ゲスト
(ka0000)
【奏演】Requiem
マスター:風亜智疾

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/08/21 22:00
- 完成日
- 2017/09/03 18:12
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
奏でたい音があった。聴かせたい人がいた。叶えたい夢があった。
――全て、なくなってしまった。
■
苦しそうに呻く信者の声に、教祖トトーはそっと伏せていた目を開く。
「ここ最近、病人が増えているように感じられます」
「怪我もなかなか治りにくくなっていて……」
「教祖様、どうか我々をお助け下さい」
「教祖様」
「教祖様」
肩の上に乗った妖精は何も語らない。傍にいる金の髪の少女も、何も語らない。
ただその無機質な瞳で、信者たちを見つめるばかりだ。
「……安心なさい。祈りは必ず貴方方の願いを叶えるでしょう」
両手を広げ、フードから覗く口元を優しく引き上げる。たったそれだけで、信者たちは安心すると知っているから。
「祈り給え。願い給え。敬い給え。我らが神を」
■
トトーという青年は、かつて妹であるエミリと共にリアルブルーから転移してきた人間だった。
ピアニストを夢見ていたその青年とその妹は、小さな村に受け入れられ、慎ましやかな生活を送っていた。
村に唯一ある小さな教会に置かれた古びたオルガンを奏でることを楽しみに、この世界を少しずつ学び。
そうして生きていた銀の髪を靡かせる兄妹は、私とよく同じ空間で過ごしていた。
飴色の長い髪を白いレースのリボンで掬う様に結ったその頃の私は、幼い頃に雑魔による襲撃で足を不自由にしてしまい、同じ年ごろの子供たちと遊ぶことが出来なかった。
そんな私と、教会でオルガンを奏でる青年と寄り添う妹は、多く言葉を交わすことはなくとも、どこか似た者同士のようなそんな気持ちを抱いていた。
ある日。村が雑魔によって襲撃された。
ちょうどその時、私は恩人である灰色のロングストールを身に着けた男と共に画材の買い出しに出ていて村におらず、帰って来た時には村は既に壊滅寸前だった。
至る所で燻る煙と、悲鳴。ハンターたちが駆け付けた時にはもう手遅れに近く。
「とうさん! かあさん!!」
私の家も、オルガンのあった教会も、焼け落ちていた。
■
腕の中の少女をきつく抱き締める。落とさぬよう、離さぬよう。
眼前に広がるこの地獄に、少女を連れ去れぬよう。今度こそ守り抜くために。
「ディーノ! とうさんとかあさんが!!」
必死に手を伸ばす少女に、何も言えなかった。言えるはずもなかった。
その時。
空を裂くような少女の悲鳴が、今にも崩れ落ちそうな家の中から響いた。
思わずそちらへ体を向ければ、家の前には一人の青年。
「……!! ……!!!」
必死に叫んでいるのは、恐らく家の中で悲鳴を上げた少女の名前だろう。
不意に、青年と視線が合う。
自分と合ったということは、腕の中の少女とも合っただろう。
救いを求める青年の目に、少女が手を伸ばす。
身を乗り出した少女が転がり落ちそうになり、必死にその体を抱き締め留めた。
腕の中の少女が青年の名を叫んでいる。自分の名を叫んでいる。
それでも動かない。
これ以上被害を拡大させぬ為に。まだ命のある腕の中の少女を守るために。
もう一度上がった悲鳴に、こちらを見ていた青年が泣きそうに顔を歪めた。
眉を吊り上げたその表情は、憎悪一色。
次の瞬間、男が止める間もなく青年は崩れかけた家の中へと飛び込み。
直後、その家は音を立てて崩れ落ち、引火によって燃え盛った。
■
最近よく血を吐くようになった。
そんな自分を見て、己に力を貸し与えている精霊――実際は歪虚なのだが。
嫉妬の歪虚エミーリオはつまらなそうに椅子に腰かけ、足を揺らした。
「ネーエ? トトー。ボクとの約束、忘れてないヨネ?」
「……あぁ、忘れてないさ」
エミーリオと出会ったのは今から約5年ほど前。
抱いていたハンターに対しての憎悪と、夢を叶えたものへの嫉妬が「面白い」と興味を持たれ、ひとつの提案を受けた。
自分とひとつ、ゲームをしないか、と。
エミーリオを楽しませ続ける限り、飽きさせない限り、彼(彼女にも見えるが)は自分に力を貸し続ける。
代わりに自分はエミーリオを楽しませるべく、人々を誑かしこうして宗教団体まで作った。
「……フゥン?」
けれど。もしかすると、潮時なのかもしれない。
エミーリオは最初、自分に力を貸すといったその時に「命を取ることはない」と言っていた。
だが実際、今の自分はどうだろうか。
幾度と「キセキノミワザ」と称してゴーレムを生み出し、動かし、邪魔者を排し続け。
――その代償として、ここまで衰弱している。
「……エミーリオ。僕の命はもう長くない。そうだな?」
その問いかけに、美しい金の髪の歪虚は悪魔のような緑の瞳を細めて嗤った。
「そうダヨ? きっとキミには適性があったんダロウね。長く持ったけどサ、キミ、つまんなくなってキチャッタンだもん」
復讐するのかと思えば、すれ違った絵本作家には嫌味を言うだけ。
呼び出したハンターに闇討ちでもするのかと思えば本当に会話だけ。
「興醒め極まレリ、ってかんじ。だからサ? トトー」
ローブの中を覗き込むように見上げてくる歪虚は、嗤う。嗤う。
「サイゴのゲームをしよう! キミが勝てばボクは命を削らずに力を貸し続けてアゲル」
だから、と。嫉妬の歪虚はビスクドールのような姿をくるり、回転させた。
「戦ってみせてヨ! キミのその憎悪と嫉妬を以て、キミのだぁいキライなハンターとサ!」
■
「お願いよディーノ!」
息を切らせハンターオフィスにやって来たヴェロニカ・フェッロ(kz0147)は、教祖トトーからの挑戦状とも取れるような依頼にサポートとして出向く準備をしてたディーノ・オルトリーニ(ka0148)へと一枚の紙を差し出した。
スケッチブックから切り取られたその紙は二つに折られている。
「トトーに会うのでしょう? なら、お願いだから彼にこれを渡して!」
「…………」
切り取られたスケッチブックに描かれたもの。それは――二羽の青い鳥。
銀の差し色の入った翼に、緑の目の大きな鳥と青い目の小さな鳥が、空を舞っている。
「私は私に出来ることを、しっかりしたいの」
空色の瞳に、迷いはなかった。
■
祈り給え。願い給え。敬い給え。我らが神を。
――なら、僕<教祖>を救ってくれるのは、誰?
――全て、なくなってしまった。
■
苦しそうに呻く信者の声に、教祖トトーはそっと伏せていた目を開く。
「ここ最近、病人が増えているように感じられます」
「怪我もなかなか治りにくくなっていて……」
「教祖様、どうか我々をお助け下さい」
「教祖様」
「教祖様」
肩の上に乗った妖精は何も語らない。傍にいる金の髪の少女も、何も語らない。
ただその無機質な瞳で、信者たちを見つめるばかりだ。
「……安心なさい。祈りは必ず貴方方の願いを叶えるでしょう」
両手を広げ、フードから覗く口元を優しく引き上げる。たったそれだけで、信者たちは安心すると知っているから。
「祈り給え。願い給え。敬い給え。我らが神を」
■
トトーという青年は、かつて妹であるエミリと共にリアルブルーから転移してきた人間だった。
ピアニストを夢見ていたその青年とその妹は、小さな村に受け入れられ、慎ましやかな生活を送っていた。
村に唯一ある小さな教会に置かれた古びたオルガンを奏でることを楽しみに、この世界を少しずつ学び。
そうして生きていた銀の髪を靡かせる兄妹は、私とよく同じ空間で過ごしていた。
飴色の長い髪を白いレースのリボンで掬う様に結ったその頃の私は、幼い頃に雑魔による襲撃で足を不自由にしてしまい、同じ年ごろの子供たちと遊ぶことが出来なかった。
そんな私と、教会でオルガンを奏でる青年と寄り添う妹は、多く言葉を交わすことはなくとも、どこか似た者同士のようなそんな気持ちを抱いていた。
ある日。村が雑魔によって襲撃された。
ちょうどその時、私は恩人である灰色のロングストールを身に着けた男と共に画材の買い出しに出ていて村におらず、帰って来た時には村は既に壊滅寸前だった。
至る所で燻る煙と、悲鳴。ハンターたちが駆け付けた時にはもう手遅れに近く。
「とうさん! かあさん!!」
私の家も、オルガンのあった教会も、焼け落ちていた。
■
腕の中の少女をきつく抱き締める。落とさぬよう、離さぬよう。
眼前に広がるこの地獄に、少女を連れ去れぬよう。今度こそ守り抜くために。
「ディーノ! とうさんとかあさんが!!」
必死に手を伸ばす少女に、何も言えなかった。言えるはずもなかった。
その時。
空を裂くような少女の悲鳴が、今にも崩れ落ちそうな家の中から響いた。
思わずそちらへ体を向ければ、家の前には一人の青年。
「……!! ……!!!」
必死に叫んでいるのは、恐らく家の中で悲鳴を上げた少女の名前だろう。
不意に、青年と視線が合う。
自分と合ったということは、腕の中の少女とも合っただろう。
救いを求める青年の目に、少女が手を伸ばす。
身を乗り出した少女が転がり落ちそうになり、必死にその体を抱き締め留めた。
腕の中の少女が青年の名を叫んでいる。自分の名を叫んでいる。
それでも動かない。
これ以上被害を拡大させぬ為に。まだ命のある腕の中の少女を守るために。
もう一度上がった悲鳴に、こちらを見ていた青年が泣きそうに顔を歪めた。
眉を吊り上げたその表情は、憎悪一色。
次の瞬間、男が止める間もなく青年は崩れかけた家の中へと飛び込み。
直後、その家は音を立てて崩れ落ち、引火によって燃え盛った。
■
最近よく血を吐くようになった。
そんな自分を見て、己に力を貸し与えている精霊――実際は歪虚なのだが。
嫉妬の歪虚エミーリオはつまらなそうに椅子に腰かけ、足を揺らした。
「ネーエ? トトー。ボクとの約束、忘れてないヨネ?」
「……あぁ、忘れてないさ」
エミーリオと出会ったのは今から約5年ほど前。
抱いていたハンターに対しての憎悪と、夢を叶えたものへの嫉妬が「面白い」と興味を持たれ、ひとつの提案を受けた。
自分とひとつ、ゲームをしないか、と。
エミーリオを楽しませ続ける限り、飽きさせない限り、彼(彼女にも見えるが)は自分に力を貸し続ける。
代わりに自分はエミーリオを楽しませるべく、人々を誑かしこうして宗教団体まで作った。
「……フゥン?」
けれど。もしかすると、潮時なのかもしれない。
エミーリオは最初、自分に力を貸すといったその時に「命を取ることはない」と言っていた。
だが実際、今の自分はどうだろうか。
幾度と「キセキノミワザ」と称してゴーレムを生み出し、動かし、邪魔者を排し続け。
――その代償として、ここまで衰弱している。
「……エミーリオ。僕の命はもう長くない。そうだな?」
その問いかけに、美しい金の髪の歪虚は悪魔のような緑の瞳を細めて嗤った。
「そうダヨ? きっとキミには適性があったんダロウね。長く持ったけどサ、キミ、つまんなくなってキチャッタンだもん」
復讐するのかと思えば、すれ違った絵本作家には嫌味を言うだけ。
呼び出したハンターに闇討ちでもするのかと思えば本当に会話だけ。
「興醒め極まレリ、ってかんじ。だからサ? トトー」
ローブの中を覗き込むように見上げてくる歪虚は、嗤う。嗤う。
「サイゴのゲームをしよう! キミが勝てばボクは命を削らずに力を貸し続けてアゲル」
だから、と。嫉妬の歪虚はビスクドールのような姿をくるり、回転させた。
「戦ってみせてヨ! キミのその憎悪と嫉妬を以て、キミのだぁいキライなハンターとサ!」
■
「お願いよディーノ!」
息を切らせハンターオフィスにやって来たヴェロニカ・フェッロ(kz0147)は、教祖トトーからの挑戦状とも取れるような依頼にサポートとして出向く準備をしてたディーノ・オルトリーニ(ka0148)へと一枚の紙を差し出した。
スケッチブックから切り取られたその紙は二つに折られている。
「トトーに会うのでしょう? なら、お願いだから彼にこれを渡して!」
「…………」
切り取られたスケッチブックに描かれたもの。それは――二羽の青い鳥。
銀の差し色の入った翼に、緑の目の大きな鳥と青い目の小さな鳥が、空を舞っている。
「私は私に出来ることを、しっかりしたいの」
空色の瞳に、迷いはなかった。
■
祈り給え。願い給え。敬い給え。我らが神を。
――なら、僕<教祖>を救ってくれるのは、誰?
リプレイ本文
奏でられたのは悲劇。
演じられたのは嫉妬。
一つの悲劇に、終幕を。
■
「さぁ、終わりの幕を下ろそうか」
神殿最深部、過去にここで教祖トトーと対面したことがある青年は、扉の前で軽く伏せた目を開く。
ここに来るまでの間に、一連の事件に関わって来たメンバーから様々な情報が共有され、対策を練ってきた。
やっと。やっとの思いでここまでやって来たのだ。
様々な思いを乗せ、様々な希望を胸に、様々な苦悩を抱えながら。
重い扉を押し開けた、その向こうで。
「……やぁ、よく来たね」
白いローブを肩へと落とし、銀糸を背に流した教祖、トトーが笑った。
■rhapsody
「ごきげんよう、教祖様」
笑顔のルスティロ・イストワール(ka0252)に対し、トトーは無言のまま歪に笑う。
謁見の間の最奥にトトーはただ一人立っていた。
その傍らに、金糸の歪虚、エミーリオの姿はない。
空間には点在する太い柱が十数本。そして広間の左右には十体の2m程度の大きさの獅子の石像が鎮座している。
「初めまして、トトー。レイは、ヴェラのお友だち……だよ」
浅緋 零(ka4710)の言葉に視線を向け、トトーは笑みを深めた。
「成程、君もか」
そのまま教祖が視線を移した先には、腰に託されたリボンを携えた神代 誠一(ka2086)だ。
ぐっと、グローブ越しの手を握り込む彼の肩を、クィーロ・ヴェリル(ka4122)は小さく叩いて諫めた。
「念の為、一つだけ先にお伺いしてもよろしいでしょうか」
鞍馬 真(ka5819)が静かにトトーを見つめる中。
柔らかくしかし芯のある声を響かせるレイレリア・リナークシス(ka3872)に、トトーは肩を竦める。
レイレリアの言葉を継いだオグマ・サーペント(ka6921)が、真摯な瞳を向け。
「和解は出来ませんか、トトー様」
微笑みを浮かべたまま、教祖は憐れみを含んだ瞳でその場にいる全員を見渡す。
それが、全ての答え。
「さぁ始めよう。僕が下す罰が勝るのか、それとも……」
小さく息を吸い込んだトトーが、微かに血の匂いのする息を吐き出すように小さく囁き始める。
それは、歌。いや、曲、か。
それに合わせて、左右に鎮座していた獅子の内、入口に近いものが2体、動き始めた。
■symphony
後衛、先制のブリザードを放ったのはレイレリアだ。
動き始めた2体のゴーレムに対して放たれた冷たい嵐は、2体の動きを封じることに成功。
動きが止まった2体を確認して、誠一たち前衛は戦闘に邪魔になる柱を破壊し始める。
これで、ノイジングの暴発が起きないかと予測を立てていたのだ。
しかし。
1本、2本、3本とスキルを使用しつつ柱を折れども、それらしき暴発は怒らない。
(どういうことだ……)
訝し気に脳内で様々なシミュレートを行いつつ、誠一が折った柱へと足をかけた次の瞬間。
「―――っ!!」
勢いよく地面から柱を貫き鋭い石棘が突き上がった。
「神代さん!!」
「誠一!!」
オグマとクィーロが叫ぶ。
頬を切り裂かれ、左の脹脛を貫かれ。そして左手に鋭い裂傷を負いつつも咄嗟に足を縫い留めた石棘を刀で叩き折って離脱する。
「これは……厄介ですね」
柱の影に身を隠し、オグマは式符を放った。
柱では暴発しない。ならば式ではどうだ。
しかし、柱と同じく式が通った箇所も暴発は怒らない。
柱でも式でも発動しない。だとすれば考えられるものは――。
(『対人』……!)
全員が同じ結論に辿り着いただろう、後衛のレイレリアと零がひゅっと息を呑んだ気がした。
柱をも貫く勢いで飛び出す石棘。
恐らく誠一のダメージがあれで済んだのは、依頼の出発前に誠一の友人が彼に祈りを捧げたからだろう。
祈りは大きな力となり、奇跡的にダメージが軽減された。
「……感謝します」
ひどく痛む足を態と数度動かす。大丈夫。まだ動ける。
「ったく、無理してんじゃねぇぞ誠一!」
彼のフォローを行うべく、クィーロがその背に立つ。
射程に2体のゴーレムを入れたユウ(ka6891)がそっと口を開いた。
会話の邪魔にならぬよう、けれど確かに響くその透明な歌声。
彼女の故郷に伝わる歌だというその歌は、戦いを鼓舞する歌。
それによってゴーレムの強度が下がったのを確認すると、クィーロと真がそれぞれゴーレムへと突っ込んでいく。
一方。
ノイジングによる攻撃を受けつつも、まだ被害の浅いルスティロが向かったのは、最深部でコンダクターに集中していたトトーの元だ。
口ずさみつつルスティロを視界に入れたトトーは、ふと2体のゴーレムを見やる。
ゴーレムを動かしている最中は、トトーは集中する必要があるため無防備だ。
ゴーレムを呼び寄せるのか。いや、そのゴーレムは仲間の攻撃によって行動が阻害され、今は強度すら下がっている。
迷わず歩を進めるルスティロを援護するように、後方から零の牽制の矢が放たれた。
それでもまだ、トトーは動かない。
「随分と余裕だね?」
トトーまであと数歩。ルスティロがそこまで接近した時だった。
「まぁね。僕が何も考えずにゴーレムだけ動かしていると思ったかい?」
歌が止み、トトーが嗤いながら語りかける。
重い音を立てて、ルスティロの後方、ゴーレム対応をしていたメンバーの前に立ち塞がるように、石像が動きを止めた。
「なっ……!」
石像に肉薄したクィーロと真の動きは止まらない。
そのまま上段から渾身の力で刀を振り下ろし、動かぬ石像を叩き斬ったクィーロと、僅か離れた場所で同じく二刀流で石像を切り割った真の背後から。
不意を打つように、新たな2体のゴーレムが、二人の背を切り裂いた。
「動かさなくなればただの障害物。新しい石像を指揮してやればいい」
そうだ。同時に2体までは操作できると聞いていた。
そこから、誰も想像しなかっただろうか?
同時に2体までは動かせるのだから、動いていたものを動かさなくなれば、新たなものが動かせる。ということを。
そのために、この大広間には複数の石像があるのだ。
壊されてから別のものを使う必要などない。壊される前に新しいものを使えばいいだけなのだ。
満身創痍に近い形で飛びのいたクィーロと、それを援護するために近寄る誠一の足元で再び石棘が跳ね上がる。
腹部を切り裂かれ、ぐっと足に力を込めた。
まだ、斃れるわけにはいかない。クィーロも誠一も、同じことを考えている。
一方の真の傍にはオグマが駆け寄った。真へ攻撃を加えた敵へと稲妻を落とし、敵を沈黙させる。
幸いにも飛び込んできたゴーレムたちはユウの歌の範囲内だ。
「鞍馬さん、大丈夫ですか」
「……あぁ、何とか平気だよ」
口の中にせり上がった血を吐き出して、真は口元をぐいと拭う。
酷い、血の味がした。
後方からレイレリアのウインドスラッシュがクィーロを裂いたゴーレムを切り裂く。
想像していなかった状況に一瞬。ほんの一瞬思考が止まったのは、仕方のないことだろう。
その瞬間を、トトーは見逃さなかった。
もう命の灯が尽きようとしている人間とは思えぬスピードで一気にルスティロへと肉薄したトトーが、石で出来たレガースで文字通りルスティロの腹部を蹴り上げた。
「――っ!!」
息が詰まる。浮いた体を、霞みそうになる意識で必死に持ち直し態勢を整える。
短く呼吸を繰り返し、最後に深呼吸を一度。
その間も攻撃を繰り出そうとするトトーだったが、それは後方からの零の弓が赦さない。
凍える様な怒りと、襲い来る熱。一条の光となった弓が、トトーの足を貫いた。
「…………」
赤い髪、赤い瞳。小さな鬼子の姿の零は何も言わない。今はまだなにも、トトーに言葉をかけることはない。
まだその時ではないし、今はルスティロの援護を続けることが自分の役目だと、しっかり理解しているからだ。
呼吸を整えたルスティロが、その背から深紅の尾を伸ばし、零の矢によって動きを止めていたトトーをその尾で縛り上げる。
ぐ、と。トトーの顔が歪む。
おもむろに口を開いたルスティロが、トトーへと語りかけ始めた。
「……君は、ハンターたちのことを『英雄のまがい物』だと言ったよね?」
ルスティロは忘れない。
トトーは教祖として彼らの前に立った時に、ハンターに対して酷く否定的な言葉ばかりを並べ立てていた。
「それが真実なら、僕らはここで負けてゴーレムに押しつぶされる運命なのかもしれない」
けれど。違う。
満身創痍になっている前衛メンバーや自分自身を含め、まだ誰も倒れていない。
「たとえ何体のゴーレムが相手でも、僕らは切り抜けるよ」
それは、希望ではない。
本心からの言葉だ。
「現にそこまでボロボロで、よく言うよ……!」
ぐ、っと。足に力を込めたトトーが、無理やりにルスティロの尾を叩き割る。
よろめいたルスティロへと肉薄し、再度腹部をレガースで蹴り上げようとするが、先と同じように光の矢が迸った。
零の的確な弓で、トトーの足は徐々に使い物にならなくなっていく。
「君の嘆きは仕方ないと思うんだけどね」
再度尾で拘束し、ルスティロは語る。
「でも僕は、君のしたことを赦せないな」
「それは、ヴェラちゃんの絵本のことかい?」
「そうだよ。物語を利用し、彼女の希望を踏みつけた。どんな理由であれ、その手段を認めるわけにはいかない」
今はここにいないヴェロニカが、一体どんな思いで絵本を描いてきたのか。
関わりが長く、また同じ物語を紡ぐものでもあるルスティロは知っている。
彼女の絵本は人を楽しませ、癒すだけではない。
恐らく彼女は絵本を通じて、自らの辛い過去すら乗り越えようとしているのだろう。
それを。この教団は。教祖は。トトーは。
人を傷つける道具に変えたのだ。
「この教団だってそうだ。君は信者の痛みを理解し、逸らすことは出来たんだろう」
でも、その先には希望があるのだろうか。
答えは――否だ。
ハンターを憎む人々が、次に敵に襲われたなら。
彼らを一体誰が守るというのだろう。
戦う術を持っているのは、唯一ハンターだというのに。
トトーはそれを取り上げてしまったのだ。憎しみという感情を悪戯に増幅させて。
「……さい」
トトーが低く唸るように呟く。
石像はあれきり動かない。足元から跳ね上がる石棘もない。
恐らくはコンダクターもノイジングも使えないほど、彼は今疲弊し、動揺している。
メンバーがゆっくりと警戒しつつ、トトーへと歩み寄っていく。
「君は自分の絶望に、嫉妬に、みんなを惹き込んだだけだ」
「……るさいっ」
次に言葉をかけたのは、オグマだ。
「考えをすぐに変えることは出来ないと思います。でも、トトーさんが困っているなら、何かを求めているなら……私は手伝いたいです」
差し伸べられた手を、トトーは決して見ようとしない。
「トトー。この先にあるのは、別の悲劇だよ。だから、ハンターを赦さなくていい。でも、終わらせようよ。こんな……」
「うるさい!!!」
文字通り。血を吐きながらトトーが叫ぶ。
力任せに尾を引きちぎり、なお血を吐きながら叫び続ける。
「なんで、今更! どうして、今になって!!!」
知っていた。
全て自分の逆恨みだと。
知っていた。
彼らの判断は間違ってなどいなかったと。
知っていた。それでも。
何かを憎まずには、いられなかった。
「それ、でもっ……!」
もう立つだけの気力もないはずだ。
それにも関わらず、トトーは血を吐きながら、もう一度石像を動かそうと息を吸い込んだ。
「ちぃっ! 誠一背中任せたぞ!」
「クィーロ!!」
スキルも使用しつつ全速力。飛ぶ矢のように勢いよくクィーロが飛び出す。
ノイジングが発動し彼を傷つけるが、それすら構わず一気に駆け込んだその先には――トトー。
「命を……無駄に使ってんじゃねぇ!!」
勢いをそのままに、トトーを背後の壁に縫い留めるようにして拘束する。
叫ばれたセリフは、一体誰に向かってのものだったのか。
眼前で死にかけている男になのか。それとも……かつての自分なのか。
駆け寄る仲間にノイジングが発動しないのは、恐らくもうトトー自身に、発動させるだけの力が残っていないから。
それは、つまり――。
「クィーロ……」
零の小さな呟きは、激昂している彼には届かない。
「ハンターが憎いなら簡単に命を捨てるな! 今お前が死んでも誰の心にも残らない!」
生きるためになら、自分が悪役にでもなんにでもなる。それで、彼が生きようとしてくれるのなら。
それが、今ここにいない彼女へと手を差し伸べた自分に出来る、最大限のことだと。
クィーロはそう信じているから。
「憎む相手が必要なら俺がなってやる。いつでも殺しに来い。だから……」
「知ってたさ……」
クィーロの言葉を遮って落とされた言葉。
壁に押し付けていた手が、思わず緩む。
言葉を遮ったのは、トトーだった。
伏せていた顔を上げた彼が浮かべていたのは。
諦めを帯びた、笑顔だった。
■serenade
もう動くことも難しいのだろうトトーが、広間の最奥の壁に背を預けて座り込んでいる。
そっとそこに歩み寄ったのは、とあるものを手にした誠一だった。
「この絵が何を意味するか。トトー。君なら分かるんじゃないか」
差し出されたのは、一枚の紙。――出発前にディーノから預かった、スケッチブックの一枚。
手が動かせないトトーがそれを広げることは出来ない。だからこそ、誠一は彼に見えるようにと広げてみせた。
「……あぁ、知ってるよ。僕が、教えたんだ」
描かれていたのは『青い鳥』。リアルブルーで有名な童話に出てくる、幸せを運ぶ鳥。
まだ平穏だったあの頃教会で、その話を聞かせたのはトトー自身だったのだ。
目を輝かせて話を聞いていた少女を、今でもちゃんと覚えている。
「でも、馬鹿だな……青い鳥は、一羽しか出てこなかったのに」
小さく笑うトトーへと、誠一はそっと口を開いた。
それは、確信に近い思い。
長い期間、ヴェロニカと接してきた彼だからこそ分かる、真実。
「ヴェラにとってトトー。君と妹さんは、青い鳥そのものだったんだろう」
一人ぼっち。友達と遊ぶことも出来ずに絵を描くことしか出来なかった少女。
そんな少女と同じ空間で過ごし、多くはなくとも言葉を交わしあった兄と妹。
きっと少女にとって彼らは、まさしく青い鳥だったのだろう。
誠一の後ろに控えていたユウや真も、こくりと頷いて見せる。それが正しいのだろうと、彼らも思ったのだ。
「は……ははっ……なんだ、それ……馬鹿だなぁ……」
トトーは笑う。呆れたように、悲し気に、でもどこか嬉しそうに。
「ヴェラの描く絵本がどうしてあんなにも優しいのか。どうしてみんなに愛されるのか。君には分からないか?」
幼い頃に雑魔によって足を傷つけられ、今も尚足は満足に動かない。
その数年後には雑魔の襲撃によって両親や村を滅ぼされた。
――目の前で、助けを乞うた人も、助けられなかった。
きっと彼女の中にもトトーと同じく、悲しみや憎しみ、嫉妬や劣等感があっただろう。
否、今でもあるのかもしれない。
「それでも、ヴェラは笑っている」
乗り越えるのにどれほどの時間と涙があったのだろう。
心優しい教え子兼友人の涙を、誠一は2度見ている。
きっと今も、一人で泣いているんだろう。そうどこか確信している。
後ろから心配そうに自分を見つめる零の視線を感じて、誠一は沈みそうになる心を叱咤する。
届けと。どうか、届けと。願いながら。
「……知ってたさ。ヴェラちゃんも、ハンターも、悪くなんかないんだって、ことくっ……ゲホッ!」
トトーが諦めたように言葉を紡いだ次の瞬間、彼は激しくせき込んだ。
「回復を試します」
レイレリアが手にしたポーションを使用しようとするが、彼はそれを首を振って拒否する。
「やめておきなよ……見られてる」
その言葉に、ユウと真が勢いよく振り返る。
大広間の入り口。先刻まで誰もいなかったそこに。
金の髪を揺らしながら嗤う、ビスクドールがいた。
「……僕の負けだ、エミーリオ」
「うん、ソウだね」
楽し気に嗤うエミーリオに、全員がきつく拳を握る。
後衛以外満身創痍。今ここでエミーリオから攻撃を受けたらひとたまりもない。
冷や汗が落ちる。
「負けた駒はもういらない、だろう……?十分楽しんだ、なら……こいつらは、帰してやれ……」
それは、もうトトーには彼らと戦う気がない。ということ。
それは、もうハンターに対して嫉妬をしていない、ということ。
それは――もう、嫉妬の歪虚、エミーリオが期待するゲームを、見せられないということ。
「フゥン……? でもサ! キミが死ぬくらいナラ、ボクは君をボクのオモチャにするのもいいかなって思ってルんだ!」
一瞬で、全員の頭に最悪の状況が展開された。
今、トトーは契約者だ。まだ、人間のままで、自分の感情を保てている。
エミーリオはトトーの死体を傀儡として使うと言っているのだ。
堕落者となる人間の末路は――。
唇を噛みしめ、眼鏡の奥、普段からは想像もつかない鋭利な視線をエミーリオへ向けていた誠一の服を。
そっと、誰かが引っ張った。
勢いよく視線を向けたその先には、薄く笑うトトー。
「……頼みが、ある」
言葉にされずとも、誠一にはそれがなんなのか理解した。理解してしまった。
己の爪が手のひらに食い込むほどに握りしめ、誠一はトトーを見つめる。
困ったように笑ったトトーが、次に視線を向けたのはクィーロだった。
「……なぁ……ありがとう、な……」
身を張って彼が止めてくれたからこそ。あんなにも激昂して語ってくれたからこそ。
自分はようやく、認めることが出来たのだ。解放されることが出来たのだ、と。
そして次は、ルスティロへ。
「……今更だろうけど……君には、負けたよ」
決して譲らぬ思いを抱くルスティロの言葉は、真実トトーの胸に響いた。
そっと歩み寄った零を見て、トトーは優しく微笑んだ。
「……寂しがりなんだ、彼女は……」
「知ってる、よ……? トトーの分まで、レイが、ヴェラの傍に、いる……から」
もう、自由になって、いいんだよ。と。
拙くも赦すような言葉を受け取って、トトーは微笑んだままゆっくりと目を閉じる。
動かぬ手に『青い鳥』を握らせて、誠一は深く深く、息を吐いた。
「悔やまないでくれ……僕にとって、これが、残された、最後の救い、なんだからさ」
トトーの言葉を耳に、そっと己の刀を振り上げる。
「ありがとう」
苦しむことのない様に。もう二度と、辛い目にあうことのない様に。歪虚の手に渡らぬように。
若草色に染まった刀を、弱く鼓動を打つ胸へと突き立てる。
毀れる柔らかな光と、穏やかな男の笑みと。
「―――を、よろしく……」
その言葉を残して、男の体は静かに崩れていく。
契約者として長く酷使してきた体は、もうその形を留める事も出来ないほどだったのだ。
そうして、ひとつの命が終った。
■lullaby
全員が振り返ったときには、もう嫉妬の歪虚エミーリオの姿はなかった。
恐らくはトトーがハンターによって斃されたのを見て、もう彼らに興味をなくしたのだろう。
嫉妬の歪虚は飽きやすい。まさしくエミーリオは、その典型的なタイプだったということだ。
刀を握り締めたまま、誠一はさっきまで男がいたはずの場所を見つめていた。
「……神代様。彼は言っていました。『悔やまないでくれ』と」
「トトーさんにとって、神代さんが行ったあの行動は、救いそのものだったんでしょう」
命を吸われ続ける契約者にとって、自らの意志で死を選ぶということがどれだけ幸いであるのだろう。
搾取され続けるのではなく、最後は己の望むように。
命は、救えなかったとしても。その心は、確かに救ったのだ。
そっと目を伏せた誠一の腰元で、みんなに同調するように白いレースのリボンが揺れる。
「……帰ろう、せんせい。みんな。ヴェラが、待ってる」
悼む心は常にここに。けれど、自分たちにはまだやるべきことがある。
そっと踵を返してメンバーたちが神殿から出ていく。
まるで黙とうするように動かない誠一の肩を軽く叩いて、クィーロは零を伴って先を行く。
「……忘れない。俺が覚えておくよ、この技と共に」
揺れるリボンをそっと撫でて、誠一は背を向ける。
外で待つ、みんなの元へ。そして、きっと家でひとり祈りつつ待っている、彼女の元へ。
ゆっくりと、しっかりと。一歩を踏み出した。
■march
教祖がいなくなったことで、教団は事実上解散となった。
別動隊のハンターたちに保護された信者たちは、最初こそ反抗的だったそうだが、次第に教祖の死亡と教祖が歪虚によって操られていたという事実を聞かされ、それぞれ色々な街へと去っていった。
そんな元信者たちの力に、出来るだけなりたいと。
以降ディーノは自ら志願して、彼らの生活のサポートを任務として請け負うこととなる。
夢を失った男の、悲しい鎮魂歌は、ここに終わりを迎えるのだった。
■nocturne and
ふと、何かを見つけた気がして、ヴェロニカ・フェッロは窓から空を見上げた。
日中は暑い日差しも、夕暮れになれば風によって涼しくなる。
「きゃっ……!」
一瞬。強く吹き込んだ風に、机の上に置かれたスケッチブックが音を立てて落下した。
庭の小さなハーブ園からは、青いフラックスの花が2輪、まるで鳥が舞うように空へと舞いあがっていく。
それはまるで、幸せを運ぶ青い――。
空に消えていく青を見送りながら微笑んで、彼女は静かに、涙を零した。
・
・
・
・
・
・
「アーァ。まぁまぁ楽しカッタけど、まだまだダナァ」
金糸の歪虚は嗤う。
その手元には、いつの間に拾い上げたのだろう、一枚の紙。
二羽の青い鳥が仲睦まじく飛んでいる、その絵を見て、彼女(正確には彼だが)は嗤った。
「デモ。次はもっと楽しそうなモノ見つけたし、ま、いっか!」
さらさらの飴色は舐めたら胸やけしそうに甘ったるいだろうし、まあるい空色はきっと笑い転げたくなるほど塩っ辛いだろう。
「楽しみハ、まだまだこれからだよネ!」
けたたましく笑いながら絵に口づけを落とし、嫉妬の歪虚は踊るように闇へと姿を消していく。
一つの幕は下りた。
――しかし、この奏でられた物語は、序章でしかないのかもしれない。
END
演じられたのは嫉妬。
一つの悲劇に、終幕を。
■
「さぁ、終わりの幕を下ろそうか」
神殿最深部、過去にここで教祖トトーと対面したことがある青年は、扉の前で軽く伏せた目を開く。
ここに来るまでの間に、一連の事件に関わって来たメンバーから様々な情報が共有され、対策を練ってきた。
やっと。やっとの思いでここまでやって来たのだ。
様々な思いを乗せ、様々な希望を胸に、様々な苦悩を抱えながら。
重い扉を押し開けた、その向こうで。
「……やぁ、よく来たね」
白いローブを肩へと落とし、銀糸を背に流した教祖、トトーが笑った。
■rhapsody
「ごきげんよう、教祖様」
笑顔のルスティロ・イストワール(ka0252)に対し、トトーは無言のまま歪に笑う。
謁見の間の最奥にトトーはただ一人立っていた。
その傍らに、金糸の歪虚、エミーリオの姿はない。
空間には点在する太い柱が十数本。そして広間の左右には十体の2m程度の大きさの獅子の石像が鎮座している。
「初めまして、トトー。レイは、ヴェラのお友だち……だよ」
浅緋 零(ka4710)の言葉に視線を向け、トトーは笑みを深めた。
「成程、君もか」
そのまま教祖が視線を移した先には、腰に託されたリボンを携えた神代 誠一(ka2086)だ。
ぐっと、グローブ越しの手を握り込む彼の肩を、クィーロ・ヴェリル(ka4122)は小さく叩いて諫めた。
「念の為、一つだけ先にお伺いしてもよろしいでしょうか」
鞍馬 真(ka5819)が静かにトトーを見つめる中。
柔らかくしかし芯のある声を響かせるレイレリア・リナークシス(ka3872)に、トトーは肩を竦める。
レイレリアの言葉を継いだオグマ・サーペント(ka6921)が、真摯な瞳を向け。
「和解は出来ませんか、トトー様」
微笑みを浮かべたまま、教祖は憐れみを含んだ瞳でその場にいる全員を見渡す。
それが、全ての答え。
「さぁ始めよう。僕が下す罰が勝るのか、それとも……」
小さく息を吸い込んだトトーが、微かに血の匂いのする息を吐き出すように小さく囁き始める。
それは、歌。いや、曲、か。
それに合わせて、左右に鎮座していた獅子の内、入口に近いものが2体、動き始めた。
■symphony
後衛、先制のブリザードを放ったのはレイレリアだ。
動き始めた2体のゴーレムに対して放たれた冷たい嵐は、2体の動きを封じることに成功。
動きが止まった2体を確認して、誠一たち前衛は戦闘に邪魔になる柱を破壊し始める。
これで、ノイジングの暴発が起きないかと予測を立てていたのだ。
しかし。
1本、2本、3本とスキルを使用しつつ柱を折れども、それらしき暴発は怒らない。
(どういうことだ……)
訝し気に脳内で様々なシミュレートを行いつつ、誠一が折った柱へと足をかけた次の瞬間。
「―――っ!!」
勢いよく地面から柱を貫き鋭い石棘が突き上がった。
「神代さん!!」
「誠一!!」
オグマとクィーロが叫ぶ。
頬を切り裂かれ、左の脹脛を貫かれ。そして左手に鋭い裂傷を負いつつも咄嗟に足を縫い留めた石棘を刀で叩き折って離脱する。
「これは……厄介ですね」
柱の影に身を隠し、オグマは式符を放った。
柱では暴発しない。ならば式ではどうだ。
しかし、柱と同じく式が通った箇所も暴発は怒らない。
柱でも式でも発動しない。だとすれば考えられるものは――。
(『対人』……!)
全員が同じ結論に辿り着いただろう、後衛のレイレリアと零がひゅっと息を呑んだ気がした。
柱をも貫く勢いで飛び出す石棘。
恐らく誠一のダメージがあれで済んだのは、依頼の出発前に誠一の友人が彼に祈りを捧げたからだろう。
祈りは大きな力となり、奇跡的にダメージが軽減された。
「……感謝します」
ひどく痛む足を態と数度動かす。大丈夫。まだ動ける。
「ったく、無理してんじゃねぇぞ誠一!」
彼のフォローを行うべく、クィーロがその背に立つ。
射程に2体のゴーレムを入れたユウ(ka6891)がそっと口を開いた。
会話の邪魔にならぬよう、けれど確かに響くその透明な歌声。
彼女の故郷に伝わる歌だというその歌は、戦いを鼓舞する歌。
それによってゴーレムの強度が下がったのを確認すると、クィーロと真がそれぞれゴーレムへと突っ込んでいく。
一方。
ノイジングによる攻撃を受けつつも、まだ被害の浅いルスティロが向かったのは、最深部でコンダクターに集中していたトトーの元だ。
口ずさみつつルスティロを視界に入れたトトーは、ふと2体のゴーレムを見やる。
ゴーレムを動かしている最中は、トトーは集中する必要があるため無防備だ。
ゴーレムを呼び寄せるのか。いや、そのゴーレムは仲間の攻撃によって行動が阻害され、今は強度すら下がっている。
迷わず歩を進めるルスティロを援護するように、後方から零の牽制の矢が放たれた。
それでもまだ、トトーは動かない。
「随分と余裕だね?」
トトーまであと数歩。ルスティロがそこまで接近した時だった。
「まぁね。僕が何も考えずにゴーレムだけ動かしていると思ったかい?」
歌が止み、トトーが嗤いながら語りかける。
重い音を立てて、ルスティロの後方、ゴーレム対応をしていたメンバーの前に立ち塞がるように、石像が動きを止めた。
「なっ……!」
石像に肉薄したクィーロと真の動きは止まらない。
そのまま上段から渾身の力で刀を振り下ろし、動かぬ石像を叩き斬ったクィーロと、僅か離れた場所で同じく二刀流で石像を切り割った真の背後から。
不意を打つように、新たな2体のゴーレムが、二人の背を切り裂いた。
「動かさなくなればただの障害物。新しい石像を指揮してやればいい」
そうだ。同時に2体までは操作できると聞いていた。
そこから、誰も想像しなかっただろうか?
同時に2体までは動かせるのだから、動いていたものを動かさなくなれば、新たなものが動かせる。ということを。
そのために、この大広間には複数の石像があるのだ。
壊されてから別のものを使う必要などない。壊される前に新しいものを使えばいいだけなのだ。
満身創痍に近い形で飛びのいたクィーロと、それを援護するために近寄る誠一の足元で再び石棘が跳ね上がる。
腹部を切り裂かれ、ぐっと足に力を込めた。
まだ、斃れるわけにはいかない。クィーロも誠一も、同じことを考えている。
一方の真の傍にはオグマが駆け寄った。真へ攻撃を加えた敵へと稲妻を落とし、敵を沈黙させる。
幸いにも飛び込んできたゴーレムたちはユウの歌の範囲内だ。
「鞍馬さん、大丈夫ですか」
「……あぁ、何とか平気だよ」
口の中にせり上がった血を吐き出して、真は口元をぐいと拭う。
酷い、血の味がした。
後方からレイレリアのウインドスラッシュがクィーロを裂いたゴーレムを切り裂く。
想像していなかった状況に一瞬。ほんの一瞬思考が止まったのは、仕方のないことだろう。
その瞬間を、トトーは見逃さなかった。
もう命の灯が尽きようとしている人間とは思えぬスピードで一気にルスティロへと肉薄したトトーが、石で出来たレガースで文字通りルスティロの腹部を蹴り上げた。
「――っ!!」
息が詰まる。浮いた体を、霞みそうになる意識で必死に持ち直し態勢を整える。
短く呼吸を繰り返し、最後に深呼吸を一度。
その間も攻撃を繰り出そうとするトトーだったが、それは後方からの零の弓が赦さない。
凍える様な怒りと、襲い来る熱。一条の光となった弓が、トトーの足を貫いた。
「…………」
赤い髪、赤い瞳。小さな鬼子の姿の零は何も言わない。今はまだなにも、トトーに言葉をかけることはない。
まだその時ではないし、今はルスティロの援護を続けることが自分の役目だと、しっかり理解しているからだ。
呼吸を整えたルスティロが、その背から深紅の尾を伸ばし、零の矢によって動きを止めていたトトーをその尾で縛り上げる。
ぐ、と。トトーの顔が歪む。
おもむろに口を開いたルスティロが、トトーへと語りかけ始めた。
「……君は、ハンターたちのことを『英雄のまがい物』だと言ったよね?」
ルスティロは忘れない。
トトーは教祖として彼らの前に立った時に、ハンターに対して酷く否定的な言葉ばかりを並べ立てていた。
「それが真実なら、僕らはここで負けてゴーレムに押しつぶされる運命なのかもしれない」
けれど。違う。
満身創痍になっている前衛メンバーや自分自身を含め、まだ誰も倒れていない。
「たとえ何体のゴーレムが相手でも、僕らは切り抜けるよ」
それは、希望ではない。
本心からの言葉だ。
「現にそこまでボロボロで、よく言うよ……!」
ぐ、っと。足に力を込めたトトーが、無理やりにルスティロの尾を叩き割る。
よろめいたルスティロへと肉薄し、再度腹部をレガースで蹴り上げようとするが、先と同じように光の矢が迸った。
零の的確な弓で、トトーの足は徐々に使い物にならなくなっていく。
「君の嘆きは仕方ないと思うんだけどね」
再度尾で拘束し、ルスティロは語る。
「でも僕は、君のしたことを赦せないな」
「それは、ヴェラちゃんの絵本のことかい?」
「そうだよ。物語を利用し、彼女の希望を踏みつけた。どんな理由であれ、その手段を認めるわけにはいかない」
今はここにいないヴェロニカが、一体どんな思いで絵本を描いてきたのか。
関わりが長く、また同じ物語を紡ぐものでもあるルスティロは知っている。
彼女の絵本は人を楽しませ、癒すだけではない。
恐らく彼女は絵本を通じて、自らの辛い過去すら乗り越えようとしているのだろう。
それを。この教団は。教祖は。トトーは。
人を傷つける道具に変えたのだ。
「この教団だってそうだ。君は信者の痛みを理解し、逸らすことは出来たんだろう」
でも、その先には希望があるのだろうか。
答えは――否だ。
ハンターを憎む人々が、次に敵に襲われたなら。
彼らを一体誰が守るというのだろう。
戦う術を持っているのは、唯一ハンターだというのに。
トトーはそれを取り上げてしまったのだ。憎しみという感情を悪戯に増幅させて。
「……さい」
トトーが低く唸るように呟く。
石像はあれきり動かない。足元から跳ね上がる石棘もない。
恐らくはコンダクターもノイジングも使えないほど、彼は今疲弊し、動揺している。
メンバーがゆっくりと警戒しつつ、トトーへと歩み寄っていく。
「君は自分の絶望に、嫉妬に、みんなを惹き込んだだけだ」
「……るさいっ」
次に言葉をかけたのは、オグマだ。
「考えをすぐに変えることは出来ないと思います。でも、トトーさんが困っているなら、何かを求めているなら……私は手伝いたいです」
差し伸べられた手を、トトーは決して見ようとしない。
「トトー。この先にあるのは、別の悲劇だよ。だから、ハンターを赦さなくていい。でも、終わらせようよ。こんな……」
「うるさい!!!」
文字通り。血を吐きながらトトーが叫ぶ。
力任せに尾を引きちぎり、なお血を吐きながら叫び続ける。
「なんで、今更! どうして、今になって!!!」
知っていた。
全て自分の逆恨みだと。
知っていた。
彼らの判断は間違ってなどいなかったと。
知っていた。それでも。
何かを憎まずには、いられなかった。
「それ、でもっ……!」
もう立つだけの気力もないはずだ。
それにも関わらず、トトーは血を吐きながら、もう一度石像を動かそうと息を吸い込んだ。
「ちぃっ! 誠一背中任せたぞ!」
「クィーロ!!」
スキルも使用しつつ全速力。飛ぶ矢のように勢いよくクィーロが飛び出す。
ノイジングが発動し彼を傷つけるが、それすら構わず一気に駆け込んだその先には――トトー。
「命を……無駄に使ってんじゃねぇ!!」
勢いをそのままに、トトーを背後の壁に縫い留めるようにして拘束する。
叫ばれたセリフは、一体誰に向かってのものだったのか。
眼前で死にかけている男になのか。それとも……かつての自分なのか。
駆け寄る仲間にノイジングが発動しないのは、恐らくもうトトー自身に、発動させるだけの力が残っていないから。
それは、つまり――。
「クィーロ……」
零の小さな呟きは、激昂している彼には届かない。
「ハンターが憎いなら簡単に命を捨てるな! 今お前が死んでも誰の心にも残らない!」
生きるためになら、自分が悪役にでもなんにでもなる。それで、彼が生きようとしてくれるのなら。
それが、今ここにいない彼女へと手を差し伸べた自分に出来る、最大限のことだと。
クィーロはそう信じているから。
「憎む相手が必要なら俺がなってやる。いつでも殺しに来い。だから……」
「知ってたさ……」
クィーロの言葉を遮って落とされた言葉。
壁に押し付けていた手が、思わず緩む。
言葉を遮ったのは、トトーだった。
伏せていた顔を上げた彼が浮かべていたのは。
諦めを帯びた、笑顔だった。
■serenade
もう動くことも難しいのだろうトトーが、広間の最奥の壁に背を預けて座り込んでいる。
そっとそこに歩み寄ったのは、とあるものを手にした誠一だった。
「この絵が何を意味するか。トトー。君なら分かるんじゃないか」
差し出されたのは、一枚の紙。――出発前にディーノから預かった、スケッチブックの一枚。
手が動かせないトトーがそれを広げることは出来ない。だからこそ、誠一は彼に見えるようにと広げてみせた。
「……あぁ、知ってるよ。僕が、教えたんだ」
描かれていたのは『青い鳥』。リアルブルーで有名な童話に出てくる、幸せを運ぶ鳥。
まだ平穏だったあの頃教会で、その話を聞かせたのはトトー自身だったのだ。
目を輝かせて話を聞いていた少女を、今でもちゃんと覚えている。
「でも、馬鹿だな……青い鳥は、一羽しか出てこなかったのに」
小さく笑うトトーへと、誠一はそっと口を開いた。
それは、確信に近い思い。
長い期間、ヴェロニカと接してきた彼だからこそ分かる、真実。
「ヴェラにとってトトー。君と妹さんは、青い鳥そのものだったんだろう」
一人ぼっち。友達と遊ぶことも出来ずに絵を描くことしか出来なかった少女。
そんな少女と同じ空間で過ごし、多くはなくとも言葉を交わしあった兄と妹。
きっと少女にとって彼らは、まさしく青い鳥だったのだろう。
誠一の後ろに控えていたユウや真も、こくりと頷いて見せる。それが正しいのだろうと、彼らも思ったのだ。
「は……ははっ……なんだ、それ……馬鹿だなぁ……」
トトーは笑う。呆れたように、悲し気に、でもどこか嬉しそうに。
「ヴェラの描く絵本がどうしてあんなにも優しいのか。どうしてみんなに愛されるのか。君には分からないか?」
幼い頃に雑魔によって足を傷つけられ、今も尚足は満足に動かない。
その数年後には雑魔の襲撃によって両親や村を滅ぼされた。
――目の前で、助けを乞うた人も、助けられなかった。
きっと彼女の中にもトトーと同じく、悲しみや憎しみ、嫉妬や劣等感があっただろう。
否、今でもあるのかもしれない。
「それでも、ヴェラは笑っている」
乗り越えるのにどれほどの時間と涙があったのだろう。
心優しい教え子兼友人の涙を、誠一は2度見ている。
きっと今も、一人で泣いているんだろう。そうどこか確信している。
後ろから心配そうに自分を見つめる零の視線を感じて、誠一は沈みそうになる心を叱咤する。
届けと。どうか、届けと。願いながら。
「……知ってたさ。ヴェラちゃんも、ハンターも、悪くなんかないんだって、ことくっ……ゲホッ!」
トトーが諦めたように言葉を紡いだ次の瞬間、彼は激しくせき込んだ。
「回復を試します」
レイレリアが手にしたポーションを使用しようとするが、彼はそれを首を振って拒否する。
「やめておきなよ……見られてる」
その言葉に、ユウと真が勢いよく振り返る。
大広間の入り口。先刻まで誰もいなかったそこに。
金の髪を揺らしながら嗤う、ビスクドールがいた。
「……僕の負けだ、エミーリオ」
「うん、ソウだね」
楽し気に嗤うエミーリオに、全員がきつく拳を握る。
後衛以外満身創痍。今ここでエミーリオから攻撃を受けたらひとたまりもない。
冷や汗が落ちる。
「負けた駒はもういらない、だろう……?十分楽しんだ、なら……こいつらは、帰してやれ……」
それは、もうトトーには彼らと戦う気がない。ということ。
それは、もうハンターに対して嫉妬をしていない、ということ。
それは――もう、嫉妬の歪虚、エミーリオが期待するゲームを、見せられないということ。
「フゥン……? でもサ! キミが死ぬくらいナラ、ボクは君をボクのオモチャにするのもいいかなって思ってルんだ!」
一瞬で、全員の頭に最悪の状況が展開された。
今、トトーは契約者だ。まだ、人間のままで、自分の感情を保てている。
エミーリオはトトーの死体を傀儡として使うと言っているのだ。
堕落者となる人間の末路は――。
唇を噛みしめ、眼鏡の奥、普段からは想像もつかない鋭利な視線をエミーリオへ向けていた誠一の服を。
そっと、誰かが引っ張った。
勢いよく視線を向けたその先には、薄く笑うトトー。
「……頼みが、ある」
言葉にされずとも、誠一にはそれがなんなのか理解した。理解してしまった。
己の爪が手のひらに食い込むほどに握りしめ、誠一はトトーを見つめる。
困ったように笑ったトトーが、次に視線を向けたのはクィーロだった。
「……なぁ……ありがとう、な……」
身を張って彼が止めてくれたからこそ。あんなにも激昂して語ってくれたからこそ。
自分はようやく、認めることが出来たのだ。解放されることが出来たのだ、と。
そして次は、ルスティロへ。
「……今更だろうけど……君には、負けたよ」
決して譲らぬ思いを抱くルスティロの言葉は、真実トトーの胸に響いた。
そっと歩み寄った零を見て、トトーは優しく微笑んだ。
「……寂しがりなんだ、彼女は……」
「知ってる、よ……? トトーの分まで、レイが、ヴェラの傍に、いる……から」
もう、自由になって、いいんだよ。と。
拙くも赦すような言葉を受け取って、トトーは微笑んだままゆっくりと目を閉じる。
動かぬ手に『青い鳥』を握らせて、誠一は深く深く、息を吐いた。
「悔やまないでくれ……僕にとって、これが、残された、最後の救い、なんだからさ」
トトーの言葉を耳に、そっと己の刀を振り上げる。
「ありがとう」
苦しむことのない様に。もう二度と、辛い目にあうことのない様に。歪虚の手に渡らぬように。
若草色に染まった刀を、弱く鼓動を打つ胸へと突き立てる。
毀れる柔らかな光と、穏やかな男の笑みと。
「―――を、よろしく……」
その言葉を残して、男の体は静かに崩れていく。
契約者として長く酷使してきた体は、もうその形を留める事も出来ないほどだったのだ。
そうして、ひとつの命が終った。
■lullaby
全員が振り返ったときには、もう嫉妬の歪虚エミーリオの姿はなかった。
恐らくはトトーがハンターによって斃されたのを見て、もう彼らに興味をなくしたのだろう。
嫉妬の歪虚は飽きやすい。まさしくエミーリオは、その典型的なタイプだったということだ。
刀を握り締めたまま、誠一はさっきまで男がいたはずの場所を見つめていた。
「……神代様。彼は言っていました。『悔やまないでくれ』と」
「トトーさんにとって、神代さんが行ったあの行動は、救いそのものだったんでしょう」
命を吸われ続ける契約者にとって、自らの意志で死を選ぶということがどれだけ幸いであるのだろう。
搾取され続けるのではなく、最後は己の望むように。
命は、救えなかったとしても。その心は、確かに救ったのだ。
そっと目を伏せた誠一の腰元で、みんなに同調するように白いレースのリボンが揺れる。
「……帰ろう、せんせい。みんな。ヴェラが、待ってる」
悼む心は常にここに。けれど、自分たちにはまだやるべきことがある。
そっと踵を返してメンバーたちが神殿から出ていく。
まるで黙とうするように動かない誠一の肩を軽く叩いて、クィーロは零を伴って先を行く。
「……忘れない。俺が覚えておくよ、この技と共に」
揺れるリボンをそっと撫でて、誠一は背を向ける。
外で待つ、みんなの元へ。そして、きっと家でひとり祈りつつ待っている、彼女の元へ。
ゆっくりと、しっかりと。一歩を踏み出した。
■march
教祖がいなくなったことで、教団は事実上解散となった。
別動隊のハンターたちに保護された信者たちは、最初こそ反抗的だったそうだが、次第に教祖の死亡と教祖が歪虚によって操られていたという事実を聞かされ、それぞれ色々な街へと去っていった。
そんな元信者たちの力に、出来るだけなりたいと。
以降ディーノは自ら志願して、彼らの生活のサポートを任務として請け負うこととなる。
夢を失った男の、悲しい鎮魂歌は、ここに終わりを迎えるのだった。
■nocturne and
ふと、何かを見つけた気がして、ヴェロニカ・フェッロは窓から空を見上げた。
日中は暑い日差しも、夕暮れになれば風によって涼しくなる。
「きゃっ……!」
一瞬。強く吹き込んだ風に、机の上に置かれたスケッチブックが音を立てて落下した。
庭の小さなハーブ園からは、青いフラックスの花が2輪、まるで鳥が舞うように空へと舞いあがっていく。
それはまるで、幸せを運ぶ青い――。
空に消えていく青を見送りながら微笑んで、彼女は静かに、涙を零した。
・
・
・
・
・
・
「アーァ。まぁまぁ楽しカッタけど、まだまだダナァ」
金糸の歪虚は嗤う。
その手元には、いつの間に拾い上げたのだろう、一枚の紙。
二羽の青い鳥が仲睦まじく飛んでいる、その絵を見て、彼女(正確には彼だが)は嗤った。
「デモ。次はもっと楽しそうなモノ見つけたし、ま、いっか!」
さらさらの飴色は舐めたら胸やけしそうに甘ったるいだろうし、まあるい空色はきっと笑い転げたくなるほど塩っ辛いだろう。
「楽しみハ、まだまだこれからだよネ!」
けたたましく笑いながら絵に口づけを落とし、嫉妬の歪虚は踊るように闇へと姿を消していく。
一つの幕は下りた。
――しかし、この奏でられた物語は、序章でしかないのかもしれない。
END
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/08/16 23:09:45 |
|
![]() |
相談卓 神代 誠一(ka2086) 人間(リアルブルー)|32才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/08/21 18:33:58 |