ゲスト
(ka0000)
聖導士学校――麦を刈る鉄
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/06/19 22:00
- 完成日
- 2017/06/25 20:23
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●収穫の夏
穏やかな風が南から吹くと、地平線まで続く麦穂が緩やかに波打った。
「やったー!」
「ザマァ見ろ! 就農した俺等が勝ち組よ!」
かつては過酷な戦場で暮らし、1年ほど前に剣から鍬に持ち替えた男達が男泣きに泣いている。
聖堂教会と専門家のサポートがあるとはいえ、一度放棄された土地で慣れない農作業をするのは非常に辛かった。
肌は日に焼けて黒ずみ、顔には皺が増え、戦場で負った古傷が痛む。
だが今は全く気にならない。
目の前にある膨大な麦が、彼らの前途を保障しているからだ。
そんな入植者15人とは対照的に、技術指導担当の技術者達は困り顔で立ち尽くしていた。
「原因の究明は後回しだ」
「分かった。だが15人では収穫しきれない。人手の手配をしなければ」
「隣領から借りたらいくら吹っかけられるか分からない。半分腐らせる方がましだ」
歓声をあげ胴上げしあう筋肉達磨達がうらやましい。
「それは我々貴族の理屈だろう。ここの頭は聖堂教会だ。方針の問い合わせを」
「何も、考えて、ないんじゃないかな」
痛みをこらえる顔で現実を口にする。
この地における最強勢力は聖堂教会傘下の聖導士養成校だ。
教育と歪虚討伐には熱心でもそれ以外に対する対処は正直雑である。
臨時教師をしているハンターの方が頑張っているし頼りになるのだ。
「すみません、聖堂教会の方でしょうか」
聞き慣れない声が背後から聞こえた。
低めで柔らかな女性の声で、潤いに欠けた生活を送る彼らにとってはある意味凶器。
「私は」
美しい所作で名刺を渡してくる。
仕立ての良いスーツも垢抜けた化粧も髪型も、この地に欠けた都会の要素を強く感じさせる。
「はあ、第六商会の」
「はい。刻令ゴーレムの件で参りました」
「随分素早い……」
「お客様のご都合に合わせるのも私たちの仕事ですから」
楚々とした笑顔が技術者達のハートを見事に打ち抜く。
ほぼ独身者のみの入植者達が、いつの間にか黙ってしまって羨ましそうにこちらを見ていた。
「商品見本を運び込みたいのですが許可を頂けるでしょうか?」
今回は簡単な仕事になりそうだと、第六商会敏腕営業が内心ほくそ笑んでいた。
●丘の精霊
カソック姿の幼子が機嫌良く手を振っている。
生徒達も元気よく振り返し、掃除道具をかついで元気に駆け出す。
分厚い皮鎧と大重量のメイスを腰に下げた上でのこの速度だ。
どれだけ鍛錬を積んでいるかこれだけでもよく分かる。
「おはようございます精霊様!」
「麦畑がすごいんですよ。右から左までずーっと麦なんです!」
笑顔で話しかけながら丘の清掃を開始する。
頂に石製の台が置かれているだけなのだが、漂う気配は清らかで疲れるどころか心身が癒えていく気がする。
「おじさん達収穫祭するって言ってました」
「精霊様も一緒に……あっ」
慌てて口を閉じてももう遅い。
精霊は台の陰に座り込み、大きめの龍鉱石に抱きついて全身で落胆を表現している。
彼あるいは彼女は精霊としては極めて弱小で、この丘を離れると風で吹き飛ばされてしまうほど弱体化してしまうのだ。
「一緒に授業受けたいな」
「慣れるまでは楽しくないと思う。走って食べて読んで書いての繰り返しだから」
「ご飯はおいしいんだけどねー」
聖導士課程は覚醒者であることが前提になっている。
恵まれた体力と精神力と精霊の加護があっても、特に最初の数ヶ月は心身が壊れる寸前まで追い詰められる。
話を聞いた精霊が怯え、耳を塞ぎ、ぷるぷる震えだして女性徒に慰められていた。
●前途
大型の魔導トラックが何台も南下してくる。
荷台にあるのは、ゴーレム要素がほんの少しだけある農機具から重武装の刻令ゴーレムまで実に様々。
装備だけなら軍隊と呼んでもどこからも異論が出ない大戦力だった。
そんな車列の一番後ろに4頭立ての馬車がいる。
作りは立派でもリアルブルー技術は未導入で、揺れは激しく中の人々は疲れ果てていた。
「前回の戦いが終わってからの麦の生育が異常です。毒や汚染の可能性は0に近いので……」
「丘の精霊様の影響ですか」
顔色の悪い司祭がたずねると、農業技術者の代表が重々しく首肯した。
「司祭が豊作の術を使えないのでしたらその結論になります」
「そんな術は……あるかもしれませんけど私は使えません」
気付け代わりの錠剤を齧って嚥下する。
どうにも集中しきれない。
王都に呼び出された際、顔をあわせた同派閥の司教達の顔を思い出し憂鬱になる。
「次に農業機械導入の件です。このままだと今月中に話がまとまりそうです。来年以降を予定していたのですが、何かあったのでしょうか?」
「中央と大公派の方針が変わりました。国内に資源を投じて足下を固めることになります」
その一環でイコニアに新たなポストが提示されている。
大貴族相手の交渉役。
大規模な養成校のナンバー2。
深刻な地域内対立を抱える教区の実質的トップ。
他にもあるが実戦部隊に関わる部署は1つもないので今の何でも屋を続けるつもりだ。。
なお、司教への最短コースである王立学校神学科入りは問答無用で却下された。
使える人材を現場から外す余裕はどこにないのだ。
「なるほど。現状維持派と変更派で一定の合意が」
「ええ」
改革と保守という呼び名でないので、多分この人は大公派なのだろうなと思いながら神妙にうなずく。
「ここまで力を入れているのは第六商会の意向でしょうけど」
「すごい数ですからねぇ」
機械化の効果は絶大だ。
ゴーレムを大量導入すれば今の人数のまま数倍以上の農地が耕作可能になる。
「何台買う予定なのですか?」
「いや、それがですね」
何故か技術者が赤面する。
「ゴーレムをフル装備で10台という話がですね」
「10っ? どこにそんなお金が。まさかローン?」
うなずかれる。
利子もかなり額になるらしい。
「農具装備のみならゴーレム5台で無借金経営ができるのですが、その、皆盛り上がってしまって」
運用で得られた情報を渡すことによる値引きも計算に入っている。
イコニアは頭に痛みを感じてこめかみを揉んだ。
修正させたいが今の体調では営業には対抗できない。
「そのあたりの調整もハンターの皆さんにお願いしましょう。臨時教師の募集にフリーハンドで動ける役職も追加で……」
思考がまとまらない。
人口が多いグラズヘイム王国での農業機械化。
イコニアも機械化に反対する気は無い。この地の農業が成功すれば近隣にもよい影響をもたらすはずだ。
なのに、何か重要なことを見落としている気がした。
●依頼票
丘に根付く小さな精霊が、生徒や生徒と仲のよい人間と触れ合うことを望んでいます。
精霊保護の名目で校舎を一棟建てられる額の資金が引き出せます。
普通に遊ぶだけでも問題ありませんが、人間からの影響を精神的にも物理的にも受けやすい精霊なので注意してあげてください。
穏やかな風が南から吹くと、地平線まで続く麦穂が緩やかに波打った。
「やったー!」
「ザマァ見ろ! 就農した俺等が勝ち組よ!」
かつては過酷な戦場で暮らし、1年ほど前に剣から鍬に持ち替えた男達が男泣きに泣いている。
聖堂教会と専門家のサポートがあるとはいえ、一度放棄された土地で慣れない農作業をするのは非常に辛かった。
肌は日に焼けて黒ずみ、顔には皺が増え、戦場で負った古傷が痛む。
だが今は全く気にならない。
目の前にある膨大な麦が、彼らの前途を保障しているからだ。
そんな入植者15人とは対照的に、技術指導担当の技術者達は困り顔で立ち尽くしていた。
「原因の究明は後回しだ」
「分かった。だが15人では収穫しきれない。人手の手配をしなければ」
「隣領から借りたらいくら吹っかけられるか分からない。半分腐らせる方がましだ」
歓声をあげ胴上げしあう筋肉達磨達がうらやましい。
「それは我々貴族の理屈だろう。ここの頭は聖堂教会だ。方針の問い合わせを」
「何も、考えて、ないんじゃないかな」
痛みをこらえる顔で現実を口にする。
この地における最強勢力は聖堂教会傘下の聖導士養成校だ。
教育と歪虚討伐には熱心でもそれ以外に対する対処は正直雑である。
臨時教師をしているハンターの方が頑張っているし頼りになるのだ。
「すみません、聖堂教会の方でしょうか」
聞き慣れない声が背後から聞こえた。
低めで柔らかな女性の声で、潤いに欠けた生活を送る彼らにとってはある意味凶器。
「私は」
美しい所作で名刺を渡してくる。
仕立ての良いスーツも垢抜けた化粧も髪型も、この地に欠けた都会の要素を強く感じさせる。
「はあ、第六商会の」
「はい。刻令ゴーレムの件で参りました」
「随分素早い……」
「お客様のご都合に合わせるのも私たちの仕事ですから」
楚々とした笑顔が技術者達のハートを見事に打ち抜く。
ほぼ独身者のみの入植者達が、いつの間にか黙ってしまって羨ましそうにこちらを見ていた。
「商品見本を運び込みたいのですが許可を頂けるでしょうか?」
今回は簡単な仕事になりそうだと、第六商会敏腕営業が内心ほくそ笑んでいた。
●丘の精霊
カソック姿の幼子が機嫌良く手を振っている。
生徒達も元気よく振り返し、掃除道具をかついで元気に駆け出す。
分厚い皮鎧と大重量のメイスを腰に下げた上でのこの速度だ。
どれだけ鍛錬を積んでいるかこれだけでもよく分かる。
「おはようございます精霊様!」
「麦畑がすごいんですよ。右から左までずーっと麦なんです!」
笑顔で話しかけながら丘の清掃を開始する。
頂に石製の台が置かれているだけなのだが、漂う気配は清らかで疲れるどころか心身が癒えていく気がする。
「おじさん達収穫祭するって言ってました」
「精霊様も一緒に……あっ」
慌てて口を閉じてももう遅い。
精霊は台の陰に座り込み、大きめの龍鉱石に抱きついて全身で落胆を表現している。
彼あるいは彼女は精霊としては極めて弱小で、この丘を離れると風で吹き飛ばされてしまうほど弱体化してしまうのだ。
「一緒に授業受けたいな」
「慣れるまでは楽しくないと思う。走って食べて読んで書いての繰り返しだから」
「ご飯はおいしいんだけどねー」
聖導士課程は覚醒者であることが前提になっている。
恵まれた体力と精神力と精霊の加護があっても、特に最初の数ヶ月は心身が壊れる寸前まで追い詰められる。
話を聞いた精霊が怯え、耳を塞ぎ、ぷるぷる震えだして女性徒に慰められていた。
●前途
大型の魔導トラックが何台も南下してくる。
荷台にあるのは、ゴーレム要素がほんの少しだけある農機具から重武装の刻令ゴーレムまで実に様々。
装備だけなら軍隊と呼んでもどこからも異論が出ない大戦力だった。
そんな車列の一番後ろに4頭立ての馬車がいる。
作りは立派でもリアルブルー技術は未導入で、揺れは激しく中の人々は疲れ果てていた。
「前回の戦いが終わってからの麦の生育が異常です。毒や汚染の可能性は0に近いので……」
「丘の精霊様の影響ですか」
顔色の悪い司祭がたずねると、農業技術者の代表が重々しく首肯した。
「司祭が豊作の術を使えないのでしたらその結論になります」
「そんな術は……あるかもしれませんけど私は使えません」
気付け代わりの錠剤を齧って嚥下する。
どうにも集中しきれない。
王都に呼び出された際、顔をあわせた同派閥の司教達の顔を思い出し憂鬱になる。
「次に農業機械導入の件です。このままだと今月中に話がまとまりそうです。来年以降を予定していたのですが、何かあったのでしょうか?」
「中央と大公派の方針が変わりました。国内に資源を投じて足下を固めることになります」
その一環でイコニアに新たなポストが提示されている。
大貴族相手の交渉役。
大規模な養成校のナンバー2。
深刻な地域内対立を抱える教区の実質的トップ。
他にもあるが実戦部隊に関わる部署は1つもないので今の何でも屋を続けるつもりだ。。
なお、司教への最短コースである王立学校神学科入りは問答無用で却下された。
使える人材を現場から外す余裕はどこにないのだ。
「なるほど。現状維持派と変更派で一定の合意が」
「ええ」
改革と保守という呼び名でないので、多分この人は大公派なのだろうなと思いながら神妙にうなずく。
「ここまで力を入れているのは第六商会の意向でしょうけど」
「すごい数ですからねぇ」
機械化の効果は絶大だ。
ゴーレムを大量導入すれば今の人数のまま数倍以上の農地が耕作可能になる。
「何台買う予定なのですか?」
「いや、それがですね」
何故か技術者が赤面する。
「ゴーレムをフル装備で10台という話がですね」
「10っ? どこにそんなお金が。まさかローン?」
うなずかれる。
利子もかなり額になるらしい。
「農具装備のみならゴーレム5台で無借金経営ができるのですが、その、皆盛り上がってしまって」
運用で得られた情報を渡すことによる値引きも計算に入っている。
イコニアは頭に痛みを感じてこめかみを揉んだ。
修正させたいが今の体調では営業には対抗できない。
「そのあたりの調整もハンターの皆さんにお願いしましょう。臨時教師の募集にフリーハンドで動ける役職も追加で……」
思考がまとまらない。
人口が多いグラズヘイム王国での農業機械化。
イコニアも機械化に反対する気は無い。この地の農業が成功すれば近隣にもよい影響をもたらすはずだ。
なのに、何か重要なことを見落としている気がした。
●依頼票
丘に根付く小さな精霊が、生徒や生徒と仲のよい人間と触れ合うことを望んでいます。
精霊保護の名目で校舎を一棟建てられる額の資金が引き出せます。
普通に遊ぶだけでも問題ありませんが、人間からの影響を精神的にも物理的にも受けやすい精霊なので注意してあげてください。
リプレイ本文
●精霊の丘
東方の衣装を完璧に着こなす典型的西洋人、ハンス・ラインフェルト(ka6750)。
どんなことを言い出すのか身構えていた聖職者の予想は完全に外れ、地に足ついた言動と態度に驚かされた。
「貴族の子達の教育課程の見直しを行いたいのです。彼らは寄付分で勉強するのですから逃がさないことが肝要でしょう」
「その意見には同意する」
黒髪の司教が重々しくうなずく。
声には張りがあり眼光も鋭く、しかし少しばかり視野が広くないようにハンスには感じられた。
「他の生徒より負荷を少なくしている。覚醒者なら楽についていけるはずだ」
「それは、少々多くを望みすぎでは無いでしょうか。どうも彼等は、庶民の風呂の入り方から知らない気がするのですよ」
司教が目を丸くする。
そんな会話が、今から2日前に行われていた。
「ハンス先生、おふぁっ」
「おはようございま、す」
テントの中からぼさぼさ頭の生徒達が顔を出す。
ハンスは既に完全に身支度を調えていて、小さな社の警護をユーレン(ka6859)から引き継いだところだった。
「おはよう。出発前にも言いましたが、家督を継げぬ貴方方は一族と教会のパイプ役を期待されてもいるはずです。ここで知り合ったのも多生の縁、皆さんが充実した生き方を手に入れるために一緒に考えましょう」
爽やかな、けれど甘さの感じられない目で静かに見下ろす。
子供達の頭が見る見る覚醒していき、慌ててタオルで顔を拭きブーツをはき始めた。
己で考え掴み取った答えだからこそ身につく。
ハンスは一瞬だけ優しい目をして課外授業を続けた。
「形をもった精霊さまと触れ合える機会は、本来どれだけ望んでも得られません。精霊さまにご挨拶を」
「おはようございます!」
肝心の精霊さまは柔らかな毛布にくるまり寝息をたてている。
鼻提灯が朝日に照らされ、きらきら輝いていた。
「いちばーん!」
朝露に濡れた草を踏み、テントにいなかったはずの生徒が丘を一気に駆け上がる。
厚い皮鎧に大重量メイスまで装備しているのに速度はかなりものだ。
多少顔色が悪いが、数十キロメートル走った直後なのでこの程度で済んでいるのがすごい。
「馬鹿野郎」
徹底して加減された拳が、元気の良い女生徒の額にこつんと当たった。
全力なら雑魔程度まとめて殴り殺せる威力があるのでこれでもかなり痛い。
「ヴァイス先生!?」
「各人が自分自身の状態と向き合って調節しろと言ったよな?」
視線で足下を示す。
昨日徹底して掃除されていた道が乱雑に踏み荒らされていた。
気力体力がある状態ならこんなミスはしない。
「あっ」
「他にもある。一度止まった者の復帰は許さないとは言ったが、歪虚出没地帯で級友を放置するのはよくないな」
「あぁっ!」
女生徒が激しく動揺する。
慌てて元来た道を戻ろうとするが体力が尽きているため数歩で息切れする。
実際はヴァイス(ka0364)が安全地帯まで送り届けているので全員無事だ。反省して欲しいので学校に戻ってからしか言うつもりはないが。
ヴァイスは小さな社の前から丘の全周を見下ろす。
嬉しいことに2年生の全員が丘の近くまでたどり着き、1年生も遠くにではあるが半数近く見える。
これまでどれだけ過酷で、それ以上に有効な訓練を受けてきたかよく分かる光景だ。
てしてし。
小さな手がヴァイスの逞しい太股に触れる。
最も小柄な生徒よりもずっと小さな精霊が、たすけにいって、と言いたげな顔でヴァイスを見上げていた。
「全員無事だ。直接送り届けてきた」
わあ、と精霊が喜びのあまりマテリアルを放とうとする。
ヴァイスは無言で頭を撫でてやり、意識を逸らすことでマテリアルの放出の阻止をする。
子供と仲が良いのは嬉しいことだ。が、エルバッハ・リオン(ka2434)が言っていたように無防備すぎる。
そのエルバッハは作業着姿でスコップを振るっている。
工事現場用の壁で隠された場所で、延々と穴を掘ってはシートをかぶせて偽装を施す。
万一の際に丘の精霊が逃げ出すための通路だ。
丘から離れると力が弱くなるとはいえ、歪虚や悪意を持った人間に襲われるよりずっとましな未来に繋がるはずだ。
ぴょんぴょん。
すっかりおなじみになった気配が壁の向こうから感じられる。
覚醒者と比べて巨大ではあるが基本的に回復しないマテリアル。
要するに丘の精霊だ。
ぐるっと大回りして壁の反対側に回る。
妙に身なりが良い生徒達が騎馬戦の馬になって、人間換算で10歳にも見えない精霊を肩車していた。
「気休め程度ではありますが対策をとりました。説明をしますのでついてきてください。……貴方たちも護衛としてついてきてください」
エルバッハの後を、はしゃぐ精霊が乗る騎馬がついていく。
シートの端を外すとかなりしっかりした工事のあとが見えた。
草を使った偽装も非常に丁寧で、下も石壁と階段が設置され大重量のものを支えるための柱まであった。
「この上には建物が建つ予定です。校舎になるかもしれません」
精霊が傍迷惑なレベルで目映く輝く。
よほど嬉しいようで、全身で喜びを表現して騎馬から転がり落ちそうだ。
「本当はトンネルにしたかったのですが……」
エルバッハはいくら多才とはいえ建築の専門家ではない。
彼女は預かっていた分も含めて発煙手榴弾を手渡し、可能であれば通路に逃げ込む前に使うよう精霊へ頼むのだった。
丘の裾、人目につかぬ場所で、エステル(ka5826)が見慣れない男達と何かを話している。
「社と、最低限見張り台を含む防御施設を精霊様最優先でお願いします。教室と宿舎としての使い勝手は悪くてもかまいません」
「では基礎と見張り台を今週中に仕上げます」
僻地での大工事を容易なことのように言う。
聖堂教会から派遣された技術者達は、それを成し遂げるだけの技術と権限を持っている。
「様式はどれを選ばれますか」
「最近は異国の影響を受けた新築も多……えっ?」
エステルが丘精霊お気に入りの漫画(生徒の又貸しを司書が追認)を差し出すと、高い技術と地位を持つ親方達が眉間に皺を寄せた。
「物理学に喧嘩を売っているデザインだ」
「強いて言えばエルフ様式? ですがこれは」
丘精霊からの期待の視線に気づき、いい年した男達がびっしょりと汗をかき始めた。
たくましい青毛の馬が、とことこと丘を登ってくる。
妖精がふわりとソナ(ka1352)の膝から離れ、丘精霊に向かって元気よく飛んだ。
丘精霊が全力で歓迎しようとして、振動に負けた騎馬が崩れて精霊ごと倒れる。
きゅう、と目を回す子供と精霊の直上で、蜻蛉の羽を持つ精霊が困ったように小首を傾げた。
「注意してくださいね。直せる傷ばかりではないですから」
全員かすり傷と判断して癒やしの術は使わない。
精霊はダメージを受けたように見えても傷一つ負っていない。
ちらりと桜型妖精を見る。
なんとなく丘精霊と通じ合っているように見えるのだが、普段よりその感情と意図が読み取りづらい。
何故か、巨大な図書館の内容をパンフレット1つに要約しているような無理を感じた。
「お時間いただけますか」
精霊と共に拡張前の社に向かう。
この地の前の領主やそれ以前について、図書館と司教のコネを使って集めた資料を広げて精霊に示す。
精霊は何も答えてくれない。
必死に理解しようとはしてくれているのだが、永い間興味のなかったことを必死に考えているけど分からない、というのが一番近いだろうか。
「あまり根を詰めなくても」
エステルと一緒に新規建築の相談をしようかと考えた瞬間、丘精霊の姿が薄れてソナに向かってふらりと動く。
一時的に形を失った精霊がソナと重なり、膨大に過ぎる情報がソナの中を通り過ぎる。
緑豊かな森。
エルフの集落。
燃えさかる森にエクラの旗印。
浄化不能まで固まりきった恨みと呪い。
我に返って精霊を見ると調査と会話にすっかり飽きて、ソナの太股に頭をのせてうとうとしていた。
●第六商会
「うぬらを先の演習に連れていったことを悔やんでおる。うぬらがここまでバカとはな。農奴になって、子供達の夢と、これから起こる筈だった機械化の波をたかが稚気で潰そうとするとは」
2日前、ユーレン(ka6859)は人生最大レベルの怒りを露わにしていた。
「菜も満足に作れぬうぬらに、此度の豊作の手妻が有ったか?! 全ては精霊の善意だろうが! 精霊は人とは異なる思考を持つ、同じ権能を欲の皮の突っ張った人間のために何度も使わぬ! 人の醜い欲こそ彼らが1番嫌うものなれば! うぬらは、この地の豊かな可能性に泥を塗ったのだ!」
元騎士または聖堂戦士な入植者15名が愕然としてうなだれ。
彼等を直接指導するはずの農業技術者3名は収穫の計画立案と予想外に痩せた土に入れる肥料作成で大忙しだ。
大げさにいっている箇所もあるが問題ない。このくらい言わないと効き目がないほど調子にのっていた。
「精霊が?」
フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)がたずねると、技術者達が手を休めず小声で返す。
「私達3人で参ったときも愛想が良すぎて将来が心配というか。正直その場の勢いでマテリアルばらまいた結果かもしれません」
「祝福と呼べ。祝福無しでも隣領と同程度は穫れていたはずです。麦だけですが」
「土の調査と調整の手間を考えると精々2割の収益増です。精霊が関与した貴重なデータを得られてもこのデータが役立つかというと」
「身の丈にあった物を買え、5台までだフル装備購入は。まずはそれで麦の刈り入れをする。格闘戦にも使える装備のままで居てみろ、必ず近隣の貴族が難癖つけて奪いにくるぞ。丘の防衛に使うのはその後だ。さあ急げ、時間はないぞ!」
ユーレンの言葉に蹴飛ばされるように、15人の覚醒者が麦畑に向け走り出す。
大型を鎌を使い大量の落穂が生じる雑なやり方だが、人力でするならこれ以上の効率は望めない。
フィーナが改めて麦畑を見る。
重い穂が深く垂れ、風が吹くたびに大波が生じて実に見応えがある。
そんな麦畑の近くにはプレハブにも見える急増の建物が4つ。
うち1つは入り口が大きく開けられ、5台のゴーレムがいつでも動ける態勢で置かれていた。
「嫌い」
極めて珍しいことに、フィーナがむき出しの本音を口にした。
あの女はハンターが臨時教師兼交渉役として現れるや否や、掌を返して良心的な商人として振る舞い契約内容を10機から5機に変えつつ恩を売ろうとしてきた。
礼儀で包装された厚顔無恥に接し、フィーナは己に良識があることを強く意識せざるを得なかった。
「凄かったよねぇ。そこまでするかって感じで」
はあ、と宵待 サクラ(ka5561)がため息をつく。
麦畑近くで体力作りに励んでいた校長に声をかけ、何かを諦めきれない様子でじっと見つめる。
「使徒精霊さまってことに出来ない?」
「う、む。イコニア君が反対してな」
初老の司教が身震いする。
サクラの案を全て受け入れ委任状に署名しようとした瞬間、亡者の如き顔色でお目付役が押し入ってきて来たのだ。
「よく分からないがあちこちに喧嘩を売ることになるらしい。やるならこっそり派閥総出で準備を整えてからで無いと学校ごと潰されると」
「あー、イコちゃんそっち選んじゃったか。全賭けしてくれたら8割いけると思ったんだけど」
「ひょっとして儂危ないことやろうとしてた?」
サクラが感情の無い笑みを浮かべると校長の顔が真っ青になっていた。
「では当初予算で6機のお買い上げで」
「メンテナンスと補修費用は運用データの分を差し引きこの額で」
「厳しいですが、はい」
休憩を挟みながら6時間に渡る交渉の末、ようやく売買契約が成立した。
入植者の代理であるエステルと、第六商会の営業である女が、契約書に署名を行い表面上は仲良く握手する。
有利な形で話がまとまったのは良いことだ。しかしエステルの内心は穏やかでない。
倫理も技術も武器としてしか使わない交渉は、酷い徒労感と嫌悪感を心の中に残している。
「見事な交渉術でした。給金はいくらか伺っても?」
「守秘義務がありますから。でもよい勤め先があれば是非紹介して下さいね」
完全に制御された笑みを見て、エステルは相手が王立学校卒業生以上だと確信した。
今の学校では、いくら金を積んでも面接に来てくれすらしないだろう。
●丘の午後
「精霊の存在は以前滞在していた貴族が情報を持ち帰ってる。だから対人間との戦闘も当然あり得る」
非番のはずの傭兵を伴い、フィーナが丘の周囲を調べている。
少数現地入りした業者が最低限の施設を建てたとはいえ、ハンター抜きでは雑魔の襲撃に耐えるので精一杯だ。
「最悪を見越して、対人を想定に含めた防衛陣地を作るべきだと進言しましょう。収穫を終えたゴーレムを有料で借用すれば、彼らの資金も少しは楽になる」
「陣地には105ミリ砲を備えて欲しい」
「警備の増員無しだと無理でしょう。CAM並に自由な狙いをつけられるなら、いやそれでも厳しいか」
予想以上に反応がよくない。
このままでは防衛の計画も立てられず、計画立案をネタに生徒への授業をすることも難しい。
そんな状況で、いきなり丘の上から狼煙が上がった。
皆顔色が変わる。
即覚醒して駆けつけると、かなり離れた場所で煙に包まれむせているイコニアと、脱出口に蹴躓いてうつぶせになっている丘妖精がいた。
そして約1時間が経過した。
「飲む?」
サクラが紅茶を用意しても妖精は受け取ってくれない。
味が分からなくなるほどたっぷり砂糖を入れるとようやく受け取ってくれた。
「一度ご挨拶をしようと……ごめんなさい」
イコニアが地面につくほど頭を下げている。
心から謝れば謝るほど丘精霊が怯え、それに気づいたイコニアがじりじり下がっても精霊はますます怯えてしまう。
「ごめんね。イコちゃんに勧めたのは私だし」
今自分が謝っても逆効果になりかねないと判断をして、サクラはイコニアを捕獲して相変わらず薄い筋肉に手を触れる。
マッサージ開始。
イコニアは痛みとそれ以外の感覚に襲われて身動きとれなくなり、それに気づいた精霊がほっと息を吐いて後退を止める。
精霊は、南に向かって転がり落ちそうな位置まで下がってしまっていた。
「イコちゃんのどこが苦手が出来れば教えてくれると……全部? そっかー、全部かー」
少女司祭の目が虚ろになる。
フィーナが心配そうに肩をゆらしても反応が無い。
「根深いなぁ」
精霊と司祭がどうすれば仲直りできるのか、現時点では手がかりすら見つかりそうにない。
東方の衣装を完璧に着こなす典型的西洋人、ハンス・ラインフェルト(ka6750)。
どんなことを言い出すのか身構えていた聖職者の予想は完全に外れ、地に足ついた言動と態度に驚かされた。
「貴族の子達の教育課程の見直しを行いたいのです。彼らは寄付分で勉強するのですから逃がさないことが肝要でしょう」
「その意見には同意する」
黒髪の司教が重々しくうなずく。
声には張りがあり眼光も鋭く、しかし少しばかり視野が広くないようにハンスには感じられた。
「他の生徒より負荷を少なくしている。覚醒者なら楽についていけるはずだ」
「それは、少々多くを望みすぎでは無いでしょうか。どうも彼等は、庶民の風呂の入り方から知らない気がするのですよ」
司教が目を丸くする。
そんな会話が、今から2日前に行われていた。
「ハンス先生、おふぁっ」
「おはようございま、す」
テントの中からぼさぼさ頭の生徒達が顔を出す。
ハンスは既に完全に身支度を調えていて、小さな社の警護をユーレン(ka6859)から引き継いだところだった。
「おはよう。出発前にも言いましたが、家督を継げぬ貴方方は一族と教会のパイプ役を期待されてもいるはずです。ここで知り合ったのも多生の縁、皆さんが充実した生き方を手に入れるために一緒に考えましょう」
爽やかな、けれど甘さの感じられない目で静かに見下ろす。
子供達の頭が見る見る覚醒していき、慌ててタオルで顔を拭きブーツをはき始めた。
己で考え掴み取った答えだからこそ身につく。
ハンスは一瞬だけ優しい目をして課外授業を続けた。
「形をもった精霊さまと触れ合える機会は、本来どれだけ望んでも得られません。精霊さまにご挨拶を」
「おはようございます!」
肝心の精霊さまは柔らかな毛布にくるまり寝息をたてている。
鼻提灯が朝日に照らされ、きらきら輝いていた。
「いちばーん!」
朝露に濡れた草を踏み、テントにいなかったはずの生徒が丘を一気に駆け上がる。
厚い皮鎧に大重量メイスまで装備しているのに速度はかなりものだ。
多少顔色が悪いが、数十キロメートル走った直後なのでこの程度で済んでいるのがすごい。
「馬鹿野郎」
徹底して加減された拳が、元気の良い女生徒の額にこつんと当たった。
全力なら雑魔程度まとめて殴り殺せる威力があるのでこれでもかなり痛い。
「ヴァイス先生!?」
「各人が自分自身の状態と向き合って調節しろと言ったよな?」
視線で足下を示す。
昨日徹底して掃除されていた道が乱雑に踏み荒らされていた。
気力体力がある状態ならこんなミスはしない。
「あっ」
「他にもある。一度止まった者の復帰は許さないとは言ったが、歪虚出没地帯で級友を放置するのはよくないな」
「あぁっ!」
女生徒が激しく動揺する。
慌てて元来た道を戻ろうとするが体力が尽きているため数歩で息切れする。
実際はヴァイス(ka0364)が安全地帯まで送り届けているので全員無事だ。反省して欲しいので学校に戻ってからしか言うつもりはないが。
ヴァイスは小さな社の前から丘の全周を見下ろす。
嬉しいことに2年生の全員が丘の近くまでたどり着き、1年生も遠くにではあるが半数近く見える。
これまでどれだけ過酷で、それ以上に有効な訓練を受けてきたかよく分かる光景だ。
てしてし。
小さな手がヴァイスの逞しい太股に触れる。
最も小柄な生徒よりもずっと小さな精霊が、たすけにいって、と言いたげな顔でヴァイスを見上げていた。
「全員無事だ。直接送り届けてきた」
わあ、と精霊が喜びのあまりマテリアルを放とうとする。
ヴァイスは無言で頭を撫でてやり、意識を逸らすことでマテリアルの放出の阻止をする。
子供と仲が良いのは嬉しいことだ。が、エルバッハ・リオン(ka2434)が言っていたように無防備すぎる。
そのエルバッハは作業着姿でスコップを振るっている。
工事現場用の壁で隠された場所で、延々と穴を掘ってはシートをかぶせて偽装を施す。
万一の際に丘の精霊が逃げ出すための通路だ。
丘から離れると力が弱くなるとはいえ、歪虚や悪意を持った人間に襲われるよりずっとましな未来に繋がるはずだ。
ぴょんぴょん。
すっかりおなじみになった気配が壁の向こうから感じられる。
覚醒者と比べて巨大ではあるが基本的に回復しないマテリアル。
要するに丘の精霊だ。
ぐるっと大回りして壁の反対側に回る。
妙に身なりが良い生徒達が騎馬戦の馬になって、人間換算で10歳にも見えない精霊を肩車していた。
「気休め程度ではありますが対策をとりました。説明をしますのでついてきてください。……貴方たちも護衛としてついてきてください」
エルバッハの後を、はしゃぐ精霊が乗る騎馬がついていく。
シートの端を外すとかなりしっかりした工事のあとが見えた。
草を使った偽装も非常に丁寧で、下も石壁と階段が設置され大重量のものを支えるための柱まであった。
「この上には建物が建つ予定です。校舎になるかもしれません」
精霊が傍迷惑なレベルで目映く輝く。
よほど嬉しいようで、全身で喜びを表現して騎馬から転がり落ちそうだ。
「本当はトンネルにしたかったのですが……」
エルバッハはいくら多才とはいえ建築の専門家ではない。
彼女は預かっていた分も含めて発煙手榴弾を手渡し、可能であれば通路に逃げ込む前に使うよう精霊へ頼むのだった。
丘の裾、人目につかぬ場所で、エステル(ka5826)が見慣れない男達と何かを話している。
「社と、最低限見張り台を含む防御施設を精霊様最優先でお願いします。教室と宿舎としての使い勝手は悪くてもかまいません」
「では基礎と見張り台を今週中に仕上げます」
僻地での大工事を容易なことのように言う。
聖堂教会から派遣された技術者達は、それを成し遂げるだけの技術と権限を持っている。
「様式はどれを選ばれますか」
「最近は異国の影響を受けた新築も多……えっ?」
エステルが丘精霊お気に入りの漫画(生徒の又貸しを司書が追認)を差し出すと、高い技術と地位を持つ親方達が眉間に皺を寄せた。
「物理学に喧嘩を売っているデザインだ」
「強いて言えばエルフ様式? ですがこれは」
丘精霊からの期待の視線に気づき、いい年した男達がびっしょりと汗をかき始めた。
たくましい青毛の馬が、とことこと丘を登ってくる。
妖精がふわりとソナ(ka1352)の膝から離れ、丘精霊に向かって元気よく飛んだ。
丘精霊が全力で歓迎しようとして、振動に負けた騎馬が崩れて精霊ごと倒れる。
きゅう、と目を回す子供と精霊の直上で、蜻蛉の羽を持つ精霊が困ったように小首を傾げた。
「注意してくださいね。直せる傷ばかりではないですから」
全員かすり傷と判断して癒やしの術は使わない。
精霊はダメージを受けたように見えても傷一つ負っていない。
ちらりと桜型妖精を見る。
なんとなく丘精霊と通じ合っているように見えるのだが、普段よりその感情と意図が読み取りづらい。
何故か、巨大な図書館の内容をパンフレット1つに要約しているような無理を感じた。
「お時間いただけますか」
精霊と共に拡張前の社に向かう。
この地の前の領主やそれ以前について、図書館と司教のコネを使って集めた資料を広げて精霊に示す。
精霊は何も答えてくれない。
必死に理解しようとはしてくれているのだが、永い間興味のなかったことを必死に考えているけど分からない、というのが一番近いだろうか。
「あまり根を詰めなくても」
エステルと一緒に新規建築の相談をしようかと考えた瞬間、丘精霊の姿が薄れてソナに向かってふらりと動く。
一時的に形を失った精霊がソナと重なり、膨大に過ぎる情報がソナの中を通り過ぎる。
緑豊かな森。
エルフの集落。
燃えさかる森にエクラの旗印。
浄化不能まで固まりきった恨みと呪い。
我に返って精霊を見ると調査と会話にすっかり飽きて、ソナの太股に頭をのせてうとうとしていた。
●第六商会
「うぬらを先の演習に連れていったことを悔やんでおる。うぬらがここまでバカとはな。農奴になって、子供達の夢と、これから起こる筈だった機械化の波をたかが稚気で潰そうとするとは」
2日前、ユーレン(ka6859)は人生最大レベルの怒りを露わにしていた。
「菜も満足に作れぬうぬらに、此度の豊作の手妻が有ったか?! 全ては精霊の善意だろうが! 精霊は人とは異なる思考を持つ、同じ権能を欲の皮の突っ張った人間のために何度も使わぬ! 人の醜い欲こそ彼らが1番嫌うものなれば! うぬらは、この地の豊かな可能性に泥を塗ったのだ!」
元騎士または聖堂戦士な入植者15名が愕然としてうなだれ。
彼等を直接指導するはずの農業技術者3名は収穫の計画立案と予想外に痩せた土に入れる肥料作成で大忙しだ。
大げさにいっている箇所もあるが問題ない。このくらい言わないと効き目がないほど調子にのっていた。
「精霊が?」
フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)がたずねると、技術者達が手を休めず小声で返す。
「私達3人で参ったときも愛想が良すぎて将来が心配というか。正直その場の勢いでマテリアルばらまいた結果かもしれません」
「祝福と呼べ。祝福無しでも隣領と同程度は穫れていたはずです。麦だけですが」
「土の調査と調整の手間を考えると精々2割の収益増です。精霊が関与した貴重なデータを得られてもこのデータが役立つかというと」
「身の丈にあった物を買え、5台までだフル装備購入は。まずはそれで麦の刈り入れをする。格闘戦にも使える装備のままで居てみろ、必ず近隣の貴族が難癖つけて奪いにくるぞ。丘の防衛に使うのはその後だ。さあ急げ、時間はないぞ!」
ユーレンの言葉に蹴飛ばされるように、15人の覚醒者が麦畑に向け走り出す。
大型を鎌を使い大量の落穂が生じる雑なやり方だが、人力でするならこれ以上の効率は望めない。
フィーナが改めて麦畑を見る。
重い穂が深く垂れ、風が吹くたびに大波が生じて実に見応えがある。
そんな麦畑の近くにはプレハブにも見える急増の建物が4つ。
うち1つは入り口が大きく開けられ、5台のゴーレムがいつでも動ける態勢で置かれていた。
「嫌い」
極めて珍しいことに、フィーナがむき出しの本音を口にした。
あの女はハンターが臨時教師兼交渉役として現れるや否や、掌を返して良心的な商人として振る舞い契約内容を10機から5機に変えつつ恩を売ろうとしてきた。
礼儀で包装された厚顔無恥に接し、フィーナは己に良識があることを強く意識せざるを得なかった。
「凄かったよねぇ。そこまでするかって感じで」
はあ、と宵待 サクラ(ka5561)がため息をつく。
麦畑近くで体力作りに励んでいた校長に声をかけ、何かを諦めきれない様子でじっと見つめる。
「使徒精霊さまってことに出来ない?」
「う、む。イコニア君が反対してな」
初老の司教が身震いする。
サクラの案を全て受け入れ委任状に署名しようとした瞬間、亡者の如き顔色でお目付役が押し入ってきて来たのだ。
「よく分からないがあちこちに喧嘩を売ることになるらしい。やるならこっそり派閥総出で準備を整えてからで無いと学校ごと潰されると」
「あー、イコちゃんそっち選んじゃったか。全賭けしてくれたら8割いけると思ったんだけど」
「ひょっとして儂危ないことやろうとしてた?」
サクラが感情の無い笑みを浮かべると校長の顔が真っ青になっていた。
「では当初予算で6機のお買い上げで」
「メンテナンスと補修費用は運用データの分を差し引きこの額で」
「厳しいですが、はい」
休憩を挟みながら6時間に渡る交渉の末、ようやく売買契約が成立した。
入植者の代理であるエステルと、第六商会の営業である女が、契約書に署名を行い表面上は仲良く握手する。
有利な形で話がまとまったのは良いことだ。しかしエステルの内心は穏やかでない。
倫理も技術も武器としてしか使わない交渉は、酷い徒労感と嫌悪感を心の中に残している。
「見事な交渉術でした。給金はいくらか伺っても?」
「守秘義務がありますから。でもよい勤め先があれば是非紹介して下さいね」
完全に制御された笑みを見て、エステルは相手が王立学校卒業生以上だと確信した。
今の学校では、いくら金を積んでも面接に来てくれすらしないだろう。
●丘の午後
「精霊の存在は以前滞在していた貴族が情報を持ち帰ってる。だから対人間との戦闘も当然あり得る」
非番のはずの傭兵を伴い、フィーナが丘の周囲を調べている。
少数現地入りした業者が最低限の施設を建てたとはいえ、ハンター抜きでは雑魔の襲撃に耐えるので精一杯だ。
「最悪を見越して、対人を想定に含めた防衛陣地を作るべきだと進言しましょう。収穫を終えたゴーレムを有料で借用すれば、彼らの資金も少しは楽になる」
「陣地には105ミリ砲を備えて欲しい」
「警備の増員無しだと無理でしょう。CAM並に自由な狙いをつけられるなら、いやそれでも厳しいか」
予想以上に反応がよくない。
このままでは防衛の計画も立てられず、計画立案をネタに生徒への授業をすることも難しい。
そんな状況で、いきなり丘の上から狼煙が上がった。
皆顔色が変わる。
即覚醒して駆けつけると、かなり離れた場所で煙に包まれむせているイコニアと、脱出口に蹴躓いてうつぶせになっている丘妖精がいた。
そして約1時間が経過した。
「飲む?」
サクラが紅茶を用意しても妖精は受け取ってくれない。
味が分からなくなるほどたっぷり砂糖を入れるとようやく受け取ってくれた。
「一度ご挨拶をしようと……ごめんなさい」
イコニアが地面につくほど頭を下げている。
心から謝れば謝るほど丘精霊が怯え、それに気づいたイコニアがじりじり下がっても精霊はますます怯えてしまう。
「ごめんね。イコちゃんに勧めたのは私だし」
今自分が謝っても逆効果になりかねないと判断をして、サクラはイコニアを捕獲して相変わらず薄い筋肉に手を触れる。
マッサージ開始。
イコニアは痛みとそれ以外の感覚に襲われて身動きとれなくなり、それに気づいた精霊がほっと息を吐いて後退を止める。
精霊は、南に向かって転がり落ちそうな位置まで下がってしまっていた。
「イコちゃんのどこが苦手が出来れば教えてくれると……全部? そっかー、全部かー」
少女司祭の目が虚ろになる。
フィーナが心配そうに肩をゆらしても反応が無い。
「根深いなぁ」
精霊と司祭がどうすれば仲直りできるのか、現時点では手がかりすら見つかりそうにない。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
イコニアさんに質問 フィーナ・マギ・フィルム(ka6617) エルフ|20才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/06/19 09:06:51 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/06/16 23:49:16 |
|
![]() |
難問珍問山積みの学校へようこそ 宵待 サクラ(ka5561) 人間(リアルブルー)|17才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/06/17 00:00:24 |