ゲスト
(ka0000)
【陶曲】捻子の反乱、鉄葉
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/07/22 15:00
- 完成日
- 2017/07/29 00:26
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
蒸気工場都市フマーレ、賑やかな工業区の片隅。
この小さな街並みを騒がせた事件も落ち付いた頃。
歪虚の被害に遭った工場もそれぞれ再開し、蒸気工場都市の名に相応しく、煙突の煙を棚引かせ、しゅう、しゅう、かん、かん、と鍛造や鋳造の甲高い音を響かせていた。
歪虚と対峙した2人のハンターも快復し、事後の調査と逃走した残党の捜索に勤しんでいる。
2人のハンター、椎木とルエルと擦れ違った中年の夫婦、華やかな装いでトランクを引いている所を見れば旅行客だろうか。
彼等をハンターだと聞くと、この町へ来るまでも世話になったと旅路の思い出を話し始めた。
お喋りな妻と、物静かな夫。
妻とハンター達のお喋りを眠そうに聞いていた夫が、おい、と短く声を掛ける。
その一言でどれだけ察したのだろう、話しを切り上げた妻は肉にしようか魚にしようかとランチの献立を考え始めた。
肉ならいい羊を食わせる店が有る。ルエルが呼び止めると妻が振り返って笑う。この人羊は好きじゃ無いのよ。
空腹のタイミングも、食べ物の好みも把握してるなんて、仲の良い夫婦だと見送った椎木が呟いた。
「――休憩にしましょうか。羊、嫌いじゃ無いですよ」
「――おう」
●
炎は落ちて。
表に『ナナちゃん』、裏に『殺しちゃって』。
黒地に蛍光色の派手な文字。可愛らしく星を散りばめる大きな団扇がかさりと風に流されてきた。
それを折って転がる空のブリキ缶。
風に流されるままに、かさかさ、からからと移ろっていく。
「ナナちゃんの火が、消えてしまった。ナ・ナ・ちゃ・ん! ナナちゃん! イェア!……はぁ。あーあ」
金属音の混じる不快な声。
「ナナちゃんのステージが-、折角の、炎が―、ナナちゃん! ナナちゃん!……ああ」
それは酷く落ち込んでいる様子。
ブリキ缶の、ブリキ缶に打ち込まれた6本の捻子が崇拝する歪虚が、楽しんでいた火事の炎はハンター達の手によって鎮められ、その地域の復興も進んでいる。
今はまだ、この捻子の歪虚が、ナナちゃん! と声を上げて止まない歪虚の噂は、ここに届いてこない。
かさかさ、からからと小さな工業区を流されていく。
魚料理を楽しんだ夫婦は、散策へ戻っていた。
夫が若い頃修行をした時計店があったらしい。
まだ続いているかは分からないが、折角の旅行だから入り組んだ道を歩く。
隅の方で何かが動いた様に見えたが気のせいか、野良猫だったのだろう。
この辺りだったかと足を止めた夫は残念そうに錆びて傾いた看板を指した。
罅の入ってくすんだ硝子の中は仄暗く、止まった時計が店内中、飾るように置かれている。
扉を閉ざす鎖さえ錆びたその様子に、妻は小さく溜息を吐く。
「……ちょっと遅かったわね」
「ああ」
「残念だけど、来れて良かったわ。ねえ、あの壁掛け時計素敵ね」
店を覗き込んでレジカウンターの奥に掛けられた時計を指し示した。
「ん、おれの、あれだ、ああ……」
「あなたが作ったの? ふふ、ずっと飾っていてくれたのかしらね……本当に、来て良かったわぁ」
あなたの若い頃の作品が見れたから。
夫は帽子を深く被る。その口角が僅かに上向く。
隣は昔と変わらず鍛冶屋だった。
店先に訓練用の安価な剣が並んでいる。
店の奥に包丁も見える。少し寄って行きたいと妻が足を止める。若い頃は扱えたと懐かしそうに、夫は剣を1つ手にとって目を細めた。
●
大きな音が響く。妻が慌てて店を出ると、腕を抑えて蹲る夫の周りに剣が散らかっている。
どうしたの、不安げに尋ねた妻が、倒れた棚を引き起こし、追って出てきた店員と剣を片付け始める。
店の剣で切った様子は無く、妻は夫に手を差し伸べながら、攣ったのかと尋ねてくる。
「もう、いい年なんだから」
柔和に微笑む互いの顔に深い皺。
「いや……」
攣ってないが、急に痛めた。立ち上がった夫は握っていた剣を置こうとする。
刹那。
逃げろ。叫ぶ夫の声。
左手が突き飛ばそうとして間に合わず、代わりにその手は右手を押さえた。
それは今、痛めたと言って押さえていた辺り。
剣の切っ先は妻に向いて、夫の右腕だけが妻を切ろうと振り回される。
後退った手許に同じ剣。
悲鳴を上げて引っ込めたはずの右手は、何故か強い痛みを伴って強張る。
逃げようとする身体も動かずに、その手が柄を握るのを、どこか他人事の様に眺めた。
竦みきった身体を引き摺って、剣を得た右腕は夫を突こうと伸ばされた。
夫婦の異変を知った鍛冶屋の店員が慌てて道を走っていく。途次出会った2人のハンターを呼び止めて事情を話す。
椎木は現場へ、ルエルはオフィスへ駆った。
●
火が消えちゃって、ナナちゃんは寂しいだろうな。
そ、れ、に、折角旅行を楽しんでいるみたいだし、幸せそうだし。
よーし、殺し合わせて、盛り上げちゃえば、ナナちゃんも楽しめる、ヨネ!
『緊急、工業区、路地。一般人の救助、詳細は移動中に』
案内人を自称する受付嬢が細い道を真っ直ぐに、迷わずに走っていく。
その背に続きながらルエルが店員に聞いた状況を伝えた。
夫婦が剣で争っている。
様子がおかしく、右腕が操られている様に見えた。
駆けつけた現場、ハンター達に気付いた椎木の声が響く。
「皆さん、早く!」
夫婦の間に入り、片方をナイフで、片方を革の手甲で押さえている。
ナイフは剣と擦れて耳障りな音を立て遠目にも刃毀れが覗える。手甲も削られて後数分と保ちそうにない。
蒸気工場都市フマーレ、賑やかな工業区の片隅。
この小さな街並みを騒がせた事件も落ち付いた頃。
歪虚の被害に遭った工場もそれぞれ再開し、蒸気工場都市の名に相応しく、煙突の煙を棚引かせ、しゅう、しゅう、かん、かん、と鍛造や鋳造の甲高い音を響かせていた。
歪虚と対峙した2人のハンターも快復し、事後の調査と逃走した残党の捜索に勤しんでいる。
2人のハンター、椎木とルエルと擦れ違った中年の夫婦、華やかな装いでトランクを引いている所を見れば旅行客だろうか。
彼等をハンターだと聞くと、この町へ来るまでも世話になったと旅路の思い出を話し始めた。
お喋りな妻と、物静かな夫。
妻とハンター達のお喋りを眠そうに聞いていた夫が、おい、と短く声を掛ける。
その一言でどれだけ察したのだろう、話しを切り上げた妻は肉にしようか魚にしようかとランチの献立を考え始めた。
肉ならいい羊を食わせる店が有る。ルエルが呼び止めると妻が振り返って笑う。この人羊は好きじゃ無いのよ。
空腹のタイミングも、食べ物の好みも把握してるなんて、仲の良い夫婦だと見送った椎木が呟いた。
「――休憩にしましょうか。羊、嫌いじゃ無いですよ」
「――おう」
●
炎は落ちて。
表に『ナナちゃん』、裏に『殺しちゃって』。
黒地に蛍光色の派手な文字。可愛らしく星を散りばめる大きな団扇がかさりと風に流されてきた。
それを折って転がる空のブリキ缶。
風に流されるままに、かさかさ、からからと移ろっていく。
「ナナちゃんの火が、消えてしまった。ナ・ナ・ちゃ・ん! ナナちゃん! イェア!……はぁ。あーあ」
金属音の混じる不快な声。
「ナナちゃんのステージが-、折角の、炎が―、ナナちゃん! ナナちゃん!……ああ」
それは酷く落ち込んでいる様子。
ブリキ缶の、ブリキ缶に打ち込まれた6本の捻子が崇拝する歪虚が、楽しんでいた火事の炎はハンター達の手によって鎮められ、その地域の復興も進んでいる。
今はまだ、この捻子の歪虚が、ナナちゃん! と声を上げて止まない歪虚の噂は、ここに届いてこない。
かさかさ、からからと小さな工業区を流されていく。
魚料理を楽しんだ夫婦は、散策へ戻っていた。
夫が若い頃修行をした時計店があったらしい。
まだ続いているかは分からないが、折角の旅行だから入り組んだ道を歩く。
隅の方で何かが動いた様に見えたが気のせいか、野良猫だったのだろう。
この辺りだったかと足を止めた夫は残念そうに錆びて傾いた看板を指した。
罅の入ってくすんだ硝子の中は仄暗く、止まった時計が店内中、飾るように置かれている。
扉を閉ざす鎖さえ錆びたその様子に、妻は小さく溜息を吐く。
「……ちょっと遅かったわね」
「ああ」
「残念だけど、来れて良かったわ。ねえ、あの壁掛け時計素敵ね」
店を覗き込んでレジカウンターの奥に掛けられた時計を指し示した。
「ん、おれの、あれだ、ああ……」
「あなたが作ったの? ふふ、ずっと飾っていてくれたのかしらね……本当に、来て良かったわぁ」
あなたの若い頃の作品が見れたから。
夫は帽子を深く被る。その口角が僅かに上向く。
隣は昔と変わらず鍛冶屋だった。
店先に訓練用の安価な剣が並んでいる。
店の奥に包丁も見える。少し寄って行きたいと妻が足を止める。若い頃は扱えたと懐かしそうに、夫は剣を1つ手にとって目を細めた。
●
大きな音が響く。妻が慌てて店を出ると、腕を抑えて蹲る夫の周りに剣が散らかっている。
どうしたの、不安げに尋ねた妻が、倒れた棚を引き起こし、追って出てきた店員と剣を片付け始める。
店の剣で切った様子は無く、妻は夫に手を差し伸べながら、攣ったのかと尋ねてくる。
「もう、いい年なんだから」
柔和に微笑む互いの顔に深い皺。
「いや……」
攣ってないが、急に痛めた。立ち上がった夫は握っていた剣を置こうとする。
刹那。
逃げろ。叫ぶ夫の声。
左手が突き飛ばそうとして間に合わず、代わりにその手は右手を押さえた。
それは今、痛めたと言って押さえていた辺り。
剣の切っ先は妻に向いて、夫の右腕だけが妻を切ろうと振り回される。
後退った手許に同じ剣。
悲鳴を上げて引っ込めたはずの右手は、何故か強い痛みを伴って強張る。
逃げようとする身体も動かずに、その手が柄を握るのを、どこか他人事の様に眺めた。
竦みきった身体を引き摺って、剣を得た右腕は夫を突こうと伸ばされた。
夫婦の異変を知った鍛冶屋の店員が慌てて道を走っていく。途次出会った2人のハンターを呼び止めて事情を話す。
椎木は現場へ、ルエルはオフィスへ駆った。
●
火が消えちゃって、ナナちゃんは寂しいだろうな。
そ、れ、に、折角旅行を楽しんでいるみたいだし、幸せそうだし。
よーし、殺し合わせて、盛り上げちゃえば、ナナちゃんも楽しめる、ヨネ!
『緊急、工業区、路地。一般人の救助、詳細は移動中に』
案内人を自称する受付嬢が細い道を真っ直ぐに、迷わずに走っていく。
その背に続きながらルエルが店員に聞いた状況を伝えた。
夫婦が剣で争っている。
様子がおかしく、右腕が操られている様に見えた。
駆けつけた現場、ハンター達に気付いた椎木の声が響く。
「皆さん、早く!」
夫婦の間に入り、片方をナイフで、片方を革の手甲で押さえている。
ナイフは剣と擦れて耳障りな音を立て遠目にも刃毀れが覗える。手甲も削られて後数分と保ちそうにない。
リプレイ本文
●
狭い道を直進、背後から案内人の声が更に細い道を示す。
「夫婦喧嘩にしちゃ物騒、とか冗談言ってる場合じゃねえな!」
ジャック・エルギン(ka1522)の声にカリン(ka5456)が応じる。
「一般の人が巻き込まれてるなんて大変です!」
以前巻き込まれたのはハンターで、意識は保っていたがその右腕は歪虚に操られ他のハンター達を狙っていた。
錯乱し、その右腕を断とうとしていたところ、原因らしい糸を切って救出した。
「機械や部品ではないの、人は」
同じ場に参戦したアリア・セリウス(ka6424)が眉を顰める。
得物など握れぬほどの深傷を負わされていた血塗れの右腕、その意思や想いを踏みにじるように、駆けつけたハンター達に向かった切っ先を思い出す。
操られればその腕の力とは無関係に動き、繋がる糸を切ることで助け出せる。
ならば、万一の時の為に。そう言って東條 奏多(ka6425)が差し出したナイフを握って。
その先です。案内人の声が鋭く響いた。
直線の先、剣を向け合う夫婦と、間に入って押さえる椎木の姿。
すぐに足を止めたマリィア・バルデス(ka5848)はマテリアルを奮わせて視覚を研ぎ澄ます。
性懲りも無く、また現れたのか。
「……見付けた。ネジ歪虚!」
古い時計店の屋根の上。そんな場所に不自然に転がる空き缶と、黒い捻子に留められた紐の先に揺れる派手な団扇。
『ナナちゃん』
『殺しちゃって』
ひらり、ひらりと翻しながら、それは夫婦の様子を眺めているように見えた。
時計店に向かい足を止めるハンター達だが、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)とアリア、そしてジャックは駆けつける勢いを保って夫婦の傍へ走る。
ジャックの青い相貌はマテリアルの高揚を表すように鉄を灼いた赤に染まる。
鞭の射程に夫婦を捉え、彼等を操る糸を探ろうとその目を凝す。硬く編まれた丈夫な鞭が地面に這ってざらりと音を立てる。
白雪の如き幻影は2人の傍へと駆るアリアの後に揺れるとやがて淡く消えていく。縦長の瞳孔を開いて2人を見詰め、鞘を払って留まるとその儚い幻影は彼女の周囲に静かに漂った。
切っ先は2人を操る糸へ、そして夫の構えた剣の刀身へ向く。
しなやかに伸びるユーリの四肢、ほっそりと幼さを僅かに残す身体は、若く瑞々しい成熟したそれに変わっていく。瞬間、金の髪は白銀に煌めいて長く伸び、落雷の音をとどろかせて青白い雷の幻影を纏う。
幾何学模様をあしらうグローブを纏う手が妻の握った剣へ伸びる。
「大丈夫、もうすぐ助けてあげるから」
手を伸ばす。その刃を掴んだ瞬間に浮かび上がる幾何学模様がマテリアルの障壁となってユーリの手を庇う。
大丈夫、もう一度そう告げるように頷くと、椎木はその剣を押さえていたナイフを退いた。
妻が悲鳴を上げる。ユーリの手を振り解こうとする腕に身体が振り回されている。
「アナタも、アナタの大切な人も救う。それが私、それが私の夢と矜持」
夫の目が妻へ向く。アリアが咄嗟に声を掛け、糸を観察する。
2人の腕から伸びた先で不自然に湾曲し、屈折して隣の屋根へと向かっている。
常に動くその糸は、気を抜けば見失ってしまいそうにさえ見えた。
妻の剣を離した椎木が両手で夫の剣を押さえる。
「最愛の奥さんを想って?」
ユーリと椎木が剣を抑え込むと、アリアの刀が一閃し2本の糸に傷を付けた。
●
「さて、悪質なストーカー変質者にはさっさとご退場願おう」
東條がマテリアルを込めて投じた五芒星の得物、マテリアルを繋いだそれが屋根に落ちて屋根瓦を捉える。
自身の身体を引き合わせると、星を避けるように転がったブリキの缶は眼前。
しかし、上った屋根の様相に退く。長らく放置された建物の屋根は、それを支える梁や柱の脆さが、そこに乗った足に感じる。
安定と間合いを推し、佩いた黒い拵えの太刀を抜く。
敵がこちらへ向ける団扇を翻した。
「ナナちゃんナナちゃんとずいぶん熱心だな」
黄金に煌めく切っ先を切っ先を向け、煽るような声を掛ける。
缶はひび割れた屋根瓦に揺れ、からころと鳴った。
「一般人をいじめても盛り上がらないのですよ!」
カリンは杖を手に屋根の上の缶を見上げる。カリンに声を掛けられたルエルもその近くまで前進し彼の得物を構えている。
カリンの紫の瞳が、萌え立つ鮮やかな緑の色に変わっていく。
足元から芽吹いた樹木の幻影は、歯車のそれと合わさり、文字盤を針を、そして振り子を。
狙いを据えるように杖を向け、機動術の機構を持ったデバイスを介して放たれた光りが缶を狙う。
軽々と空へ放り出されたそれは団扇を振り上げて応戦の構えを見せる。
「風を防げないでしょうかっ!」
カリンは咄嗟にルエルを呼んだ。
その声に答えるように土の壁が設けられたが、屋根に下りた歪虚が振り下ろす団扇に放たれた風がその壁を叩くと崩れないまでも深い罅が入った。
夫婦の様子を覗うと、先に落ち着きを取り戻した妻はこちらを、時計店を不安そうに見詰めていた。
マリィアは大型の狙撃銃に伸ばす手を留める。それは、広いとは言い難い町中で扱うには大きすぎる。
手の中に収まる拳銃を取り出し腕を伸ばして銃口を缶の中央に据え、屋根に上った東條の動きを見る。
缶に打ち込まれた捻子の、夫婦の腕へと伸びたその糸を操っている様に見えるそれへと狙いを据えて構える手。
響かせた銃声に団扇が翻る。
その瞬間、東條の突き付けた切っ先が、不安定な足場に危うげながらも捻子を捉えていた。
「それで、ナナちゃんってのはどこの誰だ?」
躱そうとする動きを封じる銃声を更に一発。
「先に逝って79用の花道でも作ってなさい!」
装填の僅かな間も隙は無い。
逃げ場を無くすそれは、ねじ山に深い罅を入れた。
●
僅かに後方に戦う音を聞く。
仲間に傷を負った者はいないようだが、敵も大きな損傷に至っていない。
東條の突いた捻子の影響か、ユーリの視線の先、妻の腕に繋がる糸の損傷が、先程よりも深くなっている。
もうすぐ。
告げた言葉が真実味を持つ。
くだらない三文芝居は、もうすぐ終わる。
「……アリア、もう一度いきましょう」
息を合わせ、アリアはマテリアルを込めて刀を振るう。
妻を押さえるユーリのグローブには絶えず紋様が浮かび上がって、歪虚が彼女に攻撃させようし続けていることを表す。
雪明かりの涼しげな軌跡を煌めかせて薙ぐ一閃が確かに2本の糸を捉えた。
きゃあ、と短い悲鳴を上げてふらついた妻の身体はユーリが抱き留める。
それを狙った夫の剣は抗う身体を引き摺って進み、遮る椎木のナイフを折った。
剣の勢いに弾かれながら咄嗟に手甲と柄で無理に進路を逸らさせた刃を、アリアの剣が受け留める。
「もう一度言うわ」
大切な人のことを想っていて、それが助けるための力になるから。
強く突き付けてくる剣と鎬を重ね火花の散るほど激しく競り合わせながら、アリアの手が夫への攻撃に転じることは無い。
しかし、このままでは彼の糸を切る手立てが無い。椎木が立て直すか、妻を離脱させるユーリの戻りを待てるだろうかと振り返ると、ジャックが鞭を放って頷く。正確に糸を狙った一撃。
「あああ、ナナちゃんの! 折角、用意した、のに! ナ、ナ、ちゃ、ん!」
「っと、そうはさせねえぜ!」
こちらの動きに気付いた様に濁った声が捲し立てて、腕に繋がる糸が撓む。
それがアリアの剣を躱す前に、ジャックは鞭を高く弾いて引き上げる。
夫の腕が真っ直ぐに、身体を引き摺り進んでいく。それが彼の妻へと至る前に、アリアの刀が翻り、脆く解れていた糸を完全に断つ。
剣が地面に落ちた音は軽い。
とても今まで対峙していた重さは感じられない。引き摺られた勢いのまま倒れかかる身体を抱き留めて、アリアは彼を妻の傍へと運んでいった。
「空き缶の分際で人様を見下ろしやがって……!」
その動きを守るように鞭を撓らせ、ジャックは屋根を睨み上げた。
2人の救護に駆け寄るルエルに屋根を指すと、面白いことを考えると笑ってその近くに壁を立てた。
ナイフで壁に傷を付けて後は一息に飛び上がる。
見れば団扇はすぐ目の前だ。
壁の裏に2人を横たえ、ユーリとアリアも戦線に戻っていく。
椎木が夫婦の落とした剣を見る。
練習用の脆いそれだが、歪虚に操られた腕が扱えば、あれほどの力を得るものなのか、先日の一件を憂えて武装を軽くしたのが徒となったようだ。救援を待つ間に大分息も上がってしまった。
戦線に加われそうも無い。
●
夫婦の無事にアリアは安堵の息を吐く。切られた糸の先は漂いその端から黒い塵のようにどこへともなく消えていくが、それが仲間を襲う様子は無い。
作られていた壁は既に崩れているが、新しい壁で夫婦を守っているならば仕方ない。防御は心許ないが、屋根に転がる缶を道の上へ誘えないだろうか。
「こちらなのです!」
光りは缶を打ち上げて、再び屋根へ落とした。軽い音を立てて転がるが、屋根から落ちる気配は無い。
転がる動きが留まり、屋根を上る方向へ進む。
「逃がさないわ……どこだろうと撃ち抜く」
逃走の動きを察したマリィアがマテリアルを込めて放つ弾丸は直進するが、捻子が動けばそれを折って旋回。捻子の1つを狙ったように缶を大きく拉げさせた。昇り掛けていた屋根から再び転がされ、歪虚はぱたぱたと団扇でハンター達を扇いでいる。
「自分を犠牲にしてでも、その娘のために尽くすと、それだけ魅力的な娘なんだろう」
糸は殆ど塵に変わり、その糸を繋ぐ2つの捻子が軋むように震えている。
ナナちゃん、そう書かれた面を向けながら振りかぶって激しい風を起こす。屋根に留まって缶と対峙する東條は、広がる風に煽られる。風が身体を裂く前に刀身でいなし、その勢いを乗せながら斬り掛かる。
壁を昇り屋根に至るジャックに、東條がまだ保ちそうな場所を教える。
煉瓦色の瓦を撫でる様に鞭を這わせ、狙い澄まして跳ね上げた鞭の先は、彼等を狙った団扇の中央を叩いた。
「ナナ、ナナうるせえ。アイツにゃ良い思い出ねーんだ、よ!」
団扇を手放すまいとした缶が大きく煽られるが、鞭の傷に文字を掠れさせたそれを振り回すばかりで何も言わない。
傾いて振り回した団扇が起こした風が、ハンター達を逸れて飛んでいく。
歪虚を狙って放たれた弾丸、それを追う一条の光。
「長い付き合いになってしまったのでそろそろ消えてほしいのです」
全くだと言う様に東條の伸べる切っ先は缶を突き。
「教えてあげる。救いたいという思いは、幸せへの憧れは、そんな嫉妬や執着とは違うって」
合流するアリアとユーリもそれぞれ得物の柄を握り直して屋根の上を目指そうと見上げた。
その瞬間、拉げた缶から2つの捻子が零れ落ちた。
――……ドクン……。――
ハンター達を襲う底冷えのする重苦しいほど不穏な気配。
黒い捻子の砕けた瞬間、吹き抜けた突風に髪が、服が煽られる。
僅か目を眇めた瞬間に、それは塵なって吹き流された様に思えたが。屋根の上、偶然にも歪虚の近くにいたジャックと東條には、その黒い塵が風に逆らって流れていき、途中でふっと向きを変える様が見えた。
屋根に弾んだ缶は店の裏側へと転がり落ちる。
ジャックと東條が真っ直ぐそれを追い、アリアとユーリも鍛冶屋との間を走り抜けて時計店の裏へ回る。
マリィアが目を凝らしてその行く先を探り、その視界から消える前にと走った。
カリンは仲間の行く先を気に掛けながらも、一旦夫婦の傍へ。彼等を守れる構えを取って下がった。
時計店の裏口近く、合流したハンター達は痕跡を追って走る。暫く行くと、手放されたのか傷の付いた団扇を見付けた。
ナナちゃん、辛うじてそう読み取れる文字を見下ろし、結局、ここには来なかったと東條が呟いた。
やがて、団扇は端から燃え上がるように黒い煤に変わり、風に溶ける様にどこへともなく消えていった。
からん、と何かが転がった音。見れば拉げたブリキの空き缶。煤けて淀んだ気配を纏ったそれには、既に1つの捻子も打たれていない。
逃したかと悔しがるハンター達を追って案内人がそっと顔を覗かせた。
彼等が助けた夫婦が礼を言いたいと言っているらしい。
●
一様に沈んだ面持ちで戻るハンター達だが、マリィアは努めて明るい表情を装い、塀に凭れるように座っている夫婦の傍に屈む。2人の出で立ちから、旅行者だろうと話し掛ける。
それぞれの右腕を見るが妻の腕に傷は無く、夫の腕に貼られた絆創膏も僅かに滲んだ血が既に乾いている様子だ。
旅の目的の1つだという時計店を眺めながら話す言葉を聞き、災難でしたねと慰める声を掛ける。
腕に怠さを感じると妻が言う。無理に動かされていたためだろうが傷は無く、歪虚の痕跡も残っていない。荷物は左手で持つように、違和感が続くならオフィスに声を掛けるように。
マリィアの気遣いに礼を言って、ルエルは2人に使ったガーゼの類いを片付けながら答える。
夫婦の傷の違い、先日の椎木の傷を思い出してユーリに柔和な目が向けられた。
糸は抜こうと躍起になるよりすっぱりと切った方が良かっただろう。返しでも付いていたのかねとぼやきながら。
「嬢ちゃん、ナイスだ」
皺を寄せて片目を瞑る。切り終えるまで抱えていたのが功を奏した。下手なウィンクでルエルが言った。
「ありがとうございました! でも、使わなくって、すっごくほっとしました」
案内人が東條にナイフを返す。
離れてハンター達を見守っていた案内人がその光景を思い出しながらゆっくりと話し始めた。
全部の捻子に目と頭が付いているような動きだった。
一方向の視覚があるような言動を取ってはいるが、夫婦を操る間も団扇の攻撃は止まなかった。
同時に多数の攻撃を行っているというよりも、それぞれの捻子が個別に行動しているといった方が考えやすい。
そして、夫婦を操る糸が切られた辺りから、それは言葉を発さなくなった。
「――黒い捻子の歪虚の例は椎木さん以前にもあります。ですが、それは単体で出没し、大量の金属を操っていました。集まった事によって何等かの変化をした……妙な嗜好を得たり、人を操るようになったり……あるいは、全く別の物、別の要因かも知れませんけれど。……逃走は許してしまいましたが、現在の残りの捻子は4つ。この捜索と撃破に注力しましょう!」
喋らなくなったのは糸が切れ、集合体の力が弱まったためではないだろうか。
後方から全体の観察情報を、ハンター達はそれぞれの手応えに鑑みて頷く。
単体で脅威となるなら、散ってしまった残りの捻子の行方がひどく気に掛かった。
狭い道を直進、背後から案内人の声が更に細い道を示す。
「夫婦喧嘩にしちゃ物騒、とか冗談言ってる場合じゃねえな!」
ジャック・エルギン(ka1522)の声にカリン(ka5456)が応じる。
「一般の人が巻き込まれてるなんて大変です!」
以前巻き込まれたのはハンターで、意識は保っていたがその右腕は歪虚に操られ他のハンター達を狙っていた。
錯乱し、その右腕を断とうとしていたところ、原因らしい糸を切って救出した。
「機械や部品ではないの、人は」
同じ場に参戦したアリア・セリウス(ka6424)が眉を顰める。
得物など握れぬほどの深傷を負わされていた血塗れの右腕、その意思や想いを踏みにじるように、駆けつけたハンター達に向かった切っ先を思い出す。
操られればその腕の力とは無関係に動き、繋がる糸を切ることで助け出せる。
ならば、万一の時の為に。そう言って東條 奏多(ka6425)が差し出したナイフを握って。
その先です。案内人の声が鋭く響いた。
直線の先、剣を向け合う夫婦と、間に入って押さえる椎木の姿。
すぐに足を止めたマリィア・バルデス(ka5848)はマテリアルを奮わせて視覚を研ぎ澄ます。
性懲りも無く、また現れたのか。
「……見付けた。ネジ歪虚!」
古い時計店の屋根の上。そんな場所に不自然に転がる空き缶と、黒い捻子に留められた紐の先に揺れる派手な団扇。
『ナナちゃん』
『殺しちゃって』
ひらり、ひらりと翻しながら、それは夫婦の様子を眺めているように見えた。
時計店に向かい足を止めるハンター達だが、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)とアリア、そしてジャックは駆けつける勢いを保って夫婦の傍へ走る。
ジャックの青い相貌はマテリアルの高揚を表すように鉄を灼いた赤に染まる。
鞭の射程に夫婦を捉え、彼等を操る糸を探ろうとその目を凝す。硬く編まれた丈夫な鞭が地面に這ってざらりと音を立てる。
白雪の如き幻影は2人の傍へと駆るアリアの後に揺れるとやがて淡く消えていく。縦長の瞳孔を開いて2人を見詰め、鞘を払って留まるとその儚い幻影は彼女の周囲に静かに漂った。
切っ先は2人を操る糸へ、そして夫の構えた剣の刀身へ向く。
しなやかに伸びるユーリの四肢、ほっそりと幼さを僅かに残す身体は、若く瑞々しい成熟したそれに変わっていく。瞬間、金の髪は白銀に煌めいて長く伸び、落雷の音をとどろかせて青白い雷の幻影を纏う。
幾何学模様をあしらうグローブを纏う手が妻の握った剣へ伸びる。
「大丈夫、もうすぐ助けてあげるから」
手を伸ばす。その刃を掴んだ瞬間に浮かび上がる幾何学模様がマテリアルの障壁となってユーリの手を庇う。
大丈夫、もう一度そう告げるように頷くと、椎木はその剣を押さえていたナイフを退いた。
妻が悲鳴を上げる。ユーリの手を振り解こうとする腕に身体が振り回されている。
「アナタも、アナタの大切な人も救う。それが私、それが私の夢と矜持」
夫の目が妻へ向く。アリアが咄嗟に声を掛け、糸を観察する。
2人の腕から伸びた先で不自然に湾曲し、屈折して隣の屋根へと向かっている。
常に動くその糸は、気を抜けば見失ってしまいそうにさえ見えた。
妻の剣を離した椎木が両手で夫の剣を押さえる。
「最愛の奥さんを想って?」
ユーリと椎木が剣を抑え込むと、アリアの刀が一閃し2本の糸に傷を付けた。
●
「さて、悪質なストーカー変質者にはさっさとご退場願おう」
東條がマテリアルを込めて投じた五芒星の得物、マテリアルを繋いだそれが屋根に落ちて屋根瓦を捉える。
自身の身体を引き合わせると、星を避けるように転がったブリキの缶は眼前。
しかし、上った屋根の様相に退く。長らく放置された建物の屋根は、それを支える梁や柱の脆さが、そこに乗った足に感じる。
安定と間合いを推し、佩いた黒い拵えの太刀を抜く。
敵がこちらへ向ける団扇を翻した。
「ナナちゃんナナちゃんとずいぶん熱心だな」
黄金に煌めく切っ先を切っ先を向け、煽るような声を掛ける。
缶はひび割れた屋根瓦に揺れ、からころと鳴った。
「一般人をいじめても盛り上がらないのですよ!」
カリンは杖を手に屋根の上の缶を見上げる。カリンに声を掛けられたルエルもその近くまで前進し彼の得物を構えている。
カリンの紫の瞳が、萌え立つ鮮やかな緑の色に変わっていく。
足元から芽吹いた樹木の幻影は、歯車のそれと合わさり、文字盤を針を、そして振り子を。
狙いを据えるように杖を向け、機動術の機構を持ったデバイスを介して放たれた光りが缶を狙う。
軽々と空へ放り出されたそれは団扇を振り上げて応戦の構えを見せる。
「風を防げないでしょうかっ!」
カリンは咄嗟にルエルを呼んだ。
その声に答えるように土の壁が設けられたが、屋根に下りた歪虚が振り下ろす団扇に放たれた風がその壁を叩くと崩れないまでも深い罅が入った。
夫婦の様子を覗うと、先に落ち着きを取り戻した妻はこちらを、時計店を不安そうに見詰めていた。
マリィアは大型の狙撃銃に伸ばす手を留める。それは、広いとは言い難い町中で扱うには大きすぎる。
手の中に収まる拳銃を取り出し腕を伸ばして銃口を缶の中央に据え、屋根に上った東條の動きを見る。
缶に打ち込まれた捻子の、夫婦の腕へと伸びたその糸を操っている様に見えるそれへと狙いを据えて構える手。
響かせた銃声に団扇が翻る。
その瞬間、東條の突き付けた切っ先が、不安定な足場に危うげながらも捻子を捉えていた。
「それで、ナナちゃんってのはどこの誰だ?」
躱そうとする動きを封じる銃声を更に一発。
「先に逝って79用の花道でも作ってなさい!」
装填の僅かな間も隙は無い。
逃げ場を無くすそれは、ねじ山に深い罅を入れた。
●
僅かに後方に戦う音を聞く。
仲間に傷を負った者はいないようだが、敵も大きな損傷に至っていない。
東條の突いた捻子の影響か、ユーリの視線の先、妻の腕に繋がる糸の損傷が、先程よりも深くなっている。
もうすぐ。
告げた言葉が真実味を持つ。
くだらない三文芝居は、もうすぐ終わる。
「……アリア、もう一度いきましょう」
息を合わせ、アリアはマテリアルを込めて刀を振るう。
妻を押さえるユーリのグローブには絶えず紋様が浮かび上がって、歪虚が彼女に攻撃させようし続けていることを表す。
雪明かりの涼しげな軌跡を煌めかせて薙ぐ一閃が確かに2本の糸を捉えた。
きゃあ、と短い悲鳴を上げてふらついた妻の身体はユーリが抱き留める。
それを狙った夫の剣は抗う身体を引き摺って進み、遮る椎木のナイフを折った。
剣の勢いに弾かれながら咄嗟に手甲と柄で無理に進路を逸らさせた刃を、アリアの剣が受け留める。
「もう一度言うわ」
大切な人のことを想っていて、それが助けるための力になるから。
強く突き付けてくる剣と鎬を重ね火花の散るほど激しく競り合わせながら、アリアの手が夫への攻撃に転じることは無い。
しかし、このままでは彼の糸を切る手立てが無い。椎木が立て直すか、妻を離脱させるユーリの戻りを待てるだろうかと振り返ると、ジャックが鞭を放って頷く。正確に糸を狙った一撃。
「あああ、ナナちゃんの! 折角、用意した、のに! ナ、ナ、ちゃ、ん!」
「っと、そうはさせねえぜ!」
こちらの動きに気付いた様に濁った声が捲し立てて、腕に繋がる糸が撓む。
それがアリアの剣を躱す前に、ジャックは鞭を高く弾いて引き上げる。
夫の腕が真っ直ぐに、身体を引き摺り進んでいく。それが彼の妻へと至る前に、アリアの刀が翻り、脆く解れていた糸を完全に断つ。
剣が地面に落ちた音は軽い。
とても今まで対峙していた重さは感じられない。引き摺られた勢いのまま倒れかかる身体を抱き留めて、アリアは彼を妻の傍へと運んでいった。
「空き缶の分際で人様を見下ろしやがって……!」
その動きを守るように鞭を撓らせ、ジャックは屋根を睨み上げた。
2人の救護に駆け寄るルエルに屋根を指すと、面白いことを考えると笑ってその近くに壁を立てた。
ナイフで壁に傷を付けて後は一息に飛び上がる。
見れば団扇はすぐ目の前だ。
壁の裏に2人を横たえ、ユーリとアリアも戦線に戻っていく。
椎木が夫婦の落とした剣を見る。
練習用の脆いそれだが、歪虚に操られた腕が扱えば、あれほどの力を得るものなのか、先日の一件を憂えて武装を軽くしたのが徒となったようだ。救援を待つ間に大分息も上がってしまった。
戦線に加われそうも無い。
●
夫婦の無事にアリアは安堵の息を吐く。切られた糸の先は漂いその端から黒い塵のようにどこへともなく消えていくが、それが仲間を襲う様子は無い。
作られていた壁は既に崩れているが、新しい壁で夫婦を守っているならば仕方ない。防御は心許ないが、屋根に転がる缶を道の上へ誘えないだろうか。
「こちらなのです!」
光りは缶を打ち上げて、再び屋根へ落とした。軽い音を立てて転がるが、屋根から落ちる気配は無い。
転がる動きが留まり、屋根を上る方向へ進む。
「逃がさないわ……どこだろうと撃ち抜く」
逃走の動きを察したマリィアがマテリアルを込めて放つ弾丸は直進するが、捻子が動けばそれを折って旋回。捻子の1つを狙ったように缶を大きく拉げさせた。昇り掛けていた屋根から再び転がされ、歪虚はぱたぱたと団扇でハンター達を扇いでいる。
「自分を犠牲にしてでも、その娘のために尽くすと、それだけ魅力的な娘なんだろう」
糸は殆ど塵に変わり、その糸を繋ぐ2つの捻子が軋むように震えている。
ナナちゃん、そう書かれた面を向けながら振りかぶって激しい風を起こす。屋根に留まって缶と対峙する東條は、広がる風に煽られる。風が身体を裂く前に刀身でいなし、その勢いを乗せながら斬り掛かる。
壁を昇り屋根に至るジャックに、東條がまだ保ちそうな場所を教える。
煉瓦色の瓦を撫でる様に鞭を這わせ、狙い澄まして跳ね上げた鞭の先は、彼等を狙った団扇の中央を叩いた。
「ナナ、ナナうるせえ。アイツにゃ良い思い出ねーんだ、よ!」
団扇を手放すまいとした缶が大きく煽られるが、鞭の傷に文字を掠れさせたそれを振り回すばかりで何も言わない。
傾いて振り回した団扇が起こした風が、ハンター達を逸れて飛んでいく。
歪虚を狙って放たれた弾丸、それを追う一条の光。
「長い付き合いになってしまったのでそろそろ消えてほしいのです」
全くだと言う様に東條の伸べる切っ先は缶を突き。
「教えてあげる。救いたいという思いは、幸せへの憧れは、そんな嫉妬や執着とは違うって」
合流するアリアとユーリもそれぞれ得物の柄を握り直して屋根の上を目指そうと見上げた。
その瞬間、拉げた缶から2つの捻子が零れ落ちた。
――……ドクン……。――
ハンター達を襲う底冷えのする重苦しいほど不穏な気配。
黒い捻子の砕けた瞬間、吹き抜けた突風に髪が、服が煽られる。
僅か目を眇めた瞬間に、それは塵なって吹き流された様に思えたが。屋根の上、偶然にも歪虚の近くにいたジャックと東條には、その黒い塵が風に逆らって流れていき、途中でふっと向きを変える様が見えた。
屋根に弾んだ缶は店の裏側へと転がり落ちる。
ジャックと東條が真っ直ぐそれを追い、アリアとユーリも鍛冶屋との間を走り抜けて時計店の裏へ回る。
マリィアが目を凝らしてその行く先を探り、その視界から消える前にと走った。
カリンは仲間の行く先を気に掛けながらも、一旦夫婦の傍へ。彼等を守れる構えを取って下がった。
時計店の裏口近く、合流したハンター達は痕跡を追って走る。暫く行くと、手放されたのか傷の付いた団扇を見付けた。
ナナちゃん、辛うじてそう読み取れる文字を見下ろし、結局、ここには来なかったと東條が呟いた。
やがて、団扇は端から燃え上がるように黒い煤に変わり、風に溶ける様にどこへともなく消えていった。
からん、と何かが転がった音。見れば拉げたブリキの空き缶。煤けて淀んだ気配を纏ったそれには、既に1つの捻子も打たれていない。
逃したかと悔しがるハンター達を追って案内人がそっと顔を覗かせた。
彼等が助けた夫婦が礼を言いたいと言っているらしい。
●
一様に沈んだ面持ちで戻るハンター達だが、マリィアは努めて明るい表情を装い、塀に凭れるように座っている夫婦の傍に屈む。2人の出で立ちから、旅行者だろうと話し掛ける。
それぞれの右腕を見るが妻の腕に傷は無く、夫の腕に貼られた絆創膏も僅かに滲んだ血が既に乾いている様子だ。
旅の目的の1つだという時計店を眺めながら話す言葉を聞き、災難でしたねと慰める声を掛ける。
腕に怠さを感じると妻が言う。無理に動かされていたためだろうが傷は無く、歪虚の痕跡も残っていない。荷物は左手で持つように、違和感が続くならオフィスに声を掛けるように。
マリィアの気遣いに礼を言って、ルエルは2人に使ったガーゼの類いを片付けながら答える。
夫婦の傷の違い、先日の椎木の傷を思い出してユーリに柔和な目が向けられた。
糸は抜こうと躍起になるよりすっぱりと切った方が良かっただろう。返しでも付いていたのかねとぼやきながら。
「嬢ちゃん、ナイスだ」
皺を寄せて片目を瞑る。切り終えるまで抱えていたのが功を奏した。下手なウィンクでルエルが言った。
「ありがとうございました! でも、使わなくって、すっごくほっとしました」
案内人が東條にナイフを返す。
離れてハンター達を見守っていた案内人がその光景を思い出しながらゆっくりと話し始めた。
全部の捻子に目と頭が付いているような動きだった。
一方向の視覚があるような言動を取ってはいるが、夫婦を操る間も団扇の攻撃は止まなかった。
同時に多数の攻撃を行っているというよりも、それぞれの捻子が個別に行動しているといった方が考えやすい。
そして、夫婦を操る糸が切られた辺りから、それは言葉を発さなくなった。
「――黒い捻子の歪虚の例は椎木さん以前にもあります。ですが、それは単体で出没し、大量の金属を操っていました。集まった事によって何等かの変化をした……妙な嗜好を得たり、人を操るようになったり……あるいは、全く別の物、別の要因かも知れませんけれど。……逃走は許してしまいましたが、現在の残りの捻子は4つ。この捜索と撃破に注力しましょう!」
喋らなくなったのは糸が切れ、集合体の力が弱まったためではないだろうか。
後方から全体の観察情報を、ハンター達はそれぞれの手応えに鑑みて頷く。
単体で脅威となるなら、散ってしまった残りの捻子の行方がひどく気に掛かった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 7人 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/07/18 20:13:19 |
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相談卓 東條 奏多(ka6425) 人間(リアルブルー)|18才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/07/22 10:05:18 |