ゲスト
(ka0000)
聖導士学校――精霊の丘防衛戦
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/06/05 07:30
- 完成日
- 2017/06/10 19:49
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●精霊
3、4歳児だろうか。
仕立ての良いカソックを来た子供が、必死の様子で両手を広げていた。
南から風が吹く。
肉眼では捉えられないほど小さな、無数の雑魔が風に乗って向かって来る。
やあっ。
無音の声と共に淡い光が広がる。
範囲は小さな丘を覆うほどにあるけれども、威力はセイクリッドフラッシュに全く及ばない。
南からの風が吹けば吹くほど光は弱まり。
白い額にじとりと汗が浮かんだ。
ふにゅうっ。
光が強さを増す。
おまじないレベルだった浄化能力が一気に向上。
ピュリフィケーションの約30分の1にまで到達した。
精霊対歪虚。
零細対花粉。
凄まじく矮小に見える戦いではあるが、これも世界の存続をかけた戦いの1つなのだ。
「おはよございまーす!」
「いつもありがとうございます精霊様」
「お掃除にきました!」
北から来た人間達がいきなり乱入。
社ともいえない小さな住処の掃除を皮切りに、草むしり、掃き掃除、水まきを手際よく済ませていく。
「終わりました!」
「いい汗かいたー」
水まきの段階で花粉歪虚の勢力が弱体化。
今日は久々に零細精霊の大勝利で終わった。
なお、普段は泥仕合の末双方引き下がっておしまいである。
ありがとう。
笑顔で振り返った精霊の笑顔が、1人の女性徒を見て固まった。
「えっ?」
「どしたの?」
「どうしたのですかだよ。この方精霊様だよっ」
特に特徴のない少女だ。
入学後の訓練と良質な食事で肌と髪に艶が出ているがそれだけだ。
このまま所作も洗練されていけば引く手数多にだろうがそれは未来のこと。
みぃっ。
地から足が離れて凄い勢いで……実際は生徒が歩く程度の速度で住処まで逃げ込み、お守り兼保護者代わりの龍鉱石に抱きつきてぷるぷる震え出す。
「えっと、どうしよう」
「わ、わっ」
女性徒がタオルで髪を隠す。
他の生徒達もだいじょうぶですよー、と必死にジェスチャー。
精霊が精神的に復活するまで、1時間近く必要だった。
●駄目司祭
「あいたたた……」
「痛いで済むのが信じられませんな。なんで衰弱して死んでないのか」
ベッドで寝込んだイコニアの前で、医者が聴診器を外しながら肩をすくめた。
体格のよい女性が寝間着を着せ直し、薄く暖かな毛布をかける。
昼にまた来ると言い残して医者と看護師が去ると、校長でもある司教がため息をついた。
「最近は有給休暇と言うのだったか? 1月ほど休みなさい」
「はい、いえ、でも」
イコニアが必死に立ち上がろうとしている。
薄い筋肉しかついていな腕は震えるだけで体を支えられない。
よく手入れされた金髪が揺れ、青白い腕を撫でた。
「精霊様に謝らないと」
「うんまあ、それはそうだが」
司教が遠い目をする。
イコニアがいつものように、つまり大精霊エクラに祈ったり歪虚相手に殺意をぶつける勢いで祈った結果が、あのカソック姿の子供精霊だ。
元は、丘とその周辺を司るだけだった零細自然精霊。
今では祈りとマテリアルを捧げられ力を増した弱小自然精霊であり、かくあれと望まれた概念精霊としての側面を持つに至った。
要するに、人間にとって都合のよい隣人と化したのだ。
「謝っても君の罪悪感が減るだけだ。精霊のお気持ちを第一に考えなさい」
「はい。ご助言ありがとうございます」
深く頭を下げようとしてもイコニアの体は動かない。
謹厳実直な顔で重々しくうなずきながら、司教は内心冷や汗を流していた。
教会入りした直後のイコニア君そのままだからなぁ。
今は怯えていても、そのうち調子にのって暴走し始めるかも……暴走するな、うむ。
イコニア君の精神の転写もあるのだろうが、もともと根本が似通っていたのだろう。
擦れるイコニア君だと、間違いなく周囲の人間に染められるな。
「なんとか収まるべきところに収まればよいが」
都合の良い精霊を使い潰そうとする聖俗それぞれの有力者。
聖堂教会内の異なる思想と嗜好を持つ多数の派閥。
そして、現実の脅威であるこの地の歪虚。
精霊を守るために何が必要か、経験を積んだ司教でも分からなかった。
●機械化への道
細身の学者風の男が、全身これ筋肉の鎧の男達に囲まれていた。
「頼むよ先生」
「ほらこの通り」
頭を下げる姿も威圧感がありすぎる。
元騎士団所属で犯歴もないことを知っていなければ、逃げるか逃げる前に気絶していたはずだ。
「そう言われましてもね。私の専門は農業であって機械ではないので」
「そこをなんとかならないか」
「俺等もいずれは衰える。そのときに家族を養えないんじゃ話になんねぇんでな」
「なっ、お前いつの間に」
「こないだ胃里帰りしたときに、アリ……豪農の次女と見合いしてな」
スキンヘッドの大男が恥ずかしげに鼻を頭をこする。
おめでとう! と手荒く祝福する連中の顔がちょっとどころでなく怖い。
「前見たゴーレム凄かっただろ? そりゃ先生のように何でも出来るって訳じゃないが」
「役畜何十頭分の働きだった?」
「俺等何人分換算でいいだろ。導入と維持のコストも考えなきゃな」
山賊じみた外見でも大部分が王立学校騎士科出だ。
教養はあるし計算速度も速い。
が、なにぶん進取の気風が薄い王国出身なので、新しいものに対する知識も感度も低い。
「ハンターに仲介を頼んでは?」
「えっ」
「そりゃハンターは何でもしてるがこんなことも出来るのか?」
男達が視線を交わし、同時に小首を傾げた。
●交戦開始
「こうげきかいしー!」
どん、どん、と空気が震える重く大きな音が連続する。
大型弾がハンターの弓でも届かない距離を駆け抜け、足の遅い大きな歪虚に直撃した。
わあ。
カソック姿の精霊が、魔導トラックの荷台でばんざいする。
存在感が高まり実体化に成功。砲手役の生徒と手と手を軽く打ち合わせた。
大人達の表情は渋い。
南から南西にかけて、大量の木型歪虚がたむろしている。
今は散発的に丘に向かってくるだけなので、魔導トラック二台の機銃で防衛可能だ。
しかし敵の数は徐々に増えている。
やがては接敵されて、丘を放棄するしかなくなる。
「ハンターが到着するまで、休みは無しだな」
守備兵兼戦闘指導教官の傭兵が、苦み走った顔に不敵な笑みを浮かべた。
●依頼票
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、開拓、猫の相手など、それ以外の担当者も募集中です。
全高6~8メートルの木型歪虚集団が北上中です。
敵は低移動力、長射程攻撃手段がなく、頑丈であり花粉歪虚を撒きます。
とにかく数が多いです。
可能な限り数を減らしてください。
3、4歳児だろうか。
仕立ての良いカソックを来た子供が、必死の様子で両手を広げていた。
南から風が吹く。
肉眼では捉えられないほど小さな、無数の雑魔が風に乗って向かって来る。
やあっ。
無音の声と共に淡い光が広がる。
範囲は小さな丘を覆うほどにあるけれども、威力はセイクリッドフラッシュに全く及ばない。
南からの風が吹けば吹くほど光は弱まり。
白い額にじとりと汗が浮かんだ。
ふにゅうっ。
光が強さを増す。
おまじないレベルだった浄化能力が一気に向上。
ピュリフィケーションの約30分の1にまで到達した。
精霊対歪虚。
零細対花粉。
凄まじく矮小に見える戦いではあるが、これも世界の存続をかけた戦いの1つなのだ。
「おはよございまーす!」
「いつもありがとうございます精霊様」
「お掃除にきました!」
北から来た人間達がいきなり乱入。
社ともいえない小さな住処の掃除を皮切りに、草むしり、掃き掃除、水まきを手際よく済ませていく。
「終わりました!」
「いい汗かいたー」
水まきの段階で花粉歪虚の勢力が弱体化。
今日は久々に零細精霊の大勝利で終わった。
なお、普段は泥仕合の末双方引き下がっておしまいである。
ありがとう。
笑顔で振り返った精霊の笑顔が、1人の女性徒を見て固まった。
「えっ?」
「どしたの?」
「どうしたのですかだよ。この方精霊様だよっ」
特に特徴のない少女だ。
入学後の訓練と良質な食事で肌と髪に艶が出ているがそれだけだ。
このまま所作も洗練されていけば引く手数多にだろうがそれは未来のこと。
みぃっ。
地から足が離れて凄い勢いで……実際は生徒が歩く程度の速度で住処まで逃げ込み、お守り兼保護者代わりの龍鉱石に抱きつきてぷるぷる震え出す。
「えっと、どうしよう」
「わ、わっ」
女性徒がタオルで髪を隠す。
他の生徒達もだいじょうぶですよー、と必死にジェスチャー。
精霊が精神的に復活するまで、1時間近く必要だった。
●駄目司祭
「あいたたた……」
「痛いで済むのが信じられませんな。なんで衰弱して死んでないのか」
ベッドで寝込んだイコニアの前で、医者が聴診器を外しながら肩をすくめた。
体格のよい女性が寝間着を着せ直し、薄く暖かな毛布をかける。
昼にまた来ると言い残して医者と看護師が去ると、校長でもある司教がため息をついた。
「最近は有給休暇と言うのだったか? 1月ほど休みなさい」
「はい、いえ、でも」
イコニアが必死に立ち上がろうとしている。
薄い筋肉しかついていな腕は震えるだけで体を支えられない。
よく手入れされた金髪が揺れ、青白い腕を撫でた。
「精霊様に謝らないと」
「うんまあ、それはそうだが」
司教が遠い目をする。
イコニアがいつものように、つまり大精霊エクラに祈ったり歪虚相手に殺意をぶつける勢いで祈った結果が、あのカソック姿の子供精霊だ。
元は、丘とその周辺を司るだけだった零細自然精霊。
今では祈りとマテリアルを捧げられ力を増した弱小自然精霊であり、かくあれと望まれた概念精霊としての側面を持つに至った。
要するに、人間にとって都合のよい隣人と化したのだ。
「謝っても君の罪悪感が減るだけだ。精霊のお気持ちを第一に考えなさい」
「はい。ご助言ありがとうございます」
深く頭を下げようとしてもイコニアの体は動かない。
謹厳実直な顔で重々しくうなずきながら、司教は内心冷や汗を流していた。
教会入りした直後のイコニア君そのままだからなぁ。
今は怯えていても、そのうち調子にのって暴走し始めるかも……暴走するな、うむ。
イコニア君の精神の転写もあるのだろうが、もともと根本が似通っていたのだろう。
擦れるイコニア君だと、間違いなく周囲の人間に染められるな。
「なんとか収まるべきところに収まればよいが」
都合の良い精霊を使い潰そうとする聖俗それぞれの有力者。
聖堂教会内の異なる思想と嗜好を持つ多数の派閥。
そして、現実の脅威であるこの地の歪虚。
精霊を守るために何が必要か、経験を積んだ司教でも分からなかった。
●機械化への道
細身の学者風の男が、全身これ筋肉の鎧の男達に囲まれていた。
「頼むよ先生」
「ほらこの通り」
頭を下げる姿も威圧感がありすぎる。
元騎士団所属で犯歴もないことを知っていなければ、逃げるか逃げる前に気絶していたはずだ。
「そう言われましてもね。私の専門は農業であって機械ではないので」
「そこをなんとかならないか」
「俺等もいずれは衰える。そのときに家族を養えないんじゃ話になんねぇんでな」
「なっ、お前いつの間に」
「こないだ胃里帰りしたときに、アリ……豪農の次女と見合いしてな」
スキンヘッドの大男が恥ずかしげに鼻を頭をこする。
おめでとう! と手荒く祝福する連中の顔がちょっとどころでなく怖い。
「前見たゴーレム凄かっただろ? そりゃ先生のように何でも出来るって訳じゃないが」
「役畜何十頭分の働きだった?」
「俺等何人分換算でいいだろ。導入と維持のコストも考えなきゃな」
山賊じみた外見でも大部分が王立学校騎士科出だ。
教養はあるし計算速度も速い。
が、なにぶん進取の気風が薄い王国出身なので、新しいものに対する知識も感度も低い。
「ハンターに仲介を頼んでは?」
「えっ」
「そりゃハンターは何でもしてるがこんなことも出来るのか?」
男達が視線を交わし、同時に小首を傾げた。
●交戦開始
「こうげきかいしー!」
どん、どん、と空気が震える重く大きな音が連続する。
大型弾がハンターの弓でも届かない距離を駆け抜け、足の遅い大きな歪虚に直撃した。
わあ。
カソック姿の精霊が、魔導トラックの荷台でばんざいする。
存在感が高まり実体化に成功。砲手役の生徒と手と手を軽く打ち合わせた。
大人達の表情は渋い。
南から南西にかけて、大量の木型歪虚がたむろしている。
今は散発的に丘に向かってくるだけなので、魔導トラック二台の機銃で防衛可能だ。
しかし敵の数は徐々に増えている。
やがては接敵されて、丘を放棄するしかなくなる。
「ハンターが到着するまで、休みは無しだな」
守備兵兼戦闘指導教官の傭兵が、苦み走った顔に不敵な笑みを浮かべた。
●依頼票
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、開拓、猫の相手など、それ以外の担当者も募集中です。
全高6~8メートルの木型歪虚集団が北上中です。
敵は低移動力、長射程攻撃手段がなく、頑丈であり花粉歪虚を撒きます。
とにかく数が多いです。
可能な限り数を減らしてください。
リプレイ本文
●汚れた緑
タタタと奇妙なほど存在感のある音が連続する。
成人男性でも抱えられないほど大きな幹に弾痕が刻まれ、どす黒い血にしか見えない樹液がだらりと零れた。
「テメェ等この前の演習忘れてねぇな? 防御が硬くてメンドクセェ敵への対処は体が覚えてンだろ」
「ふぁいっ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)の叱咤が響く。
戦闘中の生徒が焦りで言葉になってない返事をする。
生徒が必死に、左右と上から伸びてくる枝を盾で受けてメイスで打ち払う。
防御に成功しても生徒は追撃に移らない。
防御が薄い銃担当が退却を終えて始めてじりじり下がる。
「ったく、ちょっと前に掃除したばっかだろ?」
ボルディアは生徒と一緒には戦えない。
精霊がいる丘はとっくに半包囲されていて、生徒の援護という贅沢をする余裕がないからだ。
「まぁいいさ。さっさと終わらせちまうとするか」
漆黒の大鎌が真横に一閃。
祖霊幻影による巨大化の効果もあり攻撃範囲も威力も絶大。
汚れた緑の縁に直径20メートルの穴が開いた。
「さすがに全滅って訳にはいかねぇか」
相棒を駆けさせ追撃に移る。
討ち残しは6、7体。
もう一度同じ技を使えば全滅するかもしれないが、残念ながらそんな余裕は無い。
大技の使用は敵密集時にのみ限定。強そうな木歪虚だけを狙って幹を両断し数を減らす。
『南東隊は第2防衛線まで後退。南西隊は防戦を継続。1分以内に増援が到着する』
生徒に貸し出された通信機から淡々と命令が伝達される。
声は生徒と同じくらい幼いけれど、落ち着き払った声には焦りを沈静化させる効果があった。
通話ボタンから指を離しフィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)が湿ったため息をつく。
最初は敵が弱小過ぎ演習にならないかと思っていたのに、次々敵の数が増えて今では学校史上最も過酷な戦場だ。
もっともそれだけならため息は出ない。
個々の隊が思ったように動かせず、精神的な原因による痛みを感じてしまう。
「鎧娘はメイスを放棄。繰り返す。鎧娘はメイスを放棄」
南東隊最前列の全身鎧が、一瞬迷った上でメイスを捨てハンター基準の平均的な速度で逃走に移る。
撤退に失敗する可能性もあったはずだが武器を諦めれば全力疾走も可能だ。
歪虚に何度か背中を打たれても全く止まらず、ゴーレムが造った簡易防壁の陰に飛び込んだ。
「その場から前に行かないように」
刻令ゴーレムに厳命した上でエステル(ka5826)が丘から駆け下りる。
青毛の馬は速いだけで無く素晴らしく安定している。
低速かつ動きの鈍い木型歪虚では全く追いつけない。
振り返りかけた歪虚に大量の弾が当たる。
ゴーレムが装備した軽機関銃だけでなく、防壁から突き出されたアサルトライフルによる弾も多い。
まさに数は力であり、エステルを背後から撃とうとした歪虚が次々穴だらけにされ崩壊していった。
「精霊様の手間を減らすため、全力で攻撃に行かせてもらいます」
3体の歪虚がエステルを迎え撃つ。
それぞれが放つ花粉が重なり合い、乱雑に振るわれるだけの枝も数が多く回避も困難だ。
直径1メートルの盾が何度も攻撃にさらされて、盾を包んでいた燐光が微かに薄れた。
幹から伸びる根が舌なめずりするように震える。
洗練されたエステルの力を我が物に出来れば一気に位階が上がるとでも考えているだろう。
エステルの動きに迷いは無い。
光の波動が広がる。巨体が災いして木型歪虚が大打撃を受ける。
彼女を食い止めた後食らおうと密集していたため部隊としての被害も甚大だ。
術の性質上命中率も高く、直径10メートル内の生き残りは木歪虚たった1本だった。
「弾数豊富か」
100メートル離れた場所で大木を垂直に両断しながら、ボルディアがため息混じりの息を吐いていた。
エステルの残りスキルは30、ボルディアは10。
威力と攻撃範囲では負けてはいないが、敵の数を考えるとエステルに頼らざるを得ない。
「10本の雑魚より1本の歪虚の方が楽なんだがな」
前と上と左から迫る枝をただの横移動で躱し、すり抜けるついでに左の1体を切り捨てる。
相手がこの程度の雑魔では、優れた回避能力も受け能力もあまり活かせない。
「万一を考えると丘から離れられねぇしなぁ」
丘をちらりと見てからもう1体の歪虚を切り捨てる。
ハンターは健在でも生徒の疲労の色は濃く、敵の数は2割も減っていなかった。
●包囲と殲滅
「長射程の銃を買っておくべきでしたか」
細い足で蹴り明けるようにドアを開け、運転より遙かに慣れた手つきで火球を投擲。
手を伸ばせば触れられる距離まで迫っていた木型歪虚が爆発に巻き込まれ芯ごと燃やし尽くされた。
「すみません弾貸してくださいっ」
駆け寄って来る生徒の後ろに、生徒の真似をして走る子供が1人。
エルバッハ・リオン(ka2434)は子供では無く精霊であることに気づき、精霊を歪虚の目から隠すために車体を移動させた。
「はい」
ずっしり。
渡された木箱は予想外に重く生徒は危うく落としかけた。
僕も手伝う、という雰囲気で精霊が手をぱたぱた振っていたので補修用の板を渡す。
補修用の木ぎれでなので非常に小さいけれど、1年生よりさらに小さな精霊にとってはかなり大きいし盾にもなる。
エルバッハは自分の仕事に戻る。
戦線は歪虚に押し込まれ、精霊に住処である森は完全に包囲されてしまっている。
つまり範囲攻撃を打ち込めば効率よく歪虚を討てる。
実際包囲されてからの戦果は異常なほどだ。
そしてもう1両の魔導トラックでは、かなり深刻なやりとりが行われていた。
「ぬしら、どうして逃げなかった」
「そらこっちの」
「落ち着け、そっちの鬼のねーちゃんもだ」
長身で筋肉がついているのにすらりとした女性と顔を除けば野生のゴリラじみた中年が作業着の男達に押し止められている。
なお、作業服の男達は建材らしき丸太を振るい歪虚が近づかないようにも頑張ってもいる。
「我は現状を見せるために連れてきた。命を危険にさらすためではない」
「そんな武器の女を放っておけるかっ。それに俺は元王国騎士だ!」
「お前退役前に大けがして最後数年書類仕事だっただろ」
攻防に使われる技は高度でも内容はぐだぐだだ。
言い合いを続けていてもユーレン(ka6859)の視野は広く、魔導トラックに死角から迫った来た歪虚に運転席から飛び降り分厚い鉄製スキレットを振るう。
だが命中率が低い。
メイスファイティング――マテリアルを使った身体能力向上術を使っているのに平均5割で当たる程度だ。
一旦距離をとろうにも装備の重量に邪魔され木歪虚に追いつかれる。
ぬかった。新たな武器の扱いにこれほど手間取るとは。
奥歯を噛みしめユーレンは己の足を止めて歪虚の迎撃に専念した。
「精霊様」
アニス・エリダヌス(ka2491)は淡く頬を染めて咳払いをする。
自分の背から広がる羽はマテリアルで出来た幻のはずなのに、精霊の小さな手の柔らかさがはっきりと感じられる。
「緊急時のいたずらは駄目です」
自身の祈りの対象では無くても敬意は払うし言うべきことは言う。
小さく細い胴を抱き上げ1年生に預ける。
懲りずに小さな手が伸ばされてくるので、アニスは銀の手甲で包まれた指でちょんと精霊の額を突いた。
改めて戦場を見る。
戦闘開始直後と比べると歪虚の数は2~3割程度にまで減っている。
ただしドーナツ状の狭い空間に集まっているので密度は開戦時とほとんど変わらない。
ハンター側もスキルの残弾が残り少ないため、どちらが有利とも不利ともいえない膠着状態だ。
そんな状況で、スキルも使わず大活躍するエルフが1人いる。
いつも通りに温和な薬師にしか見えないのに、ソナ(ka1352)は大型の蒼弓を慣れた様子で操り戦場の各所へ鉄矢を放つ。
威力は高位覚醒者と比べれば控えめ。しかし百メートル以上の射程は歪虚にとっての悪夢だ。
逃げだそうとしても背中に何本もの矢が当たって最後には力を失い消滅させられる。
生徒の隊が隙を見せたときも、斜め横から鉄矢が突き刺さって絶好の攻めどきを強制的に見逃しさせられてしまう。
そんなソナがゆがけ代わりの手袋で包まれた指を軽く動かした。
気づいたユキウサギ【バーニャ】が2つの足で全力ダッシュ。
疲れて息も乱れた2年生の隊列に紛れ込み、肩……は叩けないので生徒の革鎧をよじ登り握手を繰り返す。
生徒は戸惑うばかりだ。
握手と同時に強固な防御結界に包まれたことに、彼等は全く気づけていない。
ソナは何本目になるか分からない矢を取り出し弓につがえてアニスに目配せをした。
アニスがうなずく。
ソナの矢が歪虚最前列要の大木を射貫く。
歪虚の隊列が乱れた機を捉え、アニスが歪虚の群れに突進した。
歪虚が高速で思考する。
秘められたマテリアルは巨大でも、アニスは盾も持たず得物も大きくない。
大木とすら呼べる大きさの歪虚でも知性は雑魔相当しかなく、目の前の脅威をただの餌としか考えられない。
アニスの杖を覆う燐光が刃の形をとり加速度的に気配が強くなっているのに、歪虚は最期まで気づけなかった。
「……様、大地を汚すものを討つための力、今一度お貸し下さい」
純粋な祈りが錬磨された戦意と混じって歪虚を滅ぼす光と化す。
苛烈な純白が艶やかな花弁の如く広がりながら伸びていく。
アニスが真横に杖を振るうと、彼女至近にいた歪虚全てが炭すら残せず光に灼かれた。
「前進。アニスさんを追い越さない範囲で」
フィーナの指示が飛ぶ。
これまで防戦して下がる一方だった生徒が前へ駆けだし、隊列もなく分断された歪虚の各個撃破を開始する。
一際大きな枝がアニスを狙う。
細い腕が高速で迎撃に回り、展開された障壁で受け流してアニスへの被害を限りなく0に近づける。
「勝ち、ですね」
一度均衡が崩れるともう止まらない。
精霊の丘に対する包囲は崩れ、生徒の護衛に専念する必要のなくなったボルディアが強い木歪虚から切断して歪虚の勢力を削っていく。
一時は大地を埋め尽くすほどだった木型歪虚の群れが、木ぎれも残せず地上から消滅するまでほとんど時間はかからなかった。
「また生えそうなのが面倒だがな」
ユーレンが得物を下ろして額の汗を拭い、未だ負の気配漂う南西の湿地をじろりと見る。
分厚い装甲とメイスファイティングの組み合わせは非常に有効で、かなりの打撃を浴びたにも関わらずかすり傷程度のダメージにしか見えなかった。
●育つ精霊
むせかえるほど濃かった負の気配がハンターの手により祓われた。
「僭越ながら改めてごあいさつさせていただきま……」
頭を下げようとしたアニスの動きが止まる。
精霊が近い。
このままだと額と額が正面衝突だ。
精霊はにこにこしながらアニスを見上げ、アニスの背中に手を伸ばして空振り悲しそうな顔をした。
ソナが軽く目を見開いた。
前回見たときはイコニアの妹にも見え、今回丘に急行した直後には生徒に似た要素が増えていた精霊がいつの間にかエルフに似た耳を持っている。
「人に呼応して力を強め、顕現しているなら、今後も私たちの祈りと奉仕が精霊様の存在を繋ぎ留め、高めていくのでしょうね」
ただ、この精霊は似た生徒に怯えるレベルでイコニアを苦手にしている。
今のエルフ耳のことも考え合わせると、不穏な過去の気配を感じてまう。
「精霊様」
エステルが言い終える前に精霊が振り返る。
表情を輝かせ、元気よく飛びつこうとして足を滑らせる。
「身振り手振りだけですと意思の疎通がしにくいですよね」
幼い家族に対するように、身長1メートルに満たない体を優しく抱き留める。
精霊は柔らかな顔を楽しげにすりつける。
その力はとてもささやかで赤子よりも弱いかもしれない。
「精霊様もお時間がれば学校に来るのはどうでしょうか? 読み書きやマテリアルの操り方など、人の技術も役に立つかもしれません」
心底から相手を思ったエステルの言葉。
けれど小さな精霊は知識も思考の速度も足りず、小首を傾げてふにゅうとうなる。
「ずっと人が住んでなさそうな場所にいても退屈だろ」
ボルディアの言葉に精霊が高速でうなずく。
試しに生徒と遊べるぞと誘ってみると、きらきらした目になり連れて行ってと全力でアピールし始めた。
「えっ」
「あら」
「やべぇ」
北に1キロいかないうちに力が衰え気配が薄くなり風に流されかける。
慌てて丘に戻って無事に回復したものの、精霊はショックを受けしばらくの間いじけていた。
●南方開拓録
木型歪虚の本拠地である湿地を、十分距離をとって時計回りに回り込む。
前回は森であったが今は盆地にも見える。
全滅に近い打撃を与えたはずなのに、雑魔にすら満たない気配が数十も感じられた。
「どうしたもんだか」
「学校ではスキルが回復しません。短距離の調査を繰り返した方がいいでしょう」
「だな」
エルバッハは魔導トラックを運転し、ボルディアは運転席で周囲と空の警戒を徹底する。
南に向かうほど生き物の気配が薄れていく。歪虚の支配領域の気配が加速度的に濃くなっていく。
「目無し鴉か」
「今回はまだ見当たりません」
「疑っている訳じゃなくてな」
自分の髪をかく。
エルバッハを評価し、そのエルバッハに大ダメージを与える敵を脅威と判断している。
「汚染だけなら祓えるがよ」
敵が一度にまとまって来るならどうにでも出来る自信がある。
しかし遠距離から少しずつ攻めてこられるといずれはスキルが尽きて後は一方的だ。
「開拓が特級の難事であることを実感させられますね」
エルバッハが片手に持つPDAから、カメラのシャッター音に似せた音が連続して聞こえる。
周囲への警戒はボルディアに任せ彼女は映像記録をとにかく集める。
よそ見運転は危ないんじゃ、という視線が荷台から向けられても調査は止めない。
これほど心強い護衛を得られる機会はなかなかないのだ。
「南に前回の半分程度の群れを発見。丘に戻ります」
「おう」
無理をしなくても分かることは無数にある。
地形、汚染の深度、そして何より歪虚の推定戦力。
「ハルトフォート以西と比べて範囲は極小。推定戦力は2桁下。……CAMでなんとかなる程度の敵ならよいのですが」
仮に3桁少なくても歪虚木の集団より強い。
いずれ起こるだろう強敵との決戦を推測し、エルバッハは重い息を吐くのだった。
●機械と畑
僻地にあるため学校と呼べば通じる聖導士養成校。
法的には私塾でしかなくても聖堂教会の後援は絶大だった。
「上げ膳据え膳じゃな」
ユーレンが眉をしかめる。
近くの演習状では生徒が泥まみれ走ってはいるが、彼女から見れば恵まれ過ぎだ。
生きるために苦労する必要はなく、将来のために金とコネを稼ぐ必要も無く、ただ訓練と学業に専念できる環境。
その上で生徒が潰れる寸前までの詰め込み教育だ。
農作業などの聖導士に関係無いことすることはないしそもそも余裕が無い。
ここまでしてようやく2年で卒業できる可能性が出てくるともいえる。
他の場所で得ようとすれば、黄金を複数積み重ねても足り無いかも知れない好環境だ。
「麦収穫前のクソ忙しい時期に呼び出す価値があるんだろうな」
「ゴーレムの種類も知らないで買おうとしているのだろう?」
ぬぐ、と元騎士現開拓民の大男が言葉に詰まる。
ユーレンは大組織から小工房まで、戦闘にも使えるゴーレムからぎりぎり1人乗り可能なゴーレムまで説明してから開拓民をにらんだ。
「ところでうぬら、作った菜をどうするつもりだ。買い手はあるのか」
目を逸らされる。
売れないのかとも思ったがどうやら違うようだ。
学校が求める品質に達しない出来がほとんどで、自家消費分以外は安価で外部に放出か猫のご飯らしい。
頭が痛い。
農業指導担当の技術者も、すごい勢いで首を上下に振っていた。
「麦の出来はどうなのです?」
「はい、それだけななんとか」
エステルの質問に技術者が答える。
背後で胸を張る男共がちょっとどころでなく鬱陶しい。
苦労なさったのですねと技術者を労りつつ、一時的に貸し出した刻令ゴーレムの使い勝手を詳しく聞き出す。
「単位面積あたりの収穫量は落ちるかもしれません。1人当たり、必要経費当たりの収量は倍増どころじゃないですね」
「そうなのか?」
「元騎士のあなた方を基準に考えないでくださいっ」
胃壁を痛めつけられている技術者とは対照的に、戦場から距離を置いた覚醒者はとてものびのびしている。
エステルはあくまで丁寧に、ゴーレム導入に使える資金についてたずねた。
「小作料ウン十年前払いで結構払ったな。いくら残ってたか」
かなりの額を提示される。
運用の際に得られるノウハウの提供を条件にすれば、合計で5台ほどゴーレムを導入可能かもしれない。
ゴーレム用火砲は無理だが、ハンターとは立場が違うのでレンタルでも購入でもいけるだろう。
「情報提供を通して中立の組織であるオフィスとのパイプができれば、どこかに加担していると思われずにすむかなと。薬草園のポーションもハンターなら喜んで使うでしょうし」
男達が珍しく真面目な顔になって視線を交わす。
「ここの先生等って貴族の上澄みだろ?」
「我が家の協力のお陰だって先生の実家が宣伝すんじゃねぇかな」
「ンで欲の皮突っ張ったクソ貴族共が威張る訳だ。俺等はこんなに立派だから平民を踏みつけていいんだってな」
エステルが貴族であることを知っている同僚が、知らない1人を慌てて引っ張っていった。
●明滅する光
アニスは上機嫌だ。
薬師の解説付き植物園見学は実に参考になった。
自分の畑を広げれば広げるほど、今回の見聞が役に立つはずだ。
しかし全て真似ようとは思わない。
あの植物園、設備と技術はでも伝統的なものから一歩も外れず正直古くさい。
リアルブルーの種を扱うならアニスの畑の方がよいかもしれないレベルだ。
「アニスです。薬草園……植物園の視察が終わりましたので報告に参りました」
宿舎の最奥にある扉の前で立ち止まり、軽くノックをして返事を待つ。
どうぞと声が聞こえたのでゆっくりと扉を開けると、精悍な顔つきのイェジドと目が合った。
刹那の時間で互いの技と力と心胆を観察し合い、イェジドから緊張が抜けてはふうとあくびが連発される。
「イコニアです。ご足労頂いたにもかかわらず挨拶もできず申し訳ありません」
「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」
やや遅れて頭を下げながら、アニスは内心小首を傾げている。
目の前にいるのは巨大宗教組織の派閥幹部であり大規模浄化術まで使える重要人物のはずだ。
そんな人間がイェジドに邪魔されベッドから動けない。
アニスを見る目にも、あからさまに嫉妬が……顔立ちとか肌ではなく健康な体と真っ当についた筋肉への嫉妬が籠もっている。
「イコちゃんまた抜け出そうとして」
廊下を曲がる前に捉えていた足音複数が近づいて来る。
宵待 サクラ(ka5561)。ソナ。もう1人は奇妙に気配が小さい用務員だ。
「ちょっと遅くなったけどお昼ご飯だよ」
豆乳たっぷりの蛋白質強化メニューである。
腰が退けたイコニアに最後の一滴まで嚥下させてから、イェジド【二十四郎】に護衛の引き継ぎを目で告げる。
逞しい幻獣は主にだけ分かる程度に顎を引き、イコニアから離れて部屋の隅で寝息をたて始めた。
「イコちゃんが倒れたので、サイ・サークさんは本格的に校長先生の秘書になりました、お給料UPだよ、やったね! 校長先生にも許可もらってるから」
「学校立上時からの収入支出表を強引に……。もう逃げられないじゃないですかぁ」
虚ろな目で資料を机に並べる元細作。
イコニアが読み易いよう位置を調節してからソナと場所を交代する。
「体調優先で挨拶と修飾を省きます。ご覧のように精霊様との関係は良好です。問題はイコニアさんに対する苦手意識くらいで」
がくりとうなだれたイコニアの背をサクラが撫で、ついでに日課の筋肉マッサージを開始する。
数日訓練していないだけなのに異様に筋肉が落ちている。
「果樹園跡は負の気配が濃い場所を浄化し保護色雑魔も可能な限り処理しました。装備を調えれば護衛無しで手入れ可能なはずです」
「ありがとうございま」
立ち上がろうとしたイコニアがふらつく。
ソナは現秘書とアニスを促し、そっと病室から立ち去った。
「あいたたた」
「はいこっち伸ばすよ。イコちゃんてさー、できるようになる自分が怖くて無意識に制御してない?」
「出来るならパワーアップして二代目ヴィオラ様を目指しま痛たっ」
筋肉の微細な動きがわかるほど密着しているので嘘はつけない。
イコニアは本気でそう思っている。
直接歪虚を殴れるのに喜びすぎ注意散漫になっただけ、というのが情けない真相だった。
サクラはかなり容赦なくマッサージを続けながら、イコニアの意識が鈍ったタイミングで耳元に言葉を滑り込ませる。
「エクラさまがエクラさまになった時と同じだよね。力を得やすく使いやすい形に整えた。分かってたし悪いとも思ってないよね」
少女司祭の表情が固まり筋肉が露骨に緊張する。
「ならいいじゃん、それで。あとは……狂信者の襲撃がある前に、聖女になっちゃう? 止めなきゃいけない時は、人を集めてでも止めてあげるよ。だからその力を、今は我慢しないで自分が楽に生きられる方に使ってみようか」
「ち、違」
「間違ってる? 本当に?」
優しく穏やかな言葉が、致命的な毒のように司祭の耳に染みこむ。
サクラはそれ以上何も言わず、イコニアが眠りに入るまでマッサージを続けていた。
深夜。
イコニアは目覚めた瞬間頭を抱えた。
「うぁー。いっそ中央に異動、したらますます戦えないよー」
ベッドで左右に1往復。
途中で室内に誰かがいることに気づく。
「元気そう」
椅子に座るフィーナを見上げ、イコニアが汗をじっとりと浮かべた。
しばし無言で時が過ぎ。最初にフィーナが口を開く。
「無理させてごめんね」
「えっと、あっ、前回の。気にしないでください。体調管理と力加減に失敗した私に責任があります」
サクラの言葉が脳裏で繰り返され、焦りと嫌な汗が止まらない。
「なら、この後の展望について話しましょう」
フィーナがじっと見つめる。
イコニアは無意識に逸らしそうになるのを堪えるので精一杯だ。
「あなたは、『こんなところ』でくすぶっているべきじゃない」
込められた意味に気づいてイコニアの顔色が酷くなる。
「貴女には才がある。人の限界を見極め、動かす才が」
今はフィーナにあっさりやられる程度でしかないが、追い込まれても部下の士気を保てるのは実に素晴らしい。
学んで経験を重ねればフィーナを超え名のある指揮官になれる。
そう口説かれいるイコニアの顔色はほとんど死人同然だった。
「待って、待ってください、私」
面倒臭いことしたくない。
司祭位投げ出したくなることもある私が出来るはず無い。
そんな、生徒が見れば幻滅では済まない本音を口に出してしまった。
フィーナは瞬きすらせず視線も逸らさない。
「貴女が上に立てば…貴女は数多の人間を使い、数多の要請に応えられるようになる。もちろん責任は伴いますが……きっと、貴女一人でやるよりも、もっと気持ちよくなれると思いますよ?」
「違うもん! 私は、自分で戦いたいんだもん!」
聖職者でも貴族でもない等身大のイコニアは、酷く幼く我が儘だった。
タタタと奇妙なほど存在感のある音が連続する。
成人男性でも抱えられないほど大きな幹に弾痕が刻まれ、どす黒い血にしか見えない樹液がだらりと零れた。
「テメェ等この前の演習忘れてねぇな? 防御が硬くてメンドクセェ敵への対処は体が覚えてンだろ」
「ふぁいっ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)の叱咤が響く。
戦闘中の生徒が焦りで言葉になってない返事をする。
生徒が必死に、左右と上から伸びてくる枝を盾で受けてメイスで打ち払う。
防御に成功しても生徒は追撃に移らない。
防御が薄い銃担当が退却を終えて始めてじりじり下がる。
「ったく、ちょっと前に掃除したばっかだろ?」
ボルディアは生徒と一緒には戦えない。
精霊がいる丘はとっくに半包囲されていて、生徒の援護という贅沢をする余裕がないからだ。
「まぁいいさ。さっさと終わらせちまうとするか」
漆黒の大鎌が真横に一閃。
祖霊幻影による巨大化の効果もあり攻撃範囲も威力も絶大。
汚れた緑の縁に直径20メートルの穴が開いた。
「さすがに全滅って訳にはいかねぇか」
相棒を駆けさせ追撃に移る。
討ち残しは6、7体。
もう一度同じ技を使えば全滅するかもしれないが、残念ながらそんな余裕は無い。
大技の使用は敵密集時にのみ限定。強そうな木歪虚だけを狙って幹を両断し数を減らす。
『南東隊は第2防衛線まで後退。南西隊は防戦を継続。1分以内に増援が到着する』
生徒に貸し出された通信機から淡々と命令が伝達される。
声は生徒と同じくらい幼いけれど、落ち着き払った声には焦りを沈静化させる効果があった。
通話ボタンから指を離しフィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)が湿ったため息をつく。
最初は敵が弱小過ぎ演習にならないかと思っていたのに、次々敵の数が増えて今では学校史上最も過酷な戦場だ。
もっともそれだけならため息は出ない。
個々の隊が思ったように動かせず、精神的な原因による痛みを感じてしまう。
「鎧娘はメイスを放棄。繰り返す。鎧娘はメイスを放棄」
南東隊最前列の全身鎧が、一瞬迷った上でメイスを捨てハンター基準の平均的な速度で逃走に移る。
撤退に失敗する可能性もあったはずだが武器を諦めれば全力疾走も可能だ。
歪虚に何度か背中を打たれても全く止まらず、ゴーレムが造った簡易防壁の陰に飛び込んだ。
「その場から前に行かないように」
刻令ゴーレムに厳命した上でエステル(ka5826)が丘から駆け下りる。
青毛の馬は速いだけで無く素晴らしく安定している。
低速かつ動きの鈍い木型歪虚では全く追いつけない。
振り返りかけた歪虚に大量の弾が当たる。
ゴーレムが装備した軽機関銃だけでなく、防壁から突き出されたアサルトライフルによる弾も多い。
まさに数は力であり、エステルを背後から撃とうとした歪虚が次々穴だらけにされ崩壊していった。
「精霊様の手間を減らすため、全力で攻撃に行かせてもらいます」
3体の歪虚がエステルを迎え撃つ。
それぞれが放つ花粉が重なり合い、乱雑に振るわれるだけの枝も数が多く回避も困難だ。
直径1メートルの盾が何度も攻撃にさらされて、盾を包んでいた燐光が微かに薄れた。
幹から伸びる根が舌なめずりするように震える。
洗練されたエステルの力を我が物に出来れば一気に位階が上がるとでも考えているだろう。
エステルの動きに迷いは無い。
光の波動が広がる。巨体が災いして木型歪虚が大打撃を受ける。
彼女を食い止めた後食らおうと密集していたため部隊としての被害も甚大だ。
術の性質上命中率も高く、直径10メートル内の生き残りは木歪虚たった1本だった。
「弾数豊富か」
100メートル離れた場所で大木を垂直に両断しながら、ボルディアがため息混じりの息を吐いていた。
エステルの残りスキルは30、ボルディアは10。
威力と攻撃範囲では負けてはいないが、敵の数を考えるとエステルに頼らざるを得ない。
「10本の雑魚より1本の歪虚の方が楽なんだがな」
前と上と左から迫る枝をただの横移動で躱し、すり抜けるついでに左の1体を切り捨てる。
相手がこの程度の雑魔では、優れた回避能力も受け能力もあまり活かせない。
「万一を考えると丘から離れられねぇしなぁ」
丘をちらりと見てからもう1体の歪虚を切り捨てる。
ハンターは健在でも生徒の疲労の色は濃く、敵の数は2割も減っていなかった。
●包囲と殲滅
「長射程の銃を買っておくべきでしたか」
細い足で蹴り明けるようにドアを開け、運転より遙かに慣れた手つきで火球を投擲。
手を伸ばせば触れられる距離まで迫っていた木型歪虚が爆発に巻き込まれ芯ごと燃やし尽くされた。
「すみません弾貸してくださいっ」
駆け寄って来る生徒の後ろに、生徒の真似をして走る子供が1人。
エルバッハ・リオン(ka2434)は子供では無く精霊であることに気づき、精霊を歪虚の目から隠すために車体を移動させた。
「はい」
ずっしり。
渡された木箱は予想外に重く生徒は危うく落としかけた。
僕も手伝う、という雰囲気で精霊が手をぱたぱた振っていたので補修用の板を渡す。
補修用の木ぎれでなので非常に小さいけれど、1年生よりさらに小さな精霊にとってはかなり大きいし盾にもなる。
エルバッハは自分の仕事に戻る。
戦線は歪虚に押し込まれ、精霊に住処である森は完全に包囲されてしまっている。
つまり範囲攻撃を打ち込めば効率よく歪虚を討てる。
実際包囲されてからの戦果は異常なほどだ。
そしてもう1両の魔導トラックでは、かなり深刻なやりとりが行われていた。
「ぬしら、どうして逃げなかった」
「そらこっちの」
「落ち着け、そっちの鬼のねーちゃんもだ」
長身で筋肉がついているのにすらりとした女性と顔を除けば野生のゴリラじみた中年が作業着の男達に押し止められている。
なお、作業服の男達は建材らしき丸太を振るい歪虚が近づかないようにも頑張ってもいる。
「我は現状を見せるために連れてきた。命を危険にさらすためではない」
「そんな武器の女を放っておけるかっ。それに俺は元王国騎士だ!」
「お前退役前に大けがして最後数年書類仕事だっただろ」
攻防に使われる技は高度でも内容はぐだぐだだ。
言い合いを続けていてもユーレン(ka6859)の視野は広く、魔導トラックに死角から迫った来た歪虚に運転席から飛び降り分厚い鉄製スキレットを振るう。
だが命中率が低い。
メイスファイティング――マテリアルを使った身体能力向上術を使っているのに平均5割で当たる程度だ。
一旦距離をとろうにも装備の重量に邪魔され木歪虚に追いつかれる。
ぬかった。新たな武器の扱いにこれほど手間取るとは。
奥歯を噛みしめユーレンは己の足を止めて歪虚の迎撃に専念した。
「精霊様」
アニス・エリダヌス(ka2491)は淡く頬を染めて咳払いをする。
自分の背から広がる羽はマテリアルで出来た幻のはずなのに、精霊の小さな手の柔らかさがはっきりと感じられる。
「緊急時のいたずらは駄目です」
自身の祈りの対象では無くても敬意は払うし言うべきことは言う。
小さく細い胴を抱き上げ1年生に預ける。
懲りずに小さな手が伸ばされてくるので、アニスは銀の手甲で包まれた指でちょんと精霊の額を突いた。
改めて戦場を見る。
戦闘開始直後と比べると歪虚の数は2~3割程度にまで減っている。
ただしドーナツ状の狭い空間に集まっているので密度は開戦時とほとんど変わらない。
ハンター側もスキルの残弾が残り少ないため、どちらが有利とも不利ともいえない膠着状態だ。
そんな状況で、スキルも使わず大活躍するエルフが1人いる。
いつも通りに温和な薬師にしか見えないのに、ソナ(ka1352)は大型の蒼弓を慣れた様子で操り戦場の各所へ鉄矢を放つ。
威力は高位覚醒者と比べれば控えめ。しかし百メートル以上の射程は歪虚にとっての悪夢だ。
逃げだそうとしても背中に何本もの矢が当たって最後には力を失い消滅させられる。
生徒の隊が隙を見せたときも、斜め横から鉄矢が突き刺さって絶好の攻めどきを強制的に見逃しさせられてしまう。
そんなソナがゆがけ代わりの手袋で包まれた指を軽く動かした。
気づいたユキウサギ【バーニャ】が2つの足で全力ダッシュ。
疲れて息も乱れた2年生の隊列に紛れ込み、肩……は叩けないので生徒の革鎧をよじ登り握手を繰り返す。
生徒は戸惑うばかりだ。
握手と同時に強固な防御結界に包まれたことに、彼等は全く気づけていない。
ソナは何本目になるか分からない矢を取り出し弓につがえてアニスに目配せをした。
アニスがうなずく。
ソナの矢が歪虚最前列要の大木を射貫く。
歪虚の隊列が乱れた機を捉え、アニスが歪虚の群れに突進した。
歪虚が高速で思考する。
秘められたマテリアルは巨大でも、アニスは盾も持たず得物も大きくない。
大木とすら呼べる大きさの歪虚でも知性は雑魔相当しかなく、目の前の脅威をただの餌としか考えられない。
アニスの杖を覆う燐光が刃の形をとり加速度的に気配が強くなっているのに、歪虚は最期まで気づけなかった。
「……様、大地を汚すものを討つための力、今一度お貸し下さい」
純粋な祈りが錬磨された戦意と混じって歪虚を滅ぼす光と化す。
苛烈な純白が艶やかな花弁の如く広がりながら伸びていく。
アニスが真横に杖を振るうと、彼女至近にいた歪虚全てが炭すら残せず光に灼かれた。
「前進。アニスさんを追い越さない範囲で」
フィーナの指示が飛ぶ。
これまで防戦して下がる一方だった生徒が前へ駆けだし、隊列もなく分断された歪虚の各個撃破を開始する。
一際大きな枝がアニスを狙う。
細い腕が高速で迎撃に回り、展開された障壁で受け流してアニスへの被害を限りなく0に近づける。
「勝ち、ですね」
一度均衡が崩れるともう止まらない。
精霊の丘に対する包囲は崩れ、生徒の護衛に専念する必要のなくなったボルディアが強い木歪虚から切断して歪虚の勢力を削っていく。
一時は大地を埋め尽くすほどだった木型歪虚の群れが、木ぎれも残せず地上から消滅するまでほとんど時間はかからなかった。
「また生えそうなのが面倒だがな」
ユーレンが得物を下ろして額の汗を拭い、未だ負の気配漂う南西の湿地をじろりと見る。
分厚い装甲とメイスファイティングの組み合わせは非常に有効で、かなりの打撃を浴びたにも関わらずかすり傷程度のダメージにしか見えなかった。
●育つ精霊
むせかえるほど濃かった負の気配がハンターの手により祓われた。
「僭越ながら改めてごあいさつさせていただきま……」
頭を下げようとしたアニスの動きが止まる。
精霊が近い。
このままだと額と額が正面衝突だ。
精霊はにこにこしながらアニスを見上げ、アニスの背中に手を伸ばして空振り悲しそうな顔をした。
ソナが軽く目を見開いた。
前回見たときはイコニアの妹にも見え、今回丘に急行した直後には生徒に似た要素が増えていた精霊がいつの間にかエルフに似た耳を持っている。
「人に呼応して力を強め、顕現しているなら、今後も私たちの祈りと奉仕が精霊様の存在を繋ぎ留め、高めていくのでしょうね」
ただ、この精霊は似た生徒に怯えるレベルでイコニアを苦手にしている。
今のエルフ耳のことも考え合わせると、不穏な過去の気配を感じてまう。
「精霊様」
エステルが言い終える前に精霊が振り返る。
表情を輝かせ、元気よく飛びつこうとして足を滑らせる。
「身振り手振りだけですと意思の疎通がしにくいですよね」
幼い家族に対するように、身長1メートルに満たない体を優しく抱き留める。
精霊は柔らかな顔を楽しげにすりつける。
その力はとてもささやかで赤子よりも弱いかもしれない。
「精霊様もお時間がれば学校に来るのはどうでしょうか? 読み書きやマテリアルの操り方など、人の技術も役に立つかもしれません」
心底から相手を思ったエステルの言葉。
けれど小さな精霊は知識も思考の速度も足りず、小首を傾げてふにゅうとうなる。
「ずっと人が住んでなさそうな場所にいても退屈だろ」
ボルディアの言葉に精霊が高速でうなずく。
試しに生徒と遊べるぞと誘ってみると、きらきらした目になり連れて行ってと全力でアピールし始めた。
「えっ」
「あら」
「やべぇ」
北に1キロいかないうちに力が衰え気配が薄くなり風に流されかける。
慌てて丘に戻って無事に回復したものの、精霊はショックを受けしばらくの間いじけていた。
●南方開拓録
木型歪虚の本拠地である湿地を、十分距離をとって時計回りに回り込む。
前回は森であったが今は盆地にも見える。
全滅に近い打撃を与えたはずなのに、雑魔にすら満たない気配が数十も感じられた。
「どうしたもんだか」
「学校ではスキルが回復しません。短距離の調査を繰り返した方がいいでしょう」
「だな」
エルバッハは魔導トラックを運転し、ボルディアは運転席で周囲と空の警戒を徹底する。
南に向かうほど生き物の気配が薄れていく。歪虚の支配領域の気配が加速度的に濃くなっていく。
「目無し鴉か」
「今回はまだ見当たりません」
「疑っている訳じゃなくてな」
自分の髪をかく。
エルバッハを評価し、そのエルバッハに大ダメージを与える敵を脅威と判断している。
「汚染だけなら祓えるがよ」
敵が一度にまとまって来るならどうにでも出来る自信がある。
しかし遠距離から少しずつ攻めてこられるといずれはスキルが尽きて後は一方的だ。
「開拓が特級の難事であることを実感させられますね」
エルバッハが片手に持つPDAから、カメラのシャッター音に似せた音が連続して聞こえる。
周囲への警戒はボルディアに任せ彼女は映像記録をとにかく集める。
よそ見運転は危ないんじゃ、という視線が荷台から向けられても調査は止めない。
これほど心強い護衛を得られる機会はなかなかないのだ。
「南に前回の半分程度の群れを発見。丘に戻ります」
「おう」
無理をしなくても分かることは無数にある。
地形、汚染の深度、そして何より歪虚の推定戦力。
「ハルトフォート以西と比べて範囲は極小。推定戦力は2桁下。……CAMでなんとかなる程度の敵ならよいのですが」
仮に3桁少なくても歪虚木の集団より強い。
いずれ起こるだろう強敵との決戦を推測し、エルバッハは重い息を吐くのだった。
●機械と畑
僻地にあるため学校と呼べば通じる聖導士養成校。
法的には私塾でしかなくても聖堂教会の後援は絶大だった。
「上げ膳据え膳じゃな」
ユーレンが眉をしかめる。
近くの演習状では生徒が泥まみれ走ってはいるが、彼女から見れば恵まれ過ぎだ。
生きるために苦労する必要はなく、将来のために金とコネを稼ぐ必要も無く、ただ訓練と学業に専念できる環境。
その上で生徒が潰れる寸前までの詰め込み教育だ。
農作業などの聖導士に関係無いことすることはないしそもそも余裕が無い。
ここまでしてようやく2年で卒業できる可能性が出てくるともいえる。
他の場所で得ようとすれば、黄金を複数積み重ねても足り無いかも知れない好環境だ。
「麦収穫前のクソ忙しい時期に呼び出す価値があるんだろうな」
「ゴーレムの種類も知らないで買おうとしているのだろう?」
ぬぐ、と元騎士現開拓民の大男が言葉に詰まる。
ユーレンは大組織から小工房まで、戦闘にも使えるゴーレムからぎりぎり1人乗り可能なゴーレムまで説明してから開拓民をにらんだ。
「ところでうぬら、作った菜をどうするつもりだ。買い手はあるのか」
目を逸らされる。
売れないのかとも思ったがどうやら違うようだ。
学校が求める品質に達しない出来がほとんどで、自家消費分以外は安価で外部に放出か猫のご飯らしい。
頭が痛い。
農業指導担当の技術者も、すごい勢いで首を上下に振っていた。
「麦の出来はどうなのです?」
「はい、それだけななんとか」
エステルの質問に技術者が答える。
背後で胸を張る男共がちょっとどころでなく鬱陶しい。
苦労なさったのですねと技術者を労りつつ、一時的に貸し出した刻令ゴーレムの使い勝手を詳しく聞き出す。
「単位面積あたりの収穫量は落ちるかもしれません。1人当たり、必要経費当たりの収量は倍増どころじゃないですね」
「そうなのか?」
「元騎士のあなた方を基準に考えないでくださいっ」
胃壁を痛めつけられている技術者とは対照的に、戦場から距離を置いた覚醒者はとてものびのびしている。
エステルはあくまで丁寧に、ゴーレム導入に使える資金についてたずねた。
「小作料ウン十年前払いで結構払ったな。いくら残ってたか」
かなりの額を提示される。
運用の際に得られるノウハウの提供を条件にすれば、合計で5台ほどゴーレムを導入可能かもしれない。
ゴーレム用火砲は無理だが、ハンターとは立場が違うのでレンタルでも購入でもいけるだろう。
「情報提供を通して中立の組織であるオフィスとのパイプができれば、どこかに加担していると思われずにすむかなと。薬草園のポーションもハンターなら喜んで使うでしょうし」
男達が珍しく真面目な顔になって視線を交わす。
「ここの先生等って貴族の上澄みだろ?」
「我が家の協力のお陰だって先生の実家が宣伝すんじゃねぇかな」
「ンで欲の皮突っ張ったクソ貴族共が威張る訳だ。俺等はこんなに立派だから平民を踏みつけていいんだってな」
エステルが貴族であることを知っている同僚が、知らない1人を慌てて引っ張っていった。
●明滅する光
アニスは上機嫌だ。
薬師の解説付き植物園見学は実に参考になった。
自分の畑を広げれば広げるほど、今回の見聞が役に立つはずだ。
しかし全て真似ようとは思わない。
あの植物園、設備と技術はでも伝統的なものから一歩も外れず正直古くさい。
リアルブルーの種を扱うならアニスの畑の方がよいかもしれないレベルだ。
「アニスです。薬草園……植物園の視察が終わりましたので報告に参りました」
宿舎の最奥にある扉の前で立ち止まり、軽くノックをして返事を待つ。
どうぞと声が聞こえたのでゆっくりと扉を開けると、精悍な顔つきのイェジドと目が合った。
刹那の時間で互いの技と力と心胆を観察し合い、イェジドから緊張が抜けてはふうとあくびが連発される。
「イコニアです。ご足労頂いたにもかかわらず挨拶もできず申し訳ありません」
「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」
やや遅れて頭を下げながら、アニスは内心小首を傾げている。
目の前にいるのは巨大宗教組織の派閥幹部であり大規模浄化術まで使える重要人物のはずだ。
そんな人間がイェジドに邪魔されベッドから動けない。
アニスを見る目にも、あからさまに嫉妬が……顔立ちとか肌ではなく健康な体と真っ当についた筋肉への嫉妬が籠もっている。
「イコちゃんまた抜け出そうとして」
廊下を曲がる前に捉えていた足音複数が近づいて来る。
宵待 サクラ(ka5561)。ソナ。もう1人は奇妙に気配が小さい用務員だ。
「ちょっと遅くなったけどお昼ご飯だよ」
豆乳たっぷりの蛋白質強化メニューである。
腰が退けたイコニアに最後の一滴まで嚥下させてから、イェジド【二十四郎】に護衛の引き継ぎを目で告げる。
逞しい幻獣は主にだけ分かる程度に顎を引き、イコニアから離れて部屋の隅で寝息をたて始めた。
「イコちゃんが倒れたので、サイ・サークさんは本格的に校長先生の秘書になりました、お給料UPだよ、やったね! 校長先生にも許可もらってるから」
「学校立上時からの収入支出表を強引に……。もう逃げられないじゃないですかぁ」
虚ろな目で資料を机に並べる元細作。
イコニアが読み易いよう位置を調節してからソナと場所を交代する。
「体調優先で挨拶と修飾を省きます。ご覧のように精霊様との関係は良好です。問題はイコニアさんに対する苦手意識くらいで」
がくりとうなだれたイコニアの背をサクラが撫で、ついでに日課の筋肉マッサージを開始する。
数日訓練していないだけなのに異様に筋肉が落ちている。
「果樹園跡は負の気配が濃い場所を浄化し保護色雑魔も可能な限り処理しました。装備を調えれば護衛無しで手入れ可能なはずです」
「ありがとうございま」
立ち上がろうとしたイコニアがふらつく。
ソナは現秘書とアニスを促し、そっと病室から立ち去った。
「あいたたた」
「はいこっち伸ばすよ。イコちゃんてさー、できるようになる自分が怖くて無意識に制御してない?」
「出来るならパワーアップして二代目ヴィオラ様を目指しま痛たっ」
筋肉の微細な動きがわかるほど密着しているので嘘はつけない。
イコニアは本気でそう思っている。
直接歪虚を殴れるのに喜びすぎ注意散漫になっただけ、というのが情けない真相だった。
サクラはかなり容赦なくマッサージを続けながら、イコニアの意識が鈍ったタイミングで耳元に言葉を滑り込ませる。
「エクラさまがエクラさまになった時と同じだよね。力を得やすく使いやすい形に整えた。分かってたし悪いとも思ってないよね」
少女司祭の表情が固まり筋肉が露骨に緊張する。
「ならいいじゃん、それで。あとは……狂信者の襲撃がある前に、聖女になっちゃう? 止めなきゃいけない時は、人を集めてでも止めてあげるよ。だからその力を、今は我慢しないで自分が楽に生きられる方に使ってみようか」
「ち、違」
「間違ってる? 本当に?」
優しく穏やかな言葉が、致命的な毒のように司祭の耳に染みこむ。
サクラはそれ以上何も言わず、イコニアが眠りに入るまでマッサージを続けていた。
深夜。
イコニアは目覚めた瞬間頭を抱えた。
「うぁー。いっそ中央に異動、したらますます戦えないよー」
ベッドで左右に1往復。
途中で室内に誰かがいることに気づく。
「元気そう」
椅子に座るフィーナを見上げ、イコニアが汗をじっとりと浮かべた。
しばし無言で時が過ぎ。最初にフィーナが口を開く。
「無理させてごめんね」
「えっと、あっ、前回の。気にしないでください。体調管理と力加減に失敗した私に責任があります」
サクラの言葉が脳裏で繰り返され、焦りと嫌な汗が止まらない。
「なら、この後の展望について話しましょう」
フィーナがじっと見つめる。
イコニアは無意識に逸らしそうになるのを堪えるので精一杯だ。
「あなたは、『こんなところ』でくすぶっているべきじゃない」
込められた意味に気づいてイコニアの顔色が酷くなる。
「貴女には才がある。人の限界を見極め、動かす才が」
今はフィーナにあっさりやられる程度でしかないが、追い込まれても部下の士気を保てるのは実に素晴らしい。
学んで経験を重ねればフィーナを超え名のある指揮官になれる。
そう口説かれいるイコニアの顔色はほとんど死人同然だった。
「待って、待ってください、私」
面倒臭いことしたくない。
司祭位投げ出したくなることもある私が出来るはず無い。
そんな、生徒が見れば幻滅では済まない本音を口に出してしまった。
フィーナは瞬きすらせず視線も逸らさない。
「貴女が上に立てば…貴女は数多の人間を使い、数多の要請に応えられるようになる。もちろん責任は伴いますが……きっと、貴女一人でやるよりも、もっと気持ちよくなれると思いますよ?」
「違うもん! 私は、自分で戦いたいんだもん!」
聖職者でも貴族でもない等身大のイコニアは、酷く幼く我が儘だった。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/06/04 11:24:29 |
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質問卓 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/06/01 17:45:17 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/06/01 18:33:01 |