• 繭国

【繭国】火の玉の系譜

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
3日
締切
2017/07/05 19:00
完成日
2017/07/13 22:57

みんなの思い出

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オープニング

 王国騎士団副団長ダンテ・バルカザール(kz0153)が品行方正な騎士であった時はない。少なくとも本人は覚えていないし、彼の来歴を知るゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトにしてもそれらしい記憶は皆無だろう。だが彼が正真正銘の「騎士」である事は疑いない。それは彼の肩書きがそう言わせる訳ではなく、彼自身の行いがそう言わせるのだ。
「俺だって最初から人間出来てたわけじゃねえ。若いころの俺なんざ、武器の扱いが上手いだけのクソガキだ」
 謙遜の気配もなく事実としてダンテは語る。その頃の彼は今ほどに世の中の仕組みも理解できず、理解出来ないことを棚に上げて仕組みを天賦の膂力で押し切った。彼の直情な有り様を小気味良いとする者もいたが、同時に直情すぎる青年に味方する者も少なかっただろう。ダンテが幸運だったのは、その数少ない味方の一人に若き日の前国王アレクシウス・グラハムが居たことだった。
 アレクシウスは年少の頃より聡明で、国内外の諸問題に心を痛めていた。歪虚という共通の敵相手に一致団結出来ない様を見るにつけ、強い苛立ちも抱えてもいた。
 ダンテはそれら貴族の派閥や権力にまるで頓着しなかった。彼の無知がそうさせていた事もあったが、アレクシウスにとってこれほど心の躍る働きをする者もそうそういなかった。同時に彼が暴力的なだけではなく、善性や義侠心を持つ事もアレクシウスは見抜いていた。
 年近い二人は階級を気にせずよく遊び、よく暴れ、よく叱られていた。一時重責を忘れるために放埓を演じるアレクシウスと、根っから粗暴なダンテではその意味は大きく異なるが、年近い二人が良き友人であった事には疑いようがない。
 この二人の関係は制御不能と思われたダンテの心象にも大きな変化を与えた。国王を通じて見識を広げたダンテは粗暴さを収める術を覚え、人を率いる難しさを知り、人を護りたいという思いをより強くする。そして彼は街を歩く義賊ではなく、街を守る騎士となった。ダンテにとってアレクシウスとは単なる首長ではなく、彼自身を騎士たらしめる要石でもあった。
 二人の良好な関係が終わりを迎えたのはホロウレイドの負け戦。国王アレクシウスは戦の前夜、国でも民でもなく「娘を頼む」とだけダンテに託して死地に赴いた。良き国王であり続けたアレクシウスの、極めて個人的な願いだった。
 その頃には中年に差し掛かって背負うものが膨れ上がり、昔ほど粗暴にも放埓にもなり切れず、それでも互いに最善と信じた道を歩いてきた。その人生の果てに迎えた危機の中、アレクシウスは遠い昔の夢を共にした友人に、小さな未来を託して死んでいった。ダンテが王国騎士団の副団長及び赤の隊の隊長となったのはこの後の事である。



 ダンテを始めとする赤の隊の者達は悩みを抱えていた。戦場で主体となる戦術が変化し、自分達が骨董品となりつつあることだ。以前からはその傾向はあったが国家間の調整不足から王国のみで歪虚に対応する場合もおおく、王国の技術レベルの中では十分必要な部隊であった。それがサルヴァトーレロッソの漂着以後、急速に人類の結束は進んだ。更にはロッソの技術が流入することで技術進歩は目覚ましく、既存のシステムは陳腐化が進んだ。同様に戦術より外れつつあると聖堂戦士団も嘆いてはいるが、彼らは前線で戦闘可能な衛生兵として自身を再定義すれば、むしろ現状のままでも需要は大きい。ヒールを使えば10秒で応急処置が出来る為、リアルブルーの衛生兵よりも対応力は高い場面もあるだろう。
 では赤の隊はどうすればいいのか。明日から銃を持って隊列を組めばいいかと言えばそうはならない。歪虚の攻勢も激しくなる昨今、ベテランの武器を挿げ替えて新兵に戻してしまうわけにはいかないのだ。今ある技術はいかしつつ、新しい技術の要素を取り込む必要がある。
「というわけで、これが新装備です!!」
 ジェフリー・ブラックバーン(kz0092)が居並ぶ赤の隊の騎士と模擬戦に参加するハンター達に示したのは砲戦用刻令ゴーレム「Volcanius」。これまで後方支援を外部に委託するしかなかった赤の隊だが、砲兵を随伴させる事により連携の取れた部隊を連れていく事が可能になる。
 問題はーー。
「すまねえ。俺、数学は苦手なんだ」
 弱り顔のダンテが正直に告白する。勿論そんな事は先刻承知であるが、ジェフリーは逆に安心した。砲兵が数学で動いていると理解してくれている。どのみち砲兵は新規編成である。使う側が数学まで意識する必要は余り無い。
「では予定通り模擬戦でも一回やってみましょうか」
「なあおい」
「砲弾は訓練用に砂が降ってくるだけなのでちょっと痛いぐらいです」
「なあおいって!」
 ジェフリーは笑顔でダンテの呼びかけを無視する。弱ろうがどうしようが、導入自体を決めたのは自分ではない。そして決定事項なのだ。
「安心してください。ダンテ隊長の仕事は砲弾をかわすだけの簡単な仕事ですよ」
「的じゃねえか!!!」
「では、私に代わって砲兵の指揮をしますか?」
 思わず席を立ったダンテだったが、固まったまま表情のままゆっくりと席についた。
「任せるぜ」
 ニカッと笑顔で仕事を快諾してくれるダンテ。単純明快で有り難い。
 今回の模擬戦自体の手順は簡単だ。普通にぶつかってもらうだけである。この模擬戦で問題があるのは新装備組だ。戦術がほぼ確立している旧装備組に対して、新装備組は連携訓練が済んでいるとはいいがたい。既に準備からもたついている様子があり先が思いやられる。天幕の中まで慌ただしさが伝わってくるようだった。
「しっかしまあ、ほんの数年で戦争が変わっちまったなあ」
 ゴーレムを見上げるようダンテは呆れたな感心したような、捉えにくい声でそうつぶやいた。
「王女殿下が女王陛下になるぐらいまでは、あのベリアルのクソ野郎に掛かり切りのつもりだったのに、あれよあれよという間に豚野郎討伐か。ホロウレイドは運が良かったな。ベリアルにこの前みたいな変身をされてたらもっとひでえ事になってたろうなあ」
「そういえば、隊長からホロウレイド以前の話を聞いたことはありませんでしたね」
「へ。そうだったか?」
「はい、全く」
 教育としては何度も聞かされる話だが、ダンテ本人が語ることはなかった。戦史として語るには彼の視点は主観的に過ぎ、戦術の知識として語るには彼は言葉が拙い。誰も彼にその役割を求めることなく、彼自身も特に語る事は無かった。
「そうか。なら準備が出来るまでの時間つぶしにでもするか」
 ダンテは天幕の下の椅子に深く腰掛けると、騎士達にとってなじみの薄い前国王の話から始めた。彼の話は軍事的には学ぶべき内容がそれほどなかったが、国を守る決意に至る部分では多くの騎士と同じ感情を伴っていた。話下手ゆえに短い話ではあったが、騎士とハンター達は黙ってダンテの語りを聞いていた。

リプレイ本文

 軍事とは進歩的なものである。新しい概念を取り込む事に貪欲で、進化を忘れた者は滅び去る。騎馬・騎士に対するクロスボウやロングボウがそうだったように。この前提を常識の通じない異形である歪虚と日々戦う騎士達はよく理解していた。技術の遅れは命取り。しかし理解と知識の乖離は中々に埋めがたい。リアルブルーの知識を持つ者にとって彼らの知識の乖離が強敵であった。
「大丈夫かなあ」
 平地を囲む小高い丘の裾、組まれた簡易な櫓の上に火椎 帝(ka5027)は居た。暑い日差しを避けながら中央の平地を見下ろしている。彼が心配しているのは彼が役割を託した騎士達の事だ。火椎は今回の模擬戦を資料として残す為、魔導カメラを非番の騎士に託した。渡したカメラは計4台。騎士達は火椎の居る場所とは違う方面に建てられた櫓、あるいは丘や木の上など演習場を俯瞰できる位置で待機している。果たして彼らは役割を理解してくれたのか。
 始まってしまっては考えても詮無い事。火椎は視線を再び演習場の中央に戻した。模擬戦開始まであと数分、変化の兆候を見逃すまいと、意識を戦場へと集中した。



 遡ること数時間。集合したハンターの中でちょっとした騒動が起きていた。
「え? ……模擬戦? デジマ?」
 今更の確認をするのは水流崎トミヲ(ka4852)。血の気が引いた顔をしている。説明の直前には「リアルブルー出身の僕だけど、腕に覚えがあるよ。まあ任せてくれ」などと調子の良い事を言っていたのだが、終わってみればこの様子である。聞かれた火椎は呆れたような面白おかしいような、朗らかな笑顔で端的に返事をした。
「マジだよ」
「聞いてないよ!??! 怖いたすけて帝くん!!??」
「僕、今日はお手伝い係なんだ。だから後ろで応援してる、頑張ってね!」
「そんなぁ!」
 笑顔で塩対応の火椎にすがりついても無駄というものである。火椎はこの通り笑顔のままだったが、ボルディア・コンフラムス(ka0796)はそこまで悠長でもなかった。
「うるせえ! 泣き言行ってないでいくぞおら!」
「あ、ちょ、ちょっと待って! 帝くーーーーん!!!」
 襟首を掴まれ文字通り引きずられるように水流崎は連れられて行く。火椎は変わらない笑顔のまま、手を振って見送った。
 騒動とは言っても些細な話。ややまごつきながらも作業は予定通り進んでいく。ナタナエル(ka3884) とユウ(ka6891)は物珍しさからゴーレムの周りで働く砲兵達とのそりと動くゴーレムを眺めていた。ナタナエルは知識欲に近しいものであったが、ユウは子供らしい好奇心でゴーレムの周囲をぐるぐる回る。外見が妙齢の女性にそのように振る舞われると、竜人に慣れない者達は無意味にどぎまぎしてしまっていた。彼女自身はそれに頓着することも知ることもなかったが。
 この時、マッシュ・アクラシス(ka0771)は騎士団の兵種に1点の疑問を覚えて、ダンテに質問を投げかけた。赤の隊の編成はどう変わってしまったのだろうか。
「そういえばですけど、ダンテさん。通信兵はどうしてます?」
「勿論居るぜ。ジェフリーにでも聞いてくれ」
 確認したところマッシュが予想したよりも丁寧に組織化されている。維持・運用という点では几帳面なジェフリーの影響もあるだろうが、支援を得意とする青の隊の仕込みが大きいだろう。元々通信は魔導短電話などの普及もあり、騎士達にも行き渡っている。問題はどちらかといえば、今回のような砲撃戦に慣れているかいないか、だろう。
「でもまだ、聖導士が足りてませんの」
 会話に割り込んだのはディーナ・フェルミ(ka5843)だ。
「赤の隊に聖堂士を入れろってことか?」
「そうなの。1番簡単なのは、ダンテ団長が人たらし能力を遺憾なく発揮して、小隊4人に付き1人、聖導士を配置できるようにすればいいの。小隊運用大事なの」
「それは百も承知だぜ。ホロウレイドの戦いに限らず、どこでだって世話になったからな」
 ダンテは頷いて王国の基本編成を思い浮かべる。王国の国外遠征部隊と言えば「聖堂戦士団と赤の隊」と相場が決まっていた。当時からその役割は変わらず多くの命を救われた。これは赤の隊に限った話ではない。
「当てならあるの。王国辺境には聖導士教会が建てた聖導士学校がある…あの子たちは、真面目で強いの。システィーナさまが援助してくれなかったから、多分そのうち大公派に飲み込まれちゃうと思うけど…その前にダンテ団長が何とかすればいいと思うの。ダンテ団長頑張って下さいなの」
 当ての話にはダンテは渋い顔をした。答えは決まっているが説明下手なダンテは、困ってジェフリーを見る。慣れたもので、ジェフリーはダンテに代わって明瞭に答えを返した。
「聖堂教会の問題に騎士団が首を突っ込むわけにはいきません。しかも貴族相手の派閥争いとなれば猶更です」
「というわけだ。昔の俺なら何かしたかもしれんが……。悪いな嬢ちゃん、俺には立場がある。嬢ちゃんの提案は、立場の無い人間がする解決方法だ」
 ダンテの言葉はディーナには理解できなかった。正確には納得できなかった。出来るのに何故しないのか、それは怠慢ではないのかと。
「どっちが良いか悪いかじゃねえ。選んだ場所で最善を尽くす。嬢ちゃんなら、自由だからこそ出来ることもあらあな」
 ダンテはディーナの肩を叩くと、唯一の仕事である愛馬の世話に戻っていった。



 模擬戦開始の合図である狼煙が上がった。同時に仮想敵部隊が動き出す。遠巻きにしながらもその雄叫びが聞こえる。土煙を上げて突撃する仮想敵部隊に対して、概念実証部隊も素早く動き出した。ゴーレムは事前に先の閉じた三角形に配置され、命令を待って鎮座していた。
「距離よーし。射ーーっ!」
 ゴーレム3体は射程に入った騎馬隊目掛けて一斉に砲撃を開始した。砲弾は炸裂弾を使用し、まずは相手の出鼻をくじく。振ってくるのが模擬弾代わりのただの砂とは言え当たれば痛い。騎馬隊の前列は軽い混乱状態に陥っていた。ダンテは怯まず散開を命じるが、ディーナはこれに応じず周囲の騎士を鼓舞した。
「確かにゴーレムは強いの。でも強い相手だから負けるなんて理由にならないの。それじゃ貴方達は…私達は、永遠にメフィストに負け続けることになる。それを容認できるような腰抜けは、要らないの」
 腰抜け。そう言われて引き下がれない男は多い。騎士の中でも血気盛んな者はこの挑発同然の言葉に反応した。
「勝てなくても負けるな。次があるなら被害を最小限にして撤退する勉強をすればいいの。次がないなら、いかに長く戦場で立っていられるかを考えればいいの。私達が長く立っていられればいられるほど、後続は無傷で敵陣に辿りつく。今日はそれを身を持って考える日なの」
 ディーナは周りの騎士を鼓舞、あるい扇動して突撃した。砲撃を物ともせず進軍する。目標は目の前の敵騎馬隊だ。ディーナが接敵まであとわずかとなった時、突如として目の前を白い雲が覆った。水流崎の使うスリープクラウドと同系統の魔術「終末幻想七式」だ。拡大された魔術は侵入した騎馬隊に直撃した。流石のディーナはこの魔法に耐えた。が、周囲の騎士や彼女の馬まではそうも行かない。馬は倒れこみ、ディーナはその身を投げ出された。受け身を取って素早く立ち上がるディーナであったが、砲弾は容赦なく降り注ぐ。十分な砲撃が終わった後、ジェフリー率いる騎馬隊が残存した兵力を完膚なきまでに叩き潰す。水流崎はその一部始終を、間近で見ることとなった。
「まっすぐ来るとか怖い」
 前提として直進する敵は砲撃で撃破・あるいは足止めする予定だった。特にダンテを含む赤の隊は砲撃を物ともせず突っ切る可能性もあり、ボルディアと水流崎は完璧な準備で待ち構えていた。実際にはダンテは砲撃を受けた直後から散開を命じている。散開が遅いのは意図的な事であるが、そこで強引な突貫を選ばないのは彼がひとりの戦士でなく指揮官であるからだ。猪に見えても彼は明瞭に役割を弁えている。結果としてディーナとその周囲が代わりに備えに掛かる形となった。
「お見事でした」
 マッシュは馬上で引き絞っていた弓を下げた。視線の先には今しがた仕事を終えて、戦場から逃げ帰る水流崎の姿があった。撃つのは簡単だ。彼の終末幻想七式を発動前に止めることも出来ただろう。しかしそれでは依頼の趣旨に合わない。
「後は敗軍の演技を、ゆっくり見せてもらいましょうか」
 ジェフリーの騎馬隊が迫っている。三兵戦術の基本則通り、砲撃で散らばった兵士を各個撃破でならしに来る。泥まみれになる気になれないマッシュは、そそくさとその場を遠巻きに見つめながら戦場を去った。
 一方で部隊のど真ん中で戦うダンテは多忙を極めていた。
「くそっ! もっと散開しろ!」
「隊長!」
「今度はなんだ!?」
 部下の示す先に視線を送るダンテ。部隊の側面では覚醒者含む騎士達が衝撃で押し戻されていた。砲撃ではない。空白地になった中央に居るのはボルディアだ。
「来てやったぜ、ダンテ!」
「今忙しいんだ! 後にしろ!」
 心底いやそうな顔をするダンテはそそくさと距離を取ろうとする。驚き呆れたボルディアは怒りの形相で追いかけた。
「逃がすわきゃねえだろ!」
 ボルディアは腕から炎の鎖を解き放つ。炎檻は狙い違わずダンテをーー
「隊長!」
 咄嗟に部下の騎士がボルディアとダンテの間に入る。炎檻はダンテを庇った騎士に直撃、騎士をからめとった。
「どうだ! ファントムハンド対策は万全だぜ!」
「ただの身代わりじゃねーか!」
「指揮官が死ななきゃ何でも良いんだよ!」
 言い争いでムキになって飛び込んで来たダンテはボルディア含む前衛の騎士達と大乱闘を始めてしまった。
 実際のところ対抗策が無いのも事実だ。仮想敵部隊は意図的に装備に偏りを残した赤の隊。遠距離から殺すような器用な真似は難しい。ダンテの魔剣も切れ味が異常な以外は普通の剣である。大人げない罵り合いをしながらの大激闘であったが、最後は砲撃により砂を被り、両者共戦場から退場となった。
 ジェフリー率いる騎馬隊の的確な近接攻撃による蹂躙が半ばまで進み、仮想敵部隊は潰走状態となる。ダンテの不在も大きく、仮想敵部隊は集結する兆しもない。概念実証部隊の勝利を脅かす者はこれでなくなったかに思われた。
 砲撃戦に置いて砲兵の安全確保は絶対である。攻め手はいかにして砲兵に近寄るか。受け手はいかにしてこれを防ぐか。ユウは混乱の最中、疾影士として自身の信じる最適解をひた走っていた。
(あのような砲撃とまともに戦っては勝ち目はありません。であればーー)
 疾影士独自の隠密行動。彼女は乱戦の最中に潜り込み、砲兵へ肉薄してこれを撃破しようと試みる。あと30m、20m、10m。そこでユウの足が止まった。危機を察知し咄嗟に地面に転がるように回避行動。彼女の通過予定だった地面に、薔薇の装飾を施された短剣が刺さっていた。
「惜しかったな」
 声の主、短剣の主は乱戦の中から姿を現す。着弾観測を行っていたナタナエルだ。ユウの行動を先読みしたわけではないが、常時観測を行っていた彼はいち早くユウの行動に気づいたのだ。同じクラスゆえ、着眼点が似ていることも大きい。
「乱戦の最中ならともかく、この距離なら見逃さないよ」
「流石ですね。ですが、押し通ります」
「それは困る。困るから――」
 ナタナエルは口笛を吹く。何事かと周囲の騎士達が一斉に二人の戦いに視線を移した。異常に気付いた騎士達は慌てて砲兵達への壁を作っていく。これではユウが抜ける隙間はどこにもない。
「僕の勝ちだね?」
「…………降参です」
 ユウは武器を手放し、大人しく「死人」の目印であるスカーフを腕に巻き付けた。



 仮想敵部隊最後の小隊長級が撃破され、熱気の中で模擬戦は終了した。騎士達は怪我人を助け起こし、控えていた聖導士達が治療の為に駆け回る。馬も使った大規模な模擬戦であったが、無事死人もなく終了することが出来た。
「知ってた。知ってたが酷いもんだぜ」
 砂まみれのままダンテはそう溢した。元より歪虚戦が主任務の彼らは砲撃を受ける機会などあるはずもない。実感という意味では十分だっただろう。その為の模擬戦であったので予定通りの成果でもあるが、ボルディアと水流崎の細かい指定のおかげで弾種の違いや有用性を、知識としての理解から実使用の実感へと効率よく引き上げることが出来た。
 今回の模擬戦の成果として喜ばれたのは、帝の撮った大量の写真であった。動画で撮るほどの精度は無いにせよ、時系列順に並んだ写真は騎士達には新鮮であった。勿論自分達がどう動いているかは彼らも把握している。訓練によって規律正しく動く事は可能だが、戦場というストレスによってその行動がどう崩れるのか。感覚で把握はしていても資料として残すという意識には無い。文明レベルで言えば彼らは2世紀以上古い人間達なのだ。
「お、第2小隊が早速崩れてるぞ」
「おや。第3射は完璧な位置に落ちたと思ったのですが…」
 わいのわいのと写真を取り上げながら騎士達は講評を始める。賑わうのは良いが整理前に好き勝手に講評を始めるのはまずい。帝は慌ててその場に止めに入り、資料の散逸を防ぐ必要があった。
「帝くーーん……」
「あ、おかえり。トミヲくん」
 ボルディアと並んで帰って来た水流崎はたっぷりと砂埃を浴びていた。ボルディアのように日焼けした肌と鍛え上げられた筋肉があればその汚れた姿も様になったのだが、見るからにインドア派の水流崎には少しも似合っていなかった。それがなにやら無性におかしくて、火椎はくすくすと腹を折り曲げて笑ってしまった。
「ひどいよ……」
 水流崎の酷い様に気づいた騎士達は、同時に自身の酷い様にも今更のように気づく。お互いを指さしながらの明るい笑いは、おさまるまでにしばらくの間を要した。

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MVP一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • DTよ永遠に
    水流崎トミヲka4852
  • ブリーダー
    火椎 帝ka5027

重体一覧

参加者一覧

  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 《死》を翳し忍び寄る蠍
    ナタナエル(ka3884
    エルフ|20才|男性|疾影士
  • DTよ永遠に
    水流崎トミヲ(ka4852
    人間(蒼)|27才|男性|魔術師
  • ブリーダー
    火椎 帝(ka5027
    人間(蒼)|19才|男性|舞刀士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
水流崎トミヲ(ka4852
人間(リアルブルー)|27才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/07/05 17:50:08
アイコン 質問卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2017/07/02 23:50:51
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/07/05 17:43:18