ゲスト
(ka0000)
【碧剣】残影に沈め
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~4人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/05/19 19:00
- 完成日
- 2017/05/29 03:25
みんなの思い出
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オープニング
●
嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!!
●
「――――ッ!」
胸を引き裂かれたような錯覚を抱いて、少年――"ロシュ・フェイランド"は目を覚ました。
荒くなる呼吸をどうすることもできない。それでも、強引な呼吸で痛む傷口よりも、脈打つ動悸がロシュの心を乱す。汗で濡れそぼった髪も、ただただ不快だった。
「…………、今の、は……」
それよりも、今の"声"が、気がかりだった。
絶叫だった。絶望だった。塗り込められた感情に、ロシュの奥底がかき乱される。
その声は、ロシュも良く知る誰かのもので……。
「………………シュリ?」
●
独り、雪原を歩く。雪解けの気配は未だ遠く、肌寒い大気が少年の頬を叩く。
何ものも、少年の足取りを止めることはない。獣の気配も無く、雪道をただ往くばかりの道のりである。時折足元が雪に取られ、バランスを損ないはするが――それだけだ。すぐに、少年は歩みだす。
「………………」
向う先を見据える茶色の瞳は――ただただ、ひたむきで。少年は歩みを止めることなく、歩き続けた。
そこに、救いに足る何かが在るとは感じさせぬ、悲壮な目をしていた。
●
結論から言えば、騎士団が派遣した調査団の結果は振るわなかった。
ハンターたちが戻り、彼らの報告を受けて緊急的に出撃した彼らであったが、"敵"は、それよりも迅速だった。
白髪の青年の証言によると、獣たちだけでなく、"人型"の何かが多数、村の中で行動していた姿が目撃されている。
伝達のために村を発ったハンスが歪虚と化したことを踏まえると、その村に残っていた百名が――それが全てとは限らないが――辿った運命は、想像に難くない。
であるから、調査の目的は、"彼ら"の行く末になった。
寒村を滅ぼした歪虚と、歪虚と化した村人たちの動向調査は、限られた人員とはいえ徹底的に行われた。
たしかに、騎士団は散在化していた歪虚の群れ――そのいくらかを滅ぼしはした。
――だが、それだけだ。
"まるで我々の調査を見越していたかのような"動きであったと、調査報告書は結ばれている。
人々の遺体は、ただの一つも見受けられなかった。
それが、全てだった。
●
月光の中、ゆらぁり、ゆらぁりと、数多の影が揺れた。
「――あれだけの用意が、ハンターの助力があったとはいえ非戦闘員に損なわれるとは思いませんでしたが……」
暗がりの中、言葉が落ちた。声色には何の感慨もこもってはいない。雪の降り積もった岩石に腰掛けたその人物はただ、月を見上げているだけだ。
「……いずれにしても、準備はできました」
うめき声が聞こえる。数多にも重なった苦鳴は掠れ、ひび割れ切っている。非業と悲憤、絶望の塗り込められた声に、人影はただの一つもゆるぎはしなかった。ただ、茫洋と月を見上げている。
その人影を囲むように、ゆらぁり、ゆらぁりと、連なる影が、揺れていた。
●
村にたどり着いたシュリは、真っ直ぐに村の中央――当日避難所として利用されていた建物へと向かった。
その道程で、僅か数日の間で荒廃した村の姿が胸に刺さる。かつての王都のように、"敗北"と"死"を予感させる光景だった。
消化しきれない醜い思いに、揺さぶられ続けながら――ようやくたどり着き、震える手で扉を開く。
騎士団の説明を聞いて、どうしても、確認したいことがあったのだ。
ぐるりと見渡してシュリはへたり込んだ。からり、と。剣の柄が軽い音を立てる。
呆然と、呟くしか、なかった。
「…………無い」
血痕も、何も。
人の影も、気配も、ありはしなかった。
●
「シュリ・エルキンズを探している」
ハンターを集めたロシュ・フェイランドは、開口一番にそう言った。治療の成果か、負傷の影響はさほど大きくないのだろうか。心身ともに、以前と変わらぬように見える姿で、ハンターたちの前に立っている。
場所は、"歪虚対策会議"が所有する建物の会議室であった。別の部屋では、戦術研究や兵器開発のための試作など、慌ただしい気配が滲む中、ロシュは続けた。
「――遺憾ながら、数日前からシュリの動向がつかめない。今後の我々の"作戦"において、シュリは必要不可欠だ。しかし、我々自身も、そこに人手を差し向ける余裕はない。故に――」
探してくれ、と。ロシュは言ったのち、苛立たしげに舌打ちを零した後、皮肉げな表情でこう結んだ。
「……どのみち、私が行ったところで意味はないだろうしな。貴様らに頼むのが良いのだろうさ」
嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!!
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「――――ッ!」
胸を引き裂かれたような錯覚を抱いて、少年――"ロシュ・フェイランド"は目を覚ました。
荒くなる呼吸をどうすることもできない。それでも、強引な呼吸で痛む傷口よりも、脈打つ動悸がロシュの心を乱す。汗で濡れそぼった髪も、ただただ不快だった。
「…………、今の、は……」
それよりも、今の"声"が、気がかりだった。
絶叫だった。絶望だった。塗り込められた感情に、ロシュの奥底がかき乱される。
その声は、ロシュも良く知る誰かのもので……。
「………………シュリ?」
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独り、雪原を歩く。雪解けの気配は未だ遠く、肌寒い大気が少年の頬を叩く。
何ものも、少年の足取りを止めることはない。獣の気配も無く、雪道をただ往くばかりの道のりである。時折足元が雪に取られ、バランスを損ないはするが――それだけだ。すぐに、少年は歩みだす。
「………………」
向う先を見据える茶色の瞳は――ただただ、ひたむきで。少年は歩みを止めることなく、歩き続けた。
そこに、救いに足る何かが在るとは感じさせぬ、悲壮な目をしていた。
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結論から言えば、騎士団が派遣した調査団の結果は振るわなかった。
ハンターたちが戻り、彼らの報告を受けて緊急的に出撃した彼らであったが、"敵"は、それよりも迅速だった。
白髪の青年の証言によると、獣たちだけでなく、"人型"の何かが多数、村の中で行動していた姿が目撃されている。
伝達のために村を発ったハンスが歪虚と化したことを踏まえると、その村に残っていた百名が――それが全てとは限らないが――辿った運命は、想像に難くない。
であるから、調査の目的は、"彼ら"の行く末になった。
寒村を滅ぼした歪虚と、歪虚と化した村人たちの動向調査は、限られた人員とはいえ徹底的に行われた。
たしかに、騎士団は散在化していた歪虚の群れ――そのいくらかを滅ぼしはした。
――だが、それだけだ。
"まるで我々の調査を見越していたかのような"動きであったと、調査報告書は結ばれている。
人々の遺体は、ただの一つも見受けられなかった。
それが、全てだった。
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月光の中、ゆらぁり、ゆらぁりと、数多の影が揺れた。
「――あれだけの用意が、ハンターの助力があったとはいえ非戦闘員に損なわれるとは思いませんでしたが……」
暗がりの中、言葉が落ちた。声色には何の感慨もこもってはいない。雪の降り積もった岩石に腰掛けたその人物はただ、月を見上げているだけだ。
「……いずれにしても、準備はできました」
うめき声が聞こえる。数多にも重なった苦鳴は掠れ、ひび割れ切っている。非業と悲憤、絶望の塗り込められた声に、人影はただの一つもゆるぎはしなかった。ただ、茫洋と月を見上げている。
その人影を囲むように、ゆらぁり、ゆらぁりと、連なる影が、揺れていた。
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村にたどり着いたシュリは、真っ直ぐに村の中央――当日避難所として利用されていた建物へと向かった。
その道程で、僅か数日の間で荒廃した村の姿が胸に刺さる。かつての王都のように、"敗北"と"死"を予感させる光景だった。
消化しきれない醜い思いに、揺さぶられ続けながら――ようやくたどり着き、震える手で扉を開く。
騎士団の説明を聞いて、どうしても、確認したいことがあったのだ。
ぐるりと見渡してシュリはへたり込んだ。からり、と。剣の柄が軽い音を立てる。
呆然と、呟くしか、なかった。
「…………無い」
血痕も、何も。
人の影も、気配も、ありはしなかった。
●
「シュリ・エルキンズを探している」
ハンターを集めたロシュ・フェイランドは、開口一番にそう言った。治療の成果か、負傷の影響はさほど大きくないのだろうか。心身ともに、以前と変わらぬように見える姿で、ハンターたちの前に立っている。
場所は、"歪虚対策会議"が所有する建物の会議室であった。別の部屋では、戦術研究や兵器開発のための試作など、慌ただしい気配が滲む中、ロシュは続けた。
「――遺憾ながら、数日前からシュリの動向がつかめない。今後の我々の"作戦"において、シュリは必要不可欠だ。しかし、我々自身も、そこに人手を差し向ける余裕はない。故に――」
探してくれ、と。ロシュは言ったのち、苛立たしげに舌打ちを零した後、皮肉げな表情でこう結んだ。
「……どのみち、私が行ったところで意味はないだろうしな。貴様らに頼むのが良いのだろうさ」
リプレイ本文
●
転移門に差し掛かった所で、ヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139)は視線を切った。口元から紫煙を吐き出した男は煙草を掴んだ手を掲げて、
「俺はこっちに残っておく」
と、短く告げた。
そこに横たわる配慮と諦観に、その"場"に同席していた龍華 狼(ka4940)は主に自分に向けられた言葉と感じ、「はい!」と応諾した。皮肉げに口元を歪めたヴォルフガングは背を向け、何処かへと歩き去った。
ジュード・エアハート(ka0410)は横目で一同を見渡した。ほんの数瞬で、悪戯っぽい笑みに変わる。
「そろそろ、覚悟はできたかな?」
その、視線の先には。
「……私も、か」
渋い顔をした、ロシュ。
「さっきも言ったけど、二人は戦友でしょ? こういう時こそ自分から歩み寄らないと、さ」
むっすり黙り込んでしまうあたり、まだまだ青い。
――それにシュリ君の痛みは俺達以上にロシュ君の方が解るかもしれないよ?
幼気な友情を指先でこねくり回している自覚はあるが、甲斐性だと割り切っておく。
同行者であるマーゴット(ka5022)と神城・錬(ka3822)の昏い表情には、さて、どうしたものか。とくに、錬はシュリの部屋を尋ねるとしていたがロシュすらも所在が解らないため、手持ち無沙汰だ。
「すみません、お待たせしました……!」
と。柏木 千春(ka3061)が駆け込んできたところで、全員が揃った。誰かに伝言があると駆けていったが、無事に出発には間に合ったらしい。
となれば、言うべきは一つだ。
「それじゃ、行こっか!」
●
――さて、と。
煙草の香りと味を心往くままに味わいながら、男は足を進める。
「……調べるには、ちィとばかし心許ねえが」
一つ、調べてやろうという腹積もりであった。
――或る日を境に忽然と村の誰も彼もが消えてしまいました、と。そんな事件があっても困るんだが……。
幸い"時間"はあるのだ。暇つぶしにはちょうど良いだろう。
●
「……足跡、か」
雪中を往く最中錬の視線の先には、降雪に覆われつつはあるが浅く沈み込んだ足跡があった。
狼はそれを見て振り返ると、ロシュに対してこう問うた。
「シュリさんで変わった事はありませんでしたか?」
「……塞ぎ込んではいた」
ふむ、と頷く狼。そこまでは正常な反応に見える。
――実際に会ってみないとわかんねぇな……。
全く、貧乏くじ続きだ。若干恨みの篭った眼差しになるのは否めない。
「……そういえばロシュさんにとってシュリさんはどういう存在なのですか?」
「………………」
「え、あ、そんなに深刻に考えなくてもいいですよ!?」
問いを重ねると、大事な金蔓候補の不興を買ったかと焦ることになった。それを慮ったか、快活なジュードの声が雪原に響く。
「あ、俺も聞きたいなぁ。いつシュリ君を知ったかとか、あの剣のこととか、さ」
ロシュは難しい顔をしていたが、すぐさま歩き出した。ハンターたちが追いかけると、前方から、声。
「知ったのは、騎士科に入ってすぐのことだ。平民が居る、とな」
「へぇ……」
その時、貴族意識の強いロシュがどう思ったかは、想像に難くない。
「剣については?」
「……」
少しばかり、葛藤が見えた。言うべきか、言わざるべきかと。
「父から聞いたことがあったよ。美しき碧なる剣、恐ろしき魔病の剣、とな」
「どういう、意味ですか?」
呟いた言葉に反応を示したのは、千春だ。
「…………」
しかし、少年はそれ以上を語らなかった。
●
たどり着いた村には、重い沈黙が横たわっていた。
「……不思議なものだ。無残に、見えてしまう」
「――」
錬の呟きに、千春は言葉を返せない。ただ、凛とした眼差しで村を見渡す。血の跡は無い。破壊の跡も、また。
それでもそこは、"終わり"の光景だった。
千春の横顔を見て、錬は言葉を呑んだ。後悔は、彼女と等しく――ともすればそれ以上にもある。
二度も、憎悪に囚われた。
その上で、己が過去を飲み込めず村人を護れなかった無力と、現状に至った後悔が錬を苛む。
――そういえば、どちらもシュリが居た時だったな。
錬がそんなことに思い至った時。
「動物の次は人間……目的は材料集め的な感じだったのかな。それに、あの茨も気になるけど」
「……足跡、此処にも残ってますね」
ぽつぽつと確認するように言うジュードに、狼が続いた。
――またキナくせぇ感じがするな。
惨劇の痕跡が此処まで無い、という収まりの悪い事実にそう思う。
「彼処が、終点みたいだね」
ジュードが周囲を見渡して指差した先に、避難所があった。
●
堅く閉じられた扉の前で、マーゴットは深く、息を吐く。
――いる。
そう、直観していた。だから、伸びる手を留める理由はなくて。
少女は、扉を開いた。
●
村の中では一等広い木造の建物は、その内部も整然としていた。
静まり返った屋内は、あの日と変わらぬまま、ここに逃れた人々だけがいない。
彼は、その中央に、居た。
「シュリ!」
少年を認めた瞬後、マーゴットはその名を呼んでいた。千春は小さく祈りを結ぶ。手にした花束が、かさりと揺れた。
ジュードはロシュの背を叩きながら微苦笑を浮かべる。ロシュは、呆然としていた。
狼は"お熱い"光景には目もくれず、金目のものと手がかりを求め視線を巡らせていた。
「心配したぞ、シュリ」
錬は目を細めて、少年の肩を叩く。
「皆さん…」
呆然とした様子で、憔悴しきったシュリはそう言った。それはひどく、掠れた声で。
だから。
「ロシュ君も心配してたから一緒に迎えにきちゃった」
「なっ……!?」
ジュードの冗談めかした言葉は、ある意味で救いだったかもしれない。
「積もる話は山ほどある。……一度、帰るぞ、シュリ」
錬の声に、シュリは鼻を鳴らした後、こう応えた。
「……は、い……」
●
「何も、食べて無かったんでしょう」
「ええ、でも……」
クッキーを手に気遣うマーゴットに対し、シュリは弱々しく首を振った。その姿をマーゴットは暫くの間見つめていた。
「……ごめんね」
自然と、言葉が出てきた。
「え……?」
「シュリを、傷つけた」
「……」
シュリの淡い瞳が、微かに逸れる。
少年の心に突き刺さった茨が、透けて見えるようだった。言葉が、溢れる。
「私は、奪うことしかできない。シュリを見て、そう思ったの」
手にした重い刀は、大気の影響で冷たい。それでもひどく――手に、馴染むのだ。"それ"は。
「護ろうとするシュリが――眩しくて。私に、手を差し伸べてくれる人たちがいるから……そう、なりたくて」
刀に、視線を落とす。
「護ろうと、思ったの。貴方が、大切だから」
「……っ」
真っ直ぐな言葉に、シュリの顔がくしゃりと歪んだ。
すれ違いは必然だった。大切なものだからこそ護りたいマーゴットと、手に届くもの全てを護りたいシュリ。
受け容れようとする心の動きに、痛みが反発する。
――護れなかったのは、誰だ?
ひりつく舌で、シュリはなんとか言葉にした。
「マーゴットさんは、悪くないです」
絞り出された言葉に、マーゴットは目を細めた。少年の痛みを、見通すように。
だから、彼女は。
「……シュリは、憎悪や殺意だけで剣を振るわないでね」
後悔と痛みを孕んだ、儚げな顔で、そう言った。
●
弔う千春を待って、一同は帰路についた。
「村を見捨てた裏切者が、今更……って、思いました?」
「い、え……きっと千春さんも、辛いはずですから……」
とぼとぼと歩くシュリに、千春が言うと、弱い反駁が返る。
裏切られたと、思ってはいけない、という自戒が滲む――優しい声だと、千春は思った。
――私を、慮っているんだね。
ほう、と息を吐いて。ゆっくりと、吸って。千春はこう言った。
「判っちゃったんです。もう、護れないって。……ずっと、模索していたから」
「護れ、ない……?」
「私に力があればなんて、今更言っても過去は戻らない。私を責める声は止まない。……当然ですよね。その声は、私自身の声だから」
「……でも、強ければ、護れたかもしれないって、考えてしまいます」
そう思ってしまうのも、解る。痛いほどに。だから、こう言い切った。
「けれど、過去は戻らないんです。護れなかったのなら……だから、次は、護らなきゃ」
「……」
「足りなくても、護れなくても。……だって、そうしないと何も、残らない」
●
「……どう?」
「茶化すな」
後方から微かに響く声を拾って小声で言うジュードに、ロシュは不快げに顔を顰めた。
けれど、その表情を見て、ジュードは内心で笑みを深めた。
あれは、呑み込んで、歩を進めるしかない類の痛みだ。"二人"とも、それは解っているのだろう。
「話さなくていいの?」
「……まだ、良い」
そんな言葉に、ジュードは釣り上がる頬を自覚しながら、ロシュの背を叩いたのだった。
●
千春とシュリの会話は、続いていた。
「これ以上の被害を防ぐためにも……なにか気付いていることがあれば、教えてくれませんか?」
「……一つ、ですが」
言葉を紡いだその口元は、微かに震えていた。
「あそこの村人は、生きてます。生きて、連れ去られたんです」
「どういうことだ?」
思わず振り返った錬の言葉に、シュリは俯いたまま、続けた。
「ハンスさんは殺された後に歪虚になっていました。けれどあの村で村人が殺された痕跡は無い。殺してから歪虚にして連れ去る時間はあって……その方が簡単だったのに」
「……」
錬がかつて経験した地獄にも勝る光景が、脳裏に過ぎり――その事を抱えて呆然としていたシュリの内奥が、錬にも良くわかった。
絶望と、後悔。答えのでない自問。それらに縛られて、身動きが取れなくなったシュリを、想う。
「……気にするな、とは俺には言えん。今でも、生き恥を晒す事を問うことがある。これ以上生きる事になんの意味があるのか、と」
「錬さん……」
ひたむきな錬の声が、雪原に広がる。
「だが、ここで自分が安易に逃げれば、俺の責で失われた命が本当に無駄になってしまう」
それは、嫌だと。男は告げた。
代償を心の火とした、決意の言葉であった。
「……無駄に、しないために。出来ることを、するしかない」
「――」
普段胸の裡を晒さぬ男の、言葉であった。
「出来る、ことを……」
それが自分を励ますためのものだということは、シュリにも良くわかった。だから。
「――ありがとうございます、錬さん」
それから、と。千春の方を見た。真っ直ぐに見つめ返してくる、千春の瞳を。
護れない、と言った千春を。自分と同じ痛みを抱いたのだろう、彼女を。
「……千春さん」
●
王都に帰り着いた一行を、意外な人物が出迎えた。
「ヴォルフガングさん……」
その口元には、随分と短くなった煙草が咥えられていた。シュリは複雑な表情でヴォルフガングを見つめていた。真っ直ぐな瞳を、男は静かに見つめ返す。
「……」
動かない少年を見て、ヴォルフガングは笑った。その瞳には痛苦と同時に、確かな熱があった。
ならば、それで十分だ。ヴォルフガングにとっては。
「――以前、王国北部の閉鎖された貴族の別荘に、子供たちが消えた事件があった。そこには、多量の獣と、人の歪虚が居たという」
故に、ヴォルフガングは調べてきた事を話す事にした
鱗や草花。茨や眼球。歪虚になったその体には、今回の一件と似た符丁があった。それに。
「シュリ。お前もその場に、いたな」
「……あの屋敷!」
シュリ自身も交戦経験がある。獣たちよりも人の姿をしていた敵が多かった為に忘れていたが――確かに、似ている。
「話は終わりだ。俺は帰るぜ」
思索するシュリを他所にヴォルフガングは背を向けた。七面倒臭い話まで踏み込むつもりは無い。
しかし。
「……ヴォルフガングさん!」
その背に、声が落ちた。振り返らずに進む男に向けて、言葉が届く。
「ありがとう、ございました。……貴方のおかげで、死なないで、すみました」
ヴォルフガングはそのまま、歩き去った。
●
たどり着いた次点で、依頼は、終わり――とは、ならなかった。
「あ! 居た! 千春ちゃーん!」
クレール・ディンセルフ(ka0586)が、駆けて来たのだ。
「ク、クレールさん……?!」
肩で息をした少女は、シュリと剣を交互に見ながら。
「お久しぶりです! 実は、調べていたんです。その、剣のこと」
研究者の方には会えなかったんですけど、と、少しばかり頬を染めた少女は――しかし、申し訳なさそうな表情で、続けた。
「とはいえ、あまり振るわなかったんですけど……碧剣の"特徴"を踏まえると、魔法鍛冶の方向性よりも旧い技術のようには見えるんですが……。同じような剣は見つからなくて。ただ、碧剣そのものの伝承と、今のその剣の状態は、食い違ってはいるのは間違いないんですが……」
友人の頼みなのに、"封印"方法の足がかりも、得られなかった。それは、未知の技術への興奮よりも勝るもので。謝意を込めた視線の先で、千春が頷いた。ギリギリまで頑張ってくれたであろう友人が、どういう心持ちでいるかはよく解った。
「……」
それを他所に、シュリは静かに、視線を落とし唇を噛んでいた。
ジュードはそれを目にして、言おうとしていたことを呑み込んだ。
(碧剣は、完全じゃない)
それと、それが意味することにシュリが"気づいている"。その上で、言わないことを択んでいるのだ、と。
そう、気づいたからだった。ならば、それを尊重しよう、と、配慮してのことだった。
●
「もう大丈夫ですか?」
別れ際。狼はシュリにそう言った。少し驚いた顔をしたシュリに、続ける。
「何か、見つかりましたか?」
「……はい」
つと、愛剣に視線を落としたシュリを見て、狼は"まだ"大丈夫そうだ、という判断をつける。
キナ臭い案件は、"此処"にもあるのだ。
「人によってはトラウマになってしまって戦えなくなってしまう方もいるみたいですから……」
「それは、大丈夫そう、です」
「なら、良かった」
なんとも、白々しいやり取りではあるが、表情だけは真摯なものを繕い、続ける。
帰り支度も済んだ。後はもう立ち去るだけ、となれば、聞くべきことだけ聞いておこう。
「あ、そうそう」
じ、と。シュリの瞳を覗き見る。
「シュリさん、まだ人間でいますか?」
「…………」
言葉に、シュリは先程よりも深く、驚きを抱いたようだった。少しだけ目を泳がせたシュリは、困ったように笑った。
「……心配、してくれているんですか?」
「まあ、そんなところです」
愛想よく笑い返しながら、狼は内心で三角を付けたのだった。
●
シュリの失踪は、ハンター達の働きによってあっさりと片がついた。
雪原に遺されたのは、廃れた村と痛みの記憶。
じきに雪解けが訪れるように、変容を迎えることだろう。
いずれ。新たなる形へと。
――碧剣はただ、目覚めの時を待つばかり。
転移門に差し掛かった所で、ヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139)は視線を切った。口元から紫煙を吐き出した男は煙草を掴んだ手を掲げて、
「俺はこっちに残っておく」
と、短く告げた。
そこに横たわる配慮と諦観に、その"場"に同席していた龍華 狼(ka4940)は主に自分に向けられた言葉と感じ、「はい!」と応諾した。皮肉げに口元を歪めたヴォルフガングは背を向け、何処かへと歩き去った。
ジュード・エアハート(ka0410)は横目で一同を見渡した。ほんの数瞬で、悪戯っぽい笑みに変わる。
「そろそろ、覚悟はできたかな?」
その、視線の先には。
「……私も、か」
渋い顔をした、ロシュ。
「さっきも言ったけど、二人は戦友でしょ? こういう時こそ自分から歩み寄らないと、さ」
むっすり黙り込んでしまうあたり、まだまだ青い。
――それにシュリ君の痛みは俺達以上にロシュ君の方が解るかもしれないよ?
幼気な友情を指先でこねくり回している自覚はあるが、甲斐性だと割り切っておく。
同行者であるマーゴット(ka5022)と神城・錬(ka3822)の昏い表情には、さて、どうしたものか。とくに、錬はシュリの部屋を尋ねるとしていたがロシュすらも所在が解らないため、手持ち無沙汰だ。
「すみません、お待たせしました……!」
と。柏木 千春(ka3061)が駆け込んできたところで、全員が揃った。誰かに伝言があると駆けていったが、無事に出発には間に合ったらしい。
となれば、言うべきは一つだ。
「それじゃ、行こっか!」
●
――さて、と。
煙草の香りと味を心往くままに味わいながら、男は足を進める。
「……調べるには、ちィとばかし心許ねえが」
一つ、調べてやろうという腹積もりであった。
――或る日を境に忽然と村の誰も彼もが消えてしまいました、と。そんな事件があっても困るんだが……。
幸い"時間"はあるのだ。暇つぶしにはちょうど良いだろう。
●
「……足跡、か」
雪中を往く最中錬の視線の先には、降雪に覆われつつはあるが浅く沈み込んだ足跡があった。
狼はそれを見て振り返ると、ロシュに対してこう問うた。
「シュリさんで変わった事はありませんでしたか?」
「……塞ぎ込んではいた」
ふむ、と頷く狼。そこまでは正常な反応に見える。
――実際に会ってみないとわかんねぇな……。
全く、貧乏くじ続きだ。若干恨みの篭った眼差しになるのは否めない。
「……そういえばロシュさんにとってシュリさんはどういう存在なのですか?」
「………………」
「え、あ、そんなに深刻に考えなくてもいいですよ!?」
問いを重ねると、大事な金蔓候補の不興を買ったかと焦ることになった。それを慮ったか、快活なジュードの声が雪原に響く。
「あ、俺も聞きたいなぁ。いつシュリ君を知ったかとか、あの剣のこととか、さ」
ロシュは難しい顔をしていたが、すぐさま歩き出した。ハンターたちが追いかけると、前方から、声。
「知ったのは、騎士科に入ってすぐのことだ。平民が居る、とな」
「へぇ……」
その時、貴族意識の強いロシュがどう思ったかは、想像に難くない。
「剣については?」
「……」
少しばかり、葛藤が見えた。言うべきか、言わざるべきかと。
「父から聞いたことがあったよ。美しき碧なる剣、恐ろしき魔病の剣、とな」
「どういう、意味ですか?」
呟いた言葉に反応を示したのは、千春だ。
「…………」
しかし、少年はそれ以上を語らなかった。
●
たどり着いた村には、重い沈黙が横たわっていた。
「……不思議なものだ。無残に、見えてしまう」
「――」
錬の呟きに、千春は言葉を返せない。ただ、凛とした眼差しで村を見渡す。血の跡は無い。破壊の跡も、また。
それでもそこは、"終わり"の光景だった。
千春の横顔を見て、錬は言葉を呑んだ。後悔は、彼女と等しく――ともすればそれ以上にもある。
二度も、憎悪に囚われた。
その上で、己が過去を飲み込めず村人を護れなかった無力と、現状に至った後悔が錬を苛む。
――そういえば、どちらもシュリが居た時だったな。
錬がそんなことに思い至った時。
「動物の次は人間……目的は材料集め的な感じだったのかな。それに、あの茨も気になるけど」
「……足跡、此処にも残ってますね」
ぽつぽつと確認するように言うジュードに、狼が続いた。
――またキナくせぇ感じがするな。
惨劇の痕跡が此処まで無い、という収まりの悪い事実にそう思う。
「彼処が、終点みたいだね」
ジュードが周囲を見渡して指差した先に、避難所があった。
●
堅く閉じられた扉の前で、マーゴットは深く、息を吐く。
――いる。
そう、直観していた。だから、伸びる手を留める理由はなくて。
少女は、扉を開いた。
●
村の中では一等広い木造の建物は、その内部も整然としていた。
静まり返った屋内は、あの日と変わらぬまま、ここに逃れた人々だけがいない。
彼は、その中央に、居た。
「シュリ!」
少年を認めた瞬後、マーゴットはその名を呼んでいた。千春は小さく祈りを結ぶ。手にした花束が、かさりと揺れた。
ジュードはロシュの背を叩きながら微苦笑を浮かべる。ロシュは、呆然としていた。
狼は"お熱い"光景には目もくれず、金目のものと手がかりを求め視線を巡らせていた。
「心配したぞ、シュリ」
錬は目を細めて、少年の肩を叩く。
「皆さん…」
呆然とした様子で、憔悴しきったシュリはそう言った。それはひどく、掠れた声で。
だから。
「ロシュ君も心配してたから一緒に迎えにきちゃった」
「なっ……!?」
ジュードの冗談めかした言葉は、ある意味で救いだったかもしれない。
「積もる話は山ほどある。……一度、帰るぞ、シュリ」
錬の声に、シュリは鼻を鳴らした後、こう応えた。
「……は、い……」
●
「何も、食べて無かったんでしょう」
「ええ、でも……」
クッキーを手に気遣うマーゴットに対し、シュリは弱々しく首を振った。その姿をマーゴットは暫くの間見つめていた。
「……ごめんね」
自然と、言葉が出てきた。
「え……?」
「シュリを、傷つけた」
「……」
シュリの淡い瞳が、微かに逸れる。
少年の心に突き刺さった茨が、透けて見えるようだった。言葉が、溢れる。
「私は、奪うことしかできない。シュリを見て、そう思ったの」
手にした重い刀は、大気の影響で冷たい。それでもひどく――手に、馴染むのだ。"それ"は。
「護ろうとするシュリが――眩しくて。私に、手を差し伸べてくれる人たちがいるから……そう、なりたくて」
刀に、視線を落とす。
「護ろうと、思ったの。貴方が、大切だから」
「……っ」
真っ直ぐな言葉に、シュリの顔がくしゃりと歪んだ。
すれ違いは必然だった。大切なものだからこそ護りたいマーゴットと、手に届くもの全てを護りたいシュリ。
受け容れようとする心の動きに、痛みが反発する。
――護れなかったのは、誰だ?
ひりつく舌で、シュリはなんとか言葉にした。
「マーゴットさんは、悪くないです」
絞り出された言葉に、マーゴットは目を細めた。少年の痛みを、見通すように。
だから、彼女は。
「……シュリは、憎悪や殺意だけで剣を振るわないでね」
後悔と痛みを孕んだ、儚げな顔で、そう言った。
●
弔う千春を待って、一同は帰路についた。
「村を見捨てた裏切者が、今更……って、思いました?」
「い、え……きっと千春さんも、辛いはずですから……」
とぼとぼと歩くシュリに、千春が言うと、弱い反駁が返る。
裏切られたと、思ってはいけない、という自戒が滲む――優しい声だと、千春は思った。
――私を、慮っているんだね。
ほう、と息を吐いて。ゆっくりと、吸って。千春はこう言った。
「判っちゃったんです。もう、護れないって。……ずっと、模索していたから」
「護れ、ない……?」
「私に力があればなんて、今更言っても過去は戻らない。私を責める声は止まない。……当然ですよね。その声は、私自身の声だから」
「……でも、強ければ、護れたかもしれないって、考えてしまいます」
そう思ってしまうのも、解る。痛いほどに。だから、こう言い切った。
「けれど、過去は戻らないんです。護れなかったのなら……だから、次は、護らなきゃ」
「……」
「足りなくても、護れなくても。……だって、そうしないと何も、残らない」
●
「……どう?」
「茶化すな」
後方から微かに響く声を拾って小声で言うジュードに、ロシュは不快げに顔を顰めた。
けれど、その表情を見て、ジュードは内心で笑みを深めた。
あれは、呑み込んで、歩を進めるしかない類の痛みだ。"二人"とも、それは解っているのだろう。
「話さなくていいの?」
「……まだ、良い」
そんな言葉に、ジュードは釣り上がる頬を自覚しながら、ロシュの背を叩いたのだった。
●
千春とシュリの会話は、続いていた。
「これ以上の被害を防ぐためにも……なにか気付いていることがあれば、教えてくれませんか?」
「……一つ、ですが」
言葉を紡いだその口元は、微かに震えていた。
「あそこの村人は、生きてます。生きて、連れ去られたんです」
「どういうことだ?」
思わず振り返った錬の言葉に、シュリは俯いたまま、続けた。
「ハンスさんは殺された後に歪虚になっていました。けれどあの村で村人が殺された痕跡は無い。殺してから歪虚にして連れ去る時間はあって……その方が簡単だったのに」
「……」
錬がかつて経験した地獄にも勝る光景が、脳裏に過ぎり――その事を抱えて呆然としていたシュリの内奥が、錬にも良くわかった。
絶望と、後悔。答えのでない自問。それらに縛られて、身動きが取れなくなったシュリを、想う。
「……気にするな、とは俺には言えん。今でも、生き恥を晒す事を問うことがある。これ以上生きる事になんの意味があるのか、と」
「錬さん……」
ひたむきな錬の声が、雪原に広がる。
「だが、ここで自分が安易に逃げれば、俺の責で失われた命が本当に無駄になってしまう」
それは、嫌だと。男は告げた。
代償を心の火とした、決意の言葉であった。
「……無駄に、しないために。出来ることを、するしかない」
「――」
普段胸の裡を晒さぬ男の、言葉であった。
「出来る、ことを……」
それが自分を励ますためのものだということは、シュリにも良くわかった。だから。
「――ありがとうございます、錬さん」
それから、と。千春の方を見た。真っ直ぐに見つめ返してくる、千春の瞳を。
護れない、と言った千春を。自分と同じ痛みを抱いたのだろう、彼女を。
「……千春さん」
●
王都に帰り着いた一行を、意外な人物が出迎えた。
「ヴォルフガングさん……」
その口元には、随分と短くなった煙草が咥えられていた。シュリは複雑な表情でヴォルフガングを見つめていた。真っ直ぐな瞳を、男は静かに見つめ返す。
「……」
動かない少年を見て、ヴォルフガングは笑った。その瞳には痛苦と同時に、確かな熱があった。
ならば、それで十分だ。ヴォルフガングにとっては。
「――以前、王国北部の閉鎖された貴族の別荘に、子供たちが消えた事件があった。そこには、多量の獣と、人の歪虚が居たという」
故に、ヴォルフガングは調べてきた事を話す事にした
鱗や草花。茨や眼球。歪虚になったその体には、今回の一件と似た符丁があった。それに。
「シュリ。お前もその場に、いたな」
「……あの屋敷!」
シュリ自身も交戦経験がある。獣たちよりも人の姿をしていた敵が多かった為に忘れていたが――確かに、似ている。
「話は終わりだ。俺は帰るぜ」
思索するシュリを他所にヴォルフガングは背を向けた。七面倒臭い話まで踏み込むつもりは無い。
しかし。
「……ヴォルフガングさん!」
その背に、声が落ちた。振り返らずに進む男に向けて、言葉が届く。
「ありがとう、ございました。……貴方のおかげで、死なないで、すみました」
ヴォルフガングはそのまま、歩き去った。
●
たどり着いた次点で、依頼は、終わり――とは、ならなかった。
「あ! 居た! 千春ちゃーん!」
クレール・ディンセルフ(ka0586)が、駆けて来たのだ。
「ク、クレールさん……?!」
肩で息をした少女は、シュリと剣を交互に見ながら。
「お久しぶりです! 実は、調べていたんです。その、剣のこと」
研究者の方には会えなかったんですけど、と、少しばかり頬を染めた少女は――しかし、申し訳なさそうな表情で、続けた。
「とはいえ、あまり振るわなかったんですけど……碧剣の"特徴"を踏まえると、魔法鍛冶の方向性よりも旧い技術のようには見えるんですが……。同じような剣は見つからなくて。ただ、碧剣そのものの伝承と、今のその剣の状態は、食い違ってはいるのは間違いないんですが……」
友人の頼みなのに、"封印"方法の足がかりも、得られなかった。それは、未知の技術への興奮よりも勝るもので。謝意を込めた視線の先で、千春が頷いた。ギリギリまで頑張ってくれたであろう友人が、どういう心持ちでいるかはよく解った。
「……」
それを他所に、シュリは静かに、視線を落とし唇を噛んでいた。
ジュードはそれを目にして、言おうとしていたことを呑み込んだ。
(碧剣は、完全じゃない)
それと、それが意味することにシュリが"気づいている"。その上で、言わないことを択んでいるのだ、と。
そう、気づいたからだった。ならば、それを尊重しよう、と、配慮してのことだった。
●
「もう大丈夫ですか?」
別れ際。狼はシュリにそう言った。少し驚いた顔をしたシュリに、続ける。
「何か、見つかりましたか?」
「……はい」
つと、愛剣に視線を落としたシュリを見て、狼は"まだ"大丈夫そうだ、という判断をつける。
キナ臭い案件は、"此処"にもあるのだ。
「人によってはトラウマになってしまって戦えなくなってしまう方もいるみたいですから……」
「それは、大丈夫そう、です」
「なら、良かった」
なんとも、白々しいやり取りではあるが、表情だけは真摯なものを繕い、続ける。
帰り支度も済んだ。後はもう立ち去るだけ、となれば、聞くべきことだけ聞いておこう。
「あ、そうそう」
じ、と。シュリの瞳を覗き見る。
「シュリさん、まだ人間でいますか?」
「…………」
言葉に、シュリは先程よりも深く、驚きを抱いたようだった。少しだけ目を泳がせたシュリは、困ったように笑った。
「……心配、してくれているんですか?」
「まあ、そんなところです」
愛想よく笑い返しながら、狼は内心で三角を付けたのだった。
●
シュリの失踪は、ハンター達の働きによってあっさりと片がついた。
雪原に遺されたのは、廃れた村と痛みの記憶。
じきに雪解けが訪れるように、変容を迎えることだろう。
いずれ。新たなる形へと。
――碧剣はただ、目覚めの時を待つばかり。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
- クレール・ディンセルフ(ka0586)
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/05/17 18:37:57 |
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相談卓 柏木 千春(ka3061) 人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2017/05/18 22:07:10 |