ゲスト
(ka0000)
【東幕】鳴動の予兆
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/10/17 09:00
- 完成日
- 2017/10/30 22:58
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●魑魅魍魎の化かし合い
スメラギ(kz0158)は仏頂面のまま、面会人の待つ龍尾城は表書院の大広間へと向かっていた。
侍女が音も無く襖を開け、一歩スメラギが踏み込めば、顔を向けずとも面会人が傅いたのが気配でわかる。
「おじ上、顔を上げて下さい」
「はっ。それでは失礼いたします」
スメラギにとって足柄天晴(あしがら・てんせい)は母親の従兄に当たる、『遠縁のおじさん』というやつだ。
今は陰陽寮出身の左大臣として、朝堂院――つまりは朝廷に務めており、時折こうして朝議や占術の結果を伝えに来る。
歪虚の侵略により御家断絶、天涯孤独となった者も多い中、結界が無事であった天ノ都では地縁血縁同士の繋がりは強い。
特にスメラギにとっては天晴はほぼ唯一残った血縁者だった。
だからこそ、もう少し歩み寄り無駄話の一つでもと思うのだが、天晴側にその気がないらしくスメラギが軽口を叩こうものなら『帝ともあろう方が何とみっともない』と説教が始まるのが常だった。
「こちら、今月の儀式の一覧となります」
天晴が懐から封書を取り出すと、恭しく近侍がそれを受け取り、恭しくスメラギへと手渡す。
この動作がいちいち無駄だとスメラギは思うのだが、以前その指摘をした後2時間に渡って説教を喰らった身としてはどんな口答えも無駄だと諦めていた。
「……あぁ、亥子の賀儀。もうそんな時期か」
つまりは収穫祭なのだが、一般の収穫祭と違い、スメラギには帝としてまず朝堂院で儀式をこなさなければならない。
他の儀式は退屈だし面倒だし正直やる意味を見出せないしでやる気の出ないスメラギだが、この年の新米で餅を作り、それを食す。というこの儀式は好きだった。
何より、この儀式を行うことで市井の民もまた収穫祭を各々出来るようになるのだ。
民が喜び、笑い、この一年の実りに感謝し、また来年の豊穣を願うその最初の儀式となれば俄然やる気も湧く。
「儀式の作法についてはまた後日、神祇官がお伺いします」
「え、大丈夫だよ。俺、これだけは大丈夫」
「帝」
しまった、とスメラギが思った時には遅かった。
「他の儀式の確認、その動作一挙一動、唱えるべき文言、それら全てを一つも間違うことなく出来るようになってからおっしゃって下さい」
「だって」
「それとも。帝は神祇伯を失脚させたいと?」
「違う!」
神祇官とは神祇の祭祀を始めとする儀式、神祇官中の事務決裁を職務とする者達で、『伯』はその長のことである。
帝にとって『不要』となれば恐らく幕府は喜んで神祇官に就く公家を解体しに動くだろう。
解体された公家がどのような末路を辿るのかを知らないほどスメラギも子どもではない。
「では、記しました日程で行わせて頂きます。変更などございましたら陰陽寮までお申し付け下さい」
「……わかった……下がっていい」
「はっ。失礼いたします」
再び畳に額ずいた後、隙のない流れるような所作で立ち上がると天晴は振り返ることもなく部屋を出て行った。
玄関まで出たところで、よく知る松葉色の袴を前にして天晴の足が止まった。
「おや、こんなところで如何なされましたかな?」
「あまりスメラギ様をいじめないで差し上げて下さいね」
穏やかに微笑んではいるが、その瞳の奥は決して笑ってはいない事を天晴は知っている。
エトファリカ征夷大将軍、立花院 紫草(kz0126)。天晴にとっては仇敵の筆頭である。
「甘やかしすぎではありませんか? 本来帝とは黒龍様に次いで神にも等しい方。そのお立場を未だ良くわかっておいでで無い様子」
「そうでしょうか?」
小さく微笑みながらゆるりと首を横に振った。
「……まぁ、貴方がそう思われるならそうなのかもしれませんね」
その余裕溢れる言動を天晴は冷ややかに見つめ、つ、と視線を外へと向けた。
「『南方にて凶兆あり』『龍亡き都には暗雲』……確か、先週、いや先々週だったかな。陰陽寮から占術の結果が行っておったかと思うが」
「……えぇ。確かに受け取っております」
「そうか。ならば結構」
紫草から作り物めいた微笑が消えたのを見て天晴は顎をさすりつつ内心でほくそ笑んだ。
「あぁそれから。西方の……ハンターといったか。彼らを雇いたいのだが宜しいかな?」
「……足柄殿が自ら? 何の目的で……」
「長江」
天晴の告げた地名に紫草は思わず口を噤んだ。
「歪虚に押し入られたと聞く。恵土城下には難民が溢れ、彼らへの支援は滞っておるとも」
天晴を見つめ返す紫草の顔はあくまで冷静であり、表情は無に近いまま変わらない。
だが長い付き合いだ。こういう時の紫草の心中は嵐のように逆巻いていることを天晴は知っている。
「西方人は皆お優しくていらっしゃると聞く。惜しみなく財を無辜の民のために撒き、こちらにはない食材で見た事も無いような料理を振る舞ってくれるとな」
「……彼らに援助を要請すると?」
「いや。私がすることはあくまで“現状を知らせる”ことだけだ。事実、歪虚はさらに北上してくるやもしれぬ。無辜の民がこれ以上犠牲になるのは防がねばならぬ。それに……」
勿体ぶった口調で言葉を切った天晴はここで初めてニヤリと笑みを浮かべた。
「紫草殿は捜し物で忙しいとも伝え聞いた。貴殿はそちらに注力するがよかろう」
僅かに目を細めた紫草は、すぐに微笑を浮かべた。
「……分かりました。恵土城下の件に関しては陰陽寮にお任せいたしましょう」
「はっ。拝命いたします」
深く頭を垂れ、ゆっくりと姿勢を起こす。紫草と視線を合わせると満足そうに微笑んだ。
草履を履くと年齢を感じさせない颯爽とした動きで天晴は龍尾城を後にしていく。
その後ろ姿を紫草は暫し睨むように見つめていた。
●恵土城
【急募】
エトファリカ南方の恵土城城下町にて百人を超える難民が押し寄せているという情報がもたらされた。
その真偽、生活実態の報告と、また周囲に出没する歪虚に関する情報を求む。
報酬は得られた情報により変動するものとする。
陰陽寮 足柄天晴
オフィスからの依頼を受けて5日の陸旅の果てに辿り着いた恵土城城下町は酷く混沌としていた。
噂には聞いていたが、まず道ばたに難民が蹲っている。
人々は痩せぎすで肌はカサカサに乾いており、何日も風呂に入れていないようだ。
傷を負い、治療も出来ていない者、死んだ我が子を抱いたままうつろな目をした者。
そして、そんな彼らが眼中に入らないかのように振る舞う町人達だが、彼らもまた酷く疲弊しているように見える。
近隣の田からはまだ刈り入れ前だったはずの稲が無くなって、掘り返し荒れた畑が広がるばかりだ。
「ドロボウ!」と怒声が響き、一同はびくりと身を震わせた。
「これは……」
想像以上の凄惨さに一同は言葉を失ったまま暫し立ちつくしたのだった。
スメラギ(kz0158)は仏頂面のまま、面会人の待つ龍尾城は表書院の大広間へと向かっていた。
侍女が音も無く襖を開け、一歩スメラギが踏み込めば、顔を向けずとも面会人が傅いたのが気配でわかる。
「おじ上、顔を上げて下さい」
「はっ。それでは失礼いたします」
スメラギにとって足柄天晴(あしがら・てんせい)は母親の従兄に当たる、『遠縁のおじさん』というやつだ。
今は陰陽寮出身の左大臣として、朝堂院――つまりは朝廷に務めており、時折こうして朝議や占術の結果を伝えに来る。
歪虚の侵略により御家断絶、天涯孤独となった者も多い中、結界が無事であった天ノ都では地縁血縁同士の繋がりは強い。
特にスメラギにとっては天晴はほぼ唯一残った血縁者だった。
だからこそ、もう少し歩み寄り無駄話の一つでもと思うのだが、天晴側にその気がないらしくスメラギが軽口を叩こうものなら『帝ともあろう方が何とみっともない』と説教が始まるのが常だった。
「こちら、今月の儀式の一覧となります」
天晴が懐から封書を取り出すと、恭しく近侍がそれを受け取り、恭しくスメラギへと手渡す。
この動作がいちいち無駄だとスメラギは思うのだが、以前その指摘をした後2時間に渡って説教を喰らった身としてはどんな口答えも無駄だと諦めていた。
「……あぁ、亥子の賀儀。もうそんな時期か」
つまりは収穫祭なのだが、一般の収穫祭と違い、スメラギには帝としてまず朝堂院で儀式をこなさなければならない。
他の儀式は退屈だし面倒だし正直やる意味を見出せないしでやる気の出ないスメラギだが、この年の新米で餅を作り、それを食す。というこの儀式は好きだった。
何より、この儀式を行うことで市井の民もまた収穫祭を各々出来るようになるのだ。
民が喜び、笑い、この一年の実りに感謝し、また来年の豊穣を願うその最初の儀式となれば俄然やる気も湧く。
「儀式の作法についてはまた後日、神祇官がお伺いします」
「え、大丈夫だよ。俺、これだけは大丈夫」
「帝」
しまった、とスメラギが思った時には遅かった。
「他の儀式の確認、その動作一挙一動、唱えるべき文言、それら全てを一つも間違うことなく出来るようになってからおっしゃって下さい」
「だって」
「それとも。帝は神祇伯を失脚させたいと?」
「違う!」
神祇官とは神祇の祭祀を始めとする儀式、神祇官中の事務決裁を職務とする者達で、『伯』はその長のことである。
帝にとって『不要』となれば恐らく幕府は喜んで神祇官に就く公家を解体しに動くだろう。
解体された公家がどのような末路を辿るのかを知らないほどスメラギも子どもではない。
「では、記しました日程で行わせて頂きます。変更などございましたら陰陽寮までお申し付け下さい」
「……わかった……下がっていい」
「はっ。失礼いたします」
再び畳に額ずいた後、隙のない流れるような所作で立ち上がると天晴は振り返ることもなく部屋を出て行った。
玄関まで出たところで、よく知る松葉色の袴を前にして天晴の足が止まった。
「おや、こんなところで如何なされましたかな?」
「あまりスメラギ様をいじめないで差し上げて下さいね」
穏やかに微笑んではいるが、その瞳の奥は決して笑ってはいない事を天晴は知っている。
エトファリカ征夷大将軍、立花院 紫草(kz0126)。天晴にとっては仇敵の筆頭である。
「甘やかしすぎではありませんか? 本来帝とは黒龍様に次いで神にも等しい方。そのお立場を未だ良くわかっておいでで無い様子」
「そうでしょうか?」
小さく微笑みながらゆるりと首を横に振った。
「……まぁ、貴方がそう思われるならそうなのかもしれませんね」
その余裕溢れる言動を天晴は冷ややかに見つめ、つ、と視線を外へと向けた。
「『南方にて凶兆あり』『龍亡き都には暗雲』……確か、先週、いや先々週だったかな。陰陽寮から占術の結果が行っておったかと思うが」
「……えぇ。確かに受け取っております」
「そうか。ならば結構」
紫草から作り物めいた微笑が消えたのを見て天晴は顎をさすりつつ内心でほくそ笑んだ。
「あぁそれから。西方の……ハンターといったか。彼らを雇いたいのだが宜しいかな?」
「……足柄殿が自ら? 何の目的で……」
「長江」
天晴の告げた地名に紫草は思わず口を噤んだ。
「歪虚に押し入られたと聞く。恵土城下には難民が溢れ、彼らへの支援は滞っておるとも」
天晴を見つめ返す紫草の顔はあくまで冷静であり、表情は無に近いまま変わらない。
だが長い付き合いだ。こういう時の紫草の心中は嵐のように逆巻いていることを天晴は知っている。
「西方人は皆お優しくていらっしゃると聞く。惜しみなく財を無辜の民のために撒き、こちらにはない食材で見た事も無いような料理を振る舞ってくれるとな」
「……彼らに援助を要請すると?」
「いや。私がすることはあくまで“現状を知らせる”ことだけだ。事実、歪虚はさらに北上してくるやもしれぬ。無辜の民がこれ以上犠牲になるのは防がねばならぬ。それに……」
勿体ぶった口調で言葉を切った天晴はここで初めてニヤリと笑みを浮かべた。
「紫草殿は捜し物で忙しいとも伝え聞いた。貴殿はそちらに注力するがよかろう」
僅かに目を細めた紫草は、すぐに微笑を浮かべた。
「……分かりました。恵土城下の件に関しては陰陽寮にお任せいたしましょう」
「はっ。拝命いたします」
深く頭を垂れ、ゆっくりと姿勢を起こす。紫草と視線を合わせると満足そうに微笑んだ。
草履を履くと年齢を感じさせない颯爽とした動きで天晴は龍尾城を後にしていく。
その後ろ姿を紫草は暫し睨むように見つめていた。
●恵土城
【急募】
エトファリカ南方の恵土城城下町にて百人を超える難民が押し寄せているという情報がもたらされた。
その真偽、生活実態の報告と、また周囲に出没する歪虚に関する情報を求む。
報酬は得られた情報により変動するものとする。
陰陽寮 足柄天晴
オフィスからの依頼を受けて5日の陸旅の果てに辿り着いた恵土城城下町は酷く混沌としていた。
噂には聞いていたが、まず道ばたに難民が蹲っている。
人々は痩せぎすで肌はカサカサに乾いており、何日も風呂に入れていないようだ。
傷を負い、治療も出来ていない者、死んだ我が子を抱いたままうつろな目をした者。
そして、そんな彼らが眼中に入らないかのように振る舞う町人達だが、彼らもまた酷く疲弊しているように見える。
近隣の田からはまだ刈り入れ前だったはずの稲が無くなって、掘り返し荒れた畑が広がるばかりだ。
「ドロボウ!」と怒声が響き、一同はびくりと身を震わせた。
「これは……」
想像以上の凄惨さに一同は言葉を失ったまま暫し立ちつくしたのだった。
リプレイ本文
●誤算と下準備
「足柄氏は来ないんですか?」
天ノ都にあるハンターオフィスの支所で穂積 智里(ka6819)が困惑気味に声を上げた。
ここで初めて判明したのだが、足柄氏は陰陽寮の重鎮であると同時に朝廷の左大臣であるということだ。
「……左大臣といえば、朝廷において帝、右大臣に次いで地位が高い人物だったはずだ。公家側の人間だとすれば自分で歩くことすら良しとはしないだろうな」
「……よくわらかねぇが、つまり自分では行きたくねぇから俺達に調査を依頼したってことか?」
門垣 源一郎(ka6320)の指摘にエヴァンス・カルヴィ(ka0639)が前髪を掻き上げつつ首を傾げた。
「フハハ、それはわからねぇぜ。既に自分は情報をある程度得ていて、異邦人からみた“恵土城”の印象を教えて欲しいと言うことかもな」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)の言葉に金目(ka6190)が「なるほど」と依頼書を見つめる。
「この足柄氏は既に難民が押し寄せている情報は得ている訳で。ご自分が“朝廷の者”であるとわざわざ名乗っていないということは、その辺も伏せたかった可能性が……?」
「それはどうであろうのぅ? オフィスでは『陰陽寮の足柄天晴』=『朝廷の左大臣』ぐらいに有名ではあるようじゃから、身バレ上等で依頼してきているようにも見えるが」
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)の指摘にデスドクロは「そうだな」と頷いた。
「“朝廷の名を出すか出さないかは我々に任せる”という風に俺は解釈したが」
源一郎の言葉にエヴァンスが唸る。
「なぁんか、俺の勝手な思い込みかもしれねぇが。こういう事依頼してくるのはあの化け物……立花院紫草だと思ってたぜ」
エヴァンスの視線の先には龍尾城がある。エヴァンスは“幕府から”の依頼を受けて先日にも恵土城より南、長江北部まで行ってきたばかりだ。
「……つまり、わたし達は政治的に利用されるような依頼に踏み込んでしまった、ということでしょうか」
智里もまた龍尾城を見上げて柳眉を下げた。
人類間の争いはその土地の文化、倫理、歴史に基づくため、ハンターはあくまで中立の立場を取る事が基本だ。
あくまでハンターの敵は『歪虚』であり、人類では無い。
「さぁてな。この足柄氏とやらがどこまで俺達を利用する気かは分からねぇが」
デスドクロが両肩を竦めて歩き始める。
「あぁ、困っている人達がいるなら助けるのが俺達ハンターの役目だ」
エヴァンスの真っ直ぐな言葉に金目は目元を和らげて頷く。
「おぉ! そうじゃな。一日でも早く現地に着いて、情報を集め帰ってこようでは無いか」
ヴィルマの屈託の無い笑顔に智里は諦めにも似たため息を吐いた。
「ここで愚痴を吐いても始まりませんしね……えぇ行きましょう」
恵土城城下町。
到着した宿は今までの宿場町同様、幕府によって整えられた質素ながらも清潔感と信頼の置ける宿だった。
「すっかり大荷物になってすまないのぅ」
「気にしなさんな。いいってことよ」
炊き出しをやりたいと手を上げたヴィルマに賛同したエヴァンスはなんと、天ノ都で荷馬車を借り、難民が多い状態ならば現地での食材購入は難しいかも知れないとオフィスを通して食材も買い込むという準備の良さを発揮していた。
「ほぅ……出来る男は違うのぅ」
なお、この材料や何やらはエヴァンスの財布から出ている。
誤算その2は『情報収集の結果により色は付くが、経費に関しては自腹』だった事だ。
「確かにカネをばらまけばピンからキリまで情報は集まるかもだしなぁ」
そもそもエトファリカと西方では文化圏が違い、貨幣価値もまた違う。
ハンター達の報酬は一般的には法外な額で、これは農民達からみれば一生お目にかかることもない大金だ。
同時にそれだけハンターの仕事には危険が伴い、価値があるという証。
この地は幕府と朝廷、強いてはスメラギ(kz0158)が治める地だ。
そこでむやみやたらに金銭をばらまくようなことをすれば、貨幣価値が狂い、統治者の権威が失墜し、人々はハンターに依存するようになる可能性が無いとは言い切れない。
ゆえに、情報欲しさに鼠小僧よろしく盛大にカネをばらまく、という事をしなかったのは英断だったと言っていい。
「じゃぁ、ひとまず解散ですね。また夜に」
「行ってくるぜ」
デスドクロと智里がまず宿を出て行った。
「買い物が上手く行ったらそちらに合流する」
「了解じゃ」
その後を質素なエトファリカ風の服装に着替えた金目と源一郎が続いて出て行く。
4人を見送った後、質素な服装に着替えたヴィルマと普段の姿そのままのエヴァンスが宿を後にしたのだった。
●その男、暗黒皇帝につき
デスドクロは町中を歩く。
探しているのは読売屋……つまりは瓦版などを作っている店だ。
「邪魔するぜ」
防犯などあってないような立て付けの悪い木戸を引いて入ると、中は煙管の紫煙により薄灰色に濁っているような有様だった。
「おう? 何だい? 見ない顔だな、ハンターか」
ぷかりと煙を吐いてニヤリと笑う無精髭の男をデスドクロは暗黒皇帝として培ってきた『人を見る目』で観察する。
結論。
「胡散臭いな」
「お前さんに言われたくねぇなぁ」
引き笑いで嗤う男に促されるままデスドクロは入口傍の丸い草で編んだ座布団の上に腰を下ろした。
「で? 何の用だい?」
「まずは最近の歪虚の情報。出現、被害の状況について」
率直に本題に入ろうとする男をどこまで信頼したものかと推し量りながら、デスドクロは駆け引きを始めたのだった。
●店巡り
大通りを堂々と歩く智里を、町の人々は奇異の目で、そして難民達は視線を合わせることも無く通り過ぎていく。
開いている茶屋の暖簾を潜ると、子どもを負ぶった女が顔を輝かせて出迎える。
茶とオススメの茶菓子を頼むと、15分程してふかした小さな饅頭と温めの茶が出てきた。
「このお茶は何のお茶ですか? このお饅頭は? 私西方から来たので珍しくって」
「西方?」
「私、東方に興味があって、西のリゼリオからふらふら護衛の仕事をしながら旅してきたんです」
「へぇ、そうなのかい。それは遠い所を遙々」
女は背負った子どもをあやしながらニコニコと智里の話しを聞いている。
……聞いているだけで、こちらの問いに答えようとしない。
一口も口を付けずに問うのは失礼だろうかと、茶を啜り、饅頭をかじる。
やや薄いぐらいのお茶はさっぱりとした飲みやすさがあり、饅頭は黒糖を使った酒まんじゅうだった。
「美味しいですね……これは何茶なんですか?」
「ヒゲ茶だよ」
とうもろこしのヒゲで作るお茶なのだと聞いて智里は目を丸くする。確かに言われて見れば風味や味にとうもろこしを感じる。
「それにしてもこちらは温かいですね。まだ夏のよう」
「そうかい?」
女の愛想は良いのだが、いかんせん話しが続かない。
「あの。そろそろ一回家に戻ろうかと考えていて。お勧めのお土産ってありますか」
「お土産? 細工品がいいのなら、あっちに小物屋があるよ」
ようやく次に繋がりそうな情報を得た智里はお代を払うと早々に茶屋を後にした。
帰ると行った時には寂しそうな顔をして見せたが、引き留めるわけでなし。女はどうにも接客になれていない印象を受けた。
智里は教えて貰った小物屋へと周囲を伺いながら向かって行った。
●商人からの噂
「南からの物流は途絶えた、と?」
源一郎はこちらの服に着替えていたこと、さらには『天ノ都から来た商人』を自称したことで茶屋で休んでいた行商人の警戒心を解くことに成功していた。
「あぁ、だからあっちで商売考えてるんなら辞めときな。今となっちゃここが最南端だよ」
男が首を横に振った。
「それでこんなに町が荒れているのか……」
「あぁ、元々歪虚だの九尾の化け狐にボロボロにされた地だったが、ようやくここまで盛り返してきたって時にこれだからなぁ……」
お陰で傷薬がよく売れると男は天秤棒に掛けられた薬箱を指して笑う。
「何でも、“ハンターを名乗る妖魔使い”が出たり、“鬼の反乱”なんかじゃねぇかって噂よ」
「鬼の……?」
ハンターを名乗る歪虚がいるらしいことはエヴァンスから聞いて知っていた。
もちろん、エヴァンス達の活躍によりその場でそれは誤解であった事が解かれている。
しかし、その後もその“ハンターを名乗る歪虚”が活動していたとしたら、それは人々の間を駆け巡る。
だが、“鬼の反乱”とは何事だろうか。
詳しく聞きたかったが、男はもう発つのだという。無理に引き留めるわけにも行かず源一郎は礼を言って男の分の茶代を出してやる。
「あはは、悪いな。じゃぁ、礼代わりにお前さんにここでの食材の買い方を教えてやるよ」
「買い方?」
「そう、今この辺りは物騒だからな。余所者には一切食材を売っちゃくれねぇのさ」
男は拱手すると、ひそりと源一郎の耳元でその『合い言葉』を囁いたのだった。
●番犬と金の実り
「ぁー……これは酷い。本来なら、今頃は金色の実りの季節だろうに」
問題の田畑を見て金目が思わず嘆きの声を漏らした。
畦道を歩いて行くと、小さな川に出た。
その上流へと川岸を歩いて30分程行くと、ようやく普通に刈り入れを行った風の田んぼに出る。
さらに30分歩き、金の稲穂が見えたと思ったところで、突然けたたましく犬に吠えられて金目は声の主を探す。
先の畦道の脇。木に繋がれた状態で吠えている茶色い小柄な犬を見つけて金目はニコニコとしながら近付いていき、犬の前にしゃがみ込むとそっと手を下から差し出し、まずは臭いを嗅いで貰って敵意がない事を示す。
「何もんだね?」
すると、金の稲穂の向こうから、1人の農夫が立ち上がった。
――その手には、鎌。
「あ、あの、妖しい者では無くてですね。町の方の畑の惨状を見て気になったので来てみたといいますか……!」
あたふたと言い訳染みた言葉を連ねる金目の手のひらを、不意にべろりと舐められて、思わず「ふぉぅ」と金目は尻餅を着いた。
それを見た農夫はきゃらきゃらと笑って麦藁帽子のつばを押し上げた。
「ウメが認めたんならアンタは悪い人じゃねぇんだろ。ここいらに来たのは初めてかい?」
日に良く焼けた人好きのする笑顔に、金目はほっとして頷き返したのだった。
●炊き出しと再会
ヴィルマとエヴァンスは町を歩き、改めて種族:鬼の町民も難民も多いことに気付く。
この辺りは負のマテリアルが濃かった事もあり、獄炎亡き後はまず鬼の達が開墾を始めたという背景があるためだろう。
2人はぽっかりと空いた空き地を見つけてそこで炊き出しをすることにした。
ヴィルマは洗った米と刻んだ野菜、なるべく細かく切った肉を入れ、コトコトと煮込んで味を調える。
一方でエヴァンスはブロック肉を豪快に切り分けたいのをぐっと堪えてなるべく薄く切ると、ヴィルマの調理具合に合わせてそれをBBQグリル「ベガン」で程よく焼いていく。
臭いに釣られた人々が何事かと入れ替わり立ち替わり様子を見に来るので、その度にヴィルマは「炊き出しじゃ」と答え、エヴァンスが「今回限り、一回だけの炊き出しを始めるぞー!」と声を掛ける。
来た者は町民であろうと、難民であろうと分け隔てなくお玉1杯の粥と一切れの肉を与える。
「あ、あの時のお兄ちゃんだ」
「ホントだ」
子ども達がぱたぱたっと駆け寄ってくる。
他の難民の子達よりは血色が良さそうに見えるその子達は確かにエヴァンスにも見覚えがある。
あの長江北部の村で助けた子ども達だ。
「おぉ、お前ら! 元気だったか?! お父さん、お母さんはどうした?」
エヴァンスがくしゃりと頭を撫でてやると子ども達は嬉しそうに笑う。
「うん。僕達は元気だよ。母ちゃんはお城で働いてるよ」
子ども達からの報告にエヴァンスは耳を傾けつつ、状況を理解したのだった。
●報告会
「歪虚は『紅い番傘の恐ろしく顔色の悪い鬼』だそうだ。これがハンター騙ってキメラだの凶鳥だの餓鬼だのを使って村を襲ってるらしいぜ」
「我も同じ情報じゃったな……『紅い番傘の鬼』は何もせんそうだ。ただ、妖魔――歪虚を操りよる。お陰で、鬼に対するヘイトも集まりつつあるようじゃのぅ……」
デスドクロに続いてヴィルマもまた、炊き出しで得た情報を加える。
「茶屋やそば処は空いていますが……八百屋や魚屋などは余所者には売れないの一点張りでしたね」
なお、食材以外の工芸品などは普通に売買がされている。食品だけがどうやっても智里には売ってもらえなかった。
「あぁ、それは地元の人間だけで取引が出来るよう『合い言葉』があるらしい。確かに多少値上がりはしていたが、昨年の蓄えと今年はさらに田畑を広げた分でそう酷い値崩れが起きている訳ではないようだ」
「合い言葉……」
智里は源一郎の発言に目を丸くする。その視線を受けて、源一郎は右の拳を左手で包むように胸の前で組み合わせておじぎをした。
「『千代国東州清雲より来た』と言うらしい」
「……何だそりゃ」
首を傾げるデスドクロ。
「千代は前の城主の姓。東州清雲は昔の地名だ。最も肥沃な土壌を誇っていた地域として有名らしい」
「あぁ、あやかってる感じなんですね」
行商人とその後米屋から仕入れた情報に智里が納得する。
「龍脈への影響はまだ無さそうですね……今年は昨年よりも実りはいいそうです。盗難に遭ったのも、この周囲1km程の範囲内で留められたそうです」
「あぁ、それは俺達がこの前保護してきた難民達を城主が警備として雇い入れたからだろうな」
エヴァンスが子ども達から聞いた仕事内容を告げる。
「6時間毎の交代制で農地を回って警備するんだと。三食住居付」
「破格じゃのう」
目を瞬かせるヴィルマにエヴァンスは頷く。
「……だからこそ、その職にあぶれた難民達は余計に辛いだろうな」
「そうですね。……難民は日に日に増え、死者も増えています。町民・難民両者からの不満がピークになる前に何か手を打たないと……そういえば、雑魔は?」
金目の問いにデスドクロは両肩を竦めた。
「まだそんなに目撃証言はなかったぜ。あってもスライム程度で脅威ってほどじゃねぇ」
「俺も回ってみたが出遭わなかったな」
「俺もだ」
「むしろ難民の方の目の方が怖かったです」
流石に武装解除していない智里に襲いかかるような無謀な者はいなかったが。
「何にせよ、住む場所・カネ・働き口が圧倒的に足りねぇな。ここから次の宿場町までも遠いしな」
「えぇ。身一つで逃げるしか無かった人達へのフォローをお願いしてみましょう」
「ハンターを騙る歪虚はもちろんじゃが、鬼達へのヘイトが上がっておることも忘れずにのぅ」
「……ではその線で報告書を作成しておこう」
源一郎はその言葉通り、余分な感情は交えず情報と客観的事実をまとめ、足柄天晴への報告としたのだった。
「足柄氏は来ないんですか?」
天ノ都にあるハンターオフィスの支所で穂積 智里(ka6819)が困惑気味に声を上げた。
ここで初めて判明したのだが、足柄氏は陰陽寮の重鎮であると同時に朝廷の左大臣であるということだ。
「……左大臣といえば、朝廷において帝、右大臣に次いで地位が高い人物だったはずだ。公家側の人間だとすれば自分で歩くことすら良しとはしないだろうな」
「……よくわらかねぇが、つまり自分では行きたくねぇから俺達に調査を依頼したってことか?」
門垣 源一郎(ka6320)の指摘にエヴァンス・カルヴィ(ka0639)が前髪を掻き上げつつ首を傾げた。
「フハハ、それはわからねぇぜ。既に自分は情報をある程度得ていて、異邦人からみた“恵土城”の印象を教えて欲しいと言うことかもな」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)の言葉に金目(ka6190)が「なるほど」と依頼書を見つめる。
「この足柄氏は既に難民が押し寄せている情報は得ている訳で。ご自分が“朝廷の者”であるとわざわざ名乗っていないということは、その辺も伏せたかった可能性が……?」
「それはどうであろうのぅ? オフィスでは『陰陽寮の足柄天晴』=『朝廷の左大臣』ぐらいに有名ではあるようじゃから、身バレ上等で依頼してきているようにも見えるが」
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)の指摘にデスドクロは「そうだな」と頷いた。
「“朝廷の名を出すか出さないかは我々に任せる”という風に俺は解釈したが」
源一郎の言葉にエヴァンスが唸る。
「なぁんか、俺の勝手な思い込みかもしれねぇが。こういう事依頼してくるのはあの化け物……立花院紫草だと思ってたぜ」
エヴァンスの視線の先には龍尾城がある。エヴァンスは“幕府から”の依頼を受けて先日にも恵土城より南、長江北部まで行ってきたばかりだ。
「……つまり、わたし達は政治的に利用されるような依頼に踏み込んでしまった、ということでしょうか」
智里もまた龍尾城を見上げて柳眉を下げた。
人類間の争いはその土地の文化、倫理、歴史に基づくため、ハンターはあくまで中立の立場を取る事が基本だ。
あくまでハンターの敵は『歪虚』であり、人類では無い。
「さぁてな。この足柄氏とやらがどこまで俺達を利用する気かは分からねぇが」
デスドクロが両肩を竦めて歩き始める。
「あぁ、困っている人達がいるなら助けるのが俺達ハンターの役目だ」
エヴァンスの真っ直ぐな言葉に金目は目元を和らげて頷く。
「おぉ! そうじゃな。一日でも早く現地に着いて、情報を集め帰ってこようでは無いか」
ヴィルマの屈託の無い笑顔に智里は諦めにも似たため息を吐いた。
「ここで愚痴を吐いても始まりませんしね……えぇ行きましょう」
恵土城城下町。
到着した宿は今までの宿場町同様、幕府によって整えられた質素ながらも清潔感と信頼の置ける宿だった。
「すっかり大荷物になってすまないのぅ」
「気にしなさんな。いいってことよ」
炊き出しをやりたいと手を上げたヴィルマに賛同したエヴァンスはなんと、天ノ都で荷馬車を借り、難民が多い状態ならば現地での食材購入は難しいかも知れないとオフィスを通して食材も買い込むという準備の良さを発揮していた。
「ほぅ……出来る男は違うのぅ」
なお、この材料や何やらはエヴァンスの財布から出ている。
誤算その2は『情報収集の結果により色は付くが、経費に関しては自腹』だった事だ。
「確かにカネをばらまけばピンからキリまで情報は集まるかもだしなぁ」
そもそもエトファリカと西方では文化圏が違い、貨幣価値もまた違う。
ハンター達の報酬は一般的には法外な額で、これは農民達からみれば一生お目にかかることもない大金だ。
同時にそれだけハンターの仕事には危険が伴い、価値があるという証。
この地は幕府と朝廷、強いてはスメラギ(kz0158)が治める地だ。
そこでむやみやたらに金銭をばらまくようなことをすれば、貨幣価値が狂い、統治者の権威が失墜し、人々はハンターに依存するようになる可能性が無いとは言い切れない。
ゆえに、情報欲しさに鼠小僧よろしく盛大にカネをばらまく、という事をしなかったのは英断だったと言っていい。
「じゃぁ、ひとまず解散ですね。また夜に」
「行ってくるぜ」
デスドクロと智里がまず宿を出て行った。
「買い物が上手く行ったらそちらに合流する」
「了解じゃ」
その後を質素なエトファリカ風の服装に着替えた金目と源一郎が続いて出て行く。
4人を見送った後、質素な服装に着替えたヴィルマと普段の姿そのままのエヴァンスが宿を後にしたのだった。
●その男、暗黒皇帝につき
デスドクロは町中を歩く。
探しているのは読売屋……つまりは瓦版などを作っている店だ。
「邪魔するぜ」
防犯などあってないような立て付けの悪い木戸を引いて入ると、中は煙管の紫煙により薄灰色に濁っているような有様だった。
「おう? 何だい? 見ない顔だな、ハンターか」
ぷかりと煙を吐いてニヤリと笑う無精髭の男をデスドクロは暗黒皇帝として培ってきた『人を見る目』で観察する。
結論。
「胡散臭いな」
「お前さんに言われたくねぇなぁ」
引き笑いで嗤う男に促されるままデスドクロは入口傍の丸い草で編んだ座布団の上に腰を下ろした。
「で? 何の用だい?」
「まずは最近の歪虚の情報。出現、被害の状況について」
率直に本題に入ろうとする男をどこまで信頼したものかと推し量りながら、デスドクロは駆け引きを始めたのだった。
●店巡り
大通りを堂々と歩く智里を、町の人々は奇異の目で、そして難民達は視線を合わせることも無く通り過ぎていく。
開いている茶屋の暖簾を潜ると、子どもを負ぶった女が顔を輝かせて出迎える。
茶とオススメの茶菓子を頼むと、15分程してふかした小さな饅頭と温めの茶が出てきた。
「このお茶は何のお茶ですか? このお饅頭は? 私西方から来たので珍しくって」
「西方?」
「私、東方に興味があって、西のリゼリオからふらふら護衛の仕事をしながら旅してきたんです」
「へぇ、そうなのかい。それは遠い所を遙々」
女は背負った子どもをあやしながらニコニコと智里の話しを聞いている。
……聞いているだけで、こちらの問いに答えようとしない。
一口も口を付けずに問うのは失礼だろうかと、茶を啜り、饅頭をかじる。
やや薄いぐらいのお茶はさっぱりとした飲みやすさがあり、饅頭は黒糖を使った酒まんじゅうだった。
「美味しいですね……これは何茶なんですか?」
「ヒゲ茶だよ」
とうもろこしのヒゲで作るお茶なのだと聞いて智里は目を丸くする。確かに言われて見れば風味や味にとうもろこしを感じる。
「それにしてもこちらは温かいですね。まだ夏のよう」
「そうかい?」
女の愛想は良いのだが、いかんせん話しが続かない。
「あの。そろそろ一回家に戻ろうかと考えていて。お勧めのお土産ってありますか」
「お土産? 細工品がいいのなら、あっちに小物屋があるよ」
ようやく次に繋がりそうな情報を得た智里はお代を払うと早々に茶屋を後にした。
帰ると行った時には寂しそうな顔をして見せたが、引き留めるわけでなし。女はどうにも接客になれていない印象を受けた。
智里は教えて貰った小物屋へと周囲を伺いながら向かって行った。
●商人からの噂
「南からの物流は途絶えた、と?」
源一郎はこちらの服に着替えていたこと、さらには『天ノ都から来た商人』を自称したことで茶屋で休んでいた行商人の警戒心を解くことに成功していた。
「あぁ、だからあっちで商売考えてるんなら辞めときな。今となっちゃここが最南端だよ」
男が首を横に振った。
「それでこんなに町が荒れているのか……」
「あぁ、元々歪虚だの九尾の化け狐にボロボロにされた地だったが、ようやくここまで盛り返してきたって時にこれだからなぁ……」
お陰で傷薬がよく売れると男は天秤棒に掛けられた薬箱を指して笑う。
「何でも、“ハンターを名乗る妖魔使い”が出たり、“鬼の反乱”なんかじゃねぇかって噂よ」
「鬼の……?」
ハンターを名乗る歪虚がいるらしいことはエヴァンスから聞いて知っていた。
もちろん、エヴァンス達の活躍によりその場でそれは誤解であった事が解かれている。
しかし、その後もその“ハンターを名乗る歪虚”が活動していたとしたら、それは人々の間を駆け巡る。
だが、“鬼の反乱”とは何事だろうか。
詳しく聞きたかったが、男はもう発つのだという。無理に引き留めるわけにも行かず源一郎は礼を言って男の分の茶代を出してやる。
「あはは、悪いな。じゃぁ、礼代わりにお前さんにここでの食材の買い方を教えてやるよ」
「買い方?」
「そう、今この辺りは物騒だからな。余所者には一切食材を売っちゃくれねぇのさ」
男は拱手すると、ひそりと源一郎の耳元でその『合い言葉』を囁いたのだった。
●番犬と金の実り
「ぁー……これは酷い。本来なら、今頃は金色の実りの季節だろうに」
問題の田畑を見て金目が思わず嘆きの声を漏らした。
畦道を歩いて行くと、小さな川に出た。
その上流へと川岸を歩いて30分程行くと、ようやく普通に刈り入れを行った風の田んぼに出る。
さらに30分歩き、金の稲穂が見えたと思ったところで、突然けたたましく犬に吠えられて金目は声の主を探す。
先の畦道の脇。木に繋がれた状態で吠えている茶色い小柄な犬を見つけて金目はニコニコとしながら近付いていき、犬の前にしゃがみ込むとそっと手を下から差し出し、まずは臭いを嗅いで貰って敵意がない事を示す。
「何もんだね?」
すると、金の稲穂の向こうから、1人の農夫が立ち上がった。
――その手には、鎌。
「あ、あの、妖しい者では無くてですね。町の方の畑の惨状を見て気になったので来てみたといいますか……!」
あたふたと言い訳染みた言葉を連ねる金目の手のひらを、不意にべろりと舐められて、思わず「ふぉぅ」と金目は尻餅を着いた。
それを見た農夫はきゃらきゃらと笑って麦藁帽子のつばを押し上げた。
「ウメが認めたんならアンタは悪い人じゃねぇんだろ。ここいらに来たのは初めてかい?」
日に良く焼けた人好きのする笑顔に、金目はほっとして頷き返したのだった。
●炊き出しと再会
ヴィルマとエヴァンスは町を歩き、改めて種族:鬼の町民も難民も多いことに気付く。
この辺りは負のマテリアルが濃かった事もあり、獄炎亡き後はまず鬼の達が開墾を始めたという背景があるためだろう。
2人はぽっかりと空いた空き地を見つけてそこで炊き出しをすることにした。
ヴィルマは洗った米と刻んだ野菜、なるべく細かく切った肉を入れ、コトコトと煮込んで味を調える。
一方でエヴァンスはブロック肉を豪快に切り分けたいのをぐっと堪えてなるべく薄く切ると、ヴィルマの調理具合に合わせてそれをBBQグリル「ベガン」で程よく焼いていく。
臭いに釣られた人々が何事かと入れ替わり立ち替わり様子を見に来るので、その度にヴィルマは「炊き出しじゃ」と答え、エヴァンスが「今回限り、一回だけの炊き出しを始めるぞー!」と声を掛ける。
来た者は町民であろうと、難民であろうと分け隔てなくお玉1杯の粥と一切れの肉を与える。
「あ、あの時のお兄ちゃんだ」
「ホントだ」
子ども達がぱたぱたっと駆け寄ってくる。
他の難民の子達よりは血色が良さそうに見えるその子達は確かにエヴァンスにも見覚えがある。
あの長江北部の村で助けた子ども達だ。
「おぉ、お前ら! 元気だったか?! お父さん、お母さんはどうした?」
エヴァンスがくしゃりと頭を撫でてやると子ども達は嬉しそうに笑う。
「うん。僕達は元気だよ。母ちゃんはお城で働いてるよ」
子ども達からの報告にエヴァンスは耳を傾けつつ、状況を理解したのだった。
●報告会
「歪虚は『紅い番傘の恐ろしく顔色の悪い鬼』だそうだ。これがハンター騙ってキメラだの凶鳥だの餓鬼だのを使って村を襲ってるらしいぜ」
「我も同じ情報じゃったな……『紅い番傘の鬼』は何もせんそうだ。ただ、妖魔――歪虚を操りよる。お陰で、鬼に対するヘイトも集まりつつあるようじゃのぅ……」
デスドクロに続いてヴィルマもまた、炊き出しで得た情報を加える。
「茶屋やそば処は空いていますが……八百屋や魚屋などは余所者には売れないの一点張りでしたね」
なお、食材以外の工芸品などは普通に売買がされている。食品だけがどうやっても智里には売ってもらえなかった。
「あぁ、それは地元の人間だけで取引が出来るよう『合い言葉』があるらしい。確かに多少値上がりはしていたが、昨年の蓄えと今年はさらに田畑を広げた分でそう酷い値崩れが起きている訳ではないようだ」
「合い言葉……」
智里は源一郎の発言に目を丸くする。その視線を受けて、源一郎は右の拳を左手で包むように胸の前で組み合わせておじぎをした。
「『千代国東州清雲より来た』と言うらしい」
「……何だそりゃ」
首を傾げるデスドクロ。
「千代は前の城主の姓。東州清雲は昔の地名だ。最も肥沃な土壌を誇っていた地域として有名らしい」
「あぁ、あやかってる感じなんですね」
行商人とその後米屋から仕入れた情報に智里が納得する。
「龍脈への影響はまだ無さそうですね……今年は昨年よりも実りはいいそうです。盗難に遭ったのも、この周囲1km程の範囲内で留められたそうです」
「あぁ、それは俺達がこの前保護してきた難民達を城主が警備として雇い入れたからだろうな」
エヴァンスが子ども達から聞いた仕事内容を告げる。
「6時間毎の交代制で農地を回って警備するんだと。三食住居付」
「破格じゃのう」
目を瞬かせるヴィルマにエヴァンスは頷く。
「……だからこそ、その職にあぶれた難民達は余計に辛いだろうな」
「そうですね。……難民は日に日に増え、死者も増えています。町民・難民両者からの不満がピークになる前に何か手を打たないと……そういえば、雑魔は?」
金目の問いにデスドクロは両肩を竦めた。
「まだそんなに目撃証言はなかったぜ。あってもスライム程度で脅威ってほどじゃねぇ」
「俺も回ってみたが出遭わなかったな」
「俺もだ」
「むしろ難民の方の目の方が怖かったです」
流石に武装解除していない智里に襲いかかるような無謀な者はいなかったが。
「何にせよ、住む場所・カネ・働き口が圧倒的に足りねぇな。ここから次の宿場町までも遠いしな」
「えぇ。身一つで逃げるしか無かった人達へのフォローをお願いしてみましょう」
「ハンターを騙る歪虚はもちろんじゃが、鬼達へのヘイトが上がっておることも忘れずにのぅ」
「……ではその線で報告書を作成しておこう」
源一郎はその言葉通り、余分な感情は交えず情報と客観的事実をまとめ、足柄天晴への報告としたのだった。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/10/12 20:00:31 |
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相談卓 門垣 源一郎(ka6320) 人間(リアルブルー)|30才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/10/17 07:17:58 |