ゲスト
(ka0000)
【血盟】紅蓮の還(ぐれんのめぐり)
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/06/13 12:00
- 完成日
- 2017/06/28 23:53
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●手のひらサイズのてるてる坊主と炎の精霊
「……増えてる……」
ヴィルヘルミナの私室に呼び出されたオズワルド(kz0027)は、目の前の物体達(失礼)を見てこめかみを押さえた。
「うっかり歪虚の標的にされるくらいならここにいて貰う他あるまい」
ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)が机の上でちょこんと座り込んでいる手のひらサイズのてるてる坊主……もとい、四大精霊が一柱、火と闇・正義を司るサンデルマンと鎚に宿った炎の精霊である少年を見て失笑する。
「……このやり取り、2回目だよな? まるっと同じこと2回目だよな???」
オズワルドが額を抑えて深い溜息を吐く。
「まだ、この精霊が本調子でないと言うのだから仕方が無いだろう」
ヴィルヘルミナが自分よりも明るい少年の赤い髪をかき混ぜるようにして撫でる。
「柄を作れば本調子に戻れるよ」
少年の言葉にオズワルドは眉間のしわをそのままに「つか?」と問う。
「なら、ウェルクマイスターにでも相談すれば……」
「普通の木じゃダメなんだ。僕の“チカラ”に負けちゃってすぐ折れちゃう」
そう告げる少年の手のひらに握り込まれているのは金鎚のアタマ部分だ。
ハンター達が無事見つけてくれた少年の依り代は悠久の時を経ても健在だったが、木で出来ていた柄の部分は忘却の時の中で朽ち果てたらしい。
「ふん……では何であればいいんだ?」
「強い力に負けないくらい、古くて立派な木の枝」
「……随分と抽象的だな」
オズワルドが腕組みのまま唸ると、机の上のサンデルマンがなにやら少年に合図を送る。
「……うん? 地図? ねぇ、地図ってある?」
少年の言葉にヴィルヘルミナが「ちょっと待っていろ」と引き出しを開け、中から折りたたまれた帝国の地図を取り出す。
広げられた地図の上をサンデルマンがふわふわと移動する。
そして一点を指差すと、再び少年に合図を送った。
「ホント?」
少年がぱぁっと表情を輝かせ、オズワルドを見た。
「なんかね、サンデルマン様が、ここにあるぞって!」
指差されたその地域はエルフハイム。
ヴィルヘルミナとオズワルドは思わず顔を見合わせ、妙に納得顔になったのだった。
●森の英霊
オズワルドより依頼を請けてハンター6名と鎚に宿った炎の精霊である少年はエルフハイムの外れに来ていた。
「今回はサンデルマン様は一緒じゃ無いんだね」
少し残念そうな声がハンターから上がる。
「今回は俺の付属品探しだから……むしろみんなに付き合ってもらってごめんな?」
この少年、1人で行くと城を飛び出そうとしたらしく、慌てたオズワルドがハンターを呼んだのだった。
「……にしても、この森凄いな……」
少年が圧倒されたように木々を見つめ、感嘆の息を吐く。
ヒトの身であっても深い森からはむせ返るような草木の匂いと、動物達の静かな息づかい、そして濃厚なマテリアルの気配を感じる。
聖も邪も、祈りも呪いも飲み込んだこのエルフハイムが精霊である少年の目にはどのように映るのだろうか。
「あ。いた」
唐突な少年の言葉に、ハンター達が首を傾げつつ視線の先を追うと、そこには1人のエルフが立っている。
……いや、纏う気配はただのエルフではない。
「……英霊……?」
身構えるハンター達を余所に、少年は昔馴染みに会ったような気楽な仕草で片手を上げた。
「悪いんだけどさ、俺の柄を……っとぉ?!」
風切り音を立てて飛んできた矢を少年は紙一重で避ける……いや、エルフの英霊がわざと外したとみるべきか。
「我は誰にも干渉しない。立ち去れ」
思わず得物に手を掛け殺気立つハンター達を制したのは以外にもこの炎の精霊だった。
「そう言うなって。仲良くやろうぜ」
「去れ」
「やだ」
「去れ」
「やだ」
……暫しこの不毛な応酬を繰り返した後、ついに折れたのはエルフの英霊の方だった。
「汝の願いは何だ?」
「俺の柄として耐えうる木を探してる。あんたのが見立ててくれるなら間違いないだろ?」
にっかりと笑う少年にエルフの英霊はうんざりとした表情で深い溜息を吐いた。
「……ならば、勝負せよ」
そう言って英霊が告げると強いつむじ風が吹き、誰もが一瞬顔を庇った次の瞬間、目の前には開けた芝生の草原が広がっていた。
「おぉ、すっげ! 結界の中か!」
少年が興奮気味に周囲を忙しなく見る。
「ここに的がある」
どこからか取り出したのか、英霊の手には中央が赤く、その外周を白、さらにその外周を緑、一番外側を黒に塗られた的があった。
「これを、そこの大樹に掲げる」
英霊がフリスビーのように的を投げると、的は回転しながら草原の中央に立つ立派な大樹へと飛んで行き、幹まで辿り着くとぴたりと収まるように正しくくっついた。
「我は7度。汝らは1人2度、矢を射る。より高いほうの点数を見、その数値の合計が我を上回れば、汝の願い叶えてやろう」
現れた弓は1つだけ。矢は人数分手渡された。
「……もし下回ったら?」
「その時は強制的に全員を森より追い出す。二度と我が霊域に立ち入れぬよう呪を刻む」
全員が顔を見合わせ、作戦会議となったのだった。
「……増えてる……」
ヴィルヘルミナの私室に呼び出されたオズワルド(kz0027)は、目の前の物体達(失礼)を見てこめかみを押さえた。
「うっかり歪虚の標的にされるくらいならここにいて貰う他あるまい」
ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)が机の上でちょこんと座り込んでいる手のひらサイズのてるてる坊主……もとい、四大精霊が一柱、火と闇・正義を司るサンデルマンと鎚に宿った炎の精霊である少年を見て失笑する。
「……このやり取り、2回目だよな? まるっと同じこと2回目だよな???」
オズワルドが額を抑えて深い溜息を吐く。
「まだ、この精霊が本調子でないと言うのだから仕方が無いだろう」
ヴィルヘルミナが自分よりも明るい少年の赤い髪をかき混ぜるようにして撫でる。
「柄を作れば本調子に戻れるよ」
少年の言葉にオズワルドは眉間のしわをそのままに「つか?」と問う。
「なら、ウェルクマイスターにでも相談すれば……」
「普通の木じゃダメなんだ。僕の“チカラ”に負けちゃってすぐ折れちゃう」
そう告げる少年の手のひらに握り込まれているのは金鎚のアタマ部分だ。
ハンター達が無事見つけてくれた少年の依り代は悠久の時を経ても健在だったが、木で出来ていた柄の部分は忘却の時の中で朽ち果てたらしい。
「ふん……では何であればいいんだ?」
「強い力に負けないくらい、古くて立派な木の枝」
「……随分と抽象的だな」
オズワルドが腕組みのまま唸ると、机の上のサンデルマンがなにやら少年に合図を送る。
「……うん? 地図? ねぇ、地図ってある?」
少年の言葉にヴィルヘルミナが「ちょっと待っていろ」と引き出しを開け、中から折りたたまれた帝国の地図を取り出す。
広げられた地図の上をサンデルマンがふわふわと移動する。
そして一点を指差すと、再び少年に合図を送った。
「ホント?」
少年がぱぁっと表情を輝かせ、オズワルドを見た。
「なんかね、サンデルマン様が、ここにあるぞって!」
指差されたその地域はエルフハイム。
ヴィルヘルミナとオズワルドは思わず顔を見合わせ、妙に納得顔になったのだった。
●森の英霊
オズワルドより依頼を請けてハンター6名と鎚に宿った炎の精霊である少年はエルフハイムの外れに来ていた。
「今回はサンデルマン様は一緒じゃ無いんだね」
少し残念そうな声がハンターから上がる。
「今回は俺の付属品探しだから……むしろみんなに付き合ってもらってごめんな?」
この少年、1人で行くと城を飛び出そうとしたらしく、慌てたオズワルドがハンターを呼んだのだった。
「……にしても、この森凄いな……」
少年が圧倒されたように木々を見つめ、感嘆の息を吐く。
ヒトの身であっても深い森からはむせ返るような草木の匂いと、動物達の静かな息づかい、そして濃厚なマテリアルの気配を感じる。
聖も邪も、祈りも呪いも飲み込んだこのエルフハイムが精霊である少年の目にはどのように映るのだろうか。
「あ。いた」
唐突な少年の言葉に、ハンター達が首を傾げつつ視線の先を追うと、そこには1人のエルフが立っている。
……いや、纏う気配はただのエルフではない。
「……英霊……?」
身構えるハンター達を余所に、少年は昔馴染みに会ったような気楽な仕草で片手を上げた。
「悪いんだけどさ、俺の柄を……っとぉ?!」
風切り音を立てて飛んできた矢を少年は紙一重で避ける……いや、エルフの英霊がわざと外したとみるべきか。
「我は誰にも干渉しない。立ち去れ」
思わず得物に手を掛け殺気立つハンター達を制したのは以外にもこの炎の精霊だった。
「そう言うなって。仲良くやろうぜ」
「去れ」
「やだ」
「去れ」
「やだ」
……暫しこの不毛な応酬を繰り返した後、ついに折れたのはエルフの英霊の方だった。
「汝の願いは何だ?」
「俺の柄として耐えうる木を探してる。あんたのが見立ててくれるなら間違いないだろ?」
にっかりと笑う少年にエルフの英霊はうんざりとした表情で深い溜息を吐いた。
「……ならば、勝負せよ」
そう言って英霊が告げると強いつむじ風が吹き、誰もが一瞬顔を庇った次の瞬間、目の前には開けた芝生の草原が広がっていた。
「おぉ、すっげ! 結界の中か!」
少年が興奮気味に周囲を忙しなく見る。
「ここに的がある」
どこからか取り出したのか、英霊の手には中央が赤く、その外周を白、さらにその外周を緑、一番外側を黒に塗られた的があった。
「これを、そこの大樹に掲げる」
英霊がフリスビーのように的を投げると、的は回転しながら草原の中央に立つ立派な大樹へと飛んで行き、幹まで辿り着くとぴたりと収まるように正しくくっついた。
「我は7度。汝らは1人2度、矢を射る。より高いほうの点数を見、その数値の合計が我を上回れば、汝の願い叶えてやろう」
現れた弓は1つだけ。矢は人数分手渡された。
「……もし下回ったら?」
「その時は強制的に全員を森より追い出す。二度と我が霊域に立ち入れぬよう呪を刻む」
全員が顔を見合わせ、作戦会議となったのだった。
リプレイ本文
●
「呵呵ッ! 勝負! 勝負ときたかよォ! イイじゃねェか!」
自信満々に嗤い声を上げたのは万歳丸(ka5665)。
「火鎚男、未来の大英雄、万歳丸様にまかせなァ!」
カヅヲ、と名を呼びながら鎚に宿った炎の精霊の少年の背を叩く。
「勝負か! やるからには負けないぜ、英霊!!」
岩井崎 旭(ka0234)が気合いを込めて左手を右の拳で打った。
「はい!」
藤堂研司(ka0569)が英霊に向かって挙手をする。
「射位がわかり辛いので、旗を目印に立ててもいいですか!」
大地に根ざす命の一つとして、英霊という存在へのリスペクトを胸に研司が問う。
「構わぬ」
「あ、僕からも。練習とかしてもいいですか?」
キヅカ・リク(ka0038)のその言葉に万歳丸が大声で叫んだ。
「俺ァ弓をつかったことがねェ!!」
「えぇ!?」
「意外です……あ、でも私も練習とか出来たら嬉しいです」
予想外の告白に驚きつつルナ・レンフィールド(ka1565)も恐る恐ると挙手をする。
「……と言うことなんだが、どうだい?」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)がやれやれと両肩を竦めながら英霊を見る。
英霊はほとほとうんざり顔で右腕を振る。
すると右手には7本の矢が握られていた。
「1人一度。弓はそれを使え。ただし的や樹に触れる事は禁ず」
「おぉ! 太っ腹!!」
万歳丸が礼を告げて矢を受け取り、キヅカは的のある樹の横まで走る。
(どのみち認めてもらえないと前に進めないんだろ。解ってる。
エルフハイムの時だってそうだったから。それじゃ、見てもらおうじゃない、新世代の実力を)
樹から2m程距離を空けたところで己の身長よりも大きな十字架のようなカイトシールドを構え、ふと気付いた。
(動物の気配がしない)
先ほどまでむせ返るような森の息吹を感じていたのに、ここにはそれらが全くない。
地面を触り、土をひとつまみするとそれを落とす。さらさらと土は真っ直ぐに地面へと落ちていく。
空を仰ぐ。雲1つない晴天。だが、太陽は見えない。気温は暑くもなく寒くもない。
(……結界、か。凄いな)
エルフハイムは信仰の森でもある。恐らくかなり力のある英霊なのだろう。
「おーい! 準備いいかー?」
研司の声にキヅカは盾を構え直すと、「いつでもOKだよー!」と叫び返した。
「よーし、みんなー! 藤堂お兄さんの弓術教室だよー! ほれ、精霊クンも」
呼ばれ、精霊も研司へと近付くと、唯一の猟撃士である研司による弓の引き方講座が始まった。
弓は150cm程。和弓よりは小さいため、恐らくロングボウに類するものだろう。
「まずやるから見ててね」
戦場とは違う雰囲気の中、研司が射位で視線は的となるキヅカを見据えたまま足を開いた。
矢を番え、引く。かなり重い弓だと研司は内心眉を顰めた。
「弓は、右手だけで引くんじゃなくて、同時に左手で押して『押し開く』感じね」
「ほうほう」
神妙な顔で万歳丸が頷く。
「身体は真っ直ぐに、左手は握り込まず、押し支える感じ。視線は的から外さず覗き込まない」
軽く息を吸い、止めると、右手を離した。
瞬間、矢はキヅカの盾に当たって落ちた。
研司の弓術教室のお陰で万歳丸と精霊の少年は弓の扱い方を即席ながらも覚えることが出来、全員が一度成否関わらず弓を射るチャンスを得たのだった。
●
「見本のために英霊さん、先に7発射っちゃあくれないか?」
「断る」
研司の頼みを英霊はにべもなく断った。
「汝らへの譲歩は既に過分に施した。最初の一矢は我が射ろう。後は2射毎に我が射る」
恐らく、1人あたり2本としたのは、1本を練習用、次を本番用という意味だったのだろう。
そこにさらに練習用の時間と矢を1本追加してくれたのだから、確かにかなりの譲歩だ。
それに気付いたキヅカは思わず声を漏らして笑い出した
「どうしたんだい?」
ヒースが若干引き気味でキヅカを見る。
「いや、最初ツンとしてるけど、森の人たちってなんだかんだでお人好しな人多いよね」
エルフハイムとは縁が深いキヅカは、今まで出会ったエルフ達を思い出していた。
「大丈夫、何とかなるよ」
その瞳は柔らかく細められていたが、何より自信に満ちあふれていた。
英霊は射位に立つと、流れるような所作で弓を引き放った。
矢は白の20点に命中。
その射法と力加減を眼に焼き付けた研司は、英霊の後に射位に立った。
的を見れば、刺さっていた筈の矢は消えている。
「的当て勝負……血が滾る!」
旗を見る。相変わらずの無風。キヅカの曰く向こうでも風は無かったという。
鋭敏視覚で狙いをつけ、ど真ん中を狙い矢を放つ。
しかし矢は逸れて緑の10点。
歓声と悲鳴にも似た声が漏れた。
「んじゃぁ、俺行くかな」
旭が立った。
(そーいや、星の傷跡の奥行ってから、姿現したり喋ったりする精霊増えたよなー。
前からいたけど気づかなかったのか? ま、一緒の世界に住んでるからには助け合いだぜ!)
見てきた動きを強くイメージし、全身で動きを真似て構える。
最初は気合いを入れすぎないように、と加減をして矢を放った……が、矢は的を逸れ、さらに奥の地面に刺さって消えた。
次いで英霊は再び白の20点。
「私、行きます!」
ルナが意を決して立ち上がった。ルナは2本続けて打つことを希望して射位へと向かう、その前に。
「あの」
英霊の前に立つと、ルナは花が綻ぶような笑みをむけた。
「挨拶が遅れましたが……お会い出来て光栄です。よろしくお願いしますね」
ルナの挨拶に英霊は無言で頷くのみ。だがその表情は少し柔らかかった気がした。
ルナは英霊や仲間の撃つのを見て、撃つまでの間合いや、息づかい、弓を引く時間の長さに放つタイミングなどの一連のリズムを頭の中の五線譜に書き込んで楽器演奏の要領でイメージしていた。
ルナには少し重い弓だが、引けないわけではない。力を込めて弓を引く。
みんなが見守っているのがわかるが、これは演奏の本番と一緒だと緊張をコントロールしてリズムを反復する。
今だ! と思った瞬間に放った矢だったが、矢は途中で失速して的に届く前に落ちてしまった。
「うぅ……次こそっ」
ルナは深呼吸をし、息を整えると精神を集中させた。
(狙いは真ん中)
リズムを頭の中で反芻し、軽く口ずさむ。
心は静かに、周りの音が聞こえなくなるくらい集中すると、息を大きく吸いながら弓を引き、止め、矢を放った。
心地よい風切り音と共に矢は的に当たった。
赤にあと数ミリ足りず、矢が打ち込まれているのは白だった。
「でもこれであと10点差……!」
しかし、英霊がついに的の中央、赤に矢を打ち込んだ。
「呵呵ッ! 愉快じゃねェか! 目にもの見せてやろうぜ!」
万歳丸は東方の鬼だ。野山を駆けて妖怪を倒し暮らしてきた。
そんな彼は今日まで弓を射ったことが無かった。
先ほどの練習の結果を踏まえての万歳丸の一射。
弓の感覚と、射撃の際の周囲の状況まで身体に叩き込みながら万歳丸はどっしりと構えて弓を引く。
耳を澄ませ、目を凝らす。
放った矢は見事白を貫いた。
「行っておいで」
ヒースに背を押され、少年が立った。
「お、行くかい? あ、えーと……そういえばまだ名前がないんだっけ?」
応援しようとしてキヅカが首を傾げた。
「よし! 行け、火鎚男!!」
「え? その名前確定なの? ファッケルとかの方が帝国っぽくて格好良くない?」
万歳丸の付けた名前にキヅカが驚きつつも提案する。
「帝国風も捨てがたいけど……俺としてはツチヤとかも捨てがたい」
「……私としてはコン・フォーコで熱烈に、とか火のようにって意味があるので、フォーコ君とかどうでしょう?」
旭とルナも少年を見ていて思い浮かんだ名前を口にする。
「……まぁ、何でもいいんだけどさぁ。応援してあげた方がいいんじゃないのぉ?」
ヒースの言葉に4人ははっと顔を見合わせ、それぞれの名前で応援を始める。
「……賑やかなことだな」
英霊が半ば呆れた顔で少年に告げると、少年は「この時代のヒトもイイ奴ばっかりだ」と英霊に笑ったのだった。
●
少年の矢は的の手前で失速し落ちてしまった。
これで点数は英霊が70点。ハンターチームが50点。
さらに英霊も手元が狂ったのか、第四射目は緑の10点。
「さて、では行くか」
一番最後に打ちたいというヒースの希望により、研司が繰り上がって射位に立った。
(人事は尽くした)
静かに気持ちを落ち着け、矢を番える。
(後はカンを信じ、天命を待つのみ………神頼みも幸運のうち、か)
ふっ、と小さく息を吐いて、吸って、止めた。
目一杯まで弓を広げ、弓が、矢が細かく震える。
(南無八幡大菩薩、我国の神明、日光権現、宇都宮、那須のゆぜん大明神、願はくはあの的のまンなか射させてたばせ給へ)
ぴたり。と震えが止まったその一瞬に研司は矢を放った。
真っ直ぐに飛んだ矢は中心から僅かに逸れ、的の白を刺した。
「惜しい! けど当ててくれてありがとう」
「後は頼むぜ」
キヅカに肩を叩かれた研司はどかりと腰を下ろした。
キヅカは射位に立つと冷静に精神を集中させていった。
エルフハイムでも射撃の名手である人物の動きをトレースしながら、的を視線で射殺せるほど睨む。
矢の軌道をイメージしながら弓を引き絞り、自分の中のイメージと重なった瞬間に矢を放った。
貫いた的の色は白。
「よし! 追い抜いた!!」
英霊80点、ハンターチームが90点となり、英霊の得点を抜いた瞬間だった。
「ほう」
その結果に英霊は満足そうな笑みを浮かべた。
「これは本気を出さなければならないか」
英霊は呟くと同時に弓を引き、あっという間に矢を放った。
矢が的を貫く心地よい音が響き、見れば鏃は中央の赤を貫いている。
「また20点差か……!」
キヅカが呻くように声を絞り出し、続けて射位に立った。
(ここまで来たら後は直感と運で勝負だ……!)
大きく足を開き、弓を引き絞る。
――今だ! そう思った瞬間に弦を放した……つもりだった。
「あ」
だがその瞬間にキヅカを襲ったのは“『今』じゃない”という猛烈な違和感。
その迷いが出たように矢は的の端を掠め、地面に落ちた。
「ご、ごめんっ!!」
キヅカは仲間の方を向いて頭を下げる。
「まぁ、そういうこともあるよぉ、ドンマイドンマイ」
「私もミス出しましたし」
「そうそう俺も一本目ミスってるしな」
仲間からの慰めが心に痛い。キヅカは胸を押さえながらフラフラと研司の横に辿り着くと腰を下ろして膝を抱え込んだ。
「まぁ、まだ岩井崎さんと万歳丸さん、ヒースさんに大穴の精霊クンもいるから」
その頃。手番を迎えた旭の闘争心には火が付いていた。
「俺も負けてられないぜ!」
両肩をぐるぐると回し、その場で軽く全身を揺するようにジャンプした後、旭は弓を構えた。
まずは的に当てて確実に点数を稼ぐことに集中する。
(気合いを入れすぎてもダメだ)
――勝つ!
旭が矢を放すと、矢は真っ直ぐに宙を切り白に命中した。
「ヨッシ!!」
旭のガッツポーズと共に仲間の歓声が上がる。
しかし、注目の英霊の矢は当然のように再び赤を貫く。
「まぁ、そうくるよねぇ」
ヒースが小さく笑う中、万歳丸は犬歯を剥き出しにして不敵に嗤う。
「なぁに。要点は押さえた」
射位に立つと、右脚を摺り足で大きく開く。
「ここからが怪力無双、万歳丸の本領よォ……!」
弦と弓が軋み音を立てる。
「とくと御覧じろ、奉納の一射…てなァ!」
弦の弾ける音と風切り音が空気を震わせる。
快音を立てて的に突き刺さった矢は……僅かに白。
「おやおや、まさかこんな舞台に立つことになるとはねぇ……」
ヒースが何の気負いもないようにゆらりと射位に立った。
(英霊との勝負、というか試練と言ったところかなぁ。
試練を超えた先に待っているのは希望か絶望か……どちらにせよ、負けて終わるわけにはいかないねぇ)
「ボクはねぇ、勝率を上げる為に必要な要素は全て利用する」
ヒースは英霊を見て告げる。
「お前が単に弓の腕前を見たかったのか、それともボクらの信念や心情を推しはかりたかったのかは知らない。どんな意図があろうと、ボクがやる事には変わらない」
くるりと矢を回し、矢筈と弦を合わせた。
「請けた依頼を達成する為にあらゆるものを利用し、己の理と技を駆使する。これがボクの選んだ生き方で、貫き通す信念だ。他者にどう思われようと関係ないのさぁ」
正直あの身体の使い方では精霊の少年に期待は出来ない。
点差は10点。恐らく次も英霊は赤を狙って来るだろう。
ならば。
ヒースの流れるような所作から放たれた矢は的に吸い込まれるように真っ直ぐに飛び、白を貫いた。
●
英霊はただ静かに弓を引いた。
的の色は……白。
「白だ……!」
「また10点差……!!」
否応なしにヒースに注がれる視線が熱を帯びる。
(やれやれ)
ヒースは激しく揺れる鼓動を平常心で落ち着けると、再び弓を構えた。
赤か白ならば逆転、緑ならば同点。
ヒースは矢を放った瞬間に僅かに左の眉を撥ね上げた。
結果は、緑。
「よぉっし! いいか、火鎚男! 漢ってのはな、ココぞで決めてこそだ。よく見て、かっちりキメな」
「うん」
緊張に満ちた面持ちで弓を構える。
「なにせ、てめェは、一度だって頭を下げちゃいねェンだ。根性見せろ!」
万歳丸の言葉に誰もがはっと少年を見る。
言われて見れば、確かに少年は頭を下げてはいなかった。
少年は険しい表情で弓を構える。
弓を引き絞ると、ブルブルと大きく弓と弦、矢が、腕が震えた。
その震えが止まった瞬間に少年は矢を放つ。
矢は、辛うじて黒に命中していた。
「やったー!!」
一同が歓声を上げた。
「炎の」
呼ばれ少年は英霊の前に出た。
「ヒトと行くか」
英霊の問いかけに、少年は頷いた。
「サンデルマン様が大変そうだから、ちょっと手伝ってくる」
英霊は頷くと50cm程の一振りの枝を少年に手渡した。
「なれば、これを。我は共に行く事罷り成らぬゆえ。健勝であれ」
「あ、あのさ!」
キヅカが立ち去りそうな英霊へと慌てて声を掛けた。
「森と人は今、同じ道を歩もうとしている。まだちょっとはぎくしゃくするけど、それでもきっと僕らはやっていける。だから見ていてよ」
沢山の人がエルフがその種の違いから苦悩し、血を流した。
だが、手を取り合える。そう信じて活動を続けてきた者達もいた。
その1人がキヅカであり、彼を支える仲間達だ。
「……あぁ。汝らの“正義”の行く末を、我はこの森と共に見守ろう」
英霊の気配が穏やかな物に変わるのと同時に、周囲はまた最初に立ち入った時の濃密な森の空気へと変わる。
「みんな、ありがとうな」
少年は笑顔で一同を見て頭を下げた。
少年が握る枝が涼やかな葉擦れの音を立て、試練の終わりを告げたのだった。
「呵呵ッ! 勝負! 勝負ときたかよォ! イイじゃねェか!」
自信満々に嗤い声を上げたのは万歳丸(ka5665)。
「火鎚男、未来の大英雄、万歳丸様にまかせなァ!」
カヅヲ、と名を呼びながら鎚に宿った炎の精霊の少年の背を叩く。
「勝負か! やるからには負けないぜ、英霊!!」
岩井崎 旭(ka0234)が気合いを込めて左手を右の拳で打った。
「はい!」
藤堂研司(ka0569)が英霊に向かって挙手をする。
「射位がわかり辛いので、旗を目印に立ててもいいですか!」
大地に根ざす命の一つとして、英霊という存在へのリスペクトを胸に研司が問う。
「構わぬ」
「あ、僕からも。練習とかしてもいいですか?」
キヅカ・リク(ka0038)のその言葉に万歳丸が大声で叫んだ。
「俺ァ弓をつかったことがねェ!!」
「えぇ!?」
「意外です……あ、でも私も練習とか出来たら嬉しいです」
予想外の告白に驚きつつルナ・レンフィールド(ka1565)も恐る恐ると挙手をする。
「……と言うことなんだが、どうだい?」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)がやれやれと両肩を竦めながら英霊を見る。
英霊はほとほとうんざり顔で右腕を振る。
すると右手には7本の矢が握られていた。
「1人一度。弓はそれを使え。ただし的や樹に触れる事は禁ず」
「おぉ! 太っ腹!!」
万歳丸が礼を告げて矢を受け取り、キヅカは的のある樹の横まで走る。
(どのみち認めてもらえないと前に進めないんだろ。解ってる。
エルフハイムの時だってそうだったから。それじゃ、見てもらおうじゃない、新世代の実力を)
樹から2m程距離を空けたところで己の身長よりも大きな十字架のようなカイトシールドを構え、ふと気付いた。
(動物の気配がしない)
先ほどまでむせ返るような森の息吹を感じていたのに、ここにはそれらが全くない。
地面を触り、土をひとつまみするとそれを落とす。さらさらと土は真っ直ぐに地面へと落ちていく。
空を仰ぐ。雲1つない晴天。だが、太陽は見えない。気温は暑くもなく寒くもない。
(……結界、か。凄いな)
エルフハイムは信仰の森でもある。恐らくかなり力のある英霊なのだろう。
「おーい! 準備いいかー?」
研司の声にキヅカは盾を構え直すと、「いつでもOKだよー!」と叫び返した。
「よーし、みんなー! 藤堂お兄さんの弓術教室だよー! ほれ、精霊クンも」
呼ばれ、精霊も研司へと近付くと、唯一の猟撃士である研司による弓の引き方講座が始まった。
弓は150cm程。和弓よりは小さいため、恐らくロングボウに類するものだろう。
「まずやるから見ててね」
戦場とは違う雰囲気の中、研司が射位で視線は的となるキヅカを見据えたまま足を開いた。
矢を番え、引く。かなり重い弓だと研司は内心眉を顰めた。
「弓は、右手だけで引くんじゃなくて、同時に左手で押して『押し開く』感じね」
「ほうほう」
神妙な顔で万歳丸が頷く。
「身体は真っ直ぐに、左手は握り込まず、押し支える感じ。視線は的から外さず覗き込まない」
軽く息を吸い、止めると、右手を離した。
瞬間、矢はキヅカの盾に当たって落ちた。
研司の弓術教室のお陰で万歳丸と精霊の少年は弓の扱い方を即席ながらも覚えることが出来、全員が一度成否関わらず弓を射るチャンスを得たのだった。
●
「見本のために英霊さん、先に7発射っちゃあくれないか?」
「断る」
研司の頼みを英霊はにべもなく断った。
「汝らへの譲歩は既に過分に施した。最初の一矢は我が射ろう。後は2射毎に我が射る」
恐らく、1人あたり2本としたのは、1本を練習用、次を本番用という意味だったのだろう。
そこにさらに練習用の時間と矢を1本追加してくれたのだから、確かにかなりの譲歩だ。
それに気付いたキヅカは思わず声を漏らして笑い出した
「どうしたんだい?」
ヒースが若干引き気味でキヅカを見る。
「いや、最初ツンとしてるけど、森の人たちってなんだかんだでお人好しな人多いよね」
エルフハイムとは縁が深いキヅカは、今まで出会ったエルフ達を思い出していた。
「大丈夫、何とかなるよ」
その瞳は柔らかく細められていたが、何より自信に満ちあふれていた。
英霊は射位に立つと、流れるような所作で弓を引き放った。
矢は白の20点に命中。
その射法と力加減を眼に焼き付けた研司は、英霊の後に射位に立った。
的を見れば、刺さっていた筈の矢は消えている。
「的当て勝負……血が滾る!」
旗を見る。相変わらずの無風。キヅカの曰く向こうでも風は無かったという。
鋭敏視覚で狙いをつけ、ど真ん中を狙い矢を放つ。
しかし矢は逸れて緑の10点。
歓声と悲鳴にも似た声が漏れた。
「んじゃぁ、俺行くかな」
旭が立った。
(そーいや、星の傷跡の奥行ってから、姿現したり喋ったりする精霊増えたよなー。
前からいたけど気づかなかったのか? ま、一緒の世界に住んでるからには助け合いだぜ!)
見てきた動きを強くイメージし、全身で動きを真似て構える。
最初は気合いを入れすぎないように、と加減をして矢を放った……が、矢は的を逸れ、さらに奥の地面に刺さって消えた。
次いで英霊は再び白の20点。
「私、行きます!」
ルナが意を決して立ち上がった。ルナは2本続けて打つことを希望して射位へと向かう、その前に。
「あの」
英霊の前に立つと、ルナは花が綻ぶような笑みをむけた。
「挨拶が遅れましたが……お会い出来て光栄です。よろしくお願いしますね」
ルナの挨拶に英霊は無言で頷くのみ。だがその表情は少し柔らかかった気がした。
ルナは英霊や仲間の撃つのを見て、撃つまでの間合いや、息づかい、弓を引く時間の長さに放つタイミングなどの一連のリズムを頭の中の五線譜に書き込んで楽器演奏の要領でイメージしていた。
ルナには少し重い弓だが、引けないわけではない。力を込めて弓を引く。
みんなが見守っているのがわかるが、これは演奏の本番と一緒だと緊張をコントロールしてリズムを反復する。
今だ! と思った瞬間に放った矢だったが、矢は途中で失速して的に届く前に落ちてしまった。
「うぅ……次こそっ」
ルナは深呼吸をし、息を整えると精神を集中させた。
(狙いは真ん中)
リズムを頭の中で反芻し、軽く口ずさむ。
心は静かに、周りの音が聞こえなくなるくらい集中すると、息を大きく吸いながら弓を引き、止め、矢を放った。
心地よい風切り音と共に矢は的に当たった。
赤にあと数ミリ足りず、矢が打ち込まれているのは白だった。
「でもこれであと10点差……!」
しかし、英霊がついに的の中央、赤に矢を打ち込んだ。
「呵呵ッ! 愉快じゃねェか! 目にもの見せてやろうぜ!」
万歳丸は東方の鬼だ。野山を駆けて妖怪を倒し暮らしてきた。
そんな彼は今日まで弓を射ったことが無かった。
先ほどの練習の結果を踏まえての万歳丸の一射。
弓の感覚と、射撃の際の周囲の状況まで身体に叩き込みながら万歳丸はどっしりと構えて弓を引く。
耳を澄ませ、目を凝らす。
放った矢は見事白を貫いた。
「行っておいで」
ヒースに背を押され、少年が立った。
「お、行くかい? あ、えーと……そういえばまだ名前がないんだっけ?」
応援しようとしてキヅカが首を傾げた。
「よし! 行け、火鎚男!!」
「え? その名前確定なの? ファッケルとかの方が帝国っぽくて格好良くない?」
万歳丸の付けた名前にキヅカが驚きつつも提案する。
「帝国風も捨てがたいけど……俺としてはツチヤとかも捨てがたい」
「……私としてはコン・フォーコで熱烈に、とか火のようにって意味があるので、フォーコ君とかどうでしょう?」
旭とルナも少年を見ていて思い浮かんだ名前を口にする。
「……まぁ、何でもいいんだけどさぁ。応援してあげた方がいいんじゃないのぉ?」
ヒースの言葉に4人ははっと顔を見合わせ、それぞれの名前で応援を始める。
「……賑やかなことだな」
英霊が半ば呆れた顔で少年に告げると、少年は「この時代のヒトもイイ奴ばっかりだ」と英霊に笑ったのだった。
●
少年の矢は的の手前で失速し落ちてしまった。
これで点数は英霊が70点。ハンターチームが50点。
さらに英霊も手元が狂ったのか、第四射目は緑の10点。
「さて、では行くか」
一番最後に打ちたいというヒースの希望により、研司が繰り上がって射位に立った。
(人事は尽くした)
静かに気持ちを落ち着け、矢を番える。
(後はカンを信じ、天命を待つのみ………神頼みも幸運のうち、か)
ふっ、と小さく息を吐いて、吸って、止めた。
目一杯まで弓を広げ、弓が、矢が細かく震える。
(南無八幡大菩薩、我国の神明、日光権現、宇都宮、那須のゆぜん大明神、願はくはあの的のまンなか射させてたばせ給へ)
ぴたり。と震えが止まったその一瞬に研司は矢を放った。
真っ直ぐに飛んだ矢は中心から僅かに逸れ、的の白を刺した。
「惜しい! けど当ててくれてありがとう」
「後は頼むぜ」
キヅカに肩を叩かれた研司はどかりと腰を下ろした。
キヅカは射位に立つと冷静に精神を集中させていった。
エルフハイムでも射撃の名手である人物の動きをトレースしながら、的を視線で射殺せるほど睨む。
矢の軌道をイメージしながら弓を引き絞り、自分の中のイメージと重なった瞬間に矢を放った。
貫いた的の色は白。
「よし! 追い抜いた!!」
英霊80点、ハンターチームが90点となり、英霊の得点を抜いた瞬間だった。
「ほう」
その結果に英霊は満足そうな笑みを浮かべた。
「これは本気を出さなければならないか」
英霊は呟くと同時に弓を引き、あっという間に矢を放った。
矢が的を貫く心地よい音が響き、見れば鏃は中央の赤を貫いている。
「また20点差か……!」
キヅカが呻くように声を絞り出し、続けて射位に立った。
(ここまで来たら後は直感と運で勝負だ……!)
大きく足を開き、弓を引き絞る。
――今だ! そう思った瞬間に弦を放した……つもりだった。
「あ」
だがその瞬間にキヅカを襲ったのは“『今』じゃない”という猛烈な違和感。
その迷いが出たように矢は的の端を掠め、地面に落ちた。
「ご、ごめんっ!!」
キヅカは仲間の方を向いて頭を下げる。
「まぁ、そういうこともあるよぉ、ドンマイドンマイ」
「私もミス出しましたし」
「そうそう俺も一本目ミスってるしな」
仲間からの慰めが心に痛い。キヅカは胸を押さえながらフラフラと研司の横に辿り着くと腰を下ろして膝を抱え込んだ。
「まぁ、まだ岩井崎さんと万歳丸さん、ヒースさんに大穴の精霊クンもいるから」
その頃。手番を迎えた旭の闘争心には火が付いていた。
「俺も負けてられないぜ!」
両肩をぐるぐると回し、その場で軽く全身を揺するようにジャンプした後、旭は弓を構えた。
まずは的に当てて確実に点数を稼ぐことに集中する。
(気合いを入れすぎてもダメだ)
――勝つ!
旭が矢を放すと、矢は真っ直ぐに宙を切り白に命中した。
「ヨッシ!!」
旭のガッツポーズと共に仲間の歓声が上がる。
しかし、注目の英霊の矢は当然のように再び赤を貫く。
「まぁ、そうくるよねぇ」
ヒースが小さく笑う中、万歳丸は犬歯を剥き出しにして不敵に嗤う。
「なぁに。要点は押さえた」
射位に立つと、右脚を摺り足で大きく開く。
「ここからが怪力無双、万歳丸の本領よォ……!」
弦と弓が軋み音を立てる。
「とくと御覧じろ、奉納の一射…てなァ!」
弦の弾ける音と風切り音が空気を震わせる。
快音を立てて的に突き刺さった矢は……僅かに白。
「おやおや、まさかこんな舞台に立つことになるとはねぇ……」
ヒースが何の気負いもないようにゆらりと射位に立った。
(英霊との勝負、というか試練と言ったところかなぁ。
試練を超えた先に待っているのは希望か絶望か……どちらにせよ、負けて終わるわけにはいかないねぇ)
「ボクはねぇ、勝率を上げる為に必要な要素は全て利用する」
ヒースは英霊を見て告げる。
「お前が単に弓の腕前を見たかったのか、それともボクらの信念や心情を推しはかりたかったのかは知らない。どんな意図があろうと、ボクがやる事には変わらない」
くるりと矢を回し、矢筈と弦を合わせた。
「請けた依頼を達成する為にあらゆるものを利用し、己の理と技を駆使する。これがボクの選んだ生き方で、貫き通す信念だ。他者にどう思われようと関係ないのさぁ」
正直あの身体の使い方では精霊の少年に期待は出来ない。
点差は10点。恐らく次も英霊は赤を狙って来るだろう。
ならば。
ヒースの流れるような所作から放たれた矢は的に吸い込まれるように真っ直ぐに飛び、白を貫いた。
●
英霊はただ静かに弓を引いた。
的の色は……白。
「白だ……!」
「また10点差……!!」
否応なしにヒースに注がれる視線が熱を帯びる。
(やれやれ)
ヒースは激しく揺れる鼓動を平常心で落ち着けると、再び弓を構えた。
赤か白ならば逆転、緑ならば同点。
ヒースは矢を放った瞬間に僅かに左の眉を撥ね上げた。
結果は、緑。
「よぉっし! いいか、火鎚男! 漢ってのはな、ココぞで決めてこそだ。よく見て、かっちりキメな」
「うん」
緊張に満ちた面持ちで弓を構える。
「なにせ、てめェは、一度だって頭を下げちゃいねェンだ。根性見せろ!」
万歳丸の言葉に誰もがはっと少年を見る。
言われて見れば、確かに少年は頭を下げてはいなかった。
少年は険しい表情で弓を構える。
弓を引き絞ると、ブルブルと大きく弓と弦、矢が、腕が震えた。
その震えが止まった瞬間に少年は矢を放つ。
矢は、辛うじて黒に命中していた。
「やったー!!」
一同が歓声を上げた。
「炎の」
呼ばれ少年は英霊の前に出た。
「ヒトと行くか」
英霊の問いかけに、少年は頷いた。
「サンデルマン様が大変そうだから、ちょっと手伝ってくる」
英霊は頷くと50cm程の一振りの枝を少年に手渡した。
「なれば、これを。我は共に行く事罷り成らぬゆえ。健勝であれ」
「あ、あのさ!」
キヅカが立ち去りそうな英霊へと慌てて声を掛けた。
「森と人は今、同じ道を歩もうとしている。まだちょっとはぎくしゃくするけど、それでもきっと僕らはやっていける。だから見ていてよ」
沢山の人がエルフがその種の違いから苦悩し、血を流した。
だが、手を取り合える。そう信じて活動を続けてきた者達もいた。
その1人がキヅカであり、彼を支える仲間達だ。
「……あぁ。汝らの“正義”の行く末を、我はこの森と共に見守ろう」
英霊の気配が穏やかな物に変わるのと同時に、周囲はまた最初に立ち入った時の濃密な森の空気へと変わる。
「みんな、ありがとうな」
少年は笑顔で一同を見て頭を下げた。
少年が握る枝が涼やかな葉擦れの音を立て、試練の終わりを告げたのだった。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/06/08 22:04:36 |
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ハンティングワールド 万歳丸(ka5665) 鬼|17才|男性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2017/06/13 08:50:58 |