ゲスト
(ka0000)
【陶曲】捻子の反乱、木偶
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/05/03 19:00
- 完成日
- 2017/05/12 03:12
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●前日譚
フマーレが大火に見舞われていた頃。フマーレの外れの小さな工業区。
大火の被害を直接は受けていないこの町で、歪虚の襲撃が発生した。
本体は小さな捻子。
捻子が捻子を操って、更には歯車や発条、大凡辺りで生産される様々な金属部品から、果てはその支配の及ばない木材まで巻き込んで巨大化し、町の一角で暴れ。
一所に集めた部品、その他を取り散らかすといった、浅からぬ影響を残して滅ぼされた。
ハンターの手も借りながら部品がどうにか片付く頃、この事件の調査に2人のハンターが派遣された。
椎木とルエル。
リアルブルー出身でクリムゾンウェストに来た当初は路頭に迷っていた椎木と、彼にハンターの道を示した当時駆け出しだったルエル。
2人がバディを組んで今年で15年、今日まで様々な事件に携わってきた。
●
バインダーに綴じた資料を捲り、ルエルは眉間に皺を刻む。
「――核となっていた黒い捻子の歪虚は消滅、その際に操られていた部品類の解放を確認。同時に不審な気配を感知していた模様。また……」
「何度読んだって中身は変わりませんよ。あれは……あの程度の歪虚が持つには大きすぎる力だった。抑も物質を操るって、限度が有りますよ。それをあれは。あの捻子は、自身と同等の大きさの物を何百と……まあ、歪虚とその辺の捻子との比較ですから、一概に同等とは言えませんが……目方で考えれば?」
「小っせえからって、油断できねぇってこったなぁ」
「それに、行動の意図も読めません。……あの大火、十三魔と何等かの関係があるのかも」
「ああ、あの火事なぁ……」
仲間のハンターが出動したと聞いた。今は復興に走り回っているらしい。
この辺りは中心からも外れ、情報の入りは遅いが、それでも風の噂で彼是と聞くことはある。
「火事だけではありません。よく知りませんけど、変な物が見付かったとか、歪虚に襲われたとか、協会が遺跡の発掘……むぐぅ」
「こんな場所で、滅多なことを言うもんじゃねぇ」
椎木の口を押さえて、ルエルは剣呑な目で周りを見る。
聞こえた人間がいないことを確かめてから解放した。
「はぁ、……そんなに危ないこと言いました?」
協会、こと、魔術師協会が遺跡の発掘に心血を注いでいるらしい。古い呪文でも埋まってるのかね。
椎木が聞いたのは根も葉もない、唯の噂。
しかし、ルエルはその先を知らされている。
不審な発掘物とその運搬中に襲われる事件の発生。そして、発掘物の正体について。
尤も、それさえ真実とは限らないが。
それは遺跡の断片でも、呪文の一節でもなく――
「別に。だが、襲われたばっかの場所でする話しじゃねぇ」
●
歪虚の調査と町の視察。終える頃には日が暮れている。
今日は一日平穏に過ぎた。
コーヒーでも飲んで帰りませんかと椎木が誘う。この辺りの職人で賑わう2人も行きつけにしている店が近い。
そちらへと足を向けたところ、積まれた木箱の傍で不審な影が動いた。
「危ないっ!」
影とルエルの間に割って入った椎木が右手にナイフを構える。
からん、からん。ぱたん。
小箱の影から倒れてきたのは廃材らしい錆びた薄い鉄板。何かに吊され揺らされていたそれが、地面にぱたりと倒れた。
囮かとその糸の先を見開いた目が追う。
椎木の背後に引いたルエルもジャケットの内ポケットからロザリオを取り出して構えた。
空気を裂く音が鳴る。
音の方へと銀の刃が翻るが、目がそれを捉えるよりも先に、金属線を思わせるしなやかな弾力を持った長い糸は、鋭く研がれた切っ先を椎木の右腕に突き立てた。
「っく、……抜けない」
左手でその糸を掴むが、皮下に深くは刺さっていないはずのそれが抜ける様子は無く、抜こうと巻き付けて握る左の掌に赤い筋が走った。
ルエルがロザリオを翳して風の刃を放つが糸はそれを弾くように振動した。
椎木のジャケットの右腕が次第にじっとりと血を滲ませる。
抗う手を笑うように糸は深く埋まって、筋を裂かれ神経を断たれ、骨の抉られる感触に悲鳴を噛み殺す。
痛みと失血に震えて冷えていく椎木の右手は、何故かナイフを放さない。
左手を袖とハンカチで覆い椎木は痛みを堪えて糸に抗い、ルエルも糸に攻撃を続けながら、糸の先を探る。
『ナナちゃん』
黒い団扇に蛍光色の文字、花と星の燦めく装飾をあしらって翻るそれ。
『殺しちゃって』
一際大きな黄色い星を末尾に飾り、その団扇を掲げたのは木の人形。
目鼻と口、両耳と心臓だろう胸の中心に、合計7つの黒い捻子を打ち込んだそれが紐を括っただけの腕の先から糸を伸ばし、もう片方は団扇を振っていた。
歪虚だろうその不可解な存在。ナナちゃん、とは、まさか。ルエルが思考するその一瞬。
攻撃を続けて消耗したルエルの僅かな隙を狙ったように、歪虚の腕が揺れ、撓む糸が引き締められて。
「い、いやだ、やめろ。あ、あ、ルエル、ルエル逃げろ!」
椎木の握るナイフが、ルエルの眼前に迫る。
糸を手放した左手で、咄嗟に己の上腕を押して起動を逸らすが、よく手入れのされた鋭利な刃はルエルの頬を裂き、一筋の傷を付けた。
●
緊急の救援依頼を受けたハンター達が現場へと走る。
案内人を自称する受付嬢が近道だと言う細い路地や、塀の上を走って、ルエルと椎木が歪虚に遭遇した地点まで、ほぼ一直線に町を駆ける。
ここだとルエルが足を止めると、地面には滴った血の跡が続いていた。
それは次第に数を増やしながら、物陰へ続いている。
近付こうとした案内人をルエルが制すと、細い声が聞こえてきた。
「……不覚を……ご迷惑をお掛けしました。……腕を、切って貰えませんか? 自分で切るのは、難しいんです」
影から現れた椎木は、右腕に糸を刺され、糸から伝う黒い靄を右腕に濃く纏っている。
血がナイフを握る右手から滴り落ちているが、その量は尋常ではなく。
「てめぇ、なにしちまってんだよ」
左手にはツールナイフ、その小さな刃が毀れるまで右腕を刺した跡がある。
激高するルエルを嬲るように吹き付けた風。
見上げれば屋根に腰掛けた木の人形。黒い捻子で顔を作った木偶。
紐を括っただけの手足を不安定に揺らし、ハンター達を見下ろしている。
「ヤア! こっちでも愉しくやってれば、ナナちゃんがライブに来てくれると思ったんだけど。差し入れが1匹は寂しいよネ! ネ!」
歪虚の腕が揺れた瞬間、翳された団扇が翻り、ハンター達を風が襲う。
そして。
「やめろ、やめ、っ、逃げて、皆さん……!」
抗う椎木の身体を引き摺る様に、そのナイフがハンター達に向けられた。
フマーレが大火に見舞われていた頃。フマーレの外れの小さな工業区。
大火の被害を直接は受けていないこの町で、歪虚の襲撃が発生した。
本体は小さな捻子。
捻子が捻子を操って、更には歯車や発条、大凡辺りで生産される様々な金属部品から、果てはその支配の及ばない木材まで巻き込んで巨大化し、町の一角で暴れ。
一所に集めた部品、その他を取り散らかすといった、浅からぬ影響を残して滅ぼされた。
ハンターの手も借りながら部品がどうにか片付く頃、この事件の調査に2人のハンターが派遣された。
椎木とルエル。
リアルブルー出身でクリムゾンウェストに来た当初は路頭に迷っていた椎木と、彼にハンターの道を示した当時駆け出しだったルエル。
2人がバディを組んで今年で15年、今日まで様々な事件に携わってきた。
●
バインダーに綴じた資料を捲り、ルエルは眉間に皺を刻む。
「――核となっていた黒い捻子の歪虚は消滅、その際に操られていた部品類の解放を確認。同時に不審な気配を感知していた模様。また……」
「何度読んだって中身は変わりませんよ。あれは……あの程度の歪虚が持つには大きすぎる力だった。抑も物質を操るって、限度が有りますよ。それをあれは。あの捻子は、自身と同等の大きさの物を何百と……まあ、歪虚とその辺の捻子との比較ですから、一概に同等とは言えませんが……目方で考えれば?」
「小っせえからって、油断できねぇってこったなぁ」
「それに、行動の意図も読めません。……あの大火、十三魔と何等かの関係があるのかも」
「ああ、あの火事なぁ……」
仲間のハンターが出動したと聞いた。今は復興に走り回っているらしい。
この辺りは中心からも外れ、情報の入りは遅いが、それでも風の噂で彼是と聞くことはある。
「火事だけではありません。よく知りませんけど、変な物が見付かったとか、歪虚に襲われたとか、協会が遺跡の発掘……むぐぅ」
「こんな場所で、滅多なことを言うもんじゃねぇ」
椎木の口を押さえて、ルエルは剣呑な目で周りを見る。
聞こえた人間がいないことを確かめてから解放した。
「はぁ、……そんなに危ないこと言いました?」
協会、こと、魔術師協会が遺跡の発掘に心血を注いでいるらしい。古い呪文でも埋まってるのかね。
椎木が聞いたのは根も葉もない、唯の噂。
しかし、ルエルはその先を知らされている。
不審な発掘物とその運搬中に襲われる事件の発生。そして、発掘物の正体について。
尤も、それさえ真実とは限らないが。
それは遺跡の断片でも、呪文の一節でもなく――
「別に。だが、襲われたばっかの場所でする話しじゃねぇ」
●
歪虚の調査と町の視察。終える頃には日が暮れている。
今日は一日平穏に過ぎた。
コーヒーでも飲んで帰りませんかと椎木が誘う。この辺りの職人で賑わう2人も行きつけにしている店が近い。
そちらへと足を向けたところ、積まれた木箱の傍で不審な影が動いた。
「危ないっ!」
影とルエルの間に割って入った椎木が右手にナイフを構える。
からん、からん。ぱたん。
小箱の影から倒れてきたのは廃材らしい錆びた薄い鉄板。何かに吊され揺らされていたそれが、地面にぱたりと倒れた。
囮かとその糸の先を見開いた目が追う。
椎木の背後に引いたルエルもジャケットの内ポケットからロザリオを取り出して構えた。
空気を裂く音が鳴る。
音の方へと銀の刃が翻るが、目がそれを捉えるよりも先に、金属線を思わせるしなやかな弾力を持った長い糸は、鋭く研がれた切っ先を椎木の右腕に突き立てた。
「っく、……抜けない」
左手でその糸を掴むが、皮下に深くは刺さっていないはずのそれが抜ける様子は無く、抜こうと巻き付けて握る左の掌に赤い筋が走った。
ルエルがロザリオを翳して風の刃を放つが糸はそれを弾くように振動した。
椎木のジャケットの右腕が次第にじっとりと血を滲ませる。
抗う手を笑うように糸は深く埋まって、筋を裂かれ神経を断たれ、骨の抉られる感触に悲鳴を噛み殺す。
痛みと失血に震えて冷えていく椎木の右手は、何故かナイフを放さない。
左手を袖とハンカチで覆い椎木は痛みを堪えて糸に抗い、ルエルも糸に攻撃を続けながら、糸の先を探る。
『ナナちゃん』
黒い団扇に蛍光色の文字、花と星の燦めく装飾をあしらって翻るそれ。
『殺しちゃって』
一際大きな黄色い星を末尾に飾り、その団扇を掲げたのは木の人形。
目鼻と口、両耳と心臓だろう胸の中心に、合計7つの黒い捻子を打ち込んだそれが紐を括っただけの腕の先から糸を伸ばし、もう片方は団扇を振っていた。
歪虚だろうその不可解な存在。ナナちゃん、とは、まさか。ルエルが思考するその一瞬。
攻撃を続けて消耗したルエルの僅かな隙を狙ったように、歪虚の腕が揺れ、撓む糸が引き締められて。
「い、いやだ、やめろ。あ、あ、ルエル、ルエル逃げろ!」
椎木の握るナイフが、ルエルの眼前に迫る。
糸を手放した左手で、咄嗟に己の上腕を押して起動を逸らすが、よく手入れのされた鋭利な刃はルエルの頬を裂き、一筋の傷を付けた。
●
緊急の救援依頼を受けたハンター達が現場へと走る。
案内人を自称する受付嬢が近道だと言う細い路地や、塀の上を走って、ルエルと椎木が歪虚に遭遇した地点まで、ほぼ一直線に町を駆ける。
ここだとルエルが足を止めると、地面には滴った血の跡が続いていた。
それは次第に数を増やしながら、物陰へ続いている。
近付こうとした案内人をルエルが制すと、細い声が聞こえてきた。
「……不覚を……ご迷惑をお掛けしました。……腕を、切って貰えませんか? 自分で切るのは、難しいんです」
影から現れた椎木は、右腕に糸を刺され、糸から伝う黒い靄を右腕に濃く纏っている。
血がナイフを握る右手から滴り落ちているが、その量は尋常ではなく。
「てめぇ、なにしちまってんだよ」
左手にはツールナイフ、その小さな刃が毀れるまで右腕を刺した跡がある。
激高するルエルを嬲るように吹き付けた風。
見上げれば屋根に腰掛けた木の人形。黒い捻子で顔を作った木偶。
紐を括っただけの手足を不安定に揺らし、ハンター達を見下ろしている。
「ヤア! こっちでも愉しくやってれば、ナナちゃんがライブに来てくれると思ったんだけど。差し入れが1匹は寂しいよネ! ネ!」
歪虚の腕が揺れた瞬間、翳された団扇が翻り、ハンター達を風が襲う。
そして。
「やめろ、やめ、っ、逃げて、皆さん……!」
抗う椎木の身体を引き摺る様に、そのナイフがハンター達に向けられた。
リプレイ本文
●
聞きたいことが有る、と日の落ちた藤色の空が濃紺に変わっていく最中、八原 篝(ka3104)が尋ねた。
以前も似たような歪虚が出たという、そのあらましについて。
実際に対面したアリア・セリウス(ka6424)はその被害を思い出して顔を顰める。
カンテラを揺らし走る案内人が一方向を指した。その先にある紡績工場に出没したのは黒い捻子、機械に使われていた金属部品を操り攻撃を行い逃走、その後、この一帯で木製を含む様々な部品類の盗難が多数発生。
盗まれた部品を操った状態で再度出現し、撃破された。
「詳細は調査中で……今から助けに向かうお2人が、聞き込みと捜査に当たってました」
ですよね、と案内人の目がルエルを振り返る。
頷くルエルは唇を噛む。
得られた情報は少ない。恐らく、相応の距離から操られたのだろう。
「気に入らない、わね」
澄んだ目を先へ向け、アリアは赤い唇を引き結ぶ。嫉妬の歪虚、その災禍の糸を手繰り遊戯に興じる様が。
その角を、とルエルが示しハンター達は足を止める。
「職員さん灯火を」
メイム(ka2290)にカンテラを、お使い下さいと差し出して案内人は後退する。
星野 ハナ(ka5852)に寄り添う水晶玉がマテリアルに応じて光りを伸ばす。
ライトを固定し得物を携えた八原とアリアが頷く。
照らし出された椎木がハンター達を見る。
駆け寄ろうとしたルエルを案内人が押さえると、光りは椎木の右腕から糸を伝い上るように、屋根の上で団扇を振る歪虚の姿を照らす。
表情の無い歪虚が、それでもハンター達を見下ろして、笑ったように揺れた。
その顔を作る捻子は何れも、あの日に見たものと同じだと、アリアは気付く。振り返れば、カリン(ka5456)と万歳丸(ka5665)も同様に、その黒い捻子を見据えていた。
「どこかで見た捩子なのですね?」
カリンが紫の双眸で捻子に作られた顔を厳しく睨む。
「――同じ物なら顔の捩子を狙うのは意味がありそうに思うです」
得物を取り、仲間にそう伝えた。
まるで丑の刻参りの呪い人形のようだと八原は思う。
金属を操ると聞いた、その捻子が7本。
周囲は幸いにも殆どが木や石の壁に柱、積まれているものにも金属は少ない。
「警戒はしておくわ」
自身の、仲間の得物へと視線を巡らせて応じた。
以前の報告は聞いたが、目の前にいるのは小柄で簡易な作りの人形。
それをじっと観察し、メイムは捻子はあくまで部位なのではと訝しむ。
回避と耐久は如何程だろう。そう思考した耳にきんと不快な高い声が届いた。
「ヤア!」
団扇を振って歪虚はハンター達に呼び掛ける。
ナナちゃん、殺しちゃって。
暗がりの中にも映える蛍光色の文字が嘲るように揺れる。
「何が起こってンだかしらねェが……人様の土地で好き勝手やってンだ」
万歳丸が固く拳を握り締めた。
「キッチリカッチリ、落とし前を付けさせてやらァ!」
●
歪虚に向かって声を張った万歳丸が肩越しにルエルを見下ろす。
「右腕を抑えるのが俺の役目だ……力技だが」
構わないと言う様にルエルが目を伏せる。
「必ず助けますから早まっちゃダメです!」
カリンが、尚も腕を傷付けようとする椎木に向かって叫び、杖を構えて後方へ跳ぶ。
仲間の灯す光りがきらきらと手許に操る杖の装飾に映り込んで煌めき、後退した足元から伸びやかに育つ樹木の幻影が、巨大な振り子時計となり針を回す光景を背負う。幻影が消え、杖の切っ先を屋根上の敵へ、見据える瞳が若葉の鮮やかな色に染まった。
空けられた空間へ星野が進む、屋根の上を狙うには符の射程が後方からではやや足りない。
その接近を見た歪虚が団扇を戯れに翻し、木偶に括った紐の細腕を揺らして糸を操る。
糸の先、椎木の右腕が真っ直ぐに伸び、抗う足を引き摺りながら星野に迫った。
その切っ先を逸らそうと左手が構えたツールナイフが、星野の笑みに動揺し、瞬間、留まる。
迫る刃を躱す。深海に揺蕩うように穏やかに揺れる髪の一筋さえ傷付けず、星野は蒼く輝く瞳で椎木を見る。
「貴方はとにかくルエルさんを傷付けないよう頑張ればいいですぅ!」
ジャケットの上からでも覗える幾つもの傷跡を指して言う。その指で椎木の行為に憤り戦闘の疲労以上に消耗しているルエルを示すと、椎木も星野から顔を背けた。
「この程度の歪虚に操られた貴方に殺されるほど弱いハンターは集まってませんからぁ」
尚も挑発する言葉を重ねると、椎木の目が瞠る。
至近で再び閃いたナイフが符を具える盾に弾かれると、椎木は舌打ちを1つ、
「……っ、信じますからね」
言葉と共に地面に落としたツールナイフを、衝撃にはみ出したピックや鋏ごと蹴り退けた。
眩い金の麒麟の幻影が浮かぶ。
万歳丸の身体に、その幻影は添い、沈むように姿を消した。
「呵呵ッ! 怪力無双、万歳丸にお任せよォ!」
星野と対峙する椎木の間に飛び込んで、その右腕を曲げて籠手と鎧で固定して抑え込む。
星野が歪虚を射程に捉えると、腕は万歳丸を振り解こうと藻掻き鎧に噛んだナイフの刃が鳴る。マテリアルを込めて昂ぶらせた筋力で更に抑え込むと、ついには彼の巨躯ごと引き摺る様に腕を引いた。
踏み締めて尚数センチ擦れる足に力を込めて堪える。
異常は無いかと尋ねれば、椎木は糸を睨みながらも頷いた。
「下種ね。舞台を盛り上げたいなら、自分も踊って御覧なさい? ナナは少なくとも、身を焼いても歌うわよ」
白雪の幻影が舞う。地面を蹴り木箱を伝って屋根上へ。
その軌跡にはらりと舞い踊りながらマテリアルの光りはアリアの回りを漂う。
縦に細めた瞳孔が、屋根上に至ると敵を見下ろし更に細められた。
「ナナちゃん! 君も、ナナちゃんのファンなんだね! うっれしいー。よろしく! 君はぜひ、差し入れになって貰いたいよネ! ネ!」
金属を擦る様な不快な声。声を発する一時、椎木の動きが緩む。その隙に万歳丸がルエルへ近付けるように下がらせるが、手当てできる程の余裕は無く、すぐに糸が張り詰めてナイフが震えた。
挑発の言葉を意に介さぬ様子で、歪虚は楽しそうにさえ団扇を揺らす。
「私も救う為なら刃は恐れない」
白刃を抜き、眼下、糸の先で藻掻く椎木を一瞥した。
「ルエルさんまずは自身を手当て、その後距離を取りながら椎木さんをお願い」
灰色の猫を連れてメイムが前へ。危ないからね、と鈍色の鎖で転がっていたツールナイフを回収する。
血に塗れた小さなナイフは収まらないほど歪んでいた。お願い、とルエルにそれを托し、鎖は次に敵を狙った。
八原のブラウンの瞳が青い光りを微かに帯びる。夜の暗がりの中でも視線を追うにはその灯りは淡い。
道の中程に立って弓を握るが、視界を得るには上った方が良さそうだ。
「上か?」
ルエルが後方の屋根を示して尋ねた。回りに足場は無さそうだ。
「ええ」
八原が頷くと、使えと屈んで肩を示した。
ルエルの肩に片足を掛けると、軽い力で押し上げられた。
縁を掴み屋根に上がった八原を見上げ、揺れたスカートを指して気を付けろと冗談めかして言う笑顔は暗い。
「やっぱり、あまり大きくはなさそう! 椎木さんの糸は干渉時間が心配だよね、足は平気かな? でも、椎木さんに守らせてるから、耐久も低そうな気はする」
攻撃に移る一手前に、メイムは歪虚を見上げながら告げる。
何かに反応したらしく握られたままのナイフが音を立てた。
「……それがこのピグマリオにとっての、遊び、なのかも知れない」
敢えて、腕だけを操っている。7つの捻子が覗えるにも関わらず、使っている糸は1本だけ。
八原の声は硬い。
矢羽形のペンダントトップが胸に揺れる。掠れた文言に指先を置き、祈るようにその言葉を辿った。
●
龍鉱石のペンダントが青い光りを帯びた光の矢を形成する。風の図案をあしらったゆがけでその羽を摘まむ。
光りの鏃が標準器の中心で敵に重なり、引き絞る毎に滑車の微かな音を聞く。
放たれる青い光りは夜の帳を裂く様に敵へ進むが、その寸前、翻る団扇が起動を逸らす。
眼下では椎木へ刺さる糸が震えていた。
「見た目通りならよく燃えそうです」
カリンが杖を振り翳しマテリアルの炎を広げる。
かたかたと万歳丸ごと引き摺りながら、椎木が近付くが間に合わず歪虚の面が焦げた色に変わった。
「動かなくすれば椎木さんは解放されると思うです」
もう一度、と杖を構える。
マテリアルに作られた炎の力が傍の建物を燃え上がらせる事は無く、歪虚に変じた木偶の身体を的確に燃やす。
炎の隙に敵が攻撃へ転じる前に屋根を渡り距離を詰め、アリアは両の手の白刃を翻して斬り掛かる。
「自ら血に濡れる覚悟のない怖がりな木偶の応援なんて、ナナも失望するわね?」
挑発する言葉と剣捌きで誘い出し、見下ろせばメイムが口角を上げて構えている。
「ナ・ナ・ちゃん!」
歪虚が団扇をアリアに向けた所を狙い、鎖はその身体を絡め取って屋根から落とす。
落ちながら引っかけた足の紐が千切れ、呆気ないほど軽い音を立てて転がったそれは焦げた木片を散らかして。
地面に打ち付けられたのだろう面は、捻子が更に深く穿たれ、木目に沿った亀裂が走る。
しかし、団扇と紐は手放さず。
「奔れ、ス・ペットー」
灰色の猫をと共鳴する魔力を纏わせる斧を振り上げ、亀裂を叩き斬るように振り下ろした。
ヒーターが稼動し夜に映えるほど明るく赤熱したそれが、歪虚に迫った。
「君も、ナナちゃんのファンになろう!」
捻子山へ迫る刃を転がって躱した木偶が割れる。斜に削がれた半身を捨てたように、浮き上がったその断面に覗く黒い捻子は靄を纏い小刻みに震える。
団扇を振るい放たれた風は、それでも身体として扱っていた木偶を割られた事が響いたのかあらぬ方向へ飛び、辺りに木箱を派手に散らかした。
1つ攻撃を終えた隙を光りが包み、押し潰すほどの衝撃で閉じ込める。
「歪虚ブッコロ、ですぅ」
盾に符を補充し、星野が敵を睨み言い放つ。すぐにも次の光りを放てるように符は構えられている。
眩しいというように光りの結界の中、歪虚は団扇を振っている。
光が消えると、きんと妙な金属音が鳴った。団扇がゆったりと中を仰ぎ表に裏にと掲げられる。
光りに動きを止めた歪虚へ、カリンが再び炎を放つ。前方で広がりながらも、地面に下りた歪虚を平行に狙った輝きは、先程よりも的確に捉えて焦がす。
警戒を絶やさずに、追撃を重ねられて動きを止めている所へ続けざまに八原の青い矢が刺さった。
更に傷を増やした木偶は焦げたような腕を揺らし、糸を手繰ろうとした。
いくつかの攻撃と共に付与された歪虚の動きを妨げるそれ。
7つの捻子は独立しながらも、木偶に集った事で1つの個体のように振る舞っていた。
その内の1つ2つと混乱し、停滞し、止めのように光りに眩むと動ける捻子の方が少なくなった。
危機を察し、糸に繋いだ椎木を引き寄せようとするも、その身体は万歳丸が抑えている。
思考の術を絶やされた歪虚は、糸の先を変えようと短絡的に思い至った。
不意に椎木の右腕に激痛が走る。骨まで至っていた糸がその傷を抉りながら離れていく。
ひゅん、と空気を薙ぐように揺らいだ糸。辿れば木偶の腕に至るそれに、はっ、と笑って万歳丸は椎木をルエルの方へと突き飛ばした。
糸は何かを探す様に中空に漂う。
木偶は動かなくなってそれきりだ転がるような身動ぎは逃走の兆しかと、引き留めるように声を発する。
「ナナ……あァ、アイツか。なンだ、同朋か何かか、てめェは」
きんと耳に付く高温がどこからともなく響き、歪虚は何も言わずに団扇を揺らした。
「アイツの面ァぶん殴った誼だ。てめェもあの世まで吹き飛ばしてやらァ……!」
揺れていたいとは、その瞬間、狙いを万歳丸に定め飛び掛かるように先端を向ける。
折り重なるライトに照らされた鋭利な切っ先が狙うのを軽く躱す。
「運命の糸、というには無粋ね。呪いの糸なら、斬られるが童話の常でしょう?」
アリアが魔力を纏わせた刃をその糸の上へ滑らせる。幾つもの傷を得ていたその糸は刃に削がれるように断たれ、誰に届くことの無いまま砕けるように散って消えた。
――……ドクン……。――
胸騒ぎがハンター達を襲う。
覚えの有る気配だったかも知れないが、一弾指の間も無く消えたその気配を追うことは出来なかった。
●
糸の消失に木偶を見ると、顔を成す捻子の1つ、右耳に当たる捻子が剥がれるように転がってくる。
それは音も無く砕けると細かな破片は靄に変わり、暫しその場に留まりながら風に流されたように散っていった。
残りの捻子も、とハンター達が得物を向けるが、何れも既に木偶を捨てて、ぶつかり合って弾き、弾かれながら飛び退いて、狙いを定める間も与えぬ内に去っていった。
転がってきた椎木のジャケットの右袖を脱がせると、白いシャツには血が染みている。
もう着れねぇなと呟いて、ルエルはその袖を脱がせて消毒液を掛けるように傷を拭う。染みるのだろう椎木は眉を寄せて震えながら、何も言わずに堪えている。
きつめに包帯を巻き、傷に触れぬように腕を吊って肩にはジャケットを羽織らせた。
逃走を図った歪虚を気にする椎木の頭をルエルが叩く。今から追っても自分たちに出来ることは無いと。
2人の前に小さな瓶が差し出された。
「先輩なんですからぁ、簡単に相方悲しませるようなことはなしですよぅ」
「ああ、どうも。……先程は助かりました」
お強いんですね、と蓋を噛んで瓶を開けながら椎木が星野を見上げた。
回復したらしい2人を見下ろし、八原は木偶に向けていた矢を下ろした。
屋根から追っていた歪虚の、黒い捻子の何れの姿も見当たらない。
本体、と呼ぶべき物があるなら、あの捻子がそうだったのだろう。何れか、或いは、何れも。
屋根を下り、木偶に近づく。近くには光りの矢を落とした後が連なっている。見失うまで射続けたその後を見下ろし、八原は拳を握り締めた。
手掛かりを追って辺りを見回りに走ったカリンが戻ってきた。
「ちゃんと手当して貰ってくださいね」
椎木に声を掛けると、ルエルがさせると答える。拗ねた様子と出会った時よりも穏やかな2人の表情に安堵しながら、途絶えてしまった痕跡に唇を噛んだ。
戦闘を終えたらしい様子に案内人がハンター達に声を掛けて帰還を促した。
●「 」
そこは大地の裂け目。
記憶の傷跡。
カッツオ・ヴォイは深淵なる闇に恭しく「それ」を差し出した。
「我が君よ……まだ目覚める気にはなられませぬか……?」
問いかけに応えはない。
ただ、……ただ、眷属達は狂喜する。
――……ドクン……
――……ドクン……
聞きたいことが有る、と日の落ちた藤色の空が濃紺に変わっていく最中、八原 篝(ka3104)が尋ねた。
以前も似たような歪虚が出たという、そのあらましについて。
実際に対面したアリア・セリウス(ka6424)はその被害を思い出して顔を顰める。
カンテラを揺らし走る案内人が一方向を指した。その先にある紡績工場に出没したのは黒い捻子、機械に使われていた金属部品を操り攻撃を行い逃走、その後、この一帯で木製を含む様々な部品類の盗難が多数発生。
盗まれた部品を操った状態で再度出現し、撃破された。
「詳細は調査中で……今から助けに向かうお2人が、聞き込みと捜査に当たってました」
ですよね、と案内人の目がルエルを振り返る。
頷くルエルは唇を噛む。
得られた情報は少ない。恐らく、相応の距離から操られたのだろう。
「気に入らない、わね」
澄んだ目を先へ向け、アリアは赤い唇を引き結ぶ。嫉妬の歪虚、その災禍の糸を手繰り遊戯に興じる様が。
その角を、とルエルが示しハンター達は足を止める。
「職員さん灯火を」
メイム(ka2290)にカンテラを、お使い下さいと差し出して案内人は後退する。
星野 ハナ(ka5852)に寄り添う水晶玉がマテリアルに応じて光りを伸ばす。
ライトを固定し得物を携えた八原とアリアが頷く。
照らし出された椎木がハンター達を見る。
駆け寄ろうとしたルエルを案内人が押さえると、光りは椎木の右腕から糸を伝い上るように、屋根の上で団扇を振る歪虚の姿を照らす。
表情の無い歪虚が、それでもハンター達を見下ろして、笑ったように揺れた。
その顔を作る捻子は何れも、あの日に見たものと同じだと、アリアは気付く。振り返れば、カリン(ka5456)と万歳丸(ka5665)も同様に、その黒い捻子を見据えていた。
「どこかで見た捩子なのですね?」
カリンが紫の双眸で捻子に作られた顔を厳しく睨む。
「――同じ物なら顔の捩子を狙うのは意味がありそうに思うです」
得物を取り、仲間にそう伝えた。
まるで丑の刻参りの呪い人形のようだと八原は思う。
金属を操ると聞いた、その捻子が7本。
周囲は幸いにも殆どが木や石の壁に柱、積まれているものにも金属は少ない。
「警戒はしておくわ」
自身の、仲間の得物へと視線を巡らせて応じた。
以前の報告は聞いたが、目の前にいるのは小柄で簡易な作りの人形。
それをじっと観察し、メイムは捻子はあくまで部位なのではと訝しむ。
回避と耐久は如何程だろう。そう思考した耳にきんと不快な高い声が届いた。
「ヤア!」
団扇を振って歪虚はハンター達に呼び掛ける。
ナナちゃん、殺しちゃって。
暗がりの中にも映える蛍光色の文字が嘲るように揺れる。
「何が起こってンだかしらねェが……人様の土地で好き勝手やってンだ」
万歳丸が固く拳を握り締めた。
「キッチリカッチリ、落とし前を付けさせてやらァ!」
●
歪虚に向かって声を張った万歳丸が肩越しにルエルを見下ろす。
「右腕を抑えるのが俺の役目だ……力技だが」
構わないと言う様にルエルが目を伏せる。
「必ず助けますから早まっちゃダメです!」
カリンが、尚も腕を傷付けようとする椎木に向かって叫び、杖を構えて後方へ跳ぶ。
仲間の灯す光りがきらきらと手許に操る杖の装飾に映り込んで煌めき、後退した足元から伸びやかに育つ樹木の幻影が、巨大な振り子時計となり針を回す光景を背負う。幻影が消え、杖の切っ先を屋根上の敵へ、見据える瞳が若葉の鮮やかな色に染まった。
空けられた空間へ星野が進む、屋根の上を狙うには符の射程が後方からではやや足りない。
その接近を見た歪虚が団扇を戯れに翻し、木偶に括った紐の細腕を揺らして糸を操る。
糸の先、椎木の右腕が真っ直ぐに伸び、抗う足を引き摺りながら星野に迫った。
その切っ先を逸らそうと左手が構えたツールナイフが、星野の笑みに動揺し、瞬間、留まる。
迫る刃を躱す。深海に揺蕩うように穏やかに揺れる髪の一筋さえ傷付けず、星野は蒼く輝く瞳で椎木を見る。
「貴方はとにかくルエルさんを傷付けないよう頑張ればいいですぅ!」
ジャケットの上からでも覗える幾つもの傷跡を指して言う。その指で椎木の行為に憤り戦闘の疲労以上に消耗しているルエルを示すと、椎木も星野から顔を背けた。
「この程度の歪虚に操られた貴方に殺されるほど弱いハンターは集まってませんからぁ」
尚も挑発する言葉を重ねると、椎木の目が瞠る。
至近で再び閃いたナイフが符を具える盾に弾かれると、椎木は舌打ちを1つ、
「……っ、信じますからね」
言葉と共に地面に落としたツールナイフを、衝撃にはみ出したピックや鋏ごと蹴り退けた。
眩い金の麒麟の幻影が浮かぶ。
万歳丸の身体に、その幻影は添い、沈むように姿を消した。
「呵呵ッ! 怪力無双、万歳丸にお任せよォ!」
星野と対峙する椎木の間に飛び込んで、その右腕を曲げて籠手と鎧で固定して抑え込む。
星野が歪虚を射程に捉えると、腕は万歳丸を振り解こうと藻掻き鎧に噛んだナイフの刃が鳴る。マテリアルを込めて昂ぶらせた筋力で更に抑え込むと、ついには彼の巨躯ごと引き摺る様に腕を引いた。
踏み締めて尚数センチ擦れる足に力を込めて堪える。
異常は無いかと尋ねれば、椎木は糸を睨みながらも頷いた。
「下種ね。舞台を盛り上げたいなら、自分も踊って御覧なさい? ナナは少なくとも、身を焼いても歌うわよ」
白雪の幻影が舞う。地面を蹴り木箱を伝って屋根上へ。
その軌跡にはらりと舞い踊りながらマテリアルの光りはアリアの回りを漂う。
縦に細めた瞳孔が、屋根上に至ると敵を見下ろし更に細められた。
「ナナちゃん! 君も、ナナちゃんのファンなんだね! うっれしいー。よろしく! 君はぜひ、差し入れになって貰いたいよネ! ネ!」
金属を擦る様な不快な声。声を発する一時、椎木の動きが緩む。その隙に万歳丸がルエルへ近付けるように下がらせるが、手当てできる程の余裕は無く、すぐに糸が張り詰めてナイフが震えた。
挑発の言葉を意に介さぬ様子で、歪虚は楽しそうにさえ団扇を揺らす。
「私も救う為なら刃は恐れない」
白刃を抜き、眼下、糸の先で藻掻く椎木を一瞥した。
「ルエルさんまずは自身を手当て、その後距離を取りながら椎木さんをお願い」
灰色の猫を連れてメイムが前へ。危ないからね、と鈍色の鎖で転がっていたツールナイフを回収する。
血に塗れた小さなナイフは収まらないほど歪んでいた。お願い、とルエルにそれを托し、鎖は次に敵を狙った。
八原のブラウンの瞳が青い光りを微かに帯びる。夜の暗がりの中でも視線を追うにはその灯りは淡い。
道の中程に立って弓を握るが、視界を得るには上った方が良さそうだ。
「上か?」
ルエルが後方の屋根を示して尋ねた。回りに足場は無さそうだ。
「ええ」
八原が頷くと、使えと屈んで肩を示した。
ルエルの肩に片足を掛けると、軽い力で押し上げられた。
縁を掴み屋根に上がった八原を見上げ、揺れたスカートを指して気を付けろと冗談めかして言う笑顔は暗い。
「やっぱり、あまり大きくはなさそう! 椎木さんの糸は干渉時間が心配だよね、足は平気かな? でも、椎木さんに守らせてるから、耐久も低そうな気はする」
攻撃に移る一手前に、メイムは歪虚を見上げながら告げる。
何かに反応したらしく握られたままのナイフが音を立てた。
「……それがこのピグマリオにとっての、遊び、なのかも知れない」
敢えて、腕だけを操っている。7つの捻子が覗えるにも関わらず、使っている糸は1本だけ。
八原の声は硬い。
矢羽形のペンダントトップが胸に揺れる。掠れた文言に指先を置き、祈るようにその言葉を辿った。
●
龍鉱石のペンダントが青い光りを帯びた光の矢を形成する。風の図案をあしらったゆがけでその羽を摘まむ。
光りの鏃が標準器の中心で敵に重なり、引き絞る毎に滑車の微かな音を聞く。
放たれる青い光りは夜の帳を裂く様に敵へ進むが、その寸前、翻る団扇が起動を逸らす。
眼下では椎木へ刺さる糸が震えていた。
「見た目通りならよく燃えそうです」
カリンが杖を振り翳しマテリアルの炎を広げる。
かたかたと万歳丸ごと引き摺りながら、椎木が近付くが間に合わず歪虚の面が焦げた色に変わった。
「動かなくすれば椎木さんは解放されると思うです」
もう一度、と杖を構える。
マテリアルに作られた炎の力が傍の建物を燃え上がらせる事は無く、歪虚に変じた木偶の身体を的確に燃やす。
炎の隙に敵が攻撃へ転じる前に屋根を渡り距離を詰め、アリアは両の手の白刃を翻して斬り掛かる。
「自ら血に濡れる覚悟のない怖がりな木偶の応援なんて、ナナも失望するわね?」
挑発する言葉と剣捌きで誘い出し、見下ろせばメイムが口角を上げて構えている。
「ナ・ナ・ちゃん!」
歪虚が団扇をアリアに向けた所を狙い、鎖はその身体を絡め取って屋根から落とす。
落ちながら引っかけた足の紐が千切れ、呆気ないほど軽い音を立てて転がったそれは焦げた木片を散らかして。
地面に打ち付けられたのだろう面は、捻子が更に深く穿たれ、木目に沿った亀裂が走る。
しかし、団扇と紐は手放さず。
「奔れ、ス・ペットー」
灰色の猫をと共鳴する魔力を纏わせる斧を振り上げ、亀裂を叩き斬るように振り下ろした。
ヒーターが稼動し夜に映えるほど明るく赤熱したそれが、歪虚に迫った。
「君も、ナナちゃんのファンになろう!」
捻子山へ迫る刃を転がって躱した木偶が割れる。斜に削がれた半身を捨てたように、浮き上がったその断面に覗く黒い捻子は靄を纏い小刻みに震える。
団扇を振るい放たれた風は、それでも身体として扱っていた木偶を割られた事が響いたのかあらぬ方向へ飛び、辺りに木箱を派手に散らかした。
1つ攻撃を終えた隙を光りが包み、押し潰すほどの衝撃で閉じ込める。
「歪虚ブッコロ、ですぅ」
盾に符を補充し、星野が敵を睨み言い放つ。すぐにも次の光りを放てるように符は構えられている。
眩しいというように光りの結界の中、歪虚は団扇を振っている。
光が消えると、きんと妙な金属音が鳴った。団扇がゆったりと中を仰ぎ表に裏にと掲げられる。
光りに動きを止めた歪虚へ、カリンが再び炎を放つ。前方で広がりながらも、地面に下りた歪虚を平行に狙った輝きは、先程よりも的確に捉えて焦がす。
警戒を絶やさずに、追撃を重ねられて動きを止めている所へ続けざまに八原の青い矢が刺さった。
更に傷を増やした木偶は焦げたような腕を揺らし、糸を手繰ろうとした。
いくつかの攻撃と共に付与された歪虚の動きを妨げるそれ。
7つの捻子は独立しながらも、木偶に集った事で1つの個体のように振る舞っていた。
その内の1つ2つと混乱し、停滞し、止めのように光りに眩むと動ける捻子の方が少なくなった。
危機を察し、糸に繋いだ椎木を引き寄せようとするも、その身体は万歳丸が抑えている。
思考の術を絶やされた歪虚は、糸の先を変えようと短絡的に思い至った。
不意に椎木の右腕に激痛が走る。骨まで至っていた糸がその傷を抉りながら離れていく。
ひゅん、と空気を薙ぐように揺らいだ糸。辿れば木偶の腕に至るそれに、はっ、と笑って万歳丸は椎木をルエルの方へと突き飛ばした。
糸は何かを探す様に中空に漂う。
木偶は動かなくなってそれきりだ転がるような身動ぎは逃走の兆しかと、引き留めるように声を発する。
「ナナ……あァ、アイツか。なンだ、同朋か何かか、てめェは」
きんと耳に付く高温がどこからともなく響き、歪虚は何も言わずに団扇を揺らした。
「アイツの面ァぶん殴った誼だ。てめェもあの世まで吹き飛ばしてやらァ……!」
揺れていたいとは、その瞬間、狙いを万歳丸に定め飛び掛かるように先端を向ける。
折り重なるライトに照らされた鋭利な切っ先が狙うのを軽く躱す。
「運命の糸、というには無粋ね。呪いの糸なら、斬られるが童話の常でしょう?」
アリアが魔力を纏わせた刃をその糸の上へ滑らせる。幾つもの傷を得ていたその糸は刃に削がれるように断たれ、誰に届くことの無いまま砕けるように散って消えた。
――……ドクン……。――
胸騒ぎがハンター達を襲う。
覚えの有る気配だったかも知れないが、一弾指の間も無く消えたその気配を追うことは出来なかった。
●
糸の消失に木偶を見ると、顔を成す捻子の1つ、右耳に当たる捻子が剥がれるように転がってくる。
それは音も無く砕けると細かな破片は靄に変わり、暫しその場に留まりながら風に流されたように散っていった。
残りの捻子も、とハンター達が得物を向けるが、何れも既に木偶を捨てて、ぶつかり合って弾き、弾かれながら飛び退いて、狙いを定める間も与えぬ内に去っていった。
転がってきた椎木のジャケットの右袖を脱がせると、白いシャツには血が染みている。
もう着れねぇなと呟いて、ルエルはその袖を脱がせて消毒液を掛けるように傷を拭う。染みるのだろう椎木は眉を寄せて震えながら、何も言わずに堪えている。
きつめに包帯を巻き、傷に触れぬように腕を吊って肩にはジャケットを羽織らせた。
逃走を図った歪虚を気にする椎木の頭をルエルが叩く。今から追っても自分たちに出来ることは無いと。
2人の前に小さな瓶が差し出された。
「先輩なんですからぁ、簡単に相方悲しませるようなことはなしですよぅ」
「ああ、どうも。……先程は助かりました」
お強いんですね、と蓋を噛んで瓶を開けながら椎木が星野を見上げた。
回復したらしい2人を見下ろし、八原は木偶に向けていた矢を下ろした。
屋根から追っていた歪虚の、黒い捻子の何れの姿も見当たらない。
本体、と呼ぶべき物があるなら、あの捻子がそうだったのだろう。何れか、或いは、何れも。
屋根を下り、木偶に近づく。近くには光りの矢を落とした後が連なっている。見失うまで射続けたその後を見下ろし、八原は拳を握り締めた。
手掛かりを追って辺りを見回りに走ったカリンが戻ってきた。
「ちゃんと手当して貰ってくださいね」
椎木に声を掛けると、ルエルがさせると答える。拗ねた様子と出会った時よりも穏やかな2人の表情に安堵しながら、途絶えてしまった痕跡に唇を噛んだ。
戦闘を終えたらしい様子に案内人がハンター達に声を掛けて帰還を促した。
●「 」
そこは大地の裂け目。
記憶の傷跡。
カッツオ・ヴォイは深淵なる闇に恭しく「それ」を差し出した。
「我が君よ……まだ目覚める気にはなられませぬか……?」
問いかけに応えはない。
ただ、……ただ、眷属達は狂喜する。
――……ドクン……
――……ドクン……
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 八原 篝(ka3104) 人間(リアルブルー)|19才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2017/05/03 17:00:37 |
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ぷれいんぐぅ メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/05/03 11:12:08 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/04/30 07:49:10 |