ゲスト
(ka0000)
四度目の正直
マスター:風華弓弦

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/08/06 19:00
- 完成日
- 2018/05/15 05:31
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●迷子の少女
その日は、ひどく強い風の吹く日だった。
高く低く不穏に唸る音に、細く不安定な声が混じっているような感覚を覚え、意を決して風を辿ってみれば。
何もない丘で、見知らぬ少女が一人ぼっちで泣きじゃくっていた。
「あなた、どこから来たの? 迷子になったの?」
風を遮るよう身を屈め、“彼女”が優しく尋ねてみても、嗚咽は止まらない。
周囲を見回しても他に人影はなく、そして少女の服装は荒れた丘陵地と比べると恐ろしく不釣り合いだった。
丁寧にといて左右に分け、黄色いリボンで結んだ少し長めの金髪。
質素な村ではまずお目にかかれない、品のいい水色のワンピース。
靴もピカピカで、この田舎道を歩いてきたとは思えない。
そして大事そうに、一冊の本をしっかりと胸に抱いていた。
「可哀想に、お父さんやお母さんとはぐれてしまったのね。でも、このままではすぐ日が暮れて、真っ暗になってしまうわ。恐ろしい獣達が出てくる前に、私の村へいらっしゃいな。村の皆がきっと、お父さんとお母さんを探してくれるから」
ゆっくりと辛抱強く説得すれば、少女は泣き腫らした瞳でじっと彼女を見つめ、やっと小さく頷いた。
一夜が明け、彼女は村長に事の次第とリアルブルーから来たらしい少女の扱いを相談した。
村人達を集めて検討した結果、満場一致で彼女がそのまま保護する事となった。
何故なら彼女の夫は既に故人で、子供らも村を去って久しく、一人暮らしの身だったから。
「残念だけど、あなたの家への帰り道は誰にも分からないの。でもきっと、お父さんとお母さんは一生懸命あなたを探しているわ。迎えにくるまで、ここで待っていましょう」
膝の上でぎゅっと両手を握った少女は長い沈黙の末、疲れた表情で頷く。
数日後、再びの風の強い日に少女は姿を消した。
あの日と同じ服装で、あの本を持ったまま。
二人が一緒に過ごした時間は短く、彼女が少女の声を聞く事は一度もなかった。
●奇妙な依頼
暑い夏のある日、田舎の小村から『行方不明になったリアルブルーの少女を探してほしい』という依頼がハンターオフィスに掲示された。
通りがかったハンターが、興味を示していると。
「その依頼、実は面白い話があるんだけど……興味ある?」
やはりハンターと思しき、エルフの女性――メアが声をかけてきた。
依頼の詳細は、こうだ。
リアルブルーからこちら側へ来てしまったと思われる少女を、小さな村の老婦人が見つけた。
村人達で相談した結果、一人暮らしだった老婦人がそのまま少女を保護。
しかし急な環境の変化になじめなかったのか、何も言わずに少女は家を出ていった。
心配した村人が総出で付近を探したが、どこに行ったのか分からず。
少女に何かあったのではないかと老婦人は心を痛め、ハンター達に探してもらおうと依頼を出した。
失踪時の服装は、発見された時とほぼ同じ。
金髪をツーテールにして黄色いリボンで結び、水色のワンピースを着ていった。
また唯一の持ち物だった本――藁の人形とライオンと質素な鉄鎧の兵士に守られた少女が、黄色い道を歩いている絵が表紙の本――を、大事にしていたらしい。
「私は……これと全く同じ依頼を、3~4年くらい前に受けた事があるんだ」
そう明かしたメアの表情は複雑というか、奇妙だった。
続く話は、更に奇々怪々だったが。
「よく意味が分からないだろうけど、まだあってな……当時、依頼を受けた理由が『その4~5年前、やっぱり同じ依頼を受けたから』なんだよ。依頼者も同じだ。あ、歳の話はするなよ?」
ぐっと真面目な顔で、最後の注意を付け加えたのは置いといて。
つまり10年ほどの間に、同じ依頼が三度も出されたという事になる。
「ところが、だ。知り合いによると、最初の依頼はそこからまだ5年くらい遡るらしい」
まるでオカルトだよな。と、メアは肩を竦める。
これが未解決なら合点もいくが、探す相手は『リアルブルーから来た女性』ではなく、あくまで『少女』。依頼内容も頼んだ依頼者も数日前の出来事のように語り、年月の経過を考慮していない。
「面白いだろ。改めて、ちょっと時系列で説明するな」
指を折って数えながら、メアは過去の依頼について話し始めた。
まず、約15年前の最初の依頼。
記録によるとハンター達は小村から離れた丘陵地にある洞窟でゴブリンの群れを発見し、これを排除。
ゴブリンらの所持品から、少女の物と思われる児童向けの本が見つかった。
泥などでひどく汚れていた上、破れてボロボロな状態だったという。
本は見つからなかった少女の代わりに老婦人に渡され、埋葬された模様。
次に、メアが参加した二度目の依頼。
村人が近寄らない古い沼に近い洞窟で、ゴブリンを確認。おそらく最初の依頼と同じ洞窟だと思われる。
ゴブリンを退治した後、洞窟の奥で、手の平大のボロ布を回収する。
水色の布の端は引き裂かれ、老婦人に確認したところ少女が着ていたワンピースの一部と判断された。
老婦人に渡された布のその後は、不明。
そして、三度目の依頼では。
ハンター達の捜索によって、今度は古沼の近くで古びた靴の片方が発見された。
サイズと形から、少女が履いていた靴と思われる。
メアの記憶では二度目の依頼でも発見場所を捜索していた筈なのだが、当時は何も見つかっていない。
村人が沼に近寄るのを嫌がる事と見通しの悪さを考えると、小さな靴を見落とした可能性も考えられるが……。
依頼に不信感を持ったメアが老婦人に詰め寄って険悪な雰囲気になったため、靴は村長に埋葬を頼んだ。
「ただ、依頼者だけど……以前の依頼を覚えてなくて、『引き取った少女がいなくなった』という強い記憶だけで依頼してきた可能性も高いんだよな。実際、村長とかは困ってたから」
大きく溜め息をつき、癖のある金髪を掻く。
「けど、前に探した場所で靴が見つかったのも気になってさ。とはいえ、私が行ってもトラブルになりそうだからな。もし興味があるなら、調べて教えてくれると私もスッキリする」
謝礼として、個人的に少し依頼料に上乗せするからと、悪戯っぽい笑顔でメアはウインクしてみせた。
その日は、ひどく強い風の吹く日だった。
高く低く不穏に唸る音に、細く不安定な声が混じっているような感覚を覚え、意を決して風を辿ってみれば。
何もない丘で、見知らぬ少女が一人ぼっちで泣きじゃくっていた。
「あなた、どこから来たの? 迷子になったの?」
風を遮るよう身を屈め、“彼女”が優しく尋ねてみても、嗚咽は止まらない。
周囲を見回しても他に人影はなく、そして少女の服装は荒れた丘陵地と比べると恐ろしく不釣り合いだった。
丁寧にといて左右に分け、黄色いリボンで結んだ少し長めの金髪。
質素な村ではまずお目にかかれない、品のいい水色のワンピース。
靴もピカピカで、この田舎道を歩いてきたとは思えない。
そして大事そうに、一冊の本をしっかりと胸に抱いていた。
「可哀想に、お父さんやお母さんとはぐれてしまったのね。でも、このままではすぐ日が暮れて、真っ暗になってしまうわ。恐ろしい獣達が出てくる前に、私の村へいらっしゃいな。村の皆がきっと、お父さんとお母さんを探してくれるから」
ゆっくりと辛抱強く説得すれば、少女は泣き腫らした瞳でじっと彼女を見つめ、やっと小さく頷いた。
一夜が明け、彼女は村長に事の次第とリアルブルーから来たらしい少女の扱いを相談した。
村人達を集めて検討した結果、満場一致で彼女がそのまま保護する事となった。
何故なら彼女の夫は既に故人で、子供らも村を去って久しく、一人暮らしの身だったから。
「残念だけど、あなたの家への帰り道は誰にも分からないの。でもきっと、お父さんとお母さんは一生懸命あなたを探しているわ。迎えにくるまで、ここで待っていましょう」
膝の上でぎゅっと両手を握った少女は長い沈黙の末、疲れた表情で頷く。
数日後、再びの風の強い日に少女は姿を消した。
あの日と同じ服装で、あの本を持ったまま。
二人が一緒に過ごした時間は短く、彼女が少女の声を聞く事は一度もなかった。
●奇妙な依頼
暑い夏のある日、田舎の小村から『行方不明になったリアルブルーの少女を探してほしい』という依頼がハンターオフィスに掲示された。
通りがかったハンターが、興味を示していると。
「その依頼、実は面白い話があるんだけど……興味ある?」
やはりハンターと思しき、エルフの女性――メアが声をかけてきた。
依頼の詳細は、こうだ。
リアルブルーからこちら側へ来てしまったと思われる少女を、小さな村の老婦人が見つけた。
村人達で相談した結果、一人暮らしだった老婦人がそのまま少女を保護。
しかし急な環境の変化になじめなかったのか、何も言わずに少女は家を出ていった。
心配した村人が総出で付近を探したが、どこに行ったのか分からず。
少女に何かあったのではないかと老婦人は心を痛め、ハンター達に探してもらおうと依頼を出した。
失踪時の服装は、発見された時とほぼ同じ。
金髪をツーテールにして黄色いリボンで結び、水色のワンピースを着ていった。
また唯一の持ち物だった本――藁の人形とライオンと質素な鉄鎧の兵士に守られた少女が、黄色い道を歩いている絵が表紙の本――を、大事にしていたらしい。
「私は……これと全く同じ依頼を、3~4年くらい前に受けた事があるんだ」
そう明かしたメアの表情は複雑というか、奇妙だった。
続く話は、更に奇々怪々だったが。
「よく意味が分からないだろうけど、まだあってな……当時、依頼を受けた理由が『その4~5年前、やっぱり同じ依頼を受けたから』なんだよ。依頼者も同じだ。あ、歳の話はするなよ?」
ぐっと真面目な顔で、最後の注意を付け加えたのは置いといて。
つまり10年ほどの間に、同じ依頼が三度も出されたという事になる。
「ところが、だ。知り合いによると、最初の依頼はそこからまだ5年くらい遡るらしい」
まるでオカルトだよな。と、メアは肩を竦める。
これが未解決なら合点もいくが、探す相手は『リアルブルーから来た女性』ではなく、あくまで『少女』。依頼内容も頼んだ依頼者も数日前の出来事のように語り、年月の経過を考慮していない。
「面白いだろ。改めて、ちょっと時系列で説明するな」
指を折って数えながら、メアは過去の依頼について話し始めた。
まず、約15年前の最初の依頼。
記録によるとハンター達は小村から離れた丘陵地にある洞窟でゴブリンの群れを発見し、これを排除。
ゴブリンらの所持品から、少女の物と思われる児童向けの本が見つかった。
泥などでひどく汚れていた上、破れてボロボロな状態だったという。
本は見つからなかった少女の代わりに老婦人に渡され、埋葬された模様。
次に、メアが参加した二度目の依頼。
村人が近寄らない古い沼に近い洞窟で、ゴブリンを確認。おそらく最初の依頼と同じ洞窟だと思われる。
ゴブリンを退治した後、洞窟の奥で、手の平大のボロ布を回収する。
水色の布の端は引き裂かれ、老婦人に確認したところ少女が着ていたワンピースの一部と判断された。
老婦人に渡された布のその後は、不明。
そして、三度目の依頼では。
ハンター達の捜索によって、今度は古沼の近くで古びた靴の片方が発見された。
サイズと形から、少女が履いていた靴と思われる。
メアの記憶では二度目の依頼でも発見場所を捜索していた筈なのだが、当時は何も見つかっていない。
村人が沼に近寄るのを嫌がる事と見通しの悪さを考えると、小さな靴を見落とした可能性も考えられるが……。
依頼に不信感を持ったメアが老婦人に詰め寄って険悪な雰囲気になったため、靴は村長に埋葬を頼んだ。
「ただ、依頼者だけど……以前の依頼を覚えてなくて、『引き取った少女がいなくなった』という強い記憶だけで依頼してきた可能性も高いんだよな。実際、村長とかは困ってたから」
大きく溜め息をつき、癖のある金髪を掻く。
「けど、前に探した場所で靴が見つかったのも気になってさ。とはいえ、私が行ってもトラブルになりそうだからな。もし興味があるなら、調べて教えてくれると私もスッキリする」
謝礼として、個人的に少し依頼料に上乗せするからと、悪戯っぽい笑顔でメアはウインクしてみせた。
リプレイ本文
●
こんなトコロもうヤダよ
ママ、パパ、たすけにきてよ
イイ子になるから
もうワガママ言わないから
イタイよ
コワイよ
カエリタイよ
……ドウシテワタシダケ……
●
「神隠しの様な、何とも奇妙な」
村までの道中。レオナ(ka6158)がぽつりと呟けば、向かう同行者達もそれぞれに頷いた。
「ふうむ、なんとも妙なお話ですね……実体の見えない少女の探索、そして遡ること10年ですか」
アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)がオフィスでの説明を思い出しながら首を傾げた。
「いえ、最初は15年前……のハズですね」
金目(ka6190)が、罰が悪そうに後頭部を掻きながら指摘し、隣のエアルドフリス(ka1856)を見た。
「あぁ、15年前に少女と依頼人が会い、その後少女が行方不明になった。その時点で一回目の捜索依頼が出ている。それから5年後に同様の依頼が出て、今回で四回目の依頼ということだったな」
吸い終わったパイプの灰を片付けながらエアルドフリスが状況を整理し共有する。
「ざくろも早い段階でアデリシアや、冒険団の仲間と出会わなければどうなってたかわから無いもん……だから、その女の子に何があったのか、そして今もこの村で何が起こっているのかをきちんと調べなくちゃって」
「……よく分からない依頼だな。だが、引き受けた以上何らかの手掛かりは掴まなくてはならないだろう。俺も尽力することとしよう」
時音 ざくろ(ka1250)が決意を固める後ろでは、榊 兵庫(ka0010)が首を捻っている。
「私には」とフィロ(ka6966)が祈るように胸の前で手を組みながら前を見た。
「誰かが、何かが。沼から離れたギリギリの場所に、彼女の物、もしくは彼女の物と思える物を置いているのだと思います。強い想いが、忘れさせようとしたことを忘れてしまったから。ご主人様が嘆かないように、誰かが優しい嘘を続けている……そんな気がするのです」
フィロの言葉に更に一同は首を傾げ、視線を交わす。
「釈然としない話だな。現時点ではさっぱり判断がつかん」
お手上げだ、と言うようにエアルドフリスが両肩を竦めて見せた頃、ようやく一同は村の入口に辿り着いた。
7人が向かった古い小さな家には依頼人である老婦人が1人で待っていた。
「どうかあの子を見つけて……!」
止めどなく涙を流す老婦人のしわだらけで枯れ枝のような両手をアデリシアが優しく取り、心の救済を図る。
その様子を見守っていた金目は乱暴に後頭部を掻いた後、外へと出ると大きく息を吐き出した。
(はぁー……エアルドさんがいるならと依頼を請けたのは失敗だった。僕はなんというか、この手の話は苦手だ)
老婦人が本気で少女を心配しているのか、顔色、声色を伺う。――人を疑って、探る。そうしている自分に気付いた瞬間、こみ上げてきた嫌悪感にたまらなくなった。
何も全員で老婦人に構うことはないだろうと、金目は村の中心へと歩き出した。
端的に言って、老婦人から得られた目新しい情報は何もなかった。
オフィス、そしてメア(kz0168) から得た話とほぼ同じ事を繰り返すだけ。
一同は一度解散とし、各自情報収集へと散った。
少女と出会ったという丘に老婦人と共に立ったレオナは周囲を見回す。
夏の熱と湿度をはらんだぬるい風がレオナの銀の髪を揺らした。
(……本当にすっかり“依頼を出したこと”を忘れてしまっているようですね)
老婦人の振る舞いも、この丘も。15年前の少女が消えてしまった日で止まっているようだった。
レオナは礼を告げると老婦人を促し家へと戻っていった。
「あの婆さん、普段は普通なんだけどな」
「普通とは?」
老婦人によく野菜を売っているという初老の男と出逢えたエアルドフリスは、男の後ろに広がる葉野菜畑に目をやる。どれも痩せて小さく、色味も悪い。これは恐らく、土が悪いのだろうと推測できた。
「別にボケちゃいない。でも15年前の話を持ち出してきた時は駄目だ。何かが見つからない限り、ずーっと子どもを探してる」
乾燥させた蔓で編んだかごが並ぶ。
それらを眺めながら金目は店主に村の歴史や最近の出来事などを世間話ついでに問う。
最後に、老婦人の依頼について口にしたところ、店主の表情が曇った。
「この件、何かしらの意味はある、と思うんですよ。そしてそれは、そろそろ見つけなくちゃいけない」
そう真摯な瞳で告げると、店主は紙とペンを手に取った。
「まぁ、役に立つかは分からんが、この辺の簡単な地図だ。で、ここが……靴が見つかった場所だ」
礼を告げると、店主は首を横に振って見せた。
「俺だって不憫だとは思うが……もういない子どもを探してくれと言われても困るんだ。早く解決してやってくれ」
一通りの情報を得たところで再度合流となった。
「……やっぱり二度目の依頼以降、女の子を見た村の人はいないみたいだね……」
ざくろが眉を落として報告する。
また不作との関連性は良くわからなかった。むしろ近年は徐々に悪化しているようだという話も聞こえた。
「ご主人様の様子は?」
フィロが問えば、レオナは「落ち着いて今は休まれています」と頷く。
午睡中ではあるが、念のためにレオナの愛犬であるアニーに番をさせている。
「アデリシアさんのお陰でしょう」
「……いえ、あれは一時的な効果しかありません……少女が見つからなければ、再び罪の意識に囚われていくことでしょう」
アデリシアの言葉にレオナは視線を落とした。
少女の事や思い出話をしながら老婦人を見守っていたレオナから見ても、彼女が少女を想う気持ちは本物だった。だからこそ、今回で終わりにしてあげたいと強く思う。
「……ところで、榊さんは?」
一向に姿を見せない兵庫を心配したレオナが問うとエアルドフリスが「あぁ」と声を上げた。
「一足先に洞窟に向かいたいと連絡があった。まぁ、ヒョウゴならゴブリンの1体や2体問題ではないだろうからねぇ」
「そうなんだ。ねぇ、そろそろざくろ達も捜索にいこう」
ざくろの声に一同は頷いて、それぞれに沼へ、洞窟へと分かれていった。
●
実のところ、兵庫自身は『件の少女は存在しないかもしれない』との疑念を持っていた。
ただ、少女の所持品と思われる遺留品が発見されたことは事実で、そしてその場所には村にとって危険な存在がいた。
果たしてそれは偶然だったのだろうか?
(少女は人間でなく、村に危険を知らせる為に精霊などが使わした者と言う可能性はないか?)
まず兵庫は最初に少女の物と思われる本が見つかったとされる丘陵地にある洞窟へと向かった。
いくつかある入口をLEDライトで照らしながら捜索するも、これといっためぼしい物は見つからない。
「空振りか」
額を伝う汗を拭い、次いで二度目の依頼でボロ布が見つかったとされる古沼に近い洞窟へと向かった。
「あぁ、ヒョウゴ」
「あぁ、お前達も来たのか」
エアルドフリスと金目の姿に兵庫も軽く手を上げ応える。
「どうだった?」
「あっちには何も」
「ここも特にはなさそうですね……」
金目の言葉にふむ、と3人は思案にふける。
「少しずつ沼に近付いているのは偶然なのか……」
「わからん。沼に何かいることは間違いないのだろう。我々も靴が見つかったという場所へ向かおう」
3人が頷いたその時、エアルドフリスと金目の魔導短伝話が鳴った。
ノアザミの花が咲く古沼の周辺はなんとも不安定なマテリアルが満ちていた。
「清浄な部分と汚染された部分が混じり合ってますね……」
マテリアルの乱れがないか注意を払いつつ先導していたレオナがそれにいち早く気付き、エアルドフリスと金目の魔導短伝話へと報告を入れ始める。
「これは、不浄の素となっている何かがいるようですね……」
浄化を試みようとしたアデリシアだったが、古沼の範囲が広くとても1人では手が回らない。不浄の素を叩かないことには浄化は厳しいだろう。
「あちらに、靴が見つかったという洞窟も見つけましたが、あの辺りはこの辺りに比べればそれほど汚染されていないように感じました」
魔導バイクで沼の外周を一周してきたフィロは淡々と報告をしながら命綱となるロープを樹へと括り付け、少女が持っていたと思われる絵本と同様の絵本と黄色いリボンの包みを手に持つと、ぽぽんっと豪快に服を脱いだ。
「えっ!? わぁあああ!?」
その現場を目の当たりにしてしまったざくろは顔から火が出そうな勢いで赤面するが、フィロは元々ドールスキンスーツを着込んでいたため、裸になったわけではなかった。
「コバルデ レオン。私達は迷子のドロシーを探しています。私達は彼女を、おうちに返してあげたいのです。貴方が匿ってあげていた小さなドロシーを探させていただけますか。今後ご主人様が嘆かぬように」
フィロは絵本とリボンの入った包みを沼の中央に向かって投げ込むと、沼の水の中へと身を沈めたのだった。
呆気にとられたその直後、異変に気付いたのはアデリシアのパルムと桜型妖精「アリス」だった。
「ざくろさん!」
「わかってる!」
出現したのはスライム状の泥の雑魔だ。数々の依頼をこなしてきたざくろとアデリシアの敵ではない。が、足場が悪く、普段なら避けられる攻撃も受けざるを得ない。
一方雑魔の方は地の利を活かし自由に足元に出現しては、潜って姿を消す。
通話を終えたレオナが風雷陣を放ち、ざくろがデルタレイで数を減らしていく。それでも続々と湧いて出てくる雑魔にアデリシアが『死者のやすらぎの地』の詩を歌い上げるが、負のマテリアルにより呼び寄せられた無機物であるこの雑魔達には響かない。
沼の中。フィロにとって誤算だったのは『自分の体重は重たい』という点を失念していた事だろうか。
ロープがピンと張っているのに気付き、これ以上先へは進めないと踵を返そうとするが、沼の中では『泳ぐ』という動作すら難しい。
(なるほど、これは普通の人なら死んでしまいますね)
……とはいえ、いくら覚醒者とはいえ、このまま地上に上がれなければフィロも危うい。
ともかく水面を目指し始めたフィロの横を、やわらかな気配が通り過ぎていった。
「大丈夫か!?」
地図を手に入れていた金目の案内で、最短距離で古沼へ駆けつける事が出来た3人は泥状雑魔に襲われている仲間へと加勢する。
蛇の形を取った氷の雨が泥状雑魔を穿ち、兵庫の豪快な薙ぎ払いが雑魔達を蹴散らしていく。
その、向こう側。一際暗い形を持った影がゆらりと沼の上に立った。
「……あぁ……」
その姿を見たレオナが切ない悲鳴を上げた。
その影は泥にまみれてはいたが、ざんばらに乱れた金の髪、裾のちぎれたワンピース、そして片方だけ靴を履いた虚ろな瞳の少女だった。
獣か、それともゴブリンに襲われたのか。華奢な足や腕、腹部には抉られたような跡がある。
少女の口が、小さく動く。
声にならない言葉が紡がれる。
――………
金目は呼吸も忘れてその口元を見た。
エアルドフリスの眉間に深いしわが刻まれる。
ざくろは指先が痺れるほどレイバシアーの柄を握り締めた。
「……っ!」
「……これが、真相か」
レオナが思わず前へと一歩踏み出そうとしたのを、兵庫の低い呟きが制止した。
白狼を脇構えに構え、いつでも飛び出せるよう重心を落とす。
「……寒かったでしょう? お家へ帰りましょうね」
優しい声音で語りかけた後、響くのは鎮魂の歌。アデリシアの『ヴァルハラへの誘い』。
そして、兵庫の強烈な一撃が少女を負のマテリアルから解放したのだった。
大きな水しぶきと共に水面に顔を出したフィロは大きく咳き込んだ。
「大丈夫ですか?!」
驚いたレオナとざくろが慌ててロープを引っ張り、フィロをぬかるみまで引き上げる。
ほっと、一息吐いた2人の足元に、フィロが沼の中央へと投げ入れた包みが落ちてきた。
「え?」
きょとんと顔を見合わせ、投げられたと思しき方向を見る。
「……コバルデ レオンはいませんでしたが、精霊はいました」
呼吸を整えたフィロが指を指す、その先には確かに薄ぼんやりとした人のような魚様な影が見え、そしてそれは水中へと再び姿を消した。
「あれが、精霊?」
「そのようです。少なくとも悪しきものではありません」
そして遺体となった少女を目に留め、フィロは静かに目を伏せた。
●
15年前。
こちらの世界の生活に馴染めなかった少女は強い風の日に外へと出た。
帰れるんじゃないかと。来たときと同じように、もう一度風に乗って。
だが、少女は帰れなかった。
道に迷い、そこを“何か”に襲われた。
逃げて、逃げて、そして、沼に落ちた。
帰りたい、帰りたいと泣きながら。
痛い、怖いと震えながら。
本当の両親に助けを求めながら。
どうして自分だけがこんな目に合わなければならないのかと恨みながら。
そうして、死んだ。
「……正しいかどうかは分からないがこれが真相に近いだろうと思われる」
小さな墓の前。
エアルドフリスは懐に手を伸ばし……パイプを手にすることなく指先を遊ばせた。
「貴女の罪ではない」
エアルドフリスは慎重に言葉を選びながら『亡くなっていた』という事実だけを老婦人へと伝えた。
「……これでようやくあの子は家に帰れるのね」
優しい涙と共に零れた言葉に、この老婦人はどこまで真実を知っているのかと一同は顔を見合わせたが、結局それ以上追求するような事はせずに家を後にしたのだった。
「……元々、リアルブルーの人はマテリアルとの親和性が高いと言われていますしね」
それが、良きにせよ悪きにせよ、とレオナは視線を落とす。
少女の一念は負のマテリアルを呼び寄せてしまった。
「声を出せなかった分、想いは一層強かったのかも知れませんね」
アデリシアが少女の冥福を祈り、その細い肩にざくろは優しく手を置いて慎重に口を開いた。
「一度目、二度目とゴブリンの所持品から見つかったのは……」
「彼らに襲われたからなのか、物珍しさに奪ったのか……今となってはわからん」
兵庫が緩やかに首を振り、合わせていた手を解いた。
「靴は恐らくあの精霊が投げたのだと思われます」
ここに死体があるから見つけて欲しい、という合図だったのだろう。
最も間近に精霊を見たフィロには、あの精霊にはそれが精一杯だったのだろう事が分かった。
しかし、依頼は頓挫し、遺体の発見には至らなかった。
結果、少しずつ負のマテリアルに土地は病み始め、15年の月日が経った頃には古沼には雑魔が寄るほどになってしまった。
「……君は帰り着けたかな?」
金目の黒髪をぬるい風が揺らす。
童話の主人公は冒険の末、無事帰り着いたのだと聞いた。
だから。きっと、彼女も。
見上げれば、7人の頭上には溺れそうなほどに青い空と白い雲が何処までも広がっていた。
(代筆:葉槻)
こんなトコロもうヤダよ
ママ、パパ、たすけにきてよ
イイ子になるから
もうワガママ言わないから
イタイよ
コワイよ
カエリタイよ
……ドウシテワタシダケ……
●
「神隠しの様な、何とも奇妙な」
村までの道中。レオナ(ka6158)がぽつりと呟けば、向かう同行者達もそれぞれに頷いた。
「ふうむ、なんとも妙なお話ですね……実体の見えない少女の探索、そして遡ること10年ですか」
アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)がオフィスでの説明を思い出しながら首を傾げた。
「いえ、最初は15年前……のハズですね」
金目(ka6190)が、罰が悪そうに後頭部を掻きながら指摘し、隣のエアルドフリス(ka1856)を見た。
「あぁ、15年前に少女と依頼人が会い、その後少女が行方不明になった。その時点で一回目の捜索依頼が出ている。それから5年後に同様の依頼が出て、今回で四回目の依頼ということだったな」
吸い終わったパイプの灰を片付けながらエアルドフリスが状況を整理し共有する。
「ざくろも早い段階でアデリシアや、冒険団の仲間と出会わなければどうなってたかわから無いもん……だから、その女の子に何があったのか、そして今もこの村で何が起こっているのかをきちんと調べなくちゃって」
「……よく分からない依頼だな。だが、引き受けた以上何らかの手掛かりは掴まなくてはならないだろう。俺も尽力することとしよう」
時音 ざくろ(ka1250)が決意を固める後ろでは、榊 兵庫(ka0010)が首を捻っている。
「私には」とフィロ(ka6966)が祈るように胸の前で手を組みながら前を見た。
「誰かが、何かが。沼から離れたギリギリの場所に、彼女の物、もしくは彼女の物と思える物を置いているのだと思います。強い想いが、忘れさせようとしたことを忘れてしまったから。ご主人様が嘆かないように、誰かが優しい嘘を続けている……そんな気がするのです」
フィロの言葉に更に一同は首を傾げ、視線を交わす。
「釈然としない話だな。現時点ではさっぱり判断がつかん」
お手上げだ、と言うようにエアルドフリスが両肩を竦めて見せた頃、ようやく一同は村の入口に辿り着いた。
7人が向かった古い小さな家には依頼人である老婦人が1人で待っていた。
「どうかあの子を見つけて……!」
止めどなく涙を流す老婦人のしわだらけで枯れ枝のような両手をアデリシアが優しく取り、心の救済を図る。
その様子を見守っていた金目は乱暴に後頭部を掻いた後、外へと出ると大きく息を吐き出した。
(はぁー……エアルドさんがいるならと依頼を請けたのは失敗だった。僕はなんというか、この手の話は苦手だ)
老婦人が本気で少女を心配しているのか、顔色、声色を伺う。――人を疑って、探る。そうしている自分に気付いた瞬間、こみ上げてきた嫌悪感にたまらなくなった。
何も全員で老婦人に構うことはないだろうと、金目は村の中心へと歩き出した。
端的に言って、老婦人から得られた目新しい情報は何もなかった。
オフィス、そしてメア(kz0168) から得た話とほぼ同じ事を繰り返すだけ。
一同は一度解散とし、各自情報収集へと散った。
少女と出会ったという丘に老婦人と共に立ったレオナは周囲を見回す。
夏の熱と湿度をはらんだぬるい風がレオナの銀の髪を揺らした。
(……本当にすっかり“依頼を出したこと”を忘れてしまっているようですね)
老婦人の振る舞いも、この丘も。15年前の少女が消えてしまった日で止まっているようだった。
レオナは礼を告げると老婦人を促し家へと戻っていった。
「あの婆さん、普段は普通なんだけどな」
「普通とは?」
老婦人によく野菜を売っているという初老の男と出逢えたエアルドフリスは、男の後ろに広がる葉野菜畑に目をやる。どれも痩せて小さく、色味も悪い。これは恐らく、土が悪いのだろうと推測できた。
「別にボケちゃいない。でも15年前の話を持ち出してきた時は駄目だ。何かが見つからない限り、ずーっと子どもを探してる」
乾燥させた蔓で編んだかごが並ぶ。
それらを眺めながら金目は店主に村の歴史や最近の出来事などを世間話ついでに問う。
最後に、老婦人の依頼について口にしたところ、店主の表情が曇った。
「この件、何かしらの意味はある、と思うんですよ。そしてそれは、そろそろ見つけなくちゃいけない」
そう真摯な瞳で告げると、店主は紙とペンを手に取った。
「まぁ、役に立つかは分からんが、この辺の簡単な地図だ。で、ここが……靴が見つかった場所だ」
礼を告げると、店主は首を横に振って見せた。
「俺だって不憫だとは思うが……もういない子どもを探してくれと言われても困るんだ。早く解決してやってくれ」
一通りの情報を得たところで再度合流となった。
「……やっぱり二度目の依頼以降、女の子を見た村の人はいないみたいだね……」
ざくろが眉を落として報告する。
また不作との関連性は良くわからなかった。むしろ近年は徐々に悪化しているようだという話も聞こえた。
「ご主人様の様子は?」
フィロが問えば、レオナは「落ち着いて今は休まれています」と頷く。
午睡中ではあるが、念のためにレオナの愛犬であるアニーに番をさせている。
「アデリシアさんのお陰でしょう」
「……いえ、あれは一時的な効果しかありません……少女が見つからなければ、再び罪の意識に囚われていくことでしょう」
アデリシアの言葉にレオナは視線を落とした。
少女の事や思い出話をしながら老婦人を見守っていたレオナから見ても、彼女が少女を想う気持ちは本物だった。だからこそ、今回で終わりにしてあげたいと強く思う。
「……ところで、榊さんは?」
一向に姿を見せない兵庫を心配したレオナが問うとエアルドフリスが「あぁ」と声を上げた。
「一足先に洞窟に向かいたいと連絡があった。まぁ、ヒョウゴならゴブリンの1体や2体問題ではないだろうからねぇ」
「そうなんだ。ねぇ、そろそろざくろ達も捜索にいこう」
ざくろの声に一同は頷いて、それぞれに沼へ、洞窟へと分かれていった。
●
実のところ、兵庫自身は『件の少女は存在しないかもしれない』との疑念を持っていた。
ただ、少女の所持品と思われる遺留品が発見されたことは事実で、そしてその場所には村にとって危険な存在がいた。
果たしてそれは偶然だったのだろうか?
(少女は人間でなく、村に危険を知らせる為に精霊などが使わした者と言う可能性はないか?)
まず兵庫は最初に少女の物と思われる本が見つかったとされる丘陵地にある洞窟へと向かった。
いくつかある入口をLEDライトで照らしながら捜索するも、これといっためぼしい物は見つからない。
「空振りか」
額を伝う汗を拭い、次いで二度目の依頼でボロ布が見つかったとされる古沼に近い洞窟へと向かった。
「あぁ、ヒョウゴ」
「あぁ、お前達も来たのか」
エアルドフリスと金目の姿に兵庫も軽く手を上げ応える。
「どうだった?」
「あっちには何も」
「ここも特にはなさそうですね……」
金目の言葉にふむ、と3人は思案にふける。
「少しずつ沼に近付いているのは偶然なのか……」
「わからん。沼に何かいることは間違いないのだろう。我々も靴が見つかったという場所へ向かおう」
3人が頷いたその時、エアルドフリスと金目の魔導短伝話が鳴った。
ノアザミの花が咲く古沼の周辺はなんとも不安定なマテリアルが満ちていた。
「清浄な部分と汚染された部分が混じり合ってますね……」
マテリアルの乱れがないか注意を払いつつ先導していたレオナがそれにいち早く気付き、エアルドフリスと金目の魔導短伝話へと報告を入れ始める。
「これは、不浄の素となっている何かがいるようですね……」
浄化を試みようとしたアデリシアだったが、古沼の範囲が広くとても1人では手が回らない。不浄の素を叩かないことには浄化は厳しいだろう。
「あちらに、靴が見つかったという洞窟も見つけましたが、あの辺りはこの辺りに比べればそれほど汚染されていないように感じました」
魔導バイクで沼の外周を一周してきたフィロは淡々と報告をしながら命綱となるロープを樹へと括り付け、少女が持っていたと思われる絵本と同様の絵本と黄色いリボンの包みを手に持つと、ぽぽんっと豪快に服を脱いだ。
「えっ!? わぁあああ!?」
その現場を目の当たりにしてしまったざくろは顔から火が出そうな勢いで赤面するが、フィロは元々ドールスキンスーツを着込んでいたため、裸になったわけではなかった。
「コバルデ レオン。私達は迷子のドロシーを探しています。私達は彼女を、おうちに返してあげたいのです。貴方が匿ってあげていた小さなドロシーを探させていただけますか。今後ご主人様が嘆かぬように」
フィロは絵本とリボンの入った包みを沼の中央に向かって投げ込むと、沼の水の中へと身を沈めたのだった。
呆気にとられたその直後、異変に気付いたのはアデリシアのパルムと桜型妖精「アリス」だった。
「ざくろさん!」
「わかってる!」
出現したのはスライム状の泥の雑魔だ。数々の依頼をこなしてきたざくろとアデリシアの敵ではない。が、足場が悪く、普段なら避けられる攻撃も受けざるを得ない。
一方雑魔の方は地の利を活かし自由に足元に出現しては、潜って姿を消す。
通話を終えたレオナが風雷陣を放ち、ざくろがデルタレイで数を減らしていく。それでも続々と湧いて出てくる雑魔にアデリシアが『死者のやすらぎの地』の詩を歌い上げるが、負のマテリアルにより呼び寄せられた無機物であるこの雑魔達には響かない。
沼の中。フィロにとって誤算だったのは『自分の体重は重たい』という点を失念していた事だろうか。
ロープがピンと張っているのに気付き、これ以上先へは進めないと踵を返そうとするが、沼の中では『泳ぐ』という動作すら難しい。
(なるほど、これは普通の人なら死んでしまいますね)
……とはいえ、いくら覚醒者とはいえ、このまま地上に上がれなければフィロも危うい。
ともかく水面を目指し始めたフィロの横を、やわらかな気配が通り過ぎていった。
「大丈夫か!?」
地図を手に入れていた金目の案内で、最短距離で古沼へ駆けつける事が出来た3人は泥状雑魔に襲われている仲間へと加勢する。
蛇の形を取った氷の雨が泥状雑魔を穿ち、兵庫の豪快な薙ぎ払いが雑魔達を蹴散らしていく。
その、向こう側。一際暗い形を持った影がゆらりと沼の上に立った。
「……あぁ……」
その姿を見たレオナが切ない悲鳴を上げた。
その影は泥にまみれてはいたが、ざんばらに乱れた金の髪、裾のちぎれたワンピース、そして片方だけ靴を履いた虚ろな瞳の少女だった。
獣か、それともゴブリンに襲われたのか。華奢な足や腕、腹部には抉られたような跡がある。
少女の口が、小さく動く。
声にならない言葉が紡がれる。
――………
金目は呼吸も忘れてその口元を見た。
エアルドフリスの眉間に深いしわが刻まれる。
ざくろは指先が痺れるほどレイバシアーの柄を握り締めた。
「……っ!」
「……これが、真相か」
レオナが思わず前へと一歩踏み出そうとしたのを、兵庫の低い呟きが制止した。
白狼を脇構えに構え、いつでも飛び出せるよう重心を落とす。
「……寒かったでしょう? お家へ帰りましょうね」
優しい声音で語りかけた後、響くのは鎮魂の歌。アデリシアの『ヴァルハラへの誘い』。
そして、兵庫の強烈な一撃が少女を負のマテリアルから解放したのだった。
大きな水しぶきと共に水面に顔を出したフィロは大きく咳き込んだ。
「大丈夫ですか?!」
驚いたレオナとざくろが慌ててロープを引っ張り、フィロをぬかるみまで引き上げる。
ほっと、一息吐いた2人の足元に、フィロが沼の中央へと投げ入れた包みが落ちてきた。
「え?」
きょとんと顔を見合わせ、投げられたと思しき方向を見る。
「……コバルデ レオンはいませんでしたが、精霊はいました」
呼吸を整えたフィロが指を指す、その先には確かに薄ぼんやりとした人のような魚様な影が見え、そしてそれは水中へと再び姿を消した。
「あれが、精霊?」
「そのようです。少なくとも悪しきものではありません」
そして遺体となった少女を目に留め、フィロは静かに目を伏せた。
●
15年前。
こちらの世界の生活に馴染めなかった少女は強い風の日に外へと出た。
帰れるんじゃないかと。来たときと同じように、もう一度風に乗って。
だが、少女は帰れなかった。
道に迷い、そこを“何か”に襲われた。
逃げて、逃げて、そして、沼に落ちた。
帰りたい、帰りたいと泣きながら。
痛い、怖いと震えながら。
本当の両親に助けを求めながら。
どうして自分だけがこんな目に合わなければならないのかと恨みながら。
そうして、死んだ。
「……正しいかどうかは分からないがこれが真相に近いだろうと思われる」
小さな墓の前。
エアルドフリスは懐に手を伸ばし……パイプを手にすることなく指先を遊ばせた。
「貴女の罪ではない」
エアルドフリスは慎重に言葉を選びながら『亡くなっていた』という事実だけを老婦人へと伝えた。
「……これでようやくあの子は家に帰れるのね」
優しい涙と共に零れた言葉に、この老婦人はどこまで真実を知っているのかと一同は顔を見合わせたが、結局それ以上追求するような事はせずに家を後にしたのだった。
「……元々、リアルブルーの人はマテリアルとの親和性が高いと言われていますしね」
それが、良きにせよ悪きにせよ、とレオナは視線を落とす。
少女の一念は負のマテリアルを呼び寄せてしまった。
「声を出せなかった分、想いは一層強かったのかも知れませんね」
アデリシアが少女の冥福を祈り、その細い肩にざくろは優しく手を置いて慎重に口を開いた。
「一度目、二度目とゴブリンの所持品から見つかったのは……」
「彼らに襲われたからなのか、物珍しさに奪ったのか……今となってはわからん」
兵庫が緩やかに首を振り、合わせていた手を解いた。
「靴は恐らくあの精霊が投げたのだと思われます」
ここに死体があるから見つけて欲しい、という合図だったのだろう。
最も間近に精霊を見たフィロには、あの精霊にはそれが精一杯だったのだろう事が分かった。
しかし、依頼は頓挫し、遺体の発見には至らなかった。
結果、少しずつ負のマテリアルに土地は病み始め、15年の月日が経った頃には古沼には雑魔が寄るほどになってしまった。
「……君は帰り着けたかな?」
金目の黒髪をぬるい風が揺らす。
童話の主人公は冒険の末、無事帰り着いたのだと聞いた。
だから。きっと、彼女も。
見上げれば、7人の頭上には溺れそうなほどに青い空と白い雲が何処までも広がっていた。
(代筆:葉槻)
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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質問卓 金目(ka6190) 人間(クリムゾンウェスト)|26才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2017/08/05 09:40:30 |
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相談卓 榊 兵庫(ka0010) 人間(リアルブルー)|26才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/08/06 18:59:44 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/08/03 21:23:51 |