
「自分の本当の気持ちを知るとってもいい方法をちょっと前に聞いたの」
「ふむふむ」
「……その人の子供がほしいと思ったら、好きってことよ」
ぶはっ。
アルカは耳から銃弾を受けたようにして未悠とは反対側に倒れ込んだ。
「そればーちゃんにも聴かされた!」
「じゃあきっと間違いないわっ」
実は同じ情報源(しかも聞いた場所も同じ)だとは思うまい。アルカは陽光のような明るい肌をさらに朱に染めながら苦笑いを浮かべつつ、シグルドに向き直った。
「シグルドならすっぱり断られる、を選ぶわけだね。ギムレットならどうするかなぁ」
ちょうど去年のミュゲの日にいたドワーフの彼なら。
ふとアルカはそばにいたエルフの女性との並びを思い出した。
ギムレットの視線の動きは色んなものに向けられていたけれど……草の根の動きすら聞き分けそうなあの大きな耳の向いている方向には彼女がいた気がする。
「……あー」
男の方が意外と情に引きずられやすいのかもしれない。シグルドの答えも「忘れられないならば」というものだったし。
「なるほど、なんかわかった気がするよ」
アルカは笑顔を浮かべてそう言った。シグルドはにこにこして読書に戻っていたが、未悠の方はと言えば。
「ああ、でも、そんな欲しいけれど……」
どうも自分で言ったことで自分ならどうするかを考え始めてしまったらしい。
「面白いね」
「だろう?」
アルカの一言にシグルドはあっさり答えたのだが、話題の人物はそれが自分に当てられた言葉だと至ったようで、顔を真っ赤にして真反対側のテーブルへと逃げ出した。
「クリームヒルト、少し非難させて……っ。シグルドがからかってくるのよ」
その言葉にクリームヒルトは立ち上がると、鋭い目つきのままシグルドの前に歩み寄った。
「やめてくれないかしら!」
「おや、彼女たちの期待に応えただけだけれども」
激しく飛び散る火花に、周囲の客たちも危険を感じて逃げ始める。困るのは板挟みになった未悠だけ。
「え、あの……ちょ」
さらにアミィが物陰からクリームパイを、シグルドではなく横にいた兵長に叩きつけた。シグルド程鷹揚でも人間離れもしてない兵長が被害を受けたとなれば、もうこうなれば大乱闘は避けようがない。それはまさしく火に油。
「ちょっと止めなよ」
「おーい、クレール君。今度ウェルクマイスターの技術についての提案があるんだけど、乗るかい?」
「なんかよくわからないけど乗りますっ」
アルカとクレールがすかさず立ち上がり、それを見たリューとリラがクリームヒルト側に立つ。
「クレールがそっちに行くとはな。クリームヒルトに傷一つつけさせねぇぜ。俺が守る」
「です、喧嘩はよくありません!」
「おお、なんかよくわからんがケンカか!! よし、任せろっ」
「私は忠告する。ボラ族の司祭よ。それはさらに泥沼化させるだろう。戦いは……」
レインはそこまで言いかけて、ふと先程の会話を思い出した。このどうしようもない戦いを血を争わず解決する方法があるのだろうか。
「とりあえず、避難……かな。一般市民は私が守ろう」
リュカはウルを抱えてさっさと被害軽減に移動していた。ナツキも猫を抱えてテーブル下に移動済み。ついでに未来日記に『里親募集』の記事を書き連ねはじめているあたりソツがない。
「ああ、私の為に争わないでー!!」
なんかよくわからない火種になった未悠の叫びが開戦の合図となり……。
「喧嘩は外でやってください!!!」
次の瞬間、受付していた三つ編みの店員の銀盆が空中を紫電の如く閃いた。
まるで猛禽のように鋭く料理店の屋内を飛び交う銀閃は次々と立ち上がる人間の急所を打ち抜いてしまった。彼女は憤懣やるかたない顔つきで空のワイン樽を引きずり出すと倒した人々をまとめて放り込み、店の外にある用水路に放り出してしまった。
「……さっすが。ミネアも我慢しちゃいけないよ」
シャーリーンは剛腕鋭い店員の始末ぶりに口笛一つふくと、唖然としたままのミネアに焼き上げたメレンゲの上にフルーツをたっぷり彩ったガレットを差し出した。
「い、いいの? あれ……」
「知らないのかい? この料理屋の平和は彼女が守っているっていうこと。あ、そうだ、ついでに商会の責任者として彼女も呼んで育ててみるのも楽しいかもしれないね? そうすればたまの休暇もめいっぱい楽しめるだろ?」
ウィンクひとつ。シャーリーンの青い瞳はまるで空を巡って色んなことを知っている青い鳥の様であった。
●
どんぶらこどんぶらこと流れる無法者を入れた樽をナツキは薙刀をひっかけて引き上げたものの、かといって目を回す彼ら彼女らを引きずって戻る程の体力はなかった。
そして彼女の結論は。
「里親、募集中」
未来日記の1ページを開いて、樽に引っ掛けておくことだけだった。
こうすればきつと誰かが助けてくれるはず、うん。
「条件は幸せにできる人、でーす」
ビアトリクスとフジヨシの二匹を肩の上に乗せながら、ナツキは樽の横でちょこんと三角座りをして平和な一日が薫風と共に流れていくのを感じていた。
「くー、私にオフ楽しんでるぅ♪」
大忙しだった鍛冶仕事や、父親のメンドクサイ愛情表現から解放されたクレール・ディンセルフ(ka0586)はちょっと大人かわいい女子を満喫していた。
「食べ物はグリル・ド・チキンね。それから飲み物は……」
古ワイン?
その単語だけで唐突に脳裏にすっごい爽やかな顔の父が浮かんでくる。
「ぐぬぬ。グレープジュースで! ついでにチーズケーキ!」
オシャレを満喫したいときになんででてくるのか。
目を閉じて拳を震わせるクレールだが、視線を感じて目を開けると、足元に三毛猫がこちらを見上げていた。
まだ冬毛のもふっとしたまんまるの体つきに紅茶にミルク、それから隠し味のブラックチョコを流し込んだような模様の体。深い青の瞳を見つめていると、ちょっとしたうっ憤も見る見る溶かされて、クレールの頬がへにゃりと崩れた。
「かわいい~」
「その子はフジヨシ。かわいい」
飼い猫が褒められると自分も嬉しくなったようで、ナツキ(ka2481)はいつもの無表情な目つきながらも、ちょっだけ口元を緩ませると、読んでいた本をぱたりと閉じた。
「こっちはビアトリクス」
ナツキの傍に立てかけている布を巻いた薙刀の天辺。ブルーグレーのビアトリクスは丸めた体を起こすこともなく、片方の瞳だけちらりと開いてみせた。
「……ちょっとおしゃまさん」
「シャム猫ってそういうクールなところがいいです! ナツキさんは動物いっぱい飼っていらっしゃるんですね!」
目を輝かせたクレールの一言にナツキは目をキョトンとさせた。
「私の名前……知ってる?」
「ほら、去年もそこで遭ったじゃないですか! 山のようなスズランを降らせてましたよね」
指さす方向は店の外。
そういえば水牛さんにスズラン運んでもらったっけ。あれからもうすぐ一年だ。
「覚えてくれてた」
袖触れ合うも多生の縁というけれど。
ナツキはこくこくと頷くとクレールと同じテーブルに座り直したところで、そのテーブルに甘い香りがふわりと漂った。
「あたしも忘れちゃいないよ。はーい、特別な日用のチーズケーキ」
クリームチーズの白に溶けたチョコレートがお皿に絵をかき、砂糖菓子の薔薇がちりばめられた。そんな豪華なデコレーションチーズケーキ。
「4月18日は誕生日だったね。ハッピーバースデー」
お皿を置いたのは、あれ、店員さんだっけ? いや、この人も確かミュゲの日で一緒だった人。ナツキにとってはミネアと同じカンパニーで知り合ったお友達、シャーリーン・クリオール(ka0184)だ。
「デコチーぃぃぃ!!! きゃっほーう」
「クレール、誕生日おめでとう」
クレールが跳びあがり、ナツキが拍手すると、他のお客もその騒ぎを聞きつけてか左右だから拍手が降って来る。
さらに不意にナツキの頭の上から子供のような高くはしゃいだ声が降り落ちて来た。
ビアトリクスがしゃべった?
不思議に思うとなんとビアトリクスのツンとした顔の上に、もう一つお顔。子供が乗っているではないか。ビアトリクスに乗れるくらいだから妖精だろう。癖のある栗毛の妖精はきらっきらに金の瞳を輝かせて、今にもビアトリクスからずり落ちそうにして覗き込んだり。口元に人指し指を持って行ったりと賑やかである。
「私は叶えられない。それは特別な日でなければオーダーできない為である。ルルフェの忍耐に期待する」
とんがり帽子をずり上げて、横でナツキと同じように本を開いていた雨を告げる鳥(ka6258)がその桜型妖精アリス、ルルフェに向かって声をかけた。しかし、甘いモノ大好きのルルフェ目の前にして我慢しろというのは些かコクな話である。今にも泣きそうな顔と言ったら。
「デコチーはみんなにおすそ分けするのが流儀さね。ま、それだけじゃ足りないだろうから祝い用のガレットでも焼くとするかね」
「ですよねっ。おいでおいでー」
クレールがお皿を持ち上げると、わっとみんなが集まるし、ルルフェはビアトリクスの首に捕まってそのまま薙刀の上から飛び降りてくる、フジヨシも下から伸びあがって猫招き、ボラ族のウルも駆け寄ってくるしであっという間にテラスは大賑わいだ。
「楽しそう……ですね、料理が導く幸せ、というものでしょうか」
天央 観智(ka0896)はテラスの入り口からそんな様子を眺めてマグカップに入ったスープに目を落とした。ミソスープである。
ミネアカンパニーの努力の賜物であるが、転移者として本家本物の味噌汁を知っている観智としては大層、奇妙な味である。そもそも数年前には流通すらしていなかったものが、ここの人間の口に合うように苦心しながらも登場しているのは革新的な話である。
「誰も傷つかない戦い、みんなが幸せになる……そんな夢みたいな話も……あるんでしょうね」
応援販売にまるで一人戦場にいるかのようにおおわらわとしているミネアの姿を見ながら、観智はふっと独り言ちた。
誰にも気づかれない一言のつもりだから、不意にそれに返答があると少し驚いてしまった。
「興味深い話である。血を流さない戦争は幾多論じられていた。しかし史上にその成果は見られない」
雨を告げる鳥、レインであった。喧噪から逃れるようにして入り口のテーブルにミルクティーを受け皿ごともってきた彼女は、雨を凝縮したような蒼玉を観智に向けていた。
「例えば……そこにいるボラ族、帝国の庇護下、否、盟友である者達の長は豊穣の巫女であるが、同時に不浄の魔女ともなった。誰かを守るためには……戦わねばならないこともある」
「視点を変えてはどうでしょう……誰もが悲しまない道はないのか。ミネアさんはそういうことができる人……なんだと思いますよ。なにせ東方の切れ者を丸め込んだくらいですからね」
若干、背負いすぎるのが玉に瑕ですけどね。
観智がくすりとほほ笑むのを見て、レインは静かに試作品だというブリオッシュを渡すミネアと、それを受け取るウルの姿を眺めた。
ウルはそうして無邪気な顔でお礼を言うと、レインの視線に気づいたのか、歩み寄るとそれを半分こにして片方をレインに差し出した。
「ルルちゃんの分」
幸福とは消えるインクで書かれる出来事なのであろうか。
ほんの少し、胸が温かくなるのを覚えてレインはブリオッシュを受け取ると、もう片方の手で件の巫女にそっくりな黄金の稲穂にも似たウルの金髪を撫でて言った。
「前途ある幼子よ。見上げた空の青さを、踏みしめた大地を忘れるな。祈り、歌えば精霊は応えてくれるだろう。自然は常に貴方と共にある 」
●
年季の入ったチーク材のくすんだ風合いが彩る店内では、リラ(ka5679)の歌声がやんわりとした広がりを見せる中、それぞれの客が歌声に紛れるようにして思いを巡らせていた。
「♪心の故郷離れる寂しさは 消えていくよ」
降り落ちるランプの灯りが映り燃え上がるような桜色の髪をしたリラが、ゆら、ゆら、と揺れつつ静かに簡易なお立ち台の上で歌っている。
その傍では リュー・グランフェスト(ka2419)がリュートを弾き奏でていた。
それほど慣れているわけでもないが、この曲だけは意識と指がバラバラになっていても弾くことができる。そんな彼の意識と視線はクリームヒルトに注がれていた。
「あいつはこれから……どうするんだろうな」
「……さん、リューさんってば!」
気が付けばリラの歌声が止み、代わりに自分を呼ぶ声になっていたことにふっと気づいて、リューは顔を上げた。
「もう、歌終わってますよ!」
「ん、ああ、悪い」
リピートする回数を間違えたか。頭をかくリューに対して、小さく拍手する音が届けられた。
「今に相応しい曲だね」
リュカ(ka3828)だった。近くのテーブルで一人。ほのかに淡いシードルを前にし、気だるげにテーブルに頬杖をつく彼女もその曲はよく知っていた。簡単ながらも哀愁を思わせる、優しい旋律。その歌をリューもリュカもよく知っていた。知っているというより、忘れられない歌。
「あー、もしかして秘密の会話ですか?」
少しばかり蚊帳の外の空気を感じたリラは頬を膨らませてそう言うと、リュカは眉尻を下げて困ったように微笑んだ。
「その歌はね、これからどうしたものか。自分はいかであるか、私達にそう問いかけた女性の歌なんだ。偶然にも今……彼女の内奥が自分にも生まれてきているようでね」
ランプの灯りを持ち上げたグラス越しに眺めるリュカの言葉に、リューもしばし押し黙っていた。そんな二人を見てますますリラは不機嫌になるばかりであった。
「じゃあ、その時はどんな解決したんですか。物憂げな顔してその女の人は幸せになったんですか?」
「あ、いや……そういうわけじゃないし、こう、今後について考えると、色々と」
リラは人差し指をリューの鼻先に当てて、言い訳がましい言葉を刺し貫いた。その瞳は海のように深いけれども灯の光が虹彩に反射して嵐のように揺れていた。
「それならもっと心を込めた音楽しましょうよ。私の母さんが言ってました。歌はみんなを元気にしてくれる。心を全力で傾けるからそんな奇跡が起こるんですっ」
「素晴らしいね」
いくつもの言葉が浮かんだが、リュカはその一言に集約させるとリラに慈愛の視線を注いだ。
ほんの数年前まで自分も同じような気持ちだったのに、今ではそんな言葉に何かハッとさせられる気持ち。ガルカヌンクの大乱でマテリアルが衰えてしまったのだろうか。
「森の為、部族の為、そんなものより、自分の為になることを探し求めてみるのもいいかもしれないな……」
「そうです、思い悩むよりまず行動ですよ。そしてみんなと一緒に! そうすれば人生の分かれ道があったとしても乗り越えられると思うんです」
●
「そう、人生の岐路なんだよ……乗り越えるたいから聞いてくれないかな」
アルカ・ブラックウェル(ka0790)は隅のテーブル席の長ベンチで高瀬 未悠(ka3199)によりかかるようにしてため息をついた。
「うん、うん……私も今、生死の境目にいるの」
未悠の方もアルカがいなければベンチからそのまま崩れ落ちて床に伏していたかもしれない。目の前の輝く笑顔の副師団長によって。
あーん、はずるい。ちょっと夢に出て来たけど、まさかの夢が正夢になって、さらに明日からもしばらくうなされそうになるなんて。
頬を真っ赤にし目を店のどこにやろうか激しく彷徨う未悠が立ち直るのはまだ時間がかかりそうだと、判断したアルカは思い切って副師団長に思いを吐露した。
「男の人はさ、大好きな女の人にプロポーズをしたけれども断られた場合ってさ……どうする? その、子供だけでもほしいとか、考えたり、する?」
「しないね」
シグルドはあっさりと言い切った。
「男は単純な生き物だよ。その人の血であったり、面影を求めて済むわけがないじゃないか。手に入れるためなら殺してでも奪い取る。古今東西、恋物語の半分が悲劇として謳われるのはそのせいさ」
彼はそう言うと未悠の顎を人差し指で摘みあげると、まるで吸血鬼のようにして首筋に歯を立てるそぶりを見せた。未悠は完全に呼吸するのも忘れて顔が赤くなったり青くなったり紫になったり。もうすぐ死にそうだ。
「わぉ……そーなの?」
面白すぎる、このカップル。そんなことを思いながらアルカは少し頬を赤らめて頷いた。
「結婚って難しいんだね……」
「恋愛は本能的な欲求、婚礼は社会概念だからね。理性と欲求が一致しない事なんてままあることさ」
「もう、相変わらずそっけないんだから。意地悪な人ね。こういう時は自分の気持ちを大事にするように考えてもらうべきよ」
ようやく我に戻った未悠はシグルドに厳しい視線を向けると、少し耳を塞いでいて、と付け足した。
そして未悠はこっそりと囁くようにアルカの耳元に手を添えてそっと顔を寄せた。
「自分の本当の気持ちを知るとってもいい方法をちょっと前に聞いたの」
「ふむふむ」
「……その人の子供がほしいと思ったら、好きってことよ」
ぶはっ。
アルカは耳から銃弾を受けたようにして未悠とは反対側に倒れ込んだ。
「そればーちゃんにも聴かされた!」
「じゃあきっと間違いないわっ」
実は同じ情報源(しかも聞いた場所も同じ)だとは思うまい。アルカは陽光のような明るい肌をさらに朱に染めながら苦笑いを浮かべつつ、シグルドに向き直った。
「シグルドならすっぱり断られる、を選ぶわけだね。ギムレットならどうするかなぁ」
ちょうど去年のミュゲの日にいたドワーフの彼なら。
ふとアルカはそばにいたエルフの女性との並びを思い出した。
ギムレットの視線の動きは色んなものに向けられていたけれど……草の根の動きすら聞き分けそうなあの大きな耳の向いている方向には彼女がいた気がする。
「……あー」
男の方が意外と情に引きずられやすいのかもしれない。シグルドの答えも「忘れられないならば」というものだったし。
「なるほど、なんかわかった気がするよ」
アルカは笑顔を浮かべてそう言った。シグルドはにこにこして読書に戻っていたが、未悠の方はと言えば。
「ああ、でも、そんな欲しいけれど……」
どうも自分で言ったことで自分ならどうするかを考え始めてしまったらしい。
「面白いね」
「だろう?」
アルカの一言にシグルドはあっさり答えたのだが、話題の人物はそれが自分に当てられた言葉だと至ったようで、顔を真っ赤にして真反対側のテーブルへと逃げ出した。
「クリームヒルト、少し非難させて……っ。シグルドがからかってくるのよ」
その言葉にクリームヒルトは立ち上がると、鋭い目つきのままシグルドの前に歩み寄った。
「やめてくれないかしら!」
「おや、彼女たちの期待に応えただけだけれども」
激しく飛び散る火花に、周囲の客たちも危険を感じて逃げ始める。困るのは板挟みになった未悠だけ。
「え、あの……ちょ」
さらにアミィが物陰からクリームパイを、シグルドではなく横にいた兵長に叩きつけた。シグルド程鷹揚でも人間離れもしてない兵長が被害を受けたとなれば、もうこうなれば大乱闘は避けようがない。それはまさしく火に油。
「ちょっと止めなよ」
「おーい、クレール君。今度ウェルクマイスターの技術についての提案があるんだけど、乗るかい?」
「なんかよくわからないけど乗りますっ」
アルカとクレールがすかさず立ち上がり、それを見たリューとリラがクリームヒルト側に立つ。
「クレールがそっちに行くとはな。クリームヒルトに傷一つつけさせねぇぜ。俺が守る」
「です、喧嘩はよくありません!」
「おお、なんかよくわからんがケンカか!! よし、任せろっ」
「私は忠告する。ボラ族の司祭よ。それはさらに泥沼化させるだろう。戦いは……」
レインはそこまで言いかけて、ふと先程の会話を思い出した。このどうしようもない戦いを血を争わず解決する方法があるのだろうか。
「とりあえず、避難……かな。一般市民は私が守ろう」
リュカはウルを抱えてさっさと被害軽減に移動していた。ナツキも猫を抱えてテーブル下に移動済み。ついでに未来日記に『里親募集』の記事を書き連ねはじめているあたりソツがない。
「ああ、私の為に争わないでー!!」
なんかよくわからない火種になった未悠の叫びが開戦の合図となり……。
「喧嘩は外でやってください!!!」
次の瞬間、受付していた三つ編みの店員の銀盆が空中を紫電の如く閃いた。
まるで猛禽のように鋭く料理店の屋内を飛び交う銀閃は次々と立ち上がる人間の急所を打ち抜いてしまった。彼女は憤懣やるかたない顔つきで空のワイン樽を引きずり出すと倒した人々をまとめて放り込み、店の外にある用水路に放り出してしまった。
「……さっすが。ミネアも我慢しちゃいけないよ」
シャーリーンは剛腕鋭い店員の始末ぶりに口笛一つふくと、唖然としたままのミネアに焼き上げたメレンゲの上にフルーツをたっぷり彩ったガレットを差し出した。
「い、いいの? あれ……」
「知らないのかい? この料理屋の平和は彼女が守っているっていうこと。あ、そうだ、ついでに商会の責任者として彼女も呼んで育ててみるのも楽しいかもしれないね? そうすればたまの休暇もめいっぱい楽しめるだろ?」
ウィンクひとつ。シャーリーンの青い瞳はまるで空を巡って色んなことを知っている青い鳥の様であった。
●
どんぶらこどんぶらこと流れる無法者を入れた樽をナツキは薙刀をひっかけて引き上げたものの、かといって目を回す彼ら彼女らを引きずって戻る程の体力はなかった。
そして彼女の結論は。
「里親、募集中」
未来日記の1ページを開いて、樽に引っ掛けておくことだけだった。
こうすればきつと誰かが助けてくれるはず、うん。
「条件は幸せにできる人、でーす」
ビアトリクスとフジヨシの二匹を肩の上に乗せながら、ナツキは樽の横でちょこんと三角座りをして平和な一日が薫風と共に流れていくのを感じていた。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 8人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
お店の中【相談&雑談卓】 ミネア(kz0106) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|一般人 |
最終発言 2017/04/21 17:47:18 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/04/20 07:42:11 |