――悪いけど、僕の研究の為に死んでくれるかな？

「……まったく勝手を言ってくれる」
　コーリアスの言葉を思い出し、ため息をついたアレクサンドル・バーンズ（kz0122）。
　あの日と変わらぬ空を見上げる。

　――あの事件から三十数年。
　人間として生きていたらもう老境に差し掛かる頃だ。
　――確かに、大分長生きをしたのかもしれない。
　正直疲れた、と思う時もある。
　それでも、まだ、俺は――。

「マスター。どこかお加減でも悪いのですか？」
　アレクサンドルの思考を中断したのは女性の声。女性型のゴーレム……マティリアがその顔を覗き込む。
「いや、具合が悪いのはお前の方だろう。悪いな。本調子じゃないのに来てもらって」
「いいえ。マスターをお守りするのが私の使命ですから」
　きっぱりと断じるマティリア。その身体は、ところどころ傷みが見える。
　以前より、彼女の修復をコーリアスに依頼していたのだが……何か思う所があったのか。それとも別のものに夢中になっていたのか……数か月待たされた現在、マティリアの身体は治らないままだ。
「……いいか、マティリア。今回は陽動。コーリアスの目的を果たすまでの時間稼ぎだ。くれぐれも無理をするな。もしハンターと遭遇しても、適当なところで撤退しろ」
「イエス、マスター。仰せのままに」
　アレクサンドルの言葉に頷くマティリア。
　２人の目前には、チュプ大神殿の入口があった。


「全く。ヴェルナーも人使いが荒いねえ。こんな老いぼれを呼びつけるなんてさ」
「まあまあ、遺跡に書かれていた古代文字が誰も読めなかったそうですから……大巫女様なら解析できるかと思われたのかもしれないですよ」
　ボヤくディエナ（kz0219）をまあまあ、と宥めるハンター。
　ハンター達はノアーラ・クンタウの管理者であるヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)の依頼を受け、チュプ大神殿の内部へ調査へと向かっていた。
　……まあ、トーチカ達が遺跡周辺で騒ぎを起こしていたけれど。あいつらは歪虚屈指の低知能だし。
　イクタサから警告があった以上、早めに解析を進めたい……というヴェルナーの意向があったのだ。
　だが、困ったことに相手は失われた古代文明。
　書かれた文字が分かる者はノアーラ・クンタウにはいなかった。辛うじて部族の中で語り継がれた文字を判別できる者もいるようだが、対応できる人数は少ない。
　そこで辺境部族に精通し、巫女として長い活動実績のある大巫女であれば読める文字があるのではないか……と白斑の矢が立ったという訳だ。
　そしてこの遺跡は今、歪虚達が狙っている。
　万が一のことがあってはいけないと、ハンター達に大巫女の護衛を依頼して……今のこの状況がある。
「とりあえず解析すべきは祭壇って言ってたか？　場所、分かるか？」
「はい。ヴェルナーさんから貰った地図に書いてありますよ」
　状況を確認しながら地下道を進むハンター達。遺跡の入口が見えてきたところで……人影がいることに気付いた。
「やあ。ハンター諸君。久しぶりだなあ」
「……！？　お前はアレクサンドル……！」
「悪いが、ここを通す訳にはいかない。おっさんも面倒なことは嫌いなんでね。大人しく引き返して貰えないかな」
「……それは出来ない、と言ったら？」
「マスター。お下がりください。ハンターを排除します」
　ハンターの声に臨戦態勢になる機動歪虚。
　――突如として動き出した『天命輪転』アレクサンドルと『機動砲兵』マティリア。
　相手の目的も分からぬまま。戦いが始まる。

　ハンター達の前に立ちはだかる女性型のゴーレム。その奥に立つ痩身の金髪の男。
　その姿をまじまじと見つめてアルマ・A・エインズワース(ka4901)はああ……とため息をついた。
「……アレックスさん。マチリアさん」
　――ずっとずっと、会いたいと思っていた人の名を呼ぶと……マティリアはあからさまに警戒したが、アレクサンドルの表情は変わらなかった。
「下がりなさい、ハンター。貴方はマスターにとって害悪です」
「いや、いい。マティリア。話くらい聞いてやれ」
「……Yes。マスター」
「そんなこと言って大丈夫？　……久しぶりだね、先生。なにか、没頭するようなことでもあった？」
「坊やか。そうだな……。そうだったら良かったんだが」
　声をかける十色 エニア(ka0370)に怪訝な目線を向けるマティリア。アレクサンドルは彼の言葉に肩を竦めて……アルマはそんな２人に勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい！」
「……何だ？　やぶからぼうに」
「大事な子に酷いのされたら、僕もやです……だからごめんなさいしたかったのに、お二人ともずっといないから、僕……」
　深い青の目に涙を浮かべるアルマ。
　会ったら言おうと思っていたことが沢山あった筈なのに。
　２人を目の前にしたら上手く言葉にならない。
　それでも、言わなきゃ。
　この人に伝えなきゃ――。
「……もう会えないんじゃないかって、思ってぇ……。本当にごめんなさい……。僕……」
「口だけの謝罪は如何様にもできる。……だが、それが何になる？」
「……！　僕、口だけのつもりはないです！　出来ることならします！」
「じゃあ死んで詫びろと言ったら死ぬのかお前さんは。出来ないだろう？」
「……それは。アレックスさんとお友達になれないので困るです。腕はもうあげちゃったので……片足ならあげます」
「そんなモノ要らんよ。詫びられたところでどうなる。過去の事実は消すことはできない。お前さんにも、おっさんにも。誰にもな」
「それは……リリカさんのことを言ってるです？」
　アルマの問いかけに無言を返すアレクサンドル。
　――30年前のあの事件も。
　アレクサンドルが歪虚になった事実も、消せない。
　続く沈黙。それを打ち破ったのはエニアの声だった。
「お話は済んだのかな。あのね、先生。お願いがあるんだけど……戦場をちょっとズラして貰えない？」
「……一応理由を聞こうか」
「神殿が傷つくのは嫌なんだけど。先生たちは気にしないの？」
「おっさんは頼まれただけだからなあ。別にここがどうなろうが気にならんよ」
「此の地は我が友の故郷。そして愛しき龍と幻獣達の墓標じゃ。穢されとうない」
「ここは、お友達の大事な場所で……壊したら、お友達きっと悲しむです。だから、お願いします」
「……そうか。譲れないモノ、ということだな。お前さん達と戦うのは正直面倒なんだが……」
「あら。面倒なら帰ったら？　今なら見逃してあげるわよ」
　煙管を燻らせながら言う蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)とぺこりと頭を下げるアルマを一瞥するアレクサンドル。強気に言い返した七夜・真夕(ka3977)に、金髪の歪虚はくつりと笑う。
「威勢のいいお嬢さんだな。……残念ながらおっさんにも譲れない事情があってね。お帰り戴けないなら応戦するまでだ。……そこのお嬢さんも妙なことをするなら遺跡を破壊するぞ」
「……交渉決裂ですか。残念です」
　淡々と言う花厳　刹那(ka3984)。マテリアルで自らの気配を消していたのだが、早々にバレてしまったか……。
　奇襲が成功すれば御の字だったのだが。まあ、この展開は予測出来ていたので驚きはない。
　向こうがその気なら、こちらも粛々と『弱点』を狙うまでだ――。
「……零次！」
「任せろ！！」
　真夕の声に合わせて動き出した輝羽・零次(ka5974)。刹那、彼を包む緑に輝く風。
　踏み込み、一気に距離を詰めて狙うはアレクサンドル――！
　その蹴りは男に届く前。マティリアの腕に弾かれる。
「……っ！　硬いな、お前……！」
「マスターに手出しはさせません……！」
「終息する祈り。穿つは我が怨敵……」
「――Stop」
　蜜鈴が発した氷の矢をピタリと止めて落としたアレクサンドル。そのすぐ後ろから、刹那が影のように現れる――！
「まだまだ、これからが本番ですよ……！」
「至近距離で避けられる……？」
「ねぇ、アレックスさん。僕、強くなりましたよ……！」
「――ッ！！！」
　舌打ちと共に刹那の刃を受け止める男。続いたエニアの水球とアルマの光線は流石に避け切れないと悟ったか。マティリアがその身を挺してそれらを受け止める。
「マスター……！」
「ああ、分かってる」
　――自分が重点的に狙われていることに、アレクサンドルはすぐに気づいた。
　そして、そうすることによってマティリアの動きを制限しようとしていることにも。
「まあいい。勤めを果たせばあいつも文句はあるまいよ……！」


「……ディエナ殿。このような荒事に巻き込み申し訳ないのう。大切な御身を傷つける訳にもいかぬ。少々長引きそう故、下がっていて戴けるじゃろうか」
「なーに。こう見えても修羅場は潜り抜けて来てるからね。あたしのことは心配するんじゃないよ」
　大巫女の力強い声に敵を見据えたまま頷く蜜鈴。
　――アレクサンドルを狙うハンターと、彼を守るべく跳躍を繰り返すマティリアの戦いは均衡を保っていた。
　白衣の歪虚は遺跡で背中を庇うように立ち振る舞っている……いわば、ような遺跡を『人質』にとっているようなもの。
　遺跡を傷つけたくないハンター達は、どうしても攻めきれないという状況だった。
「流石先生。遺跡を盾にするなんてあくどいなー」
「ちょっと！　卑怯じゃないの！！　少しは前に出てきたらどうなの！！？」
「おっさんを狙って、マティリアを消耗させようって腹積もりのお前さん達に言われたくはないな」
「有効な手段を採ってるだけです！　べ、別に悪党じゃないんだから！！」
　言いつつ、距離を詰めるエニアにプンスコ怒る真夕。
　アレクサンドルの指摘に、刹那が頬を染める。
　マティリアはハンター達の多角的な攻撃に対応するため、ずっとバイク形態を取っている。
　彼女の超破壊力の砲をこんな狭い場所で放たれた日には遺跡への被害は免れない。
　砲を封じる結果に繋がっているのは幸いと言えるかもしれない。
「もう、お仕置きしてやるんだから……！」
　キッと歪虚達を睨む真夕。
　……強敵を前に、正直余裕はない。
　でも、私だってあの四霊剣と対峙して来たんだもの。
　大丈夫。出来る。よく見ろ、私。あいつらは一体何を見て、何を感じている……？
　前を見据える彼女。きびきびとした動きで迫力のある歌とステップで仲間を鼓舞する。
「蜜鈴さん。マティリアの機動力が高くてどこに行くか読みにくい。氷の矢は事故が起きるかも」
「うむ。妾もそう思っておったところじゃ。とっておきの雷撃を浴びせてやろうぞ。任せておくが良い」
　エニアの言葉に薄く笑う蜜鈴。続く詠唱。同時に2本の雷撃が真っ直ぐ伸びて――。
　静かなアレクサンドルの声。それに答えるかのように、土塊が動き出し……壁を作って雷撃を防ぐ。
「まだまだァ！！」
　そこに飛び込んできた零次。彼の拳は再びマティリアの腕で弾かれる。
　……後ろの白衣の男にこそ届いてはいないが、この機械人形にはダメージが行っているはずだ。
　アレクサンドルはと言えば、技を駆使してこちらの攻撃を無効化するだけで、積極的に攻撃に転じて来ない。
　――一体何が狙いだ？
　自分の身が大事なのであればそもそも出て来なければいい。
　そして本人はこの遺跡を『どうでもいい』と言った。
　ならば目的は別にある筈――。
　足止め、か？
　こうしている間に、何かを進めている……？
「……エニア」
「何？　どうしたの零次さん」
「こいつら、多分囮だ。遺跡の中で何かやらかそうとしてる奴が別にいるかもしれない」
「……ふーん。そっか。そうかもね。だったら先生のこの対応も納得が行くわ」
　零次の言葉に、頷くエニア。大鎌を握る手に力が入る。
　――そういうことなのであればなおのこと、早くお帰り戴かないと……！
　全てを包むような青い炎を放射したアルマ。アレクサンドルはそれを作り出した土壁で防いで……その戦い方に違和感を感じて、アルマは首を傾げる。
「ねえ、アレックスさん、変です。戦い方変えたです……？」
「なに。基本に立ち戻ったまでさ」
「嘘です。僕、アレックスさんを見て来たから知ってます。貴方は『こういう』戦い方はしないです」
「お前さんにおっさんの何が分かる」
「お前さんじゃないです。アルマです」
「興味はない、な……！」
　アレクサンドルのメスを義手で受け止めたアルマ。ふう、と息を整えて彼を見つめる。
「質問に質問で返すのはお行儀悪いですけど……どうしてアレックスさんはお友達と一緒に、僕らの大事な物を壊そうとするです？　大事な物を奪われる辛さを知っているのに。奪われる事に抵抗するのは、悪い事ですか？」
「知っているからこそ譲れないものもある。勿論抵抗するのも自由だ。嫌なら守ってみせるといい。それこそ死ぬ気でな」
「……僕、アレックスさんを理解したいのに。分からないです」
「そもそも分かり合おうと思うことが間違いだ。俺がお前さんを理解できんように、お前さんが俺を理解することはない」
「アレックスさんっ……！」
　もっと早くに出会えていたのなら、違った道があったのかもしれない。
　だが、全てが遅すぎた――。
「アルマさん！　下がって！！　――破邪剣征！！」
「轟く雷。来たりて穿て。――一条の光。一閃の想い。彼の者を貫け」
「――Wake up」
　聞こえた真夕の叫び。同時に放たれる蜜鈴の雷撃。
　カウンターマジックは効かなかったのか。土壁は現れたが……それを雷撃が貫く。
「いっけえええええ！！」
「ほらほら！　腕がお留守ですよ！」
「そろそろ沈め……！！」
　そこに追い打ちのように畳み込まれるエニアと刹那、零次の攻撃。
　マティリアが真っ直ぐに突っ込んで主とハンターの間に割り込み……全ての攻撃をまともに食らった彼女の身体からミシミシと変な音が聞こえた。
「ぐ、ああああぁ……！　よくも……！　よくも……！！」
　ボタボタと体液のようなものを身体から零すマティリア。その腕は斬られ、ひしゃげて変な方向に曲がっている。
「……ッ！　ダメ！」
　マティリアが全速力で飛び出したのと真夕の声はほぼ同時。
　怒りに任せて滅茶苦茶に動いた機械人形。目の前にいた刹那と零次をなぎ払い、一瞬で引きずり倒した。
「マティリア、止せ！　それ以上動くな！」
「マスター……しかし！　この人間は何度もマスターを狙ってます。ここで殺しておくべきです」
「今回はそこまでしないでいいと言ったはずだ」
「……私はマスターの盾であり剣です。貴方が戦い続ける限り、私は戦います」
「分かった。もういい。十分だ。撤退する」
「――Yes。マスター」
「……帰るというのであれば深追いはしないよ、先生。……ちょっとはわたしも強くなったでしょう？」
「坊やが生意気を言うようになったものだな。お前さん達はおっさんの大事なものを傷つけた。……次は『本気』で行くぞ」
　口は微笑みを作っているが、目は笑っていないエニア。
　アレクサンドルはハンター達を一瞥すると、マティリアを支えて去って行った。


「お前達、しっかりおし。今手当てしてやるからね」
「すみません大巫女様。ありがとうございます」
「イテテテ！　婆さんもうちょっと優しくやってくれ」
「男が情けない声上げるんじゃないよ！」
　深手を負った刹那と零次に声をかける大巫女。
　２人を助け起こすと、手慣れた様子で手当てを始める。
「……マティリア、何か動きがおかしかった」
「そう言われてみればそうね。何だか精彩を欠いていたような気がする……。でも、アレクサンドルが何かを命じてたようには見えなかったよね」
「ふむ。そうじゃな。何やら変調を来しておるのやもしれぬ……む？　入口が傷だらけではないか……！　おのれマティリア、我が龍の墓標で好き勝手暴れよってからに……！」
　ぽつりと呟いたエニアに頷く真夕。蜜鈴の怒りの声が響く。
　そんな仲間達の声を聴きながら、アルマは唇を噛む。
　マティリアが破壊されるようなことがあれば、今度こそあの人は手の届かない遠くに行ってしまう気がする。
　それでも……相手は歪虚だ。
「――戦うしか、道はないよ」
　エニアの諭すような呟き。
　そう。そうなのだ。分かっている。分かっているけど。でも……。
「アレックスさん。マチリアさん……」
　苦悩の滲む声。
　アレクサンドルの怒りに燃えた青い瞳が、脳裏から離れなかった。


　歪虚達は去り、遺跡は静けさを取り戻した。
　遺跡はマティリアが暴れた為、入口に傷がついたが……それ以外の損傷らしい損傷は見られなかった。
　深手を負ったマティリア。そして去って行ったアレクサンドル――。

　――お前さん達はおっさんの大事なものを傷つけた。……次は『本気』で行くぞ。

　この言葉の意味を、ハンター達は身をもって知ることとなる。