ゲスト
(ka0000)
珈琲サロンとぱぁずの忘れ物
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/11/08 09:00
- 完成日
- 2014/11/17 01:20
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
珈琲サロンとぱぁずの夜は少し遅い。
日暮れまで働いて帰ってくる職人や商人達に珈琲を振る舞うのだから、彼らよりも少し遅い。
黒いワンピースにフリルの愛らしいピンクのエプロンを締めた店長代理の若い女性、ユリアはその日の最後に紅茶を煎れる。自分の分と、唯一の店員で珈琲担当のローレンツの分を。
「ユリア君、私は紅茶の味は分からないけれど。これがとても美味しいことは分かるんだよ」
「あら、ありがとうございます」
「ところで、どうしてコーヒーはあんなに水っぽいんだい?」
「さあ、どうしてでしょう」
明かりを落とした店内のカウンターに座って、ユリアはくすくすと笑っている。ローレンツはレモンを落として透き通った紅茶を眺めて溜息を吐いた。
からんころんと呼び鈴が鳴る。
鍵を掛けていなかったかしらと振り返るとストールを巻いた女性がベルを鳴らしてドアを叩いている。その顔は酷く憔悴し、忙しなくなる呼び鈴の音もけたたましい。
「…………どうされました?」
ドアを開けると女性は、ユリアを突き飛ばすように4人掛けのテーブルへ走った。
ユリアは彼女に覚えがあった。
昼下がりから夕暮れ頃までその席に座って何やら熱心に編んでいた女性だ。
「忘れ物ですか?」
女性はソファの足下へ蹲り背を丸めて頷いた。
「見付かりました?」
再度頷いた手には、小さなミトンが握られていた。
●
肩を小刻みに震わせる女性を奥の席へ座らせ、落ち着いて下さいとローレンツの煎れた甘いコーヒーを差し出した。
白い毛糸の小さなミトンは、微かに指の形に薄汚れ右手の物だと分かる。もう片方と繋いでいたらしい毛糸は途中で切れていた。
それ以上に気になったのは、その手袋に染まった土と、赤黒い錆色の汚れ。
「……すみません、こんな時間に……取り乱してしまって」
「え、いいえ、構いません……大切な物ですか?」
女性は虚ろな笑みを浮かべて手袋を撫でた。彼女の掌の中に収まる程小さなそれ。
「娘の…………」
形見と言うには惨たらしい、と女性は言う。
前の冬のこと。娘と夫の家族3人で、ここ、工場都市フマーレへ向かう途中だった。日が暮れて野営しようと馬車を降りたら、森から現れたゴブリンに襲われた。
ゴブリンは馬車を壊し、馬と食料を奪い去って行ったが、その襲撃で娘は殺されてしまった。娘の亡骸を抱いて夫婦2人で凍えていたところを、通りがかった商人に拾われて身一つこの街へ辿り着いた。
「もう、寒くなるから、あの子の……セーターを…………」
あれから1年、左の手袋は見付からなかった。
からんころんと呼び鈴が鳴る。
店に入ってきたのは彼女の夫らしい男性だった。ローレンツがカップを洗いながら奥の席を示すと、妻を呼んで帰ろうと言う。
「ユリア君も、旦那さんが逝って暫くはあんな感じだったらしいね」
「そうですか? 私ならゴブリンの左手を全部切り落としてやりますよ?」
街道を通ってきた商人に何度も尋ねたが、と男性は首を横に振った。
「森の奥まで転がっていって仕舞ったんだろう……小さな物だし、もう、1年になる。私たちが探しに行くのは無謀だから、いい加減諦めようと思っているんだ」
本当は探しに行きたいけれど、武器も無いから。
ユリアはテーブルに地図を広げた。探しに行くなら、雪が降ってしまう前に。
珈琲サロンとぱぁずの夜は少し遅い。
日暮れまで働いて帰ってくる職人や商人達に珈琲を振る舞うのだから、彼らよりも少し遅い。
黒いワンピースにフリルの愛らしいピンクのエプロンを締めた店長代理の若い女性、ユリアはその日の最後に紅茶を煎れる。自分の分と、唯一の店員で珈琲担当のローレンツの分を。
「ユリア君、私は紅茶の味は分からないけれど。これがとても美味しいことは分かるんだよ」
「あら、ありがとうございます」
「ところで、どうしてコーヒーはあんなに水っぽいんだい?」
「さあ、どうしてでしょう」
明かりを落とした店内のカウンターに座って、ユリアはくすくすと笑っている。ローレンツはレモンを落として透き通った紅茶を眺めて溜息を吐いた。
からんころんと呼び鈴が鳴る。
鍵を掛けていなかったかしらと振り返るとストールを巻いた女性がベルを鳴らしてドアを叩いている。その顔は酷く憔悴し、忙しなくなる呼び鈴の音もけたたましい。
「…………どうされました?」
ドアを開けると女性は、ユリアを突き飛ばすように4人掛けのテーブルへ走った。
ユリアは彼女に覚えがあった。
昼下がりから夕暮れ頃までその席に座って何やら熱心に編んでいた女性だ。
「忘れ物ですか?」
女性はソファの足下へ蹲り背を丸めて頷いた。
「見付かりました?」
再度頷いた手には、小さなミトンが握られていた。
●
肩を小刻みに震わせる女性を奥の席へ座らせ、落ち着いて下さいとローレンツの煎れた甘いコーヒーを差し出した。
白い毛糸の小さなミトンは、微かに指の形に薄汚れ右手の物だと分かる。もう片方と繋いでいたらしい毛糸は途中で切れていた。
それ以上に気になったのは、その手袋に染まった土と、赤黒い錆色の汚れ。
「……すみません、こんな時間に……取り乱してしまって」
「え、いいえ、構いません……大切な物ですか?」
女性は虚ろな笑みを浮かべて手袋を撫でた。彼女の掌の中に収まる程小さなそれ。
「娘の…………」
形見と言うには惨たらしい、と女性は言う。
前の冬のこと。娘と夫の家族3人で、ここ、工場都市フマーレへ向かう途中だった。日が暮れて野営しようと馬車を降りたら、森から現れたゴブリンに襲われた。
ゴブリンは馬車を壊し、馬と食料を奪い去って行ったが、その襲撃で娘は殺されてしまった。娘の亡骸を抱いて夫婦2人で凍えていたところを、通りがかった商人に拾われて身一つこの街へ辿り着いた。
「もう、寒くなるから、あの子の……セーターを…………」
あれから1年、左の手袋は見付からなかった。
からんころんと呼び鈴が鳴る。
店に入ってきたのは彼女の夫らしい男性だった。ローレンツがカップを洗いながら奥の席を示すと、妻を呼んで帰ろうと言う。
「ユリア君も、旦那さんが逝って暫くはあんな感じだったらしいね」
「そうですか? 私ならゴブリンの左手を全部切り落としてやりますよ?」
街道を通ってきた商人に何度も尋ねたが、と男性は首を横に振った。
「森の奥まで転がっていって仕舞ったんだろう……小さな物だし、もう、1年になる。私たちが探しに行くのは無謀だから、いい加減諦めようと思っているんだ」
本当は探しに行きたいけれど、武器も無いから。
ユリアはテーブルに地図を広げた。探しに行くなら、雪が降ってしまう前に。
リプレイ本文
●
馬車が揺れた。天竜寺 舞(ka0377)は前を見据えて手綱を握る。
その傍らで地図を追っていたエイル・メヌエット(ka2807)が声を掛けた。
「止まって、この辺りだわ」
「――っよ、と。……馬、繋いでくる。やっぱり、近くには無い、かな」
天竜寺が馬車を降りながら辺りを見回した。木枯らしの吹き抜ける砂埃を巻き上げて、街道にはそれらしい物は見当たらない。
膝下に添う犬を見下ろす。手袋の片割れを嗅いだ犬が、丸一年それを握って泣き暮れた母親に鼻先を寄せた姿を思い出して瞼を伏せた。
「一応、ボクの犬も手袋は嗅がせてきたから……似たような匂いで見つけてくれないかな?」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が彼女の連れた白い犬を撫でて、無理かなと首を傾がせた。
「なら、二手に分かれましょうか? ――アルトさんと、天竜寺さんを分けて。後は、そうね」
エイルが馬車を降りた仲間に目を向ける。視線が絡んだのは、バレル・ブラウリィ(ka1228)だ。
「バレルさん、行きましょう」
手綱を片手に掴んで犬の背を撫でながら、天竜寺も頷いた。
「そうだね。ジャックさん、サントールさん、よろしく」
気持ちを切り替えて見上げた蒼い瞳は、ジャック・エルギン(ka1522)とサントール・アスカ(ka2820)を見詰めた。
「おう」
「よろしく。手伝おうか。その方が早いよ」
2人が頷き、手綱を木に繋ぐのを横目に、バレルは唇を結び、軋む程拳を固めた。子ども、だと。声にはせずに森の木々が重なる影を睨む。
「――先に出よう」
アルトとエイルを促し、茂みの高い草を踏んで分け入っていく。天竜寺が頷き、アルトが犬を走らせる。
「行くよ、シロ!」
「皆さんも、気をつけて」
エイルも続いて走った。
懐かない馬を何とか繋ぎ、できた、と天竜寺が声を上げる。サントールも買って出た綱を繋ぎ終えて手を離した。
「よし、俺等も行こうぜ。失せ物探しに時間はいくらあっても足りねーしな」
ジャックが草を踏みしめ急かすように振り返った。
●
がさごそ、と青い草も枯れ草もかき分けて地面を晒す。積もった落ち葉も捲り、湿った土を払いながら小さな小さな手袋を探す。街道から森へ分け入り、転がりそうな、隠れてそうな辺りを暴いていくが、それは一向に見付かる気配が無い。
「この辺りじゃなさそうだね」
アルトが街道を振り返る。まだ馬車が見える位置にあった。
「もう少し奥まで行ってみましょう、飛ばされて引っ掛かったり、雨に流されたのかも知れないわ」
エイルが今は晴れた空を見上げた。バレルの視線は森の奥へと向いている。
「ゴブリンが出るまでに見付かればいいが……」
呟いてトランシーバーを探る。もう一組も、すでに探し始めた頃だろう。すぐにも見付かったのなら、連絡が来るはずだ。
アルトの連れた犬がふるりと身震いし、その毛を膨らませる。一瞥してアルトは花のように赤い瞳をそちらへ向けた。
「……そう言ってる間に、出てきちゃったよ」
「2匹だけ? 斥候かしらね?」
エイルが構えた御幣の先に、清い白の紙垂が微風に揺れる。
2匹のゴブリンが、棍棒を握って3人の前に立ち塞がった。
ひらりひらりと幾片もの花弁が舞い踊り、舞い上がるように火花が散る。その幻影は黄金に染まり身を焼く程の炎に変じる。玉鋼の刃に艶やかな刃紋がその炎を割いて据わる。
「この程度の相手に邪魔される暇は無いな」
巡るマテリアルの熱を感じながら地面を蹴って、バレルはその内の1匹に飛び掛かった。
木漏れ日が差す森の中、その光に溶けたようにエイルの影が揺らいで消える。彼女自身がその光であった様に、緩やかに穏やかに光の波紋を重ねて、広げる。
光の中心でもたげた御幣が清廉な光を放ち、バレルの刃に狙いを重ねる。
「ヒーラーだからって、攻撃できないわけじゃ無いわよ」
「一気に片付けちゃおう」
アルトが残りの1匹を睨む、赤い瞳は煌めき、その光が色が炎の艶を帯びると、同じ色はその髪も染めていく。
ナイフを握りマテリアルを滑らかに巡らせて、一瞬の俊足を得てゴブリンの腹へナイフを突き立てる。
至近で振り下ろされる棍棒を黄色に光る小手に受けて、好戦的な鋭い視線が笑う。
そこへバレルの返す刀が叩き込まれる。
「これで、終いだ」
2匹のゴブリンが倒れたことを確かめ、バレルはトランシーバーを繋いだ。
出発して数歩入った辺りで、サントールは目端に動く影を捉えた。
「何か動かなかったか?」
「え?」
逆側を探していた天竜寺が振り返り、その影に正対していたジャックは、振り下ろされた棍棒を頬に掠めた。薄い傷から伝う赤い滴りを手の甲で荒く拭い、棍棒を振り回すゴブリンを睨め付ける。
「……あんた等の所為で未来の美女が1人失われた訳か。落とし前はつけてもらうさ」
きっと、両親に愛されて笑顔の愛らしい美女に育ったことだろう。見えることの叶わなくなった手袋の持ち主を思い描き、全身にマテリアルを走らせる。
風の精霊に祝福された白い刀身が、木々の合間から差し込む光を受けて輝く。
「確かに、ひどい話だな……」
サントールがゴブリンに向かう。見据えた目は爛爛と、その目つきが人相を変え、指に嵌めた得物の鋭い先端に木漏れ日を受けながら戦う為の姿勢を取る。未来ある子どもが殺されるなんて。そう吐露した独り言は、マテリアルの騒ぐ呻りにかき消された。
白のレイピアに薙ぎ払われ、拳の刺に抉られた屍を見下ろし、天竜寺の蒼い瞳が赤く染まる。
「こいつだけじゃ無いはず。気をつけて探そう」
探し物は、コレじゃ無い。がさりと茂みをかき分けるとジャックのトランシーバーがバレルの声を繋いだ。
「向こうも出たってよ」
呼吸を穏やかにし、頬の傷を癒やしつつ、ジャックはバレル達の向かった方へ視線を向ける。
気をつけよう、と頷き合って3人は手袋探しに戻った。
連れている犬も、何かを見つける様子が無く、探せる限りに地面を、木は枝の影や虚の中、上って鳥の巣まで探したが徒労に終わっていた。
振り返っても木ばかりの森の奥まで進むと、がさりと正面から音が聞こえた。
音の方へ注視すると木々の合間から洞穴が窺えた。
3人は足を止める。
ジャックは弓に手を掛けながらその音を窺った。
「足を狙う……間に合うか?」
「いや、気付かれている……俺が気を引こう」
一瞬ゴブリンの淀んだ瞳と目が合ったように感じたサントールが拳を握り直し、飛び出す姿勢を整える。天竜寺も剣の柄を強く握った。
「あたしも前に出る。叩き斬ってやるから、任せて」
そこにいた1匹が、手を上げ、更に2匹が集まってくる。こちらを狙う彼らは刃の間合いだ。ジャックはレイピアの柄を握り締める。
「―――お前らの『自由』は許してやれねーよ」
自由都市同盟が許す自由は、人を殺すもののそれでは無い。声を張りながらジャックが斬り掛かり、残りの2匹に向かってサントールが拳を向ける。
「……ぅぁあああ」
咆哮と共に拳を突き出し、振り下ろされる2つの凶刃を後方へと誘う。
誘い込まれる1匹を天竜寺の素早く捉え、逃げる隙を与えずに切り裂いていく。
「絶対、逃がさないよ……っ」
その言葉にサントールも引いた拳を、その刺を叩き込みながら頷いた。
2匹を落とされて洞穴へと逃げ帰ろうとしたゴブリンの背に、一筋の矢が刺さる。
「許さねーっつっただろ」
その矢に倒れたゴブリンへ留めの刃が突き立てると、吹き上がった返り血を躱して天竜寺は洞穴の入り口を見詰めた。
「ここまで来ちゃったら、中も探そう」
巣を見つけたとジャックがバレルのトランシーバーへ伝える。
バレルが通話をそのまま伝えた。
「巣穴を見つけた、近くで遭遇して、撃破したらしい」
「こっちに出てこないと思ったら」
エイルは肩を竦めて探し終えた森を振り返る。ジャックから聞いた巣穴の場所はここからでも遠くないが、探している最中も最初の2匹以降、ゴブリンとの遭遇は無かった。
巣穴にしている洞穴の方角はすぐに見つかる。アルトはそちらへと足を向けた。
「ボクたちも行こうか。流石に巣の中は危ないだろうから」
足下を探すのも、今は後に回そう。しかし、巣の中にも見付からなかったら。探す範囲を更に下って風下の方へも、と肩越しの目を一度向けた。
湿った落ち葉を踏む足音が走り抜けていく。
洞穴の入り口は暗く狭い。
照らそうかとランタンを翳したが、中は窺えずその光に向けて中から石が投げつけられるばかりだった。
「あたしが行く」
天竜寺が剣を構え、サントールがランタンを片手に拳の刺を見下ろす。
がさりと近くの茂みが揺れて、身構えた3人の前にアルトとエイルとバレルが現れた。
「間に合ったみたいね、私も明かりを持っておくわ」
エイルがランタンを灯してサントールと共に入り口近くを照らす。
「騒いでるのに、出ては来ないみたいだね。ボクも、行くよ」
アルトは大振りのナイフを器用に操りながら瞳を強く輝かせる。
狭く、明かりはランタンのみ。そんな中で戦うのなら、とジャックもレイピアを選び、傷が癒えて薄らと赤黒く乾き残った頬の血痕を払い落とす。
バレルも刀を構えて頷いた。鏡面のような刀身に、ランタンの光が映る。
ハンター達は巣穴へと突入した。
天竜寺が指向の定まらない光の中、正対した1匹と切り結ぶ。振り下ろした刀身に生温く黒い血を浴びるなか、影から何匹かに飛び掛かられた。剣を伸ばしたまま躱すこともできずに、すぐ傍らを刃物が凪いだのを感じ、鎧が棍棒とぶつかる鈍い音を聞き。次の重たい一撃が肩に入り、落とし掛けた柄を両手で強く握った。
「――っ、く……絶対、離さない」
ゴブリン達は光を追って天竜寺に飛び込んでいたらしい。それに気付いたサントールは、拳で軽く空気を凪いでゴブリンを誘う。
「こっちだ……どうした、来ないのか」
ゴブリンの意識がサントールへ向かって天竜寺を離れたところへジャックとアルトも切り込んでいき、固執する1匹にバレルが刃の切っ先を向ける。
エイルは足下へランタンを傾ける光を走らせ、手袋が無い事を確かめ、盾を前に出しながらゴブリンの陣形を崩しにかかった。
「天竜寺さん、平気かしら?」
防御の隙を探るように、暗い洞穴の中でも光を感じるようなマテリアルを送り、天竜寺の傷を癒やす。
「ありがとう――あと何匹?」
体勢を立て直した天竜寺は洞穴の中を見回した。
落ち着く隙を与えまいと殴り掛かるゴブリンに、バレルの刀が突き刺さる。
「怯えるな、死ぬ時間が来ただけだ……」
血の泡を吹いて藻掻くゴブリンから刀を抜いて低く言い放つと天竜寺の背を庇うように立つ。
ジャックとアルトの切り落としたゴブリンのうめき声が途切れると、洞穴の中からふっと音が途切れた。
終わった、と誰からと無く安堵の息が零れ、ジャックとサントールは怪我にマテリアルを巡らせて癒やす。最中に気付かないままで浅くない傷を負っていたようだ。
洞穴の中をランタンの明かりを頼りに探していくと、ゴブリンがどこからか奪って集めたらしい、既に使い物にならない程に破れ壊れた様々な物品の中、煤けた綿のような者が覗いた。
「あ、これかな……?」
天竜寺が首を傾げながら拾い上げたそれにエイルが光を翳す。
あの女性の手に握られていた柔らかそうな白い手袋。涙声になって聞き取れ無かった名前だが、この片割れに刺繍しされていることは聞くことができた。その刺繍も解れていて読み取ることはできない。
どうしようも無く壊れ、染み込んだ血糊と泥で形を保ち、辛うじて内側の微かな白が面影を語るそれ。
出発の直前、お願いします、と手袋を握ったまま深く頭を垂れた彼女が無理矢理に繕った寂しげな微笑が蘇った。
「これみたいだわ。大きさも……同じで、色も」
見つけたのかと振り返ったバレルに、天竜寺は軽く土を払った手袋を見せる。バレルは眉間に皺を刻み、唇を結んだ。
「亡くなった時、の、だね……」
アルトが手を伸ばし、泥汚れの下を尚黒く染める血糊を撫でた。
「見付かったなら、出ようぜ。もう敵もいねーし」
湿る雰囲気を払うようにジャックが声を掛け、サントールもランタンで周辺を確かめる。
残党はいないとわかると、ハンター達は馬車へ戻った。
●
できるだけそのままで、と天竜寺が言い、手綱を取る彼女に代わってエイルが手袋を包む様に握った。
「帰ろうぜ。親が待ってんだろ。迷子を送り届けてやんねーとな」
励ますように声を掛けながらジャックが馬車へ乗り込む。
エイルの手の中で迷子と呼ばれた手袋は、失われた時のまま彼女の両親を、片割れを待ち続けているように見える。
そうだね、と頷いて天竜寺は手綱を引いて馬を走らせる。
轍の鳴る音場響く中、私は、と声を掛けた。
「誰も思い出さなくなった時が、本当に人が死ぬ時だと思うんだ」
前を、帰るべき道を見詰めながら思う。彼女の両親が彼女を覚えている限り、決して死なないと。そう、伝えようと。
優しい言葉が見付からない、とサントールが首を横に揺らした。痛むと言うように胸を押さえて目を伏せた。
ボクは未だ子どもの立場だと、流れる景色を眺めてアルトはゆっくりと瞬く。月並みかも知れないけれど、と景色から手袋に視線を戻した。
「大好きな両親には前を見て幸せになって欲しい……って、この子も思ってるんじゃないかな」
振り返っても、もうあの場所は見えない。
エイルはもう一度だけ振り返った。
「いつか……花を供えに行けたら良いわね」
手袋を撫でて、そう、零した。
馬車が揺れた。天竜寺 舞(ka0377)は前を見据えて手綱を握る。
その傍らで地図を追っていたエイル・メヌエット(ka2807)が声を掛けた。
「止まって、この辺りだわ」
「――っよ、と。……馬、繋いでくる。やっぱり、近くには無い、かな」
天竜寺が馬車を降りながら辺りを見回した。木枯らしの吹き抜ける砂埃を巻き上げて、街道にはそれらしい物は見当たらない。
膝下に添う犬を見下ろす。手袋の片割れを嗅いだ犬が、丸一年それを握って泣き暮れた母親に鼻先を寄せた姿を思い出して瞼を伏せた。
「一応、ボクの犬も手袋は嗅がせてきたから……似たような匂いで見つけてくれないかな?」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が彼女の連れた白い犬を撫でて、無理かなと首を傾がせた。
「なら、二手に分かれましょうか? ――アルトさんと、天竜寺さんを分けて。後は、そうね」
エイルが馬車を降りた仲間に目を向ける。視線が絡んだのは、バレル・ブラウリィ(ka1228)だ。
「バレルさん、行きましょう」
手綱を片手に掴んで犬の背を撫でながら、天竜寺も頷いた。
「そうだね。ジャックさん、サントールさん、よろしく」
気持ちを切り替えて見上げた蒼い瞳は、ジャック・エルギン(ka1522)とサントール・アスカ(ka2820)を見詰めた。
「おう」
「よろしく。手伝おうか。その方が早いよ」
2人が頷き、手綱を木に繋ぐのを横目に、バレルは唇を結び、軋む程拳を固めた。子ども、だと。声にはせずに森の木々が重なる影を睨む。
「――先に出よう」
アルトとエイルを促し、茂みの高い草を踏んで分け入っていく。天竜寺が頷き、アルトが犬を走らせる。
「行くよ、シロ!」
「皆さんも、気をつけて」
エイルも続いて走った。
懐かない馬を何とか繋ぎ、できた、と天竜寺が声を上げる。サントールも買って出た綱を繋ぎ終えて手を離した。
「よし、俺等も行こうぜ。失せ物探しに時間はいくらあっても足りねーしな」
ジャックが草を踏みしめ急かすように振り返った。
●
がさごそ、と青い草も枯れ草もかき分けて地面を晒す。積もった落ち葉も捲り、湿った土を払いながら小さな小さな手袋を探す。街道から森へ分け入り、転がりそうな、隠れてそうな辺りを暴いていくが、それは一向に見付かる気配が無い。
「この辺りじゃなさそうだね」
アルトが街道を振り返る。まだ馬車が見える位置にあった。
「もう少し奥まで行ってみましょう、飛ばされて引っ掛かったり、雨に流されたのかも知れないわ」
エイルが今は晴れた空を見上げた。バレルの視線は森の奥へと向いている。
「ゴブリンが出るまでに見付かればいいが……」
呟いてトランシーバーを探る。もう一組も、すでに探し始めた頃だろう。すぐにも見付かったのなら、連絡が来るはずだ。
アルトの連れた犬がふるりと身震いし、その毛を膨らませる。一瞥してアルトは花のように赤い瞳をそちらへ向けた。
「……そう言ってる間に、出てきちゃったよ」
「2匹だけ? 斥候かしらね?」
エイルが構えた御幣の先に、清い白の紙垂が微風に揺れる。
2匹のゴブリンが、棍棒を握って3人の前に立ち塞がった。
ひらりひらりと幾片もの花弁が舞い踊り、舞い上がるように火花が散る。その幻影は黄金に染まり身を焼く程の炎に変じる。玉鋼の刃に艶やかな刃紋がその炎を割いて据わる。
「この程度の相手に邪魔される暇は無いな」
巡るマテリアルの熱を感じながら地面を蹴って、バレルはその内の1匹に飛び掛かった。
木漏れ日が差す森の中、その光に溶けたようにエイルの影が揺らいで消える。彼女自身がその光であった様に、緩やかに穏やかに光の波紋を重ねて、広げる。
光の中心でもたげた御幣が清廉な光を放ち、バレルの刃に狙いを重ねる。
「ヒーラーだからって、攻撃できないわけじゃ無いわよ」
「一気に片付けちゃおう」
アルトが残りの1匹を睨む、赤い瞳は煌めき、その光が色が炎の艶を帯びると、同じ色はその髪も染めていく。
ナイフを握りマテリアルを滑らかに巡らせて、一瞬の俊足を得てゴブリンの腹へナイフを突き立てる。
至近で振り下ろされる棍棒を黄色に光る小手に受けて、好戦的な鋭い視線が笑う。
そこへバレルの返す刀が叩き込まれる。
「これで、終いだ」
2匹のゴブリンが倒れたことを確かめ、バレルはトランシーバーを繋いだ。
出発して数歩入った辺りで、サントールは目端に動く影を捉えた。
「何か動かなかったか?」
「え?」
逆側を探していた天竜寺が振り返り、その影に正対していたジャックは、振り下ろされた棍棒を頬に掠めた。薄い傷から伝う赤い滴りを手の甲で荒く拭い、棍棒を振り回すゴブリンを睨め付ける。
「……あんた等の所為で未来の美女が1人失われた訳か。落とし前はつけてもらうさ」
きっと、両親に愛されて笑顔の愛らしい美女に育ったことだろう。見えることの叶わなくなった手袋の持ち主を思い描き、全身にマテリアルを走らせる。
風の精霊に祝福された白い刀身が、木々の合間から差し込む光を受けて輝く。
「確かに、ひどい話だな……」
サントールがゴブリンに向かう。見据えた目は爛爛と、その目つきが人相を変え、指に嵌めた得物の鋭い先端に木漏れ日を受けながら戦う為の姿勢を取る。未来ある子どもが殺されるなんて。そう吐露した独り言は、マテリアルの騒ぐ呻りにかき消された。
白のレイピアに薙ぎ払われ、拳の刺に抉られた屍を見下ろし、天竜寺の蒼い瞳が赤く染まる。
「こいつだけじゃ無いはず。気をつけて探そう」
探し物は、コレじゃ無い。がさりと茂みをかき分けるとジャックのトランシーバーがバレルの声を繋いだ。
「向こうも出たってよ」
呼吸を穏やかにし、頬の傷を癒やしつつ、ジャックはバレル達の向かった方へ視線を向ける。
気をつけよう、と頷き合って3人は手袋探しに戻った。
連れている犬も、何かを見つける様子が無く、探せる限りに地面を、木は枝の影や虚の中、上って鳥の巣まで探したが徒労に終わっていた。
振り返っても木ばかりの森の奥まで進むと、がさりと正面から音が聞こえた。
音の方へ注視すると木々の合間から洞穴が窺えた。
3人は足を止める。
ジャックは弓に手を掛けながらその音を窺った。
「足を狙う……間に合うか?」
「いや、気付かれている……俺が気を引こう」
一瞬ゴブリンの淀んだ瞳と目が合ったように感じたサントールが拳を握り直し、飛び出す姿勢を整える。天竜寺も剣の柄を強く握った。
「あたしも前に出る。叩き斬ってやるから、任せて」
そこにいた1匹が、手を上げ、更に2匹が集まってくる。こちらを狙う彼らは刃の間合いだ。ジャックはレイピアの柄を握り締める。
「―――お前らの『自由』は許してやれねーよ」
自由都市同盟が許す自由は、人を殺すもののそれでは無い。声を張りながらジャックが斬り掛かり、残りの2匹に向かってサントールが拳を向ける。
「……ぅぁあああ」
咆哮と共に拳を突き出し、振り下ろされる2つの凶刃を後方へと誘う。
誘い込まれる1匹を天竜寺の素早く捉え、逃げる隙を与えずに切り裂いていく。
「絶対、逃がさないよ……っ」
その言葉にサントールも引いた拳を、その刺を叩き込みながら頷いた。
2匹を落とされて洞穴へと逃げ帰ろうとしたゴブリンの背に、一筋の矢が刺さる。
「許さねーっつっただろ」
その矢に倒れたゴブリンへ留めの刃が突き立てると、吹き上がった返り血を躱して天竜寺は洞穴の入り口を見詰めた。
「ここまで来ちゃったら、中も探そう」
巣を見つけたとジャックがバレルのトランシーバーへ伝える。
バレルが通話をそのまま伝えた。
「巣穴を見つけた、近くで遭遇して、撃破したらしい」
「こっちに出てこないと思ったら」
エイルは肩を竦めて探し終えた森を振り返る。ジャックから聞いた巣穴の場所はここからでも遠くないが、探している最中も最初の2匹以降、ゴブリンとの遭遇は無かった。
巣穴にしている洞穴の方角はすぐに見つかる。アルトはそちらへと足を向けた。
「ボクたちも行こうか。流石に巣の中は危ないだろうから」
足下を探すのも、今は後に回そう。しかし、巣の中にも見付からなかったら。探す範囲を更に下って風下の方へも、と肩越しの目を一度向けた。
湿った落ち葉を踏む足音が走り抜けていく。
洞穴の入り口は暗く狭い。
照らそうかとランタンを翳したが、中は窺えずその光に向けて中から石が投げつけられるばかりだった。
「あたしが行く」
天竜寺が剣を構え、サントールがランタンを片手に拳の刺を見下ろす。
がさりと近くの茂みが揺れて、身構えた3人の前にアルトとエイルとバレルが現れた。
「間に合ったみたいね、私も明かりを持っておくわ」
エイルがランタンを灯してサントールと共に入り口近くを照らす。
「騒いでるのに、出ては来ないみたいだね。ボクも、行くよ」
アルトは大振りのナイフを器用に操りながら瞳を強く輝かせる。
狭く、明かりはランタンのみ。そんな中で戦うのなら、とジャックもレイピアを選び、傷が癒えて薄らと赤黒く乾き残った頬の血痕を払い落とす。
バレルも刀を構えて頷いた。鏡面のような刀身に、ランタンの光が映る。
ハンター達は巣穴へと突入した。
天竜寺が指向の定まらない光の中、正対した1匹と切り結ぶ。振り下ろした刀身に生温く黒い血を浴びるなか、影から何匹かに飛び掛かられた。剣を伸ばしたまま躱すこともできずに、すぐ傍らを刃物が凪いだのを感じ、鎧が棍棒とぶつかる鈍い音を聞き。次の重たい一撃が肩に入り、落とし掛けた柄を両手で強く握った。
「――っ、く……絶対、離さない」
ゴブリン達は光を追って天竜寺に飛び込んでいたらしい。それに気付いたサントールは、拳で軽く空気を凪いでゴブリンを誘う。
「こっちだ……どうした、来ないのか」
ゴブリンの意識がサントールへ向かって天竜寺を離れたところへジャックとアルトも切り込んでいき、固執する1匹にバレルが刃の切っ先を向ける。
エイルは足下へランタンを傾ける光を走らせ、手袋が無い事を確かめ、盾を前に出しながらゴブリンの陣形を崩しにかかった。
「天竜寺さん、平気かしら?」
防御の隙を探るように、暗い洞穴の中でも光を感じるようなマテリアルを送り、天竜寺の傷を癒やす。
「ありがとう――あと何匹?」
体勢を立て直した天竜寺は洞穴の中を見回した。
落ち着く隙を与えまいと殴り掛かるゴブリンに、バレルの刀が突き刺さる。
「怯えるな、死ぬ時間が来ただけだ……」
血の泡を吹いて藻掻くゴブリンから刀を抜いて低く言い放つと天竜寺の背を庇うように立つ。
ジャックとアルトの切り落としたゴブリンのうめき声が途切れると、洞穴の中からふっと音が途切れた。
終わった、と誰からと無く安堵の息が零れ、ジャックとサントールは怪我にマテリアルを巡らせて癒やす。最中に気付かないままで浅くない傷を負っていたようだ。
洞穴の中をランタンの明かりを頼りに探していくと、ゴブリンがどこからか奪って集めたらしい、既に使い物にならない程に破れ壊れた様々な物品の中、煤けた綿のような者が覗いた。
「あ、これかな……?」
天竜寺が首を傾げながら拾い上げたそれにエイルが光を翳す。
あの女性の手に握られていた柔らかそうな白い手袋。涙声になって聞き取れ無かった名前だが、この片割れに刺繍しされていることは聞くことができた。その刺繍も解れていて読み取ることはできない。
どうしようも無く壊れ、染み込んだ血糊と泥で形を保ち、辛うじて内側の微かな白が面影を語るそれ。
出発の直前、お願いします、と手袋を握ったまま深く頭を垂れた彼女が無理矢理に繕った寂しげな微笑が蘇った。
「これみたいだわ。大きさも……同じで、色も」
見つけたのかと振り返ったバレルに、天竜寺は軽く土を払った手袋を見せる。バレルは眉間に皺を刻み、唇を結んだ。
「亡くなった時、の、だね……」
アルトが手を伸ばし、泥汚れの下を尚黒く染める血糊を撫でた。
「見付かったなら、出ようぜ。もう敵もいねーし」
湿る雰囲気を払うようにジャックが声を掛け、サントールもランタンで周辺を確かめる。
残党はいないとわかると、ハンター達は馬車へ戻った。
●
できるだけそのままで、と天竜寺が言い、手綱を取る彼女に代わってエイルが手袋を包む様に握った。
「帰ろうぜ。親が待ってんだろ。迷子を送り届けてやんねーとな」
励ますように声を掛けながらジャックが馬車へ乗り込む。
エイルの手の中で迷子と呼ばれた手袋は、失われた時のまま彼女の両親を、片割れを待ち続けているように見える。
そうだね、と頷いて天竜寺は手綱を引いて馬を走らせる。
轍の鳴る音場響く中、私は、と声を掛けた。
「誰も思い出さなくなった時が、本当に人が死ぬ時だと思うんだ」
前を、帰るべき道を見詰めながら思う。彼女の両親が彼女を覚えている限り、決して死なないと。そう、伝えようと。
優しい言葉が見付からない、とサントールが首を横に揺らした。痛むと言うように胸を押さえて目を伏せた。
ボクは未だ子どもの立場だと、流れる景色を眺めてアルトはゆっくりと瞬く。月並みかも知れないけれど、と景色から手袋に視線を戻した。
「大好きな両親には前を見て幸せになって欲しい……って、この子も思ってるんじゃないかな」
振り返っても、もうあの場所は見えない。
エイルはもう一度だけ振り返った。
「いつか……花を供えに行けたら良いわね」
手袋を撫でて、そう、零した。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/11/02 20:50:58 |
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相談卓だよ 天竜寺 舞(ka0377) 人間(リアルブルー)|18才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2014/11/08 01:42:44 |