ゲスト
(ka0000)
貴族の依頼、可愛い子供
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/06/22 07:30
- 完成日
- 2017/07/01 01:55
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
『人捜しの依頼、詳細は当日に』
一昨年、愛人絡みで何等かの事件が発生したらしい。
事件の詳細は不明だが、サーラというメイドが関わっている。
概ねそんな前情報のある貴族からの依頼が掲示された。
先月も同様の依頼を持ち込まれたが、屋敷で病人が出たとのことで、延期になったらしい。
今回も詳細は伏せられたままだが、受付嬢はこの依頼を気に留めたハンターには前述の情報を伝えてから参加を尋ねた。
「報酬は多いですが、どんなことを頼まれるのかも分かりませんし……」
受付嬢の不安を払うように、参加を決めたハンター達が、当日屋敷に招かれた。
●
こちらへどうぞと通されたのは、明るいサンルームだった。
長椅子には女性がゆったりと腰掛けている。
薄いレースのカーテンが飾られた窓には程よく日が差して、緑の庭を照らしている。
窓から臨む庭は、屋敷の外観に比べて簡素な物だが、隙間なく茂る芝が青々と眩しい。
女性がハンター達を見回してうっそりと微笑んだ。
「ご覧になって?」
細い手がテーブルに置かれたネックレスを示した。
大小様々な宝石を零れるほど散りばめた、対照的で華やかなデザイン。
しかし、その中央がぽっかりと空いている。石止めだけがそ虚しく抱いたその空間には、きっと赤が似合う。
血のように鮮やかな、濃くて深い赤。
女性はハンター達を眺めて目を伏せると、深い溜息を吐いて話し始めた。
「これを、作らせていた頃のことよ。――――
●
女性は、依頼人エドガー・ダ・ヴィスカルディの妻だという。
まだ若そうに見えるが、窶れた頬や節の尖るほどに痩せた指が、彼女を老け込ませて見せる。
趣味は旅行。
そして旅先で見付けた宝石を買い付けて、贔屓にしている宝飾工にネックレスを作らせること。
嫁いできてからも変わらず、これまで作らせた物が全てこのサンルームに飾られていた。
チェストを空けると、10年ほど前からの制作年を入れられたトルソーに、毎年異なる美しさの煌びやかなネックレスが飾られ、硝子ケースに収められている。
彼女はテーブルに置いた物を作らせていたのは一昨年だと言った。
その年から先のトルソーは無い。
「素敵なルビーを見付けたの。とても大きくて、艶やかで、もう二度と手に入らないと思うくらい。それを見付けた時は、本当に幸せだった。あの人の愛人が臨月なんて、忘れてしまうくらいに」
愛人は別邸に囲われていたと話す。
若くして嫁いできてから、妹のように可愛がっていたメイドが、その愛人の世話のために別邸へ送られたことを寂しく思っていた。
愛人の身分が低く、それを吹聴させないために最も信頼出来るメイドを向かわせたとエドガーは言ったらしい。
「でも、男の子が生まれたと知った時は、絶望したわ。殺してやりたいとさえ……そこまで非道いことは出来そうに無かった……でも、いずれ、私に子どもが生まれた時、その子に兄がいるなんて許されない。この家を継ぐのは、私の子ども。……でしょう?」
彼女は自嘲する様に笑いながら、当時の企てを話した。
愛人にその立場と引き替えに息子を差し出させようとした。
息子を選ぶならそれでも良い、その代わり放逐する。そう手紙に書いて、サーラを呼び出して届けさせた。
どうされるんですか。困ったように尋ねたサーラに、どうもしないと答えた。
家を継ぐのが憚られる程度の傷を頬に残すだけだと。
可哀想ですけど仕方ありませんね。それに、屋敷の方があの子にも幸せかも知れません。
愛人からの当たりが厳しかったのだろう。サーラは赤子の未来を思い、ほっとしたように言った。
「フィオリーノ……いつも作らせている職人よ……彼がネックレスをここまで完成させた時、サーラが赤子を抱えて部屋に来たわ。――皆さんと同じように、応接室からそのドアを開けて」
ここまで、そう示したのはテーブルの上のネックレス。
最後の石が嵌められるのを待ちわびるようなそれ。
「フィオリーノは、何年か前から弟子の女の子を連れてきていたわ。名前は……なんて言ったかしら? 可愛い子だったわ。小さいのに器用で、物覚えが良くて……ルースを見詰めては、きらきらしてとてもきれい、って、はしゃいでいた。
その日も、その子は来ていたわ。
丁度、最後にここに収まるはずのルビーを見て……じっと見ていた。
ノックの音がしても、見ていたのよ。
部屋にいたメイドがドアを開けて、サーラがあの女の子どもを抱えてきた。
私は、そこの……剣を取って……」
彼女が壁を見る。
家紋のレリーフと短剣が飾られていた。
サーラや他のメイドには打ち明けていた通り、彼の頬を突くつもりで。
「その時だったわ。
サーラの腕から子どもが奪われて、その拍子にサーラが転んで……
フィオリーノが叫んで……
何が起こったのか分からなかった。
サーラが泣きそうになって、彼の弟子が、子どもを奪っていったと分かったのは、もう屋敷を出て行ってしまった後だった」
●
以来、身籠もることはなく、焦ったエドガーが、生後1週間足らずで行方知れずとなった愛人の息子を探して欲しいと無茶な依頼を出したという。
事件以来伏せっていた彼女は、長く話して疲れたと言い、メイドの手を借りながら寝室代わりに使っている2階の客間へ向かった。
話しを引き継いだ執事が心当たりを尋ね、ハンター達を見回し、細い目を更に細めて笑う。
「……皆様、如何でしょう? 男の赤ん坊を……今は2才くらいでしょうか?……連れた少女。これと言って特徴は御座いませんが、ブラウンの髪と目をしております。年は、確か、15、16くらいでしょう。……もしかすると、赤ん坊の方は……いいえ、私がそのようなことを思ってはいけませんね。……お心当たりは、御座いませんか?」
お話し頂けないのでしたらそれでも構わないと言う。
そして、執事は1枚の書類をハンター達に見せた。
それはエドガーが調べさせたルビーの所在。
事件の日に名前すら無い赤子と共に消えたそれ。
もしも、弟子の少女が持ち出していたならば、それがその少女と赤ん坊の手掛かりとなるだろう。
大粒の物が、大通りにある宝石店で貴族に購入されたらしく、その後は不明とされていた。
贈り物、と付記されており、今は、誰かの指か胸許か、或いは宝石箱に収まっているのだろう。
「こちらの調査に。我々が探している物かどうか、確認に参りますので同行をお願い申し上げます。それから……この店から馬車で少し走った先に、長く閉まっていたところを、最近何故か営業を再開した小さな宝石店が有ると聞きましたので、そちらへも、もし、よろしければ」
そして、やはり、芝居じみた仕草で深々と頭を垂れた。
『人捜しの依頼、詳細は当日に』
一昨年、愛人絡みで何等かの事件が発生したらしい。
事件の詳細は不明だが、サーラというメイドが関わっている。
概ねそんな前情報のある貴族からの依頼が掲示された。
先月も同様の依頼を持ち込まれたが、屋敷で病人が出たとのことで、延期になったらしい。
今回も詳細は伏せられたままだが、受付嬢はこの依頼を気に留めたハンターには前述の情報を伝えてから参加を尋ねた。
「報酬は多いですが、どんなことを頼まれるのかも分かりませんし……」
受付嬢の不安を払うように、参加を決めたハンター達が、当日屋敷に招かれた。
●
こちらへどうぞと通されたのは、明るいサンルームだった。
長椅子には女性がゆったりと腰掛けている。
薄いレースのカーテンが飾られた窓には程よく日が差して、緑の庭を照らしている。
窓から臨む庭は、屋敷の外観に比べて簡素な物だが、隙間なく茂る芝が青々と眩しい。
女性がハンター達を見回してうっそりと微笑んだ。
「ご覧になって?」
細い手がテーブルに置かれたネックレスを示した。
大小様々な宝石を零れるほど散りばめた、対照的で華やかなデザイン。
しかし、その中央がぽっかりと空いている。石止めだけがそ虚しく抱いたその空間には、きっと赤が似合う。
血のように鮮やかな、濃くて深い赤。
女性はハンター達を眺めて目を伏せると、深い溜息を吐いて話し始めた。
「これを、作らせていた頃のことよ。――――
●
女性は、依頼人エドガー・ダ・ヴィスカルディの妻だという。
まだ若そうに見えるが、窶れた頬や節の尖るほどに痩せた指が、彼女を老け込ませて見せる。
趣味は旅行。
そして旅先で見付けた宝石を買い付けて、贔屓にしている宝飾工にネックレスを作らせること。
嫁いできてからも変わらず、これまで作らせた物が全てこのサンルームに飾られていた。
チェストを空けると、10年ほど前からの制作年を入れられたトルソーに、毎年異なる美しさの煌びやかなネックレスが飾られ、硝子ケースに収められている。
彼女はテーブルに置いた物を作らせていたのは一昨年だと言った。
その年から先のトルソーは無い。
「素敵なルビーを見付けたの。とても大きくて、艶やかで、もう二度と手に入らないと思うくらい。それを見付けた時は、本当に幸せだった。あの人の愛人が臨月なんて、忘れてしまうくらいに」
愛人は別邸に囲われていたと話す。
若くして嫁いできてから、妹のように可愛がっていたメイドが、その愛人の世話のために別邸へ送られたことを寂しく思っていた。
愛人の身分が低く、それを吹聴させないために最も信頼出来るメイドを向かわせたとエドガーは言ったらしい。
「でも、男の子が生まれたと知った時は、絶望したわ。殺してやりたいとさえ……そこまで非道いことは出来そうに無かった……でも、いずれ、私に子どもが生まれた時、その子に兄がいるなんて許されない。この家を継ぐのは、私の子ども。……でしょう?」
彼女は自嘲する様に笑いながら、当時の企てを話した。
愛人にその立場と引き替えに息子を差し出させようとした。
息子を選ぶならそれでも良い、その代わり放逐する。そう手紙に書いて、サーラを呼び出して届けさせた。
どうされるんですか。困ったように尋ねたサーラに、どうもしないと答えた。
家を継ぐのが憚られる程度の傷を頬に残すだけだと。
可哀想ですけど仕方ありませんね。それに、屋敷の方があの子にも幸せかも知れません。
愛人からの当たりが厳しかったのだろう。サーラは赤子の未来を思い、ほっとしたように言った。
「フィオリーノ……いつも作らせている職人よ……彼がネックレスをここまで完成させた時、サーラが赤子を抱えて部屋に来たわ。――皆さんと同じように、応接室からそのドアを開けて」
ここまで、そう示したのはテーブルの上のネックレス。
最後の石が嵌められるのを待ちわびるようなそれ。
「フィオリーノは、何年か前から弟子の女の子を連れてきていたわ。名前は……なんて言ったかしら? 可愛い子だったわ。小さいのに器用で、物覚えが良くて……ルースを見詰めては、きらきらしてとてもきれい、って、はしゃいでいた。
その日も、その子は来ていたわ。
丁度、最後にここに収まるはずのルビーを見て……じっと見ていた。
ノックの音がしても、見ていたのよ。
部屋にいたメイドがドアを開けて、サーラがあの女の子どもを抱えてきた。
私は、そこの……剣を取って……」
彼女が壁を見る。
家紋のレリーフと短剣が飾られていた。
サーラや他のメイドには打ち明けていた通り、彼の頬を突くつもりで。
「その時だったわ。
サーラの腕から子どもが奪われて、その拍子にサーラが転んで……
フィオリーノが叫んで……
何が起こったのか分からなかった。
サーラが泣きそうになって、彼の弟子が、子どもを奪っていったと分かったのは、もう屋敷を出て行ってしまった後だった」
●
以来、身籠もることはなく、焦ったエドガーが、生後1週間足らずで行方知れずとなった愛人の息子を探して欲しいと無茶な依頼を出したという。
事件以来伏せっていた彼女は、長く話して疲れたと言い、メイドの手を借りながら寝室代わりに使っている2階の客間へ向かった。
話しを引き継いだ執事が心当たりを尋ね、ハンター達を見回し、細い目を更に細めて笑う。
「……皆様、如何でしょう? 男の赤ん坊を……今は2才くらいでしょうか?……連れた少女。これと言って特徴は御座いませんが、ブラウンの髪と目をしております。年は、確か、15、16くらいでしょう。……もしかすると、赤ん坊の方は……いいえ、私がそのようなことを思ってはいけませんね。……お心当たりは、御座いませんか?」
お話し頂けないのでしたらそれでも構わないと言う。
そして、執事は1枚の書類をハンター達に見せた。
それはエドガーが調べさせたルビーの所在。
事件の日に名前すら無い赤子と共に消えたそれ。
もしも、弟子の少女が持ち出していたならば、それがその少女と赤ん坊の手掛かりとなるだろう。
大粒の物が、大通りにある宝石店で貴族に購入されたらしく、その後は不明とされていた。
贈り物、と付記されており、今は、誰かの指か胸許か、或いは宝石箱に収まっているのだろう。
「こちらの調査に。我々が探している物かどうか、確認に参りますので同行をお願い申し上げます。それから……この店から馬車で少し走った先に、長く閉まっていたところを、最近何故か営業を再開した小さな宝石店が有ると聞きましたので、そちらへも、もし、よろしければ」
そして、やはり、芝居じみた仕草で深々と頭を垂れた。
リプレイ本文
●
深い溜息で話を終えたヴィスカルディ家夫人、メイド達がその手を取り窶れた身体を支える。
彼女達の退室のため、応接室の扉に伸ばされた執事の手。
それを遮った式が現れる。
応接室の中央、風の無い部屋にも関わらず髪を戦がせた星野 ハナ(ka5852)が符を構えて立ち上がる。
何事かと戸惑うメイドの傍へもう1体。彼女達が悲鳴を上げるのも構わずに更に1体夫人を捉えるように符を放って式を呼ぶ。
激しいノックが応接室に響いたが、星野はそれを意に介さず、肩を聳やかして夫人を見下ろした。
「ちょっと待てや、オバハン。言いたいことだけ言って逃げんなや、このダボがぁっ!」
殺気すら隠さず夫人を睨むと、メイド達が夫人を庇う様に身を寄せた。
「貴女から聞きたいお話まだ終わってないんですぅ」
メイド達は怯えながら星野を睨み返し、夫人はノックの続くドアへ、逃げなさいと繰り返し叫んでいる。
ノックは止まず、何かがぶつかる音と呻く声が聞こえた。
子どもが見付かったら、殺すつもりか。
愛人の子は言うことを聞くように仕込まないのか。
夫人を蔑む様に顔を歪ませ、大仰に淀みなく。やがて外の音が静まると、星野の声だけが部屋に響いた。
「……旦那の手がつかない以上自分で子供が産めないわけですしぃ?」
夫人を見下ろし嘲笑う。
多少なりとも冷静ならば彼女を煽ろうとした星野の意図を知るだろうが、メイドは頬を震わせて手を上げた。
やめなさいと叫んだ夫人の声も聞かずに、星野の頬を狙ったメイドの手は、式に容易く受け留められる。
ドアの方を気に掛けていた執事が、メイドの行動に慌てて駆け寄ろうと動くのをマリィア・バルデス(ka5848)が遮る。
表情を変えず、しかし僅かに執事は薄い眉を寄せた。
「大多数のハンターは、少しでも関わった相手を幸せにしたい。そういう夢を持ってハンターをしているの」
マリィアが落とした声で囁く。
「内容によっては、依頼人すら撃ち倒す。そういう無頼の徒だと、理解したうえで依頼することね」
依頼金の為では無い。
執事の目を見る。表情に乏しいその顔が微かに俯いて陰りを帯びたように見えた。
言うべきことは終えたと星野が手を翻すと全ての式が消える。
「タチの悪い服毒の御趣味があるようですけどぉ、どうぞそれは御自分だけになさって下さいねぇ……じゃお帰り下さいぃ」
やせ細った指を、ドレスに包んで尚危うい程に痩せた身体を見下ろして目を眇める。
夫人は小さな声で、その通りだわと答えて、微笑む口角を僅かに上向かせた。
メイドに支えられながら歩いて行く先で、式の消えた扉は外側から何かに押されたように勝手に開いてくる。
扉に凭れ掛かっていたサーラの身体が部屋の中へ滑り込むように倒れる。
駆け寄ろうとする夫人をメイド達が宥めるが、彼女達の顔にも焦燥が浮かぶ。
扉に叩き続けていたサーラの手の甲には血が滲み、扉にも滴る程その血の跡が残っていた。
●
「――ご不快な思いさせてしまい申し訳御座いません、ここまでご足労頂きましたお礼はオフィスを通じてお渡しさせて頂きますので、……どうぞ退室なさって頂いて構いません」
倒れたサーラをハンター達から隠すように大袈裟に腕を伸ばし深く頭を垂れ、首だけを上げて様子を覗う。
サーラはメイドの1人に抱えられて運ばれ、夫人が介添えを断ってもう1人のメイドをその場に残らせた。
夫人が手摺りに掴まりながら階段を昇り始めるとメイドは扉を閉めて室内へ戻る。
執事がハンター達へ依頼を説明している横で、憤りを顕わにハンター達を睨んでいる。
閉ざされた扉の向こう、青い顔で目を閉じていたサーラの様子が気に掛かった。
部屋に通された時に見た彼女の顔色は良く、体調が良くなったみたいだとほっとしたのに。
カリアナ・ノート(ka3733)は椅子に座って身を強張らせる。
今まで出会ってきた人々とは何かが異なる、もやもやと胸を締め付けられる息苦しさを感じ、膝に乗せた手がぎゅっとスカートを握り締めた。
お姉ちゃん達だったら、と目を閉じて心の中で姉に助けを求めた。
都市を越えて活動するハンターならばと情報提供が求められたが、ハンター達は皆口を噤む。
「分からないわ。……気には留めておくけど、捜すにはある程度の時間をもらわないと……少女の名前は?」
暫く考えていたリアリュール(ka2003)も首を横に揺らすと、外見の他の手掛かりを問う。
「人探しには協力してあげたいけど……」
ドアを覗う。
夫人は本当に望んでいるのだろうか。少女と赤子の将来も気に掛かる。
「これからご懐妊した場合、愛人の子を可愛がってあげられるかしら? 頬を、傷付けると……」
そう言っていたのに、何故サーラは安堵したのだろう。疑問が浮かぶが、それに答える前にメイドが喚き、執事がその腕を抑え込む。
「……全てを伏せてこちらの頼みだけを聞いてくれる便利屋ではありませんでしたね」
執事の視線がふとマリィアに向けられて、溜息交じりの声が零れた。
細い目がハンター達を眺め、笑みを歪めたように眉を寄せた。
エドガーには伏せて治療を行っているが、夫人は事件以降数度の流産と疾病を経て、既に身籠もれるような身体では無くなっていた。
治療の為に劇物に近い薬を服用しており、日の殆どをベッドで過ごしている。
サーラについてメイドは躊躇っていたが、静かに彼女の言葉を待つリアリュールに諦めたように口を開いた。
「…………蹴られるよりいい……気を失うまで蹴られるより、ほっぺの傷で済む方が良い。サーラ、奥様には隠していたけど、あの女に苛められてたのよ」
当たりが厳しいどころではないとメイドは呟く。
「当主はその愛人との関係を清算したのでしょうか?」
話しを聞いていたGacrux(ka2726)が尋ねた。
メイドは、出て行ったと吐き捨てるように答えた。
ガクルックスは軽く目を伏せて考える。
夫人の様子、当主の思惑と追従する執事。
話が進むほど当主の勝手さが覗えてひくりと蟀谷が震えた。
「ところで、出て行く前は?」
或いは、子どもを使って夫人を出し抜こうとしていたのだろうか。
メイドはそれを否定した。寧ろ囲われる生活を疎んじていたらしい。
控えめなノックに続き扉が開けられた。
サーラを寝かせてきたメイドが数枚の書類を執事に渡すと、ハンター達から顔を背けるように辞儀を1つ足早に部屋を出て行った。
「――お待たせ致しました。控えがあったようです。少女の名前はモニカ、両親ともに不在。当時の年齢は15、生きていれば今は17でしょうね……ああ、疑われることもありませんでしたが、伯父であり奥様の依頼を請け負っていたフィオリーノは怪我のために療養中……当家からの見舞いは届けており、皆様に詮索されるような禍根は御座いません……彼の為にも見付かって欲しいものです」
書類を畳み執事はハンター達へ視線を戻す。
「ルビーは、……モニカちゃんが部屋を出た直後にはもうなかったという事なの?」
執事は一旦サンルームへ戻り、トレーに載せられたネックレスを運んできた。
彼女が持ち去ったかは不明だが、目撃情報も無く、当時から2年経った今では手掛かりが他に無い。
リアリュールはぽっかりと空いた台座を見る。収まるとしたら相当な大きさの物だろう。
馬車の支度をすると言って執事は部屋を出る。メイドが茶器を運んできた。
ハンター達の前にカップが並べられていく。
暫くお待ち下さいと言い残し、メイドも部屋を出て行った。
部屋がハンター達だけとなったところで、マリィアは会話を書き留めたノートを開く。走り書きの文字を辿るペン先が揺れる。
名前と容姿、少女の持つ技術から、思い浮かぶ2人がいる。
同じ2人を思い浮かべたカリアナとリアリュールも、それを口には出さずに項垂れている。
ガクルックスが組んだ指の上に顔を伏せて溜息を吐く。
子どもが道具のようだと呟いた。
夫人の身体も精神も限界だ。
子どもを取り返すことよりも、優先すべきことがあるだろう。
執事の態度は転じて、当主の立ち位置は壊れていく彼女を見過ごしている様に思える。
「……奥様は今回の依頼について納得されていますか?」
ハンター達を呼びに戻ってきた執事に尋ねた。
執事は、はい、と短く答える。
「この家が潰れては、旦那様の会社に勤める労働者とその家族、路頭に迷う者が何百人に上りますので……では皆様、こちらへお願い致します」
ハンター達が馬車へ乗り込むと、執事は助手席へ座る。運転手の短い声に続いて馬が走り出した。
●
1箇所目の目的地は完全に空振りだったと執事はハンター達に詫び、急ぎ次の目的地へ向かう。
アリュールは手伝うのはここまでにすると馬車には乗らず、帰りの手配も断って思い浮かんだ2人の暮らす小さな工房を目指した。
馬車に揺られながらマリィアは手帳の白い頁にペンを走らせる。
『ヴィスカルディが貴方とピノを探してる。今日はもう家を出ないで隠れていて』
馬車が緩やかに曲がるとマリィアは一旦手帳を閉じた。
接触の機会は有るだろうかと小さな窓から流れる街並みを眺めた。
覚えの有る街並みにカリアナの細い肩が微かに震えた。
「……何だろう……」
いやな予感がする。不安に瞑った目をゆっくりと開いて外を見た。
馬車を降りたら冷静に振る舞わなくては、疑われる訳にはいかない。バレないかしら。祈るように深呼吸を。
外の様子を覗うように、街並みを追うが突いてくる馬車やこちらを覗う気配は無い。
やがて、馬車は静かに停まった。
馬車から隠れながら先に工房を目指すのは困難だが、執事は工房の正確な場所は知らないらしく、馬車は商店街の外れへ向かう。
路地裏へ駆け込んだリアリュールの姿は幸いにも見付かることは無かったようだ。
馬車を降りて、カリアナは執事の傍へ向かう。
彼の行動を制限させ、他の何者かが接触や追跡を試みるなら、それを妨げる様に。
「……私も一緒に行くわ!」
努めて明るい声でそう言って、表情を覗かせないように一歩下がって執事に続く。
同行に頷くガクルックスとマリィアだが、マリィアは脇腹を押さえてハンター達へ目配せを。
ガクルックスは帽子を深く被り直し、執事の隣を歩く。
通りがかりの閉まっている店のドアをノックし、返事の無い様子に不在だろうかと窓を覗く。
「これでは、まるで不審者のようですねえ……」
自身の行動に肩を竦め、留守だったと改めて告げる。
執事は頷くが、すぐに次の店へと向かった。
ガクルックスと執事と別れ、カリアナはその通りの先へ急いだ。
このまま商店街を歩いて行けば路地裏の工房へ辿り着く手前に、彼女が懇意にしている薬屋が有る。
そのどちらにも執事を会わせるのは危険だと警鐘が鳴る。
「大勢で聞き込みしても警戒されます。俺たちは向こうを調べましょう」
ガクルックスが執事を促した隙にその場を離れ、薬屋までを急いだ。
リアリュールが足を止めた工房、コンフォート。他のハンターや執事の姿は無く、遅れを取った様子も無い。
一先ず安堵するが、耳を澄ませても作業の音や人の声は聞こえない。
「留守かしら……」
表には回らず、窓をカーテンの隙間から覗く。
風に揺らされた銀の髪を虹に染めて、マテリアルを込めた瞳で屋内を探る。
覗いた表の看板には閉店の文字が外側へ向けられている。
出掛けているのだろうか、今日の所はこのまま帰ってこない方が良いだろう。
協力を仰げないだろうかと彼女と親しくしていた娘が暮らす薬屋へ目を向けると、裏から迂回してきたらしいカリアナの姿を見付けた。
カリアナとリアリュールが薬屋を覗くが娘の姿は無い。暫く待っていると籠を提げた娘が歩いてくる。その姿は裏の勝手口へ回る。
そこへ2人が声を掛ける。
「久しぶりね、ちょっといいかしら」
カリアナは建物の影から執事達を覗う。
時間は無い。カリアナが見張っている間にリアリュールが娘に話す。
「モニカちゃんたちを捜している人がいるの」
それは、とても信頼を置ける人物では無いが、聞き込みを続けてもうすぐここにも来てしまう。
娘もモニカの所在は知らないと言うが、買い物なら日暮れまでには帰って来る。
ガクルックスとマリィアは執事と共に聞き込みを続けていた。
マリィアはその途中に再度脇腹を押さえ、不調らしい様子に執事が休憩を尋ねるがそれを断って次の店へ。
勝手口で話を終えた娘が戻ると、店の方から母親がおかえりと向かえる声が聞こえ、いらっしゃいませと続いたその声に、リアリュールとカリアナは3人の来訪を知る。
耳を澄ますと執事とガクルックスの声を遮るようにマリィアの声が聞こえた。
お腹の調子が、トイレまで、案内を。
聞き取るその声に、2人は娘を連れてマリィアとの合流を図る。
執事の目が離れるとマリィアはメモの続きへペンを走らせる。
『明日彼女に代理で依頼を出して貰いなさい』
工房へ向かうことは適いそうに無い。この店の娘はモニカと親しかったはずだ。
自身も双方に面識がある。
『私達は、必ず貴女の力になると誓う』
娘の姿を見付けた。その傍らに守るように立つリアリュールとカリアナ。
2人の真摯な瞳に頷き、末尾にサインを加える。小さく畳んだメモを娘の手に握らせた。
「これをモニカに急いで届けてほしいの。あの男に見つからないよう、そのままモニカと夜まで隠れていて貰えるかしら? 理由は手紙を読んだモニカに尋ねてちょうだい」
声を潜めて娘に囁く。
あの男。そう呟きながら娘がドアを細く開けて店を覗く。
その容姿は2人から聞いていたものと違わず、娘は怯えたように頷いた。
薬屋での情報は無く、マリィアが戻るとハンター達と執事は商店街の聞き込みに戻る。
コンフォートへの細い道をカリアナが隠すように歩いて、執事はここでの調査も空振りだと深い溜息を吐く。
ガクルックスが声を掛けようとすると覗うその顔は険しく、歯を噛み締める音が鳴る。
握り締めて震える白い手袋を着けた手を隠すようにハンター達に向き直ると、慇懃に頭を下げた。
強い衝動を抑え付けた掠れる声で、何かを深く悔いて、誰かに詫びる言葉が聞こえた気がした。
●
薬屋の娘は工房の入り口でモニカの帰りを待っていた。
ピノを負ぶったモニカが食料品の紙袋を抱えて帰って来ると、駆け寄ってマリィアから預かったメモを差し出す。
「危ない人がモニカを捜してるって言われて預かったの……背が高くて、何か……目つきの悪い感じの……」
娘の話を聞きながらメモを開いた瞬間、モニカの手はそれを握り潰し、抱えていた袋を落とす。
モニカの手から零れ落ちたメモが風に攫われる前に、娘がそれを拾い上げた。
「モニカ!」
呼び止める声も聞かずに工房へ駆け込んで錠が落とされた。
深い溜息で話を終えたヴィスカルディ家夫人、メイド達がその手を取り窶れた身体を支える。
彼女達の退室のため、応接室の扉に伸ばされた執事の手。
それを遮った式が現れる。
応接室の中央、風の無い部屋にも関わらず髪を戦がせた星野 ハナ(ka5852)が符を構えて立ち上がる。
何事かと戸惑うメイドの傍へもう1体。彼女達が悲鳴を上げるのも構わずに更に1体夫人を捉えるように符を放って式を呼ぶ。
激しいノックが応接室に響いたが、星野はそれを意に介さず、肩を聳やかして夫人を見下ろした。
「ちょっと待てや、オバハン。言いたいことだけ言って逃げんなや、このダボがぁっ!」
殺気すら隠さず夫人を睨むと、メイド達が夫人を庇う様に身を寄せた。
「貴女から聞きたいお話まだ終わってないんですぅ」
メイド達は怯えながら星野を睨み返し、夫人はノックの続くドアへ、逃げなさいと繰り返し叫んでいる。
ノックは止まず、何かがぶつかる音と呻く声が聞こえた。
子どもが見付かったら、殺すつもりか。
愛人の子は言うことを聞くように仕込まないのか。
夫人を蔑む様に顔を歪ませ、大仰に淀みなく。やがて外の音が静まると、星野の声だけが部屋に響いた。
「……旦那の手がつかない以上自分で子供が産めないわけですしぃ?」
夫人を見下ろし嘲笑う。
多少なりとも冷静ならば彼女を煽ろうとした星野の意図を知るだろうが、メイドは頬を震わせて手を上げた。
やめなさいと叫んだ夫人の声も聞かずに、星野の頬を狙ったメイドの手は、式に容易く受け留められる。
ドアの方を気に掛けていた執事が、メイドの行動に慌てて駆け寄ろうと動くのをマリィア・バルデス(ka5848)が遮る。
表情を変えず、しかし僅かに執事は薄い眉を寄せた。
「大多数のハンターは、少しでも関わった相手を幸せにしたい。そういう夢を持ってハンターをしているの」
マリィアが落とした声で囁く。
「内容によっては、依頼人すら撃ち倒す。そういう無頼の徒だと、理解したうえで依頼することね」
依頼金の為では無い。
執事の目を見る。表情に乏しいその顔が微かに俯いて陰りを帯びたように見えた。
言うべきことは終えたと星野が手を翻すと全ての式が消える。
「タチの悪い服毒の御趣味があるようですけどぉ、どうぞそれは御自分だけになさって下さいねぇ……じゃお帰り下さいぃ」
やせ細った指を、ドレスに包んで尚危うい程に痩せた身体を見下ろして目を眇める。
夫人は小さな声で、その通りだわと答えて、微笑む口角を僅かに上向かせた。
メイドに支えられながら歩いて行く先で、式の消えた扉は外側から何かに押されたように勝手に開いてくる。
扉に凭れ掛かっていたサーラの身体が部屋の中へ滑り込むように倒れる。
駆け寄ろうとする夫人をメイド達が宥めるが、彼女達の顔にも焦燥が浮かぶ。
扉に叩き続けていたサーラの手の甲には血が滲み、扉にも滴る程その血の跡が残っていた。
●
「――ご不快な思いさせてしまい申し訳御座いません、ここまでご足労頂きましたお礼はオフィスを通じてお渡しさせて頂きますので、……どうぞ退室なさって頂いて構いません」
倒れたサーラをハンター達から隠すように大袈裟に腕を伸ばし深く頭を垂れ、首だけを上げて様子を覗う。
サーラはメイドの1人に抱えられて運ばれ、夫人が介添えを断ってもう1人のメイドをその場に残らせた。
夫人が手摺りに掴まりながら階段を昇り始めるとメイドは扉を閉めて室内へ戻る。
執事がハンター達へ依頼を説明している横で、憤りを顕わにハンター達を睨んでいる。
閉ざされた扉の向こう、青い顔で目を閉じていたサーラの様子が気に掛かった。
部屋に通された時に見た彼女の顔色は良く、体調が良くなったみたいだとほっとしたのに。
カリアナ・ノート(ka3733)は椅子に座って身を強張らせる。
今まで出会ってきた人々とは何かが異なる、もやもやと胸を締め付けられる息苦しさを感じ、膝に乗せた手がぎゅっとスカートを握り締めた。
お姉ちゃん達だったら、と目を閉じて心の中で姉に助けを求めた。
都市を越えて活動するハンターならばと情報提供が求められたが、ハンター達は皆口を噤む。
「分からないわ。……気には留めておくけど、捜すにはある程度の時間をもらわないと……少女の名前は?」
暫く考えていたリアリュール(ka2003)も首を横に揺らすと、外見の他の手掛かりを問う。
「人探しには協力してあげたいけど……」
ドアを覗う。
夫人は本当に望んでいるのだろうか。少女と赤子の将来も気に掛かる。
「これからご懐妊した場合、愛人の子を可愛がってあげられるかしら? 頬を、傷付けると……」
そう言っていたのに、何故サーラは安堵したのだろう。疑問が浮かぶが、それに答える前にメイドが喚き、執事がその腕を抑え込む。
「……全てを伏せてこちらの頼みだけを聞いてくれる便利屋ではありませんでしたね」
執事の視線がふとマリィアに向けられて、溜息交じりの声が零れた。
細い目がハンター達を眺め、笑みを歪めたように眉を寄せた。
エドガーには伏せて治療を行っているが、夫人は事件以降数度の流産と疾病を経て、既に身籠もれるような身体では無くなっていた。
治療の為に劇物に近い薬を服用しており、日の殆どをベッドで過ごしている。
サーラについてメイドは躊躇っていたが、静かに彼女の言葉を待つリアリュールに諦めたように口を開いた。
「…………蹴られるよりいい……気を失うまで蹴られるより、ほっぺの傷で済む方が良い。サーラ、奥様には隠していたけど、あの女に苛められてたのよ」
当たりが厳しいどころではないとメイドは呟く。
「当主はその愛人との関係を清算したのでしょうか?」
話しを聞いていたGacrux(ka2726)が尋ねた。
メイドは、出て行ったと吐き捨てるように答えた。
ガクルックスは軽く目を伏せて考える。
夫人の様子、当主の思惑と追従する執事。
話が進むほど当主の勝手さが覗えてひくりと蟀谷が震えた。
「ところで、出て行く前は?」
或いは、子どもを使って夫人を出し抜こうとしていたのだろうか。
メイドはそれを否定した。寧ろ囲われる生活を疎んじていたらしい。
控えめなノックに続き扉が開けられた。
サーラを寝かせてきたメイドが数枚の書類を執事に渡すと、ハンター達から顔を背けるように辞儀を1つ足早に部屋を出て行った。
「――お待たせ致しました。控えがあったようです。少女の名前はモニカ、両親ともに不在。当時の年齢は15、生きていれば今は17でしょうね……ああ、疑われることもありませんでしたが、伯父であり奥様の依頼を請け負っていたフィオリーノは怪我のために療養中……当家からの見舞いは届けており、皆様に詮索されるような禍根は御座いません……彼の為にも見付かって欲しいものです」
書類を畳み執事はハンター達へ視線を戻す。
「ルビーは、……モニカちゃんが部屋を出た直後にはもうなかったという事なの?」
執事は一旦サンルームへ戻り、トレーに載せられたネックレスを運んできた。
彼女が持ち去ったかは不明だが、目撃情報も無く、当時から2年経った今では手掛かりが他に無い。
リアリュールはぽっかりと空いた台座を見る。収まるとしたら相当な大きさの物だろう。
馬車の支度をすると言って執事は部屋を出る。メイドが茶器を運んできた。
ハンター達の前にカップが並べられていく。
暫くお待ち下さいと言い残し、メイドも部屋を出て行った。
部屋がハンター達だけとなったところで、マリィアは会話を書き留めたノートを開く。走り書きの文字を辿るペン先が揺れる。
名前と容姿、少女の持つ技術から、思い浮かぶ2人がいる。
同じ2人を思い浮かべたカリアナとリアリュールも、それを口には出さずに項垂れている。
ガクルックスが組んだ指の上に顔を伏せて溜息を吐く。
子どもが道具のようだと呟いた。
夫人の身体も精神も限界だ。
子どもを取り返すことよりも、優先すべきことがあるだろう。
執事の態度は転じて、当主の立ち位置は壊れていく彼女を見過ごしている様に思える。
「……奥様は今回の依頼について納得されていますか?」
ハンター達を呼びに戻ってきた執事に尋ねた。
執事は、はい、と短く答える。
「この家が潰れては、旦那様の会社に勤める労働者とその家族、路頭に迷う者が何百人に上りますので……では皆様、こちらへお願い致します」
ハンター達が馬車へ乗り込むと、執事は助手席へ座る。運転手の短い声に続いて馬が走り出した。
●
1箇所目の目的地は完全に空振りだったと執事はハンター達に詫び、急ぎ次の目的地へ向かう。
アリュールは手伝うのはここまでにすると馬車には乗らず、帰りの手配も断って思い浮かんだ2人の暮らす小さな工房を目指した。
馬車に揺られながらマリィアは手帳の白い頁にペンを走らせる。
『ヴィスカルディが貴方とピノを探してる。今日はもう家を出ないで隠れていて』
馬車が緩やかに曲がるとマリィアは一旦手帳を閉じた。
接触の機会は有るだろうかと小さな窓から流れる街並みを眺めた。
覚えの有る街並みにカリアナの細い肩が微かに震えた。
「……何だろう……」
いやな予感がする。不安に瞑った目をゆっくりと開いて外を見た。
馬車を降りたら冷静に振る舞わなくては、疑われる訳にはいかない。バレないかしら。祈るように深呼吸を。
外の様子を覗うように、街並みを追うが突いてくる馬車やこちらを覗う気配は無い。
やがて、馬車は静かに停まった。
馬車から隠れながら先に工房を目指すのは困難だが、執事は工房の正確な場所は知らないらしく、馬車は商店街の外れへ向かう。
路地裏へ駆け込んだリアリュールの姿は幸いにも見付かることは無かったようだ。
馬車を降りて、カリアナは執事の傍へ向かう。
彼の行動を制限させ、他の何者かが接触や追跡を試みるなら、それを妨げる様に。
「……私も一緒に行くわ!」
努めて明るい声でそう言って、表情を覗かせないように一歩下がって執事に続く。
同行に頷くガクルックスとマリィアだが、マリィアは脇腹を押さえてハンター達へ目配せを。
ガクルックスは帽子を深く被り直し、執事の隣を歩く。
通りがかりの閉まっている店のドアをノックし、返事の無い様子に不在だろうかと窓を覗く。
「これでは、まるで不審者のようですねえ……」
自身の行動に肩を竦め、留守だったと改めて告げる。
執事は頷くが、すぐに次の店へと向かった。
ガクルックスと執事と別れ、カリアナはその通りの先へ急いだ。
このまま商店街を歩いて行けば路地裏の工房へ辿り着く手前に、彼女が懇意にしている薬屋が有る。
そのどちらにも執事を会わせるのは危険だと警鐘が鳴る。
「大勢で聞き込みしても警戒されます。俺たちは向こうを調べましょう」
ガクルックスが執事を促した隙にその場を離れ、薬屋までを急いだ。
リアリュールが足を止めた工房、コンフォート。他のハンターや執事の姿は無く、遅れを取った様子も無い。
一先ず安堵するが、耳を澄ませても作業の音や人の声は聞こえない。
「留守かしら……」
表には回らず、窓をカーテンの隙間から覗く。
風に揺らされた銀の髪を虹に染めて、マテリアルを込めた瞳で屋内を探る。
覗いた表の看板には閉店の文字が外側へ向けられている。
出掛けているのだろうか、今日の所はこのまま帰ってこない方が良いだろう。
協力を仰げないだろうかと彼女と親しくしていた娘が暮らす薬屋へ目を向けると、裏から迂回してきたらしいカリアナの姿を見付けた。
カリアナとリアリュールが薬屋を覗くが娘の姿は無い。暫く待っていると籠を提げた娘が歩いてくる。その姿は裏の勝手口へ回る。
そこへ2人が声を掛ける。
「久しぶりね、ちょっといいかしら」
カリアナは建物の影から執事達を覗う。
時間は無い。カリアナが見張っている間にリアリュールが娘に話す。
「モニカちゃんたちを捜している人がいるの」
それは、とても信頼を置ける人物では無いが、聞き込みを続けてもうすぐここにも来てしまう。
娘もモニカの所在は知らないと言うが、買い物なら日暮れまでには帰って来る。
ガクルックスとマリィアは執事と共に聞き込みを続けていた。
マリィアはその途中に再度脇腹を押さえ、不調らしい様子に執事が休憩を尋ねるがそれを断って次の店へ。
勝手口で話を終えた娘が戻ると、店の方から母親がおかえりと向かえる声が聞こえ、いらっしゃいませと続いたその声に、リアリュールとカリアナは3人の来訪を知る。
耳を澄ますと執事とガクルックスの声を遮るようにマリィアの声が聞こえた。
お腹の調子が、トイレまで、案内を。
聞き取るその声に、2人は娘を連れてマリィアとの合流を図る。
執事の目が離れるとマリィアはメモの続きへペンを走らせる。
『明日彼女に代理で依頼を出して貰いなさい』
工房へ向かうことは適いそうに無い。この店の娘はモニカと親しかったはずだ。
自身も双方に面識がある。
『私達は、必ず貴女の力になると誓う』
娘の姿を見付けた。その傍らに守るように立つリアリュールとカリアナ。
2人の真摯な瞳に頷き、末尾にサインを加える。小さく畳んだメモを娘の手に握らせた。
「これをモニカに急いで届けてほしいの。あの男に見つからないよう、そのままモニカと夜まで隠れていて貰えるかしら? 理由は手紙を読んだモニカに尋ねてちょうだい」
声を潜めて娘に囁く。
あの男。そう呟きながら娘がドアを細く開けて店を覗く。
その容姿は2人から聞いていたものと違わず、娘は怯えたように頷いた。
薬屋での情報は無く、マリィアが戻るとハンター達と執事は商店街の聞き込みに戻る。
コンフォートへの細い道をカリアナが隠すように歩いて、執事はここでの調査も空振りだと深い溜息を吐く。
ガクルックスが声を掛けようとすると覗うその顔は険しく、歯を噛み締める音が鳴る。
握り締めて震える白い手袋を着けた手を隠すようにハンター達に向き直ると、慇懃に頭を下げた。
強い衝動を抑え付けた掠れる声で、何かを深く悔いて、誰かに詫びる言葉が聞こえた気がした。
●
薬屋の娘は工房の入り口でモニカの帰りを待っていた。
ピノを負ぶったモニカが食料品の紙袋を抱えて帰って来ると、駆け寄ってマリィアから預かったメモを差し出す。
「危ない人がモニカを捜してるって言われて預かったの……背が高くて、何か……目つきの悪い感じの……」
娘の話を聞きながらメモを開いた瞬間、モニカの手はそれを握り潰し、抱えていた袋を落とす。
モニカの手から零れ落ちたメモが風に攫われる前に、娘がそれを拾い上げた。
「モニカ!」
呼び止める声も聞かずに工房へ駆け込んで錠が落とされた。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 8人 |
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相談卓 Gacrux(ka2726) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/06/22 06:09:30 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/06/20 23:19:58 |