ゲスト
(ka0000)
【繭国】機甲砲術士官候補生、育成
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/07/21 19:00
- 完成日
- 2017/07/29 09:52
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
砦の堀に引いた水路の脇から立ち昇る大量の水蒸気── 設営された8トンクラスの転炉から精錬された鋼が、加工されて次々と砦内の『工廠』へと運ばれていくその光景は、ほんの1年前のハルトフォートからは想像もできぬものであった。
現時点においては王都とこのハルトフォートの2箇所しか存在しない銑鋼一貫製鉄所。砦指令ラーズスヴァンが自らの伝手で招聘したドワーフの技術者たちが作り出したこの施設群は、王女殿下自らが主導する富国政策の一環である。
「ようやっとここまできたのう。ええ、坊主?」
その光景を砦のタワーハウス──皮肉なことに、製鉄所建設に予算を取られた為、砦の星形城塞への転換工事は遅々として進んでいない──から見下ろしながら、砦指令を務めるドワーフが傍らの眼鏡の『少年』(そうとしか見えない)に感慨深そうに声を掛けた。
「……だから、坊主はやめてください。この間21になったんですよ?」
苦虫を噛み潰したような表情で答えるその『少年』はジョアン・R・パラディール。尚武の家系の係累に生まれ、兄二人の様に騎士になるべくグラズヘイム王立学校に入学し、体格に恵まれなかったが故に挫折して……王国軍において主流とは言えぬロジスティクスを専門として卒業した優秀な官吏……となるはずだった人物である。実際には卒業と同時に、大砲制作に情熱を注ぐラーズスヴァンに引っこ抜かれていきなりのハルトフォート(=最前線)配備。特殊兵站幕僚とか言って大砲予算獲得の為の砲戦型ゴーレム開発に関する予算捻出作業の諸々を押し付けられた挙句、実験部隊のお飾り隊長として前線に送り出されたりもした。はっきり言って、このドワーフに関わって碌な事になってない。
「まあ、そう言うな。わしの小さな『工房』が『工廠』と呼べる程のものになったのもお前のお陰じゃよ。なんというか……ワシは大砲に関する事以外、数字というものが苦手だからのぅ」
「……僕は数字を──書類を整えただけです。実際に政治力を発揮したのは、ラーズスヴァン司令、貴方じゃないですか」
そう。趣味と公言して憚らない大砲作りの為に、この目の前のドワーフは『Volcanius』を作り、製鉄所と呼べる規模にまで鉄工所を広げ、工廠と呼べるまでの兵器制作設備を整えてしまったのだ。
ハルトフォートの工廠は地理的背景から特に軍事に特化したものとなっている。今も眼下の工廠では、Volcaniusに搭載する各種ゴーレム砲の他、歩兵用・騎兵用の各種の武具に、80ポンドから110ポンドクラスの要塞砲が次々と生産されており、更に大口径となる究極至高の『要塞主砲』──未だラーズスヴァンの頭の中で構想段階で眠っている──もいずれはこの工廠で製造されるのだろう。……技術と予算に目途がつけば。
「ガッハッハ! まあ、そう言うでない! お陰でVolcaniusというこの時代では類を見ない自走砲台が完成できたではないか!」
「……完全に棚ぼたでしたけどね」
「ともあれ、リアルブルーのCAM、帝国の魔導アーマーにも匹敵し得る(匹敵するとは言っていない)、王国随一の大型ユニットよ。いずれここや王都で生産された機体が王国軍の各部隊に配備されていくだろう。……じゃが、過去に類を見ない新兵科ということもあって、扱える人材はまだまだ少ない。例えば、ここで実験機や試験機に触れたような、習熟した操作手が」
ん? とジョアンが気づいた。
……なんだか話の流れが変わった気がする。司令がこの様な話の展開をする時は大抵碌な事にならない。
「というわけで、中央からこのハルトフォートへ、砲戦ゴーレムの扱いになれた人材を幾らか派遣するように要請が来ておる。王立学校の学生たちにVolcaniusの操作や運用方法を教授して欲しいとのことじゃ」
「……それで?」
「うむ。とは言え、ようやく砲戦ゴーレムの操作に慣熟して来たここの兵士を派遣するわけにはいかん。……砲戦ゴーレムの開発も終えて、お前、今、余裕あるじゃろう? ちょっくら王都まで出向いていって、学生たちの教官やってこい」
というわけで。ハルトフォート特殊兵站幕僚ジョアン・R・パラディールは、彼に巻き込まれた刻令術師エレン・ブラッドリーやハンターたちを連れて王都イルダーナの向かう馬車上の人となった。
(馬車に揺られて古巣に戻る、か…… 昨年の年明けにも、僕はこうしてこの道を揺られていた。そして、王立学校に入学する時も……)
これも凱旋と言えるのだろうか。騎士を志して挫折し、卒業と共にハルトフォートへ来た。そして、一事を成したものの、それは未だ軍の本流と呼べるようなものではなく……
(まぁ、馬車の乗り心地が良くなったことだけは確かかな)
彼らが乗るこのハルトフォート所属の馬車にもリアルブルーのさすぺんしょんなる技術が導入されていた。この様な些末なところにも、王女殿下の富国政策は次第に浸透しつつある。
その日の夜。投宿した宿の部屋でジョアンは今回の教官派遣に関する資料に目を通した。
今回、Volcaniusの操作手として学生たちに白羽の矢が立ったのは、砲戦ゴーレム自体がまっさらな新兵科である点が大きい。学生に一から教えるのも、既存の兵科の兵士を転科させるのもそう手間が変わらないとなれば、『まだ何物にも染まっていない、柔軟な思考を持つ若者たち』をそれに当てた方が良い、との発想だ。
学校へ訓練用に配備されたVolcaniusはその殆どがLv1~3。これは将来的に王国軍に配備されるであろうVolcaniusの多くがこのLvの機体になるとの判断からだ。ただし、王国騎士団、ハルトフォート砦に配備される機体にはLv5も多く含まれる予定で、いざ任官した時にそれらが扱えないと困る事から、Lv5以上の高Lv機体も少数、教習用として配備されているらしい。
ここで教育された人材の多くが、卒業後に、王国各地で新設されるVolcanius部隊の中核を担う士官として派遣される予定である。
ただ、実際に集められた人材──学生たちは、『柔軟な思考を持つ若者たち』と呼ぶには些か難があるようにジョアンには感じられた。というのも、資料に記された学生たちの転科前の所属が、当然のことながら他兵科ばかりであったからだ。……砲戦ゴーレムはこの王国に『あまりに急に』現実化『してしまった』兵科である。そのような得体の知れない新兵科に自ら志望して転科してきた者など殆どいないはずだ。富国が『王命』であることから、教官たちが半ば強制的に学生たちを転科させた、と言ったあたりが本当のところだろう。恐らく、数少ない大砲科は全員転科。数を揃える為に各兵科の『落ちこぼれ』が『寄せ集め』られた──そんなところか。
(まずは意識改革からか…… こいつは思った以上に厄介な任務になりそうですよ、司令……)
現時点においては王都とこのハルトフォートの2箇所しか存在しない銑鋼一貫製鉄所。砦指令ラーズスヴァンが自らの伝手で招聘したドワーフの技術者たちが作り出したこの施設群は、王女殿下自らが主導する富国政策の一環である。
「ようやっとここまできたのう。ええ、坊主?」
その光景を砦のタワーハウス──皮肉なことに、製鉄所建設に予算を取られた為、砦の星形城塞への転換工事は遅々として進んでいない──から見下ろしながら、砦指令を務めるドワーフが傍らの眼鏡の『少年』(そうとしか見えない)に感慨深そうに声を掛けた。
「……だから、坊主はやめてください。この間21になったんですよ?」
苦虫を噛み潰したような表情で答えるその『少年』はジョアン・R・パラディール。尚武の家系の係累に生まれ、兄二人の様に騎士になるべくグラズヘイム王立学校に入学し、体格に恵まれなかったが故に挫折して……王国軍において主流とは言えぬロジスティクスを専門として卒業した優秀な官吏……となるはずだった人物である。実際には卒業と同時に、大砲制作に情熱を注ぐラーズスヴァンに引っこ抜かれていきなりのハルトフォート(=最前線)配備。特殊兵站幕僚とか言って大砲予算獲得の為の砲戦型ゴーレム開発に関する予算捻出作業の諸々を押し付けられた挙句、実験部隊のお飾り隊長として前線に送り出されたりもした。はっきり言って、このドワーフに関わって碌な事になってない。
「まあ、そう言うな。わしの小さな『工房』が『工廠』と呼べる程のものになったのもお前のお陰じゃよ。なんというか……ワシは大砲に関する事以外、数字というものが苦手だからのぅ」
「……僕は数字を──書類を整えただけです。実際に政治力を発揮したのは、ラーズスヴァン司令、貴方じゃないですか」
そう。趣味と公言して憚らない大砲作りの為に、この目の前のドワーフは『Volcanius』を作り、製鉄所と呼べる規模にまで鉄工所を広げ、工廠と呼べるまでの兵器制作設備を整えてしまったのだ。
ハルトフォートの工廠は地理的背景から特に軍事に特化したものとなっている。今も眼下の工廠では、Volcaniusに搭載する各種ゴーレム砲の他、歩兵用・騎兵用の各種の武具に、80ポンドから110ポンドクラスの要塞砲が次々と生産されており、更に大口径となる究極至高の『要塞主砲』──未だラーズスヴァンの頭の中で構想段階で眠っている──もいずれはこの工廠で製造されるのだろう。……技術と予算に目途がつけば。
「ガッハッハ! まあ、そう言うでない! お陰でVolcaniusというこの時代では類を見ない自走砲台が完成できたではないか!」
「……完全に棚ぼたでしたけどね」
「ともあれ、リアルブルーのCAM、帝国の魔導アーマーにも匹敵し得る(匹敵するとは言っていない)、王国随一の大型ユニットよ。いずれここや王都で生産された機体が王国軍の各部隊に配備されていくだろう。……じゃが、過去に類を見ない新兵科ということもあって、扱える人材はまだまだ少ない。例えば、ここで実験機や試験機に触れたような、習熟した操作手が」
ん? とジョアンが気づいた。
……なんだか話の流れが変わった気がする。司令がこの様な話の展開をする時は大抵碌な事にならない。
「というわけで、中央からこのハルトフォートへ、砲戦ゴーレムの扱いになれた人材を幾らか派遣するように要請が来ておる。王立学校の学生たちにVolcaniusの操作や運用方法を教授して欲しいとのことじゃ」
「……それで?」
「うむ。とは言え、ようやく砲戦ゴーレムの操作に慣熟して来たここの兵士を派遣するわけにはいかん。……砲戦ゴーレムの開発も終えて、お前、今、余裕あるじゃろう? ちょっくら王都まで出向いていって、学生たちの教官やってこい」
というわけで。ハルトフォート特殊兵站幕僚ジョアン・R・パラディールは、彼に巻き込まれた刻令術師エレン・ブラッドリーやハンターたちを連れて王都イルダーナの向かう馬車上の人となった。
(馬車に揺られて古巣に戻る、か…… 昨年の年明けにも、僕はこうしてこの道を揺られていた。そして、王立学校に入学する時も……)
これも凱旋と言えるのだろうか。騎士を志して挫折し、卒業と共にハルトフォートへ来た。そして、一事を成したものの、それは未だ軍の本流と呼べるようなものではなく……
(まぁ、馬車の乗り心地が良くなったことだけは確かかな)
彼らが乗るこのハルトフォート所属の馬車にもリアルブルーのさすぺんしょんなる技術が導入されていた。この様な些末なところにも、王女殿下の富国政策は次第に浸透しつつある。
その日の夜。投宿した宿の部屋でジョアンは今回の教官派遣に関する資料に目を通した。
今回、Volcaniusの操作手として学生たちに白羽の矢が立ったのは、砲戦ゴーレム自体がまっさらな新兵科である点が大きい。学生に一から教えるのも、既存の兵科の兵士を転科させるのもそう手間が変わらないとなれば、『まだ何物にも染まっていない、柔軟な思考を持つ若者たち』をそれに当てた方が良い、との発想だ。
学校へ訓練用に配備されたVolcaniusはその殆どがLv1~3。これは将来的に王国軍に配備されるであろうVolcaniusの多くがこのLvの機体になるとの判断からだ。ただし、王国騎士団、ハルトフォート砦に配備される機体にはLv5も多く含まれる予定で、いざ任官した時にそれらが扱えないと困る事から、Lv5以上の高Lv機体も少数、教習用として配備されているらしい。
ここで教育された人材の多くが、卒業後に、王国各地で新設されるVolcanius部隊の中核を担う士官として派遣される予定である。
ただ、実際に集められた人材──学生たちは、『柔軟な思考を持つ若者たち』と呼ぶには些か難があるようにジョアンには感じられた。というのも、資料に記された学生たちの転科前の所属が、当然のことながら他兵科ばかりであったからだ。……砲戦ゴーレムはこの王国に『あまりに急に』現実化『してしまった』兵科である。そのような得体の知れない新兵科に自ら志望して転科してきた者など殆どいないはずだ。富国が『王命』であることから、教官たちが半ば強制的に学生たちを転科させた、と言ったあたりが本当のところだろう。恐らく、数少ない大砲科は全員転科。数を揃える為に各兵科の『落ちこぼれ』が『寄せ集め』られた──そんなところか。
(まずは意識改革からか…… こいつは思った以上に厄介な任務になりそうですよ、司令……)
リプレイ本文
グラズヘイム王国王都郊外。『Volcanius』用に急遽作られた射撃演習場──
偶に見かけるのは近所の農家の牛ばかりという、演習場とは名ばかりの広大な野っ原で。ミグ・ロマイヤー(ka0665)はメイム(ka2290)と共に、立ち並んだゴーレムを見上げつつ、感慨深く呟いた。
「……あの砲戦ゴーレムがここまでのものになるとはのう」
……これまでに幾度もVolcaniusの前身となる砲戦機の各種試験に携わってきた。言わばよちよち歩きの頃から見守って来たようなものだ。それが今、こうして結実した姿を指導教官という立場で見上げると……何と言うか、感慨と共に面映ゆさも覚える。
だが、集められた生徒たちはと言えば……
教官たちから『頼まれて』転科してきた不満たらたらの元騎士科。看板を挿げ替えられ、全員が強制移籍させられた大砲科。元歩兵科の士官候補生たちはなんとくじ引きでこちらに割り振られ……元魔法科や元機導科の生徒たちに至っては刻令術科と騙されて連れて来られた始末。
皆、この『機甲砲術科』という新兵科の理解に乏しく、帰属意識に乏しく、元兵科との余りの違いに戸惑い、自身の将来を悲観している──つまり、全くやる気がない。
「今日から皆さんの教育を担当します。エステル・ソル(ka3983)です。よろしくお願いします」
「私はコヒメ(紅媛=アルザード(ka6122))だ。まさか先生役をすることになるとは思わなかったけど、がんばる。よろしくな!」
自己紹介を始めたハンターたちを前にして、生徒たちは戸惑ったように視線を交わし合った。──教官と言っても、皆、自分たちよりも年下……って言うか、ローティーンの女の子にしか見えない。
「剣より槍! 槍より弓! 武器と戦争の歴史は狩猟の時代から常により遠くを攻撃できるよう進化してきました。今、その最先端にあるのが大砲であり、ゴーレムなのです!」
雲雀(ka6084)がテンション高く、身振り手振りと共にババンと背後のゴーレムを紹介する。
「皆さんはゴーレムについてどれだけ知っているでしょーか? ちなみに私はよくわかりません♪」
……本当に大丈夫なのか? 生徒たちがあからさまにザワつき始めた。
その空気に気付いたエステルが慌てて背を向け、隠れる様にあんちょこ(お母さま直伝の虎の巻)を捲り始める。
(えーっと……あ、ありました! ……虎の巻その1。まずは生徒に舐められないよう、ガツンと実力を示すこと……!)
エステルはこくりと頷くと、己の実力を示すべく空中に『ファイアーボール』を打ち上げようとした。が、彼女がそれを為すより早く空中で炸裂する爆裂火球── 偶然にも隣に立つエルバッハ・リオン(ka2434)が先にまったく同じ威圧行動を取ったのだ。
「……言い忘れていましたが、これから皆さんが扱うのは砲弾です。気を抜けばいつ『不幸な事故』が起きてもおかしくないのですよ?」
爆発に驚き思わず身を竦めた生徒たちへ、本気の殺気を纏いつつ淡々とエルが言う。
「と、言うわけで皆さん。改めまして、雲雀です♪」
何事もなかったかのように、雲雀がまるで動じず、笑顔でペコリと皆に挨拶をした。
「ゴーレムについてはわかりませんが、貴族のお家にメイドとして仕えた時にへいほーも教えてもらっていたのでお任せなのです!」
えっへんと胸を張って見せる雲雀。その傍らで、エステルは突然の被りにわたわたしながら、とりあえずやりかけの爆裂火球を「え~い!」と空へ打ち上げた。
●
授業はミグの提案を容れ、生徒全員で実施されることとなった。これは同じ釜の飯を食ったという連帯感を持ってもらう為の措置──ともかく生徒たちには自分たちが機甲砲術科の一員であるという自覚を持ってもらう。
最初の授業は座学。何を教育するにも、まずは砲戦ゴーレムという新兵科と、それが王国にもたらす劇的な戦術転換について理解してもらわなければ始まらない。
「これまでの王国の戦い方は騎士と歩兵を中心とした剣、槍、弓による白兵戦……そこに砲戦ゴーレムという『自走できる大砲』が加わることで戦場の様相は一変する……」
それを聞いて面白くなさそうな顔をする元騎士科の面々。元歩兵科や他の皆も、これまで自分たちが習った常識とは余りにかけ離れた世界に戸惑いの視線を交わす。
(まだ概論ですらないというのに……)
思いつつ、ミグは頭を振った。それを教えるのが自分の仕事。まずは小難しいことは言わず、本当にざっくりとした理論のみを用いて説明していく……
「砲兵と言っても身体が資本。走れなければ兵士とは言えないのです! さあ、雲雀についてくるのです! 雲雀を捕まえられるまで走り込みは終わりませんよー!」
二時間後、運動場──運動用の服に着替えた雲雀が、同様に着替えた生徒たちを前に、言うなり「すててててー」と逃げる様に走り出した。慌ててそれを追いかける学生たち──だが、本気を出した雲雀相手では生半可なことでは追いつけない。
やがて、互いに連携し、ローテーションを組んで交互に息を整えつつ、追い込みに掛かる生徒たち── きっと、雲雀が教えようとしていたのはこれだったのだろう。であればそろそろ捕まっても…… 捕…… …………。その後もめっちゃ良い笑顔で学生たちの追跡を躱し続ける雲雀。いや、あくまでも授業であって、決して遊んでいるわけではないですヨ? …………多分。
「ほらほら、どーしました。足が止まって来てますよ? そんな体たらくでは次の授業に進めないではないですか」
サボタージュを決め込んでちんたら走る元騎士科の連中に発破を掛けながら。生徒たちを追い立てていたエルがふと気付く。
最も体力があるのはやはり元歩兵科の生徒たちだった。ばらばらに追っていては捕まえられないと最初に連携を取り始めたのも彼らだ。
「その調子です。雲雀さんを捕まえたチームには夕食に菓子をつけましょう。最殊勲者には私がマッサージをしてさしあげますよ?」
その言葉に、元歩兵科の男子生徒たちが一斉にエルを振り返った。そして、その豊かな身体のラインを運動着越しに見やって唾を飲み込む。
「きょ、教官殿! それはいったいどのような『まっさ~じ』なのでありますか!?」
「ただの疲労回復マッサージですよ? でも、そうですね……その間にいくらか身体が密着してしまうことはあるかもしれません」
「「「うおおおおっっっ!!!」」」
どよめき、魂を漲らせて本気で燃え上がる男たち。それを「ガキね……」と冷めた目で見る女子たちに対しても、エルは女子の風呂時間延長を飴に掲げてそのテンションを引き上げる。
一方、最も体力がなかったのはやはり元魔法科の生徒たちだった。
運動着に三角帽子姿の女子3人。とっくに体力を使い果たし、集団からポツンと離れた所を歩いた方が早い速度で揺れているのに気づいて、同じ魔法職のエステルが駆け寄り、声を掛ける。
「私たち、刻令術科だと聞いてこっちに来たんですよぉ」
「……なのに、こんな兵隊みたいな真似事……私たち、研究職なのに」
膝から崩れ落ち、泣きながら愚痴を零す彼女らを宥めながら、エステルは見つからないように急ぎ虎の巻を捲る。
(虎の巻その2。得意な能力を更に伸ばす──!)
「……刻令術だったら、エレンさんに頼めば教えてもらえるかもしれませんよ?」
「えっ!?」
「刻令術師が足りない、忙しい、って零してましたし……ゴーレムさんの刻令術をどう活用するか、どのように機能を発展させるか。皆さんの魔術師としての知識と論理的な思考法はきっと、とっても相性がいいと思うのです。ねえ、そのように考えてみませんか?」
エステルの言葉に女子三人は希望の表情を浮かべ……
「……すいません。今は脳に糖と酸素が足りていないので(思考が纏められません)」
そして、ぜーぜーと息を吐いた。
●
夕刻。全授業終了後── 生徒たちは演習場に留められ、野営訓練を兼ねたオリエンテーションの一環として、自らの夕食作りとキャンプの設営作業を行っていた。
「なんで騎士科の俺がこんなことを…… 従者でもあるまいし……!」
その指示に反発したのはやはり元騎士科の学生たち──王国騎士団員も多く輩出する騎士科には貴族の子弟も多い。
「……おい、そこの大砲科! お前たちで俺たちの分の作業もやっておけ!」
「え? でも……」
「俺は貴族だぞ! 言う事が聞けないっていうのか、平民!」
それをエルが見とがめた。傍らにはミグとメイムもいる。
「ダメです。自分に割り振られた仕事はきちんと自分でしてください」
「……俺は騎士になる為に王立学校に入ったんだ。あんな木偶の坊で人形遊びをする為じゃない!」
エルはスッと目を細めると、威圧の火球を放たんと腰を落とした。
それをミグとメイムが手で制し、そして、あっけらかんとした口調で元騎士科の生徒たちに提案した。
「なら、明日にでも模擬戦、やってみるか? お前たちの言う木偶の坊がどれ程のもんか、その方が理解も早かろう」
「持って来ているんでしょ? 馬と騎士の装備一式。もしあんたたちが勝ったら、騎士科に戻れるよう手配してあげてもいいわよ?」
夕食後。ミグは早速大砲科の連中を集めると、翌日やる元騎士科の連中との模擬戦の事を伝え、ゴーレムのマニュアルを手渡してすぐに必要最低限の操作をレクチャーし始めた。
一方、メイムの方は他の科総出で『的』となる案山子の制作に取り掛かる。
「最低でも十字に木を組んで『肩』を造る事。あとは古バケツでも被せて『頭』をつけておいて。材料が余るようなら『馬』も作ってそれに乗っけよう」
「これは何なんですか、教官?」
「ん? これは騎士科の連中の代わりだよ。まさか本人たちをぶっ飛ばしてしまうわけにはいけないからね」
そんな光景を横目に見ながら、紅媛はカンテラを持って宿舎周りの見回りに入った。
ゴーレム用の格納庫の扉が開いているのに気づき、一人、中へと入り込む。
天上近くの明り取りから月明りのみが降る中で、ゴーレムを見上げる人影一つ──
「……誰だい?」
光に目が眩まぬようにカンテラを掲げながら尋ねると、王立学校の制服を着た若い男が振り返った。
昼間の訓練では見なかった顔だった。男は無礼を謝ると自分を芸術科の生徒と名乗り、機甲砲術科への転科を希望する者だと告げた。
「芸術科では転科を募集していなかったものですから……こうして直接押しかけてしまいました」
「無茶するなぁ。そこまでする動機は何?」
「……美しいから」
月明りを浴びながら、男がゴーレムを見上げ、言う。これは王国の新時代の象徴だ。古き殻を内から突き破る力を具現化した存在だ、と。
「それはいい。何をするにしても、無関心よりも興味を持った方が良いに決まっている」
たとえそれがどこか常人とずれていても── 紅媛の言葉に男を馬鹿にしたり揶揄する響きはない。
「この子が芸術だというのなら、もっと素敵にできないかを一緒に考えよう。みんながこの子を認めるくらいに」
翌朝。模擬戦演習場──
一方の端に、元騎士科の生徒たち。既に騎乗し、完全武装で決戦の時を待っている。
片や、たどたどしい操作でゴーレムと共に入場する元大砲科。なぜか皆男子で眼鏡率が異常に高い。いずれも望まぬ喧嘩と敗勢の予感にその表情を蒼くしている。
彼我の距離は約200。その中間辺りに、昨晩皆で作った木製の的(騎兵型)が設置──その『挑発』に元騎兵科生徒らが怒りに顔を赤くする。
「ふん。大砲の照準が定まる前に突撃してしまえばよいだけのこと」
開始の合図がある前に、馬に拍車を掛ける騎兵。慌てる大砲科の生徒たちに、メイムが落ち着いて砲撃体勢を取る様に指示を出す。
ドンッ、と一発の砲声がして──弾着修正用の砲弾がほぼほぼ近くに落着するのを見て騎兵たちは目を瞠る。
「砲撃」
砲角修正の後、メイムの指示により片膝立ちのゴーレム3機、その42ポンド砲が一斉に轟音と砲弾を撃ち放つ。
「模擬弾かぁ。これで着弾の爆音が轟けばなぁ」
「鳴るぞ?」
「え?」
「破片飛ばすかペイント飛ばすかの違いでマテリアル式に違いないし……」
メイムとメグが言葉を交わす間に、砲弾は目標へと着弾する。炸裂弾により粉々に吹き飛ぶ木馬の群れ── それを目の当たりにして驚愕し、足を止めた騎兵たちに、直後、模擬弾が降り注ぎ。轟音と共に人馬をピンク色の染料で染め上げた……
「このVolcaniusの登場により、砲術は既に達人でなくとも、手順を踏み、十分な連携を以て事に当たれた大きな成果を得られる兵科となった──それが体感できたかな?」
全員戦死判定を受け、怒りと屈辱に顔を赤く(染料で見えないが)する元騎士科に淡々とそう告げた後。メイムは何が起こったのか分からず呆然とする元大砲科を振り返り、明るい声で呼びかける。
「君たちの勝ちだよ、大砲屋の諸君?」
言われて、自分たちを指差して……直後、歓声が爆発させる元大砲科。
「大砲をゴーレムに乗せただけでこうも弾着修正が安定するなんて……!」
「発射間隔を見たか? 人力では考えられないくらい早いぞ!」
大興奮の元大砲科。彼らにとってはそれ程までに、これまでの砲術の常識をぶっ壊した革新的なことだったのだ。
「それもこれも刻令術の力です!」
「美しい……!」
(なぜか)大喜びする元魔法科に、感激に打ち震える元芸術科。
(ま、からくりはあるんだけどね……)
ジョアンが心中だけで呟き、苦笑する。
使われたのが、比較的命中率の高いLV5機体であったということ。木馬を設置した時に距離が殆ど分かっていたこと。木馬は回避しないこと。その木馬の破壊される様を見た騎兵の足が止まったこと、等々──
「でかいのはそれだけで強いのです! これが並んでばっきゅんばっきゅん撃てればそんだけで強いのです……! それができるようになるなら、それは凄いことなんですよ、皆さん!」
雲雀は両拳をぶんぶん振って、あまりの衝撃に──価値観の崩壊に呆然とする生徒たちに訴えかけた。
「分からないということはそれだけで可能性なんですよ!」
その言葉にようやく情動を動かす。……自分たちはもしかして、とんでもない時代の節目に身を置いているのではないか……?
「わたくし、お友達のお兄様を助けることが出来ませんでした。大切な人が突然いなくなってしまうこともあると……その時に知りました」
落ち着いた様子で、静かにエステルが生徒たちへ語り出す。
「チャンスは誰にでもあるわけではないです。その時が来て、あの時こうしていたら、とあなたたちには後悔してほしくはないです。……今がその時です。掴んでくださいです。ゴーレムさんはきっと……皆さんの素敵な相棒さんになってくれますから」
偶に見かけるのは近所の農家の牛ばかりという、演習場とは名ばかりの広大な野っ原で。ミグ・ロマイヤー(ka0665)はメイム(ka2290)と共に、立ち並んだゴーレムを見上げつつ、感慨深く呟いた。
「……あの砲戦ゴーレムがここまでのものになるとはのう」
……これまでに幾度もVolcaniusの前身となる砲戦機の各種試験に携わってきた。言わばよちよち歩きの頃から見守って来たようなものだ。それが今、こうして結実した姿を指導教官という立場で見上げると……何と言うか、感慨と共に面映ゆさも覚える。
だが、集められた生徒たちはと言えば……
教官たちから『頼まれて』転科してきた不満たらたらの元騎士科。看板を挿げ替えられ、全員が強制移籍させられた大砲科。元歩兵科の士官候補生たちはなんとくじ引きでこちらに割り振られ……元魔法科や元機導科の生徒たちに至っては刻令術科と騙されて連れて来られた始末。
皆、この『機甲砲術科』という新兵科の理解に乏しく、帰属意識に乏しく、元兵科との余りの違いに戸惑い、自身の将来を悲観している──つまり、全くやる気がない。
「今日から皆さんの教育を担当します。エステル・ソル(ka3983)です。よろしくお願いします」
「私はコヒメ(紅媛=アルザード(ka6122))だ。まさか先生役をすることになるとは思わなかったけど、がんばる。よろしくな!」
自己紹介を始めたハンターたちを前にして、生徒たちは戸惑ったように視線を交わし合った。──教官と言っても、皆、自分たちよりも年下……って言うか、ローティーンの女の子にしか見えない。
「剣より槍! 槍より弓! 武器と戦争の歴史は狩猟の時代から常により遠くを攻撃できるよう進化してきました。今、その最先端にあるのが大砲であり、ゴーレムなのです!」
雲雀(ka6084)がテンション高く、身振り手振りと共にババンと背後のゴーレムを紹介する。
「皆さんはゴーレムについてどれだけ知っているでしょーか? ちなみに私はよくわかりません♪」
……本当に大丈夫なのか? 生徒たちがあからさまにザワつき始めた。
その空気に気付いたエステルが慌てて背を向け、隠れる様にあんちょこ(お母さま直伝の虎の巻)を捲り始める。
(えーっと……あ、ありました! ……虎の巻その1。まずは生徒に舐められないよう、ガツンと実力を示すこと……!)
エステルはこくりと頷くと、己の実力を示すべく空中に『ファイアーボール』を打ち上げようとした。が、彼女がそれを為すより早く空中で炸裂する爆裂火球── 偶然にも隣に立つエルバッハ・リオン(ka2434)が先にまったく同じ威圧行動を取ったのだ。
「……言い忘れていましたが、これから皆さんが扱うのは砲弾です。気を抜けばいつ『不幸な事故』が起きてもおかしくないのですよ?」
爆発に驚き思わず身を竦めた生徒たちへ、本気の殺気を纏いつつ淡々とエルが言う。
「と、言うわけで皆さん。改めまして、雲雀です♪」
何事もなかったかのように、雲雀がまるで動じず、笑顔でペコリと皆に挨拶をした。
「ゴーレムについてはわかりませんが、貴族のお家にメイドとして仕えた時にへいほーも教えてもらっていたのでお任せなのです!」
えっへんと胸を張って見せる雲雀。その傍らで、エステルは突然の被りにわたわたしながら、とりあえずやりかけの爆裂火球を「え~い!」と空へ打ち上げた。
●
授業はミグの提案を容れ、生徒全員で実施されることとなった。これは同じ釜の飯を食ったという連帯感を持ってもらう為の措置──ともかく生徒たちには自分たちが機甲砲術科の一員であるという自覚を持ってもらう。
最初の授業は座学。何を教育するにも、まずは砲戦ゴーレムという新兵科と、それが王国にもたらす劇的な戦術転換について理解してもらわなければ始まらない。
「これまでの王国の戦い方は騎士と歩兵を中心とした剣、槍、弓による白兵戦……そこに砲戦ゴーレムという『自走できる大砲』が加わることで戦場の様相は一変する……」
それを聞いて面白くなさそうな顔をする元騎士科の面々。元歩兵科や他の皆も、これまで自分たちが習った常識とは余りにかけ離れた世界に戸惑いの視線を交わす。
(まだ概論ですらないというのに……)
思いつつ、ミグは頭を振った。それを教えるのが自分の仕事。まずは小難しいことは言わず、本当にざっくりとした理論のみを用いて説明していく……
「砲兵と言っても身体が資本。走れなければ兵士とは言えないのです! さあ、雲雀についてくるのです! 雲雀を捕まえられるまで走り込みは終わりませんよー!」
二時間後、運動場──運動用の服に着替えた雲雀が、同様に着替えた生徒たちを前に、言うなり「すててててー」と逃げる様に走り出した。慌ててそれを追いかける学生たち──だが、本気を出した雲雀相手では生半可なことでは追いつけない。
やがて、互いに連携し、ローテーションを組んで交互に息を整えつつ、追い込みに掛かる生徒たち── きっと、雲雀が教えようとしていたのはこれだったのだろう。であればそろそろ捕まっても…… 捕…… …………。その後もめっちゃ良い笑顔で学生たちの追跡を躱し続ける雲雀。いや、あくまでも授業であって、決して遊んでいるわけではないですヨ? …………多分。
「ほらほら、どーしました。足が止まって来てますよ? そんな体たらくでは次の授業に進めないではないですか」
サボタージュを決め込んでちんたら走る元騎士科の連中に発破を掛けながら。生徒たちを追い立てていたエルがふと気付く。
最も体力があるのはやはり元歩兵科の生徒たちだった。ばらばらに追っていては捕まえられないと最初に連携を取り始めたのも彼らだ。
「その調子です。雲雀さんを捕まえたチームには夕食に菓子をつけましょう。最殊勲者には私がマッサージをしてさしあげますよ?」
その言葉に、元歩兵科の男子生徒たちが一斉にエルを振り返った。そして、その豊かな身体のラインを運動着越しに見やって唾を飲み込む。
「きょ、教官殿! それはいったいどのような『まっさ~じ』なのでありますか!?」
「ただの疲労回復マッサージですよ? でも、そうですね……その間にいくらか身体が密着してしまうことはあるかもしれません」
「「「うおおおおっっっ!!!」」」
どよめき、魂を漲らせて本気で燃え上がる男たち。それを「ガキね……」と冷めた目で見る女子たちに対しても、エルは女子の風呂時間延長を飴に掲げてそのテンションを引き上げる。
一方、最も体力がなかったのはやはり元魔法科の生徒たちだった。
運動着に三角帽子姿の女子3人。とっくに体力を使い果たし、集団からポツンと離れた所を歩いた方が早い速度で揺れているのに気づいて、同じ魔法職のエステルが駆け寄り、声を掛ける。
「私たち、刻令術科だと聞いてこっちに来たんですよぉ」
「……なのに、こんな兵隊みたいな真似事……私たち、研究職なのに」
膝から崩れ落ち、泣きながら愚痴を零す彼女らを宥めながら、エステルは見つからないように急ぎ虎の巻を捲る。
(虎の巻その2。得意な能力を更に伸ばす──!)
「……刻令術だったら、エレンさんに頼めば教えてもらえるかもしれませんよ?」
「えっ!?」
「刻令術師が足りない、忙しい、って零してましたし……ゴーレムさんの刻令術をどう活用するか、どのように機能を発展させるか。皆さんの魔術師としての知識と論理的な思考法はきっと、とっても相性がいいと思うのです。ねえ、そのように考えてみませんか?」
エステルの言葉に女子三人は希望の表情を浮かべ……
「……すいません。今は脳に糖と酸素が足りていないので(思考が纏められません)」
そして、ぜーぜーと息を吐いた。
●
夕刻。全授業終了後── 生徒たちは演習場に留められ、野営訓練を兼ねたオリエンテーションの一環として、自らの夕食作りとキャンプの設営作業を行っていた。
「なんで騎士科の俺がこんなことを…… 従者でもあるまいし……!」
その指示に反発したのはやはり元騎士科の学生たち──王国騎士団員も多く輩出する騎士科には貴族の子弟も多い。
「……おい、そこの大砲科! お前たちで俺たちの分の作業もやっておけ!」
「え? でも……」
「俺は貴族だぞ! 言う事が聞けないっていうのか、平民!」
それをエルが見とがめた。傍らにはミグとメイムもいる。
「ダメです。自分に割り振られた仕事はきちんと自分でしてください」
「……俺は騎士になる為に王立学校に入ったんだ。あんな木偶の坊で人形遊びをする為じゃない!」
エルはスッと目を細めると、威圧の火球を放たんと腰を落とした。
それをミグとメイムが手で制し、そして、あっけらかんとした口調で元騎士科の生徒たちに提案した。
「なら、明日にでも模擬戦、やってみるか? お前たちの言う木偶の坊がどれ程のもんか、その方が理解も早かろう」
「持って来ているんでしょ? 馬と騎士の装備一式。もしあんたたちが勝ったら、騎士科に戻れるよう手配してあげてもいいわよ?」
夕食後。ミグは早速大砲科の連中を集めると、翌日やる元騎士科の連中との模擬戦の事を伝え、ゴーレムのマニュアルを手渡してすぐに必要最低限の操作をレクチャーし始めた。
一方、メイムの方は他の科総出で『的』となる案山子の制作に取り掛かる。
「最低でも十字に木を組んで『肩』を造る事。あとは古バケツでも被せて『頭』をつけておいて。材料が余るようなら『馬』も作ってそれに乗っけよう」
「これは何なんですか、教官?」
「ん? これは騎士科の連中の代わりだよ。まさか本人たちをぶっ飛ばしてしまうわけにはいけないからね」
そんな光景を横目に見ながら、紅媛はカンテラを持って宿舎周りの見回りに入った。
ゴーレム用の格納庫の扉が開いているのに気づき、一人、中へと入り込む。
天上近くの明り取りから月明りのみが降る中で、ゴーレムを見上げる人影一つ──
「……誰だい?」
光に目が眩まぬようにカンテラを掲げながら尋ねると、王立学校の制服を着た若い男が振り返った。
昼間の訓練では見なかった顔だった。男は無礼を謝ると自分を芸術科の生徒と名乗り、機甲砲術科への転科を希望する者だと告げた。
「芸術科では転科を募集していなかったものですから……こうして直接押しかけてしまいました」
「無茶するなぁ。そこまでする動機は何?」
「……美しいから」
月明りを浴びながら、男がゴーレムを見上げ、言う。これは王国の新時代の象徴だ。古き殻を内から突き破る力を具現化した存在だ、と。
「それはいい。何をするにしても、無関心よりも興味を持った方が良いに決まっている」
たとえそれがどこか常人とずれていても── 紅媛の言葉に男を馬鹿にしたり揶揄する響きはない。
「この子が芸術だというのなら、もっと素敵にできないかを一緒に考えよう。みんながこの子を認めるくらいに」
翌朝。模擬戦演習場──
一方の端に、元騎士科の生徒たち。既に騎乗し、完全武装で決戦の時を待っている。
片や、たどたどしい操作でゴーレムと共に入場する元大砲科。なぜか皆男子で眼鏡率が異常に高い。いずれも望まぬ喧嘩と敗勢の予感にその表情を蒼くしている。
彼我の距離は約200。その中間辺りに、昨晩皆で作った木製の的(騎兵型)が設置──その『挑発』に元騎兵科生徒らが怒りに顔を赤くする。
「ふん。大砲の照準が定まる前に突撃してしまえばよいだけのこと」
開始の合図がある前に、馬に拍車を掛ける騎兵。慌てる大砲科の生徒たちに、メイムが落ち着いて砲撃体勢を取る様に指示を出す。
ドンッ、と一発の砲声がして──弾着修正用の砲弾がほぼほぼ近くに落着するのを見て騎兵たちは目を瞠る。
「砲撃」
砲角修正の後、メイムの指示により片膝立ちのゴーレム3機、その42ポンド砲が一斉に轟音と砲弾を撃ち放つ。
「模擬弾かぁ。これで着弾の爆音が轟けばなぁ」
「鳴るぞ?」
「え?」
「破片飛ばすかペイント飛ばすかの違いでマテリアル式に違いないし……」
メイムとメグが言葉を交わす間に、砲弾は目標へと着弾する。炸裂弾により粉々に吹き飛ぶ木馬の群れ── それを目の当たりにして驚愕し、足を止めた騎兵たちに、直後、模擬弾が降り注ぎ。轟音と共に人馬をピンク色の染料で染め上げた……
「このVolcaniusの登場により、砲術は既に達人でなくとも、手順を踏み、十分な連携を以て事に当たれた大きな成果を得られる兵科となった──それが体感できたかな?」
全員戦死判定を受け、怒りと屈辱に顔を赤く(染料で見えないが)する元騎士科に淡々とそう告げた後。メイムは何が起こったのか分からず呆然とする元大砲科を振り返り、明るい声で呼びかける。
「君たちの勝ちだよ、大砲屋の諸君?」
言われて、自分たちを指差して……直後、歓声が爆発させる元大砲科。
「大砲をゴーレムに乗せただけでこうも弾着修正が安定するなんて……!」
「発射間隔を見たか? 人力では考えられないくらい早いぞ!」
大興奮の元大砲科。彼らにとってはそれ程までに、これまでの砲術の常識をぶっ壊した革新的なことだったのだ。
「それもこれも刻令術の力です!」
「美しい……!」
(なぜか)大喜びする元魔法科に、感激に打ち震える元芸術科。
(ま、からくりはあるんだけどね……)
ジョアンが心中だけで呟き、苦笑する。
使われたのが、比較的命中率の高いLV5機体であったということ。木馬を設置した時に距離が殆ど分かっていたこと。木馬は回避しないこと。その木馬の破壊される様を見た騎兵の足が止まったこと、等々──
「でかいのはそれだけで強いのです! これが並んでばっきゅんばっきゅん撃てればそんだけで強いのです……! それができるようになるなら、それは凄いことなんですよ、皆さん!」
雲雀は両拳をぶんぶん振って、あまりの衝撃に──価値観の崩壊に呆然とする生徒たちに訴えかけた。
「分からないということはそれだけで可能性なんですよ!」
その言葉にようやく情動を動かす。……自分たちはもしかして、とんでもない時代の節目に身を置いているのではないか……?
「わたくし、お友達のお兄様を助けることが出来ませんでした。大切な人が突然いなくなってしまうこともあると……その時に知りました」
落ち着いた様子で、静かにエステルが生徒たちへ語り出す。
「チャンスは誰にでもあるわけではないです。その時が来て、あの時こうしていたら、とあなたたちには後悔してほしくはないです。……今がその時です。掴んでくださいです。ゴーレムさんはきっと……皆さんの素敵な相棒さんになってくれますから」
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作戦会議室 エステル・ソル(ka3983) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/07/20 14:18:24 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/07/19 21:25:15 |