ゲスト
(ka0000)
【碧剣】相思交錯の境界線
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2017/06/06 22:00
- 完成日
- 2017/06/19 20:44
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
碧剣。父さんが騎士だった時に振るい――引退を期に岩に突き刺した剣。
必死に引き抜いた以降は、僕の愛剣になっている。
町中で偶然出会った、あのエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)も手入れを依頼する凄腕鍛冶師イザヤさんの見立てでは、曰く、『魔剣』。
正確には、『魔剣の類』だと言っていた。
確かに、手入れをされた後の剣は恐ろしい切れ味だった。騎士科の授業で扱うような真剣と比べるのもおこがましいほど、冷え冷えとした鋭さ。
でも、それだけでは魔剣の要項を満たさない。だから、ハンターの皆さんの協力もあって、色々なことを、調べた。
属性はどうか。それぞれへの反応はどうか。何か特別な機能があるのかどうか。
歴史はどうか。経緯はどんなものか。どのような歴史があるのか。
――その剣を持つものは恐れを知らず、敗北を知らず、王国に仇をなす敵を切り捨てた。
――碧色の刃を遮るものは無く、その担い手は単身にして強敵を喰い殺す。
――五十一章、魔性産みし禍々しき大樹の討伐……二百二章、ガンナ・エントラータ沖に現れし千の足持つ紅きイカの討伐……五百七十章、王都に暗躍せし影なき暗殺者の討伐……その姿は無情! 剣が生を求め、生が剣を求めるよう……。
エステル・マジェスティと名乗った少女が語った、【碧色の剣】の伝承を思う。
彼女はその後、僕に歪虚討伐の依頼を出した。
今になって思えば、彼女は"何か"を見定めようとしていたんだと思う。
けれど、その時は何も起こらなかった。ただ、彼女は伝言を遺した。
『その剣には足りない《パーツ》がある、と。何か思い当たる節はないか?』
剣を、眺める。残念ながら、僕には分からないが――大事なのは、その後のことだ。
明らかな"異常"。
僕が考える範囲で異常が起こったのは、二度。
東方の妖忍、『半藏』の討伐戦。
そして――。
「…………」
胸の奥が、軋む。
「…………あの、村でのこと」
●
ロシュを含めた学生と村人たちに加え、ハンターたちですら、一部の人たちが変貌していた。
凶暴性をむき出しにして、激昂していた。
「…………」
目を背けていたけれど、もう、認めるしかない。
この剣が、"魔剣の類"たる由縁を。
……伝承にならえば、僕が思う"異常"と共通する要素が見受けられる。
敵が『歪虚』であること。
それから、『危機』であること。
そして――"恐れを知らず"。
符号する情報は、それだけだ。けれど、異なる部分もある。
僕は、僕なりに、戦場に立ってきた。歪虚とも戦った。危機的状況にも、立ち会った。
それでも、この剣はその異常性を明らかにすることはなかった。誰も彼もが、あのようになることは無かった。
たとえば歪虚には格がある。それが影響しているかとも考えたけれど……やはり、違う、と思われた。少なくとも、あの雪村にいた歪虚の力は乏しかった。半藏のような強大さは、なかった。
加えれば――これは指摘されたことだけれども――あの場に現れた歪虚はかつて僕自身が『あの屋敷』で見かけた歪虚と、よく似ている。
だとすれば、"もう一つ"、何かがあるはずだ。
不完全なこの剣を、魔剣たらしめる何かが。
何か、引き金が。
「………………」
その"事実"に、僕はもう、気づいている。
気づいて、しまった。
何故だろう。
「…………この剣は、人を傷つけてしまう」
あの村にいたハンター達の、苦しげな顔を思い出し。
そんな言葉と、涙が、溢れた。
●
「こんな所で話とは……どうした、シュリ・エルキンズ」
黄昏も過ぎた、宵の口。王都から街道沿いに馬を走らせて一時間ほどしたところへとたどり着いたロシュ・フェイランドは、開口一番にそう言った。
迎えたシュリと共に、戦闘装束である。横たわる不吉な気配を認識したか緊張した馬をなだめるべく、その背に手を押し当てる。下馬しながら、片手は、いつでも得物を抜剣できるようにしていた。
シュリも、腰に下げた碧剣の柄に手を当て、周囲を見渡した。姿形も見えないことを確認した上で、ロシュに向き直る。
「ロシュは、さ」
「……ああ」
その真摯な眼差しの強さに、ロシュは目を奪われた。
「僕の剣のことを、知っていたの?」
「……知っていた」
それは、嘘ではない。シュリとの事柄に於いて、嘘をつくべきものは、無いと言っていい。
ロシュは真っ直ぐな瞳に引き出されるように、口を開いていた。
「私の父は騎士ではないが、部下を率いて戦場に出ていてな。その時に、その剣を目にしたことがあるようだ。持ち主の武勇に命を救われたのだとも聞いている。特異な剣だ。ひと目で気づいたよ」
「…………そう」
「……それが、どうかしたのか?」
「ううん」
どこか安堵するように、シュリは笑った。
ただ、ひどく痛ましい笑みだと、感じた。
その理由を探ろうとしたが、すぐに溶けるように消えてしまった。周囲を警戒したシュリを前に、困惑するしかない。
「……ロシュ」
だから、名を呼ばれた時、すぐに反応できなかった。
「何か、感じない?」
その言葉にも、また。唐突に視界が赤滅し――。
●
「……我に返った時、私は街道に倒れ込んでいた」
病床のロシュ・フェイランドは傷ついた姿でハンター達にそう言った。
自嘲と苦悩が混じった乾いた笑いを浮かべると、包帯を巻かれた頭を抑えて、続ける。
「情けないが、記憶が、曖昧でな。今話したこと以上のことを、思い出せそうにない」
そうして、胸元へと手を伸ばした。
「だが…………一つだけ、確かなことがある」
声にも、表情にも、怒りの色はなかった。ただ、綯い交ぜになった感情の渦が、滲んでいる。
「父から預かった首飾りが、無くなっていた。私を救出した商人にも確認し――偽証含めて検証し、故買屋にもあたったが、見当たらない」
そうして。
額から手を下ろし、ハンターたちを見据えたロシュは、こう断定した。
「シュリに盗まれた、と。私は考えている」
そうして、そのまま、頭を下げた。
「そのシュリ自身が休学届けを出しており、消息が掴めていない。手持ちの情報も少なく、無理な願いだということは解っている、が……シュリを、首飾りを、探してくれ」
碧剣。父さんが騎士だった時に振るい――引退を期に岩に突き刺した剣。
必死に引き抜いた以降は、僕の愛剣になっている。
町中で偶然出会った、あのエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)も手入れを依頼する凄腕鍛冶師イザヤさんの見立てでは、曰く、『魔剣』。
正確には、『魔剣の類』だと言っていた。
確かに、手入れをされた後の剣は恐ろしい切れ味だった。騎士科の授業で扱うような真剣と比べるのもおこがましいほど、冷え冷えとした鋭さ。
でも、それだけでは魔剣の要項を満たさない。だから、ハンターの皆さんの協力もあって、色々なことを、調べた。
属性はどうか。それぞれへの反応はどうか。何か特別な機能があるのかどうか。
歴史はどうか。経緯はどんなものか。どのような歴史があるのか。
――その剣を持つものは恐れを知らず、敗北を知らず、王国に仇をなす敵を切り捨てた。
――碧色の刃を遮るものは無く、その担い手は単身にして強敵を喰い殺す。
――五十一章、魔性産みし禍々しき大樹の討伐……二百二章、ガンナ・エントラータ沖に現れし千の足持つ紅きイカの討伐……五百七十章、王都に暗躍せし影なき暗殺者の討伐……その姿は無情! 剣が生を求め、生が剣を求めるよう……。
エステル・マジェスティと名乗った少女が語った、【碧色の剣】の伝承を思う。
彼女はその後、僕に歪虚討伐の依頼を出した。
今になって思えば、彼女は"何か"を見定めようとしていたんだと思う。
けれど、その時は何も起こらなかった。ただ、彼女は伝言を遺した。
『その剣には足りない《パーツ》がある、と。何か思い当たる節はないか?』
剣を、眺める。残念ながら、僕には分からないが――大事なのは、その後のことだ。
明らかな"異常"。
僕が考える範囲で異常が起こったのは、二度。
東方の妖忍、『半藏』の討伐戦。
そして――。
「…………」
胸の奥が、軋む。
「…………あの、村でのこと」
●
ロシュを含めた学生と村人たちに加え、ハンターたちですら、一部の人たちが変貌していた。
凶暴性をむき出しにして、激昂していた。
「…………」
目を背けていたけれど、もう、認めるしかない。
この剣が、"魔剣の類"たる由縁を。
……伝承にならえば、僕が思う"異常"と共通する要素が見受けられる。
敵が『歪虚』であること。
それから、『危機』であること。
そして――"恐れを知らず"。
符号する情報は、それだけだ。けれど、異なる部分もある。
僕は、僕なりに、戦場に立ってきた。歪虚とも戦った。危機的状況にも、立ち会った。
それでも、この剣はその異常性を明らかにすることはなかった。誰も彼もが、あのようになることは無かった。
たとえば歪虚には格がある。それが影響しているかとも考えたけれど……やはり、違う、と思われた。少なくとも、あの雪村にいた歪虚の力は乏しかった。半藏のような強大さは、なかった。
加えれば――これは指摘されたことだけれども――あの場に現れた歪虚はかつて僕自身が『あの屋敷』で見かけた歪虚と、よく似ている。
だとすれば、"もう一つ"、何かがあるはずだ。
不完全なこの剣を、魔剣たらしめる何かが。
何か、引き金が。
「………………」
その"事実"に、僕はもう、気づいている。
気づいて、しまった。
何故だろう。
「…………この剣は、人を傷つけてしまう」
あの村にいたハンター達の、苦しげな顔を思い出し。
そんな言葉と、涙が、溢れた。
●
「こんな所で話とは……どうした、シュリ・エルキンズ」
黄昏も過ぎた、宵の口。王都から街道沿いに馬を走らせて一時間ほどしたところへとたどり着いたロシュ・フェイランドは、開口一番にそう言った。
迎えたシュリと共に、戦闘装束である。横たわる不吉な気配を認識したか緊張した馬をなだめるべく、その背に手を押し当てる。下馬しながら、片手は、いつでも得物を抜剣できるようにしていた。
シュリも、腰に下げた碧剣の柄に手を当て、周囲を見渡した。姿形も見えないことを確認した上で、ロシュに向き直る。
「ロシュは、さ」
「……ああ」
その真摯な眼差しの強さに、ロシュは目を奪われた。
「僕の剣のことを、知っていたの?」
「……知っていた」
それは、嘘ではない。シュリとの事柄に於いて、嘘をつくべきものは、無いと言っていい。
ロシュは真っ直ぐな瞳に引き出されるように、口を開いていた。
「私の父は騎士ではないが、部下を率いて戦場に出ていてな。その時に、その剣を目にしたことがあるようだ。持ち主の武勇に命を救われたのだとも聞いている。特異な剣だ。ひと目で気づいたよ」
「…………そう」
「……それが、どうかしたのか?」
「ううん」
どこか安堵するように、シュリは笑った。
ただ、ひどく痛ましい笑みだと、感じた。
その理由を探ろうとしたが、すぐに溶けるように消えてしまった。周囲を警戒したシュリを前に、困惑するしかない。
「……ロシュ」
だから、名を呼ばれた時、すぐに反応できなかった。
「何か、感じない?」
その言葉にも、また。唐突に視界が赤滅し――。
●
「……我に返った時、私は街道に倒れ込んでいた」
病床のロシュ・フェイランドは傷ついた姿でハンター達にそう言った。
自嘲と苦悩が混じった乾いた笑いを浮かべると、包帯を巻かれた頭を抑えて、続ける。
「情けないが、記憶が、曖昧でな。今話したこと以上のことを、思い出せそうにない」
そうして、胸元へと手を伸ばした。
「だが…………一つだけ、確かなことがある」
声にも、表情にも、怒りの色はなかった。ただ、綯い交ぜになった感情の渦が、滲んでいる。
「父から預かった首飾りが、無くなっていた。私を救出した商人にも確認し――偽証含めて検証し、故買屋にもあたったが、見当たらない」
そうして。
額から手を下ろし、ハンターたちを見据えたロシュは、こう断定した。
「シュリに盗まれた、と。私は考えている」
そうして、そのまま、頭を下げた。
「そのシュリ自身が休学届けを出しており、消息が掴めていない。手持ちの情報も少なく、無理な願いだということは解っている、が……シュリを、首飾りを、探してくれ」
リプレイ本文
●
「少し、話があるのじゃが」
ロシュからの依頼を受けた面々が、それぞれに思案しながら室内を後にした後のこと。
黙考していたヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)の提案により、各自別室へと移動することとなった。
「……少しだけ、お時間を頂いてもいいですか?」
柏木 千春(ka3061)は部屋の調度品や窓などを軽く眺めていく。念のため、盗聴に使われそうな器具やパルムの類が居ないことを確認した千春が頷くのを見て、ヴィルマは口を開いた。
「まず、いくつか我が知っている情報を伝えよう」
記憶を辿るように目を瞑ったヴィルマの表情は真剣そのもので――どこか、厳かで。魔女らしさを有しているように見える。
「エステル・マジェスティという少女がおった。伝承に詳しい少女であったが、彼女が言うには、碧剣には『足りないパーツがある』と言っておってな」
ヴィルマが続きを述べようとする前に、ジュード・エアハート(ka0410)が目を見張った。
「……つまり、奪われたロシュ君の首飾りは、"そのパーツだった"可能性がある」
「そういうこと、じゃな」
「なるほど」
神城・錬(ka3822)は小さく唸った。確かに、これまで自身が異変に呑まれた時、『シュリが居た』と、考えていた。しかし、違う。
「"あれ"が起こっていた時、シュリだけではなかった。ロシュ"も"必要だった、ということか」
「この間のロシュ君の話だと、彼の父親は碧剣のことを知っていたみたいだね」
「魔病の剣……といっていましたね」
錬につづいたジュードの言葉に、龍華 狼(ka4940)は頷いた。
「ロシュの父親はその"パーツ"を持っていて、首飾りとしてロシュに預けた、となった可能性が高い」
ヴィオラの情報を出発点にした、論理の帰着とみて、いいだろうか。
「でも、それだけじゃ現状の理由付けにはならないですよね」
狼が、ことのほか冷静に言う。
「シュリさんと碧剣が、消えた。それと、パーツの話とロシュの父親には、関係性は依然乏しいままです」
「うむ、そうなんじゃよなあ……そこは、調べる必要があるのじゃろう」
ヴィルマの言葉が濁る。
「シュリが、自らの意志で消えたのか。はたまた、第三者の関与があったのかによって、その過程は大きく異なるじゃろうが……悪用されることだけは、避けねばならん」
「悪用……ですか」
ぽつり、と発せられた声は、マッシュ・アクラシス(ka0771)のもの。これまで静かに会話を見守るだけだったマッシュの呟きには、言葉は続くことはなかった。
ただ。
――中々に面倒な状況なようですね。
と、あくまでも平坦に受け止めるにとどめている。
「あの剣の……力を、悪用する……?」
そう言い、視線を落としたクレール・ディンセルフ(ka0586)の手は、震えていた。剣に籠められた思いを恣意のままに歪めようとしているものがいるかもしれないという想像は、クレールにとって余りに致命的だった。
――許せるわけがない。
「……人の作ったものが、継いだものが、人を不幸にしていいわけありません……」
「クレールちゃん……」
言葉に籠められた感情の強さに、千春が少女の肩にその手を添える。
「必ず、足取りを掴みましょう!」
顔を挙げたクレールの言葉に、その場にいた一同は頷きを返した。
●
ハンターたちはそれぞれに調べることを分担すべく、各地へと散った。
その中で、千春と狼は、先ずロシュのもとへと足を運んだ。
碧剣と、ロシュ。そして、彼の父親の関係性を、詳らかにする必要があったから。
●
――ひえ……。
同席した狼としては、些か以上に緊張を強いられるところであった。
未来の金蔓候補、ロシュ・フェイランド。是非とも覚えめでたく過ごしたいところである、のだが。
「ピリリと辛い……」
小声で呟くに留めた。
視線の先では、千春とロシュが見つめ合っている。お世辞にも有効的な雰囲気とは言い難かった。
『ロシュさんがどんな意図のもとで動いていたとしても、責めるつもりはありません。
ただ、貴方の想いを、聞かせていただけませんか?』
『なんだと?』
そう切り出した千春に、ロシュはまず、怪訝げな顔をした。言葉の意味を咀嚼した後、その貴族らしい整ったかんばせが、不快げに歪んだ。
正直なところ狼には千春が此処までロシュに警戒されている理由に全く心当たりが無いのだが、この空気は了解できる。
――ナチュラルに対等みたいに切り出したらそりゃそうなるよなぁ……あー、どうすっかな……。
「まあ、まあ……その、なんですか。聞きたいことがあるんです。シュリさんの足取りを調べる意味で、少しご協力いただけたらなあ……って」
「………………話せ」
狼の引き攣った笑みでの言葉が呼び水となったかは怪しい所だが、ロシュは千春を真っ直ぐに見据えたまま、そう言った。
――ありがとうございます。
その視線を受け止めたまま、千春は胸の内で狼に感謝と、それから謝罪をする。現状はロシュとて理解しているのであろう。だからこそ。
――やっぱり私は、警戒されている……。
その色が、痛みとなって突き刺さり続けたのであった。
●
「単調直入に、推測を述べさせていただきますね」
ロシュは迂遠を嫌うだろうと、千春は端的に切り出すことにした。
「私は……歪虚対策会議が、その名の通り、歪虚対策そのものとは、違う意図があって作られたのではないかと、考えています」
「………………」
ロシュの視線に、剣呑な色が重なる。かつて、あの雪の村で問うた時の再現だ。かつてと異なるのは、『違う意図』があったのではという推察である。
「加えて、ロシュさんがシュリさんを歪虚対策会議に誘った際にも、なんらかの意図が働いたのではないかとも」
ロシュは答えない。千春が、まだ喋り終えていないから、だろう。少なくとも、ロシュは千春の言を待っている。その先がシュリの足跡に繋がる可能性を信じて、言葉を紡いだ。
「その狙いは、シュリさんが持つ碧剣であったとしたら……幾つか、辻褄が合うことが、あります」
碧剣に関わる異常な現象は、ロシュとシュリが共に居た際にのみ見られた現象だった。
これが単なる運命の悪戯なのか、『何者かの意図の元に仕組まれたものなのか』が、千春の推察の焦点になる。
ロシュは未だ、待っている。だから、千春はこう続けた。
「私は、……ロシュさんのお父様が、それに関係しているのではないかと考えています」
その瞬間、空気が軋んだ。傍らで、狼が吐息を零したのを感じる。分水嶺を越えた感触を、まざまざと突きつけられた千春であった、が。
――まだ。
まだだ。ロシュは、結論を『待っている』。だから、そこまでは、言葉にしたい。
「ですが、ロシュさん自身がシュリさんを利用しようと考えているとは思えないんです。だから、私は、ロシュさんの及ばないところで、何かが動いてるんじゃないかな、と……そう、思っているんです」
――貴方の父上は、"黒幕"かもしれない。
これまでの経過は、そしてこの結果はロシュの意図ではない。だからこそ、それを責めるつもりがないのは千春にとっては当たり前のことなのだ。それを伝える必要もまた、理解していた。ことと次第によっては、被害を被るのはロシュも同じだから。
ゆるりと、ロシュが口を開いた。
「狼」
「は、はい」
「今のこの女の問いについて他言するようであれば、私は今後一切の依頼を貴様らハンターに出すことを止める」
「え?」
これには、狼も驚いた。それほどまでに、唐突な宣言であったから。
「女。貴様もだ。"これ"が人払いに値しないと感じた貴様を、私は信用することは出来ない」
その目に籠められた侮蔑と落胆の色。さらに加えて、もう一つ。
そこで千春は、自らが過ちを犯したことを知った。
かつて歪虚対策会議について疑念を覚えたことを伝えた。その時点で千春は警戒を抱かれるようになったのは明らかだった。
ただし、ロシュはそこで追求を止めた。言葉を呑み込んで、それ以上は不問にしたのだ。
それを、"それを知らないであろう狼の前で"持ち出した。
激憤の籠められた眼差しで、千春を見つめたロシュは、皮肉げな笑みを浮かべてこう言った。
「答えてやるさ。"答えられる範囲"でな」
●
現場調査に同行する予定の狼は、ロシュの元へと向かった。
その間、クレールは思索の後に思い立った事実を確認するために、動いた。
――シュリさんのお父様も、騎士。お父様の同期なら碧剣を知るはずなのに、調べても収穫なし。
何らかの理由で、口を閉ざしている。そう考えるのが自然だ。
だから、気になったのは"その先"だ。
シュリは――あるいは、二人を襲撃した何者か――は、首飾りをロシュから奪った。
ならば、考えるべきは。
――奪った首飾りの使い方を誰から教わるんだろう?
碧剣の扱いに知識がある誰かが、必要だ。騎士は頼れない。だから、尋ねるべきは――。
――グラズヘイム・シュバリエ。
「……すみません!」
たどり着いた先で、クレールは声を張った。かつて足を運んだ工房。グラズヘイム王国有数の職人たちが集う大工房であった。
―・―
しかし、だ。
「帰りな、嬢ちゃん」
「…………っ!」
彼女には、一番の得物である武器の縁があった。それでも、その対応はこうだった。
彼女を知る職人は不在だったのか、足を運んだ少女に対する対応は辛かったが、助けてくださいと言うに至って、親身になって彼女の話を聞いた年若い職人もいた。
しかし。
『完全体の碧剣を知っている人の手がかりを、教えてください』
こう尋ねたところで、少女は断絶をつきつけられた。年若い職人は何のことか解らなかったようだったが、ただならぬ気配に耳をそばだてていた老人が、言ったのだ。
どこで聞いたとも、問いはしなかった。
ただ。
「何故、それを探しているかは知らんがな。答えることはない。何も」
「……嫌です」
何の手がかりもなく、帰れない。だって。
「知り合いが、苦しんでいるんです。剣を復活させられる誰かがいたら、どうなるか……!」
彼は、知っている。だから、諦めきることができない。
「ああ。だからこそ、あの剣を"知ってるヤツはそれをしない"。そして――教えるつもりもない」
その知識を持っているものが、抱えたままに死ぬ。
それは、そういう宣言だった。それは、少女にとっては許し難いことだった。職人が、それを継がせないなんて。
「そんな……!」
「嬢ちゃん。アンタには分からんかもしれんがね。広大な大河に、ただの一滴とはいえ――流すのは毒にゃ違いねえんだ」
言い募ろうとするクレールを制した老人は、若者に視線を向けると背を見せ、
「もう此処には来るな」
最後に、そう告げた。
●
「歪虚対策会議の設立の意図についてだが」
その言葉を皮切りに、ロシュは話しだした。
「そこの女の言うとおりだ。別な意図は確かにある、とは言おう」
不機嫌極まるロシュはそれでも、核心に近しいところから語ることを択んだ。
「……やはり」
「だが、勘違いはするな。これを告げたのは、"このせいで"シュリの捜索が迷走するのを防ぐためだ」
頷きを返した千春に釘を刺すように、ロシュ。けれども、"そこ"が線引きなのだろう。他の意図についてはそれ以上を語ることはなく、続けた。
「シュリを誘ったことについては――愚問、と言わざるを得ないが」
そこで一度、頬を掻いた。
「……アイツが、優秀だからだ。それ以上でも以下でもない。勿論、剣の事は知っていたが……父から聞いていた話とは違っていたからな。偽物や模造品かもしれなかったし、他言は無用という父の言もあったから、とりたてて話はしなかった」
シュリも、話はしなかったからな、と言い添えたロシュであったが、千春はそこに、問いかけを返す。
「ではなぜ、あの日、教えてくれたのですか」
「魔病の剣……という、あれですよね?」
狼が言い添えると、ロシュは気まずげに応じた。
「………あれは、判断ミスだったな。だが」
「詳しく聞いても?」
畳み掛けるような狼の追求に、ロシュは落胆の息をこぼして、「ああ」と続けた。
「使用者を蝕む剣、と聞いている。狂気とも、猟奇とも言える蛮勇。あの剣は、慮外の力を代償に、それを手にしたものの心を蝕む剣だと」
「……だから、ですか」
千春の胸中に、理解が滲む。エステルが過去に語ったという"伝承"。それ以上に了解できたのは、ロシュが、シュリの持つ碧剣を"違う"と断定していたことだった。
その根拠は、シュリ自身がそれに呑まれていなかったから。ならば、利用しようという心の動きがあったとは言い難い。
「ロシュさんは、首飾りのことは知ってたんですか?」
「いや」
胸元に手をのばす。そういえば、この仕草は、幾度となく見たことがあったような気がする。今はそこに、何も在りはしないのだが。
――金目のものだったんだな。残念。
千春とは真逆な、そんな狼の慨嘆は他所に、ロシュは続ける。
「騎士科への入学が決まった時、父が下さったものだ。以来、肌身離さず身に付けていたんだが……こんなことになるとはな」
「なにか、由来とかを調べたりは……」
「……いいや」
こればかりは、自らを憂うように、呟いた。
「…………調べていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないな」
重く深い、後悔の滲んだ言葉であった。
3人の間に、沈黙が落ちる。その沈黙を切り開くように、最後に千春はこう、問うた。
「ロシュさんにとってシュリさんはどういう存在ですか」
「……」
ロシュは、応えない。かつてと、同様に。
だから、千春はこう続けた。
「ロシュさんが、……ロシュさん自身が、シュリさんの身を案じているのであれば、私は、ロシュさんのお手伝いをしたいと思います」
「…………何?」
「シュリさんのことや、家のことで、ロシュさんが悩んでいるのであれば……外部の人間である私たちが手伝えること、あると思うんです」
――もちろんお父様には内密に。
と、含意を籠めての言葉であった。それは、通じただろうか。
ひとつ、ため息が溢れた。
「もう、頼っている。だから……それ以上を求めるな。"その道"はお前たちには関係がない」
帰ってきたのは、断絶のような、それでいて、万感の籠められた言葉だった。
――言葉に比して、重い感傷が篭った言葉だった。
ロシュは最後に、こう結んだ。
「シュリにも、だ」
それが、最後だった。
●
「あちらは、どうでした?」
「んー……ぼちぼち、ですかね。詳しくは、追々」
クレールは、狼がロシュとの面談を終えるのを待ってから"事件現場"へと向かった。どことなくその目が赤らんでいるのには気づいたが、今は掘り下げないことにする。いずれ、聞くことになるだろうから、と。
―・―
現場はすでに、行商人らによって往来があった。それらの人混みをかき分けるようにして行くと、思わぬ人影を認め、クレールは驚きの声を挙げた。
「…………え、マッシュさん?!」
「いやはや、どうも」
同じく依頼を受けたマッシュが、そこに居たのだった。
何故ここにいるのか、という問いは無意味だろう。調べにきたのだ。この場所を。
マッシュは物問う視線に応えることなく、日の眩しさに目を細め、こう言った。
「情報の共有をいたしましょうか」
―・―
「私が調べたことは、現場の状況です」
一つ、頷くと。
「まず、ロシュさんが目覚めた現場ですが、おおよそ、会話をしていた場所とほぼ一致していたようです」
ただし、と言い添えて。
「依頼人は時刻についての認識は曖昧であったようですが、状況からは"早朝"かと」
「……なぜ、ですか?」
「ロシュさんは商人に拾われたとのこと。その本人にあたることはできませんでしたが……」
といって、往来へと視線を送った。
「この街道を利用している商人にあたりました。何か、事件当時の情報はないかと」
とはいえ、結構な時間をそこにあてねばならなかったですがね、と呟き、
「当時、この街道には"歪虚"被害があったそうです」
「歪虚……?」
「ええ。夜間にのみ目撃されていた、幽霊型の雑魔であったとのことです」
「…………それは」
それは、クレール達が事前に相談していた内容を踏まえれば、重要極まる情報だった。この場に歪虚がいた。それは、"碧剣"の異常を引き起こすに足る"条件"である。
「ロシュくんの証言にも、重なりますね……」
「ええ」
クレールに、マッシュは頷きを返すと、
「ハンターソサエティにも依頼が出されていたそうですが、すぐに歪虚被害がなくなったため取り下げられた、ということのようですね」
そうして、以上です、と結ぶ。
「存外時間を取られて、現場そのものの調査はできませんでしたから……私は夜まで此方に残り、調査をしようかと」
「では、現場周りの調査、ですね!」
クレールの言葉に、各自散開し、現場の調査に移る――と思われたが。
「……あー、じゃあ、僕は一度街に戻ろうかと……」
「えっ!?」
考え込んだのちの狼の言葉に、クレールは目を丸くした。
「調べようと思ったことは大方マッシュさんが調べてくださっているので……一度、街に調査に戻ろうかと」
「ははあ……」
「じゃあ、こちらはお任せしますね!」
そのまま、さっそうと駆けて戻ってしまった。この長い道のりを戻ることを思えば、急ぎたいのだろうが……。
――無駄足させてしまいましたかね、と呟いたマッシュは、胸中で少年の背に謝意を告げた。
●
シュリの実家は、廃村になっていた。
「俺はロシュの実家に行って見ようと思うんだが、お前はどこにあるか知っているか?」
錬がこう"ロシュ"に尋ねた時、少年には真顔で「気でも狂っているのか?」と応じられた。
暫くして理由がわかったが、動転して名前を間違えていたらしい。ロシュは苦虫を噛み潰したような表情で、
「具体的な実家は知らんが、あの一帯は過去に疎開したはずだ。疎開先は――」
と教えてくれた。
―・―
広大な農園を脱いけた先に、その街はあった。
デュニクス。蘇りし土地は、周辺の村村を受け入れた過去がある。
シュリ・エルキンズの妹を探していると言っても中々通じなかったが、数を当たっているうちにたどり着くことが出来た。
「……貴方が、兄のお知り合いですか?」
リリィ・エルキンズ。茶色く、緩やかなウェーブが掛かった髪に、シュリの面影がある優しげな容姿は、どこか不安に歪んでいた。
「ああ」
短く、答え、言葉を探す。
心労をかけるのは本意ではなかったが――当然のことだろう。突然の来訪者は、兄の知人を名乗っている。
騎士科に通う学生であることに加え、ハンターをして稼いでいることも知っているとしたら、よき知らせを期待するほうがおかしい。
「神城・錬。ハンターだ」
だから、端的に安心させるために、こう告げた。
「近くを通りがかってな。シュリの家族がいると聞いて、寄ってみたんだ。シュリには何度も世話になって"いる"」
「……世話、にですか?」
「ああ、依頼で、な……リリィ?」
不安げだった表情はいつしか変わり果てていることに、遅ればせながら気がついた。
「…………依頼で?」
ぴくりとも笑わない顔を見て、錬は失策を悟った。
たしかに、シュリはこの街には帰っていないだろう。
しかし、まさか。"ハンターをしていたことを、教えていない"とは思ってもみなかった。
「詳しく、聞かせてもらえますか……? どうぞ、ゆっくりしていってください。今お茶をいれますから」
――コレは、参ったな……。
内心の冷や汗を、拭うことすらできなかった……。
●
「ありがとうございました!」
狼は店を出がてら、中の商人に大声で挨拶をした。中から帰ってくる商売人の笑顔に、同質の笑みを返してその場を後にする。
街へ戻った狼は、王都内の雑貨屋を巡った。とはいえ、冒険都市リゼリオのようにリアルブルーの文化が浸透していない王都イルダーナでは、条件に合致する『店』はさほど多くない。
シュリは、カップラーメンを愛食していた。だからこそ、この失踪に先駆けての準備としてカップラーメンを買い込んでいる可能性が高いと踏んだのだが――。
――クソッタレなのは王都の大きさだっつーのクソ!
店を出てすぐに舌打ちをした。この店を見つけ出すのに"まず"金を使った。
「……や、お世話になりました」
「まいど!」
歯を輝かせた少年たちに"残り半分"の駄賃を渡した狼の表情は、凄まじく渋い。
円形に広がる街は、中心に向かうほど『お高い』街だ。シュリの経済力を思い外周に近しい店だとあたりをつけたが、そこからが長かった。
千年王国の重みだった。あまりに広く、手当たり次第に当たるには時間などいくらあっても足りない。
そこで目をつけたのが街の少年たちであったが――真に、高い買い物だった。
「……おかげで、シュリの情報はつかめたけどよ」
確かに、シュリはこの店に来ていた。そして、大量のカップヌードルを購入していた。
――計画犯、ってことだよな。ああ、くそ。俺の5万……。
振り回しやがって、と吐き捨て、叫んだ。
「これは必要経費……シュリめ! 見つけたら百万倍にして請求してやるんだからな!」
●
ジュードとヴィルマはアークエルス――さらには、フリュイ・ド・パラディ(kz0036)のもとを尋ねた。
フリュイの元へ尋ねるための紹介状はロシュに依頼した。手がかりがあるかもしれないという言葉に、納得できるものがあったのだろう。
結果として、邂逅は成った。
「フェイランド家の小僧が、騎士学校でヤンチャをしているとは聞いていたけど……ねえ。歪虚対策兵装の相談、とは。なかなかキナ臭い話だけど」
ふむ、とジュードとヴィルマを見渡すと、こういった。
「少しだけ、僕好みだ。詳しく聞かせてもらおうか?」
―・―
「シュリ・エルキンズを探している、ね」
事情を聞いたフリュイの顔色が、僅かに変じるのを見て取ったジュードは言葉を継ぐ。
「シュリ君は碧剣が不完全故に周囲に災いを招く。完全になれば制御できるのでは、と考えていたと思います」
「へえ、それで」
「……あの剣を完成させるには、有識者のもとを尋ねるかと思い、こちらに来たんです。碧剣を狙う何者かに襲われた可能性もありますが……」
「此処に来た、か。紹介状もなしに?」
「貴方なら、あるいは」
「はは、違いないね」
立場と、知性のある人間が相手だ。冗句を交えることはなくジュードは言う。
「けれど、NOだ。あの少年は此処に来てはいないね」
ふむ、と呟いた後。
「まあ、話としては少しだけ面白かったかな。その分くらいは教えてあげよう。まず、"あの剣を狙う組織はいない"と思うよ」
「――何故、ですか?」
「簡単さ。あの剣は歪虚にしか意味がない。けれど、あの剣を運用しようと思う組織はもう存在しないからね。騎士団は勿論、戦士団だってね。他国のことは識らないけれど、事情を知っている組織は手を出さない。あの剣は少々、"凶暴すぎる"からね。使い手を殺す剣の手綱を握れないことも、"歴史が証明している"」
「……じゃが、個人ならばどうじゃ?」
「それはノーアイデアかな。ただ、あの剣を狙う知識があってそれをする"個人"はまずいないよ」
「何故、じゃ?」
「野垂れ死ぬから、さ」
あまりに的確な答えに、ジュードとヴィルマの呼吸がかすかに乱れた。その事に機嫌をよくしたフリュイはケラケラと声を上げて笑った。能天気な笑い声に、二人はこの場の終わりの気配を嗅ぎ取った。ああ、オチはついた。いつそう言い出してもおかしくない。
「…………シュリの母のことは、知っておるか?」
「知らないねぇ」
重ねての問いもすげなく返される。そこで、ジュードが口を開いた。
「……『答え合わせ』、しても宜しいですか?」
「ん?」
唐突な問いは、興味を引くためのもの。小首を傾げたことに、幾ばくかの時間を得たと知り、ジュードは続ける。
「以前受けた強化魔術の実験……あれは碧剣の能力を再現した術ですか?」
「違うね」
「……です、が」
「興味があるなら、あの魔術をもうちょっと深めてもいいけど、ねえ……」
「――誰でも有能な兵士に出来る術。昨今の情勢に鑑みて騎士団に後れを取りたくない貴族陣には魅力的な術かとは存じますが」
「へえ」
フリュイはそこで、再び笑った。
「なるほど、踏み込んだね。煙に巻いても良かったけど……じゃあ、ちゃんと答えてあげよう。"あの魔術"と"あの剣"は全く違う。前者はただの学者のお遊び――といったら怒られるかな。後者は人理から外れた、正真正銘の……『聖なる剣』さ。笑っちゃうほどに狂ってるけどね。ついでに言えば、僕はとても、とっっっても"忠義に篤い"ので、貴族"派"が強かろうと弱かろうと対して関係ないんだよね、これが」
「…………」
間接的に実験自体への興味が失せていると突きつけられ、ヴィルマとジュードはこれ以上の手札がないと知った。
「それじゃ、」
「もう一つだけ、頼みたいことがあるのじゃが」
「……」
「エステル・マジェスティと、話がしたい」
●
碧剣が刺さっていたという場所にたどり着いた錬は、微かに吐息を零した。
かつて亜人がたむろしていたということであったが、今や静かな場所だ。大岩に突き立った跡を見下ろす。
余りにも深くなめらかなそれは、それを為した人物の技の冴えと剣の実在をまざまざと見せつけていた。
「…………」
――俺が憎悪に狂うとき。そこには必ず、あの剣があった。
「……シュリは、大して変わってはいなかったようだが……」
至極小さな声で、言葉にする。
なぜなら。
「へえ、これが、お父さんの剣が刺さっていた場所……」
「何故君までついてくる」
リリィ・エルキンズ。彼女が、同道していたからだ。
事情はほとんど話してはいないが、シュリが学生の領分を離れて危険な活動に身を投じていることに憤慨したリリィは、錬が次に向かう場所を聞いて一緒に飛び出してきてしまった。
バイクに同乗する間、延々とシュリの愚痴を聞かされ続けて、心なしか乗り物酔いになったように気分も悪い。
――あの剣を持つのが俺だったら何か変わるのだろうか……。
「無茶ばっかりしてたんだなあ、兄さん……」
感傷にも似た独白は、少女のつぶやきに遮られた。
「……私に、黙って」
――すまん、シュリ……。
黙考し胸中で謝罪する錬は、胃に穴が空きそうな思いを抱えながら、帰路についた。
●
「……以上が、ロシュさんから得た情報になります」
千春の報告の後、現場の痕跡について、クレールが話しはじめた。
「……あれから、虱潰しで調べて回ったんですけど、たしかに戦闘の足跡はありました」
「いやはや、驚きましたよ。本当に見つけるとは」
「……?」
静かなマッシュの声には、たしかに驚きが籠められていたが、クレールはそのことに今ひとつ理解が及ばないようであった。在ると思って探したのだから当然だろうというような調子であるが、実際には広い一帯を這いつくばって探し回ったのだ。戦闘の足跡を、辿るために。
「深いものしかわかりませんでしたが、基本的には二種類の足跡しか、見つかりませんでした。シュリさんと、ロシュさんだけ……であればいいですけど……」
「「「…………」」」
「――夜間に歪虚の出現もなし。今では静かなものでしたよ。ただ……状況を踏まえれば、あの日、あの場所で碧剣が発動したものと考えるほうが筋は通るでしょうね」
状況を積み上げての推論に、幾ばくかの静寂が生まれ――そして、すぐに破られた。
「んぐ」
ずずり、と。汁と麺を啜る音。あまりに場違いで、暴力的な香ばしさが鼻腔を蹂躙する。
音の出所は少女であった。細く、小さな身体を厚手のローブで包み込んだ少女の名は、エステル・マジェスティ。
少女は今、ヴィルマから土産と言われて差し出されたカップ麺を賞味中であった。
一杯を平らげて、けふ、と息を吐くと、漸く口を開いた。
「最初に。僕は、伝承のことしか識らない」
「それでもいいのじゃ。お主に聞きたかったのは、あの剣の伝承に、『周囲』への狂化や変化についてのものがあったか、ということなのじゃが」
難しい事情は解らない、と言葉少なに告げるエステルに、ヴィルマが頷き問うと、エステルは微かに首を振って、短く答える。
「……無い」
「そう、か……」
「けど」
話慣れていないのか、舌足らずで、抑揚に乏しい声はひどく、聞きづらい。
けれど。
「……皆、早死にする」
その言葉だけは、いやにはっきりと響いた。
「だから、探して」
「――しかし、の」
エステルの言葉に、ヴィルマも困り果てるほかない。情報はある程度集まったが、探すための手がかりが、不足しているのだ。暗中を手探りで探るような状態になってしまっている。
足取りを辿ることができればベストであった。せめて、"どこに行ったか"さえ分かれば話は違っただろう。
けれど。
「………………」
だれも、何も言えなかったのだ。今後の展望を示すような推測は、誰も持っていなかった。
「………、そう」
沈黙に焦れるように、エステルは立ち上がると、大きな魔女帽の位置を整える。
「僕も、見たい。あの剣の物語を」
短く告げて。
「……探す。見つけたら、ロシュに連絡する」
少女は、その場を後にした。振り返ることも、なく。
―・―
さて、ロシュにどう報告したものかと、一同は頭を悩ませることになる。
剣について、その周囲についても、知るべきは知ったと思う。
当時起こったことについても、確度の高い情報は得た。
では、シュリがどこに趣き、どこへ行ったのか。
その答えは、無いままに報告に臨み――静かな溜め息に、迎えられることになった。
「少し、話があるのじゃが」
ロシュからの依頼を受けた面々が、それぞれに思案しながら室内を後にした後のこと。
黙考していたヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)の提案により、各自別室へと移動することとなった。
「……少しだけ、お時間を頂いてもいいですか?」
柏木 千春(ka3061)は部屋の調度品や窓などを軽く眺めていく。念のため、盗聴に使われそうな器具やパルムの類が居ないことを確認した千春が頷くのを見て、ヴィルマは口を開いた。
「まず、いくつか我が知っている情報を伝えよう」
記憶を辿るように目を瞑ったヴィルマの表情は真剣そのもので――どこか、厳かで。魔女らしさを有しているように見える。
「エステル・マジェスティという少女がおった。伝承に詳しい少女であったが、彼女が言うには、碧剣には『足りないパーツがある』と言っておってな」
ヴィルマが続きを述べようとする前に、ジュード・エアハート(ka0410)が目を見張った。
「……つまり、奪われたロシュ君の首飾りは、"そのパーツだった"可能性がある」
「そういうこと、じゃな」
「なるほど」
神城・錬(ka3822)は小さく唸った。確かに、これまで自身が異変に呑まれた時、『シュリが居た』と、考えていた。しかし、違う。
「"あれ"が起こっていた時、シュリだけではなかった。ロシュ"も"必要だった、ということか」
「この間のロシュ君の話だと、彼の父親は碧剣のことを知っていたみたいだね」
「魔病の剣……といっていましたね」
錬につづいたジュードの言葉に、龍華 狼(ka4940)は頷いた。
「ロシュの父親はその"パーツ"を持っていて、首飾りとしてロシュに預けた、となった可能性が高い」
ヴィオラの情報を出発点にした、論理の帰着とみて、いいだろうか。
「でも、それだけじゃ現状の理由付けにはならないですよね」
狼が、ことのほか冷静に言う。
「シュリさんと碧剣が、消えた。それと、パーツの話とロシュの父親には、関係性は依然乏しいままです」
「うむ、そうなんじゃよなあ……そこは、調べる必要があるのじゃろう」
ヴィルマの言葉が濁る。
「シュリが、自らの意志で消えたのか。はたまた、第三者の関与があったのかによって、その過程は大きく異なるじゃろうが……悪用されることだけは、避けねばならん」
「悪用……ですか」
ぽつり、と発せられた声は、マッシュ・アクラシス(ka0771)のもの。これまで静かに会話を見守るだけだったマッシュの呟きには、言葉は続くことはなかった。
ただ。
――中々に面倒な状況なようですね。
と、あくまでも平坦に受け止めるにとどめている。
「あの剣の……力を、悪用する……?」
そう言い、視線を落としたクレール・ディンセルフ(ka0586)の手は、震えていた。剣に籠められた思いを恣意のままに歪めようとしているものがいるかもしれないという想像は、クレールにとって余りに致命的だった。
――許せるわけがない。
「……人の作ったものが、継いだものが、人を不幸にしていいわけありません……」
「クレールちゃん……」
言葉に籠められた感情の強さに、千春が少女の肩にその手を添える。
「必ず、足取りを掴みましょう!」
顔を挙げたクレールの言葉に、その場にいた一同は頷きを返した。
●
ハンターたちはそれぞれに調べることを分担すべく、各地へと散った。
その中で、千春と狼は、先ずロシュのもとへと足を運んだ。
碧剣と、ロシュ。そして、彼の父親の関係性を、詳らかにする必要があったから。
●
――ひえ……。
同席した狼としては、些か以上に緊張を強いられるところであった。
未来の金蔓候補、ロシュ・フェイランド。是非とも覚えめでたく過ごしたいところである、のだが。
「ピリリと辛い……」
小声で呟くに留めた。
視線の先では、千春とロシュが見つめ合っている。お世辞にも有効的な雰囲気とは言い難かった。
『ロシュさんがどんな意図のもとで動いていたとしても、責めるつもりはありません。
ただ、貴方の想いを、聞かせていただけませんか?』
『なんだと?』
そう切り出した千春に、ロシュはまず、怪訝げな顔をした。言葉の意味を咀嚼した後、その貴族らしい整ったかんばせが、不快げに歪んだ。
正直なところ狼には千春が此処までロシュに警戒されている理由に全く心当たりが無いのだが、この空気は了解できる。
――ナチュラルに対等みたいに切り出したらそりゃそうなるよなぁ……あー、どうすっかな……。
「まあ、まあ……その、なんですか。聞きたいことがあるんです。シュリさんの足取りを調べる意味で、少しご協力いただけたらなあ……って」
「………………話せ」
狼の引き攣った笑みでの言葉が呼び水となったかは怪しい所だが、ロシュは千春を真っ直ぐに見据えたまま、そう言った。
――ありがとうございます。
その視線を受け止めたまま、千春は胸の内で狼に感謝と、それから謝罪をする。現状はロシュとて理解しているのであろう。だからこそ。
――やっぱり私は、警戒されている……。
その色が、痛みとなって突き刺さり続けたのであった。
●
「単調直入に、推測を述べさせていただきますね」
ロシュは迂遠を嫌うだろうと、千春は端的に切り出すことにした。
「私は……歪虚対策会議が、その名の通り、歪虚対策そのものとは、違う意図があって作られたのではないかと、考えています」
「………………」
ロシュの視線に、剣呑な色が重なる。かつて、あの雪の村で問うた時の再現だ。かつてと異なるのは、『違う意図』があったのではという推察である。
「加えて、ロシュさんがシュリさんを歪虚対策会議に誘った際にも、なんらかの意図が働いたのではないかとも」
ロシュは答えない。千春が、まだ喋り終えていないから、だろう。少なくとも、ロシュは千春の言を待っている。その先がシュリの足跡に繋がる可能性を信じて、言葉を紡いだ。
「その狙いは、シュリさんが持つ碧剣であったとしたら……幾つか、辻褄が合うことが、あります」
碧剣に関わる異常な現象は、ロシュとシュリが共に居た際にのみ見られた現象だった。
これが単なる運命の悪戯なのか、『何者かの意図の元に仕組まれたものなのか』が、千春の推察の焦点になる。
ロシュは未だ、待っている。だから、千春はこう続けた。
「私は、……ロシュさんのお父様が、それに関係しているのではないかと考えています」
その瞬間、空気が軋んだ。傍らで、狼が吐息を零したのを感じる。分水嶺を越えた感触を、まざまざと突きつけられた千春であった、が。
――まだ。
まだだ。ロシュは、結論を『待っている』。だから、そこまでは、言葉にしたい。
「ですが、ロシュさん自身がシュリさんを利用しようと考えているとは思えないんです。だから、私は、ロシュさんの及ばないところで、何かが動いてるんじゃないかな、と……そう、思っているんです」
――貴方の父上は、"黒幕"かもしれない。
これまでの経過は、そしてこの結果はロシュの意図ではない。だからこそ、それを責めるつもりがないのは千春にとっては当たり前のことなのだ。それを伝える必要もまた、理解していた。ことと次第によっては、被害を被るのはロシュも同じだから。
ゆるりと、ロシュが口を開いた。
「狼」
「は、はい」
「今のこの女の問いについて他言するようであれば、私は今後一切の依頼を貴様らハンターに出すことを止める」
「え?」
これには、狼も驚いた。それほどまでに、唐突な宣言であったから。
「女。貴様もだ。"これ"が人払いに値しないと感じた貴様を、私は信用することは出来ない」
その目に籠められた侮蔑と落胆の色。さらに加えて、もう一つ。
そこで千春は、自らが過ちを犯したことを知った。
かつて歪虚対策会議について疑念を覚えたことを伝えた。その時点で千春は警戒を抱かれるようになったのは明らかだった。
ただし、ロシュはそこで追求を止めた。言葉を呑み込んで、それ以上は不問にしたのだ。
それを、"それを知らないであろう狼の前で"持ち出した。
激憤の籠められた眼差しで、千春を見つめたロシュは、皮肉げな笑みを浮かべてこう言った。
「答えてやるさ。"答えられる範囲"でな」
●
現場調査に同行する予定の狼は、ロシュの元へと向かった。
その間、クレールは思索の後に思い立った事実を確認するために、動いた。
――シュリさんのお父様も、騎士。お父様の同期なら碧剣を知るはずなのに、調べても収穫なし。
何らかの理由で、口を閉ざしている。そう考えるのが自然だ。
だから、気になったのは"その先"だ。
シュリは――あるいは、二人を襲撃した何者か――は、首飾りをロシュから奪った。
ならば、考えるべきは。
――奪った首飾りの使い方を誰から教わるんだろう?
碧剣の扱いに知識がある誰かが、必要だ。騎士は頼れない。だから、尋ねるべきは――。
――グラズヘイム・シュバリエ。
「……すみません!」
たどり着いた先で、クレールは声を張った。かつて足を運んだ工房。グラズヘイム王国有数の職人たちが集う大工房であった。
―・―
しかし、だ。
「帰りな、嬢ちゃん」
「…………っ!」
彼女には、一番の得物である武器の縁があった。それでも、その対応はこうだった。
彼女を知る職人は不在だったのか、足を運んだ少女に対する対応は辛かったが、助けてくださいと言うに至って、親身になって彼女の話を聞いた年若い職人もいた。
しかし。
『完全体の碧剣を知っている人の手がかりを、教えてください』
こう尋ねたところで、少女は断絶をつきつけられた。年若い職人は何のことか解らなかったようだったが、ただならぬ気配に耳をそばだてていた老人が、言ったのだ。
どこで聞いたとも、問いはしなかった。
ただ。
「何故、それを探しているかは知らんがな。答えることはない。何も」
「……嫌です」
何の手がかりもなく、帰れない。だって。
「知り合いが、苦しんでいるんです。剣を復活させられる誰かがいたら、どうなるか……!」
彼は、知っている。だから、諦めきることができない。
「ああ。だからこそ、あの剣を"知ってるヤツはそれをしない"。そして――教えるつもりもない」
その知識を持っているものが、抱えたままに死ぬ。
それは、そういう宣言だった。それは、少女にとっては許し難いことだった。職人が、それを継がせないなんて。
「そんな……!」
「嬢ちゃん。アンタには分からんかもしれんがね。広大な大河に、ただの一滴とはいえ――流すのは毒にゃ違いねえんだ」
言い募ろうとするクレールを制した老人は、若者に視線を向けると背を見せ、
「もう此処には来るな」
最後に、そう告げた。
●
「歪虚対策会議の設立の意図についてだが」
その言葉を皮切りに、ロシュは話しだした。
「そこの女の言うとおりだ。別な意図は確かにある、とは言おう」
不機嫌極まるロシュはそれでも、核心に近しいところから語ることを択んだ。
「……やはり」
「だが、勘違いはするな。これを告げたのは、"このせいで"シュリの捜索が迷走するのを防ぐためだ」
頷きを返した千春に釘を刺すように、ロシュ。けれども、"そこ"が線引きなのだろう。他の意図についてはそれ以上を語ることはなく、続けた。
「シュリを誘ったことについては――愚問、と言わざるを得ないが」
そこで一度、頬を掻いた。
「……アイツが、優秀だからだ。それ以上でも以下でもない。勿論、剣の事は知っていたが……父から聞いていた話とは違っていたからな。偽物や模造品かもしれなかったし、他言は無用という父の言もあったから、とりたてて話はしなかった」
シュリも、話はしなかったからな、と言い添えたロシュであったが、千春はそこに、問いかけを返す。
「ではなぜ、あの日、教えてくれたのですか」
「魔病の剣……という、あれですよね?」
狼が言い添えると、ロシュは気まずげに応じた。
「………あれは、判断ミスだったな。だが」
「詳しく聞いても?」
畳み掛けるような狼の追求に、ロシュは落胆の息をこぼして、「ああ」と続けた。
「使用者を蝕む剣、と聞いている。狂気とも、猟奇とも言える蛮勇。あの剣は、慮外の力を代償に、それを手にしたものの心を蝕む剣だと」
「……だから、ですか」
千春の胸中に、理解が滲む。エステルが過去に語ったという"伝承"。それ以上に了解できたのは、ロシュが、シュリの持つ碧剣を"違う"と断定していたことだった。
その根拠は、シュリ自身がそれに呑まれていなかったから。ならば、利用しようという心の動きがあったとは言い難い。
「ロシュさんは、首飾りのことは知ってたんですか?」
「いや」
胸元に手をのばす。そういえば、この仕草は、幾度となく見たことがあったような気がする。今はそこに、何も在りはしないのだが。
――金目のものだったんだな。残念。
千春とは真逆な、そんな狼の慨嘆は他所に、ロシュは続ける。
「騎士科への入学が決まった時、父が下さったものだ。以来、肌身離さず身に付けていたんだが……こんなことになるとはな」
「なにか、由来とかを調べたりは……」
「……いいや」
こればかりは、自らを憂うように、呟いた。
「…………調べていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないな」
重く深い、後悔の滲んだ言葉であった。
3人の間に、沈黙が落ちる。その沈黙を切り開くように、最後に千春はこう、問うた。
「ロシュさんにとってシュリさんはどういう存在ですか」
「……」
ロシュは、応えない。かつてと、同様に。
だから、千春はこう続けた。
「ロシュさんが、……ロシュさん自身が、シュリさんの身を案じているのであれば、私は、ロシュさんのお手伝いをしたいと思います」
「…………何?」
「シュリさんのことや、家のことで、ロシュさんが悩んでいるのであれば……外部の人間である私たちが手伝えること、あると思うんです」
――もちろんお父様には内密に。
と、含意を籠めての言葉であった。それは、通じただろうか。
ひとつ、ため息が溢れた。
「もう、頼っている。だから……それ以上を求めるな。"その道"はお前たちには関係がない」
帰ってきたのは、断絶のような、それでいて、万感の籠められた言葉だった。
――言葉に比して、重い感傷が篭った言葉だった。
ロシュは最後に、こう結んだ。
「シュリにも、だ」
それが、最後だった。
●
「あちらは、どうでした?」
「んー……ぼちぼち、ですかね。詳しくは、追々」
クレールは、狼がロシュとの面談を終えるのを待ってから"事件現場"へと向かった。どことなくその目が赤らんでいるのには気づいたが、今は掘り下げないことにする。いずれ、聞くことになるだろうから、と。
―・―
現場はすでに、行商人らによって往来があった。それらの人混みをかき分けるようにして行くと、思わぬ人影を認め、クレールは驚きの声を挙げた。
「…………え、マッシュさん?!」
「いやはや、どうも」
同じく依頼を受けたマッシュが、そこに居たのだった。
何故ここにいるのか、という問いは無意味だろう。調べにきたのだ。この場所を。
マッシュは物問う視線に応えることなく、日の眩しさに目を細め、こう言った。
「情報の共有をいたしましょうか」
―・―
「私が調べたことは、現場の状況です」
一つ、頷くと。
「まず、ロシュさんが目覚めた現場ですが、おおよそ、会話をしていた場所とほぼ一致していたようです」
ただし、と言い添えて。
「依頼人は時刻についての認識は曖昧であったようですが、状況からは"早朝"かと」
「……なぜ、ですか?」
「ロシュさんは商人に拾われたとのこと。その本人にあたることはできませんでしたが……」
といって、往来へと視線を送った。
「この街道を利用している商人にあたりました。何か、事件当時の情報はないかと」
とはいえ、結構な時間をそこにあてねばならなかったですがね、と呟き、
「当時、この街道には"歪虚"被害があったそうです」
「歪虚……?」
「ええ。夜間にのみ目撃されていた、幽霊型の雑魔であったとのことです」
「…………それは」
それは、クレール達が事前に相談していた内容を踏まえれば、重要極まる情報だった。この場に歪虚がいた。それは、"碧剣"の異常を引き起こすに足る"条件"である。
「ロシュくんの証言にも、重なりますね……」
「ええ」
クレールに、マッシュは頷きを返すと、
「ハンターソサエティにも依頼が出されていたそうですが、すぐに歪虚被害がなくなったため取り下げられた、ということのようですね」
そうして、以上です、と結ぶ。
「存外時間を取られて、現場そのものの調査はできませんでしたから……私は夜まで此方に残り、調査をしようかと」
「では、現場周りの調査、ですね!」
クレールの言葉に、各自散開し、現場の調査に移る――と思われたが。
「……あー、じゃあ、僕は一度街に戻ろうかと……」
「えっ!?」
考え込んだのちの狼の言葉に、クレールは目を丸くした。
「調べようと思ったことは大方マッシュさんが調べてくださっているので……一度、街に調査に戻ろうかと」
「ははあ……」
「じゃあ、こちらはお任せしますね!」
そのまま、さっそうと駆けて戻ってしまった。この長い道のりを戻ることを思えば、急ぎたいのだろうが……。
――無駄足させてしまいましたかね、と呟いたマッシュは、胸中で少年の背に謝意を告げた。
●
シュリの実家は、廃村になっていた。
「俺はロシュの実家に行って見ようと思うんだが、お前はどこにあるか知っているか?」
錬がこう"ロシュ"に尋ねた時、少年には真顔で「気でも狂っているのか?」と応じられた。
暫くして理由がわかったが、動転して名前を間違えていたらしい。ロシュは苦虫を噛み潰したような表情で、
「具体的な実家は知らんが、あの一帯は過去に疎開したはずだ。疎開先は――」
と教えてくれた。
―・―
広大な農園を脱いけた先に、その街はあった。
デュニクス。蘇りし土地は、周辺の村村を受け入れた過去がある。
シュリ・エルキンズの妹を探していると言っても中々通じなかったが、数を当たっているうちにたどり着くことが出来た。
「……貴方が、兄のお知り合いですか?」
リリィ・エルキンズ。茶色く、緩やかなウェーブが掛かった髪に、シュリの面影がある優しげな容姿は、どこか不安に歪んでいた。
「ああ」
短く、答え、言葉を探す。
心労をかけるのは本意ではなかったが――当然のことだろう。突然の来訪者は、兄の知人を名乗っている。
騎士科に通う学生であることに加え、ハンターをして稼いでいることも知っているとしたら、よき知らせを期待するほうがおかしい。
「神城・錬。ハンターだ」
だから、端的に安心させるために、こう告げた。
「近くを通りがかってな。シュリの家族がいると聞いて、寄ってみたんだ。シュリには何度も世話になって"いる"」
「……世話、にですか?」
「ああ、依頼で、な……リリィ?」
不安げだった表情はいつしか変わり果てていることに、遅ればせながら気がついた。
「…………依頼で?」
ぴくりとも笑わない顔を見て、錬は失策を悟った。
たしかに、シュリはこの街には帰っていないだろう。
しかし、まさか。"ハンターをしていたことを、教えていない"とは思ってもみなかった。
「詳しく、聞かせてもらえますか……? どうぞ、ゆっくりしていってください。今お茶をいれますから」
――コレは、参ったな……。
内心の冷や汗を、拭うことすらできなかった……。
●
「ありがとうございました!」
狼は店を出がてら、中の商人に大声で挨拶をした。中から帰ってくる商売人の笑顔に、同質の笑みを返してその場を後にする。
街へ戻った狼は、王都内の雑貨屋を巡った。とはいえ、冒険都市リゼリオのようにリアルブルーの文化が浸透していない王都イルダーナでは、条件に合致する『店』はさほど多くない。
シュリは、カップラーメンを愛食していた。だからこそ、この失踪に先駆けての準備としてカップラーメンを買い込んでいる可能性が高いと踏んだのだが――。
――クソッタレなのは王都の大きさだっつーのクソ!
店を出てすぐに舌打ちをした。この店を見つけ出すのに"まず"金を使った。
「……や、お世話になりました」
「まいど!」
歯を輝かせた少年たちに"残り半分"の駄賃を渡した狼の表情は、凄まじく渋い。
円形に広がる街は、中心に向かうほど『お高い』街だ。シュリの経済力を思い外周に近しい店だとあたりをつけたが、そこからが長かった。
千年王国の重みだった。あまりに広く、手当たり次第に当たるには時間などいくらあっても足りない。
そこで目をつけたのが街の少年たちであったが――真に、高い買い物だった。
「……おかげで、シュリの情報はつかめたけどよ」
確かに、シュリはこの店に来ていた。そして、大量のカップヌードルを購入していた。
――計画犯、ってことだよな。ああ、くそ。俺の5万……。
振り回しやがって、と吐き捨て、叫んだ。
「これは必要経費……シュリめ! 見つけたら百万倍にして請求してやるんだからな!」
●
ジュードとヴィルマはアークエルス――さらには、フリュイ・ド・パラディ(kz0036)のもとを尋ねた。
フリュイの元へ尋ねるための紹介状はロシュに依頼した。手がかりがあるかもしれないという言葉に、納得できるものがあったのだろう。
結果として、邂逅は成った。
「フェイランド家の小僧が、騎士学校でヤンチャをしているとは聞いていたけど……ねえ。歪虚対策兵装の相談、とは。なかなかキナ臭い話だけど」
ふむ、とジュードとヴィルマを見渡すと、こういった。
「少しだけ、僕好みだ。詳しく聞かせてもらおうか?」
―・―
「シュリ・エルキンズを探している、ね」
事情を聞いたフリュイの顔色が、僅かに変じるのを見て取ったジュードは言葉を継ぐ。
「シュリ君は碧剣が不完全故に周囲に災いを招く。完全になれば制御できるのでは、と考えていたと思います」
「へえ、それで」
「……あの剣を完成させるには、有識者のもとを尋ねるかと思い、こちらに来たんです。碧剣を狙う何者かに襲われた可能性もありますが……」
「此処に来た、か。紹介状もなしに?」
「貴方なら、あるいは」
「はは、違いないね」
立場と、知性のある人間が相手だ。冗句を交えることはなくジュードは言う。
「けれど、NOだ。あの少年は此処に来てはいないね」
ふむ、と呟いた後。
「まあ、話としては少しだけ面白かったかな。その分くらいは教えてあげよう。まず、"あの剣を狙う組織はいない"と思うよ」
「――何故、ですか?」
「簡単さ。あの剣は歪虚にしか意味がない。けれど、あの剣を運用しようと思う組織はもう存在しないからね。騎士団は勿論、戦士団だってね。他国のことは識らないけれど、事情を知っている組織は手を出さない。あの剣は少々、"凶暴すぎる"からね。使い手を殺す剣の手綱を握れないことも、"歴史が証明している"」
「……じゃが、個人ならばどうじゃ?」
「それはノーアイデアかな。ただ、あの剣を狙う知識があってそれをする"個人"はまずいないよ」
「何故、じゃ?」
「野垂れ死ぬから、さ」
あまりに的確な答えに、ジュードとヴィルマの呼吸がかすかに乱れた。その事に機嫌をよくしたフリュイはケラケラと声を上げて笑った。能天気な笑い声に、二人はこの場の終わりの気配を嗅ぎ取った。ああ、オチはついた。いつそう言い出してもおかしくない。
「…………シュリの母のことは、知っておるか?」
「知らないねぇ」
重ねての問いもすげなく返される。そこで、ジュードが口を開いた。
「……『答え合わせ』、しても宜しいですか?」
「ん?」
唐突な問いは、興味を引くためのもの。小首を傾げたことに、幾ばくかの時間を得たと知り、ジュードは続ける。
「以前受けた強化魔術の実験……あれは碧剣の能力を再現した術ですか?」
「違うね」
「……です、が」
「興味があるなら、あの魔術をもうちょっと深めてもいいけど、ねえ……」
「――誰でも有能な兵士に出来る術。昨今の情勢に鑑みて騎士団に後れを取りたくない貴族陣には魅力的な術かとは存じますが」
「へえ」
フリュイはそこで、再び笑った。
「なるほど、踏み込んだね。煙に巻いても良かったけど……じゃあ、ちゃんと答えてあげよう。"あの魔術"と"あの剣"は全く違う。前者はただの学者のお遊び――といったら怒られるかな。後者は人理から外れた、正真正銘の……『聖なる剣』さ。笑っちゃうほどに狂ってるけどね。ついでに言えば、僕はとても、とっっっても"忠義に篤い"ので、貴族"派"が強かろうと弱かろうと対して関係ないんだよね、これが」
「…………」
間接的に実験自体への興味が失せていると突きつけられ、ヴィルマとジュードはこれ以上の手札がないと知った。
「それじゃ、」
「もう一つだけ、頼みたいことがあるのじゃが」
「……」
「エステル・マジェスティと、話がしたい」
●
碧剣が刺さっていたという場所にたどり着いた錬は、微かに吐息を零した。
かつて亜人がたむろしていたということであったが、今や静かな場所だ。大岩に突き立った跡を見下ろす。
余りにも深くなめらかなそれは、それを為した人物の技の冴えと剣の実在をまざまざと見せつけていた。
「…………」
――俺が憎悪に狂うとき。そこには必ず、あの剣があった。
「……シュリは、大して変わってはいなかったようだが……」
至極小さな声で、言葉にする。
なぜなら。
「へえ、これが、お父さんの剣が刺さっていた場所……」
「何故君までついてくる」
リリィ・エルキンズ。彼女が、同道していたからだ。
事情はほとんど話してはいないが、シュリが学生の領分を離れて危険な活動に身を投じていることに憤慨したリリィは、錬が次に向かう場所を聞いて一緒に飛び出してきてしまった。
バイクに同乗する間、延々とシュリの愚痴を聞かされ続けて、心なしか乗り物酔いになったように気分も悪い。
――あの剣を持つのが俺だったら何か変わるのだろうか……。
「無茶ばっかりしてたんだなあ、兄さん……」
感傷にも似た独白は、少女のつぶやきに遮られた。
「……私に、黙って」
――すまん、シュリ……。
黙考し胸中で謝罪する錬は、胃に穴が空きそうな思いを抱えながら、帰路についた。
●
「……以上が、ロシュさんから得た情報になります」
千春の報告の後、現場の痕跡について、クレールが話しはじめた。
「……あれから、虱潰しで調べて回ったんですけど、たしかに戦闘の足跡はありました」
「いやはや、驚きましたよ。本当に見つけるとは」
「……?」
静かなマッシュの声には、たしかに驚きが籠められていたが、クレールはそのことに今ひとつ理解が及ばないようであった。在ると思って探したのだから当然だろうというような調子であるが、実際には広い一帯を這いつくばって探し回ったのだ。戦闘の足跡を、辿るために。
「深いものしかわかりませんでしたが、基本的には二種類の足跡しか、見つかりませんでした。シュリさんと、ロシュさんだけ……であればいいですけど……」
「「「…………」」」
「――夜間に歪虚の出現もなし。今では静かなものでしたよ。ただ……状況を踏まえれば、あの日、あの場所で碧剣が発動したものと考えるほうが筋は通るでしょうね」
状況を積み上げての推論に、幾ばくかの静寂が生まれ――そして、すぐに破られた。
「んぐ」
ずずり、と。汁と麺を啜る音。あまりに場違いで、暴力的な香ばしさが鼻腔を蹂躙する。
音の出所は少女であった。細く、小さな身体を厚手のローブで包み込んだ少女の名は、エステル・マジェスティ。
少女は今、ヴィルマから土産と言われて差し出されたカップ麺を賞味中であった。
一杯を平らげて、けふ、と息を吐くと、漸く口を開いた。
「最初に。僕は、伝承のことしか識らない」
「それでもいいのじゃ。お主に聞きたかったのは、あの剣の伝承に、『周囲』への狂化や変化についてのものがあったか、ということなのじゃが」
難しい事情は解らない、と言葉少なに告げるエステルに、ヴィルマが頷き問うと、エステルは微かに首を振って、短く答える。
「……無い」
「そう、か……」
「けど」
話慣れていないのか、舌足らずで、抑揚に乏しい声はひどく、聞きづらい。
けれど。
「……皆、早死にする」
その言葉だけは、いやにはっきりと響いた。
「だから、探して」
「――しかし、の」
エステルの言葉に、ヴィルマも困り果てるほかない。情報はある程度集まったが、探すための手がかりが、不足しているのだ。暗中を手探りで探るような状態になってしまっている。
足取りを辿ることができればベストであった。せめて、"どこに行ったか"さえ分かれば話は違っただろう。
けれど。
「………………」
だれも、何も言えなかったのだ。今後の展望を示すような推測は、誰も持っていなかった。
「………、そう」
沈黙に焦れるように、エステルは立ち上がると、大きな魔女帽の位置を整える。
「僕も、見たい。あの剣の物語を」
短く告げて。
「……探す。見つけたら、ロシュに連絡する」
少女は、その場を後にした。振り返ることも、なく。
―・―
さて、ロシュにどう報告したものかと、一同は頭を悩ませることになる。
剣について、その周囲についても、知るべきは知ったと思う。
当時起こったことについても、確度の高い情報は得た。
では、シュリがどこに趣き、どこへ行ったのか。
その答えは、無いままに報告に臨み――静かな溜め息に、迎えられることになった。
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シュリさん捜索相談卓 クレール・ディンセルフ(ka0586) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2017/06/06 21:26:15 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/05/31 20:54:42 |