ゲスト
(ka0000)
航路を拓いて、新たな結びつきを
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/07/08 22:00
- 完成日
- 2017/08/11 18:33
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
精霊樹がぼんやり光り、用意された魔法陣に集まると、それはみるみるうちに一人の女性を形作った。
これが転移。覚醒者たちが遠方へ移動する手段の一つである。
はらりと垂れ落ちる黒髪が現実の法則に則ったことを証明すると、彼女は長いまつげをゆっくりと開いて自らの身体に目を落とした。そして……。
「なんじゃこりゃあぁぁ!!」
とてもひどい第一声を上げた。
「着物38点、匂い袋70個、紅入れの貝殻140枚、初物の柚子1箱が転移しておりませぬぞ。転移事故ではございませぬか!?」
女は近くにいた職員に掴みかかるようにして叫んだが、それをとりなすようにげっそりとした顔の少女が彼女にゆっくりと首を振った。
「身に着けたものしか持っていけないっていうし……無理だったんだよ」
そう。彼女達はエトファリカ連邦の果て、詩天からの品物を転移門を使って輸入しようとしていて……そして失敗したのだ。いくつかは身に着けて到着できただけでも御の字である。
「精霊樹は分かっておりませぬ。詩天では重ね着に重ね着を重ねた十二単もあるというのに、たかだか40着ほど着込んだくらいで弾き飛ばすとは!」
「君香さぁん、もう諦めようよ、もう三条様とかスメラギ様がやるって言ってた模擬結婚式の締め切りを過ぎたって言ってたよ」
「何をおっしゃいますか! いいですか。模擬結婚式の後に東方ぶーむが起こるのです。需要が発生するのですよ! ミネア様も商売人でございましょうに、そんな簡単に諦めてどうしますか」
君香と呼ばれた転移してきたばかりの女性は、そばでぐったりしているミネアの首根っこを掴んでがっくんがっくんと振りしきりながら叫んだ。
「待って……吐く……」
「一般人とはいえ転移1回で何を弱気な事を! 我々の商品を待ち望む人々の為にも後3000回は転移しなければなりませぬ」
殺す気か。
ちなみに精霊樹による転移は覚醒者しか使用できない。ミネアのような一般人が使おうものなら、このとおり体内のマテリアルが乱れて1週間は使い物にならなくなる。
「さあ、どんどん商品を運びましょう!!」
「他に使う人の事も考えてください!」
あげくハンターズソサエティの職員から怒られて、五条君香はしばらく転移門の使用禁止を言い渡されたのであった。
●
「転移門が使えないとするならば、やはり海路」
リゼリオの港、ひたすらに続く水平線を前にして君香は熱く語ったが、港で船が出入りする様子を近くで眺めていた商人らしいポニーテールの女が嘆息した。
「みんなそうしたいって思ってるわよ。でもこの先に広がる海は暗黒海。近海ならともかくエトファリカ連邦へは歪虚に包囲されたずいぶん昔から誰も渡ったことないし、潮の流れとか地形とかもう誰も分からないから、商船を出そうなんて誰もやらないと思うな」
それが普通の反応である。
「いーえ。今や海の主グランアルキトゥスも打ち破ったのですから、できないはずはございませんっ。私たちの手でエトファリカとの航路が確立しましょうぞ! 我こそはという勇者はおりませんか!」
そんな常識など知ったことかと算盤を振りかざして逃げる船乗りだの海商を追いかけ回し、手当たり次第声をかける君香をミネアは真っ赤になって引き留めた。
そんな話に乗ってくるような船乗りなど、どこにも……。
「エトファリカか。任せておけ」
いたー!?
振り返ってみると、そこにはいたのは潮焼けした赤銅色の肌に白髪混じりの髪、そして豪快な笑顔の大男。以前出会った元辺境の一族であったボラ族の族長イグであった。
「い、イグさん!?」
「エトファリカに船で行くなら任せると良い。準備はできているぞ、というか先刻渡って来たばかりだ!」
その言葉に思わず目を丸くして振り向いた。
「わ、渡った? この海、海図もなにも無くて、あるのは歪虚の巣ばっかりって聞いたんですけど……」
「自然を慰撫するために旅し風と海の加護を得た。怖れることはない」
そして笑ってイグは「ほら、あの船だ」と紹介した。なるほど、船体にはエトファリカ様式の船名が刻まれ、ついでに船には古物商が喜びそうな奇怪な民芸品に溢れていた。
そしてよく沈没せずに来れたね、と思わず声をかけたくなるほどにボロッボロなのも、そう言われると真実味を感じるから不思議なものだ。
「きゃはー! これはイケますっ。ミネア様の顔の広さと幸運は一流でございますねっ。後はこの調子で船と船員を確保しましょう!! さぁ、そちらのお嬢様、いかがでございましょうかっ」
「でも船だって高いんだし……」
「何をおっしゃいますか、ミネアカンパニーの会頭として、そこは鶴の一声で決めてしまいましょう!」
「いやいや、そんなことしたら怒られるってば! みんなの生活かかってるんだから」
俄然元気になった君香は再び船乗りや海商たちと鬼ごっこ……を始める間でもなく、立ちはだかる少女の体にぶつかって止まった。
最初にため息をついていたポニーテールの女ではないか。彼女は逃げるでもなく、興味深そうに君香の算盤を見つめていた。
「あの……」
「色んな人が幸せになるために、新たな模索をしていくのって商人の役目だと思うの。『投資』ってやつかな」
君香の暴走に謝るつもりだったミネアだが、海から照り返す光を受けて輝くルビーのような瞳とその言葉が印象的で。それはどこか救済を求める一途さとも、どこまでも己を道を突き進む意志の強さともとれ、ミネアは思わず彼女に見入ってしまった。
自分にはない商人の気概というか、別なる一面をもった彼女の存在はミネアにはとにかく眩しく、そして頼もしく見えた。
「船とか必要なもの準備するわ。それで航路を開拓してきてほしいの。成功した暁には、その航路で私の船で商売させてもらってもいい? そっちの商会にも損はさせないから」
新たな出会い。
新たな可能性。
海に出る事は怖くはあったが、それでも色んな人がこうしてつながって背中を押してくれると思うと、その恐怖感も不思議と薄れていった。
ぼうっと見やるミネアを見て、彼女は愛嬌たっぷりの苦笑いを浮かべた。
「って言ってもね。実は船手に入れたけど既存航路じゃ商売難しくって。どうしようかと思ってたの。だから、可能性に賭けさせてもらえたらなって」
「ううん、あたしこそ。無理ってばかり思い込んで、大切なことを思い出させてくれた気がする。あの、あたし私、ミネアです!」
「私、エミルタニア=ケラー。エミルって呼んで」
つながる手と手。
こうして新たな商機と海路が拓かれる旅が始まったのであった。
精霊樹がぼんやり光り、用意された魔法陣に集まると、それはみるみるうちに一人の女性を形作った。
これが転移。覚醒者たちが遠方へ移動する手段の一つである。
はらりと垂れ落ちる黒髪が現実の法則に則ったことを証明すると、彼女は長いまつげをゆっくりと開いて自らの身体に目を落とした。そして……。
「なんじゃこりゃあぁぁ!!」
とてもひどい第一声を上げた。
「着物38点、匂い袋70個、紅入れの貝殻140枚、初物の柚子1箱が転移しておりませぬぞ。転移事故ではございませぬか!?」
女は近くにいた職員に掴みかかるようにして叫んだが、それをとりなすようにげっそりとした顔の少女が彼女にゆっくりと首を振った。
「身に着けたものしか持っていけないっていうし……無理だったんだよ」
そう。彼女達はエトファリカ連邦の果て、詩天からの品物を転移門を使って輸入しようとしていて……そして失敗したのだ。いくつかは身に着けて到着できただけでも御の字である。
「精霊樹は分かっておりませぬ。詩天では重ね着に重ね着を重ねた十二単もあるというのに、たかだか40着ほど着込んだくらいで弾き飛ばすとは!」
「君香さぁん、もう諦めようよ、もう三条様とかスメラギ様がやるって言ってた模擬結婚式の締め切りを過ぎたって言ってたよ」
「何をおっしゃいますか! いいですか。模擬結婚式の後に東方ぶーむが起こるのです。需要が発生するのですよ! ミネア様も商売人でございましょうに、そんな簡単に諦めてどうしますか」
君香と呼ばれた転移してきたばかりの女性は、そばでぐったりしているミネアの首根っこを掴んでがっくんがっくんと振りしきりながら叫んだ。
「待って……吐く……」
「一般人とはいえ転移1回で何を弱気な事を! 我々の商品を待ち望む人々の為にも後3000回は転移しなければなりませぬ」
殺す気か。
ちなみに精霊樹による転移は覚醒者しか使用できない。ミネアのような一般人が使おうものなら、このとおり体内のマテリアルが乱れて1週間は使い物にならなくなる。
「さあ、どんどん商品を運びましょう!!」
「他に使う人の事も考えてください!」
あげくハンターズソサエティの職員から怒られて、五条君香はしばらく転移門の使用禁止を言い渡されたのであった。
●
「転移門が使えないとするならば、やはり海路」
リゼリオの港、ひたすらに続く水平線を前にして君香は熱く語ったが、港で船が出入りする様子を近くで眺めていた商人らしいポニーテールの女が嘆息した。
「みんなそうしたいって思ってるわよ。でもこの先に広がる海は暗黒海。近海ならともかくエトファリカ連邦へは歪虚に包囲されたずいぶん昔から誰も渡ったことないし、潮の流れとか地形とかもう誰も分からないから、商船を出そうなんて誰もやらないと思うな」
それが普通の反応である。
「いーえ。今や海の主グランアルキトゥスも打ち破ったのですから、できないはずはございませんっ。私たちの手でエトファリカとの航路が確立しましょうぞ! 我こそはという勇者はおりませんか!」
そんな常識など知ったことかと算盤を振りかざして逃げる船乗りだの海商を追いかけ回し、手当たり次第声をかける君香をミネアは真っ赤になって引き留めた。
そんな話に乗ってくるような船乗りなど、どこにも……。
「エトファリカか。任せておけ」
いたー!?
振り返ってみると、そこにはいたのは潮焼けした赤銅色の肌に白髪混じりの髪、そして豪快な笑顔の大男。以前出会った元辺境の一族であったボラ族の族長イグであった。
「い、イグさん!?」
「エトファリカに船で行くなら任せると良い。準備はできているぞ、というか先刻渡って来たばかりだ!」
その言葉に思わず目を丸くして振り向いた。
「わ、渡った? この海、海図もなにも無くて、あるのは歪虚の巣ばっかりって聞いたんですけど……」
「自然を慰撫するために旅し風と海の加護を得た。怖れることはない」
そして笑ってイグは「ほら、あの船だ」と紹介した。なるほど、船体にはエトファリカ様式の船名が刻まれ、ついでに船には古物商が喜びそうな奇怪な民芸品に溢れていた。
そしてよく沈没せずに来れたね、と思わず声をかけたくなるほどにボロッボロなのも、そう言われると真実味を感じるから不思議なものだ。
「きゃはー! これはイケますっ。ミネア様の顔の広さと幸運は一流でございますねっ。後はこの調子で船と船員を確保しましょう!! さぁ、そちらのお嬢様、いかがでございましょうかっ」
「でも船だって高いんだし……」
「何をおっしゃいますか、ミネアカンパニーの会頭として、そこは鶴の一声で決めてしまいましょう!」
「いやいや、そんなことしたら怒られるってば! みんなの生活かかってるんだから」
俄然元気になった君香は再び船乗りや海商たちと鬼ごっこ……を始める間でもなく、立ちはだかる少女の体にぶつかって止まった。
最初にため息をついていたポニーテールの女ではないか。彼女は逃げるでもなく、興味深そうに君香の算盤を見つめていた。
「あの……」
「色んな人が幸せになるために、新たな模索をしていくのって商人の役目だと思うの。『投資』ってやつかな」
君香の暴走に謝るつもりだったミネアだが、海から照り返す光を受けて輝くルビーのような瞳とその言葉が印象的で。それはどこか救済を求める一途さとも、どこまでも己を道を突き進む意志の強さともとれ、ミネアは思わず彼女に見入ってしまった。
自分にはない商人の気概というか、別なる一面をもった彼女の存在はミネアにはとにかく眩しく、そして頼もしく見えた。
「船とか必要なもの準備するわ。それで航路を開拓してきてほしいの。成功した暁には、その航路で私の船で商売させてもらってもいい? そっちの商会にも損はさせないから」
新たな出会い。
新たな可能性。
海に出る事は怖くはあったが、それでも色んな人がこうしてつながって背中を押してくれると思うと、その恐怖感も不思議と薄れていった。
ぼうっと見やるミネアを見て、彼女は愛嬌たっぷりの苦笑いを浮かべた。
「って言ってもね。実は船手に入れたけど既存航路じゃ商売難しくって。どうしようかと思ってたの。だから、可能性に賭けさせてもらえたらなって」
「ううん、あたしこそ。無理ってばかり思い込んで、大切なことを思い出させてくれた気がする。あの、あたし私、ミネアです!」
「私、エミルタニア=ケラー。エミルって呼んで」
つながる手と手。
こうして新たな商機と海路が拓かれる旅が始まったのであった。
リプレイ本文
「帆を上げろっ」
輝く青空の下、ラグナ・アスティマーレ(ka3038)の声が甲板から上がると、マストから一斉に白い帆が開いた。陸にいた時のような穏やかさとは打って変わった力強い声に、皆は一瞬驚きを隠せなかったが、それがかえっていよいよ海に出るのだという心持ちにも風を与えた。
海の風を受けて滑るように走り出す船と共に、皆の気持ちもまた海へと突き進んでいった。
●
一段落してしまうと思っていたよりやることの無い船上で風を浴びて髪をなびかせるミネアに、リュックを背負ったロジャーが話しかけた。
「海旅は初めてだろ?」
「うん、同盟出身だけど、山の方なんだ。こんな一面何もない海を進むのって初めてで……本当にこっちでいいかわからなくなるね」
「そうとも、海はでっか過ぎるからな。夢も危険も多いってなもんだ。こういう時は経験がモノを言うんだぜ」
ロジャー=ウィステリアランド(ka2900)はそう言うと「任せな」と言わんばかりにウインク一つ、そして自分の胸をトンと叩いて見せると、ミネアはぱっと顔を輝かせた。
「まず、服装からだな。あの五条ちゃんもそうだが、海では重たい衣装は危ないもんだぜ。万が一船から落ちた時に泳ぐ枷になる。同じ布でも通気のいいのがベストってなもんさ!」
そうしてリュックを下ろすと、ロジャーはその中からリゼリオで買っておいた服をひっぱり出した。
ん、服……? 胸と腰元しか布のないそれは水着というのではないか?
「もう少しプロポーションの良い五条ちゃんにはさらにセクシーな……」
「ロジャー。そもそもそんな服だと日焼けしてひどいことになる。港町でもそんな服装の人はいなかった」
真上から声がしたと思えば、まさかのツッコミは見張り台から。ナツキ(ka2481)が望遠鏡をこちらに向けているではないか。
「なに? 私達の分はないわけ?」
真横からリュックを覗き込むのは高瀬 未悠(ka3199)。ロープワークをしていた為、上着はすでに脱ぎ去り、汗ばんでしっとりと濡れた白いシャツは不快なのだろう。ロジャーの好意が一所に向かれていることにひどく不機嫌そうであった。
「へー。積み込みの手伝いもせずどこに行ってたかと思えば、たいした経験者だね」
そしてロジャーの真後ろでは、料理の仕込みをしているはずのシャーリーン・クリオール(ka0184)がキッチンナイフを軽く弄びながら、冷たい冷たい声をかけていた。
……。ロジャー大ピンチ。
「ほ、ほら、イグも半裸じゃんか! みんな脱ごうぜ!!? 太陽と風を一身に身を受けて……っアーーーッ」
どぼーん。
彼は女性陣の指令を受けたラグナとアスワド・ララ(ka4239)によって海へと葬り去られた。
「これは……記録に残しておくべきですかね?」
アップアップする彼を羽ペンと羊皮紙を持って眺めながら天央 観智(ka0896)は尋ねた。
「海図には不要ですが、航海日誌には書いとくべきでしょう」
アスワドも真面目、観智も真面目。なのだが、二人が会話するとどこかネジがずれた感じがするのは気のせいだろうか。
「おーい、まってぇぇ」
結局ロジャーが助けられたのは力尽きそうになって死を覚悟する前後であった。
●
「どしたの、フジヨシ」
愛猫フジヨシのお昼ごはんにと持ってきたマーシーオブプリンセス。簡単に言うとすっごい猫用缶詰めを開けようとしたナツキであったが、見張り台の狭い空間でフジヨシはそちらには目もくれず、身を乗り出して遠くを見つめていた。
ナツキは半眼の目をそちらに向けて、さらに眉間にしわを寄せてそちらを見つめると、すぐさま真下、目もくらむような距離の果てにある甲板に向かって声をかけた。
「お魚大群、はっけん。太陽から少し左方向」
「魚が見えるんですか?」
アスワドはナツキが指さした方向に向き、潮の流れを確認すると即座に取り舵を切った。急な方向転換に船は大きく揺れたが、それでどうこうなるような連中はこの船には乗っていない。全員船べりやマストなどに掴まりながらも、ナツキの指さす方向に視線を注ぐ。
そうなると一斉に甲板の人間達は左舷にとりついたところで、ナツキがもう一度海面の上を指さした。
「あそこ。海鳥がいっぱいいる」
「カツオドリですね。魚群を見つけて集団で急降下する鳥です」
「いいね、それじゃあ今日の料理は決まりだ。釣り大会といくとしようかね」
観智の言葉でナツキの発見が紛れもない釣りのチャンスだと確信し、シャーリーンの追い打ちもあったとなれば、皆は次々と釣り糸をリリースしていく。
目の前は鳥の嵐だ。次々と急降下しては上昇する鳥の間を抜けながら船は走る。
「左舷に重量が偏るから、バラストを右舷に寄せます」
「わかったわ」
アスワドと未悠が短いメッセージを送りあうとすぐさま船倉でバランスコントロールが始まる。すでに釣り大会が始まっているのか船は左舷寄りに傾き、船倉の天井、甲板のことだが、からは釣り上がった魚が落ちる音が響く。
「あー、私も早く参加したい!」
「船は大きな身体みたいなものです。手が動いている間にも足や頭は別に動かす必要はあるようにみんなそれぞれの役割がありますから」
豹のようなしなやかな腕で荷物を動かしながら語るアスワドに未悠は言葉少なになった。
みんなで一つ。一人ひとりは部品みたいなもの。
「なんでかしらね……私、転移する前に同じようなことを言われたけれど、今とは違って苦しかったわ」
「それは……」
アスワドが言葉を選ぶ空白の隙をつくようにして、視界が大きく揺れると同時に、バラストを寄せてバランスをとっていたにも関わらずさらに船が左に左にと傾いでいく。
「!?」
未悠はすぐさま覚醒して目を閉じると、その目蓋の裏にファミリアであるカラスの視界がぼんやりと映る。
船。それは自分たちの今乗る船。その真横に大きな黒い影。
「何かがいる! 歪虚かしら」
だが歪虚特有の吐きたくなるようなおぞましい寒気は感じない。
「ごめん、ちょっと頼むわ」
傾いた廊下をものともせず未悠は一気に駆け抜け、階段を2歩で飛び抜けると、目の前で水柱と同時に黒い巨影が水面を突き破って横転するところだった。
「クジラ!!!?」
「ひああああっ」
釣ったのはミネアだろうか。小魚を狙っていた釣り竿がクジラのどこかに引っかかり、そのまま引きずられて行っている。
「ミネアっ!!!」
届かない。目の前で海へと引きずり込まれる彼女まで。
「動きを止めるからよ、上手くやってくれよ」
ロジャーはマストから垂れたロープを利用して揺れる足場から離れると同時に、イチイバルを大きく引き絞るとそのまま一瞬で狙いを定め、剛力矢をクジラの目を射抜くことでクジラの動きをけん制した。
「しゃちょーを連れてかないで」
そして流星の如くナツキが薙刀を振りかぶりクジラに飛び込むと赤い飛沫と水しぶきが乱れ飛んだ。
そんな水壁をかいくぐるようにして、覚醒して半獣化した未悠がクジラへと飛びかかったナツキ、それから宙に跳んだミネアを捕まえた。
「もう、無茶して」
未悠は二人を抱きしめるように抱えると心底心配した顔で二人を見つめたが、ナツキの表情は無茶をしたという顔は一つもしていなかった。
「みんなは一人の為に。っていうし」
ああ。
自分がリアルブルーにした時の違和感だらけの毎日と違う理由に未悠はようやく思い当たった。
一人は皆の為に。ただそれだけ。
我が家にはナツキの言う対の句が足りていなかった。
「よし、掴まれ」
投げてよこされたアンカーハンマーに結わえられたロープを掴んだ未悠を確認すると、ラグナとイグで勢いよくそれを引き上げる為に、ただでさえがっしりとした腕が膨れ上がり深い陰影を落とすほどに隆起する。
「海では……負けんっ!!」
「おおおおっ!!!!」
よいしょおおおおっ!!
アンカーハンマーが勢いよく船べりから姿を現したかと思うと、そのまま力に任せて帆が覆う船の空へと舞い上がった。アンカーの刺さったクジラと共に。
「ああああああぁぁぁぁ」
ついでにミネアの悲鳴と共に。
●
クリムゾンウェストの宙(そら)は綺麗だ。転移した人々はまず夜空に抱かれるような感覚に胸を震わせるだろう。
だが、海の上、どこにも明かりのないとなれば、その荘厳な景色は一段と近く、胸を押しつぶすほどだ。
「東の黒は不動にして……その気旺盛たり」
夜空に水晶に封じられた羅針儀を掲げてまるで呪いごとのように語るのは五条だ。
「ひぃふぅみぃ……エトファリカの都にだいぶん近づいてきたようでごさいますね。西南西200km程度というところでしょうか」
「すごいな、占星学の計測能力は。現在位置をそんなにはやく割り出せるとは」
ラグナの言葉に五条は怜悧な顔を崩しはしなかったが、若干副鼻腔が広がっているのでドヤ顔をしたいのであろう。言葉をかけた本人は十分にそれを気づきながらもあえて言葉を入れず、眼下に広がる星の灯りを映した海に視線を移した。
「潮はどうだ」
操舵を任されているアスワドにそう告げたが、しばらく経っても返答は戻らなかった。
彼はずっと空を見上げていた。
「ああ、すみません。星の光、風の音、波に揺られていると心がふっと溶けてしまいそうで」
背中へとずり落ちそうになっていたターバンと視線を戻したアスワドは舵を左右に軽く振り、潮の流れを感じ取りながら答えた。
「潮は順ですね。僅かに10時方向に流れています」
ナツキによれば風は逆風で少しずつ強くなる様子。
そんなそれぞれの意見を、星空にカンテラを一つ掲げた観智のペンに集約されていく。
「潮の流れは、徐々に北へ……全部を見ていないのでなんともいえませんが、暗黒海の潮は沿岸に沿って北へ流れる仕組みの様ですね」
風向き、潮流、天気。船で出会ったすべてのものが事細かに書き留められていく。
「私たちの視界は果てのないように見えるけれども、案外小さいものなのね」
未悠の言う通り、観智に書き収められていく航路の幅は地図にすれば小指の先ほど。
「人間なんて大自然からすればちっぽけだよな。でも……そんな小さな人間同士がさ。こうして出会って、一つの夜空を眺めるんだからすごいもんだよな」
「盲亀の腐木というらしいですよ。大海の底に眠る亀が100年ぶりに海面に出た時に海をさまよう浮木にぶつかる確率と同じだそうです。人が、出会う確率というのは」
ロジャーが空を眺めてぼつりと呟くのに、観智も海図を手を止めて空を見上げた。
全員が見上げる空は、星が鼓動しているかのように瞬き、墨のような黒ではなく赤に青にとまだらに染まる。
「私が昔見ていた夜空はもっと暗かったわ。息苦しくて……星が一つ、寂しそうに瞬いているだけだった。でも同じ夜空でもこんなに違うのね」
「街が明るければ、夜空は暗くなる。虚飾の輝きに囚われると、夜は虚ろになるものだ」
海にいるとそれを教えてくれる、と、ラグナは漏らしながらも、また同じように空を見上げていた。
「船室に戻ろうかと思ったけれど、もう少し……このままでいいか」
甲板で適当に大の字になりながら見るのは、少しばかり子供時分に戻ったような気分になれた。
そして自然と安らぎと共に眠りにつくのも仕方ないことかもしれない。
アスワドはそんな中、波間に歌声が静かに響いてくるのを感じていた。どこかで子守唄を歌っているのだろうか。
「……ローレライじゃ、ないようですね」
イグの持ち込んでいた民芸品にある大きな人魚の彫像が寝返りを打ったアスワドの瞳に飛び込んできた。そして星が舞い降りたような
ああ、自分たちだけではない。みんな、守られているのだ。自分たち以外にもたくさんの力で守られているのだ。
●
目覚めは油の跳ねる音から。
香ばしい匂いが鼻孔をくすぐると皆は眠気眼を持ち上げて左右を見渡した。
「みんな疲れてるようだね」
「ふにゃ」
ぼんやりとする未悠の前に焼いたパンの香り立つ皿を前にしたシャーリーンが淡い海空の瞳からパチリとウインクを飛ばした。
「甘い香り!!」
「バターにブイヨン、玉ねぎ、酢橘、葡萄、塩、胡椒。果ては東方からの果物たくさん♪」
シャーリーンは歌うように甲板に敷かれたクロスに料理を並べて、最後は兎印の缶詰を開けるとナツキと観智と未悠、それからミネアは声をそろえる。
「最後に一振り、万能調味料♪」
ミネアカンパニー特製調味料である。シャーリーンの灰色の愛猫ローブルなどニャオンと合いの手まで入れてくれる揃いよう。
「すっげーな、ミネアカンパニー。可愛い子と同船してしかも美味い料理までついてくるんだもんな」
「へへへ」
シャーリーンとミネアは素直にロジャーの言葉に笑顔を零した。
「すごいですね、海運業にはとても便利な品物です。今回の旅路もそうですが、ララ海運にも取り入れたいところです」
「詩天の発展には既存の販路は厳しゅうございます。この広大な海の権利を皆で牛耳りましょう」
「君香さん。本音、漏れていますよ」
オレイエットをかじり調味料から作ったフルーツティーを口にしながら観智はくすりと笑った。
彼の目はそちらを向いているものの、意識は手元の自作した海図に向けられていた。
この地図が正しければ、そして自分たちの力が正しく発揮していたのなら……。
「陸が見える」
ナツキの声が響いた。
「さすがだ」
「ははは、皆の力だ」
ラグナとイグはどちらからともなくハイタッチをして、海の向こうにぼんやりと見える稜線を見つめた。
「潮の流れもだいたい理解できましたし、帰りは少し楽ができるかもしれませんね」
「ありがとう!」
ミネアは観智を始め、皆に大きくお辞儀をした後、だんだんと見えてくる砂浜を見て、それじゃあと言葉を続けた。
「時間もあるなら、ちょっとビーチバケイションしてこっか」
「マジ! ひゃっほう!!」
思わぬ提案にロジャーは軽くガッツポーズのまま飛び跳ねた。
「ふふふ、詩天でお買い物してくださるなら、大歓迎でございます♪ しかーし、転移門に置き去りになった荷物を積むのも忘れてはなりませぬよ」
そして、ゆっくりゆっくりと、船は港へと入っていく。
帰りの航路も無事に進むことができ、今度の航海が西方と東方をつなぐ新たな航路として拓かれた。今後数多の商人達が参考にすることになるだろう。
輝く青空の下、ラグナ・アスティマーレ(ka3038)の声が甲板から上がると、マストから一斉に白い帆が開いた。陸にいた時のような穏やかさとは打って変わった力強い声に、皆は一瞬驚きを隠せなかったが、それがかえっていよいよ海に出るのだという心持ちにも風を与えた。
海の風を受けて滑るように走り出す船と共に、皆の気持ちもまた海へと突き進んでいった。
●
一段落してしまうと思っていたよりやることの無い船上で風を浴びて髪をなびかせるミネアに、リュックを背負ったロジャーが話しかけた。
「海旅は初めてだろ?」
「うん、同盟出身だけど、山の方なんだ。こんな一面何もない海を進むのって初めてで……本当にこっちでいいかわからなくなるね」
「そうとも、海はでっか過ぎるからな。夢も危険も多いってなもんだ。こういう時は経験がモノを言うんだぜ」
ロジャー=ウィステリアランド(ka2900)はそう言うと「任せな」と言わんばかりにウインク一つ、そして自分の胸をトンと叩いて見せると、ミネアはぱっと顔を輝かせた。
「まず、服装からだな。あの五条ちゃんもそうだが、海では重たい衣装は危ないもんだぜ。万が一船から落ちた時に泳ぐ枷になる。同じ布でも通気のいいのがベストってなもんさ!」
そうしてリュックを下ろすと、ロジャーはその中からリゼリオで買っておいた服をひっぱり出した。
ん、服……? 胸と腰元しか布のないそれは水着というのではないか?
「もう少しプロポーションの良い五条ちゃんにはさらにセクシーな……」
「ロジャー。そもそもそんな服だと日焼けしてひどいことになる。港町でもそんな服装の人はいなかった」
真上から声がしたと思えば、まさかのツッコミは見張り台から。ナツキ(ka2481)が望遠鏡をこちらに向けているではないか。
「なに? 私達の分はないわけ?」
真横からリュックを覗き込むのは高瀬 未悠(ka3199)。ロープワークをしていた為、上着はすでに脱ぎ去り、汗ばんでしっとりと濡れた白いシャツは不快なのだろう。ロジャーの好意が一所に向かれていることにひどく不機嫌そうであった。
「へー。積み込みの手伝いもせずどこに行ってたかと思えば、たいした経験者だね」
そしてロジャーの真後ろでは、料理の仕込みをしているはずのシャーリーン・クリオール(ka0184)がキッチンナイフを軽く弄びながら、冷たい冷たい声をかけていた。
……。ロジャー大ピンチ。
「ほ、ほら、イグも半裸じゃんか! みんな脱ごうぜ!!? 太陽と風を一身に身を受けて……っアーーーッ」
どぼーん。
彼は女性陣の指令を受けたラグナとアスワド・ララ(ka4239)によって海へと葬り去られた。
「これは……記録に残しておくべきですかね?」
アップアップする彼を羽ペンと羊皮紙を持って眺めながら天央 観智(ka0896)は尋ねた。
「海図には不要ですが、航海日誌には書いとくべきでしょう」
アスワドも真面目、観智も真面目。なのだが、二人が会話するとどこかネジがずれた感じがするのは気のせいだろうか。
「おーい、まってぇぇ」
結局ロジャーが助けられたのは力尽きそうになって死を覚悟する前後であった。
●
「どしたの、フジヨシ」
愛猫フジヨシのお昼ごはんにと持ってきたマーシーオブプリンセス。簡単に言うとすっごい猫用缶詰めを開けようとしたナツキであったが、見張り台の狭い空間でフジヨシはそちらには目もくれず、身を乗り出して遠くを見つめていた。
ナツキは半眼の目をそちらに向けて、さらに眉間にしわを寄せてそちらを見つめると、すぐさま真下、目もくらむような距離の果てにある甲板に向かって声をかけた。
「お魚大群、はっけん。太陽から少し左方向」
「魚が見えるんですか?」
アスワドはナツキが指さした方向に向き、潮の流れを確認すると即座に取り舵を切った。急な方向転換に船は大きく揺れたが、それでどうこうなるような連中はこの船には乗っていない。全員船べりやマストなどに掴まりながらも、ナツキの指さす方向に視線を注ぐ。
そうなると一斉に甲板の人間達は左舷にとりついたところで、ナツキがもう一度海面の上を指さした。
「あそこ。海鳥がいっぱいいる」
「カツオドリですね。魚群を見つけて集団で急降下する鳥です」
「いいね、それじゃあ今日の料理は決まりだ。釣り大会といくとしようかね」
観智の言葉でナツキの発見が紛れもない釣りのチャンスだと確信し、シャーリーンの追い打ちもあったとなれば、皆は次々と釣り糸をリリースしていく。
目の前は鳥の嵐だ。次々と急降下しては上昇する鳥の間を抜けながら船は走る。
「左舷に重量が偏るから、バラストを右舷に寄せます」
「わかったわ」
アスワドと未悠が短いメッセージを送りあうとすぐさま船倉でバランスコントロールが始まる。すでに釣り大会が始まっているのか船は左舷寄りに傾き、船倉の天井、甲板のことだが、からは釣り上がった魚が落ちる音が響く。
「あー、私も早く参加したい!」
「船は大きな身体みたいなものです。手が動いている間にも足や頭は別に動かす必要はあるようにみんなそれぞれの役割がありますから」
豹のようなしなやかな腕で荷物を動かしながら語るアスワドに未悠は言葉少なになった。
みんなで一つ。一人ひとりは部品みたいなもの。
「なんでかしらね……私、転移する前に同じようなことを言われたけれど、今とは違って苦しかったわ」
「それは……」
アスワドが言葉を選ぶ空白の隙をつくようにして、視界が大きく揺れると同時に、バラストを寄せてバランスをとっていたにも関わらずさらに船が左に左にと傾いでいく。
「!?」
未悠はすぐさま覚醒して目を閉じると、その目蓋の裏にファミリアであるカラスの視界がぼんやりと映る。
船。それは自分たちの今乗る船。その真横に大きな黒い影。
「何かがいる! 歪虚かしら」
だが歪虚特有の吐きたくなるようなおぞましい寒気は感じない。
「ごめん、ちょっと頼むわ」
傾いた廊下をものともせず未悠は一気に駆け抜け、階段を2歩で飛び抜けると、目の前で水柱と同時に黒い巨影が水面を突き破って横転するところだった。
「クジラ!!!?」
「ひああああっ」
釣ったのはミネアだろうか。小魚を狙っていた釣り竿がクジラのどこかに引っかかり、そのまま引きずられて行っている。
「ミネアっ!!!」
届かない。目の前で海へと引きずり込まれる彼女まで。
「動きを止めるからよ、上手くやってくれよ」
ロジャーはマストから垂れたロープを利用して揺れる足場から離れると同時に、イチイバルを大きく引き絞るとそのまま一瞬で狙いを定め、剛力矢をクジラの目を射抜くことでクジラの動きをけん制した。
「しゃちょーを連れてかないで」
そして流星の如くナツキが薙刀を振りかぶりクジラに飛び込むと赤い飛沫と水しぶきが乱れ飛んだ。
そんな水壁をかいくぐるようにして、覚醒して半獣化した未悠がクジラへと飛びかかったナツキ、それから宙に跳んだミネアを捕まえた。
「もう、無茶して」
未悠は二人を抱きしめるように抱えると心底心配した顔で二人を見つめたが、ナツキの表情は無茶をしたという顔は一つもしていなかった。
「みんなは一人の為に。っていうし」
ああ。
自分がリアルブルーにした時の違和感だらけの毎日と違う理由に未悠はようやく思い当たった。
一人は皆の為に。ただそれだけ。
我が家にはナツキの言う対の句が足りていなかった。
「よし、掴まれ」
投げてよこされたアンカーハンマーに結わえられたロープを掴んだ未悠を確認すると、ラグナとイグで勢いよくそれを引き上げる為に、ただでさえがっしりとした腕が膨れ上がり深い陰影を落とすほどに隆起する。
「海では……負けんっ!!」
「おおおおっ!!!!」
よいしょおおおおっ!!
アンカーハンマーが勢いよく船べりから姿を現したかと思うと、そのまま力に任せて帆が覆う船の空へと舞い上がった。アンカーの刺さったクジラと共に。
「ああああああぁぁぁぁ」
ついでにミネアの悲鳴と共に。
●
クリムゾンウェストの宙(そら)は綺麗だ。転移した人々はまず夜空に抱かれるような感覚に胸を震わせるだろう。
だが、海の上、どこにも明かりのないとなれば、その荘厳な景色は一段と近く、胸を押しつぶすほどだ。
「東の黒は不動にして……その気旺盛たり」
夜空に水晶に封じられた羅針儀を掲げてまるで呪いごとのように語るのは五条だ。
「ひぃふぅみぃ……エトファリカの都にだいぶん近づいてきたようでごさいますね。西南西200km程度というところでしょうか」
「すごいな、占星学の計測能力は。現在位置をそんなにはやく割り出せるとは」
ラグナの言葉に五条は怜悧な顔を崩しはしなかったが、若干副鼻腔が広がっているのでドヤ顔をしたいのであろう。言葉をかけた本人は十分にそれを気づきながらもあえて言葉を入れず、眼下に広がる星の灯りを映した海に視線を移した。
「潮はどうだ」
操舵を任されているアスワドにそう告げたが、しばらく経っても返答は戻らなかった。
彼はずっと空を見上げていた。
「ああ、すみません。星の光、風の音、波に揺られていると心がふっと溶けてしまいそうで」
背中へとずり落ちそうになっていたターバンと視線を戻したアスワドは舵を左右に軽く振り、潮の流れを感じ取りながら答えた。
「潮は順ですね。僅かに10時方向に流れています」
ナツキによれば風は逆風で少しずつ強くなる様子。
そんなそれぞれの意見を、星空にカンテラを一つ掲げた観智のペンに集約されていく。
「潮の流れは、徐々に北へ……全部を見ていないのでなんともいえませんが、暗黒海の潮は沿岸に沿って北へ流れる仕組みの様ですね」
風向き、潮流、天気。船で出会ったすべてのものが事細かに書き留められていく。
「私たちの視界は果てのないように見えるけれども、案外小さいものなのね」
未悠の言う通り、観智に書き収められていく航路の幅は地図にすれば小指の先ほど。
「人間なんて大自然からすればちっぽけだよな。でも……そんな小さな人間同士がさ。こうして出会って、一つの夜空を眺めるんだからすごいもんだよな」
「盲亀の腐木というらしいですよ。大海の底に眠る亀が100年ぶりに海面に出た時に海をさまよう浮木にぶつかる確率と同じだそうです。人が、出会う確率というのは」
ロジャーが空を眺めてぼつりと呟くのに、観智も海図を手を止めて空を見上げた。
全員が見上げる空は、星が鼓動しているかのように瞬き、墨のような黒ではなく赤に青にとまだらに染まる。
「私が昔見ていた夜空はもっと暗かったわ。息苦しくて……星が一つ、寂しそうに瞬いているだけだった。でも同じ夜空でもこんなに違うのね」
「街が明るければ、夜空は暗くなる。虚飾の輝きに囚われると、夜は虚ろになるものだ」
海にいるとそれを教えてくれる、と、ラグナは漏らしながらも、また同じように空を見上げていた。
「船室に戻ろうかと思ったけれど、もう少し……このままでいいか」
甲板で適当に大の字になりながら見るのは、少しばかり子供時分に戻ったような気分になれた。
そして自然と安らぎと共に眠りにつくのも仕方ないことかもしれない。
アスワドはそんな中、波間に歌声が静かに響いてくるのを感じていた。どこかで子守唄を歌っているのだろうか。
「……ローレライじゃ、ないようですね」
イグの持ち込んでいた民芸品にある大きな人魚の彫像が寝返りを打ったアスワドの瞳に飛び込んできた。そして星が舞い降りたような
ああ、自分たちだけではない。みんな、守られているのだ。自分たち以外にもたくさんの力で守られているのだ。
●
目覚めは油の跳ねる音から。
香ばしい匂いが鼻孔をくすぐると皆は眠気眼を持ち上げて左右を見渡した。
「みんな疲れてるようだね」
「ふにゃ」
ぼんやりとする未悠の前に焼いたパンの香り立つ皿を前にしたシャーリーンが淡い海空の瞳からパチリとウインクを飛ばした。
「甘い香り!!」
「バターにブイヨン、玉ねぎ、酢橘、葡萄、塩、胡椒。果ては東方からの果物たくさん♪」
シャーリーンは歌うように甲板に敷かれたクロスに料理を並べて、最後は兎印の缶詰を開けるとナツキと観智と未悠、それからミネアは声をそろえる。
「最後に一振り、万能調味料♪」
ミネアカンパニー特製調味料である。シャーリーンの灰色の愛猫ローブルなどニャオンと合いの手まで入れてくれる揃いよう。
「すっげーな、ミネアカンパニー。可愛い子と同船してしかも美味い料理までついてくるんだもんな」
「へへへ」
シャーリーンとミネアは素直にロジャーの言葉に笑顔を零した。
「すごいですね、海運業にはとても便利な品物です。今回の旅路もそうですが、ララ海運にも取り入れたいところです」
「詩天の発展には既存の販路は厳しゅうございます。この広大な海の権利を皆で牛耳りましょう」
「君香さん。本音、漏れていますよ」
オレイエットをかじり調味料から作ったフルーツティーを口にしながら観智はくすりと笑った。
彼の目はそちらを向いているものの、意識は手元の自作した海図に向けられていた。
この地図が正しければ、そして自分たちの力が正しく発揮していたのなら……。
「陸が見える」
ナツキの声が響いた。
「さすがだ」
「ははは、皆の力だ」
ラグナとイグはどちらからともなくハイタッチをして、海の向こうにぼんやりと見える稜線を見つめた。
「潮の流れもだいたい理解できましたし、帰りは少し楽ができるかもしれませんね」
「ありがとう!」
ミネアは観智を始め、皆に大きくお辞儀をした後、だんだんと見えてくる砂浜を見て、それじゃあと言葉を続けた。
「時間もあるなら、ちょっとビーチバケイションしてこっか」
「マジ! ひゃっほう!!」
思わぬ提案にロジャーは軽くガッツポーズのまま飛び跳ねた。
「ふふふ、詩天でお買い物してくださるなら、大歓迎でございます♪ しかーし、転移門に置き去りになった荷物を積むのも忘れてはなりませぬよ」
そして、ゆっくりゆっくりと、船は港へと入っていく。
帰りの航路も無事に進むことができ、今度の航海が西方と東方をつなぐ新たな航路として拓かれた。今後数多の商人達が参考にすることになるだろう。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/07/04 10:54:57 |
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【質問卓】 アスワド・ララ(ka4239) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/07/06 22:31:08 |
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【相談卓】 アスワド・ララ(ka4239) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/07/08 14:03:09 |