• 黒祀

【黒祀】ブラック・イースター

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2014/10/30 22:00
完成日
2014/11/12 22:09

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●王国の最高意思は

 過熱する歪虚事件。その裏にある真相を、人々はまだ知らない。

 過日、歪虚事件同時多発を受け、王国は円卓会議――グラズヘイム王国の最高意思を決定する会議を開催していた。これは先の、同盟領に大型狂気歪虚が現れて以来のことだった。

 王女システィーナ・グラハムを始め、大司教セドリック・マクファーソン、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン、侍従長マルグリッド・オクレール、聖堂戦士団長ヴィオラ・フルブライト、そして王族の一としてヘクス・シェルシェレット。
 その他、大公マーロウ家を筆頭とした王国貴族を含め十数名が円卓を囲んでいる。支配する空気は、前回の円卓会議同様に重苦しい。
「一体、今何が起こっているのですか」
 王女が見せるのは動揺──いや、本能的に“何か”を感じているのかもしれない。不安に応えるように、騎士団長が継ぐ。
「現在、王国各地で規模を問わず歪虚による事件が多発。王国騎士団、聖堂戦士団共に総動員しておりますが……」
「状況は芳しくない。……だろう?」
 遮る、ヘクス。この場において口調も表情も何一つ平素と変わりないのはこの男くらいだ。
「手が足りない、と。言うは容易いですが……今回においては、“余りに集中している”ように見えますが」
 ヴィオラが言う。その視線は氷のように鋭く騎士団長を捉えていて。扇動されるように、誰かが“その名”を口にした。
「まさか“────”」
 エリオットの青い瞳が炎の様に揺らめき、場の空気が一段と張りつめる。
「はは。まぁでも、実際さ……」
 ヘクスは、緊迫した状況のなか、敢えておどけて笑う。
「もしも“そう”だったとしたら、だよ。考えてみなよ。一体、どうするんだい?」
 ヘクスの視線が円卓をぐるりと巡る。発言の意図を敢えて解りよくしているのだろう。マーロウ家現当主、ウェルズ・クリストフ・マーロウが咳払いする。
「地方貴族の領地に歪虚の出没が相次いでいるのも事実。多くの者が捨て置けぬ事と認識しておるでしょうな」
「では貴族の皆さんにも出兵頂けますか?」
 王女の期待に満ちた声。そのあまりに率直で他意のない言葉に、円卓についた全ての出席者の視線が少女に集まった。腹の探り合いなどという言葉が霞んで消えるほどの威力。肯定の意を示す貴族も居るが、そうでない貴族も当然いる。
「直轄領の保安以上が、難しい家もありましょう」
 意外にも、助け船を出したのは大司教だった。無論、そこには政治的思惑が多分に絡んでいるのだろう。しかし、それには及ばなかったのかもしれない。ある男の意思が、改めて示された。
「……殿下。我々は、不要ですかな?」
 大司教が声の主を睨めつける。その先に居たのは──
「そんなっ……ぜひ、お願いします」
「──よろしい。ならば我がマーロウ家は直ちに出兵を約束致しましょう」
 今度は、王女からマーロウ家現当主へと視線が流れる。その発言は、間違いなく周囲の貴族たちの在り様に一石を投じていた。
「みな、思い出さねばなるまい、5年前のあの戦を。大地は枯れ、人は蹂躙された。友が、親が、子が、多くの者が死に絶え、失ったものは数知れぬ。誰も彼もが忘れておらぬと言うに、間違いであれと考えてはいまいか。まるで禁忌だ」
 重い腰をあげる。そこに必要なのは覚悟。それを持たぬ周囲の者どもを一瞥すると、齢60を越える老君は文字通り“立ちあがった”。
「このまま手を拱いてあの惨劇を待てと言うならば、主らはこの卓にでも齧りついているが似合いだ」



 大公マーロウにより、此度の王国での歪虚同時多発事件に、遂に一部貴族が動き出す事態となった。大公に賛同したもの。元より王国派であったもの。政治的理由から動きだしたものなど様々。当然、いずれでもなく私兵団を出兵しない貴族たちもいたが、マーロウ家の抱える兵力を中心に王都へ新たな戦力が集結しようとしていた。
 王国西方に位置するグリム領を治めるグリムゲーテ家も貴族が一つ。末席ながら円卓会議に出席していた当主のゲイル侯爵は「言われるまでもなく王国に忠義を尽くす」との意を示していた。
「一度帰還し、戦力を考査の上、改めて出兵してくる。それまで、無茶はしないようにするんだ」
 娘であるユエル・グリムゲーテにそう言い残し、侯爵は数日前にグラズヘイム王国が首都イルダーナの別邸を発っていった。

「準備はもうよいのでしょうか?」
 落ち付かない様子のユエル・グリムゲーテ(kz0070)が邸のメイドに尋ねた。もう何度か同じことを繰り返し聞いていたらしく、メイド姿の女性は柔らかく微笑む。
「はい、ユエル様。あとはゲイル様や皆様のご到着をお待ちするのみでございます」
 ユエルは、グリムゲーテ家の長子。現在王立学校への通学のため、自治領に暮らす両親と離れ、首都イルダーナの第1街区にある大きな別邸で暮らしている少女だ。
 普段離れて暮らす父が王都に来る時は、決まっていつも“円卓会議のため”だ。会議の議題は露ほども知らぬが、父が難しい顔をしている事くらいは理解することができる。
「ごめんなさい。私……すみません、何故か、不安で……」
 ユエルは、呟いて俯く。使用人はそれをどうすることもできず、ただ静かに傍へ歩み寄ると少女の肩を抱く。
「大丈夫です。ゲイル様は大層お強うございますから」
 メイドの言葉に「はい」と小さく頷くと、ユエルは顔を挙げてパッと明るい笑顔を見せた。
「ありがとうございます。弱気は良くありませんよね」
 少女が顔をあげた際、艶めく黒髪が流れ、少女のこめかみが露出する。そこには、真新しくも生々しい“傷痕”が見えた。少女の端正な顔に似合わない歪なそれは、まるで何らかの誓いの証に刻まれた聖痕のようでもある。見ていて痛々しい想いがするが、メイドは敢えて素知らぬふりをしてユエルに微笑んで見せる。
 ──が、その時だった。
「ユエル様!」
 騎士風の男が、息急き切って邸に転がり込んできた。荒々しく開け放たれた扉から響くギィと思い音は未だ響いたまま。
「た、大変です! 兵団が今、王都への道中、歪虚の軍勢と遭遇して……ッ!」
 胸騒ぎとはこのことを言うのか、と。少女は頭のどこかでそんなことを考えながら、震える唇を隠すように言葉を紡ぐ。
「状況は」
「ゲイル様を中心とした覚醒者を主軸に軍勢を迎撃。しかし、敵の中に1体、とてつもなく強力な個体がおり……!」
 ざわざわと胸の奥底に走るノイズ。宥めるように胸に手をあて、それでもなお気丈であれと言い聞かせる。
「一般人を多く含む我ら私兵団のみでの対処は犠牲者の増加を招くだけと早期に見切りをつけ、ゲイル様のご指示でハンターへの協力を要請するよう仰せつかりました」
「承知しました。あとの事は……任せてください」
 言うが早いか、少女は自身が幼い頃から使いこんでいる一振りの剣を掴み、王都第3街区のハンターズソサエティ支部へと走った。

リプレイ本文

 ──陣形「偃月」。
 中央戦力が前方に突出し、両翼を下げたV字形に配置する陣形。
 これは“敵の横隊を精鋭で突破し戦列を分断する”などを目的とした場合に用いられる陣形であり、大将が先頭となって敵に切り込むため士気も高く、また精鋭が開幕から戦闘の中心となるため攻撃力も高い。
 無論、デメリットも大きい。大将が先頭になって戦うということは、それだけ大将が戦死する可能性も高いのだ。

 ただ、余程“大将に自信がある”なら、話は別なのだろうけど。

●役割

「本件のご同行は条件付で許諾……と、させてください」
 切りだしたのは、やや硬い表情のクリスティア・オルトワール(ka0131)。
「貴女が直接戦うのは、ご自分の命を護る為だけにして頂きたいと、思っております」
「“私が直接戦うのは、私の命を守る為”、だけ……」
「護りたいものもあるのかも知れませんし、貴女にとって戦いに命を賭ける事は当然なのかも知れませんが……」
 小さく息を吐いて。クリスは真っ直ぐにユエルの紅玉石を捉える。
「無理はしない、そう申されましたよね?」
 それがクリスの優しさからくる厳しさだと、ユエル自身理解している。だから、確りと頷いてみせた。
 他方、もう一人の同じ年頃の少女──リーリア・バックフィード(ka0873)が、ユエルの手を取った。
「貴女の役目は、無様でも戦場で生き続けることです」
 手から伝わる暖かさに、ユエルはただ頷く。かけられた言葉を尊重しようと必死だったから、かもしれない。
「敵の数は膨大……されど私達の到着を耐えて待ってくれているのです。信頼には全身全霊で応えましょう」
 微笑むリーリアに、ユエルは懸命に微笑もうとしていた。

 街道を駆ける軍馬の最後尾。
「私では、“誰かや何かのために剣をとること”は不適格……なのでしょうか」
 前をゆくハンターへ向けるユエルの視線に憧れのような色が伺え、隣を走る文月 弥勒(ka0300)は溜息をついた。
「口でどんなこと言ったって、お前は何かやらかすんだろ?」
 今までそんな風に言われたことなどなかった。真面目に、懸命に、父に恥じない嫡子を“務めて”きた。
 だからこそ、少女は少なからず動揺したのだ。
「ま、精々困らせてくれや」
 どんな意図で言われたものであったとしても、それは……
「──俺は許すからよ」
「……!」
 初めての“自分自身に対する認知”だったから。

●敵陣の狙いは

 軍勢同士のぶつかり合いは人類側が不利な情勢で、ロイド・ブラック(ka0408)が目を細める。
「さて。この数でどこまで影響を及ぼせるかは分からんが、最大限に情勢を『傾ける』としよう」
 様々な策を巡らせて最適解を導こうと努めれば、自然に状況がクリアに見え、やるべきことも明白になる。
「聴こえるか? 右翼班、敵翼の一番端に……出るぞ」
 伝達されたロイドの戦略に応じたのは、リーリア、クリス、キヅカ・リク(ka0038)。
 元より、リーリアもリクも右翼端を狙うつもりでいた為、右班はバラつきなく揃って右端を目指す。
 他方、ジェーン・ノーワース(ka2004)は単独で左翼へ馬の鼻先を向け、弥勒は真正面へと文字通り突撃した。
「右翼敵数15。前後2列編成で、前に10。後ろに5。消耗した個体と交代しながら戦線を運用しているみたいだ」
『……どうやら左も、右と同じみたいね』
 リクの通信に、応じるジェーン。どうやら、羊は軍勢の影になっていたハンター達に気付いていないようだ。
「さぁ、勝利の為に優勢を築くとしましょうか……」
 その好機を逃すはずもない。一番槍に踊り出たのはリーリアだった。
 兵列の最右端に飛び出すと、横合いから一気に馬の速度をのせ、渾身の力で槍を突き出す。
 腹部を貫かれた羊が呻く間も与えず、リクが追い打ちに中距離から小銃を構えた。
 ──弾は……ある。状況的にも退けない。
 リクが狙いを定めたのは、敵の鎖骨中央で存在を主張する赤い石。躊躇なく照準を合わせ……
「……やれるだけ、やりますか」
 指を、引いた。
 乾いた音が空を裂き、寸分の狂いなく命中。石はガシャンと音を立てて割れ砕け、羊の胸を穿ち抜く。
 間断ない攻撃、その最後の一手がクリスの指先に宿る。
「行きます」
 宣言。馬上から見据えた羊の風穴目掛け、クリスは番えた矢を放った。大気すら焦がすように進む炎の矢は、敵を捉えて高々と炎を巻き上げる。ややあって、黒煙がゆっくりと消えて行った。
 ロイドは、狙っていた敵の消失を確認。ならば、と直ちに次の標的──兵たちが対処していた羊へと目を向けた。
「集団戦の攻守の要は共に数を減らす事。……俺は卑怯なのでな。先行して弱者を狙わせてもらおう」
 ロイドはそう言うが、一体誰が彼を卑怯などと言おうか。他の覚醒者もみな「弱った個体を先に仕留める」と宣言している現状だ。兵の負担が軽くなるのだから、願ってもないことである。
 青年は、トランシーバーを握り締め、それを媒介にマテリアルに変換をかけ始める。通信機から一瞬、剣の形に似た光が現れると、それはひと思いに敵を貫いた。
 闇を産むのが光なら、闇を消すのもまた光である──青年の一撃に、羊から低い呻きが上がった。

 その頃ユエルはと言えば、どの班で共に戦うか配分指定されていなかったこと。右翼殲滅後に指揮をとる旨の指示があったこと。クリスからも明白に愚かな行為でなければ条件付きで自由に行動をして良いという指示もあったこと。そう言った背景から自分なりに役立とうと行動していた。
 彼女は“敵陣形に嫌な予感”を覚え、その危機感から中央へ向かうことを選んでいた。
 最初に全体を見回した覚醒者がいたなら、気がついただろう。中央は、左右と比べ圧倒的に苛烈な戦場だった。
 様子見してる暇はなさそうだ──弥勒は舌打ちし、思案する間もなく駆けだす。
「貴殿は、あの時の……」
「よう、おっさん。ながらでいいから聞いてくれ」
 ハンターは右翼殲滅後、すぐ合流する。それまでは、ここまでと同じやり方で戦線を維持してほしい、と。
 少年が伝え終わった矢先、大型歪虚の拳による一撃が彼目掛けて繰り出された。
 よくもまぁゲイル達はこれを受けとめてきたものだ。
 辟易するほど凶悪な殴打。受けた手の痺れを感じた次の瞬間、弥勒の体は宙を舞っていた。



 軍勢の最左端。
 軽い身のこなしで馬から降りると、兵の合間を縫うように前線へするする抜けてゆくジェーンの姿があった。

 ──父の力になりたい……ね。
 違う世界で、全く違う人生を送ってきた、似たような年頃の少女──ユエルのことを考えると、なぜかジェーンは心の底が“ささくれた”。
『……で、君は“何”になりたいの?』
 ユエルの言葉が、目が、声が、余りに真っ直ぐだったから。
 “余りに自分と違う”から、ジェーンはそんなことを訊いてみたくなったのかもしれない。
『小さい頃から、ずっと変わっていませんが……父も母も、先程も。“認められない”と言われてしまうです』
 フードの奥から掠めるように見たユエルは何の曇りもなく答え、真っ直ぐ過ぎる視線でジェーンを見つめていた。
『ジェーンさんは、何になりたいんですか?』
 ──やめて、と。口を吐いて出そうになった。
 他意のない、同年代の少女に対する興味だろう。だが、ジェーンの唇が無意識的に閉ざされた。

 頭を振り、意識を払う。今は振り返る時じゃない。瞬脚の限りに駆け、最左端に抜け、漸く敵を捉えた。
 胸の内にかかる靄を切り裂くような思いで、スローイング。
 放たれた手裏剣が躊躇なく敵の喉元に突き立つと、吹き散る体液を確認して少女は息を吐いた。
「今もこれからも、変わらない。変わらないの、何も」
 持てる全てで、出せる最高の力で、目の前の障害を取り除くだけ……少女は、そう呟いた。

 ハンターの加勢によって、戦線に動きがあった。
 敵が何を考えたかは分からないが、右翼左翼の羊が一斉に“鳴き”、呼応するように中央の大型が“吠えた”。
 そして、それを合図に中央への圧が一気に増し始めたのだ。
 連中は「右翼が不利と見たのか、潰される前に当初の目的通り中央を一気に押し切る」つもりなのかもしれない。
 右翼左翼に布陣していた後衛の羊が、揃って中央へ向き直り、そして──“矢”のようなものを、放った。 
 クリスの目に見えたそれは、彼女が何度となく放ってきた、マジックアローのように見える。
 今回の羊に埋まっている赤い石。それが示唆したのは、“露骨に剥き出した弱点”などではない──リクはこの時になって漸く理解し、唇をきつく結ぶ。
 ゆるいV字を描く陣形から、左翼5体、右翼5体が僅かに角度をつけて斜線を確保し、中央へと一挙に魔法の矢を放つ。それは、“集中砲火”の言葉に相応しい行為だった。
 大型が余りに強すぎると加勢を求めたのが今のこの戦いで、中央は既に大型の攻撃を凌ぐだけで手一杯だ。
 そこに、10体の羊が集中砲火を仕掛けたら、一体どうなるだろう?
「指揮官の損失は、全体に影響する。突破されたら均衡は一気に崩れてしまう。弓兵を黙らせる方法を、何か……」
 そして、リクは思い至った。
 全体行動を指示した少年は、仲間の攻撃手段を把握していた。だからこそ、すぐ気付くことができたのだろう。
 無線の会話が聞こえていないクリスに駆け寄り、リクが訴える。
「中央への集中砲火を止めないとまずい! 後ろの連中を、黙らせてほしいんです!」
 クリスは瞬時に状況を把握。確り頷くと、杖を翳し、声を張った。
「次の手で敵後衛を中心に広範囲の魔術を行使致します。皆様、それまでに相応の距離をとってください」
 スリープミスト発動告知。リクが周囲の兵らに警告を発し、ユエルも馬で戦場を駆け、声の限りに叫んだ。
 その間も放たれる十の矢と、大型の一撃。もう、幾許の猶予もない。
 手近な羊に槍を突き立たせ、蹴り飛ばして歩先を引き抜くとリーリアが僅かに後退。
「……効果のほどを、拝見させて頂きましょうか」
 いよいよクリスが瞳を閉じた。
 マテリアルが渦巻き、やがて敵後方の空間に突如として青白い雲が生まれ……煙は瞬く間に辺りを覆い尽くした。範囲の羊すべてを飲み込み、煙は消失。後に残ったのは、横たわる多数の羊。効かない者もいたが、少なくとも後衛は4体が眠りについたのだった。



 それからも、左翼側より矢の雨は絶えず降り注いでいた。耐えて、耐えて、耐える時間が続いている。
 既に2名の騎士が重傷で戦線離脱。弥勒も回復手を使い果たしたし、それはゲイルや騎士も同様だったのだが……
「ゲイル様、お仕えできて光栄でした」
 そんな一言が発せられたのは、右翼殲滅まで後僅かに迫った時のことだった。

『中央……騎士2名の死亡を確認』
 その報せに、リクはライフルをきつく握った。
 右翼はあと2体だったのだが、間に合わず犠牲が出てしまった。それが、少年には何より悔やまれた。
 リーリアは、無線が聴こえていなかったけれど、彼の様子に嘆息し再び前を向く。
 今日ここまでに、リーリアは30回近い攻撃を回避してきた。無論回避できなかった攻撃もあり、結果彼女の乗った軍馬は死亡している。前衛として活躍したが故に、敵集団に狙われたことが原因だろう。だが、それでもこれほどかわしてこれたのは少女の冷静な判断があってこそ。
 今焦っても、戦況は変わらない。負の感情に飲まれることで生じる失敗の方がずっと恐ろしい。
「行きますよ」
 短く告げ、地を蹴った。勢いのまま、振り抜くフラメアの穂先が確実に胸の石を割り砕く。
 カシャン、という音をかき消すように銃声がリクの手元から放たれた。
 「怨……」と底冷えするような唸りを上げて羊が消失。あと、一体。
 着実に息の根を止めるべく、クリスが炎を紡ぐ。そして対象は、焼き尽くされるように黒煙と消えた。
 これで右翼全ての敵を討伐。改めて戦場を見渡し、ロイドは手にしていた無線機に語りかけた。
「右翼の敵を殲滅。直ちに中央へ向かう。あと少し、耐えられるな」

 中央。もうこの場に居るのは弥勒とゲイルの2人だけだ。
「仲間がじきここに来る。つまり、こっからが俺の“本気”の見せどころ、ってわけだ」
 どうしたって仲間の到着までに多少の時間はかかるし、弥勒も自分に後がないことを理解している。同時に、隣に立つゲイルにも後がないことは解っていた。
 ──こいつを前に出す訳にはいかねぇ。なら、話は単純だ。
「だからよ。……ちっとでいいから、おっさんはそこで見ててくれよ」
 そう、味方が到着するまでの間で、構わないから。
 言い残し、飛び出したのは弥勒一人。足の平で力強く踏み込み、全スキルをのせて振り抜く渾身の一撃。
 だが……相手はまだ倒れない。思わず乾いた笑いが少年から漏れる。
 ややあって、弥勒は痛烈な打撃を腹に叩きこまれると、それを最後に意識を手放した──その直後の事だ。
 ゲイルの鼓膜を一発の乾いた銃声が揺らし、刹那、眼前の巨体がぐらりと傾いた。
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
 音の向こうには、間一髪で駆けつけたリクが居た。
 傾いた隙を許す間もなく、風刃が巨体を裂き、最後に一条の光が歪虚を穿つ。
「時は金なり。浪費は罪である……とは、誰の言葉だったか。まぁ、いい。さっさと片付けるぞ」
 リク同様、軍馬を生存させていたクリスとロイドが到着。それに、時を同じくして無線通信が飛び交った。
『右翼の兵がじき合流するようね。……左翼側、挟撃を開始するわ』
 声の主は、ジェーン。
 つまり、形成は完全に逆転した。



 騎士の亡骸を故郷へ送り届けるため、一部の騎士が出立。一同はそれをそっと見送った。
「前に出るだけが戦いじゃない。自分に出来る最善を選択する、それが戦い」
「リクさん……」
「ただ剣を振るうだけが手段ではないと……理解されたのではないですか」
 リクとクリスの言葉に、強張っていた表情が漸く緩む。二人に謝意を示し、少女は小さく頭を下げた。
 その後、弥勒が大怪我で倒れたことを知り、手当てを受ける少年の元へ少女は急いだ。
 魔法矢による裂傷が至る所に刻まれ、状態は相当酷い。膝をついて見守っていると、ふと弥勒が呟いた。
「傷に、なっちまったか……」
 咄嗟にこめかみを隠すユエルに、弥勒は力無く笑う。
「てめえの傷は……人を助けて、出来たものだ」
「……!」
「女の子には、恥ずかしいものかもしれねえが……戦士には、これ以上ない名誉なもの……だぜ」
 余りの事に、言葉を失った。
 これまでずっと堪えてきた何かが堰を切って溢れ、たった一滴、瞳から涙が伝ってしまう。
 リーリアがそんな少女の背をそっと撫でた。戦いの前と同じ、優しい手の温度が少女を慰める。
「隠すべき傷などありはしませんよ。総ての過去は踏み越えられるのですから」

 こうして、騒乱は静かに幕を閉じた。

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MVP一覧

  • 古塔の守り手
    クリスティア・オルトワールka0131
  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒ka0300

重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 古塔の守り手
    クリスティア・オルトワール(ka0131
    人間(紅)|22才|女性|魔術師
  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒(ka0300
    人間(蒼)|16才|男性|闘狩人
  • フェイスアウト・ブラック
    ロイド・ブラック(ka0408
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • ノブリスオブリージュ
    リーリア・バックフィード(ka0873
    人間(紅)|17才|女性|疾影士
  • グリム・リーパー
    ジェーン・ノーワース(ka2004
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
鬼塚 陸(ka0038
人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2014/10/30 20:05:43
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/10/25 01:44:10