血とアギトの花

マスター:須崎なう

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/06/14 22:00
完成日
2017/06/22 22:37

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●愉悦と正義の幻惑
 待ち遠しかった給料日を迎えた痩身の青年――ウィルズは、最愛の妹へのプレゼントを片手に、息を切らしながら路地裏を走っていた。
 両親が他界して三年。男手一つで二人分の食い扶ちを稼ぎ日々を送っていた彼にとって、妹は生きる意味に等しい存在だ。そんな妹の誕生日が迫っている、とあればプレゼントを手にしたウィルズがはしゃいで走りまわっても不自然ではない、と思うだろう。
 しかし、少なくともこのときは違っていた。
「――――はっ、はっ、はっ……」
 迷路のように入り組んだ路地裏を走るウィルズは、やがて袋小路へとたどり着く。何かに足を取られて転び、その手に抱えた妹へのプレゼントが宙を舞った。
「なっ、何が目的なんだ君たちは……っ!」
 身体を起こしながら振り返って、叫ぶ。
 地面に落ちたプレゼントを追跡者三人のうちの一人が乱暴に掴んだ。
「いやねェ、アンチャンが良さそうな物持ってぷらぷら歩いてるからさァ」
「さ、触るな! それは妹のためにグガッ!」
 男の拳がウィルズの腹部にめり込んだ。
「えー? よく聞こえなーいなァ」
 痛む腹を抱えて蹲るウィルズを他所に、リーダー格の男がプレゼントの包装紙を破り捨てる。中にあったのはウサギのぬいぐるみだった。
「ハ? なんだよこれ、いらね」
 無造作に地面に落としたぬいぐるみを、男が上から踏みつける。
(――ああ、またなのか。また、お前たちが踏み躙るのか……!)
 この街の治安はお世辞にも良いとは言えない。いや、最悪だと言える。
 そもそもウィルズの両親が死んだのも、元はこの男のようなチンピラが両親の職場を襲ったのが原因だった。
 両親の死を知ったとき、ウィルズは善良な人間として生きても損をするだけだと知った。
 それでも堅実に生きてきたのは、兄として曲げられないものがあったからだ。
 だがここに来て、理不尽を前にして、ウィルズの意思に明確な陰りが射し始める。
「しゃーねェな。とりあえずアンチャンや、脱げ。持ってるモン全部置いてってもらおうか。なぁに安心していいぜェ、ここじゃあどれだけ泣いても叫んでも、誰にも聞こえねぇからなァ。おいお前ら、両腕押さえと、け……や?」
 振り返ると、後ろにいたはずの二人が、いない。
 その代わりに、ぐしゃぬちゃ、ぐしゃぬちゃという何かを咀嚼するかのような水っぽい音が聞こえる。
「なんなんだよ、こりゃぁ……」
 男が壁となって、ウィルズにはその光景が見えない。しかし困惑と恐怖の滲んだ男の声音から、『何かが』がそこにいるのだと確信できた。
「ひ、ひぃ!」
 男は腰を抜かして倒れこみ、そのまま後ずさるようにウィルズの横までやってくる。そこでやっと、男が何に怯えていたのかを知った。
 それは植物だった。しかしそれはただの植物と思えないほど大きい。植物の背丈は、ざっと成人男性の二倍といったところだろうか。花弁があるはずの位置には口のようなものがあり、血で赤く濡れたおぞましい乱杭歯が並んでいた。
 恐怖で動けなくなるほどの光景。その光景を前にして、ウィルズの思考は不気味なほどに澄んでいた。
「……は、ハハ」
 弱弱しく伸ばしたウィルズの手が、隣で怯える男の衣服を掴む。
「ハハ、ハハハハ」
 掴んだ衣服を引っ張ると、立ち上がりかけていた男は呆気なく体勢を崩して転がった。
「……ぁ!?」
 男とウィルズの視線が交差する。しかしそれも一瞬のことで、大口を開いた恐怖が男の胴体に齧り付いた。
「ガァァァ! やっヤメ! やめてくれぇえええエエエ――――!!」
 男の抵抗も空しく、牙を突き立てられた身体から大量の血飛沫が散った。男の身体は小刻みに振動するだけになり、それもすぐに止まった。
 男の身体は乱杭歯の植物に引きずられる形で裏路地の暗がりに隠れる。続いてまたあの、ぐしゃぬちゃという水っぽい音が聞こえた。咀嚼している音の重複から、どうやら植物は一体だけではないようだ。
「アハハハ。アハハハハハ」
 ウィルズはすでに現実を見ていない。その心に残っているのは、受け入れがたい現実への拒絶と、男を手にかけたことで得た全身を満たさんばかりの愉悦感のみ。
 しかし何時までたっても、植物は襲ってこない。
 見るとその植物は地面と繋がっており、どうやら自ら動くことができないらしかった。
「そうか」
 ただ呟く。
「僕は…………助かったのか…………」
 そしてそれが、誤りの始まりだった。

●Happy Birthday
「チクショウ! なんだよこれ! なんなんだよこれぇぇ――――!」
 路地裏に誘い出された男が、断末魔を上げて死んだ。
 あれから五日が経つ。
 あの悲惨な出来事から生還したウィルズは、今日も街の清掃に勤しんでいた。
 業務は簡単だ。街で悪さを働く社会のゴミを噂や金で裏路地に誘導して、あの植物に食わせる。たったのそれだけ。
 自分は正義を執行しているのだ。ゴミがあの植物に喰われるたびに得る快感は、あくまで副次的なものに過ぎない。ウィルズはそう自分に囁く。
(これで、きっと喜ぶはず……)
 ――――ん?
(喜ぶ、とは、誰のことを言ったのだろうか……?)
 何かを忘れている気がした。とても大事な何か……。
 その思考も次の瞬間には霧散する。なぜなら、影が見えたのだ。また路地裏へと誰かが足を踏み入れた。そう、つまりはまたこの街からゴミが一つ消えるということ。
「今日の獲物はこれで最後にしよう」
 そうしたら、あの植物へ続く路地の入り口を封鎖して帰るのだ。
 振り返り、迷い込んだ誰かがちゃんと死んでいるのかの確認へと向かう。
 階段を下りて、狭い道を歩いて、腐臭の漂う裏路地へと歩き、やがて到着する。
「………………ぁぁぁ」
 小さな嗚咽が聞こえた。
 どこからだろう? ウィルズは疑問に思った。あたりに視線を向けても誰もいない。
「……ぁぁ、あああ」
 その声が、自分の喉から発せられていることに、遅れて気づく。
「ああ、……ああああ」
 意識が醒め、現実を迎え入れる。
 路地裏を真っ赤に染める鮮血を。
 鼻が曲がり拉げるほどの悪臭を。
 地獄を体現したかのような光景の中に、
 右半身を失い、虚ろな目から涙を垂れ流す妹を。
「…………ああ、あああ。ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

●兄と妹
 彼は知らなかった。
 帰りの遅くなった兄を心配して、妹が街で兄を探していたことを。
 彼は忘れていた。
 生きる意味とまで言った最愛の妹の誕生日が、今日だったことを。

●依頼
 翌日、ハンターオフィスで一つの依頼が受理された。
 それは、とある街で発生した植物型雑魔の討伐以来だった。

リプレイ本文

●同行しますか?
 ただでさえ痩せ型だったウィルズは、妹を失って一日と経っていないというのに酷くやつれたように見える。
 光をうつす双眸も、空気以外なにもない場所に焦点を合わせたまま動かない。
 そんな彼に、声をかける影が二つ。
「……それで、ウィルズも現場まで同行したいかしら?」
「もしついてくるなら、私たちが全力でウィルズさんを守るから安全なの」
 リシャーナ(ka1655)とディーナ・フェルミ(ka5843)だ。
 ウィルズを現場まで連れて行くかどうか六人で話し合い、賛否両論あげられたものの、最終的にはウィルズの意思にゆだねるということにした。
「僕は…………僕、は……」
 しかし、肝心のウィルズがどうするかを決めかねているのが現状だった。
 同行するにしても、しないにしても、決まらなければ先に進めることができない。リシャーナもディーナも困った様子だ。
「二人とも、どうかしましたか? …………ああ、なるほど」
 そんな三人のもとに現れたのはメアリ・ロイド(ka6633)。その手にはハンターズオフィスに申請していたロープや毛布等が抱えられている。困る二人とウィルズを見比べて何か納得したように頷いた。
 しかし、ただ頷いただけで特に打開案があるわけでもないのか、困る二人に並んだだけだ。何か喋るでもなく、じっとウィルズの表情をみつめる。
 三人がウィルズの返答を待ってしばらく。やっと整理がつき始めたのか、ウィルズは覚悟の滲む顔をし、ゆっくりと頭を下げて、
「…………お願いします」
 と小さく呟いた。
 ディーナがどこか大人びた優しい表情をつくり、ウィルズにそっと手を差し伸べる。
 その手を掴もうと弱弱しく伸ばすウィルズの手をディーナは確かに掴み、絶対に離さないようにと自分の中で唱えた。
「私たちが必ず守るから、ウィルズも危険なことはしないように、約束よ」
 リシャーナはそう言って、手に持つ杖をすこしだけ強く握った。
「では行きましょうか」
 メアリが無表情のまま促し、四人は雑魔のいる現場へと向かった。

●男たち
 雑魔が出現しているという現場への往路。
 皐月=A=カヤマ(ka3534)は喉の奥で蟠った空気を押し出すようにして、ふ、と吐息を漏らす。
「……自分のせいで、妹が犠牲に……かぁ」
 皐月はウィルズに対し、きっちり罰が必要だと思う一方、姉弟がいるという立場上妹を失ったウィルズの自暴自棄な気持ちが多少なりともわかってしまう。
「でも、いまウィルズさんは生きてんだから、死にたいって言われてそうですかとも言えねーし」
 結局、はっきりとした答えは出ない。とりあえず今は雑魔退治。それとウィルズが死にたがりな行動を起こさないよう注意すること、だ。
 と、そこで。やや駆け足気味な足音が背後から近づいてくる。
 皐月の横の辺りで歩調を緩めた龍崎・カズマ(ka0178)に、皐月が声をかける。
「調べものは終わったんだ、龍崎さん」
「まあな」
 龍崎は適当な調子で答える。
「治安が悪いわりに……いや、悪いからだろうな。思ってたよりもすんなりと情報は入手できた」
 ちなみに情報源はチンピラではなく、そうでない一般人からだ。
「そんなじーっと見てどうした。俺の顔になんかついてるか?」
「そういえば何を調べてるか知らないなー、と。まぁ、好奇心?」
「言ってなかったか。調べものってのは――――」

●戦闘直前
「着いたようだよ」
 血肉の腐ったような臭いを感じ取り、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)はその歩みを止める。
 アルトに続くかたちで、他のハンター達も歩みを止めた。
 ハンターら六人は戦闘で自分がどう動くのかの再確認を行い、――――確認を終える。
 それぞれが戦闘準備に入る中、アルトはディーナとウィルズのもとに歩み寄り、
「彼を頼むよ」
 微笑んで、一言だけ告げる。
 戦闘中に何が起きるか、絶対の予測はできないのだ。
 だからこそ、不安要素は無いほうがいい。
 ディーナはその一言でアルトが何を伝えたのかを察して、明るい笑みで返す。
「まかせてなの」
 ウィルズの掌をしっかりと握り締めたディーナの掌を見て、アルトも頷いた。

●戦闘開始
「植物型、ね。随分とまあイイ感じに色々浸み込んだ大地なようで」
 龍崎は血と肉片で赤く染まった路地裏の地面、次に両脇を石作りの壁に挟まれた三体の植物型雑魔を一瞥する。
 腐った血と肉は鼻を摘みたくなるほどの悪臭を発し、べたついた地面は走ろうものなら転倒しかねないほど滑りやすくなっている。
「ただまぁ、俺には関係ねぇがな」
 気合いを入れて声を上げながら、『壁歩き』を使って石造りの壁に垂直に立った龍崎は雑魔のいる方向へ駆け出した。
 大きな音と、動き。
 まるで自分を狙ってくださいとばかりに堂々と直進する龍崎に、植物型雑魔の注意が集中する。
 ――直後。
 直列に並ぶ雑魔。その一番手前へ火炎が直撃。
 完全な不意打ちだったが、しかし、
「ああっ!? 後ろまで届いてねぇ!」
『ファイアスローワー』を放ったメアリが悔しがるように拳を握った。
 メアリから扇状に放たれた火炎は一体目の雑魔には直撃したものの、その一体目が盾となって二体目以降にほとんどダメージない。
 その攻撃により一体目の雑魔が標的を龍崎からメアリへと変え、酸を吐くモーションへとはいる。
 そこへ何発かの弾丸が飛来。弾丸が雑魔へとめり込んだかと思うと、冷気によって雑魔の表皮の所々に薄い氷の膜が張っていく。
 放つ弾丸へ水属性マテリアルを込める、皐月のスキル『レイターコールドショット』。
「隙ぃつくったぞ! しっかりと繋げや!」
 皐月が声をかけた、その後方。
 リシャーナが流木の杖を掲げており、アルトが手に持つ鞭が赤い光――『ファイアエンチャント』による火属性のマテリアルを纏う。
「属性付与、終わったわ」
「――――ありがとう」
 感謝の意を告げ、アルトは『飛花』を発動させた。
 そのまま『紅糸』で雑魔との距離を一気に詰める。狙うのは皐月が止めている一番手前の雑魔。
『連華』により上昇した俊敏性を利用し、雑魔へと高速の連撃を叩き込む。
 攻撃と攻撃の隙が大きくなる瞬間に後ろへ跳躍し、また雑魔との距離をあけ雑魔の攻撃範囲から離脱する。
 ヒット&アウェイ。雑魔からの同時攻撃を避けるためにアルトの採った戦術だった。
 地上で戦闘が繰り広げられる中で、一方、龍崎といえば……。
「およその射程は大体掴めたが……っと」
 雑魔の頭上四メートルほど。
 酸を飛ばしてくる二体目、三体目の植物型雑魔の攻撃を避けながら、敵の攻撃パターンを観察していた。戦闘が始まってしばらく。敵が次にどの攻撃をどのタイミングで、どんな予備動作を行って攻撃するかなど、おおよその目星がつき始めている。
 焦げ目のついた一体目の雑魔が突然ぐるりと花弁をひねらせ、龍崎へと酸を飛ばしてくる。
 龍崎はその攻撃を、余裕を持って『瞬影』で回避し、そのまま自由落下で一体目の雑魔との距離を縮めていく。ばっくりと開かれた口のギザギザの歯に臆することなく、噛み千切ろうと首を伸ばした雑魔を『連撃』で迎え、剣を躍らせ切り刻んだ。
 ――――この雑魔は、それほど強くない。
 雑魔の息の根を止める確かな感触を得て、龍崎は――――いや、龍崎だけではなくこの場にいるハンターの誰もが、この戦いがそう長引かないことを察していた。


 ハンター側の最後衛。そこではディーナがウィルズの手をとり、待機していた。
 前線では丁度一体目の雑魔を倒し終えたところだ。直接目で戦況を見ることはできないが、路地裏に響く音や地面の微小な揺れ、負のマテリアルの気配からおおよその戦況は把握できている。
 路地裏に着いてからウィルズは一度も言葉を発していない。俯いたまま表情を忘れてしまったかのような生気のない顔で、大きな戦闘音が響くたびに肩を震わせる。
「ウィルズさん……よくこの通りを見てほしいの」
 ディーナがその手で握り締めた、もう一人の手が僅かに強張った。
 ウィルズは未だ俯いたままだが、ディーナは気にする素振りもなく続ける。
「歪虚が見えなくても、暗く肌差す何かを感じない? 目を瞑って匂いを確かめてほしいの。鉄錆びた、血の匂いを感じない?」
 鼻をひくつかせ、嗅覚から得る感覚をいままで忘れていたかのように、情報の波をウィルズは感じ取った。
 瞳が揺れ動き、もっと情報を得ようともがくようにゆっくりと、ゆっくりと顔を上げていく。
「中で何かが起こっていると、ここで分かるの」
 ディーナはここで何が起きたのか、直接見たわけではない。
 それでも想像に難くないのだ。ウィルズが妹のために身を粉にして働いていたように、妹が兄のために恐怖を我慢することも……。
「それでも妹さんは踏み込んだの。貴方がこの奥で血塗れで倒れているかもしれないと思ったから。貴方を、愛していたから」
 ……ウィルズはやがて、小さく肩を震わせて嗚咽を漏らし始めた。妹のために生きた強くて弱い青年の声が、戦闘音が鳴る路地裏に響き続ける。
 ディーナは祈る。
 ――――どんなことでもいい……。立ち直るきっかけが彼に訪れるように、と。


「……っ。妹と思しき遺体を発見した」
 アルトが二体目の雑魔に攻撃を加え離脱した瞬間、ばらばらとなった男の死体が折り重なる中に、不釣合いに小さな腕を視界に捉える。
「回収のための援護を頼みます」
「了解よ!」
「おうよッ、任せえや!」
 アルトの声に後衛のリシャーナ、皐月がそれぞれ応えて。
「遠慮せずさっさと行くじゃん!」
 メアリも『デルタレイ』を弱った二体目の雑魔に飛ばしながらそう応える。
 アルトが離脱の勢いで滑り気のない地面まで来ると片足を突き立て急停止し、そのまま踏み込み手裏剣を投擲。『紅糸』で一直線に遺体の元へと駆けた。
 メアリの『デルタレイ』を受けて消滅する二体目の脇を抜けた先には、三体目の雑魔が待ち構えていた。その凶悪な歯の並ぶ大口を開けてアルトに襲い掛かる。
「させないわ!」
 杖を掲げたリシャーナが『ファイアアロー』を放ち、
「邪魔ぁさせへんわ!」
 皐月が『跳弾』を狙って弾丸を発砲する。
 二人の攻撃によって軌道を逸らされた雑魔の噛みつきは、狙いを外れ、大きく地面を抉り取る。
 アルトは遺体の傍で止まると腰を屈め、妹の遺体を抱き寄せた。
 遺体の損傷は激しく四割と残っていなかったが、奇跡的に頭部だけは損傷なく残されている。
 遺体を両手で抱えているため武器の投擲とリンクして発動する『紅糸』は使えない。アルトは『飛花』を発動させた後、自らの足で雑魔から離れようとする。
 起き上がった雑魔が再びアルトの背中を狙い、酸を吐き出すための予備動作に入り、
「背中狙うたあ、良い度胸だなオイ」
 雑魔の頭上から振り下ろされた龍崎の剣撃が雑魔に直撃し、酸を吐き出すための予備動作は強制的に中断された。
 龍崎は再び壁へは戻らず、受け身で勢いを殺しながら地面へと着地する。
 その直後。
 メアリの『デルタレイ』が横から、皐月の『フォールシュート』が上からそれぞれ雑魔を貫通し……。
 最後の雑魔も倒された。

●彼は――
「…………とまあ、これが今回の顛末なわけだが」
 龍崎の目の前にいるやや太り気味の男は、龍崎の言葉を聞き、どこか怯えたような顔をして言い訳をしていた。
 この男こそ、この街の領主である。
 龍崎が戦闘前に調べていたということとはつまり、この男の居場所だった。
「目が届かない? 手が回らない? そこはアンタらの仕事だ、何を動かすも、止めるもな」
 龍崎が声のトーンを意図的に落とし、いっそう凄みを利かせる。
「提案は一つだ。ウィルズだったかな? 彼の再起を支援するってのはどうだい?」

●生きるということ
 泣き崩れるウィルズの前には、妹の亡骸。
 今は身体にメアリが用意していた布を掛けているため妹の顔しか見えないが、雑魔によって奪われた体の一部は、布越しでも分かってしまう。
 後悔を噛み締めるウィルズに声をかける者がいた。
 皐月だ。
「まぁ、なんだ。同情の余地はあるけど、やってた事はやってた事だし。じゃあどうしたら良かったのかってのも、正解はねーんだけどさ」
 ウィルズの隣まで歩く。自分がウィルズに何を伝えるべきなのかを未だ迷ったままだが、伝えなきゃいけないと考えたためだ。
「ケーサツへ相談、なんて正論言っても……だし。結局、抱えて考えながら、生きて、償ってくしかねーんじゃないかな。……上手く言えねーけど」
 そう言って皐月は自分の頭を掌でかき回し、
「だから、死にたがりな行動するんじゃねーぞ」
 妹が自分のせいで死なせてしまうという経験は、誰もが思うよりもずっと心を蝕んでいく。だがウィルズという男は、妹のために生きてきた男には、立ち直ってほしいのだ。
「その憔悴具合からして、己の過ちには気付いたでしょうから、特に問いただしはしません」
 メアリが皐月に続くように言葉を発する。
「ただ……死んだら楽になるだけで償いにはなりません。死んだ妹さんや殺した人達の分も生きてください」
 そう無表情で言うと、手に布やロープを持って現場へと向かう。これから現場へ戻り、殺された男たちの遺体を運ぶのだろう。
 ウィルズは生きる希望を失った。
 しかしこれからもウィルズは生き続けなければならない。
 それは、ウィルズも理解していた。それでも感情がその選択肢を全力で拒んでしまうのだ。自分が何をしたらいいのか、ウィルズはこれからどう生きればいいのか……。
「もしもこれから生きていく中で何かに迷った時は、貴方の妹さんが笑顔で応える行動を選べばいいの」
 戦闘中ウィルズの隣にいてくれた彼女、ディーナは言う。
「何時か貴方を迎えに来る妹さんに、あの時助けてごめんなさいと、謝らせない生き方をしてほしいの」

●とある日の早朝
 南。街外れの草原地帯。そこには一つの墓石があった。
 最愛の妹の名前が刻まれた墓石の前には二つのうさぎのぬいぐるみが置いてあった。
 片方は、あの日渡すつもりだったうさぎのぬいぐるみだ。戦闘が終わった後、アルトというハンターが届けてくれたのだ。
 そしてもう片方、色違いのそれは今年のプレゼントだ。
 あれから一年になる。
 自分が今日という日を迎えられたのは、あのとき支えてくれた彼らには感謝がたえない。
 この墓石を置く場所を見つけてくれたのはリシャーナというエルフの女性だった。
 この一帯には小さな動物たちが多いらしい。ウィルズが来ると逃げてしまうのだが……。
「もう、行くよ」
 愛する妹の名前を呼び、
「今日も僕は、ちゃんと生きてるよ」
 墓石に背を向ける。
 兄想いだった妹が少しでも安心するように、これからも彼は生きつづける――――。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 5
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109

重体一覧

参加者一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 慈眼の女神
    リシャーナ(ka1655
    エルフ|19才|女性|魔術師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 這い寄る毒
    皐月=A=カヤマ(ka3534
    人間(蒼)|15才|男性|猟撃士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/06/11 11:41:27
アイコン 【相談】駆除について
龍崎・カズマ(ka0178
人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/06/14 03:32:49