罪、逃げし者

マスター:朝臣あむ

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/11/02 15:00
完成日
2014/11/06 06:02

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 薄霧の掛かる森を駆ける者がいる。
 息を切らせ、後ろを気にしながら走る男は、闇に蒼の瞳を光らせ、黒の髪を靡かせながら只管に走り続けていた。
「……、……っ……」
 喉はカラカラ、息も苦しい。
 それでも男は走り続けなければいけない理由があった。それは男が腕に嵌める『鎖』だ。
 両の手を頑丈に繋いだそれは男の『罪』の証。足に嵌められ引き摺られる鎖もまた『罪』の証。
 どれだけの『罪』を重ねれば枷が嵌められるのか、それはクリムゾンウェストに存在す国々によって違う。
 少なくとも此処、帝国で鎖が嵌められるにはそれなりの理由がある。そして『鎖』を嵌められた者が行き付く先はただ1つ。
「!」
 男の目が闇を捕らえた。咄嗟に樹の影に隠れて息を潜める。そうして耳を澄ますと、荒々しい男達の声が響いてきた。
「そっちに居たか!」
「いえ、こちらには居りません。やはり第十師団に報告をした方が良いのでは……」
「馬鹿を言え! あそこの団長に今回の失敗が報告されてみろ! 我々別師団の者であろうとただでは済まされんぞ!」
――第十師団とは、帝国に存在する十の師団の中でも異端とされる場所で『囚人や亜人、他国の追放者』を集めて兵士にしている曰くつきの部隊だ。
「……あんな場所に、行ってたまるかっ」
 男は口中に吐き捨てると、物音を立てない様立ち上がった。そして一歩を踏み出すのだが、

 パキッ。

「――ッ」
 全身が一気に冷たくなった。
 思考も凍り付き、頭すらも働かなくなる。それでも逃げなければ終わりだと言う事は理解出来た。
「居たぞ! あそこだ!」
 四方から上る声に男は走り出した。
 音を立てないと言う密かな法則も、息が続かないと言う苦しさも忘れて、唯々走り続ける。
「くそっ、何て足の速い奴なんだ! そっちから回り込め!」
 いつの間にか男は逃げ場を失っていた。だが絶望感は無かった。寧ろ、ここに到達したのは彼にとって幸運だったのかもしれない。
「……廃、村……あれは……教会、か?」
 朽ちてどれだけの時が経ったかわからない村。そこに存在する崩れかけた教会に男は駆け込んだ。
 罪を起こした存在が縋るにはあまりにも都合の良い話だが、それでも男は縋らずにはいられなかった。
「……、たす……助け……」
 教会の中は埃とカビの匂いが溢れ、天井は朽ちて星空を覗かせている。祭壇にあるのは象徴を失った台座だけ。
 半分這った状態で台座に縋り付く。と、男の目が何かを見付けた。
 それは柄の半分を失った剣だ。しかも刃こそ僅かに折れているが、充分に剣として使える形をしている。
「闘え、と……言うのか?」
 闘いたくなくて、前戦に行くのが嫌で逃げた自分に闘えと言うのか。そう天を仰いだ瞬間、男は思わぬ物を見た。
「うあああああッ!」
 窓の外を横切った鋭い光。それは赤い飛沫を纏いながら通り過ぎて行った。しかも1回や2回では無く、それこそ数度に光が過って行く。
「……なん、だ?」
 整い始めた息を抑え、折れた剣を手に窓辺に寄る。
「嘘、だろ? 狼……いや、雑魔か?」
 教会を囲むように紅い目を輝かせる黒い獣が数体見える。その傍には先程自身を追い駆けていた兵士の姿もあった。
 但し兵士に息がある様には見えない。
「あ、あっちに行け!」
「!」
 教会の外で雑魔と対峙する兵士が見えた。腰が引けている様子から察するに下級兵士も良い所だろう。
(……帝国の犬がどうなろうと知った事じゃない。俺はこの隙に……)
 混乱に乗じて逃げるには良い状況だ。
 男は狼狽える兵士を無視して歩き出そうとした。だが次に聞こえた声が彼の足を止める。
「私は、私は故郷に婚約者を残しているんだ! 絶対に生きて帰るんだ!」
「……婚約、者?」
 振り返ると男に、尾に風を纏わり付かせた雑魔が襲い掛かるのが見えた。
「……、……くそっ!」
 ガシャンッ!
 教会の窓ガラスを割って飛び出し、兵士と雑魔の間に入り込む。その上で踏み込みを深くすると、一撃で仕留める勢いで剣を突き入れた。
『ギャァアアアッ!』
 刃を喉に突き刺したまま崩れ落ちる雑魔に一瞥を加え、男は兵士を振り返る。
(……実戦は、こんなものなのか……訓練の方がキツイか? にしても、情けない……)
 振り返った先に居た兵士は半分涙目で、足も腰も手さえも震えている。それでも闘う意思を見せたのは『婚約者』とやらの為だろうか。
「お、お前は囚人……何で助けてくれたんだ」
「……無駄口を叩く気はない。それよりも他の連中はどうした。俺を追っていたのはこんな数じゃないはずだが?」
「ほ、他は緊急事態を察して援軍を呼びに……」
 援軍と言う言葉に疑問を覚えるが、持ち堪えれば生存の確立が出て来ると言う訳だ。だがそれは再び掴まる啓示でもある。
「……やっぱ、逃げれば良かったな」
 呟き、雑魔に刺さった刃を引き抜くと、男は鎖で繋がれたままの手で折れた剣を握り、目の前で戦闘態勢を整える雑魔と向き直った。

リプレイ本文

 光源を手に夜の森を駆ける者達が居る。
 草を分け、木々を抜けて走る彼らが目指すのは森を抜けた先にある廃村だ。
「人里まではだいぶありそうだが、抜けられない距離では無さそうだな」
 周囲を探りながら駆けるパープル(ka1067)の脳裏には、ここへ向かう切っ掛けとなった依頼がある。
「確か狼型の雑魔だったか……」
 ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)が零す通り、廃村に現れたのは狼型の雑魔だ。しかも風の属性を持つ少々厄介な奴でもある。
「根城はあるようだが、夜行性ならば根城を出て出歩いているかもしれないな」
「出歩いてるだけなら良いさ。ただその延長で遠出した上に、取り返しのつかない事になった――なんてのは絶対に阻止する」
「それには同意見だけど、そろそろおしゃべりは終わりにした方が良いかも」
 星垂(ka1344)の声にパープルとウィルフォードが口を噤むと、それを受けて前を見た彼女の目に出口らしき空間が飛び込んで来た。
「ここが雑魔のいる廃村、なの?」
 森を抜けると同時に止めた足。それに添うように黒の髪が靡くと、傍で同じように足を止めたアイシュリング(ka2787)が眉を潜めた。
「……血臭がするわ」
 それに、唸り声のようなものも。そう零す彼女にシャガ=VII(ka2292)が鼻を動かす。
「血の匂いに音? 俺は感じねェが……ん?」
 ふと視線を落とした先に気になる物を見付けた。静かに膝を折って顔を近付けて確認してみる。
「それは足跡……新しい物のようね」
「の様だ。到着早々だが、既に雑魔共は臨戦態勢……ってか?」
 到着直後の一服とはいかなそうだ。
 面倒そうに息を吐いたナハティガル・ハーレイ(ka0023)だったが、彼は依頼人から調達していた見取り図を取り出すと、手にしているLEDライトを向けた。
「あそこに辛うじて見えるのが根城とやらか?」
「たぶん、な」
 見取り図と見える建物を見比べながら呟くマルク・D・デメテール(ka0219)に頷く。
 見取り図はいい加減な出来上がりで、ある程度の位置関係が把握できるだけマシと言って良い代物になっている。
「ここでああだこうだ言ってても仕方ねェ。急いで根城とやらに行こうぜ」
 シャガの言う通りだ。
 ここにある足跡が新しい物で、アイシュリングの言うように血臭がするのなら彼らの成すべき事は1つしかない。
「想定外の事態でも、俺のやる事は変わらない。人の命に仇成すモノを狩るだけだ」
 パープルの言葉に誰もが頷きを返す。そして全員の足が動き出そうとした所でマルクが零した。
「妙な感じに嫌な予感……ここからは慎重に行くべきか?」
「いや、殿は任せな……根城の教会まで急ぐぜ」
 トンッと叩いたマルクの背。その動きに振り返る彼へニッと笑んで、ナハティガルは宣言通り皆の後ろを護る様にして駆け出した。


「この音は――見えたぞ!」
 フードを目深く被り覚醒したパープルの視線の先に見えた朽ちた教会。その前で蠢く影に彼は手にしていた弓を構えた。
 それに合わせてウィルフォードが杖を前に掲げて弦を引く動作を見せると、炎の矢がパープルの放った矢と共に蠢く群に飛び込んだ。
「人間2人と狼の群……交戦中? 見たところ、兵士と囚人の様だが……」
 精神を研ぎ澄まして放った炎の矢が、戦闘態勢を取っていた風狼に命中する。そうすることで浮かび上がった状況にナハティガルが呟いた。
「兵士と囚人ねェ。面白そうジャン?」
「面白がるのは後だ。行くぞ」
 ニッと口角を上げたシャガの声を拾ったマルクは小さく窘めると彼と共に駆け出した。そしてそれを支援するように、今度はアイシュリングが炎の矢を紡ぎ出す。
「援軍、か?」
 風狼の中心で、兵士を背に戦闘を続けていた囚人の目が上がる。と、瞬間、彼の目の前で風狼が吹き飛ばされた。
「おー兄ちゃん、イイ格好してンねェ。ハロウィンならもう終わったぜ?」
 風狼を蹴り飛ばす為に上げた足を下げ、シャガが面白そうに紡ぐ。その傍にはいつの間にか接近を果たしていた星垂やマルク、ウィルフォードの姿もあった。
「何か厄介ごとに巻き込まれた感がビシビシ感じるんだけどおにいさん達は何者?」
 囚人は見た。
「援軍では無さそうだな」
 状況説明を乞う星垂にチラリとだけ兵士を見ると、囚人は簡単にだが現状を説明した。勿論自分が何者で何故ここに居るのか、そうしたことは全て伏せてだ。
「ふぅん……とりあえずおにいさんはそんなに悪い人でもなさそうだしボク達のオシゴトは雑魔の討伐だからね……今は共闘って事でいいかな?」
 星垂の言葉から彼らがハンターであることを察したのだろう。
「雑魔討伐が仕事なら俺が闘う必要はない……コイツを使えば良いだろ」
「まあそう言うなって」
 背を向けようとした囚人の首に巻き付けられた腕。それを辿る様に視線を動かすと、含みを持ったマルクと興味深げにこちらを見るウィルフォードの姿が飛び込んで来た。
「僕たちに全てを任せて逃げるつもりなら待ちたまえ。鎖で繋がれたきみは罪人か? そちらは帝国兵の様だが……帝国軍も敵前逃亡とは情けないことだな」
 見たところ逃亡した者ばかりではないようだが、残った者も不甲斐ない。息を引き取った兵士の傍らで震える兵士を一瞥し、ウィルフォードは囚人を見る。
「罪人、きみは覚醒者のようだね。この混乱の中を逃げ出すよりも、我々と共に雑魔討伐にあたる方が賢い選択と言える。帝国軍の敵前逃亡をネタに脅し、雑魔討伐の功を挙げ、恩赦をもぎ取るがいいさ」
「恩恵をもぎ取る?」
「逃げ出せば一生逃亡者生活、戦えばヒーローになれるかもしれないぞ」
 思案気にウィルフォードを見た囚人だったが、次に響いた声にハッと我に返った。
「詳しい話は後にしてくれ。助太刀頼む……!」
 素早い動きで接近した風狼に大剣を振り降ろすナハティガルにシャガが「あ」と声を零す。
「悪ィ悪ィ。ついソッチでビビッてる奴より見込みがあるから構い過ぎちまった」
「絶対に悪いと思ってないだろ」
 呆れ気味に苦笑したナハティガルの声を耳に、弓を構えながら別の風狼の動向を注視するパープルは、構えを取らない囚人の背に自身の背を重ねて矢を番えた。
「とりあえず共同戦線といかないか? ここで死ぬよりは、マシだろ?」
「そうそう。兵士を護ったその行動は評価するが、逃がすかどうかと問われたらそれは別問題」
 どう云う意味かわかるだろ? そう含みを持たせたマルクが腕を解く。あとは自分で決めろ、そう言う事なのだろう。
「どんな罪を犯したのかは知らないけれど、もし逃げようとして、わたしたちを妨害しようとするなら、手加減はしないわ」
 アイシュリングの声を受けて周囲を見回す。
 そうしてわかったのは、ここに居るハンター全員が自分の逃走を許可していないと言う事だ。つまり逃げれば即殺される。
「兵士よりも性質が悪いな」
 囚人はそう呟くと、手にしていた武器を構え、向かい来ようとする風狼に向き直った。


「ンな震えてちゃア何も出来ねェよ。下がって護られる悔しさ、シッカリ覚えて帰れよ」
 恐怖心から立ち上がる事も出来ない兵士に声を掛け、シャガは覚醒で現れた狼の尻尾と耳を揺らして駆け出す。そうして飛び込んだ彼の手から巨大なハンマーが叩き落とされると、群れを成していた輩が一気に飛び退いた。
「成程、確かに早い」
 眇めた瞳で風狼の動きを追ったパープルが、集中力を強化した一矢を放つ。
「おー、おっさんすげェ♪」
 シャガの頬を掠めて敵の胴を射抜いた矢に思わず声を上げるがここで気を抜くつもりはない。
 気付けば風狼は教会を背に立つハンターの前に陣取っている。つまり半円状に囲まれた状態なのだが、彼らに慌てる様子はない。
「流石は狼型の雑魔だ。見事な連携力と統率力……これなら一般の兵士が手も足も出ない理由がわかる」
 構えた太刀を振るいながら回避行動を取る星垂はそう分析しながら瞳を群れに放つ。そんな彼女の傍で、同じく群を伺うナハティガルが問う。
「この連携は実際の狼よりも凄いと言える。だがそれは奴等固有の弱点があると言う事だ」
「うん、だから探してるんだよ」
 目で頷き、微かに笑んだ星垂にナハティガルの片眉が上がる。だが直ぐに口角を上げると、彼は懐からナイフを取り出したマルクを見た。
「今日集まったハンターはどいつも良い目をしてる」
「お褒め頂き光栄だね。狙いは奴だろ? 隙を作るくらいはしても良い」
 フッと笑んだマルクにナハティガルも同様の笑みを返す。そうしてシャガに目を向けると、彼は目標の群を見据えて大剣を構えた。
「霊闘士のお前、同じ考えのお前にチャンスをやる。一撃で仕留めろよ……!」
 言うや否や駆け出した彼に次いでシャガも駆け出す。その側面をマルクの放ったナイフが通り過ぎると、2人は同時にナイフの軌道を追って踏み込んでいた。
 彼らが向かう先に居るのは堂々と佇む風狼だ。その姿と時折上がる声から察するに、アレが群のリーダーなの格だろう。
「なァるほど。ンじゃァ、頭が消えたら何も出来ねェ奴なのか、見せてもらうぜ!」
 深く踏み込んで大剣を振り上げたナハティガル。その動きを読んでいたかのように舞い上がった風狼に、マルクの新たなナイフが迫る。
「早さならボクも負けないよ」
 いつの間に接近したのか、星垂が風狼の背を捉え斬撃を放つ。だがそれすらも器用に避けると、敵は彼女の刃を足場にして飛び上がった。
「――流石は狼、素早いぜ……だが!!」
 避けられるのは予想の範囲内。新たに踏み込んで振り上げた一撃が、飛び上がった風狼の頭上に迫る。
『――』
 凄まじい勢いで地面に叩き付けられた風狼にシャガが迫る。しかしそれを邪魔するように飛び込んで来た風に、彼や周囲に居た者達の肌が引き裂かれた。
「っ……あと少しだったんだけどな」
 腕に滲んだ血を一瞥して呟く星垂の元に、別の風狼が飛んでくる。それに瞬時に反応を示して回避するのだが、彼女が反撃の様子を見せる前に、敵は炎の矢に貫かれて地面に伏した。
「意外と当るものだな」
 しれっと肩を竦めるウィルフォード。そんな彼の隣では奮闘姿を見せる囚人を視界に納め、炎の矢を番えるアイシュリングの姿が在る。
「私は、私は……」
 震えながら槍を構える兵士に僅かにだが息を吐く。
「確か、援軍を呼びに数名の兵士が現地を離れたのよね。でも全員で行く必要はない……あなたは見捨てられたのよ」
「!」
 この期に及んで掛けられる追い打ちに兵士の目が見開かれる。
「でも悲観する必要はないわ。わたしたちは雑魔を倒すために来たハンターだから。戦闘が終わるまで巻き込まれないよう、大人しくしていて」
 兵士に現状を理解させようとして紡いだ言葉。しかしこれが思わぬ方向に動く。
「私だって、私だって帝国の兵士だッ!」
「待ちなさい」
 ブチ切れた様に飛び出した兵士にアイシュリングが手を伸ばす。が、兵士は彼女の手を擦り抜けて群に入った。
「誰か援護を!」
「あのアホ」
 別の風狼に折れた剣を突き立てた囚人は、兵士の暴走を見て駆け出した。それに合わせるようにパープルが矢を放つと、アイシュリングも兵士を護る様に飛び込み、至近距離から炎の矢を放つ。
 これに兵士が腰を抜かすと、囚人は彼を背に庇うようにして風狼の息を奪う一打を放った。
「大丈夫か?」
 駆け寄るパープルとアイシュリングに頷きを返した時、彼らの耳に闘い終了を決定付ける音が響いてきた。
「はっ、所詮は獣だなっ!」
 あちらこちらに傷を作った風狼のリーダーを囲む様に陣取っていたマルクが、一瞬の隙を突いて刃を突き入れる。
 それに続いて星垂が近付くと、彼女は尚も反撃しようとする敵の尻尾を切裂いた。
「もうこれで攻撃は出来ないよね」
 悔しげに見上げる瞳。それを見詰めて囁くと、彼女の目にシャガが振り下ろしたハンマーが見えた。
「じゃァな!」
 渾身の力を込めて振り下ろした一打が風狼の頭を潰す。これが切っ掛けとなって残る風狼の動きが乱れた。
「後は順を追って倒すだけだな」
 パープルはフードの下から見える敵の動きに目を置き、乱れの無い動きで矢を番えた。


「連絡は取れたのか?」
 問いかけるマルクに、トランシーバーを使って第十師団に連絡を試みていたナハティガルが首を振る。そうして囚人を見ると、葉巻を取り出しながら問うた。
「……アンタ脱走兵だろう?」
 足や手に嵌められた鎖は普通ではない。常識から考えて脱走兵と考えるのが妥当なのだが、囚人は一向に言葉を返してこない。
 その事に息を吐く、彼は独り言の様に言葉を零した。
「帝国からは逃げきれない。――逃げて命を落とすなら、戦って活路を切り拓け」
 この言葉に囚人の目が上がる。が、その目はナハティガルを捉える前に別の存在へ飛んだ。
「ご苦労さん……逃げンのと戦うの、どっちのが苦労した?」
 手の鎖を引っ張って覗き込んで来たシャガに囚人の眉が寄る。けれど彼は口を噤んだまま言葉を返さない。
 その様子に口角を上げると、彼は楽しそうに笑って鎖を手放した。そこに星垂の声が響く。
「逃げなくて良かったね。逃げてたらアイシュリングさんが言ったように後ろからバッサリだったんだよ?」
 戦闘開始前にアイシュリングが言った言葉が頭を過る。とは言え、あの状況で逃げる事はほぼ不可能だっただろう。
 それに彼女の言葉には「帝国に睨まれると大変」と言う含みが感じられる。
「……どの様な立場でも怖い国、か」
 思わず零した囚人の声に、パープルが近付く。そうして手を差し伸べると、彼は臆する様子を見せずに問うた。
「俺は紅でも蒼でも無い、何者でもない、ただのパープルだ。アンタは?」
 差し伸べられた手は握手を求めているのだろう。だがそれには返さず、ただ1つの答えを返す。
「……マイラー・トレポフだ」
「罪人、きみはマイラーと言うのか。ではマイラー。きみは何故逃げていたのだ?」
「そうね。あなたの力量なら、とっくに風狼を振り切って逃げることも出来たはず。なのにどうして自分を追っている兵士を守って戦っていたの?」
 ウィルフォードの問いに重ねるようにアイシュリングが問う。この声にマイラーは一瞬だけ躊躇いを覗かせ、そして未だに放心状態の兵士を見た。
「……婚約者がいると、言っていたからな」
「へ?」
 紡がれた言葉に兵士の目が見開かれる。
「おいおい、まさかそんなことのために逃げるチャンスを逃したってのか?」
 マジか。そう零すマルクにマイラーの視線が落ちる。
「そんなこと、か」
 彼は何かを考えるように唇を引き結ぶと、天を仰ぐように顔を上げた。その姿にパープルが呟く。
「アンタもいるんだな?」
 確証はないが、そうでなければ彼の行動に説明は付かない。
 マイラーは自分を伺うハンター達に目を向けると、微かに口角を上げて彼らに向かって両手を差出してきた。

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MVP一覧

  • 一刀必滅
    ナハティガル・ハーレイka0023
  • 静かな闘志
    星垂ka1344
  • 《戦車》の誇りを抱く者
    シャガ=VIIka2292

重体一覧

参加者一覧

  • 一刀必滅
    ナハティガル・ハーレイ(ka0023
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 孤高の憧憬
    マルク・D・デメテール(ka0219
    人間(紅)|20才|男性|疾影士
  • 紫色の狩人
    パープル(ka1067
    人間(蒼)|30才|男性|闘狩人
  • 静かな闘志
    星垂(ka1344
    エルフ|12才|女性|霊闘士
  • 時軸の風詠み
    ウィルフォード・リュウェリン(ka1931
    エルフ|28才|男性|魔術師
  • 《戦車》の誇りを抱く者
    シャガ=VII(ka2292
    人間(紅)|22才|男性|霊闘士
  • 未来を想う
    アイシュリング(ka2787
    エルフ|16才|女性|魔術師

  • 天音 恭一郎(ka3034
    人間(蒼)|28才|男性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
星垂(ka1344
エルフ|12才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2014/11/01 23:44:06
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/10/28 22:10:31