ゲスト
(ka0000)
【黒祀】激情は重く、苦しくて
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/11/18 22:00
- 完成日
- 2014/11/25 06:24
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
復活祭を謳う歪虚の将、ベリアルによる強襲。その余波は王国全土にまで及んでいた。最たるは、ベリアル達の本命に先んじてなされた多発的な戦闘である。
しかしながら、そこには功罪ともに存在していた。
各地を戦場にすることで、騎士団と聖堂戦士団のいずれも余力を削がれ、対応が遅れた事は戦術的、戦略的な痛打と言える。
対して、多発的に戦闘が起こっていた事で、各地で備えが成されていた事は不幸中の幸いだった。
例えば、王国西部。
もとより、住民は少なくなりつつあった斜陽の土地ではあったが、それでも各集落には人が居た。
この騒乱を前に、今もなお居を構える者はいなかった。動けない者は動ける者が担ぎ、荷と共に手近な都市へと逃げ延びていた。
本来であれば戦時中に緩やかに行われる疎開は、既に行われていたのだった。
●
今、僕――シュリ・エルキンズがいるのは紛れも無く、戦場だった。
そして僕は、憎悪を剥き出しにして、剣を抜く。手の中の蒼い剣が、いやに馴染んだ。
「……仇を」
その呟きも、また。
――少し、振り返ろう。
●
ハンターのみんなに依頼して、騎士を辞めた父が、かつて岩に突き刺した剣を抜くことが出来た。
――あれから間もなくして、父は逝った。
村中のみんなに見守られながら。
みんな泣いていた。僕も少しだけ泣いた。妹は泣きつかれて眠ってしまうくらいに泣いた。
僕も、たしかに悲しかったけれど、辛くはなかった。
ただ、最後に積み重ねて、暖めた時間が溢れただけだった。
蒼色の刀身を持つ剣についての話は、余り聞けなかった。
それよりも、これからをどう生きるか。父さんがこれまで、どう生きたのか。
そういう話を、した。
父は、騎士として生きた。終わりの時を騎士として迎えられなかった事を、かつての戦友に詫びていた。
葬儀を終えてから。
僕は、そんな父さんの遺志を継ぎたい、と。
そう思い、僕は王都に戻ったのだった。
●
暫くは街の力仕事で金子を稼ぎながら、教練と授業に打ち込んでいた。
仕事をしていたのは雨風に晒され続けた剣の修理費が洒落にならなかったり、ハンター達に依頼するための報酬が重く響いていたからだ。同級生には釘を刺されもしたが、村民あがりの学生には、辛い。
――そんな時のことだった。歪虚の襲撃の話が、聞こえるようになったのは。
すぐに休学届けを提出した。聞けば、僕のような生徒は少なくないそうだった。特に、被害が深刻な王国西部出身の生徒では――ただ、直ぐには動けなかった。武器もなく、備えもない状態で行っては足手まといになるだけだと、今の僕は既に知っていた、から。
父さんの剣の修理を待って、僕はすぐに王都を出た。
勤め先に事情を話して、何とか馬を借りることができた。乗用馬としても心許ない老馬ではあったけれども、僕が歩くよりは遥かに早い。逸る心をどうにか収めて、故郷へと急いだ。
漸く辿り着いた場所で、僕が見たものは。
「……なんだよ、これ」
故郷は、跡形もなく壊れ果てていた。
●
あらゆる建物は打ち壊され、人の気配は絶えていた。生活の痕跡など、ある筈もなかった。
当然、妹の――リリーの姿も、無かった。
「……ああ」
膝が折れた。ああ。あああ。
一息に、絶望に塗りつぶされた。
「何で…………ッ」
嘘だろ。護るって、約束したのに。
沢山の言葉が去来して、感情が綯い交ぜになって、そして――。
「……そこの君、どうしましたか?」
――突然の驚愕に、僕は、斬撃を返した。
●
結論から言うと、僕に声を掛けたのは、聖堂戦士団の司祭だった。
フォーリ・イノサンティと名乗った男性は、襲われたその瞬間ですら優しげな目をしていた。僕の怒りも、悲しみも、喪失の痛みも、飲み込んでいるかのように。
斬撃はあっさりと受け止められて、我に返った僕は全力で謝り倒して事情を説明することとなった。
●
「此処が、シュリ君の故郷だった、と」
「はい……」
シュリの柔らかな茶色の毛が、風に流れて揺れる。力なく項垂れた少年を前に、フォーリは逡巡した。
周囲を見渡せば、ハンター達が居る。今回の『征伐』のために集められた戦力である。
「……そう、ですね」
彼らに目配せをしながら、フォーリは短く呟いて、続けた。
「良ければ、私達と共に来ませんか?」
●
ベリアルの強襲に呼応したか、歪虚の活動が活性化するのに合わせて、亜人達もそれに紛れて略奪行為を働くようになったという。
シュリの故郷が襲われたのも、その一つだった。
元々、ある日を堺にその村付近でのゴブリンの目撃情報が増えていた。少年の故郷には、ゴブリン達が騎乗に用いる小さな竜――リトルラプターの鱗が見つかっていた。勿論、リトルラプターのような歪虚、という可能性も無視できないが、略奪を踏まえれば、寄り疑わしいのはゴブリン達の襲撃だ。
王国全土を揺るがす騒動を嗅ぎつけたか――あるいは偶然か。
「……この一体を守るためではない、のが心苦しいですが」
フォーリと、彼の出した依頼を受けたハンター達は、そのゴブリン達の討伐の為にここに来ていたのだった。
「幸い、デュニクスの周囲は今のところ襲撃を受けていません。攻勢に出る余力がありました」
と、フォーリは穏やかに苦笑して、言う。デュニクスとは王国西部の基幹的な都市の一つだ。尤も、それも今や寂れつつあるのだが。同都市は、多発的な強襲を受けた以降は、王国側の警戒を他所に一切の強襲もなく、静けさを保っていた。
それ故に、ゴブリン達の活動が目立った、とも言える。
●
少年には暫くの間、考える時間が与えられていた。あるいは、別れの時間が。
「……行きます」
そう言った少年の内奥で、昏い炎が灯る。
「仇を、討ちます」
痛ましくも苛烈な決意だった。
それを為したのは他でもないフォーリ・イノサンティだ。彼がしていることは、穏やかな聖人面を崩さずに少年を狂気に追いやる人非人の所業とも取れた。
ハンターの中には、複雑な心境を抱いていた者も居たかもしれない。
何故なら――。
●
「――彼には黙っていて欲しいんです」
フォーリはシュリに同行を提案した後、シュリから離れた所でハンター達を集めて、こう言った。
「あの村の方たちが全員無事なことは。……少なくとも、この戦闘が終わるまでは」
復活祭を謳う歪虚の将、ベリアルによる強襲。その余波は王国全土にまで及んでいた。最たるは、ベリアル達の本命に先んじてなされた多発的な戦闘である。
しかしながら、そこには功罪ともに存在していた。
各地を戦場にすることで、騎士団と聖堂戦士団のいずれも余力を削がれ、対応が遅れた事は戦術的、戦略的な痛打と言える。
対して、多発的に戦闘が起こっていた事で、各地で備えが成されていた事は不幸中の幸いだった。
例えば、王国西部。
もとより、住民は少なくなりつつあった斜陽の土地ではあったが、それでも各集落には人が居た。
この騒乱を前に、今もなお居を構える者はいなかった。動けない者は動ける者が担ぎ、荷と共に手近な都市へと逃げ延びていた。
本来であれば戦時中に緩やかに行われる疎開は、既に行われていたのだった。
●
今、僕――シュリ・エルキンズがいるのは紛れも無く、戦場だった。
そして僕は、憎悪を剥き出しにして、剣を抜く。手の中の蒼い剣が、いやに馴染んだ。
「……仇を」
その呟きも、また。
――少し、振り返ろう。
●
ハンターのみんなに依頼して、騎士を辞めた父が、かつて岩に突き刺した剣を抜くことが出来た。
――あれから間もなくして、父は逝った。
村中のみんなに見守られながら。
みんな泣いていた。僕も少しだけ泣いた。妹は泣きつかれて眠ってしまうくらいに泣いた。
僕も、たしかに悲しかったけれど、辛くはなかった。
ただ、最後に積み重ねて、暖めた時間が溢れただけだった。
蒼色の刀身を持つ剣についての話は、余り聞けなかった。
それよりも、これからをどう生きるか。父さんがこれまで、どう生きたのか。
そういう話を、した。
父は、騎士として生きた。終わりの時を騎士として迎えられなかった事を、かつての戦友に詫びていた。
葬儀を終えてから。
僕は、そんな父さんの遺志を継ぎたい、と。
そう思い、僕は王都に戻ったのだった。
●
暫くは街の力仕事で金子を稼ぎながら、教練と授業に打ち込んでいた。
仕事をしていたのは雨風に晒され続けた剣の修理費が洒落にならなかったり、ハンター達に依頼するための報酬が重く響いていたからだ。同級生には釘を刺されもしたが、村民あがりの学生には、辛い。
――そんな時のことだった。歪虚の襲撃の話が、聞こえるようになったのは。
すぐに休学届けを提出した。聞けば、僕のような生徒は少なくないそうだった。特に、被害が深刻な王国西部出身の生徒では――ただ、直ぐには動けなかった。武器もなく、備えもない状態で行っては足手まといになるだけだと、今の僕は既に知っていた、から。
父さんの剣の修理を待って、僕はすぐに王都を出た。
勤め先に事情を話して、何とか馬を借りることができた。乗用馬としても心許ない老馬ではあったけれども、僕が歩くよりは遥かに早い。逸る心をどうにか収めて、故郷へと急いだ。
漸く辿り着いた場所で、僕が見たものは。
「……なんだよ、これ」
故郷は、跡形もなく壊れ果てていた。
●
あらゆる建物は打ち壊され、人の気配は絶えていた。生活の痕跡など、ある筈もなかった。
当然、妹の――リリーの姿も、無かった。
「……ああ」
膝が折れた。ああ。あああ。
一息に、絶望に塗りつぶされた。
「何で…………ッ」
嘘だろ。護るって、約束したのに。
沢山の言葉が去来して、感情が綯い交ぜになって、そして――。
「……そこの君、どうしましたか?」
――突然の驚愕に、僕は、斬撃を返した。
●
結論から言うと、僕に声を掛けたのは、聖堂戦士団の司祭だった。
フォーリ・イノサンティと名乗った男性は、襲われたその瞬間ですら優しげな目をしていた。僕の怒りも、悲しみも、喪失の痛みも、飲み込んでいるかのように。
斬撃はあっさりと受け止められて、我に返った僕は全力で謝り倒して事情を説明することとなった。
●
「此処が、シュリ君の故郷だった、と」
「はい……」
シュリの柔らかな茶色の毛が、風に流れて揺れる。力なく項垂れた少年を前に、フォーリは逡巡した。
周囲を見渡せば、ハンター達が居る。今回の『征伐』のために集められた戦力である。
「……そう、ですね」
彼らに目配せをしながら、フォーリは短く呟いて、続けた。
「良ければ、私達と共に来ませんか?」
●
ベリアルの強襲に呼応したか、歪虚の活動が活性化するのに合わせて、亜人達もそれに紛れて略奪行為を働くようになったという。
シュリの故郷が襲われたのも、その一つだった。
元々、ある日を堺にその村付近でのゴブリンの目撃情報が増えていた。少年の故郷には、ゴブリン達が騎乗に用いる小さな竜――リトルラプターの鱗が見つかっていた。勿論、リトルラプターのような歪虚、という可能性も無視できないが、略奪を踏まえれば、寄り疑わしいのはゴブリン達の襲撃だ。
王国全土を揺るがす騒動を嗅ぎつけたか――あるいは偶然か。
「……この一体を守るためではない、のが心苦しいですが」
フォーリと、彼の出した依頼を受けたハンター達は、そのゴブリン達の討伐の為にここに来ていたのだった。
「幸い、デュニクスの周囲は今のところ襲撃を受けていません。攻勢に出る余力がありました」
と、フォーリは穏やかに苦笑して、言う。デュニクスとは王国西部の基幹的な都市の一つだ。尤も、それも今や寂れつつあるのだが。同都市は、多発的な強襲を受けた以降は、王国側の警戒を他所に一切の強襲もなく、静けさを保っていた。
それ故に、ゴブリン達の活動が目立った、とも言える。
●
少年には暫くの間、考える時間が与えられていた。あるいは、別れの時間が。
「……行きます」
そう言った少年の内奥で、昏い炎が灯る。
「仇を、討ちます」
痛ましくも苛烈な決意だった。
それを為したのは他でもないフォーリ・イノサンティだ。彼がしていることは、穏やかな聖人面を崩さずに少年を狂気に追いやる人非人の所業とも取れた。
ハンターの中には、複雑な心境を抱いていた者も居たかもしれない。
何故なら――。
●
「――彼には黙っていて欲しいんです」
フォーリはシュリに同行を提案した後、シュリから離れた所でハンター達を集めて、こう言った。
「あの村の方たちが全員無事なことは。……少なくとも、この戦闘が終わるまでは」
リプレイ本文
●
「どういうつもり?」
八原 篝(ka3104)が、言った。彼女の内心を表すように草原を叩く風がその黒髪を荒く揺らしている。対して、フォーリは苦笑を返すのみで応えようとしない。細められた目の先には少年ーーシュリがいた。剣を抜き、草叢に身を伏せているその表情には一切の余裕はない。
その姿に痛ましさを覚えたか。篝は眉を顰める。
「話さないつもりなら、それでもいいけど」
――気に入らないわ。
言って、視線を切った。フォーリは苦笑を深めるとエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)に声を掛けた。
「エヴァさん。私もそちらに」
「?」
馬上のエヴァは疑問顔で頷いていたが、クランクハイト=XIII(ka2091)が、シュリの目線を遮るようにしてフォーリの傍に寄った。
「焚き付けたのは貴方ですよ、ある程度はフォローしてあげてくださいね」
絶えぬ笑顔を浮かべたまま、クランクハイトは声を落としてそう言った。ただ、その視線に込められた色を――。
「こちらは、お任せできますね?」
どう受け止めたか。フォーリはそう言い留めて、エヴァに続く。
「やれやれ」
笑顔のまま、嘆息するクランクハイトをよそに、フォーリがジャック・J・グリーヴ(ka1305)の傍らを過ぎようという時。ジャックは歯を剥いて笑った。
「見事な躱しっぷりじゃねぇか」
楽しげな言葉だが、その目には獰猛な気配が宿っていた。
「負の感情で動けばどうなるか、身を以って体験すりゃそりゃあ理解すんのも早いだろ。そのヤリクチは解らんでもねェ……けどよ、そんなんは聖職者様のする事じゃねぇよな」
「私は、戦士ですから」
強い視線と声に、フォーリは笑みと共にそう言い残して、去って行く。
「依頼が終わったらぶん殴る。覚えとけや、フォーリ」
フォーリの背を打ったジャックの言葉は、楽しげな余韻を残して、消えた。
●
「行ってしまいましたね」
「……聖堂戦士様が仰るのでしたら、それは深き思慮があるのでしょう」
ユージーン・L・ローランド(ka1810)が呟くと、マリー・ドルイユ(ka1396)は祈り手と共に言う。ヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139)は重い息を吐いた。
「……仕事以外の厄介事を背負い込む趣味はない。まずは、あちらだろう」
フォーリの意向は兎も角として、迫る戦闘に関しては無関心を貫くわけにはいかなかった。視線の先では、ゴブリンとコボルド。大きく右方向から迂回する、エヴァ達の影。
一同は潜みながら緩やかに、距離を詰めていく。
「ゴブリン達に動きは、ありませんね」
クランクハイトが短伝話へと短く告げる。応答の言葉は無いが、動きは変わらなかった。
――そうして、エヴァ達は、風上に。
そして。
『さて、一つ講義をしましょう』
唐突に、声が届いた。
●
馬を使っての移動故に疲労は無かった。エヴァがいそいそと土を盛っては松明を立てるのを微笑ましげに眺めながら、フォーリは短伝話に告げた。
「コボルドは見た目の通り、野生動物的な優れた五感を有しています」
「……」
唐突に話始めたフォーリに、不満気な顔のエヴァ。土を盛るのくらいは手伝え、とでも思ったのかもしれないが、生憎、意思を伝える両手は土をいじることに忙しかった。
転瞬。
『エヴァさん!』
短伝話から、ひび割れた声が溢れる。クランクハイトの声だった。
『騎兵が、そちらに向かっています!』
遠吠えが響いた。コボルド二匹の咆哮が、遮るもののない草原を奔る。
「この場合、風上に回るのは下策、でしたね」
フォーリの姿が既に馬上にあるのを見て、
――言ってよ!!!
エヴァは不満を込めた目で示すと、自らも馬に飛び乗った。
少女は逡巡。逃げるか。見たところ、足は馬の方が早い。
――少女は、合流を選んだ。合流の為の最短距離を詰めようと、馬を走らせる。
●
騎兵が二騎、駆けた。
「チ……ッ!」
舌打ちを零すジャック。一直線にエヴァ達へ向かうかと思われた騎兵が散開し、片方が合流の為の経路を潰し、片方はそのまま突貫。逃げ道を塞ぐ形。
「賢しいな」
ヴォルフガング。強面のゴブリンを見据えての言葉だ。強面は声を張ってコボルドと杖持ちを従えてエヴァ達へと悠然と歩みだした。
「――行きましょう」
銃を構えたクランクハイトが言う。
「今は彼らの足を止めなくては」
「そうですね」
ユージーンが状況を確認して頷いた。元より遠距離攻撃での奇襲を予定していたのが幸いし、強面達との距離はさして遠くはない。
同時。
「待ちなさい!」
「っ!」
篝の囁き声とシュリの苦鳴が響いた。クランクハイトは思い至る物があったか、苦笑を深めて振り向く。
予想通りの、篝の襟首を捕まれたシュリの姿。
「立派な剣持ってても考えなしに振り回してたら棒切れと大差ないわよ」
「でも……!」
篝の言葉に、シュリは反駁した。
「貴方に死なれると困ります」
そこに、クランクハイトの柔らかな声。
「――弔う方々の名前も知らないのでは、彼らも浮かばれませんし」
「……」
続いた言葉に、今度こそシュリは黙した。瞳になおも宿る昏い影を見て、男は苦笑を残して敵へと向き直る。
「撃つよ」
「合わせますわ」
篝の声に、マリーが応じる。ジャックの銃が掲げられ、ユージーンはプロテクションを前衛となるヴォルフに施す。
銃声と共に、銃弾と聖光が疾走った。
●
遠く。銃声と共に強面達の歩みが変わった。
――始まった!
理解したエヴァの胸中は、苦い。自分達は今、挟撃を受けようとしている。眼前。完全に逃げ道を塞いだ騎兵が醜悪な顔でこちらを見ていた。それがはっきりと分かるくらいに、距離が縮んできた。
「――ッ!」
馬脚を緩めて、スリープクラウドの魔術を紡ぐ。
だが。
騎兵は煙を抜いて、突撃をしてきた。手にした槍の穂先が陽光を返す。
転瞬。馬の嘶きと同時にエヴァの視界が跳ねた。
「飛んで!」
声に従って、エヴァは飛んだ。
直後だ。少女の耳に、轟音。
――あ、死んだわね。
音の凄まじさに、そう思った。
●
その音が、合図となった。
「おォ……ッ!」
雄叫びと共にヴォルフガングとシュリが強面達と接敵。射撃開始後から些か時間が掛かった。前進するヴォルフガング、ジャックの足が重装甲故に遅れた。コボルドを狙うヴォルフガングであったが――瞬前。強面へと狙いを変えた。最前で踏み込んだ強面が真っ直ぐに自分を狙っていた。
ヴォルフガングの刀とシュリの蒼剣に、強面の鉄棒が噛合い――再び、轟音。衝撃に二人の身が傾ぐ。
「馬鹿力が……!」
ヴォルフガングは堪えたが、シュリは弾き飛ばされて転倒。音が響く。口笛の音だ。同時、二匹のコボルドがシュリ目掛けて疾走。少年の喉元に、獰猛な顎が――。
「さっさと立て!」
喰らい付く、寸前。怒声に銃声が重なった。ジャックの援護射撃だ。シュリは転がるようにして立ち上がる。視界の端ではヴォルフガングと強面が激しく切り結んでいた。明らかに劣勢と分かる。だが、シュリは動けない。コボルドが押し寄せていた。
「どけ!」
一刻も早い援護が必要だと、真向から踏み込んだ。
同時に、剣を持つ手に、熱。
「ッ!」
抉られた肉と血が、舞う。
「冷静になりなさい……!」
ユージーンがコボルドとシュリの間に身を挟み、声を張っていた。
「貴方のその行動は敵の殲滅に正しく繋がっていますか? 味方戦力の消耗状態がきちんと見えていますか?」
叱咤に、シュリの身が微かに震えた。見渡す。クランクハイトと篝は杖持ちの魔術に銃で応戦している。マリーはヴォルフガングの援護に回り傷を癒していた。
「お気持ちは分かりますが、貴方の今やるべき事を見失わないで下さい。激情にかられて、より多くのものを失わないように……」
「……っ」
――言葉に続いた、ユージーンの逡巡。
青年が飲み込んだそれに、気づく余裕はシュリにはなかった。
●
エヴァは、健在だった。眼前には広い背中。盾と戦鎚を構えたフォーリが居る。彼が、騎兵の突進からエヴァを庇っていた。
「此処で時間を稼ぎましょう」
続くもう一騎の突撃を受け止めたフォーリの言葉で、方針が決まった。馬は逃げてしまったので、今更逃げる術も無い。騎兵達は今、横列を組んで再度突撃をするために並走している。
エヴァは魔術を紡いでいる。先程よりも、自身の心が澄んでいるのが解る。
――作戦の不備はわかっていた、ということよね。
なんで、と。少女のもの問う視線は、その背に阻まれて届かなかった。
眠りの雲が再び、顕現した。
――今度こそ、騎兵達を飲み込むように。
●
「いやはや、失敬しました」
どこか気まずげな笑みと共に、クランクハイトが言う。杖持ちの魔術の射程が存外長く、遠間からの銃撃戦となり――結果として、元々持久戦狙いだったクランクハイトの銃弾は殆ど杖持ちに当たらなかった。
「や、いいわよ……謝らないで」
杖持ちをほぼ独りで撃破した篝は片手を大げさに振って応えた。少しずつ慣れてきたとは言え、戦闘での働きを評価されるのはどうにも面映い。
切り替えるように、呟く。
「……早く、あっちに行かないと」
「ええ」
ヴォルフガングと強面が真向から斬り合っている。当てることに重きを置いたヴォルフガングの刃は盾と鎧で受け止められ、中々隙を見いだせずに攻め切れないでいた。シュリはジャックとユージーンの援護下でコボルドを各個撃破に持ち込む形。
篝は微かな安堵を零して、銃を構える。同時。
「―――ッ!!」
咆哮と共に、強面がヴォルフガングを大きく弾いた。
●
「ヴォルフガング様!」
「まだ、か?」
口腔内に溜まった血を吐き捨てながら、男は剣を構える。見れば、強面を視線を巡らせていた。
「篝様達が、こちらに」
言いながら、傷を癒やすべく術を紡ぐマリーは強面の視線を辿る。突撃を仕掛ける騎兵――片方は眠りこけて落馬していた――と、エヴァ達。
それを見て、強面の顔が、憎々しげに歪められた。
「――どうにか粘りきれた、か」
同じものを見たヴォルフガングは戦況を理解し、呟く。エヴァ達が騎兵を引き付けた結果、強面への援護が遅れ――均衡が崩れた。
故に。
「俺達の勝ちだ」
男は短くそう告げると、油断なく強面を見据える。強面にとっては絶体絶命の戦局で、どう動くか、と。瞬後。強面は短く、嘶きに似た声を上げた。そうして、憎悪を滾らせながら、鉄棒を振り上げならヴォルフガングへと踏み込む。
「もう、遅い……!」
相対する男の声と同時に幾重にも、銃声。篝、クランクハイト、ジャックの銃撃が、強面の踏み込みを阻んでいた。
その隙を、見逃すべくもなく。
「――礼だ、持っていけ」
大上段に構えた黒漆の刀。続いて、渾身の一閃が放たれた。
高く、アカイロが、舞った。
●
強面からの最後の指示か。健在だった一騎は撤退した。眠ったままその場に残った一騎の息の根を、フォーリが止めた。
その背に、言葉が落ちる。
「どんなに崇高な意思があろうとも、若者の心を引き裂かせることには感心出来ません」
クランクハイトだ。
「それは身を裂かれる事と何ら変わらないのです。我が子が傷付く様を見た親もまた、苛まれる事になります」
クランクハイトの笑みの中にある棘をフォーリは静かな目で見つめ返す。訓戒の言葉に、エヴァの視線が泳いだ。フォーリの裡にあったのは、恐らく善意なのだろう。命を救われたことも相まって――少女にとっての良悪の境界線が、揺らいでいた。フォーリは小さく頭を下げ、一礼をする。
「まずはお言葉と、お気持ちに感謝します。貴方は不快に思われるかもしれませんが……私は、迷える子を導く為ならば、悪行も成しましょう」
「……貴方だからこそ、こんな事をして欲しくなかったんですがね」
同時に、苦笑が落ちた。平行線とも、了解ともつかぬ曖昧な苦笑が。
――逸らされたフォーリの視線が、シュリ達へと向けられる。
「おや」
視界に飛び込んできたのは、ジャックの笑顔。快活に手を振っている。フォーリが会釈を返した、直後だ。
殴打の快音が、高く鳴った。
●
シュリは篝とユージーンに対して深く頭を下げた。
「ユージーンさん、篝さん、先程は有難うございました」
篝が気まずげに顔を逸らす。対してユージーンは。
「戦場では何が起こるか分からないのです。万一の際に激情にかられてみすみす部下を死なせるような事があってはなりません」
厳しい表情を、崩さぬままに。
「感情は正しく力になるようコントロールするもの。呑まれて冷静さを失うようでは実戦には向きませんよ」
そう、言った。
「……はい」
過去から溢れてた苦い響きが、少年の胸に沁み込んでいく。
「あの、さ」
正論に潰されて小さくなるその姿に――気づけば、篝は口を開いていた。
「実は」
「?」
「生きてるの。あなたの、家族」
「……へ?」
事情を知ったシュリは、腰を抜かして座り込んで呆然としていた。
言葉も、出なかった。篝は小さく、息をつく。少年の険がとれたことに、少なからず安堵があった。
「もう、激情に突き動かされて戦うことはないようにして。それは……まだ残っている大切なものを、自分自身ですり減らしているように感じるの」
少女は、身を焦がすほどの激情に支配されたことはなかった。でも、理解はできた、から。
「わたしは好きじゃないわ」
そう、言った。
「……」
言葉の意味を、噛みしめるように俯くシュリ。
そこに、マリーが言葉を投げた。
「今もまだ、激情の残り香はありますかしら?」
「…………ええ、あります」
逡巡し、応じたシュリ。
「復讐をされたい気持ちは解りますの……けれどその先で、失った物が戻る筈もなく、彼らを突き動かした者達には何ら償いを求められないのですわ」
言葉は――何故だろう、不可思議な引力を有していた。
斃すべきを間違えるな、と。少女は言っているのだろう。
だが。
「その心を一つでも誰かの中に増やさぬ様。根源に在る彼らに正しき者の裁きを与えたくはなりませんかしら……」
篝の目が、細められる。
その言葉に在る意図は――。
「……と、思いましたけれど。今は違いそうですね?」
マリーは言葉を切って艶然と微笑むと、小さく会釈をしてその場を離れた。
後には、静けさが重く、残る。
もし。シュリが暗い妄執に囚われていたままであれば、この言葉、如何様に響いただろうか。
●
周囲を警戒していたヴォルフガングは、大海原の如き草原を見渡して、呟いた。
「誰もいない、か」
傷が、鈍く、疼いた。想定していた立ち回りとは違うものとなった代償だ。
依頼は終わった。だが……世辞でも、首尾よく果たせたとは言いがたい。
重く深く。溜息が零れた。吐息に乗って、蒼天に紫煙が空へと昇っていく。
この時ヴォルフガングは――いや、他の何者も、気づいていなかったのだろう。
『何も』残っていなかった、その意味に。
「どういうつもり?」
八原 篝(ka3104)が、言った。彼女の内心を表すように草原を叩く風がその黒髪を荒く揺らしている。対して、フォーリは苦笑を返すのみで応えようとしない。細められた目の先には少年ーーシュリがいた。剣を抜き、草叢に身を伏せているその表情には一切の余裕はない。
その姿に痛ましさを覚えたか。篝は眉を顰める。
「話さないつもりなら、それでもいいけど」
――気に入らないわ。
言って、視線を切った。フォーリは苦笑を深めるとエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)に声を掛けた。
「エヴァさん。私もそちらに」
「?」
馬上のエヴァは疑問顔で頷いていたが、クランクハイト=XIII(ka2091)が、シュリの目線を遮るようにしてフォーリの傍に寄った。
「焚き付けたのは貴方ですよ、ある程度はフォローしてあげてくださいね」
絶えぬ笑顔を浮かべたまま、クランクハイトは声を落としてそう言った。ただ、その視線に込められた色を――。
「こちらは、お任せできますね?」
どう受け止めたか。フォーリはそう言い留めて、エヴァに続く。
「やれやれ」
笑顔のまま、嘆息するクランクハイトをよそに、フォーリがジャック・J・グリーヴ(ka1305)の傍らを過ぎようという時。ジャックは歯を剥いて笑った。
「見事な躱しっぷりじゃねぇか」
楽しげな言葉だが、その目には獰猛な気配が宿っていた。
「負の感情で動けばどうなるか、身を以って体験すりゃそりゃあ理解すんのも早いだろ。そのヤリクチは解らんでもねェ……けどよ、そんなんは聖職者様のする事じゃねぇよな」
「私は、戦士ですから」
強い視線と声に、フォーリは笑みと共にそう言い残して、去って行く。
「依頼が終わったらぶん殴る。覚えとけや、フォーリ」
フォーリの背を打ったジャックの言葉は、楽しげな余韻を残して、消えた。
●
「行ってしまいましたね」
「……聖堂戦士様が仰るのでしたら、それは深き思慮があるのでしょう」
ユージーン・L・ローランド(ka1810)が呟くと、マリー・ドルイユ(ka1396)は祈り手と共に言う。ヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139)は重い息を吐いた。
「……仕事以外の厄介事を背負い込む趣味はない。まずは、あちらだろう」
フォーリの意向は兎も角として、迫る戦闘に関しては無関心を貫くわけにはいかなかった。視線の先では、ゴブリンとコボルド。大きく右方向から迂回する、エヴァ達の影。
一同は潜みながら緩やかに、距離を詰めていく。
「ゴブリン達に動きは、ありませんね」
クランクハイトが短伝話へと短く告げる。応答の言葉は無いが、動きは変わらなかった。
――そうして、エヴァ達は、風上に。
そして。
『さて、一つ講義をしましょう』
唐突に、声が届いた。
●
馬を使っての移動故に疲労は無かった。エヴァがいそいそと土を盛っては松明を立てるのを微笑ましげに眺めながら、フォーリは短伝話に告げた。
「コボルドは見た目の通り、野生動物的な優れた五感を有しています」
「……」
唐突に話始めたフォーリに、不満気な顔のエヴァ。土を盛るのくらいは手伝え、とでも思ったのかもしれないが、生憎、意思を伝える両手は土をいじることに忙しかった。
転瞬。
『エヴァさん!』
短伝話から、ひび割れた声が溢れる。クランクハイトの声だった。
『騎兵が、そちらに向かっています!』
遠吠えが響いた。コボルド二匹の咆哮が、遮るもののない草原を奔る。
「この場合、風上に回るのは下策、でしたね」
フォーリの姿が既に馬上にあるのを見て、
――言ってよ!!!
エヴァは不満を込めた目で示すと、自らも馬に飛び乗った。
少女は逡巡。逃げるか。見たところ、足は馬の方が早い。
――少女は、合流を選んだ。合流の為の最短距離を詰めようと、馬を走らせる。
●
騎兵が二騎、駆けた。
「チ……ッ!」
舌打ちを零すジャック。一直線にエヴァ達へ向かうかと思われた騎兵が散開し、片方が合流の為の経路を潰し、片方はそのまま突貫。逃げ道を塞ぐ形。
「賢しいな」
ヴォルフガング。強面のゴブリンを見据えての言葉だ。強面は声を張ってコボルドと杖持ちを従えてエヴァ達へと悠然と歩みだした。
「――行きましょう」
銃を構えたクランクハイトが言う。
「今は彼らの足を止めなくては」
「そうですね」
ユージーンが状況を確認して頷いた。元より遠距離攻撃での奇襲を予定していたのが幸いし、強面達との距離はさして遠くはない。
同時。
「待ちなさい!」
「っ!」
篝の囁き声とシュリの苦鳴が響いた。クランクハイトは思い至る物があったか、苦笑を深めて振り向く。
予想通りの、篝の襟首を捕まれたシュリの姿。
「立派な剣持ってても考えなしに振り回してたら棒切れと大差ないわよ」
「でも……!」
篝の言葉に、シュリは反駁した。
「貴方に死なれると困ります」
そこに、クランクハイトの柔らかな声。
「――弔う方々の名前も知らないのでは、彼らも浮かばれませんし」
「……」
続いた言葉に、今度こそシュリは黙した。瞳になおも宿る昏い影を見て、男は苦笑を残して敵へと向き直る。
「撃つよ」
「合わせますわ」
篝の声に、マリーが応じる。ジャックの銃が掲げられ、ユージーンはプロテクションを前衛となるヴォルフに施す。
銃声と共に、銃弾と聖光が疾走った。
●
遠く。銃声と共に強面達の歩みが変わった。
――始まった!
理解したエヴァの胸中は、苦い。自分達は今、挟撃を受けようとしている。眼前。完全に逃げ道を塞いだ騎兵が醜悪な顔でこちらを見ていた。それがはっきりと分かるくらいに、距離が縮んできた。
「――ッ!」
馬脚を緩めて、スリープクラウドの魔術を紡ぐ。
だが。
騎兵は煙を抜いて、突撃をしてきた。手にした槍の穂先が陽光を返す。
転瞬。馬の嘶きと同時にエヴァの視界が跳ねた。
「飛んで!」
声に従って、エヴァは飛んだ。
直後だ。少女の耳に、轟音。
――あ、死んだわね。
音の凄まじさに、そう思った。
●
その音が、合図となった。
「おォ……ッ!」
雄叫びと共にヴォルフガングとシュリが強面達と接敵。射撃開始後から些か時間が掛かった。前進するヴォルフガング、ジャックの足が重装甲故に遅れた。コボルドを狙うヴォルフガングであったが――瞬前。強面へと狙いを変えた。最前で踏み込んだ強面が真っ直ぐに自分を狙っていた。
ヴォルフガングの刀とシュリの蒼剣に、強面の鉄棒が噛合い――再び、轟音。衝撃に二人の身が傾ぐ。
「馬鹿力が……!」
ヴォルフガングは堪えたが、シュリは弾き飛ばされて転倒。音が響く。口笛の音だ。同時、二匹のコボルドがシュリ目掛けて疾走。少年の喉元に、獰猛な顎が――。
「さっさと立て!」
喰らい付く、寸前。怒声に銃声が重なった。ジャックの援護射撃だ。シュリは転がるようにして立ち上がる。視界の端ではヴォルフガングと強面が激しく切り結んでいた。明らかに劣勢と分かる。だが、シュリは動けない。コボルドが押し寄せていた。
「どけ!」
一刻も早い援護が必要だと、真向から踏み込んだ。
同時に、剣を持つ手に、熱。
「ッ!」
抉られた肉と血が、舞う。
「冷静になりなさい……!」
ユージーンがコボルドとシュリの間に身を挟み、声を張っていた。
「貴方のその行動は敵の殲滅に正しく繋がっていますか? 味方戦力の消耗状態がきちんと見えていますか?」
叱咤に、シュリの身が微かに震えた。見渡す。クランクハイトと篝は杖持ちの魔術に銃で応戦している。マリーはヴォルフガングの援護に回り傷を癒していた。
「お気持ちは分かりますが、貴方の今やるべき事を見失わないで下さい。激情にかられて、より多くのものを失わないように……」
「……っ」
――言葉に続いた、ユージーンの逡巡。
青年が飲み込んだそれに、気づく余裕はシュリにはなかった。
●
エヴァは、健在だった。眼前には広い背中。盾と戦鎚を構えたフォーリが居る。彼が、騎兵の突進からエヴァを庇っていた。
「此処で時間を稼ぎましょう」
続くもう一騎の突撃を受け止めたフォーリの言葉で、方針が決まった。馬は逃げてしまったので、今更逃げる術も無い。騎兵達は今、横列を組んで再度突撃をするために並走している。
エヴァは魔術を紡いでいる。先程よりも、自身の心が澄んでいるのが解る。
――作戦の不備はわかっていた、ということよね。
なんで、と。少女のもの問う視線は、その背に阻まれて届かなかった。
眠りの雲が再び、顕現した。
――今度こそ、騎兵達を飲み込むように。
●
「いやはや、失敬しました」
どこか気まずげな笑みと共に、クランクハイトが言う。杖持ちの魔術の射程が存外長く、遠間からの銃撃戦となり――結果として、元々持久戦狙いだったクランクハイトの銃弾は殆ど杖持ちに当たらなかった。
「や、いいわよ……謝らないで」
杖持ちをほぼ独りで撃破した篝は片手を大げさに振って応えた。少しずつ慣れてきたとは言え、戦闘での働きを評価されるのはどうにも面映い。
切り替えるように、呟く。
「……早く、あっちに行かないと」
「ええ」
ヴォルフガングと強面が真向から斬り合っている。当てることに重きを置いたヴォルフガングの刃は盾と鎧で受け止められ、中々隙を見いだせずに攻め切れないでいた。シュリはジャックとユージーンの援護下でコボルドを各個撃破に持ち込む形。
篝は微かな安堵を零して、銃を構える。同時。
「―――ッ!!」
咆哮と共に、強面がヴォルフガングを大きく弾いた。
●
「ヴォルフガング様!」
「まだ、か?」
口腔内に溜まった血を吐き捨てながら、男は剣を構える。見れば、強面を視線を巡らせていた。
「篝様達が、こちらに」
言いながら、傷を癒やすべく術を紡ぐマリーは強面の視線を辿る。突撃を仕掛ける騎兵――片方は眠りこけて落馬していた――と、エヴァ達。
それを見て、強面の顔が、憎々しげに歪められた。
「――どうにか粘りきれた、か」
同じものを見たヴォルフガングは戦況を理解し、呟く。エヴァ達が騎兵を引き付けた結果、強面への援護が遅れ――均衡が崩れた。
故に。
「俺達の勝ちだ」
男は短くそう告げると、油断なく強面を見据える。強面にとっては絶体絶命の戦局で、どう動くか、と。瞬後。強面は短く、嘶きに似た声を上げた。そうして、憎悪を滾らせながら、鉄棒を振り上げならヴォルフガングへと踏み込む。
「もう、遅い……!」
相対する男の声と同時に幾重にも、銃声。篝、クランクハイト、ジャックの銃撃が、強面の踏み込みを阻んでいた。
その隙を、見逃すべくもなく。
「――礼だ、持っていけ」
大上段に構えた黒漆の刀。続いて、渾身の一閃が放たれた。
高く、アカイロが、舞った。
●
強面からの最後の指示か。健在だった一騎は撤退した。眠ったままその場に残った一騎の息の根を、フォーリが止めた。
その背に、言葉が落ちる。
「どんなに崇高な意思があろうとも、若者の心を引き裂かせることには感心出来ません」
クランクハイトだ。
「それは身を裂かれる事と何ら変わらないのです。我が子が傷付く様を見た親もまた、苛まれる事になります」
クランクハイトの笑みの中にある棘をフォーリは静かな目で見つめ返す。訓戒の言葉に、エヴァの視線が泳いだ。フォーリの裡にあったのは、恐らく善意なのだろう。命を救われたことも相まって――少女にとっての良悪の境界線が、揺らいでいた。フォーリは小さく頭を下げ、一礼をする。
「まずはお言葉と、お気持ちに感謝します。貴方は不快に思われるかもしれませんが……私は、迷える子を導く為ならば、悪行も成しましょう」
「……貴方だからこそ、こんな事をして欲しくなかったんですがね」
同時に、苦笑が落ちた。平行線とも、了解ともつかぬ曖昧な苦笑が。
――逸らされたフォーリの視線が、シュリ達へと向けられる。
「おや」
視界に飛び込んできたのは、ジャックの笑顔。快活に手を振っている。フォーリが会釈を返した、直後だ。
殴打の快音が、高く鳴った。
●
シュリは篝とユージーンに対して深く頭を下げた。
「ユージーンさん、篝さん、先程は有難うございました」
篝が気まずげに顔を逸らす。対してユージーンは。
「戦場では何が起こるか分からないのです。万一の際に激情にかられてみすみす部下を死なせるような事があってはなりません」
厳しい表情を、崩さぬままに。
「感情は正しく力になるようコントロールするもの。呑まれて冷静さを失うようでは実戦には向きませんよ」
そう、言った。
「……はい」
過去から溢れてた苦い響きが、少年の胸に沁み込んでいく。
「あの、さ」
正論に潰されて小さくなるその姿に――気づけば、篝は口を開いていた。
「実は」
「?」
「生きてるの。あなたの、家族」
「……へ?」
事情を知ったシュリは、腰を抜かして座り込んで呆然としていた。
言葉も、出なかった。篝は小さく、息をつく。少年の険がとれたことに、少なからず安堵があった。
「もう、激情に突き動かされて戦うことはないようにして。それは……まだ残っている大切なものを、自分自身ですり減らしているように感じるの」
少女は、身を焦がすほどの激情に支配されたことはなかった。でも、理解はできた、から。
「わたしは好きじゃないわ」
そう、言った。
「……」
言葉の意味を、噛みしめるように俯くシュリ。
そこに、マリーが言葉を投げた。
「今もまだ、激情の残り香はありますかしら?」
「…………ええ、あります」
逡巡し、応じたシュリ。
「復讐をされたい気持ちは解りますの……けれどその先で、失った物が戻る筈もなく、彼らを突き動かした者達には何ら償いを求められないのですわ」
言葉は――何故だろう、不可思議な引力を有していた。
斃すべきを間違えるな、と。少女は言っているのだろう。
だが。
「その心を一つでも誰かの中に増やさぬ様。根源に在る彼らに正しき者の裁きを与えたくはなりませんかしら……」
篝の目が、細められる。
その言葉に在る意図は――。
「……と、思いましたけれど。今は違いそうですね?」
マリーは言葉を切って艶然と微笑むと、小さく会釈をしてその場を離れた。
後には、静けさが重く、残る。
もし。シュリが暗い妄執に囚われていたままであれば、この言葉、如何様に響いただろうか。
●
周囲を警戒していたヴォルフガングは、大海原の如き草原を見渡して、呟いた。
「誰もいない、か」
傷が、鈍く、疼いた。想定していた立ち回りとは違うものとなった代償だ。
依頼は終わった。だが……世辞でも、首尾よく果たせたとは言いがたい。
重く深く。溜息が零れた。吐息に乗って、蒼天に紫煙が空へと昇っていく。
この時ヴォルフガングは――いや、他の何者も、気づいていなかったのだろう。
『何も』残っていなかった、その意味に。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 八原 篝(ka3104) 人間(リアルブルー)|19才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2014/11/18 12:59:14 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/11/15 21:41:41 |