ゲスト
(ka0000)
我ら黒蜥蜴強盗団
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/05/29 07:30
- 完成日
- 2017/06/03 21:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●聖堂教会の悲劇
絹を裂く悲鳴。
破壊された鎧が床に落ち。
艶やかな白い肌が冷たい外気に触れる。
女性司祭が恐怖に震えながら、最後まで屈すまいと睨み付けた。
『柔らかいぞ』
『薄い。紙装甲というヤツだな』
黒竜どもは、結構な美人のはずの彼女に見向きもせず、胸当てと肩当てを咥えてこりこりしている。
「えっ」
訳が分からない。
ステンドグラスを砕いて襲いかかって来た十数秒後にこれである。
今自分が生きている理由も分からないし、中身ではなく殻をもぐもぐしている黒蜥蜴(ただし全長約20メートル)なんて訳が分からない。
『なんだこの味は』
『汗だな。しかしまずい』
舐めている。
真面目な顔で文句をぶつぶつ言っているのが、ちょっと、かなり、すっごくむかつく。
『人間はこんな味だったか?』
『奴等はそそる匂いをしていたぞ』
竜が顎を動かす。
強靱な金属に強固な加護が与えられているはずのそれが、幼児用の食べ物の如く砕けて竜の腹に収まる。
「あなたたちはっ」
怒りに震えて立ち上がる。
身の危険など頭から吹き飛んで、義務感1割、傷ついたプライドから来る激情9割でメイスを構えて範囲攻撃術を放った。
ひょい。
セイクリッドフラッシュによる衝撃など気にもせず、ドラゴンがメイスを咥えて取り上げた。
『臭っ』
『古の聖遺物という奴か。どれ味は』
がりっ。
もぐもぐ。
ごっくん。
『薄っ』
『しかも不味いぞ。腹の足しにはなるから吐き出せないのが余計に腹立たしい』
巨竜が残像を伴う動きで女性司祭を見下ろす。
強力な歪虚らしい威圧感はあるのに、敵意ではなく呆れの気配だけがある。
『失望した』
『育っているのは体だけか。マテリアルが薄すぎて食欲が沸かぬ。去れ』
「勝手に襲って来てなんて言いぐさですかこの畜生ドラゴン共!」
上半身半裸で全力パンチ。
黒竜どもはフンと鼻をならして上を見て、鮮やかに飛翔し正拳突きを置き去りにした。
『次の機会までに鍛えておけ』
『よせ。死ぬ気で鍛えても連中のようになるとは思えぬ。時間の無駄だ』
屈辱に震える女の額に、くっきりはっきり青筋が立っていた。
●王都。騎士詰所
「聞いているのかねメーガン君」
「はい。聞いております。今後は迷子にならぬようぴーじーえすを持ち運びます」
微動だにしない直立不動から、鮮やかな敬礼をする騎士メーガン。
動きだけみれば理想的騎士ではあるのだが、言動にはツッコミどころしかない。
「リアルブルーの衛星などここにはない! そもそもそういう問題ではないっ! 騎士団が忙しい時にどこをほっつき歩いていた!」
「はい」
メーガンは至極真面目な顔でうなずく。
長期遠征で痛んだ金髪がふらふら揺れる。
「王国を中心に適当に。以前受けた任務の範囲内であります」
「前任者の命令だろうが! 人事異動があった後に一度問い合わせくらいしろよお前!」
メーガンがきょとんとする。
役職持ちの騎士が、残り少なくなった髪をかきむしる。
「ああもう。エクラはどうしてこんな馬鹿に恵まれた素質を与えたのだ。素質半分でいいから人並みの頭があれば小隊長にでもして追い出せるものをっ」
「体調が優れないのでしたら後ほど伺いましょうか」
「原因が何をっ、いや、何でもない。それより次の任務だ」
1枚の地図をよく見えるように広げる。
主要街道から離れた、歴史は古くても目立った観光地でもない田舎の地図だ。
聖堂教会を示す印の近くに、強力な歪虚の目撃情報が書き込まれている。
「聖堂教会が襲撃にあっている。奇妙なことに戦死者は0だ」
「それはすごい。強いクルセイダーが大勢いるのですか」
「違う。竜種が物のみを狙って襲撃しているのだ。マテリアルを多く含むと思われる武具がいくつも奪われている」
メーガンは無言だ。
多分、全く理解出来ていない。
「強力な竜種が意味の薄い行動をして遊軍と化すのは悪いことではない。しかし、ん、あー、要するに先回りして隙があったら殴ってこい。以上だ」
「はっ、了解しました。騎士メーガン、ただちに現地に向かいます!」
見た目だけは美しい敬礼をして厩舎に駆け出す。
誰もが予想した通りに、現地に到着するまで最短距離の倍以上の距離を走り、ついでに雑魔を10ほど潰していた。
●黒蜥蜴の憂鬱
「ガルドブルム! ここが貴様の最」
尻尾の先で転がして、通り過ぎるついでに顎を撫でで脳を揺らす。
口から炎を吐く必要すらなく、守備隊最強のクルセイダーが1時間ほど意識を失った。
『こんなものだったか?』
せいぜいCAMサイズの竜が小首を傾げている。
彼にとっての人間は、少数部隊で歪虚の大軍勢と渡り合ったり、少数で自身とやりあえるハンターである。
要するに、強い人間を相手にし過ぎて強さの基準が狂っていた。
古びた祭壇を両手で引っこ抜く。
器が破壊され、数十年積み重ねられた祈りが竜の前に漏れ出る。
それを無造作に飲み込む。
知性も方向性もないマテリアルでは負の力に耐えきれず、相殺するのではなく反転する形で竜の一部と成り果てる。
『不味くはねェが』
ハンターとの戦で消耗した分にもならない。
振り返る。
意識のないまま悪夢でうなされる覚醒者が10名弱。
全部食らっても先ほどのマテリアルより一桁少ないはずだ。味は比較するだけ虚しい。
『次で駄目なら河岸を変えるか』
南へ飛び立つ。
その方角には、地域を代表する大きな聖堂があるはずだった。
●強盗団最後の標的?
「式場か」
婚活した方がいいのかなとぼんやりメーガンが考えた直後、野生動物並の嗅覚が最大限の警報を鳴らす。
馬鹿馬鹿しい大きさの弓を手に取る。
ようやく気づいた大型馬が北に向き直る。
視線があった黒い竜が、心底楽しげに目を細めた。
「クルセイダーどの、ハンターが近くまで来ているはずだ。急ぐように伝えてくれ」
どん、と空気を震わせ矢が打ち上がる。
ガルドブルムは避けすらせず、大きく息を吸って灼熱の炎を喉奥に溜め始めた。
なお、矢は当然のように明後日の方向へ飛び、聖堂脇の案内板を粉みじんに破壊していた。
絹を裂く悲鳴。
破壊された鎧が床に落ち。
艶やかな白い肌が冷たい外気に触れる。
女性司祭が恐怖に震えながら、最後まで屈すまいと睨み付けた。
『柔らかいぞ』
『薄い。紙装甲というヤツだな』
黒竜どもは、結構な美人のはずの彼女に見向きもせず、胸当てと肩当てを咥えてこりこりしている。
「えっ」
訳が分からない。
ステンドグラスを砕いて襲いかかって来た十数秒後にこれである。
今自分が生きている理由も分からないし、中身ではなく殻をもぐもぐしている黒蜥蜴(ただし全長約20メートル)なんて訳が分からない。
『なんだこの味は』
『汗だな。しかしまずい』
舐めている。
真面目な顔で文句をぶつぶつ言っているのが、ちょっと、かなり、すっごくむかつく。
『人間はこんな味だったか?』
『奴等はそそる匂いをしていたぞ』
竜が顎を動かす。
強靱な金属に強固な加護が与えられているはずのそれが、幼児用の食べ物の如く砕けて竜の腹に収まる。
「あなたたちはっ」
怒りに震えて立ち上がる。
身の危険など頭から吹き飛んで、義務感1割、傷ついたプライドから来る激情9割でメイスを構えて範囲攻撃術を放った。
ひょい。
セイクリッドフラッシュによる衝撃など気にもせず、ドラゴンがメイスを咥えて取り上げた。
『臭っ』
『古の聖遺物という奴か。どれ味は』
がりっ。
もぐもぐ。
ごっくん。
『薄っ』
『しかも不味いぞ。腹の足しにはなるから吐き出せないのが余計に腹立たしい』
巨竜が残像を伴う動きで女性司祭を見下ろす。
強力な歪虚らしい威圧感はあるのに、敵意ではなく呆れの気配だけがある。
『失望した』
『育っているのは体だけか。マテリアルが薄すぎて食欲が沸かぬ。去れ』
「勝手に襲って来てなんて言いぐさですかこの畜生ドラゴン共!」
上半身半裸で全力パンチ。
黒竜どもはフンと鼻をならして上を見て、鮮やかに飛翔し正拳突きを置き去りにした。
『次の機会までに鍛えておけ』
『よせ。死ぬ気で鍛えても連中のようになるとは思えぬ。時間の無駄だ』
屈辱に震える女の額に、くっきりはっきり青筋が立っていた。
●王都。騎士詰所
「聞いているのかねメーガン君」
「はい。聞いております。今後は迷子にならぬようぴーじーえすを持ち運びます」
微動だにしない直立不動から、鮮やかな敬礼をする騎士メーガン。
動きだけみれば理想的騎士ではあるのだが、言動にはツッコミどころしかない。
「リアルブルーの衛星などここにはない! そもそもそういう問題ではないっ! 騎士団が忙しい時にどこをほっつき歩いていた!」
「はい」
メーガンは至極真面目な顔でうなずく。
長期遠征で痛んだ金髪がふらふら揺れる。
「王国を中心に適当に。以前受けた任務の範囲内であります」
「前任者の命令だろうが! 人事異動があった後に一度問い合わせくらいしろよお前!」
メーガンがきょとんとする。
役職持ちの騎士が、残り少なくなった髪をかきむしる。
「ああもう。エクラはどうしてこんな馬鹿に恵まれた素質を与えたのだ。素質半分でいいから人並みの頭があれば小隊長にでもして追い出せるものをっ」
「体調が優れないのでしたら後ほど伺いましょうか」
「原因が何をっ、いや、何でもない。それより次の任務だ」
1枚の地図をよく見えるように広げる。
主要街道から離れた、歴史は古くても目立った観光地でもない田舎の地図だ。
聖堂教会を示す印の近くに、強力な歪虚の目撃情報が書き込まれている。
「聖堂教会が襲撃にあっている。奇妙なことに戦死者は0だ」
「それはすごい。強いクルセイダーが大勢いるのですか」
「違う。竜種が物のみを狙って襲撃しているのだ。マテリアルを多く含むと思われる武具がいくつも奪われている」
メーガンは無言だ。
多分、全く理解出来ていない。
「強力な竜種が意味の薄い行動をして遊軍と化すのは悪いことではない。しかし、ん、あー、要するに先回りして隙があったら殴ってこい。以上だ」
「はっ、了解しました。騎士メーガン、ただちに現地に向かいます!」
見た目だけは美しい敬礼をして厩舎に駆け出す。
誰もが予想した通りに、現地に到着するまで最短距離の倍以上の距離を走り、ついでに雑魔を10ほど潰していた。
●黒蜥蜴の憂鬱
「ガルドブルム! ここが貴様の最」
尻尾の先で転がして、通り過ぎるついでに顎を撫でで脳を揺らす。
口から炎を吐く必要すらなく、守備隊最強のクルセイダーが1時間ほど意識を失った。
『こんなものだったか?』
せいぜいCAMサイズの竜が小首を傾げている。
彼にとっての人間は、少数部隊で歪虚の大軍勢と渡り合ったり、少数で自身とやりあえるハンターである。
要するに、強い人間を相手にし過ぎて強さの基準が狂っていた。
古びた祭壇を両手で引っこ抜く。
器が破壊され、数十年積み重ねられた祈りが竜の前に漏れ出る。
それを無造作に飲み込む。
知性も方向性もないマテリアルでは負の力に耐えきれず、相殺するのではなく反転する形で竜の一部と成り果てる。
『不味くはねェが』
ハンターとの戦で消耗した分にもならない。
振り返る。
意識のないまま悪夢でうなされる覚醒者が10名弱。
全部食らっても先ほどのマテリアルより一桁少ないはずだ。味は比較するだけ虚しい。
『次で駄目なら河岸を変えるか』
南へ飛び立つ。
その方角には、地域を代表する大きな聖堂があるはずだった。
●強盗団最後の標的?
「式場か」
婚活した方がいいのかなとぼんやりメーガンが考えた直後、野生動物並の嗅覚が最大限の警報を鳴らす。
馬鹿馬鹿しい大きさの弓を手に取る。
ようやく気づいた大型馬が北に向き直る。
視線があった黒い竜が、心底楽しげに目を細めた。
「クルセイダーどの、ハンターが近くまで来ているはずだ。急ぐように伝えてくれ」
どん、と空気を震わせ矢が打ち上がる。
ガルドブルムは避けすらせず、大きく息を吸って灼熱の炎を喉奥に溜め始めた。
なお、矢は当然のように明後日の方向へ飛び、聖堂脇の案内板を粉みじんに破壊していた。
リプレイ本文
●空をいく竜
「メーガンさん、こっちだよー?」
リチェルカ・ディーオ(ka1760)が手を振っている。
彼女を乗せたリーリー【サルターレ】は全力で駆け続け、メーガンとその馬の近くでリズミカルに鳴いた。
傷ついた馬蹄が回復。
大型馬が本来の速度を取り戻し、空からのブレスを横へ跳んで躱す。
「ありがとう。助かっ」
「南、急ぐ、おっけー?」
「おっけーだっ!」
大型馬とリーリーが必死に走る。リチェルカが上体を捻ってパルティアンショット。
鋭く飛んだ矢は、鋭い回避運動を追い切れずにガルドブルムの脇を擦り抜けた。
これでもそもそも当たらないメーガンよりはるかにましだ。長時間溜めての強力ブレスを防ぐことは出来る。
『足止めは』
「無理。矢が届かな」
魔導短伝話に返事を言い終えるよりも早く歪虚が動く。
細い熱線が、空に滞空したままの黒竜から伸びてくる。
剣も銃弾もリチェルカの矢すら届かない距離から、人一人燃やすには十分すぎる熱が一気に迫ってきた。
【サルターレ】はサイドステップで悠々回避。
次のブレスはメーガンに向かい、こちらは回避は許さなかったものの分厚い鉄で防がれる。
刃の一部が赤く染まり、微かな焦げ臭ささがリチェルカと【サルターレ】の鼻孔を刺激した。
「メーガンさーん。貸して」
視線で巨大な弓を示して手を伸ばす。
重装甲女騎士は一瞬戸惑い、リチェルカの目と気配が落ち着いているの確かめてから予備の矢ごと唯一の射撃武器を渡した。
ずっしり。
呆れるほどの重さがハンターとリーリーを苛む。
オフィス支部から戦場まで運ぶにはあまりにも重すぎる。
だが、戦場で受け取り戦場で使うならぎりぎりなんとかなりそうだ。
『罠のつもりか』
「メーガンさんは不器用なだけだよきっと」
『おゥ、そっちも人材不足か』
「そっちは歪虚材? 役に断たなさそう」
空の巨大蜥蜴に軽く答えて矢をつがえる。
弦が強くて腕が疲れる。
普段より乱れる狙いをなんとか調節。ブレス発射直前の竜に矢を放った。
機嫌よさげな鼻息。
熱い血と力が黒竜の体を循環。
当たれば危険な冷気付きの矢を、余裕をもって丁寧に避けた。
『当たらんぞ。どうする?』
「大技使えなくするだけでも十分かもしれないけど」
竜に回避は強いたもののかすり傷にすらなない。
だがガルドブルムは奢らず、リチェルカも落ち込まない。
槍矢を恐るべき速度でつがえて牽制射撃。
当たれば効果は絶大でも体調万全な黒竜には当たらない。
もちろん数をいれば当たる。ただし命中率は良くて1割だ。
「射撃戦続ける? 時間かかるよ?」
『1対8になって俺が負けるかもなァ』
竜が楽しげに笑う。
聖堂の西と東では大型竜対CAMの戦闘が進行中だ。
飛行能力と速度で勝る分、大型竜の負けはまずないはずだ。
が、ガルドブルムはハンターの実力を信用し配下の竜の実力を疑問視していた。
『連中が飛んで逃げる前に頂くとするかァ!』
黒竜が加速する。
攻撃を止めて移動に専念。メーガンとリチェルカを追い抜き聖堂上空まで瞬く間に到達し、真下に首を向けてブレスの準備を完了する。
聖堂の最も弱い部分。
即ち分厚い石材で覆われていない正門で、緑の巨体が待ち構えていた。
『待ち伏せか』
「先の狩りで見逃してやったと言うに、命を無駄にする歪虚共には引導を渡してやらねばな」
黒竜が口を開ける。
魔導型ドミニオン【ハリケーン・バウ】が装甲ハッチを開放。
真白いブレスが真下へ奔り、無数の小型ミサイルが歪虚の至近に迫って炸裂した。
竜は異様な反応速度で体を捻って直撃を避ける。
到達した爆圧も、硬い鱗と分厚い筋で大部分が受け流されてしまう。
圧倒的に有利に見える黒竜は、驚愕の視線を聖堂正門へ向けていた。
『無傷だと』
「フン、ミグは黒い夢殿らとは違って、貴様ら歪虚らとなれあうつもりはないのじゃよ」
左肩に直撃している。
多重の特殊コーティングが剥がれて地金が白銀の装甲が剥き出しになってはいるがそれだけだ。
深刻なダメージを受けた機構は1つもない。
「キジも鳴かずば撃たれまいに」
機体を移動させずにミサイルランチャーへ再装填。
熱せられ揺らめく空気の中、鉄と鉄が触れあう音が軽やかに響く。
『ハッ、とうとうそこまで進化させたか』
「何をさえずっておる」
熱が籠もった竜と言葉と、うんざりすらしない平坦な声が重なって響く。
竜は細かく進路を変えながらブレスを連射。
高度は100メートル近く、攻防に参加できるのはミグ・ロマイヤー(ka0665)とリチェルカのみ。
しかもリチェルカは大型武器を扱う疲労で発射頻度が落ちている。
「楽しかろうが楽しくなかろうが、今日が貴様の命日」
ブレスは当たる。
小型ミサイルは届かない。
ブレスが当たる。
超射程のカノン砲が当たらない。
これほど一方的に見えるのに、【ハリケーン・バウ】は小破にすらなっていない。
「聖堂と言えば冠婚葬祭の聖地である。貴様らの墓標にふさわしい」
機体が集めた膨大な情報をミグの両肩にちょこんと乗るデバイスが全力で処理している。
それで狙いが鋭くなってもまだ当たらないが、他の役目が完璧に果たせているので問題はない。
圧倒的な防御力を活かし聖堂の弱点を隠す盾にはなれている。
それに、時間が味方するのは歪虚ではなくミグ達だ。
『奴等、強者相手の駆け引きの経験がないのかッ』
ガルドブルムの意識が東西に向いた。
ミグは一瞬の隙を見逃さず砲撃を行う。
直撃弾が鱗を凹ませ小さな血しぶきを生じさせた。
「小さくたたんで埋葬してやるからありがたく思え」
CAMと竜の決戦は、決着まで時間がかかりそうであった。
●地から届く距離
巨体が空気を押しのけた。
風の流れがうまれ、久瀬 ひふみ(ka6573)の髪がふわりと揺れる。
「大きい……」
高度90メートルというところだろうか。
見上げる姿勢が続いているのでちょっと首が痛い。
黒い竜鱗は大部分が歪んでいる。
生々しい裂傷もいくつかあり、赤と白が混じった肉が否応なく目に入る。
敵は全長20メートル。
討つためには軍隊が必要になりかねない歪虚を前にしているのに、ひふみの表情は凜々しく引き締まり目には強い光があった。
「私自身が黒竜に因縁があるわけではないけど、無性に滾ってくるね」
覚醒する。
厳しくも優しい瞳は紅に変わり、体からあふれるマテリアルが犬耳型の幻影をつくりだす。
「それじゃあ行こうかフォルカス」
イェジドが元気よく駆け出す。
主も【フォルカス】も飛び道具を持っていない。
容易い割に美味い得物にしかならないと、少なくとも空飛ぶ竜はそう考えていた。
「遅いっ」
収束の甘いブレスが落ちてくる。
ガルドブルムのそれに比べると狙いが甘すぎ油断無く駆けるひふみ達に追いつくこともできない。
巨竜が苛立つ。
首を下に向け、他へ向ける注意が疎かになった。
「下を見たな」
R7エクスシア【スヴェーニ】が極太の砲身を斜め上に向け、ゆっくり歩きながら連続で発射する。
歪虚の高度は50メートル、彼我の距離は95メートル。
歪虚相手では銃弾を浴びせることが困難な距離ではあるが、【スヴェーニ】にとっては手の届く距離でしかない。
「やり過ぎたのさ、お前らは」
蔑むでもなく怒るでもなく、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)が事実を冷たく口にする。
空飛ぶ竜は打倒以上に戦闘に持ち込むことが困難だ。
ガルドブルム以下3匹がもっと慎重に行動していれば、ハンターがこの場にたどり着くのはずっと後になり王国の被害はより大きくなっていただろう。
「どうした。逃げるのか?」
ただ歩き。
ただ発砲する。
射程の違いは圧倒的で、巨竜は残りの鱗を削られるだけで他に何もできない。
「フォルカス、もうちょっとだよ」
高温の炎が上昇気流を作り出す。
一般的な基準では高出力のブレスがもたらしたのはたったそれだけだ。
イェジドは地を滑るように駆け、空からのブレスを躱して躱して9度目の攻撃で始めて避け損ねたように見えた。
「やぁっ」
鉄の歩先がブレスの芯を貫く。
弱まった炎では【フォルカス】の生命力を削りきるどころは出来ず、平然と駆け続けて【スヴェーニ】の陰まで移動した。
『シマッ、低ッ』
巨竜が気づいたが既に遅い。
CAMとの距離は白兵戦が可能な距離にまで縮まっている。
「おらおら、俺の方が食い甲斐があるぞ!」
挑発と称するにはあまりに鋭い言葉が竜を打ち、一瞬も遅れずCAMサイズの手槍が脇腹を貫通。
溢れた血が【スヴェーニ】の装甲を斑に黒く染めた。
「まぁ俺と戦うのが怖いってんなら古道具をちまちま食ってりゃいいさ! そいつがお似合いだ」
『抜カセッ』
敵も無能では無い。
ガルドブルムより数回り大きな爪を驚くほど綺麗な軌道で【スヴェーニ】に振るう。
槍が受け止め火花を散らす。
衝撃が機体を揺らし各部位に小さな不具合が。
今回のダメージだけなら小破にも満たないとはいえ、後6度ほど繰り返せば大破は確実なはずだった。
『ギッ』
悲鳴すらあげられずに竜が身悶えする。
乱れた軌道では【スヴェーニ】に届かず、重く鋭い爪が虚しく宙を裂く。
「正面からはカルヴィさんに任せて、私達は遊撃のつもりだったんだけど、ねっ」
『キサッ』
ひふみが柄を握り【フォルカス】が後ろへ跳ぶ。
竜の肉から槍が引き抜かれるついでに穂先が内蔵をを深く抉った。
竜は悲鳴をこらえて怒りを熱へ。
開いた口から巨大な炎がひふみ達を追う。
その隙をエヴァンスは見逃さない。
硬く重い槍を竜な尻尾の付け根に打ち付け、神経と筋肉を文字通り押しつぶす。
巨大な尻尾が重すぎる荷物に変わる。
炎の向きをひふみ達に向けられず、虚しく熱を使い尽くした。
「この一撃で倒せなくても気が引ければ十分……竜殺しの槍の力を見せてみろっ!」
ひふみが反転。
滅竜槍の穂先を黒い炎が隠し、ひふみが鋭く突くと黒い線が宙に刻まれる。
下腹の鱗が剥がれて肉と血が混じったものが宙に舞う。
竜眼が怒り一色に染まり、ひふみとイェジドをかみ砕こうと高速で頭を下に向けた。
仮に被弾して、万一急所に当たっても死にはしない。
【フォルカス】は己の生命力と何より主の技と根性を信じてひたすら避けに避けて機会を待った。
「そこっ!」
竜の顎が犬耳に触れる。
弾けるマテリアルを置き去りにして、竜の懐に入ったひふみが肉がむき出の左胸に黒い炎を突き入れた。
絶叫。
巨体が暴れ回る。被弾を避けるために【フォルカス】が下がる。
大量の血を流しながら空へ飛翔し、巨竜は主である十三魔を忘れて北の空へ逃げようとした。
「あばよ」
精密に狙う必要もない。
砲撃によって壊れかけの巨竜が完全に崩壊。
高度が速度に変わって地面にぶつかり、無残な残骸と化して大地に広がった。
●竜とCAMの実力
CAMの全高は8メートル。竜の全長は20メートル。
重量比は1:20。
しかも東の竜とは異なり体調は万全で鱗にも不備が無い。
リアルブルーでなら、この場のCAM2機の生存は絶望視されただろう。
「聖堂を襲われては住民に被害が及ぶ。ここは速やかな敵の排除が最優先か」
魔導型デュミナス【Falke】が四連装のカノン砲を保持。
大量に積んだ予備弾薬を活かして切れ目なく対空射撃を継続する。
文字通りの百発百中だ。
巨体と飛行能力を兼ね備えていても速度は遅く動きも鈍い。CAMを十全に扱うだけで砲弾が必ず当たる。
「敵損害……ゲーム風にいえば3パーセントか」
とはいえダメージは少ない。
強固な鱗と柔軟な筋と分厚い脂肪により砲弾威力が8割方が防がれている。
「どうする。頭に倣って突撃でもするか?」
外部スピーカーに灯は入れない。
頭部センサーと銃口の向きだけで伝わるはずだ。
それすら分からない相手ならこのまま撃ち続けて削り切れば良い。
『2つとも弱い。外れを引いたか』
巨竜が舌打ちする。
CAMの中にある気配が、想像していたものよりかなり弱い。
これでは食らったとしても小柄な黒竜に追いつくことができない。
『油断はせぬ。折れずに最期まで抵抗するがいい』
竜が息を吸い込み喉奥に熱を溜める。
目を動かさずに戦況を確認して高速判断。
東の同属は切り捨てる。聖堂上空ではしゃぐ主は放置し、目の前の鉄巨人に集中することに決めた。
R7エクスシアが一方的に攻撃され始めた。
巨大な竜は空にあり、トリプルJ(ka6653)機の得物が届かぬ高度から延々ブレスを吐き続けている。
空を飛ぶのも炎を吐くのも決して楽では無いはずだ。
巨体に見合った体力と意外なほどの忍耐で、竜は己に有利な戦いを進めようとしていた。
「ハハッ、そりゃそうするよなぁ!」
反撃できないのにトリプルJは心底楽しんでいる。
研ぎ澄まされた殺意が実に心地よい。
「俺様、唯一強欲の歪虚だけは嫌いじゃねぇんだなぁこれが」
竜眼が底光りしている。
破滅へ向かう気質と、力を求める強欲が渾然一体となり輝いている。
「望んで努力して努力して努力して、やっとそこまで到達した。歪虚だから馴れ合えねぇ、仲間にもなれねぇ、会った瞬間殺し合うのが運命だが」
数撃ったブレスが単なる偶然でエクスシアを当たりかける。
威力は甚大でも速度は矢玉に劣り、トリプルJは余裕をもって防御力場を展開するだけでなく得物で炎の核を削りとる。
「それでも嫌いにゃなれねぇんだ。間違っていてすら、努力ってのは美しいもんだからよ」
炎が消えてCAMが現れる。
装甲の塗装が微かに焦げているだけで戦闘力の低下は皆無。
「ああ、感傷でただの趣味だぜ? 他の歪虚だって自分の目的のために邁進する……歪虚はそれしかできねぇからな」
地上から空を見下げる。
嘲るではなく只の事実の指摘だからこそ、これ以上ない精神攻撃になっていた。
『量は弱くとも質は最上か』
「何勿体ぶってやがる。バカか、テメェ? デカいだけの黒蜥蜴じゃ俺らに勝てねぇって、さっきから言ってんだよ」
竜の瞳が戦意に輝き。
トリプルJの口角が吊り上がる。
もはや言葉は無用だ。
巨竜は防御のことなど考えずに急降下を初め、エクスシアは紅の刃を片手に一歩も引かず待ち構える。
「甘く見て20パーセント。残り8割か」
30ミリ口径のアサルトライフルに切り替えさせ、アバルト・ジンツァー(ka0895)が射撃続行を指示。
雑魔ならダース単位で滅ぼせる攻撃を浴びせているのに黒い竜は未だに意気軒昂だ。
敵は異様に強くこの場の戦力はCAM2機だけ。他のハンターは手が離せない。
そんな状況でもアバルトは己の勝利は確信している。
問題はいつどのように勝てるかだ。
『おぉっ』
巨竜が瞠目する。
エクスシアの腕に噛みついた直後、内蔵小型バルカンが火を噴き竜の上顎から喉までに多数の穴を開けたのだ。
「やるかやられるかの時に口なんて開けるヤツが悪い……だからテメェは十三魔になれねぇんだよ」
『ぬかせぇ!』
巨大な爪が動き出すより早く小型のスラスターが光る。
エクスシアは己のみに有利な間合いをとり、紅の刃を竜の足にめり込ませた。
「こちらアバルト。救援は不要。こちらから救援に向かう余裕は無い」
戦場中央の戦況がよろしくない。
ガルドブルムは遠距離戦闘に徹してハンター側に一時的な遊兵を生じさせ、歪虚側以上の消耗を人類に強いている。
このまま時間が過ぎればハンターではなく聖堂が限界を超え壊れてしまう。
それまでにここの巨竜を仕留めるのは、現実的には不可能だ。
「倒せる時に倒しておくべきだろう。取り逃せば、更なる災禍を招き寄せかねないからな」
それが無理でもしばらくの戦線離脱を強いなければこの地方にとっての災厄になる。
だから射撃を続け、適度な距離をとってからは最も強力な四連カノン砲撃に切り替える。
竜は飛び道具にはひたすら耐え、まずハンターを減らすためにトリプルJ機への攻めに注力する。
『これで終わりだ』
クリティカルヒット。
十三魔の腕力上位陣並の打撃がエクスシアを襲う。
腹から腰にかけて火花が散る。
後一度、運悪く装甲の薄い箇所に当たれば全壊するかもしれない。
「霊闘士の乗ったCAMがそう簡単に落ちるかよ」
もっともそうなる可能性は0だ。
被弾部位が時を逆回しするが如く再生。極めて不運な一撃でも耐えられる状態に戻す。
もちろん攻撃も怠らず、高位のハンターを思わせる連続というより同時攻撃で健在だった竜鱗装甲を穴だらけにする。
「御大は無理かもしれねぇが、テメェは絶対逃がさねえっ」
『舐めおって、このっ』
爪を繰り出しても尻尾も振るってもことごとく宙を切る。
殺気を感じ防御を試みても受けすらできない。
竜の歯ぎしり。
真新しい破片が零れて地面を汚す。
怒りと屈辱を押し殺す唸りが響き、数秒遅れで巨体が空に浮かび上がった。
「ちっ」
脇腹に深い穴2つを開けたのが、トリプルJ最後の攻撃になった。
巨竜の位置が北西にずれる。
高度は現時点で30メートル、今も徐々に上昇中。
これでは追撃をかけられるのはアバルトのみだ。
聖堂周辺が激しく動いている。
ハンターと一般人両方に人死にが出かねない。
が、アバルトは己の感情に蓋をして戦場に意識を集中させる。
「手負いの敵をそのまま逃がしては後顧の憂いを残すこととなる。が、やむを得ぬか」
翼は狙わない。
急所も狙わない。
有効だが当たる範囲へ淡々と砲弾を送り込む。
HMD越しに弾ける血と鱗を眺めながら、アバルトはふと思いついてスピーカー越しに一言付け足す。
「来週現れても構わないぞ。撃墜スコアを伸ばすのも悪くない」
スピーカー越しに届いた声が、巨竜を屈辱で震わせた。
●聖堂
ミグは通信機を使い聖堂内に指示を出す。
ハンターに指示された聖堂戦士が民間人を守って北側に立てこもり、聖堂の南側から人の気配が消えた。
ガルドブルムが翼を畳む。
減速を考えない速度でミグ目がけて急降下してくる。
「害獣め。欠陥建築に気づく程度の頭はあるか」
直線的な動きなら非常に当てやすい。
ミグは大量の弾を浴びせ、しかし防御も優れた黒竜を撃墜することはできなかった。
『ヒデェ様だ』
災厄どころか敵とすら認識されず単なる害獣扱い。
よくぞここまで落ちぶれたと自分自身を笑い飛ばし、僅かに体を捻って緑の数メートル横へ突っ込んだ。
熱せられ形の崩れた石壁が呆気なく崩れて黒竜を迎え入れる。
『ギ』
予想外の痛みに悲鳴が零れる。
宝石の欠片が舞っている。
ガルドブルムの左脇から腹にかけ多数の凹みがいつの間にか出来ていた。
ダーリン我輩との式場でも探してくれてるのー? うーん、我輩もっとお花がいっぱいある所がいいのなー。
極限の集中により速度が落ちた時の中、聞き覚えるのある意識が黒竜の耳に触れる。
時間の流れは未だに遅い。
首元にロープの感触を幻視しながら、ガルドブルムは地獄と化した聖堂へ足を踏み入れた。
上手に灼けたら、またキスしてくれる?
金の瞳がじっと見ている。
無垢と評するにはあまりにも底知れなすぎて、気を抜けば戦う前に勝敗以外の決着がついてしまいそうだ。
妙なる響きが聖堂を満たす。
床と壁を打つ元石壁が伴奏を務め、2つの真白い光がガルドブルムを挟んで炸裂した。
聖堂の南側が消し飛んでいる。
夕日が斜めに差し込み粉塵を赤く染めていた。
『もう1人』
ロープ以外にも刀の切っ先を感じる。
鍛えた鱗をさくりを貫く刃が、至近に迫っている。
だから彼は敢えて前に突っ込んだ。
2連の白い光が鱗を焼く。
炎は愛嬌のある蝶のように舞い、竜をこの世に止める力を優しく引きちぎる。
『いるなァ!』
粉塵を抜け視界が開ける。
進路上の、長椅子バリケードの向こうで怯える人間に気づいてひょいと跳び上がり、上をすり抜けるついでに尻尾を打ち下ろす。
メーガンが吹っ飛んで聖堂戦士を巻き込み聖堂の隅に滑っていった。
尻尾に激痛。
先端部がつるりとした断面で切断され聖堂の天井まで飛んでいく。
「私は焦がれましたよガルドブルム」
馬蹄が大理石を砕く。
エクウス種の戦馬が檜舞台に駆け上がる。
障害物が多数ある屋内ではガルドブルムも速度を出し切れない。
戦馬は危険すぎる相手に危険すぎる距離まで近づき、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「貴方と戦うのを――夢に見るほどに!!」
リリティア・オルベール(ka3054)はおかんむりだ。
黒竜が狙っているのは実用に耐えない古ぼけた武具。
それ自体は別にどうでもいいのだが、今この場で自分を見ないのはあまりに面白くない。
まずは古の刃の力を引き出す。
当たり所よってはCAMを両断できる威力を持つに至り、大気に含まれた精霊が悲鳴をあげる。
その上で自身の力も現時点の最高へ。
あわせれば重装甲CAMを葬れる2連斬が黒竜を背後から襲った。
尻尾が気味悪いほど滑らかに動く。
剣筋を見切って見事刃の腹を打ち。
威力に負けて大きく抉られる。
それでもまだ止まらない。
2斬目を尻尾の反対側で受け、今度は尻尾の3分の1ほどがこの世から消失した。
『いい切れ味だ』
CAMサイズの巨体による教本に載せたくなるほどの受け身。
古の武具がまとめて砕かれ、積み重なった祈りとマテリアルが漂い黒竜の口に吸い込まれた。
視線が交差する。
竜の瞳には、対等なものを見る静かな光があった。
『カビ臭い棒とは別次元だなァ、エェ!』
精霊に成るには足らないマテリアルが消化される。
竜の筋肉が洗練の度合いを増す。
さらなる2連斬を受けすらせず滑るような横移動で躱す。
反撃が来る。
竜と同じく意識も体も加速させたリリティアの横を、回避困難な程度に集束を甘くされたブレスが通過した。
行く先は黒の夢(ka0187)。
高位の覚醒者とは言え彼女は後衛職。
当たれば致命傷を負いかねないはずだった。
「我輩もダーリンの素材欲しいなぁ」
複数種のマテリアルが熱を押さえ込んでいる。
豊かな黒髪が揺れ、熱と衝撃で全身に負荷がかかっているが致命傷には程遠い。
黒の夢は微笑みながら消えていく尻尾の先を眺めていた。
白い蝶が舞う。
屋内で速度が出し切れない黒竜に追いついて回避のための空間を減らし、リリティアの3度目の攻撃を大いに助けた。
「強欲王ゆかりの地にでも行って、火口で湯治でもしたほうがよーっぽど傷に効くんじゃないですか?」
欠けた竜爪と神斬が打ち合う。
完調のリリティアとは対照的にガルドブルムの鱗には古傷が目立つ。
『巧い手を考える』
鋼より硬い腕に骨まで届く傷が刻まれる。
黒竜は心底楽しげに喉を鳴らし、一切態勢を崩さず袋小路のはずの東へ向かう。
『借り1つだ』
「このっ! 後この前のは! 私達の神狩りに付き合えって意味ですよ!」
チェイシングスローによる急接近。
左翼の端を切り裂くが飛行能力を奪うには足り無い。
災厄の十三魔は反撃するそぶりすら見せず、出口と呼ぶには小さすぎる窓に己の体を押し込んだ。
鱗を強引に押しつけ穴を広げつつ外に出る。
粉塵でまだらに染まった外見も行動も、客観的に見て酷くみっともない。
イェジドが吼える。
竜に追いつけぬ銃団とは異なり、気合いと執念を込めた咆哮が竜の腹に届く。
『ぬ』
「連れないのなダーリン。こっちを見て」
穏やかだからこそ怖さが際立っていた。
世の男性陣のほとんどが同意するはずだ。
外部からの砲撃が直撃。
バランスを崩して外に落ちる竜と人の視線が交錯する。
一瞬なのに一昼夜にも感じられる沈黙の後、黒の夢が
「いつか、私の真の名を教えてあげる」
蝶の群れが聖堂の一角を覆い、多重の衝撃によりガルドブルムの体内を激しく傷つける。
だがまだ動く。
被弾を覚悟の上で上空への移動を優先。
意識が途切れそうになる痛みを堪えて空高くまでたどり着く。
「っはは、久しぶりの顔合わせじゃねぇかガルドブルム!」
【スヴェーニ】が再装填の後即発砲。
高度を稼いだ竜は回避も可能になり、血を流しながらもなんとか回避に成功する。
「覚えてるかガルドブルム! ま、さっきから戦ってる二人のが印象強すぎて忘れてるかもだが!」
空は既に青黒い。
数分もたたずに夜の闇の覆われるだろう。
「折角会えたんだし角の一本、鱗の一枚でも寄越してから帰りなぁ!」
『欲しけりゃ取りに来い。逃げも隠れもするがなァ!』
気弱さなど欠片もない声で言い捨て、ガルドブルムは夜の闇の中に消えていった。
人的被害0。
大型竜1を撃破。残り2体を撃退。
これを大勝利と呼ぶか敗北と呼ぶかは、発言者の立場によって決まるだろう。
「メーガンさん、こっちだよー?」
リチェルカ・ディーオ(ka1760)が手を振っている。
彼女を乗せたリーリー【サルターレ】は全力で駆け続け、メーガンとその馬の近くでリズミカルに鳴いた。
傷ついた馬蹄が回復。
大型馬が本来の速度を取り戻し、空からのブレスを横へ跳んで躱す。
「ありがとう。助かっ」
「南、急ぐ、おっけー?」
「おっけーだっ!」
大型馬とリーリーが必死に走る。リチェルカが上体を捻ってパルティアンショット。
鋭く飛んだ矢は、鋭い回避運動を追い切れずにガルドブルムの脇を擦り抜けた。
これでもそもそも当たらないメーガンよりはるかにましだ。長時間溜めての強力ブレスを防ぐことは出来る。
『足止めは』
「無理。矢が届かな」
魔導短伝話に返事を言い終えるよりも早く歪虚が動く。
細い熱線が、空に滞空したままの黒竜から伸びてくる。
剣も銃弾もリチェルカの矢すら届かない距離から、人一人燃やすには十分すぎる熱が一気に迫ってきた。
【サルターレ】はサイドステップで悠々回避。
次のブレスはメーガンに向かい、こちらは回避は許さなかったものの分厚い鉄で防がれる。
刃の一部が赤く染まり、微かな焦げ臭ささがリチェルカと【サルターレ】の鼻孔を刺激した。
「メーガンさーん。貸して」
視線で巨大な弓を示して手を伸ばす。
重装甲女騎士は一瞬戸惑い、リチェルカの目と気配が落ち着いているの確かめてから予備の矢ごと唯一の射撃武器を渡した。
ずっしり。
呆れるほどの重さがハンターとリーリーを苛む。
オフィス支部から戦場まで運ぶにはあまりにも重すぎる。
だが、戦場で受け取り戦場で使うならぎりぎりなんとかなりそうだ。
『罠のつもりか』
「メーガンさんは不器用なだけだよきっと」
『おゥ、そっちも人材不足か』
「そっちは歪虚材? 役に断たなさそう」
空の巨大蜥蜴に軽く答えて矢をつがえる。
弦が強くて腕が疲れる。
普段より乱れる狙いをなんとか調節。ブレス発射直前の竜に矢を放った。
機嫌よさげな鼻息。
熱い血と力が黒竜の体を循環。
当たれば危険な冷気付きの矢を、余裕をもって丁寧に避けた。
『当たらんぞ。どうする?』
「大技使えなくするだけでも十分かもしれないけど」
竜に回避は強いたもののかすり傷にすらなない。
だがガルドブルムは奢らず、リチェルカも落ち込まない。
槍矢を恐るべき速度でつがえて牽制射撃。
当たれば効果は絶大でも体調万全な黒竜には当たらない。
もちろん数をいれば当たる。ただし命中率は良くて1割だ。
「射撃戦続ける? 時間かかるよ?」
『1対8になって俺が負けるかもなァ』
竜が楽しげに笑う。
聖堂の西と東では大型竜対CAMの戦闘が進行中だ。
飛行能力と速度で勝る分、大型竜の負けはまずないはずだ。
が、ガルドブルムはハンターの実力を信用し配下の竜の実力を疑問視していた。
『連中が飛んで逃げる前に頂くとするかァ!』
黒竜が加速する。
攻撃を止めて移動に専念。メーガンとリチェルカを追い抜き聖堂上空まで瞬く間に到達し、真下に首を向けてブレスの準備を完了する。
聖堂の最も弱い部分。
即ち分厚い石材で覆われていない正門で、緑の巨体が待ち構えていた。
『待ち伏せか』
「先の狩りで見逃してやったと言うに、命を無駄にする歪虚共には引導を渡してやらねばな」
黒竜が口を開ける。
魔導型ドミニオン【ハリケーン・バウ】が装甲ハッチを開放。
真白いブレスが真下へ奔り、無数の小型ミサイルが歪虚の至近に迫って炸裂した。
竜は異様な反応速度で体を捻って直撃を避ける。
到達した爆圧も、硬い鱗と分厚い筋で大部分が受け流されてしまう。
圧倒的に有利に見える黒竜は、驚愕の視線を聖堂正門へ向けていた。
『無傷だと』
「フン、ミグは黒い夢殿らとは違って、貴様ら歪虚らとなれあうつもりはないのじゃよ」
左肩に直撃している。
多重の特殊コーティングが剥がれて地金が白銀の装甲が剥き出しになってはいるがそれだけだ。
深刻なダメージを受けた機構は1つもない。
「キジも鳴かずば撃たれまいに」
機体を移動させずにミサイルランチャーへ再装填。
熱せられ揺らめく空気の中、鉄と鉄が触れあう音が軽やかに響く。
『ハッ、とうとうそこまで進化させたか』
「何をさえずっておる」
熱が籠もった竜と言葉と、うんざりすらしない平坦な声が重なって響く。
竜は細かく進路を変えながらブレスを連射。
高度は100メートル近く、攻防に参加できるのはミグ・ロマイヤー(ka0665)とリチェルカのみ。
しかもリチェルカは大型武器を扱う疲労で発射頻度が落ちている。
「楽しかろうが楽しくなかろうが、今日が貴様の命日」
ブレスは当たる。
小型ミサイルは届かない。
ブレスが当たる。
超射程のカノン砲が当たらない。
これほど一方的に見えるのに、【ハリケーン・バウ】は小破にすらなっていない。
「聖堂と言えば冠婚葬祭の聖地である。貴様らの墓標にふさわしい」
機体が集めた膨大な情報をミグの両肩にちょこんと乗るデバイスが全力で処理している。
それで狙いが鋭くなってもまだ当たらないが、他の役目が完璧に果たせているので問題はない。
圧倒的な防御力を活かし聖堂の弱点を隠す盾にはなれている。
それに、時間が味方するのは歪虚ではなくミグ達だ。
『奴等、強者相手の駆け引きの経験がないのかッ』
ガルドブルムの意識が東西に向いた。
ミグは一瞬の隙を見逃さず砲撃を行う。
直撃弾が鱗を凹ませ小さな血しぶきを生じさせた。
「小さくたたんで埋葬してやるからありがたく思え」
CAMと竜の決戦は、決着まで時間がかかりそうであった。
●地から届く距離
巨体が空気を押しのけた。
風の流れがうまれ、久瀬 ひふみ(ka6573)の髪がふわりと揺れる。
「大きい……」
高度90メートルというところだろうか。
見上げる姿勢が続いているのでちょっと首が痛い。
黒い竜鱗は大部分が歪んでいる。
生々しい裂傷もいくつかあり、赤と白が混じった肉が否応なく目に入る。
敵は全長20メートル。
討つためには軍隊が必要になりかねない歪虚を前にしているのに、ひふみの表情は凜々しく引き締まり目には強い光があった。
「私自身が黒竜に因縁があるわけではないけど、無性に滾ってくるね」
覚醒する。
厳しくも優しい瞳は紅に変わり、体からあふれるマテリアルが犬耳型の幻影をつくりだす。
「それじゃあ行こうかフォルカス」
イェジドが元気よく駆け出す。
主も【フォルカス】も飛び道具を持っていない。
容易い割に美味い得物にしかならないと、少なくとも空飛ぶ竜はそう考えていた。
「遅いっ」
収束の甘いブレスが落ちてくる。
ガルドブルムのそれに比べると狙いが甘すぎ油断無く駆けるひふみ達に追いつくこともできない。
巨竜が苛立つ。
首を下に向け、他へ向ける注意が疎かになった。
「下を見たな」
R7エクスシア【スヴェーニ】が極太の砲身を斜め上に向け、ゆっくり歩きながら連続で発射する。
歪虚の高度は50メートル、彼我の距離は95メートル。
歪虚相手では銃弾を浴びせることが困難な距離ではあるが、【スヴェーニ】にとっては手の届く距離でしかない。
「やり過ぎたのさ、お前らは」
蔑むでもなく怒るでもなく、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)が事実を冷たく口にする。
空飛ぶ竜は打倒以上に戦闘に持ち込むことが困難だ。
ガルドブルム以下3匹がもっと慎重に行動していれば、ハンターがこの場にたどり着くのはずっと後になり王国の被害はより大きくなっていただろう。
「どうした。逃げるのか?」
ただ歩き。
ただ発砲する。
射程の違いは圧倒的で、巨竜は残りの鱗を削られるだけで他に何もできない。
「フォルカス、もうちょっとだよ」
高温の炎が上昇気流を作り出す。
一般的な基準では高出力のブレスがもたらしたのはたったそれだけだ。
イェジドは地を滑るように駆け、空からのブレスを躱して躱して9度目の攻撃で始めて避け損ねたように見えた。
「やぁっ」
鉄の歩先がブレスの芯を貫く。
弱まった炎では【フォルカス】の生命力を削りきるどころは出来ず、平然と駆け続けて【スヴェーニ】の陰まで移動した。
『シマッ、低ッ』
巨竜が気づいたが既に遅い。
CAMとの距離は白兵戦が可能な距離にまで縮まっている。
「おらおら、俺の方が食い甲斐があるぞ!」
挑発と称するにはあまりに鋭い言葉が竜を打ち、一瞬も遅れずCAMサイズの手槍が脇腹を貫通。
溢れた血が【スヴェーニ】の装甲を斑に黒く染めた。
「まぁ俺と戦うのが怖いってんなら古道具をちまちま食ってりゃいいさ! そいつがお似合いだ」
『抜カセッ』
敵も無能では無い。
ガルドブルムより数回り大きな爪を驚くほど綺麗な軌道で【スヴェーニ】に振るう。
槍が受け止め火花を散らす。
衝撃が機体を揺らし各部位に小さな不具合が。
今回のダメージだけなら小破にも満たないとはいえ、後6度ほど繰り返せば大破は確実なはずだった。
『ギッ』
悲鳴すらあげられずに竜が身悶えする。
乱れた軌道では【スヴェーニ】に届かず、重く鋭い爪が虚しく宙を裂く。
「正面からはカルヴィさんに任せて、私達は遊撃のつもりだったんだけど、ねっ」
『キサッ』
ひふみが柄を握り【フォルカス】が後ろへ跳ぶ。
竜の肉から槍が引き抜かれるついでに穂先が内蔵をを深く抉った。
竜は悲鳴をこらえて怒りを熱へ。
開いた口から巨大な炎がひふみ達を追う。
その隙をエヴァンスは見逃さない。
硬く重い槍を竜な尻尾の付け根に打ち付け、神経と筋肉を文字通り押しつぶす。
巨大な尻尾が重すぎる荷物に変わる。
炎の向きをひふみ達に向けられず、虚しく熱を使い尽くした。
「この一撃で倒せなくても気が引ければ十分……竜殺しの槍の力を見せてみろっ!」
ひふみが反転。
滅竜槍の穂先を黒い炎が隠し、ひふみが鋭く突くと黒い線が宙に刻まれる。
下腹の鱗が剥がれて肉と血が混じったものが宙に舞う。
竜眼が怒り一色に染まり、ひふみとイェジドをかみ砕こうと高速で頭を下に向けた。
仮に被弾して、万一急所に当たっても死にはしない。
【フォルカス】は己の生命力と何より主の技と根性を信じてひたすら避けに避けて機会を待った。
「そこっ!」
竜の顎が犬耳に触れる。
弾けるマテリアルを置き去りにして、竜の懐に入ったひふみが肉がむき出の左胸に黒い炎を突き入れた。
絶叫。
巨体が暴れ回る。被弾を避けるために【フォルカス】が下がる。
大量の血を流しながら空へ飛翔し、巨竜は主である十三魔を忘れて北の空へ逃げようとした。
「あばよ」
精密に狙う必要もない。
砲撃によって壊れかけの巨竜が完全に崩壊。
高度が速度に変わって地面にぶつかり、無残な残骸と化して大地に広がった。
●竜とCAMの実力
CAMの全高は8メートル。竜の全長は20メートル。
重量比は1:20。
しかも東の竜とは異なり体調は万全で鱗にも不備が無い。
リアルブルーでなら、この場のCAM2機の生存は絶望視されただろう。
「聖堂を襲われては住民に被害が及ぶ。ここは速やかな敵の排除が最優先か」
魔導型デュミナス【Falke】が四連装のカノン砲を保持。
大量に積んだ予備弾薬を活かして切れ目なく対空射撃を継続する。
文字通りの百発百中だ。
巨体と飛行能力を兼ね備えていても速度は遅く動きも鈍い。CAMを十全に扱うだけで砲弾が必ず当たる。
「敵損害……ゲーム風にいえば3パーセントか」
とはいえダメージは少ない。
強固な鱗と柔軟な筋と分厚い脂肪により砲弾威力が8割方が防がれている。
「どうする。頭に倣って突撃でもするか?」
外部スピーカーに灯は入れない。
頭部センサーと銃口の向きだけで伝わるはずだ。
それすら分からない相手ならこのまま撃ち続けて削り切れば良い。
『2つとも弱い。外れを引いたか』
巨竜が舌打ちする。
CAMの中にある気配が、想像していたものよりかなり弱い。
これでは食らったとしても小柄な黒竜に追いつくことができない。
『油断はせぬ。折れずに最期まで抵抗するがいい』
竜が息を吸い込み喉奥に熱を溜める。
目を動かさずに戦況を確認して高速判断。
東の同属は切り捨てる。聖堂上空ではしゃぐ主は放置し、目の前の鉄巨人に集中することに決めた。
R7エクスシアが一方的に攻撃され始めた。
巨大な竜は空にあり、トリプルJ(ka6653)機の得物が届かぬ高度から延々ブレスを吐き続けている。
空を飛ぶのも炎を吐くのも決して楽では無いはずだ。
巨体に見合った体力と意外なほどの忍耐で、竜は己に有利な戦いを進めようとしていた。
「ハハッ、そりゃそうするよなぁ!」
反撃できないのにトリプルJは心底楽しんでいる。
研ぎ澄まされた殺意が実に心地よい。
「俺様、唯一強欲の歪虚だけは嫌いじゃねぇんだなぁこれが」
竜眼が底光りしている。
破滅へ向かう気質と、力を求める強欲が渾然一体となり輝いている。
「望んで努力して努力して努力して、やっとそこまで到達した。歪虚だから馴れ合えねぇ、仲間にもなれねぇ、会った瞬間殺し合うのが運命だが」
数撃ったブレスが単なる偶然でエクスシアを当たりかける。
威力は甚大でも速度は矢玉に劣り、トリプルJは余裕をもって防御力場を展開するだけでなく得物で炎の核を削りとる。
「それでも嫌いにゃなれねぇんだ。間違っていてすら、努力ってのは美しいもんだからよ」
炎が消えてCAMが現れる。
装甲の塗装が微かに焦げているだけで戦闘力の低下は皆無。
「ああ、感傷でただの趣味だぜ? 他の歪虚だって自分の目的のために邁進する……歪虚はそれしかできねぇからな」
地上から空を見下げる。
嘲るではなく只の事実の指摘だからこそ、これ以上ない精神攻撃になっていた。
『量は弱くとも質は最上か』
「何勿体ぶってやがる。バカか、テメェ? デカいだけの黒蜥蜴じゃ俺らに勝てねぇって、さっきから言ってんだよ」
竜の瞳が戦意に輝き。
トリプルJの口角が吊り上がる。
もはや言葉は無用だ。
巨竜は防御のことなど考えずに急降下を初め、エクスシアは紅の刃を片手に一歩も引かず待ち構える。
「甘く見て20パーセント。残り8割か」
30ミリ口径のアサルトライフルに切り替えさせ、アバルト・ジンツァー(ka0895)が射撃続行を指示。
雑魔ならダース単位で滅ぼせる攻撃を浴びせているのに黒い竜は未だに意気軒昂だ。
敵は異様に強くこの場の戦力はCAM2機だけ。他のハンターは手が離せない。
そんな状況でもアバルトは己の勝利は確信している。
問題はいつどのように勝てるかだ。
『おぉっ』
巨竜が瞠目する。
エクスシアの腕に噛みついた直後、内蔵小型バルカンが火を噴き竜の上顎から喉までに多数の穴を開けたのだ。
「やるかやられるかの時に口なんて開けるヤツが悪い……だからテメェは十三魔になれねぇんだよ」
『ぬかせぇ!』
巨大な爪が動き出すより早く小型のスラスターが光る。
エクスシアは己のみに有利な間合いをとり、紅の刃を竜の足にめり込ませた。
「こちらアバルト。救援は不要。こちらから救援に向かう余裕は無い」
戦場中央の戦況がよろしくない。
ガルドブルムは遠距離戦闘に徹してハンター側に一時的な遊兵を生じさせ、歪虚側以上の消耗を人類に強いている。
このまま時間が過ぎればハンターではなく聖堂が限界を超え壊れてしまう。
それまでにここの巨竜を仕留めるのは、現実的には不可能だ。
「倒せる時に倒しておくべきだろう。取り逃せば、更なる災禍を招き寄せかねないからな」
それが無理でもしばらくの戦線離脱を強いなければこの地方にとっての災厄になる。
だから射撃を続け、適度な距離をとってからは最も強力な四連カノン砲撃に切り替える。
竜は飛び道具にはひたすら耐え、まずハンターを減らすためにトリプルJ機への攻めに注力する。
『これで終わりだ』
クリティカルヒット。
十三魔の腕力上位陣並の打撃がエクスシアを襲う。
腹から腰にかけて火花が散る。
後一度、運悪く装甲の薄い箇所に当たれば全壊するかもしれない。
「霊闘士の乗ったCAMがそう簡単に落ちるかよ」
もっともそうなる可能性は0だ。
被弾部位が時を逆回しするが如く再生。極めて不運な一撃でも耐えられる状態に戻す。
もちろん攻撃も怠らず、高位のハンターを思わせる連続というより同時攻撃で健在だった竜鱗装甲を穴だらけにする。
「御大は無理かもしれねぇが、テメェは絶対逃がさねえっ」
『舐めおって、このっ』
爪を繰り出しても尻尾も振るってもことごとく宙を切る。
殺気を感じ防御を試みても受けすらできない。
竜の歯ぎしり。
真新しい破片が零れて地面を汚す。
怒りと屈辱を押し殺す唸りが響き、数秒遅れで巨体が空に浮かび上がった。
「ちっ」
脇腹に深い穴2つを開けたのが、トリプルJ最後の攻撃になった。
巨竜の位置が北西にずれる。
高度は現時点で30メートル、今も徐々に上昇中。
これでは追撃をかけられるのはアバルトのみだ。
聖堂周辺が激しく動いている。
ハンターと一般人両方に人死にが出かねない。
が、アバルトは己の感情に蓋をして戦場に意識を集中させる。
「手負いの敵をそのまま逃がしては後顧の憂いを残すこととなる。が、やむを得ぬか」
翼は狙わない。
急所も狙わない。
有効だが当たる範囲へ淡々と砲弾を送り込む。
HMD越しに弾ける血と鱗を眺めながら、アバルトはふと思いついてスピーカー越しに一言付け足す。
「来週現れても構わないぞ。撃墜スコアを伸ばすのも悪くない」
スピーカー越しに届いた声が、巨竜を屈辱で震わせた。
●聖堂
ミグは通信機を使い聖堂内に指示を出す。
ハンターに指示された聖堂戦士が民間人を守って北側に立てこもり、聖堂の南側から人の気配が消えた。
ガルドブルムが翼を畳む。
減速を考えない速度でミグ目がけて急降下してくる。
「害獣め。欠陥建築に気づく程度の頭はあるか」
直線的な動きなら非常に当てやすい。
ミグは大量の弾を浴びせ、しかし防御も優れた黒竜を撃墜することはできなかった。
『ヒデェ様だ』
災厄どころか敵とすら認識されず単なる害獣扱い。
よくぞここまで落ちぶれたと自分自身を笑い飛ばし、僅かに体を捻って緑の数メートル横へ突っ込んだ。
熱せられ形の崩れた石壁が呆気なく崩れて黒竜を迎え入れる。
『ギ』
予想外の痛みに悲鳴が零れる。
宝石の欠片が舞っている。
ガルドブルムの左脇から腹にかけ多数の凹みがいつの間にか出来ていた。
ダーリン我輩との式場でも探してくれてるのー? うーん、我輩もっとお花がいっぱいある所がいいのなー。
極限の集中により速度が落ちた時の中、聞き覚えるのある意識が黒竜の耳に触れる。
時間の流れは未だに遅い。
首元にロープの感触を幻視しながら、ガルドブルムは地獄と化した聖堂へ足を踏み入れた。
上手に灼けたら、またキスしてくれる?
金の瞳がじっと見ている。
無垢と評するにはあまりにも底知れなすぎて、気を抜けば戦う前に勝敗以外の決着がついてしまいそうだ。
妙なる響きが聖堂を満たす。
床と壁を打つ元石壁が伴奏を務め、2つの真白い光がガルドブルムを挟んで炸裂した。
聖堂の南側が消し飛んでいる。
夕日が斜めに差し込み粉塵を赤く染めていた。
『もう1人』
ロープ以外にも刀の切っ先を感じる。
鍛えた鱗をさくりを貫く刃が、至近に迫っている。
だから彼は敢えて前に突っ込んだ。
2連の白い光が鱗を焼く。
炎は愛嬌のある蝶のように舞い、竜をこの世に止める力を優しく引きちぎる。
『いるなァ!』
粉塵を抜け視界が開ける。
進路上の、長椅子バリケードの向こうで怯える人間に気づいてひょいと跳び上がり、上をすり抜けるついでに尻尾を打ち下ろす。
メーガンが吹っ飛んで聖堂戦士を巻き込み聖堂の隅に滑っていった。
尻尾に激痛。
先端部がつるりとした断面で切断され聖堂の天井まで飛んでいく。
「私は焦がれましたよガルドブルム」
馬蹄が大理石を砕く。
エクウス種の戦馬が檜舞台に駆け上がる。
障害物が多数ある屋内ではガルドブルムも速度を出し切れない。
戦馬は危険すぎる相手に危険すぎる距離まで近づき、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「貴方と戦うのを――夢に見るほどに!!」
リリティア・オルベール(ka3054)はおかんむりだ。
黒竜が狙っているのは実用に耐えない古ぼけた武具。
それ自体は別にどうでもいいのだが、今この場で自分を見ないのはあまりに面白くない。
まずは古の刃の力を引き出す。
当たり所よってはCAMを両断できる威力を持つに至り、大気に含まれた精霊が悲鳴をあげる。
その上で自身の力も現時点の最高へ。
あわせれば重装甲CAMを葬れる2連斬が黒竜を背後から襲った。
尻尾が気味悪いほど滑らかに動く。
剣筋を見切って見事刃の腹を打ち。
威力に負けて大きく抉られる。
それでもまだ止まらない。
2斬目を尻尾の反対側で受け、今度は尻尾の3分の1ほどがこの世から消失した。
『いい切れ味だ』
CAMサイズの巨体による教本に載せたくなるほどの受け身。
古の武具がまとめて砕かれ、積み重なった祈りとマテリアルが漂い黒竜の口に吸い込まれた。
視線が交差する。
竜の瞳には、対等なものを見る静かな光があった。
『カビ臭い棒とは別次元だなァ、エェ!』
精霊に成るには足らないマテリアルが消化される。
竜の筋肉が洗練の度合いを増す。
さらなる2連斬を受けすらせず滑るような横移動で躱す。
反撃が来る。
竜と同じく意識も体も加速させたリリティアの横を、回避困難な程度に集束を甘くされたブレスが通過した。
行く先は黒の夢(ka0187)。
高位の覚醒者とは言え彼女は後衛職。
当たれば致命傷を負いかねないはずだった。
「我輩もダーリンの素材欲しいなぁ」
複数種のマテリアルが熱を押さえ込んでいる。
豊かな黒髪が揺れ、熱と衝撃で全身に負荷がかかっているが致命傷には程遠い。
黒の夢は微笑みながら消えていく尻尾の先を眺めていた。
白い蝶が舞う。
屋内で速度が出し切れない黒竜に追いついて回避のための空間を減らし、リリティアの3度目の攻撃を大いに助けた。
「強欲王ゆかりの地にでも行って、火口で湯治でもしたほうがよーっぽど傷に効くんじゃないですか?」
欠けた竜爪と神斬が打ち合う。
完調のリリティアとは対照的にガルドブルムの鱗には古傷が目立つ。
『巧い手を考える』
鋼より硬い腕に骨まで届く傷が刻まれる。
黒竜は心底楽しげに喉を鳴らし、一切態勢を崩さず袋小路のはずの東へ向かう。
『借り1つだ』
「このっ! 後この前のは! 私達の神狩りに付き合えって意味ですよ!」
チェイシングスローによる急接近。
左翼の端を切り裂くが飛行能力を奪うには足り無い。
災厄の十三魔は反撃するそぶりすら見せず、出口と呼ぶには小さすぎる窓に己の体を押し込んだ。
鱗を強引に押しつけ穴を広げつつ外に出る。
粉塵でまだらに染まった外見も行動も、客観的に見て酷くみっともない。
イェジドが吼える。
竜に追いつけぬ銃団とは異なり、気合いと執念を込めた咆哮が竜の腹に届く。
『ぬ』
「連れないのなダーリン。こっちを見て」
穏やかだからこそ怖さが際立っていた。
世の男性陣のほとんどが同意するはずだ。
外部からの砲撃が直撃。
バランスを崩して外に落ちる竜と人の視線が交錯する。
一瞬なのに一昼夜にも感じられる沈黙の後、黒の夢が
「いつか、私の真の名を教えてあげる」
蝶の群れが聖堂の一角を覆い、多重の衝撃によりガルドブルムの体内を激しく傷つける。
だがまだ動く。
被弾を覚悟の上で上空への移動を優先。
意識が途切れそうになる痛みを堪えて空高くまでたどり着く。
「っはは、久しぶりの顔合わせじゃねぇかガルドブルム!」
【スヴェーニ】が再装填の後即発砲。
高度を稼いだ竜は回避も可能になり、血を流しながらもなんとか回避に成功する。
「覚えてるかガルドブルム! ま、さっきから戦ってる二人のが印象強すぎて忘れてるかもだが!」
空は既に青黒い。
数分もたたずに夜の闇の覆われるだろう。
「折角会えたんだし角の一本、鱗の一枚でも寄越してから帰りなぁ!」
『欲しけりゃ取りに来い。逃げも隠れもするがなァ!』
気弱さなど欠片もない声で言い捨て、ガルドブルムは夜の闇の中に消えていった。
人的被害0。
大型竜1を撃破。残り2体を撃退。
これを大勝利と呼ぶか敗北と呼ぶかは、発言者の立場によって決まるだろう。
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【相談卓】もぐもぐバイキング 黒の夢(ka0187) エルフ|26才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/05/28 23:09:56 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/05/25 18:21:22 |