ゲスト
(ka0000)
聖導士学校――助手席の精霊
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/08/09 12:00
- 完成日
- 2017/08/14 22:14
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
白い肌から血の気が引いた。
細い手足から力が抜ける。
音も立てずに地面に倒れ、その身を包むカソックが力なく石畳に触れた。
護衛が駆け寄る。
必死の思いで呼びかけても反応は無い。
震える手で呼吸を確認し、鼓動すらないことに気づいてしまう。
「なんてことだ……」
被害者は小さな丘精霊。
本格的な夏が始まってから4回目になる意識喪失。
加害者は夏の暑さであった。
●丘妖精の夏休み
ハンターが精霊の試練を乗り越えた後、様々な精霊が人間へ対する支援を開始した。
例えば節制の大精霊プラトニス。
聖堂戦士の訓練につきあうだけで無く、ハンターに新たな力をもたらすイクシード・プライムを供給してくれている。
そんな大物とは比べることすら烏滸がましい弱小精霊が、最近建ったばかりの社でアイスクリームをぱくついていた。
「ですから無理はしないでくださいと」
心労でげっそりした少年(聖導士養成校生徒・貴族階級出身)が切々と訴えている。
丘精霊は銀の匙を操る手を止めて、悲しみを堪え最後のアイスの載ったそれを己の護衛に差し出した。
「そうではなくっ」
「お話は食べ終わってからにしましょう」
少し年上の少女がスプーンを取り上げる。
融けたお菓子で全体的にべとべとだ。
微かに残ったアイスをぺろりと平らげ、綺麗な大判タオルで精霊の手から胸元まで丁寧に拭いていく。
「助祭様? いつから、いえ、お仕事大丈夫なのですか?」
「イコニア司祭が出張中ですから」
その人名が出た瞬間、丘精霊のエルフ耳が怯えで震えた。
左右を見て逃げ場ないことに気づき、特に必要でも無い呼吸を止め死んだふりをする。
「あの」
助祭は無言で首を左右に振った。
大精霊を奉じる聖堂教会の司祭が精霊に嫌われるなど凄まじい醜聞になりかねない。
対立派閥の司祭なら宣伝して首を飛ばすところだが、あいにくイコニアは上司であり今首が飛ぶと助祭の将来も暗い。
どうしたものだかとため息をついた数秒後、魔導エンジンの騒々しい音が丘の裾から聞こえて来た。
いきなり復活した精霊が社から飛び出す。
護衛少年が慌ててその後を追い、助祭は社の中の片付けをしてから1柱と1人の後を追った。
「精霊様、今回はお菓子じゃないんですよ」
「初めての麦を奉納しに……あっ、お菓子じゃないですがスポーツ飲料ならありますから、ほらこれ結構甘いですよ!」
身長で数割増し、筋肉の体積では3倍近い男達が慌てた様子で丘精霊を宥めている。
作業服のポケットに入れっぱなしだった塩飴に気づいて捧げるまでその騒ぎは続いた。
頬をリスのように膨らませる精霊を助手席に導きエアコンを全力稼働。
硝子越しの強烈な陽光とエアコンの冷気を同時に浴びて、小さな子供にしか見えない精霊がうとうとし始めた。
「ご無沙汰しております。事業が順調なようですね」
「君か! すっかり立派になって」
軽く頭を下げる助祭。
元聖堂戦士あるいは元騎士の現開拓民達が日焼けした顔を破顔させる。
開拓とはいっても手に持つのは隙や鍬ではない。
丘から数キロ北で稼働中の、農業用ゴーレムが彼等の主戦力だ。
「新しく魔導トラックも購入されたのですか」
「いやー、これは」
「学校から借りたんだよ」
荷台ではよく手入れされた機銃が空を睨み、予備の弾薬の隣に重そうな麻袋が山積みされている。
「数年放棄されていた畑でこんなに。実家の一番よい畑より獲れてます」
「畑の養分はごっそりもっていかれたぞー。次までにたっぷり肥料を入れないと」
片足の動きの鈍い大男が、陰りのない表情でがははと笑う。
が、すぐに真顔になって日に焼けた髪をかく。
「俺も元戦士団だ。精霊様には畑の加護より戦の加護をお願いしたいが……」
生徒と助祭が視線を交わし無言のまま軽くうなずく。
小さな丘精霊が、よだれを垂らして寝入っていた。
●現地地図(1文字縦横2km
abcdefgh
あ□□平平平川□□ □=未探索地域
い□□平学薬川川□ 平=平地。低木や放棄された畑や小屋があります。やや安全。演習場扱い
う□平畑畑畑開□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。安全、北に向かって街道あり
え□□平平平平□□ 川=平地。川があります。水量は並
お□□□荒果果□□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります。3割の畑は何も植えられていません
か□□□荒荒丘□□ 開=平地。開拓中
き□□□荒湿湿荒□ 薬=平地。小規模植物園あり。拡張中。猫が食事と引換に鳥狩中
く□□□荒荒荒荒□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
け□□□□□□□□ 果=緩い丘陵。果樹園跡有り。柑橘系。休憩所あり。開拓民が手入開始
こ□□□□□□□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
さ□□□□□□□□ 湿=湿った盆地。木型雑魔が成長中。個々は弱い
●汚れた聖職者
「第五案を採用する」
大司教の宣言に議場の空気が乱れた。
茫然とする司教。
むっつり黙り込む聖堂戦士団幹部。
敵愾心を露わにするエリートコースの司祭達。
数多の悪感情に晒されても、イコニア・カーナボン司祭はただ静かに微笑んでいた。
会議室を退室する。
屈強な聖堂戦士に護衛され豪奢な通路を通る間も強い視線にさらされる。
ハンターが凄まじい戦果をあげているCAMを導入する案も、強力な火砲を導入する案も、伝統的な武具を充実させる案も、全てイコニアの案に負けた。
若く、女性で、しかも実戦経験の少ない司祭が発案者。
見窄らしいとすらいえる小型魔導トラックの導入案。
1地方の聖堂教会のみの決定とはいえ、憎まれても仕方が無い状況だ。
「大成功ですな」
「個人的にはほぼ失敗です」
聖堂から離れる馬車の中、からかうように拍手する聖堂戦士の前でイコニアが頭痛を堪えていた。
「必要とはいえ無理を通しすぎました」
彼女の顔色は酷く悪い。
気力を振り絞るようにして1枚の書類を取り出し、御者に見えない角度で戦士へ渡す。
1部隊が長期間遠征できる量の物資の引換証。代金は払込済みだ。
「援護の代金、確かに受け取りました」
平然と受け取り懐に収める。
向かい合う少女司祭は胃の上を押さえてぐったりしている。
「で、どの程度役立つとお思いで?」
「比較的安価なので数が揃います。多くの部隊に対空戦能力を持たせることできるので、飛行歪虚に為す術なく滅ぼされる数は減るでしょう」
「遠距離戦を嫌った歪虚が突っ込んできて、旧来装備の聖堂戦士が功績をあげることになるのでは?」
「次の大遠征で勝てるなら構いません」
イコニアの目を見て、古強者の口角が吊り上がった。
●依頼票
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、猫の相手、収穫の手伝いや農業機械化など、それ以外の担当者も募集中。
魔導トラックを使った、一般的な聖堂戦士団が実行可能な戦術の考案とマニュアル作りも期待されています。
CAMと共同作戦できるなら満点以上です。
細い手足から力が抜ける。
音も立てずに地面に倒れ、その身を包むカソックが力なく石畳に触れた。
護衛が駆け寄る。
必死の思いで呼びかけても反応は無い。
震える手で呼吸を確認し、鼓動すらないことに気づいてしまう。
「なんてことだ……」
被害者は小さな丘精霊。
本格的な夏が始まってから4回目になる意識喪失。
加害者は夏の暑さであった。
●丘妖精の夏休み
ハンターが精霊の試練を乗り越えた後、様々な精霊が人間へ対する支援を開始した。
例えば節制の大精霊プラトニス。
聖堂戦士の訓練につきあうだけで無く、ハンターに新たな力をもたらすイクシード・プライムを供給してくれている。
そんな大物とは比べることすら烏滸がましい弱小精霊が、最近建ったばかりの社でアイスクリームをぱくついていた。
「ですから無理はしないでくださいと」
心労でげっそりした少年(聖導士養成校生徒・貴族階級出身)が切々と訴えている。
丘精霊は銀の匙を操る手を止めて、悲しみを堪え最後のアイスの載ったそれを己の護衛に差し出した。
「そうではなくっ」
「お話は食べ終わってからにしましょう」
少し年上の少女がスプーンを取り上げる。
融けたお菓子で全体的にべとべとだ。
微かに残ったアイスをぺろりと平らげ、綺麗な大判タオルで精霊の手から胸元まで丁寧に拭いていく。
「助祭様? いつから、いえ、お仕事大丈夫なのですか?」
「イコニア司祭が出張中ですから」
その人名が出た瞬間、丘精霊のエルフ耳が怯えで震えた。
左右を見て逃げ場ないことに気づき、特に必要でも無い呼吸を止め死んだふりをする。
「あの」
助祭は無言で首を左右に振った。
大精霊を奉じる聖堂教会の司祭が精霊に嫌われるなど凄まじい醜聞になりかねない。
対立派閥の司祭なら宣伝して首を飛ばすところだが、あいにくイコニアは上司であり今首が飛ぶと助祭の将来も暗い。
どうしたものだかとため息をついた数秒後、魔導エンジンの騒々しい音が丘の裾から聞こえて来た。
いきなり復活した精霊が社から飛び出す。
護衛少年が慌ててその後を追い、助祭は社の中の片付けをしてから1柱と1人の後を追った。
「精霊様、今回はお菓子じゃないんですよ」
「初めての麦を奉納しに……あっ、お菓子じゃないですがスポーツ飲料ならありますから、ほらこれ結構甘いですよ!」
身長で数割増し、筋肉の体積では3倍近い男達が慌てた様子で丘精霊を宥めている。
作業服のポケットに入れっぱなしだった塩飴に気づいて捧げるまでその騒ぎは続いた。
頬をリスのように膨らませる精霊を助手席に導きエアコンを全力稼働。
硝子越しの強烈な陽光とエアコンの冷気を同時に浴びて、小さな子供にしか見えない精霊がうとうとし始めた。
「ご無沙汰しております。事業が順調なようですね」
「君か! すっかり立派になって」
軽く頭を下げる助祭。
元聖堂戦士あるいは元騎士の現開拓民達が日焼けした顔を破顔させる。
開拓とはいっても手に持つのは隙や鍬ではない。
丘から数キロ北で稼働中の、農業用ゴーレムが彼等の主戦力だ。
「新しく魔導トラックも購入されたのですか」
「いやー、これは」
「学校から借りたんだよ」
荷台ではよく手入れされた機銃が空を睨み、予備の弾薬の隣に重そうな麻袋が山積みされている。
「数年放棄されていた畑でこんなに。実家の一番よい畑より獲れてます」
「畑の養分はごっそりもっていかれたぞー。次までにたっぷり肥料を入れないと」
片足の動きの鈍い大男が、陰りのない表情でがははと笑う。
が、すぐに真顔になって日に焼けた髪をかく。
「俺も元戦士団だ。精霊様には畑の加護より戦の加護をお願いしたいが……」
生徒と助祭が視線を交わし無言のまま軽くうなずく。
小さな丘精霊が、よだれを垂らして寝入っていた。
●現地地図(1文字縦横2km
abcdefgh
あ□□平平平川□□ □=未探索地域
い□□平学薬川川□ 平=平地。低木や放棄された畑や小屋があります。やや安全。演習場扱い
う□平畑畑畑開□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。安全、北に向かって街道あり
え□□平平平平□□ 川=平地。川があります。水量は並
お□□□荒果果□□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります。3割の畑は何も植えられていません
か□□□荒荒丘□□ 開=平地。開拓中
き□□□荒湿湿荒□ 薬=平地。小規模植物園あり。拡張中。猫が食事と引換に鳥狩中
く□□□荒荒荒荒□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
け□□□□□□□□ 果=緩い丘陵。果樹園跡有り。柑橘系。休憩所あり。開拓民が手入開始
こ□□□□□□□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
さ□□□□□□□□ 湿=湿った盆地。木型雑魔が成長中。個々は弱い
●汚れた聖職者
「第五案を採用する」
大司教の宣言に議場の空気が乱れた。
茫然とする司教。
むっつり黙り込む聖堂戦士団幹部。
敵愾心を露わにするエリートコースの司祭達。
数多の悪感情に晒されても、イコニア・カーナボン司祭はただ静かに微笑んでいた。
会議室を退室する。
屈強な聖堂戦士に護衛され豪奢な通路を通る間も強い視線にさらされる。
ハンターが凄まじい戦果をあげているCAMを導入する案も、強力な火砲を導入する案も、伝統的な武具を充実させる案も、全てイコニアの案に負けた。
若く、女性で、しかも実戦経験の少ない司祭が発案者。
見窄らしいとすらいえる小型魔導トラックの導入案。
1地方の聖堂教会のみの決定とはいえ、憎まれても仕方が無い状況だ。
「大成功ですな」
「個人的にはほぼ失敗です」
聖堂から離れる馬車の中、からかうように拍手する聖堂戦士の前でイコニアが頭痛を堪えていた。
「必要とはいえ無理を通しすぎました」
彼女の顔色は酷く悪い。
気力を振り絞るようにして1枚の書類を取り出し、御者に見えない角度で戦士へ渡す。
1部隊が長期間遠征できる量の物資の引換証。代金は払込済みだ。
「援護の代金、確かに受け取りました」
平然と受け取り懐に収める。
向かい合う少女司祭は胃の上を押さえてぐったりしている。
「で、どの程度役立つとお思いで?」
「比較的安価なので数が揃います。多くの部隊に対空戦能力を持たせることできるので、飛行歪虚に為す術なく滅ぼされる数は減るでしょう」
「遠距離戦を嫌った歪虚が突っ込んできて、旧来装備の聖堂戦士が功績をあげることになるのでは?」
「次の大遠征で勝てるなら構いません」
イコニアの目を見て、古強者の口角が吊り上がった。
●依頼票
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、猫の相手、収穫の手伝いや農業機械化など、それ以外の担当者も募集中。
魔導トラックを使った、一般的な聖堂戦士団が実行可能な戦術の考案とマニュアル作りも期待されています。
CAMと共同作戦できるなら満点以上です。
リプレイ本文
●目無しの鴉
鴉が砕けて黒い羽が舞った。
南からの奇妙に冷たい風に吹かれ、地面に落ちる前に薄れて消える。
魔術師を思わせる外観のR7エクスシアの中、エルバッハ・リオン(ka2434)は瞬きもせず両手を忙しなく動かす。
右の人差し指で、軍用PDAに座標と戦闘記録を入力。
左の掌で操縦桿を揺らし、30ミリ弾再装填中の【ウィザード】の動きから隙を無くさせる。
膨大な情報を処理して最小限の入力で事に当たる様子はまさに高位マギステルだけれども、それに気づくような余裕はエルバッハ本人にもなかった。
胸の奥に嫌な感じの重さを感じた。
視線を一瞬真横に向け、機体のイニシャライズフィールドの状態を確かめる。
数十分前から今まで全力で稼働中のログがあった。
「今までのはおそらく偵察。おそらく」
独り言に気づいて形の良い唇を閉じる。
どうやら自覚よりも疲れているようだ。
息を吸って吐いて、体中で増加しかけていた負のマテリアルを押さえ込む。
銃口が斜め上に向け30ミリ弾が3つ放つ。
寒々とした太陽を背に接近してきた鴉に当たりかけ、しかし無理な動きで躱されてしまう。
再度引き金を引き追撃の3発。
鴉は【ウィザード】にたどり着けずに砕かれた。
HMDに警告を表す印が現れる。
斜め後ろ、ほとんど死角であった乾いた地面が黒く染まり最低でも数十の黒鴉がぶつかり合いながら迫ってくる。
アサルトライフルをハードポイントへ。
神経を研ぎ澄ませ、意識とマテリアルを機体を通して別兵装へ。
マテリアル式火砲から砲弾では無く火球が放たれる。
黒い濁流の手前でぱちりと弾け、真白い光と化して黒を焼き尽くした。
軽くため息。
吐き終える前に回避動作を入力完了。
率にして1割にも満たない生き残りが【ウィザード】に迫り、その7割近くが接触もできずに黒い巨体を行き過ぎる。
追撃は行わずにファイアーボールの術式を組み立てる。
鋭く振り向き、無音のまま急降下中の黒鴉群に一撃。
生き残りの自滅攻撃をくぐり抜けて右へ跳ぶ。
寸前まで脚部があった空間を地面から沸きだした鴉が貫く。
白い爆発が大地を抉り、土に埋もれた下半身ごと最後の一群を消滅させた。
「ここまでですか」
攻撃に失敗した直後に畳み掛けるような猛攻が来たことから考えると、敵には明らかに知性がある。
これ以上進むと範囲攻撃手段が限られた状況で機体ごと削り切られる危険が激増してしまう。
もちろん他にも問題がある。
HMDに攻撃失敗の表示と射程外の表示が連続する。
目無し鴉の生き残りは1割未満でざっと20と4匹。
しかも空を自由に飛べるので、アサルトライフルでは攻めきれないことがしばしばあった。
何の変哲も無い矢が冷えた空気を貫く。
最も高い場所にいた歪虚に突き刺さり、目のない顔で呆然としたままの鴉が落ちてくる。
【ウィザード】が180度反転して北上を開始。
CAM基準では異常なほどの速度で射手を守ろうと走りはするが、空飛ぶ鴉全てを追い抜くことはできない。
「バーニャ」
ソナ(ka1352)がそっと囁く。
矢をつがえ狙い放つ動作は一瞬も途切れることがなく、穏やかな見た目とは逆に熟練の狩人に見えた。
ユキウサギ【バーニャ】が全身で気合いのポーズ。
紅の薄い光がふわりと広がる。ほんの短時間しか保たない、少し強い程度の雑魔には無視されてしまう結界を作り上げる。
それで十分だ。
進路を遮られた鴉群は大回りを強いられて衝力を失い、ただの鴉型歪虚になった。
ソナは穏やかな心境のまま精霊に祈る。
祈りを核に正のマテリアルが攻撃力に変換されて、球形の逃れ難い範囲攻撃となり歪虚を襲う。
消え去る瞬間、眼球のない眼窩が呆然とソナの耳に向けられていた。
「はい、すみません、途中であの凹みに寄ってください」
気を取り直しエルバッハ機と一緒に北東へ向かう。
本当に何もない。
北にある精霊の丘付近の緑とは異なり生命力のない土ばかりだ。
「ここ、なのですが」
戦馬から降り、警戒をユキウサギと戦友に任せて地面に触れる。
乾いた気配の中にかぎ覚えのある臭いが微かに複数。
麦畑と、エルフ基準では雑に作られた薬草畑だろうか。
「ここは最低でも二百年前から人間の耕作地。あの情景があった場所は」
以前触れた、丘精霊の記憶を全力で思い出す。
あれは密度が高かった。
土一粒一粒を判別出来るレベルの高密度情報なので、記憶力と思考速度を兼ね備えたソナでも回想には時間がかかる。
「ここ?」
数歩進んで、丘どころか土饅頭とすら呼べない地形の前で立ち止まる。
【バーニャ】がしきりに左右を警戒している。
何か厄介なものに狙われているようなそうでないような、これまでにない反応だ。
「放置で何れ学校に悪影響があるといけないし」
バイオリンを手に取り弦の状態を確かめ、精霊への讃歌と旋律に正のマテリアルを乗せる。
土地どころか空間に染みこんでいた負の気配が中和され、将来の復活を示すように緑の幻影が浮かび上がりかけていきなり消えた。
ソナが瞬きする。
【ウィザード】が広範囲殲滅の術を準備し、【バーニャ】がソナの足にしがみつく。
相変わらず空にも土地にも生気がない。
土とほとんど見分けのつかない、かつて麦だったものがソナの手により回収される。
「下に、何かがある?」
これを含めて地表は浄化されている。
だが、地下2メートルより下を浄化できた感覚が全く無い。
「本格的に調べるなら遺跡調査のつもりでするしか……でも予算……」
聖導士学校の予算は潤沢だ。
開拓の事前調査や歪虚討伐の名目で物資の人材を引っ張ることはできる。
「丘の精霊様のイコニアさん嫌いと関係があるなら」
あの司祭を酷使して人材や物資を用意する価値がある、かもしれない。
●ゴーレムによる蹂躙
立ち並ぶ歪虚が恐怖に震えている。
枝を拳として扱い、厚めの革鎧を打ち抜ける威力で正拳突き。
なのに目の前の盾には傷一つつかず、枝の選択部が砕けることすらある。
なお、完全に防いでいる側の鳳城 錬介(ka6053)の顔色もあまりよくない。
敵の数が呆れるほど多く、一撃では殺しきれないことが多々あるため徐々に包囲網が狭まっている。
いくら弱い歪虚でも避ける可能性はあるし防御が成功することもある。
聖盾剣「アレクサンダー」と彼の腕では、毎回一撃必殺とまでは残念ながらいかない。
だから足を使うことにした。
攻撃と防御の合間に愛馬を鋭く加速させる。
鍛えたゴースロン種の足は素晴らしく、閉じかけた包囲を抜けて比較的安全な場所まで下がることが出来た。
だが木型歪虚の数は異常なほどだ。
本拠地である湿地から現れるのは細く弱く、反比例して膨大な数の歪虚であり終わりが見えない。
「ここまでですか」
聖書のページからなる魔法陣を展開。
これまでの白兵攻撃とは一段上の威力と桁外れの攻撃範囲の光を放って近くの機歪虚を殲滅……正確には9割ほど滅ぼして撤退準備を整える。
「崩天丸!」
木型歪虚の生き残りと若木型歪虚が合流しつつ警戒する。
何かとんでもない攻撃が来る、と警戒しても20秒ほどなにもない。
弛緩した空気が生じ、戸惑いと怒りを挟んで再度動き出す直前、微妙に雑な爆風が空から吹き下ろす。
木木が圧に負けて砕けて破片が舞う。
ゴースロン種が迷惑そうに盾の陰に隠れ、錬介は器用に愛馬を誘導して木型歪虚を防ぎつつ後退を開始した。
「崩天丸、脆いからな」
刻令ゴーレム【崩天丸】の装甲厚は錬介と同程度に分厚い。
だが回避能力と受け能力は月とすっぽんであり、歪虚に囲まれたら高価な装備と一緒にスクラップになりかねない。
だから歪虚を近づけさせないため工夫する。
地味な撤退戦をする中、丘の近くを走り回る魔道トラックを見かける。
機銃で弾幕を張り別方向から1~2体ずつ現れる歪虚を防いでいる。
弾の消費量が多いのは気になるが、生徒が操縦していてこの戦果なら十分だろう。
ただ、予想より魔道トラックの移動頻度が高い。
エステル(ka5826)は頻繁に射撃位置を変えるトラックを見て、困惑と落胆が入り交じった息を吐く。
重装甲のハンターやCAMを見慣れた彼女には、魔道トラックの装甲は異様に薄く見えてしまう。
サイズが大きいのも防御面では欠点だ。
刻令ゴーレムの炸裂弾1発で大破もしくは全壊になる。
「回避は困難。耐久も心配。魔道トラックの良いところは……」
どっしりと構えた刻令ゴーレムが弾着修正を行い砲撃を再開。
盆地にみっしり詰まった木歪虚を文字通り吹き飛ばしその数を減らす。
1ユニットの戦果としては信じられない数のスコアであった。
なお、魔道トラックはゴーレムと比べて射程も半分で範囲攻撃も不可能。当然スコアも低レベルだ。
「良いところは……」
そっと目をそらす。
南から吹く冷たい風か心地良くは、ない。
鋭い視線を南に向ける。
鋭敏な視力を持つエステルがようやく近くできる範囲に、1羽の鴉に見える何かが偵察機の如く舞っていた。
「来るぞ」
錬介の声に緊張が満ちてる。
刻令ゴーレムの砲撃による被害が減っている。
盆地を占拠し、半分以下にまで撃ち減らされた歪虚が、足である根と武器である枝を振り回しつつこちらに突撃を開始していた。
「炸裂弾が残り2発です。手間が省けました」
木歪虚津波の最前列に砲撃を2回。
先頭がなぎ倒されても頭に血が上りきった歪虚は方向転換も出来ず躓き被害を拡大する。
「今回は訓練と威力偵察の予定だったのですが」
木津波が迫る。
【崩天丸】がキャニスター弾を発射。
これまで以上の範囲の歪虚が消し飛び、しかし次から次に来る木歪虚の方が多い。
錬介が平然と前に出る。
並の鉄以上に硬い枝や、見た目より重い幹で、一度に十数体分攻撃されても一歩も引かない。
半々で躱せて躱し損ねても鉄壁の防御によりダメージ0。
仮に万一のまぐれ当たりがあっても即回復するためのすべがある。
彼は単身で、歪虚にとっての絶望の壁になっていた。
繰り返しになるが刻令ゴーレムは脆い。
錬介が防げるのは一方のみ。残る3方から歪虚が殺到し射撃線用ゴーレムを囲む。
つまり、セイクリッドフラッシュの射程内に数十の雑魔が詰め込まれた訳だ。
「眠りなさい」
エステルを中心に爽やかな風が吹く。
強靱なはずの枝も幹も根も真夏の雪の如く溶けて何も残らない。
空いた空間に後続が流れ込み、ループ再生中の動画の如く静かに歪虚が処理されていく。
丘の方向から陽気なベルの音が聞こえる。
音に画像がついている気がするのは、多分エステルの気のせいではない。
「精霊様、ここは危ないですから」
「乗せてって! 早く!」
実際、はしゃぐ精霊がトラックの助手席に押し込まれて安全地帯まで連れ出されていた。
エステルの口元が綻ぶ。
治癒術でゴーレムを補修する錬介も目元が優しい。
「予想外の展開ですが」
のっしのっしとゴーレム2機が後退を始める。
それを追える歪虚はいない。
無残なまでに撃ち減らされ、錬介単身で防げる程度の数しか残っていない。
十分距離をとった2機が、弾数の余裕がある銃で支援を行う。
こうして、ひょっとしたら誰にとっても予想外なことに、実質ハンター2人とゴーレム2機によって木型歪虚の群生地が壊滅した。
「とはいえ」
エステルのたった1度の浄化術で沼の底まで浄化が終わる。
ただし沼は1平方キロ以上、浄化術の範囲は一度に100平方メートル。
この場から歪虚を根絶するには一工夫必要かもしれない。
●丘防衛戦演習
私語も無く教室に待機する、やる気に満ちた10~12歳の少年少女。
アニス・テスタロッサ(ka0141)は零れそうになるため息と浮かびそうになる渋面をこらえるため、かなりの労力を必要とした。
「アニス・テスタロッサだ」
頑丈な扉を開けて一定の歩幅で教壇へ。
礼をするため立ち上がろうとした生徒を目で制止する。
「南で歪虚との戦闘が始まっている。時間は貴重だ。挨拶や雑談は抜き、分からないことがあれば後でまとめて聞きに来い」
白墨を手に取り黒板に向かう。
地形と歪虚と歩兵と各種ユニットを示す記号を書き終え再び生徒を向く。
「大型の歪虚や機動兵器が動き回る戦場じゃ、歩兵は支援と施設制圧が基本になる。支援は主に小型の敵への攻撃だな。雑魚でも数がいればCAMやゴーレムにとっても鬱陶しい。制圧はそのままだ。」
軍事に関する知識としては初歩も初歩。
リアルブルーでなら各種創作を通して子供でも知っていることがある知識。
「アタッカータイプのクラスが多けりゃ、今挙げたのが主な立ち回りになる。だが、お前らは聖導士だ。負傷兵の輸送や治療という仕事も出てくる。」
優勢の場合、劣勢の場合、敗走時の場合の配置を次々に書いては消していく。
生徒は理解し書き残そうと目を血走らせ必死だ。
「俺が教えられんのは、戦術というよりは生き残るための術だ。死んじまっちゃなんにもならねぇからな。実戦で死にたくなきゃ、そっから先をは自分で考えて状況に応じて最適化しろ」
親指の爪ほどのサイズになった白墨を、2本の指で押しつぶす。
白い煙が広がり消えたときには、既にアニスは教室を出るところだった。
「演習のため南の丘に向かう。2分以内に倉庫の前へ集合。解散」
ひぃ、という悲鳴が教室から聞こえた。
「……すぱるた?」
「まあそんな感じだ」
1時間後。
社の前で教師陣が相談を行っていた。
片方はアニス。もう片方は生徒と同年齢にしか見えない、体格を考慮すると生徒より幼くを見えるフィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)だ。
「2年未満の訓練であれなら上等だけどな。抜けが多いよ」
異なる環境で育った文化と技術なので全てそうだとは言えないが、軍事技術はリアルブルー側が優位なことが多い。
その分全て教え込むのは大変な訳で、アニスもフィーナの取捨選択に頭を悩ませている。
フィーナが丘の斜面を見下ろす。
その場の生徒達は精一杯守りを固めているつもりでも、4メートルほどの獣歪虚1匹がいれば蹴散らされて社に突入されそうだ。
その場合栄養として歪虚に吸収されることになる丘精霊が、底抜けに明るい顔でフィーナ達を応援していた。
フィーナの小さな手に力が籠もる。
主の気合いにイェジドが反応し、大きく息を吸って威嚇に近い雄叫びを響かせる。
「失敗判定。最初からやり直し」
上空への警戒不足に足場の確保不十分と敵の足止め準備の不徹底を容赦なく指摘する。
涙目になっても止まりはしない。
生徒達は実質この地の守備兵力でもあるので、今使えるようにしないと精霊が危ない。
「大休止の後防御陣地構築演習を再開する。……訂正、補給部隊から必要なものを受け取ったあと小休止。その後演習。以上」
北から見慣れぬユニット複数が近づいて来る。
草臥れた馬にひかれた、それ以上に草臥れた馬車が2台。
土嚢用麻袋やスコップや補強用資材が満載されて荷台が深く沈んでいる。
「数を揃えるなら魔道トラックより馬車。でも馬車は30ミリ口径すら乗せられない」
一流の射手が聖堂戦士団の全部隊にいるなら馬車で十分だ。
そんな凄腕は滅多にいないので、対空戦闘を考えると最低でも魔道トラックは欲しい。
「結局、予算。2線級部隊ではトラック複数が前提の戦術は非現実的」
「世界が変わっても同じだね。講師役は頼むよ」
オファニムに乗り込むアニスを見送り、アニスは演習の再開を生徒に告げる。
生徒はもう必死だ。
接敵前に作った土嚢を積み上げ分厚い盾を駆使してなんとか食い止めようとする。
『機動兵器に大型の敵を任せて、お前らは足元の鬱陶しい奴らを潰す。これが基本だ。最前線じゃCAMサイズは普通だぞ、ほらよそ見をするな』
イェジド【волхв】が、アニス機に引きつけられた生徒の後ろを悠々と通り、丘の社まで上がって丘精霊を背中に乗せる。
これが実戦ならかみ砕かれた腹の中だ。
小さな精霊は分かっていないようで、アニエスにもらったベルで元気に下手な演奏をしている。
『地形が変わっても同じだ。もっとも、森なんかは大型の兵器は動きが制限されっから、歩兵だけの方がいい場合もあるけどな。授業で教えたはずだぞ。遮蔽、足止めだ』
本気を出せば10割近く回避するわ超遠距離から百発百中だわで演習として成立しない。
アニスは実戦以上に気を遣い手を抜く必要があった。
「う」
1年生が疲労で倒れる。
思わずはき出してしまう少年に対する怒声はない。
心配そうに駆け寄る丘精霊の背後から、冷たい目をしたフィーナが見下ろしていた。
「最低限必要な休憩を取らさなかった結果。治療開始。ただし治療担当以外は演習続行」
鬼教官を見る目が向けられてくるが、フィーナの表情には髪の毛1つ分の変化もない。
太陽が隠れて魔道トラックの照明だけが頼りになっても、CAMと魔道トラックも参加した演習が何度も繰り返し行われ、日付が変わる頃にようやく終わった。
おつかれ!
丘精霊から激励のイメージと柔らかな祝福の光が降り注ぐ。
立ち上がる生徒達は幽鬼じみた動きしか出来ず、怯えた精霊がフィーナに後ろからしがみつく。
「ん」
至近に巨大なマテリアルがあるので落ち着かない。
それ以上にまっすぐな好意がくすぐったい。
「これなら足止めは可能」
努めて平静な顔を保とうとして失敗する。
頬に熱さを感じながら、そこだけはいつも通りの頭脳を酷使し複数の案を検討した。
「防空壕」
『南に飛行型歪虚が何度も見えたからね。アレ注文できる?』
「やってみる」
某司祭から奪った申請書類を【волхв】の鞍に広げて小さな字で書き込む。
オファニム【レラージュ・ベナンディ】が土嚢で組み上げた対空防御施設の中に、十数日後対空機銃が取り付けられることになる。
●密談
締め切った部屋に嬌声が反響する。
声の主は聖堂教会内で権勢を振るう若手司祭。
元貴族子飼い配下の細作、現ただの用務員であるその人物は、己の全技能を駆使して逃げようとした。
「サイさん、どうぞー」
ドア越しの呼びかけで観念する。
改めてノックをして中に入る。
ベッドの上、ほぼ肌着のイコニアの背に乗り筋肉マッサージ中の宵待 サクラ(ka5561)が、気安くウィンクして挨拶してきた。
「これ、報告書です」
「ちょっと待ってねー」
言葉で退路を断った上でとどめのマッサージ。
ぐにゅう、と奇怪な悲鳴をもらしてイコニアが細かく痙攣し始めた。
「これで筋肉がつかない校長先生とイコちゃんの体質が謎だ……おかしーなー」
ロッソ在住の研修者に引き渡せば長期入院と引き替えに大金が振り込まれる気がする。
リアルブルーに渡せば……最悪サクラもまとめて実験材料だろうか。
汗にぬれた指をタオルで拭いて、薄めたスポーツドリンクで喉を潤し振り返る。
「あの子達はどう?」
「成功の基準をどこにおくかによります。今学校から放り出しても死ぬことはないのでは」
「それじゃ足り無いんだけどねー」
高い授業料とともに入学した貴族出身生徒のことだ。
貴族でない生活に順応するための授業をサクラが受け持ちはしたのだが、他にやることがありすぎて自習が多い。
「んでサイさん、この辺って大公派かな、王女派かな? 一般的な勢力関係知ってたら教えてくれる?」
「ですから政治に巻き込まないでくださいと」
元細作が渋面になる。
「ご存じのように、校長以下職員全員が、派閥より己の価値観優先です。好きに教えて鍛えてやりたい放題ですね」
「だから大公派……貴族派がここを傘下と主張しても気にしない?」
「王女派というか政府中央とは縁がありません。貴族派よりは否定できませんよ」
「だよねー。イコちゃんも貴族派に近い家系と組織から資金集めてるし」
直前のイコニア出張に合わせた経費一覧を眺めてため息をつく。
「ごかいです。私たちはただ歪虚討伐とついでに宗教組織としての地域貢献を」
「ついで言わない」
筋肉を揉んでやるとイコニアが力尽き枕に顔を埋める。
「イコちゃん見てると出藍の誉れとか鳳雛って言葉の意味がよく分かるよ。二十四郎乗って戦闘訓練参加して…今は生き延びる方法を勉強してればいいんじゃないかな」
仮眠をとっていたイェジド【二十四郎】がベッドの脇から立ち上がり、すごく嫌そうで情けない顔をしてサクラの目を見る。
恩も義理もない危険人物を背中に乗せたくないと言いたげにも見えた。
●秋の気配
馬より大きな紅刃が、ビルじみた巨大スケルトンを真横に切った。
腰骨の切断面は鏡のようで、そこから細かなひびが全身の骨に広がり粉みじんに砕け散る。
自然の力で浄化されきなない負のマテリアルが、仄暗い竜巻となり河畔で荒れ狂った。
ボルディア・コンフラムス(ka0796)の腕に刻まれた傷が高速で治癒されている。
直前までの回避と高速移動で荒い息をついていたイェジド【ヴァーミリオン】が、なんとか復調して大きくのびをする。
「楽だなこれ」
雑魔の域を超えた強敵だった。
しかし飛べもしないし連携をとる同属もなく、ボルディアにとっては非常に容易い的でしかなかい。
その後川沿いに進む。
途中曲がりくねり枝分れすることもあったが、最も太い1本を選んでひたすら進む。
「止まれ! 何者だ」
悲壮感に満ちた誰何が斜め前から届く。
目をこらす。
決死の表情の兵士達が槍衾を作りボルディアに向けていた。
「見ての通りのハンターだぞ?」
「歪虚汚染地帯を単身で突破するなんてどこの神話の英雄だ。近づけば討つ!」
全員でかかってもボルディアに勝てないことを分かった上で、1分1秒でも時間を稼ぐつもりらしい。
「分かった。騒がして悪かったな。地名だけ教えてくれ、すぐ来た道戻るから」
「……え?」
指揮官は目を白黒させる。
隣領の名前が出てくる前、ボルディアとイェジドはのんびり涼しい風を楽しんでいた。
「俺だけが行けてもなぁ」
帰り道、往路よりわずかに小さな巨大スケルトンを今度は縦に割り、学校に向かって川沿いに走らせる。
他のハンターならまあ大丈夫だろうが、生徒も開拓民の危険過ぎて通れないので演習にも開拓にも使えない。
あれこれ考えている間に学校が遠くに見える場所までたどり着く。
ふと思いついて進路を南に変えてしばらくいくと、夕暮れの丘にはハンターと妖精しかいなかった。
「さらさらー」
せいぜい8歳児な丘精霊を膝に乗せ、サクラが金の混じった銀髪をすいている。
心温まる光景であるはずなのに何故か緊迫感がある。
「同族嫌悪っぽいイコちゃんとも仲良しになって欲しいなーって、ねえ使徒精霊さま」
硬直。
透過。
180度と少し方向転換して全力で逃走。
乱れきったカソックから除く細い手足が奇妙に保護欲を誘う。
「だめかー」
サクラががくりと肩を落とし、透過を止めた丘精霊が盛大に躓き、日に焼けた手によって抱え上げられた。
「ひとの好き嫌いに口出す気はないがよ、もうちっと威厳っつーかさあ、シャキッとしろよお前ぇ!」
安全に配慮した上で乱暴に振り回す。
きゃっきゃっ、とすごく喜んでいるイメージが送り込まれてくるのが正直うるさい。
ボルディアにとって、子供のおもりは歪虚相手の殺し合いより難易度が高かった。
投げ渡されるようにして錬介がキャッチ。
胸元から見上げてくる目がとてつもなく愛らしく感じられ、だからこそぐっと自分を抑えて厳しく接する。
「今日のお菓子はおしまいです」
節制も大事である。
人間と距離が近い精霊が暴君になると、ろくでもない展開になりかねない。
「少し離れてください。花火を」
ぼん、と威圧感こそないが大砲の発砲音じみた音が響く。
マテリアル式の花火だ。
柔らかそうに見える光の花びらが広がり、満天を覆ってゆるやかに漂う。
ソナと、健やかな心を保った精霊のマテリアルが重なり高めあった結果である。
「精霊の加護って奴か? 攻撃に転用したらってのは野暮か」
南から風が吹いて花びらが北に流される。
ボルディアはイェジドを降り、届かない手を伸ばす丘精霊を鞍に乗せてやる。
はしゃぎ疲れて丘精霊が眠るまで、イェジドは安全な場所を選んで悠々と大地を駆けるのだった。
鴉が砕けて黒い羽が舞った。
南からの奇妙に冷たい風に吹かれ、地面に落ちる前に薄れて消える。
魔術師を思わせる外観のR7エクスシアの中、エルバッハ・リオン(ka2434)は瞬きもせず両手を忙しなく動かす。
右の人差し指で、軍用PDAに座標と戦闘記録を入力。
左の掌で操縦桿を揺らし、30ミリ弾再装填中の【ウィザード】の動きから隙を無くさせる。
膨大な情報を処理して最小限の入力で事に当たる様子はまさに高位マギステルだけれども、それに気づくような余裕はエルバッハ本人にもなかった。
胸の奥に嫌な感じの重さを感じた。
視線を一瞬真横に向け、機体のイニシャライズフィールドの状態を確かめる。
数十分前から今まで全力で稼働中のログがあった。
「今までのはおそらく偵察。おそらく」
独り言に気づいて形の良い唇を閉じる。
どうやら自覚よりも疲れているようだ。
息を吸って吐いて、体中で増加しかけていた負のマテリアルを押さえ込む。
銃口が斜め上に向け30ミリ弾が3つ放つ。
寒々とした太陽を背に接近してきた鴉に当たりかけ、しかし無理な動きで躱されてしまう。
再度引き金を引き追撃の3発。
鴉は【ウィザード】にたどり着けずに砕かれた。
HMDに警告を表す印が現れる。
斜め後ろ、ほとんど死角であった乾いた地面が黒く染まり最低でも数十の黒鴉がぶつかり合いながら迫ってくる。
アサルトライフルをハードポイントへ。
神経を研ぎ澄ませ、意識とマテリアルを機体を通して別兵装へ。
マテリアル式火砲から砲弾では無く火球が放たれる。
黒い濁流の手前でぱちりと弾け、真白い光と化して黒を焼き尽くした。
軽くため息。
吐き終える前に回避動作を入力完了。
率にして1割にも満たない生き残りが【ウィザード】に迫り、その7割近くが接触もできずに黒い巨体を行き過ぎる。
追撃は行わずにファイアーボールの術式を組み立てる。
鋭く振り向き、無音のまま急降下中の黒鴉群に一撃。
生き残りの自滅攻撃をくぐり抜けて右へ跳ぶ。
寸前まで脚部があった空間を地面から沸きだした鴉が貫く。
白い爆発が大地を抉り、土に埋もれた下半身ごと最後の一群を消滅させた。
「ここまでですか」
攻撃に失敗した直後に畳み掛けるような猛攻が来たことから考えると、敵には明らかに知性がある。
これ以上進むと範囲攻撃手段が限られた状況で機体ごと削り切られる危険が激増してしまう。
もちろん他にも問題がある。
HMDに攻撃失敗の表示と射程外の表示が連続する。
目無し鴉の生き残りは1割未満でざっと20と4匹。
しかも空を自由に飛べるので、アサルトライフルでは攻めきれないことがしばしばあった。
何の変哲も無い矢が冷えた空気を貫く。
最も高い場所にいた歪虚に突き刺さり、目のない顔で呆然としたままの鴉が落ちてくる。
【ウィザード】が180度反転して北上を開始。
CAM基準では異常なほどの速度で射手を守ろうと走りはするが、空飛ぶ鴉全てを追い抜くことはできない。
「バーニャ」
ソナ(ka1352)がそっと囁く。
矢をつがえ狙い放つ動作は一瞬も途切れることがなく、穏やかな見た目とは逆に熟練の狩人に見えた。
ユキウサギ【バーニャ】が全身で気合いのポーズ。
紅の薄い光がふわりと広がる。ほんの短時間しか保たない、少し強い程度の雑魔には無視されてしまう結界を作り上げる。
それで十分だ。
進路を遮られた鴉群は大回りを強いられて衝力を失い、ただの鴉型歪虚になった。
ソナは穏やかな心境のまま精霊に祈る。
祈りを核に正のマテリアルが攻撃力に変換されて、球形の逃れ難い範囲攻撃となり歪虚を襲う。
消え去る瞬間、眼球のない眼窩が呆然とソナの耳に向けられていた。
「はい、すみません、途中であの凹みに寄ってください」
気を取り直しエルバッハ機と一緒に北東へ向かう。
本当に何もない。
北にある精霊の丘付近の緑とは異なり生命力のない土ばかりだ。
「ここ、なのですが」
戦馬から降り、警戒をユキウサギと戦友に任せて地面に触れる。
乾いた気配の中にかぎ覚えのある臭いが微かに複数。
麦畑と、エルフ基準では雑に作られた薬草畑だろうか。
「ここは最低でも二百年前から人間の耕作地。あの情景があった場所は」
以前触れた、丘精霊の記憶を全力で思い出す。
あれは密度が高かった。
土一粒一粒を判別出来るレベルの高密度情報なので、記憶力と思考速度を兼ね備えたソナでも回想には時間がかかる。
「ここ?」
数歩進んで、丘どころか土饅頭とすら呼べない地形の前で立ち止まる。
【バーニャ】がしきりに左右を警戒している。
何か厄介なものに狙われているようなそうでないような、これまでにない反応だ。
「放置で何れ学校に悪影響があるといけないし」
バイオリンを手に取り弦の状態を確かめ、精霊への讃歌と旋律に正のマテリアルを乗せる。
土地どころか空間に染みこんでいた負の気配が中和され、将来の復活を示すように緑の幻影が浮かび上がりかけていきなり消えた。
ソナが瞬きする。
【ウィザード】が広範囲殲滅の術を準備し、【バーニャ】がソナの足にしがみつく。
相変わらず空にも土地にも生気がない。
土とほとんど見分けのつかない、かつて麦だったものがソナの手により回収される。
「下に、何かがある?」
これを含めて地表は浄化されている。
だが、地下2メートルより下を浄化できた感覚が全く無い。
「本格的に調べるなら遺跡調査のつもりでするしか……でも予算……」
聖導士学校の予算は潤沢だ。
開拓の事前調査や歪虚討伐の名目で物資の人材を引っ張ることはできる。
「丘の精霊様のイコニアさん嫌いと関係があるなら」
あの司祭を酷使して人材や物資を用意する価値がある、かもしれない。
●ゴーレムによる蹂躙
立ち並ぶ歪虚が恐怖に震えている。
枝を拳として扱い、厚めの革鎧を打ち抜ける威力で正拳突き。
なのに目の前の盾には傷一つつかず、枝の選択部が砕けることすらある。
なお、完全に防いでいる側の鳳城 錬介(ka6053)の顔色もあまりよくない。
敵の数が呆れるほど多く、一撃では殺しきれないことが多々あるため徐々に包囲網が狭まっている。
いくら弱い歪虚でも避ける可能性はあるし防御が成功することもある。
聖盾剣「アレクサンダー」と彼の腕では、毎回一撃必殺とまでは残念ながらいかない。
だから足を使うことにした。
攻撃と防御の合間に愛馬を鋭く加速させる。
鍛えたゴースロン種の足は素晴らしく、閉じかけた包囲を抜けて比較的安全な場所まで下がることが出来た。
だが木型歪虚の数は異常なほどだ。
本拠地である湿地から現れるのは細く弱く、反比例して膨大な数の歪虚であり終わりが見えない。
「ここまでですか」
聖書のページからなる魔法陣を展開。
これまでの白兵攻撃とは一段上の威力と桁外れの攻撃範囲の光を放って近くの機歪虚を殲滅……正確には9割ほど滅ぼして撤退準備を整える。
「崩天丸!」
木型歪虚の生き残りと若木型歪虚が合流しつつ警戒する。
何かとんでもない攻撃が来る、と警戒しても20秒ほどなにもない。
弛緩した空気が生じ、戸惑いと怒りを挟んで再度動き出す直前、微妙に雑な爆風が空から吹き下ろす。
木木が圧に負けて砕けて破片が舞う。
ゴースロン種が迷惑そうに盾の陰に隠れ、錬介は器用に愛馬を誘導して木型歪虚を防ぎつつ後退を開始した。
「崩天丸、脆いからな」
刻令ゴーレム【崩天丸】の装甲厚は錬介と同程度に分厚い。
だが回避能力と受け能力は月とすっぽんであり、歪虚に囲まれたら高価な装備と一緒にスクラップになりかねない。
だから歪虚を近づけさせないため工夫する。
地味な撤退戦をする中、丘の近くを走り回る魔道トラックを見かける。
機銃で弾幕を張り別方向から1~2体ずつ現れる歪虚を防いでいる。
弾の消費量が多いのは気になるが、生徒が操縦していてこの戦果なら十分だろう。
ただ、予想より魔道トラックの移動頻度が高い。
エステル(ka5826)は頻繁に射撃位置を変えるトラックを見て、困惑と落胆が入り交じった息を吐く。
重装甲のハンターやCAMを見慣れた彼女には、魔道トラックの装甲は異様に薄く見えてしまう。
サイズが大きいのも防御面では欠点だ。
刻令ゴーレムの炸裂弾1発で大破もしくは全壊になる。
「回避は困難。耐久も心配。魔道トラックの良いところは……」
どっしりと構えた刻令ゴーレムが弾着修正を行い砲撃を再開。
盆地にみっしり詰まった木歪虚を文字通り吹き飛ばしその数を減らす。
1ユニットの戦果としては信じられない数のスコアであった。
なお、魔道トラックはゴーレムと比べて射程も半分で範囲攻撃も不可能。当然スコアも低レベルだ。
「良いところは……」
そっと目をそらす。
南から吹く冷たい風か心地良くは、ない。
鋭い視線を南に向ける。
鋭敏な視力を持つエステルがようやく近くできる範囲に、1羽の鴉に見える何かが偵察機の如く舞っていた。
「来るぞ」
錬介の声に緊張が満ちてる。
刻令ゴーレムの砲撃による被害が減っている。
盆地を占拠し、半分以下にまで撃ち減らされた歪虚が、足である根と武器である枝を振り回しつつこちらに突撃を開始していた。
「炸裂弾が残り2発です。手間が省けました」
木歪虚津波の最前列に砲撃を2回。
先頭がなぎ倒されても頭に血が上りきった歪虚は方向転換も出来ず躓き被害を拡大する。
「今回は訓練と威力偵察の予定だったのですが」
木津波が迫る。
【崩天丸】がキャニスター弾を発射。
これまで以上の範囲の歪虚が消し飛び、しかし次から次に来る木歪虚の方が多い。
錬介が平然と前に出る。
並の鉄以上に硬い枝や、見た目より重い幹で、一度に十数体分攻撃されても一歩も引かない。
半々で躱せて躱し損ねても鉄壁の防御によりダメージ0。
仮に万一のまぐれ当たりがあっても即回復するためのすべがある。
彼は単身で、歪虚にとっての絶望の壁になっていた。
繰り返しになるが刻令ゴーレムは脆い。
錬介が防げるのは一方のみ。残る3方から歪虚が殺到し射撃線用ゴーレムを囲む。
つまり、セイクリッドフラッシュの射程内に数十の雑魔が詰め込まれた訳だ。
「眠りなさい」
エステルを中心に爽やかな風が吹く。
強靱なはずの枝も幹も根も真夏の雪の如く溶けて何も残らない。
空いた空間に後続が流れ込み、ループ再生中の動画の如く静かに歪虚が処理されていく。
丘の方向から陽気なベルの音が聞こえる。
音に画像がついている気がするのは、多分エステルの気のせいではない。
「精霊様、ここは危ないですから」
「乗せてって! 早く!」
実際、はしゃぐ精霊がトラックの助手席に押し込まれて安全地帯まで連れ出されていた。
エステルの口元が綻ぶ。
治癒術でゴーレムを補修する錬介も目元が優しい。
「予想外の展開ですが」
のっしのっしとゴーレム2機が後退を始める。
それを追える歪虚はいない。
無残なまでに撃ち減らされ、錬介単身で防げる程度の数しか残っていない。
十分距離をとった2機が、弾数の余裕がある銃で支援を行う。
こうして、ひょっとしたら誰にとっても予想外なことに、実質ハンター2人とゴーレム2機によって木型歪虚の群生地が壊滅した。
「とはいえ」
エステルのたった1度の浄化術で沼の底まで浄化が終わる。
ただし沼は1平方キロ以上、浄化術の範囲は一度に100平方メートル。
この場から歪虚を根絶するには一工夫必要かもしれない。
●丘防衛戦演習
私語も無く教室に待機する、やる気に満ちた10~12歳の少年少女。
アニス・テスタロッサ(ka0141)は零れそうになるため息と浮かびそうになる渋面をこらえるため、かなりの労力を必要とした。
「アニス・テスタロッサだ」
頑丈な扉を開けて一定の歩幅で教壇へ。
礼をするため立ち上がろうとした生徒を目で制止する。
「南で歪虚との戦闘が始まっている。時間は貴重だ。挨拶や雑談は抜き、分からないことがあれば後でまとめて聞きに来い」
白墨を手に取り黒板に向かう。
地形と歪虚と歩兵と各種ユニットを示す記号を書き終え再び生徒を向く。
「大型の歪虚や機動兵器が動き回る戦場じゃ、歩兵は支援と施設制圧が基本になる。支援は主に小型の敵への攻撃だな。雑魚でも数がいればCAMやゴーレムにとっても鬱陶しい。制圧はそのままだ。」
軍事に関する知識としては初歩も初歩。
リアルブルーでなら各種創作を通して子供でも知っていることがある知識。
「アタッカータイプのクラスが多けりゃ、今挙げたのが主な立ち回りになる。だが、お前らは聖導士だ。負傷兵の輸送や治療という仕事も出てくる。」
優勢の場合、劣勢の場合、敗走時の場合の配置を次々に書いては消していく。
生徒は理解し書き残そうと目を血走らせ必死だ。
「俺が教えられんのは、戦術というよりは生き残るための術だ。死んじまっちゃなんにもならねぇからな。実戦で死にたくなきゃ、そっから先をは自分で考えて状況に応じて最適化しろ」
親指の爪ほどのサイズになった白墨を、2本の指で押しつぶす。
白い煙が広がり消えたときには、既にアニスは教室を出るところだった。
「演習のため南の丘に向かう。2分以内に倉庫の前へ集合。解散」
ひぃ、という悲鳴が教室から聞こえた。
「……すぱるた?」
「まあそんな感じだ」
1時間後。
社の前で教師陣が相談を行っていた。
片方はアニス。もう片方は生徒と同年齢にしか見えない、体格を考慮すると生徒より幼くを見えるフィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)だ。
「2年未満の訓練であれなら上等だけどな。抜けが多いよ」
異なる環境で育った文化と技術なので全てそうだとは言えないが、軍事技術はリアルブルー側が優位なことが多い。
その分全て教え込むのは大変な訳で、アニスもフィーナの取捨選択に頭を悩ませている。
フィーナが丘の斜面を見下ろす。
その場の生徒達は精一杯守りを固めているつもりでも、4メートルほどの獣歪虚1匹がいれば蹴散らされて社に突入されそうだ。
その場合栄養として歪虚に吸収されることになる丘精霊が、底抜けに明るい顔でフィーナ達を応援していた。
フィーナの小さな手に力が籠もる。
主の気合いにイェジドが反応し、大きく息を吸って威嚇に近い雄叫びを響かせる。
「失敗判定。最初からやり直し」
上空への警戒不足に足場の確保不十分と敵の足止め準備の不徹底を容赦なく指摘する。
涙目になっても止まりはしない。
生徒達は実質この地の守備兵力でもあるので、今使えるようにしないと精霊が危ない。
「大休止の後防御陣地構築演習を再開する。……訂正、補給部隊から必要なものを受け取ったあと小休止。その後演習。以上」
北から見慣れぬユニット複数が近づいて来る。
草臥れた馬にひかれた、それ以上に草臥れた馬車が2台。
土嚢用麻袋やスコップや補強用資材が満載されて荷台が深く沈んでいる。
「数を揃えるなら魔道トラックより馬車。でも馬車は30ミリ口径すら乗せられない」
一流の射手が聖堂戦士団の全部隊にいるなら馬車で十分だ。
そんな凄腕は滅多にいないので、対空戦闘を考えると最低でも魔道トラックは欲しい。
「結局、予算。2線級部隊ではトラック複数が前提の戦術は非現実的」
「世界が変わっても同じだね。講師役は頼むよ」
オファニムに乗り込むアニスを見送り、アニスは演習の再開を生徒に告げる。
生徒はもう必死だ。
接敵前に作った土嚢を積み上げ分厚い盾を駆使してなんとか食い止めようとする。
『機動兵器に大型の敵を任せて、お前らは足元の鬱陶しい奴らを潰す。これが基本だ。最前線じゃCAMサイズは普通だぞ、ほらよそ見をするな』
イェジド【волхв】が、アニス機に引きつけられた生徒の後ろを悠々と通り、丘の社まで上がって丘精霊を背中に乗せる。
これが実戦ならかみ砕かれた腹の中だ。
小さな精霊は分かっていないようで、アニエスにもらったベルで元気に下手な演奏をしている。
『地形が変わっても同じだ。もっとも、森なんかは大型の兵器は動きが制限されっから、歩兵だけの方がいい場合もあるけどな。授業で教えたはずだぞ。遮蔽、足止めだ』
本気を出せば10割近く回避するわ超遠距離から百発百中だわで演習として成立しない。
アニスは実戦以上に気を遣い手を抜く必要があった。
「う」
1年生が疲労で倒れる。
思わずはき出してしまう少年に対する怒声はない。
心配そうに駆け寄る丘精霊の背後から、冷たい目をしたフィーナが見下ろしていた。
「最低限必要な休憩を取らさなかった結果。治療開始。ただし治療担当以外は演習続行」
鬼教官を見る目が向けられてくるが、フィーナの表情には髪の毛1つ分の変化もない。
太陽が隠れて魔道トラックの照明だけが頼りになっても、CAMと魔道トラックも参加した演習が何度も繰り返し行われ、日付が変わる頃にようやく終わった。
おつかれ!
丘精霊から激励のイメージと柔らかな祝福の光が降り注ぐ。
立ち上がる生徒達は幽鬼じみた動きしか出来ず、怯えた精霊がフィーナに後ろからしがみつく。
「ん」
至近に巨大なマテリアルがあるので落ち着かない。
それ以上にまっすぐな好意がくすぐったい。
「これなら足止めは可能」
努めて平静な顔を保とうとして失敗する。
頬に熱さを感じながら、そこだけはいつも通りの頭脳を酷使し複数の案を検討した。
「防空壕」
『南に飛行型歪虚が何度も見えたからね。アレ注文できる?』
「やってみる」
某司祭から奪った申請書類を【волхв】の鞍に広げて小さな字で書き込む。
オファニム【レラージュ・ベナンディ】が土嚢で組み上げた対空防御施設の中に、十数日後対空機銃が取り付けられることになる。
●密談
締め切った部屋に嬌声が反響する。
声の主は聖堂教会内で権勢を振るう若手司祭。
元貴族子飼い配下の細作、現ただの用務員であるその人物は、己の全技能を駆使して逃げようとした。
「サイさん、どうぞー」
ドア越しの呼びかけで観念する。
改めてノックをして中に入る。
ベッドの上、ほぼ肌着のイコニアの背に乗り筋肉マッサージ中の宵待 サクラ(ka5561)が、気安くウィンクして挨拶してきた。
「これ、報告書です」
「ちょっと待ってねー」
言葉で退路を断った上でとどめのマッサージ。
ぐにゅう、と奇怪な悲鳴をもらしてイコニアが細かく痙攣し始めた。
「これで筋肉がつかない校長先生とイコちゃんの体質が謎だ……おかしーなー」
ロッソ在住の研修者に引き渡せば長期入院と引き替えに大金が振り込まれる気がする。
リアルブルーに渡せば……最悪サクラもまとめて実験材料だろうか。
汗にぬれた指をタオルで拭いて、薄めたスポーツドリンクで喉を潤し振り返る。
「あの子達はどう?」
「成功の基準をどこにおくかによります。今学校から放り出しても死ぬことはないのでは」
「それじゃ足り無いんだけどねー」
高い授業料とともに入学した貴族出身生徒のことだ。
貴族でない生活に順応するための授業をサクラが受け持ちはしたのだが、他にやることがありすぎて自習が多い。
「んでサイさん、この辺って大公派かな、王女派かな? 一般的な勢力関係知ってたら教えてくれる?」
「ですから政治に巻き込まないでくださいと」
元細作が渋面になる。
「ご存じのように、校長以下職員全員が、派閥より己の価値観優先です。好きに教えて鍛えてやりたい放題ですね」
「だから大公派……貴族派がここを傘下と主張しても気にしない?」
「王女派というか政府中央とは縁がありません。貴族派よりは否定できませんよ」
「だよねー。イコちゃんも貴族派に近い家系と組織から資金集めてるし」
直前のイコニア出張に合わせた経費一覧を眺めてため息をつく。
「ごかいです。私たちはただ歪虚討伐とついでに宗教組織としての地域貢献を」
「ついで言わない」
筋肉を揉んでやるとイコニアが力尽き枕に顔を埋める。
「イコちゃん見てると出藍の誉れとか鳳雛って言葉の意味がよく分かるよ。二十四郎乗って戦闘訓練参加して…今は生き延びる方法を勉強してればいいんじゃないかな」
仮眠をとっていたイェジド【二十四郎】がベッドの脇から立ち上がり、すごく嫌そうで情けない顔をしてサクラの目を見る。
恩も義理もない危険人物を背中に乗せたくないと言いたげにも見えた。
●秋の気配
馬より大きな紅刃が、ビルじみた巨大スケルトンを真横に切った。
腰骨の切断面は鏡のようで、そこから細かなひびが全身の骨に広がり粉みじんに砕け散る。
自然の力で浄化されきなない負のマテリアルが、仄暗い竜巻となり河畔で荒れ狂った。
ボルディア・コンフラムス(ka0796)の腕に刻まれた傷が高速で治癒されている。
直前までの回避と高速移動で荒い息をついていたイェジド【ヴァーミリオン】が、なんとか復調して大きくのびをする。
「楽だなこれ」
雑魔の域を超えた強敵だった。
しかし飛べもしないし連携をとる同属もなく、ボルディアにとっては非常に容易い的でしかなかい。
その後川沿いに進む。
途中曲がりくねり枝分れすることもあったが、最も太い1本を選んでひたすら進む。
「止まれ! 何者だ」
悲壮感に満ちた誰何が斜め前から届く。
目をこらす。
決死の表情の兵士達が槍衾を作りボルディアに向けていた。
「見ての通りのハンターだぞ?」
「歪虚汚染地帯を単身で突破するなんてどこの神話の英雄だ。近づけば討つ!」
全員でかかってもボルディアに勝てないことを分かった上で、1分1秒でも時間を稼ぐつもりらしい。
「分かった。騒がして悪かったな。地名だけ教えてくれ、すぐ来た道戻るから」
「……え?」
指揮官は目を白黒させる。
隣領の名前が出てくる前、ボルディアとイェジドはのんびり涼しい風を楽しんでいた。
「俺だけが行けてもなぁ」
帰り道、往路よりわずかに小さな巨大スケルトンを今度は縦に割り、学校に向かって川沿いに走らせる。
他のハンターならまあ大丈夫だろうが、生徒も開拓民の危険過ぎて通れないので演習にも開拓にも使えない。
あれこれ考えている間に学校が遠くに見える場所までたどり着く。
ふと思いついて進路を南に変えてしばらくいくと、夕暮れの丘にはハンターと妖精しかいなかった。
「さらさらー」
せいぜい8歳児な丘精霊を膝に乗せ、サクラが金の混じった銀髪をすいている。
心温まる光景であるはずなのに何故か緊迫感がある。
「同族嫌悪っぽいイコちゃんとも仲良しになって欲しいなーって、ねえ使徒精霊さま」
硬直。
透過。
180度と少し方向転換して全力で逃走。
乱れきったカソックから除く細い手足が奇妙に保護欲を誘う。
「だめかー」
サクラががくりと肩を落とし、透過を止めた丘精霊が盛大に躓き、日に焼けた手によって抱え上げられた。
「ひとの好き嫌いに口出す気はないがよ、もうちっと威厳っつーかさあ、シャキッとしろよお前ぇ!」
安全に配慮した上で乱暴に振り回す。
きゃっきゃっ、とすごく喜んでいるイメージが送り込まれてくるのが正直うるさい。
ボルディアにとって、子供のおもりは歪虚相手の殺し合いより難易度が高かった。
投げ渡されるようにして錬介がキャッチ。
胸元から見上げてくる目がとてつもなく愛らしく感じられ、だからこそぐっと自分を抑えて厳しく接する。
「今日のお菓子はおしまいです」
節制も大事である。
人間と距離が近い精霊が暴君になると、ろくでもない展開になりかねない。
「少し離れてください。花火を」
ぼん、と威圧感こそないが大砲の発砲音じみた音が響く。
マテリアル式の花火だ。
柔らかそうに見える光の花びらが広がり、満天を覆ってゆるやかに漂う。
ソナと、健やかな心を保った精霊のマテリアルが重なり高めあった結果である。
「精霊の加護って奴か? 攻撃に転用したらってのは野暮か」
南から風が吹いて花びらが北に流される。
ボルディアはイェジドを降り、届かない手を伸ばす丘精霊を鞍に乗せてやる。
はしゃぎ疲れて丘精霊が眠るまで、イェジドは安全な場所を選んで悠々と大地を駆けるのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/08/07 20:33:27 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/08/06 20:12:37 |
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質問卓 ソナ(ka1352) エルフ|19才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2017/08/07 20:17:22 |