Sultry night

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~4人
サポート
0~4人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
3日
締切
2017/07/24 22:00
完成日
2017/08/02 22:59

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

オープニング

──キャロォォル、バリィィィ。お前らにはがっかりだぜ。
 ヤツは、その言葉とは裏腹に口端を曲げていた。
──学ばなかったのか、なにも。まぁわかっちゃいたさ、だろうってな。壁の穴(Wall in the Hole)なんて、くだらねぇ名前を未だに使ってんだからよ。
 ヤツが鼻で哂いながら首筋に突き付けた刀を引いたかと思えば、次の瞬間には、その切っ先を左肩に突き刺された。
 苦鳴を噛み殺す。
──無用な穴はこさえない、ってか? だがよ、そんな戒め籠めたところで、穴が塞がるわけじゃねぇ。
 ヤツは肩から刀を引き抜き、赤く濡れた刀身を舐めるように眺め回す。
──この世界は最高だ。余計なしがらみもなく、力だけが物を言う。イーストウッドの世界そのまんまさ。他所から回されたお使いなんざやらなくとも、テメエで事を為せばイイ。テメエがテメエの為すが儘にな。
 ヤツは刀から視線を切ると、こっちの眼を覗き込んで来た。
──イカレ(Wild)ちまえばイイのさ。穴をこさえにこさえて、壁なんざ崩しちまえよ。
 ヤツはニオイでも嗅ぐように鼻先を近付け、更に続けた。
──なぁキャロル、いつだかお前言ってたじゃねぇか。人間に鉛玉喰らわす時にゃ、脳ミソをトカゲにするって。なら簡単だ、常日頃っからそうすりゃイイ。そのほうが、もっとシンプルに事を済ませられる。
 その顔に唾を吐き捨てる。──バカが、お前にゃわからねぇ。
 ヤツはしばらく表情を止めたままだったが、やがて顔を俯かせると肩を震わせ始めた。同時に、呼気めいた笑声を漏らす。そして再び顔を上げ、外套の袖で顔を拭った時には表情の一切を消して、僅かに一歩、足を後ろに退いた。
 自らは腰に佩いた鞘に刀を納めながら、──抜けよ。と呟く。同時に、それまで両手を拘束していた縄が解かれる。
 後ろ手に手首を縛っていたロープを解いたのは、ヤツの取り巻きの一人。何が可笑しいのか、ニコニコと微笑むガキだった。年は、少年と青年との境程だろうか。カラフルな髪留めで後ろ髪を縛ったそのガキは、ロープを放り捨てると、入れ替わりに同じく帯状のモノを投げて寄越した。
 足許に放り出されたのは、自前のガンベルト。そのホルスターには、同じく自前のリボルバーが納まっていた。
 無言のまま、ガンベルトを腰に巻く。
 ヤツはそれを確認すると、左手を刀の鞘に置き、右手を前にスッと差し出した。

 Clink……
 そして無言のままに、コインを天高く弾き飛ばした。

 クルリクルリと舞い上がるコインは、やがて重力に引っ張られて下へと墜ちてゆく。
 そしてコインが地面に触れるとともに、コッキング音と鞘鳴りが同時に張り詰めた空気を劈いた。
 


 ギシッ──と、寝台代わりに使っていたソファが大きく軋む。
 ばね仕掛けのように跳ね起きた上半身──一糸纏わぬ褐色の半身は、粘るような汗に濡れていた。
 首筋を伝い落ち、鎖骨が作る溝に溜まった汗が一滴、零れ落ちる。細身ながら引き締まった胸板を滑り、六つに割れた腹筋の中心をなぞるかと思えば、汗の滴は割れ目の横筋に逸れて、流れの筋を左へと変えた。
 やがて辿り付いたのは、左脇腹の辺りに穿たれた一つの刃傷。──その、傷跡。
「……クソ暑ぃ」
 古傷に右手を宛がい、キャロル=クルックシャンクは、忌々しく呟きを発した。不快極まる汗は、このうだるような夏の夜の暑さばかりのせいではない。寧ろ熱を発しているのは、その古傷であった。
 やがてキャロルは舌打ちを零すとともに、気怠そうな挙措でソファから立ち上がった。身に付けている物と言えば、縦縞のトランクスのみである。
 彼は、窓から差し込む月明かりのみを頼りとする、薄暗い古宿の一室に据えられた丸テーブルまで床板をギシギシと鳴らしながら歩み寄ると、天板に置かれた水差しを手に取った。そして傍らに置かれたコップに構う事なく、注ぎ口に直接口を付けて喉を鳴らす。
「……ぬりぃ」
 やがて水差しから口を離したキャロルは、口許を拭いながらそう吐き捨てた。
 水差しをテーブルの上に戻すと、同じく天板に置かれていた煙草の紙箱を手に取り、上蓋を指先で叩いて飛び出した一本の紙巻き煙草を唇に食んだ。だが火を着けようにも、手許にマッチ箱が見当たらない。
 再び舌打ちを零したキャロル。「ほらよ」不意に横合いから声を掛けられ、咄嗟に右手を掲げ、投げて寄越されたマッチ箱を受け止めた。
 彼は無言のまま、箱からマッチを摘まみ取ると、その頭薬を丸テーブルの木目に擦り付けて、生じた火を咥え煙草の先端に近付ける。用を済ませたマッチ箱を投げ返し、紫煙を一筋虚空に向けて吐き出してから、キャロルは「いつから起きてた」と、マッチ箱を投げて返した先へと視線を向けた。
「お前が起きる前からだ」
 それに応じたのは、室内に一つだけ置かれたベッドの上に腰掛ける、バリー=ランズダウンである。彼もまた腰から上には何も身に付けてはいなかったが、下半身は下着のみでなくスラックスを履いていた。
「ウーウーウーウーと、うるさくて眠れやしない」
「そいつはイビキだ」
「そいつはまた、随分と風変りなイビキだな」
 バリーが皮肉混じりに呟くと、キャロルは肩越しにソファを親指で示す。
「寝床が粗末なモンでな。もちっとマシになりゃ、イビキも納まるだろうぜ」
「そいつは残念だったな。コインの表に賭けた自分を恨め」
 すげなく鼻を鳴らすバリー。彼は一口だけ喫したのみで、ベッド脇のナイトテーブルに置かれた灰皿に煙草を押し付けて火を揉み消した。
「観念してさっさと寝ろ。明日も早い。朝一番でこの町を出るからな」
「……行き先は、ラウラの村か」
「……ああ、そうだ」
 未だ紫煙を昇らせるキャロルの台詞に、バリーはおもむろに首肯した。彼は灰皿の傍らに置いてあるミサンガを見遣る。それは先日、今彼らが滞在している街の祭りからラウラ=フアネーレが宿に戻って来た折、腕に着けていた物だ。
 ビーズを束ねて作られたそのアクセサリには、二人共に見覚えがあった。
「なんだかんだと、あの子と長く居過ぎた。これ以上は、命取りだ。あの子にとっても、俺たちにとっても」
「……ああ、わかってる」
 キャロルはそれだけ返すと、口許の煙草を摘まんで、指先で弾き飛ばした。薄闇の中に赤い筋を描き、月光に照らされて浮かぶ煙の筋を残しながら飛んだ吸い差しは、ナイトテーブルの灰皿へと落ちる。
 バリーが手を伸ばし、投げ入れられた煙草の火を揉み消して視線を戻した時には、既にキャロルはソファの上に寝そべって、眼を閉ざしていた。

リプレイ本文

 灯りを落とし、天窓から差す月明かりばかりを光源とするこじんまりとした浴室。浴槽に張った水面に映る月光が、不意に揺らめく。
 張り水に触れたのは、小さな足の細い指先だった。一度、冷たさに慄くように水面から離れた足先は、今度はすぅ──っと水の中へと沈み込んでゆく。
 痛むような冷たさを感じたのは一瞬のみで、その刺激があとは心地よさへと変わってゆく。──なに、きっとラインバッハの滝に比べれば生温いだろう。
 熱帯夜をやり過ごすのに、水風呂はうってつけだ。今まさにその恩恵を与りながら、Holmes(ka3813)はそんな事を思った。
 水に身を浸している間は、血の巡りが逸ると共に意識がしゃっきりと覚醒される。しかし、血の温もりが身の内を巡っている事をはっきりと感じられる程になるまで身体を冷やして浴槽から出てみれば、やがてその熱がじんわりと拡がり、眠気を誘うのだ。昔、まだこの熱、身体の芯の芯、深奥に宿る“熱”を持て余していた頃に偶然見つけた知恵だ。
 真夏の夜の習慣となった行水だが、一つだけ難点もあった。
 ちゃぽ──と水を掻きながら、ホームズは左手の指先を右腕の前腕から上腕にまで及ぶ火傷痕になぞらせる。かと思えば右手で左肩に触れ、肩から実りの小さな胸、胸元から背中のタトゥーに走る縫合棍を撫でる。やがて両の手の行方は、少女然とした滑らかなお腹に刻まれた刀傷や銃痕に至り、最後に継ぎ接ぎの痕が目立つ両足の太腿を持ち上げるように下へ回して、手の動きは止まった。
 水の冷たさに肌が引き締まるからだろうか。こうやって水に身を浸すと、身体のあちらこちらに刻まれた古傷が疼くのだ。
 だがホームズにとって、その疼きは決して疎ましく思うモノではなかった。
 さながら、傷の博覧会のような自身の身体は、彼女にとっての存在証明──浴槽に張った水の中にあっても尚、消える事のない“熱”を孕んだこの古傷達こそが、彼女のしてきた事の証しなのだから。愛しく思う事こそあれ、疎ましいと感じる事はない。
『沢山怒り、沢山泣き、そして沢山笑え』
 昔、家を出る折、必死に彼女を引き留めようとした両親とは異なり、ドワーフらしい豪気な笑みと共に送り出してくれた祖母の言葉を、ふと思い出す。
 その言葉を、ホームズは彼女なりに『沢山傷付け』という意味だろうと解釈していた。身体に、或は心に“傷”を負い、憤る事もあるだろう、涙を流す事もあるだろう。そうして歩みを止めてしまう事もあるだろう。けれど、痕は残っても癒えない傷なんてないのだから、その時には笑いながら、また足を踏み出せばいい。そう言いたかったのではないだろうかと。──もっとも、『実際に痛い目を見ても、まだ身体を張れるんなら大したモノだ』と言いたかっただけかもしれないが。そういう人なのだ。だがそんな祖母も、孫娘が八十を超えても命を張った博打を打ち続ける程に、程を知らないうつけだとは思いも寄らなかっただろう。
「──おばあ様、ボクはおじい様も超える、余程の大馬鹿だったようですよ」
 天窓に覗く月を見上げて他愛もない事を呟いてから、ホームズは浴槽を立ち上がった。
 さて、そろそろ今日を閉めにして、明日も馬鹿をやるとしよう。
 壊れ朽ち果て、あの月に昇るその時まで。



 ソフィア =リリィホルム(ka2383)の機嫌は、今現在において、最悪の極みにあった。
 たとえば、じめったい暑夜に寝入りっぱらを叩き起こされた挙句、仕事の依頼でもあれば、誰とて不機嫌にもなるだろう。それでも、平素の彼女であれば幾らか客に愛想を振り撒いた末に「また後日に」とお引き取り願っただろうが、それが何十年の付き合いとなる馴染客となれば、地である蓮っ葉な罵詈雑言を贈呈したのちに、不承不承鍛冶仕事に取り掛かざるを得なかった。
「次同じことしでかしやがったら、仕上げた得物でぶっ殺すからなぁ!」
 時間外の特別料金と称して高値の整備代を毟り取りつつ、仕上げた武器と共に馴染客を叩き出す。
「クソッ……、あんにゃろめ、この暑い中余計な仕事させやがって……」
 悪態を吐きながら、ソフィアはタンクトップの襟を掴んでパタパタと風を服の内に送る。今でこそ上半身をはだけて袖を腰に巻いているが、鍛冶仕事となればツナギを身に付けないわけにもゆかなかった。そのお陰で、全身汗まみれで不快な事この上ない。
「……シャワーでも浴びるか」

 上着も下着も脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿で浴場に立つソフィア。
 シャワーノズルから降り注ぐぬるま湯が、きめ細やかな肌を滴となって伝い落ちると共に、汗を洗い流す。
 キュ──とシャワーの栓を閉めるや、髪を手で掬って水気を払う。と、その重い手応えに眉をひそめた彼女は、ふと浴室に備え付けてある曇った姿見を手で拭った。
「……髪、伸びたな」
 己の写し身を覗き見て、ソフィアはポツリと呟いた。
 鏡に映るのは、その身体にエルフの血が流れているとは思えない、寸足らずの裸体。エルフハイムに生まれ落ちながら、隔世遺伝でドワーフの血が色濃く反映されたその身体には、しかしドワーフらしからぬ点が一つあった。
 癖のない、繊細で艶やかな長い髪。その灰色の髪だけが、彼女の中にエルフの血が流れているという唯一つの証しだった。
 同族に疎まれた挙句、娘と共に半ば追い立てられるようにして里を出た両親。彼らはすぐに他界し、継ぐ家もなく根無し草となったソフィアにとって、親との繋がりと言えば、名前とこの髪の他には何もない。
「……毛先だけ、整えるかな」
 いつまで経っても、切らずにおいた髪。なんとも未練がましい話だと、我が事ながら呆れてしまう。
 舌を一つ打つと共に「やめだ、やめ」と、ソフィアは女々しい思考を打ち切った。
「外で酒でも呑むとするかね」
 こういう晩は、やはりそれに限る。



 胸クソ悪い、夜だ。 トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)は、甘い香りを孕んだ煙草を喫しながら、声は発さずに唇だけを動かした。
 まず何より、クソ暑い。暑いにも程がある。それ故に、『寒過ぎる』。諸事情あって体温が異常に低いトライフにとって、今晩のような暑夜は、特に寒気と頭痛の酷くなる夜だった。
 夏の夜は、その特異体質故に引く手数多である筈なのに、こういう夜に限って、ケチが付く。馴染は出払っており、ならばそこいらの女でも行き摺りに引っ掛けようと好青年を装ってみるも、みな空振り。
 仕方なしに塒に使っているボロ屋へと独り足を向ける。
 それにしても『寒い』。こういう日に限って、“コイツ”も効き目が薄いらしい。トライフは、随分と短くなった吸い差しを、舌打ちの代わりに路端に吐き捨てる。寒気と頭痛を抑える薬草を混ぜたフレーバーシガレットだったが、度を超した暑さの為か、或は粗悪品でも掴まされたか、効きが悪い。
 何であれ、やはり胸クソの悪い一日だ。
 二本目の煙草を咥えたところで、ようやく塒の前へと辿り着く。煙草に火を着ける前に鍵を取り出し、鍵穴に差そうとしたところで、ふと思い留まってノブに手を伸ばした。
 何の抵抗もなくノブが回り、扉が開く。半開きのドアを前にして、トライフもまた瞳を半眼にして、結局用を果たさぬまま鍵を懐に仕舞う。そこには、留守の塒を何者かに暴かれたという焦燥はなく、当ての知れている苛立ちがあった。
 扉を潜り、内鍵を閉じるや、トライフはずかずかと塒の奥へと進む。
 果たして、予想していた先客がそこにいた。『書斎』と冠を付けるには質素な造りの机に突っ伏している女の姿。小柄な後ろ姿が上下し、すぅすぅと寝息を立てているのを聞く限り、眠っているらしい。
 トライフは鍵の入れ替わりに銀メッキのオイルライターを取り出すと、ボトムケースの上蓋をカキン──と音を立てて開き、フリントドラムを弾いて火花を散らすや、ライターの芯に点った火に咥え煙草の先端を近付ける。
 甘ったるい煙で肺を満たしながら、用済みになったライターを懐に仕舞う。両切りの紫煙は容赦なく喉を灼くが、今は寧ろその方が都合が良い。
「……やっぱりお前か、エヴァ」
 エヴァ・A・カルブンクルス。絵描きになりたいと夢見がちな未来を夢見る、腐れ縁の女。その名を口にしながら、トライフは彼女の傍らへ歩み寄った。
 トライフのくすんだ灰色とは違い、白に近い輝きを持った髪。今でこそ閉じられている赤目も髪と同様トライフと同じ色でありながら、正反対の色合いを宿している。
 その眼が──嫌いだった。
 ふと、彼女の首筋に刻まれた傷を見遣る。エヴァは、その傷の為に声を発する事ができない。故に愛用のスケッチブックで筆談を用いる事が多いが、しかし時に、彼女の瞳は言葉以上に雄弁に物を語る。
 同じ色でありながら──自分と同じく、決して恵まれた境遇ではなかった筈なのに。
 彼女は知っている筈だ。世の中、この煙草と同じように、甘いのは香りだけだという事を。それなのに──何故、そんな眼をしていられるのか。
「……だから、俺はお前が嫌いだ」
 そう呟いてから、いつの間にやら胸の内を紫煙に乗せて声に発していた事に気が付く。それを誤魔化すかのように、トライフは天井を見上げながら再び肺一杯に紫煙を喫い込んだ。だから、彼は気付かなかった。

 ──ええ。知ってるわ。
 それまで寝息を立てていた唇が、声もなく囁いた事に。

 彼が視線を戻した時には、また暢気な寝顔があるばかり。いや寧ろ先と比べて、何処か愉し気な微笑を浮かべているようだった。人の気も知らず、何やら夢でも見ているのか。
 ジロリと半眼でその顔を見遣ったトライフは、咥え煙草を指に摘まみ取ると、寝顔の傍へと顔を寄せた。心なしか、エヴァの口許にあった微笑が固まった気がする。それを間近でしばらく眺めたかと思えば、トライフは喫したばかりの紫煙をエヴァに吹き掛けた。
 効果は覿面。まともに煙を吸い込んだエヴァは、声こそ出せないものの、頻りに咳込み始める。筆談する余裕もないのか、とにかく手を振り回して抗議を示すエヴァ。そんな彼女を尻目に、トライフはシャツの襟元を緩めながら同室にあるベッドへと向かった。
「まぁ机くらいは貸してやるから、こっち来んなよ。俺は丸太抱えて寝る趣味はないから──ぐぼぉ!?」
 しかし、事もあろうに婦女子を丸太呼ばわりした彼は羽交い絞めにされ、首筋を極められる羽目に遭った。体温のみならず極端に身体能力の低いトライフは乙女の怒りを買い、大した抵抗もできずにオトされる。
 動かなくなったトライフを抱き締めたまま、エヴァはベッドの上にダイブした。
 ひんやりと心地よい彼の体温を感じながら、エヴァは今度こそ、うとうとと眠気に誘われつつ、そっと唇を動かした。
『おやすみなさい』



 じっとりした夏の夜の空気。しかし、その噎せ返るよう熱気は、季節柄のせいばかりでなく、床を共にした男女が発する濃密なニオイのせいでもあった。
 中性的な顔立ちをした青年は、葛音 水月(ka1895)。そして、やや蒼味を帯びた黒髪から角を覗かせる見た目の通り鬼の血を持つ女の名は、黒沙樹真矢といった。
 二人は床の上で、互いに身を寄り添い合わせる。
「あつ……、水月ぃ、そう引っ付くなよ。寝れやしない」
 いや、黒沙樹の方はと言えば、背から腰に腕を回して抱き着いてくる葛音を、疎ましそうな素振りであしらっているようだった。とはいえ、それは口ばかりで、お腹に回された腕に手を添えこそすれ、解こうとする様子は見られない。
 こうしながら眠るのは、彼と彼女にとっては常の事だった。黒沙樹にひっしと抱き着きながら眠る葛音の姿は、まるで朝目覚めた時に傍らに母が居なくなっているのを怖れる子供のようで、そのいじらしさに苦笑を浮かべながら黒沙樹もまた眠りにつくというのが、二人の夜の過ごし方だった。だが、今晩に限ってそうならなかったのは、やはりこの“熱さ”のせいだ。
 二人の肌が触れ合い、互いの汗と熱が融け合うこの熱帯夜──ましてや男と女の事。このまま睡魔に身を任せろというのは、そもそも無理な話というものだろう。
 葛音は、いつも以上にその身を黒沙樹の背中に擦り寄せて、汗に濡れた肌に鼻を擦り付けるように甘えて来る。
「ったく、犬かよお前は」
 それでも尚、彼女はすげない風を保っていたが、不意に甘い声を漏らした。
「おまっ、な、なに噛みついて……」
 唐突に、葛音が黒沙樹の首の付け根を噛んだからだ。軽く歯を立てただけの、甘噛みではあったが。
「い、いい加減に……っ、しつけのなってない犬じゃあるまいしっ」
「犬じゃありませんよー。猫はする時、雄が雌の首に噛み付くそうですよぅ?」
 真矢は知ってました? 唇を真矢の耳元に近付け、囁く水月。その声の調は、挑むようで、煽るようで、そして──誘うようで。
「──上等だ」
 その声音の思惑通りに、黒沙樹は身を返すや、葛音の腕を振り解くと共に彼の身体をシーツへ押し付けるようにして組み伏せた。
「今夜はもう、最後まで──勘弁してやらないぞ?」
 蠱惑な曲線を唇に宿らせて、葛音を見下ろす黒沙樹。
 月光に浮かぶ黒沙樹のシルエット。豊かな双丘から、滴がポタリポタリ──と、葛音の薄い胸板に落ちる。
「きゃー。こわい顔になってますよぅ、真矢」
 下に敷かれた葛音は、おどけた笑みで黒沙樹を見つめ返した。これではどちらが主導権を握っているものか、わかったものではない。──果たして、どちらが欲して、どちらが求められているのやら。
 いや、どちらにしたところで些末な事だ。
 そんなもの、重ねているうちに混じり合ってしまって、どちらがどちらであったかなど、どうでもよくなってしまっているに違いないのだから。
 わたしとあなた──あなたとわたし。二人を分ける線がこの“熱さ”に溶けてゆく。離れたくない、離したくない。そんな想いも有耶無耶になって、全ては一つに混じり合う。
 


「こんなイイ女ほっとくなんて、世の中ロクな男が居やしねぇ……」
 ギィギィ──と軋みを上げるスウィングドアを潜りながら、ぼやくソフィア。肩を惜しみなく晒したキャミソールに、月明かりの中でも眩しいショートデニムの着こなしは十分に魅力的だったが、だがそんな風体ばかりに眼を吸い寄せられた男共は、腰を飾る大口径のリボルバーを目にするや、すごすごと引き下がるのみだった。
 結局、馴染の店で独り酒を過ごした彼女は、店を出ると共に額の前に手を翳して、降り注ぐ朝陽を遮った。いつの間にやら夜も明けて、月の代わりに日が顔を出していたらしい。
 どんな夜を過ごそうとも朝は来る。誰の許にも平等に──日の下で過ごす人間の心情などお構いなしに。
 ソフィアは朝陽の下、目一杯身体を伸ばして言った。

「さぁて。そんじゃ今日も今日とて、今日をやり過ごすとしますかねっと」

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 15
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァイン(ka0657
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • 唯一つ、その名を
    Holmes(ka3813
    ドワーフ|8才|女性|霊闘士

サポート一覧

  • エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)
  • 葛音 真矢(ka5714)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/07/23 22:46:22