ゲスト
(ka0000)
【黒祀】バタフライ・エフェクト
マスター:藤山なないろ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/11/11 19:00
- 完成日
- 2014/11/25 06:03
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●世界を救う役に立つって、悪くないだろ?
あぁ、またあの時の夢だ。
親父のリアルブルーの話が本当なら、まさに「フィルム化された映像」とやらを繰り返し繰り返し見せられている気分だ。
『イザヤ、出張が入った』
『はぁ? 親父の客の定期メンテ、どーすんだよ!』
『お前一人で、もう出来るだろう?』
『だぁから、俺一人でこの店回るかよ! そもそも出張ってなんだよ!』
『ま、お国の仕事ってやつだ』
『いっつもココでお国の仕事してんじゃねぇか。エリオットの野郎なんか今じゃ王直属の近衛騎士だぞ!』
『……そのエリオットや他の大勢の騎士連中の面倒、見てやりに行くんだ』
『どういうことだ?』
『西部を中心に、大きな戦いが起こる。俺も……ハルトフォートへ戦いの支援に向かうんだ』
親父は、これこそ自分の仕事だと誇らしげに胸を張ってて、それでいていつも通りで。
『ただの鍛冶屋が何すんだよ』
『俺をなめんなよ。天目武蔵、打って戦う覚醒鍛冶屋だ』
『なんだそれ、もう何年も前線出てねぇだろ』
『心配すんな。武具から兵器まで全般のメンテナンスを担当するだけだ。戦争には、そういう連中も必要なんだとよ』
沈黙する俺に、このあと親父は最後の言葉を伝えるんだ。それが最後だと、思ってもいなかった癖に。
『ここは、良い世界だ。母さんにも会えたし、お前も生まれてきてくれた』
『……何言ってんだよ』
良い予感なんてこの人生で味わったことなど一度もない。けど、嫌な予感なら何度もあった。
『なぁ、イザヤ。鍛冶屋の仕事は小せぇだろうよ。直接誰かを守れる訳でもねぇし、現に俺は大事な人を亡くしちまった。でも、何もできない訳じゃあねえ』
つまり、だ。世界を救う役に立つってこと。どうだ、悪くねぇだろ?
●バタフライ・エフェクト
──王都侵攻開始より数日前の出来事。
「イザヤ。悪いが、すぐ剣を見てくれ」
「……はぁ?」
戸を無遠慮に開け放ち、自らの剣全てをカウンターに載せると現・王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインが小さく息を吐く。
「急を要するんだ。俺はこのまま王城へ向かう。要件が終わり次第、剣の回収に来るからそれまでに何とかしてほしい」
明らかに様子がおかしい。いつもと明白に“違う”。
エリオットとは昔馴染みだが、こんな風に相手に無理を強いて、自分の都合を押し通そうとするやつじゃあない。
「あ? 他の客だって居んのに、なんでてめぇの都合を優先させてやらなきゃならねえ」
俺がキレてんのは、“それくらいこいつにとってデカい事件があったってことなのに、その理由を幼なじみにすら話せねぇのかよ”ってとこだ。
「……頼む、解ってくれ」
「チッ……いいから置いてけ。特急料金3倍増しな」
それから数日後。
千年王国は……歪虚の侵攻に晒されることとなった。
「ベリアル? あの、5年前の……?」
その時初めて、エリオットの切羽詰まった表情の理由が解った。そりゃあ、俺に言えなくて当然だ、ってな。
「あぁ。もうすでに騎士団本部の状況を見て、第3の連中は皆支度をはじめてる。イザヤも……」
王都イルダーナ、第3街区。目抜き通りの一角にグラズヘイム王国騎士団本部も構える、王都で最も賑やかな区画だ。その騎士団本部と同じ第3街区の外れ。石材で作られた建物の中、1棟ぽつんと木材で作られた雰囲気の異なる建物がある。俺──イザヤ・A・クロプスの店だ。
建物に掲げられた看板の「Heaven's Blade」という表記は、初代であり先代の親父がつけたもの。
王国騎士団長も行きつけていて、ここらじゃちっとは有名な店だと思ってる。
いつもなら奥の工房で打ち込みに勤しんでいるはずの時間だが、今は心地よい金属音などしない。
代わりに飛び交うのは物騒な言葉だけだった。
「なぁ、おっちゃん。そいつってさ」
「なんだ」
「親父を殺したヤツで合ってんの?」
今、王国は歪虚による侵攻を受けていた。その侵攻の波は着実に王都を浸し、既に第7街区が侵されていることを街の人々は認識している。王国は掻き集められる限りの最大戦力を擁し、各地へ可能な限り対策を打ってくれている。それは、俺も解ってる。
そして同時に……この国に、戦えるヤツが少ないということも、解ってる。
「ムサシさんのことは気の毒だった。5年前のあの大戦は……本当に、沢山のものを奪っていった」
王を殺され、近衛隊も王国騎士団も多くの騎士が死に、街も大地も浸され、王国は無数の屍の上に“辛勝”を得ていた。
「だがな、お前まで行くこたぁねぇ。今、騎士団、戦士団、貴族私兵、ハンターと、ほら、案外居んだろ。だから、俺たちは……」
しがない町民に何ができる。無駄死にをするな。
今我々にできることは、一人でも多く逃げのびることだ。
生きてさえいれば明日が来る。明日が来れば、また人は歩きだせる──。
「あぁ、その通りだとも思うぜ。だから、おっちゃんは逃げてくれよ」
人には人の信念があり、道理がある。人の数だけ大事なことが違うのだ。
「イザヤ、お前も一緒にいこう。ムサシさん……お前の親父さんから、頼まれてんだ」
「親父が?」
「“俺の留守の間、お前を頼む”って……」
いつか親父が帰ってくるんじゃないかって、信じてた。5年も帰っちゃこねぇのに。
それを思い出すと、自然に笑いがこみ上げた。
「おっちゃん、ありがとな。俺もう……ガキじゃねえから大丈夫」
「大丈夫なもんか! お前一体何をしようと……」
おっちゃんは、俺の“していること”を指差して怒ってくれた。
ありがたい話だ。両親を亡くして、身寄りのない俺をこんな風に心配してくれる人がいる。
だから、あの時の親父の言葉、漸く解った気がするよ。
「こんな、何もない俺だけどさ……」
世界を救う役に立つって、悪くないだろ?
●最期の地
親父が最期を迎えたというハルトフォートに、俺は初めて足を踏み入れていた。
自分に何ができるのかもわからないまま、ただ仕事道具と武器だけを持ってきている。
「これが……」
目と鼻の先にあの島──イスルダが見える気がする。もっとずっと遠いはずなのに、その島は圧倒的に黒く重く存在感を放っていた。
至る所に負傷した兵がいて、うめき声が地を這い、誰かを失った悲しみに嗚咽が響く。
怯えきった避難民がいて、誰も彼も余裕がない。避難の最中だろうか。親とはぐれたらしき子供が泣いている。
これが、戦争の一端。それもまだ、始まったばかりの。
「なぁ、アンタ。俺、イザヤってんだ。武器のメンテは得意なんだが、どっか手伝える所知らねぇか?」
ここでは、やることなんかいくらでもある。
勿論、一つが全部をひっくり返すような行動なんて、そうそうない。
小さな一つを少しずつ。そうしていつか世界も変えていけると、俺の親父は思っていたんだろう。
俺は、この場所で出来ることをしたい。
それが、この世界に立ってる俺の役目だと思った。
あぁ、またあの時の夢だ。
親父のリアルブルーの話が本当なら、まさに「フィルム化された映像」とやらを繰り返し繰り返し見せられている気分だ。
『イザヤ、出張が入った』
『はぁ? 親父の客の定期メンテ、どーすんだよ!』
『お前一人で、もう出来るだろう?』
『だぁから、俺一人でこの店回るかよ! そもそも出張ってなんだよ!』
『ま、お国の仕事ってやつだ』
『いっつもココでお国の仕事してんじゃねぇか。エリオットの野郎なんか今じゃ王直属の近衛騎士だぞ!』
『……そのエリオットや他の大勢の騎士連中の面倒、見てやりに行くんだ』
『どういうことだ?』
『西部を中心に、大きな戦いが起こる。俺も……ハルトフォートへ戦いの支援に向かうんだ』
親父は、これこそ自分の仕事だと誇らしげに胸を張ってて、それでいていつも通りで。
『ただの鍛冶屋が何すんだよ』
『俺をなめんなよ。天目武蔵、打って戦う覚醒鍛冶屋だ』
『なんだそれ、もう何年も前線出てねぇだろ』
『心配すんな。武具から兵器まで全般のメンテナンスを担当するだけだ。戦争には、そういう連中も必要なんだとよ』
沈黙する俺に、このあと親父は最後の言葉を伝えるんだ。それが最後だと、思ってもいなかった癖に。
『ここは、良い世界だ。母さんにも会えたし、お前も生まれてきてくれた』
『……何言ってんだよ』
良い予感なんてこの人生で味わったことなど一度もない。けど、嫌な予感なら何度もあった。
『なぁ、イザヤ。鍛冶屋の仕事は小せぇだろうよ。直接誰かを守れる訳でもねぇし、現に俺は大事な人を亡くしちまった。でも、何もできない訳じゃあねえ』
つまり、だ。世界を救う役に立つってこと。どうだ、悪くねぇだろ?
●バタフライ・エフェクト
──王都侵攻開始より数日前の出来事。
「イザヤ。悪いが、すぐ剣を見てくれ」
「……はぁ?」
戸を無遠慮に開け放ち、自らの剣全てをカウンターに載せると現・王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインが小さく息を吐く。
「急を要するんだ。俺はこのまま王城へ向かう。要件が終わり次第、剣の回収に来るからそれまでに何とかしてほしい」
明らかに様子がおかしい。いつもと明白に“違う”。
エリオットとは昔馴染みだが、こんな風に相手に無理を強いて、自分の都合を押し通そうとするやつじゃあない。
「あ? 他の客だって居んのに、なんでてめぇの都合を優先させてやらなきゃならねえ」
俺がキレてんのは、“それくらいこいつにとってデカい事件があったってことなのに、その理由を幼なじみにすら話せねぇのかよ”ってとこだ。
「……頼む、解ってくれ」
「チッ……いいから置いてけ。特急料金3倍増しな」
それから数日後。
千年王国は……歪虚の侵攻に晒されることとなった。
「ベリアル? あの、5年前の……?」
その時初めて、エリオットの切羽詰まった表情の理由が解った。そりゃあ、俺に言えなくて当然だ、ってな。
「あぁ。もうすでに騎士団本部の状況を見て、第3の連中は皆支度をはじめてる。イザヤも……」
王都イルダーナ、第3街区。目抜き通りの一角にグラズヘイム王国騎士団本部も構える、王都で最も賑やかな区画だ。その騎士団本部と同じ第3街区の外れ。石材で作られた建物の中、1棟ぽつんと木材で作られた雰囲気の異なる建物がある。俺──イザヤ・A・クロプスの店だ。
建物に掲げられた看板の「Heaven's Blade」という表記は、初代であり先代の親父がつけたもの。
王国騎士団長も行きつけていて、ここらじゃちっとは有名な店だと思ってる。
いつもなら奥の工房で打ち込みに勤しんでいるはずの時間だが、今は心地よい金属音などしない。
代わりに飛び交うのは物騒な言葉だけだった。
「なぁ、おっちゃん。そいつってさ」
「なんだ」
「親父を殺したヤツで合ってんの?」
今、王国は歪虚による侵攻を受けていた。その侵攻の波は着実に王都を浸し、既に第7街区が侵されていることを街の人々は認識している。王国は掻き集められる限りの最大戦力を擁し、各地へ可能な限り対策を打ってくれている。それは、俺も解ってる。
そして同時に……この国に、戦えるヤツが少ないということも、解ってる。
「ムサシさんのことは気の毒だった。5年前のあの大戦は……本当に、沢山のものを奪っていった」
王を殺され、近衛隊も王国騎士団も多くの騎士が死に、街も大地も浸され、王国は無数の屍の上に“辛勝”を得ていた。
「だがな、お前まで行くこたぁねぇ。今、騎士団、戦士団、貴族私兵、ハンターと、ほら、案外居んだろ。だから、俺たちは……」
しがない町民に何ができる。無駄死にをするな。
今我々にできることは、一人でも多く逃げのびることだ。
生きてさえいれば明日が来る。明日が来れば、また人は歩きだせる──。
「あぁ、その通りだとも思うぜ。だから、おっちゃんは逃げてくれよ」
人には人の信念があり、道理がある。人の数だけ大事なことが違うのだ。
「イザヤ、お前も一緒にいこう。ムサシさん……お前の親父さんから、頼まれてんだ」
「親父が?」
「“俺の留守の間、お前を頼む”って……」
いつか親父が帰ってくるんじゃないかって、信じてた。5年も帰っちゃこねぇのに。
それを思い出すと、自然に笑いがこみ上げた。
「おっちゃん、ありがとな。俺もう……ガキじゃねえから大丈夫」
「大丈夫なもんか! お前一体何をしようと……」
おっちゃんは、俺の“していること”を指差して怒ってくれた。
ありがたい話だ。両親を亡くして、身寄りのない俺をこんな風に心配してくれる人がいる。
だから、あの時の親父の言葉、漸く解った気がするよ。
「こんな、何もない俺だけどさ……」
世界を救う役に立つって、悪くないだろ?
●最期の地
親父が最期を迎えたというハルトフォートに、俺は初めて足を踏み入れていた。
自分に何ができるのかもわからないまま、ただ仕事道具と武器だけを持ってきている。
「これが……」
目と鼻の先にあの島──イスルダが見える気がする。もっとずっと遠いはずなのに、その島は圧倒的に黒く重く存在感を放っていた。
至る所に負傷した兵がいて、うめき声が地を這い、誰かを失った悲しみに嗚咽が響く。
怯えきった避難民がいて、誰も彼も余裕がない。避難の最中だろうか。親とはぐれたらしき子供が泣いている。
これが、戦争の一端。それもまだ、始まったばかりの。
「なぁ、アンタ。俺、イザヤってんだ。武器のメンテは得意なんだが、どっか手伝える所知らねぇか?」
ここでは、やることなんかいくらでもある。
勿論、一つが全部をひっくり返すような行動なんて、そうそうない。
小さな一つを少しずつ。そうしていつか世界も変えていけると、俺の親父は思っていたんだろう。
俺は、この場所で出来ることをしたい。
それが、この世界に立ってる俺の役目だと思った。
リプレイ本文
●ケイジ・フィーリ(ka1199)
争乱に惑う人の波を潜り抜け、砦に敷かれた石段を一歩一歩下る。
ようやく辿り着いた鍛冶屋の店先は、武具の修繕を求める多くの戦士で列をなしていた。
「そりゃ、そうだよな」
頬をかきつつ、しばし様子を見守るが、列は遅々として進まない。
とうとう腹を括ると、少年──ケイジは声を張り上げた。
「すみません! 何か手伝えることはないですか!」
瞬間、大人たちが一斉に振り返り、辺りを静寂が包む。
「あ、えっと……」
少なからぬ居心地の悪さを感じていると、誰が何を言うでもなく行列は自然とケイジの為の道を作り始めた。
促されるように店へ足を踏み入れると、そこには窯に薪をくべるドワーフと……
「今の、お前?」
一人の青年が居た。
まるで刀の鑑定でもするような鋭い目つきで、ケイジの頭の天辺からつま先まで品定めしている。
「打てんのか」
「育ての親が鍛冶屋で……ちょっとした修理程度なら」
ぴくりと青年の眉尻が上がったかと思えば、ややあってニッと人好きのする笑みを浮かべた。
「“鍛冶屋の息子”か、奇遇だな。俺、イザヤ。お前は?」
「ケイジ。……ケイジ・フィーリ」
ケイジの作業効率化によって、鍛冶屋の回転率は上昇。昼時には一端客足が途絶え、職人も揃って休憩となった。偶然とはいえ、似た境遇の人物との出会いを喜びながら、二人は互いの話に花を咲かせている。
「イザヤさんは、どうして最前線の危険な拠点に?」
尋ねるケイジの目に映ったのは、果てしなく前向きな笑顔。
「世界を救う役に立つ、って決めたんだ」
砦には、多くの一般志願者が戦の助けになろうと集い、小さくともできることをそれぞれ立派に務めている。
──皆、強いな。
心底、そう思った。だがその瞬間、決意を丸飲みする様な大きな笑い声が聞こえてきた。
●マダム・スルタナ(ka2561)
「かっかっ! 世界を救う役に立つ……か。大きなことを考えるもんだねぇ」
店先から聴こえてきた気持ちの良い笑い声からやや遅れて、声の主が姿を現す。
「あれ、マダム」
「ケイジの知り合いか?」
「そんなとこだ。しかし気に入ったよ、あんた」
どっしりとした風格漂う女は、目を眇めるとキセルを口から離し、煙と共にこう告げた。
「一滴の雫から波紋は大きく広がっていくものさ」
褒められた鍛冶師が頬をかく姿は、どこか居心地が悪そうで。マダムは察してまた笑う。
「ま、いいさ。広場で仲間が演奏会をやるってよ。落ち着いたら気晴らしにでも行ってみな」
決して広くもない道ですれ違う人々は、みな疲弊し薄暗い表情をしている。
だからこそ、女は先の出来事で笑わずに居られなかったのだろう。
──長く生きてりゃ、こういう堅実なプラス思考にも出会えるもんだねぇ。
強めに吐き出した煙は砦の喧噪に紛れ、空へと還ってゆく。
「さて、炊き出しはこの先かね」
●ロスヴィータ・ヴェルナー(ka2149)
「今の……?」
少しばかり機嫌の良さそうなマダムとすれちがったロスヴィータは、石段に蹲って動けずにいた負傷兵の治療にあたっていたところだった。前線より命からがら帰還したものの息絶えてしまう兵や、診療所に収まりきらず道端で倒れている兵もいる。少女は、それを見過ごして先へ行くことができなかったのだろう。目についた負傷者へ片っ端から手を差し伸べていた。
「心を強く持って下さい」
膝をつき、倒れた兵を抱き起こすと強く手を握り締めた。目を閉じて祈ればマテリアルがまっさらな光へ変わる。
「……君、は」
「気が付きましたね」
ほっと、心の底から安堵の息をつき、少女はこれ以上ない穏やかな笑みを浮かべる。
「ありがとう。これで……“家族の元へ、帰れる”」
不意に、ロスヴィータの胸の奥が疼いた気がした。けれど、少女は笑みを絶やさない。
「良かった。私も、騎士の方には何度も助けられて……」
助けられた。その言葉に、騎士は力を振り絞って口の端をあげる。それは、彼らの誇りや意地の類かもしれない。
──なんて強さだろう。
彼らの強さも意地も見て来たから、力になりたい。少女こそが、そう思っていたというのに。
礼を述べて立ちあがる騎士に演奏会の事だけ伝えると、少女は男をそっと見送った。
「“ありがとう”は、私の方……なんですよ」
そんな呟きを、零しながら。
●ソル・アポロ(ka3325)
「浮かない顔の騎士も多い、な」
戦死者の遺体を収容する建物から少し離れた道端。ソルは、蹲る騎士を見つけ、その隣で膝をついた。
男は負傷している訳ではないようだが、どうしても“立ち上がれない”のだろう。
「やぁ、騎士さん。今休憩中?」
騎士は陰鬱な表情のまま、顔を少し上げた。
戦いが怖いのかもしれないし、大切な人を亡くしたのかもしれない。
ここで足を踏み出せずにいる人々は、人の数だけ“立ち止まった理由”があるのだろう、と思う。
だからこそ、理由は聞かなかった。
「良かったら、この町の状況、教えてくれないか?」
ソルは、敢えて人懐こい笑顔で尋ねた。でもそれは、今の男には眩過ぎたのかもしれない。
「……他を当たってくれ」
「なんだ、随分元気がないな」
全身で拒絶を示し、再び膝に額をすりつけるように蹲る男を、ソルは尚も呼びとめた。
「あのなぁ、俺はッ」
「……言いたいこと、有るなら聞くぜ。言いたくないなら、聞かねぇけど」
この国を、大切な人を守るため、誰も彼も頭が一杯だった。
──だが、それらを守る“自分”のことは一体誰が気にかけてくれるというのだろう。
太陽のような少年は、今、そんな“自分”を気にかけてくれている。騎士にもそれが漸く理解出来たのだろう。
「良かったら一緒に町を見て回らないか? これから守る町を知っとくと何かと得だろうし、これからこの人たちを守るんだ、って気力も湧くかもしれねぇ。……な?」
騎士は閉口していた。だが、諦めずに声をかけ続けてくる少年を見ていたら、なんだか無性に笑いたくなった。
「お前、物好きだな」
そう言って、騎士はソルの手を取り、立ちあがった。
●ラブリ”アリス”ラブリーハート(ka2915)
最初に迷子を見つけたのは、砦に来てすぐのことだったと思う。
正直に言えば、最初は余り気にとめていなかったから、そのまま少女は通り過ぎて行ったのだ。
けれど、親を懸命に探す仕草が。懸命に涙をこらえる様が、なぜだか頭に焼きついて放っておけなくなった。
だからという訳ではないが、結局ラブリは来た道を引き返し子供に声をかけたのだ。それが、今朝の事。それを契機に、本日の仕事は決まってしまったようなもので、現に今、ケイジが居た鍛冶屋に現れた迷子少年の手を引き、ラブリは広場へと向かっている。
「誰とはぐれたの? お母様?」
名前は? どこから来たの? ご両親のお名前や容姿は?
宝探しの経験を活かすなら、まずは対象の情報収集から。ラブリは道すがら少年に話を聞いていたのだが……
「探してたのは、父さん。けど……」
手を引かれるまま大人しくついてくる少年は、当初少女の問いに素直に応じていた。
だが、ここへきて小さな反論を申し立てる。
「僕、もう一生迷子かも……」
その言葉に、ラブリの歩みが止まった。振り返って少年の顔を確かめれば、不安で一杯の顔をしている。
不安の理由は迷子だけじゃない。……ひょっとしたら、この子は。
「お父様、お仕事は?」
「国の騎士なんだ」
漸く思い至った。
彼の父親は、今まさにこの苛酷な戦いに赴いて、歪虚を相手に命をかけた防衛戦を展開しているのだろう、と。
「立派なお仕事をなさっているのね」
複雑な表情で首肯する少年。だが、不安な色は尚も色濃い。……ラブリには、それが許せなかった。
「どうして一生迷子だと思ったの」
ラブリは屈み、少年の額を軽く小突く。
「お父様、今戦っていらっしゃるんでしょう。きみも今、戦わなくてどうするの? 誰が生還を信じるの?」
「……!」
その時、広場から拍手の波が押し寄せてきた。
見知った顔もあちこちに居て、皆“演奏”に耳を傾けているのだと気付く。
「丁度いいわ。きみ、そこで見ていてくれる?」
「なに、するの?」
「“戦う”のよ。……なんなら、きみも歌う?」
●ルナ・レンフィールド(ka1565)。──そして、覚醒者たちが起こした羽ばたき。
──遡ること少し前。
ルナが広場でリュートの演奏を始めた頃、奏でられていたのは皆がよく知る鎮魂曲だった。
死者の安息を願うそれは、耳にした瞬間、問答無用で“死”という現実を聞き手に想起させてしまう。
だからこそ、今の人々にはそれを受けとめる余裕など、無かったのかもしれない。
だが、人々は意図して耳を閉ざそうとしたその音色から、逃げずに向きあうことができた。
それは、なぜか? 理由は、幾つかあった。
一つ。
広場の脇、行列を作る炊き出しのテントでの出来事。
「動けずただ何もしないでいるのも退屈だろう。音楽を聴けば少しは気が紛れるやもしれない」
「今はそんな気分じゃ……」
テントでは、干し肉と根菜を粗めに切り、新鮮な水で炊きだした暖かなスープが配られていた。
手の込んだ出汁が入っている訳でも、特別な料理人作った訳でもないそれを求め、沢山の人が並んでいる。
理由をきけば、「元気になれる」という評判を聞きつけて砦のあちこちから集まってきたようだった。
恰幅の良いマダムが、大雑把なスープと共に暖かい言葉をかけてくれる。それが、心に効いたのかもしれない。
「そうさね、いつだったか、リアルブルー出の奴に教わったことがある。急いては事を仕損じる。ってねぇ」
「つまり?」
「要は、焦らなくていいってことさ。自分一人で全てを賄っているわけじゃないだろう」
「……そうだよな」
「あぁ、そうさ」
テントから出てきた騎士らは、手に暖かなスープを持ち、外でそれを味わった。
『一人ひとりは微力でも、それが繋がれば大いなる力となるだろう。だから、今は心と体を休めな』
かけられた言葉を反芻しながら……そして、マダムに言われた通り、音楽に心を浸しながら。
二つ。
数名の騎士達を連れ、ある少年が広場にやってきた事。
「へぇ……音楽か。いいよなぁ」
少年──ソルは、足を踏み出せずにいた騎士や、案内役を頼んだ騎士を数名引き連れ、街を見回っていたようだ。
だが、目を輝かせる少年とは対照的に、騎士らは未だ物憂げな表情でいる。
「俺、音楽を聴ける余裕、まだないんだよな」
「そっか? 聞いてると、頑張らなきゃって勇気ももらえるし、笑顔にもなれるだろ」
「そこまで言うなら……」
皆、なんだかんだ聞き始めれば、強張っていた顔の筋肉が緩んでいくようだった。
三つ。
賑やかな一団が仲間の演奏を目当てに広場へ訪れていた事。
「……べ、別に女の子に応援されたからってわけじゃないからな!」
慌てるケイジをからかうイザヤ。それを横目に楽しげなロスヴィータ。
少女が治療した騎士の武具を鍛冶屋へ届けたことが切欠で、なんとなく3人は一緒に居たようだ。
「ほら、ルナさんが演奏してますよ」
少女が指さした先には、少しずつ人が集まり始めている。
「これ、リアルブルーの曲ですね」
「そっか、ロスヴィータはリアルブルーから来たんだよな」
「……はい」
感心するイザヤを見上げ、少女は口元を緩めた。
──今日は色々な事があった。騎士の矜持を目の当たりにし、イザヤが働く理由を聞き……そして、悲しみを癒す音楽に心を委ねている。今なら、言える気がしたのだろう。
「私、戦う為にこの世界に呼ばれたんだと……思ってました。だから早く、戦わなくてはいけないと、ずっと」
俯き、胸に手をあてる少女は、口にすることを控えていた本音を吐露しているのだろう。
「でも……戦地じゃなくても役立てることがある。それが“許された”みたいで、ほっとして」
そっか、と小さく笑うイザヤに、少女が漸く微笑んだ。
「すごく、勇気づけられました。戦う以外でも……私はここに、いていい。そう、言ってもらえたみたいで」
ロスヴィータから感じられるのは、覚悟を決めた人が持つ独特の輝き。
「世界を救う役に立つって、悪くない……ですよね」
少女はきっと、今なら“戦える”だろう。ケイジは、それに気付いて拳をぎゅっと強く握り締めた。
「……負けられないな、絶対」
目の前に広がる笑顔も。奏でられる音楽も。
どちらも、戦争をしていただけではこの場に存在し得ないものだっただろう。
──危険を承知で来てくれる人がここには居て、俺達が負ければ、彼等のような人達まで傷付く事になるんだ。
そんなことに、ケイジは改めて気付けた。同時に「そんなのは嫌だ」とも思う。
嫌だと思うなら、やれることがある。そして自分には、それができるはず──
鉄(くろがね)の決意を胸に、少年は新たな一歩を踏み出そうとしていた。
気付けば、沢山の人々がルナの演奏を聴こうと集まっていた。それには、音楽の持つ癒しも多分にあっただろう。
けれど、“仲間との絆”であったり、“誰かを想う心”であったり、そうした小さな羽ばたきがこうして人を呼び集めたのだとルナは気付いていた。だからこそ、人々はルナの言葉に“確かな力”を感じることができたのだ。
「私達ひとりひとりの奏でる音は小さいかも知れません。でも、その一つひとつの旋律が集まったハーモニーは大きな力になるはずです」
見渡せば、皆がルナの奏でる“音色”を心待ちにしている。
深く息を吐き出して、頭と心をクリアにする。空っぽになった身体の中に、人々の想いを胸一杯に吸い込んだ。
「さあ、奏でましょう」
微笑むルナがリュートの弦に指をかけた……その時。
「ドッキドキの世界に変えに行くわよ?」
ルナの隣に文字通り“飛び込んだ”少女が一人──ラブリだ。驚く聴衆を余所に、ラブリはルナへ視線を投げかけ「とびきり明るいのを頼むわ」とウインク。
「ふふ。では、最後は皆さんがよく知っている、明るくて楽しい曲を」
ルナの奏でるメロディに、ラブリの元気一杯な歌声が乗って、広場を優しく満たしてゆく。
戦で傷ついた騎士も、大切な人を亡くして悲しみに暮れていた人も、不安な気持ちで親の帰りを待つ子供も。
今このひと時は、楽しげな音と空気に心身を委ねて、皆が笑い合った。
演奏を終え、拍手喝采の渦の中。ルナは、漸く安堵の息を漏らした。
「ありがとうございます」
ルナはリュートを片手に全ての人々へ礼を送る。
──皆の心、一つに出来た……かな。
そうに違いない。きっと、一つになれたはず──少女はそんな風に感じていた。
砦の人々に。そして、演奏会へと案内をしてくれた仲間たちに心から感謝し、そしてルナはこう言った。
「私達……友達に、なれるかな」
今、鈍色の雲間から刺す光が、砦を明々と照らし始めていた。
争乱に惑う人の波を潜り抜け、砦に敷かれた石段を一歩一歩下る。
ようやく辿り着いた鍛冶屋の店先は、武具の修繕を求める多くの戦士で列をなしていた。
「そりゃ、そうだよな」
頬をかきつつ、しばし様子を見守るが、列は遅々として進まない。
とうとう腹を括ると、少年──ケイジは声を張り上げた。
「すみません! 何か手伝えることはないですか!」
瞬間、大人たちが一斉に振り返り、辺りを静寂が包む。
「あ、えっと……」
少なからぬ居心地の悪さを感じていると、誰が何を言うでもなく行列は自然とケイジの為の道を作り始めた。
促されるように店へ足を踏み入れると、そこには窯に薪をくべるドワーフと……
「今の、お前?」
一人の青年が居た。
まるで刀の鑑定でもするような鋭い目つきで、ケイジの頭の天辺からつま先まで品定めしている。
「打てんのか」
「育ての親が鍛冶屋で……ちょっとした修理程度なら」
ぴくりと青年の眉尻が上がったかと思えば、ややあってニッと人好きのする笑みを浮かべた。
「“鍛冶屋の息子”か、奇遇だな。俺、イザヤ。お前は?」
「ケイジ。……ケイジ・フィーリ」
ケイジの作業効率化によって、鍛冶屋の回転率は上昇。昼時には一端客足が途絶え、職人も揃って休憩となった。偶然とはいえ、似た境遇の人物との出会いを喜びながら、二人は互いの話に花を咲かせている。
「イザヤさんは、どうして最前線の危険な拠点に?」
尋ねるケイジの目に映ったのは、果てしなく前向きな笑顔。
「世界を救う役に立つ、って決めたんだ」
砦には、多くの一般志願者が戦の助けになろうと集い、小さくともできることをそれぞれ立派に務めている。
──皆、強いな。
心底、そう思った。だがその瞬間、決意を丸飲みする様な大きな笑い声が聞こえてきた。
●マダム・スルタナ(ka2561)
「かっかっ! 世界を救う役に立つ……か。大きなことを考えるもんだねぇ」
店先から聴こえてきた気持ちの良い笑い声からやや遅れて、声の主が姿を現す。
「あれ、マダム」
「ケイジの知り合いか?」
「そんなとこだ。しかし気に入ったよ、あんた」
どっしりとした風格漂う女は、目を眇めるとキセルを口から離し、煙と共にこう告げた。
「一滴の雫から波紋は大きく広がっていくものさ」
褒められた鍛冶師が頬をかく姿は、どこか居心地が悪そうで。マダムは察してまた笑う。
「ま、いいさ。広場で仲間が演奏会をやるってよ。落ち着いたら気晴らしにでも行ってみな」
決して広くもない道ですれ違う人々は、みな疲弊し薄暗い表情をしている。
だからこそ、女は先の出来事で笑わずに居られなかったのだろう。
──長く生きてりゃ、こういう堅実なプラス思考にも出会えるもんだねぇ。
強めに吐き出した煙は砦の喧噪に紛れ、空へと還ってゆく。
「さて、炊き出しはこの先かね」
●ロスヴィータ・ヴェルナー(ka2149)
「今の……?」
少しばかり機嫌の良さそうなマダムとすれちがったロスヴィータは、石段に蹲って動けずにいた負傷兵の治療にあたっていたところだった。前線より命からがら帰還したものの息絶えてしまう兵や、診療所に収まりきらず道端で倒れている兵もいる。少女は、それを見過ごして先へ行くことができなかったのだろう。目についた負傷者へ片っ端から手を差し伸べていた。
「心を強く持って下さい」
膝をつき、倒れた兵を抱き起こすと強く手を握り締めた。目を閉じて祈ればマテリアルがまっさらな光へ変わる。
「……君、は」
「気が付きましたね」
ほっと、心の底から安堵の息をつき、少女はこれ以上ない穏やかな笑みを浮かべる。
「ありがとう。これで……“家族の元へ、帰れる”」
不意に、ロスヴィータの胸の奥が疼いた気がした。けれど、少女は笑みを絶やさない。
「良かった。私も、騎士の方には何度も助けられて……」
助けられた。その言葉に、騎士は力を振り絞って口の端をあげる。それは、彼らの誇りや意地の類かもしれない。
──なんて強さだろう。
彼らの強さも意地も見て来たから、力になりたい。少女こそが、そう思っていたというのに。
礼を述べて立ちあがる騎士に演奏会の事だけ伝えると、少女は男をそっと見送った。
「“ありがとう”は、私の方……なんですよ」
そんな呟きを、零しながら。
●ソル・アポロ(ka3325)
「浮かない顔の騎士も多い、な」
戦死者の遺体を収容する建物から少し離れた道端。ソルは、蹲る騎士を見つけ、その隣で膝をついた。
男は負傷している訳ではないようだが、どうしても“立ち上がれない”のだろう。
「やぁ、騎士さん。今休憩中?」
騎士は陰鬱な表情のまま、顔を少し上げた。
戦いが怖いのかもしれないし、大切な人を亡くしたのかもしれない。
ここで足を踏み出せずにいる人々は、人の数だけ“立ち止まった理由”があるのだろう、と思う。
だからこそ、理由は聞かなかった。
「良かったら、この町の状況、教えてくれないか?」
ソルは、敢えて人懐こい笑顔で尋ねた。でもそれは、今の男には眩過ぎたのかもしれない。
「……他を当たってくれ」
「なんだ、随分元気がないな」
全身で拒絶を示し、再び膝に額をすりつけるように蹲る男を、ソルは尚も呼びとめた。
「あのなぁ、俺はッ」
「……言いたいこと、有るなら聞くぜ。言いたくないなら、聞かねぇけど」
この国を、大切な人を守るため、誰も彼も頭が一杯だった。
──だが、それらを守る“自分”のことは一体誰が気にかけてくれるというのだろう。
太陽のような少年は、今、そんな“自分”を気にかけてくれている。騎士にもそれが漸く理解出来たのだろう。
「良かったら一緒に町を見て回らないか? これから守る町を知っとくと何かと得だろうし、これからこの人たちを守るんだ、って気力も湧くかもしれねぇ。……な?」
騎士は閉口していた。だが、諦めずに声をかけ続けてくる少年を見ていたら、なんだか無性に笑いたくなった。
「お前、物好きだな」
そう言って、騎士はソルの手を取り、立ちあがった。
●ラブリ”アリス”ラブリーハート(ka2915)
最初に迷子を見つけたのは、砦に来てすぐのことだったと思う。
正直に言えば、最初は余り気にとめていなかったから、そのまま少女は通り過ぎて行ったのだ。
けれど、親を懸命に探す仕草が。懸命に涙をこらえる様が、なぜだか頭に焼きついて放っておけなくなった。
だからという訳ではないが、結局ラブリは来た道を引き返し子供に声をかけたのだ。それが、今朝の事。それを契機に、本日の仕事は決まってしまったようなもので、現に今、ケイジが居た鍛冶屋に現れた迷子少年の手を引き、ラブリは広場へと向かっている。
「誰とはぐれたの? お母様?」
名前は? どこから来たの? ご両親のお名前や容姿は?
宝探しの経験を活かすなら、まずは対象の情報収集から。ラブリは道すがら少年に話を聞いていたのだが……
「探してたのは、父さん。けど……」
手を引かれるまま大人しくついてくる少年は、当初少女の問いに素直に応じていた。
だが、ここへきて小さな反論を申し立てる。
「僕、もう一生迷子かも……」
その言葉に、ラブリの歩みが止まった。振り返って少年の顔を確かめれば、不安で一杯の顔をしている。
不安の理由は迷子だけじゃない。……ひょっとしたら、この子は。
「お父様、お仕事は?」
「国の騎士なんだ」
漸く思い至った。
彼の父親は、今まさにこの苛酷な戦いに赴いて、歪虚を相手に命をかけた防衛戦を展開しているのだろう、と。
「立派なお仕事をなさっているのね」
複雑な表情で首肯する少年。だが、不安な色は尚も色濃い。……ラブリには、それが許せなかった。
「どうして一生迷子だと思ったの」
ラブリは屈み、少年の額を軽く小突く。
「お父様、今戦っていらっしゃるんでしょう。きみも今、戦わなくてどうするの? 誰が生還を信じるの?」
「……!」
その時、広場から拍手の波が押し寄せてきた。
見知った顔もあちこちに居て、皆“演奏”に耳を傾けているのだと気付く。
「丁度いいわ。きみ、そこで見ていてくれる?」
「なに、するの?」
「“戦う”のよ。……なんなら、きみも歌う?」
●ルナ・レンフィールド(ka1565)。──そして、覚醒者たちが起こした羽ばたき。
──遡ること少し前。
ルナが広場でリュートの演奏を始めた頃、奏でられていたのは皆がよく知る鎮魂曲だった。
死者の安息を願うそれは、耳にした瞬間、問答無用で“死”という現実を聞き手に想起させてしまう。
だからこそ、今の人々にはそれを受けとめる余裕など、無かったのかもしれない。
だが、人々は意図して耳を閉ざそうとしたその音色から、逃げずに向きあうことができた。
それは、なぜか? 理由は、幾つかあった。
一つ。
広場の脇、行列を作る炊き出しのテントでの出来事。
「動けずただ何もしないでいるのも退屈だろう。音楽を聴けば少しは気が紛れるやもしれない」
「今はそんな気分じゃ……」
テントでは、干し肉と根菜を粗めに切り、新鮮な水で炊きだした暖かなスープが配られていた。
手の込んだ出汁が入っている訳でも、特別な料理人作った訳でもないそれを求め、沢山の人が並んでいる。
理由をきけば、「元気になれる」という評判を聞きつけて砦のあちこちから集まってきたようだった。
恰幅の良いマダムが、大雑把なスープと共に暖かい言葉をかけてくれる。それが、心に効いたのかもしれない。
「そうさね、いつだったか、リアルブルー出の奴に教わったことがある。急いては事を仕損じる。ってねぇ」
「つまり?」
「要は、焦らなくていいってことさ。自分一人で全てを賄っているわけじゃないだろう」
「……そうだよな」
「あぁ、そうさ」
テントから出てきた騎士らは、手に暖かなスープを持ち、外でそれを味わった。
『一人ひとりは微力でも、それが繋がれば大いなる力となるだろう。だから、今は心と体を休めな』
かけられた言葉を反芻しながら……そして、マダムに言われた通り、音楽に心を浸しながら。
二つ。
数名の騎士達を連れ、ある少年が広場にやってきた事。
「へぇ……音楽か。いいよなぁ」
少年──ソルは、足を踏み出せずにいた騎士や、案内役を頼んだ騎士を数名引き連れ、街を見回っていたようだ。
だが、目を輝かせる少年とは対照的に、騎士らは未だ物憂げな表情でいる。
「俺、音楽を聴ける余裕、まだないんだよな」
「そっか? 聞いてると、頑張らなきゃって勇気ももらえるし、笑顔にもなれるだろ」
「そこまで言うなら……」
皆、なんだかんだ聞き始めれば、強張っていた顔の筋肉が緩んでいくようだった。
三つ。
賑やかな一団が仲間の演奏を目当てに広場へ訪れていた事。
「……べ、別に女の子に応援されたからってわけじゃないからな!」
慌てるケイジをからかうイザヤ。それを横目に楽しげなロスヴィータ。
少女が治療した騎士の武具を鍛冶屋へ届けたことが切欠で、なんとなく3人は一緒に居たようだ。
「ほら、ルナさんが演奏してますよ」
少女が指さした先には、少しずつ人が集まり始めている。
「これ、リアルブルーの曲ですね」
「そっか、ロスヴィータはリアルブルーから来たんだよな」
「……はい」
感心するイザヤを見上げ、少女は口元を緩めた。
──今日は色々な事があった。騎士の矜持を目の当たりにし、イザヤが働く理由を聞き……そして、悲しみを癒す音楽に心を委ねている。今なら、言える気がしたのだろう。
「私、戦う為にこの世界に呼ばれたんだと……思ってました。だから早く、戦わなくてはいけないと、ずっと」
俯き、胸に手をあてる少女は、口にすることを控えていた本音を吐露しているのだろう。
「でも……戦地じゃなくても役立てることがある。それが“許された”みたいで、ほっとして」
そっか、と小さく笑うイザヤに、少女が漸く微笑んだ。
「すごく、勇気づけられました。戦う以外でも……私はここに、いていい。そう、言ってもらえたみたいで」
ロスヴィータから感じられるのは、覚悟を決めた人が持つ独特の輝き。
「世界を救う役に立つって、悪くない……ですよね」
少女はきっと、今なら“戦える”だろう。ケイジは、それに気付いて拳をぎゅっと強く握り締めた。
「……負けられないな、絶対」
目の前に広がる笑顔も。奏でられる音楽も。
どちらも、戦争をしていただけではこの場に存在し得ないものだっただろう。
──危険を承知で来てくれる人がここには居て、俺達が負ければ、彼等のような人達まで傷付く事になるんだ。
そんなことに、ケイジは改めて気付けた。同時に「そんなのは嫌だ」とも思う。
嫌だと思うなら、やれることがある。そして自分には、それができるはず──
鉄(くろがね)の決意を胸に、少年は新たな一歩を踏み出そうとしていた。
気付けば、沢山の人々がルナの演奏を聴こうと集まっていた。それには、音楽の持つ癒しも多分にあっただろう。
けれど、“仲間との絆”であったり、“誰かを想う心”であったり、そうした小さな羽ばたきがこうして人を呼び集めたのだとルナは気付いていた。だからこそ、人々はルナの言葉に“確かな力”を感じることができたのだ。
「私達ひとりひとりの奏でる音は小さいかも知れません。でも、その一つひとつの旋律が集まったハーモニーは大きな力になるはずです」
見渡せば、皆がルナの奏でる“音色”を心待ちにしている。
深く息を吐き出して、頭と心をクリアにする。空っぽになった身体の中に、人々の想いを胸一杯に吸い込んだ。
「さあ、奏でましょう」
微笑むルナがリュートの弦に指をかけた……その時。
「ドッキドキの世界に変えに行くわよ?」
ルナの隣に文字通り“飛び込んだ”少女が一人──ラブリだ。驚く聴衆を余所に、ラブリはルナへ視線を投げかけ「とびきり明るいのを頼むわ」とウインク。
「ふふ。では、最後は皆さんがよく知っている、明るくて楽しい曲を」
ルナの奏でるメロディに、ラブリの元気一杯な歌声が乗って、広場を優しく満たしてゆく。
戦で傷ついた騎士も、大切な人を亡くして悲しみに暮れていた人も、不安な気持ちで親の帰りを待つ子供も。
今このひと時は、楽しげな音と空気に心身を委ねて、皆が笑い合った。
演奏を終え、拍手喝采の渦の中。ルナは、漸く安堵の息を漏らした。
「ありがとうございます」
ルナはリュートを片手に全ての人々へ礼を送る。
──皆の心、一つに出来た……かな。
そうに違いない。きっと、一つになれたはず──少女はそんな風に感じていた。
砦の人々に。そして、演奏会へと案内をしてくれた仲間たちに心から感謝し、そしてルナはこう言った。
「私達……友達に、なれるかな」
今、鈍色の雲間から刺す光が、砦を明々と照らし始めていた。
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世界の役に立つって悪くないぜ! ソル・アポロ(ka3325) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/11/11 18:55:53 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/11/08 12:02:05 |