ゲスト
(ka0000)
【血盟】ドラグーン・ブルース~双頭の竜~
マスター:鮎川 渓

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/06/19 22:00
- 完成日
- 2017/07/11 15:29
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●凶報
『百を超す強欲竜達が龍園に向かっている』
突如現れた強欲竜・エジュダハがもたらした情報は、瞬く間に龍園内に伝播した。
短命種故に死を恐れぬ者が多い龍人ではあるが、幼子やその母親などは流石に取り乱した様子で通りを駆けまわっている。
龍騎士の中でも年長のダルマは辻に立ち、
「落ち着いて神殿へ行くんだ! おいバルゴー、若い連中に避難誘導に当たるよう伝えろ!」
民を誘導したり、若い騎士達へ指示を飛ばしたりと忙しく動いていた。
元々負のマテリアルに汚染された土地柄、歪虚や強欲竜に襲われる事は稀とは言い難い龍園だが、今回の襲撃はあまりにも規模が大きい。それも今は亡き強欲王の残党、率いるは強欲王の腹心だった古き竜だと言う。
そこへ青い外套を翻し、ひとりの青年が飛ぶように駆けて来た。龍騎士隊長・シャンカラである。
「ダルマさん! お任せしちゃってごめんなさい、助かりました!」
駆けつけたハンター達との話し合いを終え戻って来たのだ。
「おう隊長殿。作戦は纏まったか?」
尋ねたダルマに、シャンカラは『龍騎士隊長』の顔付きになり告げる。
「強襲・迎撃・防衛の三部隊に分かれ討伐に当たります。
強襲部隊のハンターさん方は、群れの頭目を討つべく出立されました。
もう一部隊は……あのエジュダハという強欲竜と共に、こちらへ向かっている竜達の迎撃へ。
龍騎士隊は数名のハンターさん方と協力し、龍園北に防衛線を張る事になりました」
エジュダハの名を口にする時、シャンカラの碧い目が戸惑ったように揺れた。
龍人達はかつてハンター達とエジュダハの間に何があったかを知らない。彼らにとってエジュダハは『強力な力を持つ強欲竜』以外の何者でもないのだ。ダルマも怪訝な顔で首を捻る。
「大丈夫なのかァ、ソイツ?」
「……分かりません。けれどハンターの皆さんが同行を了承されましたから、一先ずお任せしましょう」
「でもよォ、」
「訝っている間に後手に回っては事です。防衛に当たるハンターさん方にはワイバーンをお貸しします。あの……何て言うんでしたっけ、えっと……大きなろぼっと? ……とかですと、万が一攻め入られ都市での戦闘となった場合、建物が壊れてしまいかねませんし……」
途中ごにょごにょと歯切れ悪くなったシャンカラだったが、
「さあ行きましょう!」
後を追って来たハンター達や、集まってきた龍騎士に向け凛と声を張った。
だがダルマは眉を顰めたまま北の方角を睨んでいた。そして指笛を一吹きすると、彼の許に大きな白隼と、彼の相棒である飛龍が舞い降りて来る。ダルマは隼を肩に乗せ、飛龍の背へ跨った。
「どうもソイツの情報だけじゃ心許ねェ。ちょっくら行って、こっちに来そうな敵がどんなか見て来てやらぁ」
言うなりさっさと飛び去ってしまうダルマに、ハンターのひとりが慌てて声をあげる。
「ひとりで大丈夫なんですかっ?」
「大丈夫ですよ」
シャンカラは目を細め頷く。
「ダルマさんはワイバーンの扱いに長けていますから、例え敵に発見されても上手く撒く事でしょう。それに、まだ龍園では数少ない覚醒者でもあります。クラスは霊闘士、隼を用い遠くからの観察も可能です。ああ見えて龍騎士隊の中でも偵察に秀でた人なんですよ」
ああ見えてとはどう見えてという事か。あえて尋ねるハンターはいなかったが、彼の粗野な言動からまあお察しである。
ともあれ、ハンター達は龍騎士やリザードマンと共に、龍園の北へ向かった。
●双頭の狂欲竜
「何だァ、ありゃ」
飛龍と共に岩陰に身を潜めたダルマは、思わず息を飲む。
空高く放った白隼と共有した視界に映り込んだのは、異様ななりをした竜だった。
――果たして、それを竜と呼んで良いものか。
一見双頭の竜に見えるがそうではない。それはあまりに歪で不格好な、元は『二頭』の竜であったろうものだった。
右の頭から続く褐色の右半身は、見るからに堅牢な鎧じみた鱗に覆われ、斬るも砕くも難儀しそうだ。走竜らしい頑健な右脚で跳ねるように荒野を蹴る。
一方、左の頭から続く左半身は繊細で美しい朱色の鱗を持ち、背に大きな片翼の羽根を生やしている。元々飛ぶのが本分なのか、細い左脚は半ば逞しい右脚に引きずられるようにして無様に地を擦っていた。
二頭の身体を繋ぐもの――二頭の胴の間にあり、両者の半身を覆うようにして繋ぎとめているのは、大きな目玉をひとつ持つ粘膜質の何か――狂気の眷属と思しきアメーバ状の歪虚だった。
「でっけえ団子みてぇな狂気歪虚から、二頭の竜が生えてやがるのか……他の眷属の力を借りるたぁ強欲竜らしくねェじゃねぇか。それだけ向こうも必死って事かね」
観察していると、右の竜(便宜上「鎧竜」とする)が焦れたように左の竜に吠えた。お前のせいで走れないとでも言うように。それに対し左の竜は火焔の息を吐く。
「仲悪ぃのか? ともあれ左の赤いヤツぁ火竜ってこったな」
見られているとも知らず、手の内を明かしてくれる竜達にダルマがほくそ笑んでいると、二体の間で狂気歪虚の目玉が怪しく光った。触手を伸ばし二頭の頬を撫でる。途端、いがみ合っていた竜達は揃って前を向き、龍園の方へ突進し始めた。
歪な竜の後には一五体の小型走竜、そして火竜と思しき赤の飛竜が三体続く。それらには狂気歪虚が付いている様子はない。
「……何とも胸糞悪ィな」
ダルマは小さく吐き捨てる。
この強欲竜達は元を正せば赤龍の眷属。龍人が崇める青龍と同じ、星の守護者たる高潔な龍達だったはずだ。それがおぞましい狂気歪虚の手を借り、龍に対する冒涜が如き醜い姿を曝していようとは。
「それほど力が欲しいものかよ」
ダルマは隼を呼び戻すと、急ぎ龍園へ引き返した。
『百を超す強欲竜達が龍園に向かっている』
突如現れた強欲竜・エジュダハがもたらした情報は、瞬く間に龍園内に伝播した。
短命種故に死を恐れぬ者が多い龍人ではあるが、幼子やその母親などは流石に取り乱した様子で通りを駆けまわっている。
龍騎士の中でも年長のダルマは辻に立ち、
「落ち着いて神殿へ行くんだ! おいバルゴー、若い連中に避難誘導に当たるよう伝えろ!」
民を誘導したり、若い騎士達へ指示を飛ばしたりと忙しく動いていた。
元々負のマテリアルに汚染された土地柄、歪虚や強欲竜に襲われる事は稀とは言い難い龍園だが、今回の襲撃はあまりにも規模が大きい。それも今は亡き強欲王の残党、率いるは強欲王の腹心だった古き竜だと言う。
そこへ青い外套を翻し、ひとりの青年が飛ぶように駆けて来た。龍騎士隊長・シャンカラである。
「ダルマさん! お任せしちゃってごめんなさい、助かりました!」
駆けつけたハンター達との話し合いを終え戻って来たのだ。
「おう隊長殿。作戦は纏まったか?」
尋ねたダルマに、シャンカラは『龍騎士隊長』の顔付きになり告げる。
「強襲・迎撃・防衛の三部隊に分かれ討伐に当たります。
強襲部隊のハンターさん方は、群れの頭目を討つべく出立されました。
もう一部隊は……あのエジュダハという強欲竜と共に、こちらへ向かっている竜達の迎撃へ。
龍騎士隊は数名のハンターさん方と協力し、龍園北に防衛線を張る事になりました」
エジュダハの名を口にする時、シャンカラの碧い目が戸惑ったように揺れた。
龍人達はかつてハンター達とエジュダハの間に何があったかを知らない。彼らにとってエジュダハは『強力な力を持つ強欲竜』以外の何者でもないのだ。ダルマも怪訝な顔で首を捻る。
「大丈夫なのかァ、ソイツ?」
「……分かりません。けれどハンターの皆さんが同行を了承されましたから、一先ずお任せしましょう」
「でもよォ、」
「訝っている間に後手に回っては事です。防衛に当たるハンターさん方にはワイバーンをお貸しします。あの……何て言うんでしたっけ、えっと……大きなろぼっと? ……とかですと、万が一攻め入られ都市での戦闘となった場合、建物が壊れてしまいかねませんし……」
途中ごにょごにょと歯切れ悪くなったシャンカラだったが、
「さあ行きましょう!」
後を追って来たハンター達や、集まってきた龍騎士に向け凛と声を張った。
だがダルマは眉を顰めたまま北の方角を睨んでいた。そして指笛を一吹きすると、彼の許に大きな白隼と、彼の相棒である飛龍が舞い降りて来る。ダルマは隼を肩に乗せ、飛龍の背へ跨った。
「どうもソイツの情報だけじゃ心許ねェ。ちょっくら行って、こっちに来そうな敵がどんなか見て来てやらぁ」
言うなりさっさと飛び去ってしまうダルマに、ハンターのひとりが慌てて声をあげる。
「ひとりで大丈夫なんですかっ?」
「大丈夫ですよ」
シャンカラは目を細め頷く。
「ダルマさんはワイバーンの扱いに長けていますから、例え敵に発見されても上手く撒く事でしょう。それに、まだ龍園では数少ない覚醒者でもあります。クラスは霊闘士、隼を用い遠くからの観察も可能です。ああ見えて龍騎士隊の中でも偵察に秀でた人なんですよ」
ああ見えてとはどう見えてという事か。あえて尋ねるハンターはいなかったが、彼の粗野な言動からまあお察しである。
ともあれ、ハンター達は龍騎士やリザードマンと共に、龍園の北へ向かった。
●双頭の狂欲竜
「何だァ、ありゃ」
飛龍と共に岩陰に身を潜めたダルマは、思わず息を飲む。
空高く放った白隼と共有した視界に映り込んだのは、異様ななりをした竜だった。
――果たして、それを竜と呼んで良いものか。
一見双頭の竜に見えるがそうではない。それはあまりに歪で不格好な、元は『二頭』の竜であったろうものだった。
右の頭から続く褐色の右半身は、見るからに堅牢な鎧じみた鱗に覆われ、斬るも砕くも難儀しそうだ。走竜らしい頑健な右脚で跳ねるように荒野を蹴る。
一方、左の頭から続く左半身は繊細で美しい朱色の鱗を持ち、背に大きな片翼の羽根を生やしている。元々飛ぶのが本分なのか、細い左脚は半ば逞しい右脚に引きずられるようにして無様に地を擦っていた。
二頭の身体を繋ぐもの――二頭の胴の間にあり、両者の半身を覆うようにして繋ぎとめているのは、大きな目玉をひとつ持つ粘膜質の何か――狂気の眷属と思しきアメーバ状の歪虚だった。
「でっけえ団子みてぇな狂気歪虚から、二頭の竜が生えてやがるのか……他の眷属の力を借りるたぁ強欲竜らしくねェじゃねぇか。それだけ向こうも必死って事かね」
観察していると、右の竜(便宜上「鎧竜」とする)が焦れたように左の竜に吠えた。お前のせいで走れないとでも言うように。それに対し左の竜は火焔の息を吐く。
「仲悪ぃのか? ともあれ左の赤いヤツぁ火竜ってこったな」
見られているとも知らず、手の内を明かしてくれる竜達にダルマがほくそ笑んでいると、二体の間で狂気歪虚の目玉が怪しく光った。触手を伸ばし二頭の頬を撫でる。途端、いがみ合っていた竜達は揃って前を向き、龍園の方へ突進し始めた。
歪な竜の後には一五体の小型走竜、そして火竜と思しき赤の飛竜が三体続く。それらには狂気歪虚が付いている様子はない。
「……何とも胸糞悪ィな」
ダルマは小さく吐き捨てる。
この強欲竜達は元を正せば赤龍の眷属。龍人が崇める青龍と同じ、星の守護者たる高潔な龍達だったはずだ。それがおぞましい狂気歪虚の手を借り、龍に対する冒涜が如き醜い姿を曝していようとは。
「それほど力が欲しいものかよ」
ダルマは隼を呼び戻すと、急ぎ龍園へ引き返した。
リプレイ本文
●
――アァ、身体が重イ 走れナイ
何故ダッタろう
――だから言ったのです
心に直接響いた声音に、視界を覆っていた紫の靄が晴れてくる。
左を見やれば、数百年の時にも色褪せぬ美しい朱色の火竜がいる。しかしその身体は幾本ものおぞましい紫の触手に搦めとられ、右半身は触手の本体であるアメーバー状の狂気歪虚に埋もれていた。
――ソレは一体ドウシタ!?
尋ねてから、己の身体も全く同じ状態――左右逆ではあるが――である事に気付く。
否、思い出す。
己が望んで“こうなった”のだと。
口をついてしまった問いに火竜は息を飲んだかと思うと、燃えるような双眸で睨んでくる。
――かつての貴方は誰よりも疾く地を駆けた!
それを、こんな狂気眷属の手を借り、自らそれを棄てるなど!
――…………
――貴方は愚かです。愚かです!!
激昂する火竜の吐息に焔が混じる。灼熱の赤が鼻先を掠めた。
視線を落とせば、火竜のか細い左脚が、こちらの歩みに引きずられ地を擦っているのが目に入る。
その様が、己が“こうした”理由も全て思い出させた。前進する脚を速める。
右脚一本ではあるが、二頭分とその他の重みを支え運ぶ事など造作もない事だ。
だからこそ“こうした”のだ。“こうなる事”を願ったのだ。
――……往コウ。青龍ハもうスグ其処ダ
――まだ遅くはありません、どうかわたしを……!
火竜が再び吠えた時、狂気の触手が頬をぬるりと撫でた。嫌悪感は一瞬で、視界が再び一面の紫に沈み始める。同様に火竜の瞳もまたどろりと曇りだすのを見、急ぎ告げる。
――今コソ王の悲願ヲ果たす時
お前ノ焔ハ人間どもヲ悉く灼き尽シテしまうダロウ。我ハ青龍の結界ヲ蹴壊しテくれようぞ……
*
――アァ、身体が重イ 走れナイ
何故ダッタろう
――貴方は本当に愚かです
心に直接響いた声音に、視界を覆っていた紫の靄が晴れてくる。
左手を見やれば、数百年の時にも色褪せぬ美しい朱色の竜がいた。
その紅玉のような双眸は、何故か哀し気に微笑んでいた。
●
龍園北辺。
龍園防衛に名乗りを上げた十名のハンター、そしてシャンカラ(kz0226)を始め四名の龍騎士は、各々青き飛龍に跨り防衛線を飛び立った。
先導するシャンカラがハンター達を振り返る。
「お力添え感謝いたします」
すぐ後ろにつけていた久延毘 大二郎(ka1771)は、指し棒を軽く振って言う。
「龍園……そして白龍氏は色々と世話になったからな。これも恩返しの一つと言う奴だ」
白龍――その名にシャンカラは一瞬目を伏せたが、
「見えましたよっ」
前方に目を凝らしていた葛音 水月(ka1895)の声に顔を上げる。
寒風吹きすさぶ荒野の向こうからまず現れたのは、一五頭の走竜達だった。小型ではあるが、後続の道を拓く為に先行を任されただけあって速い。視界に収めるや見る間にその影が大きくなってくる。
そしてその後ろからやって来るのはこの一群の頭目、歪なナリの双頭竜だ。その上空に舞うは三頭の赤きワイバーン。薄く開いた口から絶えず炎を吐き出している。
「この数このサイズ、なかなかの迫力ですねー?」
未知なる敵への好奇心からか、ぴくぴくと猫耳を動かす水月。ソティス=アストライア(ka6538)は狼の爪状と化した手で飛龍の青い鱗に触れ、
「龍と共闘し竜殺しか……悪くない!」
不敵に口の端を持ち上げた。龍を駆り竜を狩る事に、狼の血が騒いでいるようだ。
大二郎はシャンカラとダルマへ声を張る。
「では打ち合わせた手筈通りに。シャンカラ氏には、私とミィリア(ka2689)君と共に双頭竜――右半身たる鎧竜側の対応を。ダルマ氏は飛竜側にて支援して貰おう」
「承りました」
一礼するシャンカラ。ダルマは無言で頷き、同じくワイバーン対応へ回る水月達へ飛龍を寄せた。
そんな二人を後方から見つつ、もぞもぞしている緑髪のドワーフ娘がひとり。レネット=ミスト(ka6758)だ。
「はう……シャンカラさんとダルマさんにご挨拶したかったですが……」
先に龍園で行われた宴に参加していたレネット。二人に声をかけたいところだが、今回彼女は回復専任として後方支援を担っている。特に前線に立つシャンカラに話しかけるのは難しそうだ。しょんぼり肩を落としかけたが、ハッとして頭を振る。
「ドラゴンさんを倒した後でも遅くないですよねっ!」
すると彼女の許へ、聖導士である龍騎士ふたりが寄せて来た。ぺこりと会釈した彼女は、ふたりの表情が少々強張っているのに気付く。若いふたりはまだ覚醒者としての実戦経験が浅いのかもしれない。錫をぎゅと握りしめ、
「今回はよろしくお願いするですよっ。それがし、ちょっぴり怖いですが皆さんと一緒に頑張るです!」
自身の怯えを素直に打ち明けながらも、にっこり微笑んで見せる。
宴で見事な歌を披露した彼女をふたりは覚えていた。見知った顔に頬を緩め、しっかりと頷き返した。
その間双頭竜の進路上に降り立ったのは、ミィリアと万歳丸(ka5665)。鬼の中でも稀に見る巨漢の万歳丸と並ぶと、ドワーフであるミィリアの小柄さが一層際立つ。しかし背に負うた身の丈の倍以上ある斬魔刀「祢々切丸」の威容が、彼女が只者ではないと知らしめていた。
シルヴェイラ(ka0726)はゴーグルの奥の目を眇める。
「双頭の竜、か。そう言うには随分と不恰好ではあるが……」
北の大地をしかと踏みしめたミィリア、差し迫る開戦の刻に昂り、幻影の花弁を激しく舞わす。
「本当に奇妙でござる。強欲竜が狂気の力を借りてるのか、逆に漁夫の利狙いみたいな狂気に利用されてるのか……」
「呵呵ッ! 良いナリじゃァねェか! 力が欲しくて斯く成れり――上等。見苦しくたって、そうしたかったンだろ。解るぜ」
万歳丸の豪快な笑い声が、張りつめていく空気を震わせた。
その声が届いたか、双頭竜の右半身・鎧竜が苛立ったように低く吠えた。しかし万歳丸は怯まない。むしろ好戦的に笑うと、拳をかち合わせ吼え返す。
「アンタらの結び、この万歳丸がキッチリつけてやらァ!」
「そうね、満足に動けて無さそうなうちに強みを奪ってしまおう作戦を決行するまで……!」
頷き、ミィリアは刀の柄に手をかけた。
同じく双頭竜を担当する大二郎、そして七夜・真夕(ka3977)も、後方で視線を交わし頷き合った。
土埃を蹴立て迫る走竜達は、三隊に分かれ双頭竜を護衛するよう前面と左右に展開する。
彼奴等の討伐を担うアーク・フォーサイス(ka6568)もまた、長大な「祢々切丸」を一息に抜き放つ。
「……行こうか」
白い吐息と共に呟かれた言葉に、各自標的と定めた敵を迎撃すべく飛龍の手綱を繰る。一瞬の後、竜と覚醒者達の射程が交わり、戦いの火蓋が切って落とされた!
●
最初に動いたのは、白霜の幻影を纏わせたテノール(ka5676)だ。
「墜ちた守護者たちか……」
全身に巡らせたマテリアルが高まるにつれ、声音は凍てついたものに変わっていく。北方の凍土を覆う氷塊よりもなお冷たい眼差しが、突出して向かって来る二頭の赤きワイバーンを捉えた。頼む、と自らが乗る飛龍に告げ、二頭を同時に射程に収めるべく飛ぶ。
双頭竜に向かう者達のためにも、その頭上を脅かすワイバーン達は速やかに排除しなければならない。
「まずはお前らからだ」
聖拳に刻まれた法術印を煌めかせ、射程を強化した青龍翔咬波を打ち込む!
――炎を吐き散らかしている事から推測できるように、このワイバーン達は火の属性を持っている。青龍翔咬波は火属性の敵の弱点たる水の気を含んでいる上、敵の回避力を半減させる効果を併せ持つ。機動力相応に高回避力を持つと予想されるワイバーン達に喰らわすにはうってつけの技と言えた――だが。
「……ッ!」
激しい水の気の奔流が四散したのち、テノールは思わず目を瞠る。
赤のワイバーン達は二頭ともがその奔流を逃れていたのだ。並みならぬ命中力を誇る彼だ、例え高威力の技の代償に精度を削られたとてそう外す事などない。
「なかなか素早いな」
呟いた所へ、白隼を連れたダルマが追い上げてきた。
「面倒な奴らだなァ」
「全く。協力して追い込んだ方が効率が良さそうだ」
テノールの提案に頷くと、ダルマは飛龍の手綱を捌く。
「なら俺は右手から追い立てて来るとすらぁ」
そして竜達の右側から回り込むように飛行すると隼をけしかける。テノールは左側へと飛龍の首を向けながら、別のワイバーンを追う水月へトランシーバーで呼びかけた。
「敵のワイバーン達の回避力は相当だ。気をつけた方が良い」
「えっ?」
テノールの声が届いた時、水月は赤のワイバーンの真上にいた。
『僕の武器、ちょっと重いかもだけど……少しの間お願いしますねっ』
手綱を受け取った際、飛龍へそう挨拶していた水月。併せて、移動は君の裁量に任せるとも告げていた。
そんな水月の手あるのは超重量のパイルバンカー「フラクタリング」。彼の身を預かった飛龍は、その重さを活かし上から叩き込むのが良かろうと、後方から追い上げ敵の真上に着けたのだ。飛龍の意図を察した水月は、眼下のワイバーンの赤い背にパイルを突き立てようと、今まさに身を乗り出した所だった。
ワイバーンは身を捩じり回避する素振りを見せる。
「させませんっ」
即座に水月のワイヤーウィップが唸る。逃がすまいとしならせた鞭はワイバーンの尾に巻き付いた。途端物凄い勢いで引っぱられ、堪らず体勢を崩した水月はそのまま宙へ放り出される!
「わああぁっ! ……これ、このまま落ちちゃったらどうなっちゃうんでしょう? っていうのは考えない方が良さげかなーっ」
咄嗟に口走れるあたりどこか余裕の水月である。それもそのはず、その手には戦場を共にしてきた頼もしい相棒たるパイルがあるのだから。
引きつけられる勢いを借り、そのまま「フラクタリング」で穿つ! 赤い鱗と血飛沫が散り、尾の付け根の肉を抉り取った。しかし支えを失い今度は地へと落下していく!
「わわっ、お願いしまーすっ!」
半ば祈るように叫ぶと、彼の身体は地面に叩きつけられる寸前、青き飛龍の背に攫われた。水月、己の身体をぱたぱた叩く。そして無傷な事を確認すると、ぴこんっと猫耳を立てる。
「~~! いつも僕だけでやるより、すっごいかも!」
飛龍の首を撫でてやると、身悶う火竜を仰ぎ再度飛び立った。
●
「さて、よろしくね」
真夕は跨った飛龍に声をかけると、双頭竜の左半身・朱色の火竜側へ飛翔する。上空から改めて地上の敵を確認。前線に立つミィリアと万歳丸へ向け突進してくるのは五頭の走竜。まるで壁のように互いに身を寄せており、このままではミィリアと万歳丸が直接双頭竜を狙う事は難しそうだ。そして双頭竜の両脇にもまた、五頭ずつ添う走竜が。
「先に走竜達を引き剥がさないと」
独りごちた彼女の背に落ち着いた声がかかる。
「よく統率されているようだ。けれど固まっているのはむしろ好都合」
小隊仲間のシルヴェイラだ。彼は前列の走竜側へ回り込むと、翠玉のタブレットを長い指でなぞる。火のマテリアルを収束させ、纏めて焼き払うべく狙いをつけた。
「走竜達の誘引はこちらで担う。ナナヤは火竜に専念するといい」
シルヴェイラの向こうで、高度を上げたソティスも顔を覗かせた。
「観測手もこちらで請け負うぞ」
「ありがとう。シルヴェイラ達も気を付けて」
真夕は火竜の翼を狙える位置を求め飛び去った。シルヴェイラは眼下のミィリアと万歳丸へ合図し一旦後退するよう求めると、
「横一列に並んで来てくれるとはね。狙ってくれと言わんばかりじゃないか」
前面の走竜達を残らず射程に収め、ファイアスローワーを見舞う!
「諸共焼き払ってくれる!」
続けてソティス、錬金杖を一振りし青白い炎を纏う狼を召喚。彼女が走竜達を指し示すと、幻影の狼は竜達へ焔を吐き出した!
回避する空間をなくすよう放たれた炎の連撃。しかし走竜達の機動力もまた高かった。巧みに炎を掻いくぐり、二撃ともまともに喰らったものは少ない。五頭はぎろりとふたりを睨めつけたが、飛龍に乗る彼らが己が射程にないと知ると、行く手のミィリア達へ視線を戻してしまう。けれどその鼻先を掠め素早く駆ける影があった。
「……邪魔はさせない」
アークだ。アークは地を擦らんばかりの低空飛行で走竜の列に接近すると、丹田に溜めたマテリアルを解放。刀身を幾度も振るい走竜達を斬りつける! 一頭の腕がごとりと落ちた。
上空のふたりとは違い、飛びかかれそうな位置にいるアークへ走竜達の視線が集中。
「腕の仇、取りに来るといい」
挑発し双頭竜の左側へ抜けると、前面ばかりか左側面につけていた五頭も我勝ちに殺到する。これにより前線のふたりと双頭竜の間を阻むものはなくなった!
「こっちだ」
アークは走竜達が逸れぬよう、低空を飛び続け引きつける。アークの行く手上空には、既にシルヴェイラとソティスが先回りしていた。
「後がつかえているのでね。早い所焼かれてくれるかい?」
「そう何度も逃しはせん。さあ、狩りの本番はこれからだ!」
ふたりが放つ灼熱の炎が、再び地上に降り注いだ。
ところが双頭竜前面の走竜達がアークに釣られて行ってしまうと、今度は残っていた右側の五頭が進み出る。
「この走竜達、意外と連携とれてるでござるっ」
「次から次にィ!」
歯噛みするミィリアと万歳丸。しかし、
「まあ待ちたまえ、ふたりには双頭竜に向け温存してもらいたいものだ」
大二郎は火竜の上を旋回する真夕に指し棒――否、れっきとした魔術具「アブルリー」を振って合図し、その先端にマテリアルを込める。
直後、彼の背後に巨大な一ツ目の幻影が浮かび上がった。双頭竜達を結び付けている狂気歪虚も同じく一つ目玉だが、あれとは似て非なるもの。天候を司るとされる神だ。その巨眼がゆっくりと瞬くと、大二郎を取り巻くように氷の嵐が吹き荒れた。
「……氷嵐『怪力乱神:一目連』。その脚、止めさせて貰おう」
そして空でも。
六色の宝石に彩られたスタッフを構え、真夕は一心に集中していた。上空の強い風が結った黒髪をなぶるが、気にしてなどいられない。
「少し予定外だけど……いいわ。氷の矢で縫いとめてあげるっ」
先に発動したのは大二郎の氷嵐だった。嵐は立ちはだかる走竜五頭を巻き込み、一瞬のうちに大地を凍てつかせる! 一頭が氷の呪縛を逃れたが、すぐに真夕が放った氷の矢に捕らわれた。
「今のうちよ!」
叫ぶ真夕に頷き、ミィリアと万歳丸は身動きの取れぬ走竜達の間をすり抜け突き進む!
大二郎は通信機に向け、告げる。
「あとはそちらに任せて構わんだろう?」
『無論だ。手間を取らせたな』
返ってきたのはソティスの声。次いで、
『こっちも終わり次第援護に向かいますねーっ』
水月が元気良く応じた。
●
いよいよ双頭竜に接近したミィリア。
相対した不格好な双頭竜を改めて眺める。彼女が相手取るのは右半身、見るからに堅そうな褐色の鱗に覆われた鎧竜。一枚一枚が大きく岩盤のような鱗が隙間なくびっしりと全身を覆っている。仰げば紫色に濁った瞳が彼女を睥睨していた。
「これじゃあ普通の物理攻撃はなかなか通りそうもない……でもっ!」
朱色の鞘から抜き放った「祢々切丸」へマテリアルを流し込みつつ駆ける! それを見たシャンカラは彼女から意識を逸らすべく、飛龍を飛ばし鎧竜の鼻先を斬りつけた。その隙にミィリア、鎧竜の足許へ肉薄。
「いざ、参る!」
ありったけの『女子力』という名のパワーを込め、刺突を繰り出す! 纏った桜吹雪が風圧で広がり千々に散る。込められたマテリアルにより魔法剣と化した黒刀が脛を突いた!
――が。硬質な鱗はヒビ一つ入らず、反動で柄を握る手に電撃めいた衝撃が走る。
「くっ! でも一点を狙い続ければ、きっと!」
そんなミィリアを見下ろす別の眼があった。狂気歪虚の一つ目だ。アメーバー状の身体から三本の触手を縒り出すと、鞭のようにしならせ振り下ろす! 一本目は回避。二、三本目は刀で受け、すかさず斬り返す。その目の前で、斬り落とした触手に変わる新たな触手がぞろりと生まれ出た。
「触手はいくらでも生成可能ってわけね」
柳眉を寄せたものの、刀で受け止めた際に触手が掠った左手の怪我は軽微。なら狂気歪虚は時が満つまで放置して、双頭竜に専念するが上策と判断。ミィリアは改めて鎧竜へ向き直った。
万歳丸は左半身の朱色の竜と対峙する。闇雲に突っ込まず、少々距離を開け狂気歪虚の動向を見ていた。一見がむしゃらに攻め立てそうな彼だがむしろ冷静だ。
「真ん中のヤツの攻撃力は恐るるに足らず、か。よし、なら存分にアンタの相手してやらァ!」
鎧竜からの横槍を警戒し外側へ大きく踏み込む。火竜のひとつきりの翼を視界に捉えると、万歳丸の金眼がつと細まった。
友の祈りが――今は遠き地にある黒髪の機導師、そして黒き魔女の紡ぐ歌が、己が背を押してくれるのを感じる。機甲拳鎚を嵌めた腕が金色に輝き始め、《氣》が最高潮に高まったその一瞬を逃さず、放つ! その拳から放たれた《氣》は蒼く煌めく一頭の麒麟と成り、火竜の脇腹へ襲いかかった!
刹那、火竜の顎が大きく開かれ火球を放出する。
「何ッ!?」
蒼麒麟と火球とが激突! しかし属性の優劣で言えば水の《氣》を含む麒麟が優位だ。いくらか威力を削がれたものの、友の思いにより力を増した麒麟は焔を突き破り胴へ激突。衝撃は身体を突き抜け、背の片翼へ届いた。翼膜の一部が裂けたものの、飛行能力を殺すにはまだ充分ではなさそうだ。
「反撃で火の球を吐くか……ちィとばかし厄介だな」
独りごちたが、その双眸は少しも陰ってなどいない。むしろ昂り、金色の炎めく幻影が立ち上った。
●。
覚醒者達が一通り技を出し終えた時だ。双頭竜の中心で狂気歪虚の眼が妖しく光る。
「何か来るぞっ」
ソティスが声を張り上げるが早いか、鎧竜が喉首を反らせ大きく息を吸い込んだ。
「そうはいくか!」
すかさず大二郎がその口へ氷の矢を叩き込む! しかし鎧竜は強靭な顎で噛み砕いてしまうと、腹の底から咆哮を轟かせた!
「ぐっ……!!」
大気と大地を震わす鎧竜の咆哮。その振動が覚醒者達の鼓膜を、肌を、強か打ち据える。
空高くに控えていたレネットは思わず耳を塞ぎ目を瞑った。咆哮が収まってからそろりと瞼を開くと、飛び込んできた光景に言葉を失う。
咆哮は竜の全周の広い範囲に轟き渡り、覚醒者達のほとんどが行動不能に陥っていたのだ。難を逃れたのは竜達から離れていた回復役のレネット達、そして大二郎・ミィリア・テノールのわずか六名だった。
今とばかりに空で、地上で、竜達が牙を剥く。火竜は万歳丸とシャンカラの肌を焦がし、赤のワイバーン達の吐く紅蓮の息は水月やダルマに手酷い火傷を負わす。別のワイバーンは走竜達を一方的に空から焼いていたシルヴェイラとソティスを灼き返した。走竜は、ある一群は動きを止めたアークへ飛びかかり、またある一群は一斉にミィリアへ爪を振るう。たった一度の咆哮で覚醒者達は劣勢に追い込まれた。
「いけませんっ。ワイバーンさん、お願いするですよ……!」
レネットは飛龍に向け懇願し奥歯を噛みしめる。彼女は状態異常を取り除く術を持っていない。けれど。
同様に駆けつけた龍騎士ふたりへ呼びかける。
「回復はそれがしがっ! キュアをお持ちでしたら、どうか皆さんに!」
その言葉に応え、ふたりは双頭竜を担当する者達から優先的にキュアをかけていく。レネットは冷たい空気で肺を満たすと、回復の祈りを込め精一杯歌い出す。
癒しの歌、仲間のために紡ぐ歌。
天から注ぐ柔らかな歌は慈雨に似て、地上の負傷者達を癒していく。
そんなレネットへ、ミィリアは触手を避けつつ、右手でポーションの瓶を封切りつつ、左手をぶんぶん振るという離れ業をやってのけて見せる。
「ミィリアはこの通り大丈夫! 他の皆をお願いするでござる!」
「ではミィリアさんは後ほど……あっ、前、前! それがしの事はお構いなくっ」
だがそんな彼女に構うものがいた。回復手の存在に気付いた赤のワイバーンがレネットを狙う。
そこへ冷ややかな声が響いた。
「赤の龍王はすでに滅びた……君たちももう休め」
行動不能を免れていたテノールが渾身の青龍翔咬波を放つ! 急所を穿たれたワイバーンは、たちまち砂塵と化した。
「好き勝手されては困るな」
大二郎は再び一ツ目の神を喚び出し、ミィリアを踏みつけようとしていた鎧竜の足を封ずる。傍でアークを襲っていた走竜達も数体巻き込まれ動きを止めた。
「やってくれたわね。お返しよ!」
いち早くキュアを受けた真夕はスタッフを高く掲げた。身に着けたベルが凛と鳴り、集中力を高めていく。放つのは氷雪の嵐。けれどより熾烈に、より苛烈に竜を苛むよう術のイメージを高めていく。彼女が思い描くのは――
「疾くあれ、蒼き焔!」
振り下ろしたスタッフの先から瑠璃色の焔が爆ぜた。火焔のイメージを纏った吹雪は激しく逆巻き、火竜の背を襲う!
火竜の絶叫が響く。翼の骨が折れ、先端が地に垂れる。
「よそ見してンじゃねェぞ。そンなナリで突っ込んできたンだ。魂ァみせろ!」
真夕を振り向き無防備になっていた火竜の腹へ、万歳丸の蒼麒麟が炸裂! この衝撃で火竜の胴の鱗が剥落し、翼も根元から完全に叩き折れた。
「火竜の翼はもう使えないわ!」
真夕の言葉を受け、万歳丸は剥き出しになった火竜の肌を見、ちろりと唇を舐める。
「結構ダメージは通ってるみてェだな。このまま火竜を先に倒しちまうのが良いか……それとも作戦通り走竜の脚を奪ってから、」
「万歳丸君っ!」
大二郎の声に我に返った時、万歳丸は死角から鎧竜の爪が迫っている事に気付いた。しかし間髪入れず大二郎の放った氷の矢がその腕へ刺さる! 普段よりも手ごたえを感じた大二郎、指し棒を一振りし「ふむ」と頷く。
「友の想いは偉大だね、今度彼に何か奢るとしようか」
「オレも大二郎に何か奢ンなきゃかァ?」
「ふふ、期待せずに待っているよ」
芝居がかった仕草で肩を竦めた大二郎に対し、万歳丸も大仰に肩を落として見せた。
「こっちも急がないと!」
ミィリアは脚のただ一点をひたすらに突く。一度目に黒刀を突きさした場所には傷一つつけられなかったが、彼女の桃色の瞳はしっかりとその位置を把握していた。目印がなくとも過たずその一点へ刺突を集中させる。
五度目、ガッと鈍い音が響き、弾かれるばかりだった切っ先がわずかに鱗にめり込んだ。
「きたっ!」
更に力を込め押し込むと、細かな亀裂が走る。
そんなミィリアを火竜の紅い眼が捉えた。火焔を吐く動作を見せる。それと同時、鎧竜の金色の眼が鋭さを増し、牙を剥きだす。
「――ッ!」
刃を差し込んだこの状態で一度に仕掛けられては、さしもの彼女でも受けきれない。けれど火竜の翼は既に折られている。あとは鎧竜の脚力を奪わなければ作戦が遂行できない。小さな身体に侍の魂を秘めた彼女は、作戦を共にする仲間達の為にも、ここで刃を引くわけにはいかなかった。
火竜の口の中で焔が踊る。ミィリアは覚悟を決めぐっと奥歯を噛みしめた。
焔が眼前に迫った瞬間、彼女の視界を豊かな黒髪が遮った――万歳丸だ。
「呵呵ッ! そっちもあと少しかァ、なら作戦通り行こうじゃあねェか!」
そして頭上から噛みつかんと迫っていた鎧竜の牙を、特異な形の長剣が受け止める。
「どうぞそのまま続けてください!」
巧みに飛龍を繰り割り込んだシャンカラだった。
万歳丸は真紅色の盾と金剛不壊でしかと受け止めると、ミィリアの穿つ刀の脇へ、その威力を転嫁し叩き込む! シャンカラは前のめりになっていた鎧竜を押し返し、その勢いで牙を数本へし折った。
火竜がすかさずフォローに入ろうとしたが、その後頭部をパイルが掠める。赤のワイバーンを一頭討伐し終えた水月だ。
「双頭竜さん、仲良いのか悪いのか……これも狂気歪虚の効果なのかなー?」
「あら?」
小首を傾げたのは、鎧竜の下肢へ氷の矢を見舞った真夕。
「双頭竜の眼、さっきまで紫色じゃなかったかしら?」
仲間達の援護を受けたミィリアは、一度刃を引き抜き一層精神を研ぎ澄ます。
「ありがとう皆! ここで決めなきゃ、おサムライさんになれないもんねっ」
そして一層激しく吹き荒れる桜吹雪を纏い、己が穿った亀裂へ全力の一刀を突き刺した!
●
『鎧竜の脚、討ち取ったでござるーっ!』
『よし、では狂気歪虚の討伐へ移ろうか』
トランシーバーからミィリアの達成感溢るる声音と、大二郎の飄々とした声が響くと、テノールはダルマへ頷きかけてから応答する。
「こちらも赤のワイバーンの討伐を終えた。走竜の残党狩りに向かうとしよう」
火傷は負わされたものの、レネット達の回復術で大方癒えていた。それに対しシルヴェイラが応じる。
『こちらはあと七頭……いや、今ソティスが焼き払ったから六――』
彼の声が途中で途切れる。その理由は双頭竜から離れた場所にいたテノールにも明らかだった。狂気歪虚の眼がまた強い光を帯びたのだ。鎧竜と火竜の瞳が紫色に戻っていく。
――と。
それまで鎧竜に加勢していた火竜がふっと顔を上げた。狂気歪虚の触手が宙を指し示す。その先に居るのは――宙から一方的に走竜達を焼き捨てていたシルヴェイラとソティスだった。
「逃げろ――!」
テノールが叫ぶが早いか、火竜が焔の息を吐く! 狂気歪虚の動向に気付いていたシルヴェイラは何とか回避する事ができたが、術を放った直後のソティスはもろに受けてしまう!
「くっ!」
火竜の強烈な焔は飛龍ごと巻き込み、青い翼は羽ばたきを止めた。意識朦朧となるソティスは、飛龍と共に落下していく。
すかさずレネットが歌を紡ぐも、重体となった彼女達へは届かない。だんだんと地面が迫る中、ソティスは最後の意地で手綱を握りしめた。
「……独りでは倒れん。すまんな、最後まで付き合って貰うぞ!」
手綱を強く引かれた飛龍は、死力を絞って翼の角度を変える。無理矢理落下地点を変え、一頭の走竜をその肢体で圧し潰した!
「何て無茶な事を……!」
アークは、尚飛龍の下から這い出して来た走竜の首を跳ね飛ばす。
「大丈夫ですか!?」
駆けつけたレネットがソティスを抱き起した。しかし返事はない。腕の中の友人の重みに瞳を濡らしながらも、零す事なくアークを見上げる。
「ソティスさんを防衛線までお連れしたいです! ですが、その」
言って不安げに周囲を見回す。残りの走竜はシルヴェイラが引きつけてくれているが、油断なくこちらに視線を寄越しているのが分かる。
アークは彼女が飲み込んだ言葉を察し、
「お供するよ」
(敵も残り少ない……無理に防衛線に突っ込まないかも気になるし、ね)
心の中で付け加え、ソティスをレネットの飛龍へ移した。
焔の吐息を回避しながら、水月は首を捻る。
「何かさっきまでの動きと違うような?」
盾で受けたテノールの眉根も寄る。
「自分達の射程の差を意識した動きをするようになった、と言うべきか」
赤のワイバーンを倒し終えたふたりは、散開し逃げ惑う走竜達を追っているのだが。
火竜の妨害により、思うように動けずにいた。
手勢の大半を失い、鎧竜は右脚を、火竜は翼を折られた今。
三位一体の彼らの攻撃は激しさを増していた。
長い射程を持つ火竜は、飛龍を駆って飛び回る上空の者達を。
鎧竜は足許で狙う前衛達を。
狂気歪虚は鎧竜では届かない中距離の者達へ、それぞれ攻撃を繰り出してくる。
「さっきまでこんなに効率よく動いてなかったのにっ」
歯噛みしたミィリアへ、真夕の声が届く。
「竜達の眼の色、さっきまで赤や金になっていたの。きっとそれが竜達本来の色で……紫になっている今は、狂気歪虚に行動を統制されてるんだわ」
「であれば、早い所彼奴を潰してしまわないとな」
大二郎は指し棒の先端へ水滴を出現させる。
だが何度も竜達を妨害して来た彼は既に警戒されていた。いち早く火竜が炎球を放つ! たちまち炎に包まれた大二郎だったが、その一瞬手前、温かな光が彼の身を包んでいた。
「おや、これは奢る相手が増えたかな」
そのぬくもりに妹の気配を感じとった大二郎、何とも言えない顔で口の端を歪めた。
ミィリアと万歳丸は、狂気歪虚の目玉を左右から挟み討つ形で技を繰り出すも、横から伸びてきた鎧竜の硬い腕に阻まれてしまう。狂気歪虚は彼らの動きもまた学んでいたのだ。
「なら、あなたを凍らせるまで!」
真夕は狂気歪虚めがけ氷の炎を見舞う!
次の瞬間、真夕の視線とシルヴェイラの視線が交錯した。
同じ小隊に属すふたりだ、思う所は言葉にせずともわかる。
シルヴェイラは火竜の射程に入るのを嫌い狂気歪虚へ急接近。そこで今まで使わずにいたアサルトライフルを構えた。照準を大目玉に合わせると、
「学習能力はあるらしい。けれど、今まで相手にしていなかった俺の攻撃はどうだ?」
すかさず引き金を引く!
乾いた発砲音と、ぐちゅりと湿った音とが響いた。
弾丸に撃ち抜かれた眼球が破裂し、体液を撒き散らす。
光の障壁を展開したシルヴェイラの胸からは触手が生えていた。
氷の束縛を即座に解除した狂気歪虚による足掻きの一手だった。
間髪入れず、振り向いた火竜の吐息により今度は真夕が灼き落される。
「しっかり!」
ふたりは龍騎士達により受け止められたものの、回復術が効かない程の深手を負っていた。
そこへ戻ってきたレネット、新たな重傷者達を前に身を震わせる。
「そんなっ……それがし、間に合わなかったです? これじゃあそれがし、お役に立てな……!」
そんな彼女の肩をダルマの大きな手が叩いた。
「ンな事ぁねェ。見ろ、まだ嬢ちゃんの歌を必要としてる奴らがいらぁ。ふたりは俺が運ぶ、嬢ちゃんはここに残れ」
「ですがっ」
ダルマはお構いなしにふたりを預かると、
「できりゃあこんな時でなく、ゆっくり聞かして貰いてぇモンだがな」
そう言い残し飛び立った。アークも龍首を巡らせダルマに添う。
残されたレネット、立派な“神子”であった祖父の髭に似せて、顎下で結った髪へ触れた。
「……それがし、精一杯歌うです。“神子”ですからっ。全てを浄め癒すのが“神子”の役目ですからっ――!」
前線に彼女の歌が戻ると、負傷者達の傷が癒えていく。癒されたのは傷ばかりではないだろう。力を取り戻しながら、残った面々は分離した竜達を見据えた。
アークが殺気に気付くのと、通信機から声が響いたのは同時だった。
『そちらに走竜達が向かったぞ!』
振り返れば、残っていた五体の走竜が追って来ている。ダルマの飛龍は三人乗せている為速さは出ない。追いつかれるのは直だろう。
『加勢に行こうか?』
アークの目に、遠くで分離した竜達が映った。
「いや、もう詰めだよね? 相手も手負いだ。何とかするよ」
言って手綱を引き、追手達に向き直る。
「ふたりを頼んだよ」
「おい、手負いっつっても……!」
ダルマは言いかけた言葉を飲んだ。ふたりは重症、すぐにでも手当てをしなければ危険だ。
「ふたりを預けたらすぐ戻る、無茶すンなよ!」
遠ざかっていく気配を背で感じながら、アークは迫る五対の眼を睨み返した。
「無茶、か。そうだね……でも、」
突進して来た一頭を黒刃で受け流す彼の脳裏に、龍園での宴の光景が蘇る。最初は外のヒトに対し警戒していた龍人達――ダルマだってそうだった。けれど共に食事をし、語り、こうして打ち解ける事ができた。
「彼らは良き友人だと……そうありたいと願っている」
アークの背後には龍騎士達が築く防衛線が、その更に後ろには美しい神殿都市の街並みがあるのだ。
「だから、尚の事守りたい。多少の無茶は承知だよ」
金色の獣眼をふっと細めると、アークは襲い来る竜達へ向け幾度も刃を振るった。
――急ぎダルマが戻った時には、走竜達は跡形もなく、満身創痍で飛龍にもたれる彼の姿だけがあった。
●
狂気歪虚が消え、全貌が明らかとなった火竜の姿に、一同は言葉を失った。
「翼が……ない?」
ミィリアがぽつり呟く。
万歳丸と真夕が先に翼を狙ったのは、分離後自在に飛び回られるのを避ける為。
しかし、その半身を覆っていた歪虚の身体が消えてみると、その背には先程叩き折った片翼しか生えていなかったのだ。丁度背後を飛んでいた水月は見た。恐らくはもう片翼が生えていただろう辺りに、大きな古傷があるのを。
そればかりか右脚は根元付近から欠損している。鎧竜という半身を失った火竜は、成す術もなく腹這うばかりだ。
「かつての戦いで損失したものでしょーか……」
「最初から飛ぶ事も、歩く事も出来なかったんですね」
シャンカラも戸惑ったように零す。
万歳丸は、紫から金へ戻っていく鎧竜の双眸を見据えた。鎧竜の方はと言えば、きちんと左脚が存在しているのだ。
「……嗚呼、アンタは背負ってやってたんだなァ。動けなくなっちまった相棒を」
言葉を持たぬ鎧竜は答えないが、火竜を背に庇い一同の前へ立ち塞がった。
双頭竜としてあった時も、二頭と狂気歪虚の重みを右脚一本で運んでいたのだ。己の重みのみとなった今、残された一本脚で今まで以上に駆け回る事だろう。そう警戒した大二郎は幾度目かの氷嵐を見舞う。抵抗され束縛する事は叶わなかったが、鎧竜はその場を動かなかった。動けないのだ。先程のアークと同じに。
「成程。そういう事なら火竜を残して、先に鎧竜を片付けた方が良さそうだ」
覚醒中は一切の感情を捨て、戦士としていかに敵を屠れるかのみを考えるテノール。相手は強欲竜だ、慈悲はない。
じっと金の瞳を交え続けていた万歳丸は、最初と同じように拳鎚をかち合わす。
「ならなおの事、先に狂気を倒しちまって良かった――眠ったまま死ぬのは、つまんねェだろ。ン?」
微かな笑みを湛えた問いに、鎧竜は闘志を顕わに吠え返す。
大二郎は一寸視線を切り、遠くにある龍園を振り向いた。
「今ここを壊されたらまたこの世界の歴史が埋もれる事になる……それだけは絶対に避けねばならない」
「ん。仲間の為にはお互い様っ。ミィリア達も負けるわけにはいかないから!」
「これ以上誰も倒れさせませんっ」
改めてマテリアルを高める面々を、鎧竜の爪が薙ぎ払う。火焔と花弁とが乱れ飛び、吹雪がそれらを掻き散らす。金属と鱗、肉と拳がぶつかる音が北方の空に響いた。
やがてすべての音が止んだ後。
静寂が戻った荒野に流れたのは、祈りに満ちた優しい歌声。
激しい戦いを制した彼らを、龍園の民は歓声をもって出迎えたのだった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 13人 |
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マテリアルリンク参加者一覧
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/06/14 22:56:59 |
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どらぐーん・ぶるぅす 万歳丸(ka5665) 鬼|17才|男性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2017/06/19 18:02:29 |