ゲスト
(ka0000)
【黒祀】王都第七街区の避難
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/11/10 19:00
- 完成日
- 2014/11/18 01:35
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
グラズヘイム王国王都イルダーナの城壁外には、通称で『第七街区』と呼ばれる街がある。歪虚の侵攻から逃れ、国内外から落ち延びてきた避難民たちが、城壁の外に作った寄り合い所帯の街である。
街道沿いの区画こそどうにか王都の名に恥じぬ程度の体面は保てているものの…… 一度奥へと踏み入れば、バラックの様な粗末な小屋が狭い路地にひしめき合い、道ともつかない地面にゴミが散乱しているような、そんな街並が広がってる。
住む人々の暮らしは貧しい。当然だ。財産を持って逃げてきた者はとっくに壁の中に居を構えている。
だが、その表情は存外、明るい。王都周辺は豊かな土地で、家の裏に畑でも作ればどうにか食っていく事は出来るし、また、公共事業として始まった王都第七の城壁作りは、第七街区の人々に仕事と希望をもたらしていた。第七の城壁は即ち、将来的にはこの街区も正式に王都の一部に──つまり、自分たちも王都の民となれることを意味していたからだ。
だが、そんな希望も── 「ベリアルが王都南方から進軍して来る」との報告がもたらされるや霧散した。
その歪虚の名は、ようやく安住の地が得られると希望を見出しかけていた第七街区の人々を絶望させるに十分だった。第七街区で最も多くの割合を占めるのが、五年前の『ホロウレイドの戦い』で──即ち、ベリアルによって故郷を失った人々だった。
第七街区の人々はパニックに陥った。
王都から来た早馬は、馬上から人々に避難と退避を呼びかけるだけで、足も止めずに去っていった。既に王都も混乱していた。そんな中、『王都の外』にある第七街区に割ける人員は限られていた。
避難を指揮・統率する者もなく── 第七街区の人々の中で最も恐慌を来たしたのは、やはり歪虚が迫る王都の南側に住んでいた人々だった。
混乱した人々は取るものも取りあえず城門へと殺到したが、王都の南門は堅く閉ざされたままだった。既に南門はベリアルの来襲に向けて防備が始まっており、一刻も早く迎撃態勢を整えるのが先決だった。そして、第六街区の長たちも、第七街区の住民たちの無秩序な流入を恐れた。
「ここは戦場になる! 一刻も早くここから離れて他所の門へ行け!」
門前に群がる住民たちに、兵と行政官たちは城壁の上からそう命令した。
「なんだとっ!? 王都の連中は俺たちを見捨てようっていうのか!?」
騒然とする人々── 王都は千年の歴史を誇る巨大な城塞都市である。これだけの人数が城壁の外周を迂回するだけで、いったいどれ程の時間が掛かることか──!
「ふざけるな! 門を開けろ! 俺たちを中に入れろ!」
怒った人々が暴徒と化しかけた時── その秩序を取り戻したのは、普段は第七街区でも厄介者扱いされている連中だった。
「落ち着け! 幾ら言っても無意味だ! 見ろ! 連中は俺たちの事を人だとも思っちゃいない!」
男たちの声に我に返り、上を見上げた人々はゾッとした。兵たちが構えた弩の先端が城壁の上にズラリと並び、威圧的にこちらを見下ろしていたのだ。
兵の立場からすれば無理からぬ事ではあった。彼等にとっての悪夢と言えば、歪虚の本隊に南門を突破されることだったから。とは言え、その光景が第七街区の人々にとっての悪夢である事に変わりはないが。
「二手に分かれよう。門の右側にいる難民は東へ、左側にいる難民は西へと回るんだ」
闇で賭場を取り仕切っていた男がいつの間にか人々の指揮を取り、手下を使って手早く指示を出す。縋る者のない人々はその命に従った。彼等に対する反感はあったものの、何より歪虚に対する恐怖は切実だった。
動き出した人々を見て賭場の主もホッとした。本来、彼に人々を導くなんて義理はない。だが、このまま群衆に巻き込まれたまま、兵や歪虚に殺されるのは御免だった。
だが、そうやって人々を導くことも命がけの事ではあった。もし、彼の指示に従った結果、大きな被害が出てしまったら。怒りに呑まれた人々は容易く彼を私刑にかけるだろう。彼はその筋の人間やそこで遊ぶ人間にとっては畏敬の対象ではあったが、それが平時限定の『力』であることを誰よりも理解している。
「……足の速い者を何人か先行させろ。東門と西門が開いているか、開いていても収容に時間が掛かっていないか、事前に確認させるんだ。無理そうなら更に北へと回る。……或いはそのまま東西に散って王都から離れた方が話が早いかもしれんが……」
賭場の主は配下の若い者の何人かにそう声を掛けると、人々の方を見て振り返った。
人々は、不信の目で見ると同時に──救いを求めるような瞳で彼のことを見返していた。弱者の瞳──その目が、彼は何よりも嫌いだった。目を逸らし、よしてくれ、柄じゃねぇんだ、と頭を掻く。
「……これより西門に向かって移動する。とにかく急げ。ぐずぐずするな。重い荷は捨てろ。背中に歪虚が迫っているのを忘れるな」
言うと、男は前を振り返り、自らさっさと移動を始めた。後は知ったことじゃない。決めるのは彼等次第だ。
人々はついて来た。
だが、すぐに隊列は長くなった。人々の中には勿論、女も、子供も、年寄りもいた。彼等は助け合いながらどうにかついて来ていたが、徐々に落伍する者が出始めていた。
「どうしやすか、オヤジ? 少し速度を落とさせますか?」
「んな余裕はねぇ。今でも遅すぎるくらいだ。遅れた奴がどうなろうが知ったこっちゃねぇ。自業自得とまでは言わねぇが、これも因果の無常だろうさ」
「しかし……」
彼に仕えて長い兄貴分は、言い淀みかけてから告げた。──実は、若いもんの何人かが隊列の最後尾に戻って、遅れた者たちを手伝っているという。なんでも死んだ両親を思い出したとか── このご時勢、その日暮らしの生活に身を落としちゃいるものの、難民になる前は普通に暮らしていたっていう連中も多いのだ。
「ったく、面倒臭ぇことを……」
主は兄貴分にこの場を任せると、隊列の最後尾へ向かって徴用した馬を走らせた。彼は古い人間であり、『身内』を見捨てることはできないタイプの者だった。
「何してやがる。さっさと引き上げねぇか!」
老人や老婆を乗せた荷車を引く若いもんたちに叫びながら…… 賭場の主はハッと南方へと視線をやった。
南の方から砂煙が上がっていた。先行してきた雑魔の斥候がこちらに気づき、ついでとばかりに襲い掛かろうというのだ。
「もう無理だ、諦めろ!」
主の言葉に、若い衆はすいやせん、と頭を下げた。彼等はこの期に及んでも、人々を見捨てて自分たちだけで逃げることが出来なかった。そして、主もまた、そんな若い彼等を見捨てることができない。
主は雑魔の気配にブルッた馬から飛び降りると、長剣を引き抜いた。
「ちっ。得物を構えろ、野郎ども。すぐに奴等が来やがるぞ」
街道沿いの区画こそどうにか王都の名に恥じぬ程度の体面は保てているものの…… 一度奥へと踏み入れば、バラックの様な粗末な小屋が狭い路地にひしめき合い、道ともつかない地面にゴミが散乱しているような、そんな街並が広がってる。
住む人々の暮らしは貧しい。当然だ。財産を持って逃げてきた者はとっくに壁の中に居を構えている。
だが、その表情は存外、明るい。王都周辺は豊かな土地で、家の裏に畑でも作ればどうにか食っていく事は出来るし、また、公共事業として始まった王都第七の城壁作りは、第七街区の人々に仕事と希望をもたらしていた。第七の城壁は即ち、将来的にはこの街区も正式に王都の一部に──つまり、自分たちも王都の民となれることを意味していたからだ。
だが、そんな希望も── 「ベリアルが王都南方から進軍して来る」との報告がもたらされるや霧散した。
その歪虚の名は、ようやく安住の地が得られると希望を見出しかけていた第七街区の人々を絶望させるに十分だった。第七街区で最も多くの割合を占めるのが、五年前の『ホロウレイドの戦い』で──即ち、ベリアルによって故郷を失った人々だった。
第七街区の人々はパニックに陥った。
王都から来た早馬は、馬上から人々に避難と退避を呼びかけるだけで、足も止めずに去っていった。既に王都も混乱していた。そんな中、『王都の外』にある第七街区に割ける人員は限られていた。
避難を指揮・統率する者もなく── 第七街区の人々の中で最も恐慌を来たしたのは、やはり歪虚が迫る王都の南側に住んでいた人々だった。
混乱した人々は取るものも取りあえず城門へと殺到したが、王都の南門は堅く閉ざされたままだった。既に南門はベリアルの来襲に向けて防備が始まっており、一刻も早く迎撃態勢を整えるのが先決だった。そして、第六街区の長たちも、第七街区の住民たちの無秩序な流入を恐れた。
「ここは戦場になる! 一刻も早くここから離れて他所の門へ行け!」
門前に群がる住民たちに、兵と行政官たちは城壁の上からそう命令した。
「なんだとっ!? 王都の連中は俺たちを見捨てようっていうのか!?」
騒然とする人々── 王都は千年の歴史を誇る巨大な城塞都市である。これだけの人数が城壁の外周を迂回するだけで、いったいどれ程の時間が掛かることか──!
「ふざけるな! 門を開けろ! 俺たちを中に入れろ!」
怒った人々が暴徒と化しかけた時── その秩序を取り戻したのは、普段は第七街区でも厄介者扱いされている連中だった。
「落ち着け! 幾ら言っても無意味だ! 見ろ! 連中は俺たちの事を人だとも思っちゃいない!」
男たちの声に我に返り、上を見上げた人々はゾッとした。兵たちが構えた弩の先端が城壁の上にズラリと並び、威圧的にこちらを見下ろしていたのだ。
兵の立場からすれば無理からぬ事ではあった。彼等にとっての悪夢と言えば、歪虚の本隊に南門を突破されることだったから。とは言え、その光景が第七街区の人々にとっての悪夢である事に変わりはないが。
「二手に分かれよう。門の右側にいる難民は東へ、左側にいる難民は西へと回るんだ」
闇で賭場を取り仕切っていた男がいつの間にか人々の指揮を取り、手下を使って手早く指示を出す。縋る者のない人々はその命に従った。彼等に対する反感はあったものの、何より歪虚に対する恐怖は切実だった。
動き出した人々を見て賭場の主もホッとした。本来、彼に人々を導くなんて義理はない。だが、このまま群衆に巻き込まれたまま、兵や歪虚に殺されるのは御免だった。
だが、そうやって人々を導くことも命がけの事ではあった。もし、彼の指示に従った結果、大きな被害が出てしまったら。怒りに呑まれた人々は容易く彼を私刑にかけるだろう。彼はその筋の人間やそこで遊ぶ人間にとっては畏敬の対象ではあったが、それが平時限定の『力』であることを誰よりも理解している。
「……足の速い者を何人か先行させろ。東門と西門が開いているか、開いていても収容に時間が掛かっていないか、事前に確認させるんだ。無理そうなら更に北へと回る。……或いはそのまま東西に散って王都から離れた方が話が早いかもしれんが……」
賭場の主は配下の若い者の何人かにそう声を掛けると、人々の方を見て振り返った。
人々は、不信の目で見ると同時に──救いを求めるような瞳で彼のことを見返していた。弱者の瞳──その目が、彼は何よりも嫌いだった。目を逸らし、よしてくれ、柄じゃねぇんだ、と頭を掻く。
「……これより西門に向かって移動する。とにかく急げ。ぐずぐずするな。重い荷は捨てろ。背中に歪虚が迫っているのを忘れるな」
言うと、男は前を振り返り、自らさっさと移動を始めた。後は知ったことじゃない。決めるのは彼等次第だ。
人々はついて来た。
だが、すぐに隊列は長くなった。人々の中には勿論、女も、子供も、年寄りもいた。彼等は助け合いながらどうにかついて来ていたが、徐々に落伍する者が出始めていた。
「どうしやすか、オヤジ? 少し速度を落とさせますか?」
「んな余裕はねぇ。今でも遅すぎるくらいだ。遅れた奴がどうなろうが知ったこっちゃねぇ。自業自得とまでは言わねぇが、これも因果の無常だろうさ」
「しかし……」
彼に仕えて長い兄貴分は、言い淀みかけてから告げた。──実は、若いもんの何人かが隊列の最後尾に戻って、遅れた者たちを手伝っているという。なんでも死んだ両親を思い出したとか── このご時勢、その日暮らしの生活に身を落としちゃいるものの、難民になる前は普通に暮らしていたっていう連中も多いのだ。
「ったく、面倒臭ぇことを……」
主は兄貴分にこの場を任せると、隊列の最後尾へ向かって徴用した馬を走らせた。彼は古い人間であり、『身内』を見捨てることはできないタイプの者だった。
「何してやがる。さっさと引き上げねぇか!」
老人や老婆を乗せた荷車を引く若いもんたちに叫びながら…… 賭場の主はハッと南方へと視線をやった。
南の方から砂煙が上がっていた。先行してきた雑魔の斥候がこちらに気づき、ついでとばかりに襲い掛かろうというのだ。
「もう無理だ、諦めろ!」
主の言葉に、若い衆はすいやせん、と頭を下げた。彼等はこの期に及んでも、人々を見捨てて自分たちだけで逃げることが出来なかった。そして、主もまた、そんな若い彼等を見捨てることができない。
主は雑魔の気配にブルッた馬から飛び降りると、長剣を引き抜いた。
「ちっ。得物を構えろ、野郎ども。すぐに奴等が来やがるぞ」
リプレイ本文
「あらあら…… 武器を向ける相手が違いますわ」
王都第六城壁、南門上── 安全装置をかけた弩を苦悶の表情で難民たちに向けさせた兵たちの長に向かって、石橋 パメラ(ka1296)は困ったようにその頬に手を当てた。
第七街区──歪虚に故郷を追われ、人生を破壊された者たちが集う街。リアルブルーにもこういったものは度々あった。世界が違えど変わらぬ現実。人のその在り様に、星乙女 和(ka2037)は寂しげな表情を浮かべる。
「歪虚どもはすぐそこまで迫っている。門は絶対に開けられん。……一刻も早く連中の避難を促す為にも、ああするしかなかったのだ」
「……異世界人とはいえ私も軍人。被害を最小限に、というその考え方は理解できますわ。でも、『見捨てられた』という彼等の思いは、我々が思っている以上に重く、根深い傷になるものです」
このようなことの積み重ねが、いずれ国を混乱へと導く── パメラの言葉に、ジェールトヴァ(ka3098)もまた頷いた。──ベリアルが復活した以上、難民はこれからも増える。王都の民が今後も彼等を城壁の外に隔離したまま切捨て続けるならば、いずれ歪虚よりも早く人間同士で争うことにもなるだろう。
「王都の民もまた国を失い、難民となる可能性だってあるのではないかな? 明日は我が身──彼等の姿に親や子の姿を重ねて、その境遇に寄り添ってみてほしい」
「正義だけで戦いには勝てません。でも、正義がなければ武器を持つ資格はありません。……届く範囲で良いのです。あなたたちの正義を示してください」
ジェールトヴァの言葉にそう続けて。パメラはペコリと頭を下げるとその場を離れ、急ぎ城壁下へと続く階段を下り始めた。当然と言った表情で和もまたその後に続き、ジェールトヴァもまた微苦笑と共に後を追う。
同じ様な光景は、他地区の城壁の上でも見られた。
「騎士として、目の前の民を見捨てるわけにはいきません。助けにいきます!」
尖兵たる雑魔の出現を報せる半鐘が鳴り響く中、逃げ遅れた難民の姿を認めたヴァルナ=エリゴス(ka2651)は、己の大剣を引っ掴むと弾けるように駆け出していく。
J(ka3142)は対照的に静かにその場の責任者の元へと歩み寄ると、今の内に西門に使いを走らせて難民たちの受け入れ準備を進めさせておくよう進言した。ムッと反駁しかけた兵長は、だが、Jの醸し出す無言の圧力に声を詰まらせた。直後、笑顔になったJが続けた説得(と言う名の利益誘導)従い、威張り散らして兵に命令を下す兵長。その背を半眼と嘆息で見送り、Jもまた城壁を下りていく。
「やれやれ、城壁から外を眺めてりゃいい楽な仕事だと思ってりゃあ…… 歪虚だと? ふざけやがって。面倒くせえ時に来やがる」
「南條さんは何も見なかった…… とは言えないよね。……はぁ。こんなことなら早目に休憩(サボり)切り上げとけばよかったなぁ」
眼下を見下ろし、面倒くさそうに吐き捨てたシン・カルナギ(ka3485)が、城壁の端に座って足をぷらぷらさせていた南條 真水(ka2377)に気づく。暫し無言で見下ろすシンと、見上げる真水のグルグル眼鏡。そのまま言葉も交わす事なく城壁を下りていくシンを真水が無言でついていき。Jが手配を済ませていた馬にシンが跨ったところでようやく声を掛ける。
「助けに行くんだ?」
「ああ。面倒くせぇけどな」
「なら、お急ぎのところ悪いけど、南條さん(=一人称)も乗せて貰えないかな」
そこへ南門組のハンターたちが合流し、借り受けた4頭の荷馬とハンター自前の乗用馬3頭、計7頭の馬が通用門を抜け、逃げ遅れた難民たちの元へと走った。
「見えた。雑魔だ。狼……? いや、でかい野犬と言ったところか」
やがて、ハンターたちの先頭に立って馬を走らせるリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)が、南側より迫る四足獣の雑魔の群れを見つけて言った。
同時に、隊列から落伍した難民たちの姿も確認した。群れに先行する雑魔たちも気づいて進路を変える。
「こいつぁ急いだ方がよさそうだぜ、舌噛むなよ!」
「おぉ、これはなかなかの乗り心地……!」
馬に拍車をかけるシンの後ろで、初めて馬に乗った真水がなんか妙なテンションで笑う。
「馬を貸してもらえたのは有り難いですね。走っていたら間に合わなかった」
キュッと胸元で拳を握る和。戦を前に貴重な荷馬を貸してくれたのは、あの場にいた兵たちのせめてもの気遣いなのだろう。ならば、自分たちもその期待に応えて見せねばなるまい。
ハンターたちの到着は、逃げ遅れた避難民たちにとってまさに『騎兵隊の到着』だった。上がる歓声。速度を緩めず、そのまま先へと進むリカルド、パメラ、Jの騎馬。「ハンターか!」と叫ぶ武装した男たちの前で、ヴァルナと和、そして、ジェールトヴァの馬が足を止める。
「馬上より失礼。敵は私たちで引き受けます。そのまま避難を続けてください」
その場でクルリと馬を回らせたヴァルナがリーダーと思しき年嵩の男に告げて、すぐに先行する3騎の後を追う。和とジェールトヴァはその場で下馬した。避難民たちが乗る大八車に手早く馬を繋げるジェールトヴァ。手伝いを申し出た若い者たちにその場を任せ、彼等の長に歩み寄って「良い者たちだ」と声を掛ける。
「殿を私たちに任せてもらえるなら、君には隊列に戻って全体の誘導を頼みたいところだが……」
「あっちは信頼できる部下に任せてある。最後までこっちの面倒を見るさ」
長が答えると、和は彼等の勇気と義侠に対して頭を下げた。
「では、私たちも一緒に皆様を守らせてください。犠牲者を出さぬよう、全力で当たらせていただきます」
と、そこへ二人乗りで遅れてきたシンと真水の馬が到着し…… 酔ってグロッキーになった真水が転げ落ちるように馬から降りた。
「や、おまたせ。真打ち登場…… って、うー、あー、気持ち悪い…… だ、大丈夫。お仕事はちゃんとするから……たぶん」
その場に崩れ落ちた姿勢のまま、蒼い顔で片手を上げて挨拶する真水。シンはコホンと咳払いをすると、グッと力強く拳を握って見せた。
「安心しろ。俺たちが必ずなんとかしてやる……ぞ?」
よろよろと立ち上がる真水の姿に、最後、声を弱気にするシン。なんとなくいたたまれなくなってダッシュで敵前へと向かうその背に、難民たちから頑張れよー、と温かい声が飛ぶ。
そんな後方の避難民たちを肩越しに見やって、どうやら大丈夫そうだ、とリカルドは息を吐いた。
ハンターたちの合流により、避難民たちもどうにか平静を保っていた。得物を持った連中も荒事には慣れているようだったし、仲間の補助があれば雑魔相手でも十分に持ち堪えられそうだ。
「これより狼雑魔に対する遅滞戦闘を実施します。まずは避難民を追う敵の足を止めましょう」
殿の位置で馬を止め。Jが魔導銃を手に飛び降りながら同行する2人に声を掛けた。応じてパメラも下馬し、Jの横で小銃を構える。
(なるほど、不安定な馬上からじゃあ、すばしっこいのには当てられんよなあ。荷馬じゃあ銃声にも怯えるだろうし)
リカルドもまた馬から降りると、その尻を叩いて難民たちの方へと逃がしてやった。そうして前を振り返り、ナイフと拳銃を両手に構え、腰を引いて姿勢を低くする。
『少人数で孤立した』獲物の存在に狼たちが気がついた。空虚な眼窩でこちらを見据え、口中を血で満たさんと汚れた牙をぎらつかせる。
「さぁ、良い子たち。こっちですからね。そのまま……」
パメラは落ち着いて先頭の狼に狙いを定め…… 射程に入った瞬間、静かに小銃の引き金を引いた。銃声と反動── 狙い済ました照準の向こうで放たれた弾丸が頭部を捉え。直撃を受けた狼が跳ね上がって地に倒れる。
それを目にした他の狼たちは、ジグザグに回避行動を取りながら距離を詰めてきた。Jは敵が全力移動を放棄したことを確認して満足そうに(だが、事務的に)頷くと、自らも立射に加わった。マテリアルの力により撃ち出された弾丸が炎の様な軌跡を描いて飛び、迫る1体の右前脚を吹き飛ばす。
地に倒れる仲間に構わず突撃してくる別の敵にJがスッと後ろへ下がり、リカルドが前に出る。牙を剥き、大きく跳躍してくる狼に、リカルドは十分に引きつけてからリボルバーを二発放った。腹部に直撃を受けながら構わず飛びついてくる狼。牙や鉤爪で胴丸をがりがり削るその頭部を引っ掴み、浮いた敵の腹部へリカルドがナイフを突き立てる。
『獲物』たちの思わぬ反撃にも怯まず、敵は数を頼りに攻め立ててきた。じゃれついてくる狼たちの手数に辟易するリカルド。そこへ大剣を手に下馬したヴァルナが合流、突進する。
「数が多いです。前に出すぎないように気をつけて…… 囲まれます」
「ええ、でも、まずは……!」
パメラの助言に同意しつつ、ヴァルナは敢えて前に出た。走りながら大剣にマテリアルの力を流し込み…… 気づいて飛びかかってきた狼の牙が届くより早く、守りを捨てた大上段からの一撃でもってその狼の胴の半ば以上を両断する。
突出したヴァルナを囲んで一斉に襲い掛かる狼たち。それを当たるに任せつつヴァルナはクルリと身を回し…… 遅れて横から出てきた刃が、二体目の下顎部を捉えて上へと跳ね上げる。
無防備なその背を襲った狼は、パメラが援護射撃で叩き落した。Jもまた、クルクルと地に円を描くように位置を変えつつ銃声と血飛沫の中を狼よりも狼らしく拳銃格闘術で戦うリカルドに、一定の距離から援護の銃撃を提供する。
「威勢がいいじゃねえか。随分と腹ぁ空かせてるみてえだな!」
その戦場へと到達したシンが早速、頭に飛び掛ってきた狼の牙を片腕で受け凌ぎつつ…… ぶらんとぶら下がった狼の後足を小剣で薙ぎ、無造作に振り払う。地に落ちつつもすぐにシンへと飛びかかろうとした敵は、だが、傷ついた脚から再び地面へと崩れ落ちた。
「悪ィな。俺は美味しくもねぇし、棘もあんだよ」
シンはクルリと小剣を手の中で回転させると、唸り声を上げる敵にトドメも刺さずにその場を離れた。避難民たちを追えなくできればそれでいい。一々相手をしてたら捌ききれない。
「難民たちと距離が離れました。私たちも移動しましょう」
チラと後方を確認して皆に報告するJ。ヴァルナは攻めの構えを解くと、大剣を盾に自己回復しつつジリジリと下がり始めた。
狼たちは一旦、攻勢を止めた。彼等の想像以上に損害が大きかったのだ。
戦場に、幾つもの遠吠えが響き渡る。戦力の再結集── 周囲の『同族』たちが、それに呼応し集まり始めていた。
「まずは後ろに通さないことですね」
酔いからふらふらと立ち直りつつ、自動拳銃の弾装を確認しながら。真水が殿の戦場を迂回し迫る別の狼の一群を見やって行った。
「全力で守らせていただきます。雑魔よ、覚悟なさい」
怯え出した難民の子供たちを励ましつつ、意気を発した和が『馬車』の前に立ちはだかる。ジェールトヴァはリーダーが若い男たちに馬車を囲んで守るよう命じるのを確認すると、自らもその横へと並んだ。真水と和が抜かれたら、彼等が難民たちを守る最後の壁となる。
「来たぁ!」
子供の叫びに呼応し上がる悲鳴を背景に、和はその指差す先に魔導銃を向け、立て続けに発砲した。パパッ、と血飛沫が上がり、フラリと倒れ込む敵。構わずその傍らを駆け抜けて来る狼たちとの距離が16mに達した瞬間、ジェールトヴァがシャラン、と神楽鈴が振り鳴らし── 直後、和と真水が銃を媒介に変換したマテリアルエネルギーが、ジェールトヴァが生み出した聖なる光の弾丸が必殺の砲撃と化して一斉に撃ち放たれる。
直撃を受けた3体の狼たちが光条と光弾に撃ち貫かれ、見えざる壁にぶつかったかの如くひしゃげて地面へ倒れ込んだ。
だが、敵は止まらない。突進する狼たちを壁となって防ぐ若者たち。魔導銃ごと押し込まれた和が懐から取り出した小型拳銃で至近距離から機導砲をぶっ放し。別の1体に肉薄された真水も変な笑い声と共に、瞬間的に光剣を生み出した指先を振るって一文字に狼の腹を裂く。
「第二陣、来ますよ!」
ジェールトヴァの声に、敵の死骸の下から顔を上げる真水。その眼前に迫った狼を、ヴァルナが背後から切り捨てる。
「前衛班……?」
そう前衛班だった。難民たちが襲われているのを見て、合流すべく反転して来たのだ。
「私は騎士ではありますが…… 相手にその気がないのなら、正々堂々などと言うつもりはありませんよ!」
馬車に襲い掛かる狼たちを、背後から挟撃し、切って捨てるヴァルナたち。呼応したジェールトヴァが光弾で狼たちの足元を薙ぎ払いつつ。馬車にかじりついた狼の上顎に盾の淵を振り下ろし、ギャンッ、と鳴いて離れたところを、その身を回転させて横へと薙いだ盾のフルスイングでもってぶっ飛ばす。
「今です!」
ジェールトヴァの叫びに応じ、倒れた狼の腹へ剣を突き入れる若者たち。その中にはシンの姿もあった。それは即ち、馬車周りの狼たちを駆逐したことを意味していた。
「こんな事態だ。頼りにしてるぜ、心の底からよ!」
血塗れのナイフと小剣を手に、シンが若者たちに言う。
狼たちは再び後退した。戦意のあるものはまだいたが、多くがこの襲撃は『割に合わない』と感じ始めていた。
●
「元気な子は嫌いじゃありませんわ…… でも逃がしません」
未練たらしく追い縋ってきた少数の敵に向けて、パメラは照準した銃の引き金を引いた。その一撃で逃げ散る狼たち。肉薄していた一部も、リカルドが下顎に突き刺した短剣での首投げから腹への銃撃でトドメを刺す。
「連携は、動物の群れとして最低限、ってところか。指揮や統制を取っている奴はいないようだな」
逃げていく狼を見送りながら、リカルドは呟いた。馬車を護衛し、避難民たちと話す和やシン、ハンターたち。疲れ切った真水が相乗りしてまた揺れに酔ってたり。
「これ以上の避難に耐えられない者のみ受け入れる! 他の者たちは近隣の町村へ急ぎ逃げよ。我らも全力を尽くすが王都内とて戦場となりかねんのだ!」
ようやく辿り着いた西門で、係官は難民の一部のみ受け入れることを表明した。湧き起こる不平と不満。だが、王都としても無制限に人々を受け入れるわけにもいかない。
同時に、歪虚と戦う兵が募集され、ある者は歪虚への恨みから、またある者は家族を王都に受け入れて貰う為、少なからぬ者が募兵に応じた。
賭場の長は、引き続き避難を余儀なくされた人々を率いることに決めた。本来の依頼の為、王都に残らなければならないハンターたちは、名残を残しつつ彼等の出発を見送った。
王都の北へ、或いは東西へ、慌しく避難を続ける難民たち。
「王都に対する不信感やしこりが残らなければいいのだが……」
ジェールトヴァが呟いた。
王都第六城壁、南門上── 安全装置をかけた弩を苦悶の表情で難民たちに向けさせた兵たちの長に向かって、石橋 パメラ(ka1296)は困ったようにその頬に手を当てた。
第七街区──歪虚に故郷を追われ、人生を破壊された者たちが集う街。リアルブルーにもこういったものは度々あった。世界が違えど変わらぬ現実。人のその在り様に、星乙女 和(ka2037)は寂しげな表情を浮かべる。
「歪虚どもはすぐそこまで迫っている。門は絶対に開けられん。……一刻も早く連中の避難を促す為にも、ああするしかなかったのだ」
「……異世界人とはいえ私も軍人。被害を最小限に、というその考え方は理解できますわ。でも、『見捨てられた』という彼等の思いは、我々が思っている以上に重く、根深い傷になるものです」
このようなことの積み重ねが、いずれ国を混乱へと導く── パメラの言葉に、ジェールトヴァ(ka3098)もまた頷いた。──ベリアルが復活した以上、難民はこれからも増える。王都の民が今後も彼等を城壁の外に隔離したまま切捨て続けるならば、いずれ歪虚よりも早く人間同士で争うことにもなるだろう。
「王都の民もまた国を失い、難民となる可能性だってあるのではないかな? 明日は我が身──彼等の姿に親や子の姿を重ねて、その境遇に寄り添ってみてほしい」
「正義だけで戦いには勝てません。でも、正義がなければ武器を持つ資格はありません。……届く範囲で良いのです。あなたたちの正義を示してください」
ジェールトヴァの言葉にそう続けて。パメラはペコリと頭を下げるとその場を離れ、急ぎ城壁下へと続く階段を下り始めた。当然と言った表情で和もまたその後に続き、ジェールトヴァもまた微苦笑と共に後を追う。
同じ様な光景は、他地区の城壁の上でも見られた。
「騎士として、目の前の民を見捨てるわけにはいきません。助けにいきます!」
尖兵たる雑魔の出現を報せる半鐘が鳴り響く中、逃げ遅れた難民の姿を認めたヴァルナ=エリゴス(ka2651)は、己の大剣を引っ掴むと弾けるように駆け出していく。
J(ka3142)は対照的に静かにその場の責任者の元へと歩み寄ると、今の内に西門に使いを走らせて難民たちの受け入れ準備を進めさせておくよう進言した。ムッと反駁しかけた兵長は、だが、Jの醸し出す無言の圧力に声を詰まらせた。直後、笑顔になったJが続けた説得(と言う名の利益誘導)従い、威張り散らして兵に命令を下す兵長。その背を半眼と嘆息で見送り、Jもまた城壁を下りていく。
「やれやれ、城壁から外を眺めてりゃいい楽な仕事だと思ってりゃあ…… 歪虚だと? ふざけやがって。面倒くせえ時に来やがる」
「南條さんは何も見なかった…… とは言えないよね。……はぁ。こんなことなら早目に休憩(サボり)切り上げとけばよかったなぁ」
眼下を見下ろし、面倒くさそうに吐き捨てたシン・カルナギ(ka3485)が、城壁の端に座って足をぷらぷらさせていた南條 真水(ka2377)に気づく。暫し無言で見下ろすシンと、見上げる真水のグルグル眼鏡。そのまま言葉も交わす事なく城壁を下りていくシンを真水が無言でついていき。Jが手配を済ませていた馬にシンが跨ったところでようやく声を掛ける。
「助けに行くんだ?」
「ああ。面倒くせぇけどな」
「なら、お急ぎのところ悪いけど、南條さん(=一人称)も乗せて貰えないかな」
そこへ南門組のハンターたちが合流し、借り受けた4頭の荷馬とハンター自前の乗用馬3頭、計7頭の馬が通用門を抜け、逃げ遅れた難民たちの元へと走った。
「見えた。雑魔だ。狼……? いや、でかい野犬と言ったところか」
やがて、ハンターたちの先頭に立って馬を走らせるリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)が、南側より迫る四足獣の雑魔の群れを見つけて言った。
同時に、隊列から落伍した難民たちの姿も確認した。群れに先行する雑魔たちも気づいて進路を変える。
「こいつぁ急いだ方がよさそうだぜ、舌噛むなよ!」
「おぉ、これはなかなかの乗り心地……!」
馬に拍車をかけるシンの後ろで、初めて馬に乗った真水がなんか妙なテンションで笑う。
「馬を貸してもらえたのは有り難いですね。走っていたら間に合わなかった」
キュッと胸元で拳を握る和。戦を前に貴重な荷馬を貸してくれたのは、あの場にいた兵たちのせめてもの気遣いなのだろう。ならば、自分たちもその期待に応えて見せねばなるまい。
ハンターたちの到着は、逃げ遅れた避難民たちにとってまさに『騎兵隊の到着』だった。上がる歓声。速度を緩めず、そのまま先へと進むリカルド、パメラ、Jの騎馬。「ハンターか!」と叫ぶ武装した男たちの前で、ヴァルナと和、そして、ジェールトヴァの馬が足を止める。
「馬上より失礼。敵は私たちで引き受けます。そのまま避難を続けてください」
その場でクルリと馬を回らせたヴァルナがリーダーと思しき年嵩の男に告げて、すぐに先行する3騎の後を追う。和とジェールトヴァはその場で下馬した。避難民たちが乗る大八車に手早く馬を繋げるジェールトヴァ。手伝いを申し出た若い者たちにその場を任せ、彼等の長に歩み寄って「良い者たちだ」と声を掛ける。
「殿を私たちに任せてもらえるなら、君には隊列に戻って全体の誘導を頼みたいところだが……」
「あっちは信頼できる部下に任せてある。最後までこっちの面倒を見るさ」
長が答えると、和は彼等の勇気と義侠に対して頭を下げた。
「では、私たちも一緒に皆様を守らせてください。犠牲者を出さぬよう、全力で当たらせていただきます」
と、そこへ二人乗りで遅れてきたシンと真水の馬が到着し…… 酔ってグロッキーになった真水が転げ落ちるように馬から降りた。
「や、おまたせ。真打ち登場…… って、うー、あー、気持ち悪い…… だ、大丈夫。お仕事はちゃんとするから……たぶん」
その場に崩れ落ちた姿勢のまま、蒼い顔で片手を上げて挨拶する真水。シンはコホンと咳払いをすると、グッと力強く拳を握って見せた。
「安心しろ。俺たちが必ずなんとかしてやる……ぞ?」
よろよろと立ち上がる真水の姿に、最後、声を弱気にするシン。なんとなくいたたまれなくなってダッシュで敵前へと向かうその背に、難民たちから頑張れよー、と温かい声が飛ぶ。
そんな後方の避難民たちを肩越しに見やって、どうやら大丈夫そうだ、とリカルドは息を吐いた。
ハンターたちの合流により、避難民たちもどうにか平静を保っていた。得物を持った連中も荒事には慣れているようだったし、仲間の補助があれば雑魔相手でも十分に持ち堪えられそうだ。
「これより狼雑魔に対する遅滞戦闘を実施します。まずは避難民を追う敵の足を止めましょう」
殿の位置で馬を止め。Jが魔導銃を手に飛び降りながら同行する2人に声を掛けた。応じてパメラも下馬し、Jの横で小銃を構える。
(なるほど、不安定な馬上からじゃあ、すばしっこいのには当てられんよなあ。荷馬じゃあ銃声にも怯えるだろうし)
リカルドもまた馬から降りると、その尻を叩いて難民たちの方へと逃がしてやった。そうして前を振り返り、ナイフと拳銃を両手に構え、腰を引いて姿勢を低くする。
『少人数で孤立した』獲物の存在に狼たちが気がついた。空虚な眼窩でこちらを見据え、口中を血で満たさんと汚れた牙をぎらつかせる。
「さぁ、良い子たち。こっちですからね。そのまま……」
パメラは落ち着いて先頭の狼に狙いを定め…… 射程に入った瞬間、静かに小銃の引き金を引いた。銃声と反動── 狙い済ました照準の向こうで放たれた弾丸が頭部を捉え。直撃を受けた狼が跳ね上がって地に倒れる。
それを目にした他の狼たちは、ジグザグに回避行動を取りながら距離を詰めてきた。Jは敵が全力移動を放棄したことを確認して満足そうに(だが、事務的に)頷くと、自らも立射に加わった。マテリアルの力により撃ち出された弾丸が炎の様な軌跡を描いて飛び、迫る1体の右前脚を吹き飛ばす。
地に倒れる仲間に構わず突撃してくる別の敵にJがスッと後ろへ下がり、リカルドが前に出る。牙を剥き、大きく跳躍してくる狼に、リカルドは十分に引きつけてからリボルバーを二発放った。腹部に直撃を受けながら構わず飛びついてくる狼。牙や鉤爪で胴丸をがりがり削るその頭部を引っ掴み、浮いた敵の腹部へリカルドがナイフを突き立てる。
『獲物』たちの思わぬ反撃にも怯まず、敵は数を頼りに攻め立ててきた。じゃれついてくる狼たちの手数に辟易するリカルド。そこへ大剣を手に下馬したヴァルナが合流、突進する。
「数が多いです。前に出すぎないように気をつけて…… 囲まれます」
「ええ、でも、まずは……!」
パメラの助言に同意しつつ、ヴァルナは敢えて前に出た。走りながら大剣にマテリアルの力を流し込み…… 気づいて飛びかかってきた狼の牙が届くより早く、守りを捨てた大上段からの一撃でもってその狼の胴の半ば以上を両断する。
突出したヴァルナを囲んで一斉に襲い掛かる狼たち。それを当たるに任せつつヴァルナはクルリと身を回し…… 遅れて横から出てきた刃が、二体目の下顎部を捉えて上へと跳ね上げる。
無防備なその背を襲った狼は、パメラが援護射撃で叩き落した。Jもまた、クルクルと地に円を描くように位置を変えつつ銃声と血飛沫の中を狼よりも狼らしく拳銃格闘術で戦うリカルドに、一定の距離から援護の銃撃を提供する。
「威勢がいいじゃねえか。随分と腹ぁ空かせてるみてえだな!」
その戦場へと到達したシンが早速、頭に飛び掛ってきた狼の牙を片腕で受け凌ぎつつ…… ぶらんとぶら下がった狼の後足を小剣で薙ぎ、無造作に振り払う。地に落ちつつもすぐにシンへと飛びかかろうとした敵は、だが、傷ついた脚から再び地面へと崩れ落ちた。
「悪ィな。俺は美味しくもねぇし、棘もあんだよ」
シンはクルリと小剣を手の中で回転させると、唸り声を上げる敵にトドメも刺さずにその場を離れた。避難民たちを追えなくできればそれでいい。一々相手をしてたら捌ききれない。
「難民たちと距離が離れました。私たちも移動しましょう」
チラと後方を確認して皆に報告するJ。ヴァルナは攻めの構えを解くと、大剣を盾に自己回復しつつジリジリと下がり始めた。
狼たちは一旦、攻勢を止めた。彼等の想像以上に損害が大きかったのだ。
戦場に、幾つもの遠吠えが響き渡る。戦力の再結集── 周囲の『同族』たちが、それに呼応し集まり始めていた。
「まずは後ろに通さないことですね」
酔いからふらふらと立ち直りつつ、自動拳銃の弾装を確認しながら。真水が殿の戦場を迂回し迫る別の狼の一群を見やって行った。
「全力で守らせていただきます。雑魔よ、覚悟なさい」
怯え出した難民の子供たちを励ましつつ、意気を発した和が『馬車』の前に立ちはだかる。ジェールトヴァはリーダーが若い男たちに馬車を囲んで守るよう命じるのを確認すると、自らもその横へと並んだ。真水と和が抜かれたら、彼等が難民たちを守る最後の壁となる。
「来たぁ!」
子供の叫びに呼応し上がる悲鳴を背景に、和はその指差す先に魔導銃を向け、立て続けに発砲した。パパッ、と血飛沫が上がり、フラリと倒れ込む敵。構わずその傍らを駆け抜けて来る狼たちとの距離が16mに達した瞬間、ジェールトヴァがシャラン、と神楽鈴が振り鳴らし── 直後、和と真水が銃を媒介に変換したマテリアルエネルギーが、ジェールトヴァが生み出した聖なる光の弾丸が必殺の砲撃と化して一斉に撃ち放たれる。
直撃を受けた3体の狼たちが光条と光弾に撃ち貫かれ、見えざる壁にぶつかったかの如くひしゃげて地面へ倒れ込んだ。
だが、敵は止まらない。突進する狼たちを壁となって防ぐ若者たち。魔導銃ごと押し込まれた和が懐から取り出した小型拳銃で至近距離から機導砲をぶっ放し。別の1体に肉薄された真水も変な笑い声と共に、瞬間的に光剣を生み出した指先を振るって一文字に狼の腹を裂く。
「第二陣、来ますよ!」
ジェールトヴァの声に、敵の死骸の下から顔を上げる真水。その眼前に迫った狼を、ヴァルナが背後から切り捨てる。
「前衛班……?」
そう前衛班だった。難民たちが襲われているのを見て、合流すべく反転して来たのだ。
「私は騎士ではありますが…… 相手にその気がないのなら、正々堂々などと言うつもりはありませんよ!」
馬車に襲い掛かる狼たちを、背後から挟撃し、切って捨てるヴァルナたち。呼応したジェールトヴァが光弾で狼たちの足元を薙ぎ払いつつ。馬車にかじりついた狼の上顎に盾の淵を振り下ろし、ギャンッ、と鳴いて離れたところを、その身を回転させて横へと薙いだ盾のフルスイングでもってぶっ飛ばす。
「今です!」
ジェールトヴァの叫びに応じ、倒れた狼の腹へ剣を突き入れる若者たち。その中にはシンの姿もあった。それは即ち、馬車周りの狼たちを駆逐したことを意味していた。
「こんな事態だ。頼りにしてるぜ、心の底からよ!」
血塗れのナイフと小剣を手に、シンが若者たちに言う。
狼たちは再び後退した。戦意のあるものはまだいたが、多くがこの襲撃は『割に合わない』と感じ始めていた。
●
「元気な子は嫌いじゃありませんわ…… でも逃がしません」
未練たらしく追い縋ってきた少数の敵に向けて、パメラは照準した銃の引き金を引いた。その一撃で逃げ散る狼たち。肉薄していた一部も、リカルドが下顎に突き刺した短剣での首投げから腹への銃撃でトドメを刺す。
「連携は、動物の群れとして最低限、ってところか。指揮や統制を取っている奴はいないようだな」
逃げていく狼を見送りながら、リカルドは呟いた。馬車を護衛し、避難民たちと話す和やシン、ハンターたち。疲れ切った真水が相乗りしてまた揺れに酔ってたり。
「これ以上の避難に耐えられない者のみ受け入れる! 他の者たちは近隣の町村へ急ぎ逃げよ。我らも全力を尽くすが王都内とて戦場となりかねんのだ!」
ようやく辿り着いた西門で、係官は難民の一部のみ受け入れることを表明した。湧き起こる不平と不満。だが、王都としても無制限に人々を受け入れるわけにもいかない。
同時に、歪虚と戦う兵が募集され、ある者は歪虚への恨みから、またある者は家族を王都に受け入れて貰う為、少なからぬ者が募兵に応じた。
賭場の長は、引き続き避難を余儀なくされた人々を率いることに決めた。本来の依頼の為、王都に残らなければならないハンターたちは、名残を残しつつ彼等の出発を見送った。
王都の北へ、或いは東西へ、慌しく避難を続ける難民たち。
「王都に対する不信感やしこりが残らなければいいのだが……」
ジェールトヴァが呟いた。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 4人 |
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相談卓 シン・カルナギ(ka3485) 人間(クリムゾンウェスト)|24才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/11/10 17:19:47 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/11/07 22:07:17 |