ゲスト
(ka0000)
【界冥】絶望からはまだ遠い位置
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/07/21 09:00
- 完成日
- 2017/07/22 09:17
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
敵の姿を発見すると、真っ直ぐに駆けつける。
現れたのはもうすっかり見慣れた目玉型の『狂気』の歪虚だ。それが、三体。
接近の気配に反応した一体がこちらに向かって触手を伸ばし叩きつけてくる。刀を斜めに打ち下ろしてそれを払い落として、更に前へ。こちらの間合いに入る前に、別の触手がもう一撃。足元を払うように薙いで来た攻撃を飛んで避ける。勢いのまま踏み込んで、斬りつける!
一撃は浅くはない程度に敵の身体に食い込み血飛沫を上げた。逆に言えば一刀両断とはいかなかった。もがく敵はつまりまだ暴れる程度には余力があるということで、その肉体の多くを占める単眼にエネルギーが灯るのを見て取って、身構える。
熱線が来る。判断した頭はまず横に避けようとして右足で地を蹴ろうとして……刹那、思い留まって逆に足を踏みしめた。刀を掲げるように身構える。やがて来る衝撃を巡らせたマテリアルと防具の厚みを利用して弾くが、それでも灼ける痛みを感じた。
苛立ちを敵へと向けて意志に変え、踏みとどまったことで変わらぬ距離を再び一気に詰める。数回、触手と刀が弾き合う。斬撃の度に歪虚は動きを鈍らせていき、やがて落ちる。
目の前の敵を倒したところで、周りを見る。残る敵は──
「はっ! 他愛もないでさあ!」
チィ=ズヴォーが上げた雄たけびと共に確認した。どうやら他のハンターの手により倒されたらしい。
「いいかてめえらぁ! 手前どもと、この透殿が来たからにゃあ、これ以上この地で狼藉が許されると思うなでさぁ!」
そうしてチイは、もはやピクリとも動かない敵へと向けてびしりと刀を突きつけて宣言していた。
……なんでお前もまたここに居るんだ──とは、伊佐美透は問わなかった。勝手に俺まで巻き込むな、とも。
軽く肩を回して、熱線を受けた傷の具合を確認する。ヒリつく感触はあるがまだ支障はないだろう。それを確かめるとともに、後ろを振り返る。透が避けていれば熱線が向かったであろう場所。観光地に相応しい旅館の入り口がそこにあった。
視線をやったその先には江の島の風景がある。この景色を一か所、無残に粉砕された旅館の玄関、に書き換えただけで、その意味が大きく変わってしまうような。
それを想像して、しかし、合理的な判断ではないという事も透は認めていた。
依頼内容はしっかりと頭に入っている。江の島に上陸する歪虚の軍勢を討伐すること。島の入り口となる江ノ島大橋入り口では既に別のチームが交戦しているが、特に数の多い小型浮遊歪虚はどうしても全てを足止めするのは難しい。その討ち漏らしに対処するのがこちらに回された任務だ。
その目的は、あくまで今回江ノ島沖に停泊しているメタ・シャングリラの援護だ。こちらの戦力の消耗と、乗り込んできた敵による工作を防ぐためで、江の島の町や観光資源を守るところまでは含まれていない。後どれほど、あの橋の向こうから敵がやってくるかが読めない以上、任務外のことにまで気を回して消耗を増やすのは正しい行動とは言い難い。
それでも、そうしてしまったのは。それこそが、きっとチイがここに来た理由と一緒なのだ。
あの光景を見てしまったから。
先日の依頼。鎌倉クラスタその周辺を偵察してくるというその依頼の果てに、彼らもまたたどり着いた光景。
だけどこの地はまだ。少なくともこの地はまだ。人々が消えたのでも遺したのでもなく留守にしただけと分かるこの地は、絶望的と呼ぶには、遠い。
「……これ以上、この地を、蒼の世界を、踏みにじらせねえっすよ!」
もはや敵に向けてではなく、チイが言った。はっきりと義憤を込めて。
それに。
(……臆面もなく言えるものだ)
浮かび上がる思いは、感心と呆れのどちらが大きいのだろう。冷静に省みれば、多分前者の方が大きい。
迷いなどそれこそ無駄だと分かっていても、透にははっきりとは割り切れなかった。
すべてが瓦礫と化したあの光景を見てしまったからこそ。
ここを守ったところで、その代わりになるとでも?
そこにムキになる資格が己にあるのか?
ああ。感じてしまう。あの光景を見たときの己の想いもまた、絶望からは遠い。所詮己に関りのある場所ではなかったから。
疑念の声はさらに囁く──そして守りきることが、現実的に可能だとでも?
広くはない島だ。坂の多い道は、狭い路地も多い。だからこそ白兵での対応になるわけだが、それでも周囲を巻き込まずに戦うなど至難の業に思えた。厳密に言えば、今の戦闘でもすでに触手に叩かれて道路の何カ所かが割れている。
不毛な思考の巡りを止めてくれるのは皮肉にも敵の存在だった。誰かが新たに敵の侵入を確認したとの声に再び走る。索敵と戦闘の同時進行だ。すべての敵を橋の終わり、江の島の入り口で対処しきるとはいかず、幾度かは市街地に入り込まれる。
街並みの中、狂気が無闇に触手を振り回すのが見えて。
「やあやあ、手前どもこそはズヴォー族の戦士が一人、チイ=ズヴォー!」
走りながら、チイが声を上げた。
「てめえら、手前どもと透殿を無視して進もうってんなら覚悟するでさあ! 背を向けるならこれ幸い、義によって手前どもらがてめえらを成敗するでさあ! 無視するならそれも! なんだか、めっちゃめちゃに! とにかくすごいアレで!」
……はったりをかますならもう少し何とかならなかったのかと言いたくなるような言動ではあったが、意外なことに歪虚たちは意識をチイたちへと向きなおした。市街の奥へと進もうとしていた一団の何体かが進路を変える。
チイが確信を得た笑みを透に向ける。半ば自棄な心地で、透も声を張り上げた。
「ああそうだ! 俺に背を向けるなら、貴様らに待つのは残虐な末路だ!」
発声に練り上げる。怒りを、憎しみを。それが己のものではなくても想像して作り上げることはできる。それを生業にしてきた。
「あの橋を越えて貴様らが踏み込んできたのは怒れる獣の顎の中と知れ! もはや貴様らは噛み砕かれ飲み込まれるだけだ! せめて死に方を選びたい奴は来い!」
台詞と共に、光にかざすように白刃を閃かせる。見世物の剣技を──魅せるための剣閃を──交差させる。興が乗れば全身から発せられる気組みも格段に違うものとなった。所詮はったり、小芝居だ。だが芝居であるがゆえに、集めた敵の数が多かったことは、本職として少しばかり溜飲が下がった。
現れたのはもうすっかり見慣れた目玉型の『狂気』の歪虚だ。それが、三体。
接近の気配に反応した一体がこちらに向かって触手を伸ばし叩きつけてくる。刀を斜めに打ち下ろしてそれを払い落として、更に前へ。こちらの間合いに入る前に、別の触手がもう一撃。足元を払うように薙いで来た攻撃を飛んで避ける。勢いのまま踏み込んで、斬りつける!
一撃は浅くはない程度に敵の身体に食い込み血飛沫を上げた。逆に言えば一刀両断とはいかなかった。もがく敵はつまりまだ暴れる程度には余力があるということで、その肉体の多くを占める単眼にエネルギーが灯るのを見て取って、身構える。
熱線が来る。判断した頭はまず横に避けようとして右足で地を蹴ろうとして……刹那、思い留まって逆に足を踏みしめた。刀を掲げるように身構える。やがて来る衝撃を巡らせたマテリアルと防具の厚みを利用して弾くが、それでも灼ける痛みを感じた。
苛立ちを敵へと向けて意志に変え、踏みとどまったことで変わらぬ距離を再び一気に詰める。数回、触手と刀が弾き合う。斬撃の度に歪虚は動きを鈍らせていき、やがて落ちる。
目の前の敵を倒したところで、周りを見る。残る敵は──
「はっ! 他愛もないでさあ!」
チィ=ズヴォーが上げた雄たけびと共に確認した。どうやら他のハンターの手により倒されたらしい。
「いいかてめえらぁ! 手前どもと、この透殿が来たからにゃあ、これ以上この地で狼藉が許されると思うなでさぁ!」
そうしてチイは、もはやピクリとも動かない敵へと向けてびしりと刀を突きつけて宣言していた。
……なんでお前もまたここに居るんだ──とは、伊佐美透は問わなかった。勝手に俺まで巻き込むな、とも。
軽く肩を回して、熱線を受けた傷の具合を確認する。ヒリつく感触はあるがまだ支障はないだろう。それを確かめるとともに、後ろを振り返る。透が避けていれば熱線が向かったであろう場所。観光地に相応しい旅館の入り口がそこにあった。
視線をやったその先には江の島の風景がある。この景色を一か所、無残に粉砕された旅館の玄関、に書き換えただけで、その意味が大きく変わってしまうような。
それを想像して、しかし、合理的な判断ではないという事も透は認めていた。
依頼内容はしっかりと頭に入っている。江の島に上陸する歪虚の軍勢を討伐すること。島の入り口となる江ノ島大橋入り口では既に別のチームが交戦しているが、特に数の多い小型浮遊歪虚はどうしても全てを足止めするのは難しい。その討ち漏らしに対処するのがこちらに回された任務だ。
その目的は、あくまで今回江ノ島沖に停泊しているメタ・シャングリラの援護だ。こちらの戦力の消耗と、乗り込んできた敵による工作を防ぐためで、江の島の町や観光資源を守るところまでは含まれていない。後どれほど、あの橋の向こうから敵がやってくるかが読めない以上、任務外のことにまで気を回して消耗を増やすのは正しい行動とは言い難い。
それでも、そうしてしまったのは。それこそが、きっとチイがここに来た理由と一緒なのだ。
あの光景を見てしまったから。
先日の依頼。鎌倉クラスタその周辺を偵察してくるというその依頼の果てに、彼らもまたたどり着いた光景。
だけどこの地はまだ。少なくともこの地はまだ。人々が消えたのでも遺したのでもなく留守にしただけと分かるこの地は、絶望的と呼ぶには、遠い。
「……これ以上、この地を、蒼の世界を、踏みにじらせねえっすよ!」
もはや敵に向けてではなく、チイが言った。はっきりと義憤を込めて。
それに。
(……臆面もなく言えるものだ)
浮かび上がる思いは、感心と呆れのどちらが大きいのだろう。冷静に省みれば、多分前者の方が大きい。
迷いなどそれこそ無駄だと分かっていても、透にははっきりとは割り切れなかった。
すべてが瓦礫と化したあの光景を見てしまったからこそ。
ここを守ったところで、その代わりになるとでも?
そこにムキになる資格が己にあるのか?
ああ。感じてしまう。あの光景を見たときの己の想いもまた、絶望からは遠い。所詮己に関りのある場所ではなかったから。
疑念の声はさらに囁く──そして守りきることが、現実的に可能だとでも?
広くはない島だ。坂の多い道は、狭い路地も多い。だからこそ白兵での対応になるわけだが、それでも周囲を巻き込まずに戦うなど至難の業に思えた。厳密に言えば、今の戦闘でもすでに触手に叩かれて道路の何カ所かが割れている。
不毛な思考の巡りを止めてくれるのは皮肉にも敵の存在だった。誰かが新たに敵の侵入を確認したとの声に再び走る。索敵と戦闘の同時進行だ。すべての敵を橋の終わり、江の島の入り口で対処しきるとはいかず、幾度かは市街地に入り込まれる。
街並みの中、狂気が無闇に触手を振り回すのが見えて。
「やあやあ、手前どもこそはズヴォー族の戦士が一人、チイ=ズヴォー!」
走りながら、チイが声を上げた。
「てめえら、手前どもと透殿を無視して進もうってんなら覚悟するでさあ! 背を向けるならこれ幸い、義によって手前どもらがてめえらを成敗するでさあ! 無視するならそれも! なんだか、めっちゃめちゃに! とにかくすごいアレで!」
……はったりをかますならもう少し何とかならなかったのかと言いたくなるような言動ではあったが、意外なことに歪虚たちは意識をチイたちへと向きなおした。市街の奥へと進もうとしていた一団の何体かが進路を変える。
チイが確信を得た笑みを透に向ける。半ば自棄な心地で、透も声を張り上げた。
「ああそうだ! 俺に背を向けるなら、貴様らに待つのは残虐な末路だ!」
発声に練り上げる。怒りを、憎しみを。それが己のものではなくても想像して作り上げることはできる。それを生業にしてきた。
「あの橋を越えて貴様らが踏み込んできたのは怒れる獣の顎の中と知れ! もはや貴様らは噛み砕かれ飲み込まれるだけだ! せめて死に方を選びたい奴は来い!」
台詞と共に、光にかざすように白刃を閃かせる。見世物の剣技を──魅せるための剣閃を──交差させる。興が乗れば全身から発せられる気組みも格段に違うものとなった。所詮はったり、小芝居だ。だが芝居であるがゆえに、集めた敵の数が多かったことは、本職として少しばかり溜飲が下がった。
リプレイ本文
静かに広がる海の蒼に産まれた一点の黒点。柄永 和沙(ka6481)の研ぎ澄まされた視覚と感覚はそれを警戒すべき変化だととらえた。巡らせていた視線を止める。点に過ぎなかったそれは染み出すように大きさを広げる──彼女たちの方へと、近づいていく。
「そこ」
十分に確信を得てから、はっきりと聞こえる声で告げ、真っ直ぐに指をさす。点から生じた染みは今は影と言えるほどにはっきりとその姿を現している。暫く後、和沙の頭上から炸裂音が響いた。
フォークス(ka0570)の操る魔導銃のものである。放たれた弾丸は、攻撃を認識すらしていなかった影──歪虚の一団の先頭──に着弾し、その身体を弾き飛ばし、抉り取る。一塊だった集団がその場から散り散りになる。
二度目の炸裂音。今度はしかし、弾丸は手ごたえ無く海へと吸い込まれていった。胸に小さな苛立ちが生まれたのをフォークスは認める。
(慌てるな……。当てて当たり前の距離と状況じゃない……)
超長距離射撃。遮るものがない海上という事は、標的の動きを制限するものも何一つないという事で、予測が立て辛い。分かっていてなお、分かり切ったことを再認せずにいられない程苛立っているのは、鎌倉の怪電波のせいだ。使える道具が制限される──丸腰に一歩近づかされる不愉快。今までどれほど機械に頼りきりでいたか思い知らされる心地だった。不快な気分のせいで、生臭い潮気が嫌に鼻に付く。
だが煩わされている場合でもない。切り替えて次の標的を定める。一撃目を当ててふらついてる奴は一旦ほっといていい。慌てたのか向こう岸方向へ飛び退いた奴も後回し。真っ先に狙うべきは──
(一番岸に近づいた、あいつ……!)
引き金を引く。立て続けに。マテリアルで加速された弾丸が幾度も執拗に標的を追い、やがて落とした。一息つく間もなく、次の標的を定める。そして。
(あたしの出番あるのかなこれ)
投具「コウモリ」を手の中で弄びながら、和沙は声に出さず独りごちた。手にしたそれは彼女の持つ中では一番射程距離のある武器なのだが、全くお呼びじゃない距離上で第一波の戦闘は決した。
結構なことではあるのだろう。江の島はそれほど馴染みのある場所ではなかった。家族で遊びに来た以来だろうか。道案内が出来るわけでなし、自分の存在は万一の保険と割り切って、索敵に集中するしか……。
「あいつらやっぱり、突破を優先してるネ」
「え?」
フォークスの声に、和沙は反射的に声を上げた。
「一体もコッチ向かってこようとはしなかった。アッチにも姿も見えてただろうにネ。殲滅より前進を優先してる感じだヨ」
「……単にフォークスさんの射撃にビビったってことは?」
「……。お褒めの言葉、アリガト。でもそもそも、撃破するつもりなら向こう岸の迎撃をスルーしてコッチ来ないよ。海上を来たのもネ。『渡れない奴』とは別の思考で動いてンだ」
「……成程」
納得して、和沙考える。フォークスの推測が正しいなら、どういうことになるか。
今回の依頼に当たり、人員を二カ所に分けた。橋の終点付近と、江の島ヨットハーバーの周辺。
その上で大橋付近に人員を偏らせたのは、橋の始点から敵がやってくるならそちらに敵が集まるだろうという目測によるもので、今のところ間違ってはいない。海を渡ってくる歪虚もいるようだが、大半は大橋寄りだ。だが。もし、大橋付近の突破が難しいと、後続の敵が認識するようなことがあれば。
……気を抜くつもりなど無かったが、やるべきことを幾つか想定し直し、それから、海上の見張りに戻った。
●
「ここは通さん。まとめてかかって来い……!」
叫ぶように鞍馬 真(ka5819)が言うと、その身が炎のような揺らめく光を纏う。橋の向こうからやってきた五体の歪虚が、引き寄せられるように一斉に真の方を向いた。そのまま真へと近づいてくるうちの一体が、道中で何度かその身を跳ねさせた。ジーナ(ka1643)がガンシールドから放った銃弾である。歪虚たちは速度を上げて近づくと次々と悪趣味な眼球に明かりを灯し始めた──視線は、全て真へと向いたままである。
(まあ、そうなるよな)
平静な気持ちで真はそれに立ち向かう。正面と左から来た二体がほぼ同時に放った二条の光を斜め後ろに飛んで避ける。眼前で光線が交差し、下がった身体のすぐ横を抜けていく。そこに正面からもう一撃。姿勢を低くして潜り抜ける。次の攻撃を転がるように避けて、手をついて止まったところで最後の一体がまだこちらを睨んでいた。
すぐに次の動きが出来る姿勢ではない。まあこれだけ一度に狙われたんだから一撃くらい仕方ないよな、と、覚悟を決めたところで、眼前の歪虚の身体が不意に沈んだ。
位置を下げていく歪虚の向こう、鉤爪を振り下ろしたジーナの姿が見える。今ぶちのめされた一体とそのそばに居た一体が意識を彼女に向け直した。
「貴様らの適当さにも飽きてきた所だ。潔く散り、死に果てろ!」
朗々と声を上げると、二体の歪虚は完全にジーナへと向かう。言葉での挑発は有効か。いや、言葉自体は通じておらず、単に気迫から捨て置けない相手と認識したのかもしれないが。とまれ、真一人が囲まれるという状況を変えられたなら悪くない効果だ──勢い勇んだ挑発など柄ではないが、たまには激情の解放も悪くはない。
目の前の傷ついた一体に出し惜しみなく連撃を加えて一気に追い詰める。真は、三体になった相手の攻撃をいなし、一体に向け魔導剣を振り下ろす。
……と、敵の雰囲気がわずかに変わった。ジーナの前の、まだ傷が浅い方の一体と、真に向かううちの一体が、攻撃をレーザー主体に変えながら距離を取るような動きを見せる。
僅かな攻防で、倒して切り抜けるには脅威度が高いと認識されたのだろう。真たちもある程度抜けられることは想定の上だったが今はタイミングが悪かった。大伴 鈴太郎(ka6016)が、海を渡り離れた場所から上陸しようとした敵を追ってまだ戻ってきていない。もう一人、穂積 智里(ka6819)は今──
瞬間、ジーナは判断した。再び、傷ついた相手に対し連撃。オーバーキル気味だったが出し惜しんでる場合ではない。その隙にもう一体が抜けていくが、逆にこれでジーナもフリーだ。追いかけられる。
だが。ジーナが振り向いたところで、横をすり抜けていった歪虚は目に見えて速度を落としていった。直後、はじき返されるように戻ってくる。同時に。
「お待たせしました! 伊佐美さんとチイさん、連れてきましたよ!」
そんな智里の声が、響いた。
●
「私達と一緒に大橋側に回っていただけませんか? 鞍馬さんがソウルトーチを使って下さるので、こちら側が激戦区になるんじゃないかと思うんです」
そう、声をかけてきた智里の言葉を。
「なんだってぇ! 大橋付近がピンチですかい! 了解しやした!」
チイは、最初そのように解釈して、即座に反転して走り始めた。智里も頷いて走り出すと、結局透もつられるように走るしかなかった。何かおかしいと思いながら。
(激戦区に……なるんじゃないか?)
走りながら気がつく。つまりまだ激戦区になってないのだ。少なくとも智里が来たタイミングでは。
「大橋側に全部で6人、ハーパー側が2人で敵の侵入を抑えます。どちらも戦線を抜かれた時はマテリアル花火で合図。合図があったらジーナさんと大伴さんが抜けた敵を追う遊撃になります」
透の不安そうな顔に答えるように、智里は自分たちが立案した作戦を説明した。それで、透も理解する。理解して──並走する智里の顔をまじまじと見つめた。
口を開きかけて、やめる。ここで彼女一人に聞くよりも、と。そうこうしているうちに街並みを抜け、視界が開けると同時にこちらに直進してくる歪虚が目に入る。チイがそれに剣で打ちかかる。
透が真の援護に向かうと、智里は手をかざす。光の三角形が智里の眼前に現れ、それぞれの頂点から放たれた光が敵を灼く。
程なく全ての敵を倒したところで、ちょうど鈴が戻ってきた。
「ご苦労だったな。次は私が行こう」
汗だくで戻ってきた鈴を労うようにジーナが声をかけると、彼女は素直に頷いた。
「走ることは覚悟してたけど、思った以上だなこりゃ……」
海を越えてくる敵がいることも、考慮に入れて備えてはいた。お陰で慌てることなく対処は出来たが、交代でやらねば持たないだろう。息を整えてから腰掛け、ミネラルウォーターを口にする。
「暑いですから伊佐美さんもチィさんも水分補給を忘れないで下さいね? 歪虚じゃなくて熱中症にやられました、なんてことになったら伝説になると思います」
智里が思い出したようにそう言ってくると、一行は完全に休憩モードに入ったようだった。そこで透がやっと口を開く。
「……海岸線上で全ての敵を対処するつもりなのか」
抑揚を抑えた問いに。
「ああ。だってそうしないと、町に被害を出さないのは難しいだろう?」
真が穏やかに答えられた言葉は自棄や軽挙には見えなかった。
「江ノ島沖まで通さなきゃ上も文句はねンだろ?」
次いで声を上げたのは鈴だ。
「これ以上歪虚の好きにさせて堪っかよ。島ン中には一匹たりとも通さねぇ。此処で全殺しだ」
闘志を燃やす瞳。口調に荒さはあったがしかし、冷静さは保っているように見える──先の依頼を思い返せば、驚くほどに。
透が目を見開いたことに、鈴が影を帯びた顔で苦笑する。
「いや、すまない、」
「いいよ。迷惑かけたこと、反省はしてんだ……」
透の声を遮って鈴は言った。一度深呼吸して、それからまたしっかりとした眼差しで前を見据える。
「でも今は……故郷の為に今自分に出来る事をやる。そんだけだ」
声には、はっきりとした決意が籠っている。もう何も言えない。
次いで透は彷徨うようにジーナへと視線を巡らせた。この中で一番落ち着きの見られるこのドワーフの戦士は。
「世界の為、鎌倉奪還の為、シャングリラの為……目の前の依頼が全てだ」
淡々と紡がれる言葉はしかし、その起伏の無さと同様に感情も薄いのかと言われると、そうではない。
「まあ、不安に思う気持ちもわかるのだけどね」
何とも言えない顔の透に、再び声をかけたのは真だ。
「……なにせ、ちょうど突破されたときに来てくれたわけだ、二人は。でも……」
少しバツが悪そうにそう言って、しかし。
「だからこそ、二人が来てくれて助かった。腕利きの闘狩人と共に戦えることを嬉しく思うよ」
負けてられないけどね、そう告げる真の顔に一切の嫌味は無かった。偽りの無い気持ちで、彼らの作戦に自分たちの存在は組み込まれているのだ。自分たちもいるから、成功するのだと、そう言われた気がして。
息を吐く。これは何の息だろう。尊敬、呆れ、諦観、降参、安堵──幾つも浮かび上がる想いの後味は、悪くはない。結局、彼らがやろうとしていることは透が望んだことでもあった。
やるべきことが決まれば、あとはしっかりルーチンを守るだけだった。休むことも意識しながら索敵を続け、敵影を見つければ適切に対処する。そうして挟まれた幾度目かの休憩で。
「フォークスさんと柄永さんには合流後お渡ししますから。最後まで頑張りましょう」
そう言いながら智里が桜餅を配った時の、柄永、の単語に、鈴がわずかに顔を顰める。前の依頼で気まずくなって以来、いまだ関係は修復できていないらしい……というか、余計に拗れている。
気分が沈んでいくのを感じた。頭を冷やすのにちょうどよくもあるが、凹みすぎるのも良くない。気を紛らわせるように、鈴は別のことを思い浮かべた。江の島。そう言えば学校をさぼってここにネコに会いに来ていた。
(あいつら、ちゃんと逃げたかな……)
不安が消えたわけでは無い。悲しみも。だからこそ、守る決意は固め直すことが出来た。
●
ハーバー側から、マテリアル花火があがった。
フォークスの射線の前に、引き返して射程外から上陸しようとする歪虚がとうとう、逃げ切られる前に撃ち落とせる数を越えた。
大橋側もその時交戦状態ではあった。囮だったのかもしれない。実際、敵が間近にいた状態ですぐ走り出すのは難しかっただろう。だが、それも想定して常に中距離を保っていた鈴がやはり、即座に走り出す。使える力全て使って、地を蹴って少しでも速く。行かせてたまるか、と、翔けて、翔けて──わずかな段差に、足が躓いた。
本来なら。覚醒者がそれくらいでバランスを崩したりはしない。だが鈴はこれまでに、散々走り込む羽目になっていた。そのツケはこれまでの休憩では払いきれず、ここで清算を求められる。
(……嘘だろ!?)
膝が沈んでいくのが分かる、こんな時に。こんなことで。駄目だ。倒れたら全身の力が抜ける。起き上がれなくなる──!
──視界が、暗転した。
「──何やってんの?」
呆れ切ったような──ずいぶん久しぶりに聞くような──冷ややかな声。
倒れて意識がブラックアウトしたのではなく、その前に抱きとめた腕に視界がふさがれたのだと、ようやく気付く。その腕は。声の、主は。
言うべき言葉が……いっぺんに、有りすぎた。今言うべき礼。過去言えなかった謝罪。それらがぶつかり合って、渋滞を起こして、結局声帯はひきつったように震えるだけで何も発してくれなかった。
そうするうちに、和沙は再びふい、と顔を、というか身体ごと鈴から背けてしまった。
(実際のところ、もうどうでもいいのよね)
それが和沙の、今の正直な心境だった。鎌倉での言葉も。その後の絶交も。怒りも仲直りすることも和沙からはもうどうでもいい。
(どの道、今そんな状況でもないしさ)
ひゅ、と、和沙の手からコウモリが放たれる。マテリアルを込められた投擲武器が、先を行く歪虚の背中に突き刺さる。我に返って回りこんだ鈴と挟撃し、一匹で逃げ延びた歪虚が哀れに落ちて融けると……再び、二人が向かい合うことになる。
鈴の表情が何とも言えない形に歪む。和沙はやはりそれを、どうでも良さそうな顔で受け止めていた。内心、少し面白がりながら。
「……なに? 何か言いたい事があるなら言えば?」
和沙はどうでもいいのだ。だからどうするかは、全て鈴の態度次第。今後も、向こうの態度に合わせて接するまでだと思っている。
「言わなきゃわかんないよー? あたし、アンタのエスパーでも何でもないから」
どこか挑発するような声音に、しかし鈴は、激高はせずに気持ちを抑えた。今日何度もそうしてきたように。
それから、鈴は──
●
「終わった……でしょうか」
智里が双眼鏡で橋の向こう側を見ながら告げる。
彼らの任務は、向こうから抜け出てくる敵を倒すこと。向こうの状況が終了すれば、こちらの任務も完了のはずだ。
彼らは、守り切ったのだ。この地を。この場所で。
「そこ」
十分に確信を得てから、はっきりと聞こえる声で告げ、真っ直ぐに指をさす。点から生じた染みは今は影と言えるほどにはっきりとその姿を現している。暫く後、和沙の頭上から炸裂音が響いた。
フォークス(ka0570)の操る魔導銃のものである。放たれた弾丸は、攻撃を認識すらしていなかった影──歪虚の一団の先頭──に着弾し、その身体を弾き飛ばし、抉り取る。一塊だった集団がその場から散り散りになる。
二度目の炸裂音。今度はしかし、弾丸は手ごたえ無く海へと吸い込まれていった。胸に小さな苛立ちが生まれたのをフォークスは認める。
(慌てるな……。当てて当たり前の距離と状況じゃない……)
超長距離射撃。遮るものがない海上という事は、標的の動きを制限するものも何一つないという事で、予測が立て辛い。分かっていてなお、分かり切ったことを再認せずにいられない程苛立っているのは、鎌倉の怪電波のせいだ。使える道具が制限される──丸腰に一歩近づかされる不愉快。今までどれほど機械に頼りきりでいたか思い知らされる心地だった。不快な気分のせいで、生臭い潮気が嫌に鼻に付く。
だが煩わされている場合でもない。切り替えて次の標的を定める。一撃目を当ててふらついてる奴は一旦ほっといていい。慌てたのか向こう岸方向へ飛び退いた奴も後回し。真っ先に狙うべきは──
(一番岸に近づいた、あいつ……!)
引き金を引く。立て続けに。マテリアルで加速された弾丸が幾度も執拗に標的を追い、やがて落とした。一息つく間もなく、次の標的を定める。そして。
(あたしの出番あるのかなこれ)
投具「コウモリ」を手の中で弄びながら、和沙は声に出さず独りごちた。手にしたそれは彼女の持つ中では一番射程距離のある武器なのだが、全くお呼びじゃない距離上で第一波の戦闘は決した。
結構なことではあるのだろう。江の島はそれほど馴染みのある場所ではなかった。家族で遊びに来た以来だろうか。道案内が出来るわけでなし、自分の存在は万一の保険と割り切って、索敵に集中するしか……。
「あいつらやっぱり、突破を優先してるネ」
「え?」
フォークスの声に、和沙は反射的に声を上げた。
「一体もコッチ向かってこようとはしなかった。アッチにも姿も見えてただろうにネ。殲滅より前進を優先してる感じだヨ」
「……単にフォークスさんの射撃にビビったってことは?」
「……。お褒めの言葉、アリガト。でもそもそも、撃破するつもりなら向こう岸の迎撃をスルーしてコッチ来ないよ。海上を来たのもネ。『渡れない奴』とは別の思考で動いてンだ」
「……成程」
納得して、和沙考える。フォークスの推測が正しいなら、どういうことになるか。
今回の依頼に当たり、人員を二カ所に分けた。橋の終点付近と、江の島ヨットハーバーの周辺。
その上で大橋付近に人員を偏らせたのは、橋の始点から敵がやってくるならそちらに敵が集まるだろうという目測によるもので、今のところ間違ってはいない。海を渡ってくる歪虚もいるようだが、大半は大橋寄りだ。だが。もし、大橋付近の突破が難しいと、後続の敵が認識するようなことがあれば。
……気を抜くつもりなど無かったが、やるべきことを幾つか想定し直し、それから、海上の見張りに戻った。
●
「ここは通さん。まとめてかかって来い……!」
叫ぶように鞍馬 真(ka5819)が言うと、その身が炎のような揺らめく光を纏う。橋の向こうからやってきた五体の歪虚が、引き寄せられるように一斉に真の方を向いた。そのまま真へと近づいてくるうちの一体が、道中で何度かその身を跳ねさせた。ジーナ(ka1643)がガンシールドから放った銃弾である。歪虚たちは速度を上げて近づくと次々と悪趣味な眼球に明かりを灯し始めた──視線は、全て真へと向いたままである。
(まあ、そうなるよな)
平静な気持ちで真はそれに立ち向かう。正面と左から来た二体がほぼ同時に放った二条の光を斜め後ろに飛んで避ける。眼前で光線が交差し、下がった身体のすぐ横を抜けていく。そこに正面からもう一撃。姿勢を低くして潜り抜ける。次の攻撃を転がるように避けて、手をついて止まったところで最後の一体がまだこちらを睨んでいた。
すぐに次の動きが出来る姿勢ではない。まあこれだけ一度に狙われたんだから一撃くらい仕方ないよな、と、覚悟を決めたところで、眼前の歪虚の身体が不意に沈んだ。
位置を下げていく歪虚の向こう、鉤爪を振り下ろしたジーナの姿が見える。今ぶちのめされた一体とそのそばに居た一体が意識を彼女に向け直した。
「貴様らの適当さにも飽きてきた所だ。潔く散り、死に果てろ!」
朗々と声を上げると、二体の歪虚は完全にジーナへと向かう。言葉での挑発は有効か。いや、言葉自体は通じておらず、単に気迫から捨て置けない相手と認識したのかもしれないが。とまれ、真一人が囲まれるという状況を変えられたなら悪くない効果だ──勢い勇んだ挑発など柄ではないが、たまには激情の解放も悪くはない。
目の前の傷ついた一体に出し惜しみなく連撃を加えて一気に追い詰める。真は、三体になった相手の攻撃をいなし、一体に向け魔導剣を振り下ろす。
……と、敵の雰囲気がわずかに変わった。ジーナの前の、まだ傷が浅い方の一体と、真に向かううちの一体が、攻撃をレーザー主体に変えながら距離を取るような動きを見せる。
僅かな攻防で、倒して切り抜けるには脅威度が高いと認識されたのだろう。真たちもある程度抜けられることは想定の上だったが今はタイミングが悪かった。大伴 鈴太郎(ka6016)が、海を渡り離れた場所から上陸しようとした敵を追ってまだ戻ってきていない。もう一人、穂積 智里(ka6819)は今──
瞬間、ジーナは判断した。再び、傷ついた相手に対し連撃。オーバーキル気味だったが出し惜しんでる場合ではない。その隙にもう一体が抜けていくが、逆にこれでジーナもフリーだ。追いかけられる。
だが。ジーナが振り向いたところで、横をすり抜けていった歪虚は目に見えて速度を落としていった。直後、はじき返されるように戻ってくる。同時に。
「お待たせしました! 伊佐美さんとチイさん、連れてきましたよ!」
そんな智里の声が、響いた。
●
「私達と一緒に大橋側に回っていただけませんか? 鞍馬さんがソウルトーチを使って下さるので、こちら側が激戦区になるんじゃないかと思うんです」
そう、声をかけてきた智里の言葉を。
「なんだってぇ! 大橋付近がピンチですかい! 了解しやした!」
チイは、最初そのように解釈して、即座に反転して走り始めた。智里も頷いて走り出すと、結局透もつられるように走るしかなかった。何かおかしいと思いながら。
(激戦区に……なるんじゃないか?)
走りながら気がつく。つまりまだ激戦区になってないのだ。少なくとも智里が来たタイミングでは。
「大橋側に全部で6人、ハーパー側が2人で敵の侵入を抑えます。どちらも戦線を抜かれた時はマテリアル花火で合図。合図があったらジーナさんと大伴さんが抜けた敵を追う遊撃になります」
透の不安そうな顔に答えるように、智里は自分たちが立案した作戦を説明した。それで、透も理解する。理解して──並走する智里の顔をまじまじと見つめた。
口を開きかけて、やめる。ここで彼女一人に聞くよりも、と。そうこうしているうちに街並みを抜け、視界が開けると同時にこちらに直進してくる歪虚が目に入る。チイがそれに剣で打ちかかる。
透が真の援護に向かうと、智里は手をかざす。光の三角形が智里の眼前に現れ、それぞれの頂点から放たれた光が敵を灼く。
程なく全ての敵を倒したところで、ちょうど鈴が戻ってきた。
「ご苦労だったな。次は私が行こう」
汗だくで戻ってきた鈴を労うようにジーナが声をかけると、彼女は素直に頷いた。
「走ることは覚悟してたけど、思った以上だなこりゃ……」
海を越えてくる敵がいることも、考慮に入れて備えてはいた。お陰で慌てることなく対処は出来たが、交代でやらねば持たないだろう。息を整えてから腰掛け、ミネラルウォーターを口にする。
「暑いですから伊佐美さんもチィさんも水分補給を忘れないで下さいね? 歪虚じゃなくて熱中症にやられました、なんてことになったら伝説になると思います」
智里が思い出したようにそう言ってくると、一行は完全に休憩モードに入ったようだった。そこで透がやっと口を開く。
「……海岸線上で全ての敵を対処するつもりなのか」
抑揚を抑えた問いに。
「ああ。だってそうしないと、町に被害を出さないのは難しいだろう?」
真が穏やかに答えられた言葉は自棄や軽挙には見えなかった。
「江ノ島沖まで通さなきゃ上も文句はねンだろ?」
次いで声を上げたのは鈴だ。
「これ以上歪虚の好きにさせて堪っかよ。島ン中には一匹たりとも通さねぇ。此処で全殺しだ」
闘志を燃やす瞳。口調に荒さはあったがしかし、冷静さは保っているように見える──先の依頼を思い返せば、驚くほどに。
透が目を見開いたことに、鈴が影を帯びた顔で苦笑する。
「いや、すまない、」
「いいよ。迷惑かけたこと、反省はしてんだ……」
透の声を遮って鈴は言った。一度深呼吸して、それからまたしっかりとした眼差しで前を見据える。
「でも今は……故郷の為に今自分に出来る事をやる。そんだけだ」
声には、はっきりとした決意が籠っている。もう何も言えない。
次いで透は彷徨うようにジーナへと視線を巡らせた。この中で一番落ち着きの見られるこのドワーフの戦士は。
「世界の為、鎌倉奪還の為、シャングリラの為……目の前の依頼が全てだ」
淡々と紡がれる言葉はしかし、その起伏の無さと同様に感情も薄いのかと言われると、そうではない。
「まあ、不安に思う気持ちもわかるのだけどね」
何とも言えない顔の透に、再び声をかけたのは真だ。
「……なにせ、ちょうど突破されたときに来てくれたわけだ、二人は。でも……」
少しバツが悪そうにそう言って、しかし。
「だからこそ、二人が来てくれて助かった。腕利きの闘狩人と共に戦えることを嬉しく思うよ」
負けてられないけどね、そう告げる真の顔に一切の嫌味は無かった。偽りの無い気持ちで、彼らの作戦に自分たちの存在は組み込まれているのだ。自分たちもいるから、成功するのだと、そう言われた気がして。
息を吐く。これは何の息だろう。尊敬、呆れ、諦観、降参、安堵──幾つも浮かび上がる想いの後味は、悪くはない。結局、彼らがやろうとしていることは透が望んだことでもあった。
やるべきことが決まれば、あとはしっかりルーチンを守るだけだった。休むことも意識しながら索敵を続け、敵影を見つければ適切に対処する。そうして挟まれた幾度目かの休憩で。
「フォークスさんと柄永さんには合流後お渡ししますから。最後まで頑張りましょう」
そう言いながら智里が桜餅を配った時の、柄永、の単語に、鈴がわずかに顔を顰める。前の依頼で気まずくなって以来、いまだ関係は修復できていないらしい……というか、余計に拗れている。
気分が沈んでいくのを感じた。頭を冷やすのにちょうどよくもあるが、凹みすぎるのも良くない。気を紛らわせるように、鈴は別のことを思い浮かべた。江の島。そう言えば学校をさぼってここにネコに会いに来ていた。
(あいつら、ちゃんと逃げたかな……)
不安が消えたわけでは無い。悲しみも。だからこそ、守る決意は固め直すことが出来た。
●
ハーバー側から、マテリアル花火があがった。
フォークスの射線の前に、引き返して射程外から上陸しようとする歪虚がとうとう、逃げ切られる前に撃ち落とせる数を越えた。
大橋側もその時交戦状態ではあった。囮だったのかもしれない。実際、敵が間近にいた状態ですぐ走り出すのは難しかっただろう。だが、それも想定して常に中距離を保っていた鈴がやはり、即座に走り出す。使える力全て使って、地を蹴って少しでも速く。行かせてたまるか、と、翔けて、翔けて──わずかな段差に、足が躓いた。
本来なら。覚醒者がそれくらいでバランスを崩したりはしない。だが鈴はこれまでに、散々走り込む羽目になっていた。そのツケはこれまでの休憩では払いきれず、ここで清算を求められる。
(……嘘だろ!?)
膝が沈んでいくのが分かる、こんな時に。こんなことで。駄目だ。倒れたら全身の力が抜ける。起き上がれなくなる──!
──視界が、暗転した。
「──何やってんの?」
呆れ切ったような──ずいぶん久しぶりに聞くような──冷ややかな声。
倒れて意識がブラックアウトしたのではなく、その前に抱きとめた腕に視界がふさがれたのだと、ようやく気付く。その腕は。声の、主は。
言うべき言葉が……いっぺんに、有りすぎた。今言うべき礼。過去言えなかった謝罪。それらがぶつかり合って、渋滞を起こして、結局声帯はひきつったように震えるだけで何も発してくれなかった。
そうするうちに、和沙は再びふい、と顔を、というか身体ごと鈴から背けてしまった。
(実際のところ、もうどうでもいいのよね)
それが和沙の、今の正直な心境だった。鎌倉での言葉も。その後の絶交も。怒りも仲直りすることも和沙からはもうどうでもいい。
(どの道、今そんな状況でもないしさ)
ひゅ、と、和沙の手からコウモリが放たれる。マテリアルを込められた投擲武器が、先を行く歪虚の背中に突き刺さる。我に返って回りこんだ鈴と挟撃し、一匹で逃げ延びた歪虚が哀れに落ちて融けると……再び、二人が向かい合うことになる。
鈴の表情が何とも言えない形に歪む。和沙はやはりそれを、どうでも良さそうな顔で受け止めていた。内心、少し面白がりながら。
「……なに? 何か言いたい事があるなら言えば?」
和沙はどうでもいいのだ。だからどうするかは、全て鈴の態度次第。今後も、向こうの態度に合わせて接するまでだと思っている。
「言わなきゃわかんないよー? あたし、アンタのエスパーでも何でもないから」
どこか挑発するような声音に、しかし鈴は、激高はせずに気持ちを抑えた。今日何度もそうしてきたように。
それから、鈴は──
●
「終わった……でしょうか」
智里が双眼鏡で橋の向こう側を見ながら告げる。
彼らの任務は、向こうから抜け出てくる敵を倒すこと。向こうの状況が終了すれば、こちらの任務も完了のはずだ。
彼らは、守り切ったのだ。この地を。この場所で。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/07/21 04:12:58 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/07/17 06:16:51 |