ゲスト
(ka0000)
妖精の丘へ ~姿を消した少年~
マスター:小林 左右也

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/05/09 15:00
- 完成日
- 2017/05/18 04:09
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●2人の少年
風光明媚な山々に囲まれ、ワインの産地としても名高いこの高原には、創業して間もないホテルがある。老舗ワイナリーのオーナーである青年ウォルト・レインマンが数年前から始めたものだ。
今年ホテルで行われた「春の自然教室 ~野山の草花と昆虫を知ろう~」は、オーナー自らが講師として周辺の自然を紹介するイベントだ。宿泊客だけではなく、周辺住民も参加できるものだ。
参加した少年が姿を消したのは、イベントの翌日の出来事だった。
陽が暮れても戻らないので、地元の自警団とホテルの従業員たちで捜索したが、ひとりの少年だけしか見つからなかった。
いまだ行方がわからない少年の名はアルバート。このホテルの宿泊客だ。
そして見つかった少年はニコラ。生まれた頃からこの土地にすむ住民である。
「ニコラ、誰も君を責めたりしなから教えて欲しい」
ウォルトは少年にそっと訊ねる。
「もしかして、妖精を探しに行ったの?」
この山では野草や昆虫の採取は禁止となっている。イベントを始める前にも説明はしていたが、ニコラは地元の少年だ。知らないはずがない。
「……ごめんなさい」
ニコラは隠し持っていたお菓子の箱の蓋を開くと、そこには蝶が……いや、蝶のような羽を持った小さな少女の姿をした妖精が眠っていた。
「あいつが、妖精なんているわけないっていうから。嘘つきっていうから……悔しくて」
堰を切ったように泣き出したニコラをそっと抱き締めると、宥めるように小さな背中をそっと叩いた。
「大丈夫だよ。きっと妖精が守ってくれるから」
根拠がないとわかっていながら、ウォルトは願うように呟いた。
●ハンターオフィスにて
「妖精の丘はワインの産地としても有名な場所ですが、その名のとおり妖精が生息する場所としても知られていますが……」
女性職員のコウ・リィは集まったハンターたちを見渡すと、今回の依頼について語り出す。
「その妖精の丘で行方不明になった少年を無事に連れ帰ること。これが今回の任務です」
妖精だけではなく、珍しい野草や昆虫が生息しているという。妖精たちは擬態のために昆虫や草木の姿を取っている者も多く、昔から草花や昆虫の採取は禁じられている。
そして、同時に妖精の姿に似た雑魔も潜んでいるという。その場所は禁域とされていて、土地の人間はけして足を踏み入れない。
少年2人は妖精を探すのに夢中で、その禁域に足を踏み入れてしまった。
「ニコラ少年が捕えた妖精を見て、アルバート少年は対抗意識を燃やしたのでしょうね。自分も捕まえるまで帰らないと、止めるのを聞かずに森の奥へ入ってしまったそうです」
ニコラ少年はそこが禁域だと知っていた。本来なら追い掛けてアルバート少年を止めるべきだったが、それができなかった後悔と恐怖で動けなくなってしまったところを捜索隊に発見されたという。
「禁域とは、それはそれは心惹かれるような美しい場所だそうです」
人を誘い込むために、時季外れの草花が咲いていたり、自然現象が起きていたりするようだ。
「禁域には巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされていて、景色に誘われて足を踏み入れた人間や妖精を捕食するとのことです」
巨大な蜘蛛に食まれる姿を想像したのだろう。ハンターたちの口から「うわぁ」と悲壮な声が漏れる。
「アルバート少年が蜘蛛の巣に掛かったかはわかりませんが、その可能性も十分考えられます。もしそうなら早急に救出が必要です」
装備を整えたらすぐに出発してくださいね、とコウ・リィはほほえんだ。
●妖精の丘にて
「皆さん、さっそくお集まりいただきありがとうございます」
物腰の柔らかい青年だった。彼はハンターたちの前に進み出ると、丁寧に挨拶をする。
新人従業員かと思いきや、今回の依頼者であるウォルト・レインマン本人であった。まだ学生のような風貌に驚きを隠せないハンターも少なくないだろう。
「アルバートくんの救出を最優先でお願いしたいのですが、もうひとつお願いがあります」
ウォルトが「おいで」とやさしく囁くと、ふわりと現れたのは蝶……と思いきや、蝶の翅を持った少女の姿をした妖精だった。
「この子を森へ、仲間のところへ返してあげてください」
ウォルトの頭の上に降り立つと、妖精の少女は腕組みをしてハンターたちを見渡して、一言。
「ほら、さっさと行くわよ! あと、あたし方向音痴だから道案内とは無理だから期待しないでよね」
可憐な姿からは想像しがたい高飛車な態度に、ハンターたちは目を丸くする。
「申し訳ありません……お願いします」
と何故かウォルトが申し訳なさそうに頭を下げるのだった。
風光明媚な山々に囲まれ、ワインの産地としても名高いこの高原には、創業して間もないホテルがある。老舗ワイナリーのオーナーである青年ウォルト・レインマンが数年前から始めたものだ。
今年ホテルで行われた「春の自然教室 ~野山の草花と昆虫を知ろう~」は、オーナー自らが講師として周辺の自然を紹介するイベントだ。宿泊客だけではなく、周辺住民も参加できるものだ。
参加した少年が姿を消したのは、イベントの翌日の出来事だった。
陽が暮れても戻らないので、地元の自警団とホテルの従業員たちで捜索したが、ひとりの少年だけしか見つからなかった。
いまだ行方がわからない少年の名はアルバート。このホテルの宿泊客だ。
そして見つかった少年はニコラ。生まれた頃からこの土地にすむ住民である。
「ニコラ、誰も君を責めたりしなから教えて欲しい」
ウォルトは少年にそっと訊ねる。
「もしかして、妖精を探しに行ったの?」
この山では野草や昆虫の採取は禁止となっている。イベントを始める前にも説明はしていたが、ニコラは地元の少年だ。知らないはずがない。
「……ごめんなさい」
ニコラは隠し持っていたお菓子の箱の蓋を開くと、そこには蝶が……いや、蝶のような羽を持った小さな少女の姿をした妖精が眠っていた。
「あいつが、妖精なんているわけないっていうから。嘘つきっていうから……悔しくて」
堰を切ったように泣き出したニコラをそっと抱き締めると、宥めるように小さな背中をそっと叩いた。
「大丈夫だよ。きっと妖精が守ってくれるから」
根拠がないとわかっていながら、ウォルトは願うように呟いた。
●ハンターオフィスにて
「妖精の丘はワインの産地としても有名な場所ですが、その名のとおり妖精が生息する場所としても知られていますが……」
女性職員のコウ・リィは集まったハンターたちを見渡すと、今回の依頼について語り出す。
「その妖精の丘で行方不明になった少年を無事に連れ帰ること。これが今回の任務です」
妖精だけではなく、珍しい野草や昆虫が生息しているという。妖精たちは擬態のために昆虫や草木の姿を取っている者も多く、昔から草花や昆虫の採取は禁じられている。
そして、同時に妖精の姿に似た雑魔も潜んでいるという。その場所は禁域とされていて、土地の人間はけして足を踏み入れない。
少年2人は妖精を探すのに夢中で、その禁域に足を踏み入れてしまった。
「ニコラ少年が捕えた妖精を見て、アルバート少年は対抗意識を燃やしたのでしょうね。自分も捕まえるまで帰らないと、止めるのを聞かずに森の奥へ入ってしまったそうです」
ニコラ少年はそこが禁域だと知っていた。本来なら追い掛けてアルバート少年を止めるべきだったが、それができなかった後悔と恐怖で動けなくなってしまったところを捜索隊に発見されたという。
「禁域とは、それはそれは心惹かれるような美しい場所だそうです」
人を誘い込むために、時季外れの草花が咲いていたり、自然現象が起きていたりするようだ。
「禁域には巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされていて、景色に誘われて足を踏み入れた人間や妖精を捕食するとのことです」
巨大な蜘蛛に食まれる姿を想像したのだろう。ハンターたちの口から「うわぁ」と悲壮な声が漏れる。
「アルバート少年が蜘蛛の巣に掛かったかはわかりませんが、その可能性も十分考えられます。もしそうなら早急に救出が必要です」
装備を整えたらすぐに出発してくださいね、とコウ・リィはほほえんだ。
●妖精の丘にて
「皆さん、さっそくお集まりいただきありがとうございます」
物腰の柔らかい青年だった。彼はハンターたちの前に進み出ると、丁寧に挨拶をする。
新人従業員かと思いきや、今回の依頼者であるウォルト・レインマン本人であった。まだ学生のような風貌に驚きを隠せないハンターも少なくないだろう。
「アルバートくんの救出を最優先でお願いしたいのですが、もうひとつお願いがあります」
ウォルトが「おいで」とやさしく囁くと、ふわりと現れたのは蝶……と思いきや、蝶の翅を持った少女の姿をした妖精だった。
「この子を森へ、仲間のところへ返してあげてください」
ウォルトの頭の上に降り立つと、妖精の少女は腕組みをしてハンターたちを見渡して、一言。
「ほら、さっさと行くわよ! あと、あたし方向音痴だから道案内とは無理だから期待しないでよね」
可憐な姿からは想像しがたい高飛車な態度に、ハンターたちは目を丸くする。
「申し訳ありません……お願いします」
と何故かウォルトが申し訳なさそうに頭を下げるのだった。
リプレイ本文
●出発準備
「ウォルトさん、さっそくですがご協力いただけるでしょうか?」
リアリュール(ka2003)の申し出に、ウォルトは快く頷いた。
「それで私は何をすればよろしいでしょう?」
「アルバートくんの似顔絵を描こうと思うのです。あと紙とペンも貸していただいても?」
「ええ。とはいえ彼の特徴をお伝えするには少々自信がないので後でニコラにも確認して貰えると確かかと。ニコラ、後でお願いできるかな?」
ウォルトの背後に隠れていたニコラは無言で頷いたものの、その表情はひどく冴えない様子だった。
「短い間だけどよろしく。あなたの事は何て呼べばいい?」
椅子にぽつんと乗せられた妖精の少女は、あまりにも儚く庇護欲を掻き立てられる。八原 篝(ka3104)が話し掛けるが、ちらりと警戒心を覗かせた目を向けるだけ。
「ほーら、美味いぞ。食うか?」
まずは餌付けだろうと、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)はナッツをちらつかせたが。
「なによ失礼ね!」
さっそく妖精の少女に噛みつかれてしまう。
「いってぇ! おい本当に噛みつく奴がいるかよ!?」
言葉通り、本当に噛みつかれた。指先の小さな噛み痕は痛々しい。「ふん」と顔を逸らすが、小さな頬の中にはちゃっかりナッツが入っている。
「けっこう食い意地が張っ」
「はぁい☆初めまして、私はエミリオ」
不遜な呟きをかき消すように、エミリオ・ブラックウェル(ka3840)が乱入する。
「こっちは妖精のミヤビとモフロウのヒュペリオン。貴女のお名前は?」
一瞬戸惑いの表情を見せるが、少女の視線はエミリオの肩に乗ったミヤビに向いていた。
「この子も、あんたに掴まったってわけ?」
「あら違うわ。私達は友達よ」
エミリオは穏やかな笑顔を浮かべる。
「心を通わせて友達になったの。ねぇミヤビ?」
もちろん、とミヤビも笑顔で頷く。
「名前はルーって呼んでくれればいいわ」
「よろしくね。ルー」
ハンターたちの捜査に協力するために呼ばれていたニコラだったが、ハンターたちの質問にも、すっかり委縮してほとんど答えられなかった。ウォルトがリアリュールの似顔絵作成に協力している間、少年は部屋の片隅でうずくまっていた。
「ニコラ、お願いがあるんだけど、いいかな?」
少年の傍らに膝を折ったネムリア・ガウラ(ka4615)が声を掛ける。ニコラは恐る恐る顔を上げるが、目が合うと決まり悪そうに視線を泳がせる。
「もし苦手じゃなかったら、この子達を見ててくれるかな?」
スズメ、ツバメ。とネムリアが呼ぶと、とすとすと足音を立てて2匹の柴犬が近づいてきた。ニコラは一瞬驚いたように目を見開く。ふんふんと匂いを嗅がれても嫌がる様子はない。そっと2匹の頭を撫でる少年の目は優しい。突然ツバメが少年の頬をぺろりと舐める。
「こら、くすぐったいよ」
ニコラが小さな笑い声を洩らす。今度はスズメも反対の頬を舐めると身を捩らせて笑う。ようやく見せた笑顔にネムリアは、ほっと安堵する。
「仕方ないから見ててやる。だから……あいつのこと、頼むな」
ぶっきらぼうに告げる少年の言葉に、ネムリアは大きく頷いた。
「うん、任せておいて」
●妖精の森へ
問題の森に足を踏み入れたのは、まだ陽が高い昼下がりだった。
拍子抜けするほど森の様子は穏やかであった。勾配もゆるやかで、周囲には季節の草花が咲き乱れている。確かに子供たちを案内するにはふさわしい場所である。
歩を進めるにつれて、次第に緑の匂いが濃厚になっていく。いつの間にか道も、踏みならされた獣道に近いものへとなっていた。
「この辺りから少々用心だな」
先頭にはエヴァンスとJ・D(ka3351)が立つ。背後にはそれぞれが連れてきたイヌイット・ハスキーのパズとロイ、シェパードのパドが軽快な足取りで歩を進めていたが、2人が足を止めるとそれに従った。
「じゃあ、一旦この辺りに目印つけちゃいましょう」
足を止めたエミリオは、傍らにある木の幹に天然蜂蜜をたっぷりと塗った。
地元住民から入手した地図と、導きの光と称される方位磁石を交互に見て現在位置を確認する。現在地周辺には、住民が地図に記した赤い丸印が点在している。しかし、これのどれにアルバートがいるのかは不明だ。
「パズ、ロイ。この匂いに気づいたら教えてくれ」
しゃがみ込むエヴァンスが懐から取り出したのは、アルバートの所持品である帽子だ。2匹のイヌイット・ハスキーたちは帽子に鼻の頭を擦りつけるように匂いを嗅ぐと、慎重な足取りで草むらの中に踏み入るのを見届けて、帽子をJ・Dに手渡した。
「パド、こいつの匂いだ」
J・Dは忠実に付き従うシェパードに差し出す。
同じく鼻を鳴らして匂いを嗅ぐと、それぞれの方向に進んで捜索を開始している。
「思っていたより、妖精も雑魔も見当たらない……かな」
3匹の犬たちの様子を伺いながら、ネムリアは嗅覚と視覚を研ぎ澄ます。確かに気配は感じるのだから、まったくいないわけはなさそうだ。
「カナハ、怪しい人影や雑魔を見つけたら教えて」
モフロウのカナハを空に放つと、リアリュールも頭上の揺らめく木々の葉や枝先に目を凝らす。遠巻きに見られている感覚はあるが、姿を現そうとはしない。
「ヒュペリオン、お願いね」
エミリオはヒュペリオンを乗せた腕を宙に伸ばすと、カナハに続いて飛び立った。木々の緑に紛れてしまう2羽を眺めていたが、ふとルーと名乗る妖精の少女の様子が気になった。ちゃんとミヤビの後に続くように飛んでいるが、その羽ばたきは少々頼りないが文句は元気なようだ。
「ちょっと! 疲れたんですけど!」
そのエネルギーを飛ぶ方に使えばいいのにと思うが、面倒なので誰も口にはしない。
「そんなに疲れたなら、誰かの頭か肩にでも掴まっていたら?」
見かねた八原が告げると。
「じゃあ、あんたが乗っけて」
狼狽える八原をよそに、ルーはちゃっかりと八原の肩に留まる。あー楽ちん、と手足をぶらぶらさせていたものの、しばらくすると黙り込んでしまう。
「どうかした?」
「……さっきは、ごめんなさい」
何のことだろうと思ったが、ややあって思い出す。
「別に、もういい」
八原の表情に、小さな笑みがこぼれた。
●妖精と遭遇
突然犬たちが一斉に吠え出した。いつの間にか同じ場所に集まった3匹が、木の幹に前足を掛けて上に向かって吠えている。
「おい、どうした?」
J・Dが傍によると、パドは何かを訴えるような目で見上げている。
「妖精ですね」とリアリュール。
「うん、自分から来たね」と頷くネムリア。
「あら、本当」と同意するエミリオ。
やがて上からカナハとヒュペリオンの争うような鳴き声が聞こえる。やがてガサガサと激しく枝葉が揺れる音と共に何かが落ちてきた。
すかさずエヴァンスが受け止めたのは、ルーと同じく蝶の翅を持った妖精の少年だった。
「カイ?」
「ルー!」
再会を喜ぶ2人の様子が落ち着くのを待って、リアリュールは遠慮がちに声を掛けた。
「お取込み中で申し訳ないのですが、妖精さん。この男の子を知りませんか?」
リアリュールは少年の似顔絵を取り出すと、カイと呼ばれた妖精の前で広げた。そこには整った目鼻立ちかつ、少々生意気そうな少年が描かれていた。
「目は青くて、金髪だそうです」
「悪いけれど……知らない」
知らないといいつつ、カイの視線は泳いでいた。
「そんなことよりも、帰ろう。皆心配している」
「ごめん、カイ。今はまだ帰れない」
どうして? と俯くルーの小さな肩を揺する。
「まさか、あいつのせい? あいつがいいの? ルー!」
エミリオの肩に留まるミヤビを、まるで親の仇のように睨み付ける。
「ばーか。違うわよ。お願い、知っているのなら教えて」
カイはしばらく悩んだ後、わかったよと諦めたように溜息をついた。
●禁域への入口
妖精の少年カイの案内で、さらに奥へと進んでいった。J・Dが再度地図を確認してみると、確かに現在位置の近くに禁域が存在するようだ。
いつの間にか陽も傾き始め、森の中で落とす影も多くなってきた。陽が沈めば蜘蛛型の雑魔が活動する時間帯になってしまう。急がなければという意識が、ハンターたちの足を知らないうちに速めていた。
「この木だよ。この木に沿って歩いて。禁域ってあんたたちが呼ぶ場所に行けるから」
なんの変哲もない木だ。幹の太さは大人1人では抱えきれない程のものだ。けして珍しいものではないが、よく見ると木の根の上に泥と、草が踏みつぶされた後が残っている。
しかし木の幹に沿って歩いたところで、本当に禁域に行けるのだろうかと疑問もある。
「一応禁域への入口ってことで、目印に塗っておく?」
エミリオが蜂蜜をぺたりと幹に塗った途端、どこからともなく1匹の蝶が現れた。ひらひらと舞いながら蜂蜜を塗った幹へと向かっていく。
「これは……雑魔です」
蝶が羽ばたくたびに伝わってくる違和感。ネムリアは無意識のうちに呟いていた。
蝶が幹へと辿り着いた瞬間、エヴァンスは拳で蝶を叩き潰す。
「禁域が近いってことは間違いがなさそうだな。行くか」
一同、無言で頷く。
妖精たちを禁域へ同行させるのは危険だ。犬たちとモフロウたち、そしてミヤビを呼び寄せると、ルーたちと、ここで待機しているように伝える。
「わかったよ、まかせて」
ミヤビは小さな胸を、トンと叩いた。
キツネにつままれた気分というのは、こういう時に使うのだろう。本当に木の幹に沿って一周しただけだというのに、甘い匂いに包まれた花畑が広がっていた。
敷き詰められたように咲いているのは、目に眩しいほど鮮やかな緑の葉と紅紫の小さな花。
「これは、レンゲソウ?」
かつてリアルブルーでは春の風物詩とされていた植物だ。しかし実物を目にするのは初めてだ。八原が引き込まれるように一歩踏み出した時だった。
「不用意に動くンじゃねえ!」
J・Dの制止の声に足を止める。
恐らく花畑に潜んでいたのだろう。地面から湧き出てくるかのように、一斉に蝶が出現した。八原は後ずさりをするが、蝶の大群に包み込まれてしまう。
「なンだァ、この数は!」
J・Dはリボルバーを構える。フォールシュートでおびただしい蝶を撃ち落としていく。弾丸は正確に蝶を打ち抜き、すべて殲滅したかと思ったが。
「まだまだ、いるみたいだな」
呼び寄せるまでもなく、新たに出現する蝶。続いてエヴァンスの大剣が唸りを上げ、蝶の大群を一気に薙ぎ払った。
「大丈夫だった?」
視界から蝶の姿が消えると、リアリュールは立ち尽くす八原の元へ駆け寄った。
「大丈夫、よ」
八原はゴーグルと、口元を覆うタオルを外す。だが、タオルにべったりと付着した鱗粉を見てゾッとした。
蝶の大群が出現したのが嘘のように、レンゲソウ畑はのどかな光景として目の前に広がっていた。花々の間を数匹の蝶が飛び交う。もちろん雑魔だ。再び蝶の大群が現れるのは時間の問題であろう。とはいえ、徐々に空は朱色が混じり始めている。蜘蛛の活動開始時間は近い。
「あ……糸発見」
双眼鏡を覗いたまま、ネムリアは報告する。
この禁域がまるごと巣だと考えてよさそうだ。巣を作る網目は荒いが、隈なく糸が張られている。さっきの戦闘で切れた糸がぶら下がって、陽射しを受けてきらきらと光っている。何気なく花畑の中央に双眼鏡を向けると、何かがもぞりと動いた気がした。
もしや蜘蛛型の雑魔かと思ったが、陽射しを受けて金色に光ったような気がして、もう一度目を凝らす。
「見つけました!」
ネムリアとリアリュールが、蜘蛛の糸を飛び越えながら花畑を突き進む。抱き起すまでもなく、少年はゆっくりと身体を起こした。
「あなたがアルバートくん?」
リアリュールが訊ねると、少年は無言で頷く。素早くゴーグルを少年に装着する。うつ伏せに倒れていたお陰で、蝶の鱗粉の影響は少ないようだ。糸に囚われて動けなかったが、さっきの攻撃で糸が切れたため動けるようになったという。
「捕まえられるのがどんなに怖いか、もう分かったよね」
ネムリアの言葉に、少年はボロボロと涙をこぼした。
アルバートの話によると、蜘蛛は日中地面に潜っているという。日没を迎えれば嫌でも出てくるだろうが、その前に誘き出してしまいたい。
「蜘蛛さーん、出てきませんか?」
蜘蛛の巣を揺らしてみては? とリアリュールは糸をつんつんと揺らしてみる。だが蜘蛛の巣は大きく丈夫で、多少のことでは動いてくれない。
「ま、囮役はまかせてくれ」
途端エヴァンスの身体は炎のようなオーラを放つ。
夕陽にも勝るマテリアルの光は、地中の蜘蛛に届いたようだ。もぞり、とレンゲソウ畑の中央が動く。次第に膨れ上がるように地面は盛り上がり、とうとう蜘蛛はその姿を現した。
大きさは人間ほど。だが膨れ上がった腹部と長い脚がさらに大きく見せる。黒い肢体は繊毛でおおわれている。黒い口元から光る吐瀉物がエヴァンスに向かう。
「やだー気持ち悪い!」
エミリオは前衛に立つエヴァンスに防御障壁を付与する。エヴァンスに投げられた吐瀉物……糸は弾かれ、方向を変えて花畑を抉る。役目を終えた防御障壁は夕陽を受けながら霧散した。
八原は龍矢をつがえてダブルシューティングを蜘蛛に向ける。すべて見事に命中するものの、堅い蜘蛛の体を貫かない。
「くうっ!」
手足を絡めとろうとする糸を、寸でのところで躱す。ヒートソードを振りかざし、光る糸を叩き切った。
「結構しぶといですね!」
リアリュールは八握剣を構える。花畑をゆっくりと蹴散らしながら進んでくる蜘蛛にダブルシューティングを叩き込む。八原の攻撃でダメージを受けたのも手伝って、八握剣の刃は蜘蛛の体に致命的な傷を与えることに成功した。
蛇行を始めた蜘蛛にエヴァンスは距離を詰める。動きは鈍いが動きが読めない。足元の蜘蛛の巣を蹴散らしながら、テンペストで足を狙う。
半数以上の足を失いながらも、蜘蛛はハンターたちに向かって花畑を転げるように突き進む。吐く糸はもう届かない。けれど闘争心はまだ消えないようだ。
これで終いだ。J・Dはヴァールハイトの引き金を引いた。蛇行する蜘蛛を正確に追った弾丸が命中する。最後の一発は蜘蛛の頭部を撃ち貫いた。
くずり、と蜘蛛の体が花畑に沈み込む。主を失った蜘蛛の巣は、はらはらと舞い落ちるように崩れ去っていった。
●ルーの帰還
「これからは妖精を捕まえたりしないでよね」
「ごめん……」
アルバートに説教を垂れるのは、妖精の少女ルー。
「わかってくれればいいわ」
つん、と顔を背けるが本当に怒っているわけではないようだ。
「ルー。もう行くよ」
痺れを切らしたカイは催促する。じゃあね、と2人の妖精は手を振って森の中へと消えていった。
2人の妖精の無事を祈るネムリアのオカリナが、優しく山に響き渡った。
「ウォルトさん、さっそくですがご協力いただけるでしょうか?」
リアリュール(ka2003)の申し出に、ウォルトは快く頷いた。
「それで私は何をすればよろしいでしょう?」
「アルバートくんの似顔絵を描こうと思うのです。あと紙とペンも貸していただいても?」
「ええ。とはいえ彼の特徴をお伝えするには少々自信がないので後でニコラにも確認して貰えると確かかと。ニコラ、後でお願いできるかな?」
ウォルトの背後に隠れていたニコラは無言で頷いたものの、その表情はひどく冴えない様子だった。
「短い間だけどよろしく。あなたの事は何て呼べばいい?」
椅子にぽつんと乗せられた妖精の少女は、あまりにも儚く庇護欲を掻き立てられる。八原 篝(ka3104)が話し掛けるが、ちらりと警戒心を覗かせた目を向けるだけ。
「ほーら、美味いぞ。食うか?」
まずは餌付けだろうと、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)はナッツをちらつかせたが。
「なによ失礼ね!」
さっそく妖精の少女に噛みつかれてしまう。
「いってぇ! おい本当に噛みつく奴がいるかよ!?」
言葉通り、本当に噛みつかれた。指先の小さな噛み痕は痛々しい。「ふん」と顔を逸らすが、小さな頬の中にはちゃっかりナッツが入っている。
「けっこう食い意地が張っ」
「はぁい☆初めまして、私はエミリオ」
不遜な呟きをかき消すように、エミリオ・ブラックウェル(ka3840)が乱入する。
「こっちは妖精のミヤビとモフロウのヒュペリオン。貴女のお名前は?」
一瞬戸惑いの表情を見せるが、少女の視線はエミリオの肩に乗ったミヤビに向いていた。
「この子も、あんたに掴まったってわけ?」
「あら違うわ。私達は友達よ」
エミリオは穏やかな笑顔を浮かべる。
「心を通わせて友達になったの。ねぇミヤビ?」
もちろん、とミヤビも笑顔で頷く。
「名前はルーって呼んでくれればいいわ」
「よろしくね。ルー」
ハンターたちの捜査に協力するために呼ばれていたニコラだったが、ハンターたちの質問にも、すっかり委縮してほとんど答えられなかった。ウォルトがリアリュールの似顔絵作成に協力している間、少年は部屋の片隅でうずくまっていた。
「ニコラ、お願いがあるんだけど、いいかな?」
少年の傍らに膝を折ったネムリア・ガウラ(ka4615)が声を掛ける。ニコラは恐る恐る顔を上げるが、目が合うと決まり悪そうに視線を泳がせる。
「もし苦手じゃなかったら、この子達を見ててくれるかな?」
スズメ、ツバメ。とネムリアが呼ぶと、とすとすと足音を立てて2匹の柴犬が近づいてきた。ニコラは一瞬驚いたように目を見開く。ふんふんと匂いを嗅がれても嫌がる様子はない。そっと2匹の頭を撫でる少年の目は優しい。突然ツバメが少年の頬をぺろりと舐める。
「こら、くすぐったいよ」
ニコラが小さな笑い声を洩らす。今度はスズメも反対の頬を舐めると身を捩らせて笑う。ようやく見せた笑顔にネムリアは、ほっと安堵する。
「仕方ないから見ててやる。だから……あいつのこと、頼むな」
ぶっきらぼうに告げる少年の言葉に、ネムリアは大きく頷いた。
「うん、任せておいて」
●妖精の森へ
問題の森に足を踏み入れたのは、まだ陽が高い昼下がりだった。
拍子抜けするほど森の様子は穏やかであった。勾配もゆるやかで、周囲には季節の草花が咲き乱れている。確かに子供たちを案内するにはふさわしい場所である。
歩を進めるにつれて、次第に緑の匂いが濃厚になっていく。いつの間にか道も、踏みならされた獣道に近いものへとなっていた。
「この辺りから少々用心だな」
先頭にはエヴァンスとJ・D(ka3351)が立つ。背後にはそれぞれが連れてきたイヌイット・ハスキーのパズとロイ、シェパードのパドが軽快な足取りで歩を進めていたが、2人が足を止めるとそれに従った。
「じゃあ、一旦この辺りに目印つけちゃいましょう」
足を止めたエミリオは、傍らにある木の幹に天然蜂蜜をたっぷりと塗った。
地元住民から入手した地図と、導きの光と称される方位磁石を交互に見て現在位置を確認する。現在地周辺には、住民が地図に記した赤い丸印が点在している。しかし、これのどれにアルバートがいるのかは不明だ。
「パズ、ロイ。この匂いに気づいたら教えてくれ」
しゃがみ込むエヴァンスが懐から取り出したのは、アルバートの所持品である帽子だ。2匹のイヌイット・ハスキーたちは帽子に鼻の頭を擦りつけるように匂いを嗅ぐと、慎重な足取りで草むらの中に踏み入るのを見届けて、帽子をJ・Dに手渡した。
「パド、こいつの匂いだ」
J・Dは忠実に付き従うシェパードに差し出す。
同じく鼻を鳴らして匂いを嗅ぐと、それぞれの方向に進んで捜索を開始している。
「思っていたより、妖精も雑魔も見当たらない……かな」
3匹の犬たちの様子を伺いながら、ネムリアは嗅覚と視覚を研ぎ澄ます。確かに気配は感じるのだから、まったくいないわけはなさそうだ。
「カナハ、怪しい人影や雑魔を見つけたら教えて」
モフロウのカナハを空に放つと、リアリュールも頭上の揺らめく木々の葉や枝先に目を凝らす。遠巻きに見られている感覚はあるが、姿を現そうとはしない。
「ヒュペリオン、お願いね」
エミリオはヒュペリオンを乗せた腕を宙に伸ばすと、カナハに続いて飛び立った。木々の緑に紛れてしまう2羽を眺めていたが、ふとルーと名乗る妖精の少女の様子が気になった。ちゃんとミヤビの後に続くように飛んでいるが、その羽ばたきは少々頼りないが文句は元気なようだ。
「ちょっと! 疲れたんですけど!」
そのエネルギーを飛ぶ方に使えばいいのにと思うが、面倒なので誰も口にはしない。
「そんなに疲れたなら、誰かの頭か肩にでも掴まっていたら?」
見かねた八原が告げると。
「じゃあ、あんたが乗っけて」
狼狽える八原をよそに、ルーはちゃっかりと八原の肩に留まる。あー楽ちん、と手足をぶらぶらさせていたものの、しばらくすると黙り込んでしまう。
「どうかした?」
「……さっきは、ごめんなさい」
何のことだろうと思ったが、ややあって思い出す。
「別に、もういい」
八原の表情に、小さな笑みがこぼれた。
●妖精と遭遇
突然犬たちが一斉に吠え出した。いつの間にか同じ場所に集まった3匹が、木の幹に前足を掛けて上に向かって吠えている。
「おい、どうした?」
J・Dが傍によると、パドは何かを訴えるような目で見上げている。
「妖精ですね」とリアリュール。
「うん、自分から来たね」と頷くネムリア。
「あら、本当」と同意するエミリオ。
やがて上からカナハとヒュペリオンの争うような鳴き声が聞こえる。やがてガサガサと激しく枝葉が揺れる音と共に何かが落ちてきた。
すかさずエヴァンスが受け止めたのは、ルーと同じく蝶の翅を持った妖精の少年だった。
「カイ?」
「ルー!」
再会を喜ぶ2人の様子が落ち着くのを待って、リアリュールは遠慮がちに声を掛けた。
「お取込み中で申し訳ないのですが、妖精さん。この男の子を知りませんか?」
リアリュールは少年の似顔絵を取り出すと、カイと呼ばれた妖精の前で広げた。そこには整った目鼻立ちかつ、少々生意気そうな少年が描かれていた。
「目は青くて、金髪だそうです」
「悪いけれど……知らない」
知らないといいつつ、カイの視線は泳いでいた。
「そんなことよりも、帰ろう。皆心配している」
「ごめん、カイ。今はまだ帰れない」
どうして? と俯くルーの小さな肩を揺する。
「まさか、あいつのせい? あいつがいいの? ルー!」
エミリオの肩に留まるミヤビを、まるで親の仇のように睨み付ける。
「ばーか。違うわよ。お願い、知っているのなら教えて」
カイはしばらく悩んだ後、わかったよと諦めたように溜息をついた。
●禁域への入口
妖精の少年カイの案内で、さらに奥へと進んでいった。J・Dが再度地図を確認してみると、確かに現在位置の近くに禁域が存在するようだ。
いつの間にか陽も傾き始め、森の中で落とす影も多くなってきた。陽が沈めば蜘蛛型の雑魔が活動する時間帯になってしまう。急がなければという意識が、ハンターたちの足を知らないうちに速めていた。
「この木だよ。この木に沿って歩いて。禁域ってあんたたちが呼ぶ場所に行けるから」
なんの変哲もない木だ。幹の太さは大人1人では抱えきれない程のものだ。けして珍しいものではないが、よく見ると木の根の上に泥と、草が踏みつぶされた後が残っている。
しかし木の幹に沿って歩いたところで、本当に禁域に行けるのだろうかと疑問もある。
「一応禁域への入口ってことで、目印に塗っておく?」
エミリオが蜂蜜をぺたりと幹に塗った途端、どこからともなく1匹の蝶が現れた。ひらひらと舞いながら蜂蜜を塗った幹へと向かっていく。
「これは……雑魔です」
蝶が羽ばたくたびに伝わってくる違和感。ネムリアは無意識のうちに呟いていた。
蝶が幹へと辿り着いた瞬間、エヴァンスは拳で蝶を叩き潰す。
「禁域が近いってことは間違いがなさそうだな。行くか」
一同、無言で頷く。
妖精たちを禁域へ同行させるのは危険だ。犬たちとモフロウたち、そしてミヤビを呼び寄せると、ルーたちと、ここで待機しているように伝える。
「わかったよ、まかせて」
ミヤビは小さな胸を、トンと叩いた。
キツネにつままれた気分というのは、こういう時に使うのだろう。本当に木の幹に沿って一周しただけだというのに、甘い匂いに包まれた花畑が広がっていた。
敷き詰められたように咲いているのは、目に眩しいほど鮮やかな緑の葉と紅紫の小さな花。
「これは、レンゲソウ?」
かつてリアルブルーでは春の風物詩とされていた植物だ。しかし実物を目にするのは初めてだ。八原が引き込まれるように一歩踏み出した時だった。
「不用意に動くンじゃねえ!」
J・Dの制止の声に足を止める。
恐らく花畑に潜んでいたのだろう。地面から湧き出てくるかのように、一斉に蝶が出現した。八原は後ずさりをするが、蝶の大群に包み込まれてしまう。
「なンだァ、この数は!」
J・Dはリボルバーを構える。フォールシュートでおびただしい蝶を撃ち落としていく。弾丸は正確に蝶を打ち抜き、すべて殲滅したかと思ったが。
「まだまだ、いるみたいだな」
呼び寄せるまでもなく、新たに出現する蝶。続いてエヴァンスの大剣が唸りを上げ、蝶の大群を一気に薙ぎ払った。
「大丈夫だった?」
視界から蝶の姿が消えると、リアリュールは立ち尽くす八原の元へ駆け寄った。
「大丈夫、よ」
八原はゴーグルと、口元を覆うタオルを外す。だが、タオルにべったりと付着した鱗粉を見てゾッとした。
蝶の大群が出現したのが嘘のように、レンゲソウ畑はのどかな光景として目の前に広がっていた。花々の間を数匹の蝶が飛び交う。もちろん雑魔だ。再び蝶の大群が現れるのは時間の問題であろう。とはいえ、徐々に空は朱色が混じり始めている。蜘蛛の活動開始時間は近い。
「あ……糸発見」
双眼鏡を覗いたまま、ネムリアは報告する。
この禁域がまるごと巣だと考えてよさそうだ。巣を作る網目は荒いが、隈なく糸が張られている。さっきの戦闘で切れた糸がぶら下がって、陽射しを受けてきらきらと光っている。何気なく花畑の中央に双眼鏡を向けると、何かがもぞりと動いた気がした。
もしや蜘蛛型の雑魔かと思ったが、陽射しを受けて金色に光ったような気がして、もう一度目を凝らす。
「見つけました!」
ネムリアとリアリュールが、蜘蛛の糸を飛び越えながら花畑を突き進む。抱き起すまでもなく、少年はゆっくりと身体を起こした。
「あなたがアルバートくん?」
リアリュールが訊ねると、少年は無言で頷く。素早くゴーグルを少年に装着する。うつ伏せに倒れていたお陰で、蝶の鱗粉の影響は少ないようだ。糸に囚われて動けなかったが、さっきの攻撃で糸が切れたため動けるようになったという。
「捕まえられるのがどんなに怖いか、もう分かったよね」
ネムリアの言葉に、少年はボロボロと涙をこぼした。
アルバートの話によると、蜘蛛は日中地面に潜っているという。日没を迎えれば嫌でも出てくるだろうが、その前に誘き出してしまいたい。
「蜘蛛さーん、出てきませんか?」
蜘蛛の巣を揺らしてみては? とリアリュールは糸をつんつんと揺らしてみる。だが蜘蛛の巣は大きく丈夫で、多少のことでは動いてくれない。
「ま、囮役はまかせてくれ」
途端エヴァンスの身体は炎のようなオーラを放つ。
夕陽にも勝るマテリアルの光は、地中の蜘蛛に届いたようだ。もぞり、とレンゲソウ畑の中央が動く。次第に膨れ上がるように地面は盛り上がり、とうとう蜘蛛はその姿を現した。
大きさは人間ほど。だが膨れ上がった腹部と長い脚がさらに大きく見せる。黒い肢体は繊毛でおおわれている。黒い口元から光る吐瀉物がエヴァンスに向かう。
「やだー気持ち悪い!」
エミリオは前衛に立つエヴァンスに防御障壁を付与する。エヴァンスに投げられた吐瀉物……糸は弾かれ、方向を変えて花畑を抉る。役目を終えた防御障壁は夕陽を受けながら霧散した。
八原は龍矢をつがえてダブルシューティングを蜘蛛に向ける。すべて見事に命中するものの、堅い蜘蛛の体を貫かない。
「くうっ!」
手足を絡めとろうとする糸を、寸でのところで躱す。ヒートソードを振りかざし、光る糸を叩き切った。
「結構しぶといですね!」
リアリュールは八握剣を構える。花畑をゆっくりと蹴散らしながら進んでくる蜘蛛にダブルシューティングを叩き込む。八原の攻撃でダメージを受けたのも手伝って、八握剣の刃は蜘蛛の体に致命的な傷を与えることに成功した。
蛇行を始めた蜘蛛にエヴァンスは距離を詰める。動きは鈍いが動きが読めない。足元の蜘蛛の巣を蹴散らしながら、テンペストで足を狙う。
半数以上の足を失いながらも、蜘蛛はハンターたちに向かって花畑を転げるように突き進む。吐く糸はもう届かない。けれど闘争心はまだ消えないようだ。
これで終いだ。J・Dはヴァールハイトの引き金を引いた。蛇行する蜘蛛を正確に追った弾丸が命中する。最後の一発は蜘蛛の頭部を撃ち貫いた。
くずり、と蜘蛛の体が花畑に沈み込む。主を失った蜘蛛の巣は、はらはらと舞い落ちるように崩れ去っていった。
●ルーの帰還
「これからは妖精を捕まえたりしないでよね」
「ごめん……」
アルバートに説教を垂れるのは、妖精の少女ルー。
「わかってくれればいいわ」
つん、と顔を背けるが本当に怒っているわけではないようだ。
「ルー。もう行くよ」
痺れを切らしたカイは催促する。じゃあね、と2人の妖精は手を振って森の中へと消えていった。
2人の妖精の無事を祈るネムリアのオカリナが、優しく山に響き渡った。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 J・D(ka3351) エルフ|26才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2017/05/09 03:07:28 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/05/06 13:40:08 |