戦士団 ホロウレイダーズ

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/06/09 19:00
完成日
2017/06/17 13:48

みんなの思い出

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オープニング

 黒大公ベリアル、討伐── その戦勝の報せが早馬を乗り潰した伝令の口から伝えられた時。貴族軍を率いるマーロウ大公の本営は爆発的な歓声と喝采とに包まれた。
「おめでとうございます、大公閣下。貴方様の勝利です!」
「大公閣下万歳! グラズヘイム王国よ、永遠たれ!」
 次々と祝辞を述べてくる貴族たち── マーロウは頷く様に瞑目すると、胸のペンダントをそっと握った。胸中に去来する、勝利とはまた別の感慨に……心の深奥から染み出してきた感情に、大公としてではなく一人の父親として、暫し心を揺蕩わせる……
「諸君……」
 大公が立ち上がると、歓声は自然と潮の様に引いていった。そして、自然な自信を浮かべて、大公が発する言葉を待つ。
「……黒大公ベリアルは、今日、この日、我らが討伐軍の手によって打ち滅ぼされた! 勝ち鬨を上げよ! 我々は……王国は! ホロウレイド以来の復仇を、今、ここに果たしたのだ!」
 再び湧き起こる爆発的な歓喜と歓声── 王国を、大公を讃える歓呼の声が和を成す中、傍らに控える従者を振り返ると新たな命令を発した。
「本陣を前に出す。奮闘した兵たちを労わねば」
 その行進は勝者の特権──即ち『凱旋』だった。人類と歪虚の戦いの。そして、マーロウ大公とセドリック大司教との間で繰り広げられている政争と暗闘の──
(……ベリアルを討ち取ったのはハンターたち──即ち大司教が放った義勇軍の手の者どもか。画竜点睛を欠いた感はあるが、それでもこの私が実際に戦場に立ち、諸侯軍と義勇軍を率いてベリアルの軍勢と戦ったという事実は揺るがぬ……)
 歓声に鷹揚に応えながら、次の『戦場』に想いを馳せるマーロウ大公。その胸中に先程までの感傷は既に無い。


 同日、午後──
 旧王国軍の軍装を身に纏った一団が敵軍の中に存在している── その噂は瞬く間に戦場の各所に広がり、黒大公ベリアルの討伐に沸く王国軍に少なからぬ動揺をもたらしていた。
 その中でも最も心乱されたのは『ホロウレイド戦士団』の面々であったろう。マーロウ大公が抱える戦士団の中では最も若い新設部隊の一つで、その人員の殆どがかのホロウレイドの戦いで身内を無くした貴族の子息とその従者たちから構成されているからだ。
 こちらをチラチラと見やりながら口さがなく噂話を交わす他部隊の兵士たち── 副団長ハロルド・オリストの堪忍袋はすぐに切れた。彼個人は元々気の長い方ではない。だが、この時は彼の従者や兵たちも後に続いた。
 売り言葉に買い言葉。衝突が数十人規模の乱闘に発展するまで瞬間沸騰ほどの時間も掛からなかった。
「何をしている! 他部隊との私闘は厳罰だぞ!?」
 状況を察して駆けつけて来た団長ロビン・A・グランディーは事態を収めようとしたものの、冬の枯野の野火の如く広がった感情の爆発はもう手が付けられなくなっていた。
 手立てと手助けを求めて周囲に視線を振ったロビンは、だが直後に『それ』を見つけて愕然とした。その視線の先には、呆然と佇む『女軍師』セルマ・B・マクネアーの姿──本来ならその喧嘩を、部隊間の私闘を止めるべき、いや、普段なら絶対に止めていたはずの彼女が、この時はただ手をこまねいて立ち竦むばかりであった。
「おい、しっかりしろ、セルマ! まさかあんな噂話を信じたわけじゃないだろうな?!」
「でも、陛下が…… あの戦いで戦死したはずの前王アレクシウス様の御姿もあったって……!」
「……!」
 普段、気丈なセルマが蒼白な顔して縋るように訴えて来る姿に、ロビンは言葉を失った。
 ロビンは天を仰いだ。──この地で、この戦場で。いったい何が起こっているというのだ……?

 『王国軍装の一団』から一隊が分かれ、貴族軍本営方面へ侵攻中であるとの報を受け、マーロウはすぐに斥候と迎撃の部隊を出した。
 敵の正面に位置していたホロウレイド戦士団が真っ先に本営前面に展開し、迫る敵を待ち受ける。
 だが、その正体不明の敵集団は、結果的に放った斥候が戻る前にその前線に到達した。
 敵は──騎士と従士の格好をしたその一団は、あろうことか空を飛んできたのだ。その一事を以って、彼らが人間ではなく歪虚であることは疑うべくもない。
 だが……
「まさか…… あれは…… あの旗印は……」
 見知った鎧に、見知った装具。フルフェイスの兜に覆われ、その面貌は確認できない。しかし、その装備類は間違いなくあの日、ホロウレイドの戦いに赴いた戦士たちを見送った時のもの。そして、彼らの頭上に翻るのは、見間違いようもなく……
「……大公旗!」
 まさか、では、あの方たちは…… 愕然とし切った──まるで幽鬼の様な表情で。救いを求めるように己の主を振り返るロビン。
 マーロウは、床几を蹴立てて立ち上がっていた。……怒りと恥辱。そして、懐古。それは大切に思っていたものを踏み躙られた屈辱と……
「……蹴散らせ!」
 マーロウは叫んだ。
「死者への冒涜を許すな! 決して!」
 その激に、戦士団の狼狽は瞬間的に歪虚に対する怒りへと変わった。
「全騎兵、一列横隊! 突撃隊形を取れ!」
 応じて放たれるロビンの命令。即座に部下たちがそれに応じ、従者が主に方盾と騎兵槍を恭しく差し捧げる。
 歪虚の騎士たちもそれに応じるように、地面に下りて横列を組んだ。そして、従者から得物を受け取り、正面へと展開する。
「接敵前進、始め!」
 互いの集団の中から騎兵だけが進み出て、前進を開始する。
 徐々に加速し、距離を詰め…… 「突撃!」との号令と同時に襲歩──全速力で敵へと襲い掛かる。喚声と蹄の鳴らす地鳴りと共に、まるで馬上槍試合に臨む騎士の様に。勇と美が織り交ぜになった一枚の絵画の如く、両軍は激突し──
「ぐわっ!?」
「ぎゃっ!!!」
 悲鳴と嘶き── 両軍が交差した後、歪虚軍の背後へ抜けられた戦士団の騎兵は殆どいなかった。鍛錬を重ねて来た部下たちが、ほぼ一方的に打ち負かされた──その事実にロビンが愕然と背後を振り返る。
(これがかつての王国騎士の力──! 全盛期の騎士団の強さか……!)
 辛うじて盾で受け止められたものの、馬上から突き落とされて。初めての敗北にハロルドが地面に転がったまま敵を見送る。
 敵軍の突撃は止まらない。その進む先には、貴族軍の本陣が──!
「いけません、大公閣下! ここはお退きを!」
 歩兵たちと共に残っていたセルマが大公を振り返る。マーロウは拒否する素振りを見せたものの、どこからともなく現れた大公の従者たちが半ば強引に彼らの主を後方へと退がらせる。
 その光景を目を瞬かせて見送ったセルマは、我に返って部下へと叫んだ。
「近くにいるCAM部隊に応援の要請を! 味方が撤収するまでの時間を稼ぐ!」

リプレイ本文

 主な残敵の掃討を終えて、前線からハルトフォートへの帰路の途上── 貴族軍本営が陥ったという危機的状況が報せられたのは、陽が傾き、頭上に戴いた空がようよう紅く染まり始めた夕刻の入りのことだった。
「……救援、か。度重なる連戦で弾薬も底を尽きかけているというのに、無茶を言ってくれる」
「ホロウレイドの『亡霊』ですか……タイミングが悪いとしか言いようがありませんね」
 マットなダークブルー塗装のR7『烈風』の操縦者、榊 兵庫(ka0010)と、真紅のデュミナス『ファフニール』を駆る狭霧 雷(ka5296)が、突如降って湧いた『残業』命令に嘆息する。
「今日はもうこのまま帰って風呂に飯な気分だったのだがな。さすがに敵もそう易々と勝ち戦にしてはくれないというわけか」
 R7『清廉号』のパイロット、ロニ・カルディス(ka0551)は聖印に魔除けの印を切った。勝利の余韻に心地よいとすら感じていた激戦・連戦の疲労が、途端に重く、鎖の如くハンターたちの身体に圧し掛かる……
「でもでも、助けに行かないと! せっかく戦に勝ったのに、このままじゃ……!」
 そのやり取りに割り込んで、かわいらしい声で必死に訴えるディーナ・フェルミ(ka5843)。──彼女は他者を助ける為に、癒し手としての葛藤と共に武器を手に取ったのだ。今でも戦闘に抵抗がないわけではない。が、人の命を助ける為となれば、その覚悟と判断に是非もない。
「行くさ」
「勿論」
 そんなディーナの訴えに、野郎どもはあっけらかんと頷いた。『激務』の連続に愚痴こそ零していたものの、助けに行かぬという選択肢は彼らにも端からなかった。
「皆さん、おしゃべりはそこまでです。口よりも手を動かしてください」
 高機動型R7『リインフォース』の操縦席で、『班長』役の夕凪 沙良(ka5139)が言った。
「お? やんの? やっちゃうの?」
 新たな戦闘の気配を察して、テンションを上げる仁川 リア(ka3483)。彼の機体はドリルを扱い戦う為に改造された『大地に聳える黒金のドリル基部』、漆黒塗装のヘイムダル『超重螺旋スピニオン』──
 その問いに答える代わりに、沙良は機を操作して愛機を進むべき進路へと向けた。
 無言でそれに倣うR7『Meteor』キャリコ・ビューイ(ka5044)。ディーナはパァ……! とその表情を明るくすると、機体の損傷や残弾数、エネルギーや推進剤の残量を急いでチェックし始めた。

 戦場へと至る僅かな間にも日は傾き続け、空は茜に染まりゆき。
 大地を疾走する巨人の群れ── 地に落ち、伸びた影がその長さを増していく。
「見えましたの!」
 前方、ディーナ機が指し示す先に、立ち昇り、棚引く砂煙──
 現れた光景は、ほぼ一方的に敵に押し捲られつつある味方の姿。左から右へ、陣幕天幕うっちゃって転がるように退いて行く貴族軍本営の尻に、味方騎兵を突破した敵『騎士』たちが既に喰らいついていた。まともに応戦できているのは大公子飼いの戦力のみ。彼らは敵『騎士』の突撃に槍衾ごと吹き飛ばされつつ、それでも自らの身と命を盾に敵の第一波を辛うじて遅滞せしめていた。
「参りましたね。司令部の予想より数が多い」
 泣き言の割にまるで怯んだ様子もなく、どこかのんびりとした口調で、雷。まあ、仕方ない、と兵庫が零した。これ以上の無駄死にを出さない為にも、ここが最後の踏ん張り所だ。
「まずはその数を減らします。長距離範囲攻撃手段を持つ機体は前に出て横列を組んでください」
 沙良の指示に従い、隊列を変えるハンターたち。範囲攻撃手段を持たないディーナ機と共に雷機が狙撃砲を手に下がり。残りの5機は横一列に広がってそれぞれ直線攻撃の準備に入った。
 光のラインの入った赤色のCAM用ライフルにエネルギーチューブを接続させるロニ。リア機は『スペルランチャー』を使用すべく右腕のアタッチメントにマテリアルドリルを接続。まるごとドリルになった右腕を誇らしげに掲げつつ、クルリと機を回転させて効果音(「ジャキ~ン!」)と共にポーズを決める。
 そのまま最大戦速で敵陣に横槍を入れるべく吶喊を開始するハンターたち。味方殿軍を攻撃中の敵軍側面へと迫り。こちらに気づいたタイミングで沙良が斉射の指示を出す。
「最後の一発だ。遠慮なく喰らっていけ!」
「最初っからクライマックスでいっちゃうよ! 必殺、螺旋砲!」
 叫ぶと同時に操縦桿の発射ボタンを押す兵庫とリア。ほぼ同時に沙良とキャリコ、ロニも引き金を引き、『マテリアルライフル』の4条の紫色光線と、リア機のドリルから螺旋状に放たれた青白色の光条とが敵軍を側面から薙ぎ払う。
 前方への攻撃に集中していた敵『騎士』たちは、ある者はその身を穿たれ、ある者は咄嗟に気付いて身を躱し、或いは盾なり武器なりで受け凌いだ。どうやら同じ『騎士』であっても、その実力にはムラがあるらしいが…… ともあれ、ハンターたちの側面攻撃によって、味方殿軍に対する攻撃は一時的にだが破砕された。
「このまま味方と敵との間に入り込んでください。戦士団に代わってCAM隊が殿を務めます」
「楔を打ち込み、敵の『騎士』が味方を攻撃できないよう分断する。……ここで消耗する意味はない。味方が退くまでの時間を稼ぐぞ」
 武装を近接戦用の武装に変更しながら、手早く味方に指示を出す沙良。ロニもまたほどほどに、と無茶をせぬよう釘を刺す。
「足止めでいいって話だけどさ、別にあれ全部スピニオンが倒しちゃってもいいんだよね?!」
 ドシンドシンと吶喊を続けながら、右腕部から外したマテリアルドリルを地面に落ちるより早く左腕で引っ掴み、空いた右腕部のアタッチメントに新たにアーマードリルを装着(そしてポージング)させつつ、リア機。その横を駆けながら、背部のハードポイントにマウントした突撃槍『アヴァンツァーレ』を右腕で掴み取った兵庫機が、その穂先を前へと振り構えつつ、リア機と並んで槍入れする。
 まるで機械を感じさせない滑らかな動きで突撃槍を敵横列へと突き入れる兵庫機。一斉射撃で隊列を乱されたところを横合いから突っ込まれ、対応する暇が敵にはなかった。当たるに任せて突っ込んで来た兵庫機の体当たりに『騎士』数体が弾き飛ばされ。槍の穂先に捉えられた一体がまるで雄牛の突進を受けたが如く宙へと跳ね上げられる。
 その傍らのもう一列に突っ込んだリア機の方は、敵騎兵槍による反撃を左のドリルで上へと受け弾きつつ、返す刀(いや、ドリルか)で敵を思いっきり袈裟切りに叩きつけ。敵が一瞬、止まったところを右のドリルで突き貫く。
「さあ! ここからはスピニオン自慢のドリルを披露するお時間だよ! 止められるなら止めてみろ!」
「弾薬が尽きかけてはいても、まだまだ俺の鋭鋒は鈍ってはいないからな。存分に腕を振るわせてもらおう!」
 更に前進して味方から敵を切り離しに掛かるリアと兵庫。沙良も機に近接戦用の得物──雷紋に紫電走らす巨大な斬機刀──を手に取らせると、走る2機に後続した。リア機と兵庫機に突破された敵が2機の背後を取らんとし──その『騎士』たちの背に、沙良機が大上段から轟雷の如き一撃を叩き込んで肩から半ばまでを断つ。
「俺もさらと共にリアの突撃を支援する。雷は後衛にて支援射撃を。突破する敵があれば狙撃してくれ」
「了解です」
 意気上がる前衛組に対して淡々と仕事をこなすキャリコと雷。彼らは先行したリア機・沙良機とダイヤモンドを形作るように機位をつけた後。マテリアルソードを機に引き抜かせたキャリコはそのエネルギー残量を確認しつつ、先行する味方の害になりそうな敵に対してのみ、横合いから斬撃を入れて首を刎ねた。一方、雷は機にハードポイントから掴み取ったCAM用マシンガン『コンステラ』を構えさせると、腰を落とさせて重心を下げ、すり足の如く、それでいて素早く機動しながら、大きなダメージを受けた敵を優先的に狙って弾丸をばら撒いた。地に膝をつき起き上がらんとしていた『騎士』を狙ってミシンの如く地面を走る火線の鞭──その弾着に縫い取られた敵が再び地面へ仰臥する……

 それ以上の攻勢に抗し得ぬと判断したのだろう。驚くほど呆気なく、敵『騎士』の第一波はそれこそ波が引く様に退いた。そして、それと入れ替わる様に、間髪入れずに敵の新手が押し寄せる。
「敵『騎士』の第二波、接近なの!」
 タタタタタ……と雷機が放つ短機関砲の砲声を背に、敵『騎士』による更なる突撃に気付いたディーナが、機に魔刃「凶骨」──骨を組み上げた形状の鎌型武器──を構えさせながら皆に警告の声を上げる。
 ロニは機をそちらに向き直させると、地に突きたてた盾の上に『イースクラW』を構え、その貴重なエネルギーを使って迫り来る敵を狙撃した。そうして(トドメは刺せなかったものの)2騎ほどを地面に撃ち倒し。ギリギリまで狙撃を続けた後、銃を捨てて盾を取る。そして、突き出された敵の騎兵槍をギリギリ盾の表面に滑らせると、そのまま逆に踏み込んで。突進し来たその敵を盾の淵でカウンター気味にぶん殴る……


「これは……CAMの駆動音か……?」
 味方殿軍の一員として絶望的な戦いに身を置いていた央崎 枢(ka5153)は、懐かしい機械音にふと戦いの手を止めた。
 激戦の最中にふとできた僅かな空白。その間隙に灼滅剣「イシュカルド」──人の身を越える丈を持つ、赤熱した刀身の両刃剣──の切っ先を地面に下ろし、愛車・魔導二輪「龍雲」を止めて耳を澄ます。
 直後、横合いから放たれた『マテリアルライフル』と『スペルランチャー』の光条が、敵『騎兵』たちを広範囲に薙ぎ払った。一瞬、何が起きたのか分からず、沈黙する兵士たち…… だが、それも僅かな間。状況を察した彼らの間から爆発的な歓声が沸き起こる。
「味方だ! 味方の増援が来たぞ!」
 枢は再び魔導二輪のエンジンを掛けると、味方を励ましながら殿軍指揮官の方へ向かった。そんな枢の傍らの頭上を、1機のR7(ディーナ機)が跳躍して飛び過ぎて行き…… そのまま殿軍指揮官の前方に展開していた敵『騎士』の只中に飛び込むと、骨の大鎌を二度三度と左右に大きくぶぅんと振るって敵を追い散らしにかかった。刃に遅れて鳴り響く怨霊の嘆きの如き風切り音──常ならばおぞましくも思えるその風の音が、この日ばかりは何と頼もしい事か。
「あんたがここの指揮官か? 援軍だ。殿はCAM部隊に任せとけ。あんたたちは早く撤収を」
 枢は殿軍の指揮官と思しき女貴族の元に二輪を止め、進言した。援軍が到着した以上、半壊した歩兵部隊がこの場に残る意味は薄い。
 その女指揮官──セルマは地獄の様な激戦の只中にあっても一人冷静さを保っていたが、その瞬間、気が緩んだのか、己の感情を外に零した。
「……まだ戦場に味方が取り残されているの! ロビンとハロルドが……戦士団騎兵の生き残りが!」
 彼女の話によれば、先の『馬上槍試合』──騎馬同士の突撃合戦に敗北した味方の騎兵たちが、この敵『騎士』たちの後方に取り残されているという。完全に敵中に孤立した状況だ。
「友人を……戦友たちをあんな所に残したまま、自分たちだけ撤収できるわけないでしょう!」
 セルマは冷静さを欠いていた。そんな彼女を振り返り、ディーナが外部スピーカーで叱りつけるように言う。
「セルマさんたちもこんな所に残っていちゃダメなの! あなたたちがいるからって大公さんまでここに戻ってきちゃったらどうするの!? ……ロビンさんとハロルドさんも、きっと同じように考えるの。だから、ここは私たちに任せて、あなたはみんなを纏めてさっさとここから撤退するの」
 ガァン! と大きな金属音が響き、ディーナの言葉はそこで途切れた。敵の騎兵槍を盾で受け凌いだディーナ機が、そのまま大鎌を振るって眼前の敵と切り結ぶ。
「……あんたの気持ちは分かる。だが、部下を戦場から連れ帰る──それも指揮官の大事な役目だ」
 諭すように、枢が続ける。
「あんたたちは下がれ。取り残された味方の元へは……俺が行く」

 その後、殿軍撤退の指揮を取り始めたセルマを残して、枢は魔導二輪で巨人たちの戦場を迂回し、その後方、取り残された味方騎兵部隊の元へと走った。
 敵『騎士』と『従士』の隊列の間に残された空間に側方から潜り込み──そこで殿軍歩兵隊に負けず劣らずの酷い有様を目の当たりにする。
 先の突撃交差により騎馬を失った騎兵たちは、副団長ハロルドの指揮の下、負傷者を中心に数カ所で盾の壁で方陣を組んでいた。馬を失わずに済んだ者たちはロビンが指揮し、方陣の周囲を回るように敵『従士』の攻撃を払い除け続けている。
 だが、それも多勢に無勢。敵『従士』の槍衾を前に、既に幾つかの方陣は敵勢に呑み込まれ、蹂躙の憂き目に遭っていた。……このままではいずれ全滅は避けられない。
「お疲れのトコ申し訳ねーけど、もうちょいだけ耐えてくれな……」
 枢は無線機でCAM隊に状況を報せると、何機か戦力を裂いて彼らの撤退を支援するよう要請した。
「死者の冒涜を許すつもりはない。そして……」
 通信を終えると同時にアクセルを吹かし、自らも抜刀しながら敵『従士』の隊列に突っ込んだ。
「今、ここにある命まで、それに加わらせてたまるかよ!」


「敵の横槍です、お館様。第一波の騎士たちが半壊との由」
 副将からの報告に、この歪虚の集団を束ねる将はほう、と興味を示し、その目で確かめるべく前に出た。
「あれが話に聞くりあるぶるーの鉄の巨人か。かつての古巣に挨拶がてら仕掛けてみれば、望外の強敵と見え得たものよ」
 このまま力押しに押しても敵は倒せるであろうが、被る損害も馬鹿にならぬものとなろう。王国との戦いは、まだ始まったばかりである。
「第二波を下げろ。……敵の戦闘能力を測る。壮健な者の中から5機ほど、前に出せ」

「あれが敵の指揮官か……?」
 退く敵第二波の向こうに目立つ鎧姿を見出して── キャリコは後退する敵に追随するようにして一気にそちらとの距離を詰めに掛かった。
「ビューイさんが断頭戦術に出ました。リアさん、狭霧さん、支援と援護を」
 即座に指示を出す沙良。同時に、キャリコの接近を察知した敵の側近がその進路上に割り込みに掛かり。更にその側近の進路を塞ぐべく割り込んだロニが『レクイエム』を発動しつつ、斧槍を引き抜き肉薄する。
「ほう、貴様、神官か?!」
 鎮魂歌は抵抗されてしまったが、代わりに眼前の『騎士』から問い掛けが返ってきた。
「……今のトレンドでは聖導士というのだ、ご老体」
 答えつつ、ハルバード「ヴァルドゥング」で斬りかかるロニ。「木で出来た武具など!」とそれを撃ち壊そうとした『騎士』は、しかし、己の金属製の武具の刃とまともに打ち合うそれを見て「精霊の加護か!?」と驚愕する。
 その隙にロニは敵の刃を掻い潜って、斧槍の鉤を相手の鎧に引っ掛けた。そして、機体のパワーに任せて敵を馬上から引き落としにかかる。
「ぬぅ!?」
 『老体の騎士』はそれに逆らわずに地に落ちた。そして、鎧を着ているとは思えぬ程、素早く受け身を取ると、身を翻して立ち上がった。
「斧槍での戦い方を心得とるな、若いの。じゃが、戦はこれからじゃ!」
 心底楽しそうに、ご老体。主を守ることなど忘れてしまったように。

 前に出て来た5体の『騎士』はいずれもが精強だった。
 迫るCAMたちを見て負のマテリアルを全開し、見てとれる程の禍々しいオーラを立ち昇らせて──それぞれが本気を出して、獲物と定めた機体に対して、肉薄し、切り結ぶ。

「どぅりゃぁあ!」
 眼前の敵に対して手早く槍の穂先を出し入れしていた兵庫機が、一転、打って変わったような剛力でもって、振り上げた突撃槍を力任せに叩きつけた。
 『騎士』は一歩内側に踏み込んで『渾身撃』の打点をずらすと、涼し気な様子でその一撃を盾で受け弾く。
「鉄人形の割には思うた以上によく動く」
「そうさ。木偶と一緒にしてもらっちゃ困る!」
 弾かれた槍から手を放し、逆にその穂先を掴み取り。棍棒の様に力任せに、横薙ぎにぶん回す。
 大した威力にはならぬと高を括った『騎士』は、しかし、その柄に込められたマテリアルに気付いて慌てて盾で受け止める。
 その衝撃を利用して『馬』ごと後方へと飛び退さった『騎士』は短距離突撃へ移行せんとして……兜の奥のその目に映るは、兵庫がそれまで使わずに隠しておいたガトリングガンの多重砲身──!
「喰らいな。とっておきだ」
 高速回転する多銃身。轟音と炎の舌と共に銃口から放たれた30mm砲弾が豪雨の如く浴びせ掛けられた。盾の陰に隠れた『騎士』の周囲に弾着の砂塵が舞い、鎧の表面で跳弾が無数の火花となって弾け飛ぶ。
 その猛威に耐え切れず、やがて馬がガクリと膝をついた。飛び降りた『騎士』は兵庫機から見て外側へと走り、照準が追いつくより早く肉薄して抜剣。その銃撃を中断せしめる。
「……。それなりに強力な弾幕なんだが……」
「異界の武器か。なるほど、侮れない威力だが、我も既に人の身に非ざる者にて」

 敵『騎士』指揮官と切り結ぶキャリコ機。その後方を守るように占位したリア機と沙良機がそれぞれ介入せんと迫る2騎を相手に、変則的な3on3が展開している。
「後退した……?」
 ドリル二刀流(ただし、左のマテリアルドリルはエネルギー温存で受け専門)でガンガンと敵と切り結んでいたリアが、突如距離を取って後退した敵の挙動に警戒する。
 一瞬の静寂──からのロケットダッシュ。ごく短距離で最速の突撃を可能とするその直線攻撃は、リアだけでなく沙良をも目標に捉えていた。
「っ! 沙良、行ったぞ」
 自機への攻撃をドリルでどうにか受け凌いだリアが、そのまま足を止めずに突進を続ける敵に気づいて警句を発する。
 その声に斜め後方を振り返った沙良は考える間もなく操縦桿を傾け、フットペダルを蹴るように踏み込んだ。自重も利用して身体を傾げる『リインフォース』。顎先を掠め飛んだ槍の穂先をギリギリで躱すと同時に、崩れた体勢を整うべく右膝を踏ん張り。バキリという音に嫌な予感を感じる間もあらばこそ。今度は正面で切り結んでいた敵が呼応するように斬りかかり、沙良は機と推進装甲のスラスターを全開にしてフェイント交じりに距離を取る。
 だが、そこへ三度目の、キャリコ機を突破してきた指揮官機。
 着地の瞬間を狙われた。迎え撃とうと踏ん張った右脚部は完全にヘタレていた。ガクリと膝から沈む機体に、沙良は早々に回避を諦めた。初撃を斬機刀で受け凌ぎ、直後にその峰を足で押さえられ。続いて突き出された一撃を左腕部を犠牲に捻り止める。
「沙良!」
 リアの毛がぶわりと逆立ち、己の敵を脇へとうっちゃって沙良の元へと走り寄り。だが、もう一体の『騎士』が立ちはだかって身体ごと移動を止められる。
 沙良機に止めを刺そうとする指揮官を、背後からキャリコ機が襲った。それを読んでいたかのように振りむき、切り結ぶ『騎士』指揮官。その最中、光を失うキャリコ機のMソード。その一瞬の隙に投擲(!)された騎兵槍の矛先がキャリコ機の『急所』を貫いた。
「……ほう? 今の一撃は確実に殺ったと思ったのだが……」
 敵指揮官の一撃は、操縦席に座るキャリコのすぐ脇を貫いていた。壊れたHMDを脱ぎ捨て血を拭い、機体の基本動作に支障がないことを淡々と確認する。
「今、トドメをくれてやろう」
 長剣を振り上げた指揮官の、騎乗した『馬』が膝を折る。何? と呻いた指揮官は、いつの間にか愛馬の前肢に加えられてた傷を見て兜の奥の目を瞠った。
 ──キャリコは剣で指揮官と切り結びながら、隙を見つけては脚部の蹴爪で馬の足に何度も攻撃を加えていたのだ。
「騎兵ならば、脚を潰せば機動力は活かせまい」
「……通常の騎兵であれば、な」
 更に負のマテリアルを醸し出しつつ宙へと浮き始める指揮官と愛馬──だが、それをさせじとリア機が駆ける。
「飛ばれるのは厄介……! だから……!」
 機をグルンと回転させて眼前の敵をペネトレイト。そのまま放たれた反撃を横っ飛びで回避しつつ、尻尾のスタビライザーを振るって横に流れようとする機体の機動にカウンター。両手のドリルを振り上げて幅跳びの如く跳躍し……
「飛ぶ前に、叩き落とす!」
 両のドリルを真上から、地面にめり込めとばかりに指揮官へ叩きつけた。


 その頃、既に雷機とディーナ機は『騎士』たちとの戦場にはいなかった。枢の要請に応じて騎兵の救出に向かっていたからだ。

「ここまでか…… もういい、ロイド。馬が無事な者だけでも逃げろ」
「バカな!」
 覚悟を決めたかのようなハロルドの言葉に、ロイドと枢が同時に叫ぶ。
 しかし、同時に、もうどうしようもないことも2人は理解してはいた。『従士』たちと切り結ぶ兵たちはもう限界だ。

 雷とディーナの2人が来援したのはそんな時のことだった。
「うわぁぁぁあああああっ!」
 なんか涙目で跳躍して来たリア機が方陣近くに集っていた敵の只中へと踊り込み、大鎌をぶんぶん振るって『従士』たちを追い散らし。同時に、その反対側へと降り立った雷機もまた、残弾全てを吐き出さんばかりの勢いで短機関砲を周囲へばら撒き始める。
「CAM!」
 『騎兵隊』の到着に、ロイドと枢の表情に笑みが咲く。
 ガチャリ、と一旦、鎌の石突を地に突けると、ディーナは機の左手を方陣の上へと翳し、スキルトレースを用いて『ヒーリングスフィア』の祈りを捧げた。マテリアルの柔らかい光が負傷者たちの上に降り注ぎ、傷ついていた者たちの身体と心を癒していく……
「聖女……!」
 まるで天使を見上げるような兵士たちの感動は、しかし、直後にディーナ機がガッチャガッチャと暴れ出したことで霧散した。
「もー! もー! マンモスさんにでもなった気分なの!」
 ワラワラ集ってそこかしこから関節部に槍を突っ込んでくる『従士』たちに辟易したように鎌を振り…… 兵士たちの視線にハッと気づいて慌ててフルフルと首を振る。
「ち、違うの。まだやれるの。まだまだ全然平気なのっ!」(どうしてこうなった)
「……数が多いので我々だけでは止め切れません。なるべく早くこの場を逃れてくれると助かります」
 ディーナと雷の言葉に、ロイドと枢は頷き合った。
「生存者と負傷者を馬上へ! 遺憾ながら戦死者の遺体は放置する!」
「退路を開く。全員、俺について来い」
 雷とディーナの援護の下、方陣を解いて騎兵と合流する兵士たち。龍の唸りの如き咆哮を轟かせつつ二輪で先頭に立った枢が、群がる『従士』たちを灼熱剣で追い散らしつつ、突破。兵や負傷者を二人乗りにした騎兵たちがその後に続く。
「では、私たちも」
「もー! もー!」
 殿に立ってそれを見送って。ディーナ機はマテリアルカーテンを纏うとスラスターを吹かして一気に戦場を離脱した。雷も弾丸を撃ち尽くした短機関砲を敵に向かって投げ捨て、同様に戦場を後にする……


 戦士団騎兵の離脱をもって、ハンターたちもまた撤収を開始した。
 決着はつかぬまま、温存しておいたありったけの弾薬・エネルギーをばら撒いて撤退していくハンターたち。
 将たる指揮官はそれを追わず『初撃で大ダメージを負った味方が回復できるだけの時間を稼げて』満足そうに撤収を命じた。
「よき挨拶であった」
 マントを翻して踵を返す将。
 ──王国との戦いは、まだまだ始まったばかりである。

依頼結果

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レップウ
    烈風(ka0010unit004
    ユニット|CAM
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    セイレンゴウ
    清廉号(ka0551unit003
    ユニット|CAM
  • 大地の救済者
    仁川 リア(ka3483
    人間(紅)|16才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    チョウジュウラセンスピニオン
    超重螺旋スピニオン(ka3483unit002
    ユニット|魔導アーマー
  • 自在の弾丸
    キャリコ・ビューイ(ka5044
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    メテオール
    Meteor(ka5044unit002
    ユニット|CAM
  • 紅瞳の狙撃手
    夕凪 沙良(ka5139
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    リインフォース
    リインフォース(ka5139unit002
    ユニット|CAM
  • 祓魔執行
    央崎 枢(ka5153
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 能力者
    狭霧 雷(ka5296
    人間(蒼)|27才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ファフニール
    ファフニール(ka5296unit001
    ユニット|CAM
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    アールセブンエクスシア
    R7エクスシア(ka5843unit002
    ユニット|CAM

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
榊 兵庫(ka0010
人間(リアルブルー)|26才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2017/06/09 07:44:14
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/06/05 22:56:42