ゲスト
(ka0000)
聖導士学校――精霊と花粉の季節
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/05/21 19:00
- 完成日
- 2017/05/27 13:42
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
小柄な人影が満身創痍で立ち上がる。
何度防いでも敵の数は減らず、今もまた津波の如く押し寄せる。
我が身を削って浄化の力を展開。
負の気配が次々に燃え上がり密度が薄くなる。
しかし元の数が多すぎる。生き残りが細い足までたどり着き、存在する力がごっそりえぐり取られた。
朦朧とする意識の中、この数十年感じなかった気配を強く感じた。
純粋な祈りで育まれた、素晴らしく質のよい正マテリアル。
それが丘の上で渦巻き、彼あるいは彼女の背中を支えて意識が戻るまでの時間を稼いだ。
『っ』
無音の叫び。
丘を覆おうとしていた負の気配が大きく押し退けられ、丘の裾まで下がって停滞する。
人影が片膝をつき、自身の肩を細い手で抱いた。
●建前と現実
「そこから北へ5メートルお願いー」
「わかったー」
小さな車輪がころころと回り、白い粉が落ちて直線を形作る。
「停止ー」
「誰か分度器持って来てよ」
「テキトーじゃダメ?」
「合格しないと助祭位への推薦もらえないでしょっ」
白い線が延び複雑な紋様が出来ていく。
整地された場所に描かれていたなら、壮麗な儀式場に見えたかもしれない。
実際は魔導トラックのわだちや弾痕まである演習場なので少々どころでなく殺風景だ。
しかも学校を囲む形で数十の図形が描かれているので、かなり不気味な光景になってしまっていた。
「司祭様、あれには何か効果があるのでしょうか?」
前年度主席であり、現在幹部付き助祭として出世街道邁進中の助祭(13)が、思わず本音を口にしてしまった。
しまったと後悔してももう遅い。
極力なんでもないふりをして、執務室で書き物をしているイコニア・カーナボン(kz0040)をそっと見た。
「少し待って下さいね」
イコニアはペンを動かす手を止めた。
ポケットから飴玉を取り出し、文鎮のふりをしているパルム誘導し両手で抱き上げる。
「簡易の浄化儀式です。ピュリフィケーションの原型の1つですよ。効果は数百倍違いますけど」
もちろん、効果が高いのはピュリフィケーションである。
「え、あの」
助祭が激しく瞬きをする。
普段被っている猫が外れかけていた。
「私は、精霊に感謝を捧げ祝福を得るための儀式と習いました。本当に効果が、その、皆無に近いのでしょうか?」
イコニアは、寄ってきた野良パルムに自分の分の飴を渡してから息を吐く。
「はい。ほとんどありません」
ばいばーい、と手を振る。
定住パルムが野良パルムと交代し、元気よく執務室から駆けだし学校周辺の図形を目指す。
「いえ、しかし、精霊様ですよ?」
優れた素質を持った上で自覚し、上を目指す強い野心の持ち主とはいえまだ10代前半。
素朴な信仰心も強く持っていた。
「気持ちは分かります。私も最初は戸惑いました」
ペンの動きを再開する。
美辞麗句をちりばめた貴族宛の厭みを書き連ねながら、懐かしいものを見る目を助祭に向ける。
「精霊は崇めれば御利益があるような都合の良い相手じゃありません。格が高くなるほど、人間とは意識も規模もかけ離れていく存在です」
「ですが、司祭様は実際に精霊と」
「お世話になっている分お世話しているだけですよ。私、ハンターオフィスにある神霊樹の分樹にお世話になりっぱなしですし」
パルムが収集・集積した膨大な情報を、依頼にも司祭としての仕事にも徹底的に役立てている。
だから自分の収入や時間の一部をパルム達に使っている。
信仰心では無くギブアンドテイクの信条で行動しているだけだ。
「しかしっ」
我々が崇めているのは大精霊エクラではないのか。
激情を秘めた瞳がイコニアを凝視する。
書き終え、中身を確認し、机の上に置いてから己の部下に向き直る。
その緑の瞳は驚くほど静かで、熱く燃える瞳がそのまま本人を見返していた。
●精霊と花粉の季節
ふぇくちゅん!
可愛らしいくしゃみの音が、ここ数日延々聞こえている。
よりにもよって医者と聖導士を育てる学校でだ。
本職の医者と看護婦が威信にかけて治療と原因調査を行い、今日ようやくその原因が特定された。
「花粉が歪虚?」
イコニアが勢いよく立ち上がって机で足を打った。
「書き損じた紋様がある場所からのみ花粉が入り込んでいます」
頼りがいのある体格の看護婦が事実のみを口にした。
「参りましたね」
メイスで殴って倒せる相手ではなさそうだ。
火をつけて燃やすか範囲攻撃術で吹き飛ばすか、あるいは……。
「学校周辺を一度浄化しておきます。多分2、3日動けなくなりますので貴族方の見送りはお願いします」
数分後。
局所的な突風が学校を巻き込み吹き荒れて、生徒が描いた図形全てが姿を消した。
『っ』
丘の上。
うたた寝からから飛び起きる。
かつて、記憶が風化して消えるほどの昔、生け贄として捧げられた少女の気配を感じた気がした。
北にいるその気配は酷く弱っていて、なのにかつての少女とは比べものにならないほどしぶとい。
なんでまだ死んでいないのか全く分からない。
というよりあれは本当に少女で人間なのだろうか。
ちょっと前に来た人間達も本当に人間か疑問に思うレベルで強かったし。
『……』
四大が人類を助けると決めた以上、我が身を使い潰すのに躊躇いはない。
ただ、人間か人間で無いか分からないのはすごく困る。
それは悩みながら南を見る。
水気が多い盆地から、大小無数の汚れた木が生え、多すぎる量の花粉を大気にばらまいている。
大きな風が吹けば邪悪な花粉がこちらに殺到し、今度こそ滅ぼされてしまうかもしれない。
●ハンターオフィス
はくしょん!
マスクをつけた少女司祭が、ハンカチで鼻をかみ始めた。
「どーもー、ご依頼ですかー?」
「あい」
鼻声で非常に聞き取りづらい。
自称美少女オフィス職員は、大変ですねと気楽に相づちを打ちながら依頼内容を聞き取っていく。
「いつも通りの臨時教師と、地域内の歪虚討伐自由に、地鎮祭、ですか?」
イコニアは詳しく説明しようとして、強い頭痛を感じてカウンターにもたれかかる。
「確認させてください。学校と学校周辺で、害にならないなら何をしてもしなくてもいいのですよね? こっそりスパイ雇ったり政治工作したり軍事演習したりとか」
「なんへもはないへふ(何でもじゃないです)」
涙目で抗議しても説得力と勢いがない。
「はいはい、そこら辺は適当にするってことで。で、要するにこれ、現地の精霊を鎮めるとか封印するとかのアレですよね。王国様式以外で建ててもいいんですか?」
イコニアがマスク越しに説明する。ハンターの手で建てるなら学校が資材を用意するし、設計図だけ渡して問題ないそうだ。
精霊の機嫌を損ねなず、できれば良い感じに接待して欲しいらしい。
「じゃあ今回もユニットの使用許可出しておきますね。お大事にー」
職員に見送られ、イコニアは這うようにして王国へ戻っていった。
何度防いでも敵の数は減らず、今もまた津波の如く押し寄せる。
我が身を削って浄化の力を展開。
負の気配が次々に燃え上がり密度が薄くなる。
しかし元の数が多すぎる。生き残りが細い足までたどり着き、存在する力がごっそりえぐり取られた。
朦朧とする意識の中、この数十年感じなかった気配を強く感じた。
純粋な祈りで育まれた、素晴らしく質のよい正マテリアル。
それが丘の上で渦巻き、彼あるいは彼女の背中を支えて意識が戻るまでの時間を稼いだ。
『っ』
無音の叫び。
丘を覆おうとしていた負の気配が大きく押し退けられ、丘の裾まで下がって停滞する。
人影が片膝をつき、自身の肩を細い手で抱いた。
●建前と現実
「そこから北へ5メートルお願いー」
「わかったー」
小さな車輪がころころと回り、白い粉が落ちて直線を形作る。
「停止ー」
「誰か分度器持って来てよ」
「テキトーじゃダメ?」
「合格しないと助祭位への推薦もらえないでしょっ」
白い線が延び複雑な紋様が出来ていく。
整地された場所に描かれていたなら、壮麗な儀式場に見えたかもしれない。
実際は魔導トラックのわだちや弾痕まである演習場なので少々どころでなく殺風景だ。
しかも学校を囲む形で数十の図形が描かれているので、かなり不気味な光景になってしまっていた。
「司祭様、あれには何か効果があるのでしょうか?」
前年度主席であり、現在幹部付き助祭として出世街道邁進中の助祭(13)が、思わず本音を口にしてしまった。
しまったと後悔してももう遅い。
極力なんでもないふりをして、執務室で書き物をしているイコニア・カーナボン(kz0040)をそっと見た。
「少し待って下さいね」
イコニアはペンを動かす手を止めた。
ポケットから飴玉を取り出し、文鎮のふりをしているパルム誘導し両手で抱き上げる。
「簡易の浄化儀式です。ピュリフィケーションの原型の1つですよ。効果は数百倍違いますけど」
もちろん、効果が高いのはピュリフィケーションである。
「え、あの」
助祭が激しく瞬きをする。
普段被っている猫が外れかけていた。
「私は、精霊に感謝を捧げ祝福を得るための儀式と習いました。本当に効果が、その、皆無に近いのでしょうか?」
イコニアは、寄ってきた野良パルムに自分の分の飴を渡してから息を吐く。
「はい。ほとんどありません」
ばいばーい、と手を振る。
定住パルムが野良パルムと交代し、元気よく執務室から駆けだし学校周辺の図形を目指す。
「いえ、しかし、精霊様ですよ?」
優れた素質を持った上で自覚し、上を目指す強い野心の持ち主とはいえまだ10代前半。
素朴な信仰心も強く持っていた。
「気持ちは分かります。私も最初は戸惑いました」
ペンの動きを再開する。
美辞麗句をちりばめた貴族宛の厭みを書き連ねながら、懐かしいものを見る目を助祭に向ける。
「精霊は崇めれば御利益があるような都合の良い相手じゃありません。格が高くなるほど、人間とは意識も規模もかけ離れていく存在です」
「ですが、司祭様は実際に精霊と」
「お世話になっている分お世話しているだけですよ。私、ハンターオフィスにある神霊樹の分樹にお世話になりっぱなしですし」
パルムが収集・集積した膨大な情報を、依頼にも司祭としての仕事にも徹底的に役立てている。
だから自分の収入や時間の一部をパルム達に使っている。
信仰心では無くギブアンドテイクの信条で行動しているだけだ。
「しかしっ」
我々が崇めているのは大精霊エクラではないのか。
激情を秘めた瞳がイコニアを凝視する。
書き終え、中身を確認し、机の上に置いてから己の部下に向き直る。
その緑の瞳は驚くほど静かで、熱く燃える瞳がそのまま本人を見返していた。
●精霊と花粉の季節
ふぇくちゅん!
可愛らしいくしゃみの音が、ここ数日延々聞こえている。
よりにもよって医者と聖導士を育てる学校でだ。
本職の医者と看護婦が威信にかけて治療と原因調査を行い、今日ようやくその原因が特定された。
「花粉が歪虚?」
イコニアが勢いよく立ち上がって机で足を打った。
「書き損じた紋様がある場所からのみ花粉が入り込んでいます」
頼りがいのある体格の看護婦が事実のみを口にした。
「参りましたね」
メイスで殴って倒せる相手ではなさそうだ。
火をつけて燃やすか範囲攻撃術で吹き飛ばすか、あるいは……。
「学校周辺を一度浄化しておきます。多分2、3日動けなくなりますので貴族方の見送りはお願いします」
数分後。
局所的な突風が学校を巻き込み吹き荒れて、生徒が描いた図形全てが姿を消した。
『っ』
丘の上。
うたた寝からから飛び起きる。
かつて、記憶が風化して消えるほどの昔、生け贄として捧げられた少女の気配を感じた気がした。
北にいるその気配は酷く弱っていて、なのにかつての少女とは比べものにならないほどしぶとい。
なんでまだ死んでいないのか全く分からない。
というよりあれは本当に少女で人間なのだろうか。
ちょっと前に来た人間達も本当に人間か疑問に思うレベルで強かったし。
『……』
四大が人類を助けると決めた以上、我が身を使い潰すのに躊躇いはない。
ただ、人間か人間で無いか分からないのはすごく困る。
それは悩みながら南を見る。
水気が多い盆地から、大小無数の汚れた木が生え、多すぎる量の花粉を大気にばらまいている。
大きな風が吹けば邪悪な花粉がこちらに殺到し、今度こそ滅ぼされてしまうかもしれない。
●ハンターオフィス
はくしょん!
マスクをつけた少女司祭が、ハンカチで鼻をかみ始めた。
「どーもー、ご依頼ですかー?」
「あい」
鼻声で非常に聞き取りづらい。
自称美少女オフィス職員は、大変ですねと気楽に相づちを打ちながら依頼内容を聞き取っていく。
「いつも通りの臨時教師と、地域内の歪虚討伐自由に、地鎮祭、ですか?」
イコニアは詳しく説明しようとして、強い頭痛を感じてカウンターにもたれかかる。
「確認させてください。学校と学校周辺で、害にならないなら何をしてもしなくてもいいのですよね? こっそりスパイ雇ったり政治工作したり軍事演習したりとか」
「なんへもはないへふ(何でもじゃないです)」
涙目で抗議しても説得力と勢いがない。
「はいはい、そこら辺は適当にするってことで。で、要するにこれ、現地の精霊を鎮めるとか封印するとかのアレですよね。王国様式以外で建ててもいいんですか?」
イコニアがマスク越しに説明する。ハンターの手で建てるなら学校が資材を用意するし、設計図だけ渡して問題ないそうだ。
精霊の機嫌を損ねなず、できれば良い感じに接待して欲しいらしい。
「じゃあ今回もユニットの使用許可出しておきますね。お大事にー」
職員に見送られ、イコニアは這うようにして王国へ戻っていった。
リプレイ本文
●兄貴
「父さん質問です!」
自然な口調過ぎて、数秒間誰も違和感に気づけなかった。
「あ」
女性徒が口を開いたまま固まる。
喉から額にかけて見る見る赤くなって視線が泳ぎ出す。
「エリザベスの奴言い間違えたぜー」
上級生の男子がはやし立てる。
それでも彼女は、真っ直ぐに前を見て最後まで言い切った。
「教官みたいに回避を優先した方がいいのでしょうか」
「時と場合による」
ヴァイス(ka0364)は浮つく空気には迎合せず、誠実に女性徒と向き合っている。
己の体力、使える物資、戦場の状況、その他多数の要素について分かり易く述べていく。
「全部考慮に入れて選ぶしかない。間違いを選んだら良くてくたばる。悪けりゃ隣の戦友を巻き込む訳だ」
実感の籠もった言葉には圧倒的な説得力がある。
いつの間にか野外授業の場が静まり返っていた。
「しかし安心したぜ。体力が有り余っているようだな」
ヴァイスが口角をつり上げる。
はやし立てていた連中の目を覗き混むと、悪ガキ共がぶるりと震えた。
「まあ、なんだ……死にはしないだろうから頑張れよ、皆」
地獄の撤退演習が始まる直前の光景であった。
●撤退演習
「そんじゃ始めっか」
歪虚役を示す鉢巻きを締め、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が魔導バイクのアクセルを少しだけ踏んだ。
徒歩と変わらぬ速度なのに威圧感は凄まじい。
これでも十分抑えている。
ボルディアはCAMサイズの歪虚を単身殴り殺せる覚醒者なのだ。
本気の殺気を出すと子供が動けず演習が成立しない。
「あん?」
容赦の無いライフル弾が出迎える。
正面と斜め左右から連携攻撃であり、鍛えた軍人でも戦死間違いなしの攻撃だった。
だがここにいるのはハンターだ。
ボルディアは進行方向を20度変えるだけで左からの弾を回避。
特大ラウンドシールドを軽々振り回して残りの弾をたたき落とした。
「これまで何を学んできやがった」
わずかに増速。
わざと回避を雑にして、武者甲冑に被弾しながら平然と前に出る。
「足止めもしねぇ。退路の確保も無し。美味い飯を食って学んだのは無駄死にの仕方だけか、えぇ!」
槍をくるりと回し穂先では無く石突きで軽く撫でる。
ただの革鎧ではボルディアの打撃を防ぎきれる訳が無く、3人とも悶絶してその場に崩れ落ちた。
「逃げて!」
生き残りの生徒が2手に別れる。
負傷者役を抱えた者が半数、分厚い全身鎧を先頭に防ぐ構えなのが半数。
一斉攻撃の後即散って逃げるつもりらしいが、本人達は隠しているつもりでもボルディアの目からは見え見えだ。
こいつの出来は悪くはない。一度潰して覚えさせるか。
ボルディアが後ろ手にハンドサイン。
100メートルほど離れた場所で、これまで距離を保ってこっそり付いてきたイェジドが機嫌よさげに咆哮した。
生徒の動きが乱れる。
全身鎧が声を枯らして叱咤しなんとか立て直すが、貴重な時間的余裕が失われていた。
鎧を鳴らして跳ぶ。
生徒に見える速度まで落とした槍が、鎧の表面を削って火花を散らした。
「今のはノーダメージ判定な」
ボルディアは全く息を乱していない。
生徒達は重装備による体力消耗とそれ以上の精神圧迫で大量の汗をかいている。
「作戦、2番!」
斜め左右からの槍投げ。
ボルディアの盾が防いだ瞬間、全身鎧が大重量メイスを振り下ろす。
空ぶったが注意を引きつける効果はあり、槍を消費した2人が逃げるための時間を確保できた。
「後は1人でも多く逃げっ」
舌が動かない。殺気。どこから。左!
盾で受けようとしても盾は右手にあるので間に合わない。
ならば躱そうと足に力を込めるより早く、鏃の代わりにスポンジがついた矢が脇の装甲を凹ませていた。
「で」
1分もかからず全滅した生徒達へ、ヴァイスは優しくはあっても甘くない目を向けている。
速度を活かして側面に回り込み、弓の射程を活かした攻撃をしかけるだけでこの結果だ。
精神的な衝撃を受けていないようなら困るし、衝撃を受けただけで終わるのはもってのほかだ。
「休憩と反省と改善は10分で済ませろ。次の負傷者はエリザベス、いや脱がないでいい、そのままでだ」
ひゃい。
引き攣った顔で返事をし、生徒達が大慌てで動き始めた。
銃声。
雄叫び。
打撃音に銃声。
都合4度の試行錯誤を経て、ボルディアに出血させることにようやく成功する。
「やった!」
「僕ら、やったんだ!」
笑顔で引き金を引き続ける様は絵的には拙い。しかし戦士としては正解だ。
攻撃しながらちょっとずつ下がるのには高評価しても問題ない。
装甲を伝わり血が流れる。
血に留まるマテリアルが赤く燃え上がり、傷口を燃やして新生させる。
いつの間にか血の匂いは消え、ボルディアは最初の演習開始時と変わらず前進を継続した。
「そん、な」
「これで効かないならどうすれば」
新入生の手から小ぶりなメイスが滑り落ちた。
「攻撃が通用しない。じゃあ成す術は何もなしか?」
弾を盾で受ける。
正面から近寄って槍の柄で打つ。
「甘ったれてンじゃねぇ! テメェ等が諦めたら怪我人は死ぬんだよ。できねぇなんて泣き言言ってる暇があったら頭を使え! ほら今乱暴に扱われて1人死んだぞ!」
俵担ぎ状態で、なんとか皆を誘導しようとしていた全身鎧が肩を落とした。
そして日が暮れた。
走り足り無い様子の【グレン】から降り、ヴァイスが手を打って演習終了を告げる。
「皆、お疲れ様だ。よく頑張ったな。最後の2回の意思疎通は良かった。その感じを忘れるなよ」
歪虚が予想外の動きをしても、打ち合わせ抜きで対応できて初めて及第点である。
嫌がらせではない。ハンターは日常的にしていることだ。
「まだ元気がある奴は……グレンに乗るか?」
鎧がこすれる音が響く。
鎧少女エリザベスが、根性で震えるで挙手をした。
●学校の風景
「難しいな」
演習内容を検討し、その前に向かった丘の情景を思いだし、ロニ・カルディス(ka0551)はそう結論した。
上級生単独での戦闘能力は駆け出しハンターと同程度。
しかし判断力は及ばないし強力な武器防具も馬も持っていない。
未知の歪虚まで現れる場所に連れて行くなら、ハンター5、6人以上の護衛が欲しい。
「イコちゃん頑張って。ノルマまで後ちょっとだよ」
生徒からは見えない場所で、見慣れた顔が死にそうな顔で跪いている。
イコニアと校長、即ち学校のナンバー2(司祭)とナンバー1(司教)であった。
ふんにゅ。
奇妙なかけ声で立ち上がろうとするイコニアに、ロニがそっと声をかける。
「元細作の件で聞きたいことがある。だがその前に一度医者に診てもらってはどうだ」
ドクターストップがかかる気がする。
「ふはは、情けないなイコニアく」
いきなり自分の口を押さえて吐き気をこらえる司教。
イコニア以外の部下が見れば、幻滅の結果職場に亀裂が生じそうな光景だった。
「ねえ2人とも。戦闘訓練では普通に動けてたよね?」
「慣れ、だな」
「マテリアルで身体能力を強化しているという説が有力です。学者さんに対面で相談すると実験台コースなので詳しい話までは知らないですけど」
「うんまあイコちゃんは足り無い体力を加護とかで補ってるタイプだよね。騎乗訓練いける? 二十四郎ー」
イェジドがのそりと起き上がり、汗臭い司祭を見てうんざりした顔になる。
宵待 サクラ(ka5561)がなだめ、酷い顔色のイコニアがふらふらしながら立ち上がってその背に乗る。
疲れ果てて動きが鈍いのに、姿勢も動きも奇妙なほどしっくりきていた。
「乗馬経験、ううん騎乗戦闘訓練受けてる?」
「子供の頃から憧れてましたので、健康になった後は相当がんばりましたよー」
【二十四郎】の足取りが軽い。
イコニアが予想外に邪魔にならない。
先取りした体重移動と漏れ出るマテリアルも実によい感じだ。
「派閥入りした後は何故か馬と引き離されたのですよね」
「単身で歪虚の巣に突っ込もうとしたからだろう。って逃げるな!」
「二十四郎ー」
「戻らないでくださーい、南へ、南へ行って雑魔を削るんですー」
ロニは肩をすくめ、会合の準備のため学校に向かった。
「1晩ふやかしてすりつぶすだけだから作るのは簡単なんだよ? 美味しくするのがちょっと難しいだけで」
「昨日よりは美味いが」
「喉からお芋が溢れちゃう」
トレーナーと聖職者ご一行の席に、ただの用務員ということになっている人間が無理連れてこられた。
「や。元気そうで何より」
「帰っていいですか」
サクラの笑顔と、ストレスから来る胃の痛みに耐える引きつり顔が対照的だった。
「記憶喪失なら、いろんな経験すると記憶が戻るかもしれないと思うんだ。秘書役しない? 先生も仕事が捗って貴方もリハビリになって一石二鳥だよね」
「もうやだこの人。外套と短剣な世界からフェードアウトさせてくださいよぉ」
地域限定とはいえ、長期間猛威を振るってきた細作のマジ泣きである。
「秘書の件については次回に回すとして」
回すの!? と動揺する元細作。
司教の倍をぺろりと食べ終え口元を拭くロニ。
「防諜について意見を聞きたい。貴族の子弟を今度も受け入れる以上、生徒の個人情報の防衛は最低限必要だ。あるなら学校運営に関わる機密もな」
「機密ってありましたっけ?」
「広めてまずい知識は全て頭の中だ」
「だから事務仕事が苦手なんだよ校長先生。渡せるものは渡して人をうまく使わないと」
物理的にも社会的にも強者である4人を前に、あの日誘いに乗ったことをちょっと後悔してしまう。
ロニの視線に気づきいて元細作が意識を切り替えた。
「戸締まりと声かけの徹底が最強の防壁です」
「そんなものか?」
「はい。中央の……中央にいるはずの化け物連中ならともかく、覚醒者でもない細作ならそんなものです」
自分の分の料理に口をつける。
簡素でも素材が良いので実に美味い。
「良好な人間関係も強敵ですよ。連携が違いますから。ええ、全部伝聞ですが」
この翌日から、挨拶と戸締まりが徹底して励行されることになった。
●南方遠征
「むいふぉおはえりを(無事のお帰りを)」
イコニアの鼻から濁った汁が垂れそうになる。
慌ててハンカチで押さえようとするが、頭が半ば朦朧としているためうまくいかない。
結局ソナ(ka1352)が校舎から出てきて、法術陣っぽい刺繍が入ったマスクをつけさせなんとか安定させた。
「お大事にしてください。花粉症も症状が重くなると熱が出たりしますから」
エルバッハ・リオン(ka2434)は用心する様重ねて伝え、ソナの黙礼して後を任せる。
「では、これから未探索地域の探索に行ってきます」
自前の魔導トラックに乗り込みエンジンを起動する。
晴れ晴れとして良い天気だ。
強めの南風が気持ちいい。
ふぁっくしょん。
教師も生徒も花粉の影響を受けておらず、ただ1人イコニアだけが重症だった。
「今回の探索では自前の魔導トラックを使用できますから、今回は未探索地域の奥深くまで行けそうです。それに」
荷台をちらりと見る。
農業のプロが短時間ででっち上げた、ある秘密兵器がそこに鎮座していた。
そして2日後。
トラックは荒野のど真ん中に停車していた。
夜明前にエルバッハが目を覚ます。
荷台に取り付けたベッドから起き上がる。
PDAの微か明かりを頼りに身支度を調え、軽い食事を済ませてから車外へ。
枯れ草が絶妙に仕込まれたネットを外して片付け、ゆっくりと加速し不毛の大地を南下する。
ちらりと西を見る。
1キロほど先で唐突に緑に切り替わっている。
おそらくあれが、雑魔が蠢く森もどきの終端だ。
「ふむ」
何もない。
学校の近くには元農地も廃屋もあったのに、ここには不毛な土しかない。
慎重に、埃を立てないよう低速で南下する。
本当に何もなかった。
片手をハンドルから外してPDAを構え、南西に見える緑の終端を枠に収めてシャッターを切る。
どこまで攻めればよいか分かったのだから、これだけでも十分な成果だ。
「むずむずしますね」
直感に従い急ハンドル。
音と煙で目立ち、風もないのに森が揺れ出すが全て無視。
アクセルを限界まで踏んで来た道を逆に進み出す。
かあ、と。
掠れ切った鳴き声がエンジン音に紛れて耳に届く。
ドアミラーに一瞬映ったのは鴉に見えるが見た目だけだ。
目が空洞の生き物など存在する訳がない。
小さなスティックに指を乗せる。
複数の鏡と自身の気配察知能力を酷使しそれの位置を探り、小さなボタンを押した。
5つの銃声が重なって、トラックの死角にいたつもりの鳥を消し飛ばす。
だが終わらない。
青い空に黒い点が現れ加速度的に増えていく。
既にトラックは全速だ。オフロード対応改造抜きでは転倒かタイヤ破裂のどちらかになっていた。
鴉もどきが迫る。
スモーク発動。トラックの左右の地面に数十単位でそれがぶつかり砕け散る。
しかし十数の鴉が、まぐれ当たりで荷台に到達して天井とついでにネットを引きちぎる。
ファイヤーボール。襲撃。加速。トラック損傷。ファイアボール。
遠くに学校が見えたとき、フロントガラスはなくなりエンジンも停止寸前であった。
「闇の者共よ。去れ!」
光の波が全てを洗う。
彼女にとってはちょっと眩しいだけだ。鴉もどきに対する効果は絶大で、一瞬で文字通り全滅だった。
まるで吸血鬼か何かのようだと、益体のないことを考えてしまう。
「エルバッハさん、意識はありますか。返事をしてください」
何故かエステル(ka5826)が叫んでいる。
なぜか、なぜかと思考がループしていることにエルバッハは気づけない。
「失礼します!」
助手席に乗り込み至近距離からの浄化。
エルバッハの体に熱が戻り、染みこんでいた負のマテリアルに本能的に抵抗して内から食い破る。
「今、のは」
無意識にブレーキを踏む。
麦畑に前輪を突っ込み、転倒寸前ではあるが辛うじて停車に成功する。
「状態異常としか。私がここいる理由については……」
困った表情だ。
ロニは未踏地域の調査の途中なのだろう。エステルは丘の浄化を手がける予定だったはずだが、何故今ここにいるのだろう。
「刻令ゴーレムがですね。予想より融通が利かないもので」
開墾もされず放置されていたはずの場所で、野太い歓声と土煙が豪快にあがっている。
すげー、パワフル、男の機械だぜコイツはぁ! という危機感のない声が聞こえている。
ゴーレムの所有権がエステルにあったなら、今頃熱烈な買い取り交渉が始まっていただろう。
「薬草園から引き取ってこちらに連れてきました」
深い知識と職人芸が要求される仕事は困難なようだ。
なお、これがきっかけで開拓地における機械化導入論が盛り上がり、新規入植者募集停止が囁かれることになる。
●精霊降臨
儀式に何が必要か。
信仰と応えるのが中央の人間で、作業用手袋と日除けと答えるのが現場の人間である。
「終わりました!」
「はい、お疲れ様。次の指示があるまで日陰で休んでいてね」
ソナにねぎらわれ、笑顔になった子供がテントの陰に走って行く。
草と土の匂いが濃い。
数日前まで荒れ果てていた丘から雑草が減り、往時の姿を少しだけ取り戻していた。
「できれば精霊様に馴染み深い形式のほうがいいですよね」
「この地の資料が散逸していますから」
エステルとソナが同時にため息をつく。
ソナが撮った記録を元に調べを進めたところ、聖堂教会の影響はあっても聖堂教会様式とは明らかにずれていた。
だからといってソナの知るエルフ様式で進めるのも拙い。
ここは千年以上人間の領域だった訳だし。
「ダメでしたら誠心誠意をもって私たちが知っている形式でやりましょうか」
精霊への祈りは心でするもの。
効率はさておき、祈りはきっと届くはず。
「となると……少し段取りを変えましょう」
ソナは草むしりを適度なところで切り上げさせ、授業の続きをこの場ですることにした。
一度学校に戻らせてから風呂と着替えを。
その後、社再建予定地の前に集合させる。
「術も信仰の対象たる精霊の御力を借りたもの」
即ち、術を行使して歪虚を倒すことは、自分の力のみによる結果ではない。
精霊が私達の祈りに応じて御力を注いでくださった結果である。
繰り返し丁寧に説いている間、エステルが力を込めて浄化の術を使う。
特に予定地とその周辺は念入りに。
宙に漂う微細な歪虚も、地にあり芽が出ていない歪虚の種もも一切許さず汚染として取り除く。
「後はこの台を」
極めて頑丈な台座を丁寧に、けれど軽々と持ち上げ丘の頂上に置いた直後に変化があった。
台座の上に何かがいる。
薄らとしたマテリアルと、微かな意思が確かに感じられる。
エステルは身振りと何より気持ちで治療の意思を伝える。
朧にすら見えぬ何かが、確かにこくりとうなずいた。
フルリカバリー。
壮絶な域に達した癒やしの力が消えかけの精霊に向かい、精霊を捉えられずに霧散する。
効かないのではなく形式が違う気がする。
「私たちの傍らに在って、南からの歪虚の波を抑えているであろう社の精霊にまず感謝を。……私たちを知ってもらう上で挨拶も大事ですよ」
ソナが説教を終える。
穏やかに微笑み、これまで学んだことを活かし挨拶するよう促した。
「はい!」
「ありがとうございます精霊様!」
拙さの残る動作で跪き、心の底からの感謝を真正面から精霊向けてとにかく祈る。
精霊がほんの少しだけ輝く。
わあ、と幼い声で歓声があがり、微量のマテリアルが精霊に吹きつけ吹き飛ばされになる。
ソナが台座に龍鉱石を置くと、薄らとした光が石に抱きついてその場に留まった。
●聖者の傲岸
「ひひへんいひょーひます(指揮権を移譲します)」
フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)がうなずくのを見て、イコニアがその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
戦闘教官が駆け寄って来るのにも無反応だ。
体調不良が深刻な域に達しているらしい。
「作戦を続行します」
フィーナは目立たえいない。
イェジド【волхв】が大きいため乗っている彼女に注目が集まりづらい。
「南西、南、南東の警戒は不要です」
ヴァイスとボルディアで防ぎきれないなら丘を放棄するしかなくなる。
足手まといになり得る生徒を連れて行く訳にはいかないのだ。
「イコニアさんが担当していた班は、あなたが担当を」
休日出勤の傭兵が真面目腐った顔でうなずき即座に生徒の元へ向かう。
丘の周囲を固めているのはハンター数名と生徒の半数と休日出勤の傭兵達。
1部隊に相当する大戦力ではあるが、重要な儀式を守る戦力としては決して多くは無い。
「そこ、無駄に前へ出ない」
上級生最強の3人に冷たい目を向ける。
小さな保護色雑魔1匹を相手にするなら新入生1人で十分だ。
数分前に連携を重視しろと言ったが、時と場合によるということを全く理解出来ていない。
知識と頭の基本性能の両方が足りていない可能性がある。
「フィーナ殿! 西北西に敵影1。おそらく木型の大型歪虚です」
「この場は任せる。もし何か不味いことがあれば丘の上まで伝達」
「了解!」
ヴォルフが風の如く走り出す。
枯れた草を微かに揺らすだけで固い地面を駆け抜け、見事な枝振りの縦横8メートル歪虚まで30メートルに迫る。
炎の嵐が大木を襲う。
頑丈な木の肌も広範囲を襲う花粉も全て燃やされ、ならばと歪虚が殴り合いに持ち込もうとしても、いつの間にか生えた壁が邪魔して壊しているうちに距離をとられた。
フィーナが鼻を鳴らす。
普段の言動から想像しづらい可愛らしい響きだけれども、炎上中の歪虚にとっては死に神の哄笑に等しかった。
丘の裾に戻っても、彼女は教官から指揮権を受け取らない。
うずくまったままのイコニアの前でフィーナは余所に聞こえない小声で質問をした。
「この際だから聞いておきます。イコニアさん、結局何をしたいんです」
複数通りの予想回答が脳裏に浮かんでいる。
その目的を達成するための具体的手段もそれぞれ複数。
が、イコニアの答はそのどれでもなかった。
気持ちよくなりたい。
一瞬理解出来ず何度も目を瞬かせる。
意識が曖昧なイコニアはフィーナの様子に気づかず、奇妙に艶のある顔で淡々と謳う。
千年以上かけてできあがった舞台です。
歪虚を倒すことで、社会の要請と精霊の望みと私個人の望みを同時に満たせます。
最高じゃないですか。
気を抜くと、悪意と迷いがない狂気にあてられてしまいそうだった。
「司祭様! お越しいただきたいと……司祭様?」
伝令から戻って来た傭兵が不思議そうな顔をしていた。
イコニアは、自分が何を言ってしまったか気づいて目を逸らす。
理性と欲望で出来た狂気の顔は、どこかに消えていた。
「後回しにしてもメリットはない。行くべき」
フィーナが強力に推す。
イコニアは悩んだ末、栄養ドリンクを3本明け、何度も鼻をかんでから丘の上に向かった。
その背にサクラがそっと言葉を投げかける。
「ねえ、変な質問だけど……イコちゃんにとってエクラさまってスキルを貸してくれるだけの相手なのかな?」
「利用し利用される関係ですよ。信仰心はありますけどね」
イコニアの声には緊張がなく、本心からそう思っているのが分かってしまった。
ソナの浄化の歌をBGMに、優雅な足取りで女性司祭が現れる。
清楚、高貴、その他多数の褒め言葉に相応しいはずなのに、生徒は畏怖で動けず精霊は怯えてエステルの背中に隠れている。
「お初にお目にかかります。私は」
深く練られた核にマテリアルが渦巻き、空間が単色に塗り替えられていく。
ぎりぎりで精霊が生き延びて来た場所から、残酷なほど純粋な祈りに満ちた聖なる場所へ。
ひっ、としゃくり上げるような恐怖の悲鳴が響き、小さな精霊がエステルの背にしがみついた。
この人間が怖い。
マテリアルのため魂を削っているはずだ。壮絶な負荷に苛まれているはずなのに顔色ひとつ変えない。
場が精霊を冒す。
エクラの様式のマテリアルが流れ込み、自然な形から美しく整えられたものに変容を強制されていく。
「聖堂教会司祭、イコニアと申します」
その日。
古く小さな自然霊が、人間に都合のよい形に歪められた。
「父さん質問です!」
自然な口調過ぎて、数秒間誰も違和感に気づけなかった。
「あ」
女性徒が口を開いたまま固まる。
喉から額にかけて見る見る赤くなって視線が泳ぎ出す。
「エリザベスの奴言い間違えたぜー」
上級生の男子がはやし立てる。
それでも彼女は、真っ直ぐに前を見て最後まで言い切った。
「教官みたいに回避を優先した方がいいのでしょうか」
「時と場合による」
ヴァイス(ka0364)は浮つく空気には迎合せず、誠実に女性徒と向き合っている。
己の体力、使える物資、戦場の状況、その他多数の要素について分かり易く述べていく。
「全部考慮に入れて選ぶしかない。間違いを選んだら良くてくたばる。悪けりゃ隣の戦友を巻き込む訳だ」
実感の籠もった言葉には圧倒的な説得力がある。
いつの間にか野外授業の場が静まり返っていた。
「しかし安心したぜ。体力が有り余っているようだな」
ヴァイスが口角をつり上げる。
はやし立てていた連中の目を覗き混むと、悪ガキ共がぶるりと震えた。
「まあ、なんだ……死にはしないだろうから頑張れよ、皆」
地獄の撤退演習が始まる直前の光景であった。
●撤退演習
「そんじゃ始めっか」
歪虚役を示す鉢巻きを締め、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が魔導バイクのアクセルを少しだけ踏んだ。
徒歩と変わらぬ速度なのに威圧感は凄まじい。
これでも十分抑えている。
ボルディアはCAMサイズの歪虚を単身殴り殺せる覚醒者なのだ。
本気の殺気を出すと子供が動けず演習が成立しない。
「あん?」
容赦の無いライフル弾が出迎える。
正面と斜め左右から連携攻撃であり、鍛えた軍人でも戦死間違いなしの攻撃だった。
だがここにいるのはハンターだ。
ボルディアは進行方向を20度変えるだけで左からの弾を回避。
特大ラウンドシールドを軽々振り回して残りの弾をたたき落とした。
「これまで何を学んできやがった」
わずかに増速。
わざと回避を雑にして、武者甲冑に被弾しながら平然と前に出る。
「足止めもしねぇ。退路の確保も無し。美味い飯を食って学んだのは無駄死にの仕方だけか、えぇ!」
槍をくるりと回し穂先では無く石突きで軽く撫でる。
ただの革鎧ではボルディアの打撃を防ぎきれる訳が無く、3人とも悶絶してその場に崩れ落ちた。
「逃げて!」
生き残りの生徒が2手に別れる。
負傷者役を抱えた者が半数、分厚い全身鎧を先頭に防ぐ構えなのが半数。
一斉攻撃の後即散って逃げるつもりらしいが、本人達は隠しているつもりでもボルディアの目からは見え見えだ。
こいつの出来は悪くはない。一度潰して覚えさせるか。
ボルディアが後ろ手にハンドサイン。
100メートルほど離れた場所で、これまで距離を保ってこっそり付いてきたイェジドが機嫌よさげに咆哮した。
生徒の動きが乱れる。
全身鎧が声を枯らして叱咤しなんとか立て直すが、貴重な時間的余裕が失われていた。
鎧を鳴らして跳ぶ。
生徒に見える速度まで落とした槍が、鎧の表面を削って火花を散らした。
「今のはノーダメージ判定な」
ボルディアは全く息を乱していない。
生徒達は重装備による体力消耗とそれ以上の精神圧迫で大量の汗をかいている。
「作戦、2番!」
斜め左右からの槍投げ。
ボルディアの盾が防いだ瞬間、全身鎧が大重量メイスを振り下ろす。
空ぶったが注意を引きつける効果はあり、槍を消費した2人が逃げるための時間を確保できた。
「後は1人でも多く逃げっ」
舌が動かない。殺気。どこから。左!
盾で受けようとしても盾は右手にあるので間に合わない。
ならば躱そうと足に力を込めるより早く、鏃の代わりにスポンジがついた矢が脇の装甲を凹ませていた。
「で」
1分もかからず全滅した生徒達へ、ヴァイスは優しくはあっても甘くない目を向けている。
速度を活かして側面に回り込み、弓の射程を活かした攻撃をしかけるだけでこの結果だ。
精神的な衝撃を受けていないようなら困るし、衝撃を受けただけで終わるのはもってのほかだ。
「休憩と反省と改善は10分で済ませろ。次の負傷者はエリザベス、いや脱がないでいい、そのままでだ」
ひゃい。
引き攣った顔で返事をし、生徒達が大慌てで動き始めた。
銃声。
雄叫び。
打撃音に銃声。
都合4度の試行錯誤を経て、ボルディアに出血させることにようやく成功する。
「やった!」
「僕ら、やったんだ!」
笑顔で引き金を引き続ける様は絵的には拙い。しかし戦士としては正解だ。
攻撃しながらちょっとずつ下がるのには高評価しても問題ない。
装甲を伝わり血が流れる。
血に留まるマテリアルが赤く燃え上がり、傷口を燃やして新生させる。
いつの間にか血の匂いは消え、ボルディアは最初の演習開始時と変わらず前進を継続した。
「そん、な」
「これで効かないならどうすれば」
新入生の手から小ぶりなメイスが滑り落ちた。
「攻撃が通用しない。じゃあ成す術は何もなしか?」
弾を盾で受ける。
正面から近寄って槍の柄で打つ。
「甘ったれてンじゃねぇ! テメェ等が諦めたら怪我人は死ぬんだよ。できねぇなんて泣き言言ってる暇があったら頭を使え! ほら今乱暴に扱われて1人死んだぞ!」
俵担ぎ状態で、なんとか皆を誘導しようとしていた全身鎧が肩を落とした。
そして日が暮れた。
走り足り無い様子の【グレン】から降り、ヴァイスが手を打って演習終了を告げる。
「皆、お疲れ様だ。よく頑張ったな。最後の2回の意思疎通は良かった。その感じを忘れるなよ」
歪虚が予想外の動きをしても、打ち合わせ抜きで対応できて初めて及第点である。
嫌がらせではない。ハンターは日常的にしていることだ。
「まだ元気がある奴は……グレンに乗るか?」
鎧がこすれる音が響く。
鎧少女エリザベスが、根性で震えるで挙手をした。
●学校の風景
「難しいな」
演習内容を検討し、その前に向かった丘の情景を思いだし、ロニ・カルディス(ka0551)はそう結論した。
上級生単独での戦闘能力は駆け出しハンターと同程度。
しかし判断力は及ばないし強力な武器防具も馬も持っていない。
未知の歪虚まで現れる場所に連れて行くなら、ハンター5、6人以上の護衛が欲しい。
「イコちゃん頑張って。ノルマまで後ちょっとだよ」
生徒からは見えない場所で、見慣れた顔が死にそうな顔で跪いている。
イコニアと校長、即ち学校のナンバー2(司祭)とナンバー1(司教)であった。
ふんにゅ。
奇妙なかけ声で立ち上がろうとするイコニアに、ロニがそっと声をかける。
「元細作の件で聞きたいことがある。だがその前に一度医者に診てもらってはどうだ」
ドクターストップがかかる気がする。
「ふはは、情けないなイコニアく」
いきなり自分の口を押さえて吐き気をこらえる司教。
イコニア以外の部下が見れば、幻滅の結果職場に亀裂が生じそうな光景だった。
「ねえ2人とも。戦闘訓練では普通に動けてたよね?」
「慣れ、だな」
「マテリアルで身体能力を強化しているという説が有力です。学者さんに対面で相談すると実験台コースなので詳しい話までは知らないですけど」
「うんまあイコちゃんは足り無い体力を加護とかで補ってるタイプだよね。騎乗訓練いける? 二十四郎ー」
イェジドがのそりと起き上がり、汗臭い司祭を見てうんざりした顔になる。
宵待 サクラ(ka5561)がなだめ、酷い顔色のイコニアがふらふらしながら立ち上がってその背に乗る。
疲れ果てて動きが鈍いのに、姿勢も動きも奇妙なほどしっくりきていた。
「乗馬経験、ううん騎乗戦闘訓練受けてる?」
「子供の頃から憧れてましたので、健康になった後は相当がんばりましたよー」
【二十四郎】の足取りが軽い。
イコニアが予想外に邪魔にならない。
先取りした体重移動と漏れ出るマテリアルも実によい感じだ。
「派閥入りした後は何故か馬と引き離されたのですよね」
「単身で歪虚の巣に突っ込もうとしたからだろう。って逃げるな!」
「二十四郎ー」
「戻らないでくださーい、南へ、南へ行って雑魔を削るんですー」
ロニは肩をすくめ、会合の準備のため学校に向かった。
「1晩ふやかしてすりつぶすだけだから作るのは簡単なんだよ? 美味しくするのがちょっと難しいだけで」
「昨日よりは美味いが」
「喉からお芋が溢れちゃう」
トレーナーと聖職者ご一行の席に、ただの用務員ということになっている人間が無理連れてこられた。
「や。元気そうで何より」
「帰っていいですか」
サクラの笑顔と、ストレスから来る胃の痛みに耐える引きつり顔が対照的だった。
「記憶喪失なら、いろんな経験すると記憶が戻るかもしれないと思うんだ。秘書役しない? 先生も仕事が捗って貴方もリハビリになって一石二鳥だよね」
「もうやだこの人。外套と短剣な世界からフェードアウトさせてくださいよぉ」
地域限定とはいえ、長期間猛威を振るってきた細作のマジ泣きである。
「秘書の件については次回に回すとして」
回すの!? と動揺する元細作。
司教の倍をぺろりと食べ終え口元を拭くロニ。
「防諜について意見を聞きたい。貴族の子弟を今度も受け入れる以上、生徒の個人情報の防衛は最低限必要だ。あるなら学校運営に関わる機密もな」
「機密ってありましたっけ?」
「広めてまずい知識は全て頭の中だ」
「だから事務仕事が苦手なんだよ校長先生。渡せるものは渡して人をうまく使わないと」
物理的にも社会的にも強者である4人を前に、あの日誘いに乗ったことをちょっと後悔してしまう。
ロニの視線に気づきいて元細作が意識を切り替えた。
「戸締まりと声かけの徹底が最強の防壁です」
「そんなものか?」
「はい。中央の……中央にいるはずの化け物連中ならともかく、覚醒者でもない細作ならそんなものです」
自分の分の料理に口をつける。
簡素でも素材が良いので実に美味い。
「良好な人間関係も強敵ですよ。連携が違いますから。ええ、全部伝聞ですが」
この翌日から、挨拶と戸締まりが徹底して励行されることになった。
●南方遠征
「むいふぉおはえりを(無事のお帰りを)」
イコニアの鼻から濁った汁が垂れそうになる。
慌ててハンカチで押さえようとするが、頭が半ば朦朧としているためうまくいかない。
結局ソナ(ka1352)が校舎から出てきて、法術陣っぽい刺繍が入ったマスクをつけさせなんとか安定させた。
「お大事にしてください。花粉症も症状が重くなると熱が出たりしますから」
エルバッハ・リオン(ka2434)は用心する様重ねて伝え、ソナの黙礼して後を任せる。
「では、これから未探索地域の探索に行ってきます」
自前の魔導トラックに乗り込みエンジンを起動する。
晴れ晴れとして良い天気だ。
強めの南風が気持ちいい。
ふぁっくしょん。
教師も生徒も花粉の影響を受けておらず、ただ1人イコニアだけが重症だった。
「今回の探索では自前の魔導トラックを使用できますから、今回は未探索地域の奥深くまで行けそうです。それに」
荷台をちらりと見る。
農業のプロが短時間ででっち上げた、ある秘密兵器がそこに鎮座していた。
そして2日後。
トラックは荒野のど真ん中に停車していた。
夜明前にエルバッハが目を覚ます。
荷台に取り付けたベッドから起き上がる。
PDAの微か明かりを頼りに身支度を調え、軽い食事を済ませてから車外へ。
枯れ草が絶妙に仕込まれたネットを外して片付け、ゆっくりと加速し不毛の大地を南下する。
ちらりと西を見る。
1キロほど先で唐突に緑に切り替わっている。
おそらくあれが、雑魔が蠢く森もどきの終端だ。
「ふむ」
何もない。
学校の近くには元農地も廃屋もあったのに、ここには不毛な土しかない。
慎重に、埃を立てないよう低速で南下する。
本当に何もなかった。
片手をハンドルから外してPDAを構え、南西に見える緑の終端を枠に収めてシャッターを切る。
どこまで攻めればよいか分かったのだから、これだけでも十分な成果だ。
「むずむずしますね」
直感に従い急ハンドル。
音と煙で目立ち、風もないのに森が揺れ出すが全て無視。
アクセルを限界まで踏んで来た道を逆に進み出す。
かあ、と。
掠れ切った鳴き声がエンジン音に紛れて耳に届く。
ドアミラーに一瞬映ったのは鴉に見えるが見た目だけだ。
目が空洞の生き物など存在する訳がない。
小さなスティックに指を乗せる。
複数の鏡と自身の気配察知能力を酷使しそれの位置を探り、小さなボタンを押した。
5つの銃声が重なって、トラックの死角にいたつもりの鳥を消し飛ばす。
だが終わらない。
青い空に黒い点が現れ加速度的に増えていく。
既にトラックは全速だ。オフロード対応改造抜きでは転倒かタイヤ破裂のどちらかになっていた。
鴉もどきが迫る。
スモーク発動。トラックの左右の地面に数十単位でそれがぶつかり砕け散る。
しかし十数の鴉が、まぐれ当たりで荷台に到達して天井とついでにネットを引きちぎる。
ファイヤーボール。襲撃。加速。トラック損傷。ファイアボール。
遠くに学校が見えたとき、フロントガラスはなくなりエンジンも停止寸前であった。
「闇の者共よ。去れ!」
光の波が全てを洗う。
彼女にとってはちょっと眩しいだけだ。鴉もどきに対する効果は絶大で、一瞬で文字通り全滅だった。
まるで吸血鬼か何かのようだと、益体のないことを考えてしまう。
「エルバッハさん、意識はありますか。返事をしてください」
何故かエステル(ka5826)が叫んでいる。
なぜか、なぜかと思考がループしていることにエルバッハは気づけない。
「失礼します!」
助手席に乗り込み至近距離からの浄化。
エルバッハの体に熱が戻り、染みこんでいた負のマテリアルに本能的に抵抗して内から食い破る。
「今、のは」
無意識にブレーキを踏む。
麦畑に前輪を突っ込み、転倒寸前ではあるが辛うじて停車に成功する。
「状態異常としか。私がここいる理由については……」
困った表情だ。
ロニは未踏地域の調査の途中なのだろう。エステルは丘の浄化を手がける予定だったはずだが、何故今ここにいるのだろう。
「刻令ゴーレムがですね。予想より融通が利かないもので」
開墾もされず放置されていたはずの場所で、野太い歓声と土煙が豪快にあがっている。
すげー、パワフル、男の機械だぜコイツはぁ! という危機感のない声が聞こえている。
ゴーレムの所有権がエステルにあったなら、今頃熱烈な買い取り交渉が始まっていただろう。
「薬草園から引き取ってこちらに連れてきました」
深い知識と職人芸が要求される仕事は困難なようだ。
なお、これがきっかけで開拓地における機械化導入論が盛り上がり、新規入植者募集停止が囁かれることになる。
●精霊降臨
儀式に何が必要か。
信仰と応えるのが中央の人間で、作業用手袋と日除けと答えるのが現場の人間である。
「終わりました!」
「はい、お疲れ様。次の指示があるまで日陰で休んでいてね」
ソナにねぎらわれ、笑顔になった子供がテントの陰に走って行く。
草と土の匂いが濃い。
数日前まで荒れ果てていた丘から雑草が減り、往時の姿を少しだけ取り戻していた。
「できれば精霊様に馴染み深い形式のほうがいいですよね」
「この地の資料が散逸していますから」
エステルとソナが同時にため息をつく。
ソナが撮った記録を元に調べを進めたところ、聖堂教会の影響はあっても聖堂教会様式とは明らかにずれていた。
だからといってソナの知るエルフ様式で進めるのも拙い。
ここは千年以上人間の領域だった訳だし。
「ダメでしたら誠心誠意をもって私たちが知っている形式でやりましょうか」
精霊への祈りは心でするもの。
効率はさておき、祈りはきっと届くはず。
「となると……少し段取りを変えましょう」
ソナは草むしりを適度なところで切り上げさせ、授業の続きをこの場ですることにした。
一度学校に戻らせてから風呂と着替えを。
その後、社再建予定地の前に集合させる。
「術も信仰の対象たる精霊の御力を借りたもの」
即ち、術を行使して歪虚を倒すことは、自分の力のみによる結果ではない。
精霊が私達の祈りに応じて御力を注いでくださった結果である。
繰り返し丁寧に説いている間、エステルが力を込めて浄化の術を使う。
特に予定地とその周辺は念入りに。
宙に漂う微細な歪虚も、地にあり芽が出ていない歪虚の種もも一切許さず汚染として取り除く。
「後はこの台を」
極めて頑丈な台座を丁寧に、けれど軽々と持ち上げ丘の頂上に置いた直後に変化があった。
台座の上に何かがいる。
薄らとしたマテリアルと、微かな意思が確かに感じられる。
エステルは身振りと何より気持ちで治療の意思を伝える。
朧にすら見えぬ何かが、確かにこくりとうなずいた。
フルリカバリー。
壮絶な域に達した癒やしの力が消えかけの精霊に向かい、精霊を捉えられずに霧散する。
効かないのではなく形式が違う気がする。
「私たちの傍らに在って、南からの歪虚の波を抑えているであろう社の精霊にまず感謝を。……私たちを知ってもらう上で挨拶も大事ですよ」
ソナが説教を終える。
穏やかに微笑み、これまで学んだことを活かし挨拶するよう促した。
「はい!」
「ありがとうございます精霊様!」
拙さの残る動作で跪き、心の底からの感謝を真正面から精霊向けてとにかく祈る。
精霊がほんの少しだけ輝く。
わあ、と幼い声で歓声があがり、微量のマテリアルが精霊に吹きつけ吹き飛ばされになる。
ソナが台座に龍鉱石を置くと、薄らとした光が石に抱きついてその場に留まった。
●聖者の傲岸
「ひひへんいひょーひます(指揮権を移譲します)」
フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)がうなずくのを見て、イコニアがその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
戦闘教官が駆け寄って来るのにも無反応だ。
体調不良が深刻な域に達しているらしい。
「作戦を続行します」
フィーナは目立たえいない。
イェジド【волхв】が大きいため乗っている彼女に注目が集まりづらい。
「南西、南、南東の警戒は不要です」
ヴァイスとボルディアで防ぎきれないなら丘を放棄するしかなくなる。
足手まといになり得る生徒を連れて行く訳にはいかないのだ。
「イコニアさんが担当していた班は、あなたが担当を」
休日出勤の傭兵が真面目腐った顔でうなずき即座に生徒の元へ向かう。
丘の周囲を固めているのはハンター数名と生徒の半数と休日出勤の傭兵達。
1部隊に相当する大戦力ではあるが、重要な儀式を守る戦力としては決して多くは無い。
「そこ、無駄に前へ出ない」
上級生最強の3人に冷たい目を向ける。
小さな保護色雑魔1匹を相手にするなら新入生1人で十分だ。
数分前に連携を重視しろと言ったが、時と場合によるということを全く理解出来ていない。
知識と頭の基本性能の両方が足りていない可能性がある。
「フィーナ殿! 西北西に敵影1。おそらく木型の大型歪虚です」
「この場は任せる。もし何か不味いことがあれば丘の上まで伝達」
「了解!」
ヴォルフが風の如く走り出す。
枯れた草を微かに揺らすだけで固い地面を駆け抜け、見事な枝振りの縦横8メートル歪虚まで30メートルに迫る。
炎の嵐が大木を襲う。
頑丈な木の肌も広範囲を襲う花粉も全て燃やされ、ならばと歪虚が殴り合いに持ち込もうとしても、いつの間にか生えた壁が邪魔して壊しているうちに距離をとられた。
フィーナが鼻を鳴らす。
普段の言動から想像しづらい可愛らしい響きだけれども、炎上中の歪虚にとっては死に神の哄笑に等しかった。
丘の裾に戻っても、彼女は教官から指揮権を受け取らない。
うずくまったままのイコニアの前でフィーナは余所に聞こえない小声で質問をした。
「この際だから聞いておきます。イコニアさん、結局何をしたいんです」
複数通りの予想回答が脳裏に浮かんでいる。
その目的を達成するための具体的手段もそれぞれ複数。
が、イコニアの答はそのどれでもなかった。
気持ちよくなりたい。
一瞬理解出来ず何度も目を瞬かせる。
意識が曖昧なイコニアはフィーナの様子に気づかず、奇妙に艶のある顔で淡々と謳う。
千年以上かけてできあがった舞台です。
歪虚を倒すことで、社会の要請と精霊の望みと私個人の望みを同時に満たせます。
最高じゃないですか。
気を抜くと、悪意と迷いがない狂気にあてられてしまいそうだった。
「司祭様! お越しいただきたいと……司祭様?」
伝令から戻って来た傭兵が不思議そうな顔をしていた。
イコニアは、自分が何を言ってしまったか気づいて目を逸らす。
理性と欲望で出来た狂気の顔は、どこかに消えていた。
「後回しにしてもメリットはない。行くべき」
フィーナが強力に推す。
イコニアは悩んだ末、栄養ドリンクを3本明け、何度も鼻をかんでから丘の上に向かった。
その背にサクラがそっと言葉を投げかける。
「ねえ、変な質問だけど……イコちゃんにとってエクラさまってスキルを貸してくれるだけの相手なのかな?」
「利用し利用される関係ですよ。信仰心はありますけどね」
イコニアの声には緊張がなく、本心からそう思っているのが分かってしまった。
ソナの浄化の歌をBGMに、優雅な足取りで女性司祭が現れる。
清楚、高貴、その他多数の褒め言葉に相応しいはずなのに、生徒は畏怖で動けず精霊は怯えてエステルの背中に隠れている。
「お初にお目にかかります。私は」
深く練られた核にマテリアルが渦巻き、空間が単色に塗り替えられていく。
ぎりぎりで精霊が生き延びて来た場所から、残酷なほど純粋な祈りに満ちた聖なる場所へ。
ひっ、としゃくり上げるような恐怖の悲鳴が響き、小さな精霊がエステルの背にしがみついた。
この人間が怖い。
マテリアルのため魂を削っているはずだ。壮絶な負荷に苛まれているはずなのに顔色ひとつ変えない。
場が精霊を冒す。
エクラの様式のマテリアルが流れ込み、自然な形から美しく整えられたものに変容を強制されていく。
「聖堂教会司祭、イコニアと申します」
その日。
古く小さな自然霊が、人間に都合のよい形に歪められた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/05/21 07:14:31 |
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質問卓 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/05/19 23:47:08 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/05/18 21:03:12 |