ゲスト
(ka0000)
【陶曲】歌劇の79【歌姫】
マスター:cr

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/08/05 07:30
- 完成日
- 2017/08/14 00:00
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
極彩色の街ヴァリオスが、いや、クリムゾンウェストが誇る大劇場、ベルカント大劇場は今日もその絢爛豪華な姿をたたえていた。大勢の人々を上から下まで収納しきってまだ余裕をもたせることの出来るその建物の中心で、ここに居る全ての者達の耳目を集めているのはたった一人、彼女だけだった。
彼女の名はクリスティーヌ・カルディナーレ。愛称はクリス。「ヴァリオスの歌姫」と称されるオペラ歌手でありトップスターである。
舞台の中央に立った彼女はたった一人で、この劇場の隅々にその豊かな歌声を響かせる。今日の演目はLH044事件に着想を得て書かれた、クリムゾンウェストの女性とリアルブルーの男性との真実の愛を描いた作品、その初日、つまりお披露目にあたるのがこの日だった。元ネタが元ネタだけに、ハンターソサエティを通して多くのハンター達に招待状が送られ、彼らも劇場の椅子に腰掛けていた。
そんな大盛況の中、オペラ通を自認する者たちの厳しい目が向けられる中、彼女は堂々と愛に生きる女性の姿をその歌声で表してみせる。想像をはるかに上回るその出来にこの劇場に居る人々は皆感動に打ちひしがれていた。
しかしそれをぶち壊す何かが、もうすぐそばまで近づいていた。
●
クリスの美しい歌声はますます響き、アリアはいよいよ佳境に入る。
あの人が私を呼んでも 私は隠れています
お会いした喜びで死んでしまわないように
その時だった。まったく場違いな少女の声が劇場に響く。
「それじゃあ代わりにナナが、殺しちゃうぞ☆」
そして舞台の中央に招かれざる客が降り立った。彼女の名はナナ・ナイン。災厄の十三魔の一人だった。
●
ここには数多くのハンター達が居る。しかしナナにはそんなことは関係なかった。この歪虚には理不尽を押し通すだけの圧倒的な戦闘能力が備わっていた。
ナナは指をパチリと鳴らす。響く爆音。何を仕掛けたのか、あちこちで火の手が上がる。以前この劇場を襲った歪虚の時とは違い、その火は紛れもない本物だった。
「今ナナって超いい気分☆ いい気分だから、あなたから殺しちゃうね☆」
そしてナナはクリスに向かって飛び出す。殺戮劇の幕はこうして唐突に、突然に開いたのだった。
極彩色の街ヴァリオスが、いや、クリムゾンウェストが誇る大劇場、ベルカント大劇場は今日もその絢爛豪華な姿をたたえていた。大勢の人々を上から下まで収納しきってまだ余裕をもたせることの出来るその建物の中心で、ここに居る全ての者達の耳目を集めているのはたった一人、彼女だけだった。
彼女の名はクリスティーヌ・カルディナーレ。愛称はクリス。「ヴァリオスの歌姫」と称されるオペラ歌手でありトップスターである。
舞台の中央に立った彼女はたった一人で、この劇場の隅々にその豊かな歌声を響かせる。今日の演目はLH044事件に着想を得て書かれた、クリムゾンウェストの女性とリアルブルーの男性との真実の愛を描いた作品、その初日、つまりお披露目にあたるのがこの日だった。元ネタが元ネタだけに、ハンターソサエティを通して多くのハンター達に招待状が送られ、彼らも劇場の椅子に腰掛けていた。
そんな大盛況の中、オペラ通を自認する者たちの厳しい目が向けられる中、彼女は堂々と愛に生きる女性の姿をその歌声で表してみせる。想像をはるかに上回るその出来にこの劇場に居る人々は皆感動に打ちひしがれていた。
しかしそれをぶち壊す何かが、もうすぐそばまで近づいていた。
●
クリスの美しい歌声はますます響き、アリアはいよいよ佳境に入る。
あの人が私を呼んでも 私は隠れています
お会いした喜びで死んでしまわないように
その時だった。まったく場違いな少女の声が劇場に響く。
「それじゃあ代わりにナナが、殺しちゃうぞ☆」
そして舞台の中央に招かれざる客が降り立った。彼女の名はナナ・ナイン。災厄の十三魔の一人だった。
●
ここには数多くのハンター達が居る。しかしナナにはそんなことは関係なかった。この歪虚には理不尽を押し通すだけの圧倒的な戦闘能力が備わっていた。
ナナは指をパチリと鳴らす。響く爆音。何を仕掛けたのか、あちこちで火の手が上がる。以前この劇場を襲った歪虚の時とは違い、その火は紛れもない本物だった。
「今ナナって超いい気分☆ いい気分だから、あなたから殺しちゃうね☆」
そしてナナはクリスに向かって飛び出す。殺戮劇の幕はこうして唐突に、突然に開いたのだった。
リプレイ本文
●
その日、ヴァイス(ka0364)は気分が良かった。日頃の行いが良かったのか、彼に割り当てられた席は最前列に近い位置。クリスの決して大きくはない体からこの劇場中に広がる豊かな歌声を体に浴びこの時を全身で堪能していた。
だが、その気分を一瞬で塗り替えるそれは突如現れた。
「今ナナって超いい気分☆ いい気分だから、あなたから殺しちゃうね☆」
だからヴァイスは跳んだ。状況をやっと理解し、パニックを起こして逃げ惑う観客達の流れに逆らうようにビロード敷きの床に槍を突き立て、尻手を握って自らの体を宙に飛ばす。
同じ頃ジュード・エアハート(ka0410)は手にした拳銃を振り回しながら走っていた。彼と共に十色 エニア(ka0370)も大鎌を手に走る。観客達が二人の行く手を邪魔する。しかしまさかその観客達に、二人が持っている武器を振るうわけにはいかない。ジュードのまるで剣のように操られる拳銃も、エニアの手にする大鎌も、すべて歪虚に叩き込むためにあるのだ。
しかし三人が思う以上に、異様なまでにナナは速かった。三人が全力で駆け抜ける距離を、ナナは余裕を持って走りそのままクリスの心臓をえぐり出すだけの余裕を持っていた。このままでは間に合わない……。
「こんなに前の席でお芝居見たの初めてだったのにぃ……79ブッコロですぅ!」
その時星野 ハナ(ka5852)は怒っていた。怒りの余りか、符を手に何枚も一気に懐から引き抜くと、それをまとめて投げつける。するとそれぞれの符はバラバラに撒き散らされ、そして次の刹那それぞれの符から白、赤、黄、緑、紫、五色の光線が放たれていた。その全てがたった一箇所、舞台上に立つナナの元に集中する。
それをナナは気にも留めないとばかりにふわりと空中に跳び上がりかわす。だが、舞台上で踊るナナを狙うのはそれだけではなかった。
「舞台の上で中身を撒き散らして倒れる役をあげるわよ、79」
マリィア・バルデス(ka5848)はつい先程まで自分が腰掛けていた席の上に飛び乗り弾丸をばらまく。
「この席はいいな、一番見晴らしが良いしよ。歌を聴くのにも……銃を撃つのにもよ!」
その近くではステラ・レッドキャップ(ka5434)が同じ様にライフルから銃弾を次々と発射していた。小気味よいリズムの銃声が途切れること無く流れ、二人が放つ弾丸の雨がナナに向かって降り注ぐ。
「この素敵なひと時を脅かすなんて……噂に名高い十三魔とはいえ、歌姫や多くの観客を無事に逃がす為にも絶対に引けないね」
その弾丸の雨を追いかけるように、ユウ(ka6891)は舞台へと上がろうとする。座席の背もたれを蹴り、その反動で飛んで一気にこの距離を駆け抜けようとした。
しかしそんな彼女を遮ったものが居た。ナナでも歪虚でもなく、逃げ惑う観客達が原因だった。間を縫って先へ進もうとしたが、それでなんとかなるような状況ではなかった。まさかここで観客を足蹴にするわけにも行かない。
だがその弾丸の中をナナは悠々と歩く。通り抜ける隙間など無いはずだが、それを乗り越えて進む。この歪虚は理不尽というものを体現したような存在だった。
もはやこれまでか。しかしその時、その状況を強引にでも押し留める一矢が上から降ってきた。
「越えなければならない壁、ですね」
彼女はバルコニーに居た。ミオレスカ(ka3496)はそこで次の矢をつがえていた。
「何が一番効果的か、試させてもらいます」
その前に放たれた一矢はナナの先を塞ぐように舞台の上に突き立っていた。その矢は彼女には当たらない。
「危ない☆」
当たらないが、その足を止めかわすために後ろに跳ばすことはできた。それで十分だった。四人の力が揃ったことで初めてほんの少しの機会は訪れた。
後ろに跳んだナナは着地と同時に爆発的に前に飛び出し、その手をクリスの心臓を貫くために突き出す。肉を抉る感触、生暖かい血飛沫を浴びる感覚。彼女は今絶頂の時に居た。
「……どうしてここにいるの?」
だが彼女がその手を突き立てた相手はクリスでは無かった。
「ハ。演者を狙うたァらしくねェじゃねぇか、なな……な、ななな……ナナ!」
そこに居たのは万歳丸(ka5665)だった。
「もう、バカー! キライキライキライ!」
ナナは万歳丸を嫌っていた。怒りながら、それでも表情は笑顔のまま、何度も手刀でその大きな体を貫く。
「どうしてこんなにしても死なないのよー!」
これだけの攻撃を浴びれば一般人はもちろん、たとえ覚醒者だろうと死んでおつりが来る。しかし万歳丸はその身を真っ赤に染めながらもなおも立っていた。
「私……魔術師なんですけど~」
万歳丸の体は赤く染まりながら光り輝いていた。彼の身を守る魔法をかけたのはアシェ-ル(ka2983)。
「一番、良い席だと思ったら~。でも、ちょうど、ハンターとして招待されていた時で良かったです!」
ナナが一歩遅れたことで万歳丸が、そしてアシェールが舞台に上るのが間に合った。
「いい歌だったぜ。死なせやしねェ、安心しなァ!」
そして背後で呆然と立ち尽くすクリスにそう声をかける。
何が起きているのか、信じられないクリス。だが彼女を現実に引き戻し、それでありながらパニックを起こさせなかったのは見知った顔の瞳だった。
「クリス、大丈夫か?」
舞台に飛び込んでいたヴァイスはじっと彼女の瞳を見てそう声をかける。
「とんだサプライズゲストだね! 丁重にお引き取り願わなきゃ!」
そんな二人をまとめて殺すべく動こうとしたナナだったが、その前に夢路 まよい(ka1328)が動いていた。飛び出しながら短く詠唱すると、ナナの背後で鈍く光る紫色の球体が現れる。それが発する高重力に、決して重くはないナナの身体は少しずつ引きずられていた。
そこで鞍馬 真(ka5819)は走れる限り客席の上を走り、その勢いのまま鋭く剣を突き出した。突き出された剣から一気に剣気が噴出し、そのままナナを襲う。彼女は軽く飛ぶだけでかわしてしまうが、それは同時にまよいの生み出した高重力に彼女の体が引きずられるという意味だった。おかげで隙間が開いた。
「残念でした~。この先は通れませんよー!」
その出来た隙間にアシェールは意志による結界を張っていた。たとえナナでも、これを飛び越えることは不可能だった。
「大丈夫、君の歌も君の歌を聞いてくれる人達も俺達が守るから」
そしてジュードはそのまま彼女の肩を抱き寄せ、舞台袖へと捌けていった。文字通り絶体絶命だった歌姫の命は、かくしてとりあえず守られることとなった。
●
「チッ、遠慮したのがアダになったな」
ジャック・エルギン(ka1522)は芸術を嗜む様な性格ではない。だから招待状を貰っても、座席は遠慮して一番後ろを選んでいた。舞台上で踊るナナまでここからでは遠すぎる。
舞台は他のハンター達に任せる。自身は今出来ることをする。目の前でパニックを起こし逃げ惑う観客達が、その燃え上がる炎を前に慌てふためいている姿を見て放っておけるような性格でも彼はなかった。
「しかしあん時、送り届けたクリスが今じゃヴァリオスの歌姫とはな。舞台、守ってやっか!」
観客達を一度後ろに下がらせたジャックは肩に担いだバスタードソードを横に一振りする。その剣から巻き起こった剣風は立ち上る炎をも吹き飛ばす。その先にはこの地獄から抜け出すための出口が見えた。
そこにアーク・フォーサイス(ka6568)がやって来た。観客達は我先にと出口へ急ぐが、アークはそれを慌てすぎないよう誘導していた。
「相手は災厄のアイドル、か。命は守られるべきものだ。何からであっても」
アークのその言葉にジャックも一つ頷き同意を示していた。
「燃える舞台、逃げ惑う人々……これはファントムさんの時と同じ……いえもっと前に同じ事があった気が……」
Uisca Amhran(ka0754)はこの光景にデジャヴを感じていた。あれは1年程前のことであろうか、同じベルカント大劇場でクリスは歪虚に舞台上で襲われるという同じ出来事を経験していた。そしてイスカもその場所に居た。だが、彼女が感じた既視感の正体はそれではなかった。もっと昔に、そのようなことが合った感覚を何故か彼女は覚えていた。
ともすれば現実の出来事のように思えなくなってしまう彼女の感覚を、泣き叫ぶ子供の声が現実へと引き戻した。
その子供は逃げ惑う観客達に巻き込まれたからか、膝から血を流し泣きじゃくっていた。イスカはその子供に駆け寄り祈りの歌を静かに歌う。柔らかな光が傷を包み、見る間にその傷は塞がれていった。
自身も落ち着きを取り戻したイスカは次に拳銃を抜き、火元へ向かって放つ。放たれた弾丸は火元に吸い込まれると同時に小さく澄んだ高い音を奏で、そして銃弾の中に収められていた冷却剤が噴出した。
白い水蒸気と共に火が収まる。イスカはまずこの状況を何とかするため、人々を外へと送り出していた。
「少しばかり感覚がずれるな。だが慣らしていくしかねえか」
龍崎・カズマ(ka0178)は下から飛んでくる火の粉をかわしながら、壁を垂直に上へと駆け上がっていた。時には真っ直ぐに駆け上がり、時には豪華な装飾品に指を引っ掛けて。程なくして彼はバルコニー最上層部に辿り着く。飛び込んだ中にはただただ戸惑うばかりの観客の姿があった。
「上の階から降りていかないと通路が込むだろう。まあ任せろ」
あえて軽口で話しかけて観客を落ち着かせると龍崎は扉を開く。しかし扉を開けた瞬間熱風が襲い来る。一階から五階までをつなぐ階段は、この時炎を上へと運ぶ煙突になっていた。吹き上がる炎からとっさに体を守り、一度扉を締める。さてどうやって下に降りれば良いものか……。
「……呆気ないね」
墨城 緋景(ka5753)も同じく五階に居た。避難者を誘導するため同じ様に廊下に出たが、火の手が強すぎて降りられるような状態ではない。慌てて飛び出した観客の一人が落下物に潰されていた。命の灯火はもう潰えようとしている。助かる見込みは無い。
「通路の様子は? 火を見たら更にパニックになるんじゃ……」
その時三階バルコニーに居たユリアン(ka1664)は廊下に注意が向いていた。観客より先に一度廊下に飛び出す。予想通り火の手が上がっている。慣れているものならともかく、ここに観客達が無軌道になだれ込めば被害が更に拡大するのは間違いない。それでは人災だ。
「会場には多くのハンターも居ます。まずは落ち着いて」
そこでユリアンは持っていたLEDライトのスイッチを入れた。LEDの強い光で周囲の耳目を集めると、そうやって落ち着かせそしてもう一度廊下へ飛び出す。
燃え上がる炎の中彼は眼を凝らす。あった。消火栓の蓋に飛びついて開けばそこから水が溢れ出す。少しずつ火が収まっていく。一向に予断を許さないが、とりあえずユリアンは観客達を廊下へ出す。
墨城はその時火が収まってきたのを感じていた。すかさず彼は状況を占う。ここで死ぬのが運命なら仕方ないが、生死を分ける境目に居るのであれば生きる方に尽力する。つい先程まで炎に焼かれていたのだ。中が燃え安全に進める場所の方が少ない。その少ない場所を見極め、ついでに怪我したものを肩に担いで、小柄な手足を大きく振って注意を引きつつ誘導を開始していた。その眼下ではナナとハンター達の本格的な交戦が始まっていた。
●
「今あるのは歪虚となったその事実だけ。事情も何も知ったことではない……ただ、沢山遊んだのだから……もうゆっくりと休め」
舞台上ではナナの目の前に、炎の様なオーラを纏い、そのオーラすら吹き飛ばすかの如くの超加速で一足のうちに飛び込んできていたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が立ちふさがっていた。彼女だけではない。
「本当に唐突に現れてくるわね、ナナ。けどここは貴女の立つ舞台ではないわ」
もう一方にはアイビス・グラス(ka2477)。
「一族の怨敵よ、天音の黒巫女が参る!」
そしてもう一方には星輝 Amhran(ka0724)。恐るべきスピードを誇るナナだが、三人はそんなナナのスピードについてきていた。左側から抜けようとすれば三人で連携して左側に回り込み、右から抜けようとすれば右へ、文字通り一糸乱れぬ連携でこの歪虚が好き放題暴れるのを妨げる。
「もう、邪魔しないでよ☆」
ナナは口を尖らせ……たのかはわからない。この歪虚は歪虚となると同時にそういった感情を表す表情を代償として失っていた。だがともかく、三人の包囲から脱して飛び出そうとしていた。飛び出す先は観客席。避難誘導は始まっているとはいえまだまだ逃げまとう人々が多くいる。それを皆殺しにしようとしていた。そのために飛び出す方向、それは前でも左右でもなく、上だった。
空高く跳ね上がるナナ。だがアルトはこれを読んでいた。すかさず手裏剣を一枚抜き投げつける。散発的に放たれた手裏剣一枚などナナに届くはずもない。しかし、その手裏剣は本命ではなかった。空を切って飛んでいく手裏剣に、紅い糸の様なマテリアルが連なっているのが見える。
そのマテリアルの糸に引かれ、アルトもまた飛んだ。空中を砲弾のように飛び出し急加速していくナナと、それを上回るスピードで追いかけるアルト。そしてそんなアルトにしがみついて共に飛ぶキララ。
「だーかーらー」
ナナは空中でくるりとその身を振り向かせる。そのままアルトの腹部を抉ろうと手刀を出す。彼女はそれに対しとっさに刀で受け止めようとする。だが。
「邪魔だって☆」
ナナの手刀はアルトの眉間を斬り裂いていた。一瞬のうちに溢れ出した血が視界を真っ赤に染める。彼女は何度かナナと交戦したことがあった。しかし今の一撃はそれまでの経験をさらに上回る速さだった。
深手を負ったアルトに止めを刺すべくナナはさらに貫手を繰り出す。二度、三度、迫り来るそれ。
だが、今度ナナの手が貫いたのはアルトではなく、アルトの残した影でしかなかった。彼女は驚くほど冷徹に状況を把握していた。戦場ではどんなに集中してもそれを崩してしまうような紛れ、運否天賦がもたらす何かが起こる。今のはそれだ。普通にやればとてもかわせぬナナの攻撃も、落ち着いていて、それでいてナナに匹敵するような速度を持ったアルトにはかわせないものではなかった。攻撃をかわせば反撃に移る時……
しかしその時、彼女の腹部をナナの手が再び抉っていた。アルトの加速、それすらも越えた最後の一撃。さしもの彼女とはいえそれはかわしきれるものではなかった。彼女は血に沈みながら舞台へと落ちるしか無かった。
アルトに捕まっていたキララは、その時手にしていた剣を振るった。振るわれた剣は突如幾つかの節に分かれ、蛇のようにしなりナナに絡みつく。
それを手で払いのけるナナ。だがほんの少しだけ彼女に絡みつき、二人の体重がかけられたことによってナナが着地する場所は観客席ではなく舞台の上に留まっていた。
着地したナナの元にアイビスが間合いを詰める。さらにそれだけではなかった。
「舞台かぶりつきなら下から拝めると思ったのだが……違ったようだ、ふっ」
それは左側から舞台によじ登ってきたルベーノ・バルバライン(ka6752)だった。登りきった彼はそのまま構えを取り、気を練り、そしてそれを突き出した両手から放つ。その気は青き龍の如き波動とかしてナナに迫る。
「ナナ・ナインは強い、けど絶対に勝つ!」
それに合わせるように南護 炎(ka6651)が飛び込んできた。彼は駆けながら体内にマテリアルを巡らせ、それを刃に乗せてナナに斬りかかる。
「主役が逃げないで下さい」
さらにそこに迫っていたユウは左右両方の手に持った鞭を放ち、絡ませて動きを封じようとした。
「もうもうもう、みんな一杯だね☆」
果たしてそれらの攻撃は確かに一斉にナナに迫ったが、それらをひらりひらりと彼女はかわしきってしまった。しかしこれで諦める訳にはいかない。一度で上手く行かなければ二度、二度でなければ三度。
「面倒くさすぎる相手なのじゃ……が、まぁ、10回も斬れば当たるじゃろう」
アルトの代わりにナナの前に立ち、斬撃を放っていた紅薔薇(ka4766)はさらに攻撃を放つため、その刀を構え直した。
●
クリスを追いかけるように舞台袖へ向かったエニアは、ナナを二重に取り囲むハンター達に大鎌を持った手を向けた。するとその鎌の先から緑色の風が吹く。その風が舞台上を吹き抜けると、ハンターたちに纏わりつく。ハンターたちの周りを吹く風はまるで妖精の羽のように見えた。
「死ななきゃ安い……だよ」
祈りを込めて一つ言葉を紡いで、そしてそのまま舞台袖へと消えて行った。
ミオはそんな流れをバルコニーの中で見ていた。体に感じる熱は少し和らいでいる。恐らく他の誰かが上手くやってくれたのだろう。
そこに入れ替わるように、光線が飛んできた。それを放ったのは舞台袖で機杖を片手に騒いでいた穂積 智里(ka6819)だった。先程までステージを見られて騒いでいた彼女は、今度はナナの出現に対して騒ぎ、そしてデルタレイを連発していた。
智里と共に客席に居たステラとマリィアは牽制の銃弾を連発する。
「我が身力思い知れ」
銃弾やら光線やらが飛び交う舞台上で、ルベーノは筋肉を光らせ腹部目掛けて掌底を放つ。それに素早く反応した紅薔薇は一瞬で刀を鞘の中に収める。
今度は南護だ。精神を統一し、素早く踏み出しながらルベーノの一撃に併せて斬りかかる。
鞍馬はただ守る事に専念していた。気を緩めず、受ける構えを取ったまま動かない。だが、ほんの一瞬なれどナナの前で動くことが許される時は分かる。南護の剣撃に沿わせるように剣を再び突き出す。
迫りくる攻撃を体を捻ってかわそうとするナナ。しかしそれを止めるべくナナの前に立っていた者達が動いた。
アイビスは鋭く上から下へ、拳を振り下ろす。キララは素早く振り上げた剣を真っ直ぐ振り下ろす。
二つの攻撃が交わる瞬間だった。鞘に一度収められた紅薔薇の刀は再び抜かれた。死角を突き、目に止めさせぬ斬撃が水平にナナに襲い来る。
「もう、今のは危なかったよ☆ こんなの当たったらとっても痛くてナナ泣いちゃう☆」
だが、ナナはそれすらもかわしていた。斬撃の隙間を縫うように体を水平になるように飛ばしてかいくぐる。それだけでは無かった。
「ナナ泣いちゃうからかわりにこうしちゃうね☆」
ドスッ、と鈍い音がする。アイビスとキララ、二人が受けた衝撃の正体を見るべく視線を下げれば、そこにはナナの左右の足が自分達の腹部に叩き込まれていた。息がつまり体をくの字に折り曲げざるを得ない。
キララはナナのリズムを読んでいた。人ならざる者の動きを読んでかわそうとしていた。身体は動いていた。しかしそんな彼女ですら今の一撃はかわせなかった。
「何度倒れようとも何度でも立ち上がって止めてやるわ、ナ」
「うるさい☆」
アイビスが叫ぶ中、笑顔のままでこの歪虚は止めを刺す。
「ナ……?」
片手はキララの腹部に、もう片手はアイビスの肩口から胸にかけて。そんな攻撃を受けて、二人は立っていられるわけが無かった。
己の前で崩れ落ちる二人の返り血を浴び、恍惚に浸るナナ。そんな中でも紅薔薇はこの歪虚の動きを冷徹に見極めていた。もう一度か二度、タイミングを修正すれば今度こそ外さない。それだけの確信が彼女にはあった。
●
観客席後方ではジャックが奮闘していた。燃え上がる炎の中に恐れず突っ込み、そこで剣を振るう。渾身の力で振るわれた剣はいともたやすく分厚い扉を切り飛ばしていた。
炎を背中で受けながら、人が通り抜けるだけの通路を確保する。そして彼は叫ぶ。
「慌てんな! 火も歪虚も、ハンターが引き受ける!」
その声に観客は一人ずつ空いた穴をくぐって脱出していく。
「死にたくないならほら、進んで」
墨城は廊下を観客達を引き連れて歩いていた。ぶっきらぼうな物言いだが、彼の指示が的確であることはそれ以上の犠牲者が出ていないことが示していた。
指示通りに進んだ墨城率いる一団は無事一階に辿り着く。そこには観客を外に出し終えたジャックが居た。
二人は自分達の仕事が一つ片付いたことを確認するように互いに頷くと、再び客席へと戻る。
火が少し収まっていったことを感じた龍崎は早速人々を誘導し始める。どうにか間に合ったようだ。彼に誘導され人々がバルコニーから出ていった後で、それと入れ替わるようにユリアンが飛び込んできた。中を一瞥し誰も居ないことを確認したらすぐにまたバルコニーから身を躍らせ壁を走る。だがその結果は喜ばしいことに一箇所を除いて誰も居なかった。最もそうなったのは彼のちからによるところが大きいのだが、その事に本人は気づいているだろうか。
そんな中五階バルコニーでただ一人、まだそこに留まっているのはミオであった。彼女はこの位置から人々の流れを観察し、状況を掴む。そして
「大丈夫です、みなさんに被害が及ぶことはありません。私が、防ぎます」
人々の行く手を遮る障害物を見つけた彼女は矢を放つ。それは寸分違わず貫き、崩し去った。かくして人々を救うための穴は作られたのであった。
●
再び取り囲まれていたナナは今度こそ観客席に飛び込みそこに居る者達を皆殺しにしようとしていた。取り囲んでいる者達を無視して高々と飛び上がろうとする。
「フッ、舞台の上で我が肉体美に恐れをなすとは……大したこともないようだな、ナナナイン! それで女優やらどうやら、聞いて飽きれるッ」
ルベーノがそう挑発して阻止しようとするが、そのような言葉を彼女は聞こうともしなかった。
「……逃がさない」
そんなナナを止めるのはやはり力だった。マリィアが威嚇のためにバラ撒いた弾丸が彼女の動きを妨げる。
「危ないなぁ☆」
ナナは仕方なく飛び上がるのを諦める。
「まだまだ、終曲にはさせませんから」
そこにクリスを無事外へ送り終えたアシェール、ジュード、そしてヴァイスが戻ってきた。
「なァ、ナナ」
さらにもう一人、ここに立つものが居た。万歳丸だった。ナナの連続攻撃を浴びそれでも立っていられるほどの驚くべきタフさを見せた彼だったが、流石にそのまま戦いを続けるのは不可能だった。しかし軽く傷の手当を済ませただけでもう一度立ち上がりナナへと向かう。
「此処に来たのは――歌に、劇場に惹かれたからか?」
「さあて、どうかな☆ でも教えてあげないよ☆」
「呵呵! いいじゃねェか。今の今までてめェの情が見えなかった。演者を狙う。上等だ。そりゃァ……立派な嫉妬じゃねェか」
そして万歳丸は足を開き、床を踏み鳴らし、構えを取る。
その時、もう一人舞台上に居たものがいた。それは共にクリスを送り届けていたエニアだった。エニアはこの中で密かに詠唱を開始する。マテリアルを極限まで集中させ、二つの音声を同時に口内から紡ぐ。
次の瞬間、舞台の中心で突如冷気が吹き荒れた。一本は渦を描き高く高く舞い上がり、もう一本は真下へと吹き付けその中心にいるものを地面に這いつくばらせようとする。
それにクリスを送り届けた者達が反応する。まずジュードは一歩飛び退いて間合いを開くと、弓を引き絞る。つがえられていた矢が放たれれば、そこから糸をひくように紅色のマテリアルが連なる。
そしてその矢が迫る中、ヴァイスの呪文が完成していた。一条の稲妻が一気に舞台上を走りナナに迫る。
「これでも……魔術師なんですけどぉ!」
さらにアシェールも重ねる。彼女は魔術師を名乗ったが、彼女には今攻撃魔法は準備されていなかった。ならばどうするのか。その片腕に付けられた巨大な篭手、それでもっておもむろに殴りかかった。
逆方向から万歳丸が迫り合わせる。重なり合ったいくつもの攻撃のその全てにタイミングを合わせて、鍛えに鍛えぬいたその拳を叩きつける。一発、二発、一体何発の拳が打ち込まれるというのだろう。
そんな拳の嵐が巻き起こる中、その間を切り裂くように一発の銃声が鳴った。マテリアルを今の今まで凝縮し続けていたステラが、それを全て一発の弾丸に乗せて放ったものだった。
前後左右全方向から同時に迫る攻撃をナナはなおもかわそうとする。だがその時だった。
「ナナちゃん、今日の舞台の主役は貴女じゃないっ」
イスカはじっとナナのことを見つめていた。かわすために身をよじりそらすナナの瞳が、そんなイスカの瞳と合う。
「私を見て、『ナナ姉さまっ』」
その時イスカには何かが見えた。何かが聞こえていた。己の体をナナの手が貫く。ほんの数刻まで寂しそうな表情を彼女にだけ見せていた少女の満面の笑み、そして背筋が凍る用な冷たい言葉。
「あはは、壊れちゃった」
噴水のように吹き出す血が辺りを血の海に変えていく……
どれだけの刻が経っていたのだろう。イメージは終わり、元のベルカント大劇場がイスカには映る。ほんの一瞬だったはずだ。だが、その一瞬の間、ナナも同じ光景を見ていた。何故かイスカにはそのことが確信を持って言えた。
その時既に鍔鳴りは鳴り終えていた。紅薔薇はナナの前で刀を既に鞘に収め終えて立っていた。
紅薔薇の脚元で紅い薔薇の花弁が開く。急所に突き刺さったナナの手から血がとめどなく吹き出し続ける。
ナナのもう片方の手はユウの太ももを斬り裂いていた。だが、その一撃をあえて深手を追いながらも、ユウの体から力は抜けず、その両手から放たれたワイヤーと鞭は歪虚の体に絡みついていた。
その側にはハナが居た。戦いの中でも歩を進め、ここまで間合いを詰めた彼女は状況をとっさに判断に符を抜いて投げつけていた。その符は空中で大きな翼を持つ光輝く鳥に変わり、そしてそれがナナの手を受け止めていた。その光輝く鳥が今ここでユウを立たせていた。
一方紅薔薇の体からは急速に力が抜けていた。ほんの一刻で二度突き刺さったナナの手の前に、紅薔薇が立っていられるはずが無かった。だが彼女は、代わりに歪虚の体に何かを残していた。
「……痛い……」
その声は紅薔薇のものでは無かった。彼女はとうとう血の海に沈んだところだった。声の出処に居たのはナナだった。
ナナの片腕は、片脚は、子どもが遊びすぎた人形のように、ちぎれかけ力なくブラブラと揺れていた。
「……痛いよ……」
ナナは苦痛を訴える。しかし涙一つ流れない。表情一つ変わらない。
「みんなみんな……」
ナナの呪詛の声が漏れる。そして次の瞬間だった。
「ダ イ キ ラ イ だ ぁ っ!」
ナナのその声は歌の調べとなってこの劇場に広がっていた。その歌声は今、ここに残る人々を殺めるための刃と化していた。
歌声の刃は一瞬のうちに劇場に居る者達を斬り裂いていく。
客席で銃を構えていたステラとマリィアにもそれは襲い来る。刃にその身を斬られ、痛みに顔をしかめながら何とか立つマリィア。しかしその横で歌声の直撃を受けたステラは倒れていた。
万歳丸の身体は容赦なく斬り刻まれる。血煙が上がる。だが。
「……斃れねェぜ、俺ァ!!!」
なおも彼は壮絶な笑みと共に立っていた。
南護は歌声を見極めようとしていた。音には形が無い。その姿を見ることは出来ない。だが意識を集中し、その斬り筋を見極める。そして。
「同じ奴に2度も負けるか!」
決して全てを弾き止められたわけではない。元より広く広がる歌声を全て剣一本で受け止めるなど叶わぬ話。だが、それでも見事に彼は音を受け止めていた。ある程度傷は負ったが、間違いなく彼は立っていた。
ハナの助けもあり深手を負いながらも立っていたユウ。しかしナナの歌声がまだ逃げ切れていない観客に迫ろうとしていた。その時、彼女は一切の迷いなく、己の身を歌声の前へと投げ出した。
蒼白い美しい彼女の鱗が斬り裂かれ朱に染まる。だが彼女の体は確かに観客達を守っていた。
大騒ぎしていた智里だったが、その中で彼女は逃げ遅れた子供を見つけていた。彼女はその子供を小脇に抱え走る。そこに歌声が迫ってきていた。
その時彼女のもう片方の手に抱えられていた機杖の先端が輝いた。そしてそこからガラスのような光の透き通った壁が広がる。
その壁は歌声を受けると一瞬のうちに砕け散った。それで十分だった。光の壁が歌声を抑えている間に、智里は子供と共に脱出を終えていた。
だが歌声は波紋のように広がる。人々を守るには歌声は余りに大きく広がっていた。
その時だった。舞台の最前部に緞帳の様に土壁が現れたのは。
まよいがナナの足止めのために産み出していた土壁、それがこの時、多くの人々の生死を分けていた。
劇場は見る影もないほど燃えていた。人々も皆が皆無傷というわけには行かなかった。倒れたハンターも多い。しかし、それでも多くの生命を救うことが出来た。
歌声の残響が消えたとき、ナナの姿は掻き消えていた。機嫌を損ねたこの歪虚は、既に退場していた。
「『私』の死で始まった悲劇、私が終わらせるよ……『ナナ姉さま』」
招かれざる主役が退場したその舞台に向かって、イスカはそう一言呟いた。
その日、ヴァイス(ka0364)は気分が良かった。日頃の行いが良かったのか、彼に割り当てられた席は最前列に近い位置。クリスの決して大きくはない体からこの劇場中に広がる豊かな歌声を体に浴びこの時を全身で堪能していた。
だが、その気分を一瞬で塗り替えるそれは突如現れた。
「今ナナって超いい気分☆ いい気分だから、あなたから殺しちゃうね☆」
だからヴァイスは跳んだ。状況をやっと理解し、パニックを起こして逃げ惑う観客達の流れに逆らうようにビロード敷きの床に槍を突き立て、尻手を握って自らの体を宙に飛ばす。
同じ頃ジュード・エアハート(ka0410)は手にした拳銃を振り回しながら走っていた。彼と共に十色 エニア(ka0370)も大鎌を手に走る。観客達が二人の行く手を邪魔する。しかしまさかその観客達に、二人が持っている武器を振るうわけにはいかない。ジュードのまるで剣のように操られる拳銃も、エニアの手にする大鎌も、すべて歪虚に叩き込むためにあるのだ。
しかし三人が思う以上に、異様なまでにナナは速かった。三人が全力で駆け抜ける距離を、ナナは余裕を持って走りそのままクリスの心臓をえぐり出すだけの余裕を持っていた。このままでは間に合わない……。
「こんなに前の席でお芝居見たの初めてだったのにぃ……79ブッコロですぅ!」
その時星野 ハナ(ka5852)は怒っていた。怒りの余りか、符を手に何枚も一気に懐から引き抜くと、それをまとめて投げつける。するとそれぞれの符はバラバラに撒き散らされ、そして次の刹那それぞれの符から白、赤、黄、緑、紫、五色の光線が放たれていた。その全てがたった一箇所、舞台上に立つナナの元に集中する。
それをナナは気にも留めないとばかりにふわりと空中に跳び上がりかわす。だが、舞台上で踊るナナを狙うのはそれだけではなかった。
「舞台の上で中身を撒き散らして倒れる役をあげるわよ、79」
マリィア・バルデス(ka5848)はつい先程まで自分が腰掛けていた席の上に飛び乗り弾丸をばらまく。
「この席はいいな、一番見晴らしが良いしよ。歌を聴くのにも……銃を撃つのにもよ!」
その近くではステラ・レッドキャップ(ka5434)が同じ様にライフルから銃弾を次々と発射していた。小気味よいリズムの銃声が途切れること無く流れ、二人が放つ弾丸の雨がナナに向かって降り注ぐ。
「この素敵なひと時を脅かすなんて……噂に名高い十三魔とはいえ、歌姫や多くの観客を無事に逃がす為にも絶対に引けないね」
その弾丸の雨を追いかけるように、ユウ(ka6891)は舞台へと上がろうとする。座席の背もたれを蹴り、その反動で飛んで一気にこの距離を駆け抜けようとした。
しかしそんな彼女を遮ったものが居た。ナナでも歪虚でもなく、逃げ惑う観客達が原因だった。間を縫って先へ進もうとしたが、それでなんとかなるような状況ではなかった。まさかここで観客を足蹴にするわけにも行かない。
だがその弾丸の中をナナは悠々と歩く。通り抜ける隙間など無いはずだが、それを乗り越えて進む。この歪虚は理不尽というものを体現したような存在だった。
もはやこれまでか。しかしその時、その状況を強引にでも押し留める一矢が上から降ってきた。
「越えなければならない壁、ですね」
彼女はバルコニーに居た。ミオレスカ(ka3496)はそこで次の矢をつがえていた。
「何が一番効果的か、試させてもらいます」
その前に放たれた一矢はナナの先を塞ぐように舞台の上に突き立っていた。その矢は彼女には当たらない。
「危ない☆」
当たらないが、その足を止めかわすために後ろに跳ばすことはできた。それで十分だった。四人の力が揃ったことで初めてほんの少しの機会は訪れた。
後ろに跳んだナナは着地と同時に爆発的に前に飛び出し、その手をクリスの心臓を貫くために突き出す。肉を抉る感触、生暖かい血飛沫を浴びる感覚。彼女は今絶頂の時に居た。
「……どうしてここにいるの?」
だが彼女がその手を突き立てた相手はクリスでは無かった。
「ハ。演者を狙うたァらしくねェじゃねぇか、なな……な、ななな……ナナ!」
そこに居たのは万歳丸(ka5665)だった。
「もう、バカー! キライキライキライ!」
ナナは万歳丸を嫌っていた。怒りながら、それでも表情は笑顔のまま、何度も手刀でその大きな体を貫く。
「どうしてこんなにしても死なないのよー!」
これだけの攻撃を浴びれば一般人はもちろん、たとえ覚醒者だろうと死んでおつりが来る。しかし万歳丸はその身を真っ赤に染めながらもなおも立っていた。
「私……魔術師なんですけど~」
万歳丸の体は赤く染まりながら光り輝いていた。彼の身を守る魔法をかけたのはアシェ-ル(ka2983)。
「一番、良い席だと思ったら~。でも、ちょうど、ハンターとして招待されていた時で良かったです!」
ナナが一歩遅れたことで万歳丸が、そしてアシェールが舞台に上るのが間に合った。
「いい歌だったぜ。死なせやしねェ、安心しなァ!」
そして背後で呆然と立ち尽くすクリスにそう声をかける。
何が起きているのか、信じられないクリス。だが彼女を現実に引き戻し、それでありながらパニックを起こさせなかったのは見知った顔の瞳だった。
「クリス、大丈夫か?」
舞台に飛び込んでいたヴァイスはじっと彼女の瞳を見てそう声をかける。
「とんだサプライズゲストだね! 丁重にお引き取り願わなきゃ!」
そんな二人をまとめて殺すべく動こうとしたナナだったが、その前に夢路 まよい(ka1328)が動いていた。飛び出しながら短く詠唱すると、ナナの背後で鈍く光る紫色の球体が現れる。それが発する高重力に、決して重くはないナナの身体は少しずつ引きずられていた。
そこで鞍馬 真(ka5819)は走れる限り客席の上を走り、その勢いのまま鋭く剣を突き出した。突き出された剣から一気に剣気が噴出し、そのままナナを襲う。彼女は軽く飛ぶだけでかわしてしまうが、それは同時にまよいの生み出した高重力に彼女の体が引きずられるという意味だった。おかげで隙間が開いた。
「残念でした~。この先は通れませんよー!」
その出来た隙間にアシェールは意志による結界を張っていた。たとえナナでも、これを飛び越えることは不可能だった。
「大丈夫、君の歌も君の歌を聞いてくれる人達も俺達が守るから」
そしてジュードはそのまま彼女の肩を抱き寄せ、舞台袖へと捌けていった。文字通り絶体絶命だった歌姫の命は、かくしてとりあえず守られることとなった。
●
「チッ、遠慮したのがアダになったな」
ジャック・エルギン(ka1522)は芸術を嗜む様な性格ではない。だから招待状を貰っても、座席は遠慮して一番後ろを選んでいた。舞台上で踊るナナまでここからでは遠すぎる。
舞台は他のハンター達に任せる。自身は今出来ることをする。目の前でパニックを起こし逃げ惑う観客達が、その燃え上がる炎を前に慌てふためいている姿を見て放っておけるような性格でも彼はなかった。
「しかしあん時、送り届けたクリスが今じゃヴァリオスの歌姫とはな。舞台、守ってやっか!」
観客達を一度後ろに下がらせたジャックは肩に担いだバスタードソードを横に一振りする。その剣から巻き起こった剣風は立ち上る炎をも吹き飛ばす。その先にはこの地獄から抜け出すための出口が見えた。
そこにアーク・フォーサイス(ka6568)がやって来た。観客達は我先にと出口へ急ぐが、アークはそれを慌てすぎないよう誘導していた。
「相手は災厄のアイドル、か。命は守られるべきものだ。何からであっても」
アークのその言葉にジャックも一つ頷き同意を示していた。
「燃える舞台、逃げ惑う人々……これはファントムさんの時と同じ……いえもっと前に同じ事があった気が……」
Uisca Amhran(ka0754)はこの光景にデジャヴを感じていた。あれは1年程前のことであろうか、同じベルカント大劇場でクリスは歪虚に舞台上で襲われるという同じ出来事を経験していた。そしてイスカもその場所に居た。だが、彼女が感じた既視感の正体はそれではなかった。もっと昔に、そのようなことが合った感覚を何故か彼女は覚えていた。
ともすれば現実の出来事のように思えなくなってしまう彼女の感覚を、泣き叫ぶ子供の声が現実へと引き戻した。
その子供は逃げ惑う観客達に巻き込まれたからか、膝から血を流し泣きじゃくっていた。イスカはその子供に駆け寄り祈りの歌を静かに歌う。柔らかな光が傷を包み、見る間にその傷は塞がれていった。
自身も落ち着きを取り戻したイスカは次に拳銃を抜き、火元へ向かって放つ。放たれた弾丸は火元に吸い込まれると同時に小さく澄んだ高い音を奏で、そして銃弾の中に収められていた冷却剤が噴出した。
白い水蒸気と共に火が収まる。イスカはまずこの状況を何とかするため、人々を外へと送り出していた。
「少しばかり感覚がずれるな。だが慣らしていくしかねえか」
龍崎・カズマ(ka0178)は下から飛んでくる火の粉をかわしながら、壁を垂直に上へと駆け上がっていた。時には真っ直ぐに駆け上がり、時には豪華な装飾品に指を引っ掛けて。程なくして彼はバルコニー最上層部に辿り着く。飛び込んだ中にはただただ戸惑うばかりの観客の姿があった。
「上の階から降りていかないと通路が込むだろう。まあ任せろ」
あえて軽口で話しかけて観客を落ち着かせると龍崎は扉を開く。しかし扉を開けた瞬間熱風が襲い来る。一階から五階までをつなぐ階段は、この時炎を上へと運ぶ煙突になっていた。吹き上がる炎からとっさに体を守り、一度扉を締める。さてどうやって下に降りれば良いものか……。
「……呆気ないね」
墨城 緋景(ka5753)も同じく五階に居た。避難者を誘導するため同じ様に廊下に出たが、火の手が強すぎて降りられるような状態ではない。慌てて飛び出した観客の一人が落下物に潰されていた。命の灯火はもう潰えようとしている。助かる見込みは無い。
「通路の様子は? 火を見たら更にパニックになるんじゃ……」
その時三階バルコニーに居たユリアン(ka1664)は廊下に注意が向いていた。観客より先に一度廊下に飛び出す。予想通り火の手が上がっている。慣れているものならともかく、ここに観客達が無軌道になだれ込めば被害が更に拡大するのは間違いない。それでは人災だ。
「会場には多くのハンターも居ます。まずは落ち着いて」
そこでユリアンは持っていたLEDライトのスイッチを入れた。LEDの強い光で周囲の耳目を集めると、そうやって落ち着かせそしてもう一度廊下へ飛び出す。
燃え上がる炎の中彼は眼を凝らす。あった。消火栓の蓋に飛びついて開けばそこから水が溢れ出す。少しずつ火が収まっていく。一向に予断を許さないが、とりあえずユリアンは観客達を廊下へ出す。
墨城はその時火が収まってきたのを感じていた。すかさず彼は状況を占う。ここで死ぬのが運命なら仕方ないが、生死を分ける境目に居るのであれば生きる方に尽力する。つい先程まで炎に焼かれていたのだ。中が燃え安全に進める場所の方が少ない。その少ない場所を見極め、ついでに怪我したものを肩に担いで、小柄な手足を大きく振って注意を引きつつ誘導を開始していた。その眼下ではナナとハンター達の本格的な交戦が始まっていた。
●
「今あるのは歪虚となったその事実だけ。事情も何も知ったことではない……ただ、沢山遊んだのだから……もうゆっくりと休め」
舞台上ではナナの目の前に、炎の様なオーラを纏い、そのオーラすら吹き飛ばすかの如くの超加速で一足のうちに飛び込んできていたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が立ちふさがっていた。彼女だけではない。
「本当に唐突に現れてくるわね、ナナ。けどここは貴女の立つ舞台ではないわ」
もう一方にはアイビス・グラス(ka2477)。
「一族の怨敵よ、天音の黒巫女が参る!」
そしてもう一方には星輝 Amhran(ka0724)。恐るべきスピードを誇るナナだが、三人はそんなナナのスピードについてきていた。左側から抜けようとすれば三人で連携して左側に回り込み、右から抜けようとすれば右へ、文字通り一糸乱れぬ連携でこの歪虚が好き放題暴れるのを妨げる。
「もう、邪魔しないでよ☆」
ナナは口を尖らせ……たのかはわからない。この歪虚は歪虚となると同時にそういった感情を表す表情を代償として失っていた。だがともかく、三人の包囲から脱して飛び出そうとしていた。飛び出す先は観客席。避難誘導は始まっているとはいえまだまだ逃げまとう人々が多くいる。それを皆殺しにしようとしていた。そのために飛び出す方向、それは前でも左右でもなく、上だった。
空高く跳ね上がるナナ。だがアルトはこれを読んでいた。すかさず手裏剣を一枚抜き投げつける。散発的に放たれた手裏剣一枚などナナに届くはずもない。しかし、その手裏剣は本命ではなかった。空を切って飛んでいく手裏剣に、紅い糸の様なマテリアルが連なっているのが見える。
そのマテリアルの糸に引かれ、アルトもまた飛んだ。空中を砲弾のように飛び出し急加速していくナナと、それを上回るスピードで追いかけるアルト。そしてそんなアルトにしがみついて共に飛ぶキララ。
「だーかーらー」
ナナは空中でくるりとその身を振り向かせる。そのままアルトの腹部を抉ろうと手刀を出す。彼女はそれに対しとっさに刀で受け止めようとする。だが。
「邪魔だって☆」
ナナの手刀はアルトの眉間を斬り裂いていた。一瞬のうちに溢れ出した血が視界を真っ赤に染める。彼女は何度かナナと交戦したことがあった。しかし今の一撃はそれまでの経験をさらに上回る速さだった。
深手を負ったアルトに止めを刺すべくナナはさらに貫手を繰り出す。二度、三度、迫り来るそれ。
だが、今度ナナの手が貫いたのはアルトではなく、アルトの残した影でしかなかった。彼女は驚くほど冷徹に状況を把握していた。戦場ではどんなに集中してもそれを崩してしまうような紛れ、運否天賦がもたらす何かが起こる。今のはそれだ。普通にやればとてもかわせぬナナの攻撃も、落ち着いていて、それでいてナナに匹敵するような速度を持ったアルトにはかわせないものではなかった。攻撃をかわせば反撃に移る時……
しかしその時、彼女の腹部をナナの手が再び抉っていた。アルトの加速、それすらも越えた最後の一撃。さしもの彼女とはいえそれはかわしきれるものではなかった。彼女は血に沈みながら舞台へと落ちるしか無かった。
アルトに捕まっていたキララは、その時手にしていた剣を振るった。振るわれた剣は突如幾つかの節に分かれ、蛇のようにしなりナナに絡みつく。
それを手で払いのけるナナ。だがほんの少しだけ彼女に絡みつき、二人の体重がかけられたことによってナナが着地する場所は観客席ではなく舞台の上に留まっていた。
着地したナナの元にアイビスが間合いを詰める。さらにそれだけではなかった。
「舞台かぶりつきなら下から拝めると思ったのだが……違ったようだ、ふっ」
それは左側から舞台によじ登ってきたルベーノ・バルバライン(ka6752)だった。登りきった彼はそのまま構えを取り、気を練り、そしてそれを突き出した両手から放つ。その気は青き龍の如き波動とかしてナナに迫る。
「ナナ・ナインは強い、けど絶対に勝つ!」
それに合わせるように南護 炎(ka6651)が飛び込んできた。彼は駆けながら体内にマテリアルを巡らせ、それを刃に乗せてナナに斬りかかる。
「主役が逃げないで下さい」
さらにそこに迫っていたユウは左右両方の手に持った鞭を放ち、絡ませて動きを封じようとした。
「もうもうもう、みんな一杯だね☆」
果たしてそれらの攻撃は確かに一斉にナナに迫ったが、それらをひらりひらりと彼女はかわしきってしまった。しかしこれで諦める訳にはいかない。一度で上手く行かなければ二度、二度でなければ三度。
「面倒くさすぎる相手なのじゃ……が、まぁ、10回も斬れば当たるじゃろう」
アルトの代わりにナナの前に立ち、斬撃を放っていた紅薔薇(ka4766)はさらに攻撃を放つため、その刀を構え直した。
●
クリスを追いかけるように舞台袖へ向かったエニアは、ナナを二重に取り囲むハンター達に大鎌を持った手を向けた。するとその鎌の先から緑色の風が吹く。その風が舞台上を吹き抜けると、ハンターたちに纏わりつく。ハンターたちの周りを吹く風はまるで妖精の羽のように見えた。
「死ななきゃ安い……だよ」
祈りを込めて一つ言葉を紡いで、そしてそのまま舞台袖へと消えて行った。
ミオはそんな流れをバルコニーの中で見ていた。体に感じる熱は少し和らいでいる。恐らく他の誰かが上手くやってくれたのだろう。
そこに入れ替わるように、光線が飛んできた。それを放ったのは舞台袖で機杖を片手に騒いでいた穂積 智里(ka6819)だった。先程までステージを見られて騒いでいた彼女は、今度はナナの出現に対して騒ぎ、そしてデルタレイを連発していた。
智里と共に客席に居たステラとマリィアは牽制の銃弾を連発する。
「我が身力思い知れ」
銃弾やら光線やらが飛び交う舞台上で、ルベーノは筋肉を光らせ腹部目掛けて掌底を放つ。それに素早く反応した紅薔薇は一瞬で刀を鞘の中に収める。
今度は南護だ。精神を統一し、素早く踏み出しながらルベーノの一撃に併せて斬りかかる。
鞍馬はただ守る事に専念していた。気を緩めず、受ける構えを取ったまま動かない。だが、ほんの一瞬なれどナナの前で動くことが許される時は分かる。南護の剣撃に沿わせるように剣を再び突き出す。
迫りくる攻撃を体を捻ってかわそうとするナナ。しかしそれを止めるべくナナの前に立っていた者達が動いた。
アイビスは鋭く上から下へ、拳を振り下ろす。キララは素早く振り上げた剣を真っ直ぐ振り下ろす。
二つの攻撃が交わる瞬間だった。鞘に一度収められた紅薔薇の刀は再び抜かれた。死角を突き、目に止めさせぬ斬撃が水平にナナに襲い来る。
「もう、今のは危なかったよ☆ こんなの当たったらとっても痛くてナナ泣いちゃう☆」
だが、ナナはそれすらもかわしていた。斬撃の隙間を縫うように体を水平になるように飛ばしてかいくぐる。それだけでは無かった。
「ナナ泣いちゃうからかわりにこうしちゃうね☆」
ドスッ、と鈍い音がする。アイビスとキララ、二人が受けた衝撃の正体を見るべく視線を下げれば、そこにはナナの左右の足が自分達の腹部に叩き込まれていた。息がつまり体をくの字に折り曲げざるを得ない。
キララはナナのリズムを読んでいた。人ならざる者の動きを読んでかわそうとしていた。身体は動いていた。しかしそんな彼女ですら今の一撃はかわせなかった。
「何度倒れようとも何度でも立ち上がって止めてやるわ、ナ」
「うるさい☆」
アイビスが叫ぶ中、笑顔のままでこの歪虚は止めを刺す。
「ナ……?」
片手はキララの腹部に、もう片手はアイビスの肩口から胸にかけて。そんな攻撃を受けて、二人は立っていられるわけが無かった。
己の前で崩れ落ちる二人の返り血を浴び、恍惚に浸るナナ。そんな中でも紅薔薇はこの歪虚の動きを冷徹に見極めていた。もう一度か二度、タイミングを修正すれば今度こそ外さない。それだけの確信が彼女にはあった。
●
観客席後方ではジャックが奮闘していた。燃え上がる炎の中に恐れず突っ込み、そこで剣を振るう。渾身の力で振るわれた剣はいともたやすく分厚い扉を切り飛ばしていた。
炎を背中で受けながら、人が通り抜けるだけの通路を確保する。そして彼は叫ぶ。
「慌てんな! 火も歪虚も、ハンターが引き受ける!」
その声に観客は一人ずつ空いた穴をくぐって脱出していく。
「死にたくないならほら、進んで」
墨城は廊下を観客達を引き連れて歩いていた。ぶっきらぼうな物言いだが、彼の指示が的確であることはそれ以上の犠牲者が出ていないことが示していた。
指示通りに進んだ墨城率いる一団は無事一階に辿り着く。そこには観客を外に出し終えたジャックが居た。
二人は自分達の仕事が一つ片付いたことを確認するように互いに頷くと、再び客席へと戻る。
火が少し収まっていったことを感じた龍崎は早速人々を誘導し始める。どうにか間に合ったようだ。彼に誘導され人々がバルコニーから出ていった後で、それと入れ替わるようにユリアンが飛び込んできた。中を一瞥し誰も居ないことを確認したらすぐにまたバルコニーから身を躍らせ壁を走る。だがその結果は喜ばしいことに一箇所を除いて誰も居なかった。最もそうなったのは彼のちからによるところが大きいのだが、その事に本人は気づいているだろうか。
そんな中五階バルコニーでただ一人、まだそこに留まっているのはミオであった。彼女はこの位置から人々の流れを観察し、状況を掴む。そして
「大丈夫です、みなさんに被害が及ぶことはありません。私が、防ぎます」
人々の行く手を遮る障害物を見つけた彼女は矢を放つ。それは寸分違わず貫き、崩し去った。かくして人々を救うための穴は作られたのであった。
●
再び取り囲まれていたナナは今度こそ観客席に飛び込みそこに居る者達を皆殺しにしようとしていた。取り囲んでいる者達を無視して高々と飛び上がろうとする。
「フッ、舞台の上で我が肉体美に恐れをなすとは……大したこともないようだな、ナナナイン! それで女優やらどうやら、聞いて飽きれるッ」
ルベーノがそう挑発して阻止しようとするが、そのような言葉を彼女は聞こうともしなかった。
「……逃がさない」
そんなナナを止めるのはやはり力だった。マリィアが威嚇のためにバラ撒いた弾丸が彼女の動きを妨げる。
「危ないなぁ☆」
ナナは仕方なく飛び上がるのを諦める。
「まだまだ、終曲にはさせませんから」
そこにクリスを無事外へ送り終えたアシェール、ジュード、そしてヴァイスが戻ってきた。
「なァ、ナナ」
さらにもう一人、ここに立つものが居た。万歳丸だった。ナナの連続攻撃を浴びそれでも立っていられるほどの驚くべきタフさを見せた彼だったが、流石にそのまま戦いを続けるのは不可能だった。しかし軽く傷の手当を済ませただけでもう一度立ち上がりナナへと向かう。
「此処に来たのは――歌に、劇場に惹かれたからか?」
「さあて、どうかな☆ でも教えてあげないよ☆」
「呵呵! いいじゃねェか。今の今までてめェの情が見えなかった。演者を狙う。上等だ。そりゃァ……立派な嫉妬じゃねェか」
そして万歳丸は足を開き、床を踏み鳴らし、構えを取る。
その時、もう一人舞台上に居たものがいた。それは共にクリスを送り届けていたエニアだった。エニアはこの中で密かに詠唱を開始する。マテリアルを極限まで集中させ、二つの音声を同時に口内から紡ぐ。
次の瞬間、舞台の中心で突如冷気が吹き荒れた。一本は渦を描き高く高く舞い上がり、もう一本は真下へと吹き付けその中心にいるものを地面に這いつくばらせようとする。
それにクリスを送り届けた者達が反応する。まずジュードは一歩飛び退いて間合いを開くと、弓を引き絞る。つがえられていた矢が放たれれば、そこから糸をひくように紅色のマテリアルが連なる。
そしてその矢が迫る中、ヴァイスの呪文が完成していた。一条の稲妻が一気に舞台上を走りナナに迫る。
「これでも……魔術師なんですけどぉ!」
さらにアシェールも重ねる。彼女は魔術師を名乗ったが、彼女には今攻撃魔法は準備されていなかった。ならばどうするのか。その片腕に付けられた巨大な篭手、それでもっておもむろに殴りかかった。
逆方向から万歳丸が迫り合わせる。重なり合ったいくつもの攻撃のその全てにタイミングを合わせて、鍛えに鍛えぬいたその拳を叩きつける。一発、二発、一体何発の拳が打ち込まれるというのだろう。
そんな拳の嵐が巻き起こる中、その間を切り裂くように一発の銃声が鳴った。マテリアルを今の今まで凝縮し続けていたステラが、それを全て一発の弾丸に乗せて放ったものだった。
前後左右全方向から同時に迫る攻撃をナナはなおもかわそうとする。だがその時だった。
「ナナちゃん、今日の舞台の主役は貴女じゃないっ」
イスカはじっとナナのことを見つめていた。かわすために身をよじりそらすナナの瞳が、そんなイスカの瞳と合う。
「私を見て、『ナナ姉さまっ』」
その時イスカには何かが見えた。何かが聞こえていた。己の体をナナの手が貫く。ほんの数刻まで寂しそうな表情を彼女にだけ見せていた少女の満面の笑み、そして背筋が凍る用な冷たい言葉。
「あはは、壊れちゃった」
噴水のように吹き出す血が辺りを血の海に変えていく……
どれだけの刻が経っていたのだろう。イメージは終わり、元のベルカント大劇場がイスカには映る。ほんの一瞬だったはずだ。だが、その一瞬の間、ナナも同じ光景を見ていた。何故かイスカにはそのことが確信を持って言えた。
その時既に鍔鳴りは鳴り終えていた。紅薔薇はナナの前で刀を既に鞘に収め終えて立っていた。
紅薔薇の脚元で紅い薔薇の花弁が開く。急所に突き刺さったナナの手から血がとめどなく吹き出し続ける。
ナナのもう片方の手はユウの太ももを斬り裂いていた。だが、その一撃をあえて深手を追いながらも、ユウの体から力は抜けず、その両手から放たれたワイヤーと鞭は歪虚の体に絡みついていた。
その側にはハナが居た。戦いの中でも歩を進め、ここまで間合いを詰めた彼女は状況をとっさに判断に符を抜いて投げつけていた。その符は空中で大きな翼を持つ光輝く鳥に変わり、そしてそれがナナの手を受け止めていた。その光輝く鳥が今ここでユウを立たせていた。
一方紅薔薇の体からは急速に力が抜けていた。ほんの一刻で二度突き刺さったナナの手の前に、紅薔薇が立っていられるはずが無かった。だが彼女は、代わりに歪虚の体に何かを残していた。
「……痛い……」
その声は紅薔薇のものでは無かった。彼女はとうとう血の海に沈んだところだった。声の出処に居たのはナナだった。
ナナの片腕は、片脚は、子どもが遊びすぎた人形のように、ちぎれかけ力なくブラブラと揺れていた。
「……痛いよ……」
ナナは苦痛を訴える。しかし涙一つ流れない。表情一つ変わらない。
「みんなみんな……」
ナナの呪詛の声が漏れる。そして次の瞬間だった。
「ダ イ キ ラ イ だ ぁ っ!」
ナナのその声は歌の調べとなってこの劇場に広がっていた。その歌声は今、ここに残る人々を殺めるための刃と化していた。
歌声の刃は一瞬のうちに劇場に居る者達を斬り裂いていく。
客席で銃を構えていたステラとマリィアにもそれは襲い来る。刃にその身を斬られ、痛みに顔をしかめながら何とか立つマリィア。しかしその横で歌声の直撃を受けたステラは倒れていた。
万歳丸の身体は容赦なく斬り刻まれる。血煙が上がる。だが。
「……斃れねェぜ、俺ァ!!!」
なおも彼は壮絶な笑みと共に立っていた。
南護は歌声を見極めようとしていた。音には形が無い。その姿を見ることは出来ない。だが意識を集中し、その斬り筋を見極める。そして。
「同じ奴に2度も負けるか!」
決して全てを弾き止められたわけではない。元より広く広がる歌声を全て剣一本で受け止めるなど叶わぬ話。だが、それでも見事に彼は音を受け止めていた。ある程度傷は負ったが、間違いなく彼は立っていた。
ハナの助けもあり深手を負いながらも立っていたユウ。しかしナナの歌声がまだ逃げ切れていない観客に迫ろうとしていた。その時、彼女は一切の迷いなく、己の身を歌声の前へと投げ出した。
蒼白い美しい彼女の鱗が斬り裂かれ朱に染まる。だが彼女の体は確かに観客達を守っていた。
大騒ぎしていた智里だったが、その中で彼女は逃げ遅れた子供を見つけていた。彼女はその子供を小脇に抱え走る。そこに歌声が迫ってきていた。
その時彼女のもう片方の手に抱えられていた機杖の先端が輝いた。そしてそこからガラスのような光の透き通った壁が広がる。
その壁は歌声を受けると一瞬のうちに砕け散った。それで十分だった。光の壁が歌声を抑えている間に、智里は子供と共に脱出を終えていた。
だが歌声は波紋のように広がる。人々を守るには歌声は余りに大きく広がっていた。
その時だった。舞台の最前部に緞帳の様に土壁が現れたのは。
まよいがナナの足止めのために産み出していた土壁、それがこの時、多くの人々の生死を分けていた。
劇場は見る影もないほど燃えていた。人々も皆が皆無傷というわけには行かなかった。倒れたハンターも多い。しかし、それでも多くの生命を救うことが出来た。
歌声の残響が消えたとき、ナナの姿は掻き消えていた。機嫌を損ねたこの歪虚は、既に退場していた。
「『私』の死で始まった悲劇、私が終わらせるよ……『ナナ姉さま』」
招かれざる主役が退場したその舞台に向かって、イスカはそう一言呟いた。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 40人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
質問卓 ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2017/08/01 18:19:00 |
|
![]() |
相談卓 アシェ-ル(ka2983) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/08/05 05:08:00 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/08/02 20:19:17 |