ゲスト
(ka0000)
【陶曲】捻子の反乱、貨物船
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/09/28 09:00
- 完成日
- 2017/10/12 02:32
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
賑やかな掛け声と金鎚を振るう音。
フマーレの一角に位置する船着き場を少し離れて岸に寄せられた大型の貨物船。
割れた甲板を張り直し、剥がれた塗装を塗り直す。古く傷んだ様相は次第に新しく生まれ変わっていった。
数人の船大工と板金や塗装の職人が集まって、彼是と言い合っている中、仕上がりを見に来た男がその出来に頷いて棟梁を呼びつけた。
急な話で悪いが、この船を直して最初の航海は少々危険なものになる。
水夫と積荷の護衛にハンターを雇う予定をしているが、元よりこの船には水夫達のための救命艇しか積んでいない。
今から何艘か増やしては貰えないだろうか。
まあ、そんな物を使わずに済ますためにハンターを雇うのだが、歪虚が出ると聞いては備えもいるだろう。
すぐに去った男に押し付けられた書類が海風にはためく。
積荷の重量や、同乗するハンターの人数、予定の航路が書かれていた。
それは丁寧にも同盟軍の印章が透かされていた。
「おい、お前等。軍のお偉いさん直々の依頼だ。いい仕事をしよう」
棟梁の声に応と一斉に声が響いた。
その数日後、船の仕上がりも見えてきた頃。
同じく修繕と追加の救命艇の配備に勤しむ大工の1人が手を止めた。
見れば窶れたようにほっそりとした色白の老人が佇んでいる。
海風に揺れる燕尾服、シルクハットが飛ばぬよう目深に抑えてこちらを向いた。
「もし」
その老紳士は屈むと足元から何かを拾い上げて大工を呼んだ。
「落ちておりましたよ」
お手を。
大工の手にぱらりと乗せられたのは黒い捻子。
ひやりと冷たい感触を伴い掌に転がったそれを見て大工は老紳士へ礼を言おうと顔を上げた。
しかし、そこに人の姿は無く。忽然と消えてしまった不思議さに首を傾げて、大工は仕事に戻っていく。
工具箱に放り込まれ、鈍色の捻子に紛れた黒の捻子がどこか楽しそうにかたかたと震えていた。
さらに数日。遂に貨物船は修繕を終える。
塗り直された鮮やかな塗装に、まだ木の香りのする甲板。
縁に沿って柵が巡り、左右の弦にそれぞれ3艘の小舟が櫂と共に括り付けられている。
そしてその日のうちに釘を打って封をされた大きな木箱が幾つも積み込まれる。
翌朝、10人の水夫と数人のハンター達を乗せ、船はヴァリオスに向けて出港した。
●
水平線に見えていた岩礁を通り過ぎ、船は穏やかな航路を保ってやや北へ、渡っていく風は心地良く、波もきらきらと煌めいて美しい。
沖もまだ遠く、出港したばかりの大型の貨物船はまだぼんやりと覗える岸を見ながら静かに悠々と進んでいた。
近海での歪虚の目撃情報を受けて、警戒していたハンター達も次第に緊張を解き、水夫達と談笑しながら甲板に出て海を見渡した。
がたん、と左舷から大きな物音が聞こえた。
水夫が2人見てくると言う。ハンターは同行を申し出たが、救命艇を増設した辺りから聞こえた音に、水夫はそろって首を横に振った。
修理が必要かも知れない。とすればあの辺りは狭いから任せて欲しい。
何か有ったらすぐに大声を出しますよ。
そう言って笑って、向かっていく。
1人の水夫が見たところ、どうやら綱が切れて括っていた櫂が落ちたらしい。
他に被害は無さそうだが念のためにと、もう1人に命じて右舷の側の見回りに走らせる。
綱を直して一息吐くと、不意に右腕に痛みを感じた。振り返ると影に何かが転がっている。
なんだろう。水夫がそれに近付く前に、彼の身体は傾いで、切れた綱を交換するために使った鉈を握ったままの右手は、小舟へと振り下ろされ。
その底を割り砕いた。
「「うわあぁぁぁ」」
ハンター達が聞いた悲鳴は2つ。何れも今し方様子を見に行った水夫のものだ。
片方は左舷から、もう片方は右舷から。
何が有ったのかと彼等の元へ向かおうとするハンターがいる中、危ないと叫ぶ声が響いた。
帆を畳んで括った支柱、丸太に鉄板を巻いて固めたそれが甲板の中央へと倒れてきた。
派手な音を立てて散乱する積荷は何れも武器。
刃物や銃器が中心で、何れも工場都市フマーレの粋を集めたものと言って良いだろう品。
それがハンター達の目の前で勝手に浮き上がり数カ所に集まっていく。
吹き溜まりのようなそれが、人の形を模すまで、そしてその豪腕を震うまで。
甲板のハンター達に判断の時間は、一弾指の間すら与えられなかった。
軋む音が聞こえる。
武器を集めて人型をとった歪虚へ、1つの捻子が加わった。
どこからかと見れば、それは木箱を作っていた物、或いは甲板を作っていた物。
半鐘が響き、どこかで狼煙が焚かれたらしい。
この船を沈ませずに凌ぎきれば、岸はまだそう遠くない。
●
海を眺めていた灯台が狼煙と貨物船の異常を知る。
双眼鏡で眺めるとどうやら甲板に闖入者らしい。急ぎオフィスへ連絡を入れて救援を頼む。
すぐに支度されたのは貨物船まで追い付くための魔導エンジンを積んだ高速のボートと、積荷を回収するための空船。
積荷が敵に渡ることは避けなければ。
状態を問わず、可能な限りの回収を。
ボートと空船の必要な数が揃い、駆けつけたハンター達に依頼が伝えられた。
貨物船にハンター達が乗っていたのは、この海域に出没する歪虚から積荷と水夫を守るため。
その歪虚が彼等の救援に向かったハンター達の接近を知り、どんよりと虚ろな目を海面に覗かせた。
銛を構えた魚の歪虚達はボートを追って海面近くを走るように泳ぎ、蛸の歪虚が吸盤の犇めく触手が海面を叩くと立ち上がる波がボートを返さんばかりに揺らした。
賑やかな掛け声と金鎚を振るう音。
フマーレの一角に位置する船着き場を少し離れて岸に寄せられた大型の貨物船。
割れた甲板を張り直し、剥がれた塗装を塗り直す。古く傷んだ様相は次第に新しく生まれ変わっていった。
数人の船大工と板金や塗装の職人が集まって、彼是と言い合っている中、仕上がりを見に来た男がその出来に頷いて棟梁を呼びつけた。
急な話で悪いが、この船を直して最初の航海は少々危険なものになる。
水夫と積荷の護衛にハンターを雇う予定をしているが、元よりこの船には水夫達のための救命艇しか積んでいない。
今から何艘か増やしては貰えないだろうか。
まあ、そんな物を使わずに済ますためにハンターを雇うのだが、歪虚が出ると聞いては備えもいるだろう。
すぐに去った男に押し付けられた書類が海風にはためく。
積荷の重量や、同乗するハンターの人数、予定の航路が書かれていた。
それは丁寧にも同盟軍の印章が透かされていた。
「おい、お前等。軍のお偉いさん直々の依頼だ。いい仕事をしよう」
棟梁の声に応と一斉に声が響いた。
その数日後、船の仕上がりも見えてきた頃。
同じく修繕と追加の救命艇の配備に勤しむ大工の1人が手を止めた。
見れば窶れたようにほっそりとした色白の老人が佇んでいる。
海風に揺れる燕尾服、シルクハットが飛ばぬよう目深に抑えてこちらを向いた。
「もし」
その老紳士は屈むと足元から何かを拾い上げて大工を呼んだ。
「落ちておりましたよ」
お手を。
大工の手にぱらりと乗せられたのは黒い捻子。
ひやりと冷たい感触を伴い掌に転がったそれを見て大工は老紳士へ礼を言おうと顔を上げた。
しかし、そこに人の姿は無く。忽然と消えてしまった不思議さに首を傾げて、大工は仕事に戻っていく。
工具箱に放り込まれ、鈍色の捻子に紛れた黒の捻子がどこか楽しそうにかたかたと震えていた。
さらに数日。遂に貨物船は修繕を終える。
塗り直された鮮やかな塗装に、まだ木の香りのする甲板。
縁に沿って柵が巡り、左右の弦にそれぞれ3艘の小舟が櫂と共に括り付けられている。
そしてその日のうちに釘を打って封をされた大きな木箱が幾つも積み込まれる。
翌朝、10人の水夫と数人のハンター達を乗せ、船はヴァリオスに向けて出港した。
●
水平線に見えていた岩礁を通り過ぎ、船は穏やかな航路を保ってやや北へ、渡っていく風は心地良く、波もきらきらと煌めいて美しい。
沖もまだ遠く、出港したばかりの大型の貨物船はまだぼんやりと覗える岸を見ながら静かに悠々と進んでいた。
近海での歪虚の目撃情報を受けて、警戒していたハンター達も次第に緊張を解き、水夫達と談笑しながら甲板に出て海を見渡した。
がたん、と左舷から大きな物音が聞こえた。
水夫が2人見てくると言う。ハンターは同行を申し出たが、救命艇を増設した辺りから聞こえた音に、水夫はそろって首を横に振った。
修理が必要かも知れない。とすればあの辺りは狭いから任せて欲しい。
何か有ったらすぐに大声を出しますよ。
そう言って笑って、向かっていく。
1人の水夫が見たところ、どうやら綱が切れて括っていた櫂が落ちたらしい。
他に被害は無さそうだが念のためにと、もう1人に命じて右舷の側の見回りに走らせる。
綱を直して一息吐くと、不意に右腕に痛みを感じた。振り返ると影に何かが転がっている。
なんだろう。水夫がそれに近付く前に、彼の身体は傾いで、切れた綱を交換するために使った鉈を握ったままの右手は、小舟へと振り下ろされ。
その底を割り砕いた。
「「うわあぁぁぁ」」
ハンター達が聞いた悲鳴は2つ。何れも今し方様子を見に行った水夫のものだ。
片方は左舷から、もう片方は右舷から。
何が有ったのかと彼等の元へ向かおうとするハンターがいる中、危ないと叫ぶ声が響いた。
帆を畳んで括った支柱、丸太に鉄板を巻いて固めたそれが甲板の中央へと倒れてきた。
派手な音を立てて散乱する積荷は何れも武器。
刃物や銃器が中心で、何れも工場都市フマーレの粋を集めたものと言って良いだろう品。
それがハンター達の目の前で勝手に浮き上がり数カ所に集まっていく。
吹き溜まりのようなそれが、人の形を模すまで、そしてその豪腕を震うまで。
甲板のハンター達に判断の時間は、一弾指の間すら与えられなかった。
軋む音が聞こえる。
武器を集めて人型をとった歪虚へ、1つの捻子が加わった。
どこからかと見れば、それは木箱を作っていた物、或いは甲板を作っていた物。
半鐘が響き、どこかで狼煙が焚かれたらしい。
この船を沈ませずに凌ぎきれば、岸はまだそう遠くない。
●
海を眺めていた灯台が狼煙と貨物船の異常を知る。
双眼鏡で眺めるとどうやら甲板に闖入者らしい。急ぎオフィスへ連絡を入れて救援を頼む。
すぐに支度されたのは貨物船まで追い付くための魔導エンジンを積んだ高速のボートと、積荷を回収するための空船。
積荷が敵に渡ることは避けなければ。
状態を問わず、可能な限りの回収を。
ボートと空船の必要な数が揃い、駆けつけたハンター達に依頼が伝えられた。
貨物船にハンター達が乗っていたのは、この海域に出没する歪虚から積荷と水夫を守るため。
その歪虚が彼等の救援に向かったハンター達の接近を知り、どんよりと虚ろな目を海面に覗かせた。
銛を構えた魚の歪虚達はボートを追って海面近くを走るように泳ぎ、蛸の歪虚が吸盤の犇めく触手が海面を叩くと立ち上がる波がボートを返さんばかりに揺らした。
リプレイ本文
●
陽光に照らされて煌めく海原に2艘のボートが魔導エンジンを唸らせて走る。
水平線へ向け一直線に、白い波を立てて進んでいく。
先を行く船を操るパトリシア=K=ポラリス(ka5996) は牽引する船に乗って周囲を警戒する師匠ことエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)を振り返った。
パトリシアに気付いたエラがここまでの安全と伝える様に頷くと、パトリシアは更に岸を覗う。
出発した岸は既に遠ざかり、水平線に見えていた貨物船が近付いてくる。
ボートのスピードと潮風に髪を靡かせ、パトリシアはボートの速度を上げる。
龍園を出るまで海を知らなかったというウルミラ(ka6896)はそのボートの縁に身を預け、ぐったりと座り込んでいる。
「船が苦手なんだ。……船酔いするからではないぞ!」
強がってそう零してみせるが顔色は芳しくなく、不機嫌な仏頂面で揺る水面を睨んでいる。
それきり黙ってしまったウルミラを気遣うように見詰めて、パトリシアは目的の貨物船に視線を戻した。
貨物船の積荷回収の為の空船で、エラは船を守る支度を調える。
海域に出没するらしい歪虚。貨物船を巻き込む前に片付けたい。
揺らぐ青い水面の奥は仄暗く、水平線を追うほどに底へ光りが届かなくなる。
もう一艘のボートを走らせるヴィリー・シュトラウス(ka6706)と同乗するマリィア・バルデス(ka5848)も、それぞれに得物を手にしながら周囲を警戒して貨物船に急ぐ。
ヴィリーは純白の銃を片手にハンドルを操り、貨物船までの進路を保ちながら、牽引する貨物船に目を向ける。
「そちらはどうかな?」
エンジンと波の音に紛れながらもその声はスコープを覗くマリィアに届く。
魔導機構備えた大型の狙撃銃の艶やかなグリップを撫でる、
近く、何かが蠢いた気配を感じ遠方を探っていた銃のスコープから目を外し、周囲を見回す。
「何かしら……」
緑の目を眇めまだ穏やかに波打つ水面を覗う。
ヴィリーも速度を落とし、パトリシアとエラも警戒を、ウルミラも青ざめた顔を顰めて海を睨んだ。
彼等が波に紛れた微かな音に目を向けると、海面に1匹の歪虚が佇むように泳いでいた。
同時にボートの接近を知ったらしいその歪虚が濁った声を上げると、海面には次々にその歪虚が現れた。
一見すると魚の形をしているそれは、大きく裂ける口と飛び出した眼球を持つ。起伏に乏しい紡錘形の身体から生える水掻きと鰭の発達した前腕には、鋭利な切っ先と重量の覗える銛が握られ、足鰭は水を蹴って2艘のボート
を取り囲む様に移動しながら近付こうとする。
魚の歪虚を見付けた更に沖。黒い靄が浮かぶと、その中に濁った斑模様の歪な軟体の球体が覗いた。
悍ましく震えて蠢いたそれが楕円状に伸び上がると、端から覗いた虚ろな眼球がぎょろりと、ハンター達を眺めていた。
海面を騒がせて海中へ潜ったそれは、暫時、ハンター達に迫って再び頭を覗かせる。
擡げた触手の丸まった細い先端が徐に伸ばされて、水面を撫でる様にうねった。
そして、2、3人を束ねたような太さを持ち吸盤に覆われた長い触手を空へと擡げ、見上げるほどの高さから水面を叩き、巻き起こった波に乗って、銛を得た魚の歪虚がハンター達との距離を一息に詰める。
「お船のお助け……の前に、この子達の相手ダネっ! ウルミー、動けるよネ!」
パトリシアの視界に蛍が舞う。
小鉤を外し、紐を解く。得物とする雄大な自然を描く軸を展開し、マテリアルを巡らせる一瞬、中にその幻影が浮かび上がる。
潮風にはためいて風帯が翻り、放たれたマテリアルがウルミラに届く。
ウルミラを囲い回る3本の魔剣の幻影が収束し、身体へ吸い込まれるように消える。
代わりのように浮かんだ炎の幻影を纏い、受け取った魔法、水の精霊の力を纏って船から下りる。
紫の髪を艶やかに戦がせ、漆黒の長柄を握り締めて得物を取り回す。
翻った純白の刃は龍の羽ばたくように空を裂き、巻き上がるその風に揺らぐ翼の幻影を浮かばせる。
精霊に祈り、海面を蹴って魚の歪虚へと向かう。
「ししょー」
「こちらの守りは任せて頂いて構いませんよ」
マテリアルを込め、法術刻印の施された堅牢で操るエラの丈を超す大きさを持つタワーシールドを構えると、蒼に、生まれた世界で纏っていた澄んだ色に戻った双眸で敵を見据える。
兜を目深に被り直すと、
彼等の目指す貨物船では紛れ込んでいた歪虚の攻撃が既に始まっていた。
水夫の悲鳴に応えるべく動いたハンター達は左右空同時に聞こえたそれに、二手に分かれる。
「コイツら……今回は随分と派手じゃねーか。ルベーノ、左行くぞ」
ジャック・エルギン(ka1522)が ルベーノ・バルバライン(ka6752)を伴いまず、左舷へ走る。
覇気に溢れた声で答えたルベーノは巨躯の重さを感じさせない身軽さで続く。
その動きに応じ、アリア・セリウス(ka6424)と東條 奏多(ka6425)も右舷へ、鳳城 錬介(ka6053)は左舷の2人を助けるべく追いながら、東條を振り返り、片付いたら知らせると手持ちの花火を示した。
それに応じた東條はアリアを追って右舷の水夫の元へ走る。
マテリアルを込めた足で床板を蹴る。
水夫の悲鳴、物の壊れる音、歪虚の気配。
覚えの有るそれに、海の上とは厄介だと顔を顰める。
「だが、別の土地で増える方がもっと厄介だ。外来種なんざろくなことにならないからな」
「……いえ、悪夢の企みにこそ、終わりを」
海を渡ろうとする悲劇が、次の幕を上げる前に。
アリアの凜と鋭い声が響く。銀の髪を靡かせて、青い双眸は悲鳴の主たる水夫と、今まさに壊されそうな船を捉えた。
コンテナを叩き壊して倒れてきた支柱、その周囲には散らかった積荷は吹き溜まりを作るように5箇所に分かれ、それぞれ集まって人を思わせる形を成す。
四肢のように連なって漂う銃や鋸がそう思わせるだけで、それは人の可動を越えた伸縮を見せる。
2メートルに及ぶ三連装の散弾銃、一見しただけでその威力の凄まじさが想起され、事実、銃として扱えば分厚い鎧さえ砕ける威力を持ったそれが足として。
或いは、その10分の1程の大きさの拳銃が、付属の短剣と並んで腕を成すように幾つも幾つも連なっている。
砕けたコンテナから抜けた捻子が隙間に吸い寄せられ、どこから飛んできたのか、小さな物が一つハンターの眼前を横切ってその塊に加わった。
無骨な印象の長大な銃、その三連の銃身が大きく振り回され更にコンテナを砕き中に収められていた武器を広げ、自身を拡大しようと塊へ引き寄せる。
暴れる武器の塊に壊された武器さえ、巻き込まれるように漂い集まって、それはハンター達へ攻撃の手を伸ばした。
「なんだこいつ等……モノの寄せ集め歪虚か?」
支柱を避けて佇むボルディア・コンフラムス(ka0796)が、マテリアルを昂ぶらせて黒い槍を思わせる長柄を取り回す。
翼を模す飾りを頂くそれは、マテリアルに呼応し柄に文字らしき模様を浮かび上がらせて、影のような黒い刃を形作った。
背後に逃れた仲間を庇う様に立ち、刈るべき敵に肩を聳やかす。
「此度の任務、承知しました――」
同じく支柱を避けて敵に接する距離で空蝉(ka6951)は刀を抜く。
幅の広い刀身が帯びたマテリアルを表して青白く光る。
甲板の床から抜けた1本の釘、足元のぐらつきを感じると、足場に気を配りながら敵との距離を推し測る。
ふわりと、星野 ハナ(ka5852)の髪が靡く。
潮風に抗うように凪の穏やかさに揺蕩うように揺れている。
「さぁて、殺って殺って殺りまくりのお時間ですよぅ!」
爛爛と蒼く輝いた瞳が敵を睨み、因縁有る敵との対峙に口角を釣り上げた。
額に飾る深紅の宝玉を介してマテリアルを鎧うと符を構えた。
柱の端まで下がる辺りでリンカ・エルネージュ(ka1840)は状況を見回した。
武器の塊は5体、何れも未だ周囲の武器を引き寄せ、或いは新たにコンテナを壊して拡大を続けている。
中心に時折垣間見える黒い捻子がその核となっているように見えるが、引き寄せられた武器を始めその黒い捻子を守る物は多い。
得物を握り敵を見るが、ふと足元の違和感を知る。見れば、引き寄せられた釘のため甲板の板が外れていた。
同じような状況を随所に見付け、眼前の歪虚の船体への影響を知る。
「さぁ……意地を見せてやるんだから」
同乗したハンターの内、水夫の救出へ向かったハンターを除き、あの5匹の相手をするハンターも丁度5人。
気押されそうな大きさに怯みそうになるが、気持ちは負けないと波形のような独特の刃紋を持つ短剣の女神を象る柄を握る。
マテリアルを込める瞬間に発生した魔方陣が収束して消えると、髪は透き通る氷の煌めきを帯び、青い瞳の光りは失せる。凍える冷たさを帯びた双眸で敵を見据えると仲間と敵との距離を推し測り、魔術具として扱う短剣の切っ先を向けた。
拡大を続ける敵、既に襲われたらしい水夫。状況は芳しくない。
ミオレスカ(ka3496)は風の加護を受けた銀の拳銃を握り、引鉄に指を掛ける。
「私達が、この場にいるからには、犠牲は出しません」
マテリアルの昂ぶりに、銀の髪から七色の光りの幻影が零れ落ちる。
ボルティアと空蝉、前衛に立つ2人の更に前を狙い、降らせる弾丸の雨が甲板に跳ねて踊る。
弾かれた武器や部品は一旦転がり、すぐに塊に引き寄せられて溶け込むようにその一部となる。
「──ターゲット、ヲ、捕捉。殲滅シマス」
しかし、一度は割かれた塊は、僅かにその中心を垣間見せる。
二刀を帯びる空蝉がそれを見据え、抜き様の力強い一撃を塊を脇から削ぐように放った。
●
ウルミラは掲げた大鎌の刃を煌めかせて、海面を走り敵に迫る。炎の幻影が棚引きながらその身体に従って、得物の纏う風が波を揺らがす。
近付けば魚を象った歪虚の向こうにぬっと盛り上がって震える粘液質で弾力を持つ頭部。
頭部を囲むように海面に揺れる8本の触手の形だけは蛸のそれ。
「マジか」
船の揺れに当てられた、収まっていたはずの不快感が蘇り思わず呟く。
鮮度の良い物は透けるように薄く切られて、或いは鮮やかな赤と白に茹で上げられて食欲をそそった食べ物とは似つかぬ大きさと色に息を飲む。
その対極で銃を構えるマリィアは照星の中心を蛸に据え、黒い銃身を敵へ伸ばし、銃口を据える。
大型の狙撃銃を抱え、不安定なボートの上で反動に備えて底に確りと足を置く。
銃に気付く魚の歪虚が槍を取るのを待ち狙いを魚へと移す。
「タコに魚人……向こうは恐らく金属、嫉妬だろうと思うけど、どういう組み合わせかしら、ねっ!」
続けざまに魚へと降り注ぐ弾丸が鱗を弾き、鰭を削ぐ。
接近する魚は8匹、マリィアの銃弾を受けても怯む様子も無くこちらを狙って銛を翳す。
「僕は、サポートに」
ボートを停止させ、ヴィリーは空船の近くへと移り銀の拳銃を抜く。
陽光に照らされて神聖に煌めくそれを掲げ祈る。
力を込めて祈る瞬間、命の削がれる感覚を耐え、浮かび上がった茨の幻影が自身とその周囲を囲むのを見届けて戦線へ視線を移すと、前に出ていたウルミラへ魚の突き付けた銛が迫る。
腕に向けられた銛の切っ先。
咄嗟に鎌を引いて威力を殺すも深く突き刺さった痛みに呻く。
腕を伝い零れた血が海面に滴り、波間に漂いながらその緋色を薄めて消えていく。
蛸へと向けた攻撃は魚に阻まれる。傷を抑えて一旦下がり、傷口を塞ぐべくマテリアルを込めた。
回復には遠いが、腕が動きを取り戻すと鎌を握り直して敵を睨む。
もう一艘のボートにも魚の歪虚は迫っていた。
「おっきなタコさんなんダヨー!……でも、先に狙うのは魚さんダネっ」
軸から引く符を投じる。
炎の精霊の力を付与されたそれは、符の持つ土の力を帯びて風を裂くように蛸の足の一つへと向けられる。
阻もうとした魚の鰭を焦がし、水に消されるように用を終えた符を払い退け、魚は振り回した銛をパトリシアへ向けて投じる。
攻撃に上げる濁った咆哮に、傍にいた他の魚も釣られて銛を向けた。
投じられた一撃は脇を掠めたが、続けて放たれた銛はエラへと向かう。
エラは盾に軽々とそれを弾き、船へ落ちる切っ先さえ、自身の盾へ引き寄せて海中へと弾いた。
接近しているものは3匹、距離を取ってもう1匹。ヴィリーとマリィアを乗せたもう一艘のボートの方へ3匹、ウルミラが対峙するものが1匹。
海面を辿り視線を下げる。戦闘により惹き付けられて増える魚がいないことを確かめると、魚たちの背後で粘液質な斑の軟体を震わせる蛸を見る。
「こちらの船は狙わせたくはありませんね」
貨物船へ届けるための空船を狙う様子は今のところ見られないが、戦闘の最中、攻撃が当たらないとも、敵が不意に狙いを変えないとも言い切れない。
攻撃と操舵を任せるパトリシアへの銛を防ぐべく、再度盾を構えてマテリアルを込めると、情報処理機能を搭載する腕輪向け、敵へ手を伸ばし狙いを据えた。
反動にボートが揺れる。魚を囲み注ぐ銃弾が逃す1匹が投じた銛を銃身で叩き落とすように弾き直ぐさま再装填へと掛かる。
「ただ損耗させるためだけに、人間が面白おかしく右往左往するのを眺めるためだけにやっているとは思えないのよね」
マリィアは、魚の後方、触手を揺らしながら、虚ろな目で戦況を眺めるだけの蛸を一瞥する。
触手を動かされれば起こる波に陣形を変える魚が狙いを逸れるが、蛸自身が動く様子が今のところ見られない。
ヴィリーに向けて投じられた銛が法術刻印を施す脚甲に触れ、その内へも響く衝撃に船底へ膝を着く。
その銛の力と、攻撃に際して削られた船縁に、聖別された銀の銃を握り直すとボートと空船の半分を覆うように結界を築く。
僅かに険しく顰めた青い瞳が敵を睨みながら、引鉄に添えた指を引き切れずに震わせた。
銛の攻撃を鎌の刃と鎧を重ねて防ぎ、弾いて翻す刃で敵の胴を薙ぐ。自身も深傷を負いながら海面に出て魚と戦うウルミラに、その動きに気付いたらしいもう1匹がマリィアの射程から逃れて迫る。
逃すまいとしたのか、向かわせまいとしたのか、ヴィリーの弾丸がその動きを止めた。
その間に立て直したウルミラが再度魚へと鎌の切っ先を向けた。
「上手く庇ってくれたら良いんだけどネ」
蛸を狙い、手に馴染む呪符を軸に添える。軸から引く五枚の符を掲げると、魚が蛸の周囲へと下がるように動いた。
後方の1匹が前へ出ると、その全体が範囲に収まるように符を投じた。
光りに目を眩ませ、海中まで落ちる土の衝撃に伏せた魚が、浮き上がってのたうつと、エラの放つ3条の光りがそれぞれの身体を貫き、蛸を掠めた光りがそれを払おうとした触手を一つ大きく削いだ。
射落とした魚の歪虚は2匹、未だ動けぬものが1匹、もう1匹の傷は浅いが幸いにも得物を腕から弾いている。
こちらはもう少しで片付きそうだと、もう一艘へ目を向ける。
ウルミラが鎌の纏った血を払って戦線を引く。前に立って、戦うには腕と腹の傷が痛む。
回復に努めて戦線を睨むと、ヴィリーが足を止めた魚はマリィアの弾丸が貫いて海中へと落ちたようだ。
魚が粗方沈黙すると、マリィアの銃口は迷わずに蛸を狙う。
「……雑魔が倒されることすら意味がある、そんな気がするのよ」
だから、今後のためにも大型の雑魔は可能な限り倒してしまいたい。
蛸の動きを見ながら、装填を終えた弾丸をその巨体へ、その前方へ取り零した魚を巻き込みながら放つ。
弾丸の一つを触手で弾き、もう1つが頭部にめり込むと、柔らかな巨体を震わせて海中へ潜ろうと動く。
「タコが逃げるわ!」
ヴィリーは咄嗟に銃を構え、その足止めを図り光りを放つ。厚い皮膚を僅かに傷付けたその攻撃に、蛸はうねる触手を擡げて水面を叩く。船に迫ろうと藻掻く最中、再度放たれたマリィアが弾丸が触手を一つ切り離した。
残りの魚の掃討にエラが光りを放ち、パトリシアは蛸へ符を投じ、光りで囲って動きを妨げる。
貨物船の様子と、蛸の動きを見ると、エラはパトリシアとウルミラを呼ぶ。
蛸が撤退するならば、空船は急ぎ届けた方が良い。パトリシアがトランシーバーを提げては居るが、まだその通信の範囲には入っておらず、甲板の不穏な様子が遠く覗えるのみ。
パトリシアは負傷したウルミラに手を貸してボートへ引き上げ、広げた得物の構えは解かずに、ボートを動かして蛸からの距離を離す。
エラの光りが届く距離まで下がり、接近の動きに応じられるように符を向ける。
攻撃を続けるマリィアに妨害から逃れた蛸が迫る。擡げた脚を振り下ろしその身体を凪ぐ様に叩くと、衝撃に傾いだ身体を支えて咄嗟に構える迄の隙に海中へ。
揺れたボートの転覆を防ごうと押さえ付けるヴィリーが身を乗り出した海面に浮かぶ、ぞっとするほど大きな影は、やがて海の底へと潜っていき見えなくなった。
海面に浮かび上がってきた大きな触手は波に漂いながらその淀んだ斑の色を黒に染めて、土塊の崩れる様に溶けて消えた。
歪虚の消えた海面は静かに波打っている。
マリィアが濡れた髪を掻き上げて水気を払い、ヴィリーがボートのエンジンを駆動させる。
無事な様子に安堵し、パトリシアもボートを進め、ウルミラはその揺れに抗うように瞼を伏せる。
エラは空船の後端へ移動し、歪虚の出現を警戒しながら海を眺めた。
2艘のボートと引かれた空船は速度を上げ、再び貨物船を目指す。
距離を推し測り、パトリシアはトランシーバを向けて通信を試みると、雑音の紛れる声が船の側面へと呼んだ。
●
水夫が鉈を握り自身の身体を引き摺る様に救命用の小舟へ鉈を向ける。
3艘並んで釣られた内、手前の一艘の綱が切れて傾いでいた。抗う身体を構わずに鉈を持つ右腕は振り上げられて、鋭く研がれたその刃を船縁から底へ叩き付けた。
悲鳴を上げもう一撃を、小舟の底は割れ、船縁の板も外れて落ちる。
右舷での物音と悲鳴にアリアと東條が駆けつけた時には、辛うじて船首が形を残した救命艇の板が周囲に散らかる中に佇む水夫が、次の船へ鉈を向けていた。
残像を残すほどの動きで船と水夫の間に割り入った東條の頬を鉈が裂く。
切り上げる切っ先はマスクに触れて止まると次の攻撃の手は東條の手が捕まえ抑え込む。
「押さえた。アリア」
右腕を注視し糸を探す。行動を共にした同居人の名を呼ぶと、既に得物を構えたアリアは淡く儚く、雪を思わせるマテリアルの光りを纏い、縦に細めた瞳孔で糸を見据えた。
片手が握るのは、終刻と刻んだ優美な作りの剣。その鋭利な切っ先を糸へ向け、もう片方の手に握る硝子を思わせる石の柄、マテリアルを込めて構築された透明な刀身を翻した。
双剣が順次燐光を纏う。
闇を切り払う祈りを込めて、アリアの願いを重ねたその刃は空気を裂く瞬間にも澄んだ音を奏でた。
「すぐにその糸を、断つわ」
上弦と下弦、交差する細い月の軌跡を描いて斬り付けた糸は刃を弾くように震えた。
アリアの攻撃に水夫の右腕が動いた。
彼を守り、アリアの攻撃を妨げぬよう、東條はマテリアルを練り上げて腕を抱える。鉈が鎧を打ち、時に肌を掠めても構わず、振り払おうとする動きに抗う。
糸を辿れば物陰に捻子らしい気配と影を見る。
動ける余裕は無いが、アリアに声を掛けてその存在を知らせる。
再度放たれた二重の月、舞い踊るように揮われた刃の纏う燐光が煌めき描く清廉な軌跡。
二度、三度と斬り付ければ東條は視界の端で捻子が砕ける様を見た。
「あなたの見せられた悪夢は、これで、終わり」
糸の消耗を見たアリアも最後の一太刀を浴びせ、水夫を彼を操っていた糸から解放する。
反動で柵を越えそうに揺らぐ身体を東條が抑え、抱えて転がる様に床へ倒れた。
呆然とする水夫は床に倒れたまま、2人を見上げた。その空へ花火の眩い光りが明滅した。
ジャックとルベーノが左舷の悲鳴へ辿り着いた時水夫の鉈が2艘目の縁へ振り下ろされた。吊す綱の断たれたそれは底まで撓らせ、剥がれるように板が割れていく。
ルベーノの肩にマントが翻り茨を纏う木製の兜が金属の艶を帯びて片角を飾る。退廃的で攻撃的な意匠を施した軽い鎧を纏った身体を、重厚なプレートの幻影が全て覆い、重装備の装いで大きくマントをはためかせた。
目標に据えた水夫を見詰めた赤い双眸が爛と輝き、彼を押さえるべく捉えようと腕を伸ばし、床を蹴って飛び出した。
船の内側へ抱えるように足に力を込めて踏み止まり、腕を押さえてジャックを呼ぶ。
「ああ、そのまま頼む。速攻でカタを付けるぜ!」
ジャックの青い瞳が熱を帯びた金属の赤に変わる。
髪の先が同じ赤に染まり潮風に戦ぎ、揺らぐ度にマテリアルの光りを散らす。細かな赤いその光りを火の粉のように明滅させ得物の柄を握る。
足場の狭さに合わせて選ぶ短剣はパレットナイフの形状をして、殴る要領で糸に宛がえば、僅かに散って黒い塵と化す細片がナイフの軌跡に沿って塗り広げられたように風に溶ける。
「案ずるな、貴様は俺たちが必ず助けるっ」
水夫の腕が藻掻くように揺れる。その切っ先がルベーノの腕を突くと、青ざめた顔でその拘束を逃れようと、自身の腕を掴みながら身動いだ。
怯える水夫を励まし、ルベーノは糸へ目を移す。
ジャックのナイフが一閃、二閃、と翻るが、まだ切れる様子は無い。
ジャックも攻撃の合間に糸を辿ってその主たる捻子を探すが、潜んでいる小さな捻子を視界に捉えることは適わなかった。
2人に加わる鳳城の結わえた黒い髪の合間から角が伸び、犬歯が口の端から覗く。聖書を開いた腕へ、そして他の四肢へも雷を模す紋様が浮かぶ。
「お待たせしました、手伝います」
聖書の頁が展開し広がる紙面に魔方陣が形成される魔術具として扱うその聖書を介して放たれた矢が糸を僅かに裂いて震えさせる。
重ねられた攻撃に綻びが進んだのだろう、ジャックは微かな物音を聞き、大型の拳銃の銃口を向ける。続けざまに放たれた弾丸に、積荷の影から欠けた黒い捻子が現れる。
捻子が損傷した瞬間、鳳城の放った矢は糸を切り、ジャックが狙いを定めて撃つ弾丸は違わずに捻子を砕いた。
右腕の解放にふらついた水夫をルベーノが支え、怪我を問う。
力の抜けた手から零れた鉈がごとりと床に落ち、その刃に浮かぶ血の色に慌てた水夫がルベーノの腕を見た。
これしきのこと、と豪快に笑うとマテリアルを巡らせて疵を塞ぐ。
「船はどうだ?」
得物を収めたジャックが水夫の方へと向かう。
「この救命艇も使えるか?」
無事な1艘の下ろす準備をして、もう1艘、船首の近くが鉈で深く断たれたそれ床に置いてルベーノは水夫に尋ねた。
修理は可能だろう。しかし、と水夫は甲板を振り返る。
2人が見た敵は積荷の武器からコンテナ揶揄か板に使われていた釘まで、様々な金属を操っている。その中での修理は難しそうだ。
だが。少しでも塞ぐことが出来れば、1人か2人は乗せることが出来るだろう。
水夫の解放を見て鳳城が上げた花火の閃光が右舷の2人に届く。
戦闘の終了を知らせ、連絡を待つその合図に、あちらも無事終えたようだとアリアがイヤリングの通信機能を操作し鳳城のトランシーバーに繋ぐ。
双方で救命艇を降ろし、水夫の半数ずつを戦闘の続く船から退避させる。
東條が彼等の誘導に向かうと、アリアはその場に残り、視界に入った救援のボートへと連絡を試みた。
雑音の混ざる中、救命艇の場所を伝えた。
●
大鎌の柄を手に中程のハンドルを掴むと大きく取り回し、翻る漆黒の刃は迫ろうとする歪虚の、武器を寄せ集めた巨体の一部を刈り取った。
高く弾き飛ばされる大型の銃が、鈍く重たい音を立てて甲板に落ちる。
それは他の積荷との合間でぶつかり合う音を響かせ、周囲の武器や部品を振り払うように再び浮き上がると同じ塊へと戻っていく。
死神の名を頂く鎌でさえ、刈り尽くすには手が掛かりそうだ。
「ま、なこたぁどうでもいいか。俺の目の前に現れたっつーンならブッ飛ばすだけだ!」
赤い髪を跳ねさせて、ボルティアは闘志に煌めいた黒い双眸で眼前の敵を見据えた。
「ボルティアさん、行きます」
彼我を目算で図り、ボルティアを巻き込まぬように、リンカは後方から火球を投じた。
放り出された瞬間は紅色の蕾であったそれが、ボルティアの頭上を越えると爆ぜるように花開き、虹色の火花を散らしながら衝撃で塊を崩す。
一度外れていた銃は再び甲板を転がって、更にいくつかの部品が散らかる。
すぐに再生を始める敵を見据え、得物の柄を強く握った。
「覚悟して下さいねぇ」
倒れた柱を挟み、星野は祈りの文言を綴る符を構えて前へ。
見える全てを囲むには符の範囲はやや狭く、塊を一つ完全に収める形で5枚の符を投じた。
それが敵を囲う結界を築き、灼けるほどの光りを満たす瞬間、符は紫に輝く。
符の色が戻り、光りが鎮まると、一回り小さくなって、自身を構成していた武器を崩した塊が、再び周囲の武器を集めようと蠢いている。
足場を確保しながら下がると、射程に強い弓に持ち替えて星野の狙った範囲に合わせるように、ミオレスカは弦を引き絞る。
続けざまに射落とされる鏃が降り注ぐ中、塊からぽろぽろと釘らしい小さな部品が零れては引き寄せられてと繰り返す。
「最初はできるだけたくさんまとめて狙います」
甲板を開放し、操られている武器を片付ける。そして、悲鳴を聞いた水夫達の安全を確保する。
吹き抜ける潮風に、七色の光りを纏うミオレスカの髪が揺れた。
二刀を構える空蝉も、近くの塊へ向かって走る。納める刀にマテリアルを込めて、塊を側面と思われる部位から狙い斬り付けて勢いを乗せるまま駆け抜ける。
再生した塊はボルティアや空蝉でさえ見上げるほどの高さを持ち。傍らに転がり引き寄せられようと震える武器はやはり金属製のもの。同じ物がもう1つ攻撃に弾かれた衝撃からか割れて、仕込まれていたマテリアルエンジンの機構を晒している。
歯車や発条が複雑に噛み合って、威力と射程を高めた構造。
壊れて尚も、そのパーツの一つ一つから繊細に作り困り、艶の出るほど磨かれた歯車が、最後の足掻きを見せる様にゆっくりと回転した。
近い射程で戦っていた2人の頭上、ぱらりと音を立て細かな部品が降り注いだ。
引き寄せたものの維持が出来なくなったらしい。
「効いてるってことですかねぇ」
転がってきた発条を摘まみ星野が呟く。
塊が、震えたように蠢いた。
拳銃や捻子や釘の細かな部品をかみ合わせて作る鞭を思わせる部位が甲板を這う。塊一つから複数本伸ばされるそれが一斉にハンター達を狙った。
大鎌の刃でいなし、鎧でそれを防ぎきったボルティアが、咄嗟に兜に手を掛けるも、リンカを庇うには距離が過ぎた。
撓るように傍らを擦り抜けた鞭はリンカが築いた土の壁を叩き崩し、次の一撃が細い身体を打って甲板へ転がした。
空蝉は脇差しで攻撃を逸らし、衝撃を殺して凌ぐが、攻撃が重なる内に腕が重く痺れる程の痛みを得た。
直ぐさま構え直して、伸ばされた鞭を狙い踏み出す足へマテリアルを込める。
リンカもすぐに立ち上がり後退、戦い続けるべく手許を探りポーションを取り出した。
「テメェにも俺の相手をして貰うぜ!?」
ボルティアが振り返り腕を伸ばす。
その腕は赤熱した色に染まり、振るえば炎の鎖の幻影がリンカへと伸ばされた鞭へ絡む。
捉えられたそれは引き摺られるようにボルティアの間合いへと戻り、再び震われる黒の刃に刈り取られた。
「勿体ないですが、命には代えられません。後で回収しましょう」
ミオレスカが後方から躊躇わずに塊へ矢を落とす。
壊れる銃や散らかった捻子、転がっていく歯車が口惜しい。
しかし、構っていられる余裕は無い。
塊を削いでいく矢に合わせ、星野も引き直した符を構えて放つ。
小さくなった塊が、這うように甲板を伝い、その脚へ迫った。
「私はぁ、殺られませんよぉ」
1枚手許に残した符を重ねてグローブで庇う。グローブに浮かび上がる幾何学模様の障壁と光りの鳥が打撃を阻んだ。
空蝉が横へ回り込んで伸ばされる鞭を斬り、ミオレスカがその再生を阻むように矢を飛ばす。
対峙する塊を広く薙ぐボルティアと範囲を合わせ、戦線に戻ったリンカも炎の彼岸花を贈るように投じる。
見れば柱に隔てられ、リンカとボルティアの側に居た3体の塊のうちの2体は既に半分ほどの質量に減っている。それだけ周囲の足場も悪くなってきていた。
星野が前後の2人の攻撃を受けて粗方を削がれた塊へ止めだと言う様に符を放つ。
その中央に転がった黒い捻子は、その場で暫く回っていたがやがて動かなくなる。黒い捻子の周りで動いていた小さな金属片や部品も、僅かに浮き上がっては落ちてと繰り返し、完全な沈黙を見せた。
残りは1体、星野は符を引き直し、ミオレスカと空蝉がそれぞれの得物を構え直した。
至近の1体に狙いを据え、ボルティアが炎の幻影を纏わせた鎌を振るう。
素早い動きは上下から炎が襲い食い千切って咀嚼する様に武器を引き剥がす。
リンカの投じた火球に潰されて、1体が同様に沈黙し、残りの2体がまた一回り縮小した。
あと少しだ。そう思う瞬間、ハンター達は足元の違和感を知る。
こと足場を気に掛けていた空蝉や、状況を見ていたリンカがそれに気付いたのは早い。
ボルティアもその違和感にすぐ、重心を下げて構えを保つ。
捻子が抜かれた床板が外れ、それ以上に、歪虚が引き寄せようとした影響がこの貨物船全体に及んでいる。
急がなければ。幸い、残りは消耗したものがあと3体。
構え直すハンター達は一斉に攻撃の手を向けた。
鞭が迫る攻撃は2度目、ボルティアがリンカを庇える距離まで呼んで防ぐ。
空蝉を支えるべく僅かに前に出たミオレスカへ伸ばされた鞭は盾に抑えたが、続くもう一撃。僅かに逸れて腕を打った鋸の刃に裂かれた痛みが響いた。
片腕の痛みを堪え放つ弾丸が眼前の敵を貫く。
「こいつで最後だな!」
振り翳す大鎌を空気を薙いで振り下ろし放つ炎の幻影が塊の残り全てを、黒い捻子から剥がして貪るように駆け抜ける。
崩れた武器や部品の山、その堆く折り重なった隙間から微かに立ち上った黒い靄。
ぱりん。と、また一つ何かが砕ける音が聞こえた。
黒い捻子だとその音の方へと目を向けると、靄は暫しそこに留まり、風に散らされるように漂いながら、船の動きとも風向きとも異なる何処かへ流れていった。
甲板の戦闘の終了にリンカが急ぎトランシーバーを取る。
同じ船に乗る仲間への連絡はすぐに付いて、アリアが応じ相互の状況を伝える。
救援のハンターが到着したらしい。
「救援が来てくれたよ! みんな避難して、ここの武器を回収――――」
回収する。
アリアとの通信をしながら、リンカが戦闘を終えた仲間に告げる。
その声は不意に足元が傾いで途切れた。
多くの釘を抜かれた貨物船は終に積荷の重量に耐えられる状態では無くなっていた。
急いで。そう叫ぶ中、水夫を救命艇へ帰した東條とアリア、左舷側の片付けを終えたジャックとルベーノ、鳳城も武器の回収に加わる。
●
パトリシアのボートが貨物船の左舷へ寄る。
撤退した敵の動きを警戒し、船を導いたパトリシアとエラとウルミラは周囲の見張りを続けている。
到着が鳳城からアリアへ伝えられ、ヴィリーとマリィアの運ぶ船が右舷へと回り込む。
救命艇へ下りたアリアが船へ手を伸ばし、登場の指揮で動く水夫が船室から重要な書類や装備を運び出す。
「水夫が海の上で積荷を捨てるなんてカッコ悪い事、させない」
船から降ろされるそれらを受け取り、救命艇の水夫に渡す。
近くまで転がってきた武器や部品も拾える限り回収して救命艇へ下ろす。満載になった頃、鳳城からの連絡を受けると身を乗り出すようにボートを探す。
ボートを確認すると、アリアはロープを伝って船へ戻った。
「私が二つの剣に誓い、貴方達と水夫の誇り、護るわ」
彼等に代わり、積荷の回収へ。東條の元に残った水夫の護衛に加わる。
「船室は終わった、甲板からの退避ルートも確保出来ている。残りは、零れた武器の回収だ。いけるか?」
船首へ向いた登場の指が甲板を指す。
戦いももう終わる頃、敵の形を成していた武器や部品が一面に広がっている。
殆どのコンテナは割られて回収には手が掛かりそうだ。
水夫を守りながら、それでも。2人は甲板へと走った。
ヴィリーが空船を水夫達と荷物の載った救命艇に近付けてボートを止める。救命艇の水夫達は荷を空船へ移しながら礼を告げた。
声を掛けられたマリィアが、ええ、と短く声を添えて一瞥を向けるが、逃走を許した歪虚の存在が気に掛かり、視線はすぐに海へ戻り、得物は構えたまま下ろされることはない。
ヴィリーも空船と水夫を気に掛けながら、いつでも防御に転じられるよう周囲に気を張っている。
通信を終えた鳳城も水夫の誘導と防御に当たるルベーノとジャックを手伝うが、甲板の戦闘に弾かれた部品が足元まで転がってくる。
気を付けるようにと水夫達を促しながら甲板側に立ち、部品を拾いながら続く。
「慌てず並べっ。焦る必要はない、必ず助かるっ」
ルベーノの張る声が響き、水夫達が整列する。救命艇へ順に下ろしていけば、丁度その定員を満たし、割れたもう1艘も持ち上げて静かに海面に下ろせば簡易な足場程度の用を為した。
周辺で回収出来た品を船へ下りた水夫を通じて空船へ移し、水夫も救命艇で待機させる。
「慌てんな!」
海上の移動には不慣れらしい水夫に注意し、ジャックは甲板の戦闘の様子を覗う。
不穏に軋む足音に余裕が無いと知る。
急ぎ積荷の回収に向かおうと、戦線の外側で回収を続けながらその集結を待つ。
「皆さん無事で良かったヨー!」
ボートから振り返るパトリシアが水夫に声を掛けるが、逃走した敵の接近への警戒は解かず。エラも、空船に荷が移されていくことで蒼い瞳を研ぎ澄ませて盾を構え直す。
「こちらは、救援が到着し、避難を終えたわ。今から甲板の武器を回収するわ――」
リンカとの通信が途切れる。アリアは気遣う声を掛けるが、すぐに自身の足元の板の危うさを知る。
同じく船の軋みに気付いた東條と水夫を救命艇へ向かわせ、2人はすぐに甲板へ向かった。
甲板でルベーノたち3人とも合流し、それぞれの空船へ積み荷を運ぶ。
船の軋む音を沈んでいく揺れに急かされながら出来る限りかき集めて貨物船から降ろし空船へ移す。
「――殲滅ヲ確認。……攻撃を終了します」
納刀。空蝉が静かな声で告げて自身の得物を収め、怪我を押して銃を抱え船縁へ。
「これらの奪取が目的なら、船そのものを乗っ取るつもりではないでしょうか……」
壊れていく船を振り返り、敵の目的を考える。
抱えてきた銃を仲間へ、残りの積荷を運ぼうと再度甲板へ。
積荷の回収から一旦離れ、ミオレスカは海へ下りる。水の精霊の力を纏い、水上を駆って船の状況を確かめる。
外壁も剥がれ始め、喫水が深くなり傾き始めている。見ている間にも剥がれた板が海面に落ちて流れていく。
沈没は避けられそうにない船の状況と、沈むまでの時間を推し測るように作業へと戻る。
今度の敵も捻子だった。
「どういう原理で増殖するのかぁ、そろそろ掴んでおかないとイタチごっこが終わりませんねぇ」
武器を運びながら星野が溜息交じりに零す。
顰める表情をすぐに切り替え、後で話を聞こうと水夫に笑顔を見せた。
終わった。と、ハンター達も貨物船から退避する。
全員が貨物船を去り、ボートが岸を目指してゆっくりと進み始めた。
貨物船はその中央が割れて静かに波打たせながら沈んでいく。ボートから振り返ると海中で解れたように、板が浮き上がってきた。
暫しその辺りで漂って、やがて流れ去り、或いは再び海中へ沈んでいった。
ボートは危うげ無く岸へ。移送の失敗に慌てながらも、先ずは全員の無事が喜ばれた。
陽光に照らされて煌めく海原に2艘のボートが魔導エンジンを唸らせて走る。
水平線へ向け一直線に、白い波を立てて進んでいく。
先を行く船を操るパトリシア=K=ポラリス(ka5996) は牽引する船に乗って周囲を警戒する師匠ことエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)を振り返った。
パトリシアに気付いたエラがここまでの安全と伝える様に頷くと、パトリシアは更に岸を覗う。
出発した岸は既に遠ざかり、水平線に見えていた貨物船が近付いてくる。
ボートのスピードと潮風に髪を靡かせ、パトリシアはボートの速度を上げる。
龍園を出るまで海を知らなかったというウルミラ(ka6896)はそのボートの縁に身を預け、ぐったりと座り込んでいる。
「船が苦手なんだ。……船酔いするからではないぞ!」
強がってそう零してみせるが顔色は芳しくなく、不機嫌な仏頂面で揺る水面を睨んでいる。
それきり黙ってしまったウルミラを気遣うように見詰めて、パトリシアは目的の貨物船に視線を戻した。
貨物船の積荷回収の為の空船で、エラは船を守る支度を調える。
海域に出没するらしい歪虚。貨物船を巻き込む前に片付けたい。
揺らぐ青い水面の奥は仄暗く、水平線を追うほどに底へ光りが届かなくなる。
もう一艘のボートを走らせるヴィリー・シュトラウス(ka6706)と同乗するマリィア・バルデス(ka5848)も、それぞれに得物を手にしながら周囲を警戒して貨物船に急ぐ。
ヴィリーは純白の銃を片手にハンドルを操り、貨物船までの進路を保ちながら、牽引する貨物船に目を向ける。
「そちらはどうかな?」
エンジンと波の音に紛れながらもその声はスコープを覗くマリィアに届く。
魔導機構備えた大型の狙撃銃の艶やかなグリップを撫でる、
近く、何かが蠢いた気配を感じ遠方を探っていた銃のスコープから目を外し、周囲を見回す。
「何かしら……」
緑の目を眇めまだ穏やかに波打つ水面を覗う。
ヴィリーも速度を落とし、パトリシアとエラも警戒を、ウルミラも青ざめた顔を顰めて海を睨んだ。
彼等が波に紛れた微かな音に目を向けると、海面に1匹の歪虚が佇むように泳いでいた。
同時にボートの接近を知ったらしいその歪虚が濁った声を上げると、海面には次々にその歪虚が現れた。
一見すると魚の形をしているそれは、大きく裂ける口と飛び出した眼球を持つ。起伏に乏しい紡錘形の身体から生える水掻きと鰭の発達した前腕には、鋭利な切っ先と重量の覗える銛が握られ、足鰭は水を蹴って2艘のボート
を取り囲む様に移動しながら近付こうとする。
魚の歪虚を見付けた更に沖。黒い靄が浮かぶと、その中に濁った斑模様の歪な軟体の球体が覗いた。
悍ましく震えて蠢いたそれが楕円状に伸び上がると、端から覗いた虚ろな眼球がぎょろりと、ハンター達を眺めていた。
海面を騒がせて海中へ潜ったそれは、暫時、ハンター達に迫って再び頭を覗かせる。
擡げた触手の丸まった細い先端が徐に伸ばされて、水面を撫でる様にうねった。
そして、2、3人を束ねたような太さを持ち吸盤に覆われた長い触手を空へと擡げ、見上げるほどの高さから水面を叩き、巻き起こった波に乗って、銛を得た魚の歪虚がハンター達との距離を一息に詰める。
「お船のお助け……の前に、この子達の相手ダネっ! ウルミー、動けるよネ!」
パトリシアの視界に蛍が舞う。
小鉤を外し、紐を解く。得物とする雄大な自然を描く軸を展開し、マテリアルを巡らせる一瞬、中にその幻影が浮かび上がる。
潮風にはためいて風帯が翻り、放たれたマテリアルがウルミラに届く。
ウルミラを囲い回る3本の魔剣の幻影が収束し、身体へ吸い込まれるように消える。
代わりのように浮かんだ炎の幻影を纏い、受け取った魔法、水の精霊の力を纏って船から下りる。
紫の髪を艶やかに戦がせ、漆黒の長柄を握り締めて得物を取り回す。
翻った純白の刃は龍の羽ばたくように空を裂き、巻き上がるその風に揺らぐ翼の幻影を浮かばせる。
精霊に祈り、海面を蹴って魚の歪虚へと向かう。
「ししょー」
「こちらの守りは任せて頂いて構いませんよ」
マテリアルを込め、法術刻印の施された堅牢で操るエラの丈を超す大きさを持つタワーシールドを構えると、蒼に、生まれた世界で纏っていた澄んだ色に戻った双眸で敵を見据える。
兜を目深に被り直すと、
彼等の目指す貨物船では紛れ込んでいた歪虚の攻撃が既に始まっていた。
水夫の悲鳴に応えるべく動いたハンター達は左右空同時に聞こえたそれに、二手に分かれる。
「コイツら……今回は随分と派手じゃねーか。ルベーノ、左行くぞ」
ジャック・エルギン(ka1522)が ルベーノ・バルバライン(ka6752)を伴いまず、左舷へ走る。
覇気に溢れた声で答えたルベーノは巨躯の重さを感じさせない身軽さで続く。
その動きに応じ、アリア・セリウス(ka6424)と東條 奏多(ka6425)も右舷へ、鳳城 錬介(ka6053)は左舷の2人を助けるべく追いながら、東條を振り返り、片付いたら知らせると手持ちの花火を示した。
それに応じた東條はアリアを追って右舷の水夫の元へ走る。
マテリアルを込めた足で床板を蹴る。
水夫の悲鳴、物の壊れる音、歪虚の気配。
覚えの有るそれに、海の上とは厄介だと顔を顰める。
「だが、別の土地で増える方がもっと厄介だ。外来種なんざろくなことにならないからな」
「……いえ、悪夢の企みにこそ、終わりを」
海を渡ろうとする悲劇が、次の幕を上げる前に。
アリアの凜と鋭い声が響く。銀の髪を靡かせて、青い双眸は悲鳴の主たる水夫と、今まさに壊されそうな船を捉えた。
コンテナを叩き壊して倒れてきた支柱、その周囲には散らかった積荷は吹き溜まりを作るように5箇所に分かれ、それぞれ集まって人を思わせる形を成す。
四肢のように連なって漂う銃や鋸がそう思わせるだけで、それは人の可動を越えた伸縮を見せる。
2メートルに及ぶ三連装の散弾銃、一見しただけでその威力の凄まじさが想起され、事実、銃として扱えば分厚い鎧さえ砕ける威力を持ったそれが足として。
或いは、その10分の1程の大きさの拳銃が、付属の短剣と並んで腕を成すように幾つも幾つも連なっている。
砕けたコンテナから抜けた捻子が隙間に吸い寄せられ、どこから飛んできたのか、小さな物が一つハンターの眼前を横切ってその塊に加わった。
無骨な印象の長大な銃、その三連の銃身が大きく振り回され更にコンテナを砕き中に収められていた武器を広げ、自身を拡大しようと塊へ引き寄せる。
暴れる武器の塊に壊された武器さえ、巻き込まれるように漂い集まって、それはハンター達へ攻撃の手を伸ばした。
「なんだこいつ等……モノの寄せ集め歪虚か?」
支柱を避けて佇むボルディア・コンフラムス(ka0796)が、マテリアルを昂ぶらせて黒い槍を思わせる長柄を取り回す。
翼を模す飾りを頂くそれは、マテリアルに呼応し柄に文字らしき模様を浮かび上がらせて、影のような黒い刃を形作った。
背後に逃れた仲間を庇う様に立ち、刈るべき敵に肩を聳やかす。
「此度の任務、承知しました――」
同じく支柱を避けて敵に接する距離で空蝉(ka6951)は刀を抜く。
幅の広い刀身が帯びたマテリアルを表して青白く光る。
甲板の床から抜けた1本の釘、足元のぐらつきを感じると、足場に気を配りながら敵との距離を推し測る。
ふわりと、星野 ハナ(ka5852)の髪が靡く。
潮風に抗うように凪の穏やかさに揺蕩うように揺れている。
「さぁて、殺って殺って殺りまくりのお時間ですよぅ!」
爛爛と蒼く輝いた瞳が敵を睨み、因縁有る敵との対峙に口角を釣り上げた。
額に飾る深紅の宝玉を介してマテリアルを鎧うと符を構えた。
柱の端まで下がる辺りでリンカ・エルネージュ(ka1840)は状況を見回した。
武器の塊は5体、何れも未だ周囲の武器を引き寄せ、或いは新たにコンテナを壊して拡大を続けている。
中心に時折垣間見える黒い捻子がその核となっているように見えるが、引き寄せられた武器を始めその黒い捻子を守る物は多い。
得物を握り敵を見るが、ふと足元の違和感を知る。見れば、引き寄せられた釘のため甲板の板が外れていた。
同じような状況を随所に見付け、眼前の歪虚の船体への影響を知る。
「さぁ……意地を見せてやるんだから」
同乗したハンターの内、水夫の救出へ向かったハンターを除き、あの5匹の相手をするハンターも丁度5人。
気押されそうな大きさに怯みそうになるが、気持ちは負けないと波形のような独特の刃紋を持つ短剣の女神を象る柄を握る。
マテリアルを込める瞬間に発生した魔方陣が収束して消えると、髪は透き通る氷の煌めきを帯び、青い瞳の光りは失せる。凍える冷たさを帯びた双眸で敵を見据えると仲間と敵との距離を推し測り、魔術具として扱う短剣の切っ先を向けた。
拡大を続ける敵、既に襲われたらしい水夫。状況は芳しくない。
ミオレスカ(ka3496)は風の加護を受けた銀の拳銃を握り、引鉄に指を掛ける。
「私達が、この場にいるからには、犠牲は出しません」
マテリアルの昂ぶりに、銀の髪から七色の光りの幻影が零れ落ちる。
ボルティアと空蝉、前衛に立つ2人の更に前を狙い、降らせる弾丸の雨が甲板に跳ねて踊る。
弾かれた武器や部品は一旦転がり、すぐに塊に引き寄せられて溶け込むようにその一部となる。
「──ターゲット、ヲ、捕捉。殲滅シマス」
しかし、一度は割かれた塊は、僅かにその中心を垣間見せる。
二刀を帯びる空蝉がそれを見据え、抜き様の力強い一撃を塊を脇から削ぐように放った。
●
ウルミラは掲げた大鎌の刃を煌めかせて、海面を走り敵に迫る。炎の幻影が棚引きながらその身体に従って、得物の纏う風が波を揺らがす。
近付けば魚を象った歪虚の向こうにぬっと盛り上がって震える粘液質で弾力を持つ頭部。
頭部を囲むように海面に揺れる8本の触手の形だけは蛸のそれ。
「マジか」
船の揺れに当てられた、収まっていたはずの不快感が蘇り思わず呟く。
鮮度の良い物は透けるように薄く切られて、或いは鮮やかな赤と白に茹で上げられて食欲をそそった食べ物とは似つかぬ大きさと色に息を飲む。
その対極で銃を構えるマリィアは照星の中心を蛸に据え、黒い銃身を敵へ伸ばし、銃口を据える。
大型の狙撃銃を抱え、不安定なボートの上で反動に備えて底に確りと足を置く。
銃に気付く魚の歪虚が槍を取るのを待ち狙いを魚へと移す。
「タコに魚人……向こうは恐らく金属、嫉妬だろうと思うけど、どういう組み合わせかしら、ねっ!」
続けざまに魚へと降り注ぐ弾丸が鱗を弾き、鰭を削ぐ。
接近する魚は8匹、マリィアの銃弾を受けても怯む様子も無くこちらを狙って銛を翳す。
「僕は、サポートに」
ボートを停止させ、ヴィリーは空船の近くへと移り銀の拳銃を抜く。
陽光に照らされて神聖に煌めくそれを掲げ祈る。
力を込めて祈る瞬間、命の削がれる感覚を耐え、浮かび上がった茨の幻影が自身とその周囲を囲むのを見届けて戦線へ視線を移すと、前に出ていたウルミラへ魚の突き付けた銛が迫る。
腕に向けられた銛の切っ先。
咄嗟に鎌を引いて威力を殺すも深く突き刺さった痛みに呻く。
腕を伝い零れた血が海面に滴り、波間に漂いながらその緋色を薄めて消えていく。
蛸へと向けた攻撃は魚に阻まれる。傷を抑えて一旦下がり、傷口を塞ぐべくマテリアルを込めた。
回復には遠いが、腕が動きを取り戻すと鎌を握り直して敵を睨む。
もう一艘のボートにも魚の歪虚は迫っていた。
「おっきなタコさんなんダヨー!……でも、先に狙うのは魚さんダネっ」
軸から引く符を投じる。
炎の精霊の力を付与されたそれは、符の持つ土の力を帯びて風を裂くように蛸の足の一つへと向けられる。
阻もうとした魚の鰭を焦がし、水に消されるように用を終えた符を払い退け、魚は振り回した銛をパトリシアへ向けて投じる。
攻撃に上げる濁った咆哮に、傍にいた他の魚も釣られて銛を向けた。
投じられた一撃は脇を掠めたが、続けて放たれた銛はエラへと向かう。
エラは盾に軽々とそれを弾き、船へ落ちる切っ先さえ、自身の盾へ引き寄せて海中へと弾いた。
接近しているものは3匹、距離を取ってもう1匹。ヴィリーとマリィアを乗せたもう一艘のボートの方へ3匹、ウルミラが対峙するものが1匹。
海面を辿り視線を下げる。戦闘により惹き付けられて増える魚がいないことを確かめると、魚たちの背後で粘液質な斑の軟体を震わせる蛸を見る。
「こちらの船は狙わせたくはありませんね」
貨物船へ届けるための空船を狙う様子は今のところ見られないが、戦闘の最中、攻撃が当たらないとも、敵が不意に狙いを変えないとも言い切れない。
攻撃と操舵を任せるパトリシアへの銛を防ぐべく、再度盾を構えてマテリアルを込めると、情報処理機能を搭載する腕輪向け、敵へ手を伸ばし狙いを据えた。
反動にボートが揺れる。魚を囲み注ぐ銃弾が逃す1匹が投じた銛を銃身で叩き落とすように弾き直ぐさま再装填へと掛かる。
「ただ損耗させるためだけに、人間が面白おかしく右往左往するのを眺めるためだけにやっているとは思えないのよね」
マリィアは、魚の後方、触手を揺らしながら、虚ろな目で戦況を眺めるだけの蛸を一瞥する。
触手を動かされれば起こる波に陣形を変える魚が狙いを逸れるが、蛸自身が動く様子が今のところ見られない。
ヴィリーに向けて投じられた銛が法術刻印を施す脚甲に触れ、その内へも響く衝撃に船底へ膝を着く。
その銛の力と、攻撃に際して削られた船縁に、聖別された銀の銃を握り直すとボートと空船の半分を覆うように結界を築く。
僅かに険しく顰めた青い瞳が敵を睨みながら、引鉄に添えた指を引き切れずに震わせた。
銛の攻撃を鎌の刃と鎧を重ねて防ぎ、弾いて翻す刃で敵の胴を薙ぐ。自身も深傷を負いながら海面に出て魚と戦うウルミラに、その動きに気付いたらしいもう1匹がマリィアの射程から逃れて迫る。
逃すまいとしたのか、向かわせまいとしたのか、ヴィリーの弾丸がその動きを止めた。
その間に立て直したウルミラが再度魚へと鎌の切っ先を向けた。
「上手く庇ってくれたら良いんだけどネ」
蛸を狙い、手に馴染む呪符を軸に添える。軸から引く五枚の符を掲げると、魚が蛸の周囲へと下がるように動いた。
後方の1匹が前へ出ると、その全体が範囲に収まるように符を投じた。
光りに目を眩ませ、海中まで落ちる土の衝撃に伏せた魚が、浮き上がってのたうつと、エラの放つ3条の光りがそれぞれの身体を貫き、蛸を掠めた光りがそれを払おうとした触手を一つ大きく削いだ。
射落とした魚の歪虚は2匹、未だ動けぬものが1匹、もう1匹の傷は浅いが幸いにも得物を腕から弾いている。
こちらはもう少しで片付きそうだと、もう一艘へ目を向ける。
ウルミラが鎌の纏った血を払って戦線を引く。前に立って、戦うには腕と腹の傷が痛む。
回復に努めて戦線を睨むと、ヴィリーが足を止めた魚はマリィアの弾丸が貫いて海中へと落ちたようだ。
魚が粗方沈黙すると、マリィアの銃口は迷わずに蛸を狙う。
「……雑魔が倒されることすら意味がある、そんな気がするのよ」
だから、今後のためにも大型の雑魔は可能な限り倒してしまいたい。
蛸の動きを見ながら、装填を終えた弾丸をその巨体へ、その前方へ取り零した魚を巻き込みながら放つ。
弾丸の一つを触手で弾き、もう1つが頭部にめり込むと、柔らかな巨体を震わせて海中へ潜ろうと動く。
「タコが逃げるわ!」
ヴィリーは咄嗟に銃を構え、その足止めを図り光りを放つ。厚い皮膚を僅かに傷付けたその攻撃に、蛸はうねる触手を擡げて水面を叩く。船に迫ろうと藻掻く最中、再度放たれたマリィアが弾丸が触手を一つ切り離した。
残りの魚の掃討にエラが光りを放ち、パトリシアは蛸へ符を投じ、光りで囲って動きを妨げる。
貨物船の様子と、蛸の動きを見ると、エラはパトリシアとウルミラを呼ぶ。
蛸が撤退するならば、空船は急ぎ届けた方が良い。パトリシアがトランシーバーを提げては居るが、まだその通信の範囲には入っておらず、甲板の不穏な様子が遠く覗えるのみ。
パトリシアは負傷したウルミラに手を貸してボートへ引き上げ、広げた得物の構えは解かずに、ボートを動かして蛸からの距離を離す。
エラの光りが届く距離まで下がり、接近の動きに応じられるように符を向ける。
攻撃を続けるマリィアに妨害から逃れた蛸が迫る。擡げた脚を振り下ろしその身体を凪ぐ様に叩くと、衝撃に傾いだ身体を支えて咄嗟に構える迄の隙に海中へ。
揺れたボートの転覆を防ごうと押さえ付けるヴィリーが身を乗り出した海面に浮かぶ、ぞっとするほど大きな影は、やがて海の底へと潜っていき見えなくなった。
海面に浮かび上がってきた大きな触手は波に漂いながらその淀んだ斑の色を黒に染めて、土塊の崩れる様に溶けて消えた。
歪虚の消えた海面は静かに波打っている。
マリィアが濡れた髪を掻き上げて水気を払い、ヴィリーがボートのエンジンを駆動させる。
無事な様子に安堵し、パトリシアもボートを進め、ウルミラはその揺れに抗うように瞼を伏せる。
エラは空船の後端へ移動し、歪虚の出現を警戒しながら海を眺めた。
2艘のボートと引かれた空船は速度を上げ、再び貨物船を目指す。
距離を推し測り、パトリシアはトランシーバを向けて通信を試みると、雑音の紛れる声が船の側面へと呼んだ。
●
水夫が鉈を握り自身の身体を引き摺る様に救命用の小舟へ鉈を向ける。
3艘並んで釣られた内、手前の一艘の綱が切れて傾いでいた。抗う身体を構わずに鉈を持つ右腕は振り上げられて、鋭く研がれたその刃を船縁から底へ叩き付けた。
悲鳴を上げもう一撃を、小舟の底は割れ、船縁の板も外れて落ちる。
右舷での物音と悲鳴にアリアと東條が駆けつけた時には、辛うじて船首が形を残した救命艇の板が周囲に散らかる中に佇む水夫が、次の船へ鉈を向けていた。
残像を残すほどの動きで船と水夫の間に割り入った東條の頬を鉈が裂く。
切り上げる切っ先はマスクに触れて止まると次の攻撃の手は東條の手が捕まえ抑え込む。
「押さえた。アリア」
右腕を注視し糸を探す。行動を共にした同居人の名を呼ぶと、既に得物を構えたアリアは淡く儚く、雪を思わせるマテリアルの光りを纏い、縦に細めた瞳孔で糸を見据えた。
片手が握るのは、終刻と刻んだ優美な作りの剣。その鋭利な切っ先を糸へ向け、もう片方の手に握る硝子を思わせる石の柄、マテリアルを込めて構築された透明な刀身を翻した。
双剣が順次燐光を纏う。
闇を切り払う祈りを込めて、アリアの願いを重ねたその刃は空気を裂く瞬間にも澄んだ音を奏でた。
「すぐにその糸を、断つわ」
上弦と下弦、交差する細い月の軌跡を描いて斬り付けた糸は刃を弾くように震えた。
アリアの攻撃に水夫の右腕が動いた。
彼を守り、アリアの攻撃を妨げぬよう、東條はマテリアルを練り上げて腕を抱える。鉈が鎧を打ち、時に肌を掠めても構わず、振り払おうとする動きに抗う。
糸を辿れば物陰に捻子らしい気配と影を見る。
動ける余裕は無いが、アリアに声を掛けてその存在を知らせる。
再度放たれた二重の月、舞い踊るように揮われた刃の纏う燐光が煌めき描く清廉な軌跡。
二度、三度と斬り付ければ東條は視界の端で捻子が砕ける様を見た。
「あなたの見せられた悪夢は、これで、終わり」
糸の消耗を見たアリアも最後の一太刀を浴びせ、水夫を彼を操っていた糸から解放する。
反動で柵を越えそうに揺らぐ身体を東條が抑え、抱えて転がる様に床へ倒れた。
呆然とする水夫は床に倒れたまま、2人を見上げた。その空へ花火の眩い光りが明滅した。
ジャックとルベーノが左舷の悲鳴へ辿り着いた時水夫の鉈が2艘目の縁へ振り下ろされた。吊す綱の断たれたそれは底まで撓らせ、剥がれるように板が割れていく。
ルベーノの肩にマントが翻り茨を纏う木製の兜が金属の艶を帯びて片角を飾る。退廃的で攻撃的な意匠を施した軽い鎧を纏った身体を、重厚なプレートの幻影が全て覆い、重装備の装いで大きくマントをはためかせた。
目標に据えた水夫を見詰めた赤い双眸が爛と輝き、彼を押さえるべく捉えようと腕を伸ばし、床を蹴って飛び出した。
船の内側へ抱えるように足に力を込めて踏み止まり、腕を押さえてジャックを呼ぶ。
「ああ、そのまま頼む。速攻でカタを付けるぜ!」
ジャックの青い瞳が熱を帯びた金属の赤に変わる。
髪の先が同じ赤に染まり潮風に戦ぎ、揺らぐ度にマテリアルの光りを散らす。細かな赤いその光りを火の粉のように明滅させ得物の柄を握る。
足場の狭さに合わせて選ぶ短剣はパレットナイフの形状をして、殴る要領で糸に宛がえば、僅かに散って黒い塵と化す細片がナイフの軌跡に沿って塗り広げられたように風に溶ける。
「案ずるな、貴様は俺たちが必ず助けるっ」
水夫の腕が藻掻くように揺れる。その切っ先がルベーノの腕を突くと、青ざめた顔でその拘束を逃れようと、自身の腕を掴みながら身動いだ。
怯える水夫を励まし、ルベーノは糸へ目を移す。
ジャックのナイフが一閃、二閃、と翻るが、まだ切れる様子は無い。
ジャックも攻撃の合間に糸を辿ってその主たる捻子を探すが、潜んでいる小さな捻子を視界に捉えることは適わなかった。
2人に加わる鳳城の結わえた黒い髪の合間から角が伸び、犬歯が口の端から覗く。聖書を開いた腕へ、そして他の四肢へも雷を模す紋様が浮かぶ。
「お待たせしました、手伝います」
聖書の頁が展開し広がる紙面に魔方陣が形成される魔術具として扱うその聖書を介して放たれた矢が糸を僅かに裂いて震えさせる。
重ねられた攻撃に綻びが進んだのだろう、ジャックは微かな物音を聞き、大型の拳銃の銃口を向ける。続けざまに放たれた弾丸に、積荷の影から欠けた黒い捻子が現れる。
捻子が損傷した瞬間、鳳城の放った矢は糸を切り、ジャックが狙いを定めて撃つ弾丸は違わずに捻子を砕いた。
右腕の解放にふらついた水夫をルベーノが支え、怪我を問う。
力の抜けた手から零れた鉈がごとりと床に落ち、その刃に浮かぶ血の色に慌てた水夫がルベーノの腕を見た。
これしきのこと、と豪快に笑うとマテリアルを巡らせて疵を塞ぐ。
「船はどうだ?」
得物を収めたジャックが水夫の方へと向かう。
「この救命艇も使えるか?」
無事な1艘の下ろす準備をして、もう1艘、船首の近くが鉈で深く断たれたそれ床に置いてルベーノは水夫に尋ねた。
修理は可能だろう。しかし、と水夫は甲板を振り返る。
2人が見た敵は積荷の武器からコンテナ揶揄か板に使われていた釘まで、様々な金属を操っている。その中での修理は難しそうだ。
だが。少しでも塞ぐことが出来れば、1人か2人は乗せることが出来るだろう。
水夫の解放を見て鳳城が上げた花火の閃光が右舷の2人に届く。
戦闘の終了を知らせ、連絡を待つその合図に、あちらも無事終えたようだとアリアがイヤリングの通信機能を操作し鳳城のトランシーバーに繋ぐ。
双方で救命艇を降ろし、水夫の半数ずつを戦闘の続く船から退避させる。
東條が彼等の誘導に向かうと、アリアはその場に残り、視界に入った救援のボートへと連絡を試みた。
雑音の混ざる中、救命艇の場所を伝えた。
●
大鎌の柄を手に中程のハンドルを掴むと大きく取り回し、翻る漆黒の刃は迫ろうとする歪虚の、武器を寄せ集めた巨体の一部を刈り取った。
高く弾き飛ばされる大型の銃が、鈍く重たい音を立てて甲板に落ちる。
それは他の積荷との合間でぶつかり合う音を響かせ、周囲の武器や部品を振り払うように再び浮き上がると同じ塊へと戻っていく。
死神の名を頂く鎌でさえ、刈り尽くすには手が掛かりそうだ。
「ま、なこたぁどうでもいいか。俺の目の前に現れたっつーンならブッ飛ばすだけだ!」
赤い髪を跳ねさせて、ボルティアは闘志に煌めいた黒い双眸で眼前の敵を見据えた。
「ボルティアさん、行きます」
彼我を目算で図り、ボルティアを巻き込まぬように、リンカは後方から火球を投じた。
放り出された瞬間は紅色の蕾であったそれが、ボルティアの頭上を越えると爆ぜるように花開き、虹色の火花を散らしながら衝撃で塊を崩す。
一度外れていた銃は再び甲板を転がって、更にいくつかの部品が散らかる。
すぐに再生を始める敵を見据え、得物の柄を強く握った。
「覚悟して下さいねぇ」
倒れた柱を挟み、星野は祈りの文言を綴る符を構えて前へ。
見える全てを囲むには符の範囲はやや狭く、塊を一つ完全に収める形で5枚の符を投じた。
それが敵を囲う結界を築き、灼けるほどの光りを満たす瞬間、符は紫に輝く。
符の色が戻り、光りが鎮まると、一回り小さくなって、自身を構成していた武器を崩した塊が、再び周囲の武器を集めようと蠢いている。
足場を確保しながら下がると、射程に強い弓に持ち替えて星野の狙った範囲に合わせるように、ミオレスカは弦を引き絞る。
続けざまに射落とされる鏃が降り注ぐ中、塊からぽろぽろと釘らしい小さな部品が零れては引き寄せられてと繰り返す。
「最初はできるだけたくさんまとめて狙います」
甲板を開放し、操られている武器を片付ける。そして、悲鳴を聞いた水夫達の安全を確保する。
吹き抜ける潮風に、七色の光りを纏うミオレスカの髪が揺れた。
二刀を構える空蝉も、近くの塊へ向かって走る。納める刀にマテリアルを込めて、塊を側面と思われる部位から狙い斬り付けて勢いを乗せるまま駆け抜ける。
再生した塊はボルティアや空蝉でさえ見上げるほどの高さを持ち。傍らに転がり引き寄せられようと震える武器はやはり金属製のもの。同じ物がもう1つ攻撃に弾かれた衝撃からか割れて、仕込まれていたマテリアルエンジンの機構を晒している。
歯車や発条が複雑に噛み合って、威力と射程を高めた構造。
壊れて尚も、そのパーツの一つ一つから繊細に作り困り、艶の出るほど磨かれた歯車が、最後の足掻きを見せる様にゆっくりと回転した。
近い射程で戦っていた2人の頭上、ぱらりと音を立て細かな部品が降り注いだ。
引き寄せたものの維持が出来なくなったらしい。
「効いてるってことですかねぇ」
転がってきた発条を摘まみ星野が呟く。
塊が、震えたように蠢いた。
拳銃や捻子や釘の細かな部品をかみ合わせて作る鞭を思わせる部位が甲板を這う。塊一つから複数本伸ばされるそれが一斉にハンター達を狙った。
大鎌の刃でいなし、鎧でそれを防ぎきったボルティアが、咄嗟に兜に手を掛けるも、リンカを庇うには距離が過ぎた。
撓るように傍らを擦り抜けた鞭はリンカが築いた土の壁を叩き崩し、次の一撃が細い身体を打って甲板へ転がした。
空蝉は脇差しで攻撃を逸らし、衝撃を殺して凌ぐが、攻撃が重なる内に腕が重く痺れる程の痛みを得た。
直ぐさま構え直して、伸ばされた鞭を狙い踏み出す足へマテリアルを込める。
リンカもすぐに立ち上がり後退、戦い続けるべく手許を探りポーションを取り出した。
「テメェにも俺の相手をして貰うぜ!?」
ボルティアが振り返り腕を伸ばす。
その腕は赤熱した色に染まり、振るえば炎の鎖の幻影がリンカへと伸ばされた鞭へ絡む。
捉えられたそれは引き摺られるようにボルティアの間合いへと戻り、再び震われる黒の刃に刈り取られた。
「勿体ないですが、命には代えられません。後で回収しましょう」
ミオレスカが後方から躊躇わずに塊へ矢を落とす。
壊れる銃や散らかった捻子、転がっていく歯車が口惜しい。
しかし、構っていられる余裕は無い。
塊を削いでいく矢に合わせ、星野も引き直した符を構えて放つ。
小さくなった塊が、這うように甲板を伝い、その脚へ迫った。
「私はぁ、殺られませんよぉ」
1枚手許に残した符を重ねてグローブで庇う。グローブに浮かび上がる幾何学模様の障壁と光りの鳥が打撃を阻んだ。
空蝉が横へ回り込んで伸ばされる鞭を斬り、ミオレスカがその再生を阻むように矢を飛ばす。
対峙する塊を広く薙ぐボルティアと範囲を合わせ、戦線に戻ったリンカも炎の彼岸花を贈るように投じる。
見れば柱に隔てられ、リンカとボルティアの側に居た3体の塊のうちの2体は既に半分ほどの質量に減っている。それだけ周囲の足場も悪くなってきていた。
星野が前後の2人の攻撃を受けて粗方を削がれた塊へ止めだと言う様に符を放つ。
その中央に転がった黒い捻子は、その場で暫く回っていたがやがて動かなくなる。黒い捻子の周りで動いていた小さな金属片や部品も、僅かに浮き上がっては落ちてと繰り返し、完全な沈黙を見せた。
残りは1体、星野は符を引き直し、ミオレスカと空蝉がそれぞれの得物を構え直した。
至近の1体に狙いを据え、ボルティアが炎の幻影を纏わせた鎌を振るう。
素早い動きは上下から炎が襲い食い千切って咀嚼する様に武器を引き剥がす。
リンカの投じた火球に潰されて、1体が同様に沈黙し、残りの2体がまた一回り縮小した。
あと少しだ。そう思う瞬間、ハンター達は足元の違和感を知る。
こと足場を気に掛けていた空蝉や、状況を見ていたリンカがそれに気付いたのは早い。
ボルティアもその違和感にすぐ、重心を下げて構えを保つ。
捻子が抜かれた床板が外れ、それ以上に、歪虚が引き寄せようとした影響がこの貨物船全体に及んでいる。
急がなければ。幸い、残りは消耗したものがあと3体。
構え直すハンター達は一斉に攻撃の手を向けた。
鞭が迫る攻撃は2度目、ボルティアがリンカを庇える距離まで呼んで防ぐ。
空蝉を支えるべく僅かに前に出たミオレスカへ伸ばされた鞭は盾に抑えたが、続くもう一撃。僅かに逸れて腕を打った鋸の刃に裂かれた痛みが響いた。
片腕の痛みを堪え放つ弾丸が眼前の敵を貫く。
「こいつで最後だな!」
振り翳す大鎌を空気を薙いで振り下ろし放つ炎の幻影が塊の残り全てを、黒い捻子から剥がして貪るように駆け抜ける。
崩れた武器や部品の山、その堆く折り重なった隙間から微かに立ち上った黒い靄。
ぱりん。と、また一つ何かが砕ける音が聞こえた。
黒い捻子だとその音の方へと目を向けると、靄は暫しそこに留まり、風に散らされるように漂いながら、船の動きとも風向きとも異なる何処かへ流れていった。
甲板の戦闘の終了にリンカが急ぎトランシーバーを取る。
同じ船に乗る仲間への連絡はすぐに付いて、アリアが応じ相互の状況を伝える。
救援のハンターが到着したらしい。
「救援が来てくれたよ! みんな避難して、ここの武器を回収――――」
回収する。
アリアとの通信をしながら、リンカが戦闘を終えた仲間に告げる。
その声は不意に足元が傾いで途切れた。
多くの釘を抜かれた貨物船は終に積荷の重量に耐えられる状態では無くなっていた。
急いで。そう叫ぶ中、水夫を救命艇へ帰した東條とアリア、左舷側の片付けを終えたジャックとルベーノ、鳳城も武器の回収に加わる。
●
パトリシアのボートが貨物船の左舷へ寄る。
撤退した敵の動きを警戒し、船を導いたパトリシアとエラとウルミラは周囲の見張りを続けている。
到着が鳳城からアリアへ伝えられ、ヴィリーとマリィアの運ぶ船が右舷へと回り込む。
救命艇へ下りたアリアが船へ手を伸ばし、登場の指揮で動く水夫が船室から重要な書類や装備を運び出す。
「水夫が海の上で積荷を捨てるなんてカッコ悪い事、させない」
船から降ろされるそれらを受け取り、救命艇の水夫に渡す。
近くまで転がってきた武器や部品も拾える限り回収して救命艇へ下ろす。満載になった頃、鳳城からの連絡を受けると身を乗り出すようにボートを探す。
ボートを確認すると、アリアはロープを伝って船へ戻った。
「私が二つの剣に誓い、貴方達と水夫の誇り、護るわ」
彼等に代わり、積荷の回収へ。東條の元に残った水夫の護衛に加わる。
「船室は終わった、甲板からの退避ルートも確保出来ている。残りは、零れた武器の回収だ。いけるか?」
船首へ向いた登場の指が甲板を指す。
戦いももう終わる頃、敵の形を成していた武器や部品が一面に広がっている。
殆どのコンテナは割られて回収には手が掛かりそうだ。
水夫を守りながら、それでも。2人は甲板へと走った。
ヴィリーが空船を水夫達と荷物の載った救命艇に近付けてボートを止める。救命艇の水夫達は荷を空船へ移しながら礼を告げた。
声を掛けられたマリィアが、ええ、と短く声を添えて一瞥を向けるが、逃走を許した歪虚の存在が気に掛かり、視線はすぐに海へ戻り、得物は構えたまま下ろされることはない。
ヴィリーも空船と水夫を気に掛けながら、いつでも防御に転じられるよう周囲に気を張っている。
通信を終えた鳳城も水夫の誘導と防御に当たるルベーノとジャックを手伝うが、甲板の戦闘に弾かれた部品が足元まで転がってくる。
気を付けるようにと水夫達を促しながら甲板側に立ち、部品を拾いながら続く。
「慌てず並べっ。焦る必要はない、必ず助かるっ」
ルベーノの張る声が響き、水夫達が整列する。救命艇へ順に下ろしていけば、丁度その定員を満たし、割れたもう1艘も持ち上げて静かに海面に下ろせば簡易な足場程度の用を為した。
周辺で回収出来た品を船へ下りた水夫を通じて空船へ移し、水夫も救命艇で待機させる。
「慌てんな!」
海上の移動には不慣れらしい水夫に注意し、ジャックは甲板の戦闘の様子を覗う。
不穏に軋む足音に余裕が無いと知る。
急ぎ積荷の回収に向かおうと、戦線の外側で回収を続けながらその集結を待つ。
「皆さん無事で良かったヨー!」
ボートから振り返るパトリシアが水夫に声を掛けるが、逃走した敵の接近への警戒は解かず。エラも、空船に荷が移されていくことで蒼い瞳を研ぎ澄ませて盾を構え直す。
「こちらは、救援が到着し、避難を終えたわ。今から甲板の武器を回収するわ――」
リンカとの通信が途切れる。アリアは気遣う声を掛けるが、すぐに自身の足元の板の危うさを知る。
同じく船の軋みに気付いた東條と水夫を救命艇へ向かわせ、2人はすぐに甲板へ向かった。
甲板でルベーノたち3人とも合流し、それぞれの空船へ積み荷を運ぶ。
船の軋む音を沈んでいく揺れに急かされながら出来る限りかき集めて貨物船から降ろし空船へ移す。
「――殲滅ヲ確認。……攻撃を終了します」
納刀。空蝉が静かな声で告げて自身の得物を収め、怪我を押して銃を抱え船縁へ。
「これらの奪取が目的なら、船そのものを乗っ取るつもりではないでしょうか……」
壊れていく船を振り返り、敵の目的を考える。
抱えてきた銃を仲間へ、残りの積荷を運ぼうと再度甲板へ。
積荷の回収から一旦離れ、ミオレスカは海へ下りる。水の精霊の力を纏い、水上を駆って船の状況を確かめる。
外壁も剥がれ始め、喫水が深くなり傾き始めている。見ている間にも剥がれた板が海面に落ちて流れていく。
沈没は避けられそうにない船の状況と、沈むまでの時間を推し測るように作業へと戻る。
今度の敵も捻子だった。
「どういう原理で増殖するのかぁ、そろそろ掴んでおかないとイタチごっこが終わりませんねぇ」
武器を運びながら星野が溜息交じりに零す。
顰める表情をすぐに切り替え、後で話を聞こうと水夫に笑顔を見せた。
終わった。と、ハンター達も貨物船から退避する。
全員が貨物船を去り、ボートが岸を目指してゆっくりと進み始めた。
貨物船はその中央が割れて静かに波打たせながら沈んでいく。ボートから振り返ると海中で解れたように、板が浮き上がってきた。
暫しその辺りで漂って、やがて流れ去り、或いは再び海中へ沈んでいった。
ボートは危うげ無く岸へ。移送の失敗に慌てながらも、先ずは全員の無事が喜ばれた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/09/28 07:40:48 |
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作戦【3】相談卓 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/09/28 07:37:55 |
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作戦【1】相談卓 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/09/28 00:58:10 |
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作戦【2】相談卓 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/09/28 00:57:23 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/09/27 20:58:28 |