ゲスト
(ka0000)
凶兆の産声
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~4人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/10/04 09:00
- 完成日
- 2017/10/21 19:04
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●動き出した凶災
「南で?」
「はい。歪虚の軍勢が凶行を繰り返しております。長江の南側の村はほぼ殲滅状態です」
早馬を使った使者からの報告に立花院 紫草(kz0126)はその端正な柳眉を撥ね上げた。
「何故報告がこんなにも遅くなったのですか?」
声を荒げることなく静かに問うものの押し殺した怒りは使者にも十分に伝わったのだろう。
平伏していた使者はさらに畳へと額を押しつけ身を縮こまらせた。
「それが、どうやら最初は本当に小さな民家から始まったようで……」
使者によると、憤怒本陣があった周囲はまだ負のマテリアルの影響が強くほぼ草木も生えていないような状態だが、長江周辺となるとこの春から大分新芽が見られるようになって来ていた。
とは言え幕府としては安全を保証できない地域に人々を移住させる事は推奨しないとして、長江以南への移住は留まるようにと言うお触れを出していた。
しかし恵土城周囲に身を寄せていた元々その地域に住んでいた民達、または新天地に一攫千金を夢見た者などが徐々に南下し、そこに家を建て、開墾し、村のようなものができはじめ、流通が徐々に始まり始めていた。
そこまでは幕府としても確認していた。
大輪寺や恵土城からも「時折雑魔は見かけるが、大きな被害は出ていない」という連絡をこの初夏にも貰ったばかりだった。
最初の変化は静かだったという。
外れに住む変わり者の家主が消えた。
連れてきていた牛も消えていたことから「生活苦に逃げ出したのでは?」と周囲は思ったらしい。
そして、点在するように広がった人々、その憤怒本陣に近い家から徐々に消え始めた事に気付いたのはこの9月頭。
やはりまだ負のマテリアルの影響が強いのではと人々の間で不安の声が上がったところで、最南端に位置していた村が襲われた。
村と言っても、3世帯ほどが身を寄せ合って開墾をしていた地で、馬も無い。
唯一逃げ出せた男は「歪虚に襲われた」と辿り着いた先の村で訴えたが、念のために男衆が見に戻っても、酷い蹂躙の後が有るわけでも無く、恐らく通りすがりの歪虚にやられたのだろうという結論となり、男はその村に身を寄せることになった。
それから一週間後。今度はその村が襲われた。
やはり馬も無いような小さな村だ。人々は蜘蛛の子を散らすように方々に逃げ果せ、近隣の村へと身を寄せた。
そして、そこからは三日毎に家が襲われ、村が襲われるようになった。
最初は見つけた人間を喰う獣だったのが、いつ頃から家に火を放ち、馬がいれば馬を喰らい蹂躙を楽しむように人々を追うようになった。
そして、逃げ果せた人々は自然に北へ、北へと歩を進め、ようやく長江の南にある町まで辿り着いた。
これまた町、とは言うが辛うじて行商が行き来するだけの物流がある程度。
人口にすれば50にも満たない町だったが、気付けば20を越える難民を抱えていた。
「南から歪虚が攻めてきている」
そう口々に訴える難民達に、行商人も危機感を覚え始めた頃、ついにその町へも歪虚の襲撃があった。
この町には健脚な馬がいた。
襲撃があるかもしれないと備えていた結果、それと同時に使者を乗せ恵土城へと走らせることに成功したのだ。
そして報告を得た恵土城から早馬が立ち、幕府の差配した宿場を経由し、ようやく天ノ都は龍尾城、紫草の元まで辿り着くには4日の日を要していた。
「なるほど……報告ご苦労。別室に茶を用意してある。ゆるりと休んでいきなさい」
「……ははっ。有り難きお言葉。ご厚意に感謝致します」
頭を今一度低く、畳に額をこすりつけると、使者は近侍達の案内で別室へと移動していった。
「……何が起ころうとしているのか……まずはハンターの皆さんに協力を仰ぎましょう」
紫草は龍尾城から見える南方を睨む。
夕陽に染められ、夜に侵食され始めた空は朱から紫のグラデーションを描く。
それは見る者が見れば美しいと評したかも知れない。
だが、まだ不安定なこの国を抱える紫草にとっては不吉な色としか見えなかった。
●凶鳥の舞う空
ハンター達が受けた依頼は『長江南方から恵土城へと移住する人々の護衛』だった。
歪虚達の襲撃は昼夜を問わない。
ある日は早朝に。ある日は午後の暑い最中に。またある日は深夜寝静まった頃に襲撃に遭ったため、幕府は時間を絞ってハンターを送り込むことが出来なかった。
また、ハンターを送り込むには当然資金がかかる。
天ノ都、その周囲の復興で手一杯の幕府にとって、ここで予算を割くことはかなり痛手であることは変わりない。
そして長江南方と言えば東方唯一の転移門のある天ノ都からは酷く遠い。
道中は荒れ地も多く、悪路どころか道なき道を通ることにもなる。
片道だけでも馬を使って7日はかかる。
途中襲撃を受ければその度に足止めを喰らう為それ以上になる可能性もあった。
だが、無視は出来ない。
万が一憤怒本陣で本当に歪虚が活性化しているのであれば、今起こっている襲撃とは凶兆に違いないからだ。
せめて恵土城城下町、その周囲であれば人々を幕府の人間で護ることも出来る。
考え抜いた結果出てきた結論に紫草は納得しかねるように首を振った。
「誠にお恥ずかしい話しではありますが、どうぞよろしくお願いします」
そう言ってハンター達に頭を下げた紫草の顔には疲労が見て取れた、と一部のハンターでは噂になった程だ。
かくして、ハンター達は出立した。
道中は幕府が用意した宿場に泊まりながら南を目指す。
幸いにして恵土城までの道中で歪虚や雑魔と遭遇する事も無く、ハンター達は一泊すると、目的の長江南部の村へと再び出立した。
海沿いを歩き続け、そろそろ昼食にしようかと話していた時だった。
遠くから騒がしい鳥の鳴き声が聞こえ始め、海鳥にしては聞いたことのない声音に首を傾げて双眼鏡を向ける。
「……歪虚だ!!」
けたたましい鳥の声、そして1本の筋のように上がっていた白煙は太い黒煙に変わりその数を増していく。
ハンター達が村の端を目に入れ始めた頃、逃げ惑う人々がハンター達とすれ違っていく。
ギャァギャァと啼き散らす歪虚。
燃え盛る村の中で、晴天にも限らず赤い番傘を差していた痩身の歪虚が首を傾げた。
「あら、ハンターが来たの……? ふぅん。じゃぁ後はあんた達の好きにしていいわぁ。適当に遊んだら帰っていらっしゃい。あたしは先に戻るわねん……面倒なのは嫌いなのよ」
懐から取り出した小瓶から、1つ黒い飴玉のようなものを取り出して口に放り込むと、それをガリリと噛み砕いて両頬を引きつらせるように嗤う。
そしてその場から忽然と姿を消した。
その場に残ったのはグリフォンのような姿をしたキメラと餓鬼のように腹の膨れた歪虚。
「いたぞ!」
ハンター達の声にキメラ達は跳躍すると方々へと散っていった。
「南で?」
「はい。歪虚の軍勢が凶行を繰り返しております。長江の南側の村はほぼ殲滅状態です」
早馬を使った使者からの報告に立花院 紫草(kz0126)はその端正な柳眉を撥ね上げた。
「何故報告がこんなにも遅くなったのですか?」
声を荒げることなく静かに問うものの押し殺した怒りは使者にも十分に伝わったのだろう。
平伏していた使者はさらに畳へと額を押しつけ身を縮こまらせた。
「それが、どうやら最初は本当に小さな民家から始まったようで……」
使者によると、憤怒本陣があった周囲はまだ負のマテリアルの影響が強くほぼ草木も生えていないような状態だが、長江周辺となるとこの春から大分新芽が見られるようになって来ていた。
とは言え幕府としては安全を保証できない地域に人々を移住させる事は推奨しないとして、長江以南への移住は留まるようにと言うお触れを出していた。
しかし恵土城周囲に身を寄せていた元々その地域に住んでいた民達、または新天地に一攫千金を夢見た者などが徐々に南下し、そこに家を建て、開墾し、村のようなものができはじめ、流通が徐々に始まり始めていた。
そこまでは幕府としても確認していた。
大輪寺や恵土城からも「時折雑魔は見かけるが、大きな被害は出ていない」という連絡をこの初夏にも貰ったばかりだった。
最初の変化は静かだったという。
外れに住む変わり者の家主が消えた。
連れてきていた牛も消えていたことから「生活苦に逃げ出したのでは?」と周囲は思ったらしい。
そして、点在するように広がった人々、その憤怒本陣に近い家から徐々に消え始めた事に気付いたのはこの9月頭。
やはりまだ負のマテリアルの影響が強いのではと人々の間で不安の声が上がったところで、最南端に位置していた村が襲われた。
村と言っても、3世帯ほどが身を寄せ合って開墾をしていた地で、馬も無い。
唯一逃げ出せた男は「歪虚に襲われた」と辿り着いた先の村で訴えたが、念のために男衆が見に戻っても、酷い蹂躙の後が有るわけでも無く、恐らく通りすがりの歪虚にやられたのだろうという結論となり、男はその村に身を寄せることになった。
それから一週間後。今度はその村が襲われた。
やはり馬も無いような小さな村だ。人々は蜘蛛の子を散らすように方々に逃げ果せ、近隣の村へと身を寄せた。
そして、そこからは三日毎に家が襲われ、村が襲われるようになった。
最初は見つけた人間を喰う獣だったのが、いつ頃から家に火を放ち、馬がいれば馬を喰らい蹂躙を楽しむように人々を追うようになった。
そして、逃げ果せた人々は自然に北へ、北へと歩を進め、ようやく長江の南にある町まで辿り着いた。
これまた町、とは言うが辛うじて行商が行き来するだけの物流がある程度。
人口にすれば50にも満たない町だったが、気付けば20を越える難民を抱えていた。
「南から歪虚が攻めてきている」
そう口々に訴える難民達に、行商人も危機感を覚え始めた頃、ついにその町へも歪虚の襲撃があった。
この町には健脚な馬がいた。
襲撃があるかもしれないと備えていた結果、それと同時に使者を乗せ恵土城へと走らせることに成功したのだ。
そして報告を得た恵土城から早馬が立ち、幕府の差配した宿場を経由し、ようやく天ノ都は龍尾城、紫草の元まで辿り着くには4日の日を要していた。
「なるほど……報告ご苦労。別室に茶を用意してある。ゆるりと休んでいきなさい」
「……ははっ。有り難きお言葉。ご厚意に感謝致します」
頭を今一度低く、畳に額をこすりつけると、使者は近侍達の案内で別室へと移動していった。
「……何が起ころうとしているのか……まずはハンターの皆さんに協力を仰ぎましょう」
紫草は龍尾城から見える南方を睨む。
夕陽に染められ、夜に侵食され始めた空は朱から紫のグラデーションを描く。
それは見る者が見れば美しいと評したかも知れない。
だが、まだ不安定なこの国を抱える紫草にとっては不吉な色としか見えなかった。
●凶鳥の舞う空
ハンター達が受けた依頼は『長江南方から恵土城へと移住する人々の護衛』だった。
歪虚達の襲撃は昼夜を問わない。
ある日は早朝に。ある日は午後の暑い最中に。またある日は深夜寝静まった頃に襲撃に遭ったため、幕府は時間を絞ってハンターを送り込むことが出来なかった。
また、ハンターを送り込むには当然資金がかかる。
天ノ都、その周囲の復興で手一杯の幕府にとって、ここで予算を割くことはかなり痛手であることは変わりない。
そして長江南方と言えば東方唯一の転移門のある天ノ都からは酷く遠い。
道中は荒れ地も多く、悪路どころか道なき道を通ることにもなる。
片道だけでも馬を使って7日はかかる。
途中襲撃を受ければその度に足止めを喰らう為それ以上になる可能性もあった。
だが、無視は出来ない。
万が一憤怒本陣で本当に歪虚が活性化しているのであれば、今起こっている襲撃とは凶兆に違いないからだ。
せめて恵土城城下町、その周囲であれば人々を幕府の人間で護ることも出来る。
考え抜いた結果出てきた結論に紫草は納得しかねるように首を振った。
「誠にお恥ずかしい話しではありますが、どうぞよろしくお願いします」
そう言ってハンター達に頭を下げた紫草の顔には疲労が見て取れた、と一部のハンターでは噂になった程だ。
かくして、ハンター達は出立した。
道中は幕府が用意した宿場に泊まりながら南を目指す。
幸いにして恵土城までの道中で歪虚や雑魔と遭遇する事も無く、ハンター達は一泊すると、目的の長江南部の村へと再び出立した。
海沿いを歩き続け、そろそろ昼食にしようかと話していた時だった。
遠くから騒がしい鳥の鳴き声が聞こえ始め、海鳥にしては聞いたことのない声音に首を傾げて双眼鏡を向ける。
「……歪虚だ!!」
けたたましい鳥の声、そして1本の筋のように上がっていた白煙は太い黒煙に変わりその数を増していく。
ハンター達が村の端を目に入れ始めた頃、逃げ惑う人々がハンター達とすれ違っていく。
ギャァギャァと啼き散らす歪虚。
燃え盛る村の中で、晴天にも限らず赤い番傘を差していた痩身の歪虚が首を傾げた。
「あら、ハンターが来たの……? ふぅん。じゃぁ後はあんた達の好きにしていいわぁ。適当に遊んだら帰っていらっしゃい。あたしは先に戻るわねん……面倒なのは嫌いなのよ」
懐から取り出した小瓶から、1つ黒い飴玉のようなものを取り出して口に放り込むと、それをガリリと噛み砕いて両頬を引きつらせるように嗤う。
そしてその場から忽然と姿を消した。
その場に残ったのはグリフォンのような姿をしたキメラと餓鬼のように腹の膨れた歪虚。
「いたぞ!」
ハンター達の声にキメラ達は跳躍すると方々へと散っていった。
リプレイ本文
●
「避難民……! 遅かった、か……?」
逃げ惑う人々、燃える家と空へと上がる黒煙を目にして藤堂研司(ka0569)の表情が悔しさに歪む。
「どうして、村が……人が、襲われて」
狼狽する羊谷 めい(ka0669)の横で馬車の手綱を握っていた劉 厳靖(ka4574)はレイヴンクラウンの間に手を差し込むとガシガシと頭を掻いた。
「チッ、こりゃまた面倒な事になってんな。先手を取られたってか。とりあえず、襲われてる奴らを助けるぞ」
「あぁ、最悪の事態に間に合ったんだ、まだ巻き返せる……! 行くぞ、竜葵! こっから先、一人の死者も出させん!」
ワイバーンの竜葵と共に駆けだした研司の背にめいは小さく頷いた。
「……狼狽えるのも、悲しむのも、後で出来ます。既に犠牲になっている方がいるのに、これ以上の犠牲を出してはいけません。わたしは、わたしに出来ることを」
「俺はめいのように癒すことは出来ないが、俺は俺のやり方で命を護ろう」
アーク・フォーサイス(ka6568)がめいの瞳をひたと見つめ、頷くと「行こう」と2人揃って走り出す。
「征くぞ天禄」
「戦場の監視役は任せるぜ蜜鈴! アンノウン、マルカは救援ついでに村人の人数を把握しておいてくれ」
ワイバーンの天禄の背に乗り飛び立つ蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)に同じくワイバーンのエボルグに飛び乗ったエヴァンス・カルヴィ(ka0639)が声を掛け、重ねて黒の夢(ka0187)とマルカ・アニチキン(ka2542)にも指示を飛ばす。
鞍馬 真(ka5819)とT-Sein(ka6936)もまた、彼らに遅れを取らないよう村へと向かって走り出した。
「そいつで通信ができる、持っててくれ! 俺達はハンターだ、今から敵を抑えて村の救助に向かう! 何かあったらそいつに喋ってくれればいい、後でこっちからも通信する! 後で会おう!」
研司はすれ違い様に村人へとトランシーバーを投げ渡す。
咄嗟に受け取った村人はぽかんとした表情の後、悲鳴を上げてトランシーバーを投げ返して走り去っていく。
「……え?! あ、ちょ、おい!?」
研司が呼び止めることも構わないまま村人との距離はぐんぐんと開いていく。
「研司さん」
声に研司が顔を向けると、イェジドのネーヴェと共に先に走って行くめいの後ろ姿。
「…………」
空中で戸惑うように旋回する竜葵の影に手を振り、再び研司は村へと走り出した。
一番最初に村に辿り着いたのはイェジドのレグルスに騎乗していた真だった。
ぴょこぴょこと跳ねるように火の付いた薪を持って走る餓鬼の姿、そして、湯気立つ腸を引き摺り出し喰むキメラ。
「いたぞ! 村に入って左手にある家の陰にキメラがいる。それに、餓鬼が沢山……私は村の中央へ行く!」
送話口に口を押しつけるようにして報告を入れると真は血色の刃を煌めかせすれ違い様に餓鬼へと斬り付けながら村の中央へと急ぐ。
(私は全てを救える程強くはないけれど、手の届く範囲の命は救いたい)
「レグルス!」
真が呼べばレグルスはその意図を理解し大きく跳躍し、真はそれに合わせて全身から燃え盛るようなマテリアルのオーラを放ちながらレグルスから飛び降りると同時に餓鬼へと刃を沈めた。
「ヒィッ!!」「イヤァッ!!」
村人達は悲鳴を上げながら方々へと散っていく。
小さな違和感を抱きながらも餓鬼の反撃を受けた真は思考を戦闘へと集中させる。
レグルスもまた別の餓鬼へと飛び掛かる。
手に持っていた薪が転がり、枯れた草へと燃え移る。
レグルスは火を見て直ぐ様砂をかけて鎮火を図る。
「なるほど、薪を使ぅて火を放ちよるか! 皆、餓鬼の手から火を奪って消しとくれ」
上空から様子を見ていた蜜鈴がトランシーバーで呼びかけながら、他にキメラがいないか探す。
「おぉおおおおおおおお!!!」
手前で腸を貪っていたキメラへと急加速で奇襲を仕掛けたエルボクと呼吸を合わせてエヴァンスもまた衝撃波を放つ。
凄まじい威力を持った一撃が琥珀色のマテリアルの残光を散らしながらキメラの全身を穿つ。
「これだけ俺の目の前で派手にやらかしといて、生きて帰れるなんざ思ってないだろうな歪虚!」
視線でヒトを殺せたなら、間違いなく大量殺戮が行われている程の迫力でエヴァンスがキメラを睨み両手剣で空を払うように斬って、ひたりとキメラへと切っ先を向けた。
「これ以上護衛者から犠牲を出すわけにはいかねぇ……てめぇらまとめて殲滅だ」
「キメラがいるのか……!?」
真からの報告に左眉を撥ね上げた研司が竜葵を呼ぶ。
「竜葵、キメラを頼む! 俺は地上で救助活動にあたる! 今回は蜜鈴さんが指揮官だ、指示に従って戦って欲しい」
今日まで6日間、共に旅をしてきた。それに加え幸いにして竜葵は蜜鈴や天禄とは先に面識があった。絶対に大丈夫だという自身と共に研司は竜葵に説明を加えた。
「俺も地上で指揮下に入る、蜜鈴さんは信頼できる人だ。……一番の難敵を頼む、竜葵先輩。俺も、俺の仕事を果たす!」
最初の内は上空で旋回する様子が戸惑っているように見えたが、研司の言葉に呼応するように大きく吼えると天禄へと向かって大きく羽ばたいていく。
その後ろ姿を追うように研司もまた村まで走り続けた。
めいは村の入口でネーヴェから降りると、逃げ遅れている人がいないかアークと共に家屋へ確認に走った。
馬車が来るまでの一時的な『避難所』としてディヴァインウィルを展開するつもりでいたが、幸いすれ違い逃げていく人々は健脚であり、そして村の入口付近で倒れている者はすでに絶命していた。
「村の南の方で新たな火があがりよる!」
蜜鈴の声。そして南で閃光が弾けると同時に激しい轟音がスピーカーからも漏れた。
「そっちはどうだ!?」
馬車を繰る劉が声を掛けるが、もう入口付近には生きている人は見つけられずめいは首を横に振った。
火の上がっている手前5軒は既に素人に鎮火できるような規模を越えている。
「俺は東に行くぞ」
劉の声に唇を噛みながらもめいはちいさく頷いて、アークと共に西側へと走り始めた。
村の家屋の配置や道なりは蜜鈴からの報告でおおよそ頭に叩き込んでいた劉は、まさに今餓鬼によって火を放たれた家を発見した。
「黒の夢! マルカ!」
「うな!」
「行きます!」
馬車に気付いた餓鬼が火を吹こうとしたのをマルカの魔法洗浄ことカウンターマジックが白い光の渦と共に消し去った。
「汝らは火を噴くのね! ……では我輩の炎なんて、なんて事ないのだろうか……――ねえ? おチビちゃん?」
黒の夢の吐息から産まれた火球は餓鬼を包んで弾け、マテリアルの炎がまるで蝶が舞うように踊る。
馬車を止めると劉は直ぐ様御者台から飛び降り、家の戸に手を掛ける――が、つっかえ棒でもしているのか戸は開かない。大きな音を立てて戸を叩く。
「おい! 誰もいないか!?」
直後、劉は背後に餓鬼の気配を感じ横っ飛びに身を躱しながらヴィロー・ユを構えた。
吹き出されたマテリアルの炎は延焼しないと分かっていても、戸に直撃されると心臓に悪い。
黒の夢とマルカが餓鬼を相手取る中、劉は戸を体当たりでぶち抜くとその勢いのまま室内に倒れ込んだ。
「ひぃっ!!!」
丁度昼食時だったのだろう。
竈はまだ炭が暖かく、居間の囲炉裏には空になった鍋と椀が2つ。そしてその奥では布団にくるまるようにして震えている若い夫婦がいた。
「いてて……俺はハンターだ。助けに来たぜ」
劉が声を掛けても夫婦は抱き合ったまま近寄ってこようとしない。
そうしている間にも放たれた火は徐々に壁を燃やし、勢いを増そうとしている。
「ここにいたら死んじまうぞ! 表に馬車がある、一端村の外まで出るんだ」
劉が近寄り手を差し伸べる。その手のひらに衝撃を受け、劉は目を見張った。
「近付くな化け物……っ!!」
男が妻を守ろうとするように背後に庇いながら鉈を薙いだのだった。
「見つけた、2匹目……奥にもう1匹おるようじゃのう」
蜜鈴は上空から二体のキメラを見つけ出すと竜葵を呼んだ。
「足止めは頼んだ。すぐに我等も加勢に向かう故……ふふ、仕留めてしもうても良いのじゃぞ?」
にぃと笑み蜜鈴が告げれば、竜葵は了承を示すように一度目を伏せて手前にいるキメラへ向かって急降下していった。
「翼あるキメラか……。さて空の王は何方か、思い知らせてやろうてな」
蜜鈴がそう告げれば天禄は真っ直ぐに高度を下げつつ最奥のキメラへと向かって行く。
一気に集中力を高めた蜜鈴は上空から天禄が地上にいるキメラへとブレスを吐くのに合わせて呪を唱え……
「いかん、天禄!」
ブレスを吐くその一瞬前に制止をかける。
「童がおる……! 『轟く雷、穿つは我が怨敵…一閃の想いに貫かれ、己が矮小さを識れ』!」
キメラの先には逃げ惑う子どもの姿を見つけた蜜鈴は範囲攻撃を中止し、雷の茨をキメラへと突き刺した。
「これは酷い……!」
研司は黒煙を上げて燃え盛る家の横を駆け抜ける。
すれ違うのは村人なのか、難民なのか。誰もが必死の形相で研司は「北へ! 火の手の無い方へ走れ!」と誘導するのが精一杯だった。
手前5軒にはもう人の気配が無いとめいから連絡は受けていたので、蜜鈴が見つけた新たな火の手の上がった家へと向かう。
途中、井戸を見つけたので頭から水を被り、バンダナを水で濡らし口と鼻を覆い縛った。
閉ざされた戸を叩けば、中から赤子の泣き声が聞こえ、研司は助走を付けて思いっきり体重を乗せた研司砲の銃床で戸を叩き割った。
ほぎゃぁあ、ほぎゃぁあ、と赤子の鳴き声が一段と大きくなって研司は声の方を見た。
女が強張った表情で強く嬰児を抱きながら研司を凝視していた。
「俺はハンターだ! 助けに来た!!」
研司の声に女は無言のまま大粒の涙を零し始めた。
「もうこの家にいては火に巻かれる、逃げよう」
女の傍まで来て立てるか問う研司に、女は震える声でこう問い返した。
「……ホントに……? アイツの仲間じゃ無いの……?」
床に鉈が叩き付けられた。
アーデルリッターのお陰で傷1つなくすんだ劉だったが、自分に鉈が振り下ろされたという衝撃に言葉を失っていた。
「げんちゃん、どうかしたのな?」
餓鬼を始末した黒の夢が中へと入ると、そこには硬直した劉と、怯えた女を背に庇う鉈を持った男の姿。
「――もう大丈夫、怖かったね」
黒の夢がふわりと慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「わ、わかってるんだ、ダマされるもんか……! 人の姿をした化け物め!!」
「いや、俺にはさっぱりわからんのだが……そんな物騒なもんはとりあえずしまって、な? この家、裏側に火放たれてるからこのままだとお前もその後ろの嫁さん? も死んじまうぞ?」
ようやく我を取り戻した劉が話しかければ、庇われていた女が恐る恐るというように男の肩口を引いた。
「ねぇ……何か、この人達、あの変なのとは違う感じがするよ……何て言うか……キラキラしてる」
「だけど……」
ついに室内に煙が充満し始め、夫婦は酷く咳き込んだ。
「いや、ホントこのままだとお前さん達死ぬよ? ダマされたと思って一緒に来ちゃくれねぇか」
劉の言葉に夫婦は顔を合わせた。
「……ホントに、アイツの仲間じゃ無い……?」
●
「『赤い番傘』……? いや。今まで見ておらぬ」
天禄に上空からプレッシャーをかけさせ、子どもよりも自分達の方へ気を引き付けようとしていた蜜鈴は研司からの報告に柳眉を寄せた。
「そいつが、キメラだとか餓鬼を引き連れてきた張本人だ。こっちでも同じ証言が出た。“ハンター”をわざわざ名乗って村にキメラと餓鬼を放ったらしい」
夫婦を馬車の荷台に乗せながら劉も夫婦から聞いた話しを共有する。
「だから幻獣と一緒に行動していたオレ達を見て逃げたのか……!」
研司が悔しさに唇を噛む。
もともと東方は2年前まで長期に渡って天ノ都以外の地域を憤怒に支配されていた地だ。
突如流星のように現れ、獄炎を倒した“ハンター”の活躍よりも歪虚の恐怖の方が身近なのも当然であり、襲われパニックに陥った中では、幻獣の姿もそれを使役する姿も『人型の歪虚』という前例の印象に引き摺られるのは致し方ないことだ。
そこまで気を回せなかった事が悔しい。
「研司さん」
研司に応援を要請されためいが研司の姿を見つけてネーヴェとアークと共に駆け寄る。
「あぁ、めいさん。有り難う」
「いいえ、わたしは、わたしに出来ることをしたくて」
めいはネーヴェから降りると、赤ん坊を抱いた女性と研司が発見して保護したという子ども達に笑顔を向ける。
それでも皆、ネーヴェを見る目にはおびえの色がある。
敵が居ると分かっていたから幻獣と共に来たのに、それがさらに混乱を増長させるなど想像もしていなかった。
こんな事態は初めてで、めいは思わず戸惑いの色を浮かべる。
「大丈夫! 彼はネーヴェ。とっても賢い幻獣で、皆のことを悪い歪虚から守ってくれるんだ!」
研司が声をかけ、ネーヴェの頭をガシガシと撫でてみせる。
ややも乱暴に撫でられたネーヴェだが、されるがままに大人しく頭を差し出している様子を見た子ども達は少し安心したように頷き合う。
「ね。ちゃんと声を掛けて敵ではない事を呼びかければわかって貰えるさ」
研司の声にめいは頷きで応えた。
ちゃんと顔を合わせ、真摯に声をかければ伝わらないことは無いのだ。
――だって、同じヒトなのだから。
「皆さん、今から結界を張ります。この結界には誰も入ってこられません。なので、もし、敵が来て怖くなっても私から離れないで下さいね?」
女は先日出産したばかりで貧血が酷くて動けず、保護した子ども達も足や頭を怪我しており走って逃げることが困難な状態だった。
今、劉の馬車は村の東側で黒の夢とマルカの助けを借りつつさらなる救助対象者がいないか馬車を走らせている。
(わたしが、守らなくちゃ)
固い決意と共にめいの周囲に不可視の境界が形成されたのを見守り、研司は竜葵の元へと走り出した。
「今回の歪虚の襲撃、手際を見ても只の流れ集団とは思えねぇと思ったんだッ!」
翼を切り落とし、キメラと地上戦を続けるエヴァンスは、振り下ろされた爪を刀身で受け止めると押し返すように身を乗り出し、出来た一瞬の隙を逃さずにその前脚を叩き斬り落とした。
(感じた違和感はこれか……!)
真は知らずきつく柄を握り締めていた手のひらから力を抜いた。
そして刃を水平に構えると一気に餓鬼へと間合いを詰めてその首を刎ね落とした。
「これで、3体」
ソウルトーチは知能が低くマテリアルに反応する歪虚の注意を引き付ける効果がある。
しかし、このスキルは対象が目視、または独自のマテリアルの察知方法を持っている事が絶対条件でもある。
すでに真達が到着したときには襲撃が始まっており、餓鬼やキメラ達も村中にちりぢりになっていた為におびき寄せる、という意味ではやや物足りない。
T-Seinが餓鬼に襲われている村人を発見し、その盾となるべく割り込む。
「避難用の馬車が北の十字路付近にいるはずです、そこまで走ってッくっ!」
「は、はい……!」
初老の男は礼も告げずに走り出す。
その背を見送ることもせず、T-Seinは目の前の餓鬼の攻撃を弾き、対峙する。
「我流八極拳壱型『覚醒闘争』」
T-Seinが姿勢を低くし構えると、身体に赤いラインが走り蒸気が上がる。と次の瞬間地を蹴ると、餓鬼の懐へとソルティエールに包まれた拳を沈めた。
「っらぁ!!!」
片脚を無くしてもそのキメラは最期までエヴァンスと対峙し続けた。
刃が下顎から脳天までを貫通し、大きく跳ねるように痙攣した後、ついに動きを止めた身体をエヴァンスは剣から抜いて地へと転がすとその末端から塵へと変わっていく。
「……ふぅ、手こずらせやがって……こっちは終わったぜ」
エヴァンスが報告を入れると、蜜鈴と研司二人から同時に声が返ってきた。
「この歪虚風情が逃亡を図りよる」
「キメラが南に向かって走り出した!」
その報告を受けて真もまたトランシーバーを手に取った。
「こっちもだ! 餓鬼達が一斉に南へ逃亡中。レグルスと共に追う」
「ふふ……じゃが好都合じゃて。今までは童たちを追いかけ回しておったゆえ加減せねばならんかったが、これで存分に撃てるというもの……! 地に伏し、己が愚かさを嘆くが良い」
蜜鈴が天禄のブレスに合わせて荘厳なる果実を実らせ炎の華を散らせる。
餓鬼達もまたさほど脚が速いわけでは無い。
「逃がすか!」
深追いをする気は無いが、倒せる敵をみすみす見逃せる程間抜けではない。
アークは餓鬼よりも一歩早く踏み込むと刃を閃かせた。
妖刀と呼ばれるその黒い刀身が吸い込まれるように鞘に収められたとき、餓鬼の命もまた本来あるべきところへと還っていった。
同じようにレグルスの爪に転ばされ、ネーヴェの顎に捉えられ、エルボクに先回られた餓鬼達は逃亡敵わず塵へと還った。
しかし、竜葵が押さえていたキメラは地を駆け木々の間を縫うように走り、空を舞い、あっという間に村から距離を離れていく。
「竜葵! もう追わなくていい」
遠くから聞こえる研司の声に竜葵は大きく翼を羽ばたかせ急旋回すると研司の元へと帰ったのだった。
●
深く深く穴を掘る。
大きくて暗い穴だ。
そこへと遺体を運び入れる。
どうして死とはこんなにも冷たく重たいのか。
「すまぬ……なれどせめて安寧を……」
蜜鈴の知る方法で、死者へと祈りを捧げる。
めいもまた、蜜鈴の横で目を伏せた。
「死者は21人……か」
エヴァンスが木の幹を拳で叩く。
到着した時点で既に絶命している者が多く居た。とはいえ、やはりこうして死者を見れば悔しさがこみ上げる。
亡骸に縋って泣き崩れる者を見れば胸は痛んで苦しい。
「俺の方で避難誘導出来たのは8人。めいのところで女子どもばかり6人」
「他の人達は無事逃げられたんだと信じたい……」
劉と研司が深く息を吐いた。
この村の住人の8割以上が鬼だった。鬼は負のマテリアルに対する耐性が高い。ゆえに長らく負のマテリアルに満ちていたこの土地の開墾に着手したのだろう。
真は己の手のひらを見つめた。
全てを救える程強くは無いけれど、手の届く範囲の命は救いたい。そう、強く思い、実際、やれることはやったつもりだ。
それでも、死者を目にすればもっとやりようがあったのでは無いかと疑ってしまう。
ああしていたら、こうしていればと答えの無い思考に捕らわれる。
「しかし、『赤い番傘』の人型の歪虚か……ハンターを名乗りやがるとはな……」
「キメラは南に逃げた。でも憤怒本陣ってもっと南だって聞いた覚えがある」
「だが、南から徐々に北へ攻めてきているのは事実なんだろう?」
劉と研司の会話を聞いて、蜜鈴が顔を上げた。
「囮、なのか……蝕むような侵略なのか……まだ情報が少なすぎるのう」
ゆるりと首を振り、懐の煙管に触れ……今は吸う気になれず腕を下ろした。
「……また、東方で何かが起ころうとしているのだろうか」
この前感じた漠然とした不安は、気のせいではなかった。
今回の事件も、はじまりに過ぎないのかもしれないと真は空を見上げた。
青空が目に染みるほどに眩しい良い天気だ。恵土城も天ノ都に比べればかなり温暖な土地柄だが、長江はさらに温度が高い気がする。
天候の良さも相まって10月だというのに真夏日のようだ。
「おねいちゃん」
めいが振り返ると先ほどまでディヴァインウィルの中で一緒だった少女2人が気恥ずかしそうにもじもじとしながら立っている。
「……どうしたの?」
膝に手を付いて身を屈めると、右側の少女が一輪の秋桜を差し出した。
「守ってくれて」「ありがとう」
少女達はめいに押しつけるように花を手渡すと、研司の元へも同じように秋桜を押しつけに行く。
「……めんこいのう」
思わず微笑んだ蜜鈴にめいは「はい」と答えるのがやっとだった。
「……ってと。とりあえずここが恐らくヒトが住んでた最南端になってるっぽいんだよな? じゃあオレ達の仕事はここにいる希望者を恵土城まで護衛しながら連れて行く事だろう」
エヴァンスの言葉に一同はここまで来た目的を思い出した。
当初、エヴァンス達が行く予定だった村はここではなく、さらに南の村だった。しかしその村も既に襲われた後だと、生き残りの村人から聞いたのだ。
「そうだな、そうなるな」
研司が頷くとエヴァンスも頷き返した。
「今回はたまたま俺達が来たから全滅は間逃れたが……次の襲撃が無いとは言えない。一軒一軒回って今後どうするか聞いて、一緒に行くって言う人間を連れて行くしかねぇだろうな」
本来保護すべきだった難民達はとっくにこの村に見切りを付けて出て行ってしまっている。
そうなると、確かに幕府からの依頼は『長江南方から恵土城へと移住する人々の護衛』だったわけだから、この村に住むおおよそ30世帯の中の生き残った人々だろう。
幸いにしてここから恵土城までは徒歩でも1日弱といったところだ。
「……1人も欠けないよう、連れていかなきゃな」
真が肩を竦めれば、劉は大きく空を仰いだ後、後頭部をバリバリと掻いた。
「そんじゃぁ、ま。手分けして声掛け行きますか」
各自それぞれに呼応すると、研司のマッピングセットを元に担当の割り振りを始めた。
この翌日、ハンター達は生存しており移住を希望した18世帯、総勢45人を引き連れて恵土城城下町へと再び足を踏み入れ、役人に状況を説明すると彼らを引き渡したのだった。
「避難民……! 遅かった、か……?」
逃げ惑う人々、燃える家と空へと上がる黒煙を目にして藤堂研司(ka0569)の表情が悔しさに歪む。
「どうして、村が……人が、襲われて」
狼狽する羊谷 めい(ka0669)の横で馬車の手綱を握っていた劉 厳靖(ka4574)はレイヴンクラウンの間に手を差し込むとガシガシと頭を掻いた。
「チッ、こりゃまた面倒な事になってんな。先手を取られたってか。とりあえず、襲われてる奴らを助けるぞ」
「あぁ、最悪の事態に間に合ったんだ、まだ巻き返せる……! 行くぞ、竜葵! こっから先、一人の死者も出させん!」
ワイバーンの竜葵と共に駆けだした研司の背にめいは小さく頷いた。
「……狼狽えるのも、悲しむのも、後で出来ます。既に犠牲になっている方がいるのに、これ以上の犠牲を出してはいけません。わたしは、わたしに出来ることを」
「俺はめいのように癒すことは出来ないが、俺は俺のやり方で命を護ろう」
アーク・フォーサイス(ka6568)がめいの瞳をひたと見つめ、頷くと「行こう」と2人揃って走り出す。
「征くぞ天禄」
「戦場の監視役は任せるぜ蜜鈴! アンノウン、マルカは救援ついでに村人の人数を把握しておいてくれ」
ワイバーンの天禄の背に乗り飛び立つ蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)に同じくワイバーンのエボルグに飛び乗ったエヴァンス・カルヴィ(ka0639)が声を掛け、重ねて黒の夢(ka0187)とマルカ・アニチキン(ka2542)にも指示を飛ばす。
鞍馬 真(ka5819)とT-Sein(ka6936)もまた、彼らに遅れを取らないよう村へと向かって走り出した。
「そいつで通信ができる、持っててくれ! 俺達はハンターだ、今から敵を抑えて村の救助に向かう! 何かあったらそいつに喋ってくれればいい、後でこっちからも通信する! 後で会おう!」
研司はすれ違い様に村人へとトランシーバーを投げ渡す。
咄嗟に受け取った村人はぽかんとした表情の後、悲鳴を上げてトランシーバーを投げ返して走り去っていく。
「……え?! あ、ちょ、おい!?」
研司が呼び止めることも構わないまま村人との距離はぐんぐんと開いていく。
「研司さん」
声に研司が顔を向けると、イェジドのネーヴェと共に先に走って行くめいの後ろ姿。
「…………」
空中で戸惑うように旋回する竜葵の影に手を振り、再び研司は村へと走り出した。
一番最初に村に辿り着いたのはイェジドのレグルスに騎乗していた真だった。
ぴょこぴょこと跳ねるように火の付いた薪を持って走る餓鬼の姿、そして、湯気立つ腸を引き摺り出し喰むキメラ。
「いたぞ! 村に入って左手にある家の陰にキメラがいる。それに、餓鬼が沢山……私は村の中央へ行く!」
送話口に口を押しつけるようにして報告を入れると真は血色の刃を煌めかせすれ違い様に餓鬼へと斬り付けながら村の中央へと急ぐ。
(私は全てを救える程強くはないけれど、手の届く範囲の命は救いたい)
「レグルス!」
真が呼べばレグルスはその意図を理解し大きく跳躍し、真はそれに合わせて全身から燃え盛るようなマテリアルのオーラを放ちながらレグルスから飛び降りると同時に餓鬼へと刃を沈めた。
「ヒィッ!!」「イヤァッ!!」
村人達は悲鳴を上げながら方々へと散っていく。
小さな違和感を抱きながらも餓鬼の反撃を受けた真は思考を戦闘へと集中させる。
レグルスもまた別の餓鬼へと飛び掛かる。
手に持っていた薪が転がり、枯れた草へと燃え移る。
レグルスは火を見て直ぐ様砂をかけて鎮火を図る。
「なるほど、薪を使ぅて火を放ちよるか! 皆、餓鬼の手から火を奪って消しとくれ」
上空から様子を見ていた蜜鈴がトランシーバーで呼びかけながら、他にキメラがいないか探す。
「おぉおおおおおおおお!!!」
手前で腸を貪っていたキメラへと急加速で奇襲を仕掛けたエルボクと呼吸を合わせてエヴァンスもまた衝撃波を放つ。
凄まじい威力を持った一撃が琥珀色のマテリアルの残光を散らしながらキメラの全身を穿つ。
「これだけ俺の目の前で派手にやらかしといて、生きて帰れるなんざ思ってないだろうな歪虚!」
視線でヒトを殺せたなら、間違いなく大量殺戮が行われている程の迫力でエヴァンスがキメラを睨み両手剣で空を払うように斬って、ひたりとキメラへと切っ先を向けた。
「これ以上護衛者から犠牲を出すわけにはいかねぇ……てめぇらまとめて殲滅だ」
「キメラがいるのか……!?」
真からの報告に左眉を撥ね上げた研司が竜葵を呼ぶ。
「竜葵、キメラを頼む! 俺は地上で救助活動にあたる! 今回は蜜鈴さんが指揮官だ、指示に従って戦って欲しい」
今日まで6日間、共に旅をしてきた。それに加え幸いにして竜葵は蜜鈴や天禄とは先に面識があった。絶対に大丈夫だという自身と共に研司は竜葵に説明を加えた。
「俺も地上で指揮下に入る、蜜鈴さんは信頼できる人だ。……一番の難敵を頼む、竜葵先輩。俺も、俺の仕事を果たす!」
最初の内は上空で旋回する様子が戸惑っているように見えたが、研司の言葉に呼応するように大きく吼えると天禄へと向かって大きく羽ばたいていく。
その後ろ姿を追うように研司もまた村まで走り続けた。
めいは村の入口でネーヴェから降りると、逃げ遅れている人がいないかアークと共に家屋へ確認に走った。
馬車が来るまでの一時的な『避難所』としてディヴァインウィルを展開するつもりでいたが、幸いすれ違い逃げていく人々は健脚であり、そして村の入口付近で倒れている者はすでに絶命していた。
「村の南の方で新たな火があがりよる!」
蜜鈴の声。そして南で閃光が弾けると同時に激しい轟音がスピーカーからも漏れた。
「そっちはどうだ!?」
馬車を繰る劉が声を掛けるが、もう入口付近には生きている人は見つけられずめいは首を横に振った。
火の上がっている手前5軒は既に素人に鎮火できるような規模を越えている。
「俺は東に行くぞ」
劉の声に唇を噛みながらもめいはちいさく頷いて、アークと共に西側へと走り始めた。
村の家屋の配置や道なりは蜜鈴からの報告でおおよそ頭に叩き込んでいた劉は、まさに今餓鬼によって火を放たれた家を発見した。
「黒の夢! マルカ!」
「うな!」
「行きます!」
馬車に気付いた餓鬼が火を吹こうとしたのをマルカの魔法洗浄ことカウンターマジックが白い光の渦と共に消し去った。
「汝らは火を噴くのね! ……では我輩の炎なんて、なんて事ないのだろうか……――ねえ? おチビちゃん?」
黒の夢の吐息から産まれた火球は餓鬼を包んで弾け、マテリアルの炎がまるで蝶が舞うように踊る。
馬車を止めると劉は直ぐ様御者台から飛び降り、家の戸に手を掛ける――が、つっかえ棒でもしているのか戸は開かない。大きな音を立てて戸を叩く。
「おい! 誰もいないか!?」
直後、劉は背後に餓鬼の気配を感じ横っ飛びに身を躱しながらヴィロー・ユを構えた。
吹き出されたマテリアルの炎は延焼しないと分かっていても、戸に直撃されると心臓に悪い。
黒の夢とマルカが餓鬼を相手取る中、劉は戸を体当たりでぶち抜くとその勢いのまま室内に倒れ込んだ。
「ひぃっ!!!」
丁度昼食時だったのだろう。
竈はまだ炭が暖かく、居間の囲炉裏には空になった鍋と椀が2つ。そしてその奥では布団にくるまるようにして震えている若い夫婦がいた。
「いてて……俺はハンターだ。助けに来たぜ」
劉が声を掛けても夫婦は抱き合ったまま近寄ってこようとしない。
そうしている間にも放たれた火は徐々に壁を燃やし、勢いを増そうとしている。
「ここにいたら死んじまうぞ! 表に馬車がある、一端村の外まで出るんだ」
劉が近寄り手を差し伸べる。その手のひらに衝撃を受け、劉は目を見張った。
「近付くな化け物……っ!!」
男が妻を守ろうとするように背後に庇いながら鉈を薙いだのだった。
「見つけた、2匹目……奥にもう1匹おるようじゃのう」
蜜鈴は上空から二体のキメラを見つけ出すと竜葵を呼んだ。
「足止めは頼んだ。すぐに我等も加勢に向かう故……ふふ、仕留めてしもうても良いのじゃぞ?」
にぃと笑み蜜鈴が告げれば、竜葵は了承を示すように一度目を伏せて手前にいるキメラへ向かって急降下していった。
「翼あるキメラか……。さて空の王は何方か、思い知らせてやろうてな」
蜜鈴がそう告げれば天禄は真っ直ぐに高度を下げつつ最奥のキメラへと向かって行く。
一気に集中力を高めた蜜鈴は上空から天禄が地上にいるキメラへとブレスを吐くのに合わせて呪を唱え……
「いかん、天禄!」
ブレスを吐くその一瞬前に制止をかける。
「童がおる……! 『轟く雷、穿つは我が怨敵…一閃の想いに貫かれ、己が矮小さを識れ』!」
キメラの先には逃げ惑う子どもの姿を見つけた蜜鈴は範囲攻撃を中止し、雷の茨をキメラへと突き刺した。
「これは酷い……!」
研司は黒煙を上げて燃え盛る家の横を駆け抜ける。
すれ違うのは村人なのか、難民なのか。誰もが必死の形相で研司は「北へ! 火の手の無い方へ走れ!」と誘導するのが精一杯だった。
手前5軒にはもう人の気配が無いとめいから連絡は受けていたので、蜜鈴が見つけた新たな火の手の上がった家へと向かう。
途中、井戸を見つけたので頭から水を被り、バンダナを水で濡らし口と鼻を覆い縛った。
閉ざされた戸を叩けば、中から赤子の泣き声が聞こえ、研司は助走を付けて思いっきり体重を乗せた研司砲の銃床で戸を叩き割った。
ほぎゃぁあ、ほぎゃぁあ、と赤子の鳴き声が一段と大きくなって研司は声の方を見た。
女が強張った表情で強く嬰児を抱きながら研司を凝視していた。
「俺はハンターだ! 助けに来た!!」
研司の声に女は無言のまま大粒の涙を零し始めた。
「もうこの家にいては火に巻かれる、逃げよう」
女の傍まで来て立てるか問う研司に、女は震える声でこう問い返した。
「……ホントに……? アイツの仲間じゃ無いの……?」
床に鉈が叩き付けられた。
アーデルリッターのお陰で傷1つなくすんだ劉だったが、自分に鉈が振り下ろされたという衝撃に言葉を失っていた。
「げんちゃん、どうかしたのな?」
餓鬼を始末した黒の夢が中へと入ると、そこには硬直した劉と、怯えた女を背に庇う鉈を持った男の姿。
「――もう大丈夫、怖かったね」
黒の夢がふわりと慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「わ、わかってるんだ、ダマされるもんか……! 人の姿をした化け物め!!」
「いや、俺にはさっぱりわからんのだが……そんな物騒なもんはとりあえずしまって、な? この家、裏側に火放たれてるからこのままだとお前もその後ろの嫁さん? も死んじまうぞ?」
ようやく我を取り戻した劉が話しかければ、庇われていた女が恐る恐るというように男の肩口を引いた。
「ねぇ……何か、この人達、あの変なのとは違う感じがするよ……何て言うか……キラキラしてる」
「だけど……」
ついに室内に煙が充満し始め、夫婦は酷く咳き込んだ。
「いや、ホントこのままだとお前さん達死ぬよ? ダマされたと思って一緒に来ちゃくれねぇか」
劉の言葉に夫婦は顔を合わせた。
「……ホントに、アイツの仲間じゃ無い……?」
●
「『赤い番傘』……? いや。今まで見ておらぬ」
天禄に上空からプレッシャーをかけさせ、子どもよりも自分達の方へ気を引き付けようとしていた蜜鈴は研司からの報告に柳眉を寄せた。
「そいつが、キメラだとか餓鬼を引き連れてきた張本人だ。こっちでも同じ証言が出た。“ハンター”をわざわざ名乗って村にキメラと餓鬼を放ったらしい」
夫婦を馬車の荷台に乗せながら劉も夫婦から聞いた話しを共有する。
「だから幻獣と一緒に行動していたオレ達を見て逃げたのか……!」
研司が悔しさに唇を噛む。
もともと東方は2年前まで長期に渡って天ノ都以外の地域を憤怒に支配されていた地だ。
突如流星のように現れ、獄炎を倒した“ハンター”の活躍よりも歪虚の恐怖の方が身近なのも当然であり、襲われパニックに陥った中では、幻獣の姿もそれを使役する姿も『人型の歪虚』という前例の印象に引き摺られるのは致し方ないことだ。
そこまで気を回せなかった事が悔しい。
「研司さん」
研司に応援を要請されためいが研司の姿を見つけてネーヴェとアークと共に駆け寄る。
「あぁ、めいさん。有り難う」
「いいえ、わたしは、わたしに出来ることをしたくて」
めいはネーヴェから降りると、赤ん坊を抱いた女性と研司が発見して保護したという子ども達に笑顔を向ける。
それでも皆、ネーヴェを見る目にはおびえの色がある。
敵が居ると分かっていたから幻獣と共に来たのに、それがさらに混乱を増長させるなど想像もしていなかった。
こんな事態は初めてで、めいは思わず戸惑いの色を浮かべる。
「大丈夫! 彼はネーヴェ。とっても賢い幻獣で、皆のことを悪い歪虚から守ってくれるんだ!」
研司が声をかけ、ネーヴェの頭をガシガシと撫でてみせる。
ややも乱暴に撫でられたネーヴェだが、されるがままに大人しく頭を差し出している様子を見た子ども達は少し安心したように頷き合う。
「ね。ちゃんと声を掛けて敵ではない事を呼びかければわかって貰えるさ」
研司の声にめいは頷きで応えた。
ちゃんと顔を合わせ、真摯に声をかければ伝わらないことは無いのだ。
――だって、同じヒトなのだから。
「皆さん、今から結界を張ります。この結界には誰も入ってこられません。なので、もし、敵が来て怖くなっても私から離れないで下さいね?」
女は先日出産したばかりで貧血が酷くて動けず、保護した子ども達も足や頭を怪我しており走って逃げることが困難な状態だった。
今、劉の馬車は村の東側で黒の夢とマルカの助けを借りつつさらなる救助対象者がいないか馬車を走らせている。
(わたしが、守らなくちゃ)
固い決意と共にめいの周囲に不可視の境界が形成されたのを見守り、研司は竜葵の元へと走り出した。
「今回の歪虚の襲撃、手際を見ても只の流れ集団とは思えねぇと思ったんだッ!」
翼を切り落とし、キメラと地上戦を続けるエヴァンスは、振り下ろされた爪を刀身で受け止めると押し返すように身を乗り出し、出来た一瞬の隙を逃さずにその前脚を叩き斬り落とした。
(感じた違和感はこれか……!)
真は知らずきつく柄を握り締めていた手のひらから力を抜いた。
そして刃を水平に構えると一気に餓鬼へと間合いを詰めてその首を刎ね落とした。
「これで、3体」
ソウルトーチは知能が低くマテリアルに反応する歪虚の注意を引き付ける効果がある。
しかし、このスキルは対象が目視、または独自のマテリアルの察知方法を持っている事が絶対条件でもある。
すでに真達が到着したときには襲撃が始まっており、餓鬼やキメラ達も村中にちりぢりになっていた為におびき寄せる、という意味ではやや物足りない。
T-Seinが餓鬼に襲われている村人を発見し、その盾となるべく割り込む。
「避難用の馬車が北の十字路付近にいるはずです、そこまで走ってッくっ!」
「は、はい……!」
初老の男は礼も告げずに走り出す。
その背を見送ることもせず、T-Seinは目の前の餓鬼の攻撃を弾き、対峙する。
「我流八極拳壱型『覚醒闘争』」
T-Seinが姿勢を低くし構えると、身体に赤いラインが走り蒸気が上がる。と次の瞬間地を蹴ると、餓鬼の懐へとソルティエールに包まれた拳を沈めた。
「っらぁ!!!」
片脚を無くしてもそのキメラは最期までエヴァンスと対峙し続けた。
刃が下顎から脳天までを貫通し、大きく跳ねるように痙攣した後、ついに動きを止めた身体をエヴァンスは剣から抜いて地へと転がすとその末端から塵へと変わっていく。
「……ふぅ、手こずらせやがって……こっちは終わったぜ」
エヴァンスが報告を入れると、蜜鈴と研司二人から同時に声が返ってきた。
「この歪虚風情が逃亡を図りよる」
「キメラが南に向かって走り出した!」
その報告を受けて真もまたトランシーバーを手に取った。
「こっちもだ! 餓鬼達が一斉に南へ逃亡中。レグルスと共に追う」
「ふふ……じゃが好都合じゃて。今までは童たちを追いかけ回しておったゆえ加減せねばならんかったが、これで存分に撃てるというもの……! 地に伏し、己が愚かさを嘆くが良い」
蜜鈴が天禄のブレスに合わせて荘厳なる果実を実らせ炎の華を散らせる。
餓鬼達もまたさほど脚が速いわけでは無い。
「逃がすか!」
深追いをする気は無いが、倒せる敵をみすみす見逃せる程間抜けではない。
アークは餓鬼よりも一歩早く踏み込むと刃を閃かせた。
妖刀と呼ばれるその黒い刀身が吸い込まれるように鞘に収められたとき、餓鬼の命もまた本来あるべきところへと還っていった。
同じようにレグルスの爪に転ばされ、ネーヴェの顎に捉えられ、エルボクに先回られた餓鬼達は逃亡敵わず塵へと還った。
しかし、竜葵が押さえていたキメラは地を駆け木々の間を縫うように走り、空を舞い、あっという間に村から距離を離れていく。
「竜葵! もう追わなくていい」
遠くから聞こえる研司の声に竜葵は大きく翼を羽ばたかせ急旋回すると研司の元へと帰ったのだった。
●
深く深く穴を掘る。
大きくて暗い穴だ。
そこへと遺体を運び入れる。
どうして死とはこんなにも冷たく重たいのか。
「すまぬ……なれどせめて安寧を……」
蜜鈴の知る方法で、死者へと祈りを捧げる。
めいもまた、蜜鈴の横で目を伏せた。
「死者は21人……か」
エヴァンスが木の幹を拳で叩く。
到着した時点で既に絶命している者が多く居た。とはいえ、やはりこうして死者を見れば悔しさがこみ上げる。
亡骸に縋って泣き崩れる者を見れば胸は痛んで苦しい。
「俺の方で避難誘導出来たのは8人。めいのところで女子どもばかり6人」
「他の人達は無事逃げられたんだと信じたい……」
劉と研司が深く息を吐いた。
この村の住人の8割以上が鬼だった。鬼は負のマテリアルに対する耐性が高い。ゆえに長らく負のマテリアルに満ちていたこの土地の開墾に着手したのだろう。
真は己の手のひらを見つめた。
全てを救える程強くは無いけれど、手の届く範囲の命は救いたい。そう、強く思い、実際、やれることはやったつもりだ。
それでも、死者を目にすればもっとやりようがあったのでは無いかと疑ってしまう。
ああしていたら、こうしていればと答えの無い思考に捕らわれる。
「しかし、『赤い番傘』の人型の歪虚か……ハンターを名乗りやがるとはな……」
「キメラは南に逃げた。でも憤怒本陣ってもっと南だって聞いた覚えがある」
「だが、南から徐々に北へ攻めてきているのは事実なんだろう?」
劉と研司の会話を聞いて、蜜鈴が顔を上げた。
「囮、なのか……蝕むような侵略なのか……まだ情報が少なすぎるのう」
ゆるりと首を振り、懐の煙管に触れ……今は吸う気になれず腕を下ろした。
「……また、東方で何かが起ころうとしているのだろうか」
この前感じた漠然とした不安は、気のせいではなかった。
今回の事件も、はじまりに過ぎないのかもしれないと真は空を見上げた。
青空が目に染みるほどに眩しい良い天気だ。恵土城も天ノ都に比べればかなり温暖な土地柄だが、長江はさらに温度が高い気がする。
天候の良さも相まって10月だというのに真夏日のようだ。
「おねいちゃん」
めいが振り返ると先ほどまでディヴァインウィルの中で一緒だった少女2人が気恥ずかしそうにもじもじとしながら立っている。
「……どうしたの?」
膝に手を付いて身を屈めると、右側の少女が一輪の秋桜を差し出した。
「守ってくれて」「ありがとう」
少女達はめいに押しつけるように花を手渡すと、研司の元へも同じように秋桜を押しつけに行く。
「……めんこいのう」
思わず微笑んだ蜜鈴にめいは「はい」と答えるのがやっとだった。
「……ってと。とりあえずここが恐らくヒトが住んでた最南端になってるっぽいんだよな? じゃあオレ達の仕事はここにいる希望者を恵土城まで護衛しながら連れて行く事だろう」
エヴァンスの言葉に一同はここまで来た目的を思い出した。
当初、エヴァンス達が行く予定だった村はここではなく、さらに南の村だった。しかしその村も既に襲われた後だと、生き残りの村人から聞いたのだ。
「そうだな、そうなるな」
研司が頷くとエヴァンスも頷き返した。
「今回はたまたま俺達が来たから全滅は間逃れたが……次の襲撃が無いとは言えない。一軒一軒回って今後どうするか聞いて、一緒に行くって言う人間を連れて行くしかねぇだろうな」
本来保護すべきだった難民達はとっくにこの村に見切りを付けて出て行ってしまっている。
そうなると、確かに幕府からの依頼は『長江南方から恵土城へと移住する人々の護衛』だったわけだから、この村に住むおおよそ30世帯の中の生き残った人々だろう。
幸いにしてここから恵土城までは徒歩でも1日弱といったところだ。
「……1人も欠けないよう、連れていかなきゃな」
真が肩を竦めれば、劉は大きく空を仰いだ後、後頭部をバリバリと掻いた。
「そんじゃぁ、ま。手分けして声掛け行きますか」
各自それぞれに呼応すると、研司のマッピングセットを元に担当の割り振りを始めた。
この翌日、ハンター達は生存しており移住を希望した18世帯、総勢45人を引き連れて恵土城城下町へと再び足を踏み入れ、役人に状況を説明すると彼らを引き渡したのだった。
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依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/10/04 09:00:14 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/10/03 18:39:09 |