【空の研究】降雹導く虎穴へ入れ

マスター:紺堂 カヤ

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/06/29 15:00
完成日
2017/07/04 22:29

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 「空の研究所」所長のアメリア・マティーナ(kz0179)はその日、一日中自分の研究室にこもっていた。
 午前中に一度だけ、研究所の地下に備えられた書庫「紙の階」へ入り、資料を持ち出したほかは、食事の時間にすら出てこなかった。研究室にいる間は、来客以外の用事で声をかけないように、と言い渡されていたため、職員であるスバルはドアをノックすることすらできずに、ただただ心配していた。
 だから、夕方近くになってリナが尋ねてきたときには心の底からホッとした。リナは、アメリアの唯一の友人で、ブランドを立ち上げブティックを何店舗も経営している女性だ。
「研究室から出てこないぃ? まったくしょーがないわね、あの子は。でもまだ一日経ってないんでしょ? 可愛いものよ、ひどいときは何週間も出てこないわよ、あの子、プロの引きこもりだから」
「プロの引きこもりって」
 オレンジ色の髪をばさりと払って快活に笑うリナに、スバルは苦笑した。アメリアを「あの子」なんて呼べるのはリナだけだろう。
「今、客間へお呼びしますから」
「ううん、いいわ、あたしが直接言ったげる」
 リナは研究室の扉を叩いた。遠慮なく、力いっぱい、大きな音がするように。
「アメリアー!? リナ様が来てあげたわよー!」
「リナ? ああ、今ちょっと手が放せないので中へ入ってきてくれますかねーえ」
「おっけー」
 研究室に他人を入れるなんて、アメリアにしては珍しいことだ、と思いながらリナは扉を開いた。それだけ信頼されているのだと思うと素直に嬉しい。
 扉の向こうは、なんとなくひんやりしているように思われた。
「すみませんが、適当に座っていてくれますかねーえ」
 相変わらずの黒いローブ、それもフードをすっぽりとかぶったアメリアは、大きな作業台の上に何やら文様の描かれた布を広げ、その布から四十センチほど上に両手をかざしていた。薄く、白い靄が、そこから流れているような気がする。冷気はその所為だろう。
 アメリアがさらに何かぶつぶつと呪文を唱えると、靄がぐっと濃く白くなり、そこから。
「あっ」
 無数の氷の粒がパラパラと現れ、布の上に落ちた。アメリアがふう、と息をついてようやくリナの方を向いた。とはいえ、顔のほとんどはフードによって見えないままなのだが。
「すごーい、何これ」
 リナが作業台に近付き、布を覗き込むと、描かれた文様は複雑な魔法陣だった。その上に、グリンピースほどの大きさの氷の粒がいくつも乗っていた。
「降雹壊街という魔法の、簡易版です」
「こうひょうかいがい?」
「はい。その名の通り、雹を降らせる魔法なのですがねーえ。ただの雹ではなく、かなり硬度がある上溶けにくいのです。古い伝承によると、戦の際に指定範囲に降らせ、街を一つ潰した、とかなんとか……。まあ、おとぎ話に近い逸話ですがねーえ」
「げ。本当なら物騒な魔法ね……」
 リナが顔をしかめる。
「もし本当にそれだけの威力を持つなら発動も難しいはずなのですよーお。魔法陣が必須ですから広範囲に降らせようと思うと……ああ、すみませんねーえ、こんな話をしてもわかりませんよねーえ」
 リナは魔法の知識をまったく持たない。ついつい饒舌になってしまったアメリアは、反省したように頭を下げた。
「うん、まあ、難しいことはわかんないけど。でもその発動の難しい魔法を、あんたが復活させた、ってことなんでしょ?」
「そうですねーえ、復活させた、とはまだ言い難いですがねーえ。なんとかテーブル一枚規模での発動はひとりでできた、といったところですねーえ」
 アメリアは悩ましげに首を傾げ、しかし、このまま考え込んでしまってはいけない、というようにリナの顔を見返した。
「ところでリナ。今日はどういった用件ですかねーえ」
「どういった、って。制服よ、制服。キランの制服を作る約束だったでしょ。採寸させて欲しいんだけど、そういえばキランはどこ?」
 キランとはこの空の研究所の研究員の名前だ。奇抜な髪形ととっぴな発言、それに人並み以上の不運を備えた男である。
「ああ、キランは今、研究休暇中なのですよーお。まったく、本当ならとっくに帰ってきているはずなのですがねーえ」
 どうしても進めたい研究がある、といって旅に出たきり、ちっとも帰ってこないのである。帰ってくる期日を連絡しろ、という指示にはなんとか従っていて、「もう十日」「もう五日」と休暇の延長を知らせる手紙だけは寄越す。
「なーんだあ。がっかり」
「すみませんねーえ」
「まあ、いいわよ。アメリアと喋るのも久しぶりだし。そうだ、ねえねえ聞いてよ。この前大変だったんだから。ウチの支店に強盗が押し入ってさあ!」
 リナがそう身を乗り出して喋り出した、そのとき。研究所の扉がノックされ、スバルの声がした。
「アメリア所長、お客さまです」
「お客? どんな方ですかねーえ」
「男性です、初老の。お名前を尋ねたのですが教えていただけず……、そちらの研究員であるユージン・ソラーノ氏の知り合いだ、と申されて……」
「ほう?」
 アメリアの目が、フードの下で光った。
「スバルさん、中へ」
 アメリアは扉の近くまで行くと、中へ入って来たスバルに声をひそめつつ問うた。
「そんな研究員はいない、などという返事を、してしまいましたかねーえ?」
「いいえ。何も。そうですか、と答えて、今、客間にお通ししております。客間の扉には、念のため鍵を」
「ありがとうございます。スバルさんは本当に優秀な職員ですねーえ」
 アメリアはふふ、と笑うと、くるりと振り向いた。
「リナ、お願いがあるのですがねーえ」
「何? なんでも協力するわよ」
 ガッツポーズでウインクをするリナにアメリアは微笑んで、リナにお願いごとの説明をした。そうしながら、布の上に散らばった氷の粒をかき集めたのだった。



 それからしばらくののちに。
 研究所の裏口から外へ出たリナは、ハンターオフィスへ急いでいた。
(アメリアが言ってた通りになったわね)

『客人は十中八九、このところずっとこの研究所を狙っている者たちの一味です。どうしてそれがわかるかについては説明している時間がないので省かせていただきますけれどねーえ。私はこれからその男に会って、騙されたフリをします。何らかの取引を出してきて帰ればよし、ですが、もし、私をどこかへ連れ出したならば、そのときは、ハンターオフィスへ依頼をお願いします。スバルさんが動けばバレてしまう可能性がありますが、リナが今ここにいることは知らないはずですから』

 アメリアのお願いごとは、それだった。
 さらに。

『連れ出された場合、道々でこの雹を撒いて行きます。ハンターの皆さんにはこれを辿って来てもらってください』

 かつては街をひとつ崩壊させたという逸話を持つ、疑わしくも恐ろしき魔法の雹。
 それが、ひとつぶひとつぶの頼りなき道標として、使われることになったのである。

リプレイ本文

 ハンターオフィスに駆け込んできたリナから事情を聞いたハンター一同は、空の研究所・所長、アメリア・マティーナ(kz0179)が取った行動の大胆さと無謀さに少なからず驚いた。
「……随分と大胆なことを考える人だな……」
 鞍馬 真(ka5819)が呆気に取られたように呟くと、マチルダ・スカルラッティ(ka4172)が過去に関わった依頼を思い出して苦笑する。
「確か前にも自分から捕まっていったことがあったような」
 雨を告げる鳥(ka6258)は難しい顔をして考え込んだ。
「私は疑問に思う。何故、敵は空の魔法を固執し、狙うのかを。効果は限定的であり、古来の力を復活させるには時間と労力を要する。正直な感想を述べれば、割に合わない。そう思えるのだが」
「確かにな」
 同意して頷いたのは、キャリコ・ビューイ(ka5044)だ。
「割に合わないことに固執する輩というのは厄介さに加えて不気味さも感じるな……。しかし、それについて考えるのはひとまず後回しにしよう」
「そうですねー。マティーナさんをお助けしに行きましょうー」
 小宮・千秋(ka6272)がリナに向かって微笑んだ。リナは気丈な女性ではあるが、それでもかなり不安を抱えていたのだろう、ホッとしたように息をついた。
「頼むわね。これを、追うようにと言って行ったわ」
 リナが差し出したのは、一粒の雹。アメリアが「降雹壊街」で作り出したものだ。早速、マチルダが指先でつまみ、ウルフのフィオレッティに嗅がせてみる。しかし。
「何の匂いも感じないみたい。アメリアさんの匂いが残っているだろうと思ったんだけど」
「私は考える。特殊な雹とはいえ、微量ずつでも溶ける。表面が溶ければ、匂いは消えてしまうだろう」
 首を傾げたマチルダに、鳥が理由を予想してそう話した。これで匂いを追うことはできないことがわかった。撒かれた雹を地道に辿っていくしかないようである。
「私は提案する。作戦について」
 鳥が素早く作戦を組み立て、一同はそれぞれの役割を果たすべく散って行った。雹の粒が散らばるように。



 フォッグクロークを着こんだキャリコは、空の研究所がよく見える位置に身を隠していた。幸運なことに、ナナメに向かい合う位置に二階建てのレストランがあり、その二階のテラス席を借り受けることができた。その一番端、観葉植物の鉢がある位置に立つと、研究所側からキャリコの姿はほとんど見えなくなる。そこから、軍用双眼鏡を覗き込み、直感視を用いて索敵していた。空の研究所に、鳥が到着するのを確認する。少し離れたところを、マチルダと千秋が通り過ぎていくのも見た。フィオレッティを連れ、散歩の態を装っている。フィオレッティを撫でるために屈んだマチルダが、さりげなく地面に視線を走らせた。無事に雹の粒を見つけたらしく、そのまま、研究所の扉からはかなり離れたルートへ曲がって行った。その後ろを、真が追う。それらを見届けつつ、キャリコは研究所の周囲、特に物陰や商店の入り口に目を光らせた。
 鳥は、研究所の中へ入ってから、エレメンタルコールでアメリアに作戦の伝達をしようと試みた。しかし。中で待ち構えていたスバルが慌ててそれを制す。
「どうしたというのだ」
 不審げに眉を寄せた鳥に、スバルは黙って、手の中のものを見せた。それは、盗聴器だった。客間の椅子の下に置いてあるのを見つけた、とスバルがメモ書きを見せて伝える。なるほど、と鳥は頷き、黙って研究所を出ると、周囲をぐるりと確認してからエレメンタルコールを試す。その後、魔導短伝話で皆に結果を伝えた。
「通じている様子がない。私は判断する。アメリアはすでにエレメンタルコールの通じる範囲外にいるということだ。また、研究所内に盗聴器があった」
 鳥は、他のハンターにそう伝えた。即座に、マチルダから返答が来る。
『雹の粒を順調に追っているよ。引き続き追うね』
『今のところ、尾行されている様子はない。見張りもいないようだ』
 真からも、現状の報告が入った。
「了解した。私もすぐ後を追う」
『こちらグラート。俺はできるだけ地上を避けて移動を開始しよう。盗聴の内容を頼りにしようと思っていたのなら、周囲に見張りがいないのも納得だ』
 グラートという偽名を使うキャリコからもそう返事が来て、鳥も動き出した。



 雹の粒を追いながら、マチルダはのんびりしてはいられない、と感じた。特殊な雹は、強度にすぐれているため壊れてしまうことはないようだが、踏みつけられ、土や砂に汚れると途端に追いにくくなるのである。砂の間から氷の部分がきらりと光るのを確認しながら追ってはいるが、時間が経てば経つほど、それも難しくなってくる。マチルダは、千秋の耳元にそっと尋ねる。
「小宮さん、ちょっと走れる? フィオレッティが急に走り出したことにして、追いかける感じで」
「お任せください、体力には自信がありますし」
 すでにアメリアが連れ出されてから三十分は経過している。休みなく歩き続けていたとしたら、二キロ以上は移動できていることになる。バイクなどの移動手段の用意はない。エレメンタルコールが通じなかったことを考えると、できるだけ早く差を縮めるべきだろう。
 雹が続いて行く方を示して、マチルダはフィオレッティを走らせた。
「わわわー、待ってくださいー」
 わざと一瞬遅れて、千秋が走り出す。さらにその後を、マチルダが追った。後ろの真にはハンドサインで合図をした。しかし、ここで真が走り出せば明らかに怪しい。真がぐっとこらえて歩調をそのままにする。と。
「任せろ」
 風のような囁きが聞こえたかと思うと、建物から建物へ飛び移り、路地に積まれた木箱を踏み台にし……、と軽やかな身のこなしでキャリコが真の頭上を駆け抜けて行った。
 適度な距離で、千秋がフィオレッティに追いついた。と。雹の粒が、途切れていた。そこは、喫茶店だった。二階建てで、その一階部分は店、二階部分は住居、となっているらしい。
「え……」
 思わず、マチルダが戸惑った声を上げる。喫茶店には、一般客も通常通り出入りをしていた。つまり。
「無理矢理踏み込んだり、手荒な真似はできない……」
 マチルダは誰にも聞こえない声で呟くと、息の上がったフィオレッティを千秋とふたりで宥めるふりをしながら、後続の面々に場所を伝えた。千秋は、はいはいそうですかー、などと言いながらマチルダと会話をしている演技をする。
「雹が途絶えているのは、通りの東に面した……、赤い屋根の喫茶店だよ……」
『!?』
 通信の向こう側で、誰もが息を飲んでいた。計画していた、「アメリアに突入の合図を送ってもらい、住居に踏み込む」という方法はほぼ使えなくなる。一般客に影響が出るからだ。
『……とにかく、ひとまずは計画通りそこへ集合しよう。私ももうすぐ着く』
 鳥がそう言って通信を切り、マチルダと千秋はぬいぐるみを使って店の扉が見える位置でフィオレッティと遊ぶふりをしながら皆の到着を待った。すぐさま、キャリコが到着し、店の裏手に回って監視をする。ほどなく、真、鳥も合流を果たした。合流、とはいえ、表立って集まるような真似はもちろんしない。
 鳥が、まずは店内のアメリアに状況を知らせるべく、エレメンタルコールを用いた。店から三百メートルほど離れたところにある路地に身を隠し、仲間の現在の位置と、いつでも店に踏み込める状態であることを告げる。しかし、アメリアからの返答はない。滅多なことでは慌てることのない鳥も、さすがに内心で焦る。と。
『二階だ。二階の窓に、アメリアの背中が見える。背中に回した手でピースサインをしたぞ。大丈夫だ、聞こえている!』
 裏手を見張っていた、キャリコから通信が入った。
 引き続きのキャリコからの報告で、建物に裏口はないことがわかった。窓は一階にも二階にもあるものの、一階の窓の向こうは喫茶店のキッチンスペースらしく、忍び込むことはできない。しかし、忍び込むことができないということはつまり。
「逃げ出すこともできないということだな」
 店の正面付近で周囲の様子を警戒しつつ、真が呟いた。今回のメンバーで唯一、敵に顔を知られている心配がないのは彼だ。
 住居がこうした形態だったことは予想外ではあったが、だからといって対処できないわけではない。
 ここまで全員で警戒をしてきたが、特に尾行や見張りはなかったこと、住居へ連れ込まれていたアメリアが、縛られることもなく窓際に立っていたことなどから考えると、敵は今回アメリアに危害を加えるつもりはなさそうだった。とりあえず、今のところは、であるが。
『私は提案する。正面から入って、二階の入り口付近で様子を見てはどうか』
 鳥が即座に計画を立て直す。
『それが良さそうだ。俺は引き続き裏で見張りをする。アメリアから合図があったら、すぐ知らせよう』
 キャリコがそれに追加対応を示し、真が素早く返事を返した。
「では正面からは私が行こう。店の者にも許可を取ってくる」
 真は店の正面から、一般客と同じように扉を開けて入って行った。鳥がもう一度丁寧に周囲を調べ、見張りや尾行がついていないことを確認してから、マチルダと千秋の元へ合流した。真からの連絡を待って、三人も中へ入るつもりでいた。鳥が、ふと呟く。
「先ほど後回しにした疑問ではあるが。敵はなぜ、空の魔法を狙うのだろうか」
「私もずっとそれが気になっているんだよね。アメリアさん、そのあたりのことが聞き出せるといいけど」
 マチルダも、真剣な面持ちで鳥の呟きに応じた。
『店主の許可が取れたぞ。誰か中へ来てくれ』
 真からすぐに通信が入り、マチルダ、千秋、鳥の三人は頷き合って店へ入った。入り口は、フィオレッティを見張りに置くこととする。
「二階の住人は、五日前に急に部屋を借り受けに来たらしい。身なりが整っていて、礼儀正しかったから貸しはしたが、なんとなく怪しいと思っていた、と店主が話してくれた」
 真は口早にそう説明すると、二階へ続く階段を先頭に立って歩き出した。足音をひそめ、二階の部屋の扉の前まで来ると、四人はそっと扉に耳をつけた。決して頑丈とは言えない扉だったが、中の話し声はさすがにクリアには聞こえない。
「それで……に見せたい……とは……ですかねーえ」
「ええ、こちらです……、あなたの…………にかかわる……です」
「…………。なるほど。しかし私をここへ連れ出した…………こと……」
 アメリアの声は、落ち着いていた。相対する男の声も穏やかで、アメリアに危害を加える様子はない。鳥は、一度扉から離れると、エレメンタルコールでアメリアに自分たちの位置を知らせた。
「とにかく、これで目的は……ました。失礼し……よ」
「おや。そう急がなくてもいいじゃないですか。知っていることは全部、話してもらいますよーお」
 急に、アメリアの声が大きくなった。それも、わざとらしく。扉の前にいた真やマチルダたちは、顔を見合わせる。
「まさかすぐ帰れるとは思っていませんよねーえ」
 アメリアのそう言ったかと思うと、扉が大きく開かれた。アメリアは何かファイルのようなものを抱えていた。扉の前に身をかがめていた四人に微笑むと、すぐにくるりと身を翻して、部屋の奥の窓を開ける。裏口で見張りをしていたキャリコに声をかける。
「ユージン・ソラーノさん、どうぞ中へ」
 アメリアが冗談めかしてそういう余裕まであることに全員が安堵しつつ、部屋へ飛び込んだ四人は、初老の男を素早く取り囲んだ。男は目を見開いて固まり、両手を上へあげて降参の意を示した。
「ら、乱暴はよしてください! 私は、頼まれただけなんですから!」
「私は問う。誰に頼まれたのかを」
 鳥が静かな怒りをはらんだ声で男に尋ねる。
「ゆ、ユージン・ソラーノと名乗る男でした……」
 震える声で初老の男がそう言ったとき。キャリコが姿を現した。
「おやおや? おかしいな? 俺は貴様のような奴は知らないぞ?」
「え? えええ?」
 初老の男は、目に見えて狼狽した。
「そんな……。私の依頼人も、その名を名乗っていました。今も、下の店で待機をしているはずですが……」
「何!?」
 急いで一階の店へと戻ったハンターたちだったが、店には、それらしき男の姿はもう、見当たらなかった。



 初老の男が語ることによると。
 ユージン・ソラーノと名乗った男は「自分の友人だ、と言ってアメリア・マティーナを連れ出してほしい。その上で、この資料を渡してほしい」と言い、ひとつのファイルを手渡したという。それが、今、アメリアの手に渡っているファイルだった。
「私は弁護士です。法的に価値のあるファイルだから、と頼まれました。変だとは、思ったのですが、金は弾む、と銃を突き付けられながら言われ、断れませんでした」
「……つまり、この人はそれ以上何も知らないというわけか」
 マチルダが唇を噛んだ。千秋もため息交じりに呟く。
「店にいたという人を捕まえられれば、もっと情報が得られたかもしれないわけですねー」
「見張りは市井に紛れるのが基本だとはいえ、こういう手を使われるとはな。やられたな」
 キャリコも悔しそうに唸った。怪しい人物には注意をしていた。それはつまり、怪しくない自然なそぶりの人間は見逃してきたということになる。
「……皆さんのようなハンターが追ってくるだろうことは、予想されていたのでしょうねーえ。そして、知りたかったのは、どのくらいの人数で、どのくらいの早さでやってこれるのか、という情報だったのでしょう。つまり、私のために駆けつけてくれる人員の能力、ということですねーえ。だからこそ、道中に見張りや尾行を必要とせず、ゴール地点であるこの場で待っていれば良かった。そういうことですねーえ」
 冷静に分析をするアメリアは、話しながらも視線をファイルの中身に向けていた。口調は穏やかながらも、その立ち姿にはぴりりとした緊張が漂う。
「そのファイルには、一体何が……?」
 真が尋ねると、アメリアは少し笑った。そして、ファイルをぱたりと閉じてから答える。
「チェーロ家についての調査記録、と書いてありましたよーお」
「チェーロ家、とは?」
 鳥が訊き返す。怪訝な顔をするハンターたちに、アメリアは静かに告げた。
「私の、母の実家ですねーえ。……敵の狙いが、そして正体が、少しわかってきましたよーお」
 ファイルを抱えなおしたアメリアの袖口から、透明な粒がこぼれた。それは、一回りだけ小さくなった、雹の粒であった。
「シェーラ……、それほどまでに貴女は……」
 誰にともなく呟いたアメリアが、雹を一粒、握りしめた。どれだけ力を入れても、その粒は砕けることがなかった。

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MVP一覧

  • 自在の弾丸
    キャリコ・ビューイka5044
  • 雨呼の蒼花
    雨を告げる鳥ka6258

重体一覧

参加者一覧

  • 黎明の星明かり
    マチルダ・スカルラッティ(ka4172
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 自在の弾丸
    キャリコ・ビューイ(ka5044
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 雨呼の蒼花
    雨を告げる鳥(ka6258
    エルフ|14才|女性|魔術師
  • 一肌脱ぐわんこ
    小宮・千秋(ka6272
    ドワーフ|6才|男性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン アメリアさんを追え!
マチルダ・スカルラッティ(ka4172
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/06/29 04:12:25
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/06/28 13:03:34