ゲスト
(ka0000)
聖導士学校――偽りの森
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/05/06 19:00
- 完成日
- 2017/05/12 05:07
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●偽りの緑
整えられた緑が広がっていた。
風が吹く。
細見の木がゆるやかに揺れ、濃い緑の葉が擦れ合い優しげな音を生み出す。
人気がないのを除けば理想的な田舎の風景だ。
にゃっ。
小高い丘の頂上で猫が毛を逆立ている。
はひゅぅ、ふひゅぅと乱れた呼吸をするのが妙に人間らしい。
にゃんだこれは。
歪虚の養殖を始めやがったのかにゃ。
本人……本ユグディラ的には凜々しく言ったつもりでも、実際は怯えてじりじり後ろへ下がっている。
天気がよいので遠くまでよく見える。
丘の南側、水気の多い盆地に数え切れない木々が生え、そのどれもが負の気配を帯びている・
特に日の当たりがよい場所で動きがあった。
異様な速度で実がなり、膨らみ、鼓動する。
だめにゃ。
恐怖と理性が撤退を勧告。
ユグディラは文字通りの全力で、北に向かって逃げ出すのだった。
●聖堂教会好戦派
「まだ帰らないのか」
司教を持つ校長が苛立たしげに執務室を動き回っていた。
ノックの音。
威厳も何もなく肩をふるわせる校長。
さらにノックの音。
入室を促す校長の声は、明らかに震えていた。
「司教様、新入生が到着しました。手隙の教諭方が説明を始めています。必要な物資も届きましたので倉庫へ……校長先生?」
露骨に安堵する校長は、前年主席であり現司祭付助祭が見たこともないほどみっともない顔をしていた。
「な、何かな?」
「しっかりしてください。イコニア司祭がああなった今、司教様に指揮していただかないと学校が運営できません」
「うむ、だが、君も司祭から管理職として教育を受けていたわけだし」
「実績もない13の小娘が表に出ると角が立ちます。それに……」
機敏に実を翻し執務室の外へ。
何かを捕獲して帰還。
分厚いドアに厳重な鍵をかける。
「私はイコニアという女司祭ではなく謎の聖導士Iです! 今から外出するので離してください。私のメイスが歪虚の血を求めているのです!」
歳の割には細い少女が、恵まれた体格の助祭に俵担ぎされている。
じたばたしているのが上司。
頭痛を堪える顔をしているのが部下である。
自称Iさんの奇妙に大きな胸が、暴れるたびにずれていく。
「どうにかなにませんかこれ?」
「無理かもしれんな。イコニア君は派閥入りの前から最前線志願だ。我慢の限界だろう」
助祭は表情筋を駆使して平静を装う。
「理解出来ません」
彼女は上昇志向が非常に強く損得の計算にも優れる。
聖導士として歪虚への敵意は持ってはいるが、渉外と事務仕事だけで出世できる立場を捨てる上司など理解出来ない。
「そうだな」
この学校の母体は聖堂教会内の一派閥だ。
自らの手による歪虚打倒のため手段を選ばぬ傾向があり、そういう人材が好まれるため幹部級の頭脳担当が別派閥に流れて今はほとんど残っていない。
校長自身、体力の衰えがなければ今も前線にいたはずだ。
「この派閥も変わるべきなのかもしれん」
校長は怒るでも悲しむでも無く、何かに取り残されたような顔をしていた。
●学校の風景
ページをめくる音が、メトロノームで計ったかのように一定のリズムで響いている。
ふふっ、と落ち着きのある笑い声が聞こえ、司書がそのたびに頬を桜色に染めた。
「芸術を量産する世界か」
初老の紳士が老眼鏡をかけ、リアルブルーからはるばる渡ってきた漫画本を熟読している。
テーブルには1シリーズ十数冊が整然と並べられ、そのいくつかには「100円」と書かれた古びたシールが貼られていた。
「閣下」
「20年ぶりの休暇だ。急ぎでなければ王都に戻ってからにしてくれ」
「はっ、失礼しました」
見事な敬礼を残し護衛が出入り口へ。
外にいた同僚に小声で囁いたあと直立不動になる。
ページをめくる音が再開され、時折司書の吐息が甘く漂うのだった。
なお、カラーで肌色の割合がすごく多かった。
「なんなんだここ」
新規採用の用務員が、猫小屋に食事を運びながら思わずつぶやいた。
練度が低い兵なら初日で逃げ出す体力錬成に戦闘訓練、狂気の高速詰め込み教育をした上での実践訓練。
ただ過酷なだけでなく、貧乏貴族より良い飯が三食出て少額とはいえ給料まで出る。
元細作が想像もしたこともなかった世界がここにある。
技能無しの雇われでも待遇が結構良い。
にゃー。
薬草狙ってた鳥獲ったから飯もくれ、と言いたそうな猫が上から目線で要求してきた。
「はいはい」
戦闘教官の叱咤と生徒のかけ声をBGMに、素早く食事を配り終える。
様々な場所に潜り込める器用さは健在であり、複数種の櫛を巧みに使ってブラッシング。
その後繊細な指使いで猫を愛撫する。
にゃー……(わ、わたしは南の森の危険を伝えに、うにゃ、そこそこ、ふにゃぁ)。
なぜか抵抗していた体格のよい猫が、最も骨抜きになって猫小屋にいつくことになる。
現用務員に帰る場所はない。
危険地帯で救出され記憶喪失であることが判明したことになっているので、帰る必要がない。
「機密なんてないのかもしれないけど、私を雇うかねぇ」
己の表情が穏やかなことに、用務員はまだ気づいていない。
●うごめく緑
全高4メートル。
直径1メートルの幹の持つ奇妙な木が、沼から自らの根を引き抜いた。
ずるり、ずるりと北へ向かうたびに奇怪な実が揺れて落ち、ぐずりと溶けて土の色をした4足の獣に変わる。
不気味に脈動する葉が凄まじく生い茂り、木はほとんど休憩に見える。
その数は徐々に増えていき、最終的には数十からなる群れとなって小高い丘を目指すのだった。
●依頼票
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、開拓、猫の相手など、それ以外の担当者も募集中です。
先ほどパルム経由で情報が入りました。
総合してCAMサイズの歪虚が現れる可能性があります。
低移動力、重防御、射撃能力無し。
ただ、歪虚汚染の可能性が高い場所から接近中ですので、何らかの状態異常攻撃手段を持っている可能性があります。
念のためユニット帯同の許可も出ています。
戦闘に限らず、有効に活用してください。
整えられた緑が広がっていた。
風が吹く。
細見の木がゆるやかに揺れ、濃い緑の葉が擦れ合い優しげな音を生み出す。
人気がないのを除けば理想的な田舎の風景だ。
にゃっ。
小高い丘の頂上で猫が毛を逆立ている。
はひゅぅ、ふひゅぅと乱れた呼吸をするのが妙に人間らしい。
にゃんだこれは。
歪虚の養殖を始めやがったのかにゃ。
本人……本ユグディラ的には凜々しく言ったつもりでも、実際は怯えてじりじり後ろへ下がっている。
天気がよいので遠くまでよく見える。
丘の南側、水気の多い盆地に数え切れない木々が生え、そのどれもが負の気配を帯びている・
特に日の当たりがよい場所で動きがあった。
異様な速度で実がなり、膨らみ、鼓動する。
だめにゃ。
恐怖と理性が撤退を勧告。
ユグディラは文字通りの全力で、北に向かって逃げ出すのだった。
●聖堂教会好戦派
「まだ帰らないのか」
司教を持つ校長が苛立たしげに執務室を動き回っていた。
ノックの音。
威厳も何もなく肩をふるわせる校長。
さらにノックの音。
入室を促す校長の声は、明らかに震えていた。
「司教様、新入生が到着しました。手隙の教諭方が説明を始めています。必要な物資も届きましたので倉庫へ……校長先生?」
露骨に安堵する校長は、前年主席であり現司祭付助祭が見たこともないほどみっともない顔をしていた。
「な、何かな?」
「しっかりしてください。イコニア司祭がああなった今、司教様に指揮していただかないと学校が運営できません」
「うむ、だが、君も司祭から管理職として教育を受けていたわけだし」
「実績もない13の小娘が表に出ると角が立ちます。それに……」
機敏に実を翻し執務室の外へ。
何かを捕獲して帰還。
分厚いドアに厳重な鍵をかける。
「私はイコニアという女司祭ではなく謎の聖導士Iです! 今から外出するので離してください。私のメイスが歪虚の血を求めているのです!」
歳の割には細い少女が、恵まれた体格の助祭に俵担ぎされている。
じたばたしているのが上司。
頭痛を堪える顔をしているのが部下である。
自称Iさんの奇妙に大きな胸が、暴れるたびにずれていく。
「どうにかなにませんかこれ?」
「無理かもしれんな。イコニア君は派閥入りの前から最前線志願だ。我慢の限界だろう」
助祭は表情筋を駆使して平静を装う。
「理解出来ません」
彼女は上昇志向が非常に強く損得の計算にも優れる。
聖導士として歪虚への敵意は持ってはいるが、渉外と事務仕事だけで出世できる立場を捨てる上司など理解出来ない。
「そうだな」
この学校の母体は聖堂教会内の一派閥だ。
自らの手による歪虚打倒のため手段を選ばぬ傾向があり、そういう人材が好まれるため幹部級の頭脳担当が別派閥に流れて今はほとんど残っていない。
校長自身、体力の衰えがなければ今も前線にいたはずだ。
「この派閥も変わるべきなのかもしれん」
校長は怒るでも悲しむでも無く、何かに取り残されたような顔をしていた。
●学校の風景
ページをめくる音が、メトロノームで計ったかのように一定のリズムで響いている。
ふふっ、と落ち着きのある笑い声が聞こえ、司書がそのたびに頬を桜色に染めた。
「芸術を量産する世界か」
初老の紳士が老眼鏡をかけ、リアルブルーからはるばる渡ってきた漫画本を熟読している。
テーブルには1シリーズ十数冊が整然と並べられ、そのいくつかには「100円」と書かれた古びたシールが貼られていた。
「閣下」
「20年ぶりの休暇だ。急ぎでなければ王都に戻ってからにしてくれ」
「はっ、失礼しました」
見事な敬礼を残し護衛が出入り口へ。
外にいた同僚に小声で囁いたあと直立不動になる。
ページをめくる音が再開され、時折司書の吐息が甘く漂うのだった。
なお、カラーで肌色の割合がすごく多かった。
「なんなんだここ」
新規採用の用務員が、猫小屋に食事を運びながら思わずつぶやいた。
練度が低い兵なら初日で逃げ出す体力錬成に戦闘訓練、狂気の高速詰め込み教育をした上での実践訓練。
ただ過酷なだけでなく、貧乏貴族より良い飯が三食出て少額とはいえ給料まで出る。
元細作が想像もしたこともなかった世界がここにある。
技能無しの雇われでも待遇が結構良い。
にゃー。
薬草狙ってた鳥獲ったから飯もくれ、と言いたそうな猫が上から目線で要求してきた。
「はいはい」
戦闘教官の叱咤と生徒のかけ声をBGMに、素早く食事を配り終える。
様々な場所に潜り込める器用さは健在であり、複数種の櫛を巧みに使ってブラッシング。
その後繊細な指使いで猫を愛撫する。
にゃー……(わ、わたしは南の森の危険を伝えに、うにゃ、そこそこ、ふにゃぁ)。
なぜか抵抗していた体格のよい猫が、最も骨抜きになって猫小屋にいつくことになる。
現用務員に帰る場所はない。
危険地帯で救出され記憶喪失であることが判明したことになっているので、帰る必要がない。
「機密なんてないのかもしれないけど、私を雇うかねぇ」
己の表情が穏やかなことに、用務員はまだ気づいていない。
●うごめく緑
全高4メートル。
直径1メートルの幹の持つ奇妙な木が、沼から自らの根を引き抜いた。
ずるり、ずるりと北へ向かうたびに奇怪な実が揺れて落ち、ぐずりと溶けて土の色をした4足の獣に変わる。
不気味に脈動する葉が凄まじく生い茂り、木はほとんど休憩に見える。
その数は徐々に増えていき、最終的には数十からなる群れとなって小高い丘を目指すのだった。
●依頼票
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、開拓、猫の相手など、それ以外の担当者も募集中です。
先ほどパルム経由で情報が入りました。
総合してCAMサイズの歪虚が現れる可能性があります。
低移動力、重防御、射撃能力無し。
ただ、歪虚汚染の可能性が高い場所から接近中ですので、何らかの状態異常攻撃手段を持っている可能性があります。
念のためユニット帯同の許可も出ています。
戦闘に限らず、有効に活用してください。
リプレイ本文
●青春の汗
メイスと太刀の間で火花が散った。
「敵の攻撃を躱す、きちんと盾で受ける、これができて初めて最前線に立てるんだ」
宵待 サクラ(ka5561)が半歩後ろに下がる。
イコニアの姿勢が前のめりに。
刃が弧を描いて再度へ腹に迫る。
「体力はなくても腕に自信はあります」
小型の盾が刃を出迎える。
金属の粘りと重さが凄まじく、サクラは刃の角度を変えて太刀にかかる負荷を分散。
「そっかな? 今のイコちゃんは、回復スキルが切れた瞬間にゴブリンにも倒されると思うよ。だからみんな、最前線に行かせたがらないんだ」
「人を見る目がないと思われますよっ」
双方緑の目が真正面からにらみ合う。
和洋異なるタイプの美貌に一見爽やかな笑みが浮かんで、遠巻きに眺めていた猫達が尻尾を巻いて逃げ出した。
刃が旋回する。
イコニアの横移動が間に合わず、革の肩当てが斬られて鮮血が鋭く噴き出した。
「回復できないと痛いよね? イコちゃんが自分を回復する分、他の人はこの痛みに耐えて戦うんだよ。それって、同じ場所で戦う聖導士として、どうなのかな」
「人が好きでやってるとっ」
戦闘センスの欠片もない踏み込み。
迎撃の刃で白い頬がずるりと削がれ、しかし速度は緩まず視線も途切れない。
「こっちは一兵卒をしたくても出来ないんです!」
高位の覚醒者らしい加速でメイスが突き込まれ、胴丸の中央にめり込みサクラの息がカハッと漏れる。
「だったら他にすることがあるんじゃないかな!」
今度は本気で……剣の腹ではなく剣筋を立てて首筋に振り下ろす。
分厚い丸盾が迎撃に回る。
イコニアの口元に不敵な笑みが浮かび、しかし予想以上の威力に耐えきれずに指の骨がひび割れ瞳に涙が浮かぶ。
「ほら泣いてる」
「反射の涙です。そっちこそ」
「こっちは単なる汗だぁ!」
めき、ぐしゃ、ぼぎん。
両者一歩も引かずに切り傷、打撲傷、各種骨折が増えて脂汗が浮かぶ。
慌てる生徒および教職員の中で、落ち着いている臨時聴講生が1人だけいた。
「私、リアルブルー出身のはずなんだけど、学校行ったことないんだよね。お友達と一緒に運動するのも、なんだか楽しそうだな。ちょっぴり羨ましいかも」
2人の意地の張り合いに、夢路 まよい(ka1328)があこがれ半分興味が半分の視線を向けていた。
「生徒達の次の大規模討伐には、最前線に出て貰うから」
「ええ是非出たいですよっ」
高価な盾が削れ、強力な太刀がメイスで痛み、しかし両者の気合いは益々燃えさかる。
どうしよう。訓練だけど助けた方がいいのかな。でも主さん楽しそうだしという目でイェジドがきょろきょろしていると、一番歳をとった人間の視線に気いた。
いいの? 構わんにやれ。
同意を得た【二十四郎】は、前脚の爪のない部分でイコニアの踵を押し、器用にその場にひっくり返させた。
そんな状況でも受け身をとった上追撃を盾で防いだのはさすがだが、汗だらけの額に体重をかけずに前足を置かれるとさすがに己の状況に気づく。
「参り、ました」
集中が途切れる。
疲労が一気に表に出、呼吸が無残に乱れて顔色が紫に近くなった。
「校長先生にも言いたいことが……ごめんちょっと中断」
刃の状態を確かめ鞘に収め、サクラが大きく深呼吸して息を整えた。
期待の新鋭を沈めた上での説得には極めて大きな説得力があった。
この程度の不意打ちに対応できない時点で、イコニアにこの場での発言力はない。
「体力のない聖導士は片道前提の作戦にしか使えぬよ」
起き上がろうにも体が動かないイコニアと、もう息が整ったサクラを順番に見て寂しげに笑う。
余暇の時間を全て訓練にあててもこうなのだ。
それ以下の校長では武装を取り上げられても文句は言えない。
「みなさん?」
遠出から戻って来たソナ(ka1352)が、事情が分からず愛馬の上で小首を傾げた。
そして1時間後。
新入生三者面談の3人目が盛り上がっていた。
「何言ってるんです坊っちゃん。訓練といやぁ血反吐と血豆がつきもンです」
信頼する護衛から言われたからだろう。
聖導士課程の新入生が肩を落として観念した表情になった。
「。明日からも頑張ってくださいね」
見送りを終えた後に卓上の鈴を鳴らす。
すると、大量の写真と図面を抱えた農業技術者が小会議室に入ってきた。
「実体のある写真はいいですねぇ。ちょっと広げますね」
広げられた手書き地図はかなり詳細だ。
ソナが魔導カメラ片手に延々調査を続けた成果である。
「短期間で復旧できそうなのですか?」
書き加えられた設備が予想よりずっと少ない。
「歪虚の排除が済めばですけどね。雑魔に襲われても返り討ちにする農夫なんて……ここにはいますけどここ以外には滅多にいませんし、えぇ」
ソナはうなずいて予算案を取り出し修正を加える。
新規開拓者誘致にかかる費用や果樹園復旧のための費用が増えて、定期収入が増えて借入枠も増える。
これなら大きな物や人手の積立て特別予算枠を大きくできそうだ。
「この館は整備すれば南の拠点として使えるでしょうか?」
地図の複数箇所を指さし聞いてみる。
「倉庫として使うならいけるでしょう。多少勿体なく感じますが」
屋敷として修繕すると金がかかり過ぎるのだ。
「ありがとうございます。後は……」
書類を前に固まっている校長を見る。
これまでイコニアが担当せざるを得なかった、本来校長がすべき書類がほとんど処理されていない。
「薬を聖堂教会に売れませんか?」
「手紙って、時候の挨拶から書くんじゃったか?」
とても、駄目な感じになっていた。
●戦場の課外授業
「おっきー!」
「すげー!」
生徒達が年齢相応の笑顔を浮かべ、深紅のイェジドに群がった。
「悪いなグレン」
ヴァイス(ka0364)が声をかけると、【グレン】は悠然としっぽを振った。
本人はこっそりしているつもりのいたずらっ子に前脚を伸ばし、ぽん、ぽんとダメージは与えずボールのように扱い自分の背中に乗せて見せた。
「もふもふだー!」
鼻をつまもうとしたことも忘れて【グレン】に思い切り抱きつく。
「おいお前等」
ヴァイスがじろりとにらむ。
圧倒的な力の差を肌で感じて、生徒達が怯えて立ち竦む。
「囲まれて騒がれて愉快に思うか? しかも戦場では頼れる相棒だ。自分ならどう思うかだけでなく、どうすれば相手が喜ぶか考えてみな」
にやりと笑う。
威圧感は減ってもふざけた返事は許さない気配があり、子供達は必死に考え始めた。
ごはん、ふく、ぱれーどと散々迷走し、助けを求める視線が【グレン】から向けられるがヴァイスはあえて口を出さない。
「ぶらっしんぐ!」
尻尾が一瞬、勢いよく機嫌よさげに振られた。
生徒が元気に倉庫へ走る。
「戦場でパニックを起こされたら戦いにならないからな」
ヴァイスの瞳は、とても優しげだった。
1時間後。
キヅカ・リク(ka0038)が軽く操縦桿に触れると、R7エクスシア【ウォルンタース】が軽く手を振り生徒達を促した。
イェジドに挨拶をして装備を手にとり、複数の魔導トラック分乗して南へ出発する。
「どうにもね」
嫌な感じだ。
最精鋭級ハンター数名と、見学とはいえそこそこ良好な装備のクルセイダー十数名という大戦力が揃っているのに、奇妙な予感に加えて悪寒までする。
周辺の警戒は他のハンターに任せてセンサーを前方に集中させる。
少々荒れた果樹園の奥に、ごく平凡に見える小さな丘が1つ。
その向こうにおそらく歪虚の大群がいるはずだ。
きゃあ、と黄色い悲鳴があがった。
HMD内に小さなウィンドウが現れ、トラックの荷台で騒いでいる女生徒と紫の猫……多分ユグディラが映る。
「トラオム可愛いでしょ~」
「んー、格好いいかも」
「すごいびじーん。あっ、男の子なんだ」
見た目同年齢の少女達が、ユグディラ【トラオム】のまわりに集まっている。
うち1人はトラックに荷台では無くゴースロン種の馬に乗り、よそ見はしても完全に乗りこなして危なげが無い。
「頼りになる仲間なんだよ」
【トラオム】が立ち上がり、器用に帽子の位置を直す。
未舗装路でかなり揺れているはずなのに上体は揺れず、それだけでも優れた戦士であることが分かる。
足捌きが、重心移動が、などと真面目な顔で話し出す女生徒達の横で、まよいが奇妙なほど陰のない表情で笑っていた。
「お友達と一緒に勉強できるの楽しそうだな~」
「う~ん。でもまよいちゃん助祭様用の教本読めてたでしょ?」
「あの絵の多いお本?」
「いやあれ儀式と術式解説用の絵だから。普通読むと頭痛くなるから」
「まよいちゃんだと学校飛び越えて王立学校行きだよ。えりーとだよえりーと!」
王立学校は王国最高峰の教育機関であり政府に就職する者、騎士になる者、司教位を得る者までいる。
芸術方面の学科になると事情が変わってくるが。
「やっぱり私塾とかに通ってたの?」
「有名な家庭教師がついてたとか?」
興味津々の視線を向けられて、不快ではないむず痒さを感じながらまよいが答える。
「お勉強はぜんぶパパに教えて貰ってたんだ」
まよいが小さな胸を張る。
女性徒達が純粋に驚いて歓声をあげる。
それだけ騒いでいても、手分けをして全周を確認して歪虚の襲撃に備えていた。
「気のせいならいいんだけど」
キヅカはウィンドウを閉じ、彼女達が警戒する範囲の外側に注意を向けた。
時間が経過する。
丘に到着すると、最も視点が高い【ウォルンタース】が最も遠くを目にすることになる。
「盆地、木型歪虚総数測定不能。うち複数集団、計3……40個体が接近中」
遠くから見ると綺麗な緑にしか見えないのが非常に悪趣味だ。
スピーカーの音量を落として遠征隊全員に伝え、平行して敵の動きの観察と射撃諸元の入力を終える。
「迎撃を開始します。……弾数足りるかな」
強力なマテリアル武器では無く、予備弾倉があり使い勝手の良いアサルトライフルを選択する。
30ミリ弾が飛ぶ。
敵最前列の犬型雑魔に当たって破裂させ、次の連射がCAMより太い大木にめり込んだ。
「他の兵器よりは有効なんだけど」
獣型雑魔がアサルトライフルの最低射程を割り込む。
【ウォルンタース】に飛びかかろうと跳躍する前に、アーマーペンチを棍棒として使い骨ごと肉を砕いて止めを刺す。
その直後、青白い炎が戦場を舐め他の動物型を消し飛ばす。
それだけでは終わらない。
恐ろしく頑丈でしぶといはずの緑を焼け焦げにして、幹の前半分を消し炭に変える。
「うん?」
身の丈ほどもあるスタッフを持ったまま、まよいが不思議そうな顔をする。
蒼い瞳の輝きがいつもより少しだけ弱い。
直感に従い振り返る。何もないはずの場所から、なぜだか怯えた気配がわずかに感じられた。
●蹂躙する紅蓮
蒼いオーラが負の気配を切り裂いた。
秒も遅れず負の気配の元が両断されて、激しく地面に打ち付けられ形を失う。
深紅の影にしか見えないものが戦場を真っ直ぐに横切る。
第3波の歪虚は全く追いつけない。
【グレン】は第2波の生き残りの前に立ちふさがって、自身は攻撃に移らず悠然と見下ろした。
「臭いな」
蒼き炎が宙を走る。
それが槍の穂先であることに、ただ大きいだけの歪虚には気づけない。
触手にも見える根が綺麗な切断面で断たれて宙を舞い、生徒から離れた場所に転がった。
「足を引っ張ることしかしない糞の臭いだ」
刃の如き葉からなる、回避も防御も困難な緑がヴァイスを真横から襲う。
だがヴァイスの影すら踏めない。
【グレン】が恐るべき速度と身のこなしで射程外ぎりぎりまで跳んで、大木型歪虚が枝を引っ込めるタイミングで一歩前へ。
「失せろ」
枝を断ち。
幹を割り。
核を抉って存在する力を弱め。
蒼き炎が汚れた緑を焼き清めこの世から消滅させた。
「この程度なら許容範囲か」
背中に感じる視線は尊敬8割に畏怖が2割というところだ。
生徒の護衛を優先して派手に暴れなかったヴァイスでこれだ。
事前にイェジドに親しませていなければ、次の光景で恐慌が起きていたかもしれない。
「イェジドの特徴は何といってもその機動力と回避力だ。馬並みの機動力と疾影士並みの回避力を併せ持つ」
緑の嵐の中、イェジド【ヴァーミリオン】が平然と立っている。
気軽に散歩している足取りなのに、正面からならCAMとも打ち合える攻撃を全て躱していた。
なお、主のボルディア・コンフラムス(ka0796)は解説担当でもある。
「爪や牙での威力もバカにできねぇ。大抵の歪虚なら引き裂ける」
【ヴァーミリオン】がむふぅと得意げに胸を張り、有言実行の獣爪斬撃で極太枝をへし折って見せた。
「防御能力に自信のねぇなら心強い相棒になってくれるだろうよ」
痛みに暴れる大木複数を歩くだけで翻弄。
それで済めば格好良かったのだが、調子に乗って女性徒にウィンクをして奇妙なポーズを取り始めた。
「本当だぞ?」
生徒に見えない角度で拳骨を1つ。
イェジドは肩を落として本業に戻る。
紅の体毛がぞわりと蠢く。
本気を出した主の気合いは凄まじく、半端な幻獣では近づく前に精神をやられそうだ。
もちろん【ヴァーミリオン】なら耐え切れる。
嬉々として主の意を先取りする彼は、竜や王クラスの歪虚に匹敵する何かにすら見える。
新入りの生徒が恐怖でへたり込んでいた。
『第5波から第7派が合流しました。一塊になって来るつもりですね』
【ウォルンタース】がマテリアルライフルに切り替え発砲。
紫の光が、塊から漏れた個体を消し炭にする。
歪虚はさらに警戒を強め、外周に大木型歪虚を置いてハンターの攻撃を防ぎ近づこうとしている。
つまりハンターの思うつぼだ。
【ヴァーミリオン】が吼える。
密度をそのままにボルディアのオーラが膨れあがり、動きの鋭さもそのままにオーラによる巨体を形作る。
元々巨大な鎌が砂紋によって拡大されて、巨体に相応しい得物に変わった。
「頂くよ」
刃が旋回する。
鉄よりも重く固いはずの幹が、中身の無い飴玉の如く一瞬で砕かれ、ただ巻き込まれただけの獣型が一瞬も耐えられずに粉微塵になり消し飛ぶ。
赤いイェジドが主ににあわせて位置と姿勢を微修正。
縋り付き少しでも邪魔しようとする敵全てを躱してかわりに刃を馳走した。
「あ、はは……」
生徒がいる方向から乾いた笑い声が聞こえる。
妙なトラウマや性癖を持たないといいなと、複数のハンターが真剣に考えていた。
●最大の敵。花粉
ふえっくしょん。
隙にならない絶妙のタイミングで【ヴァーミリオン】がくしゃみをする。
それが引き金になった訳でもないだろうが、複数のハンターが目と鼻の奥に痒みを感じ、魔導トラックのエンジン音が明らかに乱れた。
エステル(ka5826)が瞬きする。
直前に放った光が生徒の後ろに回り込もうとした獣を打つ。
悲鳴どころか命中音も聞こえないまま、雑魔を構成する全てを光と衝撃に消えた。
もちろん埃すら残らず、鼻孔を刺激する物は何もない、はずだった。
「これは」
日本出身のハンターから聞くことが多い病に酷似した症状だ。
「花粉症?」
それを聞いたまよいの動きが止まる。
杖の上数十センチに浮いた蒼い光球をそのままに、レースのハンカチで鼻と口を覆って目を細める。
それを隙と見た獣2頭、まよいの細い足首を狙う。
右の一匹はエステルの光弾に痕跡も残さず消し飛ばされ、残る1匹はまよいで杖で打たれてきゃいんと悲鳴をあげた。
蒼い光が周囲を照らす。
直撃を受けた獣が幻の如く消え、ボルディア達を避け大きく迂回して生きた獣と大木がこんがりと焼かれて炭となる。
「風下……。キヅカ様、申し訳ないですが盾になってください」
『了解。この機体は状態異常に強い。浄化魔法は子供達に使って欲しい』
刃のないハルバードを手に【ウォルンタース】が丘を降りる。
一瞬だけ生み出した刃を振るって大木の幹を切断。至近距離で花粉に似た負のマテリアルを浴びるが全く動きに影響は無い。
「エクラよ。不浄な霧から子供達をお守りください」
盾を構え、法具を持ち、略式の祈り方に本物の祈りを込める。
物理的な力のない風が吹く。
負のマテリアルだけが吹き散らされて、子供達の肺に入り込もうとした負のマテリアルも全て浄化されて痕跡すらなくなる。
みゃあとユグディラが鳴いて、生徒が微かに負ったダメージも消えた。
「けど、これは」
押し寄せる歪虚の巨体は【ウォルンタース】が防いではいる。
ダメージを与えるたびに出る花粉で、その勇姿は半ば隠されている。
まよいの容赦のない蒼炎に花粉と本体が処分され、【ウォルンタース】が再び姿を現した。
やはり頼りがいがある。
移動力、攻撃力、攻撃範囲のいずれかで上回るハンターやユニットは多数いるけれども、全てにおいて実用的なCAMの価値は色あせない。
何より素晴らしいのは量産性だ。
お金がかかるとはいえ簡単に覚醒者と肩を並べられるほどの兵器なのだ。
生徒には是非この機会にCAMの有用性と、それ以外の面を知って欲しい。
「いつか……いえ」
エステルは敢えて丘から動かない。
盾と回避術を十分扱いこなせる彼女が南に行けば、歪虚にとっての絶望的な壁と回復担当が同時に現れることになる。
しかし速度が遅く射程も短い歪虚の側に近づくのは余りに効率が悪い。CAMで一方的に攻撃してしまえば良いのだから。
今も、【ウォルンタース】がアサルトライフルを取り出し敵後衛の歪虚を次々仕留めている。
近くの歪虚は戻って来たボルディアや炎の矢に切り替えたまよいが確実に逃がさず処理をする。
「いつかが来ても、どうか……」
人類共通の敵である歪虚が存在しなくなれば、対歪虚戦で養われた技術と戦力が人に向かうのではないか。
現状を認識し将来を推測できる故に、彼女は苦しんでしまう。
へくちゅ。
青い光が吹き荒れる。
大小様々な獣型雑魔の姿が消え、ハンターから見れば大きさだけの取り柄の歪虚が残る。
「前に出るな。囲まれたら死ぬぞ」
ヴァイスはそう言い残して生徒達から離れた。
これだけ数が少なくなれば子供の近くで守るより敵を直接叩いた方が早い。
七支槍で思い切り突く。
大木の根がまとめて貫かれ動きを止め、本体がたたらを踏むように姿勢を崩す。
そこに30ミリ弾と巨大な刃が叩き込まれて限界を超え全身が崩れ出す。
それを数度繰り返すだけで、歪虚の大集団があっさりと全滅したのだった。
●演習
明けて翌日。
丘周辺と比べると雑魔も弱く比較的安全なはずの場所で、前日同様の緊張感に包まれ子供達が進退していた。
「主力は最終防衛ラインまで後退。斥候はイコニア隊を斜め横から突いて下さい」
2つに分かれた生徒達が競い合っている。
イコニアの隊は敵斥候の妨害を無視して直進を続け、フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)の隊は押されて逃げているようにも見えた。
「ベスさんお願いします。訓練の成果の見せ所です」
支配に慣れた声が子供を動かす。
優しく穏やかであるからこそ恐ろしい。
10代に入ったばかりの子がたった1人残り、分厚い盾と鎧を使い聖導士過程2年の精鋭を足止めする。
一時は押し込まれるものの、イコニアのヒール1回で完全に回復して攻め手の士気を砕いた。
「ふむ」
フィーナが焦りを見せればこの時点で決着がついていただろう。
「斥候も後退。接敵されると私は脆すぎるから、主力は私を守ってください」
隊の士気が落ちイコニア隊の士気が上がった気がするが構わない。
後少しだけ持てば良いのだ。
イコニアは表情を変えないまま困惑する。フィーナが何かを企んでいることは分かっても、何を企んでいるかが分からない。
だから結局、バリケードと伏兵を組み合わせたキルゾーンに誘い込まれてしまった。
浮き足立つ生徒を叱咤と慰撫で巧みに立て直し、範囲回復術を使うことで後退するまで耐え抜かせる。
今フィーナが攻撃術を使えば回復術以上のダメージで生徒が戦死判定を受け一気に崩れるはずだ。
しかし今は術を使えない想定だし、勝敗は道具であって目的ではない。
イコニアさんは人を使い、人を癒やす人。前に出るより、人を使い、癒した方が、多くの歪虚を殲滅できる。
分かっているでしょう?
じっと見つめられたイコニアが、悲鳴にしか見えない目の色をした。
●社
ボルディアが振り返ると、イェジドに同乗したままのイコニアが虚ろな瞳でつぶやいていた。
肩をすくめてイェジドから降り、南から南西を眺めて目を細める。
「雑魔未満だな」
数は多いが個々の気配は極端に弱い。
今学校にいるハンターと三日三晩戦えば殺しきれる気すらする。他の歪虚が現れると危険すぎるのでさすがにやらないが。
「ここ?」
にゃ。にゃにゃ。にゃ?
まよいと、何故か数の増えたユグディラが通訳も無しで語り合っている。
エステルはイコニアの代わりに精霊への感謝を兼ねた浄化の儀式を行い、術行使時に近い披露があるのに気づく。
悪意と敵意は感じない。
強いて近いものをあげるなら、精霊、だろうか。
にゃあ。
白いユグディラが野良っぽいユグディラを連れてきた。
妙に照れている。聖堂戦士団でときどき目にする女に慣れていない男に近い雰囲気だ。
「よろしくお願いしますね」
学校からの食料提供と引き替えの情報提供契約が結ばれた。
なお、後に【ミーナ】は、落ち着きのない雄はちょっとと意思表示していたらしい。
●教室
「駄目」
キヅカが少年の手を押さえる。
ストレスに負けて自身の髪をむしろうとした少年に、リアルブルーの参考書である漫画を渡した。
「2冊がノルマだよ。その後は就寝。分かったね?」
練習問題を取り上げ採点と復習用の解説を始める。
キヅカにとっては頭の練習問題。生徒にとっては限界ぎりぎりの努力を要求される計算難問だ。
「僕は明日まで見てあげられるから、分からない所は全部聞いていいよ」
少年の瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。
その居残り教室の真後ろ。
ボルディアが心底面倒臭そうに書き物をしている。
「精霊が動いているなら知らせておかねぇとな。勲章の肩書き使う羽目になるなんて思わなかったぜ」
こうして、精霊が動き始めたという情報が徐々に王国に集まっていくのだった。
メイスと太刀の間で火花が散った。
「敵の攻撃を躱す、きちんと盾で受ける、これができて初めて最前線に立てるんだ」
宵待 サクラ(ka5561)が半歩後ろに下がる。
イコニアの姿勢が前のめりに。
刃が弧を描いて再度へ腹に迫る。
「体力はなくても腕に自信はあります」
小型の盾が刃を出迎える。
金属の粘りと重さが凄まじく、サクラは刃の角度を変えて太刀にかかる負荷を分散。
「そっかな? 今のイコちゃんは、回復スキルが切れた瞬間にゴブリンにも倒されると思うよ。だからみんな、最前線に行かせたがらないんだ」
「人を見る目がないと思われますよっ」
双方緑の目が真正面からにらみ合う。
和洋異なるタイプの美貌に一見爽やかな笑みが浮かんで、遠巻きに眺めていた猫達が尻尾を巻いて逃げ出した。
刃が旋回する。
イコニアの横移動が間に合わず、革の肩当てが斬られて鮮血が鋭く噴き出した。
「回復できないと痛いよね? イコちゃんが自分を回復する分、他の人はこの痛みに耐えて戦うんだよ。それって、同じ場所で戦う聖導士として、どうなのかな」
「人が好きでやってるとっ」
戦闘センスの欠片もない踏み込み。
迎撃の刃で白い頬がずるりと削がれ、しかし速度は緩まず視線も途切れない。
「こっちは一兵卒をしたくても出来ないんです!」
高位の覚醒者らしい加速でメイスが突き込まれ、胴丸の中央にめり込みサクラの息がカハッと漏れる。
「だったら他にすることがあるんじゃないかな!」
今度は本気で……剣の腹ではなく剣筋を立てて首筋に振り下ろす。
分厚い丸盾が迎撃に回る。
イコニアの口元に不敵な笑みが浮かび、しかし予想以上の威力に耐えきれずに指の骨がひび割れ瞳に涙が浮かぶ。
「ほら泣いてる」
「反射の涙です。そっちこそ」
「こっちは単なる汗だぁ!」
めき、ぐしゃ、ぼぎん。
両者一歩も引かずに切り傷、打撲傷、各種骨折が増えて脂汗が浮かぶ。
慌てる生徒および教職員の中で、落ち着いている臨時聴講生が1人だけいた。
「私、リアルブルー出身のはずなんだけど、学校行ったことないんだよね。お友達と一緒に運動するのも、なんだか楽しそうだな。ちょっぴり羨ましいかも」
2人の意地の張り合いに、夢路 まよい(ka1328)があこがれ半分興味が半分の視線を向けていた。
「生徒達の次の大規模討伐には、最前線に出て貰うから」
「ええ是非出たいですよっ」
高価な盾が削れ、強力な太刀がメイスで痛み、しかし両者の気合いは益々燃えさかる。
どうしよう。訓練だけど助けた方がいいのかな。でも主さん楽しそうだしという目でイェジドがきょろきょろしていると、一番歳をとった人間の視線に気いた。
いいの? 構わんにやれ。
同意を得た【二十四郎】は、前脚の爪のない部分でイコニアの踵を押し、器用にその場にひっくり返させた。
そんな状況でも受け身をとった上追撃を盾で防いだのはさすがだが、汗だらけの額に体重をかけずに前足を置かれるとさすがに己の状況に気づく。
「参り、ました」
集中が途切れる。
疲労が一気に表に出、呼吸が無残に乱れて顔色が紫に近くなった。
「校長先生にも言いたいことが……ごめんちょっと中断」
刃の状態を確かめ鞘に収め、サクラが大きく深呼吸して息を整えた。
期待の新鋭を沈めた上での説得には極めて大きな説得力があった。
この程度の不意打ちに対応できない時点で、イコニアにこの場での発言力はない。
「体力のない聖導士は片道前提の作戦にしか使えぬよ」
起き上がろうにも体が動かないイコニアと、もう息が整ったサクラを順番に見て寂しげに笑う。
余暇の時間を全て訓練にあててもこうなのだ。
それ以下の校長では武装を取り上げられても文句は言えない。
「みなさん?」
遠出から戻って来たソナ(ka1352)が、事情が分からず愛馬の上で小首を傾げた。
そして1時間後。
新入生三者面談の3人目が盛り上がっていた。
「何言ってるんです坊っちゃん。訓練といやぁ血反吐と血豆がつきもンです」
信頼する護衛から言われたからだろう。
聖導士課程の新入生が肩を落として観念した表情になった。
「。明日からも頑張ってくださいね」
見送りを終えた後に卓上の鈴を鳴らす。
すると、大量の写真と図面を抱えた農業技術者が小会議室に入ってきた。
「実体のある写真はいいですねぇ。ちょっと広げますね」
広げられた手書き地図はかなり詳細だ。
ソナが魔導カメラ片手に延々調査を続けた成果である。
「短期間で復旧できそうなのですか?」
書き加えられた設備が予想よりずっと少ない。
「歪虚の排除が済めばですけどね。雑魔に襲われても返り討ちにする農夫なんて……ここにはいますけどここ以外には滅多にいませんし、えぇ」
ソナはうなずいて予算案を取り出し修正を加える。
新規開拓者誘致にかかる費用や果樹園復旧のための費用が増えて、定期収入が増えて借入枠も増える。
これなら大きな物や人手の積立て特別予算枠を大きくできそうだ。
「この館は整備すれば南の拠点として使えるでしょうか?」
地図の複数箇所を指さし聞いてみる。
「倉庫として使うならいけるでしょう。多少勿体なく感じますが」
屋敷として修繕すると金がかかり過ぎるのだ。
「ありがとうございます。後は……」
書類を前に固まっている校長を見る。
これまでイコニアが担当せざるを得なかった、本来校長がすべき書類がほとんど処理されていない。
「薬を聖堂教会に売れませんか?」
「手紙って、時候の挨拶から書くんじゃったか?」
とても、駄目な感じになっていた。
●戦場の課外授業
「おっきー!」
「すげー!」
生徒達が年齢相応の笑顔を浮かべ、深紅のイェジドに群がった。
「悪いなグレン」
ヴァイス(ka0364)が声をかけると、【グレン】は悠然としっぽを振った。
本人はこっそりしているつもりのいたずらっ子に前脚を伸ばし、ぽん、ぽんとダメージは与えずボールのように扱い自分の背中に乗せて見せた。
「もふもふだー!」
鼻をつまもうとしたことも忘れて【グレン】に思い切り抱きつく。
「おいお前等」
ヴァイスがじろりとにらむ。
圧倒的な力の差を肌で感じて、生徒達が怯えて立ち竦む。
「囲まれて騒がれて愉快に思うか? しかも戦場では頼れる相棒だ。自分ならどう思うかだけでなく、どうすれば相手が喜ぶか考えてみな」
にやりと笑う。
威圧感は減ってもふざけた返事は許さない気配があり、子供達は必死に考え始めた。
ごはん、ふく、ぱれーどと散々迷走し、助けを求める視線が【グレン】から向けられるがヴァイスはあえて口を出さない。
「ぶらっしんぐ!」
尻尾が一瞬、勢いよく機嫌よさげに振られた。
生徒が元気に倉庫へ走る。
「戦場でパニックを起こされたら戦いにならないからな」
ヴァイスの瞳は、とても優しげだった。
1時間後。
キヅカ・リク(ka0038)が軽く操縦桿に触れると、R7エクスシア【ウォルンタース】が軽く手を振り生徒達を促した。
イェジドに挨拶をして装備を手にとり、複数の魔導トラック分乗して南へ出発する。
「どうにもね」
嫌な感じだ。
最精鋭級ハンター数名と、見学とはいえそこそこ良好な装備のクルセイダー十数名という大戦力が揃っているのに、奇妙な予感に加えて悪寒までする。
周辺の警戒は他のハンターに任せてセンサーを前方に集中させる。
少々荒れた果樹園の奥に、ごく平凡に見える小さな丘が1つ。
その向こうにおそらく歪虚の大群がいるはずだ。
きゃあ、と黄色い悲鳴があがった。
HMD内に小さなウィンドウが現れ、トラックの荷台で騒いでいる女生徒と紫の猫……多分ユグディラが映る。
「トラオム可愛いでしょ~」
「んー、格好いいかも」
「すごいびじーん。あっ、男の子なんだ」
見た目同年齢の少女達が、ユグディラ【トラオム】のまわりに集まっている。
うち1人はトラックに荷台では無くゴースロン種の馬に乗り、よそ見はしても完全に乗りこなして危なげが無い。
「頼りになる仲間なんだよ」
【トラオム】が立ち上がり、器用に帽子の位置を直す。
未舗装路でかなり揺れているはずなのに上体は揺れず、それだけでも優れた戦士であることが分かる。
足捌きが、重心移動が、などと真面目な顔で話し出す女生徒達の横で、まよいが奇妙なほど陰のない表情で笑っていた。
「お友達と一緒に勉強できるの楽しそうだな~」
「う~ん。でもまよいちゃん助祭様用の教本読めてたでしょ?」
「あの絵の多いお本?」
「いやあれ儀式と術式解説用の絵だから。普通読むと頭痛くなるから」
「まよいちゃんだと学校飛び越えて王立学校行きだよ。えりーとだよえりーと!」
王立学校は王国最高峰の教育機関であり政府に就職する者、騎士になる者、司教位を得る者までいる。
芸術方面の学科になると事情が変わってくるが。
「やっぱり私塾とかに通ってたの?」
「有名な家庭教師がついてたとか?」
興味津々の視線を向けられて、不快ではないむず痒さを感じながらまよいが答える。
「お勉強はぜんぶパパに教えて貰ってたんだ」
まよいが小さな胸を張る。
女性徒達が純粋に驚いて歓声をあげる。
それだけ騒いでいても、手分けをして全周を確認して歪虚の襲撃に備えていた。
「気のせいならいいんだけど」
キヅカはウィンドウを閉じ、彼女達が警戒する範囲の外側に注意を向けた。
時間が経過する。
丘に到着すると、最も視点が高い【ウォルンタース】が最も遠くを目にすることになる。
「盆地、木型歪虚総数測定不能。うち複数集団、計3……40個体が接近中」
遠くから見ると綺麗な緑にしか見えないのが非常に悪趣味だ。
スピーカーの音量を落として遠征隊全員に伝え、平行して敵の動きの観察と射撃諸元の入力を終える。
「迎撃を開始します。……弾数足りるかな」
強力なマテリアル武器では無く、予備弾倉があり使い勝手の良いアサルトライフルを選択する。
30ミリ弾が飛ぶ。
敵最前列の犬型雑魔に当たって破裂させ、次の連射がCAMより太い大木にめり込んだ。
「他の兵器よりは有効なんだけど」
獣型雑魔がアサルトライフルの最低射程を割り込む。
【ウォルンタース】に飛びかかろうと跳躍する前に、アーマーペンチを棍棒として使い骨ごと肉を砕いて止めを刺す。
その直後、青白い炎が戦場を舐め他の動物型を消し飛ばす。
それだけでは終わらない。
恐ろしく頑丈でしぶといはずの緑を焼け焦げにして、幹の前半分を消し炭に変える。
「うん?」
身の丈ほどもあるスタッフを持ったまま、まよいが不思議そうな顔をする。
蒼い瞳の輝きがいつもより少しだけ弱い。
直感に従い振り返る。何もないはずの場所から、なぜだか怯えた気配がわずかに感じられた。
●蹂躙する紅蓮
蒼いオーラが負の気配を切り裂いた。
秒も遅れず負の気配の元が両断されて、激しく地面に打ち付けられ形を失う。
深紅の影にしか見えないものが戦場を真っ直ぐに横切る。
第3波の歪虚は全く追いつけない。
【グレン】は第2波の生き残りの前に立ちふさがって、自身は攻撃に移らず悠然と見下ろした。
「臭いな」
蒼き炎が宙を走る。
それが槍の穂先であることに、ただ大きいだけの歪虚には気づけない。
触手にも見える根が綺麗な切断面で断たれて宙を舞い、生徒から離れた場所に転がった。
「足を引っ張ることしかしない糞の臭いだ」
刃の如き葉からなる、回避も防御も困難な緑がヴァイスを真横から襲う。
だがヴァイスの影すら踏めない。
【グレン】が恐るべき速度と身のこなしで射程外ぎりぎりまで跳んで、大木型歪虚が枝を引っ込めるタイミングで一歩前へ。
「失せろ」
枝を断ち。
幹を割り。
核を抉って存在する力を弱め。
蒼き炎が汚れた緑を焼き清めこの世から消滅させた。
「この程度なら許容範囲か」
背中に感じる視線は尊敬8割に畏怖が2割というところだ。
生徒の護衛を優先して派手に暴れなかったヴァイスでこれだ。
事前にイェジドに親しませていなければ、次の光景で恐慌が起きていたかもしれない。
「イェジドの特徴は何といってもその機動力と回避力だ。馬並みの機動力と疾影士並みの回避力を併せ持つ」
緑の嵐の中、イェジド【ヴァーミリオン】が平然と立っている。
気軽に散歩している足取りなのに、正面からならCAMとも打ち合える攻撃を全て躱していた。
なお、主のボルディア・コンフラムス(ka0796)は解説担当でもある。
「爪や牙での威力もバカにできねぇ。大抵の歪虚なら引き裂ける」
【ヴァーミリオン】がむふぅと得意げに胸を張り、有言実行の獣爪斬撃で極太枝をへし折って見せた。
「防御能力に自信のねぇなら心強い相棒になってくれるだろうよ」
痛みに暴れる大木複数を歩くだけで翻弄。
それで済めば格好良かったのだが、調子に乗って女性徒にウィンクをして奇妙なポーズを取り始めた。
「本当だぞ?」
生徒に見えない角度で拳骨を1つ。
イェジドは肩を落として本業に戻る。
紅の体毛がぞわりと蠢く。
本気を出した主の気合いは凄まじく、半端な幻獣では近づく前に精神をやられそうだ。
もちろん【ヴァーミリオン】なら耐え切れる。
嬉々として主の意を先取りする彼は、竜や王クラスの歪虚に匹敵する何かにすら見える。
新入りの生徒が恐怖でへたり込んでいた。
『第5波から第7派が合流しました。一塊になって来るつもりですね』
【ウォルンタース】がマテリアルライフルに切り替え発砲。
紫の光が、塊から漏れた個体を消し炭にする。
歪虚はさらに警戒を強め、外周に大木型歪虚を置いてハンターの攻撃を防ぎ近づこうとしている。
つまりハンターの思うつぼだ。
【ヴァーミリオン】が吼える。
密度をそのままにボルディアのオーラが膨れあがり、動きの鋭さもそのままにオーラによる巨体を形作る。
元々巨大な鎌が砂紋によって拡大されて、巨体に相応しい得物に変わった。
「頂くよ」
刃が旋回する。
鉄よりも重く固いはずの幹が、中身の無い飴玉の如く一瞬で砕かれ、ただ巻き込まれただけの獣型が一瞬も耐えられずに粉微塵になり消し飛ぶ。
赤いイェジドが主ににあわせて位置と姿勢を微修正。
縋り付き少しでも邪魔しようとする敵全てを躱してかわりに刃を馳走した。
「あ、はは……」
生徒がいる方向から乾いた笑い声が聞こえる。
妙なトラウマや性癖を持たないといいなと、複数のハンターが真剣に考えていた。
●最大の敵。花粉
ふえっくしょん。
隙にならない絶妙のタイミングで【ヴァーミリオン】がくしゃみをする。
それが引き金になった訳でもないだろうが、複数のハンターが目と鼻の奥に痒みを感じ、魔導トラックのエンジン音が明らかに乱れた。
エステル(ka5826)が瞬きする。
直前に放った光が生徒の後ろに回り込もうとした獣を打つ。
悲鳴どころか命中音も聞こえないまま、雑魔を構成する全てを光と衝撃に消えた。
もちろん埃すら残らず、鼻孔を刺激する物は何もない、はずだった。
「これは」
日本出身のハンターから聞くことが多い病に酷似した症状だ。
「花粉症?」
それを聞いたまよいの動きが止まる。
杖の上数十センチに浮いた蒼い光球をそのままに、レースのハンカチで鼻と口を覆って目を細める。
それを隙と見た獣2頭、まよいの細い足首を狙う。
右の一匹はエステルの光弾に痕跡も残さず消し飛ばされ、残る1匹はまよいで杖で打たれてきゃいんと悲鳴をあげた。
蒼い光が周囲を照らす。
直撃を受けた獣が幻の如く消え、ボルディア達を避け大きく迂回して生きた獣と大木がこんがりと焼かれて炭となる。
「風下……。キヅカ様、申し訳ないですが盾になってください」
『了解。この機体は状態異常に強い。浄化魔法は子供達に使って欲しい』
刃のないハルバードを手に【ウォルンタース】が丘を降りる。
一瞬だけ生み出した刃を振るって大木の幹を切断。至近距離で花粉に似た負のマテリアルを浴びるが全く動きに影響は無い。
「エクラよ。不浄な霧から子供達をお守りください」
盾を構え、法具を持ち、略式の祈り方に本物の祈りを込める。
物理的な力のない風が吹く。
負のマテリアルだけが吹き散らされて、子供達の肺に入り込もうとした負のマテリアルも全て浄化されて痕跡すらなくなる。
みゃあとユグディラが鳴いて、生徒が微かに負ったダメージも消えた。
「けど、これは」
押し寄せる歪虚の巨体は【ウォルンタース】が防いではいる。
ダメージを与えるたびに出る花粉で、その勇姿は半ば隠されている。
まよいの容赦のない蒼炎に花粉と本体が処分され、【ウォルンタース】が再び姿を現した。
やはり頼りがいがある。
移動力、攻撃力、攻撃範囲のいずれかで上回るハンターやユニットは多数いるけれども、全てにおいて実用的なCAMの価値は色あせない。
何より素晴らしいのは量産性だ。
お金がかかるとはいえ簡単に覚醒者と肩を並べられるほどの兵器なのだ。
生徒には是非この機会にCAMの有用性と、それ以外の面を知って欲しい。
「いつか……いえ」
エステルは敢えて丘から動かない。
盾と回避術を十分扱いこなせる彼女が南に行けば、歪虚にとっての絶望的な壁と回復担当が同時に現れることになる。
しかし速度が遅く射程も短い歪虚の側に近づくのは余りに効率が悪い。CAMで一方的に攻撃してしまえば良いのだから。
今も、【ウォルンタース】がアサルトライフルを取り出し敵後衛の歪虚を次々仕留めている。
近くの歪虚は戻って来たボルディアや炎の矢に切り替えたまよいが確実に逃がさず処理をする。
「いつかが来ても、どうか……」
人類共通の敵である歪虚が存在しなくなれば、対歪虚戦で養われた技術と戦力が人に向かうのではないか。
現状を認識し将来を推測できる故に、彼女は苦しんでしまう。
へくちゅ。
青い光が吹き荒れる。
大小様々な獣型雑魔の姿が消え、ハンターから見れば大きさだけの取り柄の歪虚が残る。
「前に出るな。囲まれたら死ぬぞ」
ヴァイスはそう言い残して生徒達から離れた。
これだけ数が少なくなれば子供の近くで守るより敵を直接叩いた方が早い。
七支槍で思い切り突く。
大木の根がまとめて貫かれ動きを止め、本体がたたらを踏むように姿勢を崩す。
そこに30ミリ弾と巨大な刃が叩き込まれて限界を超え全身が崩れ出す。
それを数度繰り返すだけで、歪虚の大集団があっさりと全滅したのだった。
●演習
明けて翌日。
丘周辺と比べると雑魔も弱く比較的安全なはずの場所で、前日同様の緊張感に包まれ子供達が進退していた。
「主力は最終防衛ラインまで後退。斥候はイコニア隊を斜め横から突いて下さい」
2つに分かれた生徒達が競い合っている。
イコニアの隊は敵斥候の妨害を無視して直進を続け、フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)の隊は押されて逃げているようにも見えた。
「ベスさんお願いします。訓練の成果の見せ所です」
支配に慣れた声が子供を動かす。
優しく穏やかであるからこそ恐ろしい。
10代に入ったばかりの子がたった1人残り、分厚い盾と鎧を使い聖導士過程2年の精鋭を足止めする。
一時は押し込まれるものの、イコニアのヒール1回で完全に回復して攻め手の士気を砕いた。
「ふむ」
フィーナが焦りを見せればこの時点で決着がついていただろう。
「斥候も後退。接敵されると私は脆すぎるから、主力は私を守ってください」
隊の士気が落ちイコニア隊の士気が上がった気がするが構わない。
後少しだけ持てば良いのだ。
イコニアは表情を変えないまま困惑する。フィーナが何かを企んでいることは分かっても、何を企んでいるかが分からない。
だから結局、バリケードと伏兵を組み合わせたキルゾーンに誘い込まれてしまった。
浮き足立つ生徒を叱咤と慰撫で巧みに立て直し、範囲回復術を使うことで後退するまで耐え抜かせる。
今フィーナが攻撃術を使えば回復術以上のダメージで生徒が戦死判定を受け一気に崩れるはずだ。
しかし今は術を使えない想定だし、勝敗は道具であって目的ではない。
イコニアさんは人を使い、人を癒やす人。前に出るより、人を使い、癒した方が、多くの歪虚を殲滅できる。
分かっているでしょう?
じっと見つめられたイコニアが、悲鳴にしか見えない目の色をした。
●社
ボルディアが振り返ると、イェジドに同乗したままのイコニアが虚ろな瞳でつぶやいていた。
肩をすくめてイェジドから降り、南から南西を眺めて目を細める。
「雑魔未満だな」
数は多いが個々の気配は極端に弱い。
今学校にいるハンターと三日三晩戦えば殺しきれる気すらする。他の歪虚が現れると危険すぎるのでさすがにやらないが。
「ここ?」
にゃ。にゃにゃ。にゃ?
まよいと、何故か数の増えたユグディラが通訳も無しで語り合っている。
エステルはイコニアの代わりに精霊への感謝を兼ねた浄化の儀式を行い、術行使時に近い披露があるのに気づく。
悪意と敵意は感じない。
強いて近いものをあげるなら、精霊、だろうか。
にゃあ。
白いユグディラが野良っぽいユグディラを連れてきた。
妙に照れている。聖堂戦士団でときどき目にする女に慣れていない男に近い雰囲気だ。
「よろしくお願いしますね」
学校からの食料提供と引き替えの情報提供契約が結ばれた。
なお、後に【ミーナ】は、落ち着きのない雄はちょっとと意思表示していたらしい。
●教室
「駄目」
キヅカが少年の手を押さえる。
ストレスに負けて自身の髪をむしろうとした少年に、リアルブルーの参考書である漫画を渡した。
「2冊がノルマだよ。その後は就寝。分かったね?」
練習問題を取り上げ採点と復習用の解説を始める。
キヅカにとっては頭の練習問題。生徒にとっては限界ぎりぎりの努力を要求される計算難問だ。
「僕は明日まで見てあげられるから、分からない所は全部聞いていいよ」
少年の瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。
その居残り教室の真後ろ。
ボルディアが心底面倒臭そうに書き物をしている。
「精霊が動いているなら知らせておかねぇとな。勲章の肩書き使う羽目になるなんて思わなかったぜ」
こうして、精霊が動き始めたという情報が徐々に王国に集まっていくのだった。
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依頼相談掲示板 | |||
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イコニアさんに質問 フィーナ・マギ・フィルム(ka6617) エルフ|20才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/05/05 06:21:37 |
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相談等 フィーナ・マギ・フィルム(ka6617) エルフ|20才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/05/06 17:24:02 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/05/02 21:09:15 |