それでも尚、世界は巡る

マスター:DoLLer

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/11/12 07:30
完成日
2014/11/20 03:43

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 少年はその日暮らしの毎日を過ごし、食べるだけの日銭を稼いでは友達と騒いで過ごしていた。それもどこかくだらない。と思いつつも他にやることがなくくて、惰性で過ごしていた日々だった。
 どこかの誰かが言っていた。そんな世界が一瞬で変わることもあるのだよ。と。
 そんな虫のいい話があるものか、あるなら教えてくれよ。などと思ったものだが。
 初めて。そう、生まれて初めて。少年は笛の音色に胸をうたれた。
 何の曲かなど無学の少年には知る由もなかった。どこかで聞いたようなメロディだが、全く聞いたこともないような。それでいて音色の一つ一つに胸の中に涼風が吹くようだった。長い長い一つの音は聞いているだけで頭の中に何かしらの思い出がよみがえる。短い音が連なると、揺り動かされている気分になった。楽しかった家族との思い出が目蓋の裏側でチラチラと揺れるのはしばらく流したこともない涙が溢れてくるからだろうか。
 少年は音色の主を探した。人だかりの向こうだ。少年はその人垣を押し分けて前へ前へと進み、そして出逢った。
 それはエルフの女性だった。見た目からしても少年よりは年上のようだった。長い髪の向こうで瞳を閉じて横笛を吹く。流しの楽師とは違うようだった。衣装は地味な旅装束だし、金を集めるような箱も置いていない。
 笛の音が止まり、瞳がすぅ、と開いた。そして一瞬だけ少年の瞳とぶつかった。物静かながら、どこか悲しそうな吸い込まれるような翠の瞳に見つめられると一瞬でも、背筋に電撃が走る。
「ご清聴、ありがとう」
 エルフの女性は静かに一礼をすると、拍手喝さいの中をまるで何も聞こえていないかのように笛をしまって、人垣を抜けていく。
 少年は生息が漏れた。

 人は変わる。少年はそれを実感していた。
 次の日からもうその日暮らしなどはしなくなった。時間をもてあそぶ友人ともどことなく距離を置くようになった。心の中にいつも彼女の笛の音が響くのだ。あのメロディを思い出すと、茫漠とした時間を過ごすことに罪悪感を覚えるようになった。そして目を閉じては思い返す女性の澄んだ顔。思い返すだけで心臓が高鳴り、胸が苦しくなった。
 一時の迷いかとも思った。だが、次の日は夢に出てきたし、その次の日は気が付けば仕事仲間に彼女の話を漏らしていた。その次も、また次の日も。
 吟遊詩人が人を誘い、水底へと沈めるローレライという怪物かと真剣に悩むほどだった。
 とうとう少年はいてもたってもいられず、酒場へと足を運んで彼女に思い切って声をかけた。
「あの……」
「何かしら?」
 言葉を出せただけでも自分がエライと思ったほどだった。だが、彼女が振り返り、たおやかな仕草で少年に相対すると、少年はもう喉が枯れて、言葉一つまともに出せなくなってしまった。それからしばらく。少年は振り絞るようにして声を出した。
「素敵な……曲ですね。あの、オレ、すっごく感動しました……もう世界、ひっくりかえるくらいで。それであの……もう毎日忘れられなくって、曲も、だし、あなたのことも……」
 しどろもどろながらも、少年は何とか声を絞り出した。
 だが、言葉が進むにつれ、女性の顔は少し陰りを見せた。特に彼女への好意を伝えようとした辺りからだ。
「ありがとう、そう感じてくれる人がいてくれて、とても嬉しいわ。でも私は……ごめんなさい。あなたの気持ちにこれ以上は応えられないわ」
「え……」
「兄ちゃん、止めときな。人を困らせるものじゃない」
 店のマスターは何やら困ったような顔をして、割って入って来た。その間を見計らうかのように彼女はするりとその場から立ち去って行った。その一つ一つが彼女には相応しい人間ではない、と言われているような気がして、少年は泣きそうになりつつマスターにその理由を聞こうと食い下がったが、マスターは無下に断る。
 どうしてだろう?
 何がいけないのか。生まれなのか? それとも俺がだらしない人間だから?
 少年は泣きたくなった。今から変われというなら、奴隷にだって、聖導士にだってなる。どんな苦痛にだって耐える。この顔がいかぬというならナイフで削ってやってもいい。人は変われるということを彼女の音色は教えてくれたのだ。
 それを見かねたのか唇を血がにじむほどに噛んでいた少年に、一人の酔っ払いが声をかけてきた。
「あんなぁ、レイチェルってのはよ、先日大事な人を亡くしたんだよ。40年の連れ添いらしいぜ? おめぇよ、そんなのに勝てるつもりか? 死んだ人間に勝てるのはゾンビと戦うハンターくらいってもんでねぇ、ック」
「40年……」
 人は変われる。一秒もあれば十分に。
 彼女は……変われないのか? エルフだから? 何十年もの思いを抱えて生きているから?
「いや、それでもこの気持ちは変われない。ぶつけてみるまで、いいや、実を結ぶまで、変わらないっ!!」
 断固とした口調でいう少年に、酔っ払いは酒を煽りつつ、ふぅん? と呟き、まるで値踏みをするかのように、少年をじろじろと見まわした。
「へぇ、言うじゃねえか。んじゃよ。ヒントをやるぁ。その連れ添った男をよ、亡くした時な、レイチェルは後を追おうってしてたらしいぜ。それをハンターってのが止めてな。ああやって、立ち直らせてくれたんだってさ。もしやれるならよ。ハンターに聞いてみな」
「分かった」
 ハンターを雇うには目が飛び出るような金額を積まなければならない。
 だが、少年はそんな事にはへこたれなかった。毎日勤勉に働き、仕事の数も増やした。楽器や音楽など触れたこともなかったが、少しでも理解できるようになりたいと勉強も始めた。そしてレイチェルには目線を逸らされようとも、酒場には毎日通った。自分は変わったのだ。その自覚が彼を突き動かした。
 そしてひと月以上の時間が過ぎて、彼女が次の町に移動すると知った前の日、ようやく少年はハンターオフィスにその依頼を出していた。
「大変、自分勝手な依頼で申し訳ないですが……、レイチェルのことを教えてほしいんです。そしてこの気持ちをちゃんと伝えるように……お願いいたします」
 言葉遣いも少し変わった。仲間からは顔付きも変わったと言われた。
 40年という積もる思いも彼女にはあるだろう。だけど、後ろ向きにはいて欲しくない。この世界の美しさは過去以上のものがあるのだと、気付いてほしかった。そして伝えたかった。
「ええと……お名前は」
「グイン、です」
 その名はレイチェルが40年連れ添った彼と同じ名前だった。

リプレイ本文

●グインと
「先に言っとくがな……他人の過去に触れるってのはあまり良い趣味じゃないぜ?」
 出会って間もなく。リュー・グランフェスト(ka2419)はグインの胸倉を掴んでそう言った。闘狩人であるリューからしてみれば、グインの体つきは貧相だった。だが間近でその眼を見ると、力があり、リューの強張った目つきに決して怯える様子もない。
「知らなきゃ始まらないだろう。正面から手を出せる人じゃないのはすぐ分かった。だからこそ知りたいんだ」
 グインは負けてなかった。意志の固さはもしかすると自分たち以上なのかもしれない。峻烈な剣幕で睨みあう二人を仲裁したのはクラリッサ=W・ソルシエール(ka0659)だった。
「そう熱くならないで」
 打ち合わせの時の落ち着き払った魔女然たる声とは違う声色にリリア・ノヴィドール(ka3056)は少々目を瞬かせたが、そこをあえて聞こうとはせず、せめぎ合う二人の間を別ちた。
「グインさんの気持ちはよくわかるけど……今のままでは押しつけになってしまうのよ」
「だから、今のままにならないように聞きたいんだ!」
「ほら、そのお声。音楽の世界ではね、良い音、大きな音を出すことも大切ですけど、他の音と協和することがもっと大切なんです。人の関わり合いも同じなんですよ」
 コーネリア・デュラン(ka0504)の言葉に、ようやく自分がどれだけ鼻息が荒かったのかを自覚したグインはリューから少し離れると素直に頭を下げた。だが、リューを見つめる眼光はまだ弱ってなどいない。そんな様子を見ていたレイ・T・ベッドフォード(ka2398)は少しだけ。自分と重なる何かを感じ取っていた。レイとグインとでは容姿も性格もまるで違う。人生の大きなターニングポイントを迎えた者だけが見える世界。それを持つ眼が、似ているのだろうか。
「とりあえず、紅茶はいかがですか? 冬の足音も聞こえてきます。体が芯から温まりますよ」
 椅子を引いて案内するレイの優美な微笑みに、断るものは誰もいなかった。

「死んだ方のグインは、先達ってことで大グインって呼ぶな。死ぬ直前までレイチェルの傍に居続けた。片時も離れず、いつでも音楽でその時の情景や気持ちを歌にしてレイチェルを喜ばせていた。世界が美しいということを教え続けていたんだ。そんな蜜月が40年。人間には一生分の時間と言ってもいい時間だ。でもエルフのレイチェルにとっては半生にも満たない。だから大グインが他界した時、レイチェルは耐えられなくなって死のうとしたんだ。それが二か月前の話だ」
 以前のことを思い出しながら、リューが語り聞かせた。手にはリュートを持ち、あの時奏でた大グインの曲を思い出しつつ弾いている。
「寿命の差はどうしても埋められぬものだからの。よしんばお主がその恋情を成就しても50年後には、また同じ別れを経験してしまうじゃろう。同じ悲しみを経験しなければならないなんて……それも同じ名前の者に」
 クラリッサの言葉にレイは小さく頷きながら、グインの顔を見た。
 姉上が請けていた依頼から推測される大グインの人物像は確か今この瞬間を大切にする刹那主義ともとれるお方だったとか。
「確かに俺は人間だ。50年先は60過ぎ……もう死んでるかもしれない。どうしたって埋められないなら、残りの人生全部をレイチェルに尽くしたい。100年先でも200年先でも思い出の中で輝き続けられるようになりたい」
「陽光眩しくともいずれ地平に尽きる。しかして夜にもその温かさを感じ入る、じゃな。だが強烈な光は地を焼き尽くしてしまうぞ? 春の日差しのように温かく、優しくしてやらねばならぬ」
 クラリッサの言葉に、グインはこくこくと何度もうなずいた。具体的にどうするのかまるで思いついてはいないようだが、コーネリアの言葉と合わせて少なくとも先までのがむしゃらな自分を猛省して、自分に言い聞かせているようだった。
 リリアは、なるほど。と思った。大グインもきっと同じ結論に至ったのだろう。形あるものは有限だ。だからこそ形に想いを残さなかった。一瞬一瞬を大切にして、短命の人間がレイチェルの末期にまで寄り添うために、全力で生きてきたに違いない。
 多分、恐ろしいほどに酷似している。大グインとこの若きグインは。名前も、考え方も、運命も。ひょっとして容姿すらも。
「その気持ちはとても大切です。レイチェルさんはまだ失意の中にありますから、まだ好意を受け入れられないかもしれないですけど、それも受け入れてあげてくださいね」
 コーネリアの言葉に、グインは力強く頷いた。彼はまた一つ変わっていくようだった。そんな中に小さな迷いが生まれたのかぽつりとつぶやく。
「俺は変わることができて感謝しているけど……彼女は変化を受け入れてくれるのかな」
「エルフも人も変わらないものよ? まあちょっと寿命が長いから、目まぐるしい変化にはついていけないけど。自分の中にある山を越えるのには時間も労力もいるものなの。出会いも別れもちゃんと受け入れられる、なのね」
 今回は特にそのサイクルが早かったと思うのよ。と付け加えたリリアの言葉にグインはしっかりと彼女の状況を理解したようだった。レイはその様子を見届けて、自らの荷物からリュートを取り出すと、グインに手渡した。
「よろしければ、こちらを」
「せっかくだものな。俺がレイチェルに弾いた曲、お前に教えてやるよ。ってもあんまり人に教えるのは得意じゃないけど……」
「それなら任せてください。私もまだ勉強中の身ですけど、基本的な指使いなら教えられるかもしれません」
 戸惑うグインに皆にっこりとほほ笑んだ。できるだけの応援をしたいという気持ち。それはしっかりグインに伝わった。
 グインは深々と礼をすると、早速練習を始める。そんな様子を見て、クラリッサは目を細めた。
「本当にひたむきじゃのう……」
 互いの気持ちが互いを傷つけあいませんように。拙い音を聞きながら、クラリッサはこの音がいずれハーモニーを奏でることを願わずにはいられなかった。

●レイチェルと
「レイチェル、久しぶり~!!」
「皆さん。また会えるなんて」
 レイチェルの借りている部屋を開けるなり、抱き付いてきたリィフィ(ka2702)に少し驚いたようだったが、レイチェルはとても嬉しそうに抱きしめ返した後、部屋に訪れた面々の顔を見て破顔した。そして何もないけれど、と部屋に招き入れてくれた。
「お元気そうでなにより。少し痩せた?」
 アリス・ブラックキャット(ka2914)が微笑むと、レイチェルは苦笑して返した。その顔色には疲れのようなものが見えるものの以前のような陰に囚われている様子は見受けられなかった。だが、アリスはレイチェルの豊かな金髪に艶のない白髪が数本混じっているのを見落とさなかった。面影も以前と比べて少し年を感じさせた。やはり心の負担はそう簡単にはなくならないようだ。
「また会えると言っただろう? 世界は円環であり一切はその裏を巡る。別れても……」
「巡りの先でまた会える、ね」
 エアルドフリス(ka1856)の言葉をうまく取り上げてレイチェルは返した。
「要らぬ心配だったようだ。では茶でもいれてくるかな。アリス、また手伝ってくれるか」
「あのカモミールはね? お茶じゃなくて薬っていうのよ。貴方の言葉もだけど。今度は私が淹れるね」
 良く言えば刺激が強すぎる。平たく言えばクサい。としれっと言われてエアルドフリスはしばらく立ち尽くしてしまった。パイプから煙を吐くのも忘れてしまう。楽天家のアリスにそこまで深い意図があるわけではないのだが。
「わたくし初めましてですのね。今日はお話があってきましたの。実はレイチェル様に感銘を受けられた人がいらっゃいますの。グイン様とおっしゃいまして……」
 チョココ(ka2449)は礼儀正しく挨拶をすませると、さっと本題へと話を振った。その言葉にレイチェルはすべてを悟ったようだった。一瞬で顔が曇る。口を開けばきっとノーと言うだろう。だから、リィフィは思い切って彼女が答えを導く前に言葉を付け加える。
「レイチェルがグインの歌で知った美しい世界を、彼は今まさに見つけようとしてる。だから……世界を探すきっかけになってあげてほしいの。お願い、レイチェル」
「私には……」
「偉大なグインと同じように受け止めなくてもいいんだよ」
 ルシオ・セレステ(ka0673)の言葉に、レイチェルははっとした。ルシオは慈愛の瞳を向けるばかりであったが、レイチェルにとっては胸の内すら見透かす慧眼の持ち主かと思われたのかもしれない。
「わかって、いるんだね。ご自身がかつての偉大なグインと出会った時と同じ立場に立ったということに」
 レイチェルは静かに頷いた。
「本当に、見てて辛くなる……。彼の顔はグインそっくり。でも言葉は過去の私そのものよ。眼も、話し方も。正対した瞬間に解ったわ。私は……同じ経験をまたしろと言われているような気がして……」
「でもね、でもね。お話も聴いてもらえないって、若いグインさんがかわいそうだよ。リィフィがもしグインの立場だったら、やだなって……」
 リィフィの言葉にレイチェルは押し黙った。彼女の純粋な気持ちが眩しくて仕方ない彼女にエアルドフリスがそっと手を差し伸べた。
「偉大なるグインは君と出会って最初はどういう気持ちだったのだろうか。そして彼はどうした?」
「彼はね。私がかつて住んでいた森に来た時、家族であり師でもあった人を失い失望していたって。でも……彼は私に微笑みかけてくれた。『過去に囚われる私を純粋な愛で救ってくれた。今という瞬間が一番大切な時間だと教えてくれた』って……」
 言葉の末尾はもう涙でかすれていた。
 レイチェルは自覚していたようだった。この出会いがいかに数奇な巡りあわせであるかを。だからこそ、彼女は大きな悲しみを乗り越えたのに、グインと正対することができなかった。
 ルシオはレイチェルが膝の上で握り締める手にそっと自らの手を重ねて、彼女の気持ちが落ち着くのを待った。
 過去に囚われる。ルシオにとっても、少しばかり覚えのある経験だった。その記憶と照らし合わせるとなんてグインはなんて強い人なんだろう。と思う。そしてレイチェルはなんて幸せな人なんだろうとも。最愛の人を失い殻に閉じこもっていた自分とどこか似ていて、どこか対照的で。
「少し、一服しない?」
 静かな時間を気遣いながら、アリスがそっと紅茶を差し出した。横には事前に焼いてきたマドレーヌが添えられている。かぐわかしい紅茶の香りが部屋に広まると、悲しい雰囲気に包まれていた部屋の空気が少し変わった気がした。
「運命は巡る、かもしれないけれど。全てが同じわけじゃないわよ。その証拠に。前回の薬草茶じゃなくて、今日は薬草入りの紅茶、なのよ?」
 くす。とアリスは眼を細めて笑った。不思議そうにアリスの顔をみるレイチェルにルシオは囁くようにしていった。
「昨日と今日は違う。レイチェルに会いに来たメンバーも今は違っている。偉大なグインとレイチェルは違う。違ってていいんだよ。同じような出会いだったとしても、全く同じではないだから。君は君らしく生きればいいと思うよ」
 そうか。
 レイチェルの顔から憑き物が落ちたようだった。
「付き合う必要がないと思えばそれでいいと思いますの。でも、できれば先日尋ねてきたグイン様のお話を聞いてあげて欲しいですの」
 チョココの言葉に、レイチェルは零れかけた涙にハンカチをあてた。そして頷いた時には穏やかな顔になっていた。
「わかったわ。……でもその前に、このマドレーヌをいただいてからね?」


●二人と
 ハンターオフィスの会議室に一同は集まっていた。
「さあ、作戦会議は終わりました。後は実戦あるのみ、ですね」
「それ、なんか言葉違わない?」
 レイの言葉にリリアが眉をひそめて抗議した。至って真面目にいったレイは少しだけ狼狽した後、にこやかに笑って若いグインを送り出した。
「先日は、突然すみませんでした。はやってばかりいて……レイチェルさんの気持ちを考えていませんでした」
 グインは一歩前に出てそう言うと、深々と頭を下げた。その様子にレイチェルは困ったような、でも口元にはしっかりと笑みを浮かべていた。
「私の方こそ、ごめんなさいね。少し驚いちゃって……」
「世界が変わった、っていうのは本当なんです。毎日、酒場で貴女の音楽を聴く度にそう実感します。音楽は人をこんなに変えることができるんだって。それは他の楽士なら絶対にできない。レイチェルさんだらこそ、心を動かしたんだと思うんです。もう元の自分には戻れない。できればこの感動を人に伝えたいとまで思っています。まだそんな腕はないけれど……やりたいんだ」
 コーネリアは少し不安になった。彼の心の中は本当に伝えたいことがいっぱいすぎる。言葉がレイチェルを圧倒していないか心配になる。ハーモニーを忘れないで、と心の中で念じた。
「ありがとう。その言葉は楽士として最高の賛辞だわ。前にお会いした時もそう言ってくれたわね。本当に、嬉しい……でもね、私には愛する人がいる。その人の為に私は今を生きているの。それ以上の気持ちは受け入れられないのは、変わらないわ」
 レイチェルはゆっくりゆっくりとそう話した。子供に言い聞かせるように。自分の気持ちを確認するかのように。
「はい、もう一人のグインさんのこと聞きました。レイチェルさんが今、旅をしている理由も」
 その言葉に、レイチェルはちらりと不安を見せたが、グインは決して辛そうであったり、悲しそうではなかった。
「旅を続けてください。そしてもっと多くの人をその音楽で感動させてください。この世界が美しいことをみんなに伝えてください。その間にオレは音楽を一生懸命、練習します。この気持ちを音で伝えられるようになるまで!」
「エルフと人間では時間の流れは違うことを承知で?」
「人間は100年生きられなくても、音楽は何百年だって生き続けます。音楽が残れば、この想いだって生き続けられるよ。その歌がいつかレイチェルさんに届けばいいと思っている」
 グインはレイにもらったリュートを持って、そう笑った。迷いも悔やみもない。その笑顔に、あ、とリィフィは小さく驚いた。あの笑顔はお婆ちゃんが唄ってくれた時に見せた顔と同じだ。リィフィが聴いたあの歌の意味が少しわかった気がした。寂しく恐ろしい気持ちになった夜を慰めてくれたあの歌はずっと一緒にいるから、と言ってくれていたのだ。
「偉大なグインさんもずっとそのことをレイチェルさんに伝えたかったのかな。今を大切に生きるってだけで、色んな意味が込められていたのね。本当、不思議な人……」
 随喜して涙するレイチェルの声を聞きつつ、リリアは一人そう呟いた。

●そして
「丸く収まって良かったのう。それにしてもよう変わったな」
 レイチェルを送り出す日。すがすがしい顔つきのグインにクラリッサはそう言った。すれ違って互いが傷つき合うような危うい関係だった最初と比べると、本当に彼自身よく変わったとクラリッサは感嘆していた。
「クラリッサさんや、みんなのおかげです。……クラリッサさんは自分が変わった時、ってあったんですか?」
「え、妾? ……世を忍ぶ姿を演じておったことはあったがな。遠い昔じゃ」
 空に向けて遠い目をするクラリッサには何か思い至るところはあったようだが。グインはそれを聞こうとはせず、ああ、人にそんな瞬間ってやっぱりあるんですね。と締めてくれた。
「最後に一曲、彼の為に送ってくれないかな? よければ私たちの為にも」
 レイチェルの横では、ルシオがそう言うと。レイチェルは素直にそれに応じてくれた。暁の空にレイチェルの横笛の音が響く。
「あ、この歌……」
 コーネリアは嬉しくなった。この曲は暁を謳い、前途を賛歌する曲でもある。割と皆にもなじみのある曲だ。その曲を聞いて、リューはグインの脇腹をつついた。
「いいチャンスだな」
 グインは頷くと、リュートを小脇に抱え、奏で始めた。といってもまだ指使いもぎこちない。だが、彼はレイチェルの音を壊さず、ところどころに合いの手をいれるように重ね合わせた。
「ちょっと羨ましいな……」
 アリスはその様子を見て、ため息をついた。思い出されるのは……逃げられた好きだった人の背中。レイチェルとグインは向き合ってはいない。ちぐはぐな方向だがちゃんとつながっているように見える。
「どこか繋がっているんだな。人ってのは……」
 微妙な距離感。エアルドフリスはぼんやりとその隙間を見ていた。最初はあんなだったな。文字を真似しようとしたあの子との間も。
「つながって、そして巡って。そうやって世界はできているものなのね」
 時々、グインの様子を見に来る、とレイチェルは約束してくれた。リリアはそんな約束も本当は必要なかったんじゃないかと、この光景を見て思う。多分、深いところでつながっているのだ。それはレイチェルとグインだけではなく。きっとここにいる自分たちも。
 きっとまたどこかで会える。そんな気がしていた。
「ねぇレイチェル、すごいね。世界は、想いは、廻ってくんだね」
 リィフィの言葉にレイチェルは微笑んでくれた。

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MVP一覧

  • 杏とユニスの先生
    ルシオ・セレステka0673
  • SKMコンサルタント
    レイ・T・ベッドフォードka2398

重体一覧

参加者一覧

  • 戦場に咲く白い花
    コーネリア・デュラン(ka0504
    エルフ|16才|女性|疾影士
  • 風の紡ぎ手
    クラリッサ=W・ソルシエール(ka0659
    人間(蒼)|20才|女性|魔術師
  • 杏とユニスの先生
    ルシオ・セレステ(ka0673
    エルフ|21才|女性|聖導士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • SKMコンサルタント
    レイ・T・ベッドフォード(ka2398
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • 黒狼の戦神楽
    リィフィ(ka2702
    人間(蒼)|14才|女性|霊闘士
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    アリス・ブラックキャット(ka2914
    人間(紅)|25才|女性|霊闘士
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドール(ka3056
    エルフ|18才|女性|疾影士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/11/08 22:01:08
アイコン 相談卓
ルシオ・セレステ(ka0673
エルフ|21才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2014/11/12 02:36:36