善悪の彼岸

マスター:葉槻

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~4人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/09/27 19:00
完成日
2017/10/11 00:14

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●深淵を覗く
 水鏡の精霊は苛立っていた。
 こんなにも明瞭な自我を取り戻したのは久方振りのことで、どういう事かと戸惑っている中で、次から次へと雑魔がやってくるようになった。
 雑魔の相手はさほど苦では無い。だが、徐々に力を持つ歪虚まで寄ってくるようになった。
 今もまた、歪虚がやって来たのでその姿を写し取り、反転させることで“自らを喰わせた”。
 だが、そうやって退治しても歪虚が来ただけで負のマテリアルの残滓が周囲に残る。
 そしてそれがまた呼び水となり雑魔や他の歪虚を呼び寄せてしまう。
 かといって、彼らの好きにさせれば自分に害が及ぶ。
 それだけは許されない。
 水鏡の精霊は苛立ちを抱えたまま、また一体の歪虚の姿を写し、反転させた。


●手のひらサイズのてるてる坊主と炎の精霊
「…………」
 ヴィルヘルミナの私室に呼び出されたオズワルド(kz0027)は、目の前の物体達(失礼)を見てこめかみを押さえた。
「いい加減慣れろ」
 ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)が書類に目を通しつつ、呆れを隠さない声音で告げる。
 机の上ではちょこんと座り込んでいる手のひらサイズのてるてる坊主……もとい、四大精霊が一柱、火と闇・正義を司るサンデルマンと鎚に宿った炎の精霊である少年が地図を見ながら何やら難しい顔をしている。。
「……慣れたくないという理性と、徐々に慣れつつある事実に目眩がしただけだ」
 オズワルドが額を抑えて深い溜息を吐く。
「何でもコイツが何やら奇妙な感覚がするというのでな」
 ヴィルヘルミナが自分よりも明るい少年の赤い髪をかき混ぜるようにして撫でる。
「コイツじゃ無いよ、『フォーコ・ファッケル・ツチヤ・火鎚男』だよ」
 少年の堂々たる名乗りにオズワルドは眉間のしわをそのままに「長いな!?」と思わずツッコんだ。
「何でも皆が考えてくれた名前を全部くっつけたらしい」
「名前呼んでいる内に舌噛みそうだな」
 やれやれと肩を竦めてソファへと座り込んだオズワルドにヴィルヘルミナは視線も向けないまま頷く。
「だから普段は“フォッカ”と呼ぶことにした」
「また大胆に略したな!?」
 呆れと驚きに少年――フォッカを見るが、フォッカはそれはそれで満足そうだ。
「名前だけじゃなくて、あだ名までもらえた」
 ニコニコと笑っているフォッカはこうしてみればどこにでもいるの赤髪の少年のようだ。
「……で? 今回はどうした? お前……フォッカの鎚は完成したんだろう?」
「うん」
 フォッカが空中に手のひらを向けると、何もない空間から一振りの金鎚が出現し、その手の中へと収まった。
「お陰で、ちょっと他の精霊の力を感じられるようになった」
 そう言って、広げていた地図を指差した。
「ここ。水鏡の精霊がいるよ」
「……水鏡?」
 オズワルドが腕組みのまま唸ると、机の上のサンデルマンがなにやら少年に合図を送る。
「うん。水鏡の精霊は静かな湖とかにいる精霊。そこそこにヒトとも上手くやれている事が多いよ」
「ほぅ……じゃぁ今回の保護は比較的楽に出来そうだな。
「……それはどうかなぁ」
 フォッカがサンデルマンを見ると、サンデルマンもまた頷いた。
「おいおい……縁起でもねぇな……」
『水鏡は自らに写り込んだものの内面を暴く。その上で清らかなるものには幸いを。穢れしものには触れず、害を為すものには災いを与え葬る。その性質ゆえに歪虚に狙われても余程上位の力の持ち主でない限り水鏡を捕らえる事は難しいだろう』
 机の上。ミニマムルミナちゃんの姿となったサンデルマンが腕組みをしながらトントンと人差し指を鳴らした。
「性質……つーか、何なんだそれは」
『湖に斧を落として、“お前が落としたのは金の斧か銀の斧か”と問われ、正直に“どちらも違います”と答えた者には金と銀の斧も与えられ、“金の斧”だと嘘を答えた者には元々の斧も戻らないという御伽噺を知っているか?』
「あー……聞いた事はあるが……」
『基本はそれだ』
「はぁ?」
『だが、歪虚のように“すべてを無に還そうとする”という存在は精霊にとっては“害”だ。“害”には災いで返す』
「つまり、降りかかる火の粉は払うだけの力を持っているという事か」
『そうだ』
 ヴィルヘルミナがようやく書類から顔を上げて自分の姿をとっているサンデルマンを見る。
『今もなお奉られている精霊であればその力もまた強かろう。だが、その力ゆえに歪虚にも狙われていると思われる』
「一刻も早い保護が必要だな」
『だが、英霊と違い、精霊は土地神としての力が強ければその場から動けない事も有り得る。フォッカ』
「うん」
 サンデルマンはいつの間にか豆本サイズの本を取り出すと、その1ページを破いてフォッカに手渡した。
『ハンターが水鏡の説得に成功したなら、これを使え。恐らく歪虚達の目をごまかせる』
 手渡されたページはフォッカの手が触れると同時に手のひら大の大きさとなったが、白く光っているだけで文字が書いてあるようには見えない。
「これは?」
『ヒトの言葉に当てはめるならば、大精霊の加護、という奴だな』
「……そんな便利道具があったのか」
 ヴィルヘルミナが訝しげな表情でサンデルマンを見る。
『これも今日まで地道にお前達が精霊や英霊の保護に走っていてくれたお陰で取り戻した力だ』
「ねぇ、サンデルマン様」
 光るページは色を無くすと同時にフォッカの体内へと吸収された。
「説得出来なかったらどうするの?」
『その時はその力も意味を為さない』
「……つまり、ヒトとの共存を約束し、来たるべき日に大精霊に助力すると誓うならば大精霊の加護でお前を護る、という取引をしてこい、と?」
 ざくりまとめたオズワルドにサンデルマンは頷く。
『そうなるな』
「ん、わかった。行ってくる」
 “ちょっとそこのパン屋まで”ぐらいな軽い口調でフォッカが頷き、オズワルドは思わず深い溜息を吐いたのだった。


●氷姫の湖
 辿り着いた湖は静かで深い森の中にあった。
 春が過ぎ夏が来てもなお、心の蔵を止める程の冷たさを持つと言われる湖は水底が見えるほどの透明度を誇っている。
「ここが……」
 ハンターの1人が誘われるように湖を覗き込む。
 静かに揺れる水面に、4人の姿が映った瞬間、視界は暗転した。

「……ここは……!?」
 周囲を見回す。どこまでも薄暗い空間の中、幸いにして仲間はすぐ傍にいた。
 しかし、あの鎚の精霊の少年の姿見えない。
「フォッカ!?」
 名を呼ぶが反応は無く、4人は顔を見合わせ……そして正面に『鏡に映った自分』の姿をしたものが立っている事に気付いたのだった。

「えぇ!? 皆どこ行っちゃったんだよ!?」
 フォッカが慌てて岸へと寄るが、どこにもハンターの姿も気配もない。
 途方に暮れたその時、急激な温度の低下と共にみるみる水面が凍り付いていく。
 そして薄氷の上に女の姿をとった精霊がフォッカの前に現れたのだった。


リプレイ本文

●虚像
「此処、一体何処なんやろ……さっきまで湖の前にいた筈やのに」
 レナード=クーク(ka6613)が呟き周囲を見回す。
 ただただ薄暗い空間だ。暗いところが苦手なレナードは思いきり顔をしかめた。
 知人である氷雨 柊(ka6302)、そして一緒に依頼に来る事になったあと2人のハンターも一緒なのが不幸中の幸いか。
 ふと気配を感じて顔を上げる。
 4人の前に立った人影に、誰もが小さく息を呑んだ。

 1人は白い鎧を着て皮肉気な薄笑いを浮かべた男。褐色の肌に映える銀の髪。手ぐしで掻き上げて固めたような前髪は一部が崩れて落ちて瞳にかかる。その瞳の色は、鮮やかな紅だ。
 1人はテオバルト・グリム(ka1824)そのままのように見える。
 1人は白を基調とした着物を纏った柊のように見える。奇異なのはその着物と手は鮮血で染まっており、涙を流しながら無表情にじぃっと柊を見つめている点だ。
 そして、もう1人もまたレナードに似ている。ただ、羨望と憐憫、2つの感情を瞳に宿してレナードを見つめている。

 その4体は鏡に映ったように左右が反転していた。

「……鏡像、か?」
 テオバルドが呟きながら、唯一誰とも似ていない像とユリアン(ka1664)を見る。
「あ……の、皆さんにも……見えて……?」
 柊が困惑したように3人を見れば、3人はほぼ同時に頷いた。
「……、……嫌、ですねぇ。見たくないものを見せるなんて、精霊さんは意地悪ですー……」
 柊はそっと目を伏せて深呼吸を1つ。そして顔を上げた。
「“反転した自分”……なるほど。……うん。なら、彼は間違いなく俺だ」
 ユリアンが認めれば、確かに肌の色、髪の色、瞳の色全てが違うが造りはユリアンに似ているかも知れないとテオバルドは思う。
 似ている、と思えば、不思議な事に他の2人にもユリアンのようにも見えてきた。
 ユリアンは少しだけ両目を眇めて白い鎧の男を見た。
 ――憧れていたかつての父と同じ色の鎧。
 だが、目の前の男は“全ては無駄だ”と言わんばかりの視線をユリアンへと向けている。
(全てを諦めている割りには、そっちの俺の方が強く見える)
 そして、小さく息を吐いた。
「鏡像ってことは……えぇっと……精霊さんに捕らわれた、っちゅうことかいな?」
「そうなるかな」
 レナードの問いにユリアンが静かに答える。
「しかし、俺はまんまだな……一体何がどう」
『お前か。俺の彼女にちょっかいだそうとしているヤツは』
「……はい?」
 コピーか何かだと思い、同じ動作をするかなー? ぐらいのつもりで手を振ってみたら、突然剥き出しの敵意をぶつけられてテオバルドの手は不自然な形で止まった。
『彼女に近づこうとする者は何者であれ排除する』
 蒼機剣「N=Fシグニス」を構えるテオバルドの鏡像。
 一方でテオバルドは宙を掻いていた手で顔を覆った。
「あー……そういう?」
 思い当たる節がないわけではない。
 確かに婚約者である彼女のことは愛している。
 ……大好きすぎて大切すぎてヤバイ自覚は……ある。
 そういった面が肥大化して暴走したものがきっとこの鏡像なのだろう。
 テオバルドと同じようにゆるりと手を差し伸べた柊。
『嘘つき』
 その動きに、柊の鏡像が柊を拒絶し糾弾する。
『大切なものなんて、いらないでしょう?』
 同じように差し出された濡れた赤い手のひら。
『そのために心をすり減らすなんて』
 血しぶきの飛んだ頬。
『消してしまえば楽になれるのに』
 その頬をつたう涙。
 痛々しい姿に柊は胸の前で手を握りしめる。
 そんな3人の様子を見て、レナードは自分の鏡像を再び見る。
 鏡像は無表情にレナードを見つめ、口を開いた。
 紡がれた歌は何気ない即興曲。
 だが、それは驚くほど心に訴えるモノがあった。
 レナードが奏でたい、表現したいと願うその理想の『音』。
 思わず目を見張ったレナードに憐れみを込めた瞳が向けられた。
『奏でたい『音』から逃げ続ける、臆病者』
 その言葉にすら何の感情の揺れも見られないのに。レナードは衝撃により言葉を失ったまま立ち尽くした。


●それは理想と悪夢の塊のように
「……どう、したらいいのでしょう」
 戦いたくはない、と柊は顔を伏せた。
「……試されているのかな」
 ユリアンもまた視線を仲間へと向けた。
「いや、みんながいてくれて良かったよ」
 ふぅ、と小さく息を吐いて肩をすくめるとテオバルドは仲間を見て笑みを作った。
 一人だけだったならもっと取り乱したかもしれない。だが誰かがいてくれることで『なるほどこんな感じか』と妙に納得したような気持ちで鏡像を受け入れることが出来ていた。
「そうだね……どうやら見えているものも聞こえている言葉も共通しているようだし、これは"水鏡の精霊”によるものと考えて間違いないだろうね」
 ユリアンは努めて冷静に現状を言葉にして共有を図る。
「……少し、話してみてもえぇやろか?」
 レナードが問うと、3人は顔を合わせて頷いた。
「説得に来たのにすぐに手を出すのは得策じゃない。……ただ、向こうが変なことを口走っても気にしないで欲しい。俺も、向こうが言うことは気にしないから」
 苦々しいのはお互い様だとユリアンが声をかければ、レナードは少し安心したように微笑んだ。
「おおきに」
 鏡像は言葉を発することはあっても、それに身振り手振りが付くことはあっても、今のところ積極的に攻撃をしてこようとはしなかった。
 テオバルドの鏡像だけが剣を構えてはいるが、実際には斬りかかっては来ないところをみると、おそらくこちらが襲いかかるか、何かトリガーみたいなものを踏み抜かない限りこちらへ直接害を与えることはないのではないか……というのが観察した上でのユリアンの推論だった。
 ユリアンは静かに精霊刀「真星」を鞘から抜くと、まず自分を刃に映し込む。
 そこに映るのは変わらず自分である事に安堵しつつ、次に鏡像を映す。
 そして鏡像も同じように映り込むのを見て――そして刃越しに嘲笑うように唇が弧を描くのを見てしまい、ユリアンは静かに剣を鞘へと仕舞うと眉間のしわを深く刻んだ。
 意を決したレナードが自分の鏡像へ近づくのを見て、3人もまたそれぞれの鏡像へと向かい合うべく一歩を踏み出した。

『全ては無駄だ』
 ユリアンの鏡像はそう嘲る。
『お前は無力で、父のようになれる訳はなく、認められる訳もなく、何かをなせる訳もない』
 ユリアンは無言のまま鏡像へと近づく。ついに目の前まで歩み寄っても鏡像は刃を向けることはない。
 鏡に映す自分の顔そっくりな鏡像。肌の色、髪の色、瞳の色が違えども心の何処かにこの自分が何時もいたことにユリアンは気づいた。
「痛みを捨てたらそっちの"俺”になれたのかな」
 理想とするものと現実と、変えられない過去とまだ見ぬ未来の狭間で、何時だって自分の醜さと手を引き合って均衡を保っている。
「……解っていても昇華しきれないんだ」
 弱い自分が嫌で。迷う事なく貫きたいと思うのに、捨てられないからまた苦しい。
 みっともなくあがいてもがき続けて今ここにいる。
「結局こういう一面を持っている俺達と協力していずれ力を貸して欲しいと頼みに来たんだ。嫌じゃないかな?」
 そう、ユリアンは鏡像に――水鏡の精霊へと話しかけ始めた。

 テオバルドは剣を構え威嚇する鏡像に剣を向けずに対峙した。
「こんな感じか……とは思うけど、人前に出すのは恥ずかしいな」
『彼女は誰にも渡さない』
「……まぁ、本当のことだしな。これも俺さ」
『彼女は俺のものだ』
 テオバルドは深々とため息を吐いた。
「でも、実際こうなったら……怒るだろうなぁ」
 彼女の怒る姿を想像して……それもまたかわいいなんて思ってしまって「うん、末期だ。知ってるけど」と自分に自分でツッコミつつ鏡像へと意識を戻す。
「ありがとうな。しっかり気をつけておくぜ」
 そうテオバルドは鏡像に――水鏡の精霊へと話しかけた。

 柊ははらはらと泣き続ける鏡像にそっと手を伸ばした。
 赤く染まった手を握る。ひやりとしたその手のひらを両の手でくるむ。
「人は、暖かいんです。大切なものは一際暖かく感じられて、それが心地よい。……だから、私は大切なものを必要として、それを守りたいと思うんですよぅ」
 確かに失うのは怖い。一度得た温もりを失うことは寂しくて悲しくて何事にも耐え難い苦痛だ。
 でも、だからといってそれをなかったことにはしたくなかった。
 今そばにある温もりに、出会わなければよかった、いつか失って仕舞うなら自らの手で奪って仕舞えなどと思いたくはなかった。
「……精霊さん、この声が届いているでしょうか……?」
 最初は冷たさを感じた手のひらが自分の体温と解け合い暖かみを帯びてくるのを感じながら柊は優しく微笑んでみせた。

 鏡像から紡がれる歌はレナードを容赦なく追いつめた。
 それでもレナードは耳を塞いだりせず、鏡像から視線を逸らさず話しかけた。
「……いつか向かい合わなあかんとは、思っとったよ」
 いつかの『夢』で見た気もした。
 誰からも賞賛され、どこまでも自由に音を奏でる自分の姿。
「……でも僕は、……俺は」
 『臆病者』という言葉を否定は出来なかった。
 自由に音を奏でたい。その思いに偽りはない。
 だが、拒絶されることは怖い。罵詈雑言という暴力で心を殴られるのは怖い。
 それでも、少しずつ奏で始めた自分のことまで自分で否定したくはなかった。
「……あぁ、俺は……」
 歌をやめない鏡像と向かい合って気づく。
「いつの間にか、自分に縛られて過ごしてたんだね……」
 そっとその頭に手をおいて撫でてやる。
 自分と同じ水色掛かった銀の髪が指の隙間からこぼれて揺れた。


●水鏡
 目の前の鏡像が波紋を描いて揺れた。
 ――いや、鏡像だけではない。今いる"場”が大きく揺れた。
「!?」
 4人は驚いて身構えるが、次の瞬間、目の前が突如として明るくなった。
 耳に飛び込んでくるのは鳥のさえずりと葉擦れの音。
 森の香りと水場特有の水気を含んだ涼やかな空気。
 そして水面で乱反射する柔らかな午後の日差し。
 足下には少しぬかるみを含んだ土を踏む感触。
「おかえり」
 フォッカの声にまぶしさに目を閉じていた4人はおそるおそる瞳を開けた。
「帰ってきたのか?」
 テオバルドの戸惑いと懸念を含んだ声に周囲を見回した柊が、息をのむほどに美しい女の姿を見つけて思わずレナードの肩を叩いた。
「わぁ……こりゃまた、えらいべっぴんさんやなぁ!」
 思わず手放しで見たままを口にしたレナードのおかげで、ユリアンとテオバルドの緊張の糸も緩んだ。
「氷姫」
 ユリアンが呟けば、水鏡の精霊は無表情のまま深く頷いた。
「そう呼ばれることもある」
「人間と恋に落ちた? 伝説の?」
 テオバルドが問えば水鏡の精霊は首を横に振った。
「それは私ではないが、人々が同一視した結果が私である」
「出して貰えたっちゅうことは、誤解……っちゅうか、敵ではない、っちゅうこと、解ってもらえたんかな?」
 レナードが問えば水鏡の精霊は一つ頷き頭を垂れた。
「短慮の結果である。陳謝しよう」
「解っていただけたのならいいのですよー」
 胸をなで下ろしながら柊が微笑む。
 感情のない平坦な謝罪だが、水鏡の精霊に悪意があった訳ではないことはなぜか信用できた。
「確かにこの力なら大抵の敵は撃退できると思うけど、このままだと何時までも襲撃は終わらないような気がする」
 テオバルドの言葉を継ぐように柊が水鏡の精霊を見る。
「私たちはあなたを歪虚……あなたが害だと思っているものから守る術を知っています。その力であなたを守る代わりに、私たちに力を貸していただけないでしょうか?」
「"大精霊の加護”っちゅうんやって。もし僕達が、本当に危ない目に遭った……その時は、精霊さんの力を貸してくれると、ほんまに嬉しいなって。お互い一緒に助け合い……やんね!」
「そうだな。代わりといっては何だけど、困った事があれば力になるから俺達も困ってたら助けてください」
 表情の乏しい水鏡の精霊は、順々に頭を下げるハンター達を見つめ、最後にユリアンを見た。
「誰かが助けてくれたり、心配してくれたり。かえってそれが苦しいこともあるけれど……それ含めて俺だと思ってくれる人が居るから、生きていける。そんな俺達だけど手を貸して貰えないかな?」
 あの鏡像は美しい精霊から見たら間違いなく醜く見えただろうけれど。
 鏡像に差し出すつもりだった手を水鏡の精霊へと向ける。
「私は"水鏡”。私を産んだのはこの星だが、私を形作ったのは間違いなくヒトである。ヒトが願うのであれば私はそう在ろう」
 音もなく水上を滑るように水鏡の精霊は近づくとユリアンの手を取った。
 冷たい水の感触がユリアンの手を包み離れた。
「炎の」
「うん。サンデルマン様からこれを」
 フォッカが手のひらを仰向けると、そこに一枚の破かれたページが現れた。
 ページはくしゃりと形を変え、闇色のカーテンとなり湖全体をすっぽりと覆って消えた。
 それはほんの一瞬の出来事で、消えてしまった後は何一つとして変わっていないように見えた。
「これで、よっぽどじゃないと歪虚からは見えなくなるって」
 無事フォッカが術を発動させた終えたことを知り、4人は顔を見合わせて微笑み合った。

「ヒトよ。この詫びは必ず」
 別れ際、そう水鏡の精霊は約束して消えた。
 精霊は信仰とともにその姿、性質さえも変貌させる。
 人々から敬われ愛されればそのように。邪な心や嫌悪をぶつけられればそれは力を持った歪虚へと成り変わる。
 氷姫伝説は悲恋の物語だが、人々は春なお温む事のないこの美しい湖を神聖視して守り、語り継ぐことで放置もせず、真冬の雪深い間も参っては祈りを捧げた。
 結果、水鏡の精霊は氷姫の姿となり強い力を得て顕現することが出来た。
 “そこそこにヒトとも上手くやれている事が多い”のもそういった面からだった。
 今回、ハンター達は『反転した自分』を見て襲いかかることをしなかった。
 それは明確に歪虚との違いを示し、さらに鏡像へ『説得』を試みたことにより、水鏡の精霊に明確に訴えることが出来た。
「一緒に来たのがお前達でよかった」
 フォッカはそう言って笑ったが、4人としては複雑な心境ではあった。
 ただ、言えることは。
「……めちゃめちゃ疲れた……」
 『反転した自分』との対峙はただ闘うよりもよっぽど心身を摩耗した、ということだ。
 それでも。
「今日ここに来られてよかった……と思いたいですね」
 テオバルドの嘆きに小さく笑いつつ同意して柊が静かな湖面へと視線を向ければ、レナードとユリアンもそちらを見た。
「……そうだね」
 キラキラと光る湖面には、秋の気配に染まり始めた木々が映り込んでいる。
 見上げれば空は高く、どこまでも吸い込まれそうな青が広がっていた。

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 献身的な旦那さま
    テオバルト・グリム(ka1824
    人間(紅)|20才|男性|疾影士
  • 一握の未来へ
    氷雨 柊(ka6302
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • 夜空に奏でる銀星となりて
    レナード=クーク(ka6613
    エルフ|17才|男性|魔術師

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
氷雨 柊(ka6302
エルフ|20才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2017/09/27 08:49:06
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/09/23 12:26:09