秋の味覚は毒まみれ

マスター:T谷

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/10/25 12:00
完成日
2014/11/02 22:53

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 その森には、生気がなかった。木々は死んだように色を失い、小鳥のさえずりも虫の囁きも聞こえない。風すらその森を避けて通っているかのように、冷えきった静寂に満ちている。
 だからといって、負のマテリアルに満ちているというわけではない。雰囲気こそ最悪だが、それでも最低限そこを森たらしめる要素は残っているように見えた。

 ――だからこそ、彼女はこんな場所まで迷い込んでしまったのだ。

 圧倒的な負ではない、緩やかな死の匂い。それは強烈に鼻を刺すわけではなく、気づいた時にはその中にいた。
「……あれ、どこだここは」
 と言っても、注意していれば迷い込むはずなどないこの場所にむざむざ入ってきたしまったのは、偏に彼女の視線が地面に向いていたからだろう。
 自業自得な状況に彼女は眉間にしわを寄せ、何がなんだか分からないといった表情で辺りを見渡す。
 木々がまばらに生えているというのにここは薄暗い。辺りからは何も聞こえず、ただ彼女の動きに合わせてゆったりと粘ついた空気が動くだけ。蓋のついたバスケットを片手に、来た方角さえ分からなくなった彼女は仕方なく森を彷徨い歩く。
 そして、そんな状況にありながらも、彼女は地面に目をやることを忘れなかった。時にはしゃがみ込み、四つん這いになって茂る下草をかき分けてはがっかりしたり奇声を上げたり、たまに木の幹にも目をやってその表面を撫でまわしたりしている。
「むふふふ……ああ、森はいいなぁ」
 彼女はこんな陰気な森に迷い込んだことに、恐怖を感じていなかった。代わりに抱いているのは、好奇心。見たことのない様相の森に、彼女の期待は逆に高まりつつある。
「ぬ、そこか!」
 また一つ、彼女の目がぎらりと光り、腰を落とすと素早く腕を草むらに突き入れた。そして掴む。すべすべした柔らかい感触に、彼女のテンションは一気に上昇する。
「これは……!」
 根本をゆっくりと捻るように引っ張ってやれば、ぷつんと石突が木の根から離れる。当然ながら、形を崩してしまわないよう握力は最低限だ。
 彼女の白く細い指に導かれるように現れたのは――青紫色をした、キノコだった。
「おお、見たことない。見たことないぞこれは! やっぱり変な森には変なキノコが生えるんだな!」
 喜色満面に輝く瞳でキノコを一通り眺め、鼻歌交じりにバスケットへと大事にしまう。ちらりと覗いたバスケットの中には、色とりどりのキノコが詰め込まれていた。
 これこそが、彼女がここに来てしまった理由だ。無類の、本当の意味で無類のキノコ好き。時間が空いては森に入り、籠いっぱいの食べられるかも定かではないキノコを嬉々として持って帰ってくる。地元では、一番の変人として知られていた。
 しかしそんな風聞など気にもせず、彼女は今日もまた近所の森へと分け入った。そしていつもと違う道を通ったおかげでこの異様な森に来られたこと、本来ならこんな不気味な場所を好む女性は少ないだろうが、彼女はそれを、むしろ幸運だと思っていた。
 彼女は地面に散らばる小枝をパキパキと小気味よく踏み砕きながら更に奥へと進んでいく。迷子とか遭難などという言葉は、その頭には入っていないようだ。
 そして彼女が、再びキノコの気配を感じ取った時、

『ア……ニン、ゲン……』

 辺りに、声のようなものが響いた。
 どこからか、という説明のできる音ではなかった。どこからもだ。包み込むようにその声は、辺り一帯の空気全てを揺らしている。
『バンメシ……バンメシ……ウゴ、クナ……』
 辿々しい、言葉を覚えたての幼子のようなその声は、しかし奥底に邪悪を秘めている。
「……何だ」
 辺りを見渡し、彼女が問いかける。
『バンメシ……ゴチソウ……』
 返ってきた声は、期待に足るものではない。音は木々に反射して、幾重にも不快に耳朶を叩く。
 こういう輩を、相手にしてはいけない。
 彼女は、素早くこの場から去ろうとした……いや、その前に先ほど感じた気配を探ってからだ。いやしかし命の危険があるかもしれないだがもしかしたら新種の珍しいキノコが――
「――んがっ!」
 そうして逡巡している内に足がもつれ、盛大に地面に倒れこんだ。手から離れたバスケットがころころと転がっていく。
 その瞬間に、彼女は見た。
 地面を転がったバスケットの先、色のない森のその中心で。
 巨大なキノコが、嗤っているのを。そして、先程から自分が踏んでいた小枝だと思っていたものは、小動物の骨であったことにも気づいてしまった。



「キノコがぁっ!」
 その日、ハンターズオフィスの扉を勢い良く開け放ったのは、ブラウンの髪を揺らす色白の女性だった。くるりとした目は見開かれ、スラっと通った鼻梁は鼻息荒く、薄いピンクの唇はツバを飛ばしながら。黙っていれば深窓の令嬢のごとく見えなくもないかもしれないが、その女性の剣幕と、身に纏うのが使い込まれ泥水の染みこんだ汚い作業着だというギャップに、その場にいた誰もがそんな妄想を抱く隙間さえ与えられなかった。
 女性は遠慮もなくずかずかと、オフィスのカウンターへと迷いなく向かう。
「キノコだ!」
「……はい?」
 勢いに押されて若干引きながら、受付嬢は首を傾げる。
「えっと、キノコがどうかされましたか?」
「喋ってた!」
「……キノコが?」
「ああっ!」
 目を爛々と輝かせて繰り出される要領の得ない女性の言葉に、受付嬢の頭に浮かぶ疑問詞は大きくなる。
 落ち着いてくださいと声をかけ一杯の水を渡そうとするも、一刻も惜しいとばかりに女性はそれを受け取らずに更にまくし立てる。
「素晴らしい造形美と見るからに体に悪そうな極彩色! 鼻の曲がるような異臭は多分神経系に作用する毒を体から発しているんだろう。この手に戦う術を持っていないのが悔やまれる。剣の一つも使えれば依頼などという過程を経なくても今すぐにでもあれを食べることができたのに! こうしている間にもあれが誰かに食べられてしまわないか戦々恐々と――」
「えー、つまり、毒を出す喋るキノコのような生き物がいたということですか?」
「さっきからそう言っているだろう!」
 バンと苛立たしげに、女性は机を叩いた。
「わ、分かりました。それでは討伐依頼として処理を……」
 逃げるように、受付嬢は手続きを促した。
「私もついていくぞ、キノコは鮮度が命だからな。ああそれと、倒すときは食べやすい大きさに切ってくれるとありがたい。丸焼きが一番だが、大きさが大きさなのでな」
「た、食べるんですか。でも毒を出すなら毒キノコなんじゃ……というか、歪虚なら食べる前に消えちゃうんじゃ……」
「急げば間に合う!」
「そ、そうですね……」
 価値観の違いに泣きそうになりながら、受付嬢はいそいそと書類を作り始めるのだった。

リプレイ本文

 一行は女性の案内のもと、森の奥へ奥へと入っていく。初めは普通の緑溢れる森の風景が続いていたが、段々とその様子は変わっていった。空は晴れているというのに周囲は薄暗く、生き物の気配は殆ど無い。鮮やかだった木々の葉の色も、心なしか色褪せていっているようだ。
「なんだか、嫌な感じですね」
 クオン・サガラ(ka0018)は周囲を見回し、呟く。いつ雑魔が現れてもおかしくない様相だ。クオンは持ってきた荷物から大き目の布を取り出すと、装備の上からそれを被った。それと共に口元にも布を巻き、早々に胞子への対策を万全とする。同じように、全員が各々口元に胞子対策を施した。
「うむ、そういえばこの辺りだったような気がするぞ」
 遅れて、先頭を歩いていた女性が思いついたように口にする。
「え、分かって歩いてたんじゃないんですかっ?」
 その言葉を耳に、一瞬呆気に取られたサクラ・エルフリード(ka2598)が声を上げれば、
「ふふふ、私も逃げるのに必死だったから、道を完全に覚えているわけではない。だが心配するな、一度嗅いだキノコの匂いは忘れん。匂いを辿れば間違いなく辿り着ける!」
 女性は不敵な笑みを浮かべた。その顔には、無類の自信が宿っている。
「それ、信じて大丈夫なのかな……」
 若干げんなりした顔で、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)が呟いた。
「まあ彼女以外頼るものもありませんし、ひとまず信じてみても良いではありませんか。それにしても秋の味覚、期待せずにはいられませんな!」
 米本 剛(ka0320)は、よだれを拭くような仕草で豪快に笑う。
「おお、行けるクチかおっさん」
 仲間を見つけ、女性の顔も殊更明るくなる。
「食べられる雑魔はいたけど、あれは雑魔に成りたてだから行けたんだよね……」
 その楽観的な女性の様子を見ながらも、リューリ・ハルマ(ka0502)の不安は拭えない。とはいえ彼女も食には興味のある方だ。その味が気にならないわけではない。
「……キノコ狩りじゃなかったんですねぇ」
 森の様子を眺めながら、後ろを歩く藍那 翠龍(ka1848)はこっそりため息を付いた。思ってたのと違う、そんな心境だった。

 そうして色褪せた森をしばらく歩いていると、不意にパキッと、何か固く乾いたものを踏み抜く音が響いた。
「……風上から回り込めますかね」
 剛がしゃがみ込み、足元の音源を探ると静かに女性に問いかける。その指に挟まれているのは、小動物の骨だ。
「木もまばらだ、回りこむのは簡単だろうが……そもそも、風はあまり吹いていないようだな」
「いえ、空気が完全に止まる、などということはあり得ませんから――」
「ええ。僅かに、あちらの方から風が流れているようです」
 濡らした人差し指を立て、翠龍が一方向を指さした。
 あとは敵の位置を知るだけだが、
「なんだかあの辺り、空気の色が違う気がするね」
 ルーエルの視線の先、まばらな木々の隙間に何かが漂っているように見えた。薄紫の、臭いを視覚化した靄のような何かがうっすらと僅かな風に揺れている。
「……ここからじゃ、敵が見えませんね。少し移動しましょう」
 長大な弓を背負うクオンの提案に、全員が頷いた。
 風も殆ど無い森は異様な静けさに包まれている。この静けさ、薄暗さも歪虚の影響の一部なのだろうか。リューリとサクラの忠言で、一行は骨が転がる場所を避け、音を鳴らさないようにジリジリと敵が見える位置を探っていく。攻め入る側にとって、無音とは厄介な条件だ。
 とはいえ気をつければ、ハンター達にとってその程度のことは造作もなく。ゆっくり五分も進めば、目的のキノコが視界の先に見えてきた。
 二メートル近い乳白色の柄に、こんもりとした鮮やかで毒々しい色の傘が乗っている。柄の太さから見ても、それはキノコと呼ぶのが躊躇われる程の巨大さだった。
「そういえば、ここが食べたい! という部位はあるのですかな?」
 刀を抜き、敵を観察しながら剛が問う。
「当然全部だ」
 間髪入れずに女性は答える。
「あの姿を見て食べようと思うとは……流石というかなんというか……」
 サクラが呆れたように言うも、女性も言われ慣れているといった様子で気にも留めない。というよりも、もはや目の前のキノコに心を奪われていてるらしい。目を爛々と輝かせ、今にも口の端からよだれが垂れてきそうだ。
「あ、安全なところで待機していてくださいね」
 女性が今にも飛び出してしまいそうで、ルーエルは言い聞かせるように女性に声をかけた。それに対し、大丈夫大丈夫と、声は上の空で返ってくる。
「ちょっと、急いで倒しちゃったほうがいいかもね……」
「ですね、依頼人を危険に晒すわけにも行きませんし」
 リューリが呟きながら剣を抜くと、クオンが同調する。次いで、ハンター達は体内のマテリアルを一気に活性化させた。ルーエルとサクラは自らに防御の魔法を掛け、リューリはその闘争心を高めていく。
 そして同時に、息を合わせたように前衛を務める剛、リューリ、ルーエル、サクラが、うっすら煙る靄の中に飛び込んだ。遅れて翠龍がハープボウを手に続けば、更に後ろでクオンは長弓に矢を番える。
 報告にあるキノコの声は聞こえない。敵はまだ、こちらには気づいていないようだ。
「……しかし、どこを狙ったらいいんでしょうかね」
 鏃の先に大きな的を捉えながら、クオンは考える。動かないその的は、自分の技量を客観的に見て必中であると言えるだろう。しかし、まともな生物と言えない姿の歪虚のどこに攻撃を放てばいいのか。
 矢というのは、弱点を射抜けばこその武器だ。末端を貫いた所で、化け物相手にどれだけの効果があるのか。
「まあ、試してみましょうか」
 ともあれ案ずるより、だ。クオンの逡巡も数瞬、すっと羽根を掴む手を静かに離す。
 ひゅうと薄い靄を斬り裂いて前衛の頭を飛び越えた矢は、キノコの傘に音もなく突き立った。
『……オ……オォ』
 途端に反応があった。周囲から、どこからともなく不気味な声らしきものが響く。
 ただし、その反応は鈍い。キノコがゆらゆらと、その体を揺らし始める。
「では僕は、柄のほうを」
 続けて翠龍も立ち止まり矢を放つ。靄の中にあっても、その動きに淀みはない。浮遊している胞子の群れは粒が大きいらしく、口元のバンダナでその侵入はある程度防げるようだ。
 前衛の合間を縫い、彼らを抜き置き去りにした矢はキノコの柄に深々と埋もれた。
 続けざまに、クオンと翠龍はもう一度矢を放つ。
『イ……イタ、イ……ゾ!』
 再びの反応。意味の通る言葉はとみに、邪悪な意思と怒りを孕んで浴びせかけられた。同時にぐるりと、キノコが体を捻る。
 視線がぶつかる。
 傘の下辺りに、小さな窪みが二つ。それが本当に目であるのか分からないが、ハンター達は確実に視線を感じた。
 そして突如、キノコの怒りに呼応するように森全体が微振動を始める。バキバキガサガサと至るところから音が響く。
『ニンゲン……! ニンゲン……!』
「――ホーリーライト!」
 騒然とする森の中で、先手を打つようにサクラは輝く光弾を紡ぎだした。薄紫の靄に白い尾を描いて、光弾は一直線にこちらを向いたキノコに叩きつけられる。
 同時に炸裂。撒き散らされた閃光と衝撃が、辺りの靄を吹き飛ばす――と共に、激しく揺れたキノコの傘から、同量以上の胞子が零れ落ちて辺りに舞った。
「きゃっ!」
「ぬぅ!」
 より濃い色をした靄の塊が、前衛に殺到する。特に影響を受けたのは、リューリと剛だ。
「二人共!」
 レジストの光で守られたルーエルが、まともに胞子を浴びた二人に向けて声を上げる。
「くっ、少し吸い込んでしまいましたが、なんのこれしき!」
 そう言いながらふらついた剛の足元で、地面がぼこりと盛り上がった。次の瞬間、土を割って飛び出した木の根が、剛の右足に絡みつく。
「ぬおおっ、何ですかなこれは!」
「剛さん!」
 瞬時に反応したリューリが、手にした剣で木の根を断ち切る。
 しかし、異常はそこだけに留まらない。見れば、辺り一面の地面からボコボコと幾本もの木の根が立ち上がり、木々の枝はうねうねと身を捩り、木に巻き付く蔦も蛇のように鎌首をもたげ始めていた。
『ニンゲン……ゴチソウ……!』
 周囲から包み込むように発せられる声は、その植物達から発せられているようだ。
「これは……!」
 驚く一同に向けて、植物達が生き物のように襲いかかる。
「この辺りの植物を操っているのですか。やはり歪虚は、普通の生物とは言い難いですね」
 クオンの矢が、一条の光となってうねる枝を貫いていく。
「危ないですねえ、まったく操られる植物が可哀想です。後できちんと剪定してあげなくては……」
 動物霊の力を借りて、翠龍は巧みに攻撃を避けていく。ついでに武器を刀に持ち替え、返す刀でそれらを斬ることも忘れない。
「さあ、行ってください」
 後衛の援護を受けて、前衛の四人は本体のキノコへと向かう。途中襲い来る植物を叩き、払い、躱しながら、一息に彼我の距離を詰めていく。
 近づくに連れて、胞子は濃くなっていく。布で防御できる分を越えて吸い込んでしまい、徐々に手足の先から痺れが走り始める。だが、まだそこまで支障はない。
「頑張って斬って、ご飯にしちゃうからね!」
 一足先にキノコの元へとたどり着いたリューリは、剣に祖霊の力を込める。
 真紅の刃が閃いた。ジュウと焼けるような音と共に横一閃、キノコの傘にざっくりと赤い亀裂が刻まれる。途端に、辺りに香ばしい香りが漂う。焼けた断面は新たな胞子を生み出す機能を損って、靄の濃度を落とすことに成功する。
『オ、オオオオオオ! イタ、イタイイイイイイッ!』
 火が余程効いたのか、キノコの不快な不協和音が空気を震わせた。
 ブルブルとキノコが体を揺らすも、焼かれた傘からは先ほどのような濃い胞子は生まれない。
「ああもう、うるさいな! 好き勝手やってくれるよ、全く」
 眉根を寄せ、不快感を露わにルーエルは腰だめに構えたパイルバンカーに力を込める。杭は俄に光を帯び、装填されたマテリアルはその瞬間を待ちわびている。
「その目は見えてる? ……覚悟しなよ、これがキミを穿つ光の槍だ」
 言い放ち、ルーエルは思い切り手元の引き金を引いた。
 マテリアルが内部で強烈に炸裂し、鋭く巨大な杭が大砲のごとく撃ちだされた。ドゴンッ、と鈍く、しかしとんでもなく重い音が響き渡る。強力な衝撃と共に、キノコの中心に巨大な穴が穿たれる。
 その衝撃も消え去らぬ内に、同じく刀に光を宿した剛が大きく踏み込んでいた。
「あえて言いましょう…貴方が『バンメシ』で『ゴチソウ』であるとっ! 八百万の神々よ……光の祝福を!」
 そして胞子による痺れは、飢えた獣を止めることもできなかった。剛は猛然と、震えるキノコに突撃し、袈裟に振るった刀は光を伴いキノコの柔肌を斬り裂いていく。
「雑魔退治で、食べることを念頭に入れて退治する事になるとは思いませんでした……。どれくらいの大きさなら食べやすいのでしょうか……」
 この戦いは、結局のところ食べる食べられるの構図だという前提が、サクラには理解し難い。若干の疑問符を頭に浮かべたまま、それでもサクラは剣を振るう。
 手にした長剣は華麗に翻り、キノコを食べやすい大きさに斬り落としていく。
「ん、こんな感じでしょうか……何だか、下ごしらえをしている気分です……」
 違和感を覚えるも、依頼は依頼。何とか真面目を保ちつつ、サクラはキノコの調理を続けていく。



 バラバラに斬り裂いたキノコは、大半が空気に溶けるように消えていった。残ったのは、ほんの一部。だがそれでも、充分に腹を満たせる量が残っていて、女性は喜色満面にはしゃぎながらそれに突撃した。
 剛の持ってきた水で、キノコを丁寧に洗っていく。特に、傘のヒダは念入りに。
 女性の持参した、七輪のような器具に炭を入れ火を点ける。そして厚めにスライスしたキノコを網に乗せれば、後は待つだけだ。
「やはり、シンプルが一番だな!」
 女性は手際よく、次々とキノコを調理していく。しっかりと焦げ目が付くまでキノコを焼くと、その上に、黒っぽい色味の液体を数滴垂らす。
「うむ? それは醤油ですかな?」
「知っているのか? ああ、そういえばこれは、元々リアルブルーの物だったな」
「いい香りー」
 リューリがくんくんと鼻を鳴らせば、炭の上に落ちた醤油がジュウと香ばしい香りを立てた。
 キノコに挑戦するのは、剛とリューリだけだ。残りのメンツは各々苦笑いを残して、やんわり断っていた。クオンはキノコの欠片をサンプルに確保し、残った胞子が発芽するのを抑えるためキノコの生えていた場所を念入りに焼いている。ルーエルは光の戻った木陰で船を漕いでいる。サクラは調理を眺めているもののそれは看護の可能性を考えるからで、自分が食べるつもりはなさそうだ。
「確かに良い香りですが、よく分からないキノコを食べるのは危ないですよー? ほら、食べるならこちらを使いなさい。毒に当たったら、二度と他のキノコが食べられなくなるかもしれませんよー?」
 料理の間に辺りを探索し、食べられるキノコを採取していた翠龍が、見つけたキノコを差し出して女性に忠言をする。
「君は、勘違いをしているよ。私は、美味しいキノコが食べたいんじゃない。美味しいキノコを見つけたいんだ! 新種の、未知の、誰も食べたことのない味を! そのためならば、命を賭けても惜しくはないっ!」
 などと自信満々に言い放つ女性に、多少の説得は通用しないだろう。
「ん、屍はちゃんと拾いますので遠慮なく食べてください……」
 呆れたようなサクラの言葉は、皆の代弁だった。
 しばらくして、芳醇な香りを漂わせる焼きキノコが完成する。
「うむ、いい出来だ!」
「素晴らしい香りですな!」
「わー、美味しそう」
 では早速いただきますと、女性と剛は豪快にキノコにかぶり付いた。リューリは少し遅れて大丈夫かなと心配そうに、小さ目のキノコを口にする。
「こ、これは……!」
 その瞬間、女性の目が大きく見開かれた。
「おお、美味い!」
「美味しいー!」
 剛とリューリも、驚いたように声を上げる。
 食感、鼻を抜ける香り、噛む度に口に広がる旨味……醤油の風味も相まって、それは誰もが思っていた以上に美味しく三人の箸は止まることなく――
「うううまままままま」
「こここきょうのののあじをををおもいいい」
「おおいしししいいいい」
 しばらくしてビクビクと震えだす三人に、サクラは慌ててヒールを唱え、翠龍は緑茶を飲ませて介抱するのだった。

 幸いにも、痺れは一時間ほどで治まった。
 知らないキノコを口にしてはいけない。そんな当たり前のことを再認識した、そんな一日だった。

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MVP一覧

  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマka0502

重体一覧

参加者一覧

  • 課せられた罰の先に
    クオン・サガラ(ka0018
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    米本 剛(ka0320
    人間(蒼)|30才|男性|聖導士
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • 後ろの守護龍
    藍那 翠龍(ka1848
    人間(紅)|21才|男性|霊闘士
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/10/20 01:37:24
アイコン 相談卓
ルーエル・ゼクシディア(ka2473
人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2014/10/24 04:00:55