• 黒祀

【黒祀】魂の在り処を探して

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/11/09 22:00
完成日
2014/11/17 01:44

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 朝から晩までどんちゃん騒ぎ。酒を飲み、肉を食い、時に暴れ、時に壊し、疲れたら眠る。祭りの最中の同盟領ならいざ知らず、ここは歪虚の侵略に立ち向かう王国の最前線だ。騎士ブライアンは目の前に広がる光景を受け入れることができなかった。
 酒場で大騒ぎするこの集団は、団長の名を冠してヴァルト傭兵団と名乗っていた。覚醒者を含み総勢50名を越える彼らは戦う事にかけては一流の集団で、同じ数の従騎士とも渡り合うだろう。それ率いる団長のヴァルトは見上げるほどの巨漢で、彼自身も恐ろしい強さの覚醒者だった。しかしその反面、規律はみての通り。この状況下で平然と大騒ぎができるような連中だ。若いブライアンは彼らとの接触を極力控えてきた、しかし、戦況がそれを許さなくなっていた。
「騎士ブライアンだ。団長のヴァルト殿にお目通り願いたい」
「おめどおり? ……おーい、団長に客だぜ!」
 扉の近くで飲んでいた髭面の男は酒臭い息をはきながら奥へ叫ぶ。団長の名前がでたせいか、道をふさいでいた男達は慌てて横へと逃げていく。ヴァルトは中央のテーブルに足を乗せ、長椅子に背を預け我が家のようにくつろいでいた。その両隣には腹心と言える2人の部下が居る。右に座るのはイーヴァリ。隊の金銭を扱っている男で、金の絡む話はほとんど彼が取り仕切っていた。左に座るのはリンネア。上から下まで余すところなく筋肉が盛り上がっている赤毛の大女だ。
「何の用だ?」
 めんどくさそうに酒を呷るだけのヴァルトに、ブライアンは今のこの町、この王国の現状を包み隠さず話した。度重なる戦闘で兵は半数に減り、町を守るので精一杯。期待していた王国の援軍は到着の目処が立たず。避難民の数は日増しに増え、偵察どころか十分な歩哨を立てることもままならない。兵士の疲労はたまり、街は危機的な状況になりつつあった。
「そこで、ヴァルド傭兵団には我が領主の指揮下に入っていただきたい。今は随時の契約でどこに行くのも自由だが、それでは貴殿らを当てにすることができん。これが、新しい契約書だ」
 ブライアンが取り出したそれを、イーヴァリはしげしげと眺めた。
「期間は2ヶ月。更新は都度相談。報酬はこれまでの倍額。ならびに……ほう。大将、どうします? この街で仕事するならやる事に大して差はない。条件は破格だ。悪い話じゃねえ」
「イーヴァリがそう言うなら良いんじゃねえか? 酒と肉がたらふく食えるならあたしはかまわねえよ」
 返事をしたのはリンネアだった。呷ったエールがこぼれて口の端についている。
「……酒と肉は構わんが、勝手に金を持ち出して男を買うのはほどほどにしろ」
「あん? ほどほどなら良いのかよ」
「給料を何に使うかまでは聞かん。小遣い制にしてやろうか?」
「ハッハッハ! 金の計算なんかしたくねえからな、よろしくたのむぜ!」
 ガハハハと大口をあけて大笑いするリンネア。冗談のつもりが仕事が増えてしまって苦い顔をするイーヴァリ。傭兵団の長ヴァルトは黙ってその様子を眺めていた。まるで聞いているような素振りが無い。話そっちのけで机の上に酒が無いか探し、どれも飲み干してしまったと見ると近くの給仕を呼びつけた。
「姉ちゃん、酒もってきて。ワインの赤いほう」
「は、はい! かしこまりました!」
「ヴァルト殿、返事をいただけないでしょうか?」
「あー?」
 心底めんどくさそうにヴァルトが返事をする。はいともいいえとも言わぬまま、ぼんやりした顔でブライアンを見返すだけだった。返事がないまま、給仕の娘がワインをもって戻ってくる。
「どうぞ、ご注文のワインです」
「悪いね。それと姉ちゃん、肉もってきて。さっきのスパイスが効いたやつ」
「ヴァルト殿!」
「うっせえな。俺はそんなしょうもない話なんかしたくねえんだ」
「なっ!?」
 しょうもない。くだらないと言いきった事でブライアンの頭に血が上る。多くの人が殺され、生き残った者も明日をも知れぬ苦しみを抱えているというのに。この男はそれをくだらないと言いきるのか。反射的に胸倉につかみかかりそうになるところを、すんでのところで従騎士達が押さえつける。その様子を何をするでもなく変わらずヴァルトは眺めていた。出てきた骨付き肉に遠慮なく齧り付き、一口目を咀嚼し終わって初めて口を開いた。
「もっかい言うぜ。お前らが明日死のうが来年死のうが俺の知ったこっちゃねえ。仕事は請けたい時に請ける。とっと帰りな」
「だから、それを曲げる分だけ報酬は十分に出すと申し上げているではないか」
「わかんねえやつだな。金に困っちゃいねえんだよ」
「じゃあ、どうすれば良いのだ!?」
 ブライアンは机に拳を振り下ろす。彼の目の下には隈が出来ていた。前線の兵士と同じく、彼自身も不眠不休働いている証左だった。
「……わかったよ。サービスだ。一つだけ質問に答えてくれや」
 ヴァルドが姿勢をただし、机の上に身を乗り出す。
「なあ騎士様よ。本当の戦士ってのは、何だ?」
「…な、何? 本当の…?」
「本当の騎士でも、本当の覚醒者でも何でもいい。戦場に出る人間になら、【本当】って言葉の意味がわかるはずだ」
 虚を突かれた。煙に巻こうとしているのかとも思ったがそうでもない。ヴァルトの目も言葉も、本気だった。本気の質問だ。騎士として今まで学んだことを試されている。
「てめえはイスルダ島の戦いに居たんだろう? じゃあ、お前にもわかるはずだ。その一端ぐらいはな」
 しかしブライアンは、その質問に答えられなかった。死なない事か、それとも死んでも目的を遂げる事か。前者は死者を、後者を生者を愚弄する事になる。戦場に生きる者に共通の答えなどあるのだろうか。
「何も答えられねえか。じゃあ帰りな」
 ヴァルトはまた椅子に身体を預け、足を机の上に乗せる。
「てめえらケツの青いガキに有り難がって貰う為に闘ってるんじゃねえんだ。俺は俺の納得する事しかしねえ」
 再び肉にかぶりつき始めるヴォルトに、ブライアンは何も言うことができなかった。


 ハンター達はその様子の一部始終を酒場の外から見ていた。
 ブライアンは力なくうなだれている。君達の視線に気が付くと、ブライアンは弱々しく笑みを浮かべた。
「……私には、今この町に集まる民を守る使命がある。彼を説得できれば、もっと多くの村を救えるのだが……」
 彼は真摯だったが、生真面目にすぎた。清濁全てを飲み込むには若すぎるのだろう。
「なあ、もし迷惑でないなら、君達からも言ってくれないか。覚醒者同士なら、気心も知れていよう。出来る範囲で良い。彼らがこの災厄との戦いの一翼を担うよう、説き伏せては貰えないだろうか?」
 ハンター達はしばし考え込み、この申し出を受けた。戦闘が起きないうちはハンターがすべきことはない。偏屈な野蛮人をどう説得するか、時間を潰すには良い題材だろうと思えた。

リプレイ本文

 ハンターに任せた事は半ば気まぐれでもあった。ブライアンも深く考えてのことではない。しかしその結果、酒場は更に大きな喧騒に包まれることになった。
「野郎ども! こいつはこっちの姉ちゃん達からの差し入れだ! じゃんじゃんやってくれ!」
「おおーー!」
「………」
 ヴァルトの陽気な声を聞いて、八原 篝(ka3104)は途方に暮れた。彼女は持ち前の率直さで自分の素性や目的を証し、手土産を差し出したのだが、どうも前半部分の『説得しにきた』という部分が届いてない。
「ミルクも頼めばあるらしいぞ。さあ座れ座れ!」
「ヴァルト団長、さっきの話は」
「あとで聞いてやるとも。まずは飯だろ」
 ヴァルトは話題を逸らしつつ、機嫌良く土産のウィスキーをラッパ飲みしている。横では一緒に来たはずのルトガー・レイヴンルフト(ka1847)が、既にちゃっかりと酒を飲み始めていた。篝は仕方なく食事と飲み物を頼みつつ席につく。
 こうなれば、まずは場を作ることが先決だ。アナベル・ラヴィラヴィ(ka2369)は待ってましたとばかりにテーブルの上に陣取った。
『この度はようこそお出でくださいました!。このアナベル・ラヴィラヴィの演奏をどうぞお聴きくださりやがれ!』
「良いぞ、エルフの嬢ちゃん! どんどんやってくれ」
 アナベルは喧騒を更にわかせるようなアップテンポの曲を演奏し始める。音楽はそれだけで贅沢なものだ。傭兵達の中からも楽器を使えるものが飛び出し、即興で彼女の演奏に追随した。野卑な喧騒が徐々に祭りのような賑やかさに変わっていく。
 ダラントスカスティーヤ(ka0928)とオウカ・レンヴォルト(ka0301)は、その様子を遠巻きに見つめていた。
「2人して壁の花か?」
 難しい顔の2人に話しかけた物好きはイーヴァリであった。手に杯はもっているが酔っているような気配はない。
「……団長はなぜ、あんな気まぐれを?」
「いつものことだ。楽しく戦争できないと思えばこんなもんだぜ」
「……そうか」
「あんたらやあの騎士様と一緒に戦争するのが楽しいと思えば、団長は勝手に動くさ」
 楽しいか楽しくないか。理由が感情ならば、正論や道徳で説得できる相手ではない。ダランは腕を組み唸る。そう難しい話でないのはわかったが、生憎楽しく騒ぐというのは苦手だ。
「そう思ってもらうのは難しそうだな。……腕っ節の強い奴なら、団長や副長は気に入ってくれるか?」
「……何を考えてるのか知らんが、喧嘩と決闘は洒落にならないからやめてくれ」
 イーヴァリの視線が険しくなる。それは怒っているというよりは、本当に困っている表情だ。
「こいつらに手加減や落としどころなんて言葉はねえからな。死人が出る」
「……覚えておこう」
「……それに、それで団長の気を引くには最低でも団長と引き分けねえとな」
 イーヴァリはダランの肩を叩き、別の席へ回っていく。こうして普段から団員が揉めないように気を遣っているのだろう。
 ダランは黙って見送り、隣のオウカを見た。彼は会話中、ずっと喧騒の中心を眺めて無言のままだった。
「本物、か」
 オウカが思い出していたのは、祖父の言葉であった。
(他人に見えなかろうが、変人と笑われようが、それで大好きなもんが守れて、皆が平和に過ごせるんだ。安いもんだろ?)
 常々、彼の祖父はそう言っていた。そして有言実行の士でもあった。外では腰の低い祖父の姿は、オウカにとっての理想だった。
「答えが見つかったか?」
「これで正しいかはわからんが、俺なりの答えなら見つけた」
 オウカはダランに杯を渡すと、一人酒場を後にした。杯は乾いた空のまま。それだけこの問いが、彼にとって重かったのだろう。ダランはオウカの背中を見送り、再び喧騒の最中に視線を戻した。
 中央では宴もたけなわ。ごろつきに混じって酒を飲んでいたエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は、本題を切り出した。見たところ、彼らにとっては酒も女も戦いも同じ。団長の意思さえ変えれば良い。
『飲み比べの勝負を申し込むわ。勝ったら団長の説得に協力して』
 エヴァは年嵩の酒が強そうな男にそう書いたメモを渡した。男はそれを読むなり、朗らかに笑い出した。
「ははっ、無理無理。ヘソ曲げた団長が話聞くはずねえな!」
 要項が書かれた紙を回し読みして、でかいおっさんどもが揃いも揃って良い笑顔で全否定である。
「俺も戦争は好きだが、こいつは結構無理な注文だぜ。嬢ちゃんそれに見合う掛け金は出せるのか?」
 エヴァは黙って財布を机に叩きつけた。普段は全額入れているわけではないが、今日の為に中には金貨がつめてあった。額にして10万G。危険が常のハンターには平均的な報酬程度だが、そうでないものにはかなりの金額だ。
 エヴァは息を呑む男から紙を奪い取り、続きを書きなぐる。
『あと10倍出せるわ。負けたらこの有り金全部』と、ここで少し迷い、『おまけでベッドでのお相手もするわ』と記した。
 エヴァはその紙が再び回覧される横で、普段やらない仕草で精一杯科を作る。
 が、頑張りにたいしてまたしてもおっさん達は冷たかった。
「……いや、ガキはちょっと……」
 ギッと声のしたほうを睨みつける。『誰よ今、ガキって言ったやつ!』と書きはしなかったが、その眼力だけで言いたいことは伝わったらしい。言ったと思しき一人と同じ事を考えたらしい数人が、さっと目を逸らす。
 ただ好みは人それぞれである。後ろにいた一層髭面でドワーフに近い見かけの中年が前に出た。
「なら、俺が嬢ちゃんを丸裸にしてやるぜ」
「おいこらロリコン野郎! お前にプライドはないのか!?」
「がっはっは! あるわけねえだろ。俺はチビで胸の平らな女が好きでな」
 ぶん殴りたい気持ちを我慢して、エヴァは大きな器にメモを添えて渡した。
『この杯で勝負しましょ』
 持ち出したのは料理をとりわける深皿。豪儀な勝負が始まり、周囲は更に盛り上がる。
 しかしエヴァは無策ではなく、ピュアウォーターの術でアルコールを消すといういかさまを準備していた。杯は陶器製で酒の色が変わってもばれない。そして、ギャラリーである男共はというと。
「嬢ちゃんやるじゃねえか!」
「ヤーコブ、負けてんじゃねえよ! おまえに賭けてんだぞ!」
「う…うるせー……こ……これぐらい……」
 エヴァと対照的に息も絶え絶えのおっさん。哀れ、能天気で学のない連中は誰も気づいていなかった。その熱気に当てられ、リンネアがヤーコブを蹴倒してエヴァの前に陣取った。
「お前はそこで寝てろ! いいぜ嬢ちゃん、あたいが相手だ!」
「ひゅーっ! 姐さん格好良い! そんじゃあこの杯でまず10杯っす!」
 勝負はここから。ピュアウォーターを使う為の魔力は残り半分以下になっている。残り半分でこの女傑を倒せるかどうか。この盛り上がりようだ、勝ちさえすれば無茶も聞いてくれるだろう。エヴァはリンネアが倒れることを祈りながら、魔力を使いつつ次の杯を開けた。



 一方、ヴァルトの方はというと、相も変わらず馬鹿騒ぎが続いていた。ルトガーや篝に加え、レホス・エテルノ・リベルター(ka0498)とメリエ・フリョーシカ(ka1991)もその騒ぎに混じっている。特にメリエのほうは笑い方と言い食べっぷりと言い、数年来この団にいるかのような馴染みぶりだ。副長達が離れたため、自然とハンター達が団長の周りに集まる形になった。レホスやメリエは比較的小柄ではあるが、ヴァルトと比べると子供のようにすら見えた。ヴァルトはアナベル相手に無様なステップをする部下を囃し立てていたが、笑いすぎて喉が痛くなったのか急に静かになって酒を飲み始める。
「ふーっ。腹がよじれるぜ」
「ねえ、団長さん」
 そこにすかさずレホスが話しかける。そろそろ本題の切り出しても良い頃合だ。
「んあ?」
「条件は悪くないのにどうして断ったんです?」
「そうですよ。直々に御指名なんて、結構な事だと思いますけど?」
「さっきの話が気に入らなかったとか?」
 返事が遅いヴァルトにレホスとメリエが代わる代わる質問を投げかける。
「あー……そうだな。よっこらしょ」
 ヴァルトは身体を持ち上げた。それだけでも周りの人間が小さくなったかのように錯覚した。
「【本当の戦士】の話か。お前らはどう思うよ?」
 ヴァルトは聞きながらレホスに視線を向ける。
 レホスは腕を組んで俯き、一つの答えを出した。
「それは「勝てる人」のことじゃないかな。ボクが思う勝ちは「戦いを生き抜くこと」」
 レホス自身はどちらかと言えば献身的な性格だ。仲間を見捨てることが出来ない性格で、口にした理想とは矛盾してしまう。
 だからこそ、届かない分だけそれは彼女の理想足りえた。
「なるほどな。お前さんは?」
「私が思うのは……本当という事は【揺ぎ無い】という事だと思います」
 メリエが思い描いたのは、強壮な父の姿だった。彼女の父は良く『本気に命賭けられないのなら、それは本気じゃねぇ』と伝えていた。本当の、と聞いた彼女はまず最初に父のその言葉を思い出していた。そして、彼女にとって本当と言えば、一つしかない。
「私の帝国への忠誠は本気です。それは揺ぎ無いもの。つまり、本当の、って事じゃないですかね?」
「ふーん……。ま、聞いといてなんだが答えなんざ何だって良かったんだ」
「えー!」
「これは要するに、嬢ちゃんの目指したいものだったり、理想だったりするわけだろ」
「じゃあ、団長さんの【本当】って何ですか? 答えてくださいよ!」
 メリエは顔を膨らませる。一方的に喋った分、羞恥で顔が真っ赤になる。
「俺か? 俺もわかんねえよ」
 ヴァルトの声のトーンから、先程までの底抜けの明るさが消えていた。
「わかんねえが、こいつが【本当の戦士】って思えるやつは居た。俺が唯一尊敬する男だ。俺はそいつみたいになりたかったが……、そいつはイスルダ島の戦いで死んじまった」
「なるほど、それで物足りない……か?」
 それまで黙っていたルトガーはようやく口を開いた。ヴァルトは少し驚いたような顔をして、ルトガーの杯に酒を注ぎ足した。
「すまんね。……つまるところお前さんはその理想のようになりたかったが、何を挑戦しても上手く行き過ぎる。上手く行くから目標に近づいてる実感が掴めない。そして、すべきことを見失った」
「そうだ。戦争なら幾らでも上手くやれる。だがどこまで強くなっても、俺はいまひとつぱっとしない。あいつと比べて何かが足りない」
 ルトガーは代わりにヴァルトの杯を酒を注ぐ。強い酒だったが、ヴァルトは平気な顔で全てを飲み干した。
「本当の戦士なんて言葉を聞いた時、俺はそいつの言葉を聞き流しちまった。そこが肝心要だったってのに、ヘソ曲げて話を切り上げたせいで、そいつの言った言葉が未だに理解できねえ。少なくともわかっているのは、今このまま進んでもそれは手に入らねえってことだ」
「どれだけ戦っても満たされないなら、戦う価値も見失うだろう。いまだ完成せずと思っても、回りが英雄のように扱うのでは苛立ちも募るか。しかしここで飲んだくれていても、人に尋ねても、答えが見つからないことだけは確かだな」
「うるせー。んなことはわかってんだよ」
 ヴァルトはまるで子供のように言い捨てる。威厳も何もないその姿だが、それは彼の本音であった。
「ならば普段と違うことをしてはどうだ? たまには若い連中の口車に乗るのも、悪くないかもしれないぞ。若い分、理想には遠い者ばかりだがね」
 ルトガーは言って、側で何も言えなくなっていた篝の肩を叩いて見せた。
「戦士でない人には歪虚は脅威よ。それは私だって同じ。私はこの世界に助けられた。だから、自分の出来る事はしたいの」
「私もだよ。そうでないと、大手振ってリアルブルーに帰れないもの」
「つってもなあ、そんな戦は趣味じゃねえな。面白くねえ」
 レホスも一緒になってヴァルトに詰め寄るが、あえなく一蹴される。
 一瞬その場に静寂が訪れるが、隣のテーブルの決着が着いたため長くは続かなかった。
「団長ー!」
「姐さんが、負けちまったよー!」
「なにー!? 根性ねえな、おい……」
 ヴァルトは倒れたリンネアを面白おかしく眺める。肩を貸して連れて来たエヴァもあまり余裕はない。いくら酒を真水にしたからと言って、短時間に大量に水を飲めば苦しくなるのは一緒だ。もう何リットル飲んだのかも覚えていないが、うっかり吐きだすと不正がばれる。
「あーあ。しゃあねえなあおい」
 ただ苦しんだ価値は確かにあった。屈みこんでリンネアに声を掛けるヴァルトの声は、先程と打って変わって楽しそうであった。そのヴァルトの元にブライアンはオウカを伴って現れた。
「ヴァルト殿。今一度、お願いしたい」
 ヴァルトは先程よりは真面目な顔で出迎える。その分、彼から感じる圧力は数倍以上に感じられた。
「おう、答えはわかったか?」
「いや、いまだにわからない。だが……」
 ブライアンはちらりとエヴァやオウカを見る。
「少なくとも、騎士としての立場に固執してばかりでは、得られないものだと思う。私は貴方に金を積むのでなく、心から礼を尽くすべきだったのだ。……この者達に教えられた」
 大切なものは何か。民を守りたいという気持ちが最初だったはずなのに、それを伝えることを疎かにした。
(民を守る使命と言ったわ。あなたは、民を放って逃げろと上から命令が下れば逃げる?)
(人、物、未来、目指す道……そういった自分自身以外の【大切なもの】の為に『自分』を曲げられる者)
 依頼をしたその後にエヴァとオウカにかけられた言葉、それは若い彼が当たり前だからと蔑ろにしていたものだった。ブライアンは真正面からヴァルトを見て頭を下げる。オウカと篝もそれに倣った。
「うーむ、俺の考えるのとはなんか違うが……。畏まってると酒がまずくなる。顔あげな」
 ヴァルトはそれほど心を動かされたような気配ではなかった。結局どこまで行っても、刹那にしか生きられない男なのだ。彼の視線はむしろ、先程まで飲み交わしていただけ者に向けられた。
「ま、良いってことにしとくか。旨い酒ってのは金に換えられねえ。手伝ってやるよ」
「ありがとうございます!」
「その代わり、ぬるいこと言い出すようなら容赦なくケツを蹴り上げるからな。そのつもりでいろよ!
「はいっ!」
 ブライアンは再び深く頭を下げる。彼の姿は師に教えを請う弟子のようにも見えた。ブライアンがヴァルトと握手をしたのを見届け、アナベルが曲目を勇ましい行進曲へと切り替える。戦の気配に血を滾らせた男達が、歓喜の咆哮を上げた。


 かくしてヴァルト傭兵団は街の私兵団に合流した。その働きは凄まじく、防戦一方の戦いから巻き返し、周囲の町に近寄る歪虚を一匹残らず殲滅するほどだったという。

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MVP一覧

  • 雄弁なる真紅の瞳
    エヴァ・A・カルブンクルスka0029
  • クラシカルライダー
    ルトガー・レイヴンルフトka1847

重体一覧

参加者一覧

  • 雄弁なる真紅の瞳
    エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029
    人間(紅)|18才|女性|魔術師
  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • 理由のその先へ
    レホス・エテルノ・リベルター(ka0498
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 無口の傭兵
    ダラントスカスティーヤ(ka0928
    人間(紅)|30才|男性|闘狩人
  • クラシカルライダー
    ルトガー・レイヴンルフト(ka1847
    人間(紅)|50才|男性|機導師
  • 強者
    メリエ・フリョーシカ(ka1991
    人間(紅)|17才|女性|闘狩人
  • 歌とダンスと芋煮会
    アナベル・ラヴィラヴィ(ka2369
    エルフ|16才|女性|聖導士
  • 弓師
    八原 篝(ka3104
    人間(蒼)|19才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
八原 篝(ka3104
人間(リアルブルー)|19才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2014/11/09 17:22:54
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/11/07 16:12:49