ゲスト
(ka0000)
紅散らす風
マスター:狭霧

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/11/01 12:00
- 完成日
- 2014/11/10 01:45
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
一年で最も実り豊かなこの時期の山林に、棒や鉈を持った男たちが分け入っていく。視線を上げれば、葉が赤や黄に染まっており、鮮烈な彩りで彼らを迎えていた。
しかしその表情は一様に硬く、紅葉や山の幸を採りに来たのではないことは明白だった。
しばし無言で進み、やや開けた場所に出ると立ち止まる。
「よし、ここで分かれよう。結果がどうでも一時間が過ぎたらここに戻って来る。いいな?」
そう言って、集団の中で最もガタイの良い青年が、手にした棒を地面に突き立てる。
応、と全員が頷き、事前に決めてあったであろう迅速さで幾人かに分かれ、それぞれの方向に散って行った。
「俺たちも」
「ああ」
それを見送り、その場に残っていた二人とともに、青年も森の奥へと踏み入った。
青年の親友が山に入ったきり、行方が分からなくなったのは二日前のことだった。彼が山に入る前日、キノコを採りに行くんだと話してくれたのを覚えている。
親友は子供の頃から、この時期になると毎年この山林に入り、山のようにキノコを採ってくるものだった。
彼以上にここを熟知している者はいない。そう断言できるからこそ、一切の行方が分からない今の状況は、彼に何かがあったことを確信させるに余りある。
楽観的になど、なれるはずもなかった。
「おーい!!」
「頼む! 聞こえたら返事をしてくれぇーー!!」
呼びながら、隅々まで目を凝らす。
彼らの懇願するような声は森に木霊して消えていき、返す声はない。
「……? おい、これを見ろ。こりゃいったい、何の傷だ?」
同行している男性が示すところに目を向けると、そこには一筋の真新しい傷跡。
猪が牙を擦り付けたものかと思い、すぐに違うと思い直す。猪が牙で付けたものにしてはあまりにも綺麗すぎる。まるで鋭利な刃物で切りつけたような傷だ。
例えば今、己が握っている鉈ならこれに似た傷を残せるのではないか――
「ッ! おい、この辺りを探すぞ!」
親友の手掛かりかもしれない。そう思い至った青年らが周囲を探すと、所々に似た傷跡が見つかった。
「こっちにもあったぞ!」
「ここにもだ!」
彼らは傷跡に導かれるように、森の奥へと進んでいく。
青年にはやや嫌な予感はあった。見つけた傷跡はどれも似通ったものだったが、付けられたばかりのものもあれば、木の肌が黒ずみ、傷つけられてから随分時間が経過したと思しきものも幾つか見つけた。
それを見つけた時点で、これは親友とは何の関係もないと考えていればよかったのだ。
だが、探し回って何の手掛かりもない状況が、彼をこの手掛かりに執着させてしまっていた。古いものも、親友が以前訪れた時に付けたものだと、自分を納得させてしまった。
「また見つけ……っ!!」
「どうした?」
詰まるように途切れた声に、青年は疑問に思い、“それ”を見た。
「これ、は……」
言葉が出ない。
視線の先にあったのは、何かの液体を吸って黒く変色した地面。 ――血溜まりの後だ。
無残にも切り裂かれた籠。 ――ありふれた籠だ。
変色した地面のすぐそばに落ちている鋭利な刃物。 ――村の皆も使っている鉈だ。
そして、木の根元に転がっている、割れた腕輪。 ――奥さんが、あいつの安全を願って贈った唯一つの……
骸も、骨すらも残っていないが、ここで何があったのか、誰の目にも明らかだった。
探し人がもうこの世にいないであろうことも。
青年の心を表すかのように吹き始めた冷たい風が枝葉を揺らし、ざわざわと音を立てる。
何も考えられない。
彼は涙で視界が滲むのを堪えながら、腕輪を取るべくふらふらと近づき――
――瞬間、鮮血が舞った。
●
リゼリオの本部から転移してきたハンターたちは、職員から依頼の詳細について説明を受けていた。
とはいえ、情報は多くない。情報源は現場から命からがら生還した男性一人だけであり、酷く錯乱していたからだ。
その様子にただならぬものを感じた村人は、一旦村に戻り、男性を落ち着けて事情を聞いたのだという。
「彼の話によると、突然強い風が吹いたと思ったら一緒にいた青年の体が裂け、血が噴き出したそうです。
突然のことに動けずにいたところ、木の陰から飛び出した何かにもう一人の男性が足を切られ転倒。さらにその後、イタチのような生物が転倒した男性に襲い掛かり、鎌のような前足で男性を切り裂いたとか」
生還した男性は運が良かったとしか言えませんね、と置き、ハンターの前に広げた3Dディスプレイを操作する。
事件のあった山林と、事件現場までの簡単な地図が表示された。
「事件のあった山林はそう深くもなく、現場までは迷うこともないでしょう。
奴らがその周辺を縄張りにしているのかは不明ですが、一連の流れを考えるとまだ近くに潜んでいると思われます。
そして、男性の話を総合した結果、敵の個体数は最低二体。今のところ被害は事件のあった山林に留まっていますが、いつ山を下りて野に放たれないとも限りません。早急な討伐をお願いします」
そう締めて、ハンターたちに頭を下げた。
しかしその表情は一様に硬く、紅葉や山の幸を採りに来たのではないことは明白だった。
しばし無言で進み、やや開けた場所に出ると立ち止まる。
「よし、ここで分かれよう。結果がどうでも一時間が過ぎたらここに戻って来る。いいな?」
そう言って、集団の中で最もガタイの良い青年が、手にした棒を地面に突き立てる。
応、と全員が頷き、事前に決めてあったであろう迅速さで幾人かに分かれ、それぞれの方向に散って行った。
「俺たちも」
「ああ」
それを見送り、その場に残っていた二人とともに、青年も森の奥へと踏み入った。
青年の親友が山に入ったきり、行方が分からなくなったのは二日前のことだった。彼が山に入る前日、キノコを採りに行くんだと話してくれたのを覚えている。
親友は子供の頃から、この時期になると毎年この山林に入り、山のようにキノコを採ってくるものだった。
彼以上にここを熟知している者はいない。そう断言できるからこそ、一切の行方が分からない今の状況は、彼に何かがあったことを確信させるに余りある。
楽観的になど、なれるはずもなかった。
「おーい!!」
「頼む! 聞こえたら返事をしてくれぇーー!!」
呼びながら、隅々まで目を凝らす。
彼らの懇願するような声は森に木霊して消えていき、返す声はない。
「……? おい、これを見ろ。こりゃいったい、何の傷だ?」
同行している男性が示すところに目を向けると、そこには一筋の真新しい傷跡。
猪が牙を擦り付けたものかと思い、すぐに違うと思い直す。猪が牙で付けたものにしてはあまりにも綺麗すぎる。まるで鋭利な刃物で切りつけたような傷だ。
例えば今、己が握っている鉈ならこれに似た傷を残せるのではないか――
「ッ! おい、この辺りを探すぞ!」
親友の手掛かりかもしれない。そう思い至った青年らが周囲を探すと、所々に似た傷跡が見つかった。
「こっちにもあったぞ!」
「ここにもだ!」
彼らは傷跡に導かれるように、森の奥へと進んでいく。
青年にはやや嫌な予感はあった。見つけた傷跡はどれも似通ったものだったが、付けられたばかりのものもあれば、木の肌が黒ずみ、傷つけられてから随分時間が経過したと思しきものも幾つか見つけた。
それを見つけた時点で、これは親友とは何の関係もないと考えていればよかったのだ。
だが、探し回って何の手掛かりもない状況が、彼をこの手掛かりに執着させてしまっていた。古いものも、親友が以前訪れた時に付けたものだと、自分を納得させてしまった。
「また見つけ……っ!!」
「どうした?」
詰まるように途切れた声に、青年は疑問に思い、“それ”を見た。
「これ、は……」
言葉が出ない。
視線の先にあったのは、何かの液体を吸って黒く変色した地面。 ――血溜まりの後だ。
無残にも切り裂かれた籠。 ――ありふれた籠だ。
変色した地面のすぐそばに落ちている鋭利な刃物。 ――村の皆も使っている鉈だ。
そして、木の根元に転がっている、割れた腕輪。 ――奥さんが、あいつの安全を願って贈った唯一つの……
骸も、骨すらも残っていないが、ここで何があったのか、誰の目にも明らかだった。
探し人がもうこの世にいないであろうことも。
青年の心を表すかのように吹き始めた冷たい風が枝葉を揺らし、ざわざわと音を立てる。
何も考えられない。
彼は涙で視界が滲むのを堪えながら、腕輪を取るべくふらふらと近づき――
――瞬間、鮮血が舞った。
●
リゼリオの本部から転移してきたハンターたちは、職員から依頼の詳細について説明を受けていた。
とはいえ、情報は多くない。情報源は現場から命からがら生還した男性一人だけであり、酷く錯乱していたからだ。
その様子にただならぬものを感じた村人は、一旦村に戻り、男性を落ち着けて事情を聞いたのだという。
「彼の話によると、突然強い風が吹いたと思ったら一緒にいた青年の体が裂け、血が噴き出したそうです。
突然のことに動けずにいたところ、木の陰から飛び出した何かにもう一人の男性が足を切られ転倒。さらにその後、イタチのような生物が転倒した男性に襲い掛かり、鎌のような前足で男性を切り裂いたとか」
生還した男性は運が良かったとしか言えませんね、と置き、ハンターの前に広げた3Dディスプレイを操作する。
事件のあった山林と、事件現場までの簡単な地図が表示された。
「事件のあった山林はそう深くもなく、現場までは迷うこともないでしょう。
奴らがその周辺を縄張りにしているのかは不明ですが、一連の流れを考えるとまだ近くに潜んでいると思われます。
そして、男性の話を総合した結果、敵の個体数は最低二体。今のところ被害は事件のあった山林に留まっていますが、いつ山を下りて野に放たれないとも限りません。早急な討伐をお願いします」
そう締めて、ハンターたちに頭を下げた。
リプレイ本文
「お待ちしておりました……!」
村に着いてすぐに、村長が待ちわびていたと言わんばかりにハンター達を迎え入れた。
疲労が顔色にありありと表れ、見るからに憔悴している。
事件から数日しか経っていないはずだが、すぐ傍に人間を手にかけた雑魔が潜んでいると知ってしまえば心休まる時はないのだろう。
「遅くなり申し訳ございません」
メリル・E・ベッドフォード(ka2399)が深々と頭を下げる。
「心苦しいとは存じますが、最近行方不明になった方や、今回の探索から戻られなかった方について伺ってもよろしいでしょうか?」
それを聞いた村長はしばし面食らっていたが、得心がいったように頷くと、しばらくお待ちくださいと部屋を出ていく。
やがて村長は数人の村人を連れて戻ってきた。みな一様に悲痛な面持ちで、ハンター達はすぐに遺族だと理解する。
メリルは彼らから聞かされた、色々な“情報”を一言一句聞き逃さず記憶に留める。
その様子を見ながら、誠堂 匠(ka2876)は、これ以上犠牲を出さないためにも、必ず雑魔を仕留めることを誓っていた。
●
森を往く彼らの頭上を、程よく色付いた紅葉が天蓋のように覆っていた。
それら深紅の葉に目を奪われることなく、落ち葉を踏み締め、先を急ぐ。
「紅の葉と書いて紅葉……か。ぞっとしないねぇ♪」
ただ一人、東雲 禁魄(ka0463)の声は軽い。いつ敵の奇襲を受けるとも知れない状況ながら、まるで友人と談笑に興じているかのような声色を崩さない。
だが決して敵を軽んじているわけではない。それを示すように、その目には油断はなく、周囲に気を配っている。
そうしてしばし歩くと、山中のやや開けた場所に出た。
捜索に入った村人が分かれた場所だろう。地図に従い、“彼ら”が進んだ方角に向かう。
「そういえば」
ふと口を衝いて出た言葉。
「リアルブルーに“よく似た有名な逸話”が、ございましたね」
メリルは、今回の雑魔の特徴に聞き覚えがあった。
蒼の世界の、とある島国に伝わる伝承。人間を転ばせ、切り付け、薬を塗って立ち去るという怪異。
確か名前は
「カマイタチ……でございましたね」
メリルが口にしたその名は、ライガ・ミナト(ka2153)も考えていた。
ライガはメリルの言葉に同意するように頷くが。
「でもアレは斬られた奴に薬を塗るからまた別かな?」
自身の知る伝承との差異に疑問を口にする。
「ええ……明らかに違うのは“つけた傷を癒す三匹目が、見当たらない”こと……でございましょうね。
ですがわたくし達の知識に有るのは伝承の話。全てが同一と判断するのは早計でございましょう。
例えば、三匹目は始めからいないのかもしれません。あるいは」
「仲間が付けた傷を癒すんじゃなく、仲間が受けた傷を癒すとかね♪」
ずいっと。禁魄が言葉だけ投げてよこした。
それは予想に過ぎないが、可能性は決して低いものではない。
と、縄張りの痕跡を探していた扼城(ka2836)が足を止める。
「あったぞ。これが話にあった傷だろう」
彼が指さした木には、確かに一文字に傷が走っていた。変色は軽度。付けられてからそれほど経過していないように見て取れる。
「糞とか何かあれば確実なんですけどね……」
「鎌鼬とやらは知らないが、仮にもイタチなら縄張り意識は強いだろう。この傷が糞の代わりなら、ここは既に奴らの縄張りの中だ」
ライガは不謹慎とは思いながらも、獲物を食べた後の糞という意味で口にしたが、サバイバル経験のある扼城は、縄張りの主張する手段のことだと捉えた。これがその代わりだとも。
「それなら傷の多い方にイタチさん達がいそうなきがするのん」
ミィナ・アレグトーリア(ka0317)がのんびりした声で森の奥を指さすと、扼城も一つ頷き。
「ここからは一層慎重に動いた方が良さそうだね」
匠の言葉に一行は改めて気を張り、咄嗟に互いをフォローできる距離を保ちながら、傷を追って縄張りの奥に踏み込んでいった。
いくらか進んだ時、周囲を注意深く観察していた匠が、目の端で黒い影を捉えた。
「みんな!」
直ぐに短く、全員に伝える。
ハンター達が警戒態勢を取るのと、“風”が吹くのはほぼ同時だった。
瞬間、何かが飛来する音に即座に反応した禁魄がダガーを振り抜く。冷たい刃が殺意に濡れた風の刃を切り払うも、散らしきることはできず、着物が裂け、腹部から血がしぶいた。
「痛たた……やるねぇ♪」
「これは、ウィンドスラッシュ……?」
傷を負いながらも調子は崩さず、動物霊の力を瞳に宿して風刃が飛んできた方向を見やる禁魄を気にしつつも、魔術師であるメリルは、今の攻撃が自分にも馴染み深い技であることを見抜いていた。
しかしすぐに思考を切り替え、自らの術を紡ぐ。
「誠堂様、風の祝福を!」
匠の身体を薄く輝く風が取り巻いた。
ほぼ同時、木の陰より影が飛び出す。落ち葉を舞わせ、真っ直ぐに浅野 紗々姫(ka1737)の元に駆けると、鉤状の爪を振るい脚を薙ぐ。
が、空振り。
紗々姫は脚を狙った攻撃に対し、咄嗟に後ろに跳んでいた。すぐさま体勢を立て直し、予想される次撃に備える。
予想通り、回避によって生じた僅かな隙を突いて駆け込んでくる鎌腕の鼬。
風のように鋭い一撃だったが、薙がれた鎌にと自身の間に突剣を挟み込み、浅い傷に留める。
そしてこの奇襲は誰もが予想していたことだった。
マテリアルを脚に込め、無防備となった鎌腕の背後に回り込んだ匠が、太刀を奔らせる。狙うは一点。
「速さの源はその脚だろう? それなら、これでどうかな!」
振り抜いた太刀は狙い通り、鎌腕の脚を切り裂いた。
こうして、必殺の奇襲を止められ、二匹の魔物がハンターの前に姿を曝した。
「みんな、頑張るのん!」
「勝利を願い、炎の祝福を」
即座にミィナとメリルが杖を振るい、火の精霊力を前衛の武器に付与していく。
「いくぜ!」
しかし、待てぬとばかりにライガが肩に担いだ斬馬刀を蜻蛉に構える。
身の丈ほどもある大太刀である。見るからに木々の多い山中での戦闘には向かない獲物であるが、ライガは純粋な膂力を頼りに無茶を通した。
鉤腕の鼬に対し、地面を踏みしめ横に薙ぐ。小枝を斬り飛ばし、細木を力尽くで叩き斬ったことで速度が落ちたのか躱されてしまうが、鉤腕は警戒するようにライガを見やる。
「やっぱり今までの護身用のカミソリよりは振り回されるか。チョコマカ動く相手に、いきなり実戦で使う武器じゃねえや」
「実戦を通して慣れるのはいいが、俺たちを巻き込むなよ」
若干苦い表情を浮かべて呟くライガに、扼城がぶっきらぼうに言いつつ盾を構えて、警戒している鉤腕に踏み込んだ。
わかってるよ! という声を背に受けつつ、踏み込みの勢いを乗せ、炎のエンチャントが施された盾に己のマテリアルも追加して打ち付ける。
潰れたような声を上げる鉤腕に対し、体重をかけて地面に押し付けようとする。押し付けるに足る太さの木が周囲になかったからこその妥協だが、もがく鉤腕に抜けられてしまう。
咄嗟にサーベルで切り付けるも、その傷は浅い。それでも火属性の一撃を受けたその姿には確かなダメージが見受けられた。
しかし――
「あれ、回復してるのん?」
「これは……やはり、おりましたか」
見る見るうちに癒えていく裂傷。打撃によるダメージで弱り切っていた身体に、再び活力が戻っていく。
鎌鼬伝承の三匹目、薬を塗って傷を癒す鼬の確実になった瞬間であった。
勢いづいて襲い来る鉤腕、鎌腕の攻撃を防ぎながら周囲を探る中で、禁魄の野生の瞳が“それ”を捉える。
「ああ、いましたよ。あの子」
言って、禁魄が銀色のリボルバーを向ける。それは彼が受けた風刃が飛来した方角。木の上、紅葉に隠れ、大柄なイタチがこちらを見つめていた。
「……厄介だな、最初に潰す」
「ええ♪ 先にアイツから倒しましょう♪」
「それに異論はございませんが……」
三匹目を最も厄介な敵と見た扼城と禁魄。メリルは同意見だったが、こちらで相手をしている二匹を放って全員でかかるわけにもいかないと逡巡する。
そんな彼女の背を押すように。
「あんた達に任せる。早く倒してきてくれ」
「大丈夫、ここは俺たちで足止めしておくよ」
匠と紗々姫が鎌腕を。
「結構癖もわかってきたから心配すんな! 逆に人数が少ない方が気にしなくて済む分やりやすいからよ!」
「ライガさんはちょっと危なすぎるのん」
ライガが鉤腕を、それぞれ抑える。
その姿を見た扼城は、頼む、と一言告げ、三匹目――薬腕の元に駆けていく。
近づいてくる扼城に、薬腕は木の枝から飛び降り、逃げようとするが。
「ちょっと待つのん。逃げちゃダメなんよ」
ミィナがすかさずスリープクラウドの呪文を唱える。
発生した青白いガスは薬腕の周囲に一瞬で広がり、それに包まれた薬腕はふらりとしながらも、落ちないように枝にしがみ付いて堪えていた。
「はいはい、眠気覚ましにどうです、一発♪」
禁魄が発砲。狙い打たれた弾丸は動けずにいた薬腕の横っ腹を貫き、地面に叩き落とす。
「尋常に勝負……というわけにはいきませんでしたが、此度の村の皆様の無念を思えば、仕方のないことでございますね」
落ちた薬腕をメリルが生み出した炎の矢が追撃。肉を焼く。
もはや薬腕に仲間の援護をする余裕など残っていなかった。必死に自らの命を繋ぎ止め、彼らに背を向け逃げ出そうとする。
しかし――
「逃がさん。お前はここで逝け」
すぐ傍に迫った扼城が、手にした刃を振り下ろした。
それを見届けた禁魄は目を細め、銃を下げる。
「『秋空を 泳ぐ鼬に紅の 枝葉の色ぞ 手向けなるかな』
……その葉を染めるのは、今回こそは鼬そのものだったのだがね♪」
禁魄の歌とともに、鎌鼬の一体は風に溶けていった。
薬腕が塵と化したまさにその時、鉤腕がライガを捉えた。
ライガの斬撃を潜り抜け懐に潜り込むと、鉤爪をライガの左足に引っ掛け、引く。肉に食い込む痛みとともに支えを失った体が倒れこむ。
同時に紗々姫と匠に抑えられていた鎌腕が反応する。
それは一種の習性だろうか。目の前に敵がいようと、仲間が転ばせた獲物を斬るという本能に従い、紗々姫の横を抜け、ライガの元へ。
「行かせるわけがないだろう」
だが、そうはさせないと。努めて冷静に、鎌腕に対応していた紗々姫が道を阻む。
立ち塞がる壁に、邪魔だと言わんばかりに、鎌を振るう。
「ぐっ……!!」
靴を貫通し、足の甲に突き立てられる鎌。
紗々姫は苦悶の声を噛み殺すと、逆手に構え直したエストックで鎌の付け根、前足を突き穿った。そのまま体重をかけ、杭のように地に沈める。
キィィイッッ――と、甲高い悲鳴を響かせて暴れる鎌鼬に、紗々姫も激痛を堪え全力で突剣を押さえつける。
その機を逃さぬように、匠は太刀を斬り払った。
振るわれた精妙な一閃は、暴れる鎌鼬の後足を違わず捉え、断ち切らんばかりの深い裂傷を刻み込む。
のみならず、返す刃でさらに一閃。脇腹を通った一撃は致命傷で。
「終わりだ」
直後に突き落とされた剣尖を躱す力は残されていなかった。
追撃が来なかったことを幸いと即座に体を起こしたライガは、木を背に再び大太刀を顔の横に構えた。乱れた息を努めて整え、軸を据える。
一方の鎌鼬は仲間が二匹とも討たれたのを察したか、そわそわと落ち着きがない。ともすればすぐにでも逃げ出しそうに見える。
ライガは左足を前に。
攻めの構えに移るための行動だったが、それが鎌鼬を刺激したか、弾かれたように背を向ける。
逃がすかと、振り抜いた刃は鋭い風切音を伴って前方を薙ぎ払うが、紙一重で跳んで躱す。――跳んで躱してしまった。
力尽くで強引に、返される刃。いくら風を操るとはいえ、翼持たぬ獣が空中を自由に動くことなどできず。
風の獣は馬をも両断する大刃によって二つに分かたれ、空中で黒い塵に帰っていった。
消えゆく塵を前に、それを成した本人は目を伏せて。
「動き回るならその空間ごと薙ぎ払えばいい、親父の技が役に立った」
静かに刀を下ろしたのだった。
●
三匹の鎌鼬を討伐した後、ハンター達は山林を確認していた。
犠牲者の遺品を探すためだ。そしてもし遺体が残っているのならば、しっかりと弔うために。
「浅野さんもミナトさんも、本当に大丈夫なのん? うちが回復魔法使えたらよかったんやけど……」
時折ミィナが振り返り、二人を気遣う。足を気にしながらついてくる紗々姫とライガは、心配ないと言う。これが先ほどから何度も繰り返されていた。
紗々姫は思いのほか傷が深く、自前のマテリアルヒーリングでは完全に傷が癒えなかったのだ。ライガの傷は浅かったが、そもそも彼は回復などできない。そのためミィナが応急手当を施したのだ。
無理せず休んでいてもよかったのだろうが、彼らが親しかった人たちに少しでも返せるものがあるならと、こうして遺品の捜索に加わっている。
ちなみに禁魄はというと、いつの間にかケロリとしており、いつものヘラヘラとした笑みを浮かべていた。
こうして一行は山中、鎌鼬の縄張りだけでなく、その周囲も回ったのだが。
「まさか骨すら残っていないとな……」
扼城がその表情に苦々しさを滲ませる。
遺品はいくつか見つけられた。だが遺体だけは、骨の一片さえも見つけることができなかった。
見つけた遺品を手に、これで依頼は完遂したと思いつつも、後ろ髪を引かれる思いで、今一度山林を振り返る。
ふと、空の墓の前に立つ自分を幻視して、無意識に歯噛みした。
村に戻る頃には既に日が暮れかけていた。
人通りのなくなった村道を通り、村長の家に向かう。
ずっと待っていたであろう村長を前に、机に遺品を並べ、事の顛末を語る。遺体は見つからなかった、とも。
「……そう、ですか……」
話を聞き終えた彼は安堵と同時に無念さも滲ませた表情で、長く息を吐く。
「これしか持って来れなくて、ごめんなさいなのん」
そんな村長の様子を見たミィナが、肩を落としながら頭を下げると、いいえ、と僅かに微笑んで。
「息子の遺品を持ち帰っていただけただけで十分です。他の者も、きっと同じでしょう」
その言葉を聞き、なぜ初対面の時、あれほど憔悴していたのかを理解した。この人も遺族の一人だったのだと。
そして可能なら墓の面倒を見たいと申し出た扼城に、それには及ばないと首を振る。
身内だけで弔いたいから、と言われては引き下がらざるを得なかった。
翌朝、村民に見送られながらハンター達は村を後にした。
集まった人の中には、遺品を握りしめ、深々と頭を下げる遺族の姿もあった。
その姿に、持ち帰ったことは間違いではなかったという安堵とともに、一抹の無力感を飲み下して、ハンター達はギルドへと帰って行った。
村に着いてすぐに、村長が待ちわびていたと言わんばかりにハンター達を迎え入れた。
疲労が顔色にありありと表れ、見るからに憔悴している。
事件から数日しか経っていないはずだが、すぐ傍に人間を手にかけた雑魔が潜んでいると知ってしまえば心休まる時はないのだろう。
「遅くなり申し訳ございません」
メリル・E・ベッドフォード(ka2399)が深々と頭を下げる。
「心苦しいとは存じますが、最近行方不明になった方や、今回の探索から戻られなかった方について伺ってもよろしいでしょうか?」
それを聞いた村長はしばし面食らっていたが、得心がいったように頷くと、しばらくお待ちくださいと部屋を出ていく。
やがて村長は数人の村人を連れて戻ってきた。みな一様に悲痛な面持ちで、ハンター達はすぐに遺族だと理解する。
メリルは彼らから聞かされた、色々な“情報”を一言一句聞き逃さず記憶に留める。
その様子を見ながら、誠堂 匠(ka2876)は、これ以上犠牲を出さないためにも、必ず雑魔を仕留めることを誓っていた。
●
森を往く彼らの頭上を、程よく色付いた紅葉が天蓋のように覆っていた。
それら深紅の葉に目を奪われることなく、落ち葉を踏み締め、先を急ぐ。
「紅の葉と書いて紅葉……か。ぞっとしないねぇ♪」
ただ一人、東雲 禁魄(ka0463)の声は軽い。いつ敵の奇襲を受けるとも知れない状況ながら、まるで友人と談笑に興じているかのような声色を崩さない。
だが決して敵を軽んじているわけではない。それを示すように、その目には油断はなく、周囲に気を配っている。
そうしてしばし歩くと、山中のやや開けた場所に出た。
捜索に入った村人が分かれた場所だろう。地図に従い、“彼ら”が進んだ方角に向かう。
「そういえば」
ふと口を衝いて出た言葉。
「リアルブルーに“よく似た有名な逸話”が、ございましたね」
メリルは、今回の雑魔の特徴に聞き覚えがあった。
蒼の世界の、とある島国に伝わる伝承。人間を転ばせ、切り付け、薬を塗って立ち去るという怪異。
確か名前は
「カマイタチ……でございましたね」
メリルが口にしたその名は、ライガ・ミナト(ka2153)も考えていた。
ライガはメリルの言葉に同意するように頷くが。
「でもアレは斬られた奴に薬を塗るからまた別かな?」
自身の知る伝承との差異に疑問を口にする。
「ええ……明らかに違うのは“つけた傷を癒す三匹目が、見当たらない”こと……でございましょうね。
ですがわたくし達の知識に有るのは伝承の話。全てが同一と判断するのは早計でございましょう。
例えば、三匹目は始めからいないのかもしれません。あるいは」
「仲間が付けた傷を癒すんじゃなく、仲間が受けた傷を癒すとかね♪」
ずいっと。禁魄が言葉だけ投げてよこした。
それは予想に過ぎないが、可能性は決して低いものではない。
と、縄張りの痕跡を探していた扼城(ka2836)が足を止める。
「あったぞ。これが話にあった傷だろう」
彼が指さした木には、確かに一文字に傷が走っていた。変色は軽度。付けられてからそれほど経過していないように見て取れる。
「糞とか何かあれば確実なんですけどね……」
「鎌鼬とやらは知らないが、仮にもイタチなら縄張り意識は強いだろう。この傷が糞の代わりなら、ここは既に奴らの縄張りの中だ」
ライガは不謹慎とは思いながらも、獲物を食べた後の糞という意味で口にしたが、サバイバル経験のある扼城は、縄張りの主張する手段のことだと捉えた。これがその代わりだとも。
「それなら傷の多い方にイタチさん達がいそうなきがするのん」
ミィナ・アレグトーリア(ka0317)がのんびりした声で森の奥を指さすと、扼城も一つ頷き。
「ここからは一層慎重に動いた方が良さそうだね」
匠の言葉に一行は改めて気を張り、咄嗟に互いをフォローできる距離を保ちながら、傷を追って縄張りの奥に踏み込んでいった。
いくらか進んだ時、周囲を注意深く観察していた匠が、目の端で黒い影を捉えた。
「みんな!」
直ぐに短く、全員に伝える。
ハンター達が警戒態勢を取るのと、“風”が吹くのはほぼ同時だった。
瞬間、何かが飛来する音に即座に反応した禁魄がダガーを振り抜く。冷たい刃が殺意に濡れた風の刃を切り払うも、散らしきることはできず、着物が裂け、腹部から血がしぶいた。
「痛たた……やるねぇ♪」
「これは、ウィンドスラッシュ……?」
傷を負いながらも調子は崩さず、動物霊の力を瞳に宿して風刃が飛んできた方向を見やる禁魄を気にしつつも、魔術師であるメリルは、今の攻撃が自分にも馴染み深い技であることを見抜いていた。
しかしすぐに思考を切り替え、自らの術を紡ぐ。
「誠堂様、風の祝福を!」
匠の身体を薄く輝く風が取り巻いた。
ほぼ同時、木の陰より影が飛び出す。落ち葉を舞わせ、真っ直ぐに浅野 紗々姫(ka1737)の元に駆けると、鉤状の爪を振るい脚を薙ぐ。
が、空振り。
紗々姫は脚を狙った攻撃に対し、咄嗟に後ろに跳んでいた。すぐさま体勢を立て直し、予想される次撃に備える。
予想通り、回避によって生じた僅かな隙を突いて駆け込んでくる鎌腕の鼬。
風のように鋭い一撃だったが、薙がれた鎌にと自身の間に突剣を挟み込み、浅い傷に留める。
そしてこの奇襲は誰もが予想していたことだった。
マテリアルを脚に込め、無防備となった鎌腕の背後に回り込んだ匠が、太刀を奔らせる。狙うは一点。
「速さの源はその脚だろう? それなら、これでどうかな!」
振り抜いた太刀は狙い通り、鎌腕の脚を切り裂いた。
こうして、必殺の奇襲を止められ、二匹の魔物がハンターの前に姿を曝した。
「みんな、頑張るのん!」
「勝利を願い、炎の祝福を」
即座にミィナとメリルが杖を振るい、火の精霊力を前衛の武器に付与していく。
「いくぜ!」
しかし、待てぬとばかりにライガが肩に担いだ斬馬刀を蜻蛉に構える。
身の丈ほどもある大太刀である。見るからに木々の多い山中での戦闘には向かない獲物であるが、ライガは純粋な膂力を頼りに無茶を通した。
鉤腕の鼬に対し、地面を踏みしめ横に薙ぐ。小枝を斬り飛ばし、細木を力尽くで叩き斬ったことで速度が落ちたのか躱されてしまうが、鉤腕は警戒するようにライガを見やる。
「やっぱり今までの護身用のカミソリよりは振り回されるか。チョコマカ動く相手に、いきなり実戦で使う武器じゃねえや」
「実戦を通して慣れるのはいいが、俺たちを巻き込むなよ」
若干苦い表情を浮かべて呟くライガに、扼城がぶっきらぼうに言いつつ盾を構えて、警戒している鉤腕に踏み込んだ。
わかってるよ! という声を背に受けつつ、踏み込みの勢いを乗せ、炎のエンチャントが施された盾に己のマテリアルも追加して打ち付ける。
潰れたような声を上げる鉤腕に対し、体重をかけて地面に押し付けようとする。押し付けるに足る太さの木が周囲になかったからこその妥協だが、もがく鉤腕に抜けられてしまう。
咄嗟にサーベルで切り付けるも、その傷は浅い。それでも火属性の一撃を受けたその姿には確かなダメージが見受けられた。
しかし――
「あれ、回復してるのん?」
「これは……やはり、おりましたか」
見る見るうちに癒えていく裂傷。打撃によるダメージで弱り切っていた身体に、再び活力が戻っていく。
鎌鼬伝承の三匹目、薬を塗って傷を癒す鼬の確実になった瞬間であった。
勢いづいて襲い来る鉤腕、鎌腕の攻撃を防ぎながら周囲を探る中で、禁魄の野生の瞳が“それ”を捉える。
「ああ、いましたよ。あの子」
言って、禁魄が銀色のリボルバーを向ける。それは彼が受けた風刃が飛来した方角。木の上、紅葉に隠れ、大柄なイタチがこちらを見つめていた。
「……厄介だな、最初に潰す」
「ええ♪ 先にアイツから倒しましょう♪」
「それに異論はございませんが……」
三匹目を最も厄介な敵と見た扼城と禁魄。メリルは同意見だったが、こちらで相手をしている二匹を放って全員でかかるわけにもいかないと逡巡する。
そんな彼女の背を押すように。
「あんた達に任せる。早く倒してきてくれ」
「大丈夫、ここは俺たちで足止めしておくよ」
匠と紗々姫が鎌腕を。
「結構癖もわかってきたから心配すんな! 逆に人数が少ない方が気にしなくて済む分やりやすいからよ!」
「ライガさんはちょっと危なすぎるのん」
ライガが鉤腕を、それぞれ抑える。
その姿を見た扼城は、頼む、と一言告げ、三匹目――薬腕の元に駆けていく。
近づいてくる扼城に、薬腕は木の枝から飛び降り、逃げようとするが。
「ちょっと待つのん。逃げちゃダメなんよ」
ミィナがすかさずスリープクラウドの呪文を唱える。
発生した青白いガスは薬腕の周囲に一瞬で広がり、それに包まれた薬腕はふらりとしながらも、落ちないように枝にしがみ付いて堪えていた。
「はいはい、眠気覚ましにどうです、一発♪」
禁魄が発砲。狙い打たれた弾丸は動けずにいた薬腕の横っ腹を貫き、地面に叩き落とす。
「尋常に勝負……というわけにはいきませんでしたが、此度の村の皆様の無念を思えば、仕方のないことでございますね」
落ちた薬腕をメリルが生み出した炎の矢が追撃。肉を焼く。
もはや薬腕に仲間の援護をする余裕など残っていなかった。必死に自らの命を繋ぎ止め、彼らに背を向け逃げ出そうとする。
しかし――
「逃がさん。お前はここで逝け」
すぐ傍に迫った扼城が、手にした刃を振り下ろした。
それを見届けた禁魄は目を細め、銃を下げる。
「『秋空を 泳ぐ鼬に紅の 枝葉の色ぞ 手向けなるかな』
……その葉を染めるのは、今回こそは鼬そのものだったのだがね♪」
禁魄の歌とともに、鎌鼬の一体は風に溶けていった。
薬腕が塵と化したまさにその時、鉤腕がライガを捉えた。
ライガの斬撃を潜り抜け懐に潜り込むと、鉤爪をライガの左足に引っ掛け、引く。肉に食い込む痛みとともに支えを失った体が倒れこむ。
同時に紗々姫と匠に抑えられていた鎌腕が反応する。
それは一種の習性だろうか。目の前に敵がいようと、仲間が転ばせた獲物を斬るという本能に従い、紗々姫の横を抜け、ライガの元へ。
「行かせるわけがないだろう」
だが、そうはさせないと。努めて冷静に、鎌腕に対応していた紗々姫が道を阻む。
立ち塞がる壁に、邪魔だと言わんばかりに、鎌を振るう。
「ぐっ……!!」
靴を貫通し、足の甲に突き立てられる鎌。
紗々姫は苦悶の声を噛み殺すと、逆手に構え直したエストックで鎌の付け根、前足を突き穿った。そのまま体重をかけ、杭のように地に沈める。
キィィイッッ――と、甲高い悲鳴を響かせて暴れる鎌鼬に、紗々姫も激痛を堪え全力で突剣を押さえつける。
その機を逃さぬように、匠は太刀を斬り払った。
振るわれた精妙な一閃は、暴れる鎌鼬の後足を違わず捉え、断ち切らんばかりの深い裂傷を刻み込む。
のみならず、返す刃でさらに一閃。脇腹を通った一撃は致命傷で。
「終わりだ」
直後に突き落とされた剣尖を躱す力は残されていなかった。
追撃が来なかったことを幸いと即座に体を起こしたライガは、木を背に再び大太刀を顔の横に構えた。乱れた息を努めて整え、軸を据える。
一方の鎌鼬は仲間が二匹とも討たれたのを察したか、そわそわと落ち着きがない。ともすればすぐにでも逃げ出しそうに見える。
ライガは左足を前に。
攻めの構えに移るための行動だったが、それが鎌鼬を刺激したか、弾かれたように背を向ける。
逃がすかと、振り抜いた刃は鋭い風切音を伴って前方を薙ぎ払うが、紙一重で跳んで躱す。――跳んで躱してしまった。
力尽くで強引に、返される刃。いくら風を操るとはいえ、翼持たぬ獣が空中を自由に動くことなどできず。
風の獣は馬をも両断する大刃によって二つに分かたれ、空中で黒い塵に帰っていった。
消えゆく塵を前に、それを成した本人は目を伏せて。
「動き回るならその空間ごと薙ぎ払えばいい、親父の技が役に立った」
静かに刀を下ろしたのだった。
●
三匹の鎌鼬を討伐した後、ハンター達は山林を確認していた。
犠牲者の遺品を探すためだ。そしてもし遺体が残っているのならば、しっかりと弔うために。
「浅野さんもミナトさんも、本当に大丈夫なのん? うちが回復魔法使えたらよかったんやけど……」
時折ミィナが振り返り、二人を気遣う。足を気にしながらついてくる紗々姫とライガは、心配ないと言う。これが先ほどから何度も繰り返されていた。
紗々姫は思いのほか傷が深く、自前のマテリアルヒーリングでは完全に傷が癒えなかったのだ。ライガの傷は浅かったが、そもそも彼は回復などできない。そのためミィナが応急手当を施したのだ。
無理せず休んでいてもよかったのだろうが、彼らが親しかった人たちに少しでも返せるものがあるならと、こうして遺品の捜索に加わっている。
ちなみに禁魄はというと、いつの間にかケロリとしており、いつものヘラヘラとした笑みを浮かべていた。
こうして一行は山中、鎌鼬の縄張りだけでなく、その周囲も回ったのだが。
「まさか骨すら残っていないとな……」
扼城がその表情に苦々しさを滲ませる。
遺品はいくつか見つけられた。だが遺体だけは、骨の一片さえも見つけることができなかった。
見つけた遺品を手に、これで依頼は完遂したと思いつつも、後ろ髪を引かれる思いで、今一度山林を振り返る。
ふと、空の墓の前に立つ自分を幻視して、無意識に歯噛みした。
村に戻る頃には既に日が暮れかけていた。
人通りのなくなった村道を通り、村長の家に向かう。
ずっと待っていたであろう村長を前に、机に遺品を並べ、事の顛末を語る。遺体は見つからなかった、とも。
「……そう、ですか……」
話を聞き終えた彼は安堵と同時に無念さも滲ませた表情で、長く息を吐く。
「これしか持って来れなくて、ごめんなさいなのん」
そんな村長の様子を見たミィナが、肩を落としながら頭を下げると、いいえ、と僅かに微笑んで。
「息子の遺品を持ち帰っていただけただけで十分です。他の者も、きっと同じでしょう」
その言葉を聞き、なぜ初対面の時、あれほど憔悴していたのかを理解した。この人も遺族の一人だったのだと。
そして可能なら墓の面倒を見たいと申し出た扼城に、それには及ばないと首を振る。
身内だけで弔いたいから、と言われては引き下がらざるを得なかった。
翌朝、村民に見送られながらハンター達は村を後にした。
集まった人の中には、遺品を握りしめ、深々と頭を下げる遺族の姿もあった。
その姿に、持ち帰ったことは間違いではなかったという安堵とともに、一抹の無力感を飲み下して、ハンター達はギルドへと帰って行った。
依頼結果
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MVP一覧
- 黒の懐刀
誠堂 匠(ka2876)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 浅野 紗々姫(ka1737) 人間(リアルブルー)|17才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/11/01 09:26:29 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/28 18:00:41 |