ゲスト
(ka0000)
鎌倉クラスタ偵察
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/06/25 09:00
- 完成日
- 2017/06/26 00:50
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
顔を上げて景色を見回して、伊佐美透は溜息をつく。
精悍、という言葉が似合う青年である。日本人離れはしていないが彫りの深い顔立ち、長身の体躯はしっかりした筋肉でおおわれている。真白のシャツにデニムのボトム、それに剣帯ベルトに日本刀を佩いているだけの無造作な出で立ちが却って様になるようではある。
彼が初めてクリムゾンウェストの地へと転移させられたときは、こんな理不尽なことがこの世界にあっていいのか、と強く思ったものだ。
……それが今。こうして、かつて居た世界であるリアルブルーの大地を踏みしめて。思うのはこうだ──こんな理不尽な世界が、よくぞまあ自分が生まれて二十数年間も、平和の皮をかぶり続けていたものである。
見上げた白い四角い建物、そこに掲げられた文字を読む。大船駅。たった今飛ばされてきた場所の名。
役者になるために上京してからというもの、駅というのは常に人の存在がある場所という感覚だった。こうして日も高いころから無人の気配を強烈に発する駅というのは、もうそこが、彼がこの地を離れている間に彼が知るものとは別の何かになってしまったように思わせるには十分だった。
……今更ではある。リアルブルーの現状にしたところで。
大船駅から伸びる路線の一つ、横須賀線をなぞるようにして視線を、最終的な目標、鶴岡八幡宮があった方へと向けていく。
今は遠すぎてわからない。が、クラスタに押しつぶされたその周辺は、ここなどよりよほど悲惨な光景が待っていることは覚悟しなければなるまい。
分かっていてなお気が滅入る、その度に透は自分に思い知らせておく。この世界は理不尽に満ちているのだ。二十二年間、日本で平和に暮らしていたことが奇跡だっただけで。
理不尽なんてものにはいくらでもぶつかるようにできているのだ。
例えばいきなり異世界に飛ばされるだとか。
例えば戻るはずの故郷はもうかつて知るものだとは思わない方がいいだとか。
例えば──
「透のあにぃ、おひけえなすってぇ! 久方にご一緒出来て光栄でさあ! 手前ども、あにぃの役に立てるよう頑張りますんで!」
……例えば、転移先の異世界でなんか妙なのに懐かれるとかになったりとか、だ。
●
とりあえず早急に指摘すべきことは何だ。思い浮かべ順番付けをしながら、透は声をかけてきたクリムゾンウェスト出身の青年、チイ=ズヴォーを見た。
美丈夫、という形容が似合う青年である。長い髪に中性的な顔立ち。透と同じ程度の長身だが肩幅含め全体のシルエットは細く、手足が長い。部族の標準的な──ついでに言うと特徴的な口調や一人称もそうである──貫頭衣にゆったりとしたボトム、そこに、透と同じような日本刀が佩かれている。
紅と蒼の世界のの交流が活発化するに伴って目にする機会の増えた日本刀というものにすっかり魅せられた、とチイは言う。そこまでは透にも理解できる。祖国発祥のひいき目を抜きにしても、刀は美術的価値も高いだろうとは思う。
解せないのは、同じハンター同士何度か任務を共にするうちに、何故か透がリアルブルーの刀使いとしてすっかり気に入られてしまったことである。もっとましな使い手はいくらでもいるだろうに。
「……とりあえずだ」
思考がまとまる。ああそうだ。何はともあれ火急速やかに是正しなければならないことがある。
「あにぃはやめろと言ったよな?」
チイはズヴォー族としてごく普通に話しているのだとしても、こちらの感覚からすればその口調でそう呼ばれるのは傍目完全にチンピラである──実際、透の体格から、駆け出しのころはそういう役柄が多かった。
「あっ、そうっした! 手前どもとしたことが久しぶりでちょいと浮かれちまいましたねえ! 気を付けまさあ、透殿!」
出来れば気を付けずに自然に呼べるようになってほしい。多分これはこれからも何度か呼ばれるやつだと半ば理解しつつ、それでも素直に従おうとはしてくれてるので嘆息しつつ一度これで妥協することにする。
「で……今回の依頼、ちゃんと把握してるよな?」
「はっ! 狂気どもが巣食うかのクラスタをぶっ潰すべく、手前どもで周辺を探索して攻略の足掛かりを見つけてくるってことっすね! 何でも、テーサツキ? とやらじゃ、上手く近寄れねえとかいう話で?」
続く問いに張り切って答えるチイに、困惑気味ながらも透は頷いた。一応、概ねあってはいる。
今回、ハンターたちに課せられたのは鎌倉クラスタの周辺を探ることである。……かのクラスタの周辺には、特殊な電波が放出されており、機械類の動きを妨害するのだという。兵器が近寄れないのであれば、生身で事態に対応しうるものが偵察に行くよりない。
「そう。偵察だ。交戦は主目的じゃない。……もう少し静かにしないか」
生暖かい気持ちで無駄に優しい声になるのを感じながら、諭すように透は言った。
「成程。気を付けやす」
頷くチイの声は、小声とは言い難いがやはり多少の改善はあった。まあいいだろうと思う事にする。どの道完全に敵を避けて通れるとは思えないのだ。暫くは街並みと言えるものもあるだろうが、近づけば周辺はほぼ瓦礫だらけの場所と化すだろう。必要以上に声と気配を抑えようとしても疲れるだけかもしれない。だからと言ってわざと目立って戦闘を増やす必要は何処にもないというだけで。
また、ふう、と溜息が零れた。
「……任せてくだせえ、透殿」
その溜息を何だと思ったのか。チイがやけに真面目くさった顔で言った。
「リアルブルーに巣食う敵とはいえ、手前どもには大して問題ねえなんぞ思ってねえです。歪虚は敵、それを抜きにしても手前どもが透殿の役に立ちてえのは本気でさあ。透殿の故郷を救うため、手前どもはいつも以上に本気でやらせてもらいまさあ!」
………………。
ああまったく、どう反応しろと言うのか。何もかもがズレまくっている。日本というくくりで考えればここは透の故郷と言えなくもないが、ここ自体はそれほど馴染みのある地ではない──が、かといって、荒れ果てた状態に胸が痛まない景色でもないのだ。
「……まあ。お前の戦士としての腕前は、信頼はしてるが」
そこは偽りなく、事実である。チイは戦士だ。初めから歪虚の存在が認識されていた世界で、部族の戦士として初めから鍛え上げられていた者。
──だから解せない。そんな使い手が、何故見世物の剣である自分の剣技を気に入ったのか。
「へへ……がんばりまさぁ! 透のあに……、あ、透殿」
透の言葉に、チイがにへらっと笑みを浮かべる。調子に乗ってまた間違えそうになった部分は、強めに視線を送って辛うじて阻止した。
ああ。結局こうやって、己は納得のいかない理不尽にそれでも地道に対応していくのだ。……抗う意思と、それから力があるのだから。
──覚醒者となった今、見せかけの剣でも全くの張りぼてとは思っていない。
精悍、という言葉が似合う青年である。日本人離れはしていないが彫りの深い顔立ち、長身の体躯はしっかりした筋肉でおおわれている。真白のシャツにデニムのボトム、それに剣帯ベルトに日本刀を佩いているだけの無造作な出で立ちが却って様になるようではある。
彼が初めてクリムゾンウェストの地へと転移させられたときは、こんな理不尽なことがこの世界にあっていいのか、と強く思ったものだ。
……それが今。こうして、かつて居た世界であるリアルブルーの大地を踏みしめて。思うのはこうだ──こんな理不尽な世界が、よくぞまあ自分が生まれて二十数年間も、平和の皮をかぶり続けていたものである。
見上げた白い四角い建物、そこに掲げられた文字を読む。大船駅。たった今飛ばされてきた場所の名。
役者になるために上京してからというもの、駅というのは常に人の存在がある場所という感覚だった。こうして日も高いころから無人の気配を強烈に発する駅というのは、もうそこが、彼がこの地を離れている間に彼が知るものとは別の何かになってしまったように思わせるには十分だった。
……今更ではある。リアルブルーの現状にしたところで。
大船駅から伸びる路線の一つ、横須賀線をなぞるようにして視線を、最終的な目標、鶴岡八幡宮があった方へと向けていく。
今は遠すぎてわからない。が、クラスタに押しつぶされたその周辺は、ここなどよりよほど悲惨な光景が待っていることは覚悟しなければなるまい。
分かっていてなお気が滅入る、その度に透は自分に思い知らせておく。この世界は理不尽に満ちているのだ。二十二年間、日本で平和に暮らしていたことが奇跡だっただけで。
理不尽なんてものにはいくらでもぶつかるようにできているのだ。
例えばいきなり異世界に飛ばされるだとか。
例えば戻るはずの故郷はもうかつて知るものだとは思わない方がいいだとか。
例えば──
「透のあにぃ、おひけえなすってぇ! 久方にご一緒出来て光栄でさあ! 手前ども、あにぃの役に立てるよう頑張りますんで!」
……例えば、転移先の異世界でなんか妙なのに懐かれるとかになったりとか、だ。
●
とりあえず早急に指摘すべきことは何だ。思い浮かべ順番付けをしながら、透は声をかけてきたクリムゾンウェスト出身の青年、チイ=ズヴォーを見た。
美丈夫、という形容が似合う青年である。長い髪に中性的な顔立ち。透と同じ程度の長身だが肩幅含め全体のシルエットは細く、手足が長い。部族の標準的な──ついでに言うと特徴的な口調や一人称もそうである──貫頭衣にゆったりとしたボトム、そこに、透と同じような日本刀が佩かれている。
紅と蒼の世界のの交流が活発化するに伴って目にする機会の増えた日本刀というものにすっかり魅せられた、とチイは言う。そこまでは透にも理解できる。祖国発祥のひいき目を抜きにしても、刀は美術的価値も高いだろうとは思う。
解せないのは、同じハンター同士何度か任務を共にするうちに、何故か透がリアルブルーの刀使いとしてすっかり気に入られてしまったことである。もっとましな使い手はいくらでもいるだろうに。
「……とりあえずだ」
思考がまとまる。ああそうだ。何はともあれ火急速やかに是正しなければならないことがある。
「あにぃはやめろと言ったよな?」
チイはズヴォー族としてごく普通に話しているのだとしても、こちらの感覚からすればその口調でそう呼ばれるのは傍目完全にチンピラである──実際、透の体格から、駆け出しのころはそういう役柄が多かった。
「あっ、そうっした! 手前どもとしたことが久しぶりでちょいと浮かれちまいましたねえ! 気を付けまさあ、透殿!」
出来れば気を付けずに自然に呼べるようになってほしい。多分これはこれからも何度か呼ばれるやつだと半ば理解しつつ、それでも素直に従おうとはしてくれてるので嘆息しつつ一度これで妥協することにする。
「で……今回の依頼、ちゃんと把握してるよな?」
「はっ! 狂気どもが巣食うかのクラスタをぶっ潰すべく、手前どもで周辺を探索して攻略の足掛かりを見つけてくるってことっすね! 何でも、テーサツキ? とやらじゃ、上手く近寄れねえとかいう話で?」
続く問いに張り切って答えるチイに、困惑気味ながらも透は頷いた。一応、概ねあってはいる。
今回、ハンターたちに課せられたのは鎌倉クラスタの周辺を探ることである。……かのクラスタの周辺には、特殊な電波が放出されており、機械類の動きを妨害するのだという。兵器が近寄れないのであれば、生身で事態に対応しうるものが偵察に行くよりない。
「そう。偵察だ。交戦は主目的じゃない。……もう少し静かにしないか」
生暖かい気持ちで無駄に優しい声になるのを感じながら、諭すように透は言った。
「成程。気を付けやす」
頷くチイの声は、小声とは言い難いがやはり多少の改善はあった。まあいいだろうと思う事にする。どの道完全に敵を避けて通れるとは思えないのだ。暫くは街並みと言えるものもあるだろうが、近づけば周辺はほぼ瓦礫だらけの場所と化すだろう。必要以上に声と気配を抑えようとしても疲れるだけかもしれない。だからと言ってわざと目立って戦闘を増やす必要は何処にもないというだけで。
また、ふう、と溜息が零れた。
「……任せてくだせえ、透殿」
その溜息を何だと思ったのか。チイがやけに真面目くさった顔で言った。
「リアルブルーに巣食う敵とはいえ、手前どもには大して問題ねえなんぞ思ってねえです。歪虚は敵、それを抜きにしても手前どもが透殿の役に立ちてえのは本気でさあ。透殿の故郷を救うため、手前どもはいつも以上に本気でやらせてもらいまさあ!」
………………。
ああまったく、どう反応しろと言うのか。何もかもがズレまくっている。日本というくくりで考えればここは透の故郷と言えなくもないが、ここ自体はそれほど馴染みのある地ではない──が、かといって、荒れ果てた状態に胸が痛まない景色でもないのだ。
「……まあ。お前の戦士としての腕前は、信頼はしてるが」
そこは偽りなく、事実である。チイは戦士だ。初めから歪虚の存在が認識されていた世界で、部族の戦士として初めから鍛え上げられていた者。
──だから解せない。そんな使い手が、何故見世物の剣である自分の剣技を気に入ったのか。
「へへ……がんばりまさぁ! 透のあに……、あ、透殿」
透の言葉に、チイがにへらっと笑みを浮かべる。調子に乗ってまた間違えそうになった部分は、強めに視線を送って辛うじて阻止した。
ああ。結局こうやって、己は納得のいかない理不尽にそれでも地道に対応していくのだ。……抗う意思と、それから力があるのだから。
──覚醒者となった今、見せかけの剣でも全くの張りぼてとは思っていない。
リプレイ本文
無人の大船駅、その気配がもたらす不安に、大伴 鈴太郎(ka6016)──以下、彼女の意向に沿い鈴と記す──は、それがまともに動作するのかという懸念も忘れて魔導バイクのエンジンを回していた。低い駆動音はどこか、怒れる獣の威嚇の唸りを思わせる。
「八幡さんならこっから301号線乗って21号線からだ!」
鈴の声はルート提案と言うよりもはや懇願だった。バイクにまたがる様子に焦りを隠そうともしない。
(オレはこの目で見るまで信じねぇかンな!)
内心で叫ぶ。故郷にクラスタが堕ちたという情報を、そんなはずがないと自分の目で認めたかった。一刻も早く。
呼応したのは言葉ではなく、続く二台の魔導バイクのエンジン音だ。一つは鞍馬 真(ka5819)のもの。もう一つは鈴の親友である柄永 和沙(ka6481)のものだ。
鈴はそれを了解の返事と受け取って、バイクを走らせ始める。
(あぁ、止めないと)
親友の激情に、却ってスッと冷静になっていく自分を和沙は自覚した。和沙が追いかけると真が続いて、三台のバイクは市街地を走り抜けていく。
「あー、旧式のバイクや車両が欲しい……」
走り去るバイクたちに思わず呟いたのは柊 恭也(ka0711)だ。魔導バイクがどこまで動くかは分からないが、機動を目の当たりにするとやはり魅力的な足だ。
置いていかれた事に問題はない。偵察に際して班を分けること、その分け方として足回りを基準にすること自体は既に相談済みだ。
「旧……式……? 最新式が妨害されるのに……旧式、なの……?」
控えめに問いを発したのはエリ・ヲーヴェン(ka6159)だ。先ほど「かまくら……?」とその地名の響きに不思議そうに首をかしげていたこともあり、あまりリアルブルーの文化には慣れてなさそうだ。
「ああ。これは前にあった話なんだが」
恭也がいうのは、かつてあった、電子機器、魔道機械問わず狂わせた歪虚との戦いの話だ。
「その時は軍の一部が『電子機器が狂うなら、全て人の手で動かせば良い』っていう極論で、近代化改修の逆を行った戦車を使ってたんだ。電子制御を一切行わない旧式兵器の運用は今回は悪くない手だと思うんだが、どうなんだろうなぁ」
「成……程……」
エリが納得の声を上げる。同意してもらっても、恭也の推測を確かめる術は今は無い訳だが。
「まあ、今は俺たちが分かる範囲のことを調べるしかないよな……おーい?」
そこまで会話すると、恭也は同行者に視線を巡らせる。そして、
「おいってば!?」
「ひゃっ!? あ、大丈夫ですよ。ちゃんと考えてます」
不意に強めに呼びかけられて、穂積 智里(ka6819)は慌てて返事をした。彼女がこれからの行動に対して真剣に考えを巡らせていたのは事実だ──鈴の必死な様子を見て、思わずスイッチが入ってしまった。ただ、そうして思考に没頭しているときの彼女は完全にぼーっとしているようにしか見えない。汚名を返上すべく彼女は口を開いた。
「多分、大伴さんたちが1番直線状に進むと思うんです。私達の方針は、時間ぎりぎりまで隠れて状況を探る、でしたから…鶴岡八幡宮が最終目的なら、東か西か、大回りして探索していった方が良いと思います」
言いながら彼女は、エリが用意していた地図に指を添わせる。
「西なら湘南深沢駅方面から笛田公園、鎌倉中央公園、源氏山公園、鎌倉市街を通って南西から鶴岡八幡宮を目指すのはどうでしょう。これなら途中で小中学校の傍も通るので、西の電波搭候補地はあらかた確認できると思います」
しなやかな動きで智里の指が地図をなぞっていく。そこで、一度指が離れ、また別の一点にトン、と着地。
「東なら女子大高等部から、周辺4学校を回って本郷ふじやま公園、上郷中から桂台中小経て環状4号、204に乗り換え鶴岡八幡宮でしょうか」
そこまで話すと智里は顔を上げて恭也とエリを見た。
「いいんじゃねえの、とは思うが」
「東と西……どちらにしますか……」
一先ずは智里の提案に納得した二人の、次なる議題に答えを齎したのは道元 ガンジ(ka6005)がモフロウを飛ばしその視界から確認した状況だった。今示したルートだと西回りの方が、この付近においては若干敵が多いみたいだと。
「なら……私たちが西……ですね……」
聞いてエリが即答した。敵と遭遇しても、自転車がある彼らの方が振り切りやすい。
かくして、中央突破する鈴、真、和沙の出発を皮切りに、恭也、エリ、智里の班が西へ、ジーナ(ka1643)、ガンジ、透、チイの班が東へと分かれて三班編成での捜索が開始された。
「自転車で一緒に行動するのも……楽しくて良いわね……」
「チャリンカー、ケッター、バイカー、ライダー……チャリダーっていうのも聞いたことあったかも?」
エリと智里ののどかな会話。こんな状況でなければ、牧歌的なサイクリングだったかもしれない。
●
「私は遠くを確認することが多くなる。その間、二人には周辺や退路の警戒を頼みたい」
手にした双眼鏡を軽く掲げながらジーナは同行者に告げた。同意を得ると、ジーナは視覚を研ぎ澄ませて周囲に目を配る。
「まあ、空から見たときは暫くは敵もいなかったし大丈──」
ガンジの声はしかし、途中で止められた。ぬるりと、建物の中から姿を現した歪虚と目が──触手同士を伸ばしてつながった、人型を模したその歪虚の身体から覗く複数の目とだ──あって。
「あそっかあぁ!?」
屋内にいたなら上空からは見えない。ガンジが驚きの後に納得が混ざった声を上げた。
「一体だ。集中して叩き潰そう」
ジーナがすぐさま冷静に判断する。目の前の敵を果たして一体と表現するのが正しいかはともかく、姿を現したのはそれだけだ。
速攻だ。ジーナの槍とガンジの拳、共に連撃が歪虚の身体に叩き込まれた。さらに踏み込もうとするのを熱線に阻まれるが、四対一だ。標的となったものを気遣いながら互いに攻撃を繰り返せば沈黙させるのにそう時間はかからなかった。「よし!」とガッツポーズをとったガンジが、「あっ!」と何かに気づいてばっと顔を上げる。
「歪虚が出てきた建物ってことは、あそこになんかある!?」
一定して酷い雑音を吐き出し続けるトランシーバーを見やってから、ガンジは叫んだ。もしかして妨害電波発生装置の一つがそこに設置されているのではないかと考え、フォッグクロークを纏って静かに忍び込む。ジーナも同じように気配を消してそれを追った。
暫く後。
「いや……ほんと、なんでそこに居たのさ」
何の成果も見当たらず、再び肩を落として二人は出てきた。短い間に浮き沈みを繰り返したガンジの肩は、より小さく見える。
「『狂気』のやることに一々理屈を求めても仕方ないのかもな」
「まっそうだよな! 地道に探して、とにかくわかることだけでも纏めとかないと!」
慰める様に言ったジーナの言葉にガンジは再び元気よく声を上げてモフロウに視線をやる。その声と表情にジーナは僅かな違和感を覚えた。
「焦っているか?」
静かな声でジーナは問いかけた。彼女がこの地に蔓延る狂気の気配の対策にとマインドセットした平常心を、今はガンジを観察することに傾ける。
「んにゃ、焦って無いよ……けど、気負ってはいたかも。……手ぶらで帰れるわけないじゃんか、こんなの」
やはり静かな声で、ガンジは認めた。今度ははっきりと悲しみが見て取れる声で。その理由を、ジーナはやはり冷静に理解しようとした。到着してすぐ平静を失っていた鈴の姿か──いや。
それだけか? 先ほどの違和感の決定的な点は。彼が足早になったのはいつからだった。
モフロウ。そこへ向けた視線。幾度目か、彼がそれを飛ばした後。
「……何が見えた?」
再びの問いに。
「鈴さんたち、もう辿り着いちゃったかなあ……」
ガンジは笑顔を消して、重い、重い息を吐いた。それでも、彼はモフロウを再びその空へと舞いあがらせる。せめて敵数と種類、展開状況を少しでも記憶しようと。
●
「邪魔、すんじゃねえっ!」
眼前の敵を、青龍翔咬波で吹き飛ばす。鈴はひたすら前進していた。空中で姿勢を立て直した歪虚が、あるいは横手から現れた新手が、触手で、熱線で彼女の身体を叩くが、痛みは感じなかった。
……そうして、振り向きもせずに鈴が走り続けていられるのはその背後を真と和沙が守り続けているからだ。無防備な鈴の背中へと銃口の狙いを定める歪虚の腕を、丁度いい怒りのぶつけ所だとばかりに和沙の一閃が斬り飛ばす。逆方面から向かい来る浮遊型歪虚を、真の剣がまとめて薙ぎ払う。
(魔導剣、動いたな……)
一人完全に冷静に、真は確認していた。覚醒者が直接使うものは意外と動くのだろうかと思ったが、次第に魔導バイクは不調を見せ始める。出力が乱れ暴れ馬のようになったそれをどうにか制御しようとする努力も虚しく、やがてはろくな速度も出なくなる。これはのちに確認したことだが、カメラも動かなかった。武器が動くことは収穫なのだが、釈然としない気持ちもある。道理の合わないシステムに付き合わされている感覚だった。だがそのことに今意識を割いている余裕はない。
「くそっ!」
鈴が諦めてバイクから降りると、ためらわずその場に放置して走り出した。後続の二人もそれに倣う。
現れる歪虚を吹き飛ばし、切り捨て、薙ぎ払いながら彼らはひたすら前進にその力と意思を注いだ。追い払っては振り切って、そうした末に──その景色へと、たどり着く。
「んだよ……これ……」
広がっていたのは、一面の瓦礫だった。
歪虚に支配された街でもなく。書き替えられた異界の景色でもなく。クラスタ落下の際に走った衝撃で崩壊した建物、そこから飛び散った飛礫により徹底的に崩れて潰れた街並み、それがそのまま放置されただけの景色。
鈴は再び地を蹴った。崩れた建物、その一つに取りすがり、引っぺがしてその中に何かを見出そうとする。
「鈴君!」
限界だ。今こそそう判断して、真は鈴の身体に駆け寄った。
「危険だ! 下手に手を出せば崩落に巻き込まれる! 落ち着いて──」
「シンには関係ねぇだろ! 離せよッ!」
「すず、鞍馬さんの言う通りだから……」
「カズサも! お前ンちだって無事かどうかワカンねぇのによく冷静でいられンよな!?」
鈴が和沙に向かってそう吐き捨てた瞬間。
パァン……と、鋭く乾いた音が響き渡った。
「いい加減にして。すずはあたしらを殺したい訳?」
凍てついた声音。打たれた頬の衝撃に、暴れ続ける鈴の身体が糸が切れたように脱力する。
「ていうかその言葉、本気で言ってんの? もしそれを本気で言ってんだったらあたしはアンタを絶対に許さない」
よく冷静でいられる? ああ、よくも冷静でいられた。鈴の動揺を見たおかげで、和沙はずっと冷静だった。おかげでこの景色がその意味が、よく見えてしまったし理解もできた。かつて住んでいた町はもう、彼女らにもなんだったか分からないほどに潰れている。家も、学校も、バイト先も、あのゲームセンターも!
怒りで目を逸らし続けて、何も認めずにいればそのうち元通りになってくれるっていうなら、あたしだってそうしてたかった!
(でも、あたしはやるべき事をやらないと)
和沙は顔を上げる。視線は、倒れた親友を通過して、真のみに向ける。
「……もう少しだけこの周辺を捜索して、生存者か、避難した痕跡がないか確認する。いい?」
密かにゆっくりと呼吸を整えてから真は同意した。その覚悟に、もういいんだという言葉をどうにか引っ込める。
「カズ……サ……」
漸く己を取り戻し始めた鈴が、掠れる声を漏らした。体中傷だらけなのに、打たれた頬だけが熱い。
「……鞍馬さんにもちゃんと謝れ。『鈴太郎』」
和沙は、鈴を見向きもせずにそれだけを言った。敢えて忌み嫌った名で己を呼ぶ親友。それをさせたのは……自分だ。
「……ごめん……なさい」
せめてこれ以上裏切りたくなくて、どうにか謝罪の言葉を絞り出す。真はそれを聞いて微笑むと、倒れたままの彼女に手を差し伸べた。
「ほっといてくれよ……こんなオレなんか」
「そんな今の君だからこそ、放ってはおけないな」
鈴は逡巡して、結局その手は取れずに自力で立ち上がった。
真は、ぽん、と、鈴の頭にあやすように手を置く。彼女が立ち上がるきっかけとなれたなら、それでいい。
……そこには、故郷を覚えている彼女達に対し僅かな羨望もあった。
●
自転車で進む一行はそれぞれにすべきことをしていた。エリは持参した地図と実際に走った道の差異を確認しているし、恭也は時折双眼鏡で周囲を見て回っている。
智里の示した順路を回り、はっきりと異変を認識したのは鎌倉中高公園でのことだった。
智里が嘆息して、ウェアラブルデバイスリングの電源を切る。少しずつ不安定な動きを見せていたこの端末をこれ以上無理して動かすと本格的に壊れそうだ。
恭也がタクティカルスーツの停止を肌に感じたのもこの時だった。彼の方は半ば駄目になることを確認するために着てきたようなものだ。パワードスーツや機械剣なんかも駄目かね、と予測を立てつつ、もう一つわかることがある。はっきりとここで異常をきたしたという事は、ここが今までで一番、何かに近づいている。
一先ずそのことを蓄音石に向けて喋り記録しながら、恭也はより慎重に双眼鏡で周囲を覗いて回った。
智里の推測を思い出す。ジャマーは鎌倉クラスタ直接ではなく周辺にあるのではとあえて大回りを選んだ。実際、恭也がそれを見つけたのは、鶴岡八幡宮の方向とは少し外れた場所だった。地図にしたら北鎌倉駅が有ったあたりだろうか? そこに。
……瓦礫と化した街並みから頭を見せる物──つまり崩れておらずに、高くそびえる何か?
「ルート変更を提案するね。もっとも、そうすると戦いは避けられないかもしれないが」
恭也の問いに、二人が頷くのは早かった。
「どの道、公道を使用する限り発見される確率は高かったですし」
智里の言葉に、恭也は遠慮なく進路を変えて進む。進み始めた彼らをやがて複数の歪虚たちが迎え出る。
「アハハハハハッ! 派手なお出迎えってことは大正解かしら!? でもあんまり相手してらんないのよね! 時間がないからさ! 今回あなた達はオマケなのよ! 観客は黙ってられないのなら死になさい、マナーがなってないわ!!!」
哄笑を上げながらエリが先陣を切ってそれらを迎え撃って。深まる核心に誰もがスキルを惜しまずに──真と同様、智里の機杖も機動術もなぜか普通に使えた──彼らは恭也が見つけた何かに向けてさらに進んでいく。
近づけは、しなかった。ある程度進めば遠目に、強力な歪虚たちがそれを護っていることが見て取れたから。
20mほどにそびえる塔のようなそれは、見るからにアンテナを思わせた──
「八幡さんならこっから301号線乗って21号線からだ!」
鈴の声はルート提案と言うよりもはや懇願だった。バイクにまたがる様子に焦りを隠そうともしない。
(オレはこの目で見るまで信じねぇかンな!)
内心で叫ぶ。故郷にクラスタが堕ちたという情報を、そんなはずがないと自分の目で認めたかった。一刻も早く。
呼応したのは言葉ではなく、続く二台の魔導バイクのエンジン音だ。一つは鞍馬 真(ka5819)のもの。もう一つは鈴の親友である柄永 和沙(ka6481)のものだ。
鈴はそれを了解の返事と受け取って、バイクを走らせ始める。
(あぁ、止めないと)
親友の激情に、却ってスッと冷静になっていく自分を和沙は自覚した。和沙が追いかけると真が続いて、三台のバイクは市街地を走り抜けていく。
「あー、旧式のバイクや車両が欲しい……」
走り去るバイクたちに思わず呟いたのは柊 恭也(ka0711)だ。魔導バイクがどこまで動くかは分からないが、機動を目の当たりにするとやはり魅力的な足だ。
置いていかれた事に問題はない。偵察に際して班を分けること、その分け方として足回りを基準にすること自体は既に相談済みだ。
「旧……式……? 最新式が妨害されるのに……旧式、なの……?」
控えめに問いを発したのはエリ・ヲーヴェン(ka6159)だ。先ほど「かまくら……?」とその地名の響きに不思議そうに首をかしげていたこともあり、あまりリアルブルーの文化には慣れてなさそうだ。
「ああ。これは前にあった話なんだが」
恭也がいうのは、かつてあった、電子機器、魔道機械問わず狂わせた歪虚との戦いの話だ。
「その時は軍の一部が『電子機器が狂うなら、全て人の手で動かせば良い』っていう極論で、近代化改修の逆を行った戦車を使ってたんだ。電子制御を一切行わない旧式兵器の運用は今回は悪くない手だと思うんだが、どうなんだろうなぁ」
「成……程……」
エリが納得の声を上げる。同意してもらっても、恭也の推測を確かめる術は今は無い訳だが。
「まあ、今は俺たちが分かる範囲のことを調べるしかないよな……おーい?」
そこまで会話すると、恭也は同行者に視線を巡らせる。そして、
「おいってば!?」
「ひゃっ!? あ、大丈夫ですよ。ちゃんと考えてます」
不意に強めに呼びかけられて、穂積 智里(ka6819)は慌てて返事をした。彼女がこれからの行動に対して真剣に考えを巡らせていたのは事実だ──鈴の必死な様子を見て、思わずスイッチが入ってしまった。ただ、そうして思考に没頭しているときの彼女は完全にぼーっとしているようにしか見えない。汚名を返上すべく彼女は口を開いた。
「多分、大伴さんたちが1番直線状に進むと思うんです。私達の方針は、時間ぎりぎりまで隠れて状況を探る、でしたから…鶴岡八幡宮が最終目的なら、東か西か、大回りして探索していった方が良いと思います」
言いながら彼女は、エリが用意していた地図に指を添わせる。
「西なら湘南深沢駅方面から笛田公園、鎌倉中央公園、源氏山公園、鎌倉市街を通って南西から鶴岡八幡宮を目指すのはどうでしょう。これなら途中で小中学校の傍も通るので、西の電波搭候補地はあらかた確認できると思います」
しなやかな動きで智里の指が地図をなぞっていく。そこで、一度指が離れ、また別の一点にトン、と着地。
「東なら女子大高等部から、周辺4学校を回って本郷ふじやま公園、上郷中から桂台中小経て環状4号、204に乗り換え鶴岡八幡宮でしょうか」
そこまで話すと智里は顔を上げて恭也とエリを見た。
「いいんじゃねえの、とは思うが」
「東と西……どちらにしますか……」
一先ずは智里の提案に納得した二人の、次なる議題に答えを齎したのは道元 ガンジ(ka6005)がモフロウを飛ばしその視界から確認した状況だった。今示したルートだと西回りの方が、この付近においては若干敵が多いみたいだと。
「なら……私たちが西……ですね……」
聞いてエリが即答した。敵と遭遇しても、自転車がある彼らの方が振り切りやすい。
かくして、中央突破する鈴、真、和沙の出発を皮切りに、恭也、エリ、智里の班が西へ、ジーナ(ka1643)、ガンジ、透、チイの班が東へと分かれて三班編成での捜索が開始された。
「自転車で一緒に行動するのも……楽しくて良いわね……」
「チャリンカー、ケッター、バイカー、ライダー……チャリダーっていうのも聞いたことあったかも?」
エリと智里ののどかな会話。こんな状況でなければ、牧歌的なサイクリングだったかもしれない。
●
「私は遠くを確認することが多くなる。その間、二人には周辺や退路の警戒を頼みたい」
手にした双眼鏡を軽く掲げながらジーナは同行者に告げた。同意を得ると、ジーナは視覚を研ぎ澄ませて周囲に目を配る。
「まあ、空から見たときは暫くは敵もいなかったし大丈──」
ガンジの声はしかし、途中で止められた。ぬるりと、建物の中から姿を現した歪虚と目が──触手同士を伸ばしてつながった、人型を模したその歪虚の身体から覗く複数の目とだ──あって。
「あそっかあぁ!?」
屋内にいたなら上空からは見えない。ガンジが驚きの後に納得が混ざった声を上げた。
「一体だ。集中して叩き潰そう」
ジーナがすぐさま冷静に判断する。目の前の敵を果たして一体と表現するのが正しいかはともかく、姿を現したのはそれだけだ。
速攻だ。ジーナの槍とガンジの拳、共に連撃が歪虚の身体に叩き込まれた。さらに踏み込もうとするのを熱線に阻まれるが、四対一だ。標的となったものを気遣いながら互いに攻撃を繰り返せば沈黙させるのにそう時間はかからなかった。「よし!」とガッツポーズをとったガンジが、「あっ!」と何かに気づいてばっと顔を上げる。
「歪虚が出てきた建物ってことは、あそこになんかある!?」
一定して酷い雑音を吐き出し続けるトランシーバーを見やってから、ガンジは叫んだ。もしかして妨害電波発生装置の一つがそこに設置されているのではないかと考え、フォッグクロークを纏って静かに忍び込む。ジーナも同じように気配を消してそれを追った。
暫く後。
「いや……ほんと、なんでそこに居たのさ」
何の成果も見当たらず、再び肩を落として二人は出てきた。短い間に浮き沈みを繰り返したガンジの肩は、より小さく見える。
「『狂気』のやることに一々理屈を求めても仕方ないのかもな」
「まっそうだよな! 地道に探して、とにかくわかることだけでも纏めとかないと!」
慰める様に言ったジーナの言葉にガンジは再び元気よく声を上げてモフロウに視線をやる。その声と表情にジーナは僅かな違和感を覚えた。
「焦っているか?」
静かな声でジーナは問いかけた。彼女がこの地に蔓延る狂気の気配の対策にとマインドセットした平常心を、今はガンジを観察することに傾ける。
「んにゃ、焦って無いよ……けど、気負ってはいたかも。……手ぶらで帰れるわけないじゃんか、こんなの」
やはり静かな声で、ガンジは認めた。今度ははっきりと悲しみが見て取れる声で。その理由を、ジーナはやはり冷静に理解しようとした。到着してすぐ平静を失っていた鈴の姿か──いや。
それだけか? 先ほどの違和感の決定的な点は。彼が足早になったのはいつからだった。
モフロウ。そこへ向けた視線。幾度目か、彼がそれを飛ばした後。
「……何が見えた?」
再びの問いに。
「鈴さんたち、もう辿り着いちゃったかなあ……」
ガンジは笑顔を消して、重い、重い息を吐いた。それでも、彼はモフロウを再びその空へと舞いあがらせる。せめて敵数と種類、展開状況を少しでも記憶しようと。
●
「邪魔、すんじゃねえっ!」
眼前の敵を、青龍翔咬波で吹き飛ばす。鈴はひたすら前進していた。空中で姿勢を立て直した歪虚が、あるいは横手から現れた新手が、触手で、熱線で彼女の身体を叩くが、痛みは感じなかった。
……そうして、振り向きもせずに鈴が走り続けていられるのはその背後を真と和沙が守り続けているからだ。無防備な鈴の背中へと銃口の狙いを定める歪虚の腕を、丁度いい怒りのぶつけ所だとばかりに和沙の一閃が斬り飛ばす。逆方面から向かい来る浮遊型歪虚を、真の剣がまとめて薙ぎ払う。
(魔導剣、動いたな……)
一人完全に冷静に、真は確認していた。覚醒者が直接使うものは意外と動くのだろうかと思ったが、次第に魔導バイクは不調を見せ始める。出力が乱れ暴れ馬のようになったそれをどうにか制御しようとする努力も虚しく、やがてはろくな速度も出なくなる。これはのちに確認したことだが、カメラも動かなかった。武器が動くことは収穫なのだが、釈然としない気持ちもある。道理の合わないシステムに付き合わされている感覚だった。だがそのことに今意識を割いている余裕はない。
「くそっ!」
鈴が諦めてバイクから降りると、ためらわずその場に放置して走り出した。後続の二人もそれに倣う。
現れる歪虚を吹き飛ばし、切り捨て、薙ぎ払いながら彼らはひたすら前進にその力と意思を注いだ。追い払っては振り切って、そうした末に──その景色へと、たどり着く。
「んだよ……これ……」
広がっていたのは、一面の瓦礫だった。
歪虚に支配された街でもなく。書き替えられた異界の景色でもなく。クラスタ落下の際に走った衝撃で崩壊した建物、そこから飛び散った飛礫により徹底的に崩れて潰れた街並み、それがそのまま放置されただけの景色。
鈴は再び地を蹴った。崩れた建物、その一つに取りすがり、引っぺがしてその中に何かを見出そうとする。
「鈴君!」
限界だ。今こそそう判断して、真は鈴の身体に駆け寄った。
「危険だ! 下手に手を出せば崩落に巻き込まれる! 落ち着いて──」
「シンには関係ねぇだろ! 離せよッ!」
「すず、鞍馬さんの言う通りだから……」
「カズサも! お前ンちだって無事かどうかワカンねぇのによく冷静でいられンよな!?」
鈴が和沙に向かってそう吐き捨てた瞬間。
パァン……と、鋭く乾いた音が響き渡った。
「いい加減にして。すずはあたしらを殺したい訳?」
凍てついた声音。打たれた頬の衝撃に、暴れ続ける鈴の身体が糸が切れたように脱力する。
「ていうかその言葉、本気で言ってんの? もしそれを本気で言ってんだったらあたしはアンタを絶対に許さない」
よく冷静でいられる? ああ、よくも冷静でいられた。鈴の動揺を見たおかげで、和沙はずっと冷静だった。おかげでこの景色がその意味が、よく見えてしまったし理解もできた。かつて住んでいた町はもう、彼女らにもなんだったか分からないほどに潰れている。家も、学校も、バイト先も、あのゲームセンターも!
怒りで目を逸らし続けて、何も認めずにいればそのうち元通りになってくれるっていうなら、あたしだってそうしてたかった!
(でも、あたしはやるべき事をやらないと)
和沙は顔を上げる。視線は、倒れた親友を通過して、真のみに向ける。
「……もう少しだけこの周辺を捜索して、生存者か、避難した痕跡がないか確認する。いい?」
密かにゆっくりと呼吸を整えてから真は同意した。その覚悟に、もういいんだという言葉をどうにか引っ込める。
「カズ……サ……」
漸く己を取り戻し始めた鈴が、掠れる声を漏らした。体中傷だらけなのに、打たれた頬だけが熱い。
「……鞍馬さんにもちゃんと謝れ。『鈴太郎』」
和沙は、鈴を見向きもせずにそれだけを言った。敢えて忌み嫌った名で己を呼ぶ親友。それをさせたのは……自分だ。
「……ごめん……なさい」
せめてこれ以上裏切りたくなくて、どうにか謝罪の言葉を絞り出す。真はそれを聞いて微笑むと、倒れたままの彼女に手を差し伸べた。
「ほっといてくれよ……こんなオレなんか」
「そんな今の君だからこそ、放ってはおけないな」
鈴は逡巡して、結局その手は取れずに自力で立ち上がった。
真は、ぽん、と、鈴の頭にあやすように手を置く。彼女が立ち上がるきっかけとなれたなら、それでいい。
……そこには、故郷を覚えている彼女達に対し僅かな羨望もあった。
●
自転車で進む一行はそれぞれにすべきことをしていた。エリは持参した地図と実際に走った道の差異を確認しているし、恭也は時折双眼鏡で周囲を見て回っている。
智里の示した順路を回り、はっきりと異変を認識したのは鎌倉中高公園でのことだった。
智里が嘆息して、ウェアラブルデバイスリングの電源を切る。少しずつ不安定な動きを見せていたこの端末をこれ以上無理して動かすと本格的に壊れそうだ。
恭也がタクティカルスーツの停止を肌に感じたのもこの時だった。彼の方は半ば駄目になることを確認するために着てきたようなものだ。パワードスーツや機械剣なんかも駄目かね、と予測を立てつつ、もう一つわかることがある。はっきりとここで異常をきたしたという事は、ここが今までで一番、何かに近づいている。
一先ずそのことを蓄音石に向けて喋り記録しながら、恭也はより慎重に双眼鏡で周囲を覗いて回った。
智里の推測を思い出す。ジャマーは鎌倉クラスタ直接ではなく周辺にあるのではとあえて大回りを選んだ。実際、恭也がそれを見つけたのは、鶴岡八幡宮の方向とは少し外れた場所だった。地図にしたら北鎌倉駅が有ったあたりだろうか? そこに。
……瓦礫と化した街並みから頭を見せる物──つまり崩れておらずに、高くそびえる何か?
「ルート変更を提案するね。もっとも、そうすると戦いは避けられないかもしれないが」
恭也の問いに、二人が頷くのは早かった。
「どの道、公道を使用する限り発見される確率は高かったですし」
智里の言葉に、恭也は遠慮なく進路を変えて進む。進み始めた彼らをやがて複数の歪虚たちが迎え出る。
「アハハハハハッ! 派手なお出迎えってことは大正解かしら!? でもあんまり相手してらんないのよね! 時間がないからさ! 今回あなた達はオマケなのよ! 観客は黙ってられないのなら死になさい、マナーがなってないわ!!!」
哄笑を上げながらエリが先陣を切ってそれらを迎え撃って。深まる核心に誰もがスキルを惜しまずに──真と同様、智里の機杖も機動術もなぜか普通に使えた──彼らは恭也が見つけた何かに向けてさらに進んでいく。
近づけは、しなかった。ある程度進めば遠目に、強力な歪虚たちがそれを護っていることが見て取れたから。
20mほどにそびえる塔のようなそれは、見るからにアンテナを思わせた──
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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【相談卓】 道元 ガンジ(ka6005) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/06/25 03:47:10 |
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★質問卓★ 道元 ガンジ(ka6005) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/06/20 13:05:56 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/06/20 12:10:16 |