• 幻視

【幻視】眠りと泥濘

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/08/10 07:30
完成日
2017/08/11 09:39

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 玄室、と呼ぶのが一番しっくりきそうな場所だった。
 しっかりとした石壁で囲まれた四角い部屋だ。息詰まる感じを覚えないようにだろう、広さはそれなりにある。中は暗く、部屋全体が均一に、うっすらと輪郭が分かる程度の明るさしかない。
 そこを玄室、と呼ぶのが躊躇われるのは、部屋の奥に置かれた寝台、そこに横たわる存在が遺体ではないという一点に尽きる。静かに横たわっている様はいかにもそのように見えるが。だがそれは──つまり比喩とかではなく──眠っているだけだ。
 歪虚兵ネネ・グリジュは至って分かりやすい≪怠惰≫だ。如何に気持ちよく眠り続けるかそれにしか興味がない。自身が生存するためと快適な空間を維持するための僕を動かすだけのエネルギー、それ以外に彼女が動くとすれば理由は一つ、『新しい寝具が欲しくなった』、それだけだった──二年と少し前、とある部族の族長が一族郎党丸々消失させられた原因が、『そのベッド欲しかったから』だったとは死した彼らは思いも寄るまい。
 下手をすれば年単位で滅多に動かない、動く切欠は被害者からすれば理不尽としか言いようがない、天災的な歪虚。部下とするにはあまりにも扱い辛い、が。
「いいか。私はコーリアス様の伝令に来た。故に伝令が伝わると判断できるまではここで話し続ける。伝令故に撃退も無駄だ。また別のが来るだけだからな」
 コーリアスは、存外彼女が嫌いではないらしい。内心で呆れのため息をつきながら、伝令役は淡々と告げる。
「うー……」
 やがて、ネネは気だるげに反応を返した。一番労力なく問題を解消するにはとりあえず話を聞いてやることだと判断して。
「トーチカを裏で支援してほしいとのことだ」
「うー……うー……」
 更に低くなった声と、もぞもぞと首を振る気配。最低限の音と気配で伝えてくるのは『眠いから嫌』だ。しかし伝令役もその主も分かっている。
「……お前に興味がありそうな話を持ってきた」
 言葉の後に伝令役が何事かと告げると、初めて、ネネの肩がピクリと動いた。
「少しはその気になったか。それでは……」
「待ってー……あと十分……」
 続いて発せられたのは、起きる気がない者の定番と言える台詞だが、伝令役は待つことにした。
 部屋が明るくなりつつあるのだ。
「待って……待ってて、ね……。そーいうことなら、ちゃんと聞くからあ……」
 ゆっくり、ゆっくりと部屋が明るくなっていく。急速にではなく、心地よく眠気を払っていくように。眠たげな声は、目的のために手段を選ばない歪虚の酷薄なものへと変わっていく。
 そうしてネネは、ぱちりと開いた目で伝令役の言葉を聞いて、そして。

「さーて、じゃあどうしようかなー……最近サボってたから、小道具もあんまり揃ってないし……第一あれはこっちから攻めるときにはあんま使えないよねえー……」




 ああ、少し伸びてきている。
 吹く風に何げなく髪を撫でつけるように梳いて、孫 楽偉は舌打ちしたい気分と共にその事実を認めた。
 常に忙しかった彼の父は髪をずっと長く伸ばしていた。半端に伸びてくるよりはずっとこうしていた方が楽なんですよ、と言って。さも合理的だというように父は言っていたが、要するに髪を切りに行く暇すらないほどに忙しなく働き続けているというのは合理的でも何でもないだろう、と後に思った。だから楽偉は常に髪は短めに揃えておこうと心がけることにしている。鬱陶しさを感じる前に切りに行けないのは己を律せていない証左だと。
 この依頼が終わったら切りに行こう。そして、暫くは休業だ。決意すると、気を引き締め直す。休みと決めたら、なおの事その期間を怪我の治療だけで終えてたまるものか。
 耳を澄ませ、周囲の気配に神経を集中させる。チュプ大神殿へと進行してくる歪虚の軍勢の迎撃。それが今回請け負った依頼だった。拠点を設けた坑道で待ち構える。
 ……やがて幾つもの足跡がこちらに向かってくるのを捉え、共に行動するハンターと共に身構える。
 現れたのは亡者の群れだった。眼下に虚ろな闇を灯す、表情を失った人々の群れ。それが、老若男女、背の高いもの低い者、肥えた者やせ衰えたもの、貴族のように着飾っていたり民族衣装らしき姿であったり……あるいはリアルブルー出身と伺えるものまで様々な姿で。
「──……!?」
 そして、幾多にもある標的の中、楽偉は反射的に一体の敵を見定めて、銃弾を放っていた。
 様々な姿をした亡者、その中に……髪の長い、リアルブルーの宇宙軍の軍服を着た姿を認めて。
 偶然にも、手にした銃は火属性だった。焔を纏った弾丸が、亡者の服に、乾いた皮膚に着弾して、パッと炎を──上げなかった。
 ガツッと鈍い音がして、亡者の姿は一切燃えることなく、そして銃弾が命中した一部が欠けて落ちた。……欠けた、のだ。肉体のみならず服の一部まで。そして、その下から覗いたものは、土くれの色。
 亡者、ではない。亡者に似せた土人形。それが、やってきた敵の正体と知って、楽偉は苛立ちに奥歯を鳴らした。
 見間違えたのは敵の正体がゾンビではなかったというだけではない。反射的に狙い打ってしまった何かはよく考えるまでもなく父のそれであるはずがなかった。
(宇宙に砕け散った父の遺体がこんなにきれいに残ってるわけがないじゃないか!!)
 一瞬それすら忘れかけた自分の間抜けさを酷く酷く呪う。
 なぜ遺体モドキ人形なんてわざわざ手の込んだ物を作るのか? そう、その中に『偶々』知り合いと似た姿があれば、動揺を、苛立ちを誘えるとみてだろう! 今まんまと自分が引っ掛かりかけたように!
 おそらくは、適当なのだ。ここに現れた遺体モドキ全て。適当にそれっぽく、色々なパターンを作成して、その中に偶々父と似た特徴の『作品』があっただけ。何の感慨も遠慮も必要な相手ではない。
 怒るな。苛つくな。それは敵の思うつぼだ。そして何より、一番悪いのは己の阿呆さだ。この失点を取り返すためには、これ以上敵の意図に乗っかってやるにはいかない――。
 深呼吸して、改めて次の対応を見定めた。




 歪虚兵ネネ・グリジュ。気まぐれで怠惰な彼女を、コーリアスは、存外嫌いではない。
 何故なら「極力働きたくない」という想いそのことは、工夫を生む動機でもあるからだ。
 彼女がよく使う、死体を用いる手口もそう。不慮で死んだ者の死体をそれと分かる内に保存しておき、ようやく死の悲しみも受け入れてきたそのころを見計らって親しい者の傍で暴れさせる。そうやて彼女は「最低限必要なエネルギー」を効率よく回収してきた。
 今回の作戦はその一つの集大成と言ったところだろう。土人形にしたのは、今回偶々、掘り返されて加工しやすい土がそこら中にあったから。ただそれだけである。
 欲望のままに、いとも無造作に人を踏みにじる。
 ネネ・グリジュは至って分かりやすい──歪虚兵だ。

リプレイ本文

 文字通り、火蓋を切った銃撃がもたらした結果に──ノエル・ウォースパイト(ka6291)は僅かに表情を変えていた。
(――あら、残念。ヒトのカタチをしているから、つい心を躍らせてしまったけれど)
 目が──夢が──醒めるように、彼女は内心に失望を表す。人型をしたそれが、見た目に反して単に土くれであるという事実に。
 その弾丸を放った楽偉はそのとき、気持ちを静めようと大きく息を吐いたときだった。吐き終えると同時に、彼の頭上にポン、と優しい感触が舞い降りる。
「もう、大丈夫そうだな」
 乗せられた掌はアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)のものだった。かけられた言葉の意味はしかし、少年にとって動揺を悟られたということのほうが比重が大きかったらしく、決まり悪そうに身じろぎする。……が。
「心の揺れはそのまま銃口の照準の揺れに出る」
 そう続けられてはそのまま拗ねているわけにも行かない。小さく頷き、しっかりと銃を握りなおして返答とする。力が篭り少し上がった肩に、今度はトントンと何かが触れる。
「……つっ!?」
 感覚が導く方向へと振り向こうとした楽偉の顔はしかし急に、驚きの声と共に止まる。その頬に小さな指が突き立っていた──古典的な悪戯だ。相手が振り向く方向に指を伸ばしたまま肩を叩く。仕掛けたディーナ・フェルミ(ka5843)は楽偉と目が合うとにへらと笑った。
「ハンターだから全部頑張る必要はないと思うの」
 振り向いた顔はあからさまに不機嫌ではあった。だが触れたままの肩、咎められた後のように力んだそれが再び少し下がる感触に、ディーナは笑みを崩さなかった。そのまま、ぐるりと一行の顔を見渡して、それから、前を見据える。
「ここは前衛が充実してるから、抜けた敵と伝令潰しをお願いしたいの。私達の背中を超えた敵と、敵の起点の更に先。猟撃士さんはどちらの射程も得意だから、よろしくお願いしますなの」
「……分かっています。ちゃんと、狙うべき相手は見極めますよ」
 ディーナの指示に、抑えた声で楽偉は答える。声にはまだ少し、強がりが見えた。
「私たち前衛が前で自由に戦えるのは君たち後衛の誤射がないと信頼しているからだ。クールに頼むよ、そっちの方がカッコいい」
 アルトが、再び声をかけてくる。楽偉がさらに口を開こうとする前に、ひゅ、と風を切る音が響いた。アーサー・ホーガン(ka0471)の放った矢だ。その身に、武器にマテリアルを纏わせ放たれた一撃は、迫りつつある敵集団その中央、先頭一体の胴体に突き刺さり折り曲げる。連鎖的に敵の動きに齟齬が生じ進軍を鈍らせた。要求を実例で示されて、楽偉は無駄な言葉は喉の奥で押しつぶさざるを得ない。
「じゃ、お願いしますの!」
 満足したようにディーナは言って、自ら間合いを詰めていった。接敵と同時に彼女を中心として光の波動が生まれる。地下道をふさぐように光が満ちると、衝撃にミシリと音を立てて、亡骸の姿をした群れの表面にヒビが走り、剥がれ落ちていく。
(関係ないの……生肉だろうが、土だろうが。生者じゃなければ)
 どうせ……変わらない。メイスを振るう際の硝子を引っかくような悪寒は。光が収束していく中、分かっていて、彼女はメイスを振り上げる。
(大体世界に似た人は3人も居るといいますの)
 心の中で唱えながら、振り下ろした。土人形の顔面が半分破壊された。消え行く光の隙間を縫うように、仲間が駆け出していくのが分かる。乱戦になれば、今の光撃を放つタイミングはもっと見極める必要があるだろう。彼女は意識を集中することにした。

 ディーナの光撃の端を縫うように、赤の閃光が戦場を駆け抜けた。ダンっと強い踏み込みの音が断続的に響く。音に振り向くころにはそこには何もなかった。その少し先で、紅の糸を残影に残しながら、鋭利な切り口が亡骸人形へと刻まれていった。
「胸糞悪い」
 アルトの言葉。つぶやくと共に、土人形の銃を持った腕が、切り口から滑り落ちて砕け落ちる。
 感情とは裏腹に、その剣閃に一切のブレはなかった。感情を認識しつつ、彼女はそれを今の己を構成する情報の一つへと摺り返る。例え亡くなった家族の顔に成功に似せられようとも、彼女の剣を鈍らす要素にはなりえなかった。死者は蘇らない。それは絶対だ。
 だからこそ──心を弄ぶようなことをする輩は最高に気に入らない。
 徹底して制御する訓練を受けるのは、つまりそれが致命的な結果をもたらすことを心得ているからだ。
 声にする。認識する。己の心を認め、すべき事をそこから最適化する。爆発的な脚力でもって戦場を駆け抜ける。紅い鋼線がまた、手裏剣を通じて敵の一体へと紐付けられた。彼女の、戦場においてそれは死と結び付けられると囁かれるそれが、今は、死体に見える、元々生命ですらなかった、それに。
「確実に一体残らず粉砕してやろう」
 宣言。紅線をたどり一気に間合いを詰めると、彼女は鋭く武器を突き出した。崩壊の一点へと。
 あらかじめ無数に切り刻まれたそれは分解されながら地面へ落下し崩れ落ちていった。派手な音を立てたそこに、土人形たちが一斉に振り向いた。複数体が囲むように隙間を詰めてくるその前に、彼女はまた離れた一体に紅線を飛ばしそれを手繰るように加速してその場を離脱する。走り抜けつつ、彼女は次の標的を見定めた。優先すべきは、遠距離攻撃手段を持つ個体。
 暗い地下道に、紅い輝きが瞬く。紅い華が開き、そして散るように。

 すう、と呼吸を整えながらノエルが別の敵の前へと立ちはだかる。すらりと引き抜かれた刃に、老人の姿をした敵はびくりと背筋を仰け反らせ、哀れみを請うように後ずさる。
「……あら」
 その動きに、ノエルの瞼が思わず見開かれる。その変化を見極めるかのように、人形の挙動が急変した。喉元を狙うように腕が振り上げられ──
「驚きましたわ。本当に……本当に、良く出来ていますのね」
 見開かれた瞳に、微塵も動揺など浮かんではいなかった。少しの賞賛があっただけで。ノエルはこともなげに刃を振り下ろす。迫りつつあった腕を切り飛ばし、そのまま刃は脇下から胴の半ばへと食い込んでいった。そして……やはり、残念そうに首を振った。
「その精巧さは賞賛に値しますが、やはり『中身』までとはいきませんのね?」
 刃が返す感触は均一だった。骨に阻まれる感触も筋に絡まれる感触も……内臓の柔らかさも、そこにはない。
「とはいえ……」
 一薙ぎとはいかず相手の身体の半ばで止まったそれを、刃の鋭さで滑らせるように引き抜く。なめらかに動き残光を残す銀の煌きに彼女は視線を這わせた。
「いまひとつの感触でも、両断の快感に浸ることは叶うでしょう」
 ──ちょうど新しい刀の切れ味を試したいと思っていたところでしたから。
 宗三左文字。天下を取る者が佩くとの謳い文句は、果たして真か否か。縦横無尽に翻る刃は、周囲の敵を散らしながら眼前の一体の脚を膝から切り飛ばした。平衡を失い人形の身体がくず折れる。胴への一撃に致命的な亀裂が走り、真っ二つになり砕けた。
「これで鮮やかな赤い華が咲けば、更に気分が昂揚するのだけれど」
 土煙を上げるだけの残骸を、あくまでも優雅な動作で見下ろして、彼女は次の獲物を探した。敵と見定めた亡者もどき、それらを悉く惨殺すべく。

 鞍馬 真(ka5819)もまた敵陣へと突っ込んでいく。魔導剣から伸びるように一筋の光がまっすぐに走り、敵を貫いていく。
(良く出来てる……か)
 耳に届いたノエルの呟きを、真は思わず内心で繰り返す。眼前の、少女の形をしたそれは死体の虚ろな瞳で、しかし嘆くような苦悶の表情を浮かべていた。
(確かに良く出来てるんだ、これは……出来すぎてる)
 果たしてこれは歪虚が、でたらめに作った動きなのだろうか。……原型が、ある? これらの土人形は、実際に、遺体を、その死の瞬間を、あるいは動く死体へと変えられた者たちそのものを象ったものではないのか。ふとそんな仮説が浮かんだ。
 思考しながらも視界の端に捉えたものに、はっとして構えなおす。少し先に銃を構えた男の姿が見えて真は再びそこへ向けて剣閃を伸ばす。射線上の敵を巻き込みながら胸部の真ん中を貫かれた男は信じられないという顔を見せた。何故。何故お前が俺を攻撃するんだ? そんな声がしてくるような。
 見知らぬ相手に、そんな風に意外がられる謂れなどない──本当か? 滑り込んできた思考に、真は身震いした。ああ……覚えがない。覚えていない中に、それがあるんじゃないか?
 もしかしたら……覚えていないだけで、いるのかもしれない。
(私は今……家族や幼馴染と同じ姿をした敵を躊躇無く斬り捨てているのかもしれない……のか?)
 遣り切れない思いに、真は更に踏み込んでいった。迷いに刃を鈍らせることはしない。ただ悪趣味な手段を用いる敵に、そして余計なことを考えた己自身に苛立ちは覚えた。ならばいっそ。
「……その程度の戦力で、我々を倒せると思うなよ。」
 より多くの敵を相手にその刃を届かせるべく真はやや強引な動作で敵が密集する位置へと潜り込んだ。間合いが詰まりすぎた相手は短剣でさばきつつ、舞うように周囲の敵を斬り刻んでいく。乱戦状態で動きが制限され、相対する敵が増えれば避けようのない攻撃も生まれるが、構うものか──覚悟して受けた衝撃は、しかし思ったよりも小さかった。敵の拳を受け止めるつもりだった肩口で、淡い燐光がはじけて消えていく。次に気がついたのは、ディーナの視線だった。彼女が障壁を張ってくれたのだ。その瞳に心配が宿っているのに気がついて、ありがとうと大丈夫の意味を込めて、微笑んで小さく頷いた。

 アーサーはしばらく弓によって味方が討ち漏らした敵の止めに専念し個体の突出を防いでいたが、敵の集団とこちらの距離が詰まり始めると、彼もまた弓から刀へと持ち替えて近接戦へと加わっていた。幾筋の裂傷を負わせた後、渾身の力を混めて刃を振り下ろすと、傷口を崩壊させて開かせながら刃は土くれの身体を進んでいく。最後は自重で折れるような形で、肩口から斜めに二つにされた人形は崩れ落ちた。
 一息つくように、身体についた土を払う。その大半は返り血ならぬ返り土といったものだが、さすがにこれだけの数がいると敵の攻撃もすべて防ぐというわけにはいかない。が、まあ──
「数はそれなりだが、質は大したことねぇな。小手調べってところか?」
 負傷、疲労の度合いと、残る敵の数。冷静に分析してアーサーは呟く。
「聞いてたラロッカにしては行動が賢くておかしいの、うーん」
 その呟きが聞こえたのか偶々なのか、ディーナもまた小首を傾げつつ呟くのが聞こえた。何気なくそちらを見やり、彼女の身体に何度目かの光がともり始めるのを見て、おっと、と目を逸らす。光の衝撃が、またも残る敵を薙ぎ倒していた。その光の中で、
「ラロッカのバカー、アホー」
 彼女の叫びが、今度は聞こうとしなくても聞こえる。地下道を反響しながら奥へと浸透して言ったその叫びは、しばらくしても何も返すことはなかった。
「叫んだのに反応ないの、やっぱりこれ、別の歪虚絡みだと思うの」
 ディーナがふん、と腰に手を当てながら言うを見て、アーサーは何なのかね、と肩をすくめる。
 別の歪虚。これだけの嫌がらせをする知恵はありながら、あまり本気とは思えない攻勢。気に留めるべきことなのかもしれないが──
「とはいえ、此処をほっぽり出して、て訳にもいかねえよな」
 マテリアルの輝きを帯びた己の刃に。新たに前進してきた敵の姿が照らし出されるのを認めて、アーサーは口の端を歪めながら構えなおした。
 その敵の姿は──軍属時代に戦死した同僚の面影に、似ていた。
 武器を手に、踊りかかってくるそいつを……一刀の元、斬り捨てる。額から腰まで、一文字の傷をまっすぐに受けたそれは仰向けに倒れていくと、ぱっくり割れた頭部が地面に叩きつけられた衝撃で砕けて首無し死体──死体?──となった。
 壊れた姿を見てふと思う。これが本物の死体で、本物の同僚だったら、自分はどうしたか?
「……状況が許せば、もう少し死体の残し方には気を使ってやったかもな」
 呟く。それだけだ。敵として立ちはだかるなら容赦なく斬る、その決断に変わりはあるまい。例え死体ではなく、生者として、堕落者となって立ち塞がろうとも。歪虚となってしまったのなら。速やかに無に返してやるのが、せめてもの手向けというものだ。
「戦友の面影に刃を鈍らせるほど、俺は繊細じゃねぇんだ」
 首を失ってなお起き上がろうとした人形の胴体を強く踏みつけた。ボグンと鈍い音がして、切り口から全身が崩壊していく。ばらばらになった土くれはもう元の姿が何だったかは分からなくなった。

(ああ──……)
 その戦いの終焉に。
 ノエルは、心から打ち震えるその胸の高鳴りが偽り出ないことを認めていた。
 打ち倒された一体の人形。彼女がこれまで無造作に手を脚を首を斬りおとしてきた物とは違い、それは綺麗に地面へと押し倒され──左胸に刃をつき立てられていた。
 赤い髪に修道服を着た姿の、それ。
(さながら貴女は、愛しき彼女が如く……)
 祈るように、唄うように胸中で囁いた。それが別人であることも分かっていながら。
 それでもこれは、想い描く一つの光景、その視覚化ではあった。愛しい姿の貴方をこそ、この手で殺す。
 皆等しく骸と成り果てる──貴方も私も彼女も──分け隔てなく訪れる、その結末。その死に様。それこそがノエルの救いに他ならない。
 恍惚に浸る彼女の眼前、芸術的、陶酔的ともいえる光景の中、しかしモドキである遺体は無粋に、再び手足をもたげようとする。
「……贋作では、私の刃を折るに至らなかったようですね」
 つまらなそうに、ノエルは手にした刃を軽く捻った。左胸から、亀裂が全身に一気に広がっていき。
「本当に、心の底から残念です」
 躊躇いもなく、彼女はそれを、砕いた。

 剣戟が土をえぐる、鈍い音が響き続けていた地下道に静けさが戻る。
 そこに散らばった土くれはほぼすべて、元が何であったかなど分からないほどに砕かれていた。どこか倦んだ空気の漂い続けていた戦場の跡に残ったのは、ただそれだけの土塊と、
「さて、何者の仕業なんだろうな、これは……」
 澱と共に吐き出すような、真の呟きだけだった。

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参加者一覧

  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 紅風舞踏
    ノエル・ウォースパイト(ka6291
    人間(紅)|20才|女性|舞刀士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/08/07 07:47:54
アイコン 相談卓
ノエル・ウォースパイト(ka6291
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2017/08/07 08:01:51