ゲスト
(ka0000)
【黒祀】狂い咲く紅き徒花
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2014/10/22 19:00
- 完成日
- 2014/10/29 03:30
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ハンター達は、王都の南方へと派遣される第三次調査隊として召集され、その道中にあった。
目標地点が記された地図を手に、一同は暫くの間街道を進み、途中からは道を外れ、草原を往く。
既に日は傾きつつある。じきに逢魔が刻に至ろうという頃合いだった。照りつける日差しを受けながら一同が南へと進んでいくと、肌寒さが強くなってきた。
それでも進み、紅く枯れた木々が近づいてくると、比例するように寒気が増してきた。ハンター達は、大地に這うように冷気が滲む湿地に――そして沼地へと至る。
「――こ、この辺りが、しょ、所定の位置の筈ですが」
ハンター達を引率してきた騎士――レヴィンという――が、どもりながら告げた。40も半ばを過ぎようという頃合いで、身分上は歴然とした騎士ではあるのだが、何処か頼りない。
「こ、この場所は既に一度調査がなされた、ば、場所です。ど、どういうわけか、そこで歪虚と思われる一団が発見された訳、ですが……」
薄くなった頭が冷えるのだろうか。レヴィンはデリケートな部分を柔らかに撫でながら言う。
レヴィンは見回し。
「へ?」
【それら】を見て。
「キィヤアアアアアッ!!」
叫んだ。
「出たァァァァッ!!!!」
――中年の絹裂く悲鳴を背に、少し遡ろう。
●
戦争とは言い切れず、さりとて騒乱というには言葉が足りぬ。
王国で起きている一つ一つの事件は対応が可能な範疇であった。ただ、それが、あまりに多発していた。 同時多発的なそれは、対応が可能であるが故に決定的な破滅を予感させるものではない。
しかし、王国にも思い切った攻勢に出れない事情があった。
歪虚の動きが散発的なこともあるが――敵の目的が不明な以上、ハルトフォートやその他の要所の守りを疎かにはできない。
畢竟、一部の者達は、既に了解していたのだ。
王国の余力を根こそぎ引き出そうとするこれらの騒動が。
ただの、陽動に過ぎない事を。
●
「調査隊は一次も二次も振るわなかったんだねえ」
絢爛な造りの応接室に、ヘクス・シャルシェレット(kz0015)の声はいやに強く響いた。彼は部屋に据え置かれた革張りのソファにだらしなく身を埋め、見上げるようにして報告資料を眺めている。
気安げな言葉だった。にも関わらず、対面に座すシスティーナ・グラハム(kz0020)の細い肩が微かに震えた。少女は、彼女の従者が注いだ紅茶で口元を湿らせる。舌先が張り付くほどに、緊張を感じていた。
「そう、ですね。皆さんも、尽力してくださっているのですが……」
「識者は多くとも、護衛に回せる騎士の数が頭打ちだ」
王女の傍らに立つセドリック・マクファーソン(kz0026)が、言葉を継いだ。
「自然、捜索範囲が狭まっている」
調査隊は。事ここに至るまでに見られた、歪虚達の奇妙な行動を調査するために組織された偵察隊である。歪虚達の一団が、かつて王都の西方で目撃されていた。その足跡を追跡可能な範囲でたどると、彼らは王都の南部へと移動していた、という。
問題は。
そこに、人型の歪虚の姿もあった、という点だ。
「そうだね。現状明らかにできた場所だって、決して十分とは言えない」
へクスは相対するシスティーナを見つめ、柔らかく笑った。
セドリックが再び口を開く。
「各地で頻発する事件。どれもこれも本格的な侵攻とは言い難い、が。
――それらが飽和してきていることは、兆候と言える」
言葉に、システィーナの儚げな吐息が続く。それこそが、少女を重く縛るものだった。
「これだけの騒ぎが全て陽動ならば。敵の本陣の規模が、これらを下る事は有り得ん」
「だから、騎士団の本営は動かせない、か」
いやはや、とヘクスは笑って。そうして、王女を再び見た。なしたいことと、すべきことの狭間に立つ少女の懊悩を見た。
「……それで、シャルシェレット。用向きは何だ」
セドリックは、ヘクスが訪れた理由を理解していたのだろう。どこか不機嫌そうな声色から、その内情が僅かに窺い知れ、ヘクスは笑みと共にこう告げた。
「実は、ね。うちの子が情報を掴んだんだよ」
転瞬。
王女は驚きに両の眼を見開かせて、ヘクスの手を取っていた。
「ほ、本当ですか、ヘクス兄様!」
「未だに君は、僕のことを兄様、と言ってくれるんだなあ。感激しちゃうよ」
「えっ! いえ、ヘクス兄様は、ヘクス兄様ですから……じゃなくて!」
「はっはっは!」
●
ヘクスが情報を伝えると、システィーナは即座に第三次調査隊の派遣を決定した。そうして、ヘクスは王城をあとにしようと部屋を出た、のだが。
「待て」
「なんだい?」
廊下の只中で、セドリックが、ヘクスを呼び止めた。
「情報は、《第六商会》が掴んだのか」
「そうだよ。このご時世だと、商品よりもそっちの方が売れるからね」
ヘクスの軽い口調に、セドリックは暫し、黙したままであった。
沈黙の隙間から、緊迫が滲む。それは、相対する二人の男の間を浸し――そして。
「……その情報は、いつのものだ」
溢れたのは、そんな言葉だった。
射抜くような視線に、ヘクスは小さく笑う。
「何でそれを、聞くんだい?」
「答えろ」
「今更それを聞いた所で、信じないだろう?」
「……」
「それじゃあ、ね。大司教さま。君も忙しいはずだろ?」
ヘクスは小さく笑い、会釈を返すと、軋んだ空気の中を緩やかに歩き、王城を後にした。セドリックは何も言わずに、その背を見送る他なかった。
●
そして今。ハンター達の周囲が目まぐるしく変化していた。より正確には、その周りにあった『紅く枯れた木々』が。
「ここここここれは――傲慢の歪虚……! み、皆さん、気をつけて下さいッ!!」
長剣を抜いたレヴィンが叫ぶ。
木々は、みるみる内に紅い羊毛で身を包んだ半人半羊の歪虚へとその身を転じていた。植物から、荒々しく獰猛な生物への変転だ。其々の額には傲慢の眷属であることを示す、不吉に輝く紅玉。それが、三体。
「……さ、最悪よりは、マシ、でしょうか」
レヴィンは見回した光景を、思い出す。
周囲に散在する、『沢山の、赤い木々』を。
――即座に圧殺しに来ない所に、意図がありそう、ですが。
黙考し。
――こちらをいたぶって殺すため、でないならいいなあ……。
「お、応戦を! 戦力を確認し……然る後……撤退します! い、いのちをだ、だだいじウワァッ!?」
胸中で呟きながらの声は、動きだした赤羊の威容にいつしか悲鳴に変わっていた。
そのまま、一息に戦闘へと雪崩れ込む。
●
生まれた戦場を見下ろしながら、少女――クラベルは小さく呟いた。
「場所が露呈し、やってきたのは汚い騎士と下らないハンター達」
紅の髪が憂鬱げに、揺れた。つと、その手がふらりと舞うが。
「ダメよ」
もう片方の手で、その手を抑える。
「殺してはダメ」
そうして、少女は心底儚げに、こう零した。
「……演出の為とはいえ。憂鬱だわ、フラベル」
ハンター達は、王都の南方へと派遣される第三次調査隊として召集され、その道中にあった。
目標地点が記された地図を手に、一同は暫くの間街道を進み、途中からは道を外れ、草原を往く。
既に日は傾きつつある。じきに逢魔が刻に至ろうという頃合いだった。照りつける日差しを受けながら一同が南へと進んでいくと、肌寒さが強くなってきた。
それでも進み、紅く枯れた木々が近づいてくると、比例するように寒気が増してきた。ハンター達は、大地に這うように冷気が滲む湿地に――そして沼地へと至る。
「――こ、この辺りが、しょ、所定の位置の筈ですが」
ハンター達を引率してきた騎士――レヴィンという――が、どもりながら告げた。40も半ばを過ぎようという頃合いで、身分上は歴然とした騎士ではあるのだが、何処か頼りない。
「こ、この場所は既に一度調査がなされた、ば、場所です。ど、どういうわけか、そこで歪虚と思われる一団が発見された訳、ですが……」
薄くなった頭が冷えるのだろうか。レヴィンはデリケートな部分を柔らかに撫でながら言う。
レヴィンは見回し。
「へ?」
【それら】を見て。
「キィヤアアアアアッ!!」
叫んだ。
「出たァァァァッ!!!!」
――中年の絹裂く悲鳴を背に、少し遡ろう。
●
戦争とは言い切れず、さりとて騒乱というには言葉が足りぬ。
王国で起きている一つ一つの事件は対応が可能な範疇であった。ただ、それが、あまりに多発していた。 同時多発的なそれは、対応が可能であるが故に決定的な破滅を予感させるものではない。
しかし、王国にも思い切った攻勢に出れない事情があった。
歪虚の動きが散発的なこともあるが――敵の目的が不明な以上、ハルトフォートやその他の要所の守りを疎かにはできない。
畢竟、一部の者達は、既に了解していたのだ。
王国の余力を根こそぎ引き出そうとするこれらの騒動が。
ただの、陽動に過ぎない事を。
●
「調査隊は一次も二次も振るわなかったんだねえ」
絢爛な造りの応接室に、ヘクス・シャルシェレット(kz0015)の声はいやに強く響いた。彼は部屋に据え置かれた革張りのソファにだらしなく身を埋め、見上げるようにして報告資料を眺めている。
気安げな言葉だった。にも関わらず、対面に座すシスティーナ・グラハム(kz0020)の細い肩が微かに震えた。少女は、彼女の従者が注いだ紅茶で口元を湿らせる。舌先が張り付くほどに、緊張を感じていた。
「そう、ですね。皆さんも、尽力してくださっているのですが……」
「識者は多くとも、護衛に回せる騎士の数が頭打ちだ」
王女の傍らに立つセドリック・マクファーソン(kz0026)が、言葉を継いだ。
「自然、捜索範囲が狭まっている」
調査隊は。事ここに至るまでに見られた、歪虚達の奇妙な行動を調査するために組織された偵察隊である。歪虚達の一団が、かつて王都の西方で目撃されていた。その足跡を追跡可能な範囲でたどると、彼らは王都の南部へと移動していた、という。
問題は。
そこに、人型の歪虚の姿もあった、という点だ。
「そうだね。現状明らかにできた場所だって、決して十分とは言えない」
へクスは相対するシスティーナを見つめ、柔らかく笑った。
セドリックが再び口を開く。
「各地で頻発する事件。どれもこれも本格的な侵攻とは言い難い、が。
――それらが飽和してきていることは、兆候と言える」
言葉に、システィーナの儚げな吐息が続く。それこそが、少女を重く縛るものだった。
「これだけの騒ぎが全て陽動ならば。敵の本陣の規模が、これらを下る事は有り得ん」
「だから、騎士団の本営は動かせない、か」
いやはや、とヘクスは笑って。そうして、王女を再び見た。なしたいことと、すべきことの狭間に立つ少女の懊悩を見た。
「……それで、シャルシェレット。用向きは何だ」
セドリックは、ヘクスが訪れた理由を理解していたのだろう。どこか不機嫌そうな声色から、その内情が僅かに窺い知れ、ヘクスは笑みと共にこう告げた。
「実は、ね。うちの子が情報を掴んだんだよ」
転瞬。
王女は驚きに両の眼を見開かせて、ヘクスの手を取っていた。
「ほ、本当ですか、ヘクス兄様!」
「未だに君は、僕のことを兄様、と言ってくれるんだなあ。感激しちゃうよ」
「えっ! いえ、ヘクス兄様は、ヘクス兄様ですから……じゃなくて!」
「はっはっは!」
●
ヘクスが情報を伝えると、システィーナは即座に第三次調査隊の派遣を決定した。そうして、ヘクスは王城をあとにしようと部屋を出た、のだが。
「待て」
「なんだい?」
廊下の只中で、セドリックが、ヘクスを呼び止めた。
「情報は、《第六商会》が掴んだのか」
「そうだよ。このご時世だと、商品よりもそっちの方が売れるからね」
ヘクスの軽い口調に、セドリックは暫し、黙したままであった。
沈黙の隙間から、緊迫が滲む。それは、相対する二人の男の間を浸し――そして。
「……その情報は、いつのものだ」
溢れたのは、そんな言葉だった。
射抜くような視線に、ヘクスは小さく笑う。
「何でそれを、聞くんだい?」
「答えろ」
「今更それを聞いた所で、信じないだろう?」
「……」
「それじゃあ、ね。大司教さま。君も忙しいはずだろ?」
ヘクスは小さく笑い、会釈を返すと、軋んだ空気の中を緩やかに歩き、王城を後にした。セドリックは何も言わずに、その背を見送る他なかった。
●
そして今。ハンター達の周囲が目まぐるしく変化していた。より正確には、その周りにあった『紅く枯れた木々』が。
「ここここここれは――傲慢の歪虚……! み、皆さん、気をつけて下さいッ!!」
長剣を抜いたレヴィンが叫ぶ。
木々は、みるみる内に紅い羊毛で身を包んだ半人半羊の歪虚へとその身を転じていた。植物から、荒々しく獰猛な生物への変転だ。其々の額には傲慢の眷属であることを示す、不吉に輝く紅玉。それが、三体。
「……さ、最悪よりは、マシ、でしょうか」
レヴィンは見回した光景を、思い出す。
周囲に散在する、『沢山の、赤い木々』を。
――即座に圧殺しに来ない所に、意図がありそう、ですが。
黙考し。
――こちらをいたぶって殺すため、でないならいいなあ……。
「お、応戦を! 戦力を確認し……然る後……撤退します! い、いのちをだ、だだいじウワァッ!?」
胸中で呟きながらの声は、動きだした赤羊の威容にいつしか悲鳴に変わっていた。
そのまま、一息に戦闘へと雪崩れ込む。
●
生まれた戦場を見下ろしながら、少女――クラベルは小さく呟いた。
「場所が露呈し、やってきたのは汚い騎士と下らないハンター達」
紅の髪が憂鬱げに、揺れた。つと、その手がふらりと舞うが。
「ダメよ」
もう片方の手で、その手を抑える。
「殺してはダメ」
そうして、少女は心底儚げに、こう零した。
「……演出の為とはいえ。憂鬱だわ、フラベル」
リプレイ本文
●
陽射しは遮られ、灰色に染め上げられる世界。その中で赤い羊達の存在は鮮やかに映えた。
二足歩行する羊達の羊毛の隙間から、筋肉質な肢体が見てとれた。横並びになった三匹の羊達は、ハンター達を眺めると軋むように嗤う。
「レヴィンさん、落ち着いて下さい」
「は、はいィ!」
レヴィンに対して、身の丈を遥かに超える長槍を手にした落葉松 鶲(ka0588)が声を掛ける。
「敵の意図は不明瞭で不気味ですが……多勢、と見ていいでしょうね」
周囲に散る朱色に、鶲は微かに眉根を寄せてそう結んだ。
――敵。
同じ朱色を前に、エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は思う。その胸に去来したのは、ひとひらの疑念だった。
――道を外れたこんな木しか無い沼地を、商人が通るかしら。
緩くとも縁のある王女の為と参加した結果、飛び込む事になった最悪の戦場。
――何かの意志を感じるわね。
思うだけ思って、苦笑して想像を振り払う。朧げに過ぎていて、恥ずかしさが勝った。
「っ、見た目通りのケダモノと承知しながら、まんまと術中にとらわれるなんて……」
悔しげな声は、ベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)。美しい螺旋を描く蜜色の髪が、揺れた。リアルブルーでは軍に所属し教練を受けてはいた彼女だったが、この待ち伏せは想定していなかった。
だが、女の眼差しには畏れはなく――むしろ、不遜に燃えた。
「これが傲慢、眷属ですか……この屈辱は必ず返礼させていただきますわ」
気丈に言う傍らで、メトロノーム・ソングライト(ka1267)は無表情に周囲を見渡している。
「どうした?」
ドワーフとしては異質に過ぎる巨躯を誇るバルバロス(ka2119)が、言葉を落とす。
「いえ」
種々の枯れ木から視線を切って、少女は続ける。
「状況は完全な釣り出しに、待ち伏せ……目の前の敵はそのような知恵をめぐらす相手とも見えませんし、他に操っている者がいるとみるのが妥当、かなと」
「ふむ」
巨漢の目が、赤羊を舐め、周囲へと散った。
「――なるほど、傲慢とは良く言ったモノだ」
見れば見るほどに絶体絶命の状況、その裏に潜むであろう意志を感じて、男は太く笑った。赤い瞳には続く戦闘に対する期待がある。
「……以前相対した赤羊とは様相が少々異なります」
マーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)は眼前の敵を静かに見つめて、言った。醜悪に笑う、羊達の姿を。
「もう少し……意志があったように思ったのですが」
素体となったのであろう赤羊を知っているマーニは小さく、呟いた。知性はあるのだろう。恐らく、理性も。ただ、その意志が偏極化している姿が、強く印象に残った。
●
ハンター達は素早く体勢を整えるとすぐに動いた。前面に鶲とバルバロス。ベアトリスは遅れて続く。残る四人は主力として敵を各個撃破する方針だった。ハンター達が動くのを見て赤羊達も戦斧を手に疾走を開始した。
瞬後。その進路に、黒雲が生じる。
「――」
ハート型の木版を手にした、エヴァの魔術だ。スリープクラウド。赤羊の一匹が抗しきれずに眠りに落ちるのを見て、ハンター達の動きが僅かに変わる。主力班は向かって右側面へと位置を転じていった。
「周囲に枯れ木が無い所で応戦しましょう」
「応!」
そうして、そのままに。
「来ますわよ! 援護しますわ!」
ベアトリスが機導術を紡ぎながら、喚起の声をあげる。頑丈そうなバルバロスは後に回し、まず鶲に術を施すと同時。最前に立つバルバロスと鶲に赤羊の二匹が真っ向からぶつかっていった。
疾走の勢いのまま、赤羊が先手を取った。獰猛に笑い、大斧を振るう。
「――ッ!」
相対した瞬間に、鶲は敵が自らより遥かに格上だと悟った。
「とはいえ、攻勢にでるつもりもありません、から……っ」
攻撃を捨て、槍を立てる。いなすように槍を振るい、受けた。衝撃が身体の芯まで響く中、大きく槍の穂先を回して赤羊の側頭部を横打。手応えは、乏しい。
――それでもいい。
時間を稼ぐ。それが、彼女の役割だったから。
「暫くの間、お相手して頂きますね」
密やかに、そう言った。
鶲はベアトリスとバルバロスを巻き込む事がないように立ち位置を細かく変える。バルバロスが真っ向から赤羊と切り結んでいるのとは対照的だ。
ベアトリスは自らに支援と援護射撃を任じていた。故に、戦場がよく見える。大きく動く鶲と、動かぬバルバロスの距離が開いていく。鶲への援護は時折射線が通りにくくなることもあり、少しばかり難しい、が。
「正解、ですわね」
ベアトリスは鶲を止めなかった。かつて見た羊達の突破力や膂力を想起してのことだ。
――あとはどれだけ抑えられるか、ですわね。
バルバロスの方を見る、と。その豪腕が唸りをあげていた。両手剣に応じるように、赤羊の戦斧が噛み合う。轟音に、大気が空間ごと弾けるような錯覚をベアトリスは覚えた。
その渦中。真っ向切っての闘争に、巨漢は猛る。
「傲慢の歪虚……剣機のようなツギハギの出来損ないとは違う、本物の歪虚達か……相手にとって不足無し!」
歓喜の咆哮は、まるで幼子のように純粋なものであった。
●
他方。眠りに落ちた赤羊に、残ったハンター達とレヴィンが向かった。
レヴィンを前衛に、残る三人は距離を置いて立つと、メトロノーム、マーニが術を紡いだ。その顕れ方が、夫々に違う。メトロノームは自らの魔術を歌に乗せた。昂じたマテリアルが、魔術を生む。かたや、マーニのそれは静謐なものだ。鳳凰の如き紋様が灯る中、日本刀の切っ先に法術によって生じた冥闇が宿る。
戦場の不利は承知だった。故に、夫々の魔術は短期決着、必殺の意志を持って放たれる。
「――撃ちます」
マーニの呟きに続いて、水球と、闇色の珠が眠っている羊を真っ向から撃ちぬいた。寝入りに放たれた衝撃に驚愕する赤羊は、苦鳴の声すらあげられなかった。マーニの術など、額の宝石を撃ちぬくように放たれていて、首が不吉な方向に弾かれていた。
「痛……」
紛れも無い痛撃にレヴィンの方が顔を顰めている。
「――」
視線を感じた。振り向くと、エヴァが嗜虐的な笑みであっち行けと赤羊の方を指さしていた。
「っ!」
同時。咆哮が響いた。そのまま羊が迫っている。進むしかなかった。瞬く間に距離が詰まり、剣戟が交わされる。疾影士であるレヴィンの本領は、その脚にある。壊撃を必要な時だけ盾でいなす。それ以外は受ける事もせずに回避に努めた。
「――守りながら、となると」
自らの本領を知るレヴィンは、小さく零した。瞬後だ。先ほどと同様に、後衛から一斉に魔術や法術が注ぎ込む。
「■■■■ッ!」
今度は、赤羊はそれを受け止めて見せた。シゥ、と。鼻息が溢れる。
今。赤羊の眼は彼女たちに固定されていた。
先程の痛撃。その下手人が知れたのだから、当然、だった。
「お怒り、ですか?」
メトロノームの無垢なる呟きが、合図だった。
レヴィンを無視して、赤羊は後衛へと向かって疾走した。
「う、ああ、や、やっぱり!」
レヴィンは慌てて追走に移る。直ぐに追いつくが、羊はレヴィンの太刀の重さを知っている。赤羊にとって彼女たちより優先する脅威でない事を。
「う、ぅぅ……ッ!」
だからこそ、レヴィンは羊を追い抜くと、盾を翳してその体を抑えに掛かるしかなかった。
「レヴィン殿!」
マーニの悔恨が、響いた。防具で固めて居るとはいえ、回避が本領のレヴィンに後衛を背負って護る戦い方は不得手だと、今になって解る。
「ひ、ヒィ、は、やく!」
情けない悲鳴を聴いて、メトロノームは小さく頷いた。
「彼が稼いでくれた時間。無駄には出来ません」
――何だかそれ、死んでるみたいね。
傍らでそれを聞いたエヴァは半眼になって少女を見たが、当のメトロノームは歌に集中している。
紡がれる魔術。その旋律は、鎮魂の歌に似ていた。
●
抑えの三人は、劣勢だった。特に、鶲が押されている。消耗が激しくなり過ぎる為、ベアトリスの援護もこちらに集中していた。鶲は羊の猛攻を払いながら、少しでも傷を癒やそうと集中したが。
「く、また……ッ!」
闘狩人である鶲では、マテリアルを上手く練り切る事が出来なかった。
瞬後。大斧が鶲の予想よりも早く、翻った。
「鶲!」
ベアトリスの援護射撃の甲斐もあり、鶲はそれを辛うじて受け止める。鶲が間合いを切って離れると、赤羊は愉快げに笑っていた。嘲りが染み出す笑みであった。
悔しくはなかった。ただ、気持ち悪さだけが肌に張り付いていた。
「ぶるあぁぁぁぁあ!!」
バルバロスの豪腕が唸る。己に放てる最高の一打を相対から今に至るまで、全力を振るっていた。この赤羊は、羊毛も、その肉質も固い。渾身の一打でも、どれ程効いているか。
「これが、これでこそが、闘争、だなァ……ッ!」
ベアトリスの機導術での支援を除けば、バルバロスは赤羊をほぼ単騎で抑えようとしていた。
今。目の前にあるのは、凝固した死、そのものだった。打てども響かず、敵の一撃は重い。傷を癒しても、二、三合も交わせば無に帰す。
「カカッ……!」
劣勢を、そのまま飲み込んで。バルバロスは猛り笑った。
限界が、近づいてきていた。
「もう少し、ですわよ」
支援と援護射撃を行いながら、ベアトリスはそれらを支えるように言う。戦域を見渡す彼女には、主攻であるエヴァ達の攻勢がよく見えていた。
言いながら、周囲を、見渡す。もう間もなく一体目を屠る事が出来るだろう。
「相手の意図は分かりません。ですが、この戦場は――」
そうして、見つけた。
「……やはり」
新たに現れた“四体目”が、その目に嗜虐を漲らせてこちらに向かってきていた。
「時間は、稼ぎますわよ……っ!」
鶲とバルバロスの苦戦を見ても尚、猛々しく、進んだ。
●
漸くだ。赤羊が悔しげな声を上げて、地に倒れ臥した。その身が掻き消えるのを確認して。
「いや、ぁ」
レヴィンは、荒い息と共に口元の血を拭った。後衛を庇う為に、その突進を何度か身体で受け止めざるを得なかった。それ故に、傷は浅くない。
「まだ、行けますか?」
「え? ぇ、ええ、私は」
苦戦中の抑え班の元へと脚を早めながら、メトロノームが短く問う。レヴィンの応答は――いつも通り挙動不審であった。
「――にしても、頑丈になったようですね」
かつて戦場で目にしたことがあるマーニには、眼前の歪虚――眷属化した赤羊の強固さが、感触として解った。エヴァも頷く。一匹減らす間にレヴィンも、抑えの面々も浅からぬ傷を負っていた。
マーニは逡巡した。が、それも一瞬だ。短く駆けると、可能な限り遠間からではあるが、傷が最も深い鶲へと癒しの法術を施す。
「マーニ、さん……有難うございます」
鶲の小さな返礼に、小さく首を振った。
――これにしたって、一時しのぎ。
「潮時、ですね」
呟いた。マーニの治療が追いつく前に、あるいは、メトロノームやエヴァの魔術が敵を斃す前に、必ず誰かがその凶斧に叩き折られる事が、知れた。想定以上に、抑えに回った面々の被害が、大きすぎた。
「些か物寂しいが……此処で死ぬのも詰まらんからな」
先程の戦鬼ぶりが嘘のように、バルバロスは冷静に言う。数多の戦場を渡り歩いて今なお生き延びる事ができているのは、その思考の賜物かもしれない。
「……!」
エヴァは頷くと、再びスリープクラウドを紡いで、羊達を覆った。そのまま馬を手振りで呼ぶと、戦闘の様子に怯えながらも何とか寄ってくる。
その背に乗りながら、ふと。エヴァの胸の裡に、悪戯心が芽生えた。
――このまま進んだら、どういう反応をするのだろう。
多少迂回して進むだけなら可能。反応を見るだけだ、と。エヴァは馬首を巡らせる。
その時、だ。
「あら。自殺志願者なのかしら」
少女の声が、響いた。
●
足を止めたエヴァの視線の先に、一人の少女が居た。
「こんにちは、ニンゲン」
「……」
声の主は、赤い髪をしていた。同じ色の赤い目には、退屈が籠められていた。会釈をされたエヴァは、僅かに目を細めて見つめ返すのみ。
「――知性ある個体が近くにいなければ、とは、思っていましたが」
ベアトリスがその姿を認めて、呟いた。
「あら。そう思っていたのにも関わらずとてもとても心踊らない演劇を見せてくれたの。心底不愉快だわ」
小さく会釈して、少女は続けた。
「お礼にその生命を頂きたいところだけど……ようこそ。私達の祭事――復活祭へ」
その言葉と、同時に。
――声が、降って来た。
●
その日、王国に居た人々は声を聞いた。脳裏に直接響くような、高慢な声音。
「おはよう、諸君。心地よい夜が訪れるな。復活に相応しい夜よ」
声の主は軋むように笑い。
「私は黒王たるイヴ様の一の臣。諸君ら王国と、王の娘に破滅を齎す者」
そう、名乗りを上げた。
「鄙俗な王国も、娘の純潔も、この私自ら無に帰して差し上げよう。それが私の復活祭の――フィナーレだ」
ブシシと声は嗤う。それは次第に金切声のようになり、そして――唐突に、消えた。
●
「……やはり、か」
ただ一人、それを予期していたバルバロスは、短くその名を呼んだ。
「傲慢の歪虚ベリアル」
「ええ」
少女は心底つまらなさげに応じ、そのまま、続けた。
「あなた達は、見逃してあげる。我が主は、最高の騒乱をご所望なの。貴方達の逃げる姿は、その前菜として報告してあげる」
それじゃ、と。踵を返し、彼方――エヴァが進もうとした方角へと戻っていく少女。
そこに。
「お待ちください」
メトロノームが、声をかけていた。感情のない目でまっすぐに見つめ、言う。
「貴女の、お名前は――?」
「……」
傲慢なる少女は――名乗りを、拒まなかった。
「クラベルよ」
●
赤い羊達はクラベルに率いられて、夕日色に染まり始めた沼地へと消えていった。また何処かで、木々の姿に変容しているのだろう。残されたハンターとレヴィンはそのまま撤退した。張り付くような殺気が、今も残っていたから。
帰り道。鶲が呟いた。
「彼女……クラベルは、エヴァさんが進んだから、彼女は姿を晒したように見えました」
「彼女は、待ち伏せをしていましたわ。だとすれば、彼処で何かをしていたのかもしれません。それが何かは……わかりませんでしたが――いえ、それには、時間も、戦力も、足りなかったですわね」
状況を思い返して、ベアトリスが言うと、マーニが続いた。
「――あの、宣言ですね」
「ええ」
ベリアルが、名乗りを上げた。それは即ち――狼煙だった。
マーニは、この日初めて、この騒乱の続く先が、解った。
「戦争が、始まるな」
バルバロスの不敵な笑みに、生まれは違えどもこの国で育ったマーニは、何を思っただろうか。
少女は沼地の方角を見た。強い陽射しのせいで、全てが曖昧に包まれている。
――五年前に残された災厄の蕾が、今、花開こうとしていた。
陽射しは遮られ、灰色に染め上げられる世界。その中で赤い羊達の存在は鮮やかに映えた。
二足歩行する羊達の羊毛の隙間から、筋肉質な肢体が見てとれた。横並びになった三匹の羊達は、ハンター達を眺めると軋むように嗤う。
「レヴィンさん、落ち着いて下さい」
「は、はいィ!」
レヴィンに対して、身の丈を遥かに超える長槍を手にした落葉松 鶲(ka0588)が声を掛ける。
「敵の意図は不明瞭で不気味ですが……多勢、と見ていいでしょうね」
周囲に散る朱色に、鶲は微かに眉根を寄せてそう結んだ。
――敵。
同じ朱色を前に、エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は思う。その胸に去来したのは、ひとひらの疑念だった。
――道を外れたこんな木しか無い沼地を、商人が通るかしら。
緩くとも縁のある王女の為と参加した結果、飛び込む事になった最悪の戦場。
――何かの意志を感じるわね。
思うだけ思って、苦笑して想像を振り払う。朧げに過ぎていて、恥ずかしさが勝った。
「っ、見た目通りのケダモノと承知しながら、まんまと術中にとらわれるなんて……」
悔しげな声は、ベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)。美しい螺旋を描く蜜色の髪が、揺れた。リアルブルーでは軍に所属し教練を受けてはいた彼女だったが、この待ち伏せは想定していなかった。
だが、女の眼差しには畏れはなく――むしろ、不遜に燃えた。
「これが傲慢、眷属ですか……この屈辱は必ず返礼させていただきますわ」
気丈に言う傍らで、メトロノーム・ソングライト(ka1267)は無表情に周囲を見渡している。
「どうした?」
ドワーフとしては異質に過ぎる巨躯を誇るバルバロス(ka2119)が、言葉を落とす。
「いえ」
種々の枯れ木から視線を切って、少女は続ける。
「状況は完全な釣り出しに、待ち伏せ……目の前の敵はそのような知恵をめぐらす相手とも見えませんし、他に操っている者がいるとみるのが妥当、かなと」
「ふむ」
巨漢の目が、赤羊を舐め、周囲へと散った。
「――なるほど、傲慢とは良く言ったモノだ」
見れば見るほどに絶体絶命の状況、その裏に潜むであろう意志を感じて、男は太く笑った。赤い瞳には続く戦闘に対する期待がある。
「……以前相対した赤羊とは様相が少々異なります」
マーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)は眼前の敵を静かに見つめて、言った。醜悪に笑う、羊達の姿を。
「もう少し……意志があったように思ったのですが」
素体となったのであろう赤羊を知っているマーニは小さく、呟いた。知性はあるのだろう。恐らく、理性も。ただ、その意志が偏極化している姿が、強く印象に残った。
●
ハンター達は素早く体勢を整えるとすぐに動いた。前面に鶲とバルバロス。ベアトリスは遅れて続く。残る四人は主力として敵を各個撃破する方針だった。ハンター達が動くのを見て赤羊達も戦斧を手に疾走を開始した。
瞬後。その進路に、黒雲が生じる。
「――」
ハート型の木版を手にした、エヴァの魔術だ。スリープクラウド。赤羊の一匹が抗しきれずに眠りに落ちるのを見て、ハンター達の動きが僅かに変わる。主力班は向かって右側面へと位置を転じていった。
「周囲に枯れ木が無い所で応戦しましょう」
「応!」
そうして、そのままに。
「来ますわよ! 援護しますわ!」
ベアトリスが機導術を紡ぎながら、喚起の声をあげる。頑丈そうなバルバロスは後に回し、まず鶲に術を施すと同時。最前に立つバルバロスと鶲に赤羊の二匹が真っ向からぶつかっていった。
疾走の勢いのまま、赤羊が先手を取った。獰猛に笑い、大斧を振るう。
「――ッ!」
相対した瞬間に、鶲は敵が自らより遥かに格上だと悟った。
「とはいえ、攻勢にでるつもりもありません、から……っ」
攻撃を捨て、槍を立てる。いなすように槍を振るい、受けた。衝撃が身体の芯まで響く中、大きく槍の穂先を回して赤羊の側頭部を横打。手応えは、乏しい。
――それでもいい。
時間を稼ぐ。それが、彼女の役割だったから。
「暫くの間、お相手して頂きますね」
密やかに、そう言った。
鶲はベアトリスとバルバロスを巻き込む事がないように立ち位置を細かく変える。バルバロスが真っ向から赤羊と切り結んでいるのとは対照的だ。
ベアトリスは自らに支援と援護射撃を任じていた。故に、戦場がよく見える。大きく動く鶲と、動かぬバルバロスの距離が開いていく。鶲への援護は時折射線が通りにくくなることもあり、少しばかり難しい、が。
「正解、ですわね」
ベアトリスは鶲を止めなかった。かつて見た羊達の突破力や膂力を想起してのことだ。
――あとはどれだけ抑えられるか、ですわね。
バルバロスの方を見る、と。その豪腕が唸りをあげていた。両手剣に応じるように、赤羊の戦斧が噛み合う。轟音に、大気が空間ごと弾けるような錯覚をベアトリスは覚えた。
その渦中。真っ向切っての闘争に、巨漢は猛る。
「傲慢の歪虚……剣機のようなツギハギの出来損ないとは違う、本物の歪虚達か……相手にとって不足無し!」
歓喜の咆哮は、まるで幼子のように純粋なものであった。
●
他方。眠りに落ちた赤羊に、残ったハンター達とレヴィンが向かった。
レヴィンを前衛に、残る三人は距離を置いて立つと、メトロノーム、マーニが術を紡いだ。その顕れ方が、夫々に違う。メトロノームは自らの魔術を歌に乗せた。昂じたマテリアルが、魔術を生む。かたや、マーニのそれは静謐なものだ。鳳凰の如き紋様が灯る中、日本刀の切っ先に法術によって生じた冥闇が宿る。
戦場の不利は承知だった。故に、夫々の魔術は短期決着、必殺の意志を持って放たれる。
「――撃ちます」
マーニの呟きに続いて、水球と、闇色の珠が眠っている羊を真っ向から撃ちぬいた。寝入りに放たれた衝撃に驚愕する赤羊は、苦鳴の声すらあげられなかった。マーニの術など、額の宝石を撃ちぬくように放たれていて、首が不吉な方向に弾かれていた。
「痛……」
紛れも無い痛撃にレヴィンの方が顔を顰めている。
「――」
視線を感じた。振り向くと、エヴァが嗜虐的な笑みであっち行けと赤羊の方を指さしていた。
「っ!」
同時。咆哮が響いた。そのまま羊が迫っている。進むしかなかった。瞬く間に距離が詰まり、剣戟が交わされる。疾影士であるレヴィンの本領は、その脚にある。壊撃を必要な時だけ盾でいなす。それ以外は受ける事もせずに回避に努めた。
「――守りながら、となると」
自らの本領を知るレヴィンは、小さく零した。瞬後だ。先ほどと同様に、後衛から一斉に魔術や法術が注ぎ込む。
「■■■■ッ!」
今度は、赤羊はそれを受け止めて見せた。シゥ、と。鼻息が溢れる。
今。赤羊の眼は彼女たちに固定されていた。
先程の痛撃。その下手人が知れたのだから、当然、だった。
「お怒り、ですか?」
メトロノームの無垢なる呟きが、合図だった。
レヴィンを無視して、赤羊は後衛へと向かって疾走した。
「う、ああ、や、やっぱり!」
レヴィンは慌てて追走に移る。直ぐに追いつくが、羊はレヴィンの太刀の重さを知っている。赤羊にとって彼女たちより優先する脅威でない事を。
「う、ぅぅ……ッ!」
だからこそ、レヴィンは羊を追い抜くと、盾を翳してその体を抑えに掛かるしかなかった。
「レヴィン殿!」
マーニの悔恨が、響いた。防具で固めて居るとはいえ、回避が本領のレヴィンに後衛を背負って護る戦い方は不得手だと、今になって解る。
「ひ、ヒィ、は、やく!」
情けない悲鳴を聴いて、メトロノームは小さく頷いた。
「彼が稼いでくれた時間。無駄には出来ません」
――何だかそれ、死んでるみたいね。
傍らでそれを聞いたエヴァは半眼になって少女を見たが、当のメトロノームは歌に集中している。
紡がれる魔術。その旋律は、鎮魂の歌に似ていた。
●
抑えの三人は、劣勢だった。特に、鶲が押されている。消耗が激しくなり過ぎる為、ベアトリスの援護もこちらに集中していた。鶲は羊の猛攻を払いながら、少しでも傷を癒やそうと集中したが。
「く、また……ッ!」
闘狩人である鶲では、マテリアルを上手く練り切る事が出来なかった。
瞬後。大斧が鶲の予想よりも早く、翻った。
「鶲!」
ベアトリスの援護射撃の甲斐もあり、鶲はそれを辛うじて受け止める。鶲が間合いを切って離れると、赤羊は愉快げに笑っていた。嘲りが染み出す笑みであった。
悔しくはなかった。ただ、気持ち悪さだけが肌に張り付いていた。
「ぶるあぁぁぁぁあ!!」
バルバロスの豪腕が唸る。己に放てる最高の一打を相対から今に至るまで、全力を振るっていた。この赤羊は、羊毛も、その肉質も固い。渾身の一打でも、どれ程効いているか。
「これが、これでこそが、闘争、だなァ……ッ!」
ベアトリスの機導術での支援を除けば、バルバロスは赤羊をほぼ単騎で抑えようとしていた。
今。目の前にあるのは、凝固した死、そのものだった。打てども響かず、敵の一撃は重い。傷を癒しても、二、三合も交わせば無に帰す。
「カカッ……!」
劣勢を、そのまま飲み込んで。バルバロスは猛り笑った。
限界が、近づいてきていた。
「もう少し、ですわよ」
支援と援護射撃を行いながら、ベアトリスはそれらを支えるように言う。戦域を見渡す彼女には、主攻であるエヴァ達の攻勢がよく見えていた。
言いながら、周囲を、見渡す。もう間もなく一体目を屠る事が出来るだろう。
「相手の意図は分かりません。ですが、この戦場は――」
そうして、見つけた。
「……やはり」
新たに現れた“四体目”が、その目に嗜虐を漲らせてこちらに向かってきていた。
「時間は、稼ぎますわよ……っ!」
鶲とバルバロスの苦戦を見ても尚、猛々しく、進んだ。
●
漸くだ。赤羊が悔しげな声を上げて、地に倒れ臥した。その身が掻き消えるのを確認して。
「いや、ぁ」
レヴィンは、荒い息と共に口元の血を拭った。後衛を庇う為に、その突進を何度か身体で受け止めざるを得なかった。それ故に、傷は浅くない。
「まだ、行けますか?」
「え? ぇ、ええ、私は」
苦戦中の抑え班の元へと脚を早めながら、メトロノームが短く問う。レヴィンの応答は――いつも通り挙動不審であった。
「――にしても、頑丈になったようですね」
かつて戦場で目にしたことがあるマーニには、眼前の歪虚――眷属化した赤羊の強固さが、感触として解った。エヴァも頷く。一匹減らす間にレヴィンも、抑えの面々も浅からぬ傷を負っていた。
マーニは逡巡した。が、それも一瞬だ。短く駆けると、可能な限り遠間からではあるが、傷が最も深い鶲へと癒しの法術を施す。
「マーニ、さん……有難うございます」
鶲の小さな返礼に、小さく首を振った。
――これにしたって、一時しのぎ。
「潮時、ですね」
呟いた。マーニの治療が追いつく前に、あるいは、メトロノームやエヴァの魔術が敵を斃す前に、必ず誰かがその凶斧に叩き折られる事が、知れた。想定以上に、抑えに回った面々の被害が、大きすぎた。
「些か物寂しいが……此処で死ぬのも詰まらんからな」
先程の戦鬼ぶりが嘘のように、バルバロスは冷静に言う。数多の戦場を渡り歩いて今なお生き延びる事ができているのは、その思考の賜物かもしれない。
「……!」
エヴァは頷くと、再びスリープクラウドを紡いで、羊達を覆った。そのまま馬を手振りで呼ぶと、戦闘の様子に怯えながらも何とか寄ってくる。
その背に乗りながら、ふと。エヴァの胸の裡に、悪戯心が芽生えた。
――このまま進んだら、どういう反応をするのだろう。
多少迂回して進むだけなら可能。反応を見るだけだ、と。エヴァは馬首を巡らせる。
その時、だ。
「あら。自殺志願者なのかしら」
少女の声が、響いた。
●
足を止めたエヴァの視線の先に、一人の少女が居た。
「こんにちは、ニンゲン」
「……」
声の主は、赤い髪をしていた。同じ色の赤い目には、退屈が籠められていた。会釈をされたエヴァは、僅かに目を細めて見つめ返すのみ。
「――知性ある個体が近くにいなければ、とは、思っていましたが」
ベアトリスがその姿を認めて、呟いた。
「あら。そう思っていたのにも関わらずとてもとても心踊らない演劇を見せてくれたの。心底不愉快だわ」
小さく会釈して、少女は続けた。
「お礼にその生命を頂きたいところだけど……ようこそ。私達の祭事――復活祭へ」
その言葉と、同時に。
――声が、降って来た。
●
その日、王国に居た人々は声を聞いた。脳裏に直接響くような、高慢な声音。
「おはよう、諸君。心地よい夜が訪れるな。復活に相応しい夜よ」
声の主は軋むように笑い。
「私は黒王たるイヴ様の一の臣。諸君ら王国と、王の娘に破滅を齎す者」
そう、名乗りを上げた。
「鄙俗な王国も、娘の純潔も、この私自ら無に帰して差し上げよう。それが私の復活祭の――フィナーレだ」
ブシシと声は嗤う。それは次第に金切声のようになり、そして――唐突に、消えた。
●
「……やはり、か」
ただ一人、それを予期していたバルバロスは、短くその名を呼んだ。
「傲慢の歪虚ベリアル」
「ええ」
少女は心底つまらなさげに応じ、そのまま、続けた。
「あなた達は、見逃してあげる。我が主は、最高の騒乱をご所望なの。貴方達の逃げる姿は、その前菜として報告してあげる」
それじゃ、と。踵を返し、彼方――エヴァが進もうとした方角へと戻っていく少女。
そこに。
「お待ちください」
メトロノームが、声をかけていた。感情のない目でまっすぐに見つめ、言う。
「貴女の、お名前は――?」
「……」
傲慢なる少女は――名乗りを、拒まなかった。
「クラベルよ」
●
赤い羊達はクラベルに率いられて、夕日色に染まり始めた沼地へと消えていった。また何処かで、木々の姿に変容しているのだろう。残されたハンターとレヴィンはそのまま撤退した。張り付くような殺気が、今も残っていたから。
帰り道。鶲が呟いた。
「彼女……クラベルは、エヴァさんが進んだから、彼女は姿を晒したように見えました」
「彼女は、待ち伏せをしていましたわ。だとすれば、彼処で何かをしていたのかもしれません。それが何かは……わかりませんでしたが――いえ、それには、時間も、戦力も、足りなかったですわね」
状況を思い返して、ベアトリスが言うと、マーニが続いた。
「――あの、宣言ですね」
「ええ」
ベリアルが、名乗りを上げた。それは即ち――狼煙だった。
マーニは、この日初めて、この騒乱の続く先が、解った。
「戦争が、始まるな」
バルバロスの不敵な笑みに、生まれは違えどもこの国で育ったマーニは、何を思っただろうか。
少女は沼地の方角を見た。強い陽射しのせいで、全てが曖昧に包まれている。
――五年前に残された災厄の蕾が、今、花開こうとしていた。
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相談用スレッド ベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458) 人間(リアルブルー)|19才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/10/22 17:57:11 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/19 14:06:02 |