• 交酒

【交酒】よろしい、ならば、闘コンだ

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2017/05/29 19:00
完成日
2017/06/09 19:55

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 女が一人、冒険都市リゼリオに降り立った。
 鮮やかな赤髪が、しゃんと伸びた背に流れる。往来の熱気が、風となってその髪をなびかせるのを気にもとめず、女は大きく背伸びをした。
「…………ふぃー、こりゃまた、人が多いねェ」
 額に伸びる黄色い角、女性にしてはなかなかの長身――であることよりも、その服装が衆目を集めていることも、これまた気にすることもなく、アカシラ(kz0146)は歩きだした。特にアテはないのか、出店や町並みを冷やかしながらの散策であるようだった。



 しばし歩いた頃。アカシラはとあるものを見て、表情を曇らせた。
「…………」
 それは、東方からの果物や、野菜、あるいは料理――出店の一角に、アカシラにとってはかつて見慣れた光景が、広がっていたのだ。
 つい、足が止まる。
「――、ったく」
 そんな自らの反応に苦いものを噛み潰したような表情をしながら、そこから背を向けた。

 東方。もう帰ることはない、遠けき故郷。
 自らの手足で踏みにじり、壊し、奪い尽くした土地は、今のアカシラにとってあまりに遠かったのだ。
 足早に立ち去ろうとした、その時のことだった。
「む」
 と、低い男の声。それだけならば、無視して歩き去ることも出来たが、続く言葉で、止めざるを得なくなった。
「アカシラ、か?」
「…………シンカイ」
 武僧、シンカイであった。安っぽい僧服の下を、分厚い筋肉が押し上げている。
「アンタ、こんな所で何してんだい?」
「おいおい、それは此方の台詞だ」
 昼間っから酒を呷りながら、シンカイはニンマリと頬を歪めて笑った。
「湿っぽい面をしているな……よし。肴にできる話の一つや二つ、あるだろう。どこぞか適当な場所に移るぞ」



「ふーむ、王国で、ねえ……」
「別に口止めされちゃァいないけどさ。あんまり他言するんじゃないよ」
「はっはっは、他言するにも、東方の田舎者では王国の事情なんかではのう」
 結局、場末のバルに腰を据えることになった。こちらの流儀は今やアカシラのほうが詳しいため、適当に注文をして、飲み食い語らいに耽った。
 シンカイからは、東方に残ることを選んだ鬼達――主に若者たち――の現状を。
 アカシラは、最近こちらで受けていた、珍妙な依頼について、である。王国の一都市の貴族と、その娘から受けた一連の依頼は、"とある集団"を護衛する、というものだった。
 その中で一つ、打診を受けたのだ。
「にしても、おぬしらのような『ならず者』を受け入れようとは、なぁ。剛毅なものだ」
「剛毅、ってわけじゃないさ。七面倒臭い政治の匂いが鼻についてねェ……」
 ぐびり、と、蒸留酒を飲み干した。手振りでもう一杯と示しつつ、「落ち着くにしたって、キナ臭くてね」と言えば、シンカイはヒヒヒ、と下卑た笑いをした。
「何だ何だ、存外真面目に考えてたみたいではないか」
「……何をだい」
「『落ち着く』、と言うたろう。アカシラ」
「……ぁー……」
「は、は、は。これは傑作だな! 良い土産話ができた!」
「……煩いねェ。ほら、さっさと飲みな。アンタが煩いから目立って仕方ないじゃないか。河岸を変えるよ」
 届いた酒をそのままシンカイに押し付けて、アカシラは慨嘆を零した。
 この僧侶の人となりを知っているばかりに、要らぬ話をしてしまった、と、苦くも心地よい後悔を噛み締めながら、立ち上がったのだった。





 それがどうしてか、こうなった。

「なあシシド」
「へい」
「…………見合いって、なンだ?」
「見合い……」
 アカシラの傍ら、チョコレートを包装していた鬼が、短く応じた。暇があれば揺籃館の厨房をかりて菓子作りに精を出すようになったシシドはすぐに見つかった。
 意外と世俗の事にも詳しい所がある男鬼であるので、重宝している。
 シシドは顔をしかめた後、「聞いたことがある」と言った。
「見合い……たしか……男、女双方が、互いに面を突き合わせるんでさ。場合によっちゃァ、側近も連れていくみてェですがね。良い酒、良い飯、年頃の男と女――で、見合う、と、そういう催しだった筈だ」
「見合う……」
 つと、アカシラは考えた。そうして、思い至るものがあり、ぽんと手を打った。
「あー、見合う。見合うってーと、アレかい」
「お。ご存知でしたか、さすが姐御」
 コホン、と咳払いをしたアカシラは、厳かに告げた。
「見合って……」
 シシドは、はっ、とした顔をして、これまた厳かな調子で応じた。
「見合って……」

「「ハッケヨイ!!」」



「なんだこれは、どうしたことだ」
「…………あ?」
 先般、身を固めるという意味で見合いを薦めはした立場ではあるものの、本当にアカシラが見合いをするらしいと聞いて、冷やかしに駆けつけたシンカイであったが、集まっている"面々"を見て度肝を抜かれていた。
 それ以外もいるかもしれないが、多くがハンターたちであろう、と当たりをつける。飲み食いに興じているものもいるが、得物を用意しているものもいる。
 広々とした公園のど真ん中には、土を持って作られた土俵が、ある。

 但し、デカい。一辺にして60メートルばかりもある。シンカイの知る土俵とは明らかに違う――いや、そもそもなんだこれは。
「何って……見合い、だろ?」
「………………見合い?」
 正気か、と、シンカイの虚しい呟きが土俵に落ちて、儚く消えた。



 過日。ハンターオフィスに依頼が投げ込まれていた。

『お日柄もよい日が続いている昨今、先般に続き、宴会を開催せんとす。
 ついては、メンバァを募らむ。


 我こそはと云ふツワモノ、求む』

 あってるんだかあってないんだかさっぱりわからない、ミミズの張ったような字の依頼書きには、こんな名前が添えられていたのであった。

 アカシラ、と。

リプレイ本文


 いや、解ってたぜ。
 流石に俺だって、もう、アレだ。

 だって見合いなのに実力やら獲物を聞いてきやがるし。
 怪しいだろ。更にアカシラの名前だ。どんだけだよ。
 九割怪しい。

 でもよォ。俺だって男だ。
 どこぞの誰かと家庭を……ゲフンゲフン。
 だからよお。見合いってやつによぉ……もう一割の可能性に俺はかけたワケよ。


「ご覧の有様だぜブゥアァァカッ!!」
「どうした」
 ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の自嘲の声が広場に虚しく木霊した。隣、先の戦場で深手を負っていたクローディオ・シャール(ka0030)は愛車ヴィクトリアを磨きながら、不可解げに眉を潜める。
「なんでも……ねぇ!」
 言いながら、見やった先。レム・フィバート(ka6552)とアーク・フォーサイス(ka6568)が仲睦まじく談笑していた。

「お、闘コン? 楽しそーなイベントじゃんっ! 折角だし行ってみよーよアーくんっ♪」
「嫌な予感がするけどなあ」
 嬉しげなレムと、闘うことそのものにはさして乗り気ではなさそうなアーク。二人はとても、幸せそうで。

「うおおおおおおおおおおッ!」
 ジャックは泣いた。男泣きだ。啼泣しながら、叫んだ。
「見合いをするぞクロォディオーー!!」
「?」



 会場の盛況ぶりを眺めた閏(ka5673)は、思わず持参した包みを取り落としそうになった。
「なんということでしょう」
 劇的ではない。もっとシンプルな問題に、直面していた。
 足りない。おにぎりが。
「…………っ」
 思わず、涙が溢れそうになった。ばか。ばか。ばかばかばかばか俺の馬鹿!
 雫で潤んだ瞳で起死回生の一手を探す。
 ――見つけた。
「す、すみませーん!!」
 駆け込んだ先の調理場では、厳つい鬼たちが忙しなく調理に励んでいた。



 早速騒がしくなった周囲の気配に、アカシラは思わず息を零した。
 ――変わんないねぇ。
「おや、こちらにいらっしゃいましたか」
 ふと、声が掛かった。米本 剛(ka0320)。四角い身体だが歩みは軽い。
「アカシラさんには、この素晴らしい宴に招待してもらった事に感謝を。良い肴になる……そんな手合せになる様にしたいです」
「ハ。随分と愉しそうじゃないかい」
「はは。ええ、まあ」
 刈り上げた頭を撫でながら、剛は眼鏡の奥の瞳を光らせた。決闘の相手に、血が騒いでいるのは紛れもない事実なのだ。
「酒の席には、またのちほど」
「あぁ、また」
 礼をして離れていく剛をなんとなしに眺めていると、
「ごきげんようですわ、アカシラお姉さま〜」
「……アンタ、なにしてんだい?」
 足元から届いた声に、つい、そう零してしまった。その場で回ったチョココ(ka2449)は、ユグディラのきぐるみを着込んでいた。
「チョコディラ参上ですのー」
「お、おう」
 頭の上にしがみつくパルム――パルパルといったか――が目を回しているのがなんとも哀れっぽく、アカシラは手を伸ばしてチョココの頭を抑えた。
「あう」
「ちったァ落ち着きな……折角めかしこんでるのが台無しだよ「わふーーーーっ!」……っと」
 アカシラの言葉は、騒がしい足音を立てながら突撃してきた影に阻まれることになった。その声に聞き覚えがある。
「アンタも変わんないねぇ……アルマ」
「はい! とってもお久しぶりです!」
「はっ……もうご飯が始まってるのです!」
 手にはすでに皿を抱えたアルマ・A・エインズワース(ka4901)の突撃ハグを受け止めたアカシラは、同時に食事の気配に気づき走り去るチョココを曖昧な表情で見送った。
「壮健そうで何よりさね」
「わふっ、元気元気ですよー! それに僕、会わない間にちょっとだけつよくなったですよー」
「へぇ」
 抱きついているその"ナリ"を眺めれば、魔杖に護符に魔術用ベストと、中々の装備である。
 なるほど、どうやら、ただ飲み会に来ただけではないらしいと見て、口の端を釣り上げた。
「アンタも"見合い"に来たのかい?」
「わぅ、今回は戦わないですー」
 ――違ったようだった。
 アルマは満面の笑みで抱えた皿を差し出す。
「僕が得意なの、機導術……えっと、魔法ですもん。食べるですー?」
「魔法だって符術だって、戦えりゃなんでもいいたァ思うけどねえ……ま、いいや、貰っとくよ」
 苦笑した赤鬼は、差し出された閏の握り飯を一口で頬張ると、
「お! 結構いけるじゃあないか」
「わふっ! そうなんですー!」


 一方その頃。
「ぬぁあああにぃい!?」
 和やかさに埋もれることなく響く、年若い青年の怒声。
「重体って! なんだ重体って!?」
「のじゃー」
「ゴマかしてんじゃねえ! こちとら! 一年越しにっ、楽しみにしてたっ、またとないっ、機会っ、なんだっ、がっ!?」
 槍を携えたウィンス・デイランダール(ka0039)が叫ぶ先では、彼の言葉どおりに負傷の色が濃い紅薔薇(ka4766)が五月蝿げに耳に手をあてている。
 実際のところウィンスの気持ちも解る。紅薔薇とて、再戦に期待していたのだ。けれどまあ、こうなっては仕方がない。痛む傷は無視して、凛と居住まいを正す。
「……うん、まぁ、すまんかったのじゃ。今回は不戦敗で良いぞ?」
「そーゆーんじゃねえんだ!!!」
 ノォオオ、と唸るウィンスに、紅薔薇はふたたびヤレヤレと、ため息を零した。

 ――遠景からそれを眺めている者が居るとは、知らずに。
「ふぅん」
 木陰から響く華やかな声には――恐るべき何かが籠められていた。
「随分と楽しそうですねぇ……?」
 誰とは言わないが、青い髪の少女である。

 むせ返るほどの騒乱の気配が、滲み出していた。



 ウィスキーを一息に飲み干したフォークス(ka0570)は、ケ、と鼻を鳴らした。
「武闘大会ってヤツあったじゃん?」
 酒を並べている台に肘をついたフォークスの目をみて、調理や給仕に勤しむ鬼たちは一斉に目を背けた。
 腰に下げた銃を恐れたのではなく、絡まれると厄介な気配が濃厚に過ぎた。
「時期的に前回開催した闘コンを参考に開催したのは火を見るよりも明らかだよネ」
「……そうかァ?」
「そんでトトカルチョもやってたよネ??」
「あ?」
「闘コンの時にトトを考えて開いてたのはあたいだよネ???」
 話の流れに不穏は感じつつもそれとなく聞いていた鬼たちであったが、途端に心あたりのある幾人かの顔が苦いものへと転じていく。
「アレ、おかしくない? 実質あたいのアイデアだよネ??」
 ドン! と豪快な音が卓上に鳴り響いた。
「おい、壊すなよ?」
 流石に渋面になった鬼が苦言を呈するが、フォークスは止まらない。ドンドンドンドンとテンポよく机を叩きながら言う。
「なんであたいには何の見返りもないの??? 【闘祭】が盛り上がったの半分くらいあたいのお蔭だよね?? ン???」
「知らねーよ」
「あたい間違ってる???」
「うるせえ!!!」
そこに。
「ええ、と、"宴会"は、此処、で……いいのかの?」
 無謀にも訪れたのは、細身の青年、ネフィルト・ジェイダー(ka6838)。平静な装いではあるが、少しばかり浮ついた空気が漂う。
「宴会ィ……?」
「む。だってほら、ご飯を食べながら楽しく騒いでおるじゃろ!?」
 言いながら、未知の空間と体験に鼻息を荒くするネフィルトである。その視線は現在も調理中の鬼達に向けられており、フォークスはそんな横顔に毒気を抜かれたのか、嘆息を零した。
「……はぁ」
「やー、しかし、ただで飲み食いできるのは嬉しいことじゃな!」
 この場で最も騒がしかったのはこの場だからと、寄ってきたのだろうか。管を巻いていたフォークスとしては、健気さに後味の悪さを覚えないでもない。
「そーだね。確かに、食べないと損……ねえ、アタイにも何か作ってよ。一番高いの。あと、お代わり」
「お前もう酔っ払ってんのかよ……」
 呆れた声は露程も気にすることないフォークスは、ふと、傍らから届いた視線に気がついた。先程まで料理に集中していたネフィルトが、今度はフォークスの手元に注目している。視線で問い返せば、ネフィルトは少しだけ寂しそうに笑う。
「酒を飲むには齢が足りておらぬのが残念じゃが……」
 そこはかとなく、"宴"そのものにも興味があるのか、と思い至ったフォークスは、つと片手のグラスをあげた。
「……呑む?」
「え! 良いのか?!」
「――姐さんにシバカれるから絶対渡さねェからな」
 目を輝かせるネフィルトに、鬼たちは嘆息しながらそう呟いたのだった。


 榊 兵庫 (ka0010)は槍を小脇に構えて、対面に立つ人物を眺めた。構えは自然体。得物は斧槍。体格は、細く絞られた兵衛のものとは大きく、異なる。
 米本 剛。名前通りの、兵だ。
 ――この機会に感謝しなくてはな。
 高く、強く拍動する心の臓が、闘争に向けて熱を生む。
 視線が、剛の双眸へと吸い込まれていく。相手も、同じだろうか。同じく、この熱を感じているのだろうか。

 宴の前に、一手。立場を離れて、純粋に技を競う。
 そんな前振りが吹き飛んでしまうほどの昂揚が、ある。

「では、一手お相手頂こう」

 待つのは無意味だ。
 往く。

 ―・―

 剛は疾駆する兵庫の足運びを見極めんとして、すぐに諦めた。兵庫の得物は長槍、人間無骨。その間合いは剛の槍斧よりも長い。
(待っていてはジリ貧。もとより、捌き切れるほど器用では、無いですからなっ!)
 得物選びの段階で、此方は前に出なければならないのは必至。
「オォ……っ!」
 吼え、走る。
 先手はそれでも兵庫が取った。その手元から槍が走る。その自然さと速さに、剛の首元に悪寒が走る。必殺の一槍が、来た。
「……っ!」
 此方の出鼻に突き出された一突きだ。避けるのは至難。故に大地を強く踏む。反動をそのまま速度に転じて、上体をのけぞらせながら直感に従って斧槍を大きく薙いだ。

 殷々たる、轟音。大気に響いたそれは、剛の斧槍が長槍を叩き落とした際の快音だ。

「やるな」
「二度はないですが、ねっ!」
 槍を押し退けた隙間を利用して距離を詰めようと突進する剛。超重量、重装甲にまかせて、自らの間合いに持ち込む。
 手が届き、足を止めての打ち合いであれば装甲で勝る剛にも勝機ができる。
 スキル無しでの闘争だからこその死中に活。
 そこに。
「せ、らァ……!」
 気迫と共に、押し上げて居た筈の長槍が、『落ちてきた』。
 意表をついた一撃であったが、受けが間に合ったのは僥倖だった。斧槍を通じて伝わる衝撃に堪える。
 闘狩人である兵庫と、聖導士の剛の筋力が拮抗し――均衡。
 剛にとっては嬉しい誤算だ。豪力と胆力で、勝機をつかむべく押し切らんとする。
 兵庫は引くか。押すか。拮抗も、この間合いも兵庫にとっては"美味しく"ない。
 予測を立てながら、剛は渾身の力を込めた。槍の技を活かすため、兵庫は引くだろう。そこを、叩き切る。
 果たして――剛の予測通りに、兵庫の槍の穂が、僅かに上る。体捌きが転じるのを、感じるや否や、さらに一歩を踏み込む。
「―――――ッ!」
 言葉にならぬ気迫と共に、斧槍を、全身全霊を込めて、叩き込まんとする。

「……まさか実際に榊流の技を生かせる機会があるとは思いもしなかった」

 落ちた声に、剛はすぐに悟った。失策ではない。ただ――これは、予測していなかった。
 頭上へと高く上がった槍が、兵庫の体捌きに沿って加速。剛の右下方へと消えた、瞬後のことだ。
 踏み込んだ足を横合いから払いあげられ、剛の視界が回転した。



(うっげ、ガチじゃねえか……なんだこれ……)
 金にもならねえのに、と内心で吐き捨てた龍華 狼(ka4940)は、幼い容姿に苦い胸中をかけらもにじませることなく、声援を飛ばす。
「皆さん頑張ってください!」
 などと心にも無いことを言いながら、鬼達のもとへと赴き酒や料理を持っては各所を巡る。
 間違っても戦闘に巻き込まれないように回遊しながら、狼は今度は違う方向――戦場とは異なる方角へと頭を振り歩み始めた。

「お酒にデザート、おつまみは如何ですかー?」

 そう。
 あろうことかこの少年、鬼達が作った品を手に、商いを始めたのであった――!
 ちまりちまりと小銭を集めるその胸には罪悪感など微塵もない。額に汗を流しながら笑顔を振りまく勤労意欲抜群のようにも見える少年は、

 ――呑兵衛共、俺の為に金を湯水の如く払え!
 と、胸の内で絶叫していたのだ。


「西―――。ル――――オ――――」
 行司の鬼が朗々たる声でルオ(ka1272)の名を呼んだ。
「遅れてきた主役!! 俺様登場!!!」
 闘コン。つまり、ビッグイベント。
 此処で一発優勝して、自らの名を広く天下に知らしめる絶好の機会としてやらむという腹積もりを示すように、傲然と腕を組んだ。
 漢らしくまわし一丁に着替え、まわしを叩いて腰を下ろす。
「よーし! 俺の相手はどいつだ? さっさとかかってきやが……え?」

 万全の心構えで臨んでいた。
 しかし。

「ひがァ――しィ――。アカ――シラヤマ――」
 その相手が、鬼の疫病神、アカシラだとは、思って無かったのだ。

 ―・―

「女じゃねーか!」
「文句あンのかい?」
 どっしり構えたアカシラは回しこそ付けているが、上半身は普段どおりの軽装である。
 つまり。

 露出……高い、です。

「ねえな!」
 とはいえ一切の邪心なくルオは反駁。
「悪いが、俺は女相手でも手加減しねーぜ?」
「ハッ、吠える男はみっともないよ?」
 両者、蹲踞を取ると、行司がすかさず、腰を落とし、声を張る。
「はっけよい……」
 ――立ち合い、とは、力士同士の呼吸をあわせてこそ成る。
 ルオは片手をおろし、此方を見つめるアカシラの泰然たる様をみて、巨山を幻視した。
(……いいじゃねえか)
 吸気を腹へと落とし込み――片手を、ついた。
「のこった!」
 アカシラの鬼の角が迫る――否。まっすぐ向かってくるアカシラの額と、ルオの額がかち合う。
「いいねェ、いいねェ……!!」
 ルオの気合を見て取ったアカシラは、浮いた状態を強引に腹筋で引き戻して、張り手を放つ。
「ず、あ……っ!」
 同様に状態が泳いでいたルオであったが、踏みとどまった。そのまま、アカシラのまわしへと手をのばす。
「オ、らァ……っ!」
 がっぷり、四つ。アカシラの懐に入ったルオは両の手で内からまわしを取る。
「オ、オ、オ、オ…………!!」
 膂力で劣るのは理解していた。だからこそ、気迫で押す。寄り切りを狙って踏み進める。
「オオオオオオオ……ッ!」
 このまま寄り切ってやる、と強い気迫と共に歩を進めようとして――。

 ふに。

 なにか、やわらかい――。

 ふたつの……。

 ――これは……なんだ……?

 なんだ、って、そりゃあ、あれだろ。
 ルオの心が、叫んでいた。時間よ、止まれ。

 ああ、これは、おっp

「ラアアアアア……ッ!」
 気づけば、足が止まっていたルオは、アカシラの強烈な下手投げで公園の端まで吹き飛ばされてしまっていた。
 興奮と油断の余り、受け身も取れずにぐるぐると回転する視界の中、

(……ふっ、アカシラ、今回は俺の完敗だぜ……)
 そんなことを思い、そっと、意識を手放した。

 額に感じた、確かなぬくもりを、思い出しながら……。




「わ、わあああっ!?」
 吹き飛んでいったルオ視界の端に見えた閏は、思わず悲鳴を上げ、飛び上がっていた。
「だ、大丈夫です、k「急げ! 全然足りねえぞ!!」……は、はい!」
 持参してきたおにぎりでは足りない、と調理場を借りた閏であったが、参加した人数に加えて、チョココを始めとしたフードファイターの存在もあって、作ったそばから料理を平らげられていく。
「おおお、こんなに美味い煮物は初めてじゃ!!」
「おいしいですのー……!」
 と、ネフィルトやチョココの声が響けば、いかに引っ込み思案の閏といえどもやり甲斐を感じずにはいられない。
 ――料理人冥利に尽きるんですけど……!
 ハンターとしては些かズレた感想だが、ある意味で彼の本願でもある。
「魚! 買ってきたぞ!!」
「は、はい! それでは俺はそちらを……!」
 そこは、彼らにとって紛れもなく戦場であった。
 ――頑張る皆さんを、応援したい。楽しむ皆さんを、もっと幸せにしたい。
 熱気に浮かぶ額の汗を拭い魚を焼きながら、その手は無意識に握り飯を握っていた。



「盛り上がって来ましたね!」
 かつて自らも感じていた熱気を目の当たりにし、クレール・ディンセルフ(ka0586)は大喝采を上げていた。
「あ、クレールさん。どうでしょうか?」
「はっ!」
 不意に掛かった声に、クレールは我に返る。振り返った先には、青い髪の少女――リリティア・オルベール(ka3054)の姿があった。
「勿論! ばっちり仕上げておきましたよ!」
 預けられていた刀を掲げたクレールは、暑かった業物に対する感動を混ぜながら、言う。
 ここは『ディンセルフ鍛冶工房闘コン出張所』。そこでリリティアの刀を整備していたのだった。曰くの詰まりまくった刀に触れることは、それだけでテンションを引き上げる。
「そういえば、リリティアさんは誰と闘うんですか?」
「ええ、と」
 刀を受け取ったリリティアは、クレールの問いに笑う、と。
「少し、お説教をしないといけない相手と、ですかね」
「……っ!」
 クレールは反射的に、自らの武器に手を伸ばしそうになっていた。それを、意志の力で押しとどめる。
 違う、私じゃない、と。
「……」
 リリティアから溢れ出た殺気に、つい身体が反応していたことはバツが悪い。
「あの、お代は結構なんでっ! 良き戦いを、見せてください!」
「え、いいんですか? ……わかりました。では、お言葉に甘えて」
 くるり、と振り返り、歩み去るリリティアの背を目で追いながら、
「リリティアさんは一体、誰を殺す気なんだろう……?」
 と、呟いていた。



 牡丹(ka4816)は静かに、息を吐いた。
 視線の先では、あの時と同じく、興奮を隠しきれない笑顔でこちらを見返す、ミィリア(ka2689)。
 刀を抜き、青眼に構えた。ミィリアも同様に振動刀を抜いた。"見合い"ながら、牡丹は彼我の立ち位置を測る。
 あちらの有利は、鎧の硬さと勁さ。対して、牡丹の有利は疾さ。間合いはほぼ等しい。
 ――上等よ。
 できる限りを、詰め込んできたのだ。負けるつもりはない。

 ―・―

 見立てはほぼ同じ。ミィリアは詰まる間合いを確認しながら霞の構えを取る。
 牡丹は本気だ。どこまでも。
 そのことが嬉しくて、楽しくて――負けたくなくて。
 詰まる間合い。ミィリアは緩やかに、歩を進める。
 数多の攻め手が。数多の受け手が浮かんでは消え、収束していく。

 ――こう、だ。

 自らの動きが定まった瞬後。
 牡丹が動いた。

「……ッ!」
 短い気勢を残して、牡丹が加速。その構えが、ミィリアの"それ"と重なっていく。
 互いに中段。先手は疾さに勝る牡丹。鋭い呼気のままに突き進んでくる牡丹の剣先が僅かに揺れる。
 ――来るッ!
 研ぎ澄まされた剣気に逆立つ髪を気にもとめず、ミィリアの目が見開かれる。四メートルもの距離を踏み越えて放たれた刺突は、かつてのそれとは遥かに違う威力を秘めていた。
「け、ど……!」
 構えは崩さぬまま、微かに体をそらして刺突を回避。ミィリア自身避けられるとは思っていなかったが、すんでのところで成った。突きを外した牡丹は、慌てることなく距離を外す。
 ――想定通り!
「逃がさないっ!」
 故に、牡丹を追うように、前へ、『突撃』。ミィリアの周囲に渦巻く桜の幻影が、予備動作に沿って揺れる。
「……っ!」
 ――"そこ"まで、届ける……!
 間合いは、刃のそれよりも遠い。けれど、届く!
 渾身の突き、『散花一閃』。ミィリアの周囲で花弁の幻影が巻き上げられ、爆ぜる。それは、牡丹が引き離した間合いを飲み込むには十二分。
 けれど。

「さ、っすが」
 ミィリアの口元から零れた声は、微かに震えていた。
 嬉しかった。牡丹が、自らの渾身の一撃を避けきったことが。
 それでこそという、素直な感嘆。
「……」
 対照的に、相対する牡丹は何も言わずに刀を構えた。
 吹き上がる桜の花弁はまるで炎のよう。対して、淡い緑風を身に帯びた牡丹は、静かに間合いを取り直した。

 ―・―

 ――次は、どうする。
 形勢は、凄まじく牡丹に不利だった。
 ミィリアの厚い装甲を徹すために、牡丹は自らに短期決戦を強いている。地力の差を覆すための手札そのものが、真綿のように牡丹を締め付ける。
 牡丹にとっての誤算は、ミィリア自身が間合いを詰めていないことだ。そこに、奇策の気配は無い。強者らしい全力が見えた。
「――――」
 倦んだ心根を呼気に詰めて吐き出す。
「来ないのなら……っ!」
 気息を整えたその時。ミィリアが再び動いた。先程と同じ刺突の構え。ミィリアを中心に、花弁の幻影が吹き荒ぶ。
 来る、と理解する前に、身体が動いていた。その軌跡を辿るように突き打たれた一撃を回避した牡丹は、重心を前方へと傾けたミィリアへと真っ向から突撃。
「疾ッ!」
 再びの、疾風剣。隙を突けたわけではない。攻撃後を狙うことはミィリアも予測できていた。
 ――ならばこれは、勝負の妙というべきだろうか。
「っ、……」
 牡丹の渾身の一突きが、ミィリアの急所を抉っていた。重装甲を貫き、ミィリアへと効果打を打ち込んだ手応えが遅れて返ってくる。
「まだ!」
 望外の快撃に牡丹は逸る心を鎮めるべく叫んだ。ミィリアの頑健さには、これでも"足りない"のだ。
「あああ……ッ!」
 そのまま、牡丹は加速した。痛打に体を乱したミィリアの背中側へと至りて放つは三度目の刺突。
 振り返り、仰ぎ見たミィリアと、視線だけが交錯する。牡丹の刃がミィリアの鎧に届く、その瞬前。
「……気合、だ……ッ!」
 届いたのは声。それから、肩から覗く強い眼光。必勝を期して放った突きが、踏ん張りながら体を捌くミィリアの肩口に吸い込まれる。鎧受け。闘狩人の本気の防御は果たして――牡丹の突きを、受け止めた。
 持てる全てをつぎ込んだ一撃が、鎧と気合に、弾かれた。余りに衝撃的な光景。だが、まだ、手はある。続くであろう反撃に備えようとして、
「……ぁ」
 できなかった。
 牡丹を刺し続ける眼光。そこから、光が弾けたようだった。爆発的な勢いで迫る至近からの刺突を知覚。それは、牡丹の突きよりも強く、鋭く、深く――、
「届けぇぇぇッ!」
 美しい、一突きで。

 ――牡丹、二度目の敗北であった。



 一方、ウィンスは、というと。
 相撲をしているアカシラ達や、切り結ぶ牡丹達を見て最高に盛り上がっているなと思い――その神聖さと直向きさに、この時ばかりは鬱屈を抱えた。紅薔薇がのんびりと茶をしていたのも少しばかり堪えたのもある。
 兎角、誰でも良い。闘いたい、と槍を構えた。
 その直後のことであった。
「あら、ヤル気みたいですね」
「……」
 覇気というには些か苛烈な気配に中てられ振り返ったウィンスは、すぐに声の主を認めた。
「では、私の相手をしていただけますか?」
 青い髪の少女は、
「……オルベール?」
 何かが、気に入らなかったのだろうか。ウィンスの怪訝な声に即応し、殺気を孕んだ笑顔と共に突撃してきた。

 ―・―

 ――こいつはいつから、こんなに……!
 何よりその疾さに舌を巻くほかない。有利な間合いを保つことすら出来ない。
「ち、ィ!」
 放たれた苦無を捌くが、その隙に接近され、強烈極まる二連の刃が降り注ぐ。文字通り身を斬り裂かれながら横薙ぎの一閃を放つが、余裕を持って躱される。ウィンスの混乱を他所に、リリティアは青い残光を曳きながら、人外じみた機動を見せた。
「らァッ!」
 突きを放つと見せた上で、横薙ぎの一撃を放つ。回避行動を誘う一撃であったが、リリティアは間合いを詰める必要がない。
 直後に苦無の投擲と共に急接近してくる。
「……っ」
 圧倒的な地力の差を自覚する他無い。ウィンスの攻撃は届かず、リリティアの斬撃は速く、一撃がウィンスの全力よりも鋭く、重い。
 自身の鍛錬を遥かに超えて、先に行かれている。そう自覚せざるを得なかった。
 ――上等だ。
 そうなると俄然ヤル気がでるのが、この少年である。
 嗚呼。
 ウィンスは、もっと早く気づくべきだったのだ。
「いいたいことの一つや二つや三つや四つあるんですよねぇ」
 反骨精神を剥き出しにし始めたウィンスを目の当たりにしたリリティアの胸中は、いかがなものであったか。そう呟いたリリティアは傲然とウィンスを見下ろすと、"ちゃんと”解るように、こういったのだ。
「大規模作戦をほったらかしにした怠惰な隊長に、副隊長は激おこなんです」
「……ぁ?」
 かつてない強敵との立ち合いを前に反骨心を燃やしていたが故に、ウィンスは、決定的に選択を誤ってしまった。

 怪訝な顔で問い返した少年は、この三十秒後、怒れるリリティアに為す術もなくボコボコにされて公園の隅に放り出されることになった。



「ひゃー」
 容赦のなさに紅薔薇が、冷や汗を浮かべて呻いた傍ら、グリムバルド・グリーンウッド (ka4409)は唖然としていた。
「いやー、何アレ」
「……気の毒なことをしてしまったかのぅ」
 酒を手にハンター達の戦いぶりを肴にしていたがグリムバルドであったが、圧倒的な暴力の奔流を目にするに至り、自らの判断が正しかったと認めざるを得なかった。
「やー、あんなツワモノどもの戦いに飛び込まなくてよかった」
 ごく普通の一般ハンターにはきっついよ、と本音で紅薔薇に言うが、こうなってしまった事態に責任を感じている紅薔薇は転がるウィンスを見て何も言えなかった。
「ん?」
 グリムバルドが視線を巡らせると、少女の姿が視界に入った。
 並べられた酒を前に何事か唱えている、きぐるみ姿の少女。頭上にはパルムがいるが、その姿は……。
 ――ユグディラ……?
 怪訝げに見つめていたところで、『どうみても未成年+酒=???』の式に、少しばかりの理性が加わった結果、
「何してるんだ?」
 そうやって声を掛ける。
「ひゃあっ?」
 問われた少女、チョココは驚きの余り飛び上がって振り返った。
「へ、あ? な、何もしてないですのよ?」
「飲んでないだろうね?」
「の、のんではないですのー!」
「飲んで"は”?」
「……はっ、よ、用事を思い出したですの! こ、これにて!」
 スタコラサッサと駆け出していくチョココは、どうみても怪しさ満点であったが……確かに、酒瓶は封がされたままだ。
「んー……何だったんだ、あれ」
 試しに一つ開けてみることにする。適当な日本酒をお猪口に注ぎ、一息に飲み干す――。
「……ぶはっ!?」
 予想と違う舌触りと味に、思わず吐き出してしまった。
「み、水……???」
 信じられないものを見た、とグリムバルドは呆然と手元の酒(であったもの)を見つめる他、なかった。
 あまりに衝撃が過ぎたのであろう。
 それ故に。

「……大成功ですのー!」
 と、彼方から満面の笑みで見つめてくる少女に気づくことはなかった。
 尤も、誰も想像できようもないことである。ちょっとした好奇心ゆえに一人の少女が酒に魔法をかけて、ただの水に変えてしまったことなど――。

 しかし、その様子を見ていたものが、一人だけいたのだ。
 調理場で管を巻きながら、せっせと食材を箱に詰め込んでいた女――フォークスは、少女の姿に、天啓を得たように、ニヤリと笑った。



「西ィ――」
 土俵にて。行司の装いの鬼がのんびりとした口調で紡ぐ中、一人の男が勢い立ち上がった。
 デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。
「ガーッハッハッ!! 真打ち登場よォ……!」
 スパァン! と漆黒のまわしを叩く中、行司がその名を告げた。
「デス~~の~~山ァ〜〜」
「ハァーハッハッハ!!!」
 対するアカシラはやたらと偉そうで、漆黒まわしに加えて、暗黒仮面をかぶったデスドクロの騒々しさに面食らっている。
「暗黒大相撲で暗黒大関までのし上がったこのデスドクロ様が参戦するとなりゃァ~~尻込みする連中ばかりになっちまうのも仕方ねぇ」
「……」
「嗚呼仕方ねぇったら仕方ねぇ」
 腕を組み、顎髭をなでるデスドクロは平常通り、世間さまの風当たりなど全く気にする素振りもない。
「構えなァ、アカシラ」
 そのままファイティングポーズを取るデスドクロは、ありとあらゆる空気から隔絶されていた。
「なんて立派なお一人様だよ、ったく……」
 そんな姿が少しだけ自分と重なる気がして、苦笑が浮かぶ。我がことながら頭が痛くなった。



 ボルディア・コンフラムス(ka0796)は今回、【飲み比べ】に挑むつもりであった。
 しかし、肝心のアカシラが相撲に臨んでいるため、今は手持ち無沙汰である。
「いけェデスドクロォ! 攻めろ攻めろ攻めろォ!!!」
「デスノヤマと言っておった気がするがのぅ」
 とはいえ、それでおとなしく余力を温存する女ではない。その周りには既に空き瓶がいくつも転がっている。相槌を打ったヴィルマ・ネーベル(ka2549)もその中の幾つかを呑んでいたものと思われるが、いずれも微かに顔を赤らめる程度で酔っている気配は微塵もない。
 Holmes(ka3813)はそんな二人の様子と、相撲をとる二人の力士を眺めて、微笑みを浮かべた。
「おやおや」
 こちらも同様に酒を舐めながら観戦していたが、アカシラの相撲に、変化が見て取れた。
 些細なものだ。例えば重心の置き方。少しばかり硬い目元。張り手の勢いもそうだ。
「先ほどの立ち会いとは違う……けれど。どうかしたのかな?」
「……そうかァ?」
 酒の勢いもあってか、基本ガンガン行こうぜ状態のボルディアは気づかなかったらしいが、Holmesはそんな変化の行く末が気になって、黙考しながら立ち会いを見守る。
 静かに見守っていたのは、ケイ(ka4032)も同様であった。とはいえ。
 ――これが、お見合いなのね……。
 成程、と唸っていたケイはシラフである。これまで、婚活、合コンと――いずれもソサエティが開催したものであるが――経験してきたが、浮ついた気配は一切、無かった。ソサエティが関わらぬこのような催しは初めて。今度こそ、"お見合い"の何たるかを知らむと臨んだのだ。
 それが、どういうことだろう。
「……戦ってるじゃない……わりとガッツリ……」
 四方どこを見渡しても、酒を飲むかだべるかしている者たち以外は闘争に耽っている。
「……命がけじゃない」
 正直、想像していた見合いと少しばかり違う。とはいえ、違和感を感じていたソサエティ主催の婚活と合コンと比べれば、此方のほうがらしいのかもしれない。
「……あんなに急接近しているし」
 見やる先ではアカシラとデスドクロががっぷり四つに組み合ったところだった。なるほど。これがお近づきになるっていうやつか。
「すごいものね、お見合い……」
 これが真の見合いであるのならば、盗めるうちに盗んでおきたいと、ケイが固唾を呑んで見守る中で――膠着していた二人が、動いた。
 何事かを呟いたデスドクロに、アカシラの表情が僅かに揺れる。その隙を見逃す暗黒大関ではなかった。
「ウオォォォオラアアアアアアッ!」
 入魂の一投。丁寧に崩しを入れてからの下手投げは、反応したアカシラの力を利用する形で仕上がる。
 妄想めいた言動とは裏腹に、巧者めいた相撲に呑まれる形で――アカシラは敗北を喫することになった。



「……見合いの演習……?」
「おう!」
「何故だ」
「クローディオは女役! 俺は男役! 何の問題も無いだろ!」
「そうか?」
「させてください」
「……」
「お願い」
「…………」
 そういうことになった。

 ―・―

「ご、ご趣味は……?」
 相手が男だとは解っていても、女役だと思うと唐突に緊張してしまうジャックである。
 対するクローディオは――特に女装などをしているわけではないが――涼しい顔。
「趣味はサイクリングだ」
「そうだったな……」
「趣味について話せばいいのか?」
「き、かせてくれ」
 すでにナニカが違って来ている予感はしていたが、言う。
「峠攻めも良い。相棒と共に晴れた空の下を駆けると清々しい気分になる……」
「お前、それ、間違っても見合いで言わねえ方が良いぞ」
 ――相棒とかな。誤解されるぜ。言わねえけど。
「……?」
 通じねえから、と内心で呟いて、笑顔をつくった。クローディオは女、クローディオは女、クローディオは女……。
 ぎし、と笑顔が霞んだ。
「ち、ちなみに!」
 背筋を正す。鼻息が荒くなりそうなのを堪え、
 ――あれ? 意外と顔キレイだなお前って違ェそうじゃない。
「ぼぼぼ僕の趣味はぎゃるg…じゃなくて女性を落とす遊戯を少々……!」
 邪念と体裁を意識する余りそう口走ってしまったジャックに、クローディオの視線が鋭くなる。
「む」
「お?」
 その底に怒りの気配を見て取って、固まってしまう。
「女性を落とす遊戯とは……随分と爛れた趣味に興じているようだな」
「え?」
「これから生涯を共に歩むことになるかもしれない女性の前で、そのような趣味をさらけ出すのはいかがなものかと思う」
「…………」
 まさかのド正論にぐうの音もでない。ひどく、苦しい。心が痛い。帰りたい。お見合い怖い。
「だって選択肢でねぇんだもん……」
 言い訳がましく呟いたが、クローディオは聞いていなかった。真剣に考え込むような表情でいたが、唐突に手を叩くと、
「いっそ、公の場で公表しやすい新たな趣味を増やしてはどうだ?」
「あ?」
「ちょうど近場にヴィクトリアを停めてある。お前であれば乗せることも吝かではない」
「は? あっ! お、おい!」
 名案だ、とでも言うようにやおら立ち上がったクローディオに腕を掴まれたジャックは、意外な力強さに引き出される。
「俺様の見合いの練習はどうすんだよ!?」
「まずは試乗から始めるとしよう」
「全然聞いてねえし!」
 手をひかれるジャックには見えはしなかったが、ジャックを引きずっていくクローディオの横顔は、どこか嬉しげであった。

 二人はこの後、めちゃめちゃ(ヴィクトリアに)乗りまくり、そのまま近くの峠道へと消えていった。



「それじゃあ、始めようか」
「がちしょーぶだね!!」
 大太刀を構えたアークの言葉に、聖拳を装用したレムが楽しげに応じた。
「本気のはまだ、だったよね!」
「ああ……ルールは、『倒れたら負け』、でいいよね?」
「もちろん!」
 あっさりとした解答に、正眼に構えたアークが目を細める。
 自身を検分するような視線を感じて、レムは――少しばかり、面映そうな表情を見せた。
「ふふー、アーくんなら、レムさんが何をするかわかる?」
「さて、どうだろ」
 そのまま、どちらともなく距離を取る。ぴったり、十メートル。二人の間を風が撫でていく。揺れるドレスの感触がレムの太ももに伝わる。
 二人で出歩くことになって、『この』ドレスを選んだ。場の雰囲気にまかせて決闘に興じるのは、誤りだっただろうか。
 ――わっかんないなー。ま、いいよね。
 内心で、呟きながら微かに歩を勧めたとき、覚醒したアークが不敵に笑って、こう告げた。
「来い、レム」
 その声に背中を押されるように、レムは加速した。

 その躍動はまさに疾風迅雷。左半身を前に右手を腰に据えての勇躍。
 加速の最中、煌々とその体躯を巡るマテリアルがレムの拳に集う。

「全力ぅ……!!!」

 左足が大地を噛み締めた。引いた右足が蹴り込むように奔り、少女の身体を通じて、上体へと力を伝える。
 腰から肩。肩から肘。肘から――拳。一点へと集中される拳撃。その先に、マテリアルを重ねていく。
 鎧徹し。
 予想通りの一撃に、アークは思わず苦笑した。師匠の教えとはなんだったのか。全身全力の、テレフォンパンチだ。
 アークは右足を少しばかり引き、構えた刀をわずかに左へと傾けた。滑る動作は型通りの美しさを保ちながら、レムの突貫を包み込むような大きな構えになる。
 ――強くなった。レムも、俺も。
 気息を整えた。真っ直ぐ受け止めるわけではなく、あくまでも技をもって捌く。刃先が聖拳へと近づいていく。
 長大な刀に精緻を宿らせる。レムを傷つけぬよう的確に一撃を受け流すように。
「…………っ!」
 気迫は短く、聖拳の手背部へと向けられた。添えるように振るわれた刃は、巧みにレムの一撃を反らす。
 レムの上体が、揺れる――が。
「受け、てっ!!」
 レムはそのまま、肩を入れ込むようにして逸らされた拳を支え、
「みよーーーっ!!」
 アークの胸へと、拳を届けた。触れた瞬間、拳に籠められたマテリアルが閃光となって弾ける。
「ぐ、っ……」
 その強撃は正しく、重く。しかしアークは、その衝撃を逃がすことも、かわすこともしなかった。
 衝撃が拡散し、アークの身体を揺らしていく。痛いし、苦しい。それでもどこか――誇らしくて、嬉しくて。
 アークは振り払われた刀を地面に突き立てると、一歩踏み込んだ。レムの拳が、アークの右方へと流れていく。
 そして。
「……ぇ?」
 そのまま、レムの一番近くへと歩みを進めたアークは――少女を、抱きしめた。
 困惑した声をあげた少女は、後ろへと下がろうとする、が。
「わ、わっ……!」
 少年の重さに脚を取られ、後ろへと倒れ込んでしまう。
「ちょっ、アーくん!?」
 均された地面の硬さを感じることもなく、状況に理解が追いつかずに名を呼ぶと。
「……ドレス、似合ってるよ。着てくれて嬉しい」
 耳元で、囁いた。ひどく、優しい声色で。
 良い一撃が入ったはずだ。それを堪えてのアークの言葉に、レムは苦笑を零した。
「もー。……倒れちゃった。アーくんの勝ち、だね」
 すごいなー、アーくんは、と笑みを深めていくレムのぬくもりを感じながら、アークは――。

 痛みを、堪えていた。




 取り組みを終えたアカシラが宴会場へと戻ると、
「待ってたぜ! アカシラ!!!」
 すでに酒気を帯びているボルディアが、声を張り上げて名を呼んだ。周囲には、酒を手にしたハンターたちが集まっている。
「お疲れのことと思うが……ひとつ、飲み比べといかないかい?」
 Holmesが日本酒の瓶を掲げ、彼女の器にヴィルマがワインを注いでいる。
「だいぶ出来上がってるねぇ」
 宴会の光景に、ついつい笑みが浮かぶ。少しばかり鬱屈を抱えていたが、これはよい。
 つと、視線を感じて振り向くと、紅薔薇がアカシラを見つめていた。東方風の顔立ちの少女を見つめ返すと、少女の表情に微かに、複雑な色が浮かぶ。
 オレンジ色の飲み物を手にしたまま立ち上がると、そのまま調理場――閏やシシドたちの方へと歩き去っていった。
「…………」

 ―・―

 戦闘後のあれやこれやも終わったレムとアークは、調理場から東西入り混じった料理をプレートに乗せ、適当なテーブルを居場所と定めた。
「昔だったらすぐ昼寝とかしちゃってたけど、今日はご飯だね♪」
「寝てたのはレムだけじゃなかったかな」
「えっ! そんなこと無いよ?! まあいいや、はい、カンパーイ!」
「はいはい……」
 昔と変わらぬ明るさでグラスを掲げるレムに、アークは温かい笑みを浮かべて応じた。

 ―・―

「やー、良き勝負をさせていただきました。此度は感謝を、アカシラさん」
 剛は手当を受けた身体を引きずるようにして歩いてきた。傍らには、槍を携えた兵庫が日本酒の入った徳利とお猪口のみを携えている。
 兵庫の表情は涼しいものだ。しかし、その胸中に昂揚が残るのを察して、アカシラはお猪口を掲げた。
「見てたよ。いい勝負だったみたいじゃないか」
「いやあ、自分の完敗でしたがね……」
 頭を掻く米本に、兵庫は口の端に笑みを浮かべた。
「そうでもない。独力であれだけ動けている方が俄には信じられん」
「……とは言ってはくれますがね。ボコボコにされたのも事実でして……」
「闘狩人の俺と、聖導士の米本の勝負だ。スキル未使用とはいえ、よく戦ったよ。俺も何発か良いものを貰った」
 肩口や大腿部などに軽く触れる兵庫を前に、剛は「自分も技が必要ですかねえ……」と呟いた。
 と、そこに。
「勝負といえば、アカシラ君」
「ん?」
 Holmesが、アカシラを見つめながら言葉を投げた。Holmesはじっとアカシラを見上げると。
「さっきの取り組み、技が鈍ったよね?」
「……ぁー」
 ぼりぼりと、アカシラは赤い髪をかきみだした。
「おいおい、アカシラ! お前が手を抜いたってえのか?!」
 食い付いたボルディア。全く気づいてなかったが、暫く考え込む。
「……全然思い出せねえ……」
 こっそり酒が回っていることに打ちのめされているボルディアに、一同は苦笑した。視線がボルディアに集中する中、Holmesはそっと、アカシラに耳打ちする。
「僕にはデスノヤマ君が何かを言ってるように見えたけど、そのせいかい?」
「どんだけ目がいいんだい、アンタ……」
 衆目に触れないようにした配慮の言葉であることは了解しつつも、Holmesの観察に慨嘆せざるを得ない。

「喝―――――ッ!」
「きゃ――――っ!」
 むさ苦しい男の大喝と、少女の悲鳴が響いた。
「どうしたんだい!?」
 問う声に、筋肉質な怪僧、シンカイは些か大げさな憤怒の表情をしながら、片手に小さな少女をつまみ上げて運んできた。
「とんだ悪戯娘がおったものだ……」
「あうー、ですのー」
 チョココ、である。
「わふっ! チョココさんが、どうかしたんですか?」
「どうもこうも、なあ……」
 いつの間にかアカシラの真隣をキープし、ワインを味わっていたアルマが言えば、同伴していたグリムバルドが苦笑しながら頬を掻く。
「コイツ、あたいの酒を」「お前のじゃないだろ」「……酒に、魔法を使いやがった」
 フォークスが恨みがましい目で見つめられるはチョココは、シンカイに上下に揺さぶりながら涙目になっている。
 そういうフォークスの荷物は来たときとは違い、パンパンに膨れ上がっているのだが、誰も気づかない。目先のチョココに視線を奪われている。
 自らは食材や料理をたんまり持ち帰る寸法だった。勿論、チョココは囮である。
「『なぜか』、新品の酒が水になっておってなぁ。今、鬼たちが慌てて買いに走っていっている」
「…………まさか」
 シンカイの言葉に、チョココの職と、とある魔術に心得のあるモノが目を見ひらいている、と。
 視線に耐えきれなくなったチョココは、まるごとゆぐでぃらの頭部分をずいと引き下ろしながら、
「……本当に水になるか、気になったんですの……ふぇぇん……ごめんなさいですのぅぅぅ………」
 と、謝罪(?)した。



 紆余曲折はあったものの、和気藹々と飲み会が進む中、
「新たな料理を持ってきたぞぉー!」
 と、ネフィルトが大きな土鍋を抱えてきた。勝負事よりも料理への興味が勝った結果、調理場に張り付いていたネフィルトであったが、閏たちが『それ』を仕上げるに至り、それを運ぶ大任を授けられたようだ。
「おお……!」
 居並ぶ面々から喝采と、動揺。西方のものは見たことも聞いたこともない料理であろうし、東方の人間にとっても、馴染みが薄いものがいるかもしれない。
「これはなんじゃ?」
 と興味津々なヴィルマが問えば、
「紅薔薇君が頼んだ『ちゃんこ』じゃ!!」
 誇らしげにネフィルトが言い、じゅるりと舌を鳴らす。
「美味じゃぞ、心して食せよ!」
 どうやら、すでにお手つきであるようである。

 ―・―

 湯気立つ鍋の中には、濃い出汁と程よく火が通った食材。湯気立つ野菜を噛みしめれば汁のコクが口内を蹂躙する。
「くぁあ……」
 誰ともなく、悲鳴に似た声が溢れた。
 美味ぃ、と。

 紅薔薇はそんな声を拾いながら、味わう。
 食材の旨味が染み渡る、懐の深い――紅薔薇のよく知るそれ。

「のぅ、アカシラ」
「んぁ?」
 熱い白菜に苦戦していたアカシラに、紅薔薇は言葉を投げた。

 器に下ろした視線を上げることには、紅薔薇をしても並々ならぬ労を要した。
 鬼への評価は、未だ定まらぬ。
 東方出身。それも、最前線に在った武家の出である紅薔薇にとっては、眼前の鬼は大敵そのものですらあった。

 けれど、と。そう思う。
 ぐい、と。汁を飲み干した。
 まだまだ熱く、やけどしそうなほどの熱。遠くで、鬼の閏やシシドたちがこちらを眺めて騒ぎ立てている姿が見える。

 ――あの時は皆全力で戦った。そして東方は平和になった。
 ――だから、それで終わり。

「……敵で無い者をいつまでも憎んではおれんのじゃ」
「…………」
 ふわり、と汗が浮かぶ。無理やりに飲み干した汁が、胃の中でその存在を主張している。
 快い熱であった。
「まして美味い飯を作れる者ならのう」
「そうかぃ」
 に、と笑んでそう言えば、その額に、アカシラの手が伸びてきた。
「アリガトよ」
「んむ」

 そこに。
「おっ! いい感じですねぇお二方!」
 少年の声が、届いた。
「どうも、写真屋です!」
「「……シャシン屋ぁ?」」
「へっへっへ、大切な思い出の一枚、どうですか?」
「「…………」」
 日に焼けた茶色い髪を短く切り込んだ少年、狼が魔導カメラを携えて急接近。
「珍妙な箱だねえ……魂とか吸われるんじゃあないかい?」
「やっ、皆さん最初はそう言うんです!」
 怪訝そうなアカシラに対して、商魂たくましい狼は食い下がり続ける。
「記念になりますし、(今は)お代はいりません!」
「……って、言っているけどどうする?」
「妾は構わんがのぅ……」
「はい! 決まり!!! じゃあ撮りますよ! はい笑って笑ってぇ……!」
 ものすごく引きつった笑顔の二人の写真が撮れた。
 ――チッ、こりゃ売り物になんねぇかもな……。
 と、狼は内心で舌打ちをしていたが、お首にも出さずに、満面の笑みでこう結んだのだった。
「どうも! ありがとうございました!」



「出遅れちゃいました……か……」
 色々と整備やなんだとしているうちに、戦いは終わってしまったようだった。
 参戦しようと思っていたが、戦場がないのであれば仕方がない。店じまいでもしようかなとクレールが準備していると、
「お、まだやってるかな?」
「はっ!」
 声に、勢い良く振り返ると、グリムバルドが並ぶ鍛冶道具を興味深げに伺っていた。
「整備ですか!」
「ああ、まだ頼める?」
「勿論!」
 お代はこれで、とジュースとザッハトルテを差し出すつつ、得物の魔導符剣を差し出すと、クレールは恭しく受け取った。
 鍔元から刃先までじっくりながめると、すぐさま整備の取り掛かるクレール。
 ――機械いじりとは、随分と違うんだな……。
 回路、あるいは機構としての構造を触ることと、剣を触ること。本質的には違いはないだろうが、その方向性を見極める"目"の違いを、グリムバルドは感じた。
「どこか、悪いところでもあったのか?」
「んー……どこ、というほどではないんですけど、所々傷んでいたりしているので、そちらを!」
 ほーん、と、頷くしかない。
「手入れの仕方とかは習っちゃあいたが、やっぱ素人だと気づけねえもんなんだなあ……」
「え!? いや、でも、大事にされてるのはわかりますよ!」
「……世辞じゃねえだろうな」
「ホントですって!!」
 などと、雑談に興じながら、クレールが整備する様を、その終わりまでとっくりと眺め続けた。
 畑は違うが――あるいは違うからこそ、興味は尽きぬものであった。



「わふー……アカシラさんと一緒だとなんだか安心ですー。お姉ちゃんですー」
 と、騒ぎ立てていたアルマであったが、腹も満ち、酒も回ってくるどアカシラの膝の上に頭をのせ、熟睡しだした。
「そろそろ頃合いですかね」
 それを見て、閏が立ち上がる。調理場に戻り、なにか誂えようというのだろう。アカシラが「すまないねえ」と声を掛けると、「好きでやってることですからー!」と言いながら、駆けていった。
「コイツ既婚だったよーな気がするんだが」
「まあまあ」
 ボルディアが胡乱げに言うと、Holmesは取りなすように酒を注ぐ。それをぐいと呷りながら、ボルディアは目を細めて一同を見渡した。
「おいお前等ぁ〜、なんら浮いた話の一つや二つはねぇのかよ〜、好きなやつとかよぉ」
 ぐわ、っと勢い良く盃を掲げたため、微かに酒が溢れる。慌てた様子で指でそれを掬いあげ、ぺろりと舐めながら返答を待つ、が。
「無いなあ」とHolmes。
「無いわね」とケイ。
「無いのぅ」と紅薔薇。
「無いのぅ」紛らわしいがネフィルム。
「無いのう」これも紛らわしいが、シンカイ。
 そして。
「我は……有るのぅ」
 と、ヴィルマが左手を掲げた。その手に光る指輪を見て一同が「おおお」と騒ぐ。ボルディアが「ヴィルマに完敗!」と叫びながら盃を再び突き上げると、誰ともなくグラスや盃を打ち合わせ始めた。騒がしくなる周囲をよそに、アカシラへと視線を向けたヴィルマは、小声で告げる。
「のぅ、アカシラ。昔家も家族も歪虚によって無くなった我じゃったが……今住んでいる家が我のいる場所となった」
「へえ」
 一緒に暮らしている、というのだろう。アカシラが杯を掲げると、ヴィルマは小さく頷きながらそれに応じた。
「……そなたらの居場所もこれからじゃな」
「そう、さねぇ……」
 するりと、言葉が出てきた。
 酒を口に含みながら思い返したのは。
 ――悩んだら相撲! 嬉しい時も相撲! ムカつく奴がいりゃー投げ飛ばす!
 デスドクロとの、そんな一幕だった。デスドクロは立ち会い直後に、がっぷり四つに組み合いながら、そういって笑った。
 ――そんなもんだろう、人生ってのは!
 異様な風体の男が、そんなことを言うのだから、面白い。
「……アンタの顔を見ていたら、悩んでるのも馬鹿らしくなってくるねえ」
「ふふ、そうかの? ……いや」
 ヴィルマはころころと笑いながらそう言うと、何かを思い出したのか、
「そうじゃな。そういうものじゃろうな」
 と、優しげな顔で言った。
「……おい! アカシラは浮いた話はねえのかよ!」
「あァ? ンー……」
 甘々な空気に耐えかねたのか、悩み、と聞いてボルディアがびしィと指をつきつけた。平素よりも図々しいのは酒癖の類だろうと知れるが、アカシラはさて、と思い悩むこととなる。
「無い、ねえ……というか、考えたこともなかったよ」
「お前なあ……」
「そういうアンタはどうなのさね」
「…………俺ぁ…………ガサツだしよ。惚れるヤツもいねぇだろうぇだろう」
「……ほーん」「へえ」「そうなのじゃなあ」「まさかボルティアが……」「OKモードとは……」
「っせェな!!!!??」
 人並みにそういう付き合いが出来たっていいだろう、と大声で吠え立てると、酒の勢いもあって一同は多いに盛り上がったという。 



 黄昏へと陽が傾きだすと、三々五々帰路につく中で、酔いつぶれた面々とそれを介抱する鬼たち――何気なく閏もそこにまじり「ほら、シジミ汁ですよ……熱いですから、ゆっくり飲んで下さいね」と世話を焼いている――それから、その様を眺める生存者たちが少々残っていた。
 いや、よく見ると公園の隅ではまだ銀髪の少年が倒れ伏していた。いい加減大丈夫なのだろうかと思っていると、よろよろと立ち上がり、何処かへと歩き去っていった。
「兵どもが夢の跡……という感じね」
 ケイはそんな光景に笑みを落とすと、アカシラを見る。
「…………?」
 怪訝に思ったのも無理はない。ケイは私服の上から、回しを巻いていた。
「変かしら?」
「まぁ……変さね」
「そう」
 そのまま、少しばかり距離をとって、腰をかがめた。
 本日学びたての、MIAIのポーズ。つまりは相撲の、立ち会いのそれ。
「今後殿方から見合いしようと言われた時の参考にしたいの。練習に付き合ってくれると嬉しいわ」
「へえ……」
 夕日の中、アカシラは堪えきれずに笑った。なんだこれは。夢か、幻か。
 土に汚れたまわしを慣れた手つきで締めると、相対して腰を下ろした。
「アタシは厳しいよ?」
「……結構。そうじゃないと生き残れないって、今日知ったもの」

 はっけよい、のこった。

 どちらともなくそう言い、本日最後のMIAIが執り行われた。
 陽が暮れるまで、何度も――何度も。
 

 終わり。

依頼結果

依頼成功度大成功
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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • 完璧魔黒暗黒皇帝
    デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013
    人間(蒼)|34才|男性|機導師
  • フューネラルナイト
    クローディオ・シャール(ka0030
    人間(紅)|30才|男性|聖導士
  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダール(ka0039
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    米本 剛(ka0320
    人間(蒼)|30才|男性|聖導士
  • SUPERBIA
    フォークス(ka0570
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 帰還への一歩
    ルオ(ka1272
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 春霞桜花
    ミィリア(ka2689
    ドワーフ|12才|女性|闘狩人
  • The Fragarach
    リリティア・オルベール(ka3054
    人間(蒼)|19才|女性|疾影士
  • 唯一つ、その名を
    Holmes(ka3813
    ドワーフ|8才|女性|霊闘士
  • 憤怒王FRIENDS
    ケイ(ka4032
    エルフ|22才|女性|猟撃士
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • マケズギライ
    牡丹(ka4816
    人間(紅)|17才|女性|舞刀士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼(ka4940
    人間(紅)|11才|男性|舞刀士
  • 招雷鬼
    閏(ka5673
    鬼|34才|男性|符術師
  • キャスケット姐さん
    レム・フィバート(ka6552
    人間(紅)|17才|女性|格闘士
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士

  • ネフィルト・ジェイダー(ka6838
    鬼|17才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン アカシラに質問!
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/05/28 22:03:36
アイコン 燃えよ闘コン!相談所
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/05/29 03:16:46
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/05/28 23:53:53