廃墟に潜む黒猫少女

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/06/02 19:00
完成日
2017/06/10 23:14

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ある街の郊外に廃墟がある。
 そこはかつてある裕福な商人の別邸だったもので、主に彼の妻が余暇を過ごすために利用していた。
 当時は白亜の壁が美しく、堂々とした佇まいから街の人々が「お城のお屋敷」と呼んでいたという。
 しかし夫人がある事情から心を病み、ある年の初夏の黄昏時に自らここで命を絶った。
 それ以来ここは夫人の亡霊が出て、屋敷に足を踏み入れたものを尽く呪うという物騒な噂が流れている。
 もはや誰も立ち入ることのなくなった「お城のお屋敷」。
 そこに命知らずの盗賊が訪れたのは何の因果によるものなのか……。

 日が翳り、1時間程度で暗闇に包まれようかという黄昏時。
「兄貴、ここは穴場っすね」
 盗賊の少年ジーンが目を輝かせ、兄貴分のウェインに報告した。その手にはカメオのブローチや銀のゴブレットが握られている。
「俺、廃墟だけに何もかも盗られつくしてると思ってたんですよ。幽霊の噂で誰も近づかなかったんでしょうかね? まあ、ホールにある大量の人形だけはさすがの俺もビビりましたけど。案外あれを見て誰も入れなくなったのかもしんないっすねー」
「そうだな。まあ、その辺の事情は俺にもわからん」
 ウェインは弟分の興奮した声に生返事をし、夢中で物色を続ける。
(……絵や服の類が雨風にやられているのが惜しいな。でも貴金属や工芸品は売れるか)
 気を抜けばほころびそうになる口元を引き締め、ジーンとともに大きな背嚢に宝飾品を詰め込む。
 その時ふと、物音がした。とん、という小さな音。二人が振り返ると、床に見覚えのない人形がちょこんと座っていた。
「なんだ、これ。さっきまでこんなのあったか?」
「さあ……。この部屋は暗いから気づかなかったんでしょう。それより兄貴、これってアレでしょ? ビスクドールとかいう、お高い人形」
「ああ、街では愛好家が少なくないらしいな」
「じゃあ、こいつも持っていきましょうよ。金持ちのガキに喜ばれますよ」
 嬉々として人形を抱き上げるジーン。少女の姿をしたそれは愛らしい笑みを浮かべており、レースをあしらった『汚れひとつない』ワインレッドの美しいドレスがよく似合う。金の髪がしっとりと纏まったままくるくると螺旋を描き、胸まで垂れている。
 ジーンが特に気に入ったのは、この人形に黒い猫の耳と尻尾がついていることだ。製作者はどうしてこのような意匠にしたのだろう。
 楽しそうに人形を眺める暢気な弟分に、ウェインが苛立ちを露わにする。
「……おい、こいつをおかしいと思わないのか」
「え?」
「ゆうに十年は放置されていた物件になんでこんな小奇麗な人形があるんだ。ここは誰も近づかない呪われた屋敷なんだぞ」
「あ、ああ……。もしかしたらどっかのガキが肝試しに入って忘れたのかも……」
「これが持ち歩きできるものかよ。こいつは『小さなガキぐらいの背丈』があるんだぞ!」
 ジーンから手荒く人形を取り上げて床に放り投げ、周りに睨みをきかせるウェイン。ナイフを握り、声を張り上げた。
「誰だか知らんが、姿を見せろ! 今すぐ出てくるなら命だけは助けてやる!!」
 すると、倒れ伏したはずの人形が微かな音を立て、ゆるゆると立ち上がった。
「え、何だよ、これ……!」
 ジーンが声を震わせる。
 人形は先ほどまでの愛らしい笑みを消し、代わりに何とも形容しがたい不気味な表情を浮かべていた。そして。
『ギチ……ギチ……ギチ……』
 金属が擦れあう、不快な音。ふんわりと広がったドレスの裾から小柄な人形には不釣合いな大鎌が露出し、2人に向けられる。
(これは、人形なんかじゃない!!)
 咄嗟にウェインが震えるジーンを庇うように前に出た。そして振り返らず、言う。冷や汗が流れて強張った顔を弟分に見せるわけにはいかない。
「……街に逃げろ」
「えっ?」
「多分、こいつは歪虚ってやつだ。ハンターでないと、おそらく太刀打ち出来ない」
「兄貴はどうするんスか」
「こういう手合いの相手をしたことはないが、俺はお前よりずっと足が速いからな。お前が外に出たのを確認したら俺もすぐに逃げる。さ、早く!」
「でも……」
「馬鹿を言うな! お前がいても共倒れになるだけだ。それよりもハンターを呼んで来い!」
「わかった……。兄貴、絶対逃げてくれよ!!」
 肩越しに謝り、ドアを蹴破るようにして駆け出すジーン。必死で走るさなか、視界の隅に黒猫のような小さな影がいくつも見えた気がした。もっとも、彼は助けを呼ぶことで頭がいっぱいになっていて、それが何かを確認することなく走り去る。
「にゃあ」
 ジーンの背を見送るように物影から次々と姿を現す『黒猫の姿をしている別の何か』。彼らは体を大きく伸ばすと、人形の姿をした雑魔のいる部屋へゆっくりと向かっていった。

 ジーンが最寄のハンターオフィスに駆けつけたのは陽が落ちて間もない頃だった。
 蜘蛛の巣と埃まみれの姿に街の人々は不思議そうな顔をしたが、ジーンは気にかけることなく、オフィスの受付嬢に事情を早口で告げる。
「兄貴は行き場のない俺を拾ってくれたんだ。俺が死んだ弟に似てるからって……。俺、兄貴が助かるなら何でもする。一生かけても今までの償いをする。だから、どうか兄貴を助けてくれ!」
 受付嬢は絶望的な状況を察しながらも、彼の切実な願いに「わかりました。いち早く対応しましょう」と表情を崩さず深く頷くのだった。

リプレイ本文

 月明かりだけが頼りの夜道。静まり返った廃墟に到着した一行を迎えたのは、バイクで一足先に到着した十色 乃梛(ka5902)だった。
 蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が手と靴を埃まみれにした乃梛を労う。
「すまぬ、手間をかけさせたの。……して、状況はどうじゃ?」
「取り急ぎエントランスと手近な部屋を確認したんだけど、何もなかった。もしかしたらウェインさんも歪虚も奥の方にいるのかも」
「こんだけデカい屋敷じゃあな。しっかし、実は歪虚じゃなくて幽霊でした、ってんなら一番良かったんだがな……」
 西空 晴香(ka4087)が乃梛の言葉を受け、廃墟を見上げる。彼女はジーン少年の慟哭を思い出し、決意を新たにした。
(兄貴分は何としても見つけてやらねえとな……)
 アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)も救出にかける想いは同じ。戦神を信仰する者としての厳しい顔つきで呟いた。
「ふむ、これは急いだ方が良さそうだな。無事だといいのだが……」
 神妙な面持ちの一行の中で、ディーナ・フェルミ(ka5843)は廃墟に向かい突然声を張り上げた。
「ウェインくーん、今から助けに行くのでもう暫く隠れていて下さいなのー! ジーン君は無事街に着いたの、歪虚を全滅させるまでウェイン君は全力で隠れていてほしいの。命大事になのー!!」
「! デ、ディーナさんっ?」
 突然の大声に驚く樹導 鈴蘭(ka2851)。ディーナは微笑んで答える。
「これで歪虚は私に意識を向けるはずなの。もし私が狙われるなら、その間はウェイン君は攻撃されないの」
 可憐な彼女はなかなかに豪胆だ。榊 兵庫(ka0010)が頷く。
「歪虚を放置する訳にはいかないからな。遭遇し次第速やかに退治することとしよう」
「うむ。例えどのような歪虚であろうとも、我が炎で焼き尽くしてくれる。さあ、行くぞ」
 兵庫に次いで勇ましく言い放ち、暗闇に足を踏み出したのはソティス=アストライア(ka6538)。彼女はまだ見ぬ歪虚を既に見据えているかのように、廃墟の闇を鋭く睨みつけた。


 廃墟の中は不気味なほど静まり返っていた。
 兵庫とディーナが用意した明かりと、暗視可能なマスクを装備した蜜鈴と晴香のサポートを受けて一行は奥へと進む。
 ディーナは乃梛が先行探索したエリアを足早に抜けると、新しい扉を見つけるたびに覗き込んだ。
「どうした?」
 不思議そうに尋ねるソティスにディーナが真剣な表情で答える。
「私達はウェイン君の居場所がわからないの。だから戦いが起きる前に確認できる部屋は一通り見ておこうと思うの」
 敵に会う前にウェインを救えるのなら。ディーナの想いに仲間は理解を示した。

 それから幾度扉を開けたのだろう。諦めの感情がハンター達の間に過ぎった時だった。
「……これは、血?」
 晴香が割れた床の上にまだ乾ききっていない血痕を発見した。一行が血痕を追うと、大きな棚の下で失神している男を発見する。
 応急処置に当たった乃梛が男のバングルに彫られた名を見た瞬間、頬を上気させて叫んだ。
「この人、ウェインさんだよ! 間に合ったよ、良かった……」
「僥倖だな。すぐに治療しよう」
 アデリシアがウェインに祈りを捧げた。すぐさま傷が塞がり、痛みも治まったのか呼吸が安らかになった。
「あの、この辺りは危ないよね。少しでも安全な場所に避難させようよ」
 鈴蘭が天井の大きな穴を指差し、提案した。床に瓦礫が散乱している。
「この辺りは天井の傷みが特にひどいよね。ウェインさんは上の階から落ちて難を逃れたのかも。ということは、敵も近くにいるかもしれない」
 ウェインを軽々と背負った兵庫の顔にも若干の警戒の色が浮かんだ。
「……そうだな。せめて少しでもまともなところで休ませてやろう。敵の手が及びにくい場所にな」


 ウェインを比較的安全なエントランス側に避難させた一行は、床に無数の人形が横たわる奇妙なホールにたどり着いた。
 ふいに、鈴蘭が剣を抜くと比較的綺麗な人形の腹を突いた。蜜鈴が息を呑む。
「鈴蘭、何を……!?」
「これだけ人形があるなら歪虚が隠れているかもしれないよ。ジーンさんが歪虚はただの人形のふりをしていたと言ってたから」
 慎重派の鈴蘭が無反応の人形から剣を抜く。その時、猫の鳴き声が聞こえた。
 蜜鈴が咄嗟に周囲を警戒する。すると、襤褸切れ同然のカーテンの向こうに葡萄酒色のドレス、そして異常に白い小さな足が僅かながら見えた。
「あれか……! この先におるぞっ」
 その瞬間、人形たちの陰から無数の視線と殺気が向けられた。瞳の形から察するに、猫だろうか。しかしこちらを警戒しているのか姿を現さない。
「……隠れているのならば、燻り出すだけのことだ。せいぜい引っかかってくれよ」
 大きく踏み出した兵庫から炎のようなオーラが放出された。3匹の黒猫が身を低くして現れる。いずれも姿はただの黒猫だが、明らかに異質な空気を纏っている。
 ディーナもそれを感じたようだ。
「いい趣味してるの。これで歪虚でなければ最高なの。……セイクリッドフラッシュ!」
 光の波動が黒猫に押し寄せる。断末魔をあげて消える者がいる中、黒猫達は毛を逆立てて立ち上がった。
 アデリシアは兵庫とディーナに背中を預ける形で前進した。そこに4匹の猫が一斉に飛び掛かる。彼女は戸惑うことなく言い放った。
「安らぎの地への憧憬を抱いてそのまま大人しくしているがいい!」
 アデリシアが信仰する「戦神教」。その教えが歌となり、穏やかな声で紡がれる。黒猫達はその瞳から殺気を失い、呆気なく地に落ちた。
 乃梛は得物のクロスウィップに光を宿した。周囲が明るくなった途端、彼女は悲痛な声をあげる。
「猫がたくさんいるんですか! やったー! ……って思ってたら、全部雑魔じゃないですか! やだー!!」
 晴香が苦笑いを浮かべた。
「ま、そういうこともあるさ。……それよりも歪虚の奴、外にいるんだな。雑魔が怯んでいる今、やることはひとつだ」
「うん、行こう!」
 鈴蘭が頷く。蜜鈴、乃梛、晴香、鈴蘭がもうひとつの戦場に向かい、走り出した。
 ソティスは「暗闇に紛れ襲ってくるのか。成程考えたな……」と呟いた。
 黒猫達は物陰に隠れて攻撃のチャンスを窺っている。
(足元の人形らを砕けば逃げ場もなくなろう。私の目論見通りなら……!)
 彼女は忠実な僕であるエネルギー体の狼達を召喚した。
「……狩りの時間だ、諸共纏めて焼き殺してくれるわ!」
 狼達の吐き出した炎により一瞬で灰燼と化す人形たち。その中から猫の悲鳴が重なって聞こえた。
「くっ、延焼こそはしないが、やや強すぎたか……多用は禁物だな」
 灼熱の炎で崩れた壁を見て、眉を顰めるソティス。しかし彼女の力により、猫の潜伏先が失われたのは確かだった。


 人形が佇むのは青白い月が照らし出す中庭だった。
 表情のない顔でハンター達に接近を開始する人形雑魔。その様に蜜鈴は寂しげに呟く。
「月夜に踊るヒトガタ……愛が欲しいと泣く子のようじゃのう……。なれば妾が愛してやろう……其の身、朽ちるまで……」
 蜜鈴は艶やかな声で歌を紡ぎ、自身と晴香へ風の守護魔法を同時に発動させた。
『春嵐の舞、翔る乙女は一片の花弁。其の身は風に、軽やかに舞え』
 乃梛は周囲の状況を確認した。枯れ木が数本残るだけの寂しい空間だ。しかし廃墟内での大立ち回りを避けたい面々としては好都合である。
(大きな鎌も怖いけど、あの爪も要注意だね)
 人形に辛うじて鞭が届く程度の距離をとった乃梛は敵の鋭い爪を牽制するべく鞭を振った。
 鈴蘭も牽制を兼ねて剣を人形に投げつけた。鋭い刃が人形の大振りな姫袖を切り裂き、細い腕に横一文字の傷を刻み込む。
「鈴蘭さん、やるね!」
「……とりあえず、足手纏いにならない程度には、ね」
 一方、晴香は人形に向かい、一気に距離を詰めた。乃梛と鈴蘭の牽制を受けた人形は後手にまわっているが、思いのほか俊敏な動きでつかみどころがない。
 敵の脚を止めようと、剣を握り直した彼女は次の一撃を狙いすます。
「これで、どうだっ!!」
 乾坤一擲の斬撃がドレスを切り裂き、白い脹脛を深く傷つける。
「グッ!」
 バランスを崩し、よろめく人形。だがドレスから不快な金属音とともに巨大な鎌が現れ、晴香に一直線に振り下ろされる。
「こんなとこでやられるかよ!」
 咄嗟に三次元的な動きで必殺の一撃を回避する晴香。鎌は彼女の纏う風で軌道を反らされ、地を抉った。人形の目が大きく見開かれた。
「余所見していて良いのかえ?」
 蜜鈴の放った弾丸が人形の頭を抉る。思いのほか呆気なく、繊細な体が軽い音をたてて倒れた。
「やった……の?」
 乃梛が距離を保ちながら恐る恐る様子を見た。
「まだだ!」
 晴香が叫んだ。鎌を地に突き立て、立ち上がる人形。先ほどと異なり、口元を亀裂のように吊りあげ歪な笑みを浮かべている。乃梛はため息をついた。
「まさに、呪いのお人形って感じだね~」


 黒猫雑魔の群れとハンター達の戦いはあまりにも一方的な流れで進行していた。
 ソティスの炎で逃げ場を奪われた猫達は闇に潜もうとするが、粗末な策など熟練のハンターに通用しない。
「最早、隠れることも叶わぬと知れ!」
 兵庫がソウルトーチで惹きつけられた雑魔を粛々と十文字槍で薙ぎ払う。その動きは風を斬るかのように軽やかだったが、黒猫達は鳴き声ひとつ残すことなく両断された。

 セイクリッドフラッシュで多くの黒猫雑魔に引導を渡したアデリシアが、雑魔の不意打ちで太腿に浅い傷を負った。
「この状況でも諦めぬ気骨は良し……だが!」
 着地で一瞬動きが硬直した猫に蹴りを容赦なく入れる。彼女を睨みつけ、消滅する猫。その恨めしげな視線を振り切るようにアデリシアは周囲を見回してため息をついた。
「如何程の残党がいるのかわからぬのがもどかしいな。まあ、いい。この地を全て浄化するまでだ」

 一方、ディーナは先の2人と異なり、どこか緩んだ表情で戦っていた。最後の黒猫雑魔が彼女に襲い掛かる。
「カムカムヒアヒアおいでませ~♪」
 暢気な姿は雑魔を惹きつけるための演技に過ぎない。彼女は攻撃を甘んじて受ける代わりに、猫を腕の中にすっぽりと収める。
 猫の丸い背を一撫でするとディーナは「いつか、生まれ変わったら一緒に遊ぼうなの」と囁き、光の波動を放った。


 人形雑魔との攻防は激しさを増していた。
 顔が変貌した人形は苛烈な攻撃を繰り返し、動きの鈍い脚を震わせながら廃墟に突き進む。
 ハンター達の猛攻で既に指の数本が千切れ、右の爪先を失っていたが、それでも人形は諦めない。
『誓の盾、堅牢なる檻、其の身を以て彼の災いを阻め』
 蜜鈴が呪歌が紡ぐと、人形の行く手を阻む土の壁が出現した。
 ほんの一瞬、人形の足が止まる。乃梛と晴香が目で合図を送りあった。
「この先には行かせない!」
 乃梛が鞭を振るった。人形が身を捻った瞬間、晴香のワイヤーウィップがその体に絡みつく。
「今だ、鈴蘭っ!」
「いくよ、エレクトリックショック!!」
 鈴蘭の雷撃が人形の体を突き抜ける。人形の動きが、止まった。
(もし、核があるならば……!)
 蜜鈴が痙攣する人形の胸に銃弾を撃ち込む。続いて乃梛の鞭が左手を打ち落とし、晴香の剣が左足を切断した。
(折角外で戦えるなら試してみたいことがあるんだ)
 鈴蘭はジェットブーツを発動させた。マテリアル噴射の勢いで敵を蹴り飛ばせないかと考えたのだが、この技は攻撃に向かないらしい。吹き飛ばしこそ叶わなかったが、鈴蘭の渾身の蹴りは弱っていた人形の背をへし折った。
「グアアアッ!!」
 地に這いつくばり、獣じみた悲鳴をあげる人形。もう十分に動けぬはず、誰もがそう思った時だった。
「ギャアアアアアアア!!!」
 突然、人形が大鎌を縦横無尽に振り回した。残った手足でハンター達を抹殺するべく這いずり回る。
「くそっ!」
 晴香と鈴蘭が負傷した。傷は浅いが、このままでは容易に近づけない。
「みんな、しっかり!」
 乃梛のヒーリングスフィアが仲間たちの傷を癒す。
 一方で蜜鈴のアースウォールが敵の斬撃に巻き込まれ、崩れた。
「もう一度……!」
 蜜鈴が土壁の複数同時構成を試みる。しかし魔術師ひとりが同時に維持できる壁は1枚のみ。廃墟と人形を隔てる壁を1枚立てるのが精一杯だった。
(このままでは廃墟に侵入される!)
 蜜鈴が唇を噛んだ瞬間、低い声が聞こえた。
「……手練れ揃いの我々に挑むには少々力不足が過ぎたな。相手が悪かったと諦めるのだな」
 黒猫退治を終え、ソウルトーチを再び纏った兵庫が人形の前に立ち塞がった。人形は兵庫を標的と判断し、廃墟ではなく彼に刃を向ける。
 続いて廃墟から現れたのはソティスだった。
「歪虚に成り果て使命を全うできん人形は焼却処分だ」
 屋敷内では思うように力を振るえず鬱憤が溜まっていたのでな、と彼女は口元を吊り上げて炎の雨を降らせる。
「燃え尽きよ!!」
 激しい炎が人形のドレスと髪を燃やし、白い体に煙をあげさせる。それでもなお、人形は鎌を持ち上げたが。
「お粗末過ぎんだよオォ!」
「これでおしまいだよ!」
 晴香と鈴蘭の斬撃が決まり、人形雑魔の胴が完全に砕かれた。
 その瞬間、蜜鈴が人形に駆け寄り、手を伸ばした。人形の爪が蜜鈴の白い肩を浅く傷つける。それでも彼女は人形を強く抱きしめた。
「おんし……本当は愛されたかったのじゃろう? 妾は最期までここにおる、もう悲しむことはない……」
 人形が抵抗をやめた。それはただ力尽きただけなのかもしれない。しかし人形の最期の表情は、不思議と穏やかなものだった。
「……来世は大事にされるといいな」
 崩れゆく人形に向け、ソティスは小さく呟いた。


 廃墟に静寂が取り戻された。
 ウェインのもとに戻ったハンター達は、彼の意識が戻ったのを知ると声をあげて喜んだ。
 アデリシアが優しい顔でウェインに事情を説明する。
「私達はジーンさんから依頼を受けたハンターです。歪虚は退治しましたのでご安心くださいね」
「ハンター!? ってことは、あいつは無事に逃げられたのか。良かった!」
 ディーナが頷く。
「ジーン君を先に逃がした判断は偉かったの。助かって良かったの」
 だが、ふいにウェインの表情が曇った。依頼人となる際に罪を告白したであろう弟分はこれからどうなるのか、と。
「俺はどうなってもいい。でも、あいつは……」
「色々思うことはあるかもしれない。でも、死ななきゃ安い、だよ」
 乃梛がぽつりと呟く。その言葉にウェインは背を押された気がした。
「そうだな、ジーンに俺は助けられたんだ。何があろうが、あいつと真っ当な道でやり直すよ。助けてくれてありがとうな、ハンターさん達!」
 ウェインの瞳に明確な決意を感じた晴香が明るく笑った。
「よし、それじゃ街に帰ろうか。早くジーンを喜ばせてやんなきゃな!」

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 7
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫ka0010
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミka5843
  • 疾風の癒し手
    十色 乃梛ka5902

重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 世界の北方で愛を叫ぶ
    樹導 鈴蘭(ka2851
    人間(紅)|14才|男性|機導師
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • 侮辱の盾
    西空 晴香(ka4087
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 疾風の癒し手
    十色 乃梛(ka5902
    人間(蒼)|14才|女性|聖導士
  • 白狼は焔と戯る
    ソティス=アストライア(ka6538
    人間(蒼)|17才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【相談卓】
ソティス=アストライア(ka6538
人間(リアルブルー)|17才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/06/01 01:17:18
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/05/29 20:07:04