ゲスト
(ka0000)
我が愛しのクリスティーネ
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/10/31 19:00
- 完成日
- 2014/11/06 21:26
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
『彼女』は夕陽のように赤い、美しい車だった。
人気のない道を西に向かって突き進む間、アルノーは『彼女』と共に陽の光の中へ溶けていくような心地だった。
ボンネットに立つ真鍮メッキのマスコット――翼を広げたハーピーの小さな像も、金色に煌めいている。
ゴムタイヤが巻き上げる砂埃はアルノーの目に、船の舳先で砕ける白波かと見まがわれ、
(そう、水だ。俺たちは女を水へ還しに行くのだ。そうしてお前は人魚にでもなればいい)
ハンドルを握り、アクセルペダルを踏みしめ、悪路をひた走るアルノーの後ろの座席には、
身なりのいい女の死体。可愛らしい白い帽子を被った頭は力なく前後に揺さぶられ、
帽子の飾り羽根は、幌を下ろしたままの車上を吹き抜ける風を受けてちろちろと震える。
結婚なんて御免だ。ずっと言ってきたのに、とアルノーはひとりごちる。
結婚なんてしたら皆ここを先途とばかりに、俺を家へ縛りつけるだろう。
昼はせせこましく金勘定、夜は社交で間抜けなダンスでもしてりゃいいってか。冗談じゃない!
どうせ近い内、西方世界丸ごと歪虚に呑まれちまうのさ。
だったらせいぜい好きなように生きりゃいいものを――
ガキができた、だと。だから何だって言うんだ。俺の恋人はクリスティーネひとりなんだよ。
幼馴染の許嫁だからってでかい面しやがって。お前の席は初めからなかったんだ!
●
不良紳士のアルノーは数年前、放蕩の限りを尽くす内に『彼女』と出会った。
最新型の魔導機関を搭載し、軽量の管状金属フレームに、
磨き抜かれたマホガニー材のボディをまとった、1点ものの高級自動車。
アルノーは『彼女』をクリスティーネと名づけた。
何かと手や金のかかる車だったがそれだけに一層愛おしく、
春の雪解けから冬の最初の降雪まで、田舎の別荘を点々としながらドライブに明け暮れる日々だった。
本来は3人乗りながら、今までは自分以外に誰も乗せなかった。運転するときはいつも『ふたりきり』だ。
愛車との長い蜜月の後に、現実の、人間の女が厄介ごとを持ち込んでくる。
おざなりにされていた許嫁が、アルノーの子を身籠ったと言って別荘に押しかけてきたのだ。
散々な痴話喧嘩の挙句、『貴方のお父様に言いつけてやる』というのが殺し文句だった。
アルノーは許嫁を階段から突き落として殺すと、死体をクリスティーネの後部座席に放り込み、湖を目指した。
死体を捨てに行くのに、こんな目立つ車で移動するとは。正気じゃない。そうとも、俺は正気じゃない。
使用人の誰かに見られただろうか? 女が俺の別荘に来たことを知ってる人間は、どれくらいいる?
大体、本当に女は妊娠していたのだろうか? だとしたら一度でふたりの殺人だ。
俺の子? どうだろう、よく憶えていない――
途中途中、クリスティーネのボイラーに鉱物性マテリアルの燃料ペレットを補充しながら、
誰に遭うこともなく、小さな湖を見下ろす崖路へと差しかかる。
以前、当てのないドライブの最中に見つけた場所だ。
地元では何か古い曰くのある湖らしく、大した魚が獲れるでもないので、あまり人は近寄らないと聞く。
この先、ちょうど湖面へせり出した崖がひとつあるから、そこから女を投げ捨てよう。
いずれ湖に氷が張り、死体は春まで揚がらなくなる。
●
そしてどうしよう? 罪を免れる余地はどれくらいある? 駄目だ、考えがまとまらない。
今はもう兎に角早く死体を捨てて、クリスティーネとふたりきりになりたかった。
そうだこんな女さっさと手を切るべきだったんだそれをいつまでもぐだぐだと続けて、
これは報いだクリスティーネが嫉妬したんだろうお前の美しい車輪に比べたら人間の女どもの脚なんぞ、
と口では言いながら時々に家へ女を引っ張り込んでそういえば同じようにこの女とも会っていたかな春か夏に、
だから本当に俺の子だったのかも知れない俺は最低の悪党だしかし牢獄に入ればクリスティーネともお別れだ、
いっそ自殺いや心中するかそうかお前もそう思うかそれとも死体とはいえ他の女を乗せたことに怒っているのか、
急カーブで曲がり損ね、タイヤが崖際へ踏み外す。
ブレーキも間に合わず、クリスティーネは瞬く間に崖下へと転がり落ちる。
アルノーはハンドルを握ったまま、逆さまになった車体と地面の間で首を折られて死んだ。
クリスティーネはふたり(あるいは3人)の死体を下敷きにして、湖の縁の浅瀬で裏返しになった。
へしゃげたボンネットの隙間から、白い煙が吹き上がる。
しかし内蔵の魔導機関はそれ以上発火も爆発も起こすことはなく、やがて煙が止んでしまうと、
崖と湖水とに囲まれたこの小さな岩場へ人の目を引きつけるものは、鮮やかな赤い車体以外に何もなくなった。
●
アルノーの気まぐれな来訪と出発は今に始まったことではなかったので、
別荘の使用人たちも、許嫁と一緒に車で出かけたままなかなか戻らない主人をそれほど心配しなかった。
だが、幾日経っても近場の他の別荘から移動の連絡がなく、
許嫁の父親がいつまでも帰ってこない娘を心配して訪ねてきた段になって、ようやく事故の可能性が疑われた。
関係者は近隣の農村から捜索隊の人手を募ると、自動車が走れるような道をあちこち探し回らせることにした。
数日後、湖の周辺で1台の魔導自動車が発見された。
ふたりの搭乗者。
ひび割れ、傷だらけになった赤いボディ。
ひどく歪み、ゴムタイヤを失った4つの車輪でがたがたと音を立てて――その車は走っていた。
事故を生き延びたのかと驚きつつも、捜索隊の農夫たちは手を振り、声を上げ、
道の先から車を停めさせようとした。だが車は停まらず、
それどころ、損傷した車体からは考えられないほどの加速でまっすぐに農夫たちへ突っ込んでくる。
農夫のひとりは慌てて近場の木々の間に飛び込んだが、
逃げ遅れて道の真ん中に残された仲間たちは次々はねられ、車輪の下敷きになり、死んでいく。
生き残りに気づかず、惨劇の場を立ち去る赤い車。
運転席でハンドルを握っているのは、首が完全に折れ、千切れかけてさえいる男の死体。
ぼろぼろのドレスと帽子を着た後部座席の女も、きっと死体に違いない。
自動車は、ふたり分の死体を乗せたままひとりでに動く化け物――雑魔となってしまった。
命からがら逃げ帰った農夫の証言により、ハンターオフィスへの依頼が決定される。
しかしハンターが招集されるまでの僅かな間にも、犠牲者は増えていった。
捜索隊に呼ばれず、騒ぎも知らなかった別の村の農夫が、牛を連れて道を横断中に轢き殺された。
街道封鎖の直前に湖のそばを通りかかった馬車が、狭い道を後ろから追い立てられて崖から転落した。
土埃と返り血に汚れ、『彼女』のボディは刻々とどす黒く変色していく。
『彼女』は血に飢えていた。
『彼女』は夕陽のように赤い、美しい車だった。
人気のない道を西に向かって突き進む間、アルノーは『彼女』と共に陽の光の中へ溶けていくような心地だった。
ボンネットに立つ真鍮メッキのマスコット――翼を広げたハーピーの小さな像も、金色に煌めいている。
ゴムタイヤが巻き上げる砂埃はアルノーの目に、船の舳先で砕ける白波かと見まがわれ、
(そう、水だ。俺たちは女を水へ還しに行くのだ。そうしてお前は人魚にでもなればいい)
ハンドルを握り、アクセルペダルを踏みしめ、悪路をひた走るアルノーの後ろの座席には、
身なりのいい女の死体。可愛らしい白い帽子を被った頭は力なく前後に揺さぶられ、
帽子の飾り羽根は、幌を下ろしたままの車上を吹き抜ける風を受けてちろちろと震える。
結婚なんて御免だ。ずっと言ってきたのに、とアルノーはひとりごちる。
結婚なんてしたら皆ここを先途とばかりに、俺を家へ縛りつけるだろう。
昼はせせこましく金勘定、夜は社交で間抜けなダンスでもしてりゃいいってか。冗談じゃない!
どうせ近い内、西方世界丸ごと歪虚に呑まれちまうのさ。
だったらせいぜい好きなように生きりゃいいものを――
ガキができた、だと。だから何だって言うんだ。俺の恋人はクリスティーネひとりなんだよ。
幼馴染の許嫁だからってでかい面しやがって。お前の席は初めからなかったんだ!
●
不良紳士のアルノーは数年前、放蕩の限りを尽くす内に『彼女』と出会った。
最新型の魔導機関を搭載し、軽量の管状金属フレームに、
磨き抜かれたマホガニー材のボディをまとった、1点ものの高級自動車。
アルノーは『彼女』をクリスティーネと名づけた。
何かと手や金のかかる車だったがそれだけに一層愛おしく、
春の雪解けから冬の最初の降雪まで、田舎の別荘を点々としながらドライブに明け暮れる日々だった。
本来は3人乗りながら、今までは自分以外に誰も乗せなかった。運転するときはいつも『ふたりきり』だ。
愛車との長い蜜月の後に、現実の、人間の女が厄介ごとを持ち込んでくる。
おざなりにされていた許嫁が、アルノーの子を身籠ったと言って別荘に押しかけてきたのだ。
散々な痴話喧嘩の挙句、『貴方のお父様に言いつけてやる』というのが殺し文句だった。
アルノーは許嫁を階段から突き落として殺すと、死体をクリスティーネの後部座席に放り込み、湖を目指した。
死体を捨てに行くのに、こんな目立つ車で移動するとは。正気じゃない。そうとも、俺は正気じゃない。
使用人の誰かに見られただろうか? 女が俺の別荘に来たことを知ってる人間は、どれくらいいる?
大体、本当に女は妊娠していたのだろうか? だとしたら一度でふたりの殺人だ。
俺の子? どうだろう、よく憶えていない――
途中途中、クリスティーネのボイラーに鉱物性マテリアルの燃料ペレットを補充しながら、
誰に遭うこともなく、小さな湖を見下ろす崖路へと差しかかる。
以前、当てのないドライブの最中に見つけた場所だ。
地元では何か古い曰くのある湖らしく、大した魚が獲れるでもないので、あまり人は近寄らないと聞く。
この先、ちょうど湖面へせり出した崖がひとつあるから、そこから女を投げ捨てよう。
いずれ湖に氷が張り、死体は春まで揚がらなくなる。
●
そしてどうしよう? 罪を免れる余地はどれくらいある? 駄目だ、考えがまとまらない。
今はもう兎に角早く死体を捨てて、クリスティーネとふたりきりになりたかった。
そうだこんな女さっさと手を切るべきだったんだそれをいつまでもぐだぐだと続けて、
これは報いだクリスティーネが嫉妬したんだろうお前の美しい車輪に比べたら人間の女どもの脚なんぞ、
と口では言いながら時々に家へ女を引っ張り込んでそういえば同じようにこの女とも会っていたかな春か夏に、
だから本当に俺の子だったのかも知れない俺は最低の悪党だしかし牢獄に入ればクリスティーネともお別れだ、
いっそ自殺いや心中するかそうかお前もそう思うかそれとも死体とはいえ他の女を乗せたことに怒っているのか、
急カーブで曲がり損ね、タイヤが崖際へ踏み外す。
ブレーキも間に合わず、クリスティーネは瞬く間に崖下へと転がり落ちる。
アルノーはハンドルを握ったまま、逆さまになった車体と地面の間で首を折られて死んだ。
クリスティーネはふたり(あるいは3人)の死体を下敷きにして、湖の縁の浅瀬で裏返しになった。
へしゃげたボンネットの隙間から、白い煙が吹き上がる。
しかし内蔵の魔導機関はそれ以上発火も爆発も起こすことはなく、やがて煙が止んでしまうと、
崖と湖水とに囲まれたこの小さな岩場へ人の目を引きつけるものは、鮮やかな赤い車体以外に何もなくなった。
●
アルノーの気まぐれな来訪と出発は今に始まったことではなかったので、
別荘の使用人たちも、許嫁と一緒に車で出かけたままなかなか戻らない主人をそれほど心配しなかった。
だが、幾日経っても近場の他の別荘から移動の連絡がなく、
許嫁の父親がいつまでも帰ってこない娘を心配して訪ねてきた段になって、ようやく事故の可能性が疑われた。
関係者は近隣の農村から捜索隊の人手を募ると、自動車が走れるような道をあちこち探し回らせることにした。
数日後、湖の周辺で1台の魔導自動車が発見された。
ふたりの搭乗者。
ひび割れ、傷だらけになった赤いボディ。
ひどく歪み、ゴムタイヤを失った4つの車輪でがたがたと音を立てて――その車は走っていた。
事故を生き延びたのかと驚きつつも、捜索隊の農夫たちは手を振り、声を上げ、
道の先から車を停めさせようとした。だが車は停まらず、
それどころ、損傷した車体からは考えられないほどの加速でまっすぐに農夫たちへ突っ込んでくる。
農夫のひとりは慌てて近場の木々の間に飛び込んだが、
逃げ遅れて道の真ん中に残された仲間たちは次々はねられ、車輪の下敷きになり、死んでいく。
生き残りに気づかず、惨劇の場を立ち去る赤い車。
運転席でハンドルを握っているのは、首が完全に折れ、千切れかけてさえいる男の死体。
ぼろぼろのドレスと帽子を着た後部座席の女も、きっと死体に違いない。
自動車は、ふたり分の死体を乗せたままひとりでに動く化け物――雑魔となってしまった。
命からがら逃げ帰った農夫の証言により、ハンターオフィスへの依頼が決定される。
しかしハンターが招集されるまでの僅かな間にも、犠牲者は増えていった。
捜索隊に呼ばれず、騒ぎも知らなかった別の村の農夫が、牛を連れて道を横断中に轢き殺された。
街道封鎖の直前に湖のそばを通りかかった馬車が、狭い道を後ろから追い立てられて崖から転落した。
土埃と返り血に汚れ、『彼女』のボディは刻々とどす黒く変色していく。
『彼女』は血に飢えていた。
リプレイ本文
●
正午の明るい陽射しの下、砂埃を巻き上げて、赤い車が道の彼方からやって来る。
街道沿いの林に隠れていた音桐 奏(ka2951)が、茂みの中からカービン銃を差し伸ばす。
目測だと、車の移動速度は時速4、50キロといったところか。
リアルブルーならごく当たり前の自動車の速度だが、
乗り物といえば馬車がほとんどのクリムゾンウェストに暮らしていると、それは恐ろしく速く感じられた。
(タイミング的にも早すぎた)
街道の中途では、他のハンターたちが罠を準備している最中だ。
雑魔と化した魔導自動車――クリスティーネはまだ銃の射程外にあったが、
(すぐ皆に知らせないと、危ないですね)
奏は敢えて発砲し、砲声でもって敵の到着を知らせる。
●
「げっ、もう来たんデスカ。ホントに?」
魔導ドリルで落とし穴を掘っていたリンリン・ベル(ka2025)が、銃声に振り返る。
「いやマジだ、来てるな」
「ええ、早かった……!」
林に沿って延びた道の先で、砂埃が上がっている。
龍崎・カズマ(ka0178)は穴掘りの手伝いを止め、武器を取った。
ウィル・フォーチュナー(ka1633)も持参した缶ビールと炭酸飲料をその場に残し、迎撃へ向かう。
「これって、えーとえーと」
「リンリンは続けとけ! 俺たちで足止めする……まだ間に合うかも知れねぇ」
「お願いしますよ。飲み物は全部、封を開けておきましたから」
リンリンのドリルがけたたましい駆動音を立てて土を掘り進める間、
カズマとウィルは落とし穴の完成まで時間を稼ぐべく、鈍器を手に歩き出した。
自動車1台を動けなくするだけの落とし穴、
土の硬さはドリルでどうにかなるが、広く掘るには思いがけず時間がかかった。
それでも、カズマが足止めとして各所の路上に転がしておいた倒木で敵を遠回りさせられるかも知れない。
アーヴィン(ka3383)も途中まで穴掘りを手伝っていたが、銃声が聴こえたなり弓を掴んで林に入った。
入ってすぐの茂みにロープで木の幹とつながれた矢を用意しており、そこへ陣取る。
道がずっと平坦なせいで、落とし穴の位置を傾斜で隠すことはできなかった。
草木による偽装が間に合ったとしても、敵の知覚次第では早々に見破られてしまうだろう。
しかし泥で迷彩をしたアーヴィンが林の中から不意打ちするのであれば、簡単には気づかれまい。
(奴の脚は、聞いてた以上に速そうだ。
俺の腕でも射撃のチャンスはそう多くない。何としても、最初の1発で決めてぇとこだが)
摩耶(ka0362)は道の更に先で、カズマの用意とは別の倒木で道を塞ぐ準備をしていた。
ハンターたちの待ち伏せ地点はここ1箇所。食い止めねば逃げ切られる恐れがある。
だが、道幅を完全に塞ぐだけの大木へ、いつでも倒せるよう切れ込みを入れておくのは苦労した。
(斧でも用意するべきだったかしら)
今更焦っても仕方がない。一足先に敵とぶつかる仲間たちを信じて、摩耶は黙々と作業を続ける。
●
車は最初の倒木に行き当たると、速度を落として迂回を始めた。
林の反対側は道から少し下がって、雑草の茂る野原となっている。
そちらへ下りて障害物を避けると、車は再び加速した。
だが、200メートルも走ればすぐに次の倒木が待ち受けている。
そして道の脇には、カービンを構えた奏も。
(障害物は少し手前で避けるが、銃声には反応しなかった。視覚のみ、聴覚は持っていない)
第2の倒木を前に速度が落ちたところを、奏がマテリアルを込めた弾丸で狙撃する。
木製のボディが破片を散らし、前部座席のドアに大穴が開く。
車上にはふたりの死体。衣服はぼろぼろだが、高価な仕立てであるとは分かった。
(事故か、事件か……何があったにせよ、これ以上の悲劇を生み出させる訳にはいかないですね)
奏はもう1発、蛇行する車のリア部分に命中させた。
すると車のどこからかしゅっ、と白い煙が一瞬だけ吹き出す。
(怒らせた?)
何故そう感じたかは分からなかったが、奏はふと、敵の動きから感情めいたものを読み取った。
雑魔に人格などなかろうに。
奏は薄気味悪さを覚えつつも、再び射程範囲から離れていく車を追いかけ始めた。
いざとなれば身を呈してでも行く手を塞ぐ覚悟だったが、相手が思いの外速い。
先回りして待ち構えるのでなければ、跳ね飛ばされるだけになってしまう。
「さぁて、ここをボーナスステージに出来るか否か……ってね」
奏の射撃を逃れた車は、待ち受けるカズマとウィルの姿を認めたかのように、速度を上げて迫ってくる。
途中にはまた倒木――鮮やかなコーナリングでかわした。
(ホイールがあのザマで、これか? バケモンだな)
「来ます!」
頭から突っ込んできた車を、カズマとウィルが左右に避けつつ鈍器で殴打した。
翼のように大きなフェンダーがへしゃげ、ヘッドライトが片方ぶらぶらになって外れかける。
だが車の進路はぶれず、そのまま落とし穴の縁を回ってリンリンへ襲いかかる。
「危ないっ!」
ウィルが叫んだ。リンリンは覚悟を決めて身構えるが、
寸前で茂みの中から、ロープをつながれた矢が風を切って飛び出した。
矢が左後輪のスポークを通り抜けると、ロープがシャフト部分にまで巻き込まれる。
車は後ろ足に紐をつけられた恰好になり、
リンリンの手前数メートルのところでロープがぴんと張って、進めなくなった。
車輪が空転し、車体下部から煙がもうもうと吹き上がる。
「間一髪、だったな」
アーヴィンはロープの張りを確かめると、次の矢をつがえた。
カズマとウィルもここを好機と、身動きできなくなった車を繰り返し殴打する。
●
「チンピラやってた頃を思い出すぜ!」
カズマのフレイルが、リア部分の外装を打ち砕く。
ウィルもハンマーを両手で振り上げ、力いっぱい車を殴りつけた。
アーヴィンが林の中から怒鳴った。
「ロープがどこまで耐えられるか分からねぇ、ここで決めちまえ!」
「わぁってるよ! にしても頑丈な車だ……!」
振り下ろされたカズマのフレイルががしゃん、と音を立てて車を震わせると、
座席に収まったふたりの死体が、ぐらぐらになった首を揺らした。カズマが言う。
「このまま穴に落としてやりてぇな! ひっくり返せりゃ話が早い!」
「そんなら、片側だけでも落として脱輪させちまえ! 車体を傾けさせろ!」
アーヴィンもそう叫ぶと、弓に矢をつがえたまま、すぐ手助けに行けるよう腰を浮かす。
ウィルが立ち位置を変えつつ、
「横から押して、移動させましょう! 車輪が危ないですが――」
断続的に空転するばかりだったクリスティーネの車輪が、ぴたりと止まる。
運転席で何かのレバーが上下すると、車は突然後ろ向きに走り出した。
そうして弛ませたロープを、今度は前方へ急発進して引きちぎる。拘束が解けた。
(こいつ、やっぱりバケモンだ)
クリスティーネはかなりのダメージを受けたにも関わらず、凄まじい加速でカズマに体当たりする。
車体の下に巻き込まれぬよう、咄嗟にボンネットへ乗り上げたカズマだったが、
その拍子に、突起となったボンネットマスコットで脇腹を抉られてしまった。
そのまま路上へ転がされ、激痛で起き上がれなくなる。
カズマを助ける暇もなく、今度はウィルが襲われる。
と、何かのはずみで、後部座席のドアがひとりでに開いた。
ウィルはすかさずドアに飛びつき、地面に擦って折られないよう足を浮かせた。
その間、リンリンとアーヴィンがカズマを抱き起し、林の中へ避難させる。
ウィルをしがみつかせたまま、クリスティーネは走り続けた。
彼の目の前には、座席に座った女性の遺体。
といっても顔は青黒く膨れ上がり、着衣のお蔭で辛うじて性別だけが分かるという状態だ。
ウィルは道の途中でドアから手を離し、受け身を取りつつ路肩へ転がり落ちる。
クリスティーネは彼に気づかないで、先で待つ摩耶の下へと向かっていった。
●
間に合わなかった仕掛けを諦め、摩耶は太刀を携えた身体ひとつで敵を食い止めることにした。
車はカズマとウィルの攻撃で損傷し、多少スピードを落としてはいるが、
(それでも突進をもろに受ければ、無事では済みませんね)
真っ向から襲いかかる車を右にかわし、通り過ぎる車体へ攻撃を加える。
車輪を狙う――
駄目だ。ハンター用に強化された武器とはいえ、鉄の塊に突き立てたのでは刀身がもたない。
瞬時に判断すると、左手を刀の峰に添え、木製のボディへ切っ先を滑らせた。
骨組みを剥き出しにしてしまえば、他に構造上の弱点も見えてくる筈。
すれ違いざま、車体側面が一文字に切り裂かれる。
同時に摩耶の左脚が、火箸を押しつけられたようにかっと熱くなった。
摩耶はすぐさま脇の林へ飛び込むと、木々の合間を縫い、速度を緩めつつある敵を追いかけた。
脚が疼く。高速で回転する車輪と接触し、肉を削がれてしまったようだった。
(じきひどく痛み出す。動けなくなる前に、次の手を打たなければ!)
クリスティーネが、カズマの用意した最後の倒木の前で逡巡している。
摩耶も再度路上へ姿を現し、野原のほうへ曲がろうとする相手を攻撃した。
損傷して外れかけていたボディを、柄で殴って割れ落とさせた。
ボンネットを切り裂き、ボイラーを露出させた。ヘッドライトを叩き割った。
摩耶の連撃の前に、ぼろぼろのスクラップと成り果てたクリスティーネ。
(まだ、動くのですか)
野原へ逃げ込むのを追いかけた。危険だが、ここで逃がせば後の手がない。
すると相手は意外なことに、摩耶から逃れるのでなく、
野原の草を散らしてスピンターンをし彼女のほうへ鼻先を向けた。
片方だけ残ったヘッドライトが点滅する。ボイラーから白煙が短く吹き出す。
まるでこちらを威嚇するようだ。
「摩耶さん!」
ウィルも後から追いついた。摩耶は太刀を構え、じりじりと林のほうへ後退しながら、
「……私たち、『彼女』をずいぶん怒らせたようですね」
がたがたの車輪で土を掘り返しながら、クリスティーネが摩耶へと襲いかかる。
●
「戻ってきやがった!」
「リンリンさんのところまで誘き寄せましょう! 落とし穴でとどめを――」
クリスティーネは摩耶を突進で負傷させると、
動けなくなった彼女を茂みへ引き込むウィルには目もくれず、他の獲物を探して道を戻り始めた。
林の中からアーヴィンと奏が射撃を加えるも、その動きを止めるには至らない。
リンリンはようやく落とし穴を掘り終えた。
スイッチを切ったドリルを胸元に抱え、迫り来るクリスティーネの姿を見据える。
敵の、剥き出しになったフレームから陽炎のように立ち昇る妖気は、
車体に蓄えられた負のマテリアルの放出現象であろう。相手は弱っている。
(リンリンが、アレにトドメを刺すんデスヨ。仕事の遅れた分、ここで挽回しマス!)
背後の落とし穴を隠すように、リンリンは道の真ん中で仁王立ちになった。
ごくり、と喉が鳴る。直前で避けて穴へ落とす算段だが、
車体に接触すれば、受け流すのは恐らく困難だろう。しくじって自分も落とされたら――
下敷きにされたら助からない。
「ここを、アナタの墓にしマス!」
敵のスピードが上がる。見えない力に押されるかのように、
へしゃげた車輪の回転だけではあり得ない速さでリンリンへ迫ってくる。
(まだ早いカナ)
ヘッドライトが明滅する。フレームが軋んで、悲鳴のような音をさせる。
(まだ……まだ)
真っ直ぐに向き合うと、リンリンの目は敵のボンネットへ釘づけになる。
(今デス)
リンリンは飛び退いた。車の鼻先から僅か1メートル、というところだった。
●
クリスティーネの車体は、地面に掘られた長方形の中へすっぽりと収まった。
穴の中は、水代わりにウィルが置いていった飲料や草木、小石を混ぜて泥が練ってあり、
一瞬縁へ乗り上げた前輪も、すぐ土が崩れて取っかかりを失ってしまう。
遂に動きを封じられたクリスティーネだが、なおも4つの車輪を空転させる。
リンリンはすぐさま傍に寄ると、ドリルを作動させた。
(穴に落としたらまずは車輪を壊せ、とカズマ=サンも言ってましたネ)
脱出を防ぐ為にも、まずは車輪を固定するナットをドリルで抉った。
フェイスガードに泥や火花、鉄片が激しく降りかかるが、彼女は構わず解体作業を続けた。
血の池を火で煮込むような悪臭を漂わせつつ、白煙がもうもうと落とし穴を覆い尽くしていく。
クリスティーネは今や『本当に』叫び声を上げていた。
それはヒトと獣を混ぜ合わせたような、凄まじい断末魔だった。
リンリンは解体を急いだ。耳が金属音と、クリスティーネの悲鳴に聾される。
ここで倒さねば、ここで殺さねば、『彼女』は自分たちを皆殺しにかかるだろう。
車輪がひとつ、車軸から引き離されて回転を止める。
●
やがて全ての車輪が取り外された。敵はもはや脱出できない。
とどめを刺さんとするリンリンの下にアーヴィンと奏も駆けつけ、
剥き出しになったフレームを石や銃の台尻で打ち据えて、車体を破壊していく。
長いながい断末魔も次第にか細くなっていき、
立ち込めた煙が晴れた頃、クリスティーネは完全に沈黙していた。
一同、落とし穴を囲んでしばし佇む。
泥まみれの車の残骸には、ふたりの死体がまだ座っている。
「……こいつ、何だか笑っているように見えねぇか」
アーヴィンが、腐敗で脹れた運転手のほうを指さして言った。
「皮膚が引き攣って、そう見えるだけデスヨ」
ウィルが、摩耶を抱きかかえて戻ってきた。
「すみませんが、どなたかふたりを下ろして死因を調べてみてはもらえませんか。ご遺族の為にも……」
摩耶が言った。奏が応えて、鼻と口を手で押えながら死体に近づく。
「どちらも首が折れているように見えます。事故、でしょうか」
「手伝います。失礼……」
ウィルは摩耶をそっと下ろして、奏の手伝いに回った。
ふたりがかりで死体を慎重に運び、道の端へ並べて横たえる。
「検分が終わったら、祈祷でもして埋めとくか?」
アーヴィンが言うと、カズマが脇腹を押さえて顔をしかめつつ、林の中から出てきた。
「腐敗がかなり進んでる、下手に運ぶとぼろぼろになっちまうぜ。
火葬か……いや、やっぱり身内を呼んで訊いたほうがいいかね」
「車もどうにかしないといけませんネ。そっちはこのまま、埋めちゃいマショウか?」
危険が去った以上、後のことは近くの村から人を呼んで相談したほうがいい。
そうと決まると、ハンターたちは腰を下ろして休んだ。
落とし穴にはまったままの、クリスティーネの残骸。
もう2度と動き出すことはない筈だが、それでも皆、目が離せなかった。
『彼女』に取りついていた凶暴な意思の残り滓が、まだ辺りに漂っているとでも言うように――。
正午の明るい陽射しの下、砂埃を巻き上げて、赤い車が道の彼方からやって来る。
街道沿いの林に隠れていた音桐 奏(ka2951)が、茂みの中からカービン銃を差し伸ばす。
目測だと、車の移動速度は時速4、50キロといったところか。
リアルブルーならごく当たり前の自動車の速度だが、
乗り物といえば馬車がほとんどのクリムゾンウェストに暮らしていると、それは恐ろしく速く感じられた。
(タイミング的にも早すぎた)
街道の中途では、他のハンターたちが罠を準備している最中だ。
雑魔と化した魔導自動車――クリスティーネはまだ銃の射程外にあったが、
(すぐ皆に知らせないと、危ないですね)
奏は敢えて発砲し、砲声でもって敵の到着を知らせる。
●
「げっ、もう来たんデスカ。ホントに?」
魔導ドリルで落とし穴を掘っていたリンリン・ベル(ka2025)が、銃声に振り返る。
「いやマジだ、来てるな」
「ええ、早かった……!」
林に沿って延びた道の先で、砂埃が上がっている。
龍崎・カズマ(ka0178)は穴掘りの手伝いを止め、武器を取った。
ウィル・フォーチュナー(ka1633)も持参した缶ビールと炭酸飲料をその場に残し、迎撃へ向かう。
「これって、えーとえーと」
「リンリンは続けとけ! 俺たちで足止めする……まだ間に合うかも知れねぇ」
「お願いしますよ。飲み物は全部、封を開けておきましたから」
リンリンのドリルがけたたましい駆動音を立てて土を掘り進める間、
カズマとウィルは落とし穴の完成まで時間を稼ぐべく、鈍器を手に歩き出した。
自動車1台を動けなくするだけの落とし穴、
土の硬さはドリルでどうにかなるが、広く掘るには思いがけず時間がかかった。
それでも、カズマが足止めとして各所の路上に転がしておいた倒木で敵を遠回りさせられるかも知れない。
アーヴィン(ka3383)も途中まで穴掘りを手伝っていたが、銃声が聴こえたなり弓を掴んで林に入った。
入ってすぐの茂みにロープで木の幹とつながれた矢を用意しており、そこへ陣取る。
道がずっと平坦なせいで、落とし穴の位置を傾斜で隠すことはできなかった。
草木による偽装が間に合ったとしても、敵の知覚次第では早々に見破られてしまうだろう。
しかし泥で迷彩をしたアーヴィンが林の中から不意打ちするのであれば、簡単には気づかれまい。
(奴の脚は、聞いてた以上に速そうだ。
俺の腕でも射撃のチャンスはそう多くない。何としても、最初の1発で決めてぇとこだが)
摩耶(ka0362)は道の更に先で、カズマの用意とは別の倒木で道を塞ぐ準備をしていた。
ハンターたちの待ち伏せ地点はここ1箇所。食い止めねば逃げ切られる恐れがある。
だが、道幅を完全に塞ぐだけの大木へ、いつでも倒せるよう切れ込みを入れておくのは苦労した。
(斧でも用意するべきだったかしら)
今更焦っても仕方がない。一足先に敵とぶつかる仲間たちを信じて、摩耶は黙々と作業を続ける。
●
車は最初の倒木に行き当たると、速度を落として迂回を始めた。
林の反対側は道から少し下がって、雑草の茂る野原となっている。
そちらへ下りて障害物を避けると、車は再び加速した。
だが、200メートルも走ればすぐに次の倒木が待ち受けている。
そして道の脇には、カービンを構えた奏も。
(障害物は少し手前で避けるが、銃声には反応しなかった。視覚のみ、聴覚は持っていない)
第2の倒木を前に速度が落ちたところを、奏がマテリアルを込めた弾丸で狙撃する。
木製のボディが破片を散らし、前部座席のドアに大穴が開く。
車上にはふたりの死体。衣服はぼろぼろだが、高価な仕立てであるとは分かった。
(事故か、事件か……何があったにせよ、これ以上の悲劇を生み出させる訳にはいかないですね)
奏はもう1発、蛇行する車のリア部分に命中させた。
すると車のどこからかしゅっ、と白い煙が一瞬だけ吹き出す。
(怒らせた?)
何故そう感じたかは分からなかったが、奏はふと、敵の動きから感情めいたものを読み取った。
雑魔に人格などなかろうに。
奏は薄気味悪さを覚えつつも、再び射程範囲から離れていく車を追いかけ始めた。
いざとなれば身を呈してでも行く手を塞ぐ覚悟だったが、相手が思いの外速い。
先回りして待ち構えるのでなければ、跳ね飛ばされるだけになってしまう。
「さぁて、ここをボーナスステージに出来るか否か……ってね」
奏の射撃を逃れた車は、待ち受けるカズマとウィルの姿を認めたかのように、速度を上げて迫ってくる。
途中にはまた倒木――鮮やかなコーナリングでかわした。
(ホイールがあのザマで、これか? バケモンだな)
「来ます!」
頭から突っ込んできた車を、カズマとウィルが左右に避けつつ鈍器で殴打した。
翼のように大きなフェンダーがへしゃげ、ヘッドライトが片方ぶらぶらになって外れかける。
だが車の進路はぶれず、そのまま落とし穴の縁を回ってリンリンへ襲いかかる。
「危ないっ!」
ウィルが叫んだ。リンリンは覚悟を決めて身構えるが、
寸前で茂みの中から、ロープをつながれた矢が風を切って飛び出した。
矢が左後輪のスポークを通り抜けると、ロープがシャフト部分にまで巻き込まれる。
車は後ろ足に紐をつけられた恰好になり、
リンリンの手前数メートルのところでロープがぴんと張って、進めなくなった。
車輪が空転し、車体下部から煙がもうもうと吹き上がる。
「間一髪、だったな」
アーヴィンはロープの張りを確かめると、次の矢をつがえた。
カズマとウィルもここを好機と、身動きできなくなった車を繰り返し殴打する。
●
「チンピラやってた頃を思い出すぜ!」
カズマのフレイルが、リア部分の外装を打ち砕く。
ウィルもハンマーを両手で振り上げ、力いっぱい車を殴りつけた。
アーヴィンが林の中から怒鳴った。
「ロープがどこまで耐えられるか分からねぇ、ここで決めちまえ!」
「わぁってるよ! にしても頑丈な車だ……!」
振り下ろされたカズマのフレイルががしゃん、と音を立てて車を震わせると、
座席に収まったふたりの死体が、ぐらぐらになった首を揺らした。カズマが言う。
「このまま穴に落としてやりてぇな! ひっくり返せりゃ話が早い!」
「そんなら、片側だけでも落として脱輪させちまえ! 車体を傾けさせろ!」
アーヴィンもそう叫ぶと、弓に矢をつがえたまま、すぐ手助けに行けるよう腰を浮かす。
ウィルが立ち位置を変えつつ、
「横から押して、移動させましょう! 車輪が危ないですが――」
断続的に空転するばかりだったクリスティーネの車輪が、ぴたりと止まる。
運転席で何かのレバーが上下すると、車は突然後ろ向きに走り出した。
そうして弛ませたロープを、今度は前方へ急発進して引きちぎる。拘束が解けた。
(こいつ、やっぱりバケモンだ)
クリスティーネはかなりのダメージを受けたにも関わらず、凄まじい加速でカズマに体当たりする。
車体の下に巻き込まれぬよう、咄嗟にボンネットへ乗り上げたカズマだったが、
その拍子に、突起となったボンネットマスコットで脇腹を抉られてしまった。
そのまま路上へ転がされ、激痛で起き上がれなくなる。
カズマを助ける暇もなく、今度はウィルが襲われる。
と、何かのはずみで、後部座席のドアがひとりでに開いた。
ウィルはすかさずドアに飛びつき、地面に擦って折られないよう足を浮かせた。
その間、リンリンとアーヴィンがカズマを抱き起し、林の中へ避難させる。
ウィルをしがみつかせたまま、クリスティーネは走り続けた。
彼の目の前には、座席に座った女性の遺体。
といっても顔は青黒く膨れ上がり、着衣のお蔭で辛うじて性別だけが分かるという状態だ。
ウィルは道の途中でドアから手を離し、受け身を取りつつ路肩へ転がり落ちる。
クリスティーネは彼に気づかないで、先で待つ摩耶の下へと向かっていった。
●
間に合わなかった仕掛けを諦め、摩耶は太刀を携えた身体ひとつで敵を食い止めることにした。
車はカズマとウィルの攻撃で損傷し、多少スピードを落としてはいるが、
(それでも突進をもろに受ければ、無事では済みませんね)
真っ向から襲いかかる車を右にかわし、通り過ぎる車体へ攻撃を加える。
車輪を狙う――
駄目だ。ハンター用に強化された武器とはいえ、鉄の塊に突き立てたのでは刀身がもたない。
瞬時に判断すると、左手を刀の峰に添え、木製のボディへ切っ先を滑らせた。
骨組みを剥き出しにしてしまえば、他に構造上の弱点も見えてくる筈。
すれ違いざま、車体側面が一文字に切り裂かれる。
同時に摩耶の左脚が、火箸を押しつけられたようにかっと熱くなった。
摩耶はすぐさま脇の林へ飛び込むと、木々の合間を縫い、速度を緩めつつある敵を追いかけた。
脚が疼く。高速で回転する車輪と接触し、肉を削がれてしまったようだった。
(じきひどく痛み出す。動けなくなる前に、次の手を打たなければ!)
クリスティーネが、カズマの用意した最後の倒木の前で逡巡している。
摩耶も再度路上へ姿を現し、野原のほうへ曲がろうとする相手を攻撃した。
損傷して外れかけていたボディを、柄で殴って割れ落とさせた。
ボンネットを切り裂き、ボイラーを露出させた。ヘッドライトを叩き割った。
摩耶の連撃の前に、ぼろぼろのスクラップと成り果てたクリスティーネ。
(まだ、動くのですか)
野原へ逃げ込むのを追いかけた。危険だが、ここで逃がせば後の手がない。
すると相手は意外なことに、摩耶から逃れるのでなく、
野原の草を散らしてスピンターンをし彼女のほうへ鼻先を向けた。
片方だけ残ったヘッドライトが点滅する。ボイラーから白煙が短く吹き出す。
まるでこちらを威嚇するようだ。
「摩耶さん!」
ウィルも後から追いついた。摩耶は太刀を構え、じりじりと林のほうへ後退しながら、
「……私たち、『彼女』をずいぶん怒らせたようですね」
がたがたの車輪で土を掘り返しながら、クリスティーネが摩耶へと襲いかかる。
●
「戻ってきやがった!」
「リンリンさんのところまで誘き寄せましょう! 落とし穴でとどめを――」
クリスティーネは摩耶を突進で負傷させると、
動けなくなった彼女を茂みへ引き込むウィルには目もくれず、他の獲物を探して道を戻り始めた。
林の中からアーヴィンと奏が射撃を加えるも、その動きを止めるには至らない。
リンリンはようやく落とし穴を掘り終えた。
スイッチを切ったドリルを胸元に抱え、迫り来るクリスティーネの姿を見据える。
敵の、剥き出しになったフレームから陽炎のように立ち昇る妖気は、
車体に蓄えられた負のマテリアルの放出現象であろう。相手は弱っている。
(リンリンが、アレにトドメを刺すんデスヨ。仕事の遅れた分、ここで挽回しマス!)
背後の落とし穴を隠すように、リンリンは道の真ん中で仁王立ちになった。
ごくり、と喉が鳴る。直前で避けて穴へ落とす算段だが、
車体に接触すれば、受け流すのは恐らく困難だろう。しくじって自分も落とされたら――
下敷きにされたら助からない。
「ここを、アナタの墓にしマス!」
敵のスピードが上がる。見えない力に押されるかのように、
へしゃげた車輪の回転だけではあり得ない速さでリンリンへ迫ってくる。
(まだ早いカナ)
ヘッドライトが明滅する。フレームが軋んで、悲鳴のような音をさせる。
(まだ……まだ)
真っ直ぐに向き合うと、リンリンの目は敵のボンネットへ釘づけになる。
(今デス)
リンリンは飛び退いた。車の鼻先から僅か1メートル、というところだった。
●
クリスティーネの車体は、地面に掘られた長方形の中へすっぽりと収まった。
穴の中は、水代わりにウィルが置いていった飲料や草木、小石を混ぜて泥が練ってあり、
一瞬縁へ乗り上げた前輪も、すぐ土が崩れて取っかかりを失ってしまう。
遂に動きを封じられたクリスティーネだが、なおも4つの車輪を空転させる。
リンリンはすぐさま傍に寄ると、ドリルを作動させた。
(穴に落としたらまずは車輪を壊せ、とカズマ=サンも言ってましたネ)
脱出を防ぐ為にも、まずは車輪を固定するナットをドリルで抉った。
フェイスガードに泥や火花、鉄片が激しく降りかかるが、彼女は構わず解体作業を続けた。
血の池を火で煮込むような悪臭を漂わせつつ、白煙がもうもうと落とし穴を覆い尽くしていく。
クリスティーネは今や『本当に』叫び声を上げていた。
それはヒトと獣を混ぜ合わせたような、凄まじい断末魔だった。
リンリンは解体を急いだ。耳が金属音と、クリスティーネの悲鳴に聾される。
ここで倒さねば、ここで殺さねば、『彼女』は自分たちを皆殺しにかかるだろう。
車輪がひとつ、車軸から引き離されて回転を止める。
●
やがて全ての車輪が取り外された。敵はもはや脱出できない。
とどめを刺さんとするリンリンの下にアーヴィンと奏も駆けつけ、
剥き出しになったフレームを石や銃の台尻で打ち据えて、車体を破壊していく。
長いながい断末魔も次第にか細くなっていき、
立ち込めた煙が晴れた頃、クリスティーネは完全に沈黙していた。
一同、落とし穴を囲んでしばし佇む。
泥まみれの車の残骸には、ふたりの死体がまだ座っている。
「……こいつ、何だか笑っているように見えねぇか」
アーヴィンが、腐敗で脹れた運転手のほうを指さして言った。
「皮膚が引き攣って、そう見えるだけデスヨ」
ウィルが、摩耶を抱きかかえて戻ってきた。
「すみませんが、どなたかふたりを下ろして死因を調べてみてはもらえませんか。ご遺族の為にも……」
摩耶が言った。奏が応えて、鼻と口を手で押えながら死体に近づく。
「どちらも首が折れているように見えます。事故、でしょうか」
「手伝います。失礼……」
ウィルは摩耶をそっと下ろして、奏の手伝いに回った。
ふたりがかりで死体を慎重に運び、道の端へ並べて横たえる。
「検分が終わったら、祈祷でもして埋めとくか?」
アーヴィンが言うと、カズマが脇腹を押さえて顔をしかめつつ、林の中から出てきた。
「腐敗がかなり進んでる、下手に運ぶとぼろぼろになっちまうぜ。
火葬か……いや、やっぱり身内を呼んで訊いたほうがいいかね」
「車もどうにかしないといけませんネ。そっちはこのまま、埋めちゃいマショウか?」
危険が去った以上、後のことは近くの村から人を呼んで相談したほうがいい。
そうと決まると、ハンターたちは腰を下ろして休んだ。
落とし穴にはまったままの、クリスティーネの残骸。
もう2度と動き出すことはない筈だが、それでも皆、目が離せなかった。
『彼女』に取りついていた凶暴な意思の残り滓が、まだ辺りに漂っているとでも言うように――。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/26 20:54:39 |
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器物雑魔退治 龍崎・カズマ(ka0178) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2014/10/30 21:57:23 |